監修=坂本泰二◆シリーズ第166回◆眼科医のための先端医療山下英俊近視性脈絡膜血管新生に対するビスフォスフォネート薬内服治療本田茂(神戸大学大学院医学研究科外科系講座眼科学)はじめに近視性脈絡膜血管新生(myopicchoroidalneovascularization:mCNV)は病的近視の主要な合併症であり,自然経過では視力予後不良の疾患です1).最近,ヒト化抗血管内皮増殖因子(vascularendothelialgrowthfactor:VEGF)モノクローナル抗体であるベバシズマブや,そのFab断片を改良したラニビズマブの硝子体注射がmCNVの治療に使用されるようになりました.ただし,視力を維持するためには繰り返し硝子体注射を行う必要があり,最近の臨床研究ではラニビズマブの場合,最初の12カ月で平均3.5~4.6回の注射が必要でした2).そのため,感染性眼内炎などの局所合併症,あるいは脳梗塞などの全身合併症のリスクだけでなく,治療費が高額になるため患者負担や医療経済上の問題も懸念されます.また,硝子体注射という手法はmCNVの発症予防や再発予防といった目的には適さないため,いったん寛解した病変に対しては再発が生じるまで経過観察が基本であり,したがって病変再発のたびに徐々に患者の視力が失われてゆくリスクもあります.このような問題に対処するために,筆者らは内服薬や点眼薬による治療法を開発することが重要と考えました.これらは投与方法が容易であるため広く臨床応用が可能であり,また予防投与にも使えることから,その適応は広いと思われるからです.ビスフォスフォネート(bisphosphonate:BP)は元来,破骨細胞の強力な抑制薬として骨粗鬆症の加療に広く使用されている経口薬ですが,抗血管新生作用や抗炎症作用など多彩な機能があり3)(図1),また動物実験で後眼部組織(網脈絡膜や強膜)への移行も確認されていることより,BP薬内服によるCNV治療を着想しました.筆者らは,基礎研究でBPが培養網膜色素上皮細胞中のVEGFやインテグリンの発現を抑制し,またマウスのレーザー誘発CNVの発生を抑制することを確認4),さらに滲出型加齢黄斑変性患者やmCNV患者を対象とした6カ月間の試験的臨床研究においてBPによるヒトCNVの治療効果を証明しました5).本稿ではmCNVに対するBP薬の内服による2年間までの治療効果を抗VEGF療法,光線力学療法(photodynamictherapy:PDT)および無治療群と比較して紹介します6).図1ビスフォスフォネートの多彩な作用窒素含有ビスフォスフォネート(NBP)には骨吸収の抑制だけでなく,さまざまな作用がある.(CaragliaMetal:Endocrine-RelatedCancer13:7-26,2006)(65)あたらしい眼科Vol.31,No.10,201414870910-1810/14/\100/頁/JCOPYベースラインと比較した平均矯正視力(logMAR)の変化抗VEGF群PDT群BP群無治療群-0.4-0.3-0.2-0.10***0.1**0.20.30.40.50.601369121824(月)各観測点における眼数抗VEGF群3728313430352722PDT群2019141816171513BP群2121212018181615無治療群2212211717181419図2各治療群における平均視力(logMAR)の経過抗VEGF群,PDT群,BP群共に無治療群に比べて有意に視力経過が良好であった.*p<0.05,***p<0.0005近視性脈絡膜血管新生に対するBP療法臨床試験(抗VEGF療法,PDT,無治療との比較)BP群のなかで4例4眼(BP群における治療眼の19%,症例の24%)において,24カ月の経過中に抗VEGF療法によるブースター治療を計5回行いました(1つの被筆者らは17例21眼の連続した未治療mCNV症例にブースター治療眼に対し1.3±0.5回,BP群における治対するBP療法として,アレンドロネート5mg/日ま療眼全体での1眼に対し0.2±0.5回相当).これは抗たは35mg/週の継続内服を行い,病変の活動性が高VEGF群における初回治療後の再治療回数平均が0.9±いときには抗VEGF療法によるブースター治療を追加1.3であったのに対して有意に少ない数でした(p=しました.抗VEGF療法(37例37眼)はベバシズマブ0.0084,対応のないt検定).BP群の1例で内服開始後またはラニビズマブを必要時に硝子体内注射し,PDT約6カ月に両眼の虹彩炎を生じたため,内服を中止して(20例20眼)はビスダインR使用にて標準的な方法で行リンデロン点眼を使用しました.虹彩炎は徐々に沈静化いました.し,視力などに影響はありませんでした.その結果,治療開始後の平均視力はBP群,PDT群では2年間維持されました.抗VEGF群の平均視力は治療開始後3カ月で有意に改善しましたが,1年では改上記の試験によって,BP薬内服がmCNVによる視善度が低下し,2年では治療前視力との有意差はありま力低下を抑える一方で,病変の再発を抑制し,抗せんでした.無治療群(22例22眼)は観察期間18カ月VEGF療法による再治療回数を減らすことが示唆され以降で,ベースラインに比べて有意に平均視力が悪化しました.過去の報告と同様,今回の検討でもmCNVはました.治療群間比較においてBP群,抗VEGF群,無治療では徐々に進行し,有意な視力低下をきたしましPDT群の平均視力経過はいずれも無治療群よりも有意たが,BP群では少なくとも2年の経過中に平均視力はに良好でした(図2).また,光干渉断層計(optical維持されました.この視力維持効果はすでに報告されてcoherencetomography:OCT)で測定した中心網膜厚いるPDTの効果と同等でした.PDTの患者に対するの平均はBP群,抗VEGF群,PDT群のすべてにおい負担を考えると,BP薬によるmCNV治療は大変有用てベースラインよりも24カ月後で有意に減少しました.性が高いと考えます.経口BP療法の実臨床使用法1488あたらしい眼科Vol.31,No.10,2014(66)BPは本来,骨粗鬆症の治療薬ですが,その抗血管新生作用が注目されて抗腫瘍治療への応用も試みられている薬物でもあります7,8).mCNVの発生には強度近視による網脈絡膜の器質的な変化だけでなく,加齢や性別の影響も相応に認められますが,上記試験における患者の平均年齢は65歳前後であり,また有意に女性が多く見られました(c2検定でp=3.8×10.7).骨粗鬆症も同様に加齢を基盤に発症する女性に多い疾患であり,その有病率は50歳以上の女性で約30%,80歳以上の男性で約20%といわれています9,10).現在では多くのBP内服薬が使用されていますが,興味深いことに,筆者らが行った学内後ろ向き研究では,BP薬を服用している患者の滲出型加齢黄斑変性罹患率は非服用者の1/10ぐらいでした(平成20年度厚生労働省難病疾患研究班報告書).実際に治療目的でBP薬が眼科疾患に臨床応用された例はありませんが,人口高齢化によって骨粗鬆症とCNVを併せもつ患者も大勢いると考えられるなか,かりにBP薬がCNVの治療薬として機能した場合,とくに女性に多いmCNV患者にとっては,mCNVと骨粗鬆症の治療,予防と二重の恩恵が期待できます.今回の比較検討では抗VEGF群のみで治療後3カ月における平均視力の有意な改善がみられたことから,実臨床にあっては初期に抗VEGF療法による導入療法を行い,その後の維持療法としてBP薬を用いる方法が現実的でしょう.BP薬によるmCNVの再発予防ができれば,抗VEGF群でみられた病変再発による視力改善幅の減少を抑えることができるかも知れません.事実,BP群においてブースター療法として必要であった抗VEGF療法の回数が,抗VEGF群における再治療回数よりも有意に少なかったことは,これを裏付けるものと思われます.今後の展望としては,抗VEGF療法後の維持療法としてBP薬内服の有無を無作為に割り付けた前向き試験を行い,mCNVの治療における同薬の有用性を確認したいと考えています.文献1)YoshidaT,Ohno-MatsuiK,YasuzumiKetal:Myopicchoroidalneovascularization.A10-yearfollow-up.Ophthalmology110:1297-1305,20032)WolfS,BalciunieneVJ,LaganovskaGetal:RADIANCE:arandomizedcontrolledstudyofranibizumabinpatientswithchoroidalneovascularizationsecondarytopathologicmyopia.Ophthalmology121:682-692,20143)GreenJR:Bisphosphonates:preclinicalreview.Oncologist9:3-13,20044)NagaiT,ImaiH,HondaSetal:Antiangiogeniceffectsofbisphosphonatesonlaser-inducedchoroidalneovascularizationinmice.InvestOphthalmolVisSci48:5716-5721,20075)HondaS,NagaiT,KondoNetal:Therapeuticeffectoforalbisphosphonatesonchoroidalneovascularizationinthehumaneye.JOphthalmol2010:206837,20106)MikiA,HondaS,NagaiTetal:Theeffectsoforalbisphosphonatesonmyopicchoroidalneovascularizationover2yearsoffollow-up:apilotstudycomparingwithanti-VEGFtherapyandphtodynamictherapy.BrJOphthalmol97:770-774,20137)ZiebartT,ZiebartJ,GaussLetal:InvestigationofinhibitoryeffectsonEPC-mediatedneovascularizationbydifferentbisphosphonatesforcancertherapy.BiomedRep1:719-722,20138)HashimotoK,MorishigeK,SawadaKetal:AlendronatesuppressestumorangiogenesisbyinhibitingRhoactivationofendothelialcells.BiochemBiophysResCommun354:478-484,20079)藤原佐枝子:骨粗しょう症:診断と治療の進歩Ⅰ.骨粗しょう症の概念2.骨粗しょう症の疫学と危険因子.日本内科学会雑誌94:614-618,200510)藤原佐枝子:男性骨粗鬆症の疫学.THEBONE20:137141,2006■「近視性脈絡膜血管新生に対するビスフォスフォネート薬内服治療」を読んで■今回は本田茂先生によるBP薬内服によるCNV「mCNVと骨粗鬆症の治療,予防と二重の恩恵が期待治療開発の解説です.本文中にも本田先生が書いておできます」とのことであり,大変有意義であると考えられますが,硝子体注射という治療法はいろいろなリられます.スクを含む方法である以上,それを克服するような治本田先生の研究の意義としては,その他にも次の3療法が今後開発される必然性があります.治療法には点があげられます.それぞれの特徴があり,多様な治療法を眼科医が獲得1.日本人の発想により,日本人の手による新薬開することは患者にとって大きなメリットになります.発であること.日本の新薬開発能力は世界でも有しかも,今回,本田先生が開発された治療薬は数ですが,1位の米国に大きく水をあけられてい(67)あたらしい眼科Vol.31,No.10,20141489る状況です.これを克服するためには,一つひと薬が承認された暁には,本薬の臨床的な応用はまつの成功例を積み上げていくしかあれません.臨さに眼科診療にぴったりのものとなります.さら床への応用も始まっており,大変有望な治療法のには眼科の治療がほかの領域の疾患治療とも整合開発と考えます.性よく行われることにより(この場合には骨粗鬆2.今回の本田先生のお仕事は,ビスフォスフォ症の治療),全身的な管理などを複数の目でチェッネート薬としてアレンドロネートというすでに臨クできるようになるのではないかと期待できま床的に使われている薬剤の新しい治療への応用です.また,眼科医療の医療界でのプレゼンスを高す.すでに安全性の確立している薬剤を使うことめるためにも役立つと考えられます.により,診療に使えるまでの期間の短縮が期待さ日本の医学が今回のように有用でユニークな薬物をれます.今後,このような発想での薬物治療開発開発し世界に貢献することは,日本の医療を守ることは,これまでの蓄積の大きな日本においては有用にもつながると考えます.本田先生の研究が発展し,な戦略となりえるのではないでしょうか?臨床現場で普通に使える薬物の開発という形で実を結3.今回の発想はまさに眼科臨床医が日常臨床でのぶことを,こころから祈念します.問題点の解決をめざした成果と考えられます.本山形大学医学部眼科学山下英俊☆☆☆1490あたらしい眼科Vol.31,No.10,2014(68)