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網膜中心動脈閉塞症から血管新生緑内障をきたした1例

2014年11月30日 日曜日

《原著》あたらしい眼科31(11):1701.1705,2014c網膜中心動脈閉塞症から血管新生緑内障をきたした1例河本良輔*1石崎英介*1福本雅格*1中泉敦子*1佐藤孝樹*1池田恒彦*1南政宏*2佐藤文平*3*1大阪医科大学眼科学教室*2南眼科*3大阪回生病院眼科ACaseofNeovascularGlaucomaAssociatedwithCentralRetinalArteryOcclusionRyohsukeKohmoto1),EisukeIshizaki1),MasanoriFukumoto1),AtsukoNakaizumi1),TakakiSato1),TsunehikoIkeda1),MasahiroMinami2)andBunpeiSatou3)1)DepartmentofOphthalmology,OsakaMedicalCollege,2)MinamiEyeClinic,3)DepartmentofOphthalmology,OsakaKaiseiHospital軽度の桜実紅斑(cherry-red-spot)で初発,経過中に血管新生緑内障(NVG)をきたした網膜中心動脈閉塞症(CRAO)の1例.56歳,男性.冠動脈カテーテル治療中に左眼視力低下を自覚.左眼眼底に軽度のcherry-red-spotを認めCRAOと診断.眼球マッサージ,前房穿刺を行いプロスタグランジン製剤およびウロキナーゼの点滴を開始したが,30cm手動弁のままであった.Cherry-red-spotは軽度のまま遷延した.2カ月後にNVGを発症し,前房出血も併発して左眼眼圧は48mmHgに上昇した.前房洗浄,水晶体切除,硝子体切除,眼内汎網膜光凝固術,毛様体光凝固術を施行し,術後眼圧下降を得た.蛍光眼底造影は著しい充盈遅延があり,網膜電図(ERG)はa波,b波,律動様小波とも減弱していた.Cherry-red-spotの遷延するCRAOでは早期に汎網膜光凝固を施行する必要があると考えられた.Wereportacaseofneovascularglaucoma(NVG)associatedwithcentralretinalarteryocclusion(CRAO).A56-year-oldmalepresentedatourophthalmologycliniccomplainingofsuddenvisualdisturbanceinhislefteye,afterundergoingpercutaneouscoronaryintervention.Weobservedaslightcherry-redspotanddiagnosedCRAO.Wesubsequentlyperformedeyeballmassage,paracentesisandcontinuousdripinfusionofprostaglandinandurokinase.However,thepatient’scorrectedvisualacuityremainedat30cm/f.c.Twomonthslater,NVGassociatedwithhyphemadevelopedandintraocularpressure(IOP)increasedto48mmHg.Weperformedanteriorchamberirrigation,lensectomy,vitrectomy,panretinalphotocoagulationandcyclophotocoagulation.Postoperatively,IOPdecreased.fluoresceinfundusangiographyrevealedaseveredelayofinflowtotheretinalartery.Electroretinographyrevealedreductionofa-wave,b-waveandoscillatorypotential.OurfindingsshowthatpanretinalphotocoagulationmightbenecessaryforpatientswithearlyphaseCRAOwithaprolongedcherry-redspot.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(11):1701.1705,2014〕Keywords:網膜中心動脈閉塞症,血管新生緑内障,cherry-red-spot.centralretinalarteryocclusion,neovascularglaucoma,cherry-red-spot.はじめに網膜中心動脈閉塞症(CRAO)に血管新生緑内障(NVG)を併発することは稀で,その理由としては,急激な網膜虚血により網膜が菲薄化するため,血管新生因子を放出する余力が網膜組織に残存しないことが推測されている1).今回筆者らは軽度のcherry-red-spotで初発し,経過中にNVGをきたしたCRAOの1例を経験したので報告する.I症例患者:56歳,男性.主訴:左眼霧視,視力低下.現病歴:平成19年6月20日午前9時過ぎごろ冠動脈カテーテル治療中に左眼の霧視を自覚した.同日15時頃より左眼視力低下があり,眼科紹介受診となった.〔別刷請求先〕河本良輔:〒569-8686大阪府高槻市大学町2-7大阪医科大学眼科Reprintrequests:RyohsukeKohmoto,M.D.,DepartmentofOphthalmology,OsakaMedicalCollege,2-7Daigaku-cho,Takatsuki-shi,Osaka569-8686,JAPAN0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(135)1701 図1初診時眼底写真左眼は軽度の網膜白濁・cherry-red-spotを認める.右眼は異常を認めない.初診時所見:視力は右眼0.15(0.9×sph.2.0D),左眼30cm手動弁(矯正不能)で,眼圧は右眼12mmHg,左眼11mmHgであった.両眼とも前眼部に異常なく中間透光帯は軽度白内障を認めた.直接対光反応は右眼は迅速かつ十分,左眼は鈍で相対的入力瞳孔反応異常(RAPD)を認めた.左眼眼底には網膜白濁,軽度のcherry-red-spotを認めた.右眼は異常を認めなかった(図1).Goldmann視野検査では左眼の中心視野消失を認めた(図2).また,同日撮影されたMRA(磁気共鳴血管画像)では両側内頸動脈に径不整を認めたが,著しい狭窄・閉塞はなかった(図3).経過:網膜中心動脈閉塞症と診断,ただちに眼球マッサージおよび前房穿刺を行った.また,同日より入院にてリプルR,ウロキナーゼRの点滴を5日間開始したが,視力に著変なく左眼視力矯正30cm手動弁のまま退院となった.その後,外来にて経過観察されており,平成19年8月8日外来受診時は左眼視力矯正30cm手動弁,左眼眼圧14mmHgで,前眼部に著変を認めなかった.眼底は網膜の白濁および1702あたらしい眼科Vol.31,No.11,2014図2初診時動的視野左眼は中心視野消失を認める.cherry-red-spotが遷延していた(図4).ところが発症より約2カ月後の平成19年8月27日,高度な頭痛,眼痛および嘔吐を主訴に来院.左眼の著明な角膜浮腫を認め,左眼眼圧は48mmHgに上昇していた.右眼に著変はなかった.左眼は角膜浮腫のため虹彩や隅角所見は得られなかったが,NVGと診断した.眼痛が強く球後麻酔施行のうえ前房穿刺およびベバシズマブ硝子体注射を施行した.しかし,その後も眼圧下降は得られず,疼痛も続いたため平成19年8月31日に経毛様体扁平部硝子体切除術および経毛様体扁平部水晶体切除術を施行した.術中,著明な角膜浮腫,多量の前房出血を認めた.最初にバイマニュアルアスピレータにて丁寧に前房出血を除去した.その後経毛様体扁平部水晶体切除を行った.硝子体出血をきたしていたが眼底には網膜.離や増殖性変化は認めなかった.経毛様体硝子体切除を施行後,汎網膜光凝固および下方約1/2周にわたり毛様体扁平部光凝固を行い合併症なく手術を終えた.術後左眼眼圧は10mmHg台前半で経過し,眼圧下降,眼痛,疼痛の消失を得た.平成(136) 図3初診時MRA両側内頸動脈に径不整を認めるが,高度な閉塞・狭窄を認めない.19年9月19日の所見では左眼眼圧8mmHgと眼圧下降は得たが,左眼視力は光覚(±)であった.眼底所見では汎網膜光凝固斑およびcherry-red-spotを認めた(図5).その後眼圧は再上昇することなく落ち着いている(図6).同日施行した蛍光眼底造影検査では左眼の著しい循環遅延を認め(図7),網膜電図(ERG)ではa波,b波,律動様小波の減弱を認めた(図8).II考按CRAOにNVGを併発する頻度は1.2%とする報告2,3)があるが,他の循環障害をきたす疾患よりその頻度は少ない.その理由としては,急激な血行の途絶による網膜の崩壊が生じ,そのダメージが強すぎるため血管新生因子が産生・放出されないことが指摘されている.しかし,一方でNVGの頻度はさほど低率でなく15.16%に生じたとする報告4,5)もある.このなかには高度の頸動脈病変などの眼虚血症候群に起因するものがかなり含まれていると考えられる.CRAOに続発するNVGには①眼虚血症候群に起因するもの,②網膜中心静脈閉塞症(CRVO)に併発するもの,③CRAO単独でNVGが発症するもの,の3タイプがあると推測される.①の眼虚血症候群に起因するもの6.8)では,一般に頸動脈狭窄が強くなると虹彩ルベオーシスが発生する.CRAOと頸動脈病変には糖尿病や高血圧,高脂血症など危険因子には共通なものが多く,両者の合併は決して稀ではない.大野ら9),田宮ら10)の報告ではCRAOの約30.50%に(137)図4発症7週間後の眼底写真網膜白濁およびcherry-red-spotが遷延している.図5術後眼底写真(発症2カ月後)汎網膜光凝固痕とcherry-red-spotの残存を認める.50%以上の頸動脈病変があるとしている.また,網膜動脈分枝閉塞症を発症後にNVGを併発した眼虚血症候群の報告11)もある.②のCRVOとCRAOが併発した症例報告12.14)はいくつかあるが,その特徴は通常のCRVOに比べて網膜出血が少なく,非虚血型のCRVO様の所見を呈するが後極部は網膜白濁が強いことが挙げられる.発症機序に関しては諸説があり,一過性のCRAOの血流障害がベースになり,血流うっ滞により二次的にCRVOが生じるとする説や,逆にCRVOの循環障害がCRAOの誘因であるとする説がある.今回の症例はMRAより内頸動脈に眼虚血症候群を引き起こすほどの重度の狭窄や閉塞を認めなかったことや,他にNVGを引き起こすようなCRVOや重度虚血の糖尿病網膜症の所見を眼底に認めなかったことから③の単独のCRAOよりNVGを併発したものと考えた.術中の左眼眼底所見においても同様で他のNVGを引き起こすような眼底疾患を認めあたらしい眼科Vol.31,No.11,20141703 眼圧(mmHg)60:右眼50:左眼4030201006/237/238/239/2310/23図6両眼の眼圧経過図7蛍光眼底造影検査静脈相左眼は網膜循環の遅延を認める.図8術後網膜電図a波,b波,律動小波の減弱を認める.なかった.本症例の特徴としては経過中左眼眼底の網膜白濁は通常のCRAO所見より軽度であった.CRAOの眼底所見は極早期ではcherry-red-spotがみられず,網膜の白濁は3.6週間で消失し,網膜の色調は徐々に正常化することが知られている15).しかし,本症例では軽度の網膜白濁が遷延したためcherry-red-spotも残存したものと考えた.岡本の報告16)ではcherry-red-spotが明瞭なCRAOと不明瞭なCRAO群でOCT(光干渉断層計)を用いた検討を行っている.それらによるとcherry-red-spotが不明瞭な群の急性期のOCT画像では明瞭な典型的なCRAOと異なり,SD-OCT(spectraldomain-OCT)のカラー表示で神経節細胞層の高反射が弱いことを示している.このことは網膜内層の浮腫,特に神経細胞層の浮腫が軽度であることを意味していると述べている.特にこれらcherry-red-spotが不明瞭な群の症例は眼底所見で網膜白濁が軽度であり,軟性白斑を認めることが多いとしている.軟性白斑の存在は網膜虚血の所見ではあるが,軸索流のうっ滞を反映しており,網膜内層の神経節細1704あたらしい眼科Vol.31,No.11,2014胞層の生存を意味している.また,向野らの報告1)では,CRAOにおいて網膜虚血が急速に進行した場合は血管新生が起こらず,緩徐に進行した場合は血管新生が起こるとしている.本症例は冠動脈カテーテル検査中に発症したため,原因は心原性の塞栓による可能性が高い.患者の全身状態不良につき初診時に蛍光眼底造影検査やOCTを撮影はしておらず,当時の血行動態,網膜周辺部無血管野の有無や網膜内層の評価は正確には不明である.しかし,本症例では軟性白斑の出現はなかったが,網膜白濁が軽度であり通常よりも遷延したことを考えると網膜は完全な虚血状態ではなかったと考えられた.また網膜虚血も緩徐に進行した可能性も考えられる.網膜内層の代謝がある程度維持されておりそこからvascularendothelialgrowthfactor(VEGF)などの血管新生因子が多く産生されNVGに至ったと考えた.今回の症例は発症より2カ月後にNVGを発症しており,完全虚血ではないCRAO症例では虚血型のCRVOと同様に発症より2,3カ月にて(138) NVG発症に至る可能性がある.通常CRAO症例は急性期を過ぎると病状固定し経過観察となる場合が多いが,本症例と同様に網膜虚血が軽度で進行が緩徐であると考えられる症例では経過中にNVGに至る可能性があり,経過が落ち着いたとしても長期にわたり蛍光眼底検査や隅角検査などで可能な限りNVG発症に注意し,危険性がある場合は早期の汎網膜光凝固が必要であると考えた.本論文の要旨は第26回日本眼循環学会(名古屋)で発表した.文献1)向野利寛,魚住博彦,中村孝一ほか:網膜中心動脈閉塞症の病理組織学的研究.臨眼42:1221-1226,19882)GartnerS,HenkindP:Neovasculizationoftheiris(rubeosisiridis).SurvOphthalmol22:291-312,19783)PerpautLE,ZinmmermanLE:Theoccurrenceofglaucomafollowingocculusionofthecentralretinalartery.AMAArchOphthalmol61:845-846.Link,19594)DukerJS,SivalingamA,BrownGCetal:Aprospectivestudyofacutecentralretinalarteryobstruction.Theincidenceofsecondaryocularneovasculariization.ArchOphthalmol109:339-342,19915)DukerJS,BrownGC:Irisneovasculrizationassociatedwithobstructionofthecentralretinalartery.Ophthalmology95:1244-1250,19886)渡邊真弓,荻野哲夫,木下貴正ほか:眼虚血症候群の眼所見と予後.眼紀57:189-194,20067)梶浦祐子,安積淳,井上正則:眼虚血症候群その臨床経過と治療成績.臨眼46:1022-1024,19928)鈴木智子,紺屋浩之,浜口朋也ほか:2型糖尿病に合併した両側内頚動脈閉塞症眼虚血症候群の1例.糖尿病と代謝30:54-60,20029)大野尚登,村田恭啓,木村和美ほか:網膜動脈閉塞症と頚動脈病変.臨眼50:1599-1601,199610)田宮良司,内田璞,岡田守生ほか:網膜血管閉塞症と閉塞性頚動脈疾患との関係について.日眼会誌100:863867,199611)奥野高司,長野陽子,池田佳美ほか:網膜動脈分枝閉塞症を発症後に血管新生緑内障を併発し予後不良であった眼虚血症候群の1例.あたらしい眼科27:1617-1620,201012)忍田拓哉,渡邊博,松橋正和ほか:網膜中心静脈症に合併した網膜中心動脈閉塞症及び脈絡膜循環不全の1例.臨眼56:1111-1115,200213)西村幸英,岡本紀夫:内頸動脈病変が影響したと考えられる網膜中心静脈閉塞症に合併した網膜中心動脈閉塞症の2例.眼科45:263-269,200314)天野公美子,川久保洋,島田宏之ほか:網膜中心動静脈閉塞症の2症例.眼紀47:1012-1017,199615)渡辺博:網膜動脈閉塞症.GeriatricMedicine44:12561257,200616)岡本紀夫:網膜中心動脈閉塞症の病型:網膜形態と視力予後に関する研究.兵庫医大会誌35:81-88,2010***(139)あたらしい眼科Vol.31,No.11,20141705

角膜移植後の角膜感染症

2014年11月30日 日曜日

《原著》あたらしい眼科31(11):1697.1700,2014c角膜移植後の角膜感染症藤井かんな*1,2佐竹良之*2島﨑潤*2*1杏林大学医学部眼科学教室*2東京歯科大学市川総合病院眼科InfectionafterCornealTransplantationKannaFujii1,2),YoshiyukiSatake2)andJunShimazaki2)1)DepartmentofOphthalmology,KyorinUniversitySchoolofMedicine,2)DepartmentofOphthalmology,TokyoDentalCollege,IchikawaGeneralHospital目的:角膜移植後感染症の発症背景と予後について検討した.対象および方法:角膜移植を施行後,入院治療を必要とする角膜感染症を発症した54例55眼を対象として,原疾患,手術方法,起炎菌,発症時期,概算発症率,発症時の使用薬剤,発症誘因,予後について検討した.結果:平均発症時期は26.4±27.6カ月で,3年以上経ってから発症した症例が23.6%であった.原疾患は,再移植が最も多く20眼(36.4%)であった.培養および臨床所見から細菌感染と診断されたのは14眼,真菌感染は35眼であった.発症時ステロイド点眼使用は53眼であった.発症の誘因としては,縫合糸の緩み,断裂,コンタクトレンズ装用などが多かった.透明治癒したものは17眼(30.9%)であった.結論:角膜移植後は,長期にわたって易感染性であり,感染の危険因子を考慮に入れて長期にわたる経過観察を行う必要があると考えられた.Purpose:Weretrospectivelystudiedthebackgroundandprognosisofpostoperativeinfectionaftercornealtransplantation.Methods:Wereviewedtherecordsof55eyeswithinfectiouskeratitisfollowingcornealtransplantationbetweenJanuary2003andDecember2007.Originaldiseases,surgicalmethods,microbiologicalresult,intervalbetweentransplantationandinfection,approximateincidence,medicationsused,contributingfactorsandprognosiswerestudied.Results:Themostfrequentoriginaldiseasewasregraft(36.4%).Bacterialandfungalinfectionswerefoundin14and35eyes,respectively.Meanintervalbetweensurgeryanddevelopmentofinfectionwas26.4±27.6months;23.6%ofcasesdevelopedinfectionmorethan3yearsfollowingsurgery.Thevastmajorityofcasesusedtopicalsteroidatthetimeofinfectiondevelopment.Presumablecontributingfactorsforinfectionincludedloosenedorbrokensutures,contactlenswearandpersistentepithelialdefects.Cleargraftswereachievedin17eyes(30.9%)bythefinalvisit.Conclusions:Postkeratoplastyeyesweresusceptibletoinfectionevenlongaftersurgery.Long-termfollow-upisnecessary,especiallywithpatientshavingriskfactorsforinfection.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(11):1697.1700,2014〕Keywords:角膜移植,感染性角膜炎,コンタクトレンズ,縫合糸.cornealtransplantation,infectiouskeratitis,contactlens,suture.はじめに角膜移植後は,ステロイド点眼の長期投与,縫合糸の存在,角膜知覚の低下,コンタクトレンズ装用などさまざまな要因により易感染性である.また,いったん感染が生じると重症化しやすく,感染が治癒したとしても不可逆的な影響を及ぼし,視力予後不良の原因となることが多い.今回,筆者らは角膜移植後に細菌あるいは真菌感染症を生じた例について,その発症背景と予後を検討したので報告する.I対象および方法東京歯科大学市川総合病院において角膜移植を施行し,2003年1月から2007年12月までの5年間に,入院治療を必要とする細菌あるいは真菌角膜感染症を発症した54例55眼を対象としてレトロスペクティブに検討した.症例の内訳は男性24例24眼,女性30例31眼,平均年齢59.0±16.0歳(平均値±標準偏差,範囲:16.85歳)であった.〔別刷請求先〕島﨑潤:〒272-8513市川市菅野5-11-13東京歯科大学市川総合病院眼科Reprintrequests:JunShimazaki,DepartmentofOphthalmology,TokyoDentalCollege,IchikawaGeneralHospital,5-11-13Sugano,Ichikawa-shi,Chiba272-8513,JAPAN0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(131)1697 表1原疾患の内訳原疾患眼数(%)n=552003年施行全移植中の眼数(%)n=248再移植20(36.4)40(16.1)水疱性角膜症13(23.6)72(29.0)角膜ヘルペス後6(10.9)5(2.0)角膜白斑5(9.1)65(26.2)瘢痕性角結膜症4(7.3)2(0.8)円錐角膜3(5.5)40(16.1)02468101214161820:細菌感染:真菌感染眼数20:細菌感染:真菌感染眼数0~1年1~2年2~3年3年以上術後期間〔(以上)~(未満)〕図1角膜移植後感染症の発症時期表2手術の内訳原疾患眼数(%)n=552003年施行全移植中の眼数(%)n=248PKP37(67.3)203(81.9)DALK8(14.5)23(9.3)ALK7(12.7)9(3.6)PKP+アロLT2(3.6)0(0.0)ALK+アロ培養上皮移植1(1.8)0(0.0)角膜内皮移植0(0.0)12(4.8)DALK+オート(自家)LT0(0.0)1(0.4)PKP:全層角膜移植,DALK:深層表層角膜移植,ALK:表層角膜移植,LT:輪部移植.これらの症例について,原疾患,手術方法,起炎菌,発症時期,概算発症率,使用薬剤,発症誘因となる局所因子,予後について検討を行った.原疾患,手術術式の内訳に関しては,2003年に施行された角膜移植での原疾患,手術術式を適合性のc2検定を用いて比較した.概算発症率の算定は,対象とした時期より平均発症時期をさかのぼった時点の角膜移植施行件数と比較して算定した.II結果1.発症時期平均発症時期は26.4±27.6カ月で,1年以内に発症した症例は45.5%,3年以上経ってから発症した症例は23.6%であった(図1).細菌感染例での平均発症時期は22.4±21.5カ月(1.4.77.8カ月),真菌感染症では27.0±28.9カ月(0.4.104.8カ月)であった.2.原疾患原疾患で,最も多かったのは再移植20眼(36.4%,95%信頼区間:24.9.49.6),ついで水疱性角膜症13眼(23.7%,95%信頼区間:14.4.36.3),角膜ヘルペス後6眼(10.9%,95%信頼区間:5.1.21.8),角膜白斑5眼(9.1%,95%信頼1698あたらしい眼科Vol.31,No.11,2014角膜穿孔3(5.5)6(2.4)角膜ジストロフィ1(1.8)14(5.6)角膜輪部デルモイド0(0.0)4(1.6)区間:3.9.19.6),瘢痕性角結膜症4眼(7.3%,95%信頼区間:2.9.17.3),円錐角膜3眼(5.5%,95%信頼区間:1.9.14.9),角膜穿孔3眼(5.5%,95%信頼区間:1.9.14.9),角膜ジストロフィ1眼(1.8%,95%信頼区間:0.3.9.6)であった(表1).2003年全体の原疾患と比較すると今回の検討では再移植,角膜ヘルペス後,瘢痕性角膜症の比率が高かった(p<0.0001*).3.手術方法角膜移植の術式は,全層角膜移植(penetratingkeratoplasty:PKP)が37眼(67.3%,95%信頼区間:54.1.78.2),表層角膜移植(anteriorlamellarkeratoplasty:ALK)が7眼(12.7%,95%信頼区間:6.3.24.0),深層表層角膜移植(deepanteriorlamellarkeratoplasty:DALK)が8眼(14.5%,95%信頼区間:7.6.26.2),PKPとアロ(他家)輪部移植(limbaltransplantation:LT)を併用したのが2眼(3.6%,95%信頼区間:1.0.12.3),ALKとアロ(他家)培養上皮移植を併用したのが1眼(1.8%,95%信頼区間:0.3.9.6)であった(表2).今回の検討ではALK,DALKの比率が高かった(p=0.0004*).4.起炎菌病変部もしくは抜糸した糸から菌が検出されたのは,55眼中21眼(38.1%)であった(表3).細菌感染症では,グラム陽性球菌が5眼,グラム陽性桿菌が3眼,グラム陰性桿菌が1眼であった.培養で起炎菌が同定できず,臨床所見および治療経過から細菌感染と診断されたのは5眼であった.真菌感染症では,酵母型真菌が11眼と大部分を占め,糸状菌が検出されたのは1眼であった.培養で起炎菌が同定できず,臨床所見および治療経過から真菌感染と診断されたのは23眼で,そのうち7眼でendothelialplaqueが認められた.培養陰性であり臨床所見および治療経過から混合感染と診断されたのは1眼であった.治療経過,臨床所見からも菌を特定できなかったものは5眼(9.1%)であった.(132) 表3起炎菌の種類起炎菌眼数グラム陽性球菌Staphylococcusaureus3(MSSA2眼,MRSA1眼)Staphylococcusoralis1a-hemolytisstreptococcus1グラム陽性桿菌Corynebacteriumspecies3グラム陰性桿菌Acinetobacterhemolytics1酵母状真菌Candidaparapsilosis6Candidaalbicans2その他の酵母状真菌3糸状菌Penicililumspecies1MSSA:methicillin-sensitiveStaphylococcusaureus(メチシリン感受性黄色ブドウ球菌),MRSA:メチシリン耐性黄色ブドウ球菌.5.概算発症率平均発症時期が約2年であったので,今回の対象期間から2年さかのぼった2001年1月から2005年12月に角膜移植を施行した件数から概算発症率を算出した.2001年1月から2005年12月の5年間に施行した角膜移植件数は1,405眼であり,概算発症率は3.9%(95%信頼区間:3.0.5.1)と算出された.6.発症時の使用薬剤感染症発生時に使用していた薬剤についての検討を行った(表4).ステロイド点眼は,55眼中53眼とほとんどの症例で使用されていた.細菌感染症では発症時にフルオロメトロンを局所使用していた症例は14眼中7眼,ベタメタゾンあるいはデキサメタゾンを局所使用していた症例は14眼中7眼であった.真菌感染症では,フルオロメトロン使用例が33眼中10眼,ベタメタゾン・デキサメタゾン使用例が33眼中23眼であり,ベタメタゾン・デキサメタゾン使用例での発症が多かった.抗菌剤点眼を使用していた症例は,55眼中41眼であった.細菌感染症では14眼中9眼,真菌感染症では,35眼中10眼であった.ステロイドを全身投与されていた症例は55眼中6眼,シクロスポリンを使用していた症例は5眼であった.7.発症の誘因感染症発症に関与したと思われる誘因についての検討を行った(表5).縫合糸が残存していたものは47眼(85.5%)そのうち17眼(30.9%)で糸の緩みあるいは断裂を伴ってい(,)た.治療用または視力矯正用コンタクトレンズを装用してい(133)表4発症時の使用薬剤細菌感染(%)真菌感染(%)薬剤眼数(%)n=14n=35ステロイド点眼53(96.4)14(100.0)33(94.3)ベタメタゾン/デキサメタゾン33(60.0)7(50.0)23(65.7)フルオロメトロン20(36.4)7(50.0)10(28.6)抗生剤点眼41(74.5)9(64.3)29(82.9)全身投与剤6(10.9)2(14.3)4(11.4)ステロイド1(1.8)1(7.1)0(0.0)シクロスポリン5(9.1)1(7.1)4(11.4)表5発症の誘因となる因子細菌感染(%)真菌感染(%)因子眼数(%)n=14n=35縫合糸47(85.5)12(78.6)30(85.7)緩み・断裂17(30.9)5(35.7)12(34.3)コンタクトレンズ13(23.6)6(42.9)6(17.1)HCL1(1.8)0(0.0)1(2.9)SCL12(21.8)6(42.6)5(14.3)遷延性上皮欠損12(21.8)4(28.6)7(20.0)眼瞼の異常6(10.9)4(28.6)2(5.7)外傷2(3.6)1(7.1)1(2.9)糖尿病6(10.9)1(7.1)2(5.7)HCL:ハードコンタクトレンズ,SCL:ソフトコンタクトレンズ.たものが13眼(23.6%)で,そのうち12眼はソフトコンタクトレンズであった.遷延性上皮欠損が存在していたものは12眼(21.8%)であった.8.予後内科的治療によって透明治癒した症例は8眼,瘢痕治癒は43眼,治療的角膜移植を施行した症例は4眼であった.瘢痕治癒後に光学的移植を施行した症例は14眼あり,うち透明治癒が得られたものは9眼であった.透明治癒した17眼(30.9%)のうち,細菌感染症では4眼(28.6%),真菌感染症は13眼(37.1%)であった.III考按角膜移植後の感染症は,視力予後に大きな影響を及ぼすので,その発症時期や危険因子について検討を加え,予防に努めることは非常に重要と考えられる.今回の検討で移植後角膜感染症の発症率を概算したところで算定し3.9%であり,過去の報告の0.2.3.6%とほぼ一致するものであった1.3).今回は,入院治療を必要とした症例を対象としたが,通院で治療した症例や他院で治療した症例も存在すると考えられるため,実際の発症率はさらに高率であると推測された.過去の報告によると1年以内に発症した症例は48%3),あたらしい眼科Vol.31,No.11,20141699 55.6%4)と約半数を占めている.今回の結果では1年以内に45.5%が発症しており,過去の報告にほぼ一致するものであった.3年以降に発症した症例は13眼(23.6%)あり,角膜移植後では晩期感染症にも注意が必要であると考えられた.原疾患では,移植全体の原疾患比率と比較して,再移植の割合が多かった.再移植例では,術後の免疫抑制のためステロイド点眼を長期投与することが多く,易感染状態になりやすいためと考えられた.また,術式ではALK,DALKの比率が18眼と高かったが,このうち6眼が眼類天疱瘡,偽類天疱瘡,化学傷などの瘢痕性角結膜症であった.瘢痕性角結膜症は遷延性上皮欠損を生じやすく,感染防御が脆弱になるためと考えられた.角膜移植後感染症の起炎菌としては,これまでの報告ではメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(methicillin-resistantStaphylococcusaureus:MRSA)を含む黄色ブドウ球菌,表皮ブドウ球菌,緑膿菌,真菌(カンジダ)感染などが多いとされる1.6).今回の結果では,細菌はグラム陰性菌が1眼に対しグラム陽性菌が8眼と多く,真菌は糸状菌が1眼に対し酵母状真菌が11眼と多かった.角膜移植後はステロイド長期使用など種々の要因により免疫能が低下し,グラム陽性菌や酵母菌といった常在菌による感染を発症しやすい環境にあると考えられた.移植後角膜感染症の危険因子としては,遷延性上皮欠損2,4),コンタクトレンズ装用2,4,5),局所のステロイド点眼2,4.6)および抗生物質点眼の併用4),縫合糸の緩みや断裂2,5,6)などが挙げられている.今回の結果では,ほとんどの症例でステロイド点眼を使用していた.縫合糸の緩み・断裂を有していた症例は30.9%であり,これまでの報告にもあるように7),縫合糸の状態には特に注意をすべきと考えられた.縫合糸の緩み・断裂は,感染のみならず血管新生や拒絶反応の誘因となることが知られており,こうした例では速やかに抜糸すべきと考えられた.易感染性状態にある角膜移植眼の透明性を保つためには,感染予防が非常に重要である.したがって,術後感染の危険因子を考慮に入れて,患者啓発を行ったうえで長期の経過観察を行う必要があると考えられた.文献1)LveilleAS,McmullenFD,CavanaghHD:Endophthalmitisfollowingpenetratingkeratoplasty.Ophthalmology90:38-39,19832)脇舛耕一,外園千恵,清水有紀子ほか:角膜移植後の角膜感染症に関する検討.日眼会誌108:354-358,20033)兒玉益広,水流忠彦:角膜移植後感染症の発症頻度と転帰.臨眼50:999-1002,19964)HarrisDJJr,StultingRD,WaringGOIIIetal:Latebacterialandfungalkeratitisaftercornealtransplantation.Spectrumofpathogens,graftsurvival,andvisualprognosis.Ophthalmology95:1450-1457,19885)中島秀登,山田昌和,真島行彦:角膜移植眼に生じた感染性角膜炎の検討.臨眼55:1001-1006,20016)WrightTM,AfshariNA:Microbialkeratitisfollowingcornealtransplantation.AmJOphthalmol142:10611062,20067)若林俊子,山田昌和,篠田啓ほか:縫合糸膿瘍から重篤な眼感染症をきたした角膜移植眼の2眼.あたらしい眼科16:237-240,1999***1700あたらしい眼科Vol.31,No.11,2014(134)

角膜移植後ドライアイに対するジクアホソルナトリウム点眼薬の効果

2014年11月30日 日曜日

1692あたらしい眼科Vol.4101,211,No.3(00)1692(126)0910-1810/14/\100/頁/JCOPY《原著》あたらしい眼科31(11):1692.1696,2014cはじめに角膜移植術後は,涙液動態の変化に伴いドライアイを高率に発症する.角膜知覚神経が切断されると反射性涙液分泌が低下し1.3),角結膜上皮のムチン発現の低下,結膜杯細胞の減少,涙液クリアランスの低下,上皮バリア機能の障害,眼表面の炎症が引き起こされると報告されている3).また,宿主角膜とドナー角膜の接合部には浮腫や縫合による凸状の角膜形状変化が生じ,その内側に異所性の涙液メニスカスが形成され,ドナー角膜中央部の涙液層は菲薄化する4,5).そのため,角膜移植術後のドライアイには,涙液量の減少と涙液〔別刷請求先〕堀田芙美香:〒770-8503徳島市蔵本町3-18-15徳島大学大学院ヘルスバイオサイエンス研究部眼科学分野Reprintrequests:FumikaHotta,M.D.,DepartmentofOphthalmology,InstituteofHealthBiosciences,TheUniversityofTokushimaGraduateSchool,3-18-15Kuramoto-cho,Tokushimacity770-8503,JAPAN角膜移植後ドライアイに対するジクアホソルナトリウム点眼薬の効果堀田芙美香江口洋仁木昌徳EnkhmaaTserennadimid三田村さやか宮本龍郎三田村佳典徳島大学大学院ヘルスバイオサイエンス研究部眼科学分野EffectofDiquafosolTetrasodiumOphthalmicSolutiononTreatmentforDryEyefollowingKeratoplastyFumikaHotta,HiroshiEguchi,MasanoriNiki,EnkhmaaTserennadimid,SayakaMitamura,TatsuroMiyamotoandYoshinoriMitamuraDepartmentofOphthalmology,InstituteofHealthBiosciences,TheUniversityofTokushimaGraduateSchool角膜移植術後のドライアイに対するジクアホソルナトリウム(以下,ジクアホソルNa)点眼薬の効果について検討した.角膜移植術後のドライアイ症例10例10眼において,Schirmer試験第I法測定値(以下,Schirmer値),涙液層破壊時間(tearfilmbreakuptime:BUT),角結膜上皮障害染色スコアリング(以下,スコア),および臨床経過について,ジクアホソルNa点眼薬投与前と投与1カ月後を比較した.角膜内皮細胞密度と角膜厚は,投与前3カ月以内,投与後3カ月以内に測定可能であった症例で,投与前後の値を比較した.Schirmer値には有意差はなかったが,BUTは有意に上昇し,スコアは有意に減少した.角膜内皮細胞密度と角膜厚の平均値に著変はなかった.視力低下・拒絶反応・感染症をきたした症例はなかった.角膜移植術後のドライアイに対してジクアホソルNa点眼薬投与は有効であると考えられた.Weinvestigatedtheefficacyofdiquafosoltetrasodiumophthalmicsolutionforthetreatmentofpatientswithdryeyefollowingkeratoplasty.Tenpatientswithdryeyewhohadundergonekeratoplastywereevaluatedbeforeandat1monthafteradministrationastoSchirmer’stestresults,tearfilmbreakuptime(BUT),fluoresceincornealandconjunctivalstainingscore(Score),andclinicalcourse.Inmeasurablecases,bothendothelialdensityandcornealthicknessmeasurementsobtainedwithin3monthsbeforeadministrationwerecomparedtotherespectivevaluesobtainedwithin3monthsafteradministration.BUTandScoreimprovementswerestatisticallysignificant;Schirmer’stestresultswerenot.Cornealendothelialdensityandcornealthicknessvaluesobtainedbeforeandafteradministrationwerealmostunchanged.Nosubjectsdevelopeddecreasedvisualacuity,cornealgraftrejectionorinfectionafteradministration.Diquafosoltetrasodiumophthalmicsolutioniseffectivefordryeyefollowingkeratoplasty.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(11):1692.1696,2014〕Keywords:ドライアイ,角膜移植,ジクアホソルナトリウム点眼薬.dryeye,keratoplasty,diquafosoltetrasodiumophthalmicsolution.(00)1692(126)0910-1810/14/\100/頁/JCOPY《原著》あたらしい眼科31(11):1692.1696,2014cはじめに角膜移植術後は,涙液動態の変化に伴いドライアイを高率に発症する.角膜知覚神経が切断されると反射性涙液分泌が低下し1.3),角結膜上皮のムチン発現の低下,結膜杯細胞の減少,涙液クリアランスの低下,上皮バリア機能の障害,眼表面の炎症が引き起こされると報告されている3).また,宿主角膜とドナー角膜の接合部には浮腫や縫合による凸状の角膜形状変化が生じ,その内側に異所性の涙液メニスカスが形成され,ドナー角膜中央部の涙液層は菲薄化する4,5).そのため,角膜移植術後のドライアイには,涙液量の減少と涙液〔別刷請求先〕堀田芙美香:〒770-8503徳島市蔵本町3-18-15徳島大学大学院ヘルスバイオサイエンス研究部眼科学分野Reprintrequests:FumikaHotta,M.D.,DepartmentofOphthalmology,InstituteofHealthBiosciences,TheUniversityofTokushimaGraduateSchool,3-18-15Kuramoto-cho,Tokushimacity770-8503,JAPAN角膜移植後ドライアイに対するジクアホソルナトリウム点眼薬の効果堀田芙美香江口洋仁木昌徳EnkhmaaTserennadimid三田村さやか宮本龍郎三田村佳典徳島大学大学院ヘルスバイオサイエンス研究部眼科学分野EffectofDiquafosolTetrasodiumOphthalmicSolutiononTreatmentforDryEyefollowingKeratoplastyFumikaHotta,HiroshiEguchi,MasanoriNiki,EnkhmaaTserennadimid,SayakaMitamura,TatsuroMiyamotoandYoshinoriMitamuraDepartmentofOphthalmology,InstituteofHealthBiosciences,TheUniversityofTokushimaGraduateSchool角膜移植術後のドライアイに対するジクアホソルナトリウム(以下,ジクアホソルNa)点眼薬の効果について検討した.角膜移植術後のドライアイ症例10例10眼において,Schirmer試験第I法測定値(以下,Schirmer値),涙液層破壊時間(tearfilmbreakuptime:BUT),角結膜上皮障害染色スコアリング(以下,スコア),および臨床経過について,ジクアホソルNa点眼薬投与前と投与1カ月後を比較した.角膜内皮細胞密度と角膜厚は,投与前3カ月以内,投与後3カ月以内に測定可能であった症例で,投与前後の値を比較した.Schirmer値には有意差はなかったが,BUTは有意に上昇し,スコアは有意に減少した.角膜内皮細胞密度と角膜厚の平均値に著変はなかった.視力低下・拒絶反応・感染症をきたした症例はなかった.角膜移植術後のドライアイに対してジクアホソルNa点眼薬投与は有効であると考えられた.Weinvestigatedtheefficacyofdiquafosoltetrasodiumophthalmicsolutionforthetreatmentofpatientswithdryeyefollowingkeratoplasty.Tenpatientswithdryeyewhohadundergonekeratoplastywereevaluatedbeforeandat1monthafteradministrationastoSchirmer’stestresults,tearfilmbreakuptime(BUT),fluoresceincornealandconjunctivalstainingscore(Score),andclinicalcourse.Inmeasurablecases,bothendothelialdensityandcornealthicknessmeasurementsobtainedwithin3monthsbeforeadministrationwerecomparedtotherespectivevaluesobtainedwithin3monthsafteradministration.BUTandScoreimprovementswerestatisticallysignificant;Schirmer’stestresultswerenot.Cornealendothelialdensityandcornealthicknessvaluesobtainedbeforeandafteradministrationwerealmostunchanged.Nosubjectsdevelopeddecreasedvisualacuity,cornealgraftrejectionorinfectionafteradministration.Diquafosoltetrasodiumophthalmicsolutioniseffectivefordryeyefollowingkeratoplasty.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(11):1692.1696,2014〕Keywords:ドライアイ,角膜移植,ジクアホソルナトリウム点眼薬.dryeye,keratoplasty,diquafosoltetrasodiumophthalmicsolution. 表1症例の背景情報症例年齢・性別眼術式期間*原疾患ドライアイ治療薬†164女左表層移植1年2カ月RA‡関連ドライアイ,角膜潰瘍,角膜穿孔ヒアルロン酸ナトリウム,ピロカルピン塩酸塩,自己血清点眼258男左表層移植1年3カ月GVHD§,ドライアイ,角膜穿孔自己血清点眼3||72女左全層移植1年7カ月水疱性角膜症ヒアルロン酸ナトリウム463男左全層移植9年水疱性角膜症ヒアルロン酸ナトリウム5||,¶46男右全層移植1年11カ月円錐角膜ヒアルロン酸ナトリウム6||,¶42男左全層移植1年10カ月円錐角膜ヒアルロン酸ナトリウム7||,¶,**81男右全層移植3カ月原因不明の角膜実質混濁ヒアルロン酸ナトリウム859男右全層移植10カ月角膜穿孔後移植片機能不全ヒアルロン酸ナトリウム**,¶940男左全層移植10カ月円錐角膜ヒアルロン酸ナトリウム10**27男右全層移植3年円錐角膜ヒアルロン酸ナトリウム*:角膜移植術後からジクアホソルNaを追加するまでの期間,†:ジクアホソルNaを追加する前に使用していた薬剤,‡:rheumatoidarthritis関節リウマチ,§:graft-versus-hostdisease移植片対宿主病,||:角膜内皮細胞密度を測定できた症例,¶:角膜厚を測定できた症例,**:両眼とも角膜移植術を施行している症例.安定性の低下の双方が関与していると考えられる.従来から,角膜移植術後のドライアイに対しては,人工涙液やヒアルロン酸ナトリウムの点眼,自己血清点眼,涙点プラグなど一般的なドライアイと同様の治療が行われてきた.しかし,角膜移植術後はすでに複数の点眼薬を使用されていることが多く,点眼薬のさらなる追加は,薬剤性角膜上皮障害の観点からも慎重に判断すべきである.ジクアホソルナトリウム(以下,ジクアホソルNa)点眼液は,結膜上皮細胞と杯細胞膜上のP2Y2受容体に作用し,細胞内のカルシウム濃度を上昇させることで,水分とムチンの分泌を促進する新しいドライアイ治療薬である6,7).また,角膜上皮細胞における膜型ムチンの発現を促進するという報告もある8).ムチンは眼表面で涙液を保持する役割をもち,結果として涙液の安定性維持に寄与する.近年,種々のドライアイに対するジクアホソルNa点眼薬の効果が報告されており9,10),角膜移植後のドライアイへの効果も期待される.そこで,今回筆者らは角膜移植術後のドライアイ症例に対してジクアホソルNa点眼薬を投与し,その効果について検証した.I対象および方法1.対象徳島大学病院で2011年2月から2013年2月にかけて,角膜移植術後のドライアイに対してなんらかの点眼治療中の症例に,ジクアホソルNa点眼薬を追加投与し1カ月以上経過観察できた10例10眼(男性8例8眼,女性2例2眼)である.年齢は27.81歳(平均55.2±16.3歳),右眼4例,左眼6例,全層角膜移植術後8例8眼,表層角膜移植術後2例2眼であった.患者の背景情報やジクアホソルNa投与前の治療の詳細は,表1に示す.両眼とも角膜移植術を施行さ(127)れている症例(症例No.7,9,10)については,後に移植された片眼を対象とした.2.方法Schirmer試験第I法測定値(以下,Schirmer値),涙液層破壊時間(tearfilmbreakuptime:BUT),フルオレセイン染色による角結膜上皮障害染色スコアリング(以下,スコア;2006年ドライアイ診断基準11)に準ずる),および臨床経過について,ジクアホソルNa点眼薬投与前と投与1カ月後を比較検討した.角膜内皮細胞密度と角膜厚の推移は,測定可能であった症例において,投与前後3カ月以内の値を採用し比較検討した.なおBUTは,1人の検者がフルオレセイン試験紙(フローレスR眼検査用試験紙0.7mg,昭和薬品化工)に最小量の生理的食塩水をつけて下眼瞼結膜に軽く触れるようにして染色し,十分に瞬目させて染色液を眼表面に行き渡らせた後,開瞼から角膜のどこかにドライスポットが現れるまでを細隙灯顕微鏡に備え付けの動画ソフトウェアで撮影し,診察時にモニターのカウンターで一旦判定・記録した.同日の全診療終了後にモニター上のカウンターで再判定し確定した.スコアは,1人の検者が診療時に判定し一旦記録し,同時に静止画を撮影した.同日の全診療終了後に画像を再度閲覧しスコアの妥当性を判定し,必要に応じて改変した.角膜内皮細胞密度および角膜厚の推移の観察は,ジクアホソルNa投与前3カ月以内,および投与後3カ月以内に非接触型角膜内皮細胞撮影装置(コーナンスペキュラーマイクロスコープ.,コーナン・メディカル,西宮)で撮影および測定し比較した.臨床経過は,視力の推移,ドナー角膜移植片の浮腫・混濁の出現,および感染症発症の有無について観察した.統計処理はWilcoxon符号付き順位和検定(SPSS11.0JforWindows)を用いた.あたらしい眼科Vol.31,No.11,20141693 (mm)2012015105(n=10)0投与前1カ月後図1涙液分泌量の変化(Wilcoxon符号付き順位和検定)各値は症例の平均値±標準偏差を示す.点眼投与前後で有意な変化はない.†4321†p=0.03(n=10)0投与前1カ月後図3角結膜上皮障害染色スコア(Wilcoxon符号付き順位和検定)各値は症例の平均値±標準偏差を示す.点眼投与1カ月後は有意に減少している.(μm)800700600500400300200100(n=4)0投与前投与後3カ月以内図5角膜厚の変化各値は症例の平均値±標準偏差を示す.点眼投与後の平均値はわずかに薄くなっている.II結果1.Schirmer値(図1)ジクアホソルNa投与前9.1±7.5mmであったのが,投与(分)*65432*p=0.031(n=10)0投与前1カ月後図2涙液層破壊時間の変化(Wilcoxon符号付き順位和検定)各値は症例の平均値±標準偏差を示す.点眼投与1カ月後は有意に延長している.(cells/mm2)3,5003,0002,5002,0001,5001,000500(n=4)0投与前投与後3カ月以内図4角膜内皮細胞密度の変化各値は症例の平均値±標準偏差を示す.点眼投与後の平均値はわずかに軽減している.1カ月後には11.5±7.9mmに増加したが,投与前後で有意差はなかった(p=0.18).2.BUT(図2)ジクアホソルNa投与前1.5±0.8秒であったのが,投与1カ月後には3.3±2.3秒に有意に延長した(p=0.03).3.スコア(図3)ジクアホソルNa投与前2.3±1.3であったのが,投与1カ月後には1.8±1.0に有意に減少した(p=0.03).スコアを角膜と結膜で分けて検討すると,角膜のスコアは投与前1.7±0.7であったのが,投与1カ月後には1.1±0.6に有意に減少した(p=0.03).結膜のスコアは投与前0.6±1.1であったのが,投与1カ月後には0.7±0.8に増加したが,投与前後で有意差はなかった(p=0.66).4.角膜内皮細胞密度(図4)撮影可能であった4例(症例No.5,6,7,9)において,ジクアホソルNa投与前の内皮細胞密度の平均は2,436±569cells/mm2であったのが,投与後は平均2,199±471cells/mm2となった.(128) ジクアホソルNa投与前投与1カ月後図6症例7(右眼)ジクアホソルNa投与前の角膜上皮障害は,投与1カ月後に軽減した.5.角膜厚(図5)測定可能であった4例(症例No.3,5,6,7)において,ジクアホソルNa投与前の角膜厚の平均は602±66μmであったのが,投与後は平均523±5μmとなった.6.臨床経過点眼投与を契機に,視力低下・拒絶反応・感染症をきたした症例はなかった.7.代表症例(症例7,図6)81歳,男性.原因不明の角膜実質混濁に対して全層角膜移植術を施行してから3カ月が経過した時点でジクアホソルNaを投与開始した.投与1カ月後には,投与前よりもSchirmer値は増加し(13mmが15mmに),BUTは延長し(2秒が4秒に),スコアは低下した(2点が1点に).III考按本研究において,ジクアホソルNa点眼薬の投与後,Schirmer値とBUTの平均値は上昇し,スコアの平均値は減少した.これは,ジクアホソルNaの作用により涙液安定性が改善し涙液貯留量が増加した結果と考えられる.一方で,Schirmer値が低下した症例が3例(症例2,3,10)あった.このうち2例(症例2,3)ではBUTが延長し,スコアが減少あるいは不変であった.このことは,症例2が表層移植後ゆえに角膜知覚神経は部分的にしか切断されていないこと,症例3は全層移植後1年7カ月経過していたため,すでに角膜知覚神経が回復していたと思われることから,双方の症例ともムチン分泌の増加に伴い涙液安定性が改善し,反射性の涙液分泌が減少したことを表していると思われる.症例10では,BUTが不変であるにもかかわらずスコアは減少しており,上記と同様の傾向にあるものの,ムチン分泌の増加がBUT延長に反映されるまでには至っていなかったのかもしれない.また,症例1ではBUTが短縮している.その原因は不明だが,Schirmer値は増加し,スコアは減少してい(129)ることから,症例1ではムチン分泌増加よりも水分泌増加が角結膜上皮障害改善に寄与していたと思われる.角膜と結膜では,ジクアホソルNa投与後のスコアの変化に差があった.原疾患にドライアイのある症例1,2を除いて,結膜上皮障害はジクアホソルNa投与前からないか,あっても少なく,投与後もほとんど変化しなかった.一方,角膜上皮障害は有意に減少した.角膜移植術後は結膜よりも角膜に上皮障害を起こしやすく,ジクアホソルNaは角膜移植術後の角膜上皮障害の軽減に有効である可能性が示唆された.ただし本研究の限界として,正常対照群がないため,上皮障害がジクアホソルNaの追加投与により減少したのか,点眼回数が増えたことで単に水分の補充回数が増えたため減少したのかが判断できないことが挙げられる.今後は,人工涙液などで水分補充のみを行う正常対照群を設け,症例数を増やして検討する必要がある.角膜移植後の角膜透明性にかかわる重要な因子として角膜内皮細胞の機能がある.今回の研究では,ジクアホソルNa投与後に視力低下をきたした症例や,拒絶反応や感染症の所見は出現しなかったが,本来ならば,ジクアホソルNa投与前後に全例で測定し比較検討すべきである.しかし,角膜移植後は眼表面が不正のため,非接触型スペキュラマイクロスコープでの角膜内皮の観察が困難であり,全例には実施できていない.同じ機器での角膜厚の測定も,同様に困難であった.症例数が少ないため,現時点で角膜内皮細胞への影響について断言はできないが,角膜内皮細胞密度が測定可能であった症例の平均値は,投与前後でわずかに減少しているものの,角膜厚はむしろ減少している.それらを臨床経過と合わせて判断すると,ジクアホソルNaが角膜移植後の角膜内皮細胞の機能を損傷していた可能性は低いと推察される.以上のことから,角膜移植後には,ヒアルロン酸ナトリウム点眼薬をはじめとする,既存のドライアイ治療薬だけでは十分な角結膜上皮障害が改善しない場合,ジクアホソルNaあたらしい眼科Vol.31,No.11,20141695 点眼薬の追加を検討して良いと思われる.文献1)木下茂,大園澄江,浜野孝ほか:角膜移植片の知覚回復について.臨眼39:466-467,19852)RaoGN,JohnT,IshidaNetal:Recoveryofcornealsensitivityingraftfollowingpenetratingkeratoplasty.Ophthalmology92:1408-1411,19853)SongXJ,LiDQ,FarleyWetal:Neurturin-deficientmicedevelopdryeyeandkeratoconjunctivitissicca.InvestOphthalmolVisSci44:4223-4229,20034)山田潤,横井則彦,西田幸二ほか:角膜移植後の角膜形状と角膜上皮障害との関連.臨眼49:1769-1771,19955)山田潤,横井則彦,西田幸二ほか:角膜移植後の角膜上皮障害と涙液BreakupTimeの関連.あたらしい眼科13:127-130,19966)七條優子,阪元明日香,中村雅胤:ジクアホソルナトリウムのウサギ結膜組織からのMUC5AC分泌促進作用.あたらしい眼科28:261-265,20117)七條優子,篠宮克彦,勝田修ほか:ジクアホソルナトリウムのウサギ結膜組織からのムチン様糖蛋白質分泌促進作用.あたらしい眼科28:543-548,20118)七條優子,中村雅胤:培養角膜上皮細胞におけるジクアホソルナトリウムの膜結合型ムチン遺伝子の発現促進作用.あたらしい眼科28:425-429,20119)KohS,IkedaC,TakaiYetal:Long-termresultsoftreatmentwithdiquafosolophthalmicsolutionforaqueous-deficientdryeye.JpnJOphthalmol57:440-446,201310)Shimazaki-DenS,IsedaH,GogruMetal:EffectsofdiquafosolsodiumeyedropsontearfilmstabilityinshortBUTtypeofdryeye.Cornea32:1120-1125,201311)島﨑潤,ドライアイ研究会:2006年ドライアイ診断基準.あたらしい眼科24:181-184,2007***(130)

高浸透圧ストレスを負荷した培養ヒト角膜上皮細胞におけるレバミピドの抗炎症作用

2014年11月30日 日曜日

《原著》あたらしい眼科31(11):1687.1691,2014c高浸透圧ストレスを負荷した培養ヒト角膜上皮細胞におけるレバミピドの抗炎症作用中嶋英雄田中直美浦島博樹篠原久司大塚製薬株式会社赤穂研究所Anti-inflammatoryEffectsofRebamipideinHyperosmolar-stressedHumanCornealEpithelialCellsHideoNakashima,NaomiTanaka,HirokiUrashimaandHisashiShinoharaAkoResearchInstitute,OtsukaPharmaceuticalCo.,Ltd.培養ヒト角膜上皮細胞において高浸透圧ストレスによって誘導される炎症性サイトカインの産生ならびにmitogen-activatedproteinkinase(MAPキナーゼ)経路の活性化に対するレバミピドの効果について検討した.細胞をサブコンフルエントまで培養した後,培地から増殖添加剤を除去して以下の検討に用いた.塩化ナトリウムにて調製した400.500mOsMの高浸透圧培地で24時間細胞を培養し,培養上清中の炎症性サイトカイン量をイムノビーズアッセイで測定した.つぎに,1mMまたは2mMレバミピド含有培地で細胞を1時間前処理した後,各濃度のレバミピド存在下で500mOsM培地にて24時間培養した.培養上清中の炎症性サイトカイン量に加えて,炎症性サイトカイン遺伝子の発現量およびMAPキナーゼタンパクのリン酸化レベルをそれぞれリアルタイムRT-PCRおよびイムノビーズアッセイにて評価した.培養上清中のtumornecrosisfactoralpha,monocytechemotacticprotein-1およびinterleukin-7は浸透圧の上昇に依存して増加した.レバミピドはこれらの炎症性サイトカインの産生をタンパクおよび遺伝子レベルで抑制するとともに,高浸透圧ストレスにより亢進されたc-JunN-terminalkinaseおよびp38MAPKのリン酸化を抑制した.レバミピドは,ヒト角膜上皮細胞においてMAPキナーゼ経路の活性化を抑制することにより,高浸透圧ストレス誘導性の炎症性サイトカイン産生を抑制すると考えられた.Thisstudyexaminedtheeffectofrebamipideoninflammatorycytokineproductioninhyperosmolar-stressedhumancornealepithelialcells,andthemechanismbywhichmitogen-activatedprotein(MAP)kinasepathwaysmediatetheactionofrebamipide.Subconfluentcellswereswitchedtogrowthsupplement-freemediumbeforetreatment.Cellswereculturedfor24hoursinthemedium,theosmolarityofwhichwasincreased(400-500mOsM)byaddingNaCl;inflammatorycytokinesreleasedinthemediumwerethenmeasuredusingimmunobeadassay.Next,cellswereculturedfor24hoursin500mOsMmediumwith1mMor2mMrebamipide,whichwaspre-added1hourbeforebeingreplacedwith500mOsMmedium.Then,inadditiontoassessmentofinflammatorycytokinesinthemedium,inflammatorycytokinegeneexpressionandMAPkinasephosphorylationlevelwereassessedusingreal-timeRT-PCRandimmunobeadassay.Tumornecrosisfactoralpha,monocytechemotacticprotein-1andinterleukin-7proteininthemediumincreasedinanosmolarity-dependentmanner.RebamipidesuppressedtheproductionoftheseinflammatorycytokinesatboththeproteinandmRNAlevels,andsuppressedthephosphorylationlevelsofc-JunN-terminalkinaseandp38MAPK,whichwereenhancedbyhyperosmolarity.Theseresultssuggestthatrebamipidesuppresseshyperosmolarity-inducedinflammatorycytokineproductioninhumancornealepithelialcellsviaMAPkinasepathways.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(11):1687.1691,2014〕Keywords:ヒト角膜上皮細胞,高浸透圧ストレス,炎症性サイトカイン,MAPキナーゼ経路,レバミピド.humancornealepithelialcells,hyperosmolarstress,inflammatorycytokines,MAPkinasepathway,rebamipide.〔別刷請求先〕中嶋英雄:〒678-0207兵庫県赤穂市西浜北町1122-73大塚製薬株式会社赤穂研究所Reprintrequests:HideoNakashima,AkoResearchInstitute,OtsukaPharmaceuticalCo.,Ltd.,1122-73Nishihamakita-cho,Akoshi,Hyogo678-0207,JAPAN0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(121)1687 はじめにドライアイはさまざまな要因に起因する涙液および眼表面上皮における慢性疾患である.その発症メカニズムについては,国内では,涙液と角結膜上皮の異常による涙液安定性の低下がコアメカニズムとして存在し,炎症はこれらが悪循環を起こした結果であると考えられている1)のに対して,海外では,涙液の分泌減少/蒸発亢進による浸透圧の上昇ならびにそれに伴う眼表面の炎症がメカニズムの中心にあり,炎症により上皮細胞ならびに腺組織が障害された結果,涙液層の不安定化が引き起こされるという考え方が主流となっている2).ドライアイ治療用点眼剤であるレバミピド点眼液は,眼表面ムチンの増加作用3,4)により涙液を安定化させることで角結膜上皮障害を改善する5).胃炎・胃潰瘍治療剤でもあるレバミピドは胃粘膜組織において抗炎症作用を示すことが知られてきたが,近年,角膜および結膜上皮細胞からの炎症性サイトカイン産生を抑制することが報告されている6,7).本検討では,高浸透圧ストレスを負荷した培養ヒト角膜上皮細胞を用いてレバミピドの抗炎症作用について検討した.I実験方法1.ヒト角膜上皮細胞の培養初代ヒト角膜上皮細胞(HCEC:LifeTechnologies)は増殖添加剤(HumanCornealGrowthSupplement:LifeTechnologies)および抗菌/抗真菌剤(Gentamicin/AmphotericinB:LifeTechnologies)を加えた基礎培地(Epilife:LifeTechnologies,305mOsM)にて培養した.コラーゲンTypeIコート100mmディッシュ(IWAKI)に細胞を播種し,CO2インキュベーター(37℃,5%CO2)内でサブコンフルエントまで培養した後,0.025%トリプシン/EDTA(エチレンジアミン四酢酸)で細胞を.離した.コラーゲンTypeIコート24ウェルプレート(IWAKI)に5×104/ウェルで細胞を播種し,サブコンフルエントまで培養した後に増殖添加剤を除去して以下の検討に用いた.2.高浸透圧ストレスの負荷とレバミピドの添加高浸透圧ストレスがヒト角膜上皮細胞からの炎症性サイトカイン産生に及ぼす影響に関する検討では,増殖添加剤を除去した基礎培地で24時間培養後に高浸透圧培地(400,450または500mOsM;基礎培地に塩化ナトリウムを加えて調製)に交換し,さらに24時間培養した.レバミピドの効果に関する検討では,増殖添加剤を除去した基礎培地で23時間培養後に1mMまたは2mMレバミピドを添加した基礎培地に交換し,その1時間後に同濃度のレバミピドを添加した500mOsM培地に交換した後,さらに24時間培養した.3.培養上清中の炎症性サイトカインタンパクの定量Bio-Plexアッセイシステム(Bio-Rad)を用いたイムノビ1688あたらしい眼科Vol.31,No.11,2014ーズアッセイ法により培養上清中の炎症性サイトカインタンパク量を評価した.測定サンプルの調製はアッセイキット(ヒトサイトカイン17-Plexパネル)推奨のプロトコールに従って実施し,Bio-Plex200システムを用いて測定した.4.炎症性サイトカイン遺伝子の発現解析PureLinkRNAMiniKit(LifeTechnologies)でtotalRNAを抽出し,PrimeScriptRTreagentKit(タカラバイオ)でcDNAを合成した.SsoFastProbesSupermix(BioRad)およびTaqmanGeneExpressionAssays(tumornecrosisfactoralpha:TNF-a[Hs01113624_g1],monocytechemotacticprotein-1:MCP-1[Hs00234140_m1]interleukin-7:IL-7[Hs00174202_m1],glyceraldehyde(,)3-phosphatedehydrogenase:GAPDH[Hs02758991_g1]:AppliedBiosystems)を用いてPCR(polymerasechainreaction)反応液を調製し,CFX96リアルタイムPCR解析システム(Bio-Rad)にて[95℃30秒→(95℃5秒→60℃10秒)×39サイクル]の反応条件で各遺伝子の発現量を解析した.GAPDH遺伝子を内部標準として比較Ct法により各遺伝子の相対発現比を算出した.5.MAPキナーゼ経路活性化の評価種々の環境ストレスによって活性化されるmitogen-activatedproteinkinase(MAPキナーゼ)経路について,BioPlexアッセイシステムを用いたイムノビーズアッセイ法によりc-JunN-terminalkinase(JNK)およびp38MAPKのリン酸化レベルを指標に評価した.測定サンプルは,細胞から抽出した総タンパクをリン酸化型またはトータルターゲットのJNKあるいはp38MAPKに特異的な抗体ビーズ,ついでビオチン化検出抗体と反応させた後,CellSignalingReagentKitを用いて調製した.Bio-Plex200システムにて各サンプル中のリン酸化型MAPキナーゼタンパク量,ならびにリン酸化型を含むトータルのターゲットMAPキナーゼタンパク量を測定した.トータルターゲットタンパク量でリン酸化型タンパク量を補正してリン酸化レベルを算出した.6.統計解析結果は平均値±標準誤差で示した.SAS(SASInstituteJapan,ver.9.3)を用いて5%を有意水準として解析した.高浸透圧ストレスが炎症性サイトカイン産生に及ぼす影響については,直線回帰分析を行ったが単調増加性を確認できなかったため,基礎培地群に対してDunnett検定(両側)を実施した.レバミピドの効果に関する検討においては,基礎培地群と500mOsM培地(レバミピド非添加)群の比較は対応のないt検定を実施した.500mOsM培地の3群間(レバミピド非添加,1mMレバミピド添加および2mMレバミピド添加)の比較は直線回帰分析にて単調減少性を確認した後,レバミピド非添加群に対するWilliams検定(下側)を実施した.なお,単調減少性が確認できなかった場合は非添加群に(122) 対するDunnett検定(両側)を実施した.II結果1.高浸透圧ストレスによるヒト角膜上皮細胞からの炎症性サイトカイン産生誘導(図1)培養上清中のTNF-a,MCP-1およびIL-7は浸透圧の上昇に依存して増加し,TNF-aおよびIL-7が500mOsM培地群で,MCP-1が450mOsMおよび500mOsM培地群で有意に高値であった(p<0.01).2.炎症性サイトカインタンパクの産生増加に対するレバミピドの抑制効果(図2)500mOsM(レバミピド非添加)培地群のTNF-a,MCP-1およびIL-7はいずれも基礎培地群と比較して有意に高値であった(p<0.01).また,1mMおよび2mMレバミピド添加群では非添加群と比較していずれのサイトカインも有意に低値を示した(TNF-aおよびIL-7:p<0.01,MCP-1:p<0.01).3.炎症性サイトカイン遺伝子の発現増強に対するレバミピドの抑制効果(図3)500mOsM(レバミピド非添加)培地群のTNF-a,MCP-1およびIL-7遺伝子の発現量はいずれも基礎培地群と比較して有意に高値であった(p<0.01).一方,1mMおa$$bよび2mMレバミピド添加群の遺伝子発現量は非添加群と比較していずれのサイトカインも有意に低値を示した(p<0.01).4.MAPキナーゼ経路の活性化に対するレバミピドの抑制作用(図4)500mOsM(レバミピド非添加)培地群ではMAPキナーゼタンパクであるJNKおよびp38MAPKのリン酸化レベルが有意に亢進していた(JNK:p<0.05,p38MAPK:p<0.01).これに対して,1mMおよび2mMレバミピド添加群では非添加群と比較してリン酸化レベルの亢進は抑制される傾向を示し,JNKでは2mMレバミピド添加群にて,また,p38MAPKでは1mMおよび2mMレバミピド添加群にて有意であった(p<0.05).III考按ドライアイはさまざまな要因に起因する涙液および眼表面上皮における慢性疾患であるが,国内と海外を比較した場合,そのコアメカニズムの考え方の違いにより,治療に対するアプローチは大きく異なる.国内では,涙液安定性の低下がドライアイのコアメカニズムであるという考え方のもと,涙液安定性に関与する各因子をターゲットにした複数のドライアイ治療薬が開発され,これらを用いた治療(tearfilmc$$$$18015030$$251501201202090159060106030305000図1高浸透圧ストレスによるヒト角膜上皮細胞からの炎症性サイトカイン産生誘導pg/mLa:TNF-a,b:MCP-1,c:IL-7.各値は6例の平均値±標準誤差を示す.305mOsM,400mOsM,450mOsM,500mOsM.$$p<0.01;Dunnett検定(両側).a##**b##$$c##**4060501520**3062010310000**図2炎症性サイトカインタンパクの産生増加に対するレバミピドの抑制効果40$$91230pg/mLa:TNF-a,b:MCP-1,c:IL-7.各値は4.6例の平均値±標準誤差を示す.305mOsM,500mOsM(レバミピド非添加),500mOsM+1mMレバミピド,500mOsM+2mMレバミピド.##p<0.01;対応のないt検定.**p<0.01;Williams検定(下側):直線回帰分析にて単調減少性を確認した後に実施した.$$p<0.01;Dunnett検定(両側).(123)あたらしい眼科Vol.31,No.11,20141689 Relativeexpressionratioa##**b##**c##**4104**83**36224112000**図3炎症性サイトカイン遺伝子の発現増強に対するレバミピドの抑制効果a:TNF-a,b:MCP-1,c:IL-7.各値は305mOsM群の平均値を1としたときの相対発現比で,グラフは6例の平均値±標準誤差を示す.305mOsM,500mOsM(レバミピド非添加),500mOsM+1mMレバミピド,500mOsM+2mMレバミピド.##p<0.01;対応のないt検定.**p<0.01;Williams検定(下側):直線回帰分析にて単調減少性を確認した後に実施した.abれ,角膜組織においてリンパ管形成を誘導する作用が報告さ3#*3##*れている12).以上のことから,本モデルは涙液浸透圧の上昇Phosphorylated/Totalを模したinvitro炎症モデルとして有用であると考えられ22*た.つぎに,本モデルにおけるTNF-a,MCP-1およびIL-7の産生ならびにMAPキナーゼ経路の活性化に対する11レバミピドの効果を検討した.レバミピドはTNF-a,MCP-1およびIL-7の産生をタンパクおよび遺伝子レベル図4MAPキナーゼ経路の活性化に対するレバミピドの抑制で抑制したのに加え,JNKおよびp38MAPKタンパクのリ00作用a:JNK,b:p38MAPK.各値は305mOsM群の平均値を1としたときの相対値で,グラフは6例の平均値±標準誤差を示す.305mOsM,500mOsM(レバミピド非添加),500mOsM+1mMレバミピド,500mOsM+2mMレバミピド.#p<0.05,##p<0.01;対応のないt検定.*p<0.05;Williams検定(下側):直線回帰分析にて単調減少性を確認した後に実施した.orientedtherapy)が始まっている1).これに対して海外では,涙液浸透圧の上昇に伴う炎症こそがドライアイの本質であるとする考えから抗炎症を切り口とした治療が行われており,免疫抑制剤であるシクロスポリン点眼による治療効果が報告されている8).レバミピド点眼液は眼表面のムチンをターゲットとして開発されたドライアイ治療薬であるが,最近,角膜および結膜上皮細胞において各種刺激による炎症性サイトカイン誘導に対する抑制効果6,7)やアレルギー性結膜炎患者の炎症症状に対する有効性9)が報告されている.そこで今回,高浸透圧ストレスを負荷した培養ヒト角膜上皮細胞を用いてレバミピドの抗炎症作用について検討した.まず,培養液の浸透圧がヒト角膜上皮細胞からの炎症性サイトカイン産生に及ぼす影響について検討したところ,高浸透圧培地群ではTNF-a,MCP-1およびIL-7の産生が亢進した.TNF-aおよびMCP-1はドライアイ患者の涙液中で増加することが報告されており10,11),また,IL-7はT細胞の成熟やホメオスタシスに関与するサイトカインとして知ら1690あたらしい眼科Vol.31,No.11,2014ン酸化を抑制した.レバミピドは,角膜上皮細胞に対する高浸透圧ストレスによって誘導されるMAPキナーゼ経路の活性化を抑制することにより炎症性サイトカインの産生亢進を抑制したと推察された.現在用いられている涙液浸透圧の測定方法はメニスカス涙液の浸透圧を測定するものである.これまでの報告では,ドライアイ患者における涙液浸透圧の上昇が指摘されている13)一方で,健常人と比較して浸透圧に差はないとする報告14)もあり,涙液浸透圧のドライアイへの関与に対しては賛否両論がある.現時点では角膜表面涙液の浸透圧を直接測定した報告はないものの,高浸透圧の点眼液が眼不快症状および涙液安定性に及ぼす影響を検討したLiuらの報告15)によると,高浸透圧の涙液が眼表面に障害を与える可能性が示唆されている.さらにLiuらは,塩化ナトリウムによる浸透圧の上昇が眼不快症状に影響するのは500mOsM以上であるとしており,この数値は今回の検討でヒト角膜上皮細胞から炎症性サイトカインの誘導が確認された浸透圧と一致する.また,眼表面の炎症性サイトカイン量は自覚症状の重症度と相関するという報告16)もあり,レバミピド点眼液による自覚症状改善効果5)にはレバミピドの有する抗炎症作用が寄与していることが推測された.これらのことから,レバミピド点眼液は,涙液浸透圧の上昇に伴う炎症に起因すると疑われるドライアイに対しても治療の選択肢の一つになりうると考えられた.今回の検討から,レバミピド点眼液は眼表面においてムチ(124) ン産生促進剤としてだけではなく抗炎症作用を有する薬剤としての可能性も示唆されたことから,多因性の眼疾患であるドライアイに対して有用な治療剤であると思われた.文献1)横井則彦,坪田一男:ドライアイのコア・メカニズム─涙液安定性仮説の考え方─.あたらしい眼科29:291-297,20122)Thedefinitionandclassificationofdryeyedisease:reportoftheDefinitionandClassificationSubcommitteeoftheInternationalDryEyeWorkshop(2007).OculSurf5:75-92,20073)RiosJD,ShatosMA,UrashimaHetal:EffectofOPC12759onEGFreceptoractivation,p44/p42MAPKactivity,andsecretioninconjunctivalgobletcells.ExpEyeRes86:629-636,20084)ItohS,ItohK,ShinoharaH:Regulationofhumancornealepithelialmucinsbyrebamipide.CurrEyeRes39:133141,20145)KinoshitaS,OshidenK,AwamuraSetal:Arandomized,multicenterPhase3studycomparing2%Rebamipide(OPC-12759)with0.1%sodiumhyaluronateinthetreatmentofdryeye.Ophthalmology120:1158-1165,20136)TanakaH,FukudaK,IshidaWetal:RebamipideincreasesbarrierfunctionandattenuatesTNFa-inducedbarrierdisruptionandcytokineexpressioninhumancornealepithelialcells.BrJOphthalmol97:912-916,20137)UetaM,SotozonoC,YokoiNetal:RebamipidesuppressesPolyI:C-stimulatedcytokineproductioninhumanconjunctivalepithelialcells.JOculPharmacolTher29:688-693,20138)SchultzC:Safetyandefficacyofcyclosporineinthetreatmentofchronicdryeye.OphthalmolEyeDis24:37-42,20149)UetaM,SotozonoC,KogaAetal:UsefulnessofanewtherapyusingrebamipideeyedropsinpatientswithVKC/AKCrefractorytoconventionalanti-allergictreatments.AllergolInt63:75-81,201410)NaKS,MokJW,KimJYetal:Correlationsbetweentearcytokines,chemokines,andsolublereceptorsandclinicalseverityofdryeyedisease.InvestOphthalmolVisSci53:5443-5450,201211)BoehmN,RiechardtAI,WiegandM:Proinflammatorycytokineprofilingoftearsfromdryeyepatientsbymeansofantibodymicroarrays.InvestOphthalmolVisSci52:7725-7730,201112)IolyevaM,AebischerD,ProulxSTetal:Interleukin-7isproducedbyafferentlymphaticvesselsandsupportslymphaticdrainage.Blood122:2271-2281,201313)LempMA,BronAJ,BaudouinCetal:Tearosmolarityinthediagnosisandmanagementofdryeyedisease.AmJOphthalmol151:792-798,201114)MessmerEM1,BulgenM,KampikA:Hyperosmolarityofthetearfilmindryeyesyndrome.DevOphthalmol45:129-138,201015)LiuH:Alinkbetweentearinstabilityandhyperosmolarityindryeye.InvestOphthalmolVisSci50:3671-3679,200916)ZhangJ,YanX,LiH:Analysisofthecorrelationsofmucins,inflammatorymarkers,andclinicaltestsindryeye.Cornea32:928-932,2013***(125)あたらしい眼科Vol.31,No.11,20141691

1.5%レボフロキサシン点眼薬が奏効したキノロン耐性Corynebacterium角膜炎

2014年11月30日 日曜日

《原著》あたらしい眼科31(11):1683.1686,2014c1.5%レボフロキサシン点眼薬が奏効したキノロン耐性Corynebacterium角膜炎佐埜弘樹江口洋宮本龍郎堀田芙美香三田村さやか三田村佳典徳島大学大学院ヘルスバイオサイエンス研究部眼科学分野Quinolone-resistantCorynebacteriumKeratitisSuccessfullyTreatedwith1.5%LevofloxacinOphthalmicSolutionHirokiSano,HiroshiEguchi,TatsuroMiyamoto,FumikaHotta,SayakaMitamuraandYoshinoriMitamuraDepartmentofOphthalmology,InstituteofHealthBiosciences,TheUniversityofTokushimaGraduateSchool十数年来の角膜ヘルペスの既往がある77歳の男性が,感染性角膜炎をきたして再来した.左眼の傍中心部角膜に角膜膿瘍があり,前房蓄膿を伴い,視力は指数弁であった.角膜炎は,再発性角膜ヘルペスのため菲薄化していた部位を中心に発症していた.角膜擦過物の塗抹検鏡でグラム陽性桿菌が検出された.患者の都合から,複数種類の抗菌点眼薬の頻回点眼や抗菌薬の全身投与は実施せず,1.5%レボフロキサシン点眼薬の1日3ないし4回点眼で初期治療を開始した.角膜擦過物の培養で,レボフロキサシン高度耐性Corynebacteriumが分離された.治療開始から2週間後には角膜炎は消退しており,追加投薬を必要としなかった.1.5%レボフロキサシン点眼薬は,頻回点眼しなくともキノロン耐性Corynebacteriumによる角膜炎を消炎できる可能性がある.A77-year-oldmale,withanover10-yearhistoryofconstantlyrecurringherpetickeratitis,consultedTokushimaUniversityHospitalirregularly.Inhislefteye,cornealabscesswithhypopyonwasmarked.Inthepericentralcornea,whichwasthinbecauseoftherecurrentherpetickeratitis,whiteabscesswasobserved.Microscopicexaminationofcornealscrapingrevealedgram-positiverods.Weprescribed1.5%levofloxacinophthalmicsolution4timesdailyaccordingtothepatient’sconvenience.Thecornealisolatewasidentifiedashigh-levelquinoloneresistantCorynebacteriumspp.Only2weeksaftertheinitialvisit,however,clinicalfindingsimproveddramatically;thekeratitisdisappearedrapidly,withoutadditionaltherapy.High-concentrationquinoloneeyedropsof1.5%levofloxacinophthalmicsolutionmaybeeffectivewithoutfrequentadministrationininfectiouskeratitiscausedbyquinolone-resistantCorynebacterium.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(11):1683.1686,2014〕Keywords:キノロン耐性Corynebacterium,角膜炎,1.5%レボフロキサシン点眼薬.quinolone-resistantCorynebacterium,keratitis,1.5%levofloxacinophthalmicsolution.はじめにCorynebacteriumは眼表面に常在する弱毒菌だが,近年は眼表面での日和見感染症の起炎菌として報告されるようになっている1.3).眼科臨床分離株の過半数はキノロン耐性である4)ため,Corynebacterium角膜炎に対してキノロン点眼薬を使用するのは,原則として推奨されない.しかし,キノロン系抗菌点眼薬はスペクトルが広く,組織透過性も良好ゆえに,感染性角膜炎に対する第一選択の薬剤として多く使用されている.同様の理由で,内眼手術の周術期にも頻用されており,眼表面でのキノロン耐性菌分離頻度増加の一因となっている4,5).近年,抗菌薬を投与する際には,薬物動態(pharmacokinetics)/薬力学(pharmacodynamics)(PK/PD)理論をもとにした効率的な薬物療法を実践し,抗菌薬投与による耐性菌の出現・選択の阻止をめざすことが推奨されている6).キノロン系抗菌薬は濃度依存的に抗菌作用を発揮する7)ため,最高薬物濃度(concentrationmax:Cmax)と最小発育阻止濃度(minimuminhibitoryconcentration:MIC)の比(Cmax/〔別刷請求先〕佐埜弘樹:〒770-8503徳島市蔵本町3-18-15徳島大学大学院ヘルスバイオサイエンス研究部眼科学分野Reprintrequests:HirokiSano,M.D.,DepartmentofOphthalmology,InstituteofHealthBiosciences,TheUniversityofTokushimaGraduateSchool,3-18-15Kuramoto-cho,Tokushima-shi770-8503,JAPAN0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(117)1683 MIC)に抗菌効果が相関する.よって,高濃度製剤のレボフロキサシン(LVFX)点眼薬を利用することは,眼表面におけるCmax/MICを高めるため,1.5%LVFX点眼薬は,MICから判定された耐性菌をも殺菌することができると推察され,内眼手術前の減菌法や起炎菌が同定できていない感染性角結膜炎での経験的判断に基づいた治療(empiricaltherapy:エンピリック治療)に有用と考えられる.しかし,実際にMICでキノロン耐性と判定された細菌による感染性角膜炎が,エンピリック治療としての1.5%LVFX点眼薬だけで治癒したとの報告は,知りうる限りない.そこで本論文では,患者の都合で1.5%LVFX点眼薬を1日3ないし4回点眼するエンピリック治療で,キノロン耐性Corynebacterium角膜炎の治療を実施し,良好な経過をたどった1例について報告する.I症例患者:77歳,男性.既往歴:十数年来の再発性角膜ヘルペスで,左眼角膜の一部は白濁・菲薄化していた(図1)が,過去2年間は再発していなかった.患者は角膜ヘルペス再発の前兆として,左眼にわずかな違和感を自覚することを経験的に認識しており,そのような場合は,不定期に早期再来をするか,患者の自己判断でアシクロビル眼軟膏を日に数回,1週間前後点入して対処していた.家族歴:特記すべきことなし.現病歴:2カ月前の定期再来時,角膜所見に大きな変化がないことを確認されていたが,明らかに角膜ヘルペス再発の前兆ではない眼表面の違和感が出現し,結膜充血や眼脂が増強し視力も低下し始めたとのことで,2012年12月27日,自身の判断で不定期に徳島大学病院眼科を再受診した.検査所見:左眼は,視力は30cm指数弁(矯正不能),眼圧は24mmHg,角膜実質浮腫と角膜膿瘍,および前房蓄膿があり,中間透光体から眼底の詳細は観察できなかった(図2).右眼には特記すべき所見はなかった.II経過および結果12月27日再来時の所見から細菌性角膜炎を疑い,角膜擦過物の塗抹検鏡と分離培養を実施し,入院のもと抗菌点眼薬の頻回点眼,抗菌薬の全身投与を中心とした厳重な治療を勧めた.しかし,患者とその家族の都合で,翌日再来は可能だがそれ以降の外来定期通院や入院治療は不可能であること,および抗菌点眼薬は1種類を1日3ないし4回程度なら実施できるが,頻回点眼は不可能であるとの申告があった.そこで,1.5%LVFX点眼薬を1日3回は確実に点眼すること,および本来ならば頻回に点眼しなければならないこと,角膜炎が悪化する可能性もあることを説明し,同意のもと前記のエンピリック治療を開始した.同時に,長年の通医院歴を考慮し念のためクロラムフェニコール点眼薬も処方をし,可能であれば追加点眼をすることと翌日の再来を指示し,それ以降は都合がつき次第再来をする約束をした.同日,角膜擦過物のグラム染色と普通寒天培地,羊血液寒天培地,MacConkey培地,およびNAC培地での好気・5%炭酸ガス培養を開始した.角膜擦過物のグラム染色では,グラム陽性桿菌が多数検出された.角膜擦過物の培養では,48時間後に羊血液寒天培地の37℃好気培養と5%炭酸ガス培養の双方でコロニー形成を確認し,双方ともCorynebacterium属と同定された(BBLCRYSTAL,日本BD,東京).Etestストリップ(シスメックス・ビオメリュー株式会社,東京)でのLVFXのMICは,双方の株とも>32μg/mlと高度耐性を示した.12月28日の再来時,角膜炎はまだ沈静化していなものの,結膜充血は軽減していた(図3).1月10日には角膜炎は消図1再来前の前眼部写真内下方の角膜(矢印)は白濁・菲薄化していた.図2再来時の前眼部写真前房蓄膿を伴う角膜膿瘍がある.1684あたらしい眼科Vol.31,No.11,2014(118) 図3治療開始翌日の前眼部写真わずか1日の治療で結膜充血が軽減している.炎され,角膜膿瘍はほぼ消失していた(図4).その後,追加治療をせずとも角膜炎は急速に消退した.III考按Corynebacteriumは眼表面の常在菌叢をなすグラム陽性桿菌だが,わが国では細菌性角結膜炎の起炎菌になりうる8)と認識されている.そのような状況で,キノロン耐性Corynebacteriumが起炎菌である報告1,3)がある.Corynebacteriumのキノロン耐性獲得機序は,細菌が増殖する際に働く酵素であるDNAジャイレースのキノロン耐性決定領域でのアミノ酸配列で,83位セリンと87位アスパラギン酸が二重変異をきたしていること4)である.多くの細菌は,増殖時に作用する酵素にトポイソメレースIVとDNAジャイレースの2つのがあり,キノロン薬は,それら2つの酵素に作用することで殺菌する.キノロン耐性化には,双方の酵素でのアミノ酸変異が関係しているが,CorynebacteriumにはトポイソメレースIVが存在しない9)ため,DNAジャイレースの変異のみで容易にキノロンに高度耐性を示すと考えられる.細胞の生存に必須の蛋白質をコードし,時間経過においてのみ影響を受けるとされるハウスキーピング遺伝子を用いたmulti-locussequencingtyping解析の結果では,眼表面のCorynebacteriumの中に,臨床導入が古いノルフロキサシンにだけ耐性を獲得し,後に臨床導入された3世代キノロンに感受性を示す株が存在し,3世代キノロンにも高度耐性を獲得している株よりも早く出現していること,前者の株はキノロン耐性決定領域での単一変異のみであるのが,後者の株は二重変異をきたしていることがわかっている4).すなわち,眼表面のキノロン高度耐性Corynebacteriumの出現は,臨床現場での抗菌薬の使用状況によって誘発されていることが分子生物学的に証明されている.わが国において,さらなるキノロン耐性Corynebacteriumの出現をいかに阻止するかは,眼(119)図4治療2週間後の前眼部写真角膜炎は消炎している.科臨床上,きわめて重要な問題であると思われる.わが国においては,2011年に1.5%LVFX点眼薬が臨床導入されたが,従来から市販されていた0.5%LVFX点眼薬との使い分けに関して,明確な根拠のもとになされてはいない例が多いように見受ける.仮に,抗菌点眼薬投与後の眼表面でもPK/PD理論があてはまるのであれば,0.5%LVFX点眼薬でも,耐性と判定される多くの菌のMICよりも高濃度のLVFXを眼表面に供給していることになる.したがって理論的には,眼表面でのキノロン耐性菌の発現・選択はほとんどないはずである.しかし,実際にはキノロン耐性菌が眼表面から分離される頻度は年々高くなっており10),その原因としてキノロン点眼薬使用と,患者の入院歴を指摘する報告がある5).筆者らはPK/PD理論に照らし合わせ,抗菌点眼薬の涙液との混和,および瞬目による眼表面からの排出で,点眼直後から眼表面の抗菌薬濃度が低下し,涙液中の抗菌薬濃度の推移において,耐性菌選択領域となっている時間が長いことも原因の一つではないかと推察している.したがって,より高濃度の点眼薬を使用することで,涙液や瞬目による濃度低下があっても,眼表面の抗菌薬濃度が少しでも高濃度になるようにして,点眼した抗菌薬の濃度が耐性菌殺菌濃度にまで到達するように工夫することは,耐性菌発現・選択防止の観点から,理にかなっているものと思われる.すなわち,抗菌薬使用が原因となってCorynebacterium臨床分離株の過半数がキノロン耐性をきたす状況となっている現在4),積極的に1.5%LVFX点眼薬を使用することで,耐性菌発現・選択の増加傾向が緩和されると期待できる.本症例では長年の定期通院を通して,医師・患者間の信頼関係が築かれていたと考えていること,患者の眼科用製剤へのアドヒアランスの良さを確認していたこと,およびその患者が家族の不測の事態ゆえに1日に1種類の点眼薬を3ないし4回しか点眼できないとの申告があったことから,通常はあたらしい眼科Vol.31,No.11,20141685 抗菌点眼薬を頻回点眼すべき細菌性角膜炎に対して,通常よりはるかに少ない点眼回数で治癒をめざす事態となった.外来での経過観察も,本来であればもっと緻密に実施すべきであるが,患者の事情で,年末年始の約2週間空けることとなった.そのため,濃度依存的に抗菌効果が期待できるキノロンのLVFX点眼薬のなかでも,1.5%製剤をエンピリック治療の第一選択として使用した.点眼するかどうかを患者に委任しつつ同時に処方したクロラムフェニコールは,結果的には点眼していなかったとの申告であった.そのようなエンピリック治療で角膜炎は消炎されたが,1.5%LVFX点眼薬での細菌性角膜炎に対するエンピリック治療時に頻回点眼の必要がない,というわけではない.副作用の出現に注意が必要だが,細菌性角膜炎に対する抗菌点眼薬の投与回数は,原則として1ないし2時間ごとの頻回点眼が望ましいと考えている.あくまでも,頻回点眼が実施できないなんらかの理由が患者側にあるときに限って,1.5%LVFX点眼薬であれば,3ないし4回程度でも消炎できる可能性がある,と判断するのが望ましい.Miyamotoら11)は,LVFX高度耐性のメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(methicillin-resistantStaphylococcusaureus:MRSA)角膜炎に1.5%LVFX点眼薬が有効であった可能性を指摘している.今回の症例もLVFXのMICが>32μg/mlと,高度耐性のCorynebacteriumが起炎菌であった.MICから判断する薬剤感受性試験の結果が,点眼薬での治療効果をそのまま表しているわけではないことは周知の事実である.実際に,キノロン耐性と判定された株の角結膜炎で,従来のキノロン点眼薬投与後に臨床所見が改善することを経験するが,起炎菌の薬剤感受性試験結果が判明している場合は,原則としてその結果をもとに抗菌点眼薬を選択すべきである.しかし,通常は臨床検体を採取してから薬剤感受性試験の結果が判明するまでに数日かかるため,結果的に治療開始から数日後にキノロン耐性菌が起炎菌として分離されることがある.キノロン耐性菌による感染症にも効果が期待できるのであれば,そのようなエンピリック治療時には1.5%LVFX点眼薬が有用であり,本症例は,そのことを証明した1例となった.細菌性角膜炎では,患者の疫学情報,臨床所見,および角膜擦過物の塗抹像から起炎菌を絞り込んだうえで抗菌点眼薬の選択をすべきではある.しかし,本症例の経過からいえる結論は,1.5%LVFX点眼薬は,1日3ないし4回の点眼でキノロン耐性Corynebacterium角膜炎を消炎させ得る可能性があり,塗抹像が得られない感染性角膜炎のエンピリック治療に有用である.文献1)SuzukiT,IiharaH,UnoTetal:Suture-relatedkeratitiscausedbyCorynebacteriummacginleyi.JClinMicrobiol45:3833-3836,20072)稲田耕大,前田郁世,池田欣史ほか:コリネバクテリウムが起炎菌と考えられた感染性角膜炎の1例.あたらしい眼科26:1105-1107,20093)FukumotoA,SotozonoC,HiedaOetal:Infectiouskeratitiscausedbyfluoroquinolone-resistantCorynebacterium.JpnJOphthalmol55:579-580,20114)EguchiH,KuwaharaT,MiyamotoTetal:High-levelquinoloneresistanceinophthalmicclinicalisolatesbelongingtothespeciesCorynebacteriummacginleyi.JClinMicrobiol46:527-532,20085)fintelmannRE,HoskinsEN,LietmanTMetal:Topicalfluoroquinoloneuseasariskfactorforinvitrofluoroquinoloneresistanceinocularcultures.ArchOphthalmol129:399-402,20116)MeibohmB,DerendorfH:Basicconceptofpharmacokinetics/pharmacodynamics(PK/PD)modeling.IntJCinPharmacolTher35:401-413,19977)AndersonVR,PerryCM:Levofloxacin:areviewofitsuseasahigh-dose,short-coursetreatmentforbacterialinfection.Drugs68:535-565,20088)日本眼感染症学会感染性角膜炎診療ガイドライン第2版作成委員会:感染性角膜炎診療ガイドライン第2章,感染性角膜炎の病態・病型.日眼会誌117:484-490,20139)SchmutzE,HennigS,LiSMetal:IdentificationofatopoisomeraseIVinactinobacteria:purificationandcharacterizationofParYRandGyrBRfromthecoumermycinA1producerStreptomycesrishiriensisDSM40489.Microbiology150:641-647,200410)MarangonFB,MillerD,MuallemMSetal:Ciprofloxacinandlevofloxacinresistanceamongmethicillin-sensitiveStaphylococcusaureusisolatesfromkeratitisandconjunctivitis.AmJophthalmol137:453-458,200411)MiyamotoT,EguchiH,TserennadmidEetal:Methicillin-resistantStaphylococcusaureuskeratitisafterDescemet’sstrippingautomatedendothelialkeratoplasty.CaseRepOphthalmol4:269-273,2013***1686あたらしい眼科Vol.31,No.11,2014(120)

ガチフロ®点眼液0.3%の細菌学的効果に関する特定使用成績調査

2014年11月30日 日曜日

1674あたらしい眼科Vol.4101,211,No.3(00)1674(108)0910-1810/14/\100/頁/JCOPY《原著》あたらしい眼科31(11):1674.1682,2014cはじめに細菌性外眼部感染症の治療にあたっては,起炎菌に対して感受性を示す抗菌薬を選択することが望まれる.しかしながら,実際には初診時に起炎菌を同定できないために,広域スペクトラムを有する薬剤が優先して処方されやすいという現状がある.フルオロキノロン系抗菌点眼薬は広域スペクトラムを有し,化学的にも安定した薬剤であるため,点眼液に適していることから外眼部感染症の初期治療薬として広く用いられている.近年ではgatifloxacin(GFLX),moxifloxacin,tosufloxacinが点眼薬として開発され,その選択肢は増している.GFLXの構造上の特徴であるキノロン環8位のメトキシ基の存在は,標的酵素の一つであるDNAgyrase阻害活性の向上に寄与している1).加えて,同じく標的酵素の一つであるtopoisomeraseIVに対する阻害活性がDNAgyrase阻害活性と近似し,両酵素を強力に阻害する2)ことにより,耐性菌が生じにくいことが示唆されている3).GFLXは,2004年に「ガチフロR点眼液0.3%」(以下,本剤)として上市され,眼科診療に用いられている.今回筆者らは,細菌性外眼部感染症からの初診時検出菌動向の検討も視野に入れ,計2回の特定使用成績調査(以下,本調査)を実施した.実施にあたってはGPSP省令(「医薬品の製造販売後の調査および試験の実施の基準に関する省令」平成16年12月20日付厚生労働省令第171号)に従い,2005年12月から2007年10月に第1回調査,2008年3月から2010年1月に第2回調査を実施した.〔別刷請求先〕末信敏秀:〒541-0046大阪市中央区平野町2-5-8千寿製薬株式会社研究開発本部育薬企画部Reprintrequests:ToshihideSuenobu,Post-MarketingSurveillanceDepartment,SenjuPharmaceuticalCo.,Ltd.,2-5-8Hiranomachi,Chuo-ku,Osaka541-0046,JAPANガチフロR点眼液0.3%の細菌学的効果に関する特定使用成績調査末信敏秀*1川口えり子*1星最智*2*1千寿製薬株式会社研究開発本部育薬企画部*2国立長寿医療研究センター眼科Post-marketingUse-resultSurveillanceofGatifloxacinOphthalmicSolutionToshihideSuenobu1),ErikoKawaguchi1)andSaichiHoshi2)1)Post-MarketingSurveillanceDepartment,SenjuPharmaceuticalCo.,Ltd.,2)DepartmentofOphthalmology,NationalCenterforGeriatricsandGerontology細菌性外眼部感染症に対するガチフロR点眼液0.3%の安全性,有効性および初診時検出菌に対する細菌学的効果を検討することを目的として,計2回の特定使用成績調査を行った.その結果,安全性評価対象962例に7例の副作用を認めた(発現率0.73%)が,いずれも投与部位における事象であった.また,初診時に適応菌種が分離された912例における有効率は97%,消失率は89%であった.以上の結果,本剤は細菌性外眼部感染症に対して有用な点眼薬であることが示唆された.Toevaluatethesafety,efficacyandbacteriologicaleffectofgatifloxacinophthalmicsolution(GATIFLORoph-thalmicsolution0.3%),use-resultsurveillancewasconductedtwiceinthepost-marketingperiod.Ofatotalof962patients,adversedrugreactionswereobservedin7patients(incidencerate:0.73%).Allincidentswerelimitedtothesiteofdrugapplication.Theratesofefficacyandbacteriologicaleffectin912patientswere97%and89%,respectively.TheseresultssuggestthatGATIFLORophthalmicsolution0.3%contributestothetreatmentofthepatientswithbacterialocularinfection.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(11):1674.1682,2014〕Keywords:ガチフロキサシン,ガチフロR点眼液0.3%,使用成績調査,安全性,有効性,細菌学的効果.gatifloxacin,GATIFLORophthalmicsolution0.3%,use-resultsurveillance,safety,efficacy,bacteriologicaleffect.(00)1674(108)0910-1810/14/\100/頁/JCOPY《原著》あたらしい眼科31(11):1674.1682,2014cはじめに細菌性外眼部感染症の治療にあたっては,起炎菌に対して感受性を示す抗菌薬を選択することが望まれる.しかしながら,実際には初診時に起炎菌を同定できないために,広域スペクトラムを有する薬剤が優先して処方されやすいという現状がある.フルオロキノロン系抗菌点眼薬は広域スペクトラムを有し,化学的にも安定した薬剤であるため,点眼液に適していることから外眼部感染症の初期治療薬として広く用いられている.近年ではgatifloxacin(GFLX),moxifloxacin,tosufloxacinが点眼薬として開発され,その選択肢は増している.GFLXの構造上の特徴であるキノロン環8位のメトキシ基の存在は,標的酵素の一つであるDNAgyrase阻害活性の向上に寄与している1).加えて,同じく標的酵素の一つであるtopoisomeraseIVに対する阻害活性がDNAgyrase阻害活性と近似し,両酵素を強力に阻害する2)ことにより,耐性菌が生じにくいことが示唆されている3).GFLXは,2004年に「ガチフロR点眼液0.3%」(以下,本剤)として上市され,眼科診療に用いられている.今回筆者らは,細菌性外眼部感染症からの初診時検出菌動向の検討も視野に入れ,計2回の特定使用成績調査(以下,本調査)を実施した.実施にあたってはGPSP省令(「医薬品の製造販売後の調査および試験の実施の基準に関する省令」平成16年12月20日付厚生労働省令第171号)に従い,2005年12月から2007年10月に第1回調査,2008年3月から2010年1月に第2回調査を実施した.〔別刷請求先〕末信敏秀:〒541-0046大阪市中央区平野町2-5-8千寿製薬株式会社研究開発本部育薬企画部Reprintrequests:ToshihideSuenobu,Post-MarketingSurveillanceDepartment,SenjuPharmaceuticalCo.,Ltd.,2-5-8Hiranomachi,Chuo-ku,Osaka541-0046,JAPANガチフロR点眼液0.3%の細菌学的効果に関する特定使用成績調査末信敏秀*1川口えり子*1星最智*2*1千寿製薬株式会社研究開発本部育薬企画部*2国立長寿医療研究センター眼科Post-marketingUse-resultSurveillanceofGatifloxacinOphthalmicSolutionToshihideSuenobu1),ErikoKawaguchi1)andSaichiHoshi2)1)Post-MarketingSurveillanceDepartment,SenjuPharmaceuticalCo.,Ltd.,2)DepartmentofOphthalmology,NationalCenterforGeriatricsandGerontology細菌性外眼部感染症に対するガチフロR点眼液0.3%の安全性,有効性および初診時検出菌に対する細菌学的効果を検討することを目的として,計2回の特定使用成績調査を行った.その結果,安全性評価対象962例に7例の副作用を認めた(発現率0.73%)が,いずれも投与部位における事象であった.また,初診時に適応菌種が分離された912例における有効率は97%,消失率は89%であった.以上の結果,本剤は細菌性外眼部感染症に対して有用な点眼薬であることが示唆された.Toevaluatethesafety,efficacyandbacteriologicaleffectofgatifloxacinophthalmicsolution(GATIFLORoph-thalmicsolution0.3%),use-resultsurveillancewasconductedtwiceinthepost-marketingperiod.Ofatotalof962patients,adversedrugreactionswereobservedin7patients(incidencerate:0.73%).Allincidentswerelimitedtothesiteofdrugapplication.Theratesofefficacyandbacteriologicaleffectin912patientswere97%and89%,respectively.TheseresultssuggestthatGATIFLORophthalmicsolution0.3%contributestothetreatmentofthepatientswithbacterialocularinfection.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(11):1674.1682,2014〕Keywords:ガチフロキサシン,ガチフロR点眼液0.3%,使用成績調査,安全性,有効性,細菌学的効果.gatifloxacin,GATIFLORophthalmicsolution0.3%,use-resultsurveillance,safety,efficacy,bacteriologicaleffect. あたらしい眼科Vol.31,No.11,20141675(109)I対象および方法本調査に参加した医療施設において,新たに本剤が投与された患者を対象として前向き調査を実施した.調査項目は患者背景である性別,年齢,疾患名,初診時主症状および本剤の使用状況,併用薬剤の有無,臨床経過,有害事象,有効性評価,細菌学的効果とした.観察期間は3日.14日とした.安全性は,副作用の発現率および内容を評価した.有効性は本剤投与開始後の臨床経過より担当医師が総合的に判断し,改善,不変および悪化の3段階で評価した.このうち改善症例を有効例,不変および悪化症例を無効例とした.さらに,有効性を評価した症例のうち細菌学的効果が判定できた症例は,計2回の調査における適応菌種別での有効率ならびに消失率をFisher直接確率検定にて評価した.有意水準は5%とした.医療施設にて採取された検体は,輸送用培地(カルチャースワブTM)を用いて検査施設である三菱化学メディエンス株式会社に輸送した.検査施設では検体からの細菌分離と同定,さらに分離菌に対するGFLXの最小発育阻止濃度(mini-muminhibitoryconcentration:MIC)をClinicalandLabo-ratoryStandardsInstituteに準じた微量液体希釈法にて測定した.好気性菌は35℃にて20.22時間の好気培養,嫌気性菌は35℃にて46.48時間の嫌気培養を行った.ブドウ球菌属はoxacillin感受性にて細分類した.すなわちStaphylo-coccusaureusについてはoxacillinのMIC値が2μg/mL以下のものをmethicillin-susceptibleS.aureus(MSSA),4μg/mL以上のものをmethicillin-resistantS.aureus(MRSA)とした.Coagulase-negativestaphylococci(CNS)はoxacillinのMIC値が0.25μg/mL以下のものをmethicil-lin-susceptibleCNS(MSCNS),0.5μg/mL以上のものをmethicillin-resistantCNS(MRCNS)とした.初診時検出菌については投与開始以降の細菌検査結果が陰性となった時点で消失と判定した.II結果1.症例構成図1に示した106施設から987例(第1回475例,第2回512例)の調査票を収集し,本剤の投与歴がある症例などの25例を除いた962例を安全性評価対象,さらに安全性評価対象のうち有効性判定不能症例などの17例を除いた945例を有効性評価対象とした.初診時に菌が検出され,投与後14±4日までに2回目の検体が採取された912例を細菌学的効果評価対象とした.初診時検出菌は本剤の適応菌種で分類し,複数菌種が検出された場合は検出菌ごとに1症例として計数した.2.安全性a.安全性評価対象症例の患者背景患者背景を表1に示した.年齢分布は65歳以上の高齢者が51%を占めた.疾患は結膜炎が最も多く全体の66%を占め,ついで麦粒腫が13%であった.初診時主症状は疾患を反映し,眼脂および充血が68%に認められた.平均投与期間は第1回が16.3±14.6日,第2回が11.2±7.9日であり,疾患別では涙.炎,角膜潰瘍,眼瞼炎の平均投与期間が2週間以上と長かった.b.副作用発現率表2に示したとおり,7例7件の副作用を認めたことから,副作用発現率は0.73%であった.副作用の内訳は眼刺激および眼そう痒症が各2例,結膜充血,点状角膜炎および適用部位熱感が各1例であり,全身性の副作用は認めなかった.3.有効性表3に示したとおり,眼瞼炎,麦粒腫,結膜炎,瞼板腺炎,角膜炎および角膜潰瘍の有効率はいずれも95%以上であった.一方,涙.炎の有効率は75%であり疾患別では最も低かった.疾患ごとに2回の調査間で有効率を比較したところ,有意な低下を認めなかった.初診時に検出された適応菌種別では,第1回調査のレンサ球菌属,モラクセラ(ブランハメラ)・カタラーリスおよびアクネ菌で90%未満であったが,有意な有効率の低下を示す適応菌種は認めなかった(表4).4.初診時検出菌の分布と消失率a.年代別および疾患別の初診時検出菌図2に示したとおり,すべての年代でグラム陽性菌(図中の紫系色)が57.87%と主を占めた.グラム陰性菌(図中の赤系色)の割合は15歳未満で37.42%と最も高かった.15歳未満ではインフルエンザ菌が28.29%と最も多く,つい図1症例構成安全性評価対象症例:962例(第1回:466例,第2回:496例)調査票完成症例:987例(第1回:475例,第2回:512例)有効性評価対象症例:945例(第1回:456例,第2回:489例)初診時検出菌別での有効性評価および細菌学的効果評価対象症例:912例(第1回:383例,第2回:529例)あたらしい眼科Vol.31,No.11,20141675(109)I対象および方法本調査に参加した医療施設において,新たに本剤が投与された患者を対象として前向き調査を実施した.調査項目は患者背景である性別,年齢,疾患名,初診時主症状および本剤の使用状況,併用薬剤の有無,臨床経過,有害事象,有効性評価,細菌学的効果とした.観察期間は3日.14日とした.安全性は,副作用の発現率および内容を評価した.有効性は本剤投与開始後の臨床経過より担当医師が総合的に判断し,改善,不変および悪化の3段階で評価した.このうち改善症例を有効例,不変および悪化症例を無効例とした.さらに,有効性を評価した症例のうち細菌学的効果が判定できた症例は,計2回の調査における適応菌種別での有効率ならびに消失率をFisher直接確率検定にて評価した.有意水準は5%とした.医療施設にて採取された検体は,輸送用培地(カルチャースワブTM)を用いて検査施設である三菱化学メディエンス株式会社に輸送した.検査施設では検体からの細菌分離と同定,さらに分離菌に対するGFLXの最小発育阻止濃度(mini-muminhibitoryconcentration:MIC)をClinicalandLabo-ratoryStandardsInstituteに準じた微量液体希釈法にて測定した.好気性菌は35℃にて20.22時間の好気培養,嫌気性菌は35℃にて46.48時間の嫌気培養を行った.ブドウ球菌属はoxacillin感受性にて細分類した.すなわちStaphylo-coccusaureusについてはoxacillinのMIC値が2μg/mL以下のものをmethicillin-susceptibleS.aureus(MSSA),4μg/mL以上のものをmethicillin-resistantS.aureus(MRSA)とした.Coagulase-negativestaphylococci(CNS)はoxacillinのMIC値が0.25μg/mL以下のものをmethicil-lin-susceptibleCNS(MSCNS),0.5μg/mL以上のものをmethicillin-resistantCNS(MRCNS)とした.初診時検出菌については投与開始以降の細菌検査結果が陰性となった時点で消失と判定した.II結果1.症例構成図1に示した106施設から987例(第1回475例,第2回512例)の調査票を収集し,本剤の投与歴がある症例などの25例を除いた962例を安全性評価対象,さらに安全性評価対象のうち有効性判定不能症例などの17例を除いた945例を有効性評価対象とした.初診時に菌が検出され,投与後14±4日までに2回目の検体が採取された912例を細菌学的効果評価対象とした.初診時検出菌は本剤の適応菌種で分類し,複数菌種が検出された場合は検出菌ごとに1症例として計数した.2.安全性a.安全性評価対象症例の患者背景患者背景を表1に示した.年齢分布は65歳以上の高齢者が51%を占めた.疾患は結膜炎が最も多く全体の66%を占め,ついで麦粒腫が13%であった.初診時主症状は疾患を反映し,眼脂および充血が68%に認められた.平均投与期間は第1回が16.3±14.6日,第2回が11.2±7.9日であり,疾患別では涙.炎,角膜潰瘍,眼瞼炎の平均投与期間が2週間以上と長かった.b.副作用発現率表2に示したとおり,7例7件の副作用を認めたことから,副作用発現率は0.73%であった.副作用の内訳は眼刺激および眼そう痒症が各2例,結膜充血,点状角膜炎および適用部位熱感が各1例であり,全身性の副作用は認めなかった.3.有効性表3に示したとおり,眼瞼炎,麦粒腫,結膜炎,瞼板腺炎,角膜炎および角膜潰瘍の有効率はいずれも95%以上であった.一方,涙.炎の有効率は75%であり疾患別では最も低かった.疾患ごとに2回の調査間で有効率を比較したところ,有意な低下を認めなかった.初診時に検出された適応菌種別では,第1回調査のレンサ球菌属,モラクセラ(ブランハメラ)・カタラーリスおよびアクネ菌で90%未満であったが,有意な有効率の低下を示す適応菌種は認めなかった(表4).4.初診時検出菌の分布と消失率a.年代別および疾患別の初診時検出菌図2に示したとおり,すべての年代でグラム陽性菌(図中の紫系色)が57.87%と主を占めた.グラム陰性菌(図中の赤系色)の割合は15歳未満で37.42%と最も高かった.15歳未満ではインフルエンザ菌が28.29%と最も多く,つい図1症例構成安全性評価対象症例:962例(第1回:466例,第2回:496例)調査票完成症例:987例(第1回:475例,第2回:512例)有効性評価対象症例:945例(第1回:456例,第2回:489例)初診時検出菌別での有効性評価および細菌学的効果評価対象症例:912例(第1回:383例,第2回:529例) 表1安全性評価対象症例の患者背景要因第1回第2回全体性別男200206406女266290556年齢(歳)平均値±SD56.3±26.060.0±25.956.1±25.9(最小値.最大値)(22日齢.96歳)(11日齢.99歳)(11日齢.99歳)(分布)27日以下2351歳未満1110211歳以上15歳未満36387415歳以上65歳未満17919737665歳以上75歳未満1019920075歳以上80歳未満627513780歳以上7574149疾患名眼瞼炎181937涙.炎292554麦粒腫5566121結膜炎307331638瞼板腺炎111526角膜炎281644角膜潰瘍142135その他437初診時主症状眼瞼,瞼板の発赤6287149眼瞼,瞼板の腫脹7676152逆流分泌物272249涙.部の発赤,腫脹9817眼脂267289556充血231219450角膜混濁21930角膜上皮欠損353469投与期間(日)平均値±SD16.3±14.611.2±7.913.6±11.9(最小値.最大値)(2.134)(2.65)(2.134)(分布)1日4644969602日以上5日未満4644969605日以上10日未満44846991710日以上19日未満29816746519日以上28日未満1105316328日以上592382投与期間不明202疾患別(平均値±SD)眼瞼炎涙.炎26.6±24.927.6±27.411.9±13.115.6±14.219.1±20.822.1±22.9麦粒腫17.4±15.19.2±4.312.9±11.4結膜炎14.2±9.910.9±7.112.5±8.7瞼板腺炎14.3±6.99.5±9.411.5±8.6角膜炎14.0±8.112.7±8.713.5±8.2角膜潰瘍26.7±30.714.8±8.519.5±20.9併用薬剤の有無あり219266485なし247230477でコリネバクテリウム属が16.23%,15歳以上65歳未満%検出された.コリネバクテリウム属はすべての年代で検出ではブドウ球菌属が39.43%と最も多く,ついでコリネバされたが,65歳以上で特にその割合が高かった.全検出菌クテリウム属が20.29%,65歳以上ではコリネバクテリウに占めるMRSAの割合は65歳以上で4.6%,15歳以上65ム属が37.42%と最も多く,ついでブドウ球菌属が29.35歳未満で1.2%,15歳未満で2.3%であった.(110) 表2副作用発現状況安全性評価対象例数962副作用発現例数(%)7(0.73)副作用発現件数7副作用の種類種類別発現例数(率)眼障害6(0.62)眼刺激2(0.21)眼そう痒症2(0.21)結膜充血1(0.10)点状角膜炎1(0.10)全身障害および投与局所様態1(0.10)適用部位熱感1(0.10)表3疾患別の有効率有効率fisher疾患名第1回第2回全体第1回vs第2回眼瞼炎89%(16/18)100%(19/19)95%(35/37)p=0.230NS涙.炎68%(19/28)84%(21/25)75%(40/53)p=0.213NS麦粒腫96%(53/55)94%(62/66)95%(115/121)p=0.688NS結膜炎96%(292/303)97%(316/327)97%(608/630)p=1.000NS瞼板腺炎100%(11/11)100%(15/15)100%(26/26)─角膜炎100%(26/26)88%(14/16)95%(40/42)p=0.139NS角膜潰瘍93%(13/14)100%(21/21)97%(34/35)p=0.400NS眼瞼炎+結膜炎0%(0/1)─0%(0/1)─図3に示したとおり,疾患別分布は角膜潰瘍を除いてはグラム陽性菌が74.100%と主であった.角膜潰瘍ではセラチア属および緑膿菌の検出頻度がそれぞれ13.33%および11.38%と高かった.一方,MRSAは眼瞼炎で0.4%,涙.炎で6.9%,麦粒腫で3.5%,結膜炎で3.4%検出され,涙.炎で最も検出頻度が高かった.涙.炎では緑膿菌が3.4%の頻度で検出された.b.初診時に検出された適応菌種の消失率適応菌種合計の消失率は,いずれの調査においても89%であり低下を認めなかった(表5).10株以上検出された菌種別でみても消失率の低下を認めなかったが,MRSAの消失率は第1回および第2回調査ともに最も低く,それぞれ63%および75%であった.5.初診時に検出された適応菌種に対するGFLXのMIC初診時に検出された適応菌種に対するGFLXのMICを表6に示した.10株以上検出された菌種についてはMIC50およびMIC90を算出した.計2回の調査のMIC値を比較したところ,レンサ球菌属のMIC90は第1回で4.0μg/mL,第2回で0.25μg/mLであったが,第1回調査で分離されたレンサ球菌属にはMICが16μg/mLと比較的高値を示すa-Streptococciが1株存在していたことが要因と考えられた.一方,他の適応菌種に対するMIC50およびMIC90については2管以上のMIC値の変化は認めなかった.III考按フルオロキノロン系抗菌薬であるofloxacin点眼薬が1987年に上市されてから四半世紀が経過した.現在までに数多くのフルオロキノロン系抗菌点眼薬が開発され,GFLX点眼薬は2004年に上市された.フルオロキノロン系抗菌点眼薬は,広域抗菌スペクトラムを有することから,外眼部感染症に対する初期治療に汎用されてきた.一方でフルオロキノロン耐性菌の報告4.6)が増加していることも事実である.(111)あたらしい眼科Vol.31,No.11,20141677 表4初診時検出菌別の有効率有効率fisher検出菌第1回第2回全体第1回vs第2回ブドウ球菌属96%(137/142)98%(170/174)97%(307/316)p=0.736NSMSSA95%(42/44)100%(62/62)98%(104/106)p=0.170NSMRSA100%(16/16)94%(15/16)97%(31/32)p=1.000NSMSCNS95%(40/42)95%(54/57)95%(94/99)p=1.000NSMRCNS98%(39/40)100%(38/38)99%(77/78)p=1.000NSレンサ球菌属83%(15/18)96%(26/27)91%(41/45)p=0.286NS肺炎球菌92%(11/12)100%(23/23)97%(34/35)p=0.343NS腸球菌属100%(8/8)100%(4/4)100%(12/12)─モラクセラ(ブランハメラ)・カタラーリス86%(6/7)100%(3/3)90%(9/10)─コリネバクテリウム属98%(116/118)96%(194/203)97%(310/321)p=0.340NSシトロバクター属未検出100%(4/4)100%(4/4)─クレブシエラ属100%(3/3)100%(2/2)100%(5/5)─セラチア属100%(1/1)100%(7/7)100%(8/8)─モルガネラ・モルガニー100%(2/2)100%(2/2)100%(4/4)─インフルエンザ菌97%(30/31)100%(29/29)98%(59/60)p=1.000NSシュードモナス属100%(2/2)100%(1/1)100%(3/3)─緑膿菌100%(6/6)100%(5/5)100%(11/11)─スフィンゴモナス・パウチモビリス100%(1/1)100%(4/4)100%(5/5)─ステノトロホモナス(ザントモナス)・マルトフィリア100%(4/4)100%(2/2)100%(6/6)─アシネトバクター属100%(3/3)100%(11/11)100%(14/14)─アクネ菌88%(22/25)96%(27/28)92%(49/53)p=0.333NS適応菌種合計96%(367/383)97%(514/529)97%(881/912)p=0.274NS・ブドウ球菌属(第2回)1株がoxacillinに対するMIC測定不能であった.15歳未満(n=39)(n=51)15歳以上65歳未満(n=128)(n=160)65歳以上(n=232)(n=350)第1回第2回第1回第2回第1回第2回0%25%50%75%100%ブドウ球菌属*(MSSA:,MRSA:,MSCNS:,MRCNS:),レンサ球菌属:,肺炎球菌:,腸球菌属:,コリネバクテリウム属:,アクネ菌:,モラクセラ(ブランハメラ)・カタラーリス:,シトロバクター属:,クレブシエラ属:,セラチア属:,モルガネラ・モルガニー:,インフルエンザ菌:,シュードモナス属:,緑膿菌:,スフィンゴモナス・パウチモビリス:,ステノトロホモナス(ザントモナス)・マルトフィリア:,アシネトバクター属:,適応外菌種:.*MSSA:methicillin-susceptibleStaphylococcusaureus,MRSA:methicillin-resistantStaphylococcusaureus,MSCNS:methicillin-susceptiblecoagulase-negativestaphylococci,MRCNS:methicillin-resistantcoagulase-negativestaphylococci.図2年代別の初診時検出菌(112) 眼瞼炎涙.炎麦粒腫結膜炎瞼板腺炎角膜炎角膜潰瘍ブドウ球菌属(MSSA:,MRSA:,MSCNS:,MRCNS:),レンサ球菌属:,肺炎球菌:,腸球菌属:,コリネバクテリウム属:,アクネ菌:,モラクセラ(ブランハメラ)・カタラーリス:,シトロバクター属:,クレブシエラ属:,セラチア属:,モルガネラ・モルガニー:,インフルエンザ菌:,シュードモナス属:,緑膿菌:,スフィンゴモナス・パウチモビリス:,ステノトロホモナス(ザントモナス)・マルトフィリア:,アシネトバクター属:,適応外菌種:.**MSSA:methicillin-susceptibleStaphylococcusaureus,MRSA:methicillin-resistantStaphylococcusaureus,MSCNS:methicillin-susceptiblecoagulase-negativestaphylococci,MRCNS:methicillin-resistantcoagulase-negativestaphylococci.図3疾患別の初診時検出菌表5初診時検出菌別の消失率第1回第2回第1回第2回第1回第2回第1回第2回第1回第2回第1回第2回第1回第2回(n=23)(n=26)(n=23)(n=34)(n=44)(n=58)(n=279)(n=410)(n=6)(n=16)(n=16)(n=7)(n=8)(n=9)0%25%50%75%100%消失率fisher検出菌第1回第2回全体第1回vs第2回ブドウ球菌属91%(129/142)94%(163/174)92%(292/316)p=0.396NSMSSA91%(40/44)92%(57/62)92%(97/106)p=1.000NSMRSA63%(10/16)75%(12/16)69%(22/32)p=0.704NSMSCNS95%(40/42)96%(55/57)96%(95/99)p=1.000NSMRCNS98%(39/40)100%(38/38)99%(77/78)p=1.000NSレンサ球菌属89%(16/18)89%(24/27)89%(40/45)p=1.000NS肺炎球菌83%(10/12)100%(23/23)94%(33/35)p=0.111NS腸球菌属100%(8/8)100%(4/4)100%(12/12)─モラクセラ(ブランハメラ)・カタラーリス100%(7/7)100%(3/3)100%(10/10)─コリネバクテリウム属89%(105/118)82%(166/203)84%(271/321)p=0.110NSシトロバクター属未検出100%(4/4)100%(4/4)─クレブシエラ属100%(3/3)100%(2/2)100%(5/5)─セラチア属100%(1/1)100%(7/7)100%(8/8)─モルガネラ・モルガニー100%(2/2)100%(2/2)100%(4/4)─インフルエンザ菌81%(25/31)97%(28/29)88%(53/60)p=0.104NSシュードモナス属100%(2/2)100%(1/1)100%(3/3)─緑膿菌83%(5/6)80%(4/5)82%(9/11)─スフィンゴモナス・パウチモビリス100%(1/1)75%(3/4)80%(4/5)─ステノトロホモナス(ザントモナス)・マルトフィリア100%(4/4)100%(2/2)100%(6/6)─アシネトバクター属100%(3/3)100%(11/11)100%(14/14)─アクネ菌84%(21/25)86%(24/28)85%(45/53)p=1.000NS適応菌種合計89%(342/383)89%(471/529)89%(813/912)p=0.915NS・ブドウ球菌属(第2回)1株がoxacillinに対するMIC測定不能であった.(113)あたらしい眼科Vol.31,No.11,20141679 表6初診時検出菌に対するGFLXの抗菌活性(MIC:μg.mL)第1回第2回菌種名MICrangeMIC50MIC90株数MICrangeMIC50MIC90株数ブドウ球菌属≦0.06.>1280.122.0142≦0.06.>1280.124.0173MSSA≦0.06.2.00.120.2544≦0.06.4.00.120.2562MRSA0.12.>1284.0128160.12.>1288.0>12816MSCNS≦0.06.4.00.121.042≦0.06.640.121.057MRCNS≦0.06.321.02.040≦0.06.321.02.038レンサ球菌属≦0.06.160.254.018≦0.06.4.00.250.527肺炎球菌0.12.0.50.250.25120.12.0.50.250.2523腸球菌属0.5.16──80.5──4モラクセラ(ブランハメラ)・カタラーリス≦0.06──7≦0.06──3コリネバクテリウム属≦0.06.1284.016114≦0.06.1282.016203シトロバクター属───0≦0.06.0.5──4クレブシエラ属≦0.06──3≦0.06.0.12──2セラチア属0.25──1≦0.06.0.25──7モルガネラ・モルガニー≦0.06──2≦0.06──2インフルエンザ菌≦0.06≦0.06≦0.0631≦0.06≦0.06≦0.0629シュードモナス属0.25.0.5──21──1緑膿菌0.5──60.25.0.5──5スフィンゴモナス・パウチモビリス≦0.06──10.25.2──4ステノトロホモナス(ザントモナス)・マルトフィリア1.16──4≦0.06──2アシネトバクター属≦0.06──3≦0.06.0.25≦0.060.2511アクネ菌0.12.0.50.250.25250.25.8.00.250.527・株数が10株未満についてはMIC90を算出していない.・ClinicalandLaboratoryStandardsInstituteに準拠.・ブドウ球菌属(第2回)1株,コリネバクテリウム属(第1回)4株およびアクネ菌(第2回)1株がMIC測定不能であった.本調査の疾患別での初診時検出菌は,ブドウ球菌属およびコリネバクテリウム属をはじめとするグラム陽性菌の検出率が74.100%と高かった.一方,角膜潰瘍では緑膿菌およびセラチア属をはじめとするグラム陰性菌の検出率が55.77%と高かった.年代別での初診時検出菌分布は,小児ではレンサ球菌属およびインフルエンザ菌の割合が28.29%と高く,成人ではブドウ球菌属およびアクネ菌の割合が,それぞれ39.43%および9.13%と高く,さらに高齢者ではコリネバクテリウム属の割合が37.43%と最も高かった.これは,小児での検出菌はインフルエンザ菌が30%で最も多く,成人ではブドウ球菌属が48%で最も多く,高齢者ではコリネバクテリウム属が31%で最も多かったとする加茂らの報告7)と同様の傾向であった.外眼部感染症の重要な起炎菌であるMRSAの検出率は,高齢者で最も高く4.6%であったが,全検出菌に占めるMRSA分離頻度は3%であり,小早川ら8)が報告した2%と同程度であった.本調査のMRSA検出症例におけるGFLXの有効率は97%であり,他菌種に劣る結果ではなかったが,菌の消失率は69%であり他菌種に比して低かった.フルオロキノロンに対するMRSAの感受性低下は,すでに広く問題視されている9,10).本調査で分離されたMRSA32株に対するGFLXのMIC50およびMIC90は,細菌学的効果が不変の10株では32μg/mLおよび>128μg/mL,消失の22株では4μg/mLおよび64μg/mLであった.すなわち,MIC値が細菌学的効果に反映されていることが示唆され,MRSAが検出された際はクロラムフェニコールなどの感受性を示す抗菌点眼薬への変更も考慮すべきである.また,本調査では15歳未満の小児においても2.3%の頻度でMRSAが検出された.加茂ら7)も小児からのMRSA検出率が1%であったと報告しており,小児においても高頻度ではないがMRSAを起因とする場合があるため注意が必要である.コリネバクテリウム属は一般的に常在菌として位置付けられており,過去の報告ではコリネバクテリウム属の健常結膜.保菌率は36.44%と報告されている11.13).したがって,本調査の検出菌が,どの程度起炎菌として関与しているかは評価がむずかしいところである.一方,近年においては,その起炎性に関する報告14)が散見されていることから,本調査においてはコリネバクテリウム属も評価対象として取り扱った.コリネバクテリウム属の結膜.内保菌率増加の一因としては加齢が挙げられる11).本調査においても,15歳未満では16.23%であるのに対し,65歳以上では37.42%と高齢者においてコリネバクテリウム属の検出率が高かった.コ(114) リネバクテリウム属が検出された321症例の有効率は97%であり臨床効果に関する問題は認めなかったが,GFLXのMIC90は16μg/mLでありMRSAのMICのつぎに高く,コリネバクテリウム属に対するフルオロキノロン系抗菌薬の抗菌活性は優秀であるとは言い難い11,15).したがって,高齢者の外眼部感染症では特にコリネバクテリウム属の関与も意識し,セフェム系抗菌点眼薬などの感受性の良好な抗菌点眼薬の使用を考慮してよいと考える4).緑膿菌の検出頻度は結膜炎で1%,涙.炎で3.4%,角膜潰瘍で11.38%であり,角膜潰瘍での検出率が特に高かった.Lichtingerらは,2000.2010年に角膜炎が疑われる患者1,413例より採取した角膜擦過物からの緑膿菌検出頻度が7.13%であり,経時的な検出頻度が増加していることを示唆している16).本調査で検出された緑膿菌角膜炎(角膜潰瘍)由来4株のGFLXに対するMICは0.5μg/mL以下と感受性は良好であり,有効率も100%であった.しかしながら,重症の緑膿菌角膜炎が想定される場合には,感染性角膜炎診療ガイドラインにも記されているように,より確実な効果を期待してフルオロキノロンとアミノグリコシド系抗菌点眼薬の併用を考慮して良いと考える17).このほか既述の菌種を含め,2回の調査の間で本剤の適応菌種別の消失率ならびに有効率に低下を認めなかった.抗菌力については,MRSAに対するMIC50(4.0→8.0μg/mL)アクネ菌に対するMIC90(0.25→0.5μg/mL)に検査誤差範(,)囲とも考えられる上昇を認めた以外に明らかな変化を認めなかった.したがって,MRSAやコリネバクテリウム属については注意する必要があるが,本剤は外眼部感染症の初期治療薬の一つとして有用な薬剤と考えられた.しかしながら,フルオロキノロン系薬剤への偏った使用は耐性菌の蔓延を加速させる可能性があるため,患者背景や臨床所見から起炎菌を想定したうえで適切な初期治療薬を選択するべきである.副作用に関しては7例認め,副作用発現率は0.73%であった.同じフルオロキノロン系抗菌薬であるクラビットR点眼液0.5%の副作用発現率は0.63%18)と報告されおり,本剤の副作用発現率は同等であった.本調査では全身性あるいは重篤な副作用を認めず,安全性に関する特筆すべき問題は認めなかった.加えて,本剤は小児集団に対する安全性についても検討されており,生後27日以下の新生児68例および生後1年未満の乳児110例において副作用を認めていない19,20).今後も外眼部感染症由来の検出菌の動向に注意していく必要があるが,ガチフロR点眼液0.3%は外眼部感染症の治療に有用な薬剤であると考えられた.文献1)TakeiM,FukudaH,KishiiRetal:ContributionoftheC-8-MethoxygroupofgatifloxacintoinhibitionoftypeIItopoisomerasesofStaphylococcusaureus.AntimicrobAgentsChemother46:3337-3338,20022)TakeiM,FukudaH,KishiiRetal:Targetpreferenceof15quinolonesagainstStaphylococcusaureus,basedonantibacterialactivitiesandtargetinhibition.AntimicrobAgentsChemother45:3544-3547,20013)FukudaH,KishiiR,TakeiMetal:Contributionofthe8-methoxygroupofgatifloxacintoresistanceselectivity,targetpreference,andantibacterialactivityagainstStreptococcuspneumoniae.AntimicrobAgentsChemother45:1649-1653,20014)FukumotoA,SotozonoC,HiedaOetal:Infectiouskeratitiscausedbyfluoroquinolone-resistantCorynebacterium.JpnJOphthalmol55:579-580,20115)McDonaldM,BlondeauJM:Emergingantibioticresistanceinocularinfectionsandtheroleoffluoroquinolones.JCataractRefractSurg36:1588-1598,20106)HooperDC:Mechanismsoffluoroquinoloneresistance.DrugResistUpdat2:38-55,19997)加茂純子,村松志保,赤澤博美ほか:感受性からみた年代別の眼科領域抗菌薬選択2008.臨眼63:1635-1640,20098)小早川信一郎,井上幸次,大橋裕一ほか:細菌性結膜炎における検出菌・薬剤感受性に関する5年間の動向調査(多施設共同研究).あたらしい眼科28:679-687,20119)HaasW,PillarCM,TorresMetal:Monitoringantibioticresistanceinocularmicroorganisms:resultsfromtheantibioticresistancemonitoringinocularmicroorganism(ARMOR)2009surveillancestudy.AmJOphthalmol152:567-574,201110)BlancoAR,SudanoRA,SpotoCGetal:Susceptibilityofmethicillin-resistantStaphylococciclinicalisolatestonetilmicinandotherantibioticscommonlyusedinophthalmictherapy.CurrEyeRes38:811-816,201311)星最智,卜部公章:白内障術全患者における結膜.常在細菌の保菌リスク.あたらしい眼科28:1313-1319,201112)星最智,大塚斎史,山本恭三ほか:結膜.と鼻前庭の常在菌の比較.あたらしい眼科28:1613-1617,201113)矢口智恵美,佐々木香る,子島良平ほか:ガチフロキサシンおよびレボフロキサシンの点眼による白内障周術期の減菌効果.あたらしい眼科23:499-503,200614)井上幸次,大橋裕一,秦野寛ほか:前眼部・外眼部感染症における起炎菌判定日本眼感染症学会による眼感染症起炎菌・薬剤感受性多施設調査(第一報).日眼会誌115:801-813,201115)末信敏秀,石黒美香,松崎薫ほか:細菌性外眼部感染症分離菌株のGatifloxacinに対する感受性調査.あたらしい眼科28:1321-1329,201116)LichtingerA,YeungSN,KimPetal:ShiftingtrendsinbacterialkeratitisinToronto.Ophthalmology119:17851790,201217)井上幸次,大橋裕一,浅利誠志ほか:感染性角膜炎診療ガイドライン第2版作成委員会:感染性角膜炎診療ガイドライン第2版.日眼会誌117:467-509,2013(115)あたらしい眼科Vol.31,No.11,20141681 18)神田佳子,加山智子,岡本紳二ほか:各種外眼部感染症に24:975-980,2007対する抗菌点眼剤レボフロキサシン点眼液(クラビットR点20)丸田真一,末信敏秀,羅錦營:ガチフロキサシン点眼液眼液0.5%)の使用成績調査.臨眼62:2007-2017,2008(ガチフロR点眼液0.3%)の製造販売後調査─特定使用成績19)丸田真一,末信敏秀,羅錦營:ガチフロキサシン点眼液調査(新生児に対する調査)─.あたらしい眼科26:1429(ガチフロR0.3%点眼液)の製造販売後調査─特定使用成績1434,2009調査(新生児および乳児に対する調査)─.あたらしい眼科***(116)

カードラン点眼で誘導されるマウス結膜の病態生理学的変化の検討

2014年11月30日 日曜日

《原著》あたらしい眼科31(11):1667.1673,2014cカードラン点眼で誘導されるマウス結膜の病態生理学的変化の検討吉田圭稲田紀子石森秋子庄司純日本大学医学部視覚科学系眼科学分野InvestigationofCurdlanInstillation-inducedPathophysiologicalAlterationofBalb/cMouseConjunctivalTissuesKeiYoshida,NorikoInada,AkikoIshimoriandJunShojiDivisionofOphthalmologyDepartmentofVisualSciences,NihonUniversitySchoolofMedicine目的:カードランの点眼投与による結膜組織の病態生理学的変化の検討.対象および方法:Balb/cマウスを,PBSを点眼したP群,低濃度カードランを点眼したCL群,高濃度カードランを点眼したCH群に分けた.各群において,免疫組織化学による結膜下組織中GR-1およびCD68陽性細胞密度の検討,およびreal-timepolymerasechainreaction(real-timePCR)法による結膜組織中のtumornecrosisfactor-alpha(TNF-a),interieukin-1beta(IL-1b),interieukin-18(IL-18)mRNA発現の検討を行った.結果:GR-1陽性細胞密度はCH群(p<0.01)で,CD68陽性細胞密度はCL群とCH群(CL群:p<0.01,CH群:p<0.01)で有意に高値を示した.各群の結膜組織中サイトカインmRNAはCL群でTNF-amRNA(p<0.05)が高値,CH群でIL-1bmRNA(p<0.01)が高値を示した.結論:カードラン点眼投与は,点眼濃度の相違により結膜に惹起される炎症反応の病態が異なると考えられた.Purpose:Toinvestigatecurdlansolutioninstillation-inducedpathophysiologicalalterationofBalb/cmouseconjunctivaltissue.Subjectsandmethods:Balb/cmiceweredividedinto3groups,accordingtoinstillation:PBSinstillation(Pgroup),low-concentrationcurdlansolutioninstillation(CLgroup)andhigh-concentrationcurdlansolutioninstillation(CHgroup).Ineachgroup,GR-1-andCD68-positivecelldensityinsubconjunctivaltissueswasassessedbyimmunohistochemistry;tumornecrosisfactor-alpha(TNF-a),interleukin-1beta(IL-1b),andinterleukin-18(IL-18)mRNAexpressionwereinvestigatedbyreal-timepolymerasechainreaction(real-timePCR).Results:ThedensityofGR-1-positivecellsinCHgroupandofCD68-positivecellsinCLandCHgroupsshowedsignificantlyhigherlevelsincomparisonwiththeothergroups.RegardingcytokinemRNAexpressioninconjunctivaltissues,TNF-ainCLgroupandIL-1binCHgroupshowedsignificantlyhigherlevelsincomparisonwiththeothergroups.Conclusions:Thepathophysiologyofconjunctivalinflammationduetocurdlaninstillationappearstovarydependingontheconcentration.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(11):1667.1673,2014〕Keywords:カードラン,結膜組織,免疫組織化学,real-timePCR.curdlan,conjunctivatissue,immunohistochemistry,real-timePCR.はじめにカードラン(curdlan)は,食品添加物や整髪料の材料など日常生活でも広く利用されている土壌細菌由来のb-D-グルカン(BDG)であり,食品添加物として使用される際には,麺類などでは全原材料の約0.8%程度から,ゼリーや成型食品など粘性の高いものでは全原材料の約10%程度の質量を占めているとされている1).BDGは,1,3または1,6糖鎖を有する多糖体で,糖鎖の種類により,人体に対する生理学的活性が異なるとされている.BDGはおもに真菌,および一部の細菌の細胞壁構成成分として知られており,代表的なBDGには,酵母由来のザイモサン2),今回使用した細菌由来のカードラン3),シイタケ由来のレンチナン4)などがある.〔別刷請求先〕吉田圭:〒173-8610東京都板橋区大谷口上町30-1日本大学医学部視覚科学系眼科学分野Reprintrequests:KeiYoshida,DivisionofOphthalmologyDepartmentofVisualSciences,NihonUniversitySchoolofMedicine,30-1Oyaguchi-kamicho,Itabashi-ku,Tokyo173-8610,JAPAN0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(101)1667 これらのBDGは,免疫賦活作用および制癌作用についての臨床応用が進んでいる5).BDGのレセプターは,マクロファージ,樹状細胞,好中球などの細胞膜上に発現するC型レクチン受容体の一つであるdectin-16)であるとさている.Dectin-1は細胞質内ドメインにITAM(immunoreceptortyrosine-basedactivatingmotif)構造を有しており,受容体刺激により細胞のtumornecrosisfactor-alpha(TNF-a)やinterleukin-1beta(IL-1b)7,8)の産生を誘導すると考えられている.また,BDGにはdectin-1を介した作用として,マウスにBDGを投与することで自己免疫性関節炎が発症することからアジュバント効果があるとする報告9)や免疫賦活作用についての検討10)も行われている.眼表面は,常に外界と接している組織であり,環境因子として存在するBDGに接し,角結膜組織に免疫学的な修飾が加えられている可能性がある.しかし,眼表面の免疫系に対するBDGの作用については不明な点が多く残されている.今回筆者らは,細菌由来のBDGであるカードランをマウスに点眼投与し誘導されるマウス結膜組織の免疫学的,組織学的変化を検討した.I対象および方法本研究は,日本大学医学部動物実験委員会の承認を得て行った.実験動物の取り扱いはAssociationforResearchinVisionandOphthalmology(ARVO)の取り扱い規約に準じた.1.対象マウス対象は,8週齢のメスのBalb/cマウス(オリエンタル酵母工業,東京)を用いた.飼育環境はspecificpathogenfree(SPF)環境下で食餌と水は自由に摂取させた.2.点眼処置および組織採取a.点眼処置Balb/cマウスは,点眼処置の内容により3群に分類した.点眼投与するカードランの濃度別変化を観察するために,phosphatebufferedsaline(PBS)を点眼したP群(15匹),低濃度カードランを点眼したCL群(15匹)および高濃度カードランを点眼したCH群(12匹)に分類した.カードラン(CurdlanfromAlcaligenesfaecalis,Sigma-Aldrich,StLouis,MO,USA)を,100μg/mlの低濃度カードラン点眼用水溶液と10,000μg/mlの高濃度カードラン点眼用水溶液を作製した.点眼処置は,P群,CL群およびCH群に対して,おのおのに対応する点眼用薬液を1眼に1回10μl点眼とし,両眼に点眼処置を行った.点眼処置は,12時間ごとに計3回行った.b.組織採取最終点眼から4時間後にマウスにペントバルビタール(ソムノペンチルR,共立製薬,東京)を腹腔内に過量投与して1668あたらしい眼科Vol.31,No.11,2014安楽死させた後,眼球と眼瞼とを一塊として摘出した.摘出した眼球・眼瞼は,1)組織学的検討のための2%periodatelysin-paraformaldehyde(PLP)固定組織と2)レーザーマイクロダイセクション法に用いるための未固定組織とに分け,OCTcompound(TissueTecO.C.Tcompaund,サクラファインテックジャパン,東京)に包埋して.80℃で凍結保存した.3.組織学的検討組織用切片は,2%PLP固定後にOCTcompaund包埋したブロックから,約70μmの薄切切片を作製した.a.酵素抗体法好中球の観察は抗GR-1抗体を用いた酵素抗体法で行った.酵素抗体法は,まず内因性ペルオキシダーゼ阻止として0.3%過酸化水素加メタノールに30分間浸漬した後,5%ヤギ血清でブロッキングを行った.つぎに,1次抗体と室温で60分間反応させた.今回使用した1次抗体は,GR-1に対する染色には抗マウスGR-1ラットモノクローナル抗体(Ly6GandLy-6C,BDPharmingenTM,California,USA),CD68に対する染色には抗マウスCD68ラットモノクローナル抗体(Bio-RadAbDSerotecLimited,Oxfordshire,UK)を使用した.酵素抗体法の2次抗体以降の反応には酵素抗体法染色キットstreptavidin-biotin(SAB)法〔ヒストファインシンプルステインマウスMAX-PO(Rat),ニチレイバイオサイエンス,東京〕を使用し,添付の使用方法に従ってビオチン標識2次抗体およびペルオキシダーゼ標識ストレプトアビジンを反応させ,3,3’-diaminobenzidine(DAB)・4HClで発色させた,核染色にはメチルグリーンを用いた.b.組織観察,細胞数カウント染色後の組織切片は,光学顕微鏡(BH2,オリンパス,東京)を用いて観察,写真撮影を行った.撮影したデジタル写真からパーソナルコンピュータの画像処理ソフトPhotoshopElements9(AdobeSystems,SanJose,CA,USA)を用いて結膜組織の総面積をピクセル数から換算した.つぎに,結膜組織中のGR-1陽性細胞数および結膜組織中のCD68陽性細胞数を測定し,GR-1陽性細胞密度(個/mm2)とCD68陽性細胞密度(個/mm2)を計算した.4.Real.timePCR法a.レーザーマイクロダイセクション法採取試料を未固定でOCTcompaundに包埋して急速凍結したブロックを用いて,約7μmの凍結切片を作製した.組織切片は,ただちに4℃に冷却した100%メタノールで3分間固定し,蒸留水で洗浄後,0.05%トルイジンブルー染色液に15秒間浸漬して,トルイジンブルー染色を行った.その後,LaserMicrodissection装置(Leicamicrosystems,LMD7000,Wetzlar,Germany)を用いて結膜上皮および上皮下から粘膜筋板までの結膜下組織を合わせて切り抜き,real(102) timepolymerasechainreaction(real-timePCR)用の試料とした(図1).b.Real.timePCR法レーザーマイクロダイセクション法で採取した結膜組織から,mRNA抽出キット(RNeasyRMiniKit,QIAGEN,Hilden,Germany)を用い,キットのマニュアルに従ってmRNAを抽出した.その後,HighTranscriptionKit(LifetechnologiesJapan,東京)を用いてcDNAに変換した.その後real-timePCR法による結膜組織におけるサイトカインmRNA発現の検討として,TNF-a,IL-1bおよびIL-18のmRNA発現量を測定した.real-timePCR法は,ABIPRISM7000(LifetechnologiesJapan)を使用したTaqMan法で行った.TaqManプローブおよびプライマーは,TaqManRGeneExpressionAssay(AppliedBiosystems,東京)のTNF-a:図1レーザーマイクロダイセクション法による組織切り出し範囲結膜上皮から粘膜筋板直上までの結膜組織(赤点線枠)をレーザーマイクロダイセクション法で切り出した.Bar=100μm.Mm00443258_ml,IL-1b:Mm01336189_ml,IL-18:Mm00434225_mlを使用し,内在性コントロールにはActb:Mm00607939_s1を使用した.Real-timePCR法の結果はΔΔCt法で定量的解析を行った.5.統計学的検討各検討項目は,ノンパラメトリックの多重比較法であるSteel-Dwass法を用いて統計学的に検討し,危険率5%未満を有意差ありとした.II結果1.結膜下組織中浸潤細胞の免疫組織化学的検討a.GR.1陽性細胞の検討光学顕微鏡による観察では,すべての群でGR-1陽性細胞が結膜下組織中にみられた.各群のGR-1陽性細胞密度は,*GR-1陽性細胞(個/mm2)NSNS300250200150100500P群CL群CH群図2GR.1陽性細胞密度GR-1陽性細胞密度はP群に対してCH群で有意に高値であった(Steel-Dwass法,p<0.01).*:p<0.01.NS:nosignificance.abc図3結膜下組織中CD68陽性細胞(酵素抗体法)a:P群,b:CL群,c:CH群.Bar=100μm.矢印:CD68陽性細胞.(103)あたらしい眼科Vol.31,No.11,20141669 P群76.8(43.7.114.5)個/mm2[中央値(レンジ)],CL群103.3(46.1.255.2)個/mm2,CH群197.8(148.0.226.1)個/mm2であった.GR-1陽性細胞密度はP群と比較してCH群で有意に高値であった(Steel-Dwass法,p<0.01)(図2).b.CD68陽性細胞の検討光学顕微鏡による観察では,すべての群で茶褐色に染色されたCD68陽性細胞が結膜組織中にみられた.CD68陽性細胞は,P群では結膜下組織中に散見される程度であったが,カードランを点眼処置した群では,CL群,CH群の両群と***NS7060もに結膜下組織中および粘膜筋板下にも多数みられた(図3).各群のCD68陽性細胞密度は,P群6.3(4.8.8.1)個/mm2[中央値(レンジ)],CL群37.2(16.9.46.5)個/mm2,CH群41.4(22.4.64.5)個/mm2であった.CD68陽性細胞密度はP群と比較してCL群およびCH群で有意に高かった(Steel-Dwass法,CL群:p<0.01,CH群:p<0.01)(図4).2.結膜組織中サイトカインmRNA発現の検討a.結膜組織中TNF.amRNA発現量の検討各群の結膜中TNF-amRNA発現量は,P群0.82(0.41.NS3**ΔΔΔCt)2.55022CD68陽性細胞(個/mm)40TNF-amRNA(1.5301200.5100P群CL群CH群0P群CL群CH群図4CD68陽性細胞密度図5結膜組織中TNF.amRNA発現量CD68陽性細胞密度はP群に対してCL群,CH群で有意に高TNF-amRNA発現量はP群,CH群に対してCL群で有意に値を示した(Steel-Dwass法,p<0.01).*:p<0.01.**:p高値を示した(Steel-Dwass法,p<0.05).*:p<0.05.NS:<0.05.NS:nosignificance.nosignificance,TNF-a:Tumornecrosisfactor-alpha.*NS*10NS0123456ΔΔIL-18mRNA(Ct)NSNSΔΔΔCt)IL-1mRNA(b9876543210P群CL群CH群P群CL群CH群図6結膜中IL.1bmRNA発現量図7結膜組織中IL.18mRNA発現量IL-1bmRNA発現量はP群,CL群に対してCH群で有意にIL-18mRNA発現量は3群間で有意な差はなかった.NS:no高値を示した(Steel-Dwass法,p<0.01).*:p<0.01.NS:significance,IL-18:interleukin-18.nosignificance,IL-1b:interleukin-1beta.1670あたらしい眼科Vol.31,No.11,2014(104) 1.61)[中央値(レンジ)]に対して,CH群0.76(0.27.1.67),CL群1.45(0.52.2.55)であった.TNF-amRNA発現量はP群と比較してCL群で有意に高値を示し(Steel-Dwass法,p<0.05),CH群と比較してもCL群で有意に高値であった(Steel-Dwass法,p<0.05)(図5).b.結膜組織中IL.1bmRNA発現量の検討各群の結膜中IL-1bmRNA発現量は,P群1.45(0.70.3.57)[中央値(レンジ)]に対して,CL群1.12(0.43.3.32),CH群3.19(1.26.9.16)であった.IL-1bmRNA発現量はP群,CL群と比較してCH群で有意に高値を示した(SteelDwass法,p<0.01)(図6).c.結膜組織中IL.18mRNA発現量の検討各群の結膜中IL-18mRNA発現量を検討した結果,P群1.01(0.51.3.21)[中央値(レンジ)]に対して,CL群0.90(0.54.2.28),CH群1.13(0.46.4.92)であった.IL-18mRNA発現量はP群,CL群,CH群で差はなかった(図7).III考按今回の研究では,マウス結膜に細菌性由来のカードランを投与し,結膜組織での病態生理学的変化の検討を行った.今回の免疫組織化学検討では,好中球の指標としてGR-1を,マクロファージの指標としてCD68を用いた.今回用いた抗GR-1抗体は,Ly-6G/6Cに対する抗体である.Ly6G/6Cは骨髄細胞分化抗原GR-1のコンポーネントであり,おもに末梢好中球に発現していることから末梢好中球のマーカー蛋白質と考えられているため,本実験では好中球のマーカーとして使用した.また,CD68は,単球,マクロファージに発現するLAMP(lysosomal-associatedmembraneprotein)ファミリーの糖蛋白質であり,今回の検討ではマクロファージの動向を観察する目的で使用した.また,realtimePCR法を用いたサイトカインmRNA発現の検討ではレーザーマイクロダイセクション法で検体を採取することによって,結膜上皮から粘膜筋板直上までの結膜組織でのカードラン点眼投与による変化を局所的に評価することができたものと考えられた.一方で,採取した結膜組織から得られる検体量にばらつきが生じる可能性があるので,real-timePCR法による発現量の検討にはΔΔCt法を用いた.ΔΔCt法は,基準となる内在性コントロールと比較して相対的定量を行う方法であることから,検体の採取量に左右されずに評価が可能であったと考えられた.カードランを投与した群でproinflammatorycytokineであるTNF-a,IL-1bのmRNA発現増加がみられたことは,カードランがマウス結膜組織において炎症反応の惹起に関与している可能性が考えられた.しかし,結膜組織中TNF-amRNA発現量の検討においてP群,CH群と比較してCL群で有意に増加したこと,および結膜組織中IL-1bmRNA発(105)現量の検討においてP群,CL群と比較してCH群で有意に増加したことは,カードランの濃度により結膜に生じる炎症または免疫学的反応が異なることを示していると考えられた.BDGの受容体の特異的受容体としては,dectin-1が知られている.眼表面(ocularsurface)におけるdectin-1発現や分布に関しては,不明な点が多い.糸状真菌による真菌性角膜炎の角膜病巣部から得られた検体を定量PCR法で検討した結果,dectin-1,toll-likereceptor(TLR)2,TLR4,TLR9およびNOD-likereceptorprotein3が検出されたと報告されている11).また,筆者らは,健常成人の結膜上皮をimpressioncytology法で採取し,蛍光抗体法およびreal-timePCR法によりdectin-1発現を検討したところ,結膜上皮にdectin-1発現が認められたことを報告している12).したがって,角結膜組織にBDGの受容体であるdectin-1発現がみられる可能性が考えられ,点眼投与したカードランは角結膜局所に発現したdectin-1を介して作用した可能性が考えられた.しかし,今回の実験では点眼投与したカードランの詳細な作用機序に関しては解明されておらず,さらに詳細な実験を加える必要があると考えられた.今回のTNF-amRNA発現の測定結果から,カードランが他のproinflammatorycytokine産生に影響を与えず,TNF-amRNA発現に関与するためには指摘濃度が存在する可能性が推察された.TNF-aは,炎症反応または免疫応答においては,おもにマクロファージ,単球などにより産生され,アポトーシスの誘導,IL-1,IL-6といった炎症性メディエータ産生促進,血管内皮細胞活性化といった作用が報告されている13,14).また,カードラン溶液で血液を刺激し,wholebloodassayで解析した実験では,今回使用したカードラン濃度より低濃度である2.5μg/mlと低濃度であるが,カードランのproinflammatorycytokine産生に対する作用としては至適濃度の存在が報告されている15).したがって,今回低濃度群(CL群)に投与したカードランの投与量は,TNF-amRNAを増加させる至適濃度と一致していた可能性が示唆された.また,今回の免疫組織化学的検討の特徴としては,CH群で好中球数が増加し,CL群およびCH群でCD68陽性細胞数が有意に増加していたことである.CD68陽性細胞はおもに単球やマクロファージといった抗原提示,自然免疫に関与する細胞で,自然免疫は,粘膜組織におけるアジュバント効果に関与している16)とされている.これはアジュバント物質が局所にある種の炎症反応を惹起し,マクロファージなどの抗原提示細胞を遊走することで,抗原の貪食・抗原提示を起こりやすくするためとされている.したがって,カードランの投与によりCL群において結膜組織中に好中球が増加せず,CD68陽性細胞が増加したこと,およびTNF-amRNAが増加したことは,カードランの点眼によるアジュバント効果を検討するうえで興味深い所見であるとあたらしい眼科Vol.31,No.11,20141671 考えられた.一方,結膜組織中IL-1bmRNA発現量の検討において,P群,CL群に対してCH群でIL-1bmRNA量が有意に増加したことは,カードランの結膜投与によるIL-1bmRNA発現は濃度依存的に発現が増加する可能性が考えられた.結膜組織や他の粘膜組織においてIL-1bは,マクロファージから産生され,生体内の炎症に関与するとされている17).特に,疾患とのかかわりあいでは,敗血症患者の血清中,関節リウマチ患者の滑膜中でIL-1bの増加がみられると報告されている18,19).また,免疫組織化学的検討において,IL-1bの増加がみられるCH群において,好中球およびCD68陽性細胞の浸潤も増加していた.これらの結果は,今回みられたIL-1bmRNAの増加は,カードランによる炎症惹起作用による変化と考えられた.同様の現象は,マウス樹状細胞におけるザイモザン,カードラン刺激においても報告されており20,21),高濃度カードランは,結膜に対して起炎物質となる可能性が考えられ,真菌感染症の病態を検討するうえで注目すべき反応であると考えられた.すなわち,これらの結果でみられるカードランの濃度により発現が増加するサイトカインが異なることや浸潤する炎症細胞の程度が異なることは,b-D-glucanが真菌関連眼疾患において起炎物質として作用することや,アジュバント物質として作用する可能性を示唆するものであり,今後カードランの粘膜アジュバントとしての作用についても検討する必要があると考えられた.しかし,今回使用したカードラン濃度は,低濃度CL群で100μg/ml,高濃度CH群で10,000μg/mlである.今回使用した点眼薬濃度は,点眼で投与可能な点眼量を10μlとして,投与全量が低濃度CL群で1μg,高濃度CH群で100μgとなるように計画した点眼処置法である.既報では,カードランを経気道投与したマウスでのinvivo実験系では,カードランが4μg.4ngcurdlan/kglungwt.で投与されている22).また,invitroでは血液をカードラン溶液で刺激しwholebloodassayで解析した際に2.5μg/mlの濃度が使用されている15).既報と今回の点眼濃度を単純に比較することは困難であるが,単純計算では培養で使用されたカードラン濃度の40倍が点眼に使用されたことになるため,眼局所に対しては比較的高濃度を作用させた実験系になっており,高濃度カードランの濃度依存反応を検討する実験系であったと考えられた.また,ヒトマクロファージをカードランで刺激することで,dectin-1を介してIL-18産生が増加すると報告されている23).しかし,今回の実験では結膜組織中IL-18mRNA発現量はP群,CL群,CH群の3群間に差がみられなかったことから,結膜組織におけるIL-18産生については,dectin-1発現細胞の存在などを含めて,さらに検討する必要があると考えられた.また,カードラン投与によるアジュバン1672あたらしい眼科Vol.31,No.11,2014ト効果はdectin-1を介し,NLRP3インフラマゾームが活性化され,IL-1bの産生を誘導する経路がアジュバント効果に重要であるとの報告がある20).今回の検討では,結膜にカードランを投与することで濃度依存的にIL-1bが産生されることが証明されたが,結膜における粘膜アジュバントとしての作用にIL-1bがどのように関与するか,実際にBDGの特異的受容体であるdectin-1を介した経路がアジュバント作用に関係しているのかについてはさらなる検討が必要である.文献1)中尾行宏,戸田準,寺崎衛:カードランの性質と食品への利用.調理科学22:164-172,19892)OlynychTJ,JakemanDL,MarshallJS:Fungalzymosaninducesleukotrieneproductionbyhumanmastcellsthroughadectin-1-dependentmechanism.JAllergyClinImmunol118:837-843,20063)KawashimaS,HiroseK,IwataAetal:b-glucancurdlaninducesIL-10-producingCD4+Tcellsandinhibitsairwayinflammation.JImmunol189:5713-5721,20124)XuX,YasudaM,Nakamura-TsurutaSetal:b-GlucanfromLentinusedodesinhibitsnitricoxideandtumornecrosisfactor-aproductionandphosphorylationofmitogen-activatedproteinkinasesinlipopolysaccharide-stimulatedmurineRAW264.7macrophages.JBiolChem287:871-878,20125)林良輔,落合武徳,渡辺一男ほか:レンチナン持続動注療法における胆癌患者の免疫学的検討.日消外会誌14:1192-1196,19816)BrownGD,GordonS:Immunerecognition.Anewreceptorforb-glucans.Nature413:36-37,20017)西城忍,岩倉洋一郎:生体防御機構におけるDectin-1の役割.臨床免疫・アレルギー科49:101-108,20088)SteeleC,RapakaRR,MetzAetal:Thebeta-gulucanreceptordectin-1recognizesspecificmorphologiesofAspergillusfumigatus.PLoSPathog1:323-334,20059)HidaS,MiuraNN,AdachiWetal:Cellwallb-glucanderivedfromcandidaalbicansactsasatriggerforautoimmunearthritisinSKGmice.BiolPharmBull30:1589-1592,200710)足立禎之,大野尚仁:真菌多糖の免疫系による認識とその活性化作用.日本医真菌学会雑誌47:185-194,200611)KarthikeyanRS,LealSMJr,OrajnaNVetal:ExpressionofinnateandadaptiveimmunemediatorsinhumancornealtissueinfectedwithAspergillusorfusarium.JInfectDis204:942-950,201112)吉田圭,庄司純,石森秋子ほか:結膜上皮細胞におけるdectin-1およびBAff発現の検討.日眼会誌,118:368377,201413)Kyan-AungU,HaskardDO,PostonRNetal:Endothelialleukocyteadhesionmolecule-1andintercellularadhesionmolecule-1mediatetheadhesionofeosinophilstoendothelialcellsinvitroareexpressedbyendotheliuminallergiccutaneousinflammationinvivo.JImmunol146:521(106) 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My boom 34.

2014年11月30日 日曜日

監修=大橋裕一連載.MyboomMyboom第34回「林孝彦」本連載「Myboom」は,リレー形式で,全国の眼科医の臨床やプライベートにおけるこだわりを紹介するコーナーです.その先生の意外な側面を垣間見ることができるかも知れません.目標は,全都道府県の眼科医を紹介形式でつなげる!?です.●は掲載済を示す(●は複数回)連載.MyboomMyboom第34回「林孝彦」本連載「Myboom」は,リレー形式で,全国の眼科医の臨床やプライベートにおけるこだわりを紹介するコーナーです.その先生の意外な側面を垣間見ることができるかも知れません.目標は,全都道府県の眼科医を紹介形式でつなげる!?です.●は掲載済を示す(●は複数回)自己紹介林孝彦(はやし・たかひこ)横浜南共済病院眼科私は平成15年に岡山大学を卒業し,平成16年に横浜市立大学眼科学教室に入局させていただきました.その後大学院に入学し,角膜移植の拒絶反応や角膜内皮細胞移植の研究に従事したのち,臨床に復帰しました.横須賀共済病院で白内障手術や硝子体手術の勉強をした後,平成23年より,東京歯科大市川病院に国内留学し,島﨑潤教授のもと,最先端の角膜移植について研鑽を積ませていただきました.現在は,医局の関連病院である横浜市南部の横浜南共済病院で,白内障手術,角膜移植手術を中心に活動中です.今回は琉球大学眼科の親川格先生からのご紹介で記事を書かせていただくことになりました.親川先生は東京歯科大学市川病院で角膜の勉強を一緒にした元同僚です.もともと無趣味な私ですが,私なりのMyboomについて,近況を交えながら書かせていただきたいと思います.仕事のMyboom①:動画編集で自分をふりかえる私が日頃の臨床において日課としていることは,手術は毎日復習するということです.そのために,まず,その日に行った手術をすぐさま動画編集ソフトで編集します.この作業により,手術をパーツごとに分解する癖が身につきます.難しい手術も細かいパーツに分解することで,基本作業の積み重ねであると認識することができ(89)0910-1810/14/\100/頁/JCOPYます.また,編集動画を友人限定でシェアすることで,賢明な友人から貴重なアドバイスをいただくことができます.また,編集した動画をipodなどに保存しておけば,通勤中などに復習することができます.こういった作業をとおして自分の癖や特徴をつかむことができ,大変有用と考えています.仕事のMyboom②:手術中の音楽鑑賞現在の病院は,術者1人縦1列で手術を行う必要があり,毎日白内障手術12件と角膜移植1件程度を同僚と分担して行っています.単調で飽きないように手術中に聞く音楽を選ぶのが楽しい毎日です.最近のMyboomはJUJUのアルバム(最近はDOOR)で,1日4回転すると,看護師さんに飽きられて,患者入れ替えの際にさりげなく替えられてしまいます.まあ,術者目線で音楽を選んでよいのかという問題はありますが…….仕事のMyboom③:自分に合った道具を開発する前述のように,日頃の復習により自分の特徴がつかめてきます.すると,自分に足りないものが見えてきます.器用な先生なら,今ある道具で対処するのでしょうが,僕は「手術は安全確実が一番」と考えているので,「便利な道具でもっと簡単にできないだろうか?」と考えます.こうして最初にできたのが,角膜内皮移植術(DSAEKやDMEK)の際に用いるHayashi式デスメピーリング鑷子(Asico)です(写真1).これはつまみの部分が角膜側を.いているため,角膜の視認性が悪い症例においてデスメ膜をつまみとるのに有用です.あるいは,Hayashi式デスメピーリングフック(Asico)も大変おススメです.最近,私もDMEKを始めたため,こうしたあたらしい眼科Vol.31,No.11,20141655 写真1林式DSAEK専用デスメピーリング鑷子デバイスは大変有用です.その他,深層層状角膜移植(DALK)の際に用いるHayashi式DALKhooker(Asico)という実質線維を裂くフックなども開発しました.最近は色々と道具を考えるのが楽しくなってきました.まったく売れませんけどね…….仕事のMyboom④:臨床研究以前は,マウスを使った基礎研究をしていましたが,最近は時間がないことを言い訳に基礎研究はさっぱりです.そういうわけで,自分は大好きな角膜で臨床をさせていただいています.最近は自分自身の手術データをふりかえって角膜移植術の臨床研究を主に行っています.とくに,前眼部OCT,CASIAは大変素晴らしく,自分の手術をデータに変換してくれる優秀な器械です.見たくないものまで見えてしまうのですけどね…….基礎研究は現在ほとんどできていませんが,研究で培った人脈で,仕事の幅が広がったのに間違いはありません.でも,たまにマウスの実験もしたくなります…….PrivateのMyboomプライベートは無趣味に近いのですが,実は学生時代ラグビーをしていた私は,筋力トレーニングを20年間継続してきております.筋力トレーニングは無酸素運動に分類されますが,東京歯科大市川病院に勤務したことがきっかけで,ジョギングなどの有酸素運動も再開しました.週1でジム通いをして,週1で走り,たまに草ラグビーをする.業務に支障の出ない程度に運動ができていると思います.では,まず,筋力トレーニングについて.最近分かったことですが,体を苛め抜くようなきついトレーニングは,筋力の維持にはあまり関係がないとわかりました.ほどほどの負荷で,筋線維と神経を刺激すれば,あとは成長するということです.学生時代は筋トレ部屋に籠っ1656あたらしい眼科Vol.31,No.11,2014写真2タッチラグビーの仲間と集合写真て歩けなくなるような激しいトレーニングをしていましたが,生活がトレーニング中心となっていました.しかし,週1回のジム通いならば,仕事をもつ社会人でも十分に可能だろうと思われます.スポーツはひとりで淡々とやるのもいいですが,たまに仲間と集まってやるのも楽しいものです.本気でラグビーをすると,脳震盪や骨折はしょっちゅうなので,手術ができなくなってしまいます.というわけで,もう本気でラグビーはできません.今もガチでラグビーしている眼科の先生もいらっしゃるかもしれませんが…….自分はタッチラグビーという衝突の少ない球技をたまにやっています.大人の部活です(写真2).スポーツ後,お酒を飲むのが最高です.以上,最近の私の日常について書かせていただきましたが,まだ30代なのでどんどん新しいことにもチャレンジしていきたいと思っています.次のプレゼンターは山之手眼科(愛知)の松田淳平先生です.松田先生は,大学の先輩で,学生時代からクラブ(?)活動などで,大変お世話になっていた,遊びも仕事も一生懸命な先生です.期待しています.注)「Myboom」は和製英語であり,正しくは「Myobsession」と表現します.ただ,国内で広く使われているため,本誌ではこの言葉を採用しています.(90)

現場発,病院と患者のためのシステム 34.組織の強みを知り,情報システムを整備することで勝利する

2014年11月30日 日曜日

連載現場発,病院と患者のためのシステム連載現場発,病院と患者のためのシステム組織の強みを知り,情報システムを整備することで勝利する杉浦和史*.内容1.SWOT的分析戦略を作るフレームワークにSWOT(スオット)分析(表1)と呼ばれるものがあります.ポピュラーでわかりやすいので広く使われています.SWOT分析とはいわないまでも,同じような方法で,自院の強み弱みを把握し,経営に活かしている経営者層は意外に多くいると思われます.表1SWOTの分類#分類当該組織にとっての意味1Strength(強み)強み2Weakness(弱み)弱み3Opportunity(機会)チャンス(好機)4Threat(脅威)都合の悪いこと,ピンチ筆者がある大学で自治体管理職を教えているとき,他の先生が自治体の組織そのもののSWOT分析を行わせ,発表させているところを見かけたことがあります.基本的に競合がない自治体(行政)にこの手法が合うのかどうかわかりませんが,無理矢理分類させているような感じだったことを覚えています.過疎地域にある自治体の場合には,活性化のための施策を検討する際の整理整頓には使えるかも知れませんが,医療機関の場合はどうでしょう?首都圏にある医療機関は患者数が多い反面,競合も多く,強みでもあり弱みにもなります.地方にある医療機関はその反対です.地方の場合,スタッフの確保が難しい反面,転職機会が少ないため働き続けてくれることで,技術の継承,蓄積が可能という面は見逃せません.患者数は少ないものの,選択の余地が少ない分,あちこち変わることなく通い続けてくれこと,およびそれにより経過観察のデータを得やすいという面は大きなメ思いつきやヒラメキの施策ではどうにもなりませんが,何が自院の強みなのかを把握したうえでの経営戦略をITで支援するのが情報システムの役割です.このような位置づけにあるシステムを戦略情報システムと呼んでいます.このシステム,部門システムの寄せ集めでは実現できません.筋の通ったコンセプトと,硬直化した指揮命令系統の改革など,システム以前の環境整備が必要です.リットといえ,弱点ではなくむしろ強みになっています.一概に強み弱みとならないところに注意が必要です.次に,機会と脅威です.例えば,医療費改定,包括診療制などがそれに該当しますが,これには地域的な差はなく,全国一律です.包括診療に危機感を抱く医療機関もありますが,医療の質をあげて効率よく治療をすればでき高払い方式よりも収益を高めることができ,チャンスと捉えることができます.実績を踏まえた定量的な評価をしなければならない場合もあります.今春の改訂で白内障手術を1回の入院で両眼手術する場合の点数が引き下げられましたが,これが脅威となる医療機関と,それほど響かないところがあります.白内障手術件数の多少だけではなく,1回の入院で両眼の手術が多いか少ないかの割合によります.つまり,同じ外的要因でも影響の度合いが違います.ここのところを冷静に判断せず,悲観的になったり,楽観的になったりしてはいけません.あくまでも定量的に判断すべきです.危機感をあおるためにオーバにいう場合もありますが,あくまでも事実を捉えたうえでのことです.定量判断のための情報を提供するのは,戦略情報システムであることはいうまでもありません.以上述べてきましたが,画一的な評価をせず,良い意味でのケースバイケースで判断しなければならないことが多々あるので注意が必要です.*KazushiSugiura:杉浦技術士事務所(情報工学部門)http://sugi-tec.tokyo/(87)あたらしい眼科Vol.31,No.11,201416530910-1810/14/\100/頁/JCOPY 1月2月3月4月5月6月7月8月9月10月11月12月図1来院数減少の中で増えている事例万人2001,810,990人/日年250日稼働として約8250万人減1501,481,332人厚労省19年医療施設(動態)調査・病院報告の概況)抜粋002002’072.環境の整備製造業では5S(ごエス)といわれる基本があり,①整理,②整頓,③清掃,④清潔,⑤躾が必須となっています.これがなくして,業務改革,改善,情報システム整備は進められないというものです.医療機関にはこのようなものはありませんが,来院された患者さんが気持ちよくいられ,スタッフがきびきび働き,明るい雰囲気のある環境を整備することは,SWOTでいう強みになるといえるでしょう.予算があれば設備面の充実は図れますが,お金で買える有形なものではなく,意識の持ち方,努力次第で実現可能な無形なものが強みになるようにしたいものです.3.BPR(業務改革,改善)の実施業務を構成する作業,手順をプロセスと呼びますが,このプロセスを0ベースで見直すことがBPRです.BPRを実施する際の基本的なチェック項目は以下のとおりです.①何をするプロセスか,②絶対必要か,③なければ,何が(誰が)どう困るのか,④困る頻度は,⑤前後のプロセスで重複している機能はないか,⑥それは前後の,あるいは他のプロセスを見直すことで吸収できないか?です.難しいことではありません.このBPRをコンサルティングファームに頼んだり,ベンダ(システム開発会社)に頼んだりするのが一般的ですが,現場スタッフを教育すれば,OJT(onthejobtrainning)でできるようになります.是非チャレンジしてください.院内に人材が育ち,雰囲気も高まり,一石二鳥です.4.情報システムの整備SWOT的アプローチで自身を良く知り,次にBPR(業1654あたらしい眼科Vol.31,No.11,2014(人)8,0007,5007,0002004年6,5002003年6,0002002年受診抑制策で外来患者数が減っている5,5002001年なかで前年を上回る来院数を示す..務改革,改善)を行って問題点を整理し,意味なく昔から引継がれている仕事のやり方をなくしたり,変えたりして,滞りなく作業が流れるようになれば,ようやく情報システムの出番です.図1左側は,受診抑制策で外来患者数が激減してきていることを示す厚生労働省のデータです.2000年に全国で1日181万人の来院者があったものが,2007年には148万に激減しています.年間の稼働日数を250日とすると約8,250万人も患者が減ったことになり,医療機関にとっては厳しい状況であることがわかります.しかし,図1右側に示すように,全国の推移とは逆に,来院数が増えている医療機関もあります.この差はどこから来ているのでしょう.サービス業でもある医療機関は,患者さんに来てもらわないと商売になりません.そのためには,予約を確実に取ることがポイントです.患者さんにとっては,計画的な診察を受けることでQOVひいてはQOLを維持することができます.図1右側の医療機関では,受付,検査,診察,入院(ベッド確保),手術,次回予約など,予約に関係するすべての情報を,相互に連携して総合的に処理するシステムを整備しました.このシステムにより,確実で迅速な予約処理が行え,人が動かず情報が動くことによる所要時間の削減が奏効したのではないかと考えています.もちろん,関連業務のBPRをしてから仕様を作ったのはいうまでもありません.なお,このシステムは日経コンピュータから情報システム大賞編集部特別賞を受賞しています.(88)

硝子体手術のワンポイントアドバイス 138.液体パーフルオロカーボンによる網膜下増殖組織の牽引評価(上級編)

2014年11月30日 日曜日

硝子体手術のワンポイントアドバイス●連載138138液体パーフルオロカーボンによる網膜下増殖組織の牽引評価(上級編)池田恒彦大阪医科大学眼科●はじめに増殖性硝子体網膜症(proliferativevitreoretinopathy:PVR)では,しばしば網膜下増殖組織が網膜復位の妨げとなる.網膜下増殖組織による牽引が軽度であれば,硝子体ゲルおよび網膜前の増殖組織の除去のみで網膜の伸展が得られることもあるが,著明な網膜下増殖組織が存在する症例では意図的裂孔を介してこれを除去する必要がある.また,網膜下増殖組織が広範囲に存在する症例では,どの程度除去したら網膜の伸展性が得られるかが問題となる.その判断には液体パーフルオロカーボン(perfluorocarbonliquid:PFCL)がきわめて有用である.●網膜下増殖組織の牽引評価網膜下増殖組織が残存した状態で,気圧伸展網膜復位術で網膜を伸展すると,意図的裂孔が拡大し網膜下に空気が迷入することがある.症例によってはこの際に網膜が大きく裂けてしまい,その後の処置に苦慮する.このような場合には,まずPFCLで網膜の伸展性を確認するほうがよい.写真はPVRの1例であるが,まず硝子体ゲルおよび網膜前の増殖膜を.離除去(図1)した後,PFCLを一塊となるように後極部からゆっくりと注入する.この症例では血管アーケード上方に網膜下索状物による牽引が残存し,網膜の伸展が得られないことが判明する(図2).この時点でさらにPFCLを多量に注入すると裂孔を介して網膜下にPFCLが迷入するので,適度な量にとどめる.その後,PFCLをいったん吸引除去し,意図的裂孔から網膜下索状物を抜去し(図3),再度PFCLを注入して網膜の伸展性を確認する(図4).十分に伸展が得られれば,眼内光凝固を施行し,PFCLと空気あるいはシリコーンオイルを置換する.図1術中所見(1)増殖性硝子体網膜症例.まず硝子体ゲルおよび網膜前の増殖膜処理を行う.図2術中所見(2)PFCLを注入し網膜を伸展させるが,上方に網膜下索状物による牽引が残存していることが判明する.図3術中所見(3)意図的裂孔から網膜下索状物を抜去する.図4術中所見(4)再度,PFCLを注入し,網膜の伸展性を確認する.●この手術の注意点術中に大きな医原性裂孔を形成するとPFCLが網膜下に迷入しやすくなるので,医原性裂孔の形成には注意する.また,周辺部の残存硝子体牽引が強いと,周辺部に網膜が吊り上げられたような状態になり,PFCLが網膜下に迷入しやすくなるだけでなく,網膜下増殖組織の牽引評価が難しくなる.可能な範囲で周辺部の硝子体を処理したうえでPFCLを使用すべきである.(85)あたらしい眼科Vol.31,No.11,201416510910-1810/14/\100/頁/JCOPY