監修=坂本泰二◆シリーズ第159回◆眼科医のための先端医療山下英俊網膜細胞分化におけるエピジェ網膜細胞の分化脊椎動物の神経網膜は7種類の細胞から構成され層構ネティック機構とmicroRNA造を形成していますが,これらの多様な細胞は,網膜発の役割生過程において,胎生期に存在する同じ多能性網膜前駆臼井亜由美細胞が,内因性因子(転写因子など)や外因性因子(増(順天堂大学医学部附属浦安病院・眼科)殖因子など)の制御により,その分化能を変化させながら発生時期特異的に分化してきます1).マウス網膜では,胎生期12日頃から細胞の分化が始まり,次第に層構造を形成して,生後14日頃に成熟した網膜が完成します.初めに神経節細胞が分化し,つぎに錐体,アマクリン細古くから網膜は,中枢神経発生の基礎研究において良胞,水平細胞がほぼ同時期に発生し,発生後期にかけていモデル系として広く用いられてきましたが,そのメカ桿体,双極細胞,最後にミュラーグリア細胞が分化発生ニズムを解明することは,先端医療として世界中で研究するという順序をとります.これまでの研究により,が進められている網膜再生医療において,重要な研究課WntやNotchなどシグナル伝達経路,細胞特異的な転題です.とくに近年の研究により,エピジェネティック写因子の組み合わせによって,この時期特異的な細胞の機構やmicroRNA(miRNA)が網膜細胞分化に重要な役運命決定がなされることが知られていますが,近年の研割を果たしていることが解明されてきています.本稿で究により,この時期特異的,細胞特異的な遺伝子発現がはその一端を紹介したいと思います.エピジェネティック機構やmiRNAによって制御されてはじめにいることが明らかとなってきました(図1).Let-7miRNAの発現DicermiR-9miR-125などクロマチンリモデリングBrg1Brmヒストンの脱アセチル化HDAC1シグナル伝達経路WntNotch分化能の変化網膜前駆細胞Math5Pax6など神経節細胞Math3Ptf1Six3Prox1など早期分化型水平細胞網膜細胞NeuroDMash1CrxOtx2Sox11など錐体細胞NeuroDMath3Ptf1Pax6Six3などアマクリン細胞NeuroDMash1CrxOtx2など桿体体細胞Mash1Math3Chx10など後期分化型双極細胞網膜細胞Hes1Hes5Hesr2RaxなどミュラーグリアE11E14E17出生P3P6P9P12マウス網膜発生過程図1脊椎動物(マウス)の網膜発生過程における経時的網膜細胞分化(79)あたらしい眼科Vol.31,No.3,20143830910-1810/14/\100/頁/JCOPYエピジェネティック機構と網膜発生エピジェネティック機構と網膜発生エピジェネティック機構とは,DNAの塩基配列の変化を伴わない遺伝子発現制御を行う機構ですが,DNAメチル化,クロマチン構造変換,ヒストン修飾(アセチル化,脱アセチル化,メチル化,リン酸化など)といった3つの互いに相関した機構が,クロマチン動態を介してエピジェネティクスを制御しています.ヒストンの脱アセチル化はヒストンへのDNAの巻き付きを強めて,おもに遺伝子発現を抑制するエピジェネティック遺伝子制御機構ですが,ヒストン脱アセチル化酵素(HDAC)が抑制された状態では網膜細胞の分化が阻害されることから2),ヒストンの脱アセチル化は,網膜細胞の分化において重要なファクターを担っていることがわかっています.さらに網膜発生過程で多くの転写因子のヒストン修飾が変化することで,網膜細胞分化に必要な遺伝子の活性化が起こっています3,4).また,クロマチンリモデリング複合体はATP依存的にヌクレオソームの構造を変化させ,DNA二重鎖へのDNA結合蛋白質の集積を制御することにより,DNAの転写,複製,修復など,細胞生存に必須な活動を統御するエピジェネティック遺伝子制御機構ですが,なかでもSWI/SNFクロマチンリモデリング複合体を形成する蛋白質をコードする遺伝子群は,網膜細胞の分化に重要な役割をもつことが報告されています.SWI/SNF複合体は,触媒サブユニットとしてBrmまたはBrg1のいずれか一方を1分子ずつもつことが知られていますが,Brmは網膜前駆細胞の未分化性を維持するNotchシグナルを5),Brg1は,神経発生に重要なMAPキナーゼに作用して網膜細胞分化に関与することなどが報告されています6).microRNAと網膜発生miRNAは長さ20塩基ほどの蛋白質へ翻訳されない一本鎖non-cordingRNAです.さまざまな生物種において,遺伝子発現の抑制に働くことで多様な生命現象を制御していることが知られています.miRNAは,まず核内でゲノムから転写されたprimarymiRNA(primiRNA)から,Drosha-DGCR8複合体によってprecursormiRNA(pre-miRNA)が切り出されます.PremiRNAは核外に輸送されたのち,Dicerによって切断され,一本鎖化された成熟miRNAが標的mRNAに結384あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014合することによって,標的遺伝子の発現を転写後レベルで抑制します.これまでに網膜特異的Dicer欠損マウスが,網膜前駆細胞の分化能の変化により,早期分化型の網膜細胞が過剰に産生され,後期分化型の網膜細胞の産生が抑制されるなどの分化異常を示し7),網膜前駆細胞のアポトーシスが亢進することで小眼球をきたす表現型を呈したことから,miRNAの発現が適切な網膜細胞分化と網膜前駆細胞の生存に必須であることが示されました8).近年,個々のmiRNAにおいても,let-7,miR-9,miR1259),miR-129,miR-155,miR-214,miR-22210)などが網膜細胞分化に重要であり,miR-24a11),miR-124a12)などが網膜細胞の生存に重要であることなどが解明されてきています.おわりにこれまで発生学研究では,転写因子やシグナル伝達経路に注目して研究が展開されていました.近年は,このようにエピジェネティック機構や機能性RNAなどが新たな役者として注目を集め,従来のメカニズムとの関係性が明らかにされつつありますが,未知なる部分が多いのが現状です.網膜再生医療がまさに臨床応用されようとしている現在,人体における網膜発生過程のこれらのメカニズムを解明することは,再生医療の有用性や安全性を考えるうえでも急務であると考えられます.文献1)LiveseyFJ,CepkoCL:Vertebrateneuralcell-fatedetermination:Lessonsfromtheretina.NatRevNeurosci2:109-118,20012)YamaguchiM,Tonou-FujimoriN,KomoriAetal:Histonedeacetylase1regulatesretinalneurogenesisinzebrafishbysuppressingWntandNotchsignalingpathways.Development132:3027-3043,20053)UsuiA,MochizukiY,IidaAetal:TheearlyretinalprogenitorexpressedgeneSox11regulatesthetimingofthedifferentiationofretinalcells.Development140:740-750,20134)UsuiA,IwagawaT,MochizukiYetal:ExpressionofSox4andSox11isregulatedbymultiplemechanismsduringretinaldevelopment.FEBSLett14:358-363,20135)DasAV,JamesJ,BhattacharyaSetal:SWI/SNFchromatinremodelingATPaseBrmregulatesthedifferentiationofearlyretinalstemcells/progenitorsbyinfluencingBrn3bexpressionandNotchsignaling.JBiolChem282:35187-35201,20076)GreggRG,WillerGB,FadoolJMetal:Positionalcloning(80)oftheyoungmutationidentifiesanessentialrolefortheBrahmachromatinremodelingcomplexinmediatingretinalcelldifferentiation.ProcNatlAcadSci27:6535-6540,20037)GeorgiSA,RehTA:Dicerisrequiredforthetransitionfromearlytolateprogenitorstateinthedevelopingmouseretina.JNeurosci30:4048-4061,20108)IidaA,ShinoeT,BabaYetal:Dicerplaysessentialrolesforretinaldevelopmentbyregulationofsurvivalanddifferentiation.InvestOphthalmolVisSci52:3008-3017,20119)LaTorreA,LaGeorgiS,Reh,TA:ConservedmicroRNApathwayregulatesdevelopmentaltimingofretinalneurogenesis.ProcNatlAcadSci110:2362-2370,201310)DecembriniS,BressanD,VignaliRetal:MicroRNAscouplecellfateanddevelopmentaltiminginretina.ProcNatlAcadSci106:21179-21184,200911)WalkerJC,HarlandRM:microRNA-24aisrequiredtorepressapoptosisinthedevelopingneuralretina.GenesDev23:1046-1051,200912)SanukiR,OnishiA,KoikeCetal:miR-124aisrequiredforhippocampalaxogenesisandretinalconesurvivalthroughLhx2suppression.NatNeurosci14:1125-1134,2011■「網膜細胞分化におけるエピジェネティック機構とmicroRNAの役割」を読んで■今回,臼井先生に網膜発生におけるエピジェネティすいことになりますが,これは加齢黄斑変性患者にはクス機構の重要性を解説していただきました.このIL17RC陽性の単球が増加しているという過去の報告コーナーを担当させていただいて久しくなりますが,をうまく説明できます.また,別の研究では,加齢黄研究の意義について,これほどわかりやすく,かつ明斑変性患者の網膜色素上皮において,抗酸化作用をも確に執筆していただいたことはあまり記憶にありませつGlutathioneStransferasesのプロモーター領域にん.私が付け加えることはないので,エピジェネティ強いメチル化がしばしばみられると報告されました.クス機構と一般疾患について,少し解説いたします.これは逆に活性酸素毒性を減弱させる作用が不足する加齢黄斑変性の発症過程には,DNA変異が重要なことになるので,加齢黄斑変性が起こりやすいことと役割を果たしていることが広く知られていますが,エ矛盾しません.ピジェネティクス機構も関与していることが証明されかつてはDNA研究こそが病態解明の本質と思われつつあります.たとえば,遺伝子がまったく同一であていましたが,現在はエピジェネティクス機構の解明る一卵性双生児ペアのうちで,一方だけが加齢黄斑変も同じように重要な研究領域とされています.臼井先性に罹患したペアについて調べると,加齢黄斑変性に生をはじめとした若い研究者が,この未知の領域を開罹患したグループにはIL-17RCやIL-17Aの受容体拓してくれることを大いに期待しています.のプロモーター領域のメチル化が少ないことが報告さ鹿児島大学眼科坂本泰二れました.つまり,Th17炎症反応が過剰に起こりや☆☆☆(81)あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014385