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抗VEGF治療:近視性脈絡膜新生血管(CNV)に対する抗VEGF薬

2013年3月31日 日曜日

●連載⑩抗VEGF治療セミナー─病態─監修=安川力髙橋寛二8.近視性脈絡膜新生血管(CNV)土屋香森山無価大野京子東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科眼科学分野に対する抗VEGF薬近視性脈絡膜新生血管(choroidalneovascularization:CNV)は,病的近視の合併症のなかでも特に中心視力を著しく損なう疾患として重要である.近年,近視性CNVに対して抗VEGF薬が用いられ,良好な成績が報告されている.しかしながら,保険適用外の使用であり,使用に関しては各施設で倫理委員会の承認が必要である.本稿では近視性CNVに対する抗VEGF薬の効果について概説する.近視性脈絡膜新生血管(choroidalneovasculariza-tion:CNV)は,強度近視患者の約10%に発生色の隆起性病変を認め,フルオレセイン蛍光眼底造影(fluoresceinangiography:FA)では早期から旺盛な蛍し,そのうち1/3の症例では両眼にもCNVを生じる1).また,50歳以下でのCNVの原因としては約6割を占光漏出を呈し,いわゆるclassicCNVのパターンを呈する.また,インドシアニングリーン蛍光眼底造影(indoめ,最多である2).cyaninegreenangiography:IA)ではあまり過蛍光を眼底所見では黄斑部に多くは出血を伴う黄白色.灰白呈さず,darkrimで囲まれた周囲とほぼ同輝度の蛍光図1抗VEGF薬投与によって完全消失を得た近視性CNVの症例(文献3より一部改変)58歳,女性.眼軸長30.8mm(A,B:抗VEGF療法前,C,D:抗VEGF療法後).A:傍中心窩に出血を伴う近視性CNVを認める.矯正視力は(0.3).B:造影剤注入後1分34秒のFA写真.CNVからの旺盛な蛍光漏出を認める.C:ベバシズマブ硝子体注射2年経過後の眼底写真.CNVは完全に消失.矯正視力は(0.8).D:造影剤注入後2分57秒のFA写真.FAでもCNVは同定できない.(71)あたらしい眼科Vol.30,No.3,20133570910-1810/13/\100/頁/JCOPY 図2近視性CNV治療後に網脈絡膜萎縮を生じた症例79歳,女性.眼軸長26.6mm.A:中心窩に出血を伴う大きな近視性CNVを認める.矯正視力は(0.06).B:ベバシズマブ硝子体注射4年後の眼底写真.CNVの瘢痕化を得られたものの,残存したCNV周囲に網脈絡膜萎縮を生じ,矯正視力は(0.07)と改善はみられない.を呈する.光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT)では網膜色素上皮(retinalpigmentepithelium:RPE)下からの病変を認め,滲出性変化も伴うことがある.鑑別診断としては単純型出血があげられ,これは自然軽快が期待できるので鑑別は重要である.単純型出血ではFAにて蛍光漏出を認めず,またOCTでもRPE下からの病変が検出されない.治療はおもに抗VEGF薬の硝子体内注射あるいは光線力学的療法(photodynamictherapy:PDT)が行われるが,現在主流なのは抗VEGF薬の投与である.抗VEGF薬投与,PDTともに保険適用外の使用であるため,使用に関しては各施設で倫理委員会の承認が必要である.近視性CNVに用いる抗VEGF薬の効果としては,ベバシズマブ(アバスチンR)とラニビズマブ(ルセンティスR)の有効性がいくつか報告されている.ベバシズマブに関しては,1年間での経過観察では約半数弱の症例で2.3段階の視力改善が得られ3),2年間の経過観察では,中心窩下のCNVでは視力は維持に留まるが,中心窩外のCNVでは有意に視力が改善するとされている4).ラニビズマブに関しても治療後約1年間経過観察したいくつかの報告が出ているが,ベバシズマブ同様に良好な成績を示している5).また,新しい抗VEGF薬であるアフリベルセプト(商品名アイリーアR)の近視性CNVに対する治験もわが国で進行中である.358あたらしい眼科Vol.30,No.3,2013しかしながら,近視性CNVの治療において最も重要なのはCNV退縮後に生じる網脈絡膜萎縮である.中心窩外のCNVは抗VEGF薬投与によって完全に消失する症例がある(図1).一方,中心窩下のCNVでは治療によりCNVは収縮するものの線維性瘢痕組織として残存することがあり,長期的にはこの瘢痕化したCNV周囲に網脈絡膜萎縮が生じ(図2),視力低下の原因となる3).今後はこの網脈絡膜萎縮の発生を抑制するような新たなアプローチが必要である.文献1)Ohno-MatsuiK,YoshidaT,FutagamiSetal:Patchyatrophyandlacquercrackspredisposetothedevelopmentofchoroidalneovascularizationinpathologicmyopia.BrJOphthalmol87:570-573,20032)CohenSY,LarocheA,LeguenYetal:Etiologyofchoroidalneovascularizationinyoungpatients.Ophthalmology103:1241-1244,19963)HayashiK,Ohno-MatsuiK,TeramukaiSetal:Comparisonofvisualoutcomeandregressionpatternofmyopicchoroidalneovascularizationafterintravitrealbevacizumaborafterphotodynamictherapy.AmJOphthalmol148:396-408,20094)HayashiK,ShimadaN,MoriyamaMetal:Two-yearoutcomesofintravitrealbevacizumabforchoroidalneovascularizationinJapanesepatientswithpathologicmyopia.Retina32:687-695,20125)VadalaM,PeceA,CipollaSetal:Isranibizumabeffectiveinstoppingthelossofvisionforchoroidalneovascularizationinpathologicmyopia?Along-termfollow-upstudy.BrJOphthalmol95:657-661,2011(72)

緑内障:バルベルト®緑内障インプラント手術

2013年3月31日 日曜日

●連載153153監修=岩田和雄山本哲也153.バルベルトR緑内障インプラント手術石田恭子岐阜大学大学院医学系研究科神経統御学講座眼科学分野緑内障セミナー緑内障手術のゴールドスタンダードである線維柱帯切除術(trabeculectomy:Trab)が奏効しない症例,すなわちTrabの複数回不成功例や,高度の結膜瘢痕により濾過手術の施行不可能な症例,結膜濾過胞の長期生存が期待できない難治性緑内障には,器具を用いて濾過空間を確保するバルベルトR緑内障インプラント手術が有効である.●バルベルトR緑内障インプラント手術の原理と特徴バルベルトR緑内障インプラント(AbbottMedicalOpticsInc.,SantaAna,CA,USA)は,調圧弁をもたないglaucomadrainagedeviceでチューブとプレートからなる.バルベルトR緑内障インプラントを移植するチューブシャント手術では,房水は前房や後房,硝子体腔(硝子体切除例)に留置されたシリコーンチューブを通り,赤道部結膜下に移植されたプレート上に導かれ,プレート周囲の結膜から吸収される.日本で発売されているバルベルトR緑内障インプラントのモデルは,前房挿入タイプでプレートサイズが350mm2のBG101350,硝子体挿入タイプBG102-350,プレートサイズが250mm2のBG103-250の3種類である(図1).最も汎用されているBG101-350の詳細を図2に示す.シリコーン製で,プレートの長さ,高さ,厚みはそれぞれ,31mm,14.7mm,1mmで,バリウムが染み込ませてあるため,X線検査にて移植位置が確認できる.また,プレート上にできる濾過胞の丈を抑える目的でプレートにfenestrationholesが4つあいている.チューブの長さは29mmで,移植時に切断し長さを調節する.チューブの内腔は300μmで,計算上チューブからプレートまでの抵抗はない,すなわち房水流出抵抗は0である.●バルベルトR緑内障インプラント手術の成績難治性緑内障に対する手術の成績は,各研究報告によって対象患者の背景,手術成功の定義,経過観察期間が異なるため,単純な比較は困難であるが,発達緑内障では71.100%(成功定義IOP[intraocularpressure]≦(69)0910-1810/13/\100/頁/JCOPYBG101-350前房挿入模式図BG102-350硝子体挿入模式図図1バルベルトR緑内障インプラント挿入模式図・シリコーン製・Plateの長さ:31mm・Plateの高さ:14.7mm・Plateの表面積:350mm2・Plateの厚み:1mm・Plateの特徴:Fenestrationholes:4つバリウム染込・Tubeの長さ:29mm・Tubeの内腔:300μm・房水流出抵抗は0図2バルベルトR緑内障インプラントモデルBG101.350の特徴21mmHg),ぶどう膜炎では91.100%(成功定義IOP≦21mmHg),血管新生緑内障(成功定義5<IOP≦21mmHg)では43.78%と報告されている.比較的緑内障自体の予後が良い症例に対するバルベルトR緑内障インプラント手術の成績は,TubeVersusTrabeculecutomy(TVT)Study1)で詳細に報告されている.TVTStudyでは,バルベルトR緑内障インプラント手術(Tube)とマイトマイシンC併用線維柱帯切あたらしい眼科Vol.30,No.3,2013355 表1TheTubeVersusTrabeculectomyStudy1)の手術前後の眼圧値と投薬数Tube群Trab群p値術前眼圧(mmHg)25.1±5.325.6±5.30.56投薬数3.2±1.13.0±1.20.171年眼圧(mmHg)12.5±3.912.7±5.80.73投薬数1.3±1.30.5±0.9<0.012年眼圧(mmHg)13.4±4.812.1±5.00.101投薬数1.3±1.30.8±1.20.0163年眼圧(mmHg)13.0±4.913.3±6.80.78投薬数1.3±1.31.0±1.50.304年眼圧(mmHg)13.5±5.412.9±6.10.58投薬数1.4±1.41.2±1.50.335年眼圧(mmHg)14.4±6.912.6±5.90.12投薬数1.4±1.31.2±1.50.23術後2年まではTrab群で投薬数が有意に少なかったが,術後5年の時点では,眼圧,投薬数とも2群間に有意差はない.データは平均±SDで示す.p値はStudent’st-testによる.(文献1より作表)除術(trabeculectomy:Trab)の効果と安全性が前向きに比較された.対象は,難治性緑内障を除外し,白内障手術歴やTrab歴のみをもつ眼圧コントロール不良例とした.全212例の81%は原発開放隅角緑内障で,Tube群とTrab群の背景因子には統計的な有意差は認めなかった.Tube群ではBG101-350を,術早期の低眼圧予防措置としてチューブを結紮した後,耳上側に移植した.Trab群では,マイトマイシンC(0.4mg/ml,術中4分間塗布)併用Trabを上方の象限に施行した.表1には手術前後の眼圧値と投薬数を示す.術後5年の時点では,眼圧はTube群で14.4±6.9mmHg,Trab群で12.6±5.9mmHg,投薬数はTube群で1.4±1.3,Trab群1.2±1.5と,両群間に有意差はなかった.手術後5年の累積手術不成功率は,不成功の定義を眼圧21mmHg以上,または術前と比較し20%未満の眼圧下降しか得られない場合と定義すると,Tube群で29.8%,Trab群で46.9%であった(p=0.002).同様に不成功の定義を眼圧>17mmHgとすると累積手術不成功率は,Tube群で31.8%,Trab群で53.6%(p=0.002),不成功の定義を眼圧>14mmHgとすると累積手術不成功率は,Tube群で52.3%,Trab群で71.5%(p=0.017)で356あたらしい眼科Vol.30,No.3,2013チューブ図3虹彩角膜内皮症候群線維柱帯切除術2回と白内障手術既往のある虹彩角膜内皮症候群.チューブを後房に挿入.あった.術中合併症の発生率に有意差はなかったが,術後1カ月以内の早期合併症では,Tube群(21%)と比較しTrab群(37%)が有意に高かった(p=0.012).しかしながら,術後1カ月目以降の合併症は,Tube群(34%)とTrab群(36%)で有意差を認めなかった.縫合部や濾過胞からの漏出,濾過胞に起因する違和感はTrab群で多く,Tube群では遷延性角膜浮腫や,Tube特有の合併症(露出,閉塞)が認められた.視力低下や再手術を要する重篤な合併症の発生率は,Tube群(19%)とTrab群(14%)では同程度であった.●バルベルトR緑内障インプラント手術の適応比較的緑内障そのものの予後が良い症例を対象としたTVTStudyの結果から,Trabと比較し,Tubeの手術成績はより良好であることが証明された.しかしながら,日本ではTubeの使用経験は少なく,過剰濾過による低眼圧,器具の露出,露出に伴う眼内炎,角膜障害など重篤な合併症が生ずる可能性のある本術式の適応には慎重であるべきで,当面はTrabの複数回不成功例(図3)や,高度の結膜瘢痕によりTrabの施行不可能な症例,結膜濾過胞の長期生存が期待できない難治性緑内障に適応を限定するべきである.文献1)GeddeSJ,SchiffmanJC,FeuerWJetal:TreatmentoutcomesintheTubeVersusTrabeculectomy(TVT)Studyafterfiveyearsoffollow-up.AmJOphthalmol153:789803,2012(70)

屈折矯正手術:円錐角膜に対する有水晶体眼内レンズ

2013年3月31日 日曜日

屈折矯正手術セミナー─スキルアップ講座─監修=木下茂●連載154大橋裕一坪田一男154.円錐角膜に対する有水晶体眼内レンズ神谷和孝北里大学医学部眼科学講座非進行性・軽度円錐角膜に対する屈折矯正方法として後房型有水晶体眼内レンズの安全性・有効性は高く,予測性や安定性にも優れており,新たな治療の選択肢の一つとなり得る.眼鏡やコンタクトレンズが装用困難,眼鏡矯正視力が良好,角膜中央部が透明,年齢が30歳以上,角膜形状や自覚屈折が安定,前房深度2.8mm以上といった症例選択が重要である.円錐角膜やペルーシド角膜変性症といった角膜菲薄化疾患では,ハードコンタクトレンズ(hardcontactlens:HCL)による矯正が第一選択となるが,不規則な角膜形状やアレルギー性結膜炎の合併によって,HCLが装用困難となる症例は少なくない.実際に,円錐角膜は強度近視性乱視であることが多く,屈折矯正手術希望者の6.4.9.6%を占めるという報告もあり,円錐角膜患者においてもqualityofvision(QOV)を向上させるうえで良好な裸眼視力を獲得することは重要である.これまでLASIK(laserinsitukeratomileusis)やPRK(photorefractivekeratectomy)に代表される角膜屈折矯正手術は禁忌であるために,外科的な屈折矯正は困難であった.2010年2月に厚生労働省より認可された後房型有水晶体眼内レンズ(phakicintraocularlens:phakicIOL)は高い安全性・有効性だけでなく,術後視機能の優位性が注目されている1.3).現在ではtoricphakicIOLも認可され,優れた乱視矯正効果が報告されている4).筆者らは,円錐角膜5)やペルーシド角膜変性症6)に対する屈折矯正方法としてtoricphakicIOLが有用であった症例を報告してきた.本稿では,非進行性円錐角膜に対して後房型phakicIOL挿入術を施行した症例の初期臨床成績7)について述べる.HCL装用困難かつ非進行性の円錐角膜に対して後房型phakicIOLであるvisianimplantablecollamerlens(VisianICLTM:STAARSurgical社)挿入術を施行した症例14例27眼を対象とした.いずれもAmslerKrumeich分類GradeIないしIIであった.手術時年齢37.4±7.0歳(平均±標準偏差,30.51歳),男性10眼・女性17眼,術前等価球面度数.10.11±2.46D,乱視度数.3.03±1.58Dであった.術前にレーザー虹彩切開術を施行し,耳側3.0mm角膜切開からインジェクターを(67)0910-1810/13/\100/頁/JCOPY図1毛様溝に固定された有水晶体眼内レンズのシェーマ(VisianICLTM;STAARSurgical社)用いてICLTMを眼内に挿入し,その後支持部を毛様溝に固定した(図1).術前座位で水平マーキングを行い,必要に応じてレンズを回転させた.その結果,術前平均小数視力1.29から術後6カ月では1.41へ,術前平均小数視力0.03から1.23へと改善した.また,術後6カ月における安全係数(術後矯正視力/術前矯正視力),有効係数(術後裸眼視力/術前矯正視力)は,それぞれ1.12±0.18,1.01±0.25であった.矯正視力不変の症例が12眼(44%),1段階以上改善が13眼(48%),1段階悪化が2眼(7%)であり,術前眼鏡矯正視力より術後裸眼視力のほうが良好であることを意味する(図2).達成矯正度数が目標矯正度数に対して±0.5,1.0D以内に入った症例は,それぞれ85%,96%であり(図3),術後1週から術後6カ月にかけての屈折度数変化は0.00±0.35Dであった.平均内皮細胞減少率は4.4%であり,二次性白内障,瞳孔ブロック,続発緑内障や軸ずれを生じた症例はなく,重篤な合併症を認めなかった.しかしながら,現状の屈折矯正手術ガイドラインの第あたらしい眼科Vol.30,No.3,2013353 100有効係数1.01±0.25眼数(%)1.0以上■0.5以上9696969693939310090807060504030201001週1カ月3カ月6カ月術後期間図2裸眼視力0.5,1.0以上の割合表1円錐角膜に対する後房型有水晶体眼内レンズの手術適応①眼鏡・コンタクトレンズが装用困難②眼鏡矯正視力が良好(0.8以上)③角膜中央部が透明④年齢が30歳以上⑤角膜トポグラフィーや自覚屈折が最低6カ月以上安定している⑥前房深度2.8mm以上非進行性・比較的軽度の円錐角膜〔Amsler-Krumeich分類GradeI.(II)〕が適応であり,若年例や直近で診断された症例は除外すべきである.6次答申では,円錐角膜に対するphakicIOLは禁忌であり,疑い例では実施に慎重を要すると報告されており,十分な注意が必要であろう.もちろん,すべての円錐角膜症例に適応するのではなく,眼鏡矯正視力が良好な比較的軽度の円錐角膜〔Amsler-Krumeich分類GradeI.(II)〕が適応であり,高度の円錐角膜症例は対象から除外すべきである.また,若年者の円錐角膜では進行する症例も多く,角膜形状や屈折度数が安定していることを確認する必要がある5).よって若年例や直近で診断された症例も除外すべきであろう.筆者らの施設では,①眼鏡・コンタクトレンズが装用困難,②眼鏡矯正視力が良好,③角膜中央部が透明,④年齢が30歳以上,⑤角膜トポグラフィーや自覚屈折が最低6カ月以上安定している,⑥前房深度2.8mm以上の症例を有水晶体眼内レンズの手術適応としている(表1)5,7).円錐角膜では強度近視性乱視を認めることが多く,これまで屈折矯正手術を断り続けられた背景もあり,本術式は患者満足度も非常に高い.今後は,角膜内リングや角膜クロスリンキングにより角膜形状を安定化させた後,残余屈354あたらしい眼科Vol.30,No.3,2013±0.5D85%±1.0D96%達成矯正度数(D)151050051015予測矯正度数(D)図3術後6カ月における目標矯正屈折度数と達成矯正度数折異常をphakicIOLで矯正する方法も期待されている.文献1)IgarashiA,KamiyaK,ShimizuKetal:Visualperformanceafterimplantablecollamerlensimplantationandwavefront-guidedlaserinsitukeratomileusisforhighmyopia.AmJOphthalmol148:164-170,20092)KamiyaK,IgarashiA,ShimizuKetal:Visualperformanceafterposteriorchamberphakicintraocularlensimplantationandwavefront-guidedlaserinsitukeratomileusisforlowtomoderatemyopia.AmJOphthalmol153:1178-1186,20123)KamiyaK,ShimizuK,IgarashiAetal:Clinicalevaluationofopticalqualityandintraocularscatteringafterposteriorchamberphakicintraocularlensimplantation.InvestOphthalmolVisSci53:3161-3166,20124)KamiyaK,ShimizuK,AizawaDetal:One-yearfollow-upofposteriorchambertoricphakicintraocularlensimplantationformoderatetohighmyopicastigmatism.Ophthalmology117:2287-229420105)KamiyaK,ShimizuK,AndoWetal:Phakictoricimplantablecollamerlensimplantationforthecorrectionofhighmyopicastigmatismineyeswithkeratoconus.JRefractSurg24:840-842,20086)KamiyaK,ShimizuK,HikitaFetal:Posteriorchambertoricphakicintraocularlensimplantationforthecorrectionofhighmyopicastigmatismineyeswithpellucidmarginaldegeneration.JCataractRefractSurg36:164166,20107)KamiyaK,ShimizuK,KobashiHetal:Clinicaloutcomesofposteriorchambertoricphakicintraocularlensimplantationforthecorrectionofhighmyopicastigmatismineyeswithkeratoconus:6-monthfollow-up.GraefesArchClinExpOphthalmol249:1073-1080,2011(68)

眼内レンズ:疎水性眼内レンズに生じる表面散乱光の細隙灯顕微鏡検査による簡易分類

2013年3月31日 日曜日

眼内レンズセミナー監修/大鹿哲郎319.疎水性眼内レンズに生じる表面散乱光の早田光孝昭和大学藤が丘リハビリテーション病院眼科細隙灯顕微鏡検査による簡易分類疎水性眼内レンズ(IOL)に生じる表面散乱光の程度を,細隙灯顕微鏡検査を使用して,角膜実質の色合いを指標としIOL表面の白色化の程度と比較することでグレード化した.前眼部解析装置(EAS-1000)にて測定した,IOL表面のcomputer-compatibletape(CCT)値と強い相関を認め,有用と考えられた.疎例において,グリスニング1),表面散乱光2)などの経年変化も報告されるようになった.表面散乱光は,IOLの表面が,霧状に白色化して見える現象で,ホワイトニングともよばれている.IOL表層に生じたグリスニングよりさらに小さい水相分離(subsurfacenanoglistening)が原因と考えられている3).表面散乱光は,グリスニングと異なり,スリット光の条件によって見え方が変化してしまうため,程度の評価がむずかしい.そのため,前眼部解析装置(EAS-1000,NIDEK社)を用い,computer-compatibletape(CCT)値を使用して評価することが一般的であった4)が,EAS-1000は限られた施設にしかなく,現在販売も中止されている.そのため,日常診察で使用する細隙灯顕微鏡検査によって,表面散乱光の程度の目安を付ける簡易分類を考案した5).水性アクリル眼内レンズ(IOL)の長期経過観察●表面散乱光の細隙灯顕微鏡検査による簡易分類細隙灯顕微鏡の光源の条件を統一して,角膜実質の色合いを指標とし,IOL表面の白色化の程度と比較することでグレード化を試みた(図1).グレード0:表面散乱光を認めない.グレード1:表面散乱光による白色化を認めるが,角膜実質より弱い.グレード2:表面散乱光による白色化を認め,角膜実質と同程度.グレード3:表面散乱光による白色化を認め,角膜実質より白色化が強い.実際の測定方法は,以下のとおりである.1:スリット光を約45.60°方向から照射する.スリット光の明るさは最大としたほうが観察しやすい.(65)0910-1810/13/\100/頁/JCOPYグレード0グレード1グレード2グレード3図1各グレードにおける典型例フォトスリット:スリット光照射角度45°.スリット幅:縦14mm,横0.2mm.グレード0:表面散乱光を認めない.グレード1:表面散乱光の白色化が角膜実質より弱い.グレード2:表面散乱光の白色化が角膜実質と同程度.グレード3:表面散乱光の白色化が角膜実質より強い.(文献5より)2:スリット光の幅を調整し,角膜実質が層として識別できる最大の横幅(約0.2mm)とする.3:角膜実質(層の中央)の色合いを判定する(スリットの光源が角膜と重なっている場所は避ける).4:スリットの焦点をIOLの表面に移動させ,表面散乱光によるIOL表面の色合いを判定する.5:3,4を何度か繰り返し,角膜実質とIOL表面の色合いを比較しグレード分けを行う.●EAS.1000との相関疎水性アクリルIOL(AcrySofR,Alcon社)挿入患者83眼(60例)を対象に,EAS-1000にてIOL表面の表あたらしい眼科Vol.30,No.3,2013351 *160140120100806040200グレード図2グレード別の表面散乱光強度(n=83)各グレード間には,多重比較検定にて有意差を認めた(*:KruskalWallistest,Steel-Dwassp<0.01).グレードと表面散乱光強度は,強い相関を認めた.相関係数(r=0.95,p<0.01)グレード.(文献5より)面散乱光強度(CCT値)を測定(解析範囲:3.0×0.25mm,フラッシュレベル:200WS)し,細隙灯顕微鏡検査による簡易分類との相関関係を検証した.グレードが増加するにつれ,CCT値は増加しており,各グレード間には,多重比較検定にて有意差を認め,グレードとCCT値にも強い相関を認めた5)(図2).また,グレードごとのCCT値の分布も一定しており,CCT値のおおまかな推定が可能であると考えられた(グレード0:20CCT前後,グレード1:50CCT前後,グレード2:90CCT前後,グレード3:120CCT前後).おわりに表面散乱光の視機能への影響は少なく6),臨床においても大半の症例では自覚症状もない場合が多い.しかし,個々の症例では,著しい表面散乱光により,コントラスト感度の低下を認め,IOLの摘出交換にて改善を認表面散乱光強度(CCT)0123めたとの報告もある7).また,摘出IOLの解析では,光線透過率が約17%近く低下した症例も経験している.他のコントラスト感度を低下させるような眼疾患を合併することで視機能の低下を認める可能性も完全には否定できないと考える.また,多焦点IOL,乱視矯正IOLなどのより繊細な結果が求められる付加価値IOLに対する影響も懸念される.いずれにしても,視機能へ影響する可能性があるのは,著しく強い表面散乱光を生じた場合と考えられ,日常診察において,細隙灯顕微鏡検査だけで行える当分類を用い,グレード3を見極めることで,臨床的にも有益ではないかと考えている.文献1)MiyataA,UchidaN,NakajimaKetal:Clinicalandexperimentalobservationofglisteninginacrylicintraocularlenses.JpnJOphthalmol45:564-569,20012)谷口重雄,千田実穂,西原仁ほか:アクリルソフト眼内レンズ挿入後長期観察例にみられたレンズ表面散乱光の増強.日眼会誌106:109-111,20023)MatsushimaH,MukaiK,NagataMetal:Analysisofsurfacewhiteningofextractedhydrophobicacrylicintraocularlenses.JCataractRefractSurg35:1927-1934,20094)NishiharaH,YaguchiS,OnishiTetal:Surfacescatteringinimplantedhydrophobicintraocularlenses.JCatractRefractSurg29:1385-1388,20035)早田光孝,廣澤槙子,入戸野晋ほか:疎水性アクリル眼内レンズに生じる表面散乱光の簡易分類.IOL&RS26:442-447,20126)HayashiK,HirataA,YoshidaMetal:Long-termeffectofsurfacelightscatteringandglisteningsofintraocularlensesonvisualfunction.AmJOphthalmol154:240-251,20127)YoshidaS,MatsushimaH,NagataMetal:Decreasedvisualfunctionduetohigh-levellightscatteringinahydrophobicacrylicintraocularlens.JpnJOphthalmol55:62-66,2011

写真:Marx’s line

2013年3月31日 日曜日

写真セミナー監修/島﨑潤横井則彦346.Marx’sline加藤弘明横井則彦京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学図2図1のシェーマ緑の点線がMarx’sline.図1Marx’slineリサミングリーン染色下で上眼瞼縁に平行に,1本の染色線がみられる.図3不整なMarx’sline上下眼瞼においてMarx’slineは不整となり,特に鼻側の眼瞼縁において皮膚側へ大きく前方移動している.涙液メニスカスMarx’sline皮膚粘膜移行部眼瞼皮膚結膜上皮図4Marx’slineの形成メカニズム(仮説)涙液メニスカスが皮膚粘膜移行部と接する部位において,涙液が蒸発して上皮障害が生じることで,生体染色によって線状に染色されるようになる.(文献1より改変)(63)あたらしい眼科Vol.30,No.3,20133490910-1810/13/\100/頁/JCOPY Marx’slineは生体染色(フルオレセイン,ローズベンガル,リサミングリーン)下で眼瞼縁に平行に観察される染色線(図1,2)であり,臨床的にはマイボラインともよばれ,眼瞼皮膚と結膜との境界となる皮膚粘膜移行部(mucocutaneousjunction)にほぼ一致するとされる.健常眼においてこの染色線は,涙液メニスカスの前方遠位端にみられ,加齢によって皮膚側へ前方移動する(図3)ことが知られているが,観察されるその解剖学的位置から,涙液メニスカスとマイボーム腺の機能に大きく関連していると考えられている.Marx’slineの形成メカニズムについては,Bronらの報告では,涙液メニスカスが皮膚粘膜移行部に接する部位において涙液の蒸発が起こることで上皮障害が生じ,それが生体染色によって線状に染色されて,Marx’slineが観察されるようになるとしている1)(図4).また,これらのメカニズムがマイボーム腺開口部で生じることで,マイボーム腺導管上皮の障害をひき起こし,マイボーム腺機能不全(MGD)の発症にも関与している可能性があるとしている2).マイボーム腺開口部からは油脂(meibum)が分泌されるが,これが眼瞼縁にhydrophobicbarrier(疎水性バリア)を形成し,涙液メニスカス中の涙液が眼瞼縁から皮膚側へ溢れるのを阻止しているとされ,Marx’sline(皮膚粘膜移行部)の健常な位置を維持することに貢献していると考えられている.Marx’slineは加齢以外に,マイボーム腺機能や結膜弛緩症との関連が報告されている.Yamaguchiらの報告3)では,下眼瞼においてマイボライン(Marx’sline)の前方移動の度合いが大きいと,meibographyにて観察されるマイボーム腺の脱落の程度を示すスコアや,下眼瞼中央を指で圧迫することで観察されるマイボーム腺分泌物(meibum)の性状を示すスコアも有意に悪くなり,またMGD群と非MGD群との比較においては,前者で有意に下眼瞼のマイボライン(Marx’sline)の前方移動の度合いが大きいことが示されており,マイボライン(Marx’sline)の観察によってマイボーム腺の機能評価が可能であるとしている.広谷らの報告4)では,下眼瞼において,結膜弛緩症の程度が大きいほど,有意にマイボライン(Marx’sline)の前方移動の度合いが大きいことが示されており,結膜弛緩症によって涙液メニスカスの涙液保持機能が損なわれることで,マイボーム腺に異常がみられなくてもhydrophobicbarrierが障害され,涙液が皮膚側へとシフトし,マイボライン(Marx’sline)も前方に移動するのではないかとしている.日常臨床の場において特に高齢者の不定愁訴は,ドライアイやMGD,結膜弛緩症などが原因となり,それらが複合して症状をひき起こしていることが多いと推察される.Marx’slineは前述したように,健常眼でも観察されるが,涙液メニスカスやマイボーム腺の機能を推察するのに有用な所見であり,生体染色を行った場合には積極的に観察することが望ましいと考えられる.文献1)BronAJ,YokoiN,GaffneyEAetal:Asolutegradientinthetearmeniscus.I.AhypothesistoexplainMarx’sline.OculSurf9:70-91,20112)BronAJ,YokoiN,GaffneyEAetal:Asolutegradientinthetearmeniscus.II.Implicationsforlidmargindisease,includingmeibomianglanddysfunction.OculSurf9:92-97,20113)YamaguchiM,KutsunaM,UnoTetal:Marxline:fluoresceinstaininglineontheinnerlidasindicatorofmeibomianglandfunction.AmJOphthalmol141:669675,20064)広谷有美,横井則彦,小室青ほか:下眼瞼皮膚粘膜接合部および結膜弛緩症の程度の加齢性変化と両者の関連.日眼会誌107:363-368,2003350あたらしい眼科Vol.30,No.3,2013(00)

総説:小児近視進行抑制法アップデート

2013年3月31日 日曜日

あたらしい眼科30(3):343.347,2013c総説小児近視進行抑制法アップデートNewTopicsofMyopicControlinChildren平岡孝浩*I近視進行に関するエビデンス近年,エビデンスレベルの高いコホート研究が多数行われ1.5),近視進行に関する理解が深まってきた.進行を促進する要因として,過度の近業,都市部での生活,高いIQや学歴,抑制因子としては屋外活動が知られている.また,遺伝の影響が強いことも指摘されている.遺伝に関しては予防できないが,それ以外の要因についてまとめると,「田舎で生活して,あまり勉強をせず,外で遊びなさい!」というのが理想的な近視進行予防法という結論になってしまう.しかし,現代社会でこのような生活を実現できる小児はきわめて少数である.II近視進行抑制の試みこれまでにさまざまな方法が試みられてきたが,大別すると薬物的アプローチと光学的アプローチになる.薬物療法としてはトロピカミド,眼圧降下薬,アトロピン,ピレンゼピンがあげられるが,このうちトロピカミドと眼圧降下薬に関してはエビデンスに値する研究報告はない.アトロピンは最も強い近視進行抑制効果を有する6,7)が,全身および局所の副作用が強く,特に散瞳に伴う羞明や霧視,紫外線曝露,調節麻痺による近見障害などが問題となり,長期使用は困難である.ピレンゼピンはM1選択的ムスカリン受容体拮抗薬で,散瞳や調節麻痺への影響が少ないものの効果も弱いという欠点がある8,9).光学的手法としては低矯正眼鏡が古くから処方されてきたが,近年の報告によれば,その近視進行抑制効果は否定的という結論に至っている10,11).2000年頃からは,調節ラグ(近業時にみられる網膜後方への焦点ずれ)が眼軸長の過伸展をひき起こすとの考えに基づき,これを抑制する累進屈折力眼鏡を用いたクリニカルトライアルが多数行われ12,13),統計学的には有意な抑制効果が認められたが,その効果は弱く臨床的には不十分とされている.つまり,効果や安全面,経済性,また簡便性などの条件を満たすような理想的な近視進行抑制法はいまだ存在しない.IIIオルソケラトロジーの眼軸伸長抑制効果オルソケラトロジー(OK)とは,レンズ内面に特殊なデザインが施されたハードコンタクトレンズ(HCL)を計画的に装用することにより,角膜形状を意図的に変化させて近視を矯正する手法である.2002年にParagon社のCRTRレンズが初の就寝時装用OKレンズとして米国食品医薬品局(FoodandDrugAdministration:FDA)の認可を受け,日本では2009年にアルファコーポレーション社のaオルソR-Kレンズが「角膜矯正用コンタクトレンズ」として厚生労働省の認可を取得した.本法により中央部の角膜上皮の菲薄化と中間周辺部の角膜厚増加がもたらされ,その結果近視が軽減し裸眼視力の向上が得られる.OKの普及はアジア諸国で著しく,学童の近視コントロール目的で盛んに行われている.これは小児に対する近視進行抑制効果が信じられてきたためであるが,エビデンスとしては皆無の状態であった.しかし,2005年Choら14)は,OKを継続中の35人の小児において眼軸長の伸びが眼鏡コントロール群よりも有意に抑制された*TakahiroHiraoka:筑波大学医学医療系眼科〔別刷請求先〕平岡孝浩:〒305-8575つくば市天王台1-1-1筑波大学医学医療系眼科0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(57)343 と報告した.2009年Wallineら15)も,8.11歳の小児においてOK治療群はソフトコンタクトレンズ(SCL)装用のコントロール群と比較して有意に眼軸伸長が抑制されたと報告した.筆者らも2年間の前向き研究を行い,OK群は眼鏡コントロール群よりも有意に眼軸伸長が抑制されることを確認した16).さらにその後,筆者らとほぼ同様のスタディデザインを用いた追試がスペインで行われ,やはりOKの有意な眼軸伸長抑制効果が報告された17).では,どの程度の効果が期待できるのであろうか?Choら14)は2年間の眼軸長の伸びがOK群において平均0.29mm,眼鏡コントロール群において平均0.54mmであり,46%の眼軸伸長抑制効果が得られたとしている.Wallineら15)によれば56%の抑制効果,筆者らの研究16)では36%の抑制効果,Santodomingo-Rubidoら17)の報告では32%の抑制効果が確認されている.もちろん成長期の眼軸伸長を完全に抑制することはできないが,これらの既報に基づけば3.5割の抑制効果が期待できると考えられる.IVオルソケラトロジーの長期継続が眼軸長に及ぼす影響筆者らは経過観察期間を5年間に延長し同様の検討を行った.対象は8.12歳の学童59症例で,29症例がOK治療,30症例は単焦点眼鏡装用を5年間継続した.そしてIOLマスターを用いて定期的に眼軸長を測定し27.026.526.025.525.024.524.023.523.0:オルソケラトロジー:眼鏡①*②*③*④⑤Pre1Y2Y3Y4Y5Y経過(年)眼軸長(mm)たところ,5年間での眼軸伸長はOK群で0.99±0.47mm,眼鏡群で1.41±0.68mmであり,OK群で有意に抑制されていた(p=0.0236,unpairedt-test).抑制効果は初年度が最も大きく,その後減少していくことも確認された18)(図1).表1はこれまでに報告された他の近視進行抑制法との比較表である.過去の報告は治療期間や観察期間が異なっているために,この表では観察期間を一致させた比較を行っている.2003年のGwiazdaら12)の報告では累進多焦点眼鏡と単焦点眼鏡(対照群)の3年間の比較が行われており,眼軸長の伸びは前群で平均0.64mmであったのに対して,後群では0.75mmであったと報告されている.したがって,累進多焦点眼鏡の眼軸伸長抑制効果はこれらを差し引きして0.11mm/3年間ということになる.筆者らの結果18)ではOK群の眼軸伸長抑制効果は0.36mm/3年間であるので,累進多焦点眼鏡よりもはるかに強い抑制効果であるといえる.2005年Tanら8)の報告によるピレンゼピン眼軟膏の眼軸伸長抑制効果と2011年のSankaridurgら19)の報告による特殊非球面SCLの眼軸伸長抑制効果はともに0.13mm/1年間であり,OKの0.20mm/1年間よりも劣る.一方,2001年のShihら7)と2006年のChuaら6)のアトロピン点眼を用いた研究ではそれぞれ0.37mm/1.5年間と0.40mm/2年間であり,OKの0.23mm/1.5年間と0.26mm/2年間よりも勝っている.これまでに報告された近視進行抑制治療のなかでアトロピンは最も強い効果を示しており,数値上の比較ではOKのほうが劣勢であ眼軸長の伸び眼鏡群(mm)オルソケラトロジー群(mm)p値①0.38±0.200.19±0.090.0002*②0.33±0.180.26±0.130.0476*③0.29±0.160.19±0.150.0385*④0.24±0.180.18±0.170.0938⑤0.17±0.140.16±0.130.8633(mean±SD)(mean±SD)*unpairedt-test図1眼軸長の5年間にわたる経時変化両群とも年々眼軸長は伸長していくが,群間比較を行うと1.3年目(①.③)は眼軸長の変化量に有意差がみられ,オルソケラトロジー群で有意に伸びが小さい.4年目(④)もオルソケラトロジー群のほうが眼軸長の変化量が小さいが眼鏡群との有意差は認められなかった.5年目(⑤)の変化量は両群でほぼ同値であった.(文献18より改変)344あたらしい眼科Vol.30,No.3,2013(58) 表1既報にみる他の近視進行抑制法との比較文献(年)年齢(歳)介入法治療法(上段)対照群(下段)観察期間内の眼軸伸長治療群と対照群の眼軸伸長の差(対照群.治療群)オルソケラトロジーと対照群の眼軸伸長の差18)Gwiazdaetal(2003)12)6.11累進多焦点眼鏡0.64mm/3年0.11mm/3年0.36mm/3年単焦点眼鏡0.75mm/3年Tanetal(2005)8)6.12ピレンゼピン0.20mm/1年0.13mm/1年0.20mm/1年プラセボ0.33mm/1年Sankaridurgetal(2011)19)7.14特殊非球面SCL0.27mm/1年0.13mm/1年0.20mm/1年単焦点眼鏡0.40mm/1年Shihetal(2001)7)6.13アトロピン+多焦点眼鏡0.22mm/1.5年0.37mm/1.5年0.23mm/1.5年単焦点眼鏡0.59mm/1.5年Chuaetal(2006)6)6.12アトロピン.0.02mm/2年0.40mm/2年0.26mm/2年プラセボ0.38mm/2年る.ただし,これらの試験は対象年齢が異なっているので,同年齢でのさらなる検討が必要であると考える.また,アトロピンに関してはさまざまな副作用があり,視機能の悪化が避けられないことも考慮しなければならない.V近視進行抑制メカニズム近視進行抑制メカニズムの最も有力な仮説として網膜周辺部における遠視性defocus(焦点ボケ)の改善が提唱されている.Smithら20)はサル眼での実験において,周辺視すなわち黄斑(中心窩)以外の周辺網膜における像の質や光学特性が眼軸や屈折の発達に強い影響を及ぼしていることを証明した.つまり,眼軸長や屈折の発達において,中心窩は必ずしも重要ではなく,むしろ軸外(周辺部網膜)の要素のほうが重要であることを示した.この理論は発達期における近視眼に対して眼鏡やコンタクトレンズ(CL)を用いて中心窩における結像を良くしても,近視の進行を抑えることができないことを支持する.また,近視眼では非近視眼よりも軸外の屈折がより遠視化しているとの報告があり21),この軸外での遠視性defocusが眼軸の延長を促している可能性が示唆されている.通常のCLや眼鏡による近視矯正では,周辺部網膜の遠視性defocusを矯正できないが,OKでは角膜中央が扁平化すると同時に周辺角膜が厚くなるため,結果として中間周辺部での屈折力が強くなる(より近視化する)22).したがって,OK後は図2に示すような周辺部網膜での遠視性defocusが改善され,その結果,眼軸伸(59)周辺部遠視性defocus遠視性defocusの改善!結像面結像面眼鏡(凹レンズ)による矯正オルソケラトロジー治療後図2眼鏡矯正とオルソケラトロジーでの網膜結像面の違い近視眼に対して通常の単焦点眼鏡で矯正を行うと,周辺部の遠視性defocus(焦点ボケ)を生じてしまう(図左)が,オルソケラトロジー後は周辺部角膜が肥厚,steep化するため周辺での屈折力が増し,その結果,周辺網膜像での遠視性defocusが改善する(図右)という仮説が提唱されている.長が抑制されると考えられている.VI特殊デザイン眼鏡・コンタクトレンズの開発上記の仮説に基づき,周辺部遠視性defocusの改善を図った特殊累進屈折力眼鏡(MyoVisionTM,CarlZeissVision)が開発され,中国にて1年間の臨床試験が行われた.残念ながら特殊眼鏡群と単焦点眼鏡群(コントロール群)の間に有意差は認められなかったが,両親がともに近視である児童に限って解析すると約30%の近視進行抑制効果が認められたと報告されている23).その後,同グループはSCLにも類似のデザインを施し,1年間のクリニカルトライアルを行ったところ,その特殊あたらしい眼科Vol.30,No.3,2013345 SCL装用群ではコントロール群よりも屈折で34%,眼軸長で33%の抑制効果が認められたと報告した19).MyoVisionTMレンズ(眼鏡)に関してはわが国でも2年間の多施設共同研究が現在進行中である.最終結果が出るのは1年以上先であり,わが国ではまだ購入することもできない.上記の特殊SCLに関してもいまのところ手に入れることはできない.VIIその他のトピックス2重焦点SCL(dualfocusSCL)の近視進行抑制効果が2011年に報告された24).この報告では,10カ月の観察期間において70%の小児に30%以上の近視進行抑制効果が認められたとされている(平均屈折変化.0.44±0.33D[2重焦点SCL群]vs.0.69±0.38D[コントロール群]).しかし,このメカニズムに関しては不明な点が多く,エビデンスとして受け入れられるためには追試や基礎研究が不可欠であると考える.また,2012年には低濃度(0.01%)アトロピン点眼が副作用を軽減し,近視進行抑制効果も有するとの報告がなされた25).この報告では,アトロピン点眼0.5,0.1,0.01%の3群で2年間の治療効果を比較しており,期間内の屈折変化はそれぞれ.0.30±0.60,.0.38±0.60,.0.49±0.63Dであり,眼軸長変化はそれぞれ0.27±0.25,0.28±0.28,0.41±0.32mmであったと報告されている.低濃度にした分,近視進行抑制効果も減弱するが,確かに副作用は抑えられているので,今後臨床応用が進む可能性がある.VIIIまとめOKは裸眼視力を改善させるうえに調節や散瞳への影響がなく,アトロピンやピレンゼピンに対して大きなアドバンテージをもつ.また,累進屈折力眼鏡よりも近視進行抑制効果が格段に大きくpromisingな方法であるといえる.また,今後は周辺部遠視性defocusの改善を図った特殊デザイン眼鏡やSCLも市場に登場してくることが予想される.低濃度アトロピン点眼もオプションの一つとなるだろう.これらを組み合わせた治療も非常に興味深いところである.まだまだ近視進行抑制治療は発展途上だが,少しずつ進化していることは間違いない.今後のさらなる研究が待たれる.文献1)MuttiDO,MitchellGL,MoeschbergerMLetal:Parental346あたらしい眼科Vol.30,No.3,2013myopia,nearwork,schoolachievement,andchildren’refractiveerror.InvestOphthalmolVisSci43:3633(s)3640,20022)JonesLA,SinnottLT,MuttiDOetal:Parentalhistoryofmyopia,sportsandoutdooractivities,andfuturemyopia.InvestOphthalmolVisSci48:3524-3532,20073)SawSM,ShankarA,TanSBetal:AcohortstudyofincidentmyopiainSingaporeanchildren.InvestOphthalmolVisSci47:1839-1844,20064)IpJM,SawSM,RoseKAetal:Roleofnearworkinmyopia:findingsinasampleofAustralianschoolchildren.InvestOphthalmolVisSci49:2903-2910,20085)RoseKA,MorganIG,IpJetal:Outdooractivityreducestheprevalenceofmyopiainchildren.Ophthalmology115:1279-1285,20086)ChuaWH,BalakrishnanV,ChanYHetal:Atropineforthetreatmentofchildhoodmyopia.Ophthalmology113:2285-2291,20067)ShihYF,HsiaoCK,ChenCJetal:Aninterventiontrialonefficacyofatropineandmulti-focalglassesincontrollingmyopicprogression.ActaOphthalmolScand79:233236,20018)TanDT,LamDS,ChuaWHetal:One-yearmulticenter,double-masked,placebo-controlled,parallelsafetyandefficacystudyof2%pirenzepineophthalmicgelinchildrenwithmyopia.Ophthalmology112:84-91,20059)SiatkowskiRM,CotterSA,CrockettRSetal:Two-yearmulticenter,randomized,double-masked,placebo-controlled,parallelsafetyandefficacystudyof2%pirenzepineophthalmicgelinchildrenwithmyopia.JAAPOS12:332-339,200810)ChungK,MohidinN,O’LearyDJ:Undercorrectionofmyopiaenhancesratherthaninhibitsmyopiaprogression.VisionRes42:2555-2559,200211)AdlerD,MillodotM:Thepossibleeffectofundercorrectiononmyopicprogressioninchildren.ClinExpOptom89:315-321,200612)GwiazdaJ,HymanL,HusseinMetal:Arandomizedclinicaltrialofprogressiveadditionlensesversussinglevisionlensesontheprogressionofmyopiainchildren.InvestOphthalmolVisSci44:1492-1500,200313)HasebeS,OhtsukiH,NonakaTetal:EffectofprogressiveadditionlensesonmyopiaprogressioninJapanesechildren:aprospective,randomized,double-masked,crossovertrial.InvestOphthalmolVisSci49:2781-2789,200814)ChoP,CheungSW,EdwardsM:Thelongitudinalorthokeratologyresearchinchildren(LORIC)inHongKong:apilotstudyonrefractivechangesandmyopiccontrol.CurrEyeRes30:71-80,200515)WallineJJ,JonesLA,SinnottLT:Cornealreshapingandmyopiaprogression.BrJOphthalmol93:1181-1185,200916)KakitaT,HiraokaT,OshikaT:Influenceofovernightorthokeratologyonaxiallengthelongationinchildhoodmyopia.InvestOphthalmolVisSci52:2170-2174,201117)Santodomingo-RubidoJ,Villa-CollarC,GilmartinBetal:MyopiacontrolwithorthokeratologycontactlensesinSpain:refractiveandbiometricchanges.InvestOphthalmolVisSci53:5060-5065,201218)HiraokaT,KakitaT,OkamotoFetal:Long-termeffect(60) ofovernightorthokeratologyonaxiallengthelongationinchildhoodmyopia:a5-yearfollow-upstudy.InvestOphthalmolVisSci53:3913-3919,201219)SankaridurgP,HoldenB,SmithE3rdetal:Decreaseinrateofmyopiaprogressionwithacontactlensdesignedtoreducerelativeperipheralhyperopia:one-yearresults.InvestOphthalmolVisSci52:9362-9367,201120)SmithEL3rd,KeeCS,RamamirthamRetal:Peripheralvisioncaninfluenceeyegrowthandrefractivedevelopmentininfantmonkeys.InvestOphthalmolVisSci46:3965-3972,200521)MillodotM:Effectofametropiaonperipheralrefraction.AmJOptomPhysiolOpt58:691-695,198122)CharmanWN,MountfordJ,AtchisonDAetal:Peripheralrefractioninorthokeratologypatients.OptomVisSci83:641-648,200623)SankaridurgP,DonovanL,VarnasSetal:Spectaclelensesdesignedtoreduceprogressionofmyopia:12-monthresults.OptomVisSci87:631-641,201024)AnsticeNS,PhillipsJR:Effectofdual-focussoftcontactlenswearonaxialmyopiaprogressioninchildren.Ophthalmology118:1152-1161,201125)ChiaA,ChuaWH,CheungYBetal:Atropineforthetreatmentofchildhoodmyopia:safetyandefficacyof0.5%,0.1%,and0.01%doses(AtropinefortheTreatmentofMyopia2).Ophthalmology119:347-354,2012☆☆☆(61)あたらしい眼科Vol.30,No.3,2013347

眼内リンパ腫

2013年3月31日 日曜日

特集●ぶどう膜炎の研究最前線2013あたらしい眼科30(3):337~341,2013特集●ぶどう膜炎の研究最前線2013あたらしい眼科30(3):337~341,2013眼内リンパ腫IntraocularLymphoma岩橋千春*大黒伸行**はじめに眼内悪性リンパ腫には全身の悪性リンパ腫の経過中に眼内に病変を生じる場合と,眼および中枢神経を原発とするリンパ腫があり,眼が初発のリンパ腫を眼原発悪性リンパ腫(primaryintraocularlymphoma:PIOLあるいはprimaryvitreoretinallymphoma:PVRL)とよぶ.眼内悪性リンパ腫は組織学的にはその大部分が非Hodgkinびまん性大細胞型B細胞リンパ腫であり,悪性度がきわめて高い.臨床的にはステロイド薬治療抵抗性のぶどう膜炎,いわゆる仮面症候群(非炎症疾患であるにもかかわらず眼内に細胞浸潤を伴っている病態を呈する症候群)の一つであり,診断に苦慮することが多く,長期間にわたりぶどう膜炎として加療され診断まで時間を要することも多い.仮面症候群はわが国の2009年度の疫学調査では7位(2.5%)を占める疾患であり1),常に難治性ぶどう膜炎の鑑別診断の一つとして考えるべき疾患である.I患者背景わが国での25施設から217の眼内悪性リンパ腫症例(眼原発・中枢神経原発を含む)を集めた報告2)によると,初診時の年齢は63.4歳(35~90歳)であり,男性85人,女性132人と女性に多い傾向であった.平均41.3カ月の観察期間中では148症例が両眼性,69症例が片眼発症であった.初診時の自覚症状は視力低下・霧視が72.4%,飛蚊症が22.1%であった.II眼所見PIOLの臨床所見は網膜下に黄白色の斑状病巣を形成する「眼底型」と,多くの細胞を含むオーロラ状の硝子体混濁を呈する「硝子体型」に大別されるが,両者が混在する場合もある.前眼部所見には辺縁が棘状で粗造な角膜後面沈着物(図1)を伴う前眼部炎症を伴うことがある.1.眼底型黄白色調で比較的境界が鮮明な網膜下の隆起病変(図2)がみられることが多く,光干渉断層計(optical図1棘状の角膜後面沈着物*ChiharuIwahashi:大阪大学大学院医学系研究科眼科学教室**NobuyukiOguro:大阪厚生年金病院眼科〔別刷請求先〕岩橋千春:〒565-0871吹田市山田丘2-2大阪大学大学院医学系研究科眼科学教室0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(51)337 図2網膜への黄白色浸潤病巣図5帯状の硝子体混濁図3図2の黄斑部水平断のOCT図4癒合した網膜病変338あたらしい眼科Vol.30,No.3,2013図6ドーナツ状の硝子体混濁coherencetomography:OCT)では網膜色素上皮下に病変がみられるため,図3に示すように網膜色素上皮(retinalpigmentepithelium:RPE)のラインが不整となる.また,病巣同士が癒合傾向を示す場合もある(図4).進行とともに,網膜出血,硝子体出血,網膜.離を生じることもある.2.硝子体型前部硝子体にやや大きめの細胞の浮遊がみられ,帯状の混濁を示す(図5).全体的な混濁のパターンとして(52) は,周辺の混濁が強く中心部は軽い,いわゆるドーナツ状の混濁を呈し(図6),そのため混濁の割には視力が良いこともPIOLの特徴の一つである.III診断PIOLの診断は硝子体生検が基本である.PIOLは生命予後が悪い疾患であるため,PIOLが疑われる場合には混濁除去による視機能向上を兼ねて早期診断目的で積極的に硝子体手術を行うことが望ましい.なお,臨床像からPIOLを強く疑う場合には,硝子体生検を予定すると同時に頭部MRI(磁気共鳴画像)検査で中枢神経病変の検索を行う.硝子体生検では,術中無灌流下で硝子体を採取し,得られたサンプルを遠心し上清をサイトカイン測定に,沈殿物を細胞診,残りのサンプルを遺伝子再構成の確認に用いる.1.細胞診細胞診は一見中心となる検査であるが,悪性細胞は壊死しやすく,特に酸素分圧の低い硝子体内では選択的に壊死する可能性があり,また硝子体カッターでの硝子体切除時や標本作製時にも腫瘍細胞は壊れやすく,正確な細胞診が困難であることが多い.具体的にはClassIV(細胞学的に強く悪性を疑う)以上が出れば確定診断でよいが,実際にはClassIII以下(細胞学的に悪性を疑うが確定的ではない)であることも多い.ClassIII以下の結果が返ってきた場合には,下記の検査結果や臨床像と併せて診断する.2.サイトカイン測定PIOLでは眼内液中のサイトカインであるインターロイキン(IL)-10/IL-6比が1より大きいことが報告されている3).IL-10はPIOLでは100pg/ml以上であり,正常眼ではIL-10は検出限界以下のことが多いが,ぶどう膜炎などの炎症性眼疾患では軽度上昇することもある.炎症性サイトカインであるIL-6との比が1より大きい,あるいはIL-10が100pg/ml以上であればPIOLと考えられる.(53)表1眼内悪性リンパ腫に対する各検査の陽性率診断法陽性率(%)細胞診44.5IL-10/IL-6>1.091.7遺伝子再構成80.63.PCR法による免疫グロブリンJH遺伝子再構成の検索Polymerasechainreaction(PCR)法による免疫グロブリン遺伝子JH部位の再構成を検索する.リンパ球は多種多様な抗原に対応するために分化,成熟する際に免疫グロブリン,T細胞受容体の遺伝子を組み換えるため,遺伝子再構成検索でモノクローナリティが検出されるとリンパ球の腫瘍性増殖の証となる.眼内悪性リンパ腫症例を対象とした上述のわが国での調査報告によると,上記3検査の陽性率は表1に示すとおりであり,細胞診の陽性率は他の2検査に比べてかなり低い結果であった.また,3つの検査をすべて施行した52症例のうち,すべて陽性であったのは10症例(19.2%)にすぎず,2項目陽性が29症例(55.8%),1項目陽性が11症例(21.2%),すべて陰性が2症例(3.8%,いずれも中枢神経原発の症例である)という結果であり,臨床像と併せての総合的な判断が必要であることがうかがえる.IV治療PIOLの治療の目的は眼内腫瘍の消退を図るとともに,全身病巣出現(特に脳病巣)を予防することである.前者については眼窩への放射線治療あるいはメトトレキサート(MTX)硝子体内投与が選択肢としてある.後者については放射線治療(全脳照射),MTX全身大量投与,MTX髄腔内投与の選択肢があるが,いずれも眼外病巣出現予防に対する有効性について明確に確認した報告はない4).現在のところPIOLに対するエビデンスのある確立された治療プロトコールはなく,治療方針は施設により少しずつ異なる.以下に,大阪大学眼科での治療方針を紹介する.PIOLと診断された場合には,速やかに血液内科と連あたらしい眼科Vol.30,No.3,2013339 携し,頭蓋内造影MRI検査,髄液検査(細胞診)などの全身検索を施行する.原則として70歳未満の症例では,血液内科に依頼してMTXの全身大量投与を行い,脳病巣出現予防に努めている5).ただ,この治療では眼内病巣は消失しないので,後述するMTXあるいはリツキシマブの硝子体内化学療法を行う.70歳以上の症例では,MTX全身投与による白質脳症出現頻度が増加するとの報告があるため,全身投与は避けMTX髄腔内投与とMTXあるいはリツキシマブの硝子体内投与を行う5).PIOLの治療における硝子体内投与の位置づけについては,硝子体内化学療法が眼病変の改善に有効であることはすでに多くの報告があるが,脳病巣出現予防効果については否定的な意見のほうが多い.1.MTX硝子体内化学療法1997年にPIOLの治療にMTXの硝子体内注射が安全かつ有効であることが報告された6).方法は,一般的な硝子体内注射と同様に,結膜.および眼表面を消毒した後に前房水を0.1ml抜き(この前房水のIL-10,IL-6濃度を測定すると治療効果の判定に使える),MTX400μgを眼内灌流液であるオペガードR0.05mlあるいは0.1mlに溶解したものを毛様体扁平部より30ゲージ1/2inch注射針にて硝子体内投与する.導入療法とし週2回1カ月間,強化療法として週1回1カ月間,維持療法として月1回の注射を行う.副作用の一つに角膜上皮図7メトトレキセート硝子体内投与による角膜障害障害があるため(図7),注射施行の際には薬液が眼表面になるべく触れないよう,注射後に眼表面を生理食塩水で洗い流すようにしている.症例によっては角膜障害が重症で投与を中断しないといけないことが多いが,可逆的である.その他,一般的な硝子体内注射の副作用である硝子体出血や網膜.離,感染のリスクなどがある.注射が奏効すると硝子体内のIL-10値は検出限界以下となる.実際,筆者らも第一選択としてMTXの硝子体内投与を行っており良い結果を得ている5).2.リツキシマブ硝子体内化学療法リツキシマブはヒト免疫グロブリンIgGkの定常領域と抗CD20マウスモノクローナル抗体IgG1の可変領域からなるキメラ型抗CD20抗体である.CD20はB細胞の表面抗原であり,リツキシマブはCD20陽性B細胞非Hodgkinリンパ腫に対する標準治療として広く認知されている.筆者らは,MTX硝子体内投与を繰り返し行い角膜障害が顕著となった症例に対し,リツキシマブ硝子体内投与を施行してある程度の効果を得ている7).具体的にはリツキシマブ1mgを硝子体内に週1回,4週連続投与する.副作用としては豚脂様角膜後面沈着物を伴った眼内炎症と一過性眼圧上昇を筆者らは経験している.本治療方法は,MTXに比較して評価が定まっているとは言い難く,今後症例数の積み重ねが必要である.V予後眼内悪性リンパ腫症例を対象とした上述のわが国での調査報告によると,経過を追えた195症例の5年生存率は61.1%であった.また,海外からの報告では,平均生存率は58カ月,原発性中枢神経リンパ腫患者の約15%が眼内にも発症し,一方,眼内悪性リンパ腫の65~90%が中枢神経病変を発症するとされている4).すなわち,眼局所の治療を行っても中枢神経病変の出現を抑制できるわけではなく,MRI撮影によるモニタリングが必要である.PIOLの治療における主たる目的が脳病巣出現予防であることを考えると,現在の治療法は決して満足できるものではなく,脳病巣出現予防のための効340あたらしい眼科Vol.30,No.3,2013(54) 果的治療方法の解明が待たれるところである.文献1)OhguroN,SonodaKH,TakeuchiMetal:Aprospectivemulti-centerepidemiologicsurveyofuveitisinJapan:A2009survey.JpnJOphthalmol56:432-435,20122)KimuraK,UsuiY,GotoHetal:Clinicalfeaturesanddiagnosticsignificanceoftheintraocularfluidof217patientswithintraocularlymphoma.JpnJOphthalmol56:383-389,20123)ChanCC,WhitcupSM,SolomonDetal:Interleukin-10inthevitreousofpatientswithprimaryintraocularlymphoma.AmJOphthalmol120:671-673,19954)CahnCC,RubensteinJL,CouplandSEetal:Primaryvitreoretinallymphoma:areportfromaninternationalprimarycentralnervoussystemlymphomacollaborativegroupsymposium.Oncologist16:1589-1599,20115)SouR,OhguroN,MaedaTetal:Treatmentofprimaryintraocularlymphomawithintravitrealmethotrexate.JpnJOphthalmol52:167-174,20086)FishburmeBC,WilsonDJ,RosenbaumJTetal:Intravitrealmethotrexateasanadjunctivetreatmentofocularlymphoma.ArchOphthalmol115:1152-1156,19977)OhguroN,HashidaN,TanoY:Effectofintravitreousrituximabinjectionsinpatientswithrecurrentocularlesionsassociatedwithcentralnervoussystemlymphoma.ArchOphthalmol126:1002-1003,2008(55)あたらしい眼科Vol.30,No.3,2013341

Behcet病

2013年3月31日 日曜日

特集●ぶどう膜炎の研究最前線2013あたらしい眼科30(3):329.335,2013特集●ぶどう膜炎の研究最前線2013あたらしい眼科30(3):329.335,2013Behcet病Behcet’sDisease蕪城俊克*川島秀俊**はじめにBehcet病は口腔内アフタ,ぶどう膜炎,外陰部潰瘍,皮膚症状を主症状とする原因不明の難治性全身性炎症性疾患である.炎症は急性一過性で,再発を繰り返すことが特徴とされている.Behcet病患者の約70%にぶどう膜炎がみられるが,男性では女性より重症となりやすい.適切な治療を行わないとぶどう膜炎の急性増悪(眼炎症発作)を反復し,徐々に黄斑変性や視神経萎縮となり,不可逆的な視機能障害に至ることが多い.治療としてステロイド薬局所療法に加え,コルヒチン,シクロスポリン内服などが行われてきた.2007年に腫瘍壊死因子(tumornecrosisfactor:TNF)-aに対するモノクローナル抗体製剤であるインフリキシマブ(infliximab:IFX,商品名レミケードR)がわが国で世界に先駆けて認可され,本症に対して著明な効果を示している.IFXの登場でBehcet病の臨床像は大きく変化しつつあるが,本稿ではBehcet病の研究に関する最近の話題について述べる.I病態の免疫学的解析Behcet病の免疫異常については,古くからさまざまな研究がなされており,好中球主体の炎症(前房蓄膿はほとんどが好中球)であること,炎症局所に病原体は検出されないこと,自己抗体が証明されないこと,などがその特徴として知られていた.免疫反応は,大きく抗原非特異的な自然免疫系(マクロファージ,樹状細胞,好中球などが中心となる)と,抗原特異的な獲得免疫系(リンパ球,つまりT細胞やB細胞が中心となる)に分けられる(図1).これまでBehcet病の免疫異常の解析は,リンパ球の分画に関する研究(獲得免疫系の異常の研究)が主流であった.しかし近年,自然免疫系の異常の可能性についても研究がなされている.獲得免疫で特に免疫反応の起点となる重要な細胞はヘルパーT(helperT:Th)細胞である.獲得免疫では,まず抗原に曝露されていないナイーブT細胞が,病原体などを貪食した樹状細胞やマクロファージ(抗原提示細胞)から抗原提示を受け,特定の抗原に特異的に反応する活性化ヘルパーT細胞となる(図1).この活性化ヘルパーT細胞にサブセットとして,以前からinterferon(IFN)-gを産生しぶどう膜炎を増悪させるTh1細胞と,interleukin(IL)-4,IL-10を産生して炎症に抑制的に働くTh2細胞が知られていた.Th1とTh2は互いに抑制しあう関係にあることから,このバランスが炎症反応の方向性を決めていると考えられてきた.実際,活動性のBehcet病ぶどう膜炎患者の末梢血単核球ではTh1細胞が増加している1).しかし,近年IL-17,IL-23を産生し好中球主体の炎症をひき起こすTh17細胞や,IL-10,TGF-bを産生して炎症抑制性に働く免疫抑制性T(regulatoryT:Treg)細胞などの新しいヘルパーT細胞のサブセットが明らかとなり,炎症性疾患の免疫学的機序の解析は複雑になってきている(図1).*ToshikatsuKaburaki:東京大学大学院医学系研究科外科学専攻感覚・運動機能講座眼科学**HidetoshiKawashima:自治医科大学眼科学講座〔別刷請求先〕蕪城俊克:〒113-8655東京都文京区本郷7-3-1東京大学大学院医学系研究科外科学専攻感覚・運動機能講座眼科学0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(43)329 病原体異物樹状細胞マクロファージ病原体を貪食炎症反応炎症性サイトカイン好中球インターフェロンウイルスを攻撃(未熟)T細胞自然免疫獲得免疫抗原を貪食抗原提示Th1細胞Th2細胞IFN-γウイルス,細菌,腫瘍を攻撃,自己免疫反応(細胞性免疫)IL-4,IL-10,IL-13アレルギー反応(液性免疫)Th17細胞IL-17,TNF-α,IL-6,IL-23真菌,細菌を攻撃,自己免疫反応(慢性),好中球主体Cytotoxic/killerT細胞を活性化IL-12IL-4TGF-β(IL-6なし)TGF-β+IL-6Treg細胞IL-10,TGF-βTh1,Th17優位の炎症反応を抑制CD4+CD25+Foxp3+作用B細胞を活性化図1自然免疫と獲得免疫自然免疫では,マクロファージ,樹状細胞,好中球などが中心となり,病原体などの侵入に対して迅速に抗原非特異的な免疫反応を起こす.それに対し,獲得免疫では,マクロファージや樹状細胞から抗原提示を受けて活性化したリンパ球(T細胞やB細胞)が主役となり,抗原特異的な免疫反応を起こす.Chiらは,Behcet病ぶどう膜炎患者の末梢血中で,Th1細胞だけでなくTh17細胞も増加していることを報告した2).さらにBehcet病患者の末梢血では,正常人と比べてTh17/Th1細胞比が有意に上昇していることから,Th1細胞だけではなくTh17細胞もBehcet病の病態形成に重要な役割を担っていると考えられるようになってきている3).これらの結果は,Behcet病が好中球主体の炎症反応であることと辻褄の合うものであり,興味深い(図1).また,免疫抑制性のT細胞分画であるTreg細胞についても報告がなされている.GeriらはBehcet病患者の末梢血ではTh17細胞が増加するのみならず,Treg細胞が減少していること,活動期のBehcet病患者では末梢血中のIL-21濃度やIL-21産生細胞数が非常に増加していることを明らかにした4).同時にinvitroの実験においてIL-21がヒトCD4陽性T細胞をTh1細胞,Th17細胞へと分化誘導すること,Treg細胞への誘導を阻害することも明らかにした4).これらの結果から,Behcet病患者の血清中IL-21はBehcet病の病態形成に重要な役割を担っており,IL-21が新たな治療標的となりうると報告している.また,Sugitaらは,抗TNFa阻害薬であるIFXが,Behcet病患者の末梢血中のTreg細胞数を増加させ5),Th17細胞を減少させる6)ことにより,ぶどう膜炎の再発抑制に働いている可能性を報告している.これら新しいヘルパーT細胞分画の登場で,Behcet病の病態がより詳細に説明できるようになってきているといえる.一方,近年自己免疫,アレルギー,免疫不全などの従来からいわれてきた免疫疾患とは合致しない疾患群として,自己炎症症候群という概念が提唱されている.自己炎症症候群は,原因が明らかではない炎症所見,高力価の自己抗体や自己反応性T細胞が存在しない,先天的な自然免疫の異常,の3項目によって定義付けられる疾患群で,家族性地中海熱(familialmediterraneanfever:FMF)やBlau症候群などが代表疾患とされている.そして,Behcet病が自己炎症症候群のFMFやBlau症候群などと多くの類似点が認められることから,両者の関連性が注目されてきている(表1)7).実際に,Behcet病とFMF,Blau症候群とは,臨床症状,好発地域,発症年齢などで類似点がみられるほか,FMFでは有意にBehcet病の合併率が高いことや,両疾患ともコルヒチンで治療効果が認められることなど類似点が多330あたらしい眼科Vol.30,No.3,2013(44) 表1Behcet病と地中海熱の類似性Behcet病家族性地中海熱Blau症候群発症年齢20.40歳小児期(20歳まで)小児期好発地域地中海.シルクロード沿い地中海沿岸─遺伝形式なし常染色体劣性常染色体優性原因遺伝子直接関与する遺伝子はないMEFVNOD2反復性の発熱ありありなし口腔内アフタ98%.70%なし眼症状65%(ぶどう膜炎)まれぶどう膜炎陰部潰瘍73%まれなし皮膚症状結節性紅斑,毛.炎様皮疹丹毒様皮疹丘疹様紅斑関節症状大関節の単関節炎膝・股の単関節炎.腫瘍関節炎漿膜炎なしありなしコルヒチン治療有効有効おそらく無効い.Behcet病の病態に自然免疫系の異常が関与している可能性も考えられ,現在研究が進められている.II疾患感受性遺伝子Behcet病の発症機序は未だ明確ではないが,シルクロード沿いの国々で頻度が高いこと,HLA(ヒト白血球抗原)-B51陽性者が民族の違いを超えて多いこと,その一方で同じ日系人でもハワイやブラジルへ移住した人からは発症がみられないことから,遺伝性素因に加えて何らかの外的環境要因が作用して発症するものと考えられている.ヒトの疾患の原因を明らかにする方法の一つに,正常人と患者の間での遺伝子の相違を検索する方法があり,ゲノム疫学研究とよばれる.そのなかで近年最もよく用いられている手法に,一塩基多型(singlenucleotidepolymorphism:SNP)の解析用のDNAチップを用いたゲノムワイド関連解析(genome-wideassociationstudy:GWAS)がある.2006年にGWAS用のDNAチップが商品化されてからは,GWAS研究は急速に進展した.2010年にMizukiら8),Remmersら9)によってBehcet病患者のGWAS解析の結果が報告された.Mizukiらの報告では,まず日本人Behcet病患者612人と健常人740人を対象としてGWASが行われ8),その結果の再現性を確認するために,トルコ人Behcet病患者1,215人と健常人1,278人でGWASが行われた9).(45)(文献7より改訂)その結果,既知のとおりまずHLA-B領域(特にHLAB51)にp=1.8×10.26と非常に高いBehcet病との関連性がみられた.一方,HLA領域以外では1番染色体の長腕(1p31.33)と短腕(1q32.1)領域でBehcet病と高い関連性がみられた.前者の領域で最も相関性の高いSNPは,炎症性サイトカインの受容体であるIL-23RとIL-12RB2の間のイントロン領域であった(p=2.7×10.8).後者の領域では炎症抑制性サイトカインであるIL-10遺伝子のプロモーター領域であった(p=8.0×10.8).トルコ人による再現性試験でもまったく同じ結果が得られ,HLA領域,IL-23RまたはIL-12RB2遺伝子,IL-10遺伝子が民族を超えてBehcet病の疾患感受性遺伝子であることが明らかとなった.血液中のヘルパーT細胞(Th)は,免疫反応の司令塔の役割を担い,そのサイトカイン産生パターンよりTh1細胞,Th2細胞,Th17細胞などに分けられる.このうちTh1細胞,Th17細胞は自己免疫疾患の発症・増悪に関与し,Th2細胞はその抑制の役割を担う.今回,Behcet病との関連が明らかとなったIL-12受容体はTh1細胞,IL-23受容体はTh17細胞に発現する遺伝子である.Mizukiらは,これらの受容体の遺伝子変異により,易刺激性が亢進してBehcet病の炎症反応に促進的に働いている可能性を推測している(図2).実際,IL-23R/IL-12RB2遺伝子領域は,炎症性腸疾患,尋常性乾癬,乾癬性関節炎,強直性脊椎炎などとも関連が報告されている.一方,IL-10はおもにTh2細胞があたらしい眼科Vol.30,No.3,2013331 産生する炎症抑制性のサイトカインで,マクロファージター領域のSNP(rs1518111)がAA型の人がBehcetの活性化やナイーブT細胞のTh1細胞への分化増殖を病に多く,このタイプではAG型,GG型の人と比べ有抑制する.Remmersらの報告9)では,IL-10プロモー意に末梢血単核球におけるIL-10産生能が低いことも推定される誘因・レンサ球菌(Streptococcussanguinis)・ウイルス(ヘルペスウイルス)・熱ショック蛋白遺伝学的素因・HLA-B5101・HLA-A26・SNPIL-10・SNPIL-12R-IL23R樹状細胞(未熟)T細胞抗原提示Th1細胞↑Th2細胞IFN-γウイルス,細菌,腫瘍を攻撃,自己免疫反応(細胞性免疫)↑IL-4,IL-10,IL-13アレルギー反応(液性免疫)Th17細胞↑IL-17,TNF-α,IL-6,IL-23真菌,細菌を攻撃,自己免疫反応(慢性),好中球主体の炎症↑Cytotoxic/killerT細胞を活性化↑IL-12IL-4TGF-β(IL-6なし)TGF-β+IL-6Treg細胞IL-10,TGF-βTh1,Th17優位の炎症反応を抑制CD4+CD25+Foxp3+作用B細胞を活性化貪食,抗原提示××IL-12RIL-23R図2現在推定されているBehcet病の病態Behcet病の発症には,HLA-B51などの遺伝性素因に加えて,何らかの外的環境要因(レンサ球菌,熱ショック蛋白など)が作用して発症すると推定されている.近年明らかになったBehcet病の感受性遺伝子であるIL-23R/IL-12RB2遺伝子のうち,IL-12受容体遺伝子はTh1細胞,IL-23受容体遺伝子はTh17細胞に発現している.Behcet病に多い遺伝子変異が,これらの受容体の刺激性を亢進させてTh1,Th17細胞の活性化に働いている可能性がある.また,Behcet病に多いIL-10の遺伝子多型は,IL-10の発現量を低下させるために炎症反応の抑制が働きにくくなり,炎症の増悪に関与すると推測される.表2Behcet病の疾患感受性遺伝子遺伝子HLA-B51HLA-A26IL-23R/IL-12RB2IL-10CPLX1IL1R2STAT4CCR1CCR3IL12AMICA蛋白質HumanleukocyteantigenB51HumanleukocyteantigenA26Interleukin23receptor/interleukin12receptorbeta2Interleukin10Complexin-1Interleukin1receptortype2Signaltransducerandactivatoroftranscription4Chemokine(C-Cmotif)receptor1Chemokine(C-Cmotif)receptor3Interleukin12alphaMHCclassIchain-relatedAオッズ比(信頼区間)3.49(95%CI2.95.4.12)2.50(95%CI1.73.3.62)1.28(95%CI1.18.1.39)1.45(95%CI1.34.1.58)1.16(95%CI1.07.1.27)1.28(95%CI1.14.1.44)1.27(95%CI1.13.1.42)1.40(95%CI1.18.1.66)1.29(95%CI1.15.1.46)1.63(95%CI1.30.2.03)1.69(95%CI1.43.1.99)(文献10より一部改訂)332あたらしい眼科Vol.30,No.3,2013(46) 示された.したがって,このSNPは炎症抑制性サイトカインであるIL-10の発現量を低下させることでBehcet病発症のリスクファクターとなっていると考えられている(図2).Behcet病の疾患感受性遺伝子の研究は現在も継続して行われており,これまでにさまざまな遺伝子が報告されている(表2)10).これらの結果はBehcet病の病態を推測するうえで意義深いものであり,今後さらなる研究の進展に期待したい.IIIインフリキシマブ(IFX)治療Behcet病ぶどう膜炎に対するIFXの臨床試験は,2000年から世界に先駆けてわが国で行われ,眼炎症発作を著明に抑制することが明らかとなった11).その結果を受けて2007年から難治性のBehcet病による網膜ぶどう膜炎に対して保険適用が認められている.現在,わが国のBehcet病患者約16,000人のうち,1,000人程度の患者がIFX治療を受けていると推定されている.Behcet病ぶどう膜炎に対するIFX治療の成績について幾つかの報告がなされている.Yamadaらは,Behcet病ぶどう膜炎患者に対してシクロスポリン治療(20例)またはIFX治療(17例)を半年間以上行った症例について,治療成績を後ろ向きに解析した12).その結果,シクロスポリンでは半年間の眼発作回数が3.3±2.4回から1.2±1.2回に減少したのに対し,IFXでは3.1±2.7回から0.4±1.0回に減少した.この結果は,IFX治療のほうがシクロスポリン治療よりも眼発作抑制効果が高いことを示唆している.Okadaらは,わが国でBehcet病ぶどう膜炎のIFX治療を多く行っている8大学病院での治療成績を報告した13).臨床効果については50症例を対象として検討が行われ,半年間における眼発作回数はIFX導入前には平均2.66回であったのに対し,導入後には0.44回に減少していた(表3).眼発作の重症度についても,IFX導入前には72%の眼発作が中等度から高度であったのに対し,導入後には68%が軽度となり,眼発作の軽症化がみられた.さらに,IFX治療の有効性を規定する因子についての研究もなされている.Sugitaらは,IFXの血液中濃度と臨床効果の関連性を報告した14).IFXを8週ごとに投与している患者20例について,IFX投与直前と投与直後に血液を採取し,IFXの濃度を測定した.その結果,投与直前の血清中IFX濃度が1.0μg/ml以上の症例では,16例中14例で経過中に眼発作は起こらなかったのに対し,IFX濃度が1.0μg/ml未満の症例では,4例中3例で眼発作が起きていた.この結果から,次回のIFX投与直前における血液中IFX濃度(トラフレベル)が1.0μg/ml以上に保たれているかどうかが,ぶどう膜表3インフリキシマブ開始前後の眼発作回数の変化インフリキシマブインフリキシマブインフリキシマブ開始前6カ月間開始後1.6カ月開始後7.12カ月症例数50例50例48例眼発作回数133回(2.66回)22回(0.44回)***38回(0.79回)***眼発作の部位前部16回(0.32回)2回(0.04回)**10回(0.21回)中間部50回(1.00回)7回(0.14回)***14回(0.29回)***後部65回(1.30回)12回(0.24回)***14回(0.29回)***不明2回(0.04回)1回(0.02回)0回(0.00回)眼発作の重症度軽度35回(0.70回)15回(0.30回)*24回(0.50回)中等度56回(1.12回)3回(0.06回)***5回(0.10回)***高度40回(0.80回)4回(0.08回)***9回(0.19回)***不明2回(0.04回)0回(0.00回)0回(0.00回)()内は1例当たりの平均値.*p<0.05,**p<0.01,***p<0.001,Wilcoxon’ssigndranktest.(文献13より要約)(47)あたらしい眼科Vol.30,No.3,2013333 炎のコントロールと関連すると結論付けている.Iwataらは,Behcet病ぶどう膜炎に対しIFX治療と血液中の抗核抗体の関連性を報告した15).17例の患者のうちIFX治療開始前には抗核抗体陽性は1例(6%)のみであったが,治療開始後6カ月で新たに11例(65%)が抗核抗体陽性となり,徐々に抗体価の上昇がみられた.さらにIFX治療開始後に眼発作がみられた5例は全例が抗核抗体陽性患者であった.このことから,血清中の抗核抗体価がIFX治療開始後の眼発作の予測マーカーとなりうる可能性を指摘している.Yoshidaらは,Behcet病ぶどう膜炎に対しIFX治療を開始した後に,眼発作が消失した群と眼発作が残存した群に分けて患者背景の違いを比較検討した16).その結果,IFX治療開始後に眼発作が消失する症例は,ぶどう膜炎発症からIFX開始までの期間が長い症例が多く,開始前の眼発作回数(特に眼底型の眼発作回数)も少ない症例に多かった.このことから,IFX治療により眼発作が完全に消失する症例は,治療開始前から活動性の低いことが原因ではないかと推測している.おわりにBehcet病は,免疫学的な病態解析,疾患感受性遺伝子,および新しい治療法の開発など近年著しく研究が進んだ疾患である.本稿ではその一部を要約して紹介した.長年,失明率の高い難治性疾患であったBehcet病も,IFXの登場でかなりコントロール可能な疾患となってきている.今後さらなる研究の進展や新しい治療の開発に期待したい.文献1)FrassanitoMA,DammaccoR,CafforioPetal:Th1polarizationoftheimmuneresponseinBehcet’sdisease:aputativepathogeneticroleofinterleukin-12.ArthritisRheum42:1967-1974,19992)ChiW,ZhuX,YangPetal:UpregulatedIL-23andIL-17inBehcetpatientswithactiveuveitis.InvestOphthalmolVisSci49:3058-3064,20083)KimJ,ParkJA,LeeEYetal:ImbalanceofTh17toTh1cellsinBehcet’sdisease.ClinExpRheumatol28(4Suppl60):S16-19,20104)GeriG,TerrierB,RosenzwajgMetal:CriticalroleofIL-21inmodulatingTH17andregulatoryTcellsin■用語解説■インフリキシマブ:腫瘍壊死因子(tumornecrosisfac-tor:TNF)-aに対するモノクローナル抗体製剤で,点滴静注で投与する薬剤である.初回投与の後,2週目,6週目,それ以降は8週間隔で投与する.従来の治療に抵抗する難治性のBehcet病ぶどう膜炎に対して2007年に保険適用を受けた.ヘルパーT細胞:T細胞受容体をもつリンパ球(T細胞)のうち,細胞表面にCD4を発現したリンパ球の亜集団.抗原提示細胞から抗原情報を受け取って活性化し,サイトカインを産生して獲得免疫の司令塔的な役割を担う.産生するサイトカインによってTh1,Th2,Th17などのサブグループに細分化される.一塩基多型:同じ民族集団のなかで,ある遺伝子のゲノム塩基配列中に一塩基だけが変異した多様性がみられ,その変異が集団内で1%以上の頻度でみられるとき,これを一塩基多型(singlenucleotidepolymorphism:SNP)とよぶ(1%未満の場合は突然変異とよばれる).SNPはDNAチップなどを用いて一度に大量に判定することができるため,SNPをマーカーとして利用することで,疾患関連遺伝子の染色体上の位置の絞り込みが可能となる.イントロン:DNA配列のうち,転写(DNAからメッセンジャーRNAを合成する段階)はされるが,最終的に機能する転写産物からは除去される塩基配列を指す.つまり,イントロンはアミノ酸配列には翻訳(メッセンジャーRNAの情報に基づいてアミノ酸を合成すること)されない.一方,除去されることなくアミノ酸配列に翻訳される部位をエクソンとよぶ.プロモーター:DNA配列のうち,転写の開始に関与する遺伝子の上流領域を指す.遺伝子の上流のプロモーター領域に転写因子(転写を促進する物質)が結合することによって転写が始まる.Behcetdisease.JAllergyClinImmunol128:655-664,20115)SugitaS,YamadaY,KanekoSetal:InductionofregulatoryTcellsbyinfliximabinBehcet’sdisease.InvestOphthalmolVisSci52:476-484,20116)SugitaS,KawazoeY,ImaiAetal:InhibitionofTh17differentiationbyanti-TNF-alphatherapyinuveitispatientswithBehcet’sdisease.ArthritisResTher14:R99,20127)石ヶ坪良明,寒川整:自己炎症疾患の新しい知見.自己炎症疾患としてのBehcet病.日本臨床免疫学会雑誌34:408-419,20118)MizukiN,MeguroA,OtaMetal:Genome-wideassociationstudiesidentifyIL23R-IL12RB2andIL10asBehcet’sdiseasesusceptibilityloci.NatGenet42:703-706,2010334あたらしい眼科Vol.30,No.3,2013(48) 9)RemmersEF,CosanF,KirinoYetal:Genome-wideassociationstudyidentifiesvariantsintheMHCclassI,IL10,andIL23R-IL12RB2regionsassociatedwithBehcet’sdisease.NatGenet42:698-702,201010)PinetondeChambrunM,WechslerB,GenGetal:NewinsightsintothepathogenesisofBehcet’sdisease.AutoimmunRev11:687-698,201211)OhnoS,NakamuraS,HoriSetal:Efficacy,safety,andpharmacokineticsofmultipleadministrationofinfliximabinBehcet’sdiseasewithrefractoryuveoretinitis.JRheumatol31:1362-1368,200412)YamadaY,SugitaS,TanakaHetal:Comparisonofinfliximabversusciclosporinduringtheinitial6-monthtreatmentperiodinBehcetdisease.BrJOphthalmol94:284-288,201013)OkadaAA,GotoH,OhnoSetal:MulticenterstudyofinfliximabforrefractoryuveoretinitisinBehcetdisease.ArchOphthalmol130:592-598,201214)SugitaS,YamadaY,MochizukiM:RelationshipbetweenseruminfliximablevelsandacuteuveitisattacksinpatientswithBehcetdisease.BrJOphthalmol95:549552,201115)IwataD,NambaK,MizuuchiKetal:CorrelationbetweenelevationofserumantinuclearantibodytiteranddecreasedtherapeuticefficacyinthetreatmentofBehcet’sdiseasewithinfliximab.GraefesArchClinExpOphthalmol250:1081-1087,201216)YoshidaA,KaburakiT,OkinagaKetal:Clinicalbackgroundcomparisonofpatientswithandwithoutocularinflammatoryattacksafterinitiationofinfliximabtherapy.JpnJOphthalmol56:536-543,2012(49)あたらしい眼科Vol.30,No.3,2013335

Vogt-小柳-原田病とぶどう膜炎の新しい画像診断

2013年3月31日 日曜日

特集●ぶどう膜炎の研究最前線2013あたらしい眼科30(3):321.328,2013特集●ぶどう膜炎の研究最前線2013あたらしい眼科30(3):321.328,2013Vogt-小柳-原田病とぶどう膜炎の新しい画像診断NewImagingTechniqueforVogt-Koyanagi-HaradaDiseaseandOtherUveitis山木邦比古*はじめにぶどう膜炎は脈絡膜や網膜色素上皮に病変の主体があるが,これまでの光学機器〔検眼鏡,蛍光眼底撮影,従来のOCT(光干渉断層法)など〕では直接観察困難な部位であるため炎症の存在は推測されるが,その存在を確認することは不可能であった.また,脈絡膜に炎症があれば網膜色素上皮,視細胞にも影響が及ぶことは容易に推測されるが,視細胞の微細な変化を直接捉えることは困難であった.近年開発された光学機器は脈絡膜,条件によっては強膜までを捉えることができるようになり,ぶどう膜に存在すると推定されてきた炎症像を画像として捉えることができる可能性が期待される.また,ぶどう膜に炎症があればこれにより栄養されている網膜視細胞には影響があることが推測されるが,視細胞の微細構築を画像として捉えることも,これまでは不可能であり,ぶどう膜炎を診察することの多い眼科医にとってもどかしい限りであった.I補償光学眼底カメラによるVogt-小柳原田病(VKH)患者,ぶどう膜炎患者の視細胞微細構造補償光学は宇宙空間から地球を偵察するために開発された技術で,地球を取り巻く大気の揺らぎによる画像のぶれを補正し,鮮明な画像を得る技術の応用である.この技術を眼底カメラにコンパクトに収めた眼底カメラが近年実用化された(図1).このカメラでは錐体細胞一つひとつを同定することができるが,一つの画角は4°と狭い(図2).また,中間透光体に強い混濁があると正確な画像を得ることができない.まだ正常コントロールを確定する作業と同時進行で,しかも炎症眼で,鮮明な画像を得るためには制約が多いが,脈絡膜での炎症の影響を一つひとつの錐体細胞レベルで解析が始められている.DistortedlightbeamDeformablemirrorCalculatorWavefrontanalyzer図1実際に使用されている補償光学眼底カメラと基本原理カメラに入射した光は生体眼球の光透過性の不均一(揺らぎ)があるためある程度以上は鮮明とならない.この揺らぎを瞬時に計算し,鏡をこの揺らぎを打ち消すように歪ませ(変形)鮮明な画像を得る.*KunihikoYamaki:日本医科大学千葉北総病院眼科〔別刷請求先〕山木邦比古:〒270-1694印西市鎌苅1715日本医科大学千葉北総病院眼科0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(35)321 SLOAdaptiveoptics2~4μmAdaptiveopticsSLOAdaptiveoptics2~4μmAdaptiveoptics20μm図2Scanninglaserophthalmoscope(SLO)(走査レーザー検眼鏡)とadaptiveoptics(AO)(補償光学)との画像比較SLOでは視細胞一つひとつは観察できないが,AOでは錐体細胞が観察される.1.VKHを含むぶどう膜炎ではフルオレセイン蛍光造影(FA)などで消炎後も視細胞に障害が残存するこれまではVKHでは急性期炎症が消炎すればconvalescentstage(回復期)とされ,FAでも炎症に伴う漏出はみられなくなる.しかし,インドシアニングリーン(ICG)ではこの時期でも脈絡膜に炎症が存在し,ダークスポットとその周囲からのICGの漏出として捉えられることがある.この時期での網膜変化の詳細は把握することが困難であった.補償光学眼底カメラによる定時的観察ではVKH急性炎症消炎後も比較的長期にわたり視細胞数に影響が残ることが明確となった(図3).VKH以外のぶどう膜炎でも同様の変化がみられ,ぶどう膜にある炎症は長期にわたり視細胞に影響を与えることが判明した.2.SweptsourceOCTによるぶどう膜炎病態観察SweptsourceOCTは網膜色素上皮を透過し,脈絡膜まで,一部では強膜まで観察することができる(図4).ぶどう膜にあると推測される炎症の存在は網膜色素上皮にブロックされ,炎症により網膜色素上皮が萎縮,瘢痕化した部位以外通常の眼底検査,FAなどでは十分な情報は得られなかった.SweptsourceOCTは波長1,050nmを用いることにより色素上皮にブロックされることなく色素上皮より後方にある病巣を描出することが可能となった.3.ぶどう膜炎のぶどう膜OCT画像これまでに網膜のOCT画像は多数蓄積され,他の検査との突き合わせも確立しつつある.しかし,脈絡膜のOCT画像についてはまだ蓄積がなく,ICGなどの他の322あたらしい眼科Vol.30,No.3,2013(36) 3週4週10週5カ月錐体細胞密度図3補償光学眼底カメラによる原田病患者視細胞の計時的変化同一患者,同一部位を発症3週間,4週間,10週間,5カ月後に撮影し,桿体細胞密度を計測した.上段は原画,下段は錐体細胞密度を計測し,カラー表示させている.網膜下滲出物が完全に吸収された5カ月後でも錐体細胞密度の低い部分が残存している.図4SweptsourceOCTによる後眼部所見網膜,脈絡膜,強膜まで描出されている.検査や組織像との突き合わせにより,病態の把握を進めなければならない.筆者らのこれまでの蓄積からは炎症の存在様式,存在部位が徐々に判明しつつあるが,確定したものではなく,あくまでも私見であることを念頭においていただきたい.図5VKH急性期OCT所見脈絡膜が肥厚し,びまん性の細胞浸潤と推測される像がみられ,脈絡膜大血管層がこれにより一部圧排されている.4.VKHの脈絡膜変化a.VKH急性期変化急性期変化はこれまでにも報告があるように著明な脈絡膜の肥厚である.肥厚する部位は脈絡膜全層にわたり,部位を特定することは困難であった.これは組織学的にも脈絡膜の固有組織構築がまったく判別不可能なほ(37)あたらしい眼科Vol.30,No.3,2013323 ABABC図7ConvalescentstageでのsweptsourceOCT画像肥厚した脈絡膜に高輝度像が網膜側から強膜側までびまん性にみられ,脈絡膜大血管像が不鮮明となっている.おそらく脈絡膜大血管も炎症性細胞の浸潤により圧排されているものと推測される.また,正常では強膜側に接して存在する脈絡膜大血管層よりも強膜側にもびまん性の高輝度像がみられ,炎症性細胞の浸潤が推測される.網膜色素上皮細胞にも炎症による変化がみられる.324あたらしい眼科Vol.30,No.3,2013図6ConvalescentstageでのFA,ICG所見A,B:FA所見.造影後期となっても蛍光色素の漏出はみられない.C:ICG所見.多数のダークスポットとその周囲からの漏出がみられる.どに肥厚するのによく一致していた.急性期組織所見でみられる無数のリンパ球のびまん性浸潤と細胞の集簇したと推測される形態が描出されているが,組織学的裏付けがなく,さらなるデータの蓄積によって所見を確定しなければならない(図5).また,他のぶどう膜炎でもみられる所見であるが,脈絡膜大血管の拡張はぶどう膜炎時の共通の所見と思われる.b.VKH亜急性期OCT所見急性期(眼病期)の後convalescentstageとなるが,このステージでは炎症は消退期であり,初期ステロイドパルスあるいは大量療法後の減量を行えば良いと考えられていた.しかし,約60%もの患者が夕焼け状眼底に進展することに加え,この時期にやはり眼外症状が出現することとは矛盾すると思われる.まったく炎症がない状態で脈絡膜,網膜色素上皮が萎縮し,夕焼け状眼底に進展するのは論理的にはありえないが,これまでは炎症の存在を確認できなかった.近年ICG検査によりこのステージにも脈絡膜に炎症があり,治療継続の指標として使用することが推奨されつつある(図6).ICG検査が有用な検査であることは論を俟たないが,脈絡膜の炎症を直接画像としてみることはできなかった.この時期で(38) BBDもsweptsourceOCTでは脈絡膜炎,網膜色素上皮に炎症の存在が示され,補償光学眼底カメラによる観察でも錐体数の減少や形態異常が検出される(図3,7).5.視神経乳頭変化VKHでは急性炎症期,亜急性期,炎症の持続する症例では慢性期に及ぶ視神経乳頭の発赤腫脹がみられることが多い.この所見は炎症の存在を示唆するものである図8SweptsourceOCT視神経所見視神経乳頭浮腫がみられ,網膜色素上皮直上視神経周囲に炎症性細胞の集簇と推測される陰影が観察される.強膜貫通部後方にも炎症性細胞が存在すると推測されるが,この画像では特定困難である.AE図9夕焼け状眼底を呈し,長期間経過するが,炎症を繰り返している症例の炎症消退時SD-OCT所見A:通常のSD-OCTでも強膜まで描出できる.脈絡膜はほとんど構築をもたない1枚の紙のように描出される.脈絡膜厚は37μmである.B:同じ症例の前眼部炎症出現時の脈絡膜厚は147mmと炎症消退時に比較して著明な肥厚を示す.C:同じ症例にケナコルトRTenon.内注射を行った3カ月後の脈絡膜厚は61μmに戻った.D:眼底所見.夕焼け状眼底を通りすぎ,むしろ強膜が透見され,白色調をきたしつつある.E:前眼部炎症出現時FA所見.FAでは造影後期となっても蛍光の脈絡膜からの漏出はみられない.しかしSD-OCTでは脈絡膜の肥厚があり,後眼部にも炎症が存在することが推測される.(39)あたらしい眼科Vol.30,No.3,2013325 ことは明らかであるが,視神経所見のみが長期に残存することも多く,その組織像や周囲の組織の炎症との関連などが不明である.臨床的にも他の炎症が消退後も長期間持続する場合の病態をどのように評価するかはいまだ一定の見解がない.それは視神経乳頭の色調,境界の明瞭さなどは個人差が多く,VKH発病前の所見がなければ比較ができないため,また長期間視神経乳頭の発赤腫脹が持続しても徐々に消退していく場合と再発する場合があり区別が困難であったためである.SweptsourceOCTではかなり鮮明に視神経乳頭とその周囲組織の画像を得られる.視神経乳頭の浮腫の程度については鮮明に判定できるが,画像から得られるその他の詳細な所見については現時点では定まったものはない.さらなる症例の蓄積が必要であるが,参考となると思われる所見を示す(図8).6.慢性期,遷延期所見VKH遷延期あるいは慢性期には明らかな炎症の再燃,持続する症例も含め夕焼け状眼底に進展する症例は約60%とされている.これらの症例のうち前眼部や眼底に明らかな炎症が持続する場合は積極的な治療の対象とされてきた.しかし,多くの症例では前眼部の弱い炎症のみが持続し,後眼部には炎症がないように観察される.この時期でもICGではダークスポットとその周囲からの蛍光の漏出がみられ,前眼部に炎症があれば必ず後眼部にも炎症が存在するとされるようになった.前眼部に微弱な炎症があり,夕焼け状眼底が長期間続く症例では,病巣部を的確に捉えれば,この時期ではsweptsourceOCTでなくともspectral-domainOCT(SDOCT)でも炎症の存在が示唆される所見が観察されることも多い.脈絡膜はおおむね萎縮,菲薄化し,固有の組織構築を失い,1枚の菲薄な膜のごとき像を呈している.また,1枚の紙のような脈絡膜でも治療による炎症の消退,再燃に一致して脈絡膜厚が変化する(図9).また,眼底の灰白色斑部は脈絡膜が萎縮し,強膜が網膜に直接接するような像がみられ,萎縮斑のことが多いが,これにDalen-Fuchsと思われる肉芽腫性変化も混じり,眼底検査のみでは判別困難である.夕焼け状眼底と灰白色萎縮斑が多数みられ,荒廃した眼底様像を呈する症例でも比較的強い炎症が持続する場合には脈絡膜は肥厚し,炎症の程度に一致して増減する(図10).前眼部に炎症のあるVKHでは必ず後眼部を含む眼球全体に炎症が存在することがICG所見からすでに得られているが,sweptsourceOCTを含むOCT所見でもこのことが確認された.また,夕焼け状眼底を呈するのは炎症の消退した後の萎縮によるものでありこの時期には炎症は存在しないとされてきたが,sweptsourceOCTでは炎症の存在が示唆された.これらの事実はVKHのこれまでの治療方針を見直さなければならないことを示A図10適切な初期治療が行われず,遷延した症例A:ステロイドパルス,シクロスポリン,免疫抑制薬にも抵抗して炎症が発症以来長期間持続している.このような症例でも炎症が存在すると脈絡膜は肥厚していることがわかる.B:眼底はやはり長期間の炎症持続により夕焼け状眼底を通り越し白色調を帯び,脈絡膜萎縮部位に強膜が白色に透見される.B326あたらしい眼科Vol.30,No.3,2013(40) ABABC図11他病院から転移性脈絡膜腫瘍として紹介された症例A:眼底所見ではいかにも転移性脈絡膜腫瘍と思われる.B:ICG眼底造影.ICGでも腫瘍部に血管陰影は描出されなかった.C:SweptsourceOCT像.SweptsourceOCTでは血管陰影と推唆しているように思える.さらに症例を蓄積し,各病期における治療指針となるようなスタンダードなOCT所見を確立する必要がある.IIVKH以外のぶどう膜炎(ぶどう膜疾患)のsweptsourceOCTと補償光学眼底カメラによる視細胞変化補償光学眼底カメラではMEWS(multipleevanescentwhitedotsyndrome)のwhitedotが検眼鏡的には消失した後にも視細胞数の減少がみられ,障害が持続することが判明した.また,OCTにても病巣が消失したように観察される部位でも網膜色素上皮の障害と脈絡膜での炎症を示唆する所見がみられる.炎症以外のぶどう膜疾患でもsweptsourceOCTは脈絡膜の組織構築を推測可能な像を得られると思われる.たとえば,脈絡膜血管腫では脈絡膜悪性黒色腫や転(41)測される低輝度の集簇がみられる.眼球以外にも良性血管腫があり,経過観察とした.この症例ではsweptsourceOCTが診断の決定に必要であった.移性脈絡膜腫瘍との鑑別などに有用である(図11).おわりに一般にぶどう膜に炎症が存在すればぶどう膜は肥厚する.これは炎症性細胞の脈絡膜への浸潤と炎症性サイトカインによる脈絡膜固有層の浮腫によるものと推測されるが,細胞浸潤と固有組織の浮腫とを鑑別することはいまだ困難である.炎症時には現時点では脈絡膜大血管が腫脹することが原因の如何を問わずみられることが多い.今後症例を蓄積すれば炎症の有無だけでなく,それぞれ固有の疾患に特異的あるいは比較的多い画像の特徴を特定することができるものと期待している.また,これまではぶどう膜炎での網膜への波及は詳細には触れられなかった.今後補償光学眼底カメラによる定時的観察などにより,視機能への影響を考慮した治療も検討できる可能性がある.文献1)HerbortCP,MantovaniA,BouchenakiN:IndocyaninegreenangiographyinVogt-Koyanagi-Haradadisease:angiographicsignsandutilityinpatientfollow-up.IntOphthalmol27:173-182,20072)KnechtPB,MantovaniA,HerbortCP:Indocyaninegreenangiography-guidedmanagementofVogt-Koyanagi-Harあたらしい眼科Vol.30,No.3,2013327 adadisease:differentiationbetweenchoroidalscarsandactivelesions.IntOphthalmol2013Jan1〔Epubaheadofprint〕3)CheeSP,JapA,CheungCM:TheprognosticvalueofangiographyinVogt-Koyanagi-Haradadisease.AmJOphthalmol150:888-893,20104)daSilvaFT,SakataVM,NakashimaAetal:Enhanceddepthimagingopticalcoherencetomographyinlong-standingVogt-Koyanagi-Haradadisease.BrJOphthalmol97:70-74,20135)NakayamaM,KeinoH,OkadaAAetal:EnhanceddepthimagingopticalcoherencetomographyofthechoroidinVogt-Koyanagi-Haradadisease.Retina32:2061-2069,2012328あたらしい眼科Vol.30,No.3,2013(42)

サルコイドーシス

2013年3月31日 日曜日

特集●ぶどう膜炎の研究最前線2013あたらしい眼科30(3):313~319,2013特集●ぶどう膜炎の研究最前線2013あたらしい眼科30(3):313~319,2013サルコイドーシスSarcoidosis高瀬博*江石義信**はじめにサルコイドーシスは全身の複数臓器に非乾酪壊死性の類上皮細胞肉芽腫を形成し,その多くで眼や肺,皮膚などが侵される原因不明の疾患である.サルコイドーシス患者で最も多い罹患臓器は肺であるが,ついで30~60%に両眼性の肉芽腫性ぶどう膜炎を中心とした眼症状を呈することが知られており1~3),わが国のぶどう膜炎の原因として近年最も頻度が高い疾患である4,5).本症はステロイド治療に良好に反応するため視力予後は比較的良好であり,一部には自然治癒例が存在することも事実ではある.しかし,その多くは慢性再発性の経過を辿るため,続発緑内障などによる不可逆的な視覚障害に陥る症例も決して少なくない.また,全身的にも肺線維症や心臓サルコイドーシスなどによる死亡例もあり,サルコイドーシスの正確な診断と長期的な経過観察,適切なステロイド治療を行うことは患者の視力予後,生命予後を守るうえでは大変重要である.しかし,長期にわたるステロイド治療には多くの副作用を伴い,全身投与では耐糖能異常や骨粗鬆症,中心性肥満,局所投与ではステロイド緑内障や白内障などが問題となる.そのため,サルコイドーシスの根本的な原因の解明と治療法の開発が切望されている.本稿では,サルコイドーシスの国際診断基準の作成とその妥当性の評価に関する研究,そしてサルコイドーシスの病態解明のために現在までに行われている研究について概説する.I眼サルコイドーシスの国際診断基準1.眼サルコイドーシス国際診断基準の作成サルコイドーシスは国内のみならず海外諸国でもぶどう膜炎の主要原因疾患であるが,各国での診断基準はさまざまである.サルコイドーシス診断のgoldstandardはいうまでもなく組織学的診断による非乾酪壊死性類上皮細胞肉芽腫の証明であるが,眼内の肉芽腫に対する生検は,その侵襲の高さから通常行われることは少なく,また自覚症状が眼症状のみであるぶどう膜炎患者に対して眼外臓器の組織生検を行うことは容易でない場合も多い.これは医療事情が異なる海外諸国では,よりむずかしい場合が多いといえる.そのため,ぶどう膜炎が主体のサルコイドーシス患者診断のために,臨床所見と検査所見の組み合わせによる,非侵襲的かつ国際的に共通なサルコイドーシス診断基準の作成が望まれた.これに対して,“TheFirstInternationalWorkshoponOcularSarcoidosis”(IWOS)が2006年10月に東京で開催され,眼科医の立場からサルコイドーシスによるぶどう膜炎の国際診断基準について討議が行われた.その結果,サルコイドーシスを示唆する眼所見7項目と全身検査所見5項目があげられ,これらを組み合わせることでDefiniteocularsarcoidosis(OS),PresumedOS,ProbableOS,PossibleOSの4段階に分類する眼サルコイドーシス国際診断基準が提唱された(表1)6).*HiroshiTakase:東京医科歯科大学医歯学総合研究科眼科学**YoshinobuEishi:同人体病理学〔別刷請求先〕高瀬博:〒113-8519東京都文京区湯島1-5-45東京医科歯科大学医歯学総合研究科眼科学0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(27)313 表1眼サルコイドーシスの国際診断基準眼サルコイドーシスを示唆する眼所見1.豚脂様角膜後面沈着物または虹彩結節(Koeppe結節,Busacca結節)2.隅角結節またはテント状周辺虹彩前癒着3.雪玉状または数珠状硝子体混濁4.眼底周辺部の多発性網脈絡膜病巣(活動性または非活動性)5.網膜血管周囲炎,血管周囲結節または網膜動脈瘤6.視神経乳頭肉芽腫または脈絡膜肉芽腫7.両眼罹患眼サルコイドーシスを支持する全身所見1.ツベルクリン反応の陰転化2.血清アンギオテンシン変換酵素(ACE)またはリゾチームの上昇3.胸部X線でBHL陽性4.血清肝酵素の上昇5.胸部X線でBHL陰性症例における,胸部CTでの肺病変の検出眼サルコイドーシスの診断基準と分類1.DefiniteOS:生検陽性かつサルコイドーシスに矛盾しないぶどう膜炎を有する2.PresumedOS:生検未施行,BHL陽性かつサルコイドーシスに矛盾しないぶどう膜炎を有する3.ProbableOS:生検未施行,BHL陰性かつ眼所見3項目と全身所見2項目を満たす4.PossibleOS:生検(TBLB)陰性かつ眼所見4項目と全身所見2項目を満たすOS:ocularsarcoidosis,TBLB:経気管支肺生検,ACE:アンギオテンシン変換酵素,BHL:両側肺門リンパ節腫脹.表2Presumed/PossibleOSに分類された対照患者14名の陽性臨床所見数および検査所見結果ツ反ACEBHL肝酵素BHL診断TBLB陽性眼所見数陰性上昇(胸部X線)異常(胸部CT)Presumed未施行1(両眼罹患)+++.Presumed未施行4+++.Presumed未施行4+++.Presumed未施行2.++.Possible陰性5+.+.Possible陰性4+++.Possible陰性4+++.Possible陰性4+++.Possible陰性4+++.Possible陰性4+.+.Possible陰性5.++.Possible陰性5+…+Possible陰性4+…+Possible陰性4未施行+..+OS:ocularsarcoidosis,TBLB:経気管支肺生検,ACE:アンギオテンシン変換酵素,BHL:両側肺門リンパ節腫脹.2.眼サルコイドーシス国際診断基準の妥当性の検証OSに分類される一方,対照患者として用いたその他のこの診断基準の妥当性について,ぶどう膜炎患者370ぶどう膜炎患者320名のうち4名がPresumedOS,10名(サルコイドーシス組織診断群50名,対照として他名がPossibleOSに分類された.これらを合わせた14のぶどう膜炎患者320名)を対象に検討を行った7).こ名の患者でみられた臨床所見の内訳をみると,胸部単純れらの患者を国際診断基準に当てはめ分類すると,サルX線または胸部CT(コンピュータ断層撮影)によりコイドーシス組織診断群患者50名はすべてDefiniteBHL(両側肺門リンパ節腫脹)が全例で陽性であり,ま314あたらしい眼科Vol.30,No.3,2013(28) 表3国際診断基準で用いられる眼所見および全身所見の診断パラメータ眼所見の眼所見感度特異度PPVNPV診断パラメータ豚脂様角膜後面沈着物,虹彩結節0.5800.7880.2990.923隅角結節,テント状周辺虹彩前癒着0.7600.7310.3060.951雪玉状,数珠状硝子体混濁0.5400.8030.3000.918多発性網脈絡膜病変0.4000.8880.3570.904網膜静脈周囲炎,網膜細動脈瘤0.3800.9380.4870.906視神経乳頭または脈絡膜肉芽腫0.0601.0001.0000.872両眼罹患0.9800.3470.1900.991全身検査所見の全身検査所見感度特異度PPVNPV診断パラメータツ反陰性0.8950.6170.2640.975血清ACE/リゾチーム上昇0.6200.9250.5640.939胸部X線によるBHL陽性0.7200.9200.5900.953肝酵素異常0.0200.9720.1000.864胸部CTによるBHL陽性0.8600.7190.5780.920PPV:陽性的中率,NPV:陰性的中率,ACE:アンギオテンシン変換酵素,BHL:両側肺門リンパ節腫脹.た陽性となった眼所見が両眼罹患のみだった1名を除いた13名はわが国のサルコイドーシス臨床診断群に合致した(表2).つぎに,国際診断基準で用いられた眼所見7項目,全身検査所見5項目のそれぞれについて,サルコイドーシス組織診断群患者における診断パラメータ,すなわち感度,特異度,陽性予測度(PPV),陰性予測度(NPV)を,その他のぶどう膜炎を対照として計算した.その結果,眼所見,全身所見ともにばらつきがみられたものの,総じて高い診断パラメータが得られた(表3).しかし,肝酵素に関しては感度は低く,サルコイドーシス組織診断群とその他のぶどう膜炎の間でその出現頻度に差はなかった(p=0.74).国際診断基準は,眼所見と臨床検査所見の多くで妥当なものと考えられるが,検査項目や分類などに対して今後さらなる改訂を要するものと思われる.現在IWOSによる国際多施設共同研究として,国際診断基準の妥当性を検討する前向き調査が行われており,その結果が待たれる.IIサルコイドーシスの病態と病因に関する研究1.サルコイドーシスの病因探索の歴史サルコイドーシスを特徴付ける最も基本的な病態は,乾酪壊死を伴わない類上皮細胞肉芽腫の存在である.肉(29)芽腫の形成は炎症反応により排除できない起炎物質を局所に封じ込める生体防御機構の一つであるが,サルコイドーシスにおいても何らかの起炎物質を取り込んで増殖したマクロファージがTh1型の免疫反応(用語解説)を展開することで,壊死を伴わずに類上皮細胞や巨細胞に変容し,肉芽腫が形成されていくと考えられている.では,この起因物質とは何であろうか?サルコイドーシスで生じる肉芽腫は,乾酪壊死が生じていないことを除けば結核性の肉芽腫に類似していること,ツベルクリン反応が陰転化することなどから,欧米諸国では古くから結核との関連が疑われていた.しかしサルコイドーシスには感染性はなく,また病変部組織から結核菌が培養されることもない.これに対して,わが国では1970年代に厚生省難病研究班により,サルコイドーシス患者病変部組織に対する徹底的な微生物学的検索が行われた.その結果,唯一分離された微生物がアクネ菌(Propionibacteriumacnes)であった8).一方で結核菌を含む他の細菌,ウイルス,真菌類などはまったく検出されなかったことから,わが国ではアクネ菌がサルコイドーシスの原因細菌として注目を集めることとなった.しかし,その後しばらくの間は,アクネ菌が皮膚常在菌であるためコンタミネーションの可能性を完全に否定できなかったこと,アクネ菌の分離検出に疾患特異性が認められないことなどから,研究に著しい展開はみられなかった.あたらしい眼科Vol.30,No.3,2013315 2.サルコイドーシスの病変局所におけるアクネ菌の同定1999年になり日本人のサルコイドーシス患者のリンパ節生検検体のパラフィン切片の解析において,アクネ菌あるいはアクネ菌と同じ皮膚常在菌であるPropionibacteriumgranulosumのDNAが定量的PCR法(用語解説)により多量に検出された9).またinsituhybridization法(用語解説)によりサルコイドーシスの病変部局所の肉芽腫内部にアクネ菌のDNAが集積して存在することも明らかとなり10),アクネ菌がサルコイドーシスの肉芽腫形成に積極的に関与していることが改めて強く示唆された.一方,サルコイドーシス患者の病変部リンパ節の組織懸濁液をマウスに免疫することで,肉芽腫の内部に存在する未知の起因物質に対する単クローン抗体を作製したところ,この抗体はアクネ菌のみに対して特異的に反応し,結核菌などの他の菌類にはまったく反応しなかったため,これもサルコイドーシス病変部肉芽腫にアクネ菌が関与することを強く示唆するものとなった11).このようにして作製された単クローン抗体の一つで,アクネ菌の菌体細胞膜から細胞壁を貫いて分布する糖脂質抗原(リポタイコ酸)を認識するPAB抗体を用aいてサルコイドーシス患者の各種臓器の生検組織切片に対する免疫染色を行った結果,罹患臓器にかかわらず高い陽性率を示した(表2,図1).これらの結果より,サルコイドーシスの罹患臓器におけるアクネ菌の関与が強く示された.一方,ぶどう膜炎へのアクネ菌の関わりについては,サルコイドーシス患者の硝子体液からPCR法でアクネ菌DNAを検出した報告が1報12)あるのみであり,サルコイドーシスの硝子体混濁を手術で採取したものにPAB抗体を用いた自験例ではこれまでに陽性像は得ら表4サルコイドーシスの各種罹患臓器肉芽腫内でのPAB抗体陽性率臓器採取法総数陽性数陽性率リンパ節生検817188%肺VATZ272074%皮膚生検231983%脾臓手術6583%脳・神経生検66100%心臓切除生検6583%骨格筋生検77100%VATZ:ビデオ補助胸腔鏡手術.b図174歳,女性の皮膚サルコイドーシスの生検標本a:HE染色標本.完成途上にある類上皮細胞肉芽腫が真皮層内に広く分布しており,ところどころで緻密なリンパ球浸潤を伴っている.矢印で示す代表的な類上皮細胞肉芽腫では,辺縁の縁取りが不明瞭でややリンパ球浸潤が目立つ.b:同一部位のPAB抗体免疫染色像.aとまったく同一部位のPAB抗体免疫染色像を示す.大小さまざまな類上皮細胞肉芽腫に対して肉芽腫の周囲および内部に多数のPAB抗体陽性下流が認められる.a矢印で示した肉芽腫と同一部位を矢印で示す.その部位の強拡大像をインセットに示す.大小さまざまのPAB抗体陽性顆粒が肉芽腫細胞内に認められる.肉芽腫中心部ではすでに細胞内消化を受けて陽性強度の減弱した顆粒も散見される.316あたらしい眼科Vol.30,No.3,2013(30) 図2アクネ菌病因説に基づいたサルコイドーシス肉芽腫形成機構細胞内に不顕性感染したアクネ菌は,細胞壁を欠失した冬眠状態で細胞内に潜伏感染する(左).その後なんらかの環境要因を契機として,冬眠状態のアクネ菌が内因性に活性化され,小型円形の感染型アクネ菌として細胞内増殖する(中).この感染型アクネ菌はリンパ・血液を介して全身に拡散し,新たな細胞内感染をひき起こす.しかし,宿主要因として本菌に対するアレルギー素因を有する個体では,感染型アクネ菌の細胞内増殖を契機に過度のTh1型免疫反応が起こり,感染型アクネ菌の拡散防止を目的とした肉芽腫形成が生じるものと考えられる(右).れていない.サルコイドーシスによるぶどう膜炎眼内における肉芽腫・結節が他臓器におけるそれと同一な機序で形成されていることは想像に難くないが,手術により得られる検体が微量であり,網脈絡膜内の肉芽種の採取には大きな侵襲を伴うことなどが,研究の進展を阻んでいるものと考えられる.今後は眼科領域においても,手術法や検体解析法の進歩などによる,ぶどう膜炎におけるアクネ菌の関与についての研究の進展が期待される.3.サルコイドーシスのアクネ菌病因説と治療戦略これまでの研究経緯から,アクネ菌はヒトの末梢肺組織や肺門部リンパ節からも約半数の症例で培養可能であることが明らかとなった13).これはアクネ菌が外部環境から経気道的に生体内に侵入した結果,不顕性感染を生じたものであり,その後何らかの環境要因(ストレス,生活習慣など)を契機に内因性に活性化し細胞内増殖するものと考えられる.宿主要因としてアクネ菌に対するアレルギー素因を有する患者では,アクネ菌の細胞内増殖を契機に感染臓器局所で過度のTh1型免疫反応が起こり,感染型アクネ菌の拡散防止を目的とした肉芽腫形成が生じる(図2).細胞内増殖の際に肉芽腫による封じ込めを逃れたいわゆる感染型アクネ菌は,病変部局所に新たな潜伏感染をひき起こすのみならず,リンパ向性あるいは血行性に全身諸臓器に新たな潜伏感染と,それに続く再度の内因性活性化と肉芽腫形成を生じると考えられ,サルコイドーシスにおけるぶどう膜炎はこの段階で(31)不顕性感染感染型アクネ菌の拡散リンパ向性および血行性外部からの初感染経気道的内因性活性化肺および肺門部リンパ節アレルギー反応潜伏感染細胞内増殖肉芽腫形成心臓,皮膚,眼,肝,脾,骨格筋,中枢神経,その他図3サルコイドーシスのアクネ菌病因説皮膚常在菌であるアクネ菌は,経気道的に肺および肺門部リンパ節に潜伏感染を生じる.これがなんらかの環境要因により感染型アクネ菌となり細胞内増殖を起こすと,アクネ菌にアレルギー素因を有する個体では肉芽腫が形成されると同時に,感染型アクネ菌はリンパ向性および血行性に全身に拡散し,眼や皮膚を中心とした全身諸臓器に新たな細胞内感染および肉芽腫を生じることとなる.生じるものと推察される(図3).サルコイドーシスにおける全身多臓器に生じる病変と,長期にわたり慢性・再発性に生じる病態が,アクネ菌の細胞内増殖と全身への播種により生じるものであると考えた場合,現在行われている治療,すなわちステロイドやメトトレキサート,抗TNF(腫瘍壊死因子)-a製剤を代表とする生物製剤による治療は肉芽腫形成による感染型アクネ菌の封じ込めを阻害することとなり,対症的には炎症を抑制するものの,結果としてはアクネ菌の再活性化による新たな潜伏感染をひき起こす危険性をはらむものとなりうる.したがって,サルコイドーシスあたらしい眼科Vol.30,No.3,2013317 からの完全寛解を目指すためには,細胞内増殖を生じている感染型アクネ菌および細胞内持続感染状態のアクネ菌に対する除菌療法が必要であると考えられる.現在までに,サルコイドーシスに対して抗生物質の内服投与を行った報告は,皮膚や肺病変に対するものが散見されるが,いまだまとまった報告はなく,その効果については定かではない.そのため,今後は多施設による前向きの臨床試験の施行が望まれている.サルコイドーシスにより生じる数ある臓器所見のなかで,眼所見は他の臓器に比べ寛解・増悪の変化が鋭敏に検出されやすいこと,眼内炎症の程度を定量評価しやすい点から,ぶどう膜炎は除菌療法の対象疾患として期待されている.4.サルコイドーシスの病態解明に関わる今後の研究の展望サルコイドーシスの病因に関する国際的に合意の得られた基本的な考え方は,サルコイドーシスは,1)疾患感受性を有する患者が,2)何らかの環境要因を契機に,3)特定の起因物質に曝露されて発症するというものである.このなかで,1970年代からわが国において開始された起因物質の探索は,常在菌であるアクネ菌の特定という形で実を結びつつある.このアクネ菌のサルコイドーシス発症における位置づけを考えるには,いわゆる日和見感染のような従来の感染症の概念とは異なり,その菌体成分に対する過敏性免疫反応を原因として疾病を生じるという新しい内因性感染症の概念を用いる必要がある.これは,感染微生物の関与が疑われながらもいまだに原因が不明のままである他の多くの難治性疾患の原因を追及するうえで,われわれが念頭におくべき重要な考え方であると言えるだろう.サルコイドーシスの発症機構の全容の解明には,さらに患者要因ならびに環境要因について研究が必要である.現在,横浜市立大学を中心に国内多施設から収集したサルコイドーシス患者末梢血に対する疾患感受性遺伝子の網羅的な解析研究が進行中であり,その結果が期待される.おわりにこれまでにサルコイドーシス病変局所におけるアクネ318あたらしい眼科Vol.30,No.3,2013■用語解説■Th1型の免疫反応:生体の防御を司る免疫機構は,抗体を中心とした液性免疫系と,マクロファージなどの貪食細胞やヘルパーT細胞を中心とした細胞性免疫系に大別される.細胞性免疫系は種々の免疫担当細胞による複雑なネットワークを形成しているが,このうちインターフェロンgとよばれる蛋白質(サイトカイン)を産生するヘルパーT細胞はTh1細胞とよばれ,Th1細胞を中心とした免疫反応(Th1型の免疫反応)は外来性抗原(異物,細菌,真菌など)の貪食,除去や,種々の自己免疫性疾患の病態に重要な役割を果たす.サルコイドーシス患者の眼内においても,Th1型の免疫反応の存在が確認されている14,15).定量的PCR法:PCRとはポリメラーゼ鎖反応(polymerasechainreaction)の略であり,生物の遺伝情報を担うDNAのある特定の領域を増幅する手法である.プライマーとよばれる一対の短い核酸断片に挟まれた領域のDNAを,DNA合成酵素を用いて増幅する.このプライマーに蛍光物質を標識すれば増幅されたDNAの量を蛍光強度として検出できるため,PCRにより増幅の対象とするDNAを定量することができる.Insituhybridization法:ある特定のDNAに結合するプローブとよばれる核酸断片を用い,そのDNAの存在を検出する方法はハイブリダイゼーション(hybridization)法とよばれる.この手法を,細胞や組織の病理標本に対して直接用いる方法が,insituhybridization法であり,これにより標的とするDNAの分布を病理標本上で直接調べることができる.菌の解析は欧米諸国における患者検体も含め,国際共同研究として行われているが,これはおもに内科分野のものに限られている.今後,アクネ菌の除菌療法の検討については眼科も大きな役割を担うこととなると思われるが,国際共同研究を行う際に大きな前提となるのは共通の診断基準の存在である.そのため,日本国内でのサルコイドーシスに対する除菌療法のパイロットスタディを開始するとともに,国際診断基準のブラッシュアップを行っていくことが今後の課題である.文献1)CrickRP,HoyleC,SmellieH:TheEyesinSarcoidosis.BrJOphthalmol45:461-481,19612)JabsDA,JohnsCJ:Ocularinvolvementinchronicsarcoi(32) 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