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硝子体手術のワンポイントアドバイス 137.YAGレーザー後嚢切開術後の網膜剥離(初級編)

2014年10月31日 金曜日

硝子体手術のワンポイントアドバイス●連載137137YAGレーザー後.切開術後の網膜.離(初級編)池田恒彦大阪医科大学眼科●はじめに後発白内障に対するYAGレーザー後.切開術後に,裂孔原性網膜.離の発症リスクが上昇することはよく知られており,その頻度は0.4~0.5%程度とされている1).筆者らは,かなり以前に同様の症例7例8眼の臨床的特徴をまとめて報告したことがある2).●YAGレーザー後.切開術後の網膜.離の自験例白内障手術から後.切開術までの期間は0.3~38カ月(平均18.4カ月),後.切開に要した出力は0.9~3.0mJ,後.切開の大きさは3×3mm~6×6mmであった.切開により7眼に明らかな前部硝子体膜の破綻が生じていた.後.切開から網膜.離発症までの期間は0.7~6カ月(平均2.8カ月)であった.8眼中2眼は強膜バックリング手術の既往があり,1眼は既存の裂孔の再開(図1ab),1眼は新裂孔形成による網膜.離が生じた.また,他の1例は僚眼に強膜バックリング手術の既往があった.全例に強膜バックリング手術を施行し,復位を得た.●YAGレーザー後.切開術後の網膜.離の発症機序YAGレーザー後.切開術後の網膜.離の発症機序としては,従来から①レーザー自体による網膜への直接侵襲,②熱エネルギーによる硝子体の性状変化,③硝子体の前方移動,④前部硝子体膜の破綻による硝子体の性状変化,などが指摘されている.YAGレーザーは照射部位から後方に行くに従い,急速にエネルギーが減衰するので①は考えにくい.また自験例では,総エネルギー12mJと比較的低い症例でも網膜.離が発症しており,②も原因としては考えにくい.最近では大半の症例が人工的偽水晶体眼なので③も考えにくい.もっとも可能性が高いのは④と考えられる.すなわち,切開範囲や照射(69)0910-1810/14/\100/頁/JCOPY図1a細隙灯顕微鏡所見YAGレーザー後.切開術が施行してある.図1b眼底写真強膜バックリング手術の既往があり,後部硝子体.離の進行により既存の裂孔が再開している.エネルギーとは関係なく,大半の症例で前部硝子体膜が破綻し,硝子体中のヒアルロン酸が急激に減少して後部硝子体.離が進行しやすくなる.そして,それが誘因となり網膜.離が発症するものと考えられる.実際,YAGレーザー後.切開術後に後部硝子体.離が進行し,飛蚊症を自覚する症例をしばしば経験する.●YAGレーザー後.切開術に発症する網膜.離の危険因子自験例では8眼中3眼に強膜バックリング手術の既往があったことからも,もともと網膜.離の危険因子を有する症例にYAGレーザー後.切開術後の網膜.離が発症しやすいものと考えられる.よって,YAGレーザー後.切開術を施行する前には,眼底の状態を詳細に観察し,光凝固や強膜バックリング手術の既往,網膜格子状変性巣の有無,強度近視眼がどうかなどをチェックすることが重要である.これらの危険因子を有する症例にYAGレーザー後.切開術を施行した後は,術後の飛蚊症出現に注意するよう説明する.網膜.離が発症した際の手術法は通常の網膜.離と同様でよいと考えられるが,強膜バックリング手術既往眼では硝子体手術が適応となることが多い.なお,筆者の経験では,硝子体手術後の後発白内障にYAGレーザー後.切開術を施行した症例で網膜.離が生じたことはない.硝子体手術がすでに施行してあれば,網膜.離の危険因子があっても,比較的安心してYAGレーザー後.切開術が施行できるものと考えられる.文献1)StarkWJ,WorthenD,HolladayJTetal:YAGlasers.AnFDAreport.Ophthalmology92:209-212,19852)池田恒彦,田野保雄ほか:Nd-YAGレーザー後.切開術後に発症した裂孔原性網膜.離.眼紀39:1191-1195,1988あたらしい眼科Vol.31,No.10,20141491

眼科医のための先端医療 166.近視性脈絡膜血管新生に対するビスフォスフォネート薬内服治療

2014年10月31日 金曜日

監修=坂本泰二◆シリーズ第166回◆眼科医のための先端医療山下英俊近視性脈絡膜血管新生に対するビスフォスフォネート薬内服治療本田茂(神戸大学大学院医学研究科外科系講座眼科学)はじめに近視性脈絡膜血管新生(myopicchoroidalneovascularization:mCNV)は病的近視の主要な合併症であり,自然経過では視力予後不良の疾患です1).最近,ヒト化抗血管内皮増殖因子(vascularendothelialgrowthfactor:VEGF)モノクローナル抗体であるベバシズマブや,そのFab断片を改良したラニビズマブの硝子体注射がmCNVの治療に使用されるようになりました.ただし,視力を維持するためには繰り返し硝子体注射を行う必要があり,最近の臨床研究ではラニビズマブの場合,最初の12カ月で平均3.5~4.6回の注射が必要でした2).そのため,感染性眼内炎などの局所合併症,あるいは脳梗塞などの全身合併症のリスクだけでなく,治療費が高額になるため患者負担や医療経済上の問題も懸念されます.また,硝子体注射という手法はmCNVの発症予防や再発予防といった目的には適さないため,いったん寛解した病変に対しては再発が生じるまで経過観察が基本であり,したがって病変再発のたびに徐々に患者の視力が失われてゆくリスクもあります.このような問題に対処するために,筆者らは内服薬や点眼薬による治療法を開発することが重要と考えました.これらは投与方法が容易であるため広く臨床応用が可能であり,また予防投与にも使えることから,その適応は広いと思われるからです.ビスフォスフォネート(bisphosphonate:BP)は元来,破骨細胞の強力な抑制薬として骨粗鬆症の加療に広く使用されている経口薬ですが,抗血管新生作用や抗炎症作用など多彩な機能があり3)(図1),また動物実験で後眼部組織(網脈絡膜や強膜)への移行も確認されていることより,BP薬内服によるCNV治療を着想しました.筆者らは,基礎研究でBPが培養網膜色素上皮細胞中のVEGFやインテグリンの発現を抑制し,またマウスのレーザー誘発CNVの発生を抑制することを確認4),さらに滲出型加齢黄斑変性患者やmCNV患者を対象とした6カ月間の試験的臨床研究においてBPによるヒトCNVの治療効果を証明しました5).本稿ではmCNVに対するBP薬の内服による2年間までの治療効果を抗VEGF療法,光線力学療法(photodynamictherapy:PDT)および無治療群と比較して紹介します6).図1ビスフォスフォネートの多彩な作用窒素含有ビスフォスフォネート(NBP)には骨吸収の抑制だけでなく,さまざまな作用がある.(CaragliaMetal:Endocrine-RelatedCancer13:7-26,2006)(65)あたらしい眼科Vol.31,No.10,201414870910-1810/14/\100/頁/JCOPY ベースラインと比較した平均矯正視力(logMAR)の変化抗VEGF群PDT群BP群無治療群-0.4-0.3-0.2-0.10***0.1**0.20.30.40.50.601369121824(月)各観測点における眼数抗VEGF群3728313430352722PDT群2019141816171513BP群2121212018181615無治療群2212211717181419図2各治療群における平均視力(logMAR)の経過抗VEGF群,PDT群,BP群共に無治療群に比べて有意に視力経過が良好であった.*p<0.05,***p<0.0005近視性脈絡膜血管新生に対するBP療法臨床試験(抗VEGF療法,PDT,無治療との比較)BP群のなかで4例4眼(BP群における治療眼の19%,症例の24%)において,24カ月の経過中に抗VEGF療法によるブースター治療を計5回行いました(1つの被筆者らは17例21眼の連続した未治療mCNV症例にブースター治療眼に対し1.3±0.5回,BP群における治対するBP療法として,アレンドロネート5mg/日ま療眼全体での1眼に対し0.2±0.5回相当).これは抗たは35mg/週の継続内服を行い,病変の活動性が高VEGF群における初回治療後の再治療回数平均が0.9±いときには抗VEGF療法によるブースター治療を追加1.3であったのに対して有意に少ない数でした(p=しました.抗VEGF療法(37例37眼)はベバシズマブ0.0084,対応のないt検定).BP群の1例で内服開始後またはラニビズマブを必要時に硝子体内注射し,PDT約6カ月に両眼の虹彩炎を生じたため,内服を中止して(20例20眼)はビスダインR使用にて標準的な方法で行リンデロン点眼を使用しました.虹彩炎は徐々に沈静化いました.し,視力などに影響はありませんでした.その結果,治療開始後の平均視力はBP群,PDT群では2年間維持されました.抗VEGF群の平均視力は治療開始後3カ月で有意に改善しましたが,1年では改上記の試験によって,BP薬内服がmCNVによる視善度が低下し,2年では治療前視力との有意差はありま力低下を抑える一方で,病変の再発を抑制し,抗せんでした.無治療群(22例22眼)は観察期間18カ月VEGF療法による再治療回数を減らすことが示唆され以降で,ベースラインに比べて有意に平均視力が悪化しました.過去の報告と同様,今回の検討でもmCNVはました.治療群間比較においてBP群,抗VEGF群,無治療では徐々に進行し,有意な視力低下をきたしましPDT群の平均視力経過はいずれも無治療群よりも有意たが,BP群では少なくとも2年の経過中に平均視力はに良好でした(図2).また,光干渉断層計(optical維持されました.この視力維持効果はすでに報告されてcoherencetomography:OCT)で測定した中心網膜厚いるPDTの効果と同等でした.PDTの患者に対するの平均はBP群,抗VEGF群,PDT群のすべてにおい負担を考えると,BP薬によるmCNV治療は大変有用てベースラインよりも24カ月後で有意に減少しました.性が高いと考えます.経口BP療法の実臨床使用法1488あたらしい眼科Vol.31,No.10,2014(66) BPは本来,骨粗鬆症の治療薬ですが,その抗血管新生作用が注目されて抗腫瘍治療への応用も試みられている薬物でもあります7,8).mCNVの発生には強度近視による網脈絡膜の器質的な変化だけでなく,加齢や性別の影響も相応に認められますが,上記試験における患者の平均年齢は65歳前後であり,また有意に女性が多く見られました(c2検定でp=3.8×10.7).骨粗鬆症も同様に加齢を基盤に発症する女性に多い疾患であり,その有病率は50歳以上の女性で約30%,80歳以上の男性で約20%といわれています9,10).現在では多くのBP内服薬が使用されていますが,興味深いことに,筆者らが行った学内後ろ向き研究では,BP薬を服用している患者の滲出型加齢黄斑変性罹患率は非服用者の1/10ぐらいでした(平成20年度厚生労働省難病疾患研究班報告書).実際に治療目的でBP薬が眼科疾患に臨床応用された例はありませんが,人口高齢化によって骨粗鬆症とCNVを併せもつ患者も大勢いると考えられるなか,かりにBP薬がCNVの治療薬として機能した場合,とくに女性に多いmCNV患者にとっては,mCNVと骨粗鬆症の治療,予防と二重の恩恵が期待できます.今回の比較検討では抗VEGF群のみで治療後3カ月における平均視力の有意な改善がみられたことから,実臨床にあっては初期に抗VEGF療法による導入療法を行い,その後の維持療法としてBP薬を用いる方法が現実的でしょう.BP薬によるmCNVの再発予防ができれば,抗VEGF群でみられた病変再発による視力改善幅の減少を抑えることができるかも知れません.事実,BP群においてブースター療法として必要であった抗VEGF療法の回数が,抗VEGF群における再治療回数よりも有意に少なかったことは,これを裏付けるものと思われます.今後の展望としては,抗VEGF療法後の維持療法としてBP薬内服の有無を無作為に割り付けた前向き試験を行い,mCNVの治療における同薬の有用性を確認したいと考えています.文献1)YoshidaT,Ohno-MatsuiK,YasuzumiKetal:Myopicchoroidalneovascularization.A10-yearfollow-up.Ophthalmology110:1297-1305,20032)WolfS,BalciunieneVJ,LaganovskaGetal:RADIANCE:arandomizedcontrolledstudyofranibizumabinpatientswithchoroidalneovascularizationsecondarytopathologicmyopia.Ophthalmology121:682-692,20143)GreenJR:Bisphosphonates:preclinicalreview.Oncologist9:3-13,20044)NagaiT,ImaiH,HondaSetal:Antiangiogeniceffectsofbisphosphonatesonlaser-inducedchoroidalneovascularizationinmice.InvestOphthalmolVisSci48:5716-5721,20075)HondaS,NagaiT,KondoNetal:Therapeuticeffectoforalbisphosphonatesonchoroidalneovascularizationinthehumaneye.JOphthalmol2010:206837,20106)MikiA,HondaS,NagaiTetal:Theeffectsoforalbisphosphonatesonmyopicchoroidalneovascularizationover2yearsoffollow-up:apilotstudycomparingwithanti-VEGFtherapyandphtodynamictherapy.BrJOphthalmol97:770-774,20137)ZiebartT,ZiebartJ,GaussLetal:InvestigationofinhibitoryeffectsonEPC-mediatedneovascularizationbydifferentbisphosphonatesforcancertherapy.BiomedRep1:719-722,20138)HashimotoK,MorishigeK,SawadaKetal:AlendronatesuppressestumorangiogenesisbyinhibitingRhoactivationofendothelialcells.BiochemBiophysResCommun354:478-484,20079)藤原佐枝子:骨粗しょう症:診断と治療の進歩Ⅰ.骨粗しょう症の概念2.骨粗しょう症の疫学と危険因子.日本内科学会雑誌94:614-618,200510)藤原佐枝子:男性骨粗鬆症の疫学.THEBONE20:137141,2006■「近視性脈絡膜血管新生に対するビスフォスフォネート薬内服治療」を読んで■今回は本田茂先生によるBP薬内服によるCNV「mCNVと骨粗鬆症の治療,予防と二重の恩恵が期待治療開発の解説です.本文中にも本田先生が書いておできます」とのことであり,大変有意義であると考えられますが,硝子体注射という治療法はいろいろなリられます.スクを含む方法である以上,それを克服するような治本田先生の研究の意義としては,その他にも次の3療法が今後開発される必然性があります.治療法には点があげられます.それぞれの特徴があり,多様な治療法を眼科医が獲得1.日本人の発想により,日本人の手による新薬開することは患者にとって大きなメリットになります.発であること.日本の新薬開発能力は世界でも有しかも,今回,本田先生が開発された治療薬は数ですが,1位の米国に大きく水をあけられてい(67)あたらしい眼科Vol.31,No.10,20141489 る状況です.これを克服するためには,一つひと薬が承認された暁には,本薬の臨床的な応用はまつの成功例を積み上げていくしかあれません.臨さに眼科診療にぴったりのものとなります.さら床への応用も始まっており,大変有望な治療法のには眼科の治療がほかの領域の疾患治療とも整合開発と考えます.性よく行われることにより(この場合には骨粗鬆2.今回の本田先生のお仕事は,ビスフォスフォ症の治療),全身的な管理などを複数の目でチェッネート薬としてアレンドロネートというすでに臨クできるようになるのではないかと期待できま床的に使われている薬剤の新しい治療への応用です.また,眼科医療の医療界でのプレゼンスを高す.すでに安全性の確立している薬剤を使うことめるためにも役立つと考えられます.により,診療に使えるまでの期間の短縮が期待さ日本の医学が今回のように有用でユニークな薬物をれます.今後,このような発想での薬物治療開発開発し世界に貢献することは,日本の医療を守ることは,これまでの蓄積の大きな日本においては有用にもつながると考えます.本田先生の研究が発展し,な戦略となりえるのではないでしょうか?臨床現場で普通に使える薬物の開発という形で実を結3.今回の発想はまさに眼科臨床医が日常臨床でのぶことを,こころから祈念します.問題点の解決をめざした成果と考えられます.本山形大学医学部眼科学山下英俊☆☆☆1490あたらしい眼科Vol.31,No.10,2014(68)

新しい治療と検査シリーズ 221.Swept-Source OCT(SS-OCT)

2014年10月31日 金曜日

新しい治療と検査シリーズ221.Swept.SourceOCT(SS.OCT)プレゼンテーション:古泉英貴東京女子医科大学眼科学コメント:大音壮太郎京都大学大学院医学研究科眼科学.バックグラウンド光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT)が眼科臨床に初めて導入されたのは1996年であるが,その後の技術革新はめざましく,2006年に発売されたスペクトラルドメインOCT(spectraldomainOCT:SD-OCT)は光波の干渉をフーリエ(Fourier)空間という虚空間で行うことで飛躍的な高速化をもたらした.しかしながらSD-OCTの課題として残されていたのが,網膜色素上皮(retinalpigmentepithelium:RPE)よりも深部の組織の視覚化であった.SD-OCTを用いて撮影方法の工夫をすることで,RPEよりも深部の組織,とりわけ脈絡膜全層の断層像の視覚化を可能としたenhanceddepthimagingOCT(EDI-OCT)法1)が2008年に発表されると,黄斑疾患や緑内障などにおける病態と脈絡膜断層像との関連を研究した報告が相次いだ.EDI-OCT法は市販のSD-OCTを用いた簡便な方法であるが,コントラストの良い画像を得るためには多数の画像の加算平均処理が必要であり,とくに固視不良の黄斑疾患の症例などでは検査に要する時間が非常に長くかかるのが難点であった..新しい検査法今回紹介する新しい検査法はスウェプトソースOCT(sweptsourceOCT:SS-OCT)2)である.誌面の都合上,光学的理論の詳細は割愛するが,SS-OCTにおいてもSD-OCTと同様に光波の干渉はFourier空間で行う.SD-OCTで用いられる光源であるスーパールミネセントダイオードから発振される光には多様な波長の光が含まれており,画像構築には分光器を用いる必要があった.SS-OCTでは波長を順次高速で切り替えて発振できる波長掃引(sweptsource)レーザーを光源として用いるため分光器の必要がなく,さらなる高速撮影が(63)0910-1810/14/\100/頁/JCOPY図1現在市販されているSS.OCT(DRIOCT.1,トプコン)可能となり,分解能も高まった.2012年にトプコンから発売されたDRIOCT-1(図1)では,SS-OCTに中心波長1,050nmの長波長光源を用いているため(長波長SS-OCT),組織侵達性に優れ,眼底深部組織を高精細に画像化することができる.DRIOCT-1の走査速度は毎秒100,000Aスキャン/秒で,従来のSD-OCTの26,000~70,000Aスキャン/秒と比較して高速であり,眼球運動の影響の軽減も可能となった.また,深さ方向にも広い測定レンジを有するため,硝子体から網膜,脈絡膜,そして強膜に至るまでの領域全体を高い精度で描出できる3,4)..実際の検査法DRIOCT-1を用いた眼底断層撮影は非常に簡便であり,初心者でもオートレフを走査するような感覚で高精度の断層像を取得可能である.長波長光を用いるため,従来のSD-OCTと比較しても白内障や硝子体混濁の影あたらしい眼科Vol.31,No.10,20141485 図2SS.OCTで撮影した実際の画像滲出型加齢黄斑変性の症例.網膜のみならず,脈絡膜や強膜などの眼底深部組織が明瞭に描出されている.響を受けにくい.また,長波長光は眼に見えないため,被験者は撮影光が不可視の状態となり,非常に安定した状態で撮影を行うことができる.最長12mmのラインスキャンでは,黄斑部から視神経乳頭を同時に含む断層像が得られる(図2).ボリュームスキャンでは最大12×9mmの領域の情報を高速で取得可能であり,内蔵の自動解析ソフトウェアを用いることで網膜各層の層別解析のみならず,脈絡膜厚のマッピングまでも可能である..本法の利点脈絡膜を含む眼底深部組織は多くの疾患における病態の首座であり,その断層像の定性的,定量的評価は今後ますます重要な課題となってくるものと思われる.SS-OCTは今後,眼底疾患のさらなる病態の解明のみならず,われわれの日常診療をも一変させるポテンシャルを有している機器である.文献1)SpaideRF,KoizumiH,PozonniMC:Enhanceddepthimagingspectral-domainopticalcoherencetomography.AmJOphthalmol146:496-500,20082)YunS,TearneyG,DeBoerJetal:High-speedopticalfrequency-domainimaging.OpticsExpress11:29532963,20033)Ohno-MatsuiK,AkibaM,MoriyamaMetal:Acquiredopticnerveandperipapillarypitsinpathologicmyopia.Ophthalmology119:1685-1692,20124)ItakuraH,KishiS,LiDetal:Observationofposteriorprecorticalvitreouspocketusingswept-sourceopticalcoherencetomography.InvestOphthalmolVisSci54:3102-3107,2013.「Swept.SourceOCT(SS.OCT)」へのコメント.DRIOCT-1は京大眼科でもフル稼働中で,硝子体画像を確認・修正する必要があり,正確な解析には労の観察,脈絡膜の3次元構造評価,篩状板の描出など力を要する.強膜は脈絡膜側しか描出できない場合がに用いている.また,下部でも信号の減衰が少ないた多く,強膜厚が測定できるのは高度近視症例などに限め,弯曲の強い高度近視症例にも有効である.られる.硝子体の可視化はenhancedvitreousvisualしかしながら使用する際に注意すべき点も見つかっization(EVV)モードが搭載されて劇的に良くなったている.脈絡膜自動セグメンテーションには注意が必が,撮影に若干の工夫が必要で,さらに後処理でコン要で,脈絡膜が厚い症例などではエラーを起こす場合トラストなどを調整したほうがよい.があり,マニュアルでの修正が必要である.3次元ラ今後ソフトウェアの改良で改善される可能性はあるスタースキャンの場合には100枚以上のBスキャンが,これらを留意して解析に用いるべきである.1486あたらしい眼科Vol.31,No.10,2014(64)

私の緑内障薬チョイス 17.片眼治療の薬物チョイス

2014年10月31日 金曜日

連載⑰私の緑内障薬チョイス企画・監修山本哲也連載⑰私の緑内障薬チョイス企画・監修山本哲也17.片眼治療の薬物チョイス本庄恵東京都健康長寿医療センター第一選択薬のプロスタグランジン(prostaglandin:PG)薬は確実な眼圧下降が魅力だが,眼局所副作用がアドヒアランス低下をまねきかねない側面もある.とくに片眼治療の症例では,眼局所副作用を強く自覚することが多いため,副作用の許容と眼圧下降の必要性についてよく説明し,アドヒアランスを確認することが大切である.症例165歳,男性.53歳初診時視力は右眼(1.2×.4.0D),左眼(1.2×.4.0D),眼圧は両眼とも16mmHg,中心角膜厚は右眼(508μm),左眼(487μm),両眼とも近視乳頭でコーヌスを認め,左眼は傾斜乳頭で視神経乳頭陥凹拡大およびリムの菲薄化が著明,網膜神経線維層欠損(nervefiberlayerdefect:NFLD)を認めた(図1).初回Humphrey静的視野検査30-2ではあきらかな緑内障性変化は顕在していなかったが,経過中Goldmann視野検査で周辺の視野障害を認め,ラタノプロスト点眼を左眼のみ開始した(図2).5年目にラタノプロストからトラボプロストに点眼変更,b遮断薬を追加,眼圧10mmHg程度で7年間経過している.12年目のOCTでは,左眼NFLDおよびGCC黄斑解析で菲薄化を認め,静的視野検査はMD値悪化はさほどないが,NFLDに一致する部位の感度低下の顕在化を認めている(図1,2).最近になり,左上眼瞼溝増強+眼瞼下垂が気になるとの訴えが出てきた(図3).症例279歳,女性.左眼眼圧30mmHgと高いため紹介受診.視力は右眼(1.0),左眼(0.3),静的視野検査では左眼(.16.49dB)は上方に感度低下が顕著であったが,下方の中心視野は保たれていた.右眼(.10.29dB)は視神経低形成を合併しており,前医では治療を受けていなかった.10年近くPG薬を左眼のみ点眼しており,左上眼瞼溝増強+眼瞼色素沈着が著明であった.左眼は水晶体再建術+濾過手術を施行,眼圧は8mmHg,視力(1.0)で経過している.術後3カ月の時点で自覚的に左上眼瞼溝深化(deepeningoftheuppereyelidsulcus:DUES)および色素沈着が改善してきた(61)0910-1810/14/\100/頁/JCOPY右眼左眼ABA:初診時の視神経乳頭では近視変化によるコーヌスを認め,左眼に視神経乳頭陥凹および神経線維層欠損を認める.B:12年目に撮像のOCTでは,左眼NFLDおよびGCC黄斑解析で菲薄化を認めた.ことが一番うれしいとのことであった(図3).右眼の視野障害が進行性であり眼圧変動もあることから,緑内障治療適応がある旨を説明したところ,PG薬点眼は避けたいとの申し出があった.眼圧下降治療と副作用エビデンスを有する緑内障治療は眼圧下降治療のみであり,第一選択薬のPG薬は確実な眼圧下降が魅力だが,充血や色素沈着,睫毛の伸展,DUESや眼瞼下垂といった眼局所副作用が問題となっている.緑内障では片眼のみ治療を必要とする症例も少なくないが,こういった症例では左右差がきわだつため,患者が眼局所副作用を図1症例1の視神経乳頭およびOCT本欄の記載内容は,執筆者の個人的見解であり,関連する企業とは一切関係ありません(編集部).あたらしい眼科Vol.31,No.10,20141483 AB左眼左眼AB左眼左眼図2症例1の視野検査A:静的視野検査では,初診時は両眼とも有意な感度低下を認めなかった(右眼+1.42dB,左眼+0.87dB).B:12年目の静的視野検査では,左眼のMD値の変化はさほどないが,NFLDに一致する部位の感度低下の顕在化を認めている(左眼.0.62dB).自覚することが多く,アドヒアランスの低下をまねきかねない.PG薬の眼局所副作用は,ラタノプロスト,タフルプロストと比較してビマトプロスト,トラボプロストで強いことが報告されており1),一方で眼圧下降効果への反応にも個人差があることから,長期にわたる緑内障治療の良好な継続のために,PG薬の処方においては眼圧下降効果と同時に,眼局所副作用にも留意することは重要と考えられる.症例の検討症例1では初診時には顕在化していなかった左眼NFLDに対応する感度低下が,12年の経過で確実な緑内障性変化を呈した.進行はある程度抑制できていると判断できるため,早期からの緑内障治療開始は正しい選択であったと考えられる.しかし,眼瞼下垂は悪化すればQOVを損なうものでもあり,進行症例ではなかったことから,これらの眼局所副作用を生じてでも強力に治療すべき症例であったかどうかはやや疑問も残る.同様の他症例では,視野障害の自覚症状もないのに副作用が出る点眼を継続したくないとのことで,PG薬と同等の眼圧下降効果が報告されているb遮断薬/炭酸脱水酵素阻害薬配合剤に切り替え,良好なアドヒアランスを得ることができた.症例によっては1回点眼が2回点眼になっても,眼局所副作用を避けるほうが良好なアドヒアランスを望める場合もある.症例2は左眼圧上昇が著明であり,濾過手術による眼圧下降を得たことから,PG薬の使用を中止できた症例である.視野障害進行例だが,患者本人にとっては視野障害の悪化も苦痛だが,コスメティックな問題はさらに1484あたらしい眼科Vol.31,No.10,2014AB図3症例1,症例2の顔写真A:症例1.睫毛の高さが左右で異なり,左眼瞼下垂,DUESを認める.B上:症例2.左眼の眼瞼色素沈着,睫毛伸長,DUESを認める.B下:症例2.PD薬中止後3カ月.DUESが浅くなっている.苦痛となっていたようである.進行症例では医者側も治療に苦慮し,複数点眼を処方,眼局所副作用には無頓着になりがちであるが,可能な範囲で眼圧下降・視野維持と同時に患者のQOL面にも配慮したいと気がつかされた症例であった.まとめ緑内障治療で眼圧下降を最優先に考えるのは進行側よりの観点からは当然であるが,結果として生じる眼局所副作用については,医師側が考える以上に患者側にとっては気になるという報告もされている2).実際,DUESなどの眼局所副作用は,性別年代を問わず,アドヒアランスが低下し,治療を中止してしまう場合も少なくない.とくに片眼治療の症例では眼局所副作用を強く自覚することが多い.緑内障病期や眼圧の状況で優先順位は異なるが,眼局所副作用の許容と眼圧下降の必要性についてよく吟味・説明し,病識・アドヒアランスを確認することが非常に重要である.文献1)SakataR,ShiratoS,MiyataKetal:Incidenceofdeepeningoftheuppereyelidsulcusontreatmentwithatafluprostophthalmicsolution.JpnJOphthalmol58:212217,20142)InoueK,ShiokawaM,HigaRetal:Adverseperiocularreactionstofivetypesofprostaglandinanalogs.Eye26:1465-1472,2012(62)

抗VEGF治療:抗VEGF薬硝子体内注射による全身合併症

2014年10月31日 金曜日

●連載抗VEGF治療セミナー監修=安川力髙橋寛二9.抗VEGF薬硝子体内注射による上田高志東京大学大学院医学系研究科外科学専攻感覚・運動機能講座眼科学全身合併症抗VEGF(vascularendothelialgrowthfactor)療法は,滲出型加齢黄斑変性(age-relatedmaculardegenera-tion:AMD)に対して第一選択の治療として定着し,近年では他の疾患への適応が拡大している.一方,まれではあるが重大な全身合併症のリスクが議論されている.本稿では,抗VEGF療法による全身合併症のリスクについて,現時点での知見について概説する.滲出型加齢黄斑変性と抗VEGF療法2006年にラニビズマブのphaseIII治験結果が発表されて以降,ラニビズマブはAMDに対する治療において中心的な役割を担ってきた.現在ではラニビズマブに加えてアフリベルセプトも最も有効な第一選択の抗VEGF療法となっている.一方で,VEGFは正常血管を維持するための生理的に重要な因子でもあることから,全身的な血管にかかわる合併症リスクが議論されている.ラニビズマブ以前のペガプタニブ(VEGF-165特異的inhibitor)における治験では,全身血管リスクを考慮し,ハイリスク患者はあらかじめ治験から除外されていた.しかし,当初は少量の抗VEGF薬を眼内に局所投与することで全身に影響を生じうることには否定的な見解が多かったため,ラニビズマブの治験では全身血管リスクに関する除外基準が設けられなかった.ところが,2009年にラニビズマブ療法による全身性の血管リスクⅠaⅡaⅡbⅠbⅡcⅡd図1抗VEGF療法後の無症候性脳卒中Ia:治療前T2*画像.Ib:治療後に出現した新規の微小出血巣(矢印).IIa,b:治療前T1,T2強調画像.IIc,d:治療後に出現した新規の脳梗塞巣(矢印).(Ophthalmology118:2093.e3,2011より許可を得て転載)(59)あたらしい眼科Vol.31,No.10,201414810910-1810/14/\100/頁/JCOPY として,脳卒中リスクが高まる可能性が指摘された1).この研究はラニビズマブの治験で最も重要であったFOCUS(phaseII),MARINA(phaseIII),ANCHOR(phaseIII)のメタ解析の結果で,0.3mgまたは0.5mgのラニビズマブによって治療された患者は,プラセボや光線力学的療法群の患者と比較して,脳卒中リスクが有意に増大していた.その後行われた多くのランダム化比較試験(randomizedcontrolledtrial:RCT)を含めた最新のメタ解析でも同様の結論が示されており,1回投与量や投与頻度に応じて脳卒中リスクが高まる可能性が確認された2).また,2012年にはBresslerらが,脳卒中ハイリスク患者においてはラニビズマブ療法によってリスクはさらに高まるというデータを報告している3).さらに最近のRCTでも,抗VEGF薬硝子体内注射によって血清VEGF値が低下することが確認されている4).一方で,AMDに対する抗VEGF療法による脳卒中リスクを含めた全身合併症については否定的な報告も存在している.有力な報告としては,Campbellらによる2012年の『BritishMedicalJournal』と『Ophthalmology』での報告があげられる.これらは市販後の後ろ向き観察研究であるが,想定できない交絡因子を調整することができないことや,投与頻度など治療の強度との関連性を議論できないという問題点が考えられる.最近,投与頻度を減らすことが可能なアフリベルセプトも使用できるようになった.アフリベルセプトとラニビズマブを比較したVIEWtrialsでは,2年間の総合的な結論では全身的血管リスクに差異がないとされた一方,interimanalysisまでの最初の1年間の結果では,アフリベルセプト治療群ではラニビズマブ治療群と比較して脳卒中リスクの上昇を指摘する声も存在した.網膜静脈閉塞症/糖尿病黄斑浮腫と抗VEGF療法近年,抗VEGF療法の適応は網膜静脈閉塞症や糖尿病黄斑浮腫に拡大している.これらの病態における米国での治験では,全身血管リスクの高い患者はあらかじめ除外されたうえで検証された点がAMDでの治験と異なっている.2年間毎月投与が行われたRCTでは死亡率の上昇傾向が認められたが5),低リスク患者をprorenata(PRN,asneeded)プロトコールで治療する場合には全身合併症のリスク上昇は認められないと考えられた5).考察抗VEGF療法と全身血管リスク,とくに脳卒中リスクに関しては今後も議論が続くものと考えられる.抗VEGF療法における主要なRCTのほとんどが製薬会社のサポートによって行われており,一般的にこのような研究では,さまざまなバイアスにより製薬会社に有利な結果となることが知られている6,7).眼科医としての日常診療では,全身血管リスクを考慮したうえで治療薬や治療頻度,用量を選択することが求められていると考えられる.文献1)UetaT,YanagiY,TamakiYetal:Cerebrovascularaccidentsinranibizumab.Ophthalmology116:362,20092)UetaT,NodaY,ToyamaTetal:Systemicvascularsafetyofranibizumabforage-relatedmaculardegeneration:systematicreviewandmeta-analysisofrandomizedtrials.Ophthalmology,inpress,20143)BresslerNM,BoyerDS,WilliamsDFetal:Cerebrovascularaccidentsinpatientstreatedforchoroidalneovascularizationwithranibizumabinrandomizedcontrolledtrials.Retina32:1821-1828,20124)IVANStudyInvestigators,ChakravarthyU,HardingSPetal:Ranibizumabversusbevacizumabtotreatneovascularage-relatedmaculardegeneration:one-yearfindingsfromtheIVANrandomizedtrial.Ophthalmology119:1399-1411,20125)YanagidaY,UetaT:Systemicsafetyofranibizumabfordiabeticmacularedema:meta-analysisofrandomizedtrials.Retina34:629-635,20146)BekelmanJE,LiY,GrossCP:Scopeandimpactoffinancialconflictsofinterestinbiomedicalresearch:asystematicreview.JAMA289:454-465,20037)LundhA,SismondoS,LexchinJetal:Industrysponsorshipandresearchoutcome.CochraneDatabaseSystRev12:MR000033,2012☆☆☆1482あたらしい眼科Vol.31,No.10,2014(60)

緑内障:OCT測定値のフロアエフェクト

2014年10月31日 金曜日

●連載172緑内障セミナー監修=岩田和雄山本哲也172.OCT測定値のフロアエフェクト金森章泰神戸大学大学院医学研究科外科学講座眼科学OCTの測定値には,本来検出したい神経線維や網膜神経節細胞体などの神経成分以外に,血管やグリア細胞などの非神経成分が含まれる.緑内障で視機能を消失しても測定値が0になることはなく,フロアエフェクト(flooreffect:FE)がある.OCTの機種やパラメータによってFEは異なるが,FEを知ることで構造的障害程度を把握することができる.●フロアエフェクトとは?光干渉断層計(OCT)による緑内障診療に用いられるパラメータには,乳頭周囲網膜神経線維層(cpRNFL)に加え,スペクトラルドメインOCT(SD-OCT)で測定可能になった黄斑部網膜神経線維層(mRNFL)や網膜神経節細胞層+内顆粒層(GCL/IPL),さらにmRNFLとGCL/IPLの和である(GCC)がある.多くの研究により,それぞれのパラメータと,視野検査を代表とした機能的検査との相関関係が報告されている.機能的検査は視機能を消失すると0になるが,OCT測定値はそうではない.RNFLには網膜神経節細胞(RGC)からの神経線維だけではなく,血管やアストロサイト・Muller細胞の細胞質などのグリア細胞などの非神経成分が含まれるためである.神経成分は視機能消失と直線的に減少し,非神経成分は変化しないと仮定すると,OCT測定値が理論的に減少する限界,すなわち床(flooreffect:FE)という概念が構築される.Hoodらは視野との相関関係から,緑内障におけるOCT測定値の図1AFEを“baselevel”と表現し,詳しく解説した(図1)1).●cpRNFLにおけるフロアエフェクト緑内障眼における構造的・機能的相関を検討することで,OCTのFEを算出することができる.タイムドメインOCT(TD-OCT)であるStratusOCTでは,正常眼の約33%の厚みがcpRNFLのFEであるとされている2).また,6セクターに分割した相関関係においては,SD-OCTであるRTVueのcpRNFLのFEは約60%と算出されている3).筆者らはCirrus,RTVue,3DOCT-2000を用いて,cpRNFLを113眼の緑内障眼で撮影し,視野との相関関係を検討した4).全周cpRNFLと視野感度の回帰直線から,視野感度が0の点の全周cpRNFL厚を求め,FEとしたところ,SD-OCTではFEは60%強,すなわち神経成分はcpRNFLのうち約30%強であることがわかった(図2).●黄斑部パラメータのフロアエフェクト黄斑部パラメータと視野の相関に関する研究はいくつBA:縦軸にcpRNFL厚,横140normallevel(s0+b)140normallevel(s0+b)軸に対数をはずした網膜感度120120をとり,直線的相関関係を示したシェーマ.非神経成分以外を示すベースレベル(b)と,正常眼での測定値であるcpRNFL(μm)cpRNFL(μm)1008010080s0s0ノーマルレベルが神経成分6060baselevel(b)(So)+bとして表記されている.B:網膜感度をdB単位とした場合,2次回帰曲線によるシェーマを示す.(文献1から改変)402000.0相対的網膜感度0.51.01.52.040200-30網膜感度(dB)0-10-20baselevel(b)0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(57)あたらしい眼科Vol.31,No.10,20141479 CirrusRTVue3DOCT11012011010010090図290上段:Cirrus,RTVue,3D全周cpRNFL(μm)全周cpRNFL(μm)1101001101008080OCT-2000で測定した全周707060cpRNFLと,Humprey自動6050405030視野計24-2プログラムで測定した測定点の平均網膜感度304020051015202530350510152025303505101520253035(dB表示)の散布図と2次回網膜感度(dB)網膜感度(dB)網膜感度(dB)帰曲線を示す.下段:全周120130cpRNFL厚と平均網膜感度120110(1/Lambert表示)の散布図11010090100と1次回帰直線を示す.網膜909080感度が0の点における808070707060cpRNFL厚がフロアエフェ6060クトと算出される.(文献250505040から改変)30404005001,0001,50005001,0001,50005001,0001,500網膜感度(1/Lambert)網膜感度(1/Lambert)か報告されているが,FEに関して具体的に述べた報告はない.121眼の緑内障の自験例の検討において,シラスHD-OCT,RTVue,3DOCT-2000ともにGCCのFEは約70%強であることがわかった(投稿中).シラスHD-OCTのFEが3DOCT-2000に比べ,mRNFLで少なく,GCL/IPLで多いという結果になり,両者の黄斑部解析範囲の違いによると考えられる.すなわち,3DOCT-2000は6×6mmの測定部位に対し,シラスHD-OCTは4×4.8mmの測定部位であり,中心窩付近で厚いGCL/IPLの領域がシラスHD-OCTでは多く占めることになる.反面,3DOCT-2000はmRNFLを多く含んでいる.このように同一の黄斑部パラメータであっても,機種によってFEは異なる.●フロアエフェクトの意義本稿で述べたFEは機能的・構造的相関関係から算出された理論値であり,実際にはFEよりも薄い測定値をもつ患者が散見され,議論の余地がある.自動視野計で視野感度が0になった点を計算しても,実際には周辺視野が存在することを考慮する必要がある.また,統計的に高い機能的・構造的相関関係が過去の多くの緑内障研究により述べられているが,それはいわば“あたりまえ”であり,その相関関係からはずれる患者も多く存在する.たとえば,相関係数が0.8の2つの測定値は高い相関があると統計学的にはいえるが,個々の値が一方の測定値から予測できるかというと,臨床的にはそうではない.つまり,64%のサンプルは予測できるが,逆に1480あたらしい眼科Vol.31,No.10,2014網膜感度(1/Lambert)あとの36%は予測できていないことになる.しかし,FEを知っておくと便利な点がある.OCT測定値はノーマティブデータからの逸脱具合によって,緑・黄色・赤色と表示される定性的判定が視覚的にもとらえやすい.残念ながらOCTパラメータの正常値は表示されないため,そのような定性的表示なしではOCTの測定値そのものは日常診療では扱いづらい.しかも,赤色判定は初期緑内障眼でも示されることが多く,それ以上の菲薄化はすべて赤色の定性的表示である旨を念頭におく必要がある.FEを知ることで,個々の患者の構造的障害がどれくらい存在するのかを想像しながら診療にあたることができると考える.文献1)HoodDC,KardonRH:Aframeworkforcomparingstructuralandfunctionalmeasuresofglaucomatousdamage.ProgRetinEyeRes26:688-710,20072)HoodDC,AndersonSC,WallMetal:Structureversusfunctioninglaucoma:anapplicationofalinearmodel.InvestOphthalmolVisSci48:3662-3668,20073)RaoHL,ZangwillLM,WeinrebRNetal:Structure-functionrelationshipinglaucomausingspectral-domainopticalcoherencetomography.ArchOphthalmol129:864871,20114)KanamoriA,NakamuraM,TomiokaMetal:Structurefunctionrelationshipamongthreetypesofspectral-domainopticalcoherenttomographyinstrumentsinmeasuringparapapillaryretinalnervefibrelayerthickness.ActaOphthalmol91:e196-202,2013(58)

屈折矯正手術:角膜屈折矯正術後眼における眼内レンズ度数計算

2014年10月31日 金曜日

屈折矯正手術セミナー─スキルアップ講座─屈折矯正手術セミナー─スキルアップ講座─監修=木下茂●連載173大橋裕一坪田一男173.角膜屈折矯正術後眼における栗林洋子*1稗田牧*2*1大津市民病院眼科*2京都府立医科大学眼科眼内レンズ度数計算眼内レンズ度数計算法として多くの計算式が存在する.角膜屈折矯正手術後眼に眼内レンズを挿入する場合は,いくつかの計算法で眼内レンズ度数を算出し,結果を比較して挿入レンズ度数を決定する必要がある.とくに良好な遠方裸眼視力への期待が大きく,術後に生じうる屈折誤差について十分に説明し,同意を得ることが重要である.●はじめにLaserinsitukeratomileusis(LASIK),epipolisLASIK(epi-LASIK),laser-assistedsub-epithelialkeratectomy(LASEK),photorefractivekeratectomy(PRK)などの屈折矯正手術後の白内障手術症例は,今後ますます増加していくことが予想される.第三世代理論式であるSRK/T式は一般的によく用いられており,極端に眼軸長に長短がなければ精度が良いが,角膜前面のケラトメーターで測定した角膜屈折力と眼軸長を用いており,屈折矯正術後眼に用いると遠視方向の誤差が生じることが問題となる.●遠視方向の誤差の原因1.ケラトメーターの原理による測定誤差ケラトメーターは角膜前面傍中央の直径約3mm付近を測定し,中央の角膜屈折力としている.角膜の形状は,通常中央と傍中央はおよそ球面であるが,屈折矯正術後は角膜前面中央が傍中央よりフラット化(屈折矯正度数により変化)しているため,角膜屈折力が過大評価される.2.換算屈折力の問題ケラトメーターは角膜前面曲率から角膜全屈折力を換算屈折率により算出している.屈折矯正術後では,前面形状がフラット化し後面の形状はほぼ変化がないため,通常の角膜換算屈折率(1.3375)を用いると角膜屈折力が過大評価される.3.予想前房深度の問題SRK/T式は,角膜を球面とした曲率半径から術後前房深度を予測している.屈折矯正術後は角膜がフラット化するため,前房深度が浅く予想される.(55)0910-1810/14/\100/頁/JCOPY●計算式と特徴(表1)簡便であり精度もよいとされている方法には,Haigis-L,OKULIXがある.Haigis-LはCarlZeiss社製IOLマスターに搭載されており,角膜屈折力に補正をかけ,角膜曲率のみに依存せず,前房深度の実測値も使用する方法1)である.IOLマスターがあれば眼内レンズ度数計算は表示画面を変えるのみで行うことができる.OKULIXは光線追跡法を用いた眼内レンズ計算ソフトで,角膜トポグラフィーから得られた角膜中央部の前面の曲率,眼軸長,眼内レンズの光学的情報をもとに,中心窩より角膜方向への光線の軌道計算を行う2).角膜の形状と眼軸長から予想前房深度を推定し,直径6mm内の角膜前面曲率をもとに,離心率より非球面性を反映した角膜曲率半径を算出する.角膜トポグラフィーがあれば眼軸長を入力するのみで眼内レンズ度数の計算ができるため,簡便で有用である.Camellin-Calossi式は,白内障手術前の前房深度・水表1計算式と特徴計算式方法の特徴(機器および使用データ)Haigis-LIOLマスターに搭載角膜トポグラフィーOKULIXTMS-4A(前面角膜屈折力)TMS-5/CASIA(前後面角膜屈折力)OPD-ScanIOLstation屈折矯正量Camellin-Calossi式Pentacam・Orbscanの角膜厚Double-K法SRK-T式Pentacam/Orbscan(前後面角膜屈折力)A-P法Pentacamに搭載(文献4)表1を改変して掲載)あたらしい眼科Vol.31,No.10,20141477 図1ASCRSのホームページから利用できるIOLcalculator晶体厚・眼軸長から術後の前房深度を計算する.NIDEK社製の角膜形状・波面収差解析装置であるOPD-ScanのIOL-Stationに本式が搭載されている.また,本式には屈折矯正術前のデータを用いる方法と,術後データのみを用いる方法がある.OCULUS社製の角膜前後面解析装置PentacamやBausch&Lomb社製の角膜前後面解析装置Orbscanは,角膜の前後面の曲率半径を測定することができるため,その値を用いて屈折矯正術後としての補正された角膜屈折力を導き出すことができる.Camellin-Calossi式で術後データのみを使用する場合,PentacamまたはOrbscanの直径6mm(NIDEK社の推奨値)の8点の角膜厚と中心角膜厚の合計9点を使用する.これは,角膜厚の差のみを使用しており,角膜屈折力はOPD-Scanの前面の値を用い,前面形状と角膜厚より後面形状を予測し,白内障術前の前房深度と水晶体厚より術後の前房深度を予測している.Camellin-Calossi式は比較的精度がよいことが報告3,4)されており,本法を用い,他の方法での結果と比較・検討することが有用であると考える.IOLマスターで角膜屈折力を測定し,SRK-T式を用いたDouble-K法を使用する方法には専用のソフトがある.A-P法は,A-PCalculatorとしてPentacam(version1.20r02以降)に搭載可能となっている.屈折矯正術後のデータから術前の角膜屈折力を推定してSRK/T式を用いるDouble-K法である.眼軸長,術後目標屈折度数を入力して眼内レンズの種類を選択するのみで眼内レンズ度数の計算ができる.●おわりに実際には,施設によって眼軸長測定機器の種類が異なり,また角膜トポグラフィーの有無,角膜形状・波面収差解析装置の有無,角膜前後面解析装置の有無により自院でできる方法には限りがある.米国白内障屈折手術学会(AmericanSocietyofCataractandRefractiveSurgery:ASCRS)のホームページの“Post-refractivesurgeryIOLcalculator”は無料でダウンロードして利用することができ,複数の計算式で眼内レンズ度数を算出することができ有用である(図1).術前のデータを使用する方法と使用しない方法に分けられ,複数の計算式での眼内レンズ度数の算出ができる.重要なことは,必ず複数の計算式を使用すること,それぞれの結果を比較することで,度数ずれをできるだけ生じないように最終的に挿入する眼内レンズ度数を決定すること,術後に生じうる屈折誤差について術前に十分説明し同意を得ることである.文献1)HaigisW:Intraocularlenscalculationafterrefractivesurgeryformyopia:Haigis-Lformula.JCataractRefractSurg34:1658-1663,20082)大谷伸一郎,南慶一郎,本坊正人ほか:エキシマレーザー角膜手術後眼の眼内レンズ度数計算における光線追跡法の有用性.あたらしい眼科27:1717-1720,20103)根岸一乃:屈折矯正手術後の眼内レンズ度数計算.あたらしい眼科29:195-199,20124)尾藤洋子,稗田牧:特殊角膜における眼内レンズ度数決定3.エキシマレーザー近視矯正手術後眼の眼内レンズ度数決定.あたらしい眼科30:607-614,20135)白山真理子,WangL,KochDDほか:角膜屈折矯正手術後の白内障眼における眼内レンズ度数計算方法.眼科手術23:221-227,20101478あたらしい眼科Vol.31,No.10,2014(56)

眼内レンズ:超音波乳化吸引術と角膜内皮温度

2014年10月31日 金曜日

眼内レンズセミナー監修/大鹿哲郎・佐々木洋336.超音波乳化吸引術と鈴木久晴*1志和利彦*2高橋浩*2*1日本医科大学武蔵小杉病院角膜内皮温度*2日本医科大学眼科学教室超音波乳化吸引術で発熱は必発である.今回筆者らは,超音波発振時における前房内の温度変化を,超音波チップ前と角膜内皮面の2カ所で同時に測定した.また,前房内に注入された粘弾性物質の角膜内皮保護効果も検討した.超音波発振時には超音波チップ前だけでなく,角膜内皮面の温度も上昇する可能性があり,注意が必要である.●超音波乳化吸収による発熱現在の白内障手術では,多くの場合において超音波乳化吸引装置が使われている.超音波乳化吸引は,超音波チップ(以下TIP)が細かく超高速に振動することにより水晶体を破砕する.よって振動は熱を発生させ,生体組織への障害の原因となりうる.過去の報告では切開創における創口熱傷が注目されてきた1,2).一方,筆者らは,過去に超音波の連続発振は前房温度の急激な上昇をまねくことを実験的に証明し,これが術中の角膜内皮障害の原因となりうることを報告した3).この実験では,温度プローブを3時のサイドポートから挿入し,TIPの前で,その温度変化を2秒ごとに計測し,前房温度上昇の変化を解析した.それでは,TIP前の温度上昇に伴い,角膜内皮側における温度変化はどのようになっているのであろうか?●前房温度と角膜内皮温度筆者らは,図1に示すように,過去の報告と同様にして,通常の手術でフックを用いる代わりに,3時方向のサイドポートから温度プローブを挿入しTIP前に留置するのと同時に,7時方向からも温度プローブを挿入し,角膜内皮にそのプローブを押し付けるような形で固定し,超音波発振中の温度をこの2点で同時に測定した.温度計測はSE-305(ThermoDataLogger,CenterTechnologyCorporation)を用い,超音波発振から2秒ごとに60秒まで連続的に計測し記録した.超音波機器はステラーリス(ボシュロム社)を用い,設定はUS100%,VAC50mmHg,ASP18mml/min,ボトル高50cmで統一した.対象は豚眼を用いた.まずは前房内に何も置換しない状態で,眼内灌流液のみの変化を調べた.その結果,図2に示すように超音波発振直後からTIPの前と角膜内皮の温度は同時に上昇しはじめ,ほぼ一致して同じような温度変化を示すことがわかった.このことにより,超音波の連続発振による角膜内皮に押しつけて固定温度プローブ温度計パソコン超音波乳化吸引装置50454035302520151050℃60秒50403020100TIP前角膜内皮図1豚眼による温度測定の模式図図2BSSの場合(53)あたらしい眼科Vol.31,No.10,201414750910-1810/14/\100/頁/JCOPY 前房温度の上昇は,TIPの前だけでなく,角膜内皮の温度をも上昇させていることがわかった.よって硬い核を処理する際などに,USパワーを高値に設定したうえでの連続発振は前房温度の急激な上昇をまねき,角膜内皮障害の原因となりうることが改めて確認された.このひとつの解決法として,筆者らは過去にUSの設定にパルス発振を用いたり,ASPの設定を上げ,灌流液によるTIPの冷却効果を増やすことで前房温度の上昇を防ぐことができることを証明している3).よって,設定には十分な注意が必要であると考える.●粘弾性物質による角膜内皮保護また,他に考えるべきこととして,実際の臨床に用いられる粘弾性物質が,この前房温度の上昇にどのように関与しているかを調べた.まず,凝集型の粘弾性物質であるヒーロンR(AMO社)を前房内に全置換した状態から超音波を発振し,温度変化を記録した.その結果,図3に示すように,超音波を発振した直後にはTIP前の温度と角膜内皮の温度に乖離がみられるが,数秒間経過すると角膜内皮の温度も急激に上昇し,20秒前後ではTIPの前の温度とほぼ一致してしまう.このことにより,前房内に粘弾性物質が残っている状態であれば,TIPの発熱から角膜内皮を守ることができると考えられる.そのために,超音波乳化吸引中にはなるべく前房内に粘弾性物質を残すように設定を工夫しながら操作をすることが大切である4).また,現在は粘弾性物質の中でも前房滞留性の良い特色のある粘弾性物質も5550454035302520151050℃60秒50403020100TIP前角膜内皮図3凝集型粘弾性物質の場合いくつか存在し,これらの粘弾性物質をうまく使いこなすことにより,より角膜内皮に優しい手術を実現することができると考えられた.文献1)Bissen-MiyajimaH,ShimmuraS,TsubotaK:Thermaleffectoncornealincisionswithdifferentphacoemulsificationultrasonictips.JCataractRefractSurg25:60-64,19992)ErnestP,RhemM,McDermottMetal:Phacoemulsificationconditionsresultinginthermalwoundinjury.JCataractRefractSurg27:1829-1839,20113)SuzukiH,OkiK,IgarashiTetal:Temperatureintheanteriorchamberduringphacoemulsification.JCataractRefractSurg40:805-810,20144)SuzukiH,OkiK,ShiwaTetal:Effectofbottleheightonthecornealendotheliumduringphacoemulsification.JCataractRefractSurg35:2014-2017,2009

コンタクトレンズ:前検査-細隙灯顕微鏡検査・内皮細胞検査・涙液検査

2014年10月31日 金曜日

提供コンタクトレンズセミナーコンタクトレンズ処方はじめの一歩監修/下村嘉一5.前検査―細隙灯顕微鏡検査・宮本裕子アイアイ眼科医院,近畿大学医学部眼科学教室内皮細胞検査・涙液検査●はじめにコンタクトレンズ(以下CL)を処方するにあたって,必ず施行しなければならない検査に,細隙灯顕微鏡検査,角膜内皮細胞検査,涙液検査がある.最初に患者と挨拶を交わすときに,肉眼的にも目の状態を把握しておいたうえで検査を施行することが大切である.●細隙灯顕微鏡検査CLを処方するのに際して,まずは,染色液などを使用せずに前眼部の状態を把握する.その見方については,直接照明法,間接照明法,スクレラルスキャタリング法,徹照法,広汎照明法などがある1).角膜に浸潤や混濁がないか,角膜形状に異常(円錐角膜の可能性)はないか,角膜周辺部に新生血管の侵入やpigmentedslideの有無はどうか,角膜輪部の状態などを観察する.もし異常があれば,何によるものかを考え,それがCL装用に対して問題がないか判断しなければならない.また,球結膜の状態を把握する.充血や浮腫などの異常はないかを観察する.さらに,瞼結膜もしっかり把握しておく必要がある.アレルギー性結膜炎は生じていないか,発赤や乳頭の状態について観察する.下眼瞼だけでなく,必ず上眼瞼を反転して診ておくことが重要である.下眼瞼に触れる前に刺激を加えない状態での涙三角の高さも確認しておいたほうがよい.異常の有無を発見するだけではなく,CL装用を始める前の患者の状態を知っておくことが大切である.すべて,強拡大で詳細に観察するだけでなく,弱拡大でも観察し,全体の状態を把握しておく必要がある.眼瞼の状態を知っておくことは非常に重要で,下三白眼なのか,眼瞼圧が強いタイプなのか,瞼裂幅は大きいか小さいか,つり目かたれ目かなどを観察する.眼瞼の状態によって,CL(とくにハードCLや乱視用ソフトCL)のフィッティングに影響を及ぼす可能性がある.続いて,フルオレセイン(以下FL)染色を行って,さらに詳細に観察する.ブルーフィルターで観察するだけでなく,その上にブルーフリーフィルターを用いると,より詳細に観察することが可能である(図1a,b).FLを使用することによって上皮障害の程度と範囲が一目でわかり,上皮下浮腫なども明らかとなる.●角膜内皮細胞検査一般的には,スペキュラマイクロスコープを用いて角膜内皮細胞を観察し,平均細胞密度CD,細胞の大小不同を示す変動係数CV,六角形細胞出現率などを評価する.細隙灯顕微鏡を用いても,ある程度の内皮細胞の状図1aブルーフィルターを用いた前眼部写真フルオレセインで染色された部分がややわかりにくい.図1b図1aの上にブリーフリーフィルターを用いた前眼部写真フルオレセインで染色された部分がわかりやすくなった.(51)あたらしい眼科Vol.31,No.10,201414730910-1810/14/\100/頁/JCOPY 1474あたらしい眼科Vol.31,No.10,2014(00)態を観察することが可能である.強拡大にして鏡面反射法を用いると観察しやすい.角膜内皮細胞は年齢とともにも変化するが,CDが2,000個/mm2以下の場合は,CL装用はあまり望ましくないと考える2).過去にCLを使用されており,再処方が必要な場合にも,今まで使用していたから大丈夫というわけではなく,むしろ長年CLを使用していると,当然本人は気がつかず図2のような状態になっていることもある3)ので,定期的に角膜内皮細胞をチェックしておくことが大切である.●涙液検査細隙灯顕微鏡を用いて,涙三角の高さを観察する.さらに可能な場合はFLを使用し,涙液層破壊時間(tearfilmbreakuptime:BUT)を測定する.3回測定値の平均をとるが,5秒以下ならCL装用に注意を要する.FLを用いずにドーム状の格子を角膜に反射させ非侵襲BUTを測定したり4),近年は,OCULUS-Keratograph5Mを用いて涙液層の観察・評価を行うこともできる.Yokoiら5)が報告したメニスコメトリ.もあるが,これらの機器はCL診療でのスクリーニング検査としてはあまり使用されていない.古くから行われ,外来で簡単にできるものとして,綿糸法6)とSchirmerテスト7)がある.前者は,フェノールレッドを染み込ませてある綿糸を下眼瞼外1/3の部分にかけ,15秒間で先から何mmまで色が変わるかを測定する.10mm以下ならCL装用に注意が必要である.一方,後者は1903年にドイツの眼科医Schirmerが考案した方法で,試験紙の先を折り曲げ,同様に下眼瞼に挟み,5分間で濡れた長さを測定する.Schirmerテスト第I法は,刺激を伴うため貯留涙液と反射性涙液を反映していると考えられるが,5mm以下であれば注意を要する.表面麻酔薬の点眼液を使用してから測定する第II法は,反射性涙液が抑えられる.これらの方法は,現在もCL処方時に最もよく行われている.●おわりに上記3つの検査は,CL処方の前検査として重要な検査で,必ず施行してCLが適応かどうか判断していただきたい.文献1)木下茂:細隙灯顕微鏡の見方.角膜疾患─外来でこう診てこう治せ─.メディカルビュー社,p14-18,20052)宮本裕子:角膜内皮細胞の臨床病態コンタクトレンズとの関係.角膜内皮細胞─最近の知見と展望─.眼科プラクティス88.文光堂,p35-37,20023)宮本裕子:角膜内皮細胞障害.コンタクトレンズ眼障害.中山書店,p93-95,20064)王孝福,有光尚子,宮本裕子ほか:涙液減少症におけるnon-invasiveとfluorescein-stained涙液破壊時間の検討.臨眼47:1033-1036,19935)YokoiN,BronA,TiffanyJetal:Reflectivemeniscometry:anon-invasivemethodtomeasuretearmeniscuscurvature.BrJOphthalmol85:92-97,19996)HamanoH,HoriM,HamanoTetal:Anewmethodformeasuringtears.CLAOJ9:281-289,19837)SchirmerO:StudienzurPhysiologieundPathologiederTranenabsonderungundTraneabfuhr.AlbrechtVonGraefesArchKlinExpOphthalmol56:197-291,1903ZS935図2CL装用歴30年(うちPMMA歴20年)の40歳代男性の角膜内皮細胞(文献3より引用)

写真:ウィルソン病

2014年10月31日 金曜日

写真セミナー監修/島﨑潤横井則彦365.ウィルソン病細谷比左志JCHO神戸中央病院図2図1のシェーマ角膜周辺部内皮側に茶褐色の沈着がみられる.色調は均一ではない.図1角膜のスリット写真角膜周辺部の全周の内側面に茶褐色の沈着がみられる.図3角膜を拡大してよく観察すると,茶褐色の沈着は,角膜の内皮面にみられることがよくわかかる.その色調は一部黄色.緑色を帯びていることもわかかる.図4隅角鏡で観察すると,沈着物は角膜の内皮面にあり,Schwalbe線のところで突然終わっている(矢印)ことがわかる.Schwalbe線はDescemet膜の終了する部位であるので,Descemet膜に沈着していることが理解できる.(49)あたらしい眼科Vol.31,No.10,201414710910-1810/14/\100/頁/JCOPY この症例は,もうすでにおわかりのように,ウィルソン(Wilson)病である.その特徴的な角膜の沈着所見は,診断的価値があり,眼科医であれば知っておくべき所見である.Kayser-Fleischer輪という名前がつけられているほど重要な所見である.この症例は,22歳女性で,あるコンタクトレンズクリニックで発見され紹介されてきた.視力,眼圧に異常はなく,角膜には図1~4のごとく,その周辺部の全周にわたって内皮面に茶褐色の沈着物がみられた.この沈着の色調は,一部黄色.緑色を帯びていた.隅角鏡で観察すると沈着はシュワルベ(Schwalbe)線のところで突然途切れており(図4),沈着がみられるのはデスメ(Descemet)膜だけであることがよくわかった.水晶体表面にはごく淡いヒトデ状混濁がみられた.眼底には異常がみられなかった.Wilson病を疑い,血液検査を施行したところ,血液中のセルロプラスミン値:3mg/dl(正常値:21.0.37.0),血清銅:19μg/dl(正常値:73.149)とセルロプラスミンと血清銅の低下がみられ,Wilson病と診断された.その他,gGTPの軽度上昇,腹部エコーで肝臓表面に凹凸不整がみられ,内部エコーは著明に粗の所見でややdulledgeで,肝硬変の所見であった.神経内科学的には異常がなかった.治療については,大阪大学内科の専門外来に紹介され治療を開始された.その後は,フォローできていない.Wilson病は,銅の輸送蛋白質であるセルロプラスミンの生成障害により全身の種々の組織に銅が蓄積していき,いろいろな障害を生じる常染色体劣性遺伝の代謝疾患である.その発症頻度は3万人に1人といわれ,その保因者は90人に1人である.銅は,肝臓,腎臓,脳のレンズ核,角膜に沈着する.青年期中ごろに症状が現れ,無治療だとすべての患者に発症する.その症状は,肝臓では肝硬変を起こし,食道静脈瘤を合併する.本症例とは別の症例で,筆者の発見した第1例は食道静脈瘤の破裂で死亡した.本症例では幸いにも神経症状はなかったが,脳レンズ核への銅の沈着により神経症状を生じる.静止時振戦や企図振戦,硬直,嚥下困難,構音障害,精神症状などである.角膜への銅の沈着がKayser-Fleischer輪であり,その色調に特徴がある.単なる褐色でなくやや緑味を帯びているのが特徴である.角膜のDescemet膜に沈着している.白内障を合併することがあり,sunflowercataract(ひまわり状白内障)と呼ばれる.本症例でも水晶体表面にはごく淡いヒトデ状混濁がみられたので,その初期像かも知れない.治療は,キレート剤のD-ペニシラミンの内服により,銅の尿中への排泄を促進する.また,銅を多く含む食品の摂取を制限する必要があり,ピーナッツ,チョコレート,肝(キモ),貝類,甲殻類などの摂取を避ける.治療に伴い,角膜のKayser-Fleischer輪は薄くなってくるといわれているが,確認できていない.肝硬変から肝不全や食道静脈瘤破裂,感染などにより死亡することが多いので,早期診断をつけることが大事であり,眼科医がこの疾患の第一発見者になる可能性が大きく,その責任は重い.なお,米国では治療として肝臓移植が行われている.文献1)TsoMOM,FineBS,ThorpeHEetal:Kayser-FleischerringandassociatedcataractinWilson’sdisease.AmJOphthalmol79:479-488,19752)ArffaRC:Wilson’sdisease.InGrayson’sDiseasesofthecornea.3rded,546-553,19913)林篤志,宮崎大,生島操ほか:Wilson病における水晶体前.上皮色素沈着について.臨眼46:876-877,19921472