あたらしい眼科30(3):343.347,2013c総説小児近視進行抑制法アップデートNewTopicsofMyopicControlinChildren平岡孝浩*I近視進行に関するエビデンス近年,エビデンスレベルの高いコホート研究が多数行われ1.5),近視進行に関する理解が深まってきた.進行を促進する要因として,過度の近業,都市部での生活,高いIQや学歴,抑制因子としては屋外活動が知られている.また,遺伝の影響が強いことも指摘されている.遺伝に関しては予防できないが,それ以外の要因についてまとめると,「田舎で生活して,あまり勉強をせず,外で遊びなさい!」というのが理想的な近視進行予防法という結論になってしまう.しかし,現代社会でこのような生活を実現できる小児はきわめて少数である.II近視進行抑制の試みこれまでにさまざまな方法が試みられてきたが,大別すると薬物的アプローチと光学的アプローチになる.薬物療法としてはトロピカミド,眼圧降下薬,アトロピン,ピレンゼピンがあげられるが,このうちトロピカミドと眼圧降下薬に関してはエビデンスに値する研究報告はない.アトロピンは最も強い近視進行抑制効果を有する6,7)が,全身および局所の副作用が強く,特に散瞳に伴う羞明や霧視,紫外線曝露,調節麻痺による近見障害などが問題となり,長期使用は困難である.ピレンゼピンはM1選択的ムスカリン受容体拮抗薬で,散瞳や調節麻痺への影響が少ないものの効果も弱いという欠点がある8,9).光学的手法としては低矯正眼鏡が古くから処方されてきたが,近年の報告によれば,その近視進行抑制効果は否定的という結論に至っている10,11).2000年頃からは,調節ラグ(近業時にみられる網膜後方への焦点ずれ)が眼軸長の過伸展をひき起こすとの考えに基づき,これを抑制する累進屈折力眼鏡を用いたクリニカルトライアルが多数行われ12,13),統計学的には有意な抑制効果が認められたが,その効果は弱く臨床的には不十分とされている.つまり,効果や安全面,経済性,また簡便性などの条件を満たすような理想的な近視進行抑制法はいまだ存在しない.IIIオルソケラトロジーの眼軸伸長抑制効果オルソケラトロジー(OK)とは,レンズ内面に特殊なデザインが施されたハードコンタクトレンズ(HCL)を計画的に装用することにより,角膜形状を意図的に変化させて近視を矯正する手法である.2002年にParagon社のCRTRレンズが初の就寝時装用OKレンズとして米国食品医薬品局(FoodandDrugAdministration:FDA)の認可を受け,日本では2009年にアルファコーポレーション社のaオルソR-Kレンズが「角膜矯正用コンタクトレンズ」として厚生労働省の認可を取得した.本法により中央部の角膜上皮の菲薄化と中間周辺部の角膜厚増加がもたらされ,その結果近視が軽減し裸眼視力の向上が得られる.OKの普及はアジア諸国で著しく,学童の近視コントロール目的で盛んに行われている.これは小児に対する近視進行抑制効果が信じられてきたためであるが,エビデンスとしては皆無の状態であった.しかし,2005年Choら14)は,OKを継続中の35人の小児において眼軸長の伸びが眼鏡コントロール群よりも有意に抑制された*TakahiroHiraoka:筑波大学医学医療系眼科〔別刷請求先〕平岡孝浩:〒305-8575つくば市天王台1-1-1筑波大学医学医療系眼科0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(57)343と報告した.2009年Wallineら15)も,8.11歳の小児においてOK治療群はソフトコンタクトレンズ(SCL)装用のコントロール群と比較して有意に眼軸伸長が抑制されたと報告した.筆者らも2年間の前向き研究を行い,OK群は眼鏡コントロール群よりも有意に眼軸伸長が抑制されることを確認した16).さらにその後,筆者らとほぼ同様のスタディデザインを用いた追試がスペインで行われ,やはりOKの有意な眼軸伸長抑制効果が報告された17).では,どの程度の効果が期待できるのであろうか?Choら14)は2年間の眼軸長の伸びがOK群において平均0.29mm,眼鏡コントロール群において平均0.54mmであり,46%の眼軸伸長抑制効果が得られたとしている.Wallineら15)によれば56%の抑制効果,筆者らの研究16)では36%の抑制効果,Santodomingo-Rubidoら17)の報告では32%の抑制効果が確認されている.もちろん成長期の眼軸伸長を完全に抑制することはできないが,これらの既報に基づけば3.5割の抑制効果が期待できると考えられる.IVオルソケラトロジーの長期継続が眼軸長に及ぼす影響筆者らは経過観察期間を5年間に延長し同様の検討を行った.対象は8.12歳の学童59症例で,29症例がOK治療,30症例は単焦点眼鏡装用を5年間継続した.そしてIOLマスターを用いて定期的に眼軸長を測定し27.026.526.025.525.024.524.023.523.0:オルソケラトロジー:眼鏡①*②*③*④⑤Pre1Y2Y3Y4Y5Y経過(年)眼軸長(mm)たところ,5年間での眼軸伸長はOK群で0.99±0.47mm,眼鏡群で1.41±0.68mmであり,OK群で有意に抑制されていた(p=0.0236,unpairedt-test).抑制効果は初年度が最も大きく,その後減少していくことも確認された18)(図1).表1はこれまでに報告された他の近視進行抑制法との比較表である.過去の報告は治療期間や観察期間が異なっているために,この表では観察期間を一致させた比較を行っている.2003年のGwiazdaら12)の報告では累進多焦点眼鏡と単焦点眼鏡(対照群)の3年間の比較が行われており,眼軸長の伸びは前群で平均0.64mmであったのに対して,後群では0.75mmであったと報告されている.したがって,累進多焦点眼鏡の眼軸伸長抑制効果はこれらを差し引きして0.11mm/3年間ということになる.筆者らの結果18)ではOK群の眼軸伸長抑制効果は0.36mm/3年間であるので,累進多焦点眼鏡よりもはるかに強い抑制効果であるといえる.2005年Tanら8)の報告によるピレンゼピン眼軟膏の眼軸伸長抑制効果と2011年のSankaridurgら19)の報告による特殊非球面SCLの眼軸伸長抑制効果はともに0.13mm/1年間であり,OKの0.20mm/1年間よりも劣る.一方,2001年のShihら7)と2006年のChuaら6)のアトロピン点眼を用いた研究ではそれぞれ0.37mm/1.5年間と0.40mm/2年間であり,OKの0.23mm/1.5年間と0.26mm/2年間よりも勝っている.これまでに報告された近視進行抑制治療のなかでアトロピンは最も強い効果を示しており,数値上の比較ではOKのほうが劣勢であ眼軸長の伸び眼鏡群(mm)オルソケラトロジー群(mm)p値①0.38±0.200.19±0.090.0002*②0.33±0.180.26±0.130.0476*③0.29±0.160.19±0.150.0385*④0.24±0.180.18±0.170.0938⑤0.17±0.140.16±0.130.8633(mean±SD)(mean±SD)*unpairedt-test図1眼軸長の5年間にわたる経時変化両群とも年々眼軸長は伸長していくが,群間比較を行うと1.3年目(①.③)は眼軸長の変化量に有意差がみられ,オルソケラトロジー群で有意に伸びが小さい.4年目(④)もオルソケラトロジー群のほうが眼軸長の変化量が小さいが眼鏡群との有意差は認められなかった.5年目(⑤)の変化量は両群でほぼ同値であった.(文献18より改変)344あたらしい眼科Vol.30,No.3,2013(58)表1既報にみる他の近視進行抑制法との比較文献(年)年齢(歳)介入法治療法(上段)対照群(下段)観察期間内の眼軸伸長治療群と対照群の眼軸伸長の差(対照群.治療群)オルソケラトロジーと対照群の眼軸伸長の差18)Gwiazdaetal(2003)12)6.11累進多焦点眼鏡0.64mm/3年0.11mm/3年0.36mm/3年単焦点眼鏡0.75mm/3年Tanetal(2005)8)6.12ピレンゼピン0.20mm/1年0.13mm/1年0.20mm/1年プラセボ0.33mm/1年Sankaridurgetal(2011)19)7.14特殊非球面SCL0.27mm/1年0.13mm/1年0.20mm/1年単焦点眼鏡0.40mm/1年Shihetal(2001)7)6.13アトロピン+多焦点眼鏡0.22mm/1.5年0.37mm/1.5年0.23mm/1.5年単焦点眼鏡0.59mm/1.5年Chuaetal(2006)6)6.12アトロピン.0.02mm/2年0.40mm/2年0.26mm/2年プラセボ0.38mm/2年る.ただし,これらの試験は対象年齢が異なっているので,同年齢でのさらなる検討が必要であると考える.また,アトロピンに関してはさまざまな副作用があり,視機能の悪化が避けられないことも考慮しなければならない.V近視進行抑制メカニズム近視進行抑制メカニズムの最も有力な仮説として網膜周辺部における遠視性defocus(焦点ボケ)の改善が提唱されている.Smithら20)はサル眼での実験において,周辺視すなわち黄斑(中心窩)以外の周辺網膜における像の質や光学特性が眼軸や屈折の発達に強い影響を及ぼしていることを証明した.つまり,眼軸長や屈折の発達において,中心窩は必ずしも重要ではなく,むしろ軸外(周辺部網膜)の要素のほうが重要であることを示した.この理論は発達期における近視眼に対して眼鏡やコンタクトレンズ(CL)を用いて中心窩における結像を良くしても,近視の進行を抑えることができないことを支持する.また,近視眼では非近視眼よりも軸外の屈折がより遠視化しているとの報告があり21),この軸外での遠視性defocusが眼軸の延長を促している可能性が示唆されている.通常のCLや眼鏡による近視矯正では,周辺部網膜の遠視性defocusを矯正できないが,OKでは角膜中央が扁平化すると同時に周辺角膜が厚くなるため,結果として中間周辺部での屈折力が強くなる(より近視化する)22).したがって,OK後は図2に示すような周辺部網膜での遠視性defocusが改善され,その結果,眼軸伸(59)周辺部遠視性defocus遠視性defocusの改善!結像面結像面眼鏡(凹レンズ)による矯正オルソケラトロジー治療後図2眼鏡矯正とオルソケラトロジーでの網膜結像面の違い近視眼に対して通常の単焦点眼鏡で矯正を行うと,周辺部の遠視性defocus(焦点ボケ)を生じてしまう(図左)が,オルソケラトロジー後は周辺部角膜が肥厚,steep化するため周辺での屈折力が増し,その結果,周辺網膜像での遠視性defocusが改善する(図右)という仮説が提唱されている.長が抑制されると考えられている.VI特殊デザイン眼鏡・コンタクトレンズの開発上記の仮説に基づき,周辺部遠視性defocusの改善を図った特殊累進屈折力眼鏡(MyoVisionTM,CarlZeissVision)が開発され,中国にて1年間の臨床試験が行われた.残念ながら特殊眼鏡群と単焦点眼鏡群(コントロール群)の間に有意差は認められなかったが,両親がともに近視である児童に限って解析すると約30%の近視進行抑制効果が認められたと報告されている23).その後,同グループはSCLにも類似のデザインを施し,1年間のクリニカルトライアルを行ったところ,その特殊あたらしい眼科Vol.30,No.3,2013345SCL装用群ではコントロール群よりも屈折で34%,眼軸長で33%の抑制効果が認められたと報告した19).MyoVisionTMレンズ(眼鏡)に関してはわが国でも2年間の多施設共同研究が現在進行中である.最終結果が出るのは1年以上先であり,わが国ではまだ購入することもできない.上記の特殊SCLに関してもいまのところ手に入れることはできない.VIIその他のトピックス2重焦点SCL(dualfocusSCL)の近視進行抑制効果が2011年に報告された24).この報告では,10カ月の観察期間において70%の小児に30%以上の近視進行抑制効果が認められたとされている(平均屈折変化.0.44±0.33D[2重焦点SCL群]vs.0.69±0.38D[コントロール群]).しかし,このメカニズムに関しては不明な点が多く,エビデンスとして受け入れられるためには追試や基礎研究が不可欠であると考える.また,2012年には低濃度(0.01%)アトロピン点眼が副作用を軽減し,近視進行抑制効果も有するとの報告がなされた25).この報告では,アトロピン点眼0.5,0.1,0.01%の3群で2年間の治療効果を比較しており,期間内の屈折変化はそれぞれ.0.30±0.60,.0.38±0.60,.0.49±0.63Dであり,眼軸長変化はそれぞれ0.27±0.25,0.28±0.28,0.41±0.32mmであったと報告されている.低濃度にした分,近視進行抑制効果も減弱するが,確かに副作用は抑えられているので,今後臨床応用が進む可能性がある.VIIIまとめOKは裸眼視力を改善させるうえに調節や散瞳への影響がなく,アトロピンやピレンゼピンに対して大きなアドバンテージをもつ.また,累進屈折力眼鏡よりも近視進行抑制効果が格段に大きくpromisingな方法であるといえる.また,今後は周辺部遠視性defocusの改善を図った特殊デザイン眼鏡やSCLも市場に登場してくることが予想される.低濃度アトロピン点眼もオプションの一つとなるだろう.これらを組み合わせた治療も非常に興味深いところである.まだまだ近視進行抑制治療は発展途上だが,少しずつ進化していることは間違いない.今後のさらなる研究が待たれる.文献1)MuttiDO,MitchellGL,MoeschbergerMLetal:Parental346あたらしい眼科Vol.30,No.3,2013myopia,nearwork,schoolachievement,andchildren’refractiveerror.InvestOphthalmolVisSci43:3633(s)3640,20022)JonesLA,SinnottLT,MuttiDOetal:Parentalhistoryofmyopia,sportsandoutdooractivities,andfuturemyopia.InvestOphthalmolVisSci48:3524-3532,20073)SawSM,ShankarA,TanSBetal:AcohortstudyofincidentmyopiainSingaporeanchildren.InvestOphthalmolVisSci47:1839-1844,20064)IpJM,SawSM,RoseKAetal:Roleofnearworkinmyopia:findingsinasampleofAustralianschoolchildren.InvestOphthalmolVisSci49:2903-2910,20085)RoseKA,MorganIG,IpJetal:Outdooractivityreducestheprevalenceofmyopiainchildren.Ophthalmology115:1279-1285,20086)ChuaWH,BalakrishnanV,ChanYHetal:Atropineforthetreatmentofchildhoodmyopia.Ophthalmology113:2285-2291,20067)ShihYF,HsiaoCK,ChenCJetal:Aninterventiontrialonefficacyofatropineandmulti-focalglassesincontrollingmyopicprogression.ActaOphthalmolScand79:233236,20018)TanDT,LamDS,ChuaWHetal:One-yearmulticenter,double-masked,placebo-controlled,parallelsafetyandefficacystudyof2%pirenzepineophthalmicgelinchildrenwithmyopia.Ophthalmology112:84-91,20059)SiatkowskiRM,CotterSA,CrockettRSetal:Two-yearmulticenter,randomized,double-masked,placebo-controlled,parallelsafetyandefficacystudyof2%pirenzepineophthalmicgelinchildrenwithmyopia.JAAPOS12:332-339,200810)ChungK,MohidinN,O’LearyDJ:Undercorrectionofmyopiaenhancesratherthaninhibitsmyopiaprogression.VisionRes42:2555-2559,200211)AdlerD,MillodotM:Thepossibleeffectofundercorrectiononmyopicprogressioninchildren.ClinExpOptom89:315-321,200612)GwiazdaJ,HymanL,HusseinMetal:Arandomizedclinicaltrialofprogressiveadditionlensesversussinglevisionlensesontheprogressionofmyopiainchildren.InvestOphthalmolVisSci44:1492-1500,200313)HasebeS,OhtsukiH,NonakaTetal:EffectofprogressiveadditionlensesonmyopiaprogressioninJapanesechildren:aprospective,randomized,double-masked,crossovertrial.InvestOphthalmolVisSci49:2781-2789,200814)ChoP,CheungSW,EdwardsM:Thelongitudinalorthokeratologyresearchinchildren(LORIC)inHongKong:apilotstudyonrefractivechangesandmyopiccontrol.CurrEyeRes30:71-80,200515)WallineJJ,JonesLA,SinnottLT:Cornealreshapingandmyopiaprogression.BrJOphthalmol93:1181-1185,200916)KakitaT,HiraokaT,OshikaT:Influenceofovernightorthokeratologyonaxiallengthelongationinchildhoodmyopia.InvestOphthalmolVisSci52:2170-2174,201117)Santodomingo-RubidoJ,Villa-CollarC,GilmartinBetal:MyopiacontrolwithorthokeratologycontactlensesinSpain:refractiveandbiometricchanges.InvestOphthalmolVisSci53:5060-5065,201218)HiraokaT,KakitaT,OkamotoFetal:Long-termeffect(60)ofovernightorthokeratologyonaxiallengthelongationinchildhoodmyopia:a5-yearfollow-upstudy.InvestOphthalmolVisSci53:3913-3919,201219)SankaridurgP,HoldenB,SmithE3rdetal:Decreaseinrateofmyopiaprogressionwithacontactlensdesignedtoreducerelativeperipheralhyperopia:one-yearresults.InvestOphthalmolVisSci52:9362-9367,201120)SmithEL3rd,KeeCS,RamamirthamRetal:Peripheralvisioncaninfluenceeyegrowthandrefractivedevelopmentininfantmonkeys.InvestOphthalmolVisSci46:3965-3972,200521)MillodotM:Effectofametropiaonperipheralrefraction.AmJOptomPhysiolOpt58:691-695,198122)CharmanWN,MountfordJ,AtchisonDAetal:Peripheralrefractioninorthokeratologypatients.OptomVisSci83:641-648,200623)SankaridurgP,DonovanL,VarnasSetal:Spectaclelensesdesignedtoreduceprogressionofmyopia:12-monthresults.OptomVisSci87:631-641,201024)AnsticeNS,PhillipsJR:Effectofdual-focussoftcontactlenswearonaxialmyopiaprogressioninchildren.Ophthalmology118:1152-1161,201125)ChiaA,ChuaWH,CheungYBetal:Atropineforthetreatmentofchildhoodmyopia:safetyandefficacyof0.5%,0.1%,and0.01%doses(AtropinefortheTreatmentofMyopia2).Ophthalmology119:347-354,2012☆☆☆(61)あたらしい眼科Vol.30,No.3,2013347