特集●眼内レンズ度数決定の極意あたらしい眼科30(5):621.626,2013特集●眼内レンズ度数決定の極意あたらしい眼科30(5):621.626,2013追加矯正眼内レンズ(ピギーバックレンズ)の度数決定RefractivePowerCalculationforSecondaryPiggybackIntraocularLensImplant稲村幹夫*はじめに水晶体再建術で眼内レンズ度数決定を適切に行っても術後屈折度数が目標値とずれた結果となり患者の不満がでることがある.また,目標屈折値どおりであっても患者が満足してくれないといった場合もある.あるいは他院で手術を受けており,術後屈折値を直して欲しいという訴えもある.このような場合に眼鏡やコンタクトレンズで解決できなければ手術的な度数補正を考慮しなければならない.度数補正の方法には眼内レンズの交換手術,角膜屈折矯正手術などがあるが,眼内レンズを追加して挿入する矯正法,すなわちピギーバック法がよい場合がある1).本稿では,ピギーバック法による度数補正法について,特に度数決定を中心に述べる.Iピギーバック法の種類ピギーバック法には1回の手術で同時に2枚の眼内レンズを挿入する方法と,二次的に眼内レンズを追加挿入して度数補正を行う方法がある.前者は強度遠視で1枚のレンズでは度数が足らない場合に2枚同時に挿入する方法である.たとえば,42Dが必要であれば30D+12Dの2枚のレンズを挿入する.最近では40Dくらいのレンズまで作られているので,この方法を行うのはまれである.屈折度数補正のために眼内レンズを二次的に追加挿入する方法がより重要性を増している.この場合の度数決定にはコツがいるが,比較的計算どおりの屈折値を得ることができる(図1).ピギーバックレンズ図1ピギーバック法眼内レンズが2枚挿入されているところである.1枚目が.内固定,2枚目は.外に挿入する.IIピギーバック法の適応と症例追加矯正としてのピギーバック法の適応は他の度数補正法と微妙にかかわるので,まず実例を示して説明する.〔症例1〕73歳,女性.職業:元眼科検査員.両眼の水晶体再建術を他院で受けたところ,不同視が出てつらいとのことで来院.視力は右眼=0.7×IOL(1.2×sph+2.25(cyl.0.75DAx90°),左眼=1.2×IOL(n.c.).眼鏡での矯正では不調とのことで右眼の度数補正を希望,術後3カ月以上経過しており度数ずれの原因が不明であること,眼内レンズ交換手術では侵襲が大きくなる可能性を考えてピギーバックレンズを追加する度数補正を選択し+3.0Dを.外に挿入した.術後の度数は右眼=1.0×IOL×ピギーバックレンズ(1.2×sph.0.25(cyl.0.50DAx40°)となり左右のバランスが良好となった.*MikioInamura:稲村眼科クリニック〔別刷請求先〕稲村幹夫:〒231-0045横浜市中区伊勢佐木町5丁目125番地ビル2階稲村眼科クリニック0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(43)621〔症例2〕72歳,女性.左眼白内障手術を希望.右眼は1年6カ月前に他院で水晶体再建術を受けていたが,裸眼視力を良くしたいとの希望であった.来院時視力は右眼=0.09×IOL(1.2×sph.4.00(cyl.1.50DAx80°),左眼=0.01(0.03×sph.4.00).左眼に後.下白内障および核硬化3度を認めた.眼軸長は右眼=23.08mm,左眼=22.82mmで元来正視に近いものであったことが推測された.手術計画,左眼の屈折目標値を正視ねらいとし,のちに右眼の度数補正を行う予定とした.まず,左眼の水晶体再建術を行い,左眼=1.2×IOL(n.c.)となった.続いて右眼は術後18カ月経過していること,レンズ度数が不明であることなどからピギーバックレンズによる度数補正を計画.右眼に.4.0Dのピギーバックレンズを挿入したところ術後視力は右眼=0.9×IOL×ピギーバックレンズ(1.2×sph.0.50(cyl.0.50DAx70°)となり,左右のバランスは良好となった.以上のような最初の手術からある程度時間が経過している場合,他院での術後度数ずれの原因が不明である場合,あるいは最初の眼内レンズ度数が不明である場合,これらはピギーバック法を選択すると良い例である.症例1はプラス側のずれを,症例2はマイナス側のそれを補正したものである.以下に計算法について述べる.IIIピギーバックレンズ度数計算法Holladayが以下のような計算式2)を発表している.眼軸に依存しないで計算が可能である.レンズの位置が決まれば正確な計算といえる.IOLe=1,3361,336-ELPo-1,3361,336-ELPo1,000+Ko1,000+Ko1,000-V1,000-VPreRxDPostRxELPo:effectivelenspositionKo:netcornealpowerIOLe:IOLpowerV:vertexdistancePreRx:pre-oprefractionDPostRx:desiredpost-oprefraction詳細は以下のサイトを参照されたい.http://doctorhill.com/iol-main/piggyback.htmIVピギーバックレンズの簡略な計算式しかし,現実には追加できる眼内レンズの度数は1.0Dステップでしか選べないことが多い.そこで度数補正の大きさがよほど大きくない限り(<±7.0D)簡略な計算式で足りる.この計算式も眼軸に依存しない計算である.度数ずれがプラス側とマイナス側で異なる式を用いる.自覚屈折値を重視してよいようである(表1).前出の症例1,2を例にピギーバックレンズ計算例を示す.〔症例1の右眼〕補正したい度数はレフ値で約+1.2D(等価球面)で自覚屈折値では約+1.8Dほどであった.平均して+1.5Dほど遠視になっていると考えて目標屈折値を0Dに設定するならば,その差1.5Dを補正すればよい.プラスにずれた場合の①式では+1.5D×1.5=+2.25D,②式では+1.5D×1.4+1=+3.1D,平均は+2.68D補正すればよい.ピギーバック法で使えるlowpowerレンズでは1D刻みであることから+2.0Dまたは+3.0Dを選択することになる.+2.0ではやや遠視が残り+3.0Dでは表1ピギーバックレンズの簡略な計算式簡略なピギーバックレンズ度数計算式プラスにずれている場合1)①(補正したい度数)×1.5D≒ピギーバックレンズの度数②(補正したい度数)×1.4D+1.0D≒ピギーバックレンズの度数マイナス側にずれている場合3)(補正したい度数)≒ピギーバックレンズの度数プラスにずれた度数の補正では,①では低矯正気味,②では過矯正ぎみとなりやすいので両方計算して比較するとよい.マイナスにずれた度数の補正はほぼ同じ度数のマイナスレンズを挿入すればよい.622あたらしい眼科Vol.30,No.5,2013(44)表2ピギーバックレンズあたりの平均変化量ピギーバックレンズ平均変化量プラスレンズ追加:+1.0Dあたり.0.68D(n=9)マイナスレンズ追加:.1.0Dあたり+0.97D(n=6)やや近視になりそうである.やや近視寄りでよいので+3.0Dをピギーバック法で挿入した.結果は自覚屈折値で.0.5(等価球面)となった.〔症例2の右眼〕レフ値から.4.75D(等価球面),自覚屈折値で.4.6Dほどで,目標屈折値を0Dにするとその差4.75.4.6D,計算式からピギーバックレンズ≒.4.75..4.6Dとなる.ここではもし.5.0Dを選択するとプラスに5Dほど矯正され遠視にずれる可能性があるので,やや近視が残るように.4.0Dを選択した.結果.0.5D(等価球面)となり他眼とのバランスは良好となった.筆者の自験例ではプラス側の補正計算ではおよそ表2の変化量が得られたので参考にされたい4).Vピギーバック法が可能な条件1.最初に挿入された眼内レンズが.内固定されていること.最初から.外に眼内レンズが固定されているのは非適応,Zinn小帯が弱っていても追加レンズは困難である.2.最初に挿入された眼内レンズと虹彩の間に追加レンズを入れる隙間があること.最初の手術から時間が長期経過していると,.内固定されていても水晶体.の赤道部あたりに水晶体の残留や増殖物が虹彩下にある場合(Soemmeringring)がある.この場合は.外に眼内レンズを入れると光学部と虹彩と接触しやすい.術前によく散瞳して検査する必要がある.3.度数ずれが著しく大きくないこと.VIピギーバックレンズ挿入術の実際ピギーバック法は眼内レンズを追加挿入するだけでさほどむずかしい手技ではない.以下に手術手順を示す.1)術前処置:あらかじめ十分な散瞳をする.2)麻酔:Tenon.麻酔,点眼麻酔または点眼麻酔+前房内麻酔がよい.3)切開:角膜または強角膜切開どちらでもよい(図2).惹起乱視を最小限にするために切開創は自己閉鎖創がよい.できるだけ強主経線切開が乱視に有利である.4)粘弾性物質:高濃度凝集性粘弾性物質を注入.ループを挿入する虹彩の後方にも注入しておく.5)ピギーバックレンズ挿入:挿入はインジェクターか鑷子で折りたたんで入れる.まず,先行ループを虹彩の後方に導く(図3).後方ループはいっきに虹彩後方に挿入しにくいので,粘弾性物質下でレンズ光学部を回転させながら虹彩後方に導き.外固定し(図4,5).センターリングを行う(図6).図2切開できるだけ強主経線切開で自己閉鎖創を作製する.図3ピギーバックレンズの挿入インジェクターで先行ループをできるだけ虹彩下へ導いておく.(45)あたらしい眼科Vol.30,No.5,2013623図4ピギーバックレンズの挿入まず,レンズが前房に入ったらインジェクターのプランジャーで光学部を押して角膜内皮に触れないようにレンズが広がるのを待つ.図6ピギーバックレンズが挿入されたところセンターリングを確認する.図8縮瞳を確認して創閉鎖アセチルコリンを注入し縮瞳を確認,創閉鎖,結膜縫合.624あたらしい眼科Vol.30,No.5,2013図5後方ループの挿入後方ループはいっきに虹彩の下に導きにくいのでフックを使ってレンズを回転しながら虹彩の下に収める.その際左手のフックでレンズを押さえておけば回しやすい.図7レンズとレンズの間の粘弾性物質の吸引レンズとレンズの間に残った粘弾性物質は吸引しにくいが,ピギーバックレンズをスパーテルなどで少しずらして吸引する.6)粘弾性物質を除去(図7).7)縮瞳を確認:アセチルコリンを注入,縮瞳を確認したら創閉鎖して終了する(図8).VII度数計算の観点から他の度数補正法との比較眼内レンズ入れ替えとピギーバック法度数ずれの補正を考える場合,単純な眼内レンズ交換で済みそうであればまず先に眼内レンズ交換を考えたほうがよい.特に,手術も問題なくできていて術後早期でしかも単純な度数ずれが原因なら交換がすっきりする.(46)たとえば,入れるレンズを取り違えた場合などである.ところが最初の手術から長時間経過してしまった場合,他院で手術を受けていて眼内レンズの度数,メーカーも不明である場合,度数ずれの原因が不明である場合などは交換しても再度度数ずれが起こる可能性が高くなる.特に長時間経過している場合は眼内レンズの摘出がむずかしくなる.もし交換手術で後.破損を起こしたりZinn小帯を痛めたりすると同じ.内に新しい眼内レンズを納められなくなる.その場合,補正が計算どおりにいかない場合がある.すでに後発白内障で後.切開を受けている場合も同様である.特に,シングルピースレンズの場合には.内固定されたレンズを摘出してしまうと再度.内に挿入できないこともありうる.ピギーバック法は.外に追加するだけであり,最初のレンズをそのままで度数計算もより確実である.また,通常のYAGレーザー後.切開術後ならピギーバックレンズは挿入可能である.VIIIピギーバック法と角膜屈折手術ピギーバック法は追加するレンズの度数がlowpowerで度数ステップが1.0Dきざみで供給されており,それ以上の精度の補正は行えない(海外には0.5Dステップのレンズがある).一方,角膜屈折手術〔LASIK(laserinsitukeratomileusis),PRK(photorefractivekeratectomy)など〕では連続的に細かい補正が可能である.また,乱視や収差も場合により補正可能である.角膜屈折手術ではプラス寄りにずれた場合の補正に限界はあるものの補正精度は非常に高い.反面,設備面,費用の面からどこでも誰でも受けられる手術ではない.その点ピギーバック法は白内障サージャンが普通の設備でできる手術である.IXピギーバックレンズの合併症ピギーバックレンズ挿入時の合併症は少ないが,術後に起こる合併症は以下のものがある.1)IOL間膜形成(inter-lenticularopacification:ILO)5)眼内レンズを同時に2枚.内固定したときに起こる..が厚くなり前後.が癒着できないために起こると考え(47)図9瞳孔捕獲(pupillarycapture)ピギーバックレンズの一部が前房内に出ている.視力は比較的保たれているが,眼圧が上昇した.られている.ピギーバックレンズは必ず.外固定とする.2)色素散乱性症候群(pigmentdispersionsyndrome)6)虹彩とピギーバックレンズの接触が続くことで前房炎症,眼圧上昇が起こる.3)瞳孔捕獲(pupillarycapture)7)ピギーバックレンズの光学部が虹彩に挟まれ前房内に脱出する(図9).房水の流れが悪くなって高眼圧を起こしやすい.ピギーバックレンズはできるだけ光学部の薄いものを使用する.4)ピギーバックレンズ偏位ピギーバックレンズは.外固定なのでZinn小帯断裂の部位にループが落ち込み偏位することがある.ループの軟らかいものはピギーバックレンズには使用しない.Xピギーバックレンズに使用するレンズ日本国内ではピギーバック法専用の製品は販売されていない.LowpowerのレンズはHOYA社,Alcon社,Kowa社などの製品が使用できる.比較的度数の幅やレンズの形状が入れやすいのはHOYA社のlowpowerレンズでインジェクターでの挿入が可能である.最近STAAR社製のICLRは本来,後房型有水晶体レンズであるが,ピギーバックレンズとしても使用可能である.あたらしい眼科Vol.30,No.5,2013625ICLRは薄いレンズなのでマイナスの補正用ピギーバックレンズとして有望である.トーリックレンズも選べるが,術者が講習を受けて認定をとる必要がある.海外ではピギーバック専用の商品を販売している.イギリスのRayner社SulcoflexR(f6.5mm14.0mm親水性アクリルシングルピース),ドイツのHumanOptics社Add-onLensR(f7.0mm14.0mmスリーピース),どちらも.外専用であり多焦点,トーリックあるいは多焦点+トーリックも注文生産しており幅広い度数が選べる.計算するサービスもある.XIピギーバック法の利点と将来ピギーバック法は比較的侵襲が少ないこと,先に入っているレンズと眼軸に依存しない度数計算ができ正確であること,白内障のサージャンができるなどの利点がある.特に不同視の補正,術後長期間経過した眼の手術にはよい.合併症に注意する必要はあるが,もっと行ってもよい手術と思われる.問題が起こった場合は摘出も可能である.現在,ピギーバック法で利用できる国内の眼内レンズはメーカーの想定していない利用法であるが,今後はこれらの利用を考えた製品が待たれる.そして通常の球面度数補正だけではなく,多焦点機能やトーリック機能の付加目的での利用が増えるものと思われる.■用語解説■ピギーバック法,ピギーバックレンズ:Piggybackは英語で「背負う」,piggybackrideなら「肩車する,おんぶする」の意味である.白内障手術の場合は同じ眼に2枚の眼内レンズを重ねて挿入することを言う.または2枚目に入れるレンズのことをピギーバックレンズとよぶ.文献1)GuytonJL:SecondarypiggybackIOLimplant.OSNOPHTHALMICHYPERGUIDEDecember27,20052)HolladayJT:Refractivepowercalculationsforintraocularlensesinthephakiceye.AmJOphthalmol116:63-66,19933)GillsJP,FenzlRF:Minus-powerintraocularlensestocorrectrefractiveerrorsinmyopicpseudophakia.JCataractRefractSurg25:1205-1208,19994)稲村幹夫:Piggyback法での眼内レンズ度数補正.IOL&RS25:190-194,20115)WernerL,AppleDJ,PandeySKetal:Analysisofelementsofinterlenticularopacification.AmJOphthalmol133:320-326,20026)ChangWH,WernerL,FryLLetal:Pigmentdispersionsyndromewithasecondarypiggyback3-piecehydrophobicacryliclens.Casereportwithclinicopathologicalcorrelation.JCataractRefractSurg33:1106-1109,20077)KimSK,LancianoRCJr,SuleewskiME:Pupillaryblockglaucomaassociatedwithasecondarypiggybackintraocularlens.JCataractRefractSurg33:1813-1814,2007626あたらしい眼科Vol.30,No.5,2013(48)