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緑内障:緑内障視野の進行判定

2013年9月30日 月曜日

●連載159緑内障セミナー監修=岩田和雄山本哲也159.緑内障視野の進行判定溝上志朗愛媛大学大学院医学系研究科医学専攻視機能再生学講座緑内障視野の進行判定法にはトレンド解析とイベント解析があるが,両者は相補的関係にあり,症例に応じて総合的に判断することが望ましい.患者の検査への慣れ,白内障の進行,および眼底疾患や視路病変の合併など,緑内障の進行と誤認しやすい場合があるので注意が必要である.緑内障治療の目的は患者に残された視機能を生涯不自由のないように維持することにある.患者の視機能を評価する手段は現時点で視野計測しかなく,特にその進行判定は治療プランの決定や変更にかかわるため患者の予後を左右する.よって緑内障診療に携わるすべての眼科医には的確な進行判定を行うスキルが求められる.●進行判定の方法視野障害の進行を判定する方法は,大きく2つに分類される.一つはトレンド解析であり,もう一つはイベント解析である.トレンド解析とは,経過中のパラメータをすべてプロットし,その回帰直線の有意性を判定する方法である.一般的にはMD(meandeviation)スロープが用いられる.トレンド解析は,測定結果に変動がなく,かつ連続的に悪化する場合には鋭敏な判定が期待できる.しかし,結果の変動が大きい場合には判定に時間トレンド解析-3-4MD-5(HFA)-6-7-0.02dB/Y±0.05(ns)-4.7-6.09-4.21-4.16-4.16-5.05-5.12-6.63-3.7-4.44-4.59-0.02dB/Y±0.05SD=0.88CC=-0.06DF=9TS=0.18MD-4.59dBを要する欠点がある.一方,イベント解析はベースラインデータから一定の低下を示した時点で進行と判定する方法であり,代表的なものにGPA(glaucomaprogressionanalysis)がある.GPAでは測定点ごとにイベント解析を行うが,これは局所の進行を判定するのは鋭敏であるのに対し,ベースライン視野の信頼性により判定が左右されるという欠点がある.実際の臨床では,どちらか一方の結果のみで進行を判定するのではなく,両者の長所と短所をよく理解したうえで,総合的に判断するのが望ましい(図1).●理想的な視野検査間隔緑内障視野の進行を診断するための理想的な検査間隔に関する最近の報告がある1).これによると,MD値が1年で.2.0dBと急速に進行しているケースで,検査データが中等度に変動する,と仮定した場合,進行判定GPA:2回連続悪化:3回以上連続悪化MD-4.16dB判定:進行の可能性あり図1トレンド解析では進行がないものの,GPAで進行と判定された例ある正常眼圧緑内障患者の6年間の視野の経過.トレンド解析とイベント解析は,どちらか一方の結果だけで判定せず,総合的に判断する.(61)あたらしい眼科Vol.30,No.9,201312610910-1810/13/\100/頁/JCOPY に必要な期間は,検査が半年間隔で行われる場合でも3年を要し,さらに1年間隔になると実に6年もかかることが明らかにされた.一方,検査間隔を4カ月にすると,2年間で判定できることから,進行速度をより短期間で見きわめるために4カ月ごとの視野測定を提唱している.しかしながら実際の臨床では,MDスロープの傾きの有意性が確認されるまで経過を追っていては治療の開始や方針の変更のタイミングが遅きに失する恐れがある.そこで,経過中のMD値の連続悪化を目安に予測するのも一法である.視野の長期経過を観察できた218眼(平均経過観察期間6.6年,平均検査回数約12.6回)を調査した筆者らのデータでは,MDスロープが将来的に有意に悪化するリスクは,MD値が3回連続して悪化すると,連続悪化がみられない症例よりも約2.6倍高くなり,さらに4回連続して悪化すると約4倍になると試算された.●本当に緑内障による悪化なのか?正確な検査結果を得るうえで,患者の視野検査への慣れは重要である.まだ検査慣れしていない時期は,一般的に固視不良や疑陽性反応が多く信頼性に劣るが,その後,検査に習熟するにつれて,信頼性が徐々に改善してくるケースが多い.しかしこの過程で,緑内障視野の進行と誤認されることもあり注意が必要である(図2).また,白内障の進行にも注意が必要である.経過観察期間が長期に及ぶと,白内障が視野に影響を及ぼすことも多い.しかしこの場合,緑内障の進行とは異なるパターンを示すことから,ある程度の鑑別は可能である.つまり白内障による感度低下は,多くの場合,トータル合併前合併後初回固視不良13/213カ月後固視不良7/23約1年後固視不良4/23図2固視改善による見かけ上の視野悪化が疑われる症例ある正常眼圧緑内障の経過.進行判定には視野の信頼性のチェックも重要である.偏差の悪化が目立つのに対し,パターン偏差には大きな変化がみられない.その理由としては,トータル偏差が実測視野感度の健常人の年齢別正常感度からの差であること,そしてパターン偏差は白内障や縮瞳などによる全体的な感度低下をトータル偏差から差し引いていることによる.これら以外にも,眼圧コントロールが良好であるのに,急速な進行を認めたり,非定型的な進行パターンを示したりする場合は,眼底や視路疾患の合併を念頭に置いて精査することが望ましい(図3).文献1)ChauhanBC,Garway-HeathDF,GoniFJetal:Practicalrecommendationsformeasuringratesofvisualfieldchangeinglaucoma.BrJOphthalmol92:569-573,2008図3緑内障に網膜中心静脈分枝閉塞症を合併した例70歳,女性.原発開放隅角緑内障.網膜中心静脈分枝閉塞症による下方の視野障害が緑内障の進行と誤認されやすいので,注意が必要である.1262あたらしい眼科Vol.30,No.9,2013(62)

屈折矯正手術:隅角支持型有水晶体眼内レンズ

2013年9月30日 月曜日

屈折矯正手術セミナー─スキルアップ講座─監修=木下茂●連載160大橋裕一坪田一男160.隅角支持型有水晶体眼内レンズ根岸一乃慶應義塾大学医学部眼科学有水晶体眼内レンズは,中等度.強度の近視の手術矯正法として有効性と安全性が確立しつつあり,(1)隅角支持型,(2)虹彩支持型,(3)後房型の3種類がある.近年,おもにヨーロッパで使用されている前房隅角支持型のレンズ(AcrySofRCachetR)の術後3年までの成績は良好であるが,安全性については長期経過を待つべきである.はじめに近年,有水晶体眼内レンズは,角膜屈折矯正手術の適応外である中等度.強度の近視の手術矯正法として有効性と安全性が確立しつつある.有水晶体眼内レンズは大きく分けて(1)隅角支持型,(2)虹彩支持型,(3)後房型の3種類があり,それぞれに利点と欠点がある.ここでは,隅角支持型有水晶体眼内レンズについて述べる.●歴史有水晶体眼内レンズの第一世代は1954年にStrampelliによって導入され前房隅角支持型のレンズである1).これらは角膜浮腫,慢性虹彩炎,Uveitis-Glaucoma-Hyphema症候群などのさまざまな合併症のために使用が中止された.隅角支持型のレンズは,その後もデザインが改良され,Baikofflens(ZB,ZB5M,NuVita),ZSAL-4andZSAL4-Pluslenses(MorcherGmbH,Stuttgart,Germany)が使用されたが,ポリメチルメタクリレート(PMMA)製で切開幅が大きくなるため,現在は使用されていない1).現在使用されているのは,3mm以下の切開創から挿入可能なフォルダブルレンズで,CEマークを取得しているのはKelmanDuetlens(TekiaInc.,Irvine,Calif)とAcrySofR(AlconInc.)のみである.そのほか,ヨーロッパとロシアでThinPhAc(ThinOpt-X)とVisionMembrane(VisionMembraneTechnology)の臨床試験が行われた1)が,その成績についてはPubMedで検索した限りは見つからなかった.KelmanDuetlensはシリコーン製の光学部と,PMMA製の支持部の独立した2つの部品からなるレン(59)0910-1810/13/\100/頁/JCOPYズで2.5mm幅の切開から挿入し,眼内でフックを使用して組み立てる.術後1年の角膜内皮細胞密度減少率は5.43%と報告されている2)が,それ以降の長期経過の報告はない.最も新しい隅角支持型有水晶体眼内レンズはAcrySofRCachetRである.AcrySofRCachetRは日本では治験中である.以下,AcrySofRCachetRについて解説する.●AcrySofRCachetRAcrySofRCachetRは疎水性アクリル製のシングルピースレンズで,屈折率1.55,直径6.0mmのメニスカス形状の光学部をもつ(図1).レンズ度数は.6.00..16.50D,全長は12.0.14.0mmまであり,解剖学的計測値によってどのレンズを選択するか決定する.1.術前検査術前検査は他の屈折矯正手術と同様,自覚屈折,調節麻痺下屈折,裸眼および矯正視力,瞳孔径,眼圧,前房深度,角膜形状,角膜厚,角膜内皮細胞密度,眼底検査などを行う.現状での適応と除外基準は原則として他の有水図1術後の前眼部写真(AcrySofRCachetR)あたらしい眼科Vol.30,No.9,20131259 a.眼内にインジェクターで挿入b.後方支持部はフックで挿入図2手術手技晶体眼内レンズと同様であるが,AcrySofRCachetRの場合は前房深度が角膜内皮から測定して2.7mmを超えないものは適応外となる.眼内レンズ度数の計算はVanderHeijdeやFechnerらによる既存式を元に,メーカーがノモグラムを加えた推奨の計算法を提供しているので,それに従う.眼内レンズのサイズはwhiteto-white計測値より0.5.1.0mmほど大きいものを使用する2).2.手術術前に縮瞳させたのち(術者により灌流液にアセチルコリンを使用することもある),点眼麻酔下で2.6.3.2mm切開(使用カートリッジにより異なる)3)を行い粘弾性物質で前房を保ちつつインジェクターで眼内レンズの後方支持部以外の部分を挿入する(図2a).眼外に残った後方支持部はフックで挿入する(図2b).支持部は4点すべてが隅角にはいるようにする.その後サイドポートから粘弾性物質を除去する.虹彩切除の必要はない.3.手術成績・合併症3年以上経過観察した104例の患者(360例の患者に挿入)に対する国際多施設研究の結果4)では,裸眼視力は101例(97.1%)で0.5以上,48例(46.2%)で1.0以上であった.矯正視力は103例(99%)で0.625以上,84例(80.8%)で1.0以上であった.術後6カ月から3年における中央および周辺の年間角膜内皮細胞密度減少率はそれぞれ0.41%と1.11%で,瞳孔の変形,瞳孔ブロックおよび網膜.離の合併症はなし,と非常に良好な成績が報告されている.しかしながら,安全性の評価については,さらに長期の成績を待たなければならない.文献1)AlioJL,ToffahaBT:Refractivesurgerywithphakicintraocularlens:anupdate.IntOphthalmolClin53:91-110,20132)AlioJL,PineroD,BernabeuGetal:TheKelmanDuetphakicintraocularlens:1-yearresults.JRefractSurg23:868-879,20073)GuellJL,MorralM,KookDetal:Phakicintraocularlenspart1:historicaloverview,currentmodels,selectioncriteria,andsurgicaltechniques.JCataractRefractSurg36:1976-1993,20104)KnorzMC,LaneSS,HollandSP:Angle-supportedphakicintraocularlensforcorrectionofmoderatetohighmyopia:three-yearinterimresultsininternationalmulticenterstudies.JCataractRefractSurg37:469-480,2011☆☆☆1260あたらしい眼科Vol.30,No.9,2013(60)

眼内レンズ:水晶体嚢内前房内フラッシュ法

2013年9月30日 月曜日

眼内レンズセミナー監修/大鹿哲郎325.水晶体.内前房内フラッシュ法松浦一貴野島病院眼科前房内の予定最終濃度に希釈したモキシフロキサシンを用いて前房内を全置換し,眼内レンズ裏を含む水晶体.内も意識的に灌流するフラッシュ法を紹介する.耐性菌を含む眼内炎起因菌の最小発育阻止濃度を凌駕する濃度の抗菌薬の安定した投与が可能である.欧州を中心に白内障術後感染予防を目的とした前房内投与が一般的となっている1).筆者らは,水晶体.内前房内フラッシュ法(以下,フラッシュ法)2)による前房内投与を行っており,その特長を述べる.手術終了時の前房内には10.40%に細菌が存在するといわれているが,前房内には生理的・免疫的な抗菌作用があるため意外と感染が成立しにくいとされる.一方,眼内レンズ(IOL)裏や水晶体.赤道部などに閉じ込められ前房と隔離された細菌は,強毒菌であれば硝子体に波及し急性眼内炎の原因となるし,弱毒菌であれば長く.内にとどまり晩期感染をひき起こす.そこで感染予防のためには術中のIOL裏の洗浄が重要となるが,筆者らは粘弾性物質(OVD)除去の際にI/A(irrigation/aspiration)チップをIOL裏に挿入してもIOLタッピングを行っても,必ずしも十分な.内洗浄が行われていないことを示した3).IOLと後.は術後早期から密着しているため,術中にこのエリアに細菌が取り残された場合に菌の排出が行われず,十分な薬液の到達も望めない.すなわち,IOL裏は術中に洗浄および投薬図1前房内を全置換し,IOL裏を含む水晶体.内も意識的に灌流するフラッシュ法水を噴出しながらサイドポートより挿入し,前房内を数秒フラッシュする(a,b).反対側もしくはサイドのレンズエッジを持ち上げてIOL裏にも水流を回す(c).さらに前房内を数秒フラッシュし水を出しながらサイドポートより針を引き抜く(d,e).abcdeされる必要があるといえる.欧米で一般化している前房内投与法は高濃度セフロキシムの少量(0.1ml)投与である.これに対して,筆者らは前房内の予定最終濃度に希釈したモキシフロキサシンを用いてIOL裏を含む水晶体.内前房内を灌流し全置換する投与方法を採用している(図1).前房内に注入された灌流液は.内にも灌流するイメージがあるが,必ずしもそうではない.摘出豚眼の前房内にコンデンスミルクを注入したのち,前房内のみを灌流する実験を行ったが,前房圧によってCCC(continuouscurvilinearcapsulorrhexis)はIOLに押し付けられて閉鎖するため.内は灌流されなかった(図2).このため.内の十分な洗浄および投薬のためにはIOLエッジを持ち上げて意図的にIOL裏に薬液を灌流させる必要があった.フラッシュ法を用いれば,仮に手術終了時の前房内が汚染されていたとしても約20秒の注入で前房内がほぼ全置換されることがわかっている2).さらに少量投与法に比べて安定した濃度が得られる利点もある.(57)あたらしい眼科Vol.30,No.9,201312570910-1810/13/\100/頁/JCOPY aabdeセフロキシムは腸球菌に効果をもたず,また時間依存性の薬剤であるため薬液のターンオーバーの速い前房内には適しているとは言い難い.一方,モキシフロキサシンやレボフロキサシンなどのフルオロキノロンは濃度依存性であり,2時間程度有効濃度を保つことができれば効果があるとされている4).筆者らはハイドロダイセクションなどすべての操作を5mlシリンジに取り分けたモキシフロキサシン希釈液で行っている.わが国では大鹿らもレボフロキサシン希釈液を用いてハイドロダイセクションや手術終了時の前房形成,ハイドレーションを行っていると報告している.点眼や内服などによる投与は前房内への吸収や移行という生理的な制約を受けるが,前房内に直接投与する方法であれば術者の任意の前房内濃度を実現することが可能である.MRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)を含む眼内炎起因菌の最小発育阻止濃度を凌駕する濃度の抗菌薬の投与を安定して行うことが可能であるフラッcf図2摘出豚眼にコンデンスミルクを注入したのち前房内のみを灌流する方法前房内に迷入した泡を通してIOL裏が観察可能であった(a).前房内のミルクは希釈されていくが,IOL裏の皺の中に取り残されたミルクは.内に隔離されており,希釈・排出されない(b,c).サイドのレンズエッジを持ち上げて意図的にIOL裏にも水流を回すことで初めてミルクは希釈洗浄される(d,e).シュ法による前房内投与は,術後感染予防の切り札となりうる手法である.文献1)FrilingE,LundstromM,SteneviUetal:Six-yearincidenceofendophthalmitisaftercataractsurgery:Swedishnationalstudy.JCataractRefractSurg39:1521,20132)MatsuuraK,SutoC,AkuraJetal:Bagandchamberflushing:anewmethodofusingintracameralmoxifloxacintoirrigatetheanteriorchamberandtheareabehindtheintraocularlens.GraefesArchOphthalmol251:81-87,20133)松浦一貴,三好輝行,吉田博則ほか:水晶体.と眼内レンズは密着している.IOL&RS27:63-66,20134)O’BrienTP,ArshinoffSA,MahFS:Perspectivesonantibioticsforpostoperativeendophthalmitisprophylaxis:potentialroleofmoxifloxacin.JCataractRefractSurg33:1790-1800,2007

コンタクトレンズ:コンタクトレンズ診療のギモン④

2013年9月30日 月曜日

提供コンタクトレンズセミナーコンタクトレンズ診療のギモン②4本コーナーでは,コンタクトレンズ診療に関する読者の疑問に,臨床経験豊富なTVCI※講師がわかりやすくお答えします.※TVCIは「ジョンソン・エンド・ジョンソンビジョンケアインスティテュート」の略称です.眼科医および視能訓練士を対象とするコンタクトレンズ講習会を開催しています.眼精疲労には「弱めの度数」が良い,というのは本当でしょうか?講師梶田雅義梶田眼科眼の疲れの多くはピント合わせのための毛様体筋にかかる負担が過剰になって起こる.眼を休めることによって,疲れが改善すれば良いが,眼を休めても疲れが回復せずに重積すると,眼精疲労に進展する.遠視眼や近視眼で遠くがよく見えるように矯正された眼が,長時間近方視作業をし続けたときには,毛様体筋にかかる負担が大きく,眼精疲労を生じることが多い.このような場合に,「弱めの度数」すなわち,遠くは少し見づらくなるが,近方視作業を行うときにピント合わせの努力を軽減できるように弱めの度数の眼鏡やコンタクトレンズを用いれば,眼精疲労を軽減することができる.つまり,近方視作業が多い人では“Yes”である.しかし,近方視はあまり行わず,長時間遠くをしっかり見なければならないパイロットやドライバーでは,遠くがよく見えないと,もう少ししっかり見ようと思い,毛様体筋に力を入れることになる.すると毛様体筋が収縮して,ピント位置をさらに近くに引き寄せてしまい,ますます遠くは見づらくなる.結果として,遠くの視力はさらに低下する.これを繰り返すことによって,眼精図1明視できる範囲遠点が無限遠に位置するように矯正したとき,調節安静位は約1mの位置にある.それよりも遠方に向かう調節は「負の調節」,近方に向かう調節は「正の調節」とよばれる.疲労は改善するどころか,さらに増強する結果になる.このように遠くをよく見なければならない人では“No”である.これは調節機能を考えると容易に判断できる.毛様体筋は無限遠を見ているときでも完全に弛緩している状態にはなく,つねに緊張した状態にある.そして,私たちがどこを見るともなくぼーっと見ているときには,調節安静位(あるいは生理的緊張状態)といって,正視眼で1mくらいの位置にピントが合っている状態にある.この調節安静位から近方にピント合わせをする動きは正の調節(調節),反対に調節安静位から遠くへピント合わせをする動きは負の調節とよばれている(図1).毛様体筋はピント位置が調節安静位から離れるほど疲れやすくなる.一般的には1mくらいの距離に調節安静位が位置するような矯正が適切で,この状態は完全矯正の状態である.しかし,1日の大半を75cmくらいに位置するディスプレイ画面を長時間見ているVDT(visualdisplayterminal)作業者では,調節安静位でディスプレイ画面にピントが合うような少し弱めの度数の矯正を行えば,疲れは少なくなる.反対に,100m先をずっと注視しなければならない機関士では,少し強めのほうが疲れないことになる.しかし,これは作業中に限ってのことであり,勤務から解放されたら,生活環境にあわせた度数の眼鏡に掛け替えるのが望ましい.(55)あたらしい眼科Vol.30,No.9,201312550910-1810/13/\100/頁/JCOPY いきなり乱視を矯正すると眼が疲れるというのは本当ですか?講師梶田雅義梶田眼科ある人では“Yes”,ある人では“No”である.眼の疲れはピント合わせを行う毛様体筋が関与することが多い.毛様体筋は近くを見るときに収縮し,収縮している時間が長くなると疲れを生じる.乱視には正乱視と不正乱視があるが,ここでは正乱視について説明する.乱視では光は焦点ではなく,焦線として収束する.直交する2経線方向で焦線位置は異なり,レンズに近いほうを前焦線,レンズから遠いほうを後焦線とよぶ(図2).前焦線と後焦線の間には2経線方向のぼけが均等になる位置(最小錯乱円)が存在する.生体は光を網膜で捕らえるが,映像を認識しているのは大脳である.網膜面では多少ぼけ像であっても,大脳で処理された結果,クリアな像として認識されていることが多い.近視性の直乱視眼の網膜には前焦線位置の結像は縦方向が鮮明で,横方向がぼけて投影される.反対に後焦線位置の結像は横方向が鮮明で,縦方向がぼけて投影される.そして,その中間にある最小錯乱円位置の結像は縦方向と横方向が均等にぼけて投影される(図3).前焦線と後焦線の間にある網膜像を大脳が処理して,生活に支障のないクリアな像として認識されれば,前焦線から後図2乱視の結像レンズに近いほうが前焦線,遠いほうが後焦線,均等にぼける位置が最小錯乱円である.後焦線最小錯乱円前焦線縦線横線図3近視性直乱視が作る網膜像眼に近いほうが前焦線位置,遠いほうが後焦線位置,中間に最小錯乱円位置がある.焦線の間は調節を行わないでピントが合う範囲ということになる.これを乱視による偽調節とよぶ.調節努力を行わなくても済むので,毛様体筋に疲労を生じない.このような乱視眼が後焦線位置が焦点になるように矯正されると,乱視を矯正していなかったときに比べて,後焦線位置の網膜像は鮮明になるが,そのままでは前焦線位置の網膜像はぼけるために,ピント合わせをしなければならない.乱視未矯正のときにほとんどピント合わせをしないで生活できていたのが,いきなりピント合わせをしなければならなくなり,ほとんど使っていなかった毛様体筋をむりに働かせて疲れが生じる.一方,前焦線から後焦線の間にある網膜像を大脳が処理して,生活に支障が生じる不快なぼけ像として認識されると,大脳はピントを合わせるために毛様体筋を収縮させてみたり弛緩させてみたりと試行錯誤を繰り返す.しかし,乱視によるぼけ像は水晶体の屈折力を変えても解消はできないので,毛様体筋には疲労が蓄積してしまう.このような乱視眼では後焦線位置にピントが合うように矯正を行うことによって,後焦線位置の網膜像は鮮明になる.もちろん,前焦線位置の網膜像はぼけるが,調節を行い水晶体が屈折力を変えることで,前焦線位置にもピントを合わせることができる.乱視を矯正していなかったときに無駄な努力をして疲れていた毛様体筋は合目的な運動ができるようになり,疲労は解消する.1256あたらしい眼科Vol.30,No.9,2013(00)

写真:水痘帯状疱疹ウイルス(VZV)による虹彩毛様体炎

2013年9月30日 月曜日

写真セミナー監修/島﨑潤横井則彦352.水痘帯状疱疹ウイルス(VZV)による戸所大輔群馬大学大学院医学系研究科虹彩毛様体炎病態循環再生学講座眼科学分野①②③図2図1のシェーマ①:瞳孔にノッチ状の不整がみられる.②:著明な角膜後面沈着物.③:毛様充血.図1水痘帯状疱疹ウイルス(VZV)による虹彩毛様体炎(72歳,男性)皮疹を伴わず,片眼性の充血と眼痛で発症したVZVによる虹彩毛様体炎.強い炎症,高眼圧,瞳孔の不整を認め,zostersineherpeteを強く疑った.写真はミドリンPR点眼後.図3角膜後面沈着物(図1と同一症例)角膜後面に多数の沈着物を認める.角膜上皮には偽樹枝状病変を認めない.図4分節状虹彩萎縮(図1の症例の2カ月後)消炎後,虹彩色素脱失を伴う分節状の虹彩萎縮を残した.角膜内皮細胞密度の減少はみられなかった.(53)あたらしい眼科Vol.30,No.9,201312530910-1810/13/\100/頁/JCOPY 水痘帯状疱疹ウイルス(varicella-zostervirus:VZV)はヘルペス属ウイルスの一つで,初感染時に水痘(varicella)を起こし再活性化により帯状疱疹(herpeszoster)を起こす.眼部帯状疱疹に伴って片眼性の肉芽腫性虹彩毛様体炎や偽樹枝状角膜炎を発症することがあるため,皮膚科からの紹介で眼科を受診するのが日常診療において最もよくあるパターンであると思われる.典型的な皮疹を伴う場合は,診断も容易であるし抗ウイルス薬の全身投与もすでになされていることが多いため,眼局所に対する点眼治療のみで改善することが多い.しかし,帯状疱疹の皮疹の程度はさまざまであり,皮疹が軽微であったり皮疹を伴わない場合,皮膚科を経由せず眼科を受診する.このような場合は,眼所見の特徴からVZVの関与を疑う必要がある.VZVによる虹彩毛様体炎では角膜後面沈着物を伴う強い炎症所見(図1,3),高眼圧,角膜知覚の著明な低下,分節状の虹彩萎縮を伴いやすいという特徴がある.VZV以外に単純ヘルペスウイルス(herpessimplexvirus:HSV)やサイトメガロウイルス(cytomegalovirus:CMV)も虹彩毛様体炎を起こすが,VZVによるものは最も炎症所見が強い.CMVでは角膜内皮細胞密度の低下が著明で,分節状虹彩萎縮はまれである.片眼性の肉芽腫性虹彩毛様体炎をみた場合,皮疹の有無,瞳孔不整の有無,角膜内皮細胞密度,角膜知覚に着目すべきである.今回の症例では高眼圧を伴う片眼の肉芽腫性虹彩毛様体炎があり,ステロイド薬点眼に反応しないため近医より紹介された.初診時,皮疹を伴わなかったが,瞳孔にノッチ状の不整がみられた(図1)ため,VZVによる虹彩毛様体炎を強く疑った.診断確定のために前房水を採取しヘルペス属ウイルスに対するPCR(polymerasechainreaction)検査を行ったところVZVDNAが陽性であり,VZVによる虹彩毛様体炎と診断した.バラシクロビル1,500mg内服を行い,約3週間で消炎および眼圧下降が得られた.初診時にみられた瞳孔のノッチに一致した部位に脱色素を伴う分節状の虹彩萎縮を残し,治癒した(図4).本症例では,VZVによる虹彩毛様体炎を認めるものの典型的皮疹がなく,いわゆるzostersineherpete(無疱疹性帯状疱疹)とよばれる病態であった1,2).バラシクロビル内服が有効だが,一般に抗ウイルス薬には抗菌薬のような即効性がないため,効果の発現には1.2週間を要することに注意したい.文献1)YamamotoS,TadaR,ShimomuraYetal:Detectingvaricella-zostervirusDNAiniridocyclitisusingpolymerasechainreaction:acaseofzostersineherpete.ArchOphthalmol113:1358-1359,19952)NakamuraM,TanabeM,YamadaYetal:Zostersineherpetewithbilateralocularinvolvement.AmJOphthalmol129:809-810,20001254あたらしい眼科Vol.30,No.9,2013(00)

時の人

2013年9月30日 月曜日

人人の時新潟大学大学院医歯学総合研究科視覚病態学分野(眼科学)・教授ふくちたけお福地健郎先生新潟大学眼科は明治43(1910)年に新潟大学眼科医学専門学校が創立され,眼科学講座の設置が定められた時をもってその嚆矢とする.2010年には新潟大学医学部とともに眼科も100周年を迎えた.新潟大学眼科は代々,緑内障をメインテーマとし,その歴史は第二代熊谷直樹教授まで遡る.そして,第四代岩田和雄教授,第五代阿部春樹教授(いずれも現・名誉教授)の後任として2012年11月,福地健郎先生が第六代教授に就任された.同眼科は現在,緑内障,網膜・硝子体,角膜・ぶどう膜・感染症,神経眼科・小児眼科(斜視・弱視),腫瘍・形成,ロービジョンの専門外来を持ち,地方の眼科医療にとっての重要な拠点として,専門である緑内障以外の領域に関しても,一線の眼科医療レベルを維持,確保することが一つの使命となっている.今回の教授就任に伴い教室のスタッフも一新され,「それぞれが責任ある立場でレベルアップをし,よりよい眼科医療を提供できるようになってくれること」を先生は期待しておられる.*福地先生は昭和35(1960)年新潟市に生まれ,お父上のご実家が静岡県熱海市にあった関係から,小学校3年から約10年間は太平洋側で過ごされた.静岡県立沼津東高等学校を経て,昭和60(1985)年に新潟大学を卒業し眼科に入局,岩田和雄教授の下で研修を開始,さらに澤口昭一先生(現・琉球大学教授)の指導の下,緑内障の基礎研究に従事されることになった.岩田教授の当時の研究テーマは「緑内障における視神経障害のメカニズムの解明」で,視神経乳頭の組織学的,組織化学的研究が福地先生の緑内障研究のスタートになった.その後,シカゴ・イリノイ大学に留学され,BeatriceYue教授の指導を受け生化学,分子生物学的研究の経験を積まれた.留学から復帰後(阿部教授に代替わり),特に澤口先生が転出されて以降は,緑内障臨床チームの外来・病棟診療に当たってこられた.緑内障専門医としてのキャリアは主に基礎研究から始められたが,岩田教授の緑内障研究のためには臨床のトレーニングも必要との方針から,大学院時代から緑内障外来を担当された.そして次第に,手術や薬物などの治療研究,視野の長期経過などの臨床観察研究へと,結果的に緑内障に関する広い分野に研究対象を増やすことになり,最近の研究成果では,緑内障眼の視野障害進行速度と眼圧との関係を検討し,眼圧値そのものだけでなく眼圧変動も進行速度に関わることを示された.また,視野とQOL(qualityoflife)の相関を検討し,視野の領域によってQOLへの影響が異なることを示し,視野のパターンからみたテーラーメード治療の必要性について示された.福地先生は「これらの研究のすべての根本は,緑内障患者の視機能予後を改善すること,特に生涯のQOLという観点から考えた場合にどのように管理しどのように治療すべきか,とういう命題である.そのために,病態の分析・理解と,薬物および手術による治療の双方のレベルアップを目指しこれからも緑内障の研究と実践を続けていきたい.」と抱負を述べられ,さらにまた,「岩田教授,阿部教授と引き継がれてきた新潟大学眼科緑内障の伝統を背負うのは大きなプレッシャーですが,私たちは,決して“守る”のではなく,若く能力のある(ただ,まだまだ潜在している)後輩たちとともに新しい伝統を“作る”ために前進あるのみ」との思いを披瀝された.*最後に趣味はクラシック音楽・絵の鑑賞,読書を挙げられた.特にクラシック音楽はお父上の影響もあり,昔からよく聴いており,最近は(その販売の仕方がクラシック音楽業界の衰退の要因になることを危惧されつつ)セット物,ボックス物として廉価で販売されている昔のCDをよく購入(輸入盤で通販)されているとのこと.(51)あたらしい眼科Vol.30,No.9,201312510910-1810/13/\100/頁/JCOPY

医療におけるデジタルデータの取り扱い原則

2013年9月30日 月曜日

特集●デジタル眼科あたらしい眼科30(9):1243.1249,2013特集●デジタル眼科あたらしい眼科30(9):1243.1249,2013医療におけるデジタルデータの取り扱い原則ManagingofDigitalDatainMedicalSystems永田啓*はじめに医療の進歩とともに,人間の生体から情報を得るさまざまな検査が発明され,それを人の手で直接行う方法から,医療機器により行う方法へと進歩した.情報は数値・グラフ・画像・動画といった形で発生し,表示され,記録される.記録は,手書きから,医療機器によるアナログ出力や画面を撮影した写真(フィルムやポラロイド)といった形で処理されていたが,コンピュータテクノロジーの発達とともに,次第にデジタル化されるようになった.2013年現在では,大部分の機器の出力はデジタル化を経たデータとなっている.情報のデジタル化は飛躍的に情報の扱い方を進歩させたが,デジタル化されたデータには,それまでのアナログデータとは違った問題点も生じている.本稿では,そうしたデジタルデータの取り扱いに関して考えてみたい.IIT化=デジタル化IT(InformationTechnology)化・ICT(InformationandCommunicationTechnology)化はここ40年で画期的に進み,誰もがあたりまえにコンピュータ機器やネットワークを使う時代となっている.コンピュータ・スマートフォン・タブレットといったさまざまなコンピュータデバイスが日常に入り込み,ごく普通に使われている.テレビをはじめ音響機器からカメラ・ビデオといった映像機器・そして日常に使用する家電まで,あらゆるものがコンピュータ制御となった.ネットワークも一部の科学者や研究者が使っていた時代から,パソコン通信などにより個人が使用できるようになり,今やインターネットはいつでもどこでも誰でも使える環境として世界をつないでいる.あまりにあたりまえになっているので,デジタルということを意識することは少ないが,改めて情報のデジタル化について考えてみよう.図1のようにアナログデータを扱うためには,紙・写真・音・動画といったそれぞれの情報形態ごとに別々に作成するための道具・保存するための道具・見るための道具が必要となる.また,保存するためのスペースと搬送に関わる方法(運輸)が必要である.しかし,データがデジタル化することで,図2のようにすべての情報形態がコンピュータのデータファイルとして,コンピュータとネットワークにより,同じ方法で扱うことができるようになった.IT化というのは,まさに情報のデジタル化ということに他ならない.デジタル化することで,文字であろうが写真であろうが音声であろうが動画であろうが,コンピュータという共通の道具で作成・保存・利用が可能となり,ネットワークという形で搬送が物量や運送時間といったものから解放され,飛躍的に情報流通が発展することとなった.さらにアナログでは,紙は劣化するし,フィルムや焼き付けた写真も劣化してゆく.過去のデータは劣化するため,そのデータが発生したときの新鮮さは失われ,情*SatoruNagata:滋賀医科大学医療情報部〔別刷請求先〕永田啓:〒520-2192大津市瀬田月輪町滋賀医科大学医療情報部0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(43)1243 作成保存作成保存報が欠落してゆく.レコードはすり減って音が悪くなるし,ビデオテープで撮影した手術ビデオは経年変化で劣化する.リバーサルフィルムで撮影した眼底写真は色あせてしまう.また,アナログでは複製したものは,元のものよりは情報が欠落し,同じものは完全には複製できない.しかし,コンピュータが普及し,さまざまな情報がデジタル化され,情報をまったく同じ状態で複製することが可能となった.デジタルデータは劣化せず,データが発生したときのままの状態で保存が可能となった.こうした情報の劣化がない状態では,情報はそのままの形で永久に保存可能で,使用も可能であると思われていた.IIデジタルデータの取り扱いにおける注意点データのデジタル化によるメリットはこのように明らかであるが,データがデジタル化したことによる問題はまったくないのだろうか.デジタルデータは劣化しないことから保存期間は飛躍的に向上したのだろうか.1244あたらしい眼科Vol.30,No.9,2013作成保存図2デジタル情報の扱い図1と比較して,デジタル情報はコンピュータとネットワークという共通のしくみで,文章も図も写真も動画も同じコンピュータファイルとして扱うことができる.1.メディアの変遷医療の現場では,大型コンピュータの時代から新しい技術としてコンピュータが導入されはじめたが,1970年代後半にパーソナルコンピュータが発明されたころから,積極的な利用が本格化した.当時のコンピュータは医療機器の制御を行ったり,データを処理したりといった組み込み型で使われることが多く,デジタルデータは磁気テープに記録されるのが普通であった.大型コンピュータやワークステーションではオープンリールのテープが使われ,パーソナルコンピュータではカセットテープが使われた.それ以来,データを記録しておくメディアは図3のように,フロッピーディスク・CD・MO・DVD・ハードディスクなどディスクメディアやメモリーカード・SSD(SolidStateDrive)といったスタティックメディアなど,さまざまなものが発明され,使われ,そして消えていった.そのなかで比較的長い寿命を保っていたのは,フロッピーディスク・CD・SDカード類であるが,フロッピ(44)図1アナログ情報の扱いアナログ情報だと文章・図・写真・動画といったメディアごとにそれぞれ作るための道具,保存するための道具,見るための道具が必要となる.また,保存にはスペースが必要だし,運ぶためにもトラックなど搬送手段が必要となる. 図3さまざまな外部記憶メディア過去さまざまな外部記憶メディアが生まれ消えていった.生き残っているものはそう多くない.ーディスクも生産がほぼ終了し,CDをはじめとするディスクメディアを扱うドライブも,最新のコンピュータには標準で搭載されなくなった.メディアが変遷するということは,過去のデジタルデータを保存したメディアが「読めなく」なるとういうことである.2.OSの変遷・CPUの変遷・アプリケーションの変遷コンピュータは図4のようにハードウェアとOS(OperatingSystem)そしてその上で動くアプリケーションによって構成される.メディア以外にも,コンピュータのOS・CPU(中央演算装置)・アプリケーションの変化も問題となる.ハードウェアファームウェアOSアプリケーションソフトウェア図4コンピュータの基本的構成ハードウェアの上に,基本的な機能をもつファームウェアとOSがあり,ユーザーはOSとその上のアプリケーションを使用する.パーソナルコンピュータが私たちの手に入るようになった1970年代後半では,コンピュータのハードウェアは非力で,当時はまだ日本語をパーソナルコンピュータで自由に扱える状況ではなかった.パソコンのOSも非力で,グラフィック性能もきわめて低い状態であった.(45)あたらしい眼科Vol.30,No.9,20131245 図5WindowsRの変化パーソナルコンピュータのOSであるWindowsRもこれだけ変化している.変化するたびに,操作性やデータの互換性などが変化してしまう.当時のデジタルデータは,現在ではそのままでは読めないものが多い.その後,日本語を扱えるOSの登場や,ディスプレイのカラー化・高解像度化などが起こり,パーソナルコンピュータは現在の形に近づいてきた.たとえば,パソコンOSのWindowsRは図5のようにWindowsR1.0から現在のWindowsR8に至るまで,何度もバージョンアップを繰り返してきた.WindowsRは比較的,以前のOSとの互換性をもつほうではあるが,それでも,OSの変化に伴い,過去のデータが読めなくなったり,過去のアプリケーションが動かないといった事態はよく発生する.OSはCPUなどコンピュータのハードウェアに依存するため,ハードウェアが進化することで,それに対応して変化せざるをえない.最新のコンピュータでは,以前のOSは動かせないといった事態が生じるのはこのためである.アプリケーションはOSに依存するので,OSの変化によりアプリケーションもバージョンアップが必要となる.OSやアプリケーションの変化で,過去のデータがうまく扱えなくなる状況も生じている.昔,学会で行った講演のプレゼンテーションファイルを現在のコンピュータでひさしぶりに開こうとすると,アプリケーションが昔のファイル形式をサポートしておらず,データがあるにもかかわらず,そのファイルの中身が見られないといったことも起こっている.3.メディアやコンピュータの変遷にどう対応するか?メディアの変遷は今後も起こるので,本当に残していかなければならないデータは,メディアの変化に応じ1246あたらしい眼科Vol.30,No.9,2013(46) て,新しいメディアにコピーしなおして,「読める」状態を確保する必要がある.特に貴重な医療データを残す場合には,こうしたメディアの変遷に対して常に注意を払って対処しておく必要がある.また,OSやアプリケーションの変化に対応するためには,ファイル形式をできるだけ標準的なものにしておくか,OSやアプリケーションのバージョンアップに合わせてこまめにファイル形式を最新のものに変更しておくといった工夫が必要である.最近は仮想(バーチャル)環境をコンピュータ上に構築して古いOSをそのバーチャル環境で動かすことも可能になっているが,古いOSはサポートが打ち切られているため,OS自体の不具合やコンピュータウイルスへの対処ができない,といった問題が生じるため,専門家による管理が必要となる.現在,ファイル形式としてOSやメディアの変化に比較的耐えてきたものは,単純なテキストファイル,画像であればJPEG(JointPhotographicExpressGroup),文章やレイアウトであればPDF(PortableDocumentFormat)といったものである.医療情報においては,標準化が次第に行われているが,標準化にあたってのデジタルデータ形式は,できるだけ継続性を保つために,XML(ExtensibleMarkupLanguage)やHTML(HyperTextMarkupLanguage)5など,中身はテキストファイルで構成されたデータ形式がよく使われる.画像データは放射線画像からはじまったDICOM(DigitalImagingandCommunicationinMedicine)などを使用する方向にあるが,多くの医療現場ではデファクトスタンダードとなったJPEG形式の画像がたくさん使われている.DICOMは最初,可逆圧縮を行う画像フォーマットであったが,最近では中身の画像はJPEGなどのフォーマットでも可能で,画像に撮影日や患者情報といったデータを付加したファイル形式となっている.4.眼科領域の標準化眼科領域での医療情報の標準化も次第に進んでおり,眼科機器からの情報出力における標準化を,日本眼科医療機器協会が日本眼科学会・日本IHE(IntegratingtheHealthcareEnterprise)協会と協力して順次整備してい(47)る.眼科機器からの出力データの共通化は,レフ・ケラトメータ・眼圧計からはじまり,眼底画像出力標準化など,順次眼科機器からの出力の標準化が進められている.IIIカルテとデジタルデータ医療現場で患者から発生するあらゆるデータはカルテに統合されてきた.カルテは紙に記載され,紙カルテをベースとした情報集約が起こり,紙ベースの医療情報システムが作られた.カルテは単純なノートから,さまざまなフォーマットの用紙が考案され,熱計表・検査結果を貼り付ける分類用紙・クリニカルパス用紙・ICU(IntensiveCareUnit,集中治療室)などで使われる詳細な変化や指示を一覧できる用紙など,さまざまな工夫を積み重ね,効率的で一覧性も高いものへと進化した.さまざまな指示を行うための伝票システムも複写伝票などの工夫で,医療現場を効率的にかつ安全に運営するためのノウハウがつまったものとなった.紙カルテの歴史は古く,それに伴って紙カルテに適応される法律も起源は古い.現在でも紙カルテに関しては保存必要年限が5年と定められているのはご存じだろう.1.医療情報システムの導入と変化医療現場に診療・検査機器以外にコンピュータシステムが導入されたのは,図6のように最初はレセプト作成のためであった.そのあと,さまざまな紙伝票とその結果を閲覧するための紙を電子化したオーダリングシステムが導入され,診察室や病棟ステーションといったところにコンピュータが導入された.オーダリングシステムはレセプトシステムと連携して,レセプト作業を軽減したが,逆に医師や看護師への事務負担が増加するといった事態も招くこととなった.オーダリングシステムにおいては,デジタルデータを扱うが,最終結果はプリントアウトされ,紙カルテに綴じ込まれるか張り付けられ,それがカルテとなった.オーダリングシステムはあくまでツールであり,それ自体はカルテではなかった.このため,オーダリングシステムが故障しても,医療あたらしい眼科Vol.30,No.9,20131247 図6大規模汎用型医療情報システムの進歩日本の大規模汎用型医療情報システムは,レセプトからはじまり,オーダリングシステム,電子カルテへと進化した.ICUのシステムのようにME機器とより結びついたシステムへと今後進化してゆく.現場では不便になりはせよ,診療が止まるということはなかった.あくまで紙カルテがカルテの原本であり,それが確保されている限り,どのようなツールを使っても,そのツールがカルテに関する法的制限を受けることはなかった.紙カルテとオーダリングの組み合わせは医療現場に効率性と便利さを実現したため,カルテ記載もコンピュータで行えば,より便利になるという考えが当然起こってくる.こうしてオーダリングシステムをベースに,電子カルテシステムが開発された.電子カルテシステムは,デジタルデータを原本とするため,院内のどこからでもカルテを閲覧・記載でき,院内における情報共有など多くのメリットをもたらしたが,原本をデジタルデータとするため,システムが止まると診療ができない状況になってしまうことが問題となっている.2.紙カルテと電子カルテ紙カルテは前述のように長い歴史をもっており,カルテに関する法律も紙カルテを前提として作られてきた.そして,カルテを運用していくうえでの取り決めや許可も,長い歴史のなかで積み重ねられてきた.厚生労働省は,カルテに関して正確な記載を求め,さまざまな規制を行おうとしたが,過去にすでに許可した事項に関して,新たな規制を加えることは長年の積み重ねがあるためむずかしい状況であった.1999年までは国は電子カルテを認めていなかったが,1248あたらしい眼科Vol.30,No.9,2013自己責任真正性見読性保存性from著しく1999自由度が下がるオーダリングではできたのに…図7電子カルテの法的な問題それぞれの医療機関が自己責任で真正性・見読性・保存性を保証する必要がある.オーダリングは法的拘束を受けないが,電子カルテは受ける.「法令に保存義務が規定されている診療録及び診療諸記録の電子媒体による保存に関するガイドライン」として,電子カルテを「容認する」立場となった1).ガイドラインで定められたのは,図7に示すように,個々の病院の自己責任のもと,真正性・見読性・保存性を確保したうえで電子カルテをカルテ原本として認めるという内容である.また,そのとき以来,電子カルテは紙カルテとは違う新しいものである,という扱いを行ってきた2).真正性とは誰が記載したかを保証するものであり,見読性とはいつでもカルテ使用者が容易に肉眼で読める状態を保証することである.保存性とは真正性を保ち見読可能な状態で改変されない状態で保存することを保証することである.現在,電子カルテの保存期間に関する明確な取り決めはないが,紙カルテのように5年で破棄することは認められておらず,このため,現状では電子カルテは永久保存となっている.厚生労働省は紙カルテでは実現できなかった,きっちりとしたカルテ運用・内容管理を行いたいと考えており,それに従って,電子カルテに関して,紙カルテとは違う取り決めを行いはじめている.また,法律は紙カルテを前提として作られているため,法曹界では電子カルテの扱いに関して,当分の間は電子データそのものではなく,プリントアウトした電子カルテの内容をもって裁判を行うとしている.オーダリングを中心とした医療情報システムは,医師や看護師が中心に使うオーダリングシステムと検査・薬剤・放射線・手術・材料・内視鏡・ICUなどのサブシ(48) 見かけは同じでも,中身は違う訴え訴え診断治療思考過程電子カルテ治療診断現在のシステムは,医療行為の一部を担うオーダーと結果参照がメイン思考過程カルテ上に展開電子カルテは,医療・看護行為のすべてが,思考過程を含めて,含まれる図8オーダリングシステムと電子カルテシステムの違いオーダリングでは紙カルテが原本なので,システムが止まっても診療は可能であるが,電子カルテだと原本が電子データなので,システムが止まると診療ができなくなる.ステムが連携して構成されている.当然,電子カルテを中心とした医療情報システムも,医師や看護師が中心に使う電子カルテシステムと検査・薬剤・放射線・手術・材料・内視鏡・ICUなどのサブシステムが連携して構成される.図8に示すように,紙カルテを原本とするオーダリングシステムと電子データを原本とする電子カルテシステムは,見かけは同じでも意味合いがまったく違うことを意識しておく必要がある.多くの病院では,サブシステムを含む医療情報システム全体を電子カルテと定義している.その場合,検査・薬剤といったサブシステムに対しても真正性・見読性・保存性を保証する必要が出てくる.検査システムを例にとると,従来のオーダリングシステムでは,検査結果をプリントアウトしたあとは,そのプリントアウトが原本であり,紙カルテに貼り付けられるので,その後はデータを何年か後に消してもまったく問題はなかった.しかし,電子カルテシステムとした場合には,検査システムのなかのデータが原本であり,それを現状では永久保存しなければならないことになる.このため,病院で電子カルテシステムを導入する場合には,どのデジタルデータが電子カルテとしての原本保証を行うものであり,それがどのシステム上にあるものであるかを厳密に規定しておく必要がある.そうでなければ,サブシステムを入れ替えたり,そのサブシステム(49)のもつデータを部門の考えで消去できなくなる可能性があり注意が必要である.3.電子カルテと眼科システム眼科システムにおいても,どのデータを電子カルテの原本として扱うかを考えておく必要がある.たとえば,眼底写真をすべて電子カルテの原本と考えると,瞬目やピント不良など撮影に失敗したデータもすべて残す必要が出てくる.紙カルテのときに,リバーサルフィルムで撮影した眼底写真は,カルテの原本としてすべて残されているだろうか.診療根拠・治療根拠としてのカルテ原本保証といった概念が次第に強くなる現状で,こうしたことを意識しておく必要がある.紙カルテと電子カルテは違うものであることを,自覚してほしい.また,電子カルテの要件を厳密に保証するためには,それに対応したデータベース設定やシステム設計が必要であるが,それを実現しているのは,複数診療科が使用する大規模な電子カルテシステムが大部分である.サブシステムや小規模システムにはこの要件は荷が重い.眼科システムでは,それ自体が電子カルテとして原本保証を行うのではなく,必要なデータやカルテ記載を電子カルテシステムに送り,送ったデジタルデータを原本とする形をとる方法が良いと考える.それにより,眼科システムでは厳密な原本保証を行わずに自由度を上げるとともに,眼科としてのカルテの原本保証を実現することが可能となる.おわりに一人の人間から発生するデータは,日々増加し,指数関数的に増加する.今後もこの傾向は変わらない.デジタル眼科として,デジタルデータをどのように扱うか,また,電子カルテと原本保証をどのようにするかを,きっちりと考えることが重要である.文献1)医療情報システムの安全管理に関するガイドライン.http://www.mhlw.go.jp/shingi/2010/02/dl/s0202-4a.pdf2)e-文書法と厚生労働省の所管する法令に基づく書面に関して.http://www.mhlw.go.jp/topics/2005/03/tp0328-1a.htmlあたらしい眼科Vol.30,No.9,20131249

文献検索:“Papers”を用いた文献管理と論文執筆への応用

2013年9月30日 月曜日

特集●デジタル眼科あたらしい眼科30(9):1239.1242,2013特集●デジタル眼科あたらしい眼科30(9):1239.1242,2013文献検索:“Papers”を用いた文献管理と論文執筆への応用ManagingBibliographywith‘Papers’Application吉村武*はじめに過去の文献の検索は,Medlineで雑誌・年代・ページ数を検索し,図書館へ行き冊子をめくり,コピーをしてくるというやり方が一般的であった.現在はPubmed(www.pubmed.gov)でキーワード検索を行い,フルテキストのPDF(PortableDocumentFormat)ファイルをダウンロードできるようになった.所属の大学や施設の図書館で契約している雑誌がある場合,フルテキストは大学のネットワーク経由で取り込むことができるが,出版から一定期間経過した論文は無料で配布されていることも多い.また,公共科学図書館(PublicLibraryofScience:PLOS)のように,オープンアクセス(無料)の論文も増えてきている.本稿では,筆者が現在行っている文献検索の方法・論文執筆時の参考文献の挿入などについて概説する.I論文の重要度による文献検索Pubmedでは年代順に検索することがほとんどであるが,重要度が高い,つまり引用回数の多い順番で検索することも有用である.GoogleScholar(www.scholar.google.com)を利用すると,「引用の順番」に論文を並べることができる.図1aに示すとおり,Pubmedを経由せずPDFをダウンロードすることも可能である.図1aの“cytedby**”をクリックし,引用件数を用いる「孫引き」をしていくことで,現在の自分のテーマのなかで重要とされる文献(価値がある文献)が明らかとなってくることが多い.II文献管理に関する考え方の変遷以上のようにして論文をPDF媒体として集められるようになり,フォルダにまとめて管理するようになった.「研究テーマ別」・「著者」・「年代」などの階層ファイルを作れるかもしれない.しかし,いざ使う場合にどこのフォルダにしまったのかわからなくなり,印刷して付箋を付けてリングファイルで管理したほうが良いかもという事態になってしまう.これを音楽に置き換えてみたい.昔は曲一つひとつをCDからMD(さらに昔はカセットテープ)に録音し,ケースに曲名などを綴り持ち出していた.いまでは,コンピュータ上でiTunes(Apple社)というアプリケーションを使い,CDやインターネット経由で購入する音楽ファイルはmp3の形式でハードディスク上に保存,聴きたい曲をクリックすると再生し音楽を聴くことが主流となっている(曲ごとの情報はインターネット経由で取得される).集めた音楽ライブラリーは,iPodに入れてかなり多くの曲を外に持ち出せる.iPhoneはiPodと携帯電話が融合した器械であり,世界中で大きなシェアを得ている.このような技術革新で音楽の聴き方は短期間で根本から変革した.また,最近は音楽ライブラリーそのものをクラウド注1上に保存し,iPhoneの3g電話回線経由でも聴きたい曲を再生できるようになった.*TakeruYoshimura:九州大学大学院医学研究院眼科学分野〔別刷請求先〕吉村武:〒812-8582福岡市東区馬出3-1-1九州大学大学院医学研究院眼科学分野0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(39)1239 a.b.‘引用回数’の順番図1GoogleScholarの外観(説明は本文参照)文献管理も,ちょうど「曲」を「文献」に置き換えて考えられるような状況になっている.III文献管理ソフトPapersの紹介膨大なPDFを管理する場合,活躍するのが「Papers」というアプリケーションである(www.papersapp.com).1995年にオランダのアムステルダム大学の同級生として出会ったAlexanderGriekspoor氏とTomGroothuis氏は,2000年からオランダがん研究所(NetherlandsCancerInstitute:NCI)で大学院生活を始めた.研究の傍ら,検索で増え続けるPDFをなんとかできないものかと2人はソフトウェアの開発をはじめた.「Mek&Tosj」名義で作り上げたPapersという無料アプリケーションは瞬く間に研究者たちの間で話題となり,2004年の米国Apple社からの受賞をはじめ多方面から高評価を受けた.2006年の学位取得後にAlexander氏1240あたらしい眼科Vol.30,No.9,2013が英国のケンブリッジ大学で研究生活を続ける一方,Tom氏は「Mekentosj」法人を設立しさらにPapersを発展させた.2010年には米国Apple社のiOS部門に組み込まれ,iPhoneやiPad向けのソフトウェアも開発されることとなり,2012年にはドイツSpringerScience+BusinessMedia社の一部門となっている.開発時よりMacintoshRのみの対応であったが,昨年よりWindowsROS上での使用も可能となっている.筆者は大学院生時代の2003年頃から同ソフトウェアの使用を始めたが,ソフトウェアの不具合などは‘Papersforum’内でディスカッションされ,個人的な質問にもすぐにメールで答えてくれていた.事業拡大に伴い,最初は無料であったソフトが今は79ドルとなってしまったが,多くの機能も追加され使い勝手の良いソフトである.また,学生の先生方は,自分の顔と学生証を一緒に撮った写真を送ると40%の割引が受けられることも追記しておきたい.(40) d.d.a.c.b.図2Papersの外観(説明は本文参照)IVPapersの使い方図2にあげるように,外観は音楽ソフトであるiTunesと非常に類似したものとなっている.以下に筆者が日常的に行っている方法を簡潔に記述する.①キーワード検索,PDF取得②Papers内へ保存③PDF情報の取得筆者はPubmedもしくはGoogle,GoogleScholar,医学中央雑誌経由でPDFを一旦デスクトップ上に保存したうえで,Papersソフトウェア上にドラッグ&ドロップでコピーして論文情報を取得するやり方をとっている.Papersもソフト内でウェブブラウザによる検索およびPDF取得ができるので,どちらでも便利である.①の段階でのPDFファイル名はまちまちであるが,②で雑誌名・年代・筆頭著者のフォルダに分けられ一つの大きな“Papers”フォルダにまとめられる(デスクトップ上のPDFは削除する).そして,③Papers内で論文を選択し,“Match”(control+command+M)を行う.これによりアブストラクトを含む論文詳細情報が取得され,以後Papers内の検索が可能となる.また,それぞれ論文のURLに再度アクセスするのも容易である.筆者は“Papers”ライブラリフォルダをクラウドサービスのDropbox注2上に保存し,自宅および医局のコンピュータと同期させている.以上のように文献を蓄積したのち,特に筆者が便利と感じる点を以下にあげる.①全文検索(図2a):Papers保存文献のあらゆるテキストから,指定した単語・文節を拾い上げてくれる.論文執筆時に,「英語での言い回し」などを探すときにも便利である.②スマートコレクション(図2b):アブストラクト・本文・著者・年代など,指定した条件を含む文献を自動的にフォルダとして管理できる.③RecentlyRead,RecentImportのタブ:最近読ん(41)あたらしい眼科Vol.30,No.9,20131241 だ(取り込んだ)論文,つまりまだ印象に残っていとRobertMcGrath氏により設立された.る論文を順番に並べてくれる.両者ともPapersと同じように文献の管理,キーワーViPhone,iPadでのPapersの利用ドサーチができるが,一番の違いはアルゴリズムに基づき,「この文献も読んでみませんか」と推薦論文が出て前述のとおりiOS用にもPapersが開発され,WiFiくることである.(無線LAN)経由でPapersライブラリを共有できるよ筆者はまだ使用経験がないが,いずれもシンプルな外うになった.iPhoneはPDFを読むのに適したサイズで観と操作性を特徴としており,今後この分野でシェアをはないが,iPadは解像度が良くなり十分使用に耐える.拡大する可能性がある.しかし,操作性にはまだ改良の余地があるように思える.おわりにVI参考文献の編集・挿入LPレコードを聴かせてもらったとき,針が降りたあとの間合にどんな格好良い曲が始まるんだろうという期論文執筆の際,参考文献の作成にもPapersは有用で待感があった.ノイズも即興演奏の一部のように聴こえある.Word(またはPages注3)で文章作成中,以下の操たりもした.大事なCDから何度も聴いた音楽は,フレ作を行い文献を挿入する.ーズを現在でも思い出せる.音楽の印象は,周囲の状況①Controlキーをダブルクリックで検索ウィンドウがとともに残るものかもしれない.その一方,過去の音楽立ちあがる(図2c).がアクセスできる範囲に大量にある現在,自分の音楽を②キーワードを入れてPapersライブラリ内に保存し広げるのも容易となった.てある目的の参考文献を検索(図2d).論文も,じっくりと読むにはプリントもしくは雑誌で③文献をダブルクリックした後“insertcitation”を読むほうが印象に残ると思う.従来通り,アンダーライダブルクリックすることで,Word(またはPages)ンを引いたり書き込んだり,また人と議論しながら読んへ挿入される.だ論文は,いまでも印象に残る図や文節も多くある.引用文献を挿入し文章を完成させた後,巻末に参考文本稿のように‘Papers’を用いて文献を管理する現献リストの形で表示するには以下の操作を行う.在,大量の論文から自分の情報を取捨選択する能力がつ①Controlキーをダブルクリック.いていかないことも多くあるが,少なくとも多量の文献②“Selectstyle”で参考文献の形式を選択する.を集め管理し,論文の参考文献リストを作ることができ③“Formatmanuscript”をダブルクリック.るのは有益と感じている.紙面の都合上,詳細なアプリ以上により,簡単に参考文献リストが作成できる.ケーションの操作については別稿にゆずるが,先生方にVII類似のソフトウェアとって便利な文献管理をするきっかけとなれば幸いである.以下に類似のソフトウェアを紹介する.■用語解説■1.Mendeley(http://www.mendeley.com)注1クラウド:コンピュータのデータの格納を,ネット2007年英国ロンドンでLast.fm注4およびワーナーミュージックの元経営陣により設立,多くの研究者を集ワーク経由のサービスとして利用する形態のこと.注2DropBox:www.dropbox.com,オンラインストレージサービス.め開発された.現在Elsevier社に買収されている.注3Pages:Apple社提供の文章作成ソフト.注4Last.fm:2002年イギリスで設立されたオンライン2.ReadCube(http://www.readcube.com)音楽サービス.2007年米国ハーバード大学の学生SinisaHrvatin氏1242あたらしい眼科Vol.30,No.9,2013(42)

手術ビデオ記録・編集

2013年9月30日 月曜日

特集●デジタル眼科あたらしい眼科30(9):1233.1238,2013特集●デジタル眼科あたらしい眼科30(9):1233.1238,2013手術ビデオ記録・編集SurgeryVideoRecordingandEditing平原修一郎*吉田宗徳*小椋祐一郎*はじめに近年のデジタル技術の進歩はめざましく,ハイビジョン画像や3D映像がわれわれに非常に身近な存在となってきている.現在の眼科手術の記録は,顕微鏡にビデオカメラを設置することにより,術者の視点からみた手術映像をDVD(DigitalVersatileDisc)などに記録する方法が一般的と考えらえるが,眼科手術の記録もより高画質な映像での記録が求められつつある.顕微鏡に設置するビデオカメラをハイビジョン対応のものとすることにより高精細な画像を記録することが可能であるが,撮影した画像の信号の伝達,保存などに規格の統一がなく,設定には工夫を要する.一般にこれらの動画処理に用いられる機器は高価であり,さらに眼科手術の3D映像の撮影・録画に関してはいまだ方法は確立されていないため,より安価で容易に撮影できる方法が模索されている.本稿では当院において採用している,可能な限り民生用の機器を用いた3D手術映像の記録方法の提案とともに,ハイビジョン画質の映像の記録,保存,編集方法について述べる.IハイビジョンとはハイビジョンはHighDefinitionTelevision,高精細テレビジョンの略称でHDTVあるいは単にHDと表記されることが多い.このHDとはもともとNHKが高画質のテレビ放送用の規格として考えたものである.すなわち,従来のテレビ画像に対して走査線の数を増やして画面を構成する粒子,いわばピクセル数を増やして精細な画像を表示するということを意味し,一般的にハイビジョンといわれるFullHDはアスペクト比(縦横比)16:9で,1,920×1,080ピクセルの解像度を有する.非常に多くの情報量をもっているので,通常はMPEG(MovingPictureExpertsGroup)2やMPEG4(H.264)形式に圧縮されて利用されていることが多い.IIハイビジョンカメラの選択現在のところは,IkegamiとSONYのカメラが,眼科手術顕微鏡用のハイビジョンカメラとして使用することが可能で,それぞれの特徴を以下に述べる(図1).IkegamiからはMKC300HDRやMKC500HDR(映像信号出力1,080/59.94i)といったフルハイビジョンカメラがあり,Ikegamiのカメラアダプターを使うとオートアイリス,オートフォーカス機能が働き,3D映像を記録する場合,左右がずれて,違和感を覚える可能性がある.そこでZeiss社のカメラアダプターを使用することにより左右カメラのフォーカスや絞りのずれの心配はなくなる.SONYのPMW-10MDR(映像信号出力1,080/59.94i)はカメラアダプターを用いることにより顕微鏡の三眼部や接眼部などにカメラを接続でき,オートアイリス機能のないものを使用し,絞り6mm固定にすることにより硝子体手術においても焦点深度を深くして周辺部までピ*ShuichiroHirahara,MunenoriYoshida&YuichiroOgura:名古屋市立大学大学院医学研究科視覚科学〔別刷請求先〕平原修一郎:〒467-8602名古屋市瑞穂区瑞穂町川澄1名古屋市立大学大学院医学研究科視覚科学0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(33)1233 図1眼科手術用顕微鏡へのハイビジョンカメラの取り付け3D録画に対応するため,左右両方にそれぞれハイビジョンカメラを取り付けてある(矢印).ントが合うようにすることが可能である.また,SONY3DHDVideoCameraMCC-3000MTRを用いれば,最初から2台のカメラを1台のカメラコントロールユニットで操作することが可能である(図2).ビームスプリッターは術者用顕微鏡に設置し,光量は術者:カメラが50:50とする.III手術用顕微鏡と広角眼底観察システムの違いによる相違点硝子体手術のときに最近では広角眼底観察システムが広く使われている.広角眼底観察システムの代表的なものとして,ResightR(Zeiss社)とOFFISSR(TOPCON社)がある.これらを用いると画像に反転が生じるため,さらに画像を反転させるインバーターが用いられる.ResightRとOFFISSRでは,インバーターとビームスプリッターの位置が異なるため,3Dの手術画像を記録する際,注意が必要である.OFFISSRではインバーターがビームスプリッターよりも対物レンズ寄りにあるため,術者が広角観察システムを作動させればカメラ画像も自動で反転するが,ResightRの場合はビームスプリッターが対物レンズとインバーターの間に入るため,画像信号を何らかの方法で反転させる必要があり,3Dの手術画像を作成する場合は,左右の画像信号も反転させる必要がある.当院ではResightRを使用しているため,1234あたらしい眼科Vol.30,No.9,2013ab図2カメラコントロールユニットと左右画像反転装置a:左右画像反転装置(Lucina).b:カメラコントロールユニットSONY3DHDVideoCameraMCC-3000MTR.図2のような,左右の画像を反転させる装置を使用している.IV手術映像記録装置眼科手術映像をハイビジョン録画する方法を以下に述べる.眼科手術映像をハイビジョン撮影する際,カメラ自体はFullHDでの撮影が可能だが,このHD映像を転送するHD-SDI(HighDefinition-SerialDigitalInterface)という規格に沿った入力装置がレコーダー側になく,結局S(Separate)ビデオ(アナログ)の映像入力を用いざるをえず,画質の劣化を招くこととなってしまい,カメラだけをハイビジョンにしてもハイビジョン録画ができないという事態が生じていた.そこで,2Dのハイビジョンを簡便に撮影する方法として,パナソニックのメモリーカードポータブルレコーダーAG-HMR10RとHD-SDIケーブルで接続する方法(34) を,筆者らの施設では以前より使用している.AGHMR10RはAVCHD(AdvancedVideoCodecHighDefinition)という規格を用い,MPEG4(H.264)で記録をする装置である.記録媒体としてはSD(SecureDigital)メモリーカードを用いる.レコーダーからはHDMI(HighDefinitionMultimediaInterface)ケーブルでディスプレイに接続することができる.この方法の良い点はFullHDの画質のまま録画ができるのはもちろんだが,レコーダーが非常にコンパクトであること,記録媒体がSDカードで持ち運びが便利であることである.欠点として,高速に読み書きできる高品質なSDカードはやや高価なこと,撮影時に術式などの情報が記入できないことなどがある.2012年にJVC(ビクター)からHD-SDI入力端子を備えた業務用BD(Blu-rayDisc)レコーダーSR-HD2500Rが発売され,ハイビジョン録画が可能となった.コーデックはMPEG2とMPEG4(H.264)が選択でき,このレコーダーでの編集も可能である.現状ではこの選択もよいかもしれない.現在筆者らは,パソコンを用いた手術記録も行っている.パソコンを用いて動画を記録するメリットとしては,そのまま動画データを編集ソフトで編集することが可能な点で,手術施行日や内容の記入が容易である.BDなどに記録した際は,動画を編集したいときにはパソコンで編集可能なファイルに変換が必要となることなどの手間がかかるうえ,変換に伴うデータの劣化も避けられない.手術動画の記録にも対応したビデオキャプチャーボードはいくつかあるが,3Dの手術動画の録画に対応した,BlackmagicDesign社DeckLinkExtreme3DRを採用した方法を筆者らは以前報告した1).このキャプチャーボードを通して,右と左のFullHD動画を,左右を同期させてそれぞれハードディスク(HDD:Harddiskdrive)に記録することができる.ただし,非圧縮で録画をすると,1分当たり約10GBという膨大なデータ量となるため,そのまま保存することは非現実的であり,何らかの方法で圧縮する必要がある.Microsoft社のWindowsのシステムを使用する場合1),図3MacBookProRを用いた3D録画システムの1例(35)あたらしい眼科Vol.30,No.9,20131235 MotionJPEGのAVI(AudioVideoInterleaving)ファイルで保存することにより,1分当たり約1GBのデータ量となる.これはMPEG2形式の約10倍,MPEG4(H.264)形式の約5倍の大きさである.Apple社のMacintoshを使用する場合(図3)は,QuickTimeProRes4:2:2(HQ)というファイル形式で録画が可能で,1分当たり約1.8GBで録画が可能である.MotionJPEGやProResは,フレーム間の圧縮を行わないので圧縮率は低くなるものの,のちのちMPEG2などへの圧縮・展開が容易で,sidebysideやtopandbottom(水平方向や上下方向に圧縮した左眼用,右眼用画像を1枚のフレームとして記録・送信する方法)への変換も可能であり,編集を容易に行うことができる.BlackmagicDesign社の3Dビデオキャプチャーボードで左右のハイビジョン映像を同時録画するには150MB/sec以上の書き込みスピードが必要であるが,Windowsの場合,OSWindowsR7にCPU(CentralProcessingUnit)としてintelCorei72700KR,メモリに16GB,マザーボードとしてASUSP8Z68Vを組み込んだパソコンにて200MB/secの書き込みが可能で,3D動画録画に対応していることを実践している1).Windowsの場合は,パソコン内にビデオキャプチャーボードを組み込む必要があるが,Macintoshの場合はThunderbolt.という高速の通信ケーブルを用いることによって,市販のMacBookProRと外付けのBlackmagicDesign社のビデオキャプチャーボード(UltraStudio3DR)(図4)に接続し,そこからさらにUSB3.0接続のポータブルHDDにデータを保存することも可能である.当院では現在,このMacintoshのシステムを採用しており,ThunderboltTMを通じて,6TB程度の外付けHDDへデータを保存し,そこからポータブルHDDにデータを移動させて管理している(図5).BDやDVDに録画する場合は,MPEG2などのファイルで1分当たり約0.2GBのデータ量で録画可能で,3D動画として,sidebysideで録画が可能だが,左右のカメラ画像をsidebysideに変換する器械が必要となる.BlackmagicDesign社のビデオキャプチャーボードからはsidebysideの信号が出ているため,3D再生用1236あたらしい眼科Vol.30,No.9,2013図4外付けのビデオキャプチャーボードUltraStudio3DR(BlackmagicDesign社)のモニターにつなげばそのまま3D動画を再生することが可能であり,デジタルビデオコンバーターからiLinkケーブルを介してBlu-rayなどの市販ビデオデッキに記録することもできる.V動画の編集WindowsとMacintoshとでは記録形式が異なるため,編集用ソフトも異なったソフトが必要となる.まず,Windowsの場合は,ファイルの種類はMotionJPEG/59.94iで記録されており,AdobePremierProR(Adobe社)を,ビデオ編集ソフトとして使用できる(図6).MotionJPEG/59.94iの形式のままであれば編集に伴う画像の劣化は起こらないが,MPEG2などへ圧縮後に編集を繰り返していくと,画質の劣化が免れない.最良の画質を得るためには,編集を施した最後に,使用する用途に合わせてMPEG2やMPEG4(H.264)などへ圧縮して書き出すとよいと考えられる.Macintoshの場合は,ファイル形式はQuickTimeProRes4:2:2(HQ)で録画されており,編集ソフトとしてはFinalCutProR(Apple社)をビデオ編集ソフトとして使用可能である.左右の動画をそれぞれ2Dとして使用することはもちろん,左右の画像をそれぞれ横に50%に圧縮して書き出すことでsidebysideの3Dファイルを作成することができる.Linebylineと異な(36) 顕微鏡ビームスプリッターハイビジョンカメラハイビジョンカメラBlackmagicvideocaptureboardカメラコントロールユニット3D対応ハイビジョンモニター内視鏡切り替えスイッチBlu-rayHDDレコーダーハイビジョンモニターMacBookPro外付けHDD内視鏡カメラThunderboltTMHD-SDIHDMIsidebyside信号HD-SDIアナログ接続アナログ接続a顕微鏡ビームスプリッターハイビジョンカメラハイビジョンカメラBlackmagicvideocaptureboardカメラコントロールユニット3D対応ハイビジョンモニター内視鏡切り替えスイッチBlu-rayHDDレコーダーハイビジョンモニターMacBookPro外付けHDD内視鏡カメラThunderboltTMHD-SDIHDMIsidebyside信号HD-SDIアナログ接続アナログ接続a図5当院で採用している3Dハイビジョン撮影の一例a:系統図.ビデオキャプチャーボードからの左右のハイビジョン撮影データは,ThunderboltTMを通してパソコンで管理録画し,HDMI端子からsidebysideの信号が出ているため,3D対応モニター(b)に接続し,手術をリアルタイムに3Dでみることが可能となっている.HD-SDI端子はBlu-rayDisc録画用として内視鏡切り替えスイッチ(c)を通して保存しているが,内視鏡との切り替えスイッチにHDMI出力がないため,アナログ接続となり,やむなく画質が低下してしまうこととなっている.c:内視鏡切り替えスイッチSONYAVSELECTORSB-V55Ab:3D対応ハイビジョンモニターり,sidebysideの場合,水平方向に圧縮された画像となるため,画質は劣化しハーフHDとなるため,厳密にはフルハイビジョンではなくなるが,通常の視聴にはあまり問題のないレベルである.おわりに手術動画を,高画質で撮影して記録することは,手術図6AdobePremierProR編集画像(37)あたらしい眼科Vol.30,No.9,20131237 中のより詳細な情報を記録するという点で意義深い.さらに3Dで手術動画を記録することは,今まで,術者と介助者のみしか見ることのできなかった映像を,多くの人々と共有することが可能であり,教育的にも大いに意義のあることであると考えられる.だが,現在,手術動画の記録方法には確定した方法はなく,今回述べた録画方法は筆者らの施設で考える記録方法の一例である.現状としては,録画後の2D,3D動画のデータ編集を考えると,画質の劣化を起こさないためにも可能な限り高画質で録画をすることが有利で,高容量のHDDへの記録が有効と考える.今後3,840×2,160の4K(ピクセル数がFullHDの4倍),7,680×4,320のスーパーハイビジョン(同16倍)が開発される予定とされているが,より高画質で,なおかつ安価に誰しもが利用することのできる手術動画記録方法が発展することが望まれる.謝辞:本稿執筆において,焼津こがわ眼科の原田隆文先生に数多くのアドバイスをいただきましたことに,深く御礼申し上げます.文献1)平原修一郎,野崎実穂:ハイビジョンの記録媒体とビデオ編集.特集:眼科手術におけるハイビジョンと3D画像の利用.眼科手術25:371-374,20121238あたらしい眼科Vol.30,No.9,2013(38)

眼科日常診療におけるタブレット端末

2013年9月30日 月曜日

特集●デジタル眼科あたらしい眼科30(9):1227.1231,2013特集●デジタル眼科あたらしい眼科30(9):1227.1231,2013眼科日常診療におけるタブレット端末TabletPCforOphthalmologicFollow-upCare丸山耕一*はじめに2008年,iPhone3GRの日本発売を皮切りにパソコンとしての機能を併せ持つスマートフォンが市場を席巻する.2010年に入るとアップル社によるiPadRシリーズとして,9.7inchサイズでタッチパネル形式のいわゆる多機能タブレット端末も登場した.この端末は軽量で持ち歩きが自由なパソコンであり,Wi-Fiもしくは携帯通信網を活用した移動通信システムを介して,さまざまな情報の取得,発信が可能となった.その利用方法は多彩であり,医療業界でも活用できる範囲は広い.そもそも,いつでもどこでも患者情報を呼び出せ,所見の書き込みや保存,オーダリング,画像の取り込みや共有,極短時間で医学知識の再確認などを可能とすることは,医療従事者にとって長年の重要な案件であった.このタブレット端末は,患者情報を即時的にピックアップ,閲覧できるのみならず,一部では医学的検査も可能な医療機器として利便性の高いツールとなってきている.今回は医療分野のなかでも眼科領域に絞って,タブレット端末を中心にその有用性について解説する.タブレット端末には,iOSRを基本ソフトとするiPadRのほか,AndroidRやWindowsR8をもとにした端末も各種存在するが,ここでは筆者が使用しているiPadRシリーズを中心に話を進めていく.I電子カルテとの連動厚生労働省が電子カルテの積極的運用を打ち出して以来,病院や診療所での電子カルテ導入は着実に進んでいる.以前は携帯性に優れたPDA(PersonalDigitalAssistants)端末などにより患者投薬内容や検査内容の確認,承認などが行われていたが,その利用範囲は限られていた.しかし,インターネット環境が整い通信速度や容量が飛躍的に向上した現在では,双方向型のデバイス端末,すなわちiPhoneRやiPadRが電子カルテと連動できるようになった.眼科において,すでに電子カルテのシステム端末の一つとしてiPadRなどのタブレット端末が一部で利用されている(図1).院内無線LAN(LocalAreaNetwork)の範囲であれば,診察室のみならず手術室やベッドサイドで患者情報を呼び出し,閲覧や入力ができるほか,外来検査室での視力測定値,眼圧の入力などにも活用できる.また,眼底写真や光干渉断層計(OCT)などの画像所見の閲覧もほぼストレスフリーで可能となっている.ただし,院外でのタブレット端末の使用は推奨されていない.これは通信速度が院内より確実に遅いためで,画像などデータのやり取りがむずかしく現在のところ電子カルテとしての機動性は低い.加えて患者データは究極の個人情報であり,セキュリティ上,厳重な認証システムの設定を要する.現在,眼科ではタブレット端末の個人使用が多く,アプリケーション(以下,アプリ:パ*KoichiMaruyama:川添丸山眼科〔別刷請求先〕丸山耕一:〒569-0824高槻市川添2丁目9-10川添丸山眼科0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(27)1227 図1B.line画像電子カルテ端末としてiPadRが活用されている(ビーライン社製眼科電子カルテ)ソコンではソフトウェアに相当)のインストールも自由だが,電子カルテとして本格運用を行うならば,今後はタブレット端末のユーザー証明やアクセス記録監査をはじめ徹底したモバイル端末管理システムが必須となるであろう.II在宅医療への導入急速な高齢化社会に突入した日本では,在宅医療のニーズは高まっており,診療報酬改定でも手厚い点数配分となってきている.そのなかで眼科医も積極的に在宅医療,訪問診療に加わる時代となってきた.ここでもタブレット端末の利用価値が高まりつつある.iPadRなどのタブレット端末は,眼科検査機器として利用できる可能性が高く,現時点でも近見視力測定やアムスラーチャート(図2),色覚検査などのアプリが豊富にある.ただし,検査結果の信用性や再現性などの検証を要するほか,文献的考察もまだ少ないため,データとしては参考所見にとどまる.しかし,診療所に出向けない体の不自由な高齢者や身体障害者らに対して,タブレット端末の将来性は否定されるものではなく,今後もアプリの充実や改良が繰り返し行われることによって,簡便で有用な眼科検査機器となる可能性はある.1228あたらしい眼科Vol.30,No.9,2013図2眼科検査アプリにおけるアムスラーチャートIII患者・家族とのコミュニケーションツール患者やその家族への疾患の説明や,インフォームド・コンセントの場において,タブレット端末の利便性は高い.これに適したタブレット端末用のアプリの種類も豊富で,指先やスタイラスペン(ペン型入力装置)で文字や絵が描けるものも多数ある.筆者が汎用しているiPadR用の手書きメモアプリ『neu.Notes』をはじめ,これらの手書きメモ用アプリでは眼底写真や眼球画像を張り付けてその上から文字などを書き込むことが可能である(図3).さらに指2本で画像の拡大・縮小ができる機能も使いやすい.また,説明に用いた画像や文章を,無線LANを通じて,もしくはPDF(PortableDocumentFormat)ファイル化してメールで送信することによりプリントアウトすることもできる.PDFファイルで保存された画像や文章に,画面上で文字や図を上書きできる『neu.Annotate』も使いやすい.聴覚障害を患者が有する場合には,アプリのなかでも『筆談パット』が役立つ1,2).2分割されたiPadR画面上(28) 図3手書きメモアプリ『neu.Notes』を用いた患者への説明で,医師側が書き込んだ文章が対面する相手側に逆向きに表示されるため,コミュニケーションツールとして有用である(図4).IVロービジョンケアへの活用視覚障害者が文字を読むためには拡大鏡や拡大読書器が利用されているが,それぞれ読める文字数の制限や携帯性に欠ける場合が多いなど,その利便性には改善すべき余地がある.これに対して近年,iPadRなどタブレット端末をロービジョンケアに用いる方法が紹介され始めている.三宅らはiPad2Rを使用し網膜色素変性や糖尿病網膜症患者などを対象として付属カメラを用い,画面上で白黒反転機能も活用できる拡大読書器としてiPad2Rは有用であると報告している3).その一方でカメラの解像度やiPad2Rを支える固定器の軽量化など改善点についても指摘している.iPadRシリーズの付属カメラはニューモデルが発売されるたびにその解像度は改良されており,さらに視認性を向上させるアプリも開発されている2).加えて,カメラで撮影した文面やダウンロードした文章,画像などはiPadRで自由に拡大・縮小が可能なため,タブレット端末がロービジョンケアに有用であることは間違いない.また,文章を音声変換して読み上げる機能もロービジョンケアに役立つ.iPadRやiPhoneRシリーズでは本体機能の一部として,設定のアクセシビリティから画面(29)図4書き込んだ文章を対面した相手側に表示できるアプリ『筆談パット』図5txtファイルを音声で読み上げるアプリ『Voicepaper』表示される文字の大きさも変えることができる.の白黒反転が可能となるほか,自動テキスト読み上げ機能をONにすることにより文章の音声読み上げができる.さらに,iPadR用アプリ『Voicepaper』(図5)には,ファイル保存アプリ『Dropbox』に保存したテキストあたらしい眼科Vol.30,No.9,20131229 図6読み上げアプリ『棒読み』音声をカメラロールに保存することも可能.ファイルを音声変換する機能がある.同じくiPhoneR用アプリの『棒読み』(図6)では読みたいテキストをコピーし,アプリ上にペーストすることにより文章を読み上げることができるほか,音声の保存も容易である.今後はiPhoneR内蔵カメラで撮影した文書をOCR(OpticalCharacterReader:光学式文字認識)機能をもつアプリにより各種ファイルに変換し,文章を音声で読み上げるという方法も充実してくるであろう.なお,ロービジョンケアへのタブレット端末の応用については,本誌における三宅琢先生の連載「タブレット型PCの眼科領域での応用」に詳しく記載されており,ぜひ参照されたい.V眼科教育にiPadRを応用学会発表では,現在もノートパソコンとUSB(UniversalSerialBus)メモリーなどへの依存性が高い.その一方で,医科歯科系の大学のなかには,学生全員にタブレット端末を持たせるところもあり,医学教育への導1230あたらしい眼科Vol.30,No.9,2013図7眼科教育画像液晶テレビと接続し,PDFファイル閲覧アプリを介して図表の説明を行う.入が進められている.眼科学の教育では,画像や動画を多く使用するため,眼科研修医や医学生への講義ツールにiPadRは使いやすい.ノートパソコンと同じく,プロジェクターや大画面液晶テレビに接続し,PowerPointファイルを開くことが可能なアプリ『Keynote』やPDFファイル用アプリ『neu.Annotate』や『PowerPresenter』を介して講義を行うことができる(図7).おわりに眼科領域におけるタブレット端末の利用範囲は広い.前述した視力検査やアムスラーチャートなどにとどまらず,iPhoneRの本体内蔵カメラで前眼部写真や眼底撮影を行う試みも始まった.iPhone4sR以降,カメラの解像度も向上しており,手持ちスリットランプにiPhone4sRを取り付けるアダプター(Keeler社製)もすでに発売されている.撮影時の手ぶれをレリーズ機能などで克服できれば,在宅医療にも利用しやすくなるであろう.タブレット端末が本格的に登場してからまだ5年にも満たない.今後ICT(InformationCommunicationTechnology)医療の発達に伴い,携帯性に優れ直感的に操作できる多機能タブレット端末にわれわれ眼科医の触れる機会はさらに広がると考えられる.さらに政府は「医療情報連携基盤」,言わば「患者自らが入力する日々(30) の健康情報や医師による診療情報を電子的に記録保存し,医療従事者が管理把握できる医療情報ネットワーク」の構築を推進している4).医療従事者だけでなく患者一人一人がタブレット端末を携帯し,患者自身で行う検査情報を医療提供側と共有できる体制が整うこともそう遠くはない.文献1)三宅琢:今日から変わる眼科診療;見える!伝わる!デジタル眼科説明.眼科グラフィック2:348-349,20132)武蔵国弘:眼科と医療問題;タブレット端末の眼科応用.IOL&RS26:338-341,20123)三宅琢,野田知子,柏瀬光寿ほか:多機能電子端末(iPad2R)のロービジョンエイドとしての有用性.臨眼66:831-836,20124)総務省:医療分野におけるICT利活用に向けた取組.医療情報連携基盤(EHR).平成24年版情報通信白書,p106107,2013(31)あたらしい眼科Vol.30,No.9,20131231