特集●屈折と調節アップデート―眼科診療におけるMissingData―あたらしい眼科31(5):675.678,2014特集●屈折と調節アップデート―眼科診療におけるMissingData―あたらしい眼科31(5):675.678,2014眼内レンズによる調節機能の再建RecoveryofAccommodationbyIntraocularLens根岸一乃*はじめに調節眼内レンズ(IOL)は白内障術後の調節力欠如の改善を目的としたIOLである.現在臨床使用されている調節IOLは,毛様体筋の緊張に伴う光学部の光軸方向の移動で調節を実現しようというものが主であるが,開発中の調節IOLの設計概念には,そのほかに毛様体筋の緊張に伴う光学部曲率の急峻化により光学部の移動なしに調節を得ようとするものがある.図1に調節IOLの分類を示す.本稿では,発売中および開発中の調節IOLについて記載する.開発中の調節IOLが将来的に本格的に臨床使用されるかどうかは不明であることはご留意いただきたい.I光学部の機械的変化によるもの1.光学部の前後移動によるものa.光学部が1枚の調節IOL光学部が1枚の調節IOLの調節機序の多くは,毛様体筋の収縮時に毛様体が後方に突出し周辺部の硝子体を圧出することにより,IOLに接している硝子体圧が増加すること,またZinn小帯の平面が前方移動することによりIOLの光学部が前方移動することによると考えられている.代表的なものとしてFDA(米国食品医薬品局)承認のCrystalens(Bausch&Lomb)(図2)があるが,このほかにも各社より数種発売されている.光学部が1枚の調節IOLはIOL自体の度数が小さいほど,調IOLの移動による光学部が1枚Mechanical(毛様体などの動き)光学部が2枚IOLの曲率変化によるElectro-Active(Autofocal)Lensrefilling調節IOL図1調節眼内レンズの分類図2調節眼内レンズ(光学部の前後移動により調節を得るもの)CrystalensAOTM(Bausch&Lomb).(http://www.bausch.com/ourproducts/surgical-products/cataract-surgery/crystalens-ao/より)節力も小さくなるため1,2),挿入IOLの度数が小さい症例では調節がうまくできないという欠点がある.しかし一方で,多焦点IOLと違い,コントラスト感度低下がないことはこのIOLの利点といえる.米国では別途費用を請求できる“PremiumIOL”として認められていることもあり,一定のシェアを占めるが,日本で承認されているものはなく,国内の施設からの成績では十分な近方視力はえられていない3,4).*KazunoNegishi:慶應義塾大学医学部眼科学教室〔別刷請求先〕根岸一乃:〒160-8582東京都新宿区信濃町35慶應義塾大学医学部眼科学教室0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(49)675b.光学部が2枚の調節IOL光学部が2つの調節IOLで臨床で用いられているのはSYNCHRONYVU(AbbotMedicalOpticsInc.)である.SYNCHRONYはワンピース型で,シリコーン製の2つの光学部がバネのような動きをする支持部で連結され,このバネ作用により,光学部を移動させて調節を可能にしようとしている.毛様体筋安静時にはZinn小帯の緊張が維持されて水晶体.は赤道方向に拡大して前後軸方向が短くなる.このため,水晶体.でIOLの光学部が圧迫されて2つの光学部の間隙が狭くなり,支持部(バネ部分)に緊張のエネルギーが蓄積される.調節努力が起こると,Zinn小帯が弛緩し,.の緊張が緩み,バネ部分に蓄積したエネルギーが放出され,前方の光学部が前方移動する.これによって,調節力が生み出される.原理については,ホームページの動画が理解しやすいので参照されたい(http://synchronyiol.eu/synchrony_vu_iol.php,2014年1月末現在アクセス可能).具体的スペックとしては,前方の光学部のパワーは32Dであり,後方の光学部のパワーは挿入された眼の屈折が正視になるように設定される.前方光学部は5.5mm,後方光学部は6.0mmでレンズの全長は9.5mm,全幅は9.8mm,厚さは2.2mmである.挿入はインジェクターで行う.すでに欧州で使用されており,早期臨床成績は良好であるが5),中.長期成績はまだ報告がない.またAbbotMedicalOpticsInc.はすでにこのレンズの取り扱いを中止しており,今後については不明である.2.光学部の水平移動によるものa.LuminaIOLLuminaIOL(AkkolensInternationalBV)は,毛様体筋の動きにより,光学部を水平移動させることにより屈折力を変化させる調節IOLである(図3).固定は毛様溝に行う.調節の原理については,以下にわかりやすく動画で示されているので,興味のある方は参照されたい(http://www.akkolens.com/general-information/akkolens-optics-principle-movie,2014年1月末現在アクセス可能).Rombachの報告6)によれば,IOLは2.8mm切開による挿入で,2011年に臨床試験開始,40眼に挿入され,3.5Dまでの調節力が得られるとのことで,676あたらしい眼科Vol.31,No.5,2014術後6カ月で大多数が眼鏡装用不要だという.今後の追試が待たれる.3.光学部の曲率半径の変化によるものa.NuLensNuLens(HerzliyaPituach,Israel)はPMMA(ポリメチルメタクリレート)の平面と一体化して毛様溝に固定されたPMMA支持部とフレキシブルなシリコーンゲルが充填された小空間,水晶体.によって動く後方のピストンの役目をする部分から構成される.後方のピストンがフレキシブルゲルを押すことによりPMMA平面中央の丸い穴からフレキシブルゲルが前方に突出することによって,屈折力の変化が生まれ,調節が得られる仕組みである(図4)7).このIOLでは突出部の曲率が小さいほど屈折力が強くなる.網膜像のボケに反応して,毛様筋の力が.に伝わると,それがピストンに伝わり,網膜に焦点が合うまでシリコーンゲルが変形する7).NuLensでは毛様筋が弛緩したときに近方に焦点が合い,収縮したときに調節が緩む,すなわち生理的な反応とは逆であり,輻湊と調節の関係も逆になるため,像を1つに保つのが困難となるが,順応可能であるとされる8).NuLensは霊長類の眼7)と加齢黄斑変性のあるヒト眼8)に挿入された.ヒト眼における12カ月後の結果では,IOLは中心固定で安定しており,調節幅は自覚検査で10Dだったという8).b.FluidVisionFluidVision(PowerVisionInc,Belmont,California,USA)AIOLは疎水性アクリル(専売特許)の中空の支持部と光学部をもち,支持部と光学部の空間は連結され,空間には液体シリコーンが満たされるようになっているIOLである.疎水性アクリルとシリコーンの屈折率は同一でレンズとしては一体化する.毛様筋が弛緩している遠方視時は赤道部付近の支持部にほとんど力がかからないので,支持部には液体が満たされており,近方視時は毛様筋の収縮により水晶体.の直径が減少し,支持部に圧がかかることにより液体が支持部から光学部に移動する.そして光学部の液体の体積が増加し中央部が膨らむことにより表面カーブが急峻化し,屈折力が増加する(図5).Potgieterは,パイロットスタディ20眼の(50)図3LuminaIOL(AkkolensInternationalBV)左:LuminaIOLの外観.(http://www.akkolens.com/general-information/akkolens-optics-principle-movieより)右:LuminaIOLの調節原理.(http://www.akkolens.com/general-information/general-informationより)図5FluidVision(PowerVision,CA,USA)(http://www.ophthalmologymanagement.com/articleviewer.aspx?articleid=105934より)成績について,遠方視力は術後6カ月で平均20/20以上,片眼近方視力はおよそ20/30,調節幅は3D以上と眼鏡が不要なレベルであったと報告した9).c.SmartIOLSmartIOL(MedenniumInc,Irvine,California,USA)10)は温度応答性の形状記憶疎水性アクリルでできており,室温においては2mm×30mmの棒状で,屈折率は1.47で,軟化する温度は20.30℃である..内に挿入され,体温に曝露されるとIOLは約30秒で直径9.5mm,中央厚さ2.4mm(平均約3.5mmで,厚さはレンズ度数による)のゲル様のbi-convexレンズとなり,.内を満たす.このレンズは非常に伸展性に富んだゲル状の素材である.このため,Helmholtzの調節の原理にしたがって,毛様筋の緊張に伴い厚みが増加し,表面カーブが急峻化し,毛様筋の弛緩に伴い逆の現象が起こる.また,.内が完全に充填されることにより,水晶体.内の細胞増殖や線維化が抑制され,良好な中心固定とエッジグレアの減少が期待できると考えられている.最近では異なる大きさの.のサイズに対応するため,スリーピース型のものも開発されているが,得られる調節幅はより少ないとのことである.また,前.切開を行った場合,IOLに.による圧力がどの程度伝わるかなども不(51)AB図4NuLens(HerzliyaPituach,Israel)NuLensの機構の概念図.遠方視の状態(A)から屈折度数を増加させるため,ピストンがフレキシブルなシリコーンゲルを押し,PMMA板中央の丸い開口部よりフレキシブルなシリコーンゲルが前方に突出する(B).突出部が急峻であるほど大きな調節力となる.〔文献12)より〕明である.筆者が検索したかぎりでは,臨床使用の報告はない.IIElectro.active(Autofocal)眼内レンズ1.ELENZATMSapphireAutoFocalIOLELENZATMSapphireAutoFocalIOL(PixelOptics,USA)11)はIOL内蔵の人工知能により屈折が制御される液晶光学部をもつ調節IOLである.屈折は電気的に制御され,調節時のわずかな瞳孔反応(対光反射とは異なるわずかな動き)を検知して作動する(図6).充電可能なリチウムイオンバッテリーをもち,3,4日ごとに充電して寿命は50年間であるという.臨床応用できれば究極の“人工レンズ”となる可能性がある.おわりに現在,IOLは世界で最も汎用されている,最も成功した人工臓器といえる.しかし,水晶体の最も重要な機能である調節力の再現は,開発当初から最も大きな課題として取り上げられてきたにもかかわらず,いまだ達成されていない.これまでの調節IOLは近い将来臨床使用可能と発表されているものであっても,実際には開発があたらしい眼科Vol.31,No.5,2014677Far-offNear-on図6ELENZATMSapphireAutoFocalIOL(PixelOptics,USA)の制御機構調節時のわずかな瞳孔反応(対光反射とは異なるわずかな動き)を検知して液晶光学部の屈折が変化する.〔文献11)より〕中断・中止されてしまうものもあった.したがって,今回紹介した調節IOLも実際に臨床使用まで達成されるかは未知数であるが,水晶体の調節そのものに関する研究も含め,今後の進歩が期待される分野である.文献1)NawaY,UedaT,NakartsukaMetal:Accommodationobtainedper1.0mmforwardofaposteriorchamberintraocularlens.JCataractRefractSurg29:2069-2072,20032)PreussnerPR,WahlJ,LahdoHetal:Raytracingforintraocularlenscalculation.JCataractRefractSurg28:1412-1419,20023)DogruM,HondaR,OmotoMetal:Earlyvisualresultswiththe1CUaccommodatingintraocularlens.JCataractRefractSurg31:895-902,20054)SaikiM,NegishiK,DogruMetal:Biconvexposteriorchamberaccommodatingintraocularlensimplantationaftercataractsurgery:long-termoutcomes.JCataractRefractSurg36:603-608,20105)OssmaIL,GalvisA,VargasLGetal:Synchronydual-opticaccommodatingintraocularlens,Part2:pilotclinicalevaluation.JCataractRefractSurg33:47-52,20076)RombachM:ClinicalExperiencewiththeAkkoLensLumina.The5thConferenceoftheInternationalSocietyofPresbyopia,Amsterdam,4October,20137)Ben-NunJ,AlioJL:Feasibilityanddevelopmentofahigh-powerrealaccommodatingintraocularlens.JCataractRefractSurg31:1802-1808,20058)AlioJL,Ben-nunJ,Rodriguez-PratsJLetal:Visualandaccommodativeoutcomes1yearafterimplantationofanaccommodatingintraocularlensbasedonanewconcept.JCataractRefractSurg35:1671-1678,20099)PotgieterF:FluidVisionRLensDesignPrinciplesandEarlyClinicalExperience.The5thConferenceoftheInternationalSocietyofPresbyopia,Amsterdam,4October,201310)WernerL,OlsonRJ,MamalisN:Futureintraocularlenstechnology.PresbyopicLensSurgery:AClinicalGuidetoCurrentTechnology,editedbyDavisEA,HardtenDR,LindstromRL.SlackIncorporated,London,200711)HaydenFA:ElectronicIOLs:Thefutureofcataractsurgery.EyeWorldFebruary,201212)SheppardAL,BashirA,WolffsohnJSetal:Accommodatingintraocularlenses:areviewofdesignconcepts,usageandassessmentmethods.ClinExpOptom93:441-452,2010678あたらしい眼科Vol.31,No.5,2014(52)