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新しい治療と検査シリーズ 208.超広角走査型レーザー検眼鏡 Optos® 200Tx

2012年11月30日 金曜日

新しい治療と検査シリーズ208.超広角走査型レーザー検眼鏡OptosR200Txプレゼンテーション:吉田宗徳名古屋市立大学大学院医学研究科視覚科学コメント:鈴間潔長崎大学大学院医歯薬学総合研究科眼科視覚科学.バックグラウンド眼底周辺部の観察は熟練した眼科医であればできて当然の手技ではあるが,得られた所見を客観的に正確に記録することは案外困難なうえに時間のかかる作業である.眼底の詳細な観察には散瞳も必要である.手描きのスケッチによる記録は昨今普及してきた電子カルテとの相性もあまり優れているとはいえない.一方,眼底カメラによる記録は視野が限られ,周辺部の記録ができない.OptosR200Txは無散瞳下で視野200°の撮影が可能な撮影装置であり,簡単に広い範囲の眼底を観察・記録することができる..OptosR200Txの原理OptosR200Tx(図1)は共焦点レーザー検眼鏡の原理を用いて,レーザー光によって眼底をスキャンし,眼底像を描出する.OptosR200Txでは通常のカラー眼底撮影,フルオレセイン蛍光眼底造影(FA),眼底自発蛍光をとることができる.レーザーは波長532nm(緑色),633nm(赤色),488nm(青色)の3色が用いられる.このうち532nmと633nmでそれぞれ眼底の浅層および深層を撮影し,合成したうえで疑似カラーによる着色を経てカラー眼底写真を作成する.また,488nmのレーザーはFAに用いられる.OptosR200Tx本体には大きな凹面鏡が格納されており,レーザーはその凹面鏡にいったん反射させる形で眼球内へと導かれ,眼底をスキャンする.このとき,瞳孔面にスキャンする中心点(バーチャルスキャンポイント)を置き,そこを中心とした円を描くように眼底を約200°スキャンする形で撮影している.1回の撮影に要する時間は約0.3秒である..使用方法通常の眼底カメラとそれほど変わることはなく,OptosR200Tx本体の前に被験者を座らせ,顔面を固定し,眼球の位置を機械の中心になるよう微調整して図2OptosR200Txで撮影した蛍光眼底造影写真網膜静脈分枝閉塞症の症例.眼底周辺部まで造影の結果が描出されている.下方には広範な網膜無灌流域がみられる.図1OptosR200Txの外観(71)あたらしい眼科Vol.29,No.11,201215210910-1810/12/\100/頁/JCOPY シャッターを押すのみである.ただし,眼球の位置がきちんと機械の真ん中にくるように顔の位置を調整すること,睫毛が写り込みやすいので十分に開瞼すること,など多少のコツが必要である.眼底周辺部の撮影においても従来のカメラのように被験者に上下左右を向いてもらう必要はなく,正面視のみで撮影が可能である..この方法の良い点なんといっても眼底の周辺部までの写真による記録が残せることは大きなメリットである.また,無散瞳での撮影が可能なので,散瞳不良の症例や,あまり散瞳を好まない患者にも使用が可能である.このような特徴を生かして,集団検診や糖尿病網膜症のスクリーニング,遠隔医療など応用の範囲は広いものと考えられる.FAでもOptosR200Txには大きなメリットがある.従来のFAではよほど頑張ってパノラマ撮影をしない限り,眼底周辺部は限られた情報しか得られなかった.OptosR200Txを用いたFAでは,簡単に周辺部までの造影結果が得られるうえ,被験者も眼球を動かす必要はなく,眩しいストロボ光もないので楽である.出来上がりの写真も従来の9方向撮影でよくみられた明るさのばらつきが少なく,より広い範囲でよりクオリティの良い造影画像が得られる.周辺までの撮影でも1枚の撮影に時間がかからないので,周辺までの造影の経時変化をより詳細にとらえられる利点もある..本方法に対するコメント.比較的簡単に眼底周辺部までの撮影ができるメリッリットが大きい.また,最周辺部の早期像はこれまでトは計り知れず,特に学生・修練医教育や患者説明でほとんど記録されていないので撮影結果に驚くことも威力を発揮する.たとえば,網膜.離のバックリングある.しかし,広く撮影できるため分解能は11~16手術時の眼底スケッチの代用にもなりうる.しかしμm(X方向),13~16μm(Y方向)とそれほど高く緑,赤,青の3色による疑似カラーのため実際の所見はない.インドシアニングリーン蛍光眼底造影撮影にとは色調が異なり,眼底検査や従来の眼底写真と併用も対応していないため,黄斑部疾患の診療には向いてしないと病変の評価がむずかしいことがある.フルオいない.偽水晶体眼では人工レンズが写真の中央にでレセイン蛍光眼底造影は色調の差が問題にならずメかでかと撮影されるがこれは仕方がないであろう.☆☆☆1522あたらしい眼科Vol.29,No.11,2012(72)

抗VEGF治療:増殖糖尿病網膜症に対する硝子体手術と抗VEGF薬

2012年11月30日 金曜日

●連載⑥抗VEGF治療セミナー─病態─監修=安川力髙橋寛二4.増殖糖尿病網膜症に対する若林卓大島佑介大阪大学大学院医学系研究科感覚器外科学硝子体手術と抗VEGF薬牽引性網膜.離や血管新生緑内障などの重篤な病態まで進行した増殖糖尿病網膜症の治療には,網膜光凝固だけでは奏効せず,硝子体手術を必要とするケースが少なくない.その場合,後に再手術や濾過手術が必要な可能性も考慮すると,結膜を温存できる小切開硝子体手術を選択することが望ましく,術中や術後の出血の制御が手術の成否や視力予後を決定する重要な鍵となる.最近では血管内皮増殖因子(VEGF)の中和抗体を術前に硝子体内投与することにより新生血管の活動性を一旦抑えたうえで手術を行うことが可能となったので,出血にかかわる合併症が減り,硝子体手術の安全性と確実性がさらに向上した.一方,投与量と時期によってはまれに深刻な合併症を引き起こす懸念もあるので,薬剤投与から手術までの間は慎重な経過観察が必要である.増殖糖尿病網膜症における硝子体手術の術式選択と抗VEGF薬の意義一般に増殖糖尿病網膜症(proliferativediabeticretinopathy:PDR)に対する硝子体手術は他の疾患の場合と比べて,出血や炎症などの合併症の発症率がやや高く,とりわけ牽引性網膜.離や血管新生緑内障を合併した症例では,後に再手術や濾過手術が必要なケースも多いので,最近では結膜を温存し複数回の手術にも耐えうる23ゲージ以下の小切開硝子体手術(microincisionvitrectomysurgery:MIVS)が術式選択の主流となりつつある.PDRに対するMIVSの新たな利点として,器具が細い分だけ狭いスペースにも器具を挿入しやすく,多くの症例では複数の器具を使用せずとも,硝子体カッターで膜処理や吸引などの操作を完遂することができるので,手術時間の短縮と手術操作の低侵襲化に寄与するところが大きい1).しかし,MIVSであっても,眼内新生血管の活動性が著しい重症PDRでは,術中出血に苦慮する場合が少なくなく,低侵襲に手術を完遂するためには,増殖膜処理に際しての出血や視認性低下による網膜裂孔の誤形成をできるだけ避けたい.糖尿病網膜症における新生血管の形成および進展には,虚血網膜から過剰に分泌される血管内皮増殖因子(vascularendothelialgrowthfactor:VEGF)が中心的な役割を果たしており,活動性の高いPDRでは健常眼に比べて硝子体内のVEGF濃度は著しく高いことが知られている2).このような背景から,最近では活動性の高いPDRの硝子体手術に際して,術前にVEGFの生理(69)0910-1810/12/\100/頁/JCOPY活性を阻害する抗ヒトVEGFモノクローナル抗体であるbevacizumab(商品名:AvastinR)を硝子体内投与し,新生血管の退縮を図りつつ手術を行うことで出血による合併症を回避する手術戦略がよくとられており,手術の安全性を高める方法として認知されつつある3,4).アメリカ網膜硝子体学会で行われた調査によれば,世界的に網膜硝子体手術の専門家の約半数はPDRの硝子体手術において,ルーチンにbevacizumabを手術補助薬剤として術前投与を行っている(PreferenceandTrendSurgery,2012).しかし,わが国において,硝子体手術の補助薬剤として用いられるbevacizumabは,外科領域における抗癌剤の一種として認可されているが,眼科領域では今もなお未承認薬剤であるので,いわゆるオフラベルでの使用にあたっては,まずは施設の倫理委員会の承認を得て,その効果と合併症について患者と十分に話し合って理解を得たうえで使用しなければならない.抗VEGF薬併用の効果の実際と留意点旺盛な線維性新生血管膜を伴う牽引性網膜.離や血管新生緑内障を合併した重症PDRであっても,術前にbevacizumabを1.1.25mgを硝子体内投与すると,ほとんどの症例では約一両日内に網膜や虹彩の新生血管が退縮(図1A,B)し,上昇していた眼内(前房水)のVEGF濃度も生理的濃度もしくはそれ以下まで急激に低下する3).これによって,術中の膜処理の際の線維性血管膜からの出血,虹彩切除や眼内の圧変化に伴う虹彩新生血管からの出血が少なくなるので,この時期に硝子体手術をすれば,術中に重篤な出血による合併症を引きあたらしい眼科Vol.29,No.11,20121519 AC図1Bevacizumab投与前後の眼底写真と超音波画像(B.scan)A(左上):Bevacizumab投与前の眼底写真.網膜光凝固は十分にされておらず,旺盛な新生血管を伴う線維性増殖膜により牽引性網膜.離が生じている.B(左下):Bevacizumab投与前の超音波画像(B-scan).超音波エコー所見から増殖膜の収縮による牽引性網膜.離が生じているのがBD確認できる.C(右上):Bevacizumab投与後の眼底写真.眼内のVEGF濃度の低下によって新生血管が消退しており,一方では増殖膜全体の線維化も進んでいる.D(右下):増殖膜の線維化進行に伴う膜自体の収縮牽引によって,超音波エコー所見では,牽引性網膜.離の丈がやや進んでいる.起こす頻度が著明に低くなり,術後の硝子体出血の遷延化や再発の可能性が有意に少ないと報告されている5).しかし,一方で現行の過剰量と思われる抗VEGF抗体の投与では,本来のVEGFのもつ神経保護作用や正常血管の恒常性維持に寄与する生理的作用も阻害されるので,著しい虚血性変化に陥った末期の血管新生緑内障では,bevacizumabによる虚血性変化の進行と思われる重篤な視力障害を生じる可能性が懸念されている.また,抗VEGF抗体の投与は増殖膜の線維化を促進するため,手術までの間隔が長引くと牽引性網膜.離を増悪させる危険性がある(図1C,D)6).とりわけ,術前に網膜光凝固治療がほとんど行われていない症例や後部硝子体ポケットに沿って輪状に完成した活動性の高い線維性血管膜を伴う症例にその傾向が高いことがわかっており4),術前投与のタイミングとして硝子体内投与から予定手術までの間を長くあけずに1.3日にとどめることが望ましい.また,bevacizumabは現在の一般的な投与量の半量以下でも十分に新生血管の退縮効果が得られることがわかってきており,合併症を生じない程度の至適投与量と投与のタイミングを今後さらに検討する必要がある4,7).1520あたらしい眼科Vol.29,No.11,2012文献1)KadonosonoK,YamakawaT,UchioEetal:Fibrovascularmembraneremovalusingahigh-performance25-gaugevitreouscutter.Retina28:1533-1535,20082)AielloLP,AveryRL,ArriggPGetal:Vascularendothelialgrowthfactorinocularfluidofpatientswithdiabeticretinopathyandotherretinaldisorders.NEnglJMed331:1480-1487,19943)AveryRL,PearlmanJ,PieramiciDJetal:Intravitrealbevacizumab(Avastin)inthetreatmentofproliferativediabeticretinopathy.Ophthalmology113:1695.e1-e15,20064)OshimaY,ShimaC,WakabayashiTetal:Microincisionvitrectomysurgeryandintravitrealbevacizumabasasurgicaladjuncttotreatdiabetictractionretinaldetachment.Ophthalmology116:927-938,20095)ZhaoLQ,ZhuH,ZhaoPQetal:Asystematicreviewandmeta-analysisofclinicaloutcomesofvitrectomywithorwithoutintravitrealbevacizumabpretreatmentforseverediabeticretinopathy.BrJOphthalmol95:1216-1222,20116)ArevaloJF,MaiaM,FlynnHWJretal:Tractionalretinaldetachmentfollowingintravitrealbevacizumab(Avastin)inpatientswithsevereproliferativediabeticretinopathy.BrJOphthalmol92:213-216,20087)YamajiH,ShiragaF,ShiragamiCetal:Reductionindoseofintravitreousbevacizumabbeforevitrectomyforproliferativediabeticretinopathy.ArchOphthalmol129:106-107,2011(70)

緑内障:緑内障に間違われやすい視神経疾患

2012年11月30日 金曜日

●連載149緑内障セミナー監修=岩田和雄山本哲也149.緑内障に間違われやすい視神経疾患中馬秀樹宮崎大学医学部感覚運動医学講座眼科学分野緑内障に間違われやすい視神経疾患として,視神経低形成,圧迫性視神経症があげられる.また,薬剤性の視神経症は緑内障の進行と間違われやすい.加えて,正常眼圧緑内障と診断された外傷性視神経症も供覧する.日常診療に役立てるように,それぞれの症例の緑内障性視神経症との類似点,鑑別点を述べる.緑神経低形成である1).間違われやすい理由は,似た内障に間違われやすい視神経疾患の代表例は,視視野欠損を呈し,自覚症状がないからである.鑑別点は,緑内障では視神経乳頭の内側が削れてカッピングが大きくなる(図1左).一方,視神経低形成は,視神経乳頭の外側が欠損しており(低形成),相対的にカッピングが大きく見える(図1右).視神経乳頭の外側の低形成は,本来あるべき強膜輪が白く(場合によっては黄色がかって見えたり,灰白色に見えたりする)見え,ダブルリングサインとよばれ,診断の重要な根拠となる.視神経低形成であれば基本的には非進行性である.緑内障と間違えれば不必要な眼圧下降薬を患者に負担させることになり,作用よりも副作用が強調されることになる.しかし一方で,筆者らは,19歳で視神経低形成と診断され,39歳時に緑内障が合併した症例を経験している.興味深いことに,視神経低形成と診断された時点左図1緑内障性視神経症・視野(左)と視神経低形成・視野(右)で,視野欠損はないが神経線維束欠損がみられた部位に〔もちろん,その当時OCT(光干渉断層計)はなく,検眼鏡的所見であるが〕緑内障性変化が現れた.眼圧は10mmHg台後半であった.現在はOCTにより,神経線維束の欠損が容易に可視化できるようになった.視神経低形成をみたときには,若年者であっても神経線維束の欠損部と視野の欠損部を対比させ,視野欠損がなくても神経線維束の欠損部があればやはり脆弱であることを念頭において,長期的な観点で経過をみること,またそのことを含めきちんと病態や予後について説明し,患者本人が責任をもって管理できるよう指導することが大切図2緑内障に似た圧迫性視神経症(67)あたらしい眼科Vol.29,No.11,201215170910-1810/12/\100/頁/JCOPY ab4カ月前受診時中止7カ月後図3緑内障にエタンブトール視神経症を合併した例であろう.緑内障に間違われやすい視神経疾患の二つ目は,圧迫性視神経症である2).代表例を図2に示す.間違われやすい理由は,似た視野欠損を呈し,カッピングを形成してくるからである.緑内障では初期は視機能の低下を自覚せず,よほどの左右差がない限りrelativeafferentpupillarydefect(RAPD)が陰性であり,リムの色がオレンジを保つ.一方,圧迫性視神経症は視機能の低下を自覚し,初期からRAPDが陽性となり,リムの色が蒼白化するのが特徴で,重要な鑑別点である.これらは治療や管理がまったく異なり,また,圧迫性視神経症は治療が早いほど予後が良いため,正確で迅速な診断が大切である.視神経低形成や圧迫性視神経症は,注意深い乳頭観察や,画像診断で可視化され,診断が容易であるが,容易1518あたらしい眼科Vol.29,No.11,2012右左図4緑内障に似た外傷性視神経症に可視化されないものもあり,注意を要するものがある.症例の一つは緑内障として経過観察されており,急速に視野欠損が進行したものである(図3)3).緑内障による視野欠損の進行ではなく,エタンブトール内服によるものであった.エタンブトール中止により視野は改善した.薬剤性視神経症は,病歴で聴取しなければわからないので注意が必要である.もう一例も正常眼圧緑内障と診断されていたが,眼圧も10mmHg台前半でRAPDが陽性,リムの色が蒼白化しており,緑内障性視神経症としては非典型的であるが,画像診断も含め異常なく,相談を受けた症例である(図4).この症例は,注意深く病歴を聴取すると,以前,素手でボクシングをしていた既往が明らかになり,外傷性視神経症であると診断した症例である.もちろん,視神経低形成の例のように緑内障を完全に否定できた訳ではなく,引き続き経過観察は必要である.文献1)藤本尚也:視神経低形成と緑内障との鑑別と合併.神経眼科24:426-432,20072)Bianchi-MarzoliS,RizzoJFIII,BrancatoR:Quantitativeanalysisofopticdisccuppingincompressingopticneuropathy.Ophthalmology102:436-440,19953)井上由希,中馬秀樹,河野尚子ほか:エタンブトール視神経症が合併し,急速に進行したように見えた正常眼圧緑内障の1例.あたらしい眼科26:825-828,2009(68)

屈折矯正手術:LASIKによるマイクロモノビジョン

2012年11月30日 金曜日

屈折矯正手術セミナー─スキルアップ講座─監修=木下茂●連載150大橋裕一坪田一男150.LASIKによるマイクロモノビジョン吉田陽子中村友昭名古屋アイクリニックマイクロモノビジョン法とは,LASIK(laserinsitukeratomileusis)を希望する中高齢患者に対する矯正方法の一つである.Prolateな角膜形状を維持する非球面照射を行い,球面収差を増やすことで焦点深度を深くさせる.さらにモノビジョン法と組み合わせることで,1.5D以下の左右差でも,生活に支障のない遠見・近見視が得られるため,マイクロモノビジョン法とよばれている.●中高齢者に対するLASIK近年,LASIK(laserinsitukeratomileusis)の普及とともに,当院にLASIK手術を希望し来院する患者のうち,調節力が低下した40歳以上が2割程度と増加してきている.“LASIKを受けると,遠方だけではなく近方も良く見えるようになる”と思って来院する患者が多い.もともとコンタクトレンズ(CL)を使用し,眼鏡なしで生活してきた患者が多く,LASIK術後も,可能ならば“眼鏡なしの生活”を希望されることがほとんどで,老視に対して注意が必要である.特に,LASIK矯正時には老視は出ていないが,近い将来加齢により近方視力低下が予想される患者や,すでに老視は始まっているが,裸眼では近くが見えるため,老視の自覚がない患者の場合,特に慎重に適応を決めなくてはならない.●マイクロモノビジョン法従来は,遠見を重視し,必要時近見眼鏡を使用する方法や,低矯正にして,運転時などに眼鏡を使用する方法があった.また,以前より提唱されている左右の度数に差をつけるモノビジョン法1)も取り入れていた.当院では最近,マイクロモノビジョン法を提案している.CarlZeissMeditec社が,老視矯正のために開発した独自のmultipleablationにモノビジョン法を組み合わせたものである2).プロファイルは球面収差を増加させるような非球面照射である.角膜本来のprolateな形状を維持しつつ球面収差を増加させることで,焦点深度を深くするというものである(図1).しかし,それだけではせいぜい0.75Dの近方加入度数の減少に留まり,良好な近方視力を得ることはできなかった.そこで,モノビジョン法と組み合わせることによって,従来のモノビ(65)図1照射パターン(プロファイル)球面収差Z(4,0)/Z(6,0)を増やす.角膜の非球面性(Q-value)が強くなる.焦点深度が深くなる.ジョン法での問題点である左右の違和感を減らし,両眼視による遠近の視機能向上を図ることが可能になった.1.5D以下の少ない左右差であっても,日常生活に支障のない遠見視力・近見視力が違和感なく得られるために,マイクロモノビジョン法(LaserBlendedVision:LBV)とよばれている(図2).マイクロモノビジョン法が成功するかどうかは,インフォームド・コンセントにかかっている.患者選択が非常に重要である.ライフスタイル,特に夜間の運転をするかどうか,必要があれば眼鏡をかけてもよいかなど,術前に必ず確認しなければならない.また,全例で,術前にCLを使用した,シミュレーションを行っている.原則,優位眼は正視で,非優位眼は.1.5Dの近視を残した状態で生活してもらう.違和感が強ければ,年齢やライフスタイルを考慮し,許容範囲内での調整を行い,左右差を減らしたCLでさらに生活してもらう.若年者のLASIKに比べ,検査のための来院回数が増えることになる.●結果術後早期の成績を示す.9例18眼,平均年齢51.3歳(43.68歳)を対象とし検討.平均等価球面度数は.5.2±1.3Dで,近見加入度数は1.60±0.42.優位眼を正視,あたらしい眼科Vol.29,No.11,201215150910-1810/12/\100/頁/JCOPY 100m3.0m0.6m0.2mギャップ融像若い視力の良い目老視モノビジョンLBV(LaserBlendedVision)■遠い所景色を見るスポーツ観戦など■離れた所テレビ・時計・陳列商品などを見る■少し離れた所パソコン・カーナビ・鏡台などを見る調理をする■近い所新聞・書籍類・携帯電話を見る図2LBV(LaserBlendedVision)の視界の幅モノビジョンでのギャップがない.(%)■:両眼視■:優位眼■:非優位眼1009080706050403020101.501.2以上1.0以上0.7以上0.5以上図3平均遠見裸眼視力両眼平均裸眼視力:1.55.非優位眼を.0.5..1.5Dの近視としてLBVを行った.術後3カ月の結果は,両眼視での平均遠見裸眼視力は1.55(図3),平均近見裸眼視力は0.79(図4)と大変良好であった.立体視は,近見矯正下と比較しやや低下する.常時,眼鏡を必要とする患者はいなかったが,長時間の近見作業時など,ときどき眼鏡を使用する患者が33%であった.満足度は非常に高かった.●今後の展望老視に対する根本的治療ではないため,全例が対象になる訳ではないが,適応を満たせば非常に満足度の高い(%)■:両眼視■:優位眼■:非優位眼10090807060504030201001.00.7以上0.5以上0.3以上0.1以上図4平均近見裸眼視力両眼平均裸眼視力:0.79.手術である.加齢に伴う調節力の低下や,水晶体の変化に伴う屈折値の変動などにも留意しつつ長期データを取り,患者にとって最適な手術を選択できればよいと考えている.文献1)五十嵐章史,清水公也:中高年におけるモノビジョン法を用いたLASIK.あたらしい眼科28:1435-1436,20112)ReinsteinDR,ArcherTJ,GobbeM:LASIKformyopicastigmatismandpre-presbyopiausingnon-linearasphericmicromonovisionwiththeCarlZeissMeditecMEL80platform.JRefractSurg27:23-37,2011☆☆☆1516あたらしい眼科Vol.29,No.11,2012(66)

眼内レンズ:眼内レンズ強膜内固定術(Y-fixation technique)

2012年11月30日 金曜日

眼内レンズセミナー監修/大鹿哲郎315.眼内レンズ強膜内固定術太田俊彦順天堂大学医学部附属静岡病院眼科(Y-fixationtechnique)眼内レンズ(IOL)強膜内固定術は,従来のIOL縫着術と比較して種々の利点を有する新世代のIOL二次挿入術である.手術操作は簡便で,術後のIOL固定も良好である.本手術を開始する際には,手術手順の十分な理解とともに本手術に必要な手術器具も備え万全の準備をしてから始めるべきである.最近欧米では,新しい眼内レンズ(IOL)二次挿入術としてIOL強膜内固定術が注目を集めている.その基本術式は,眼内に挿入したIOLの支持部を鑷子で把持して強膜創より眼外へ抜き出し,その支持部先端を強膜トンネル内に挿入して固定するというものである.縫着糸にてIOL支持部を毛様溝や毛様体扁平部に固定する従来の縫着術と異なり,眼内での固定は良好でIOLの偏心や傾斜もほとんど認めない.煩雑な縫合操作や縫着用IOLは必要なく,習得も従来の縫着術と比較して容易である.手術時間の短縮化も期待できる.本術式の概念はGaborら1)が2007年に初めて報告したが,実際に行ってみると手術操作がむずかしく普及しなかった.2008年にはAgarwalら2)がフィブリン糊を用いる術式を報告したが,フィブリン糊は接着力が弱く術後低眼圧を高率に発症する.筆者は「Y-fixationtechnique」を用いた新しいIOL強膜内固定術を考案し良好な術後成績を得ている3).本術式のポイントは5つある.1)2時と8時の輪部から2mmの位置でY字の強膜半層切開を行う.Y字切開によりIOL支持部を強膜内に完全に埋没することができる.2)IOL支持部を抜き出す強膜穿孔創の作製において,←過去の報告1,2)では注射針を用いて行っているが,筆者は24ゲージ(G)MVRナイフを用いて強膜上より毛様溝へ至る穿孔創を作製している(図1).24GMVRを用いた穿孔創は,注射針を用いた小孔よりもIOL支持部を抜き出しやすく創の閉鎖性も良好である.3ピースIOLのみならずループ一体型アクリル・フォーダブルIOLの支持部も抜き出し可能である.3)強膜トンネルの作製法も一つのポイントである.筆者は本手術開始当初は25Gや27G注射針を用いて行っていた.しかし,支持部先端を強膜トンネル内に挿入する際に途中で引っ掛かり,支持部が破損する症例がみられた.それからは24GMVRナイフを用いて作製し,術直後のIOL偏位を防ぐために8-0ナイロン糸を用いて支持部を強膜床に1針縫合している(図2).4)IOL支持部を把持する鑷子の選択も一つのポイントである.Gaborらはエンドグリッピング鑷子を用いてIOL支持部の抜き出し操作を行っている.しかし,本鑷子は先端が爪の形状を呈しており,支持部先端を把持して引き抜く際に破損する恐れがある.特にループ一体型アクリル・フォーダブルIOLではその傾向が顕著である.筆者はマックスグリップ鑷子(日本アルコン社)を用いている.先端内部がフラットになっており,本鑷子図1強膜穿孔創作製Y字切開後に24GMVRナイフを用いて強膜穿孔創作製.→図2強膜トンネル作製24GMVRナイフを用いて輪部に平行に強膜トンネルを作製.(63)あたらしい眼科Vol.29,No.11,201215130910-1810/12/\100/頁/JCOPY ←図3左側IOL支持部抜き出し左側IOL支持部先端を鑷子で把持して眼外へ抜き出す.→図4右側IOL支持部抜き出し右側IOL支持部を鑷子とUフックを用いて眼外へ抜き出す.を使用するようになってから支持部の破損がみられなくなった.最近では本手術専用鑷子を開発して使用している.先端部の形状はマックスグリップ鑷子と同様であるが,シャフトが短くカーブしているために鼻側の操作が邪魔されることなく,眼内(おもに前眼部)の手術操作もより容易である.5)IOL支持部の抜き出し操作は本手術の最も重要なポイントである.2時(術者からみて左側)の部位の支持部抜き出し操作は比較的容易である(図3)が,8時の部位(術者からみて右側)の抜き出し操作はむずかしい.Agarwal4)は2本の鑷子を用いて右側支持部を抜き出す手技を報告している(handshaketechnique).左手の鑷子で前房内の右側支持部を把持して瞳孔領に誘導し,右手の鑷子でその支持部先端を把持し直して眼外へ抜き出すという手技である.筆者は1本の鑷子と1本のフック(Uフック)を用いて右側支持部の抜き出し操作を行っている.Uフックの先端部はU字の形状を呈している.左手のUフックの先端部分を用いて右側支持部を引っ掛けて瞳孔領へ誘導し,右手の鑷子で支持部先端を把持して眼外へ抜き出す方法である(U-shapedhooktechnique)(図4).初心者はhandshaketechniqueを用いたほうが安全であるが,慣れるとU-shapedhooktechniqueも同様に問題なく行うことができる.最後に,現在一般に行われているIOL縫着術は1986年にMalbranら5)が初めて報告して以来30年近く経過しているが,基本術式はほとんど変わっていない.最近フォーダブルIOLとインジェクターを用いて術後惹起乱視を軽減する試みが行われているが,IOL偏位など縫着操作に起因する問題点は解決されていない.IOL強膜内固定術は手術手技が簡便であり,術後の眼内でのIOL固定も良好である.本術式の今後のさらなる発展が望まれる.文献1)GaborSGB,PavlidisMM:Suturelessintrascleralposteriorchamberintraocularlensfixation.JCataractRefractSurg33:1851-1854,20072)AgarwalA,KumarDA,JacobSetal:Fibringlue-assistedsuturelessposteriorchamberintraocularlensimplantationineyeswithdeficientposteriorcapsules.JCataractRefractSurg34:1433-1438,20083)OhtaT:Y-fixationtechnique.GluedIOL.p88-96,JaypeeBrothersMedPub,NewDelhi,20124)AgarwalA:HandshaketechniqueforgluedIOL.GluedIOL.p64-68,JaypeeBrothersMedPub,NewDelhi,20125)MalbranES,MalbranE,NegriI:LensguidesuturefortransportandfixationofsecondaryIOLimplantationafterintracapsularextraction.IntOphthalmol9:151-160,1986

コンタクトレンズ:コンタクトレンズ基礎講座【ハードコンタクトレンズ編】 コンタクトレンズの苦情に対処する(2)-異物感-

2012年11月30日 金曜日

コンタクトレンズセミナー監修/小玉裕司渡邉潔糸井素純コンタクトレンズ基礎講座【ハードコンタクトレンズ編】341.コンタクトレンズの苦情に対処する(2)―異物感―本セミナーでは「異物感」について説明していく.受診する際には「異物感」よりも「コロコロする・ゴロゴロする・痛い・痒い・涙が多い・しみる」などの表現をよく耳にする.ここでも原因を探していくためには,順番に考えるとわかりやすくなる(図1)1).1.異物感の発症時期を確認まず異物感が装用直後からあるのか,装用後数時間経ってからあるのかを確認する.1)装用直後から発症装用直後からの場合はレンズの破損・汚れ・キズを確認する.破損していれば新しく処方し,眼に傷や炎症がないかも確認しておく.汚れはまず洗浄し,それで除去できなければ研磨する.キズは多少であれば研磨して除去できる.深いキズは無理に研磨すると割れることがあるので注意が必要である.舟橋順子大阪医科大学眼科学2)装用後数時間経ってから発症装用後数時間経ってからの場合はレンズの動きと静止位置を確認してから,フルオレセインで染色する.フルオレセインパターンに問題がなくパラレルの場合は,動きと静止位置をもう一度確認し直す.この場合は,べベルの調整によって静止位置を改善できることが多く1.3),同時に動きも改善できる.①静止位置が下方固着べベル幅が狭くエッジリフトが小さいと,レンズエッジが角膜の12時方向を圧迫し上への動きが制限され,さらに圧迫による異物感を減らそうと瞬目が浅くなり下方固着となる.べベル幅を広くエッジリフトを大きく(図2a)すると,レンズエッジによる圧迫が軽減され,レンズは上へ動きやすくなる.ベースカーブ(BC)をフラットに変更・直径を大きく変更・MZ加工の追加(レンズ前面のベベルに溝をつけ,レンズが上に持ち上がりやすいようにする工夫)もある.…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………..図1主訴別対処「異物感」(61)あたらしい眼科Vol.29,No.11,201215110910-1810/12/\100/頁/JCOPY abcabc図2レンズの調整a:べベル幅広く+エッジリフト大きく.b:フロントべベル薄く.c:エッジリフト小さく.②静止位置が上方固着静止位置が上方固着の場合は,上眼瞼の影響を受けているかどうかで対処方法が変わってくる.上眼瞼を持ち上げたときにレンズがスムーズに下降すれば,上眼瞼がレンズを抱え込んでいると考えられる.フロントべベルを薄く(図2b)し,レンズが上眼瞼に引っ掛からないように調整するとレンズがスムーズに下降するようになる.強度近視の場合はレンズ周辺部が厚くなるため上眼瞼でレンズが持ち上がりやすくなるので,「フロントべベルを薄く」と最初から指定するとよい.上眼瞼を持ち上げてもレンズが下降してこなければ上眼瞼は関係なく,レンズと角膜の相性に問題があると考えられる.レンズのエッジリフトが大きい場合は,エッジリフトを小さくする(図2c)と角膜12時方向への乗りあげが少なくなるため,レンズが上へ持ち上がりにくくなる.前回と今回の主訴別対処方法をまとめたチャートと,その解説をしているCD-ROM(第53回日本コンタクトレンズ学会ランチョンセミナー7の内容を収録)がある.興味のある方は(株)サンコンタクトレンズに依頼すると手配が可能である.「眼に合っていないコンタクトレンズ(CL)は異物である」ことを使用する側と処方する側がともに忘れ,装用感の良さと取り扱いの簡単さを求める余り,ハードコンタクトレンズ(HCL)の装用者は激減している.HCLの大きなメリットである「眼に何か異常が起こったときすぐに気付くチャンス」を失った結果,重篤な合併症が増えている.眼に異常があれば自覚症状として情報を発信できるCLはHCLである.そのHCLをそれぞれの眼に合わせて“調整”するということは,医療機器としてのCLの質を保つために,医療行為として広く普及されるべきことだと思う.時間をかけて調整しても保険点数はなく,新しく処方してしまうほうが簡単でメーカー側にもプラスになる.だが私たちが行っているのは商品としてのCL販売ではなく,医療としてのCL処方だということを忘れてはいけない.また,CLを装用するということは,屈折異常などのハンディキャップを補いqualityoflife向上のために,大切な眼に異物と紙一重のものを載せていることに他ならない.眼を守るのは私たち眼科医の務めであり,CLの品質などを守るのはメーカーの務めである.だが,医療機器として安全・快適に使用するためには,使用者にも覚悟が必要である.CLは間違った使い方をすれば眼に障害を起こしうることを理解し,使用方法を守り安全に使用できるように努力する覚悟がなければ本当のCL適応者ではない.医療者側やメーカー側に責任を重くするだけでなく,使用者にも責任をもたせる「自分の眼は自分で守る」心構えが使用者に必要だと痛感している.「最初の処方時に,それだけの理解と覚悟ができておらず“何となく装用開始してしまった…”という場合が多すぎる」,これが根本的な問題と感じている.文献1)舟橋順子:初心者だからと諦めないで…よりよいHCL装用を目指して.日コレ誌53:補遺S10-S15,20112)小玉裕司:ハードコンタクトレンズの修正とは?.コンタクトレンズフィッティングテクニック,p65-67,メディカル葵出版,20053)舟橋順子:はじめてみようHCL処方.日コレ誌54(4),2012(印刷中)☆☆☆1512あたらしい眼科Vol.29,No.11,2012(62)

写真:顕微鏡的多発血管炎

2012年11月30日 金曜日

写真セミナー監修/島﨑潤横井則彦342.顕微鏡的多発血管炎田尻健介大阪医科大学眼科学②①図2図1のシェーマ①:結節性強膜炎.②:周辺部角膜潰瘍.図1周辺部角膜潰瘍と結節性強膜炎(70歳,男性)6時から9時に周辺部角膜潰瘍を認めた.結膜下にサーモンピンク色の扁平な隆起性病変を認める.僚眼に異常所見はない.図3結節性強膜炎(図1と同一症例)周辺部角膜潰瘍に沿うような形で強膜炎を認める.眼痛は強く点眼治療のみではコントロールできなかった.図4ステロイドおよび免疫抑制薬内服で治療中(図1と同一症例)潰瘍は沈静化し上皮が張っている.結膜下の隆起性病変は消退しているが,強膜の菲薄化によりぶどう膜が透見できる.(59)あたらしい眼科Vol.29,No.11,201215090910-1810/12/\100/頁/JCOPY 1866年にKussmaulとMaierによって,多臓器の大中小の血管に分節(結節)状の障害を生じる壊死性血管炎として結節性多発動脈炎(polyarthritisnodosa:PN)が報告された.その後1994年,ChapelHillConferenceにおいて血管径や病理所見により血管炎症候群を10疾患に整理・分類するなかで,顕微鏡的多発血管炎(microscopicpolyangiitis:MPA)が定義され,「小型の血管炎症候群で,免疫染色でほとんど,あるいはまったく沈着を認めない毛細血管や細動静脈の壊死性血管炎を呈し,ときに中,小動脈を侵す.また,壊死性の糸球体腎炎を通常合併し,しばしば肺の微小動脈炎を生じるもの」とされた1,2).古典的結節性多発動脈炎,顕微鏡的多発血管炎を合わせたわが国における年間発生数は推定で約1,400人.男女比は1:1,好発年齢は50.60歳である1).自覚症状としては,発熱,体重減少,全身倦怠感などの全身症状を伴い,主要症候で最も頻度が高いのは急速進行性糸球体腎炎70%で,続いて肺病変が多くその内訳は肺胞出血30.40%,間質性肺炎50%である.また,20%に皮膚病変(紫斑・紅斑)の出現を認め,消化管出血,多発性単神経炎なども生じる2).顕微鏡的多発血管炎の眼合併症として報告は少なく,周辺部角膜潰瘍,上強膜炎以外に眼瞼や球結膜の結節性病変3)や網膜中心静脈閉塞症4)などの症例報告がある.厚生労働省の修正診断基準(1998年)では,診断には腎病変,肺病変の存在とともに組織所見および血中ANCA(抗好中球細胞質抗体)陽性所見が重要とされている2).ANCAは好中球の細胞質成分に対する抗体の総称である.間接蛍光抗体法で蛍光染色パターンにより,細胞質がびまん性に染色される細胞質型cytoplasmictype(c-ANCA)と,核の周辺が強く染色される核周辺型perinucleartype(p-ANCA)に分類された.これらANCAの標的抗原はlactoferrin,elastase,cathepsinGなど,これまでに10数種が同定されているが,ELISA法(酵素免疫吸着法)で好中球アズール顆粒に存在するmyeloperoxidaseに対するMPO-ANCAやpro-tease3に対するPR3-ANCAなど抗原特異的ANCAを同定する.p-ANCA,MPO-ANCAは顕微鏡的多発血管炎で,c-ANCA,PR3-ANCAはWegener肉芽腫において高率に陽性を示す.顕微鏡的多発血管炎では,p-ANCAの感受性は58%,特異度は81%であり,MPO-ANCAではそれぞれ58%,91%であった1).文献1)山崎宜興,山田秀裕,尾崎承一:膠原病診療のAtoZ膠原病のプライマリ・ケア早期診断と治療指針多発性動脈炎.綜合臨牀56:537-542,20072)福岡利仁,中林公正:血管炎の基礎と臨床臨床顕微鏡的多発血管炎の診断と治療MPA診療のアップトゥデート.医学のあゆみ214:75-83,20053)CasterJC,ShetlerDJ,PappollaMAetal:Microscopicpolyangiitiswithocularinvolvement.ArchOphthalmol114:346-348,19964)丸田知央子,坂本めぐみ,脇山はるみほか:顕微鏡的多発血管炎の眼合併症についての検討.臨眼59:1385-1388,20051510あたらしい眼科Vol.29,No.11,2012(00)

緑内障手術の将来展望

2012年11月30日 金曜日

特集●今が旬,緑内障手術あたらしい眼科29(11):1503.1508,2012特集●今が旬,緑内障手術あたらしい眼科29(11):1503.1508,2012緑内障手術の将来展望GlaucomaSurgeries:CurrentPerspectivesandFutureDirections白土城照*はじめに現在の緑内障手術は房水流出促進術と房水産生抑制術に大別され,さらに前者は房水を眼球外へ導く濾過手術とSchlemm管内への流出を促進する流出路再建術,ならびに上脈絡膜腔への房水導入術に大別される.そして濾過手術はさらに前方結膜下へ房水を流出させる術式と,直筋付着部後方Tenon.下へ流出させる術式に分けられる.これらのなかで最も広く行われている術式は線維柱帯切除術に代表される前方結膜下への濾過手術であるが,手術成績の不安定性や術後合併症の問題から,近年,より安全な術式開発の報告が相次いでいる.本稿では,現在行われている術式の問題点を考察しながら新しい試みを紹介し,筆者個人の願望を交えつつ緑内障手術の将来を展望する.(なお,房水産生抑制術は新しい手術法の出現で今後はほとんど行われなくなると予測されるため本稿では割愛する.)I前方結膜下への濾過手術現在行われている線維柱帯切除術の問題点は,術後の創傷治癒機転による強膜弁の癒着,濾過胞内線維増殖,あるいは濾過胞の限局化に伴う濾過効果の消失であり,また逆に創傷治癒抑制に伴う過剰濾過である.術後濾過胞壁の菲薄化は経過が長くなるほど菲薄濾過胞が増加するという事実から,創傷治癒機転抑制というよりむしろ濾過胞内線維組織あるいは周辺の瘢痕化によってひき起こされる濾過胞内圧の増加に伴う二次的変化と考えられる.このため濾過胞の菲薄化を恐れて治癒機転の抑制を過度に制限することは成功率を低下させるだけではなく,逆に菲薄濾過胞の増加につながる可能性が高い.したがって,前方結膜下への濾過手術の成功の鍵は術直後だけではなく長期的な創傷治癒機転の抑制にある.近年,線維柱帯切除術に代る術式として輪部へミニチューブを挿入する術式が報告され,わが国でも昨年ミニシャントであるEX-PRESSTMGlaucomaFiltrationDevice(日本アルコン,東京)が承認されたが,この術式の成功の鍵も創傷治癒機転であることには変わりない.ミニチューブ挿入術では線維柱帯切除術に比べて流出量の調整が術者によらず安定するだけではなく,前房開放時間の短縮が眼球虚脱に伴う合併症を減らし,さらに虹彩切除が不要であることから強角膜ブロック切除,虹彩切除に伴う出血が回避され術式としての安全性が高まる.また,これらの要素は術後炎症を軽減することで手術成績の向上にも寄与すると期待される.今後,線維柱帯切除術の多くはEX-PRESSTMに限らずミニチューブ使用手術へ移行すると考えられる.1.創傷治癒機転抑制非選択的細胞増殖抑制薬である5-FU(5-フルオロウラシル),あるいはMMC(マイトマイシンC)の使用によってかなり実現され,近年ではより選択的な抗凝固薬,成長因子抑制薬,線維芽細胞によるフィブロネクチンやコラーゲン生成抑制薬,あるはコラーゲン交差結合*ShiroakiShirato:四谷しらと眼科〔別刷請求先〕白土城照:〒160-0004東京都新宿区四谷1-1-2四谷しらと眼科0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(53)1503 抑制薬,血管新生抑制薬〔抗TGFb(転換増殖因子b)抗体,インターフェロンa,D-ペニシラミン,抗VEGF(血管内皮増殖因子)抗体など〕などの研究も進められているが実用に至っていない.前述したように不成功の原因は術直後だけではなく長期的創傷治癒機転の持続にあることから,これらの研究は術直後よりは術後期における穏やかな治癒機転抑制を目指すほうがよいと考えられ,今後は生分解性ポリマーフィルムを用いたdrugdeliverysystem(DDS)の研究が進むと考えられる.また,現在,ポリマー成分やその重合度の工夫によって羊膜のように治癒機転抑制と結膜上皮損傷抑制を兼ねたフィルム開発も期待されている.しかし,前方結膜下への濾過胞形成における眼圧下降機序は,濾過胞内圧による房水の結膜実質内の細血管への圧出,あるいは,疎なTenon.組織から結膜上皮細胞間隙やゴブレット細胞を通じた涙液への排出と考えられており,濾過胞の被.化を促進することは安全性が増すとしても眼圧下降効果減弱につながる可能性が高い.これらの研究はむしろ後述する.胞形成による眼圧下降を目的としたチューブシャント手術への応用が期待される.また,非穿孔濾過手術に際して強膜弁下の空間保持や強膜弁癒着を抑制する手段としてコラーゲン,ヒアルロン酸,あるいはHEMA(メタクリル酸ヒドロキシエチル)などの材料を使用する方法も報告されているが,術後周辺虹彩前癒着の発生などの問題だけでなく,結膜下全体での創傷治癒抑制がなければ広範な濾過胞形成が困難であることから,これらの材質だけでの成績向上には限界があり,前述のDDSとの組み合わせが必要となろう.2.流出量の調整現在のEX-PRESSTMでは長さ2.6mm,内腔直径200μmのステンレス管の途中に直径150μmの金属棒が垂直に挿入され流出抵抗となっている.しかし,抵抗部分の距離が150μmしかないため実質抵抗は正常眼の1/100.200であり無に等しい.流体力学計算によれば前房結膜下間のシャント距離2.5mmでの管前後の圧差は,内径40μmで5mmHg,内径100μmで0.5mmHgである.したがって,現在のEX-PRESSTM手術におけ1504あたらしい眼科Vol.29,No.11,2012る流出量は強膜弁の縫合閉鎖によって調整されておりこの点では線維柱帯切除術とかわりない.今後,より細い金属管の作製も可能となるであろうが,内腔が狭すぎると長期的には房水成分付着による閉塞の可能性が高くなり流出量調整は単なる金属加工技術の進歩だけでは解決できない.また,EX-PRESSTMの初期の術式で強膜弁なしに結膜下から直接挿入した結果,EX-PRESSTMの結膜上露出症例が多く存在したことを考えると金属材料ではその生体適合性にも問題がある.したがって,今後はシリコーンやスチレンなどのバイオマテリアル材料を用いたミニチューブの開発が進むであろう.現在,より生体適合性の高いpoly(styrebe-block-isobutyleneblock-styrene):SIBS材料による内径50.70μm,外径350μmのミニチューブ(MIDI-ArrowGlaucomaDevice:InnoviaLCC,USA)が治験中であり,強膜弁作製なしに結膜弁下で直接前房へ挿入する術式として注目されている.また,すでにナノ加工技術を利用した直径0.1μm程度の無数の微細孔をもつシリコーン製ナノポア薄膜(人工線維柱帯)も報告されており,生理食塩水では薄膜の孔のサイズや厚さの調節で流出量の定量化が可能であることが示されている.房水蛋白成分吸着による微細孔閉塞を解決するために親水性高分子コーティング(ポリエチレングリコールなど)が研究されている.緑内障眼,あるいは術後炎症眼での房水成分が正常眼とは異なることを考慮するとその実現は容易ではないが,今後はナノ加工技術と高分子化学との融合によるシャント開発が進められるであろう.近い将来での実効性の高い方法としては,生体適合性の高い材料で作られたミニチューブの管の前後にナノポア薄膜を付けて一時的調整を行い,経過中Nd:YAGレーザーによる穿孔を追加して流出量を加減する方法が考えられる.3.ミニチューブの挿入方法過去には光ファイバーを利用して輪部結膜下から瘻孔を作製するホルミウムレーザー強膜穿孔術,あるいは経前房で結膜側へ瘻孔を形成する強膜穿孔術が報告されているが,熱凝固による組織障害や穿孔直径の不安定性からこの方法は適さない.挿入予定部位の結膜下に眼灌流(54) 液,粘弾性物質,あるいは創傷治癒抑制薬を含む物質を注射して空間を確保し,経角膜で,あるいは灌流装置の付いた挿入用器具を併用して対側隅角から結膜下まで穿刺を行いミニシャントを挿入するほうが侵襲が小さいと考えられる.現在,経角膜で対側結膜下へ単純に挿入するだけのコラーゲン素材(ゼラチン)で作られた長さ約6mmのチューブインプラント(AqueSysMicrofistulaimplant:AqueSysInc.,USA)が治験中である.これは強膜トンネル内で膨化するため前房落下がなく眼圧下降も良好と報告されている.樹脂製チューブの場合には脱落防止のため挿入後に結膜下で開く鍔のようなストッパーが必要となるが,現在のバイオマテリアル工作技術でも可能であろうし,前述したようにミニチューブにナノポア薄膜を併用すれば過剰濾過もない手術が可能となる.いずれの方法にせよ今後のミニチューブ挿入濾過手術は経角膜手技の方向へ進むと考えられる.II赤道部.胞への濾過手術眼筋付着部後方へプレートを設置しその周囲に形成される.胞へ前房もしくは硝子体腔からチューブを通じて房水を導くチューブシャント手術には現在MoltenoTMGlaucomaImplant:MGI(MoltenoOphthalmicLtd.,NewZealand),AhmedTMGlaucomaValve:AGV(NewWorldMedicalInc.,USA),BaerveldtRGlaucomaImplant:BGI(エーエムオージャパン,東京)が使われている.従来,難治緑内障への術式であったが,近年BGIを用いて初回線維柱帯切除術不成功例や水晶体再建術後例を対象とした線維柱帯切除術との比較研究が行われ,同等以上の成績であることが示され初回濾過手術への適応も検討されている.理論的には線維柱帯切除術に比べて一定体積の.胞への房水流出は濾過量の安定性が担保され,かつ被膜されていることで濾過胞感染の危険がない点で魅力的である.しかし,現段階では生じた場合の合併症が重篤で,線維柱帯切除術後でも施術可能であることを考えると初回手術としての適応は尚早である.ただし,今後は従来のように難治緑内障に限ることなく,1.2回の濾過手術不成功例や硝子体手術眼への初回手術,もしくは硝子体切除同時手術に際して用いる術式として普及することは間違いない.(55)1..胞形成による眼圧下降機序この手術は単に前方結膜下での濾過胞形成を避けるための術式ではなく,圧抵抗が完成した.胞内に房水を流すことを目的とした術式である.このため開発初期にはプレートとチューブの両方を結膜下へ留置し,プレート周囲の.胞完成後に改めてチューブを挿入する2段階の術式が行われていた.MGIでの組織学的研究によれば,有効な.胞は無血管で一定方向に配列する膠原線維からなる内層と,細血管に富む疎な膠原線維の外層の2層からなり,房水は内層から外層細血管あるいは眼窩内組織へ滲出,吸収されると考えられ,前述した結膜下濾過手術でみられる涙液への房水排出はない.したがって,.胞内層の膠原線維密度と厚さが眼圧下降に重要と考えられ適度な内層を作製することがこの手術の成否にかかわると考えられる.MGIの知見では,.胞完成以前の房水導入は炎症反応による皮膜の肥厚化を促進し,あるいは.胞完成後の房水導入の場合でも.胞後方から房水を漏出させ.胞内圧を低くすると皮膜が肥厚化することが知られている.このことから良好な.胞形成には完成した.胞内に房水が導入されて生じる内圧上昇が必要で,内圧上昇による内層膠原線維の伸展,分断,線維間隙の拡大が重要な役割を果たしていると考えられる.このため5-FU,あるいはMMCなどの代謝拮抗薬による.胞形成抑制はこの術式には適さないと考えられ,現在までの報告でも成績向上には寄与していない.もし,この術式に創傷治癒抑制薬を用いるとすれば,手術時ではなく.胞形成後の過剰な皮膜肥厚を抑制する目的で長期的創傷反応抑制のためのDDSを用いた方法となるであろう.2..胞の体積動物実験では.体積が大きいほど(房水接触面積が大きいほど)眼圧下降効果が強いことが知られている.臨床的にもMGIではプレート面積134mm2に比べて270mm2での成績が良好であることが報告されているが,BGIでの350mm2と500mm2の長期成績比較では350mm2のほうが優れていると報告されている.これらの結果から現在では300mm2程度が適当と考えられており,BGIの500mm2はすでに製造中止になっている.物理学的には.胞壁性状が同じで,同一内圧がかかる場あたらしい眼科Vol.29,No.11,20121505 合には大きな.胞のほうが表面伸展圧が高くなるため,内層線維間隙の拡大と線維断裂が生じやすくなると推測される.したがって,体積の大きな.胞ほど内圧によって濾過量が増加し低眼圧の方向へ傾く可能性がある.さらに.胞からの透過量は.胞内層の線維密度,構造だけではなく外層での房水吸収率にも影響される.これらの要素を勘案すると現在の個人差の大きい.形成に依存する術式よりは,一定の圧抵抗と透過性を有し,体積変化もないバルーンのような人工物をTenon.下に埋植する方法が開発されればより安定した術式となる可能性がある.もちろん,生体反応を生じない材料が必要で,埋植に際して結膜-Tenon.の切開を最小にして挿入後に膨らませるなどの技術も必要になる.さらに,正常眼房水が線維芽細胞増殖抑制効果を有するのに対して術後炎症眼,あるいは緑内障眼の房水では各種成長因子が豊富で線維芽細胞増殖が促進されることを考えると,急激な房水の流出による二次房水化を避けるだけではなく,術前からの,そして術後長期にわたる炎症反応抑制手段の開発も必要となる.これらの条件は.胞形成に依存する手術のみならず,すべての緑内障手術にかかわる要素でありDDSの研究が進むことを期待している.3.流出量制御現在用いられているMGI,AGV,BGIのいずれもチューブ内腔は直径300μmでプレートまでの長さを10mmとしても流出抵抗は無に等しい.このため現在の術式ではチューブを前房に挿入する際に,MGIやBGIではチューブ内へのステント挿入やプレート直近でチューブを結紮することで術直後の過剰濾過防止が行われている.最近ではステント挿入よりも7-0あるいは8-0吸収糸による結紮が多く用いられ3.4週後の糸吸収によるチューブの自然開放を待ち,チューブ開放までの期間の眼圧下降はチューブの途中に加えた小切開からの微小漏出でしのぐ方法が行われている.この点,AGVではプレート部に約6.13mmHgで閉鎖,開放するバルブ機構があり流出制限を必要としない利点がある.しかし,すでに述べたように術直後の流出制限は過剰濾過防止だけではなく,房水成分による線維芽細胞増殖をできるだけ抑制して安定した.を形成させることを目的とし1506あたらしい眼科Vol.29,No.11,2012ている.AGVの現在までの手術成績はMGIやBGIに比べてやや劣る可能性が指摘されているが,この原因としてAGVのプレート表面加工がMGI,BGIに比べて粗造で線維芽細胞が付着しやすいことのほかに,術直後から常に炎性の房水がプレート部に流れ.壁が厚く形成されやすいことのほかに,MGIやBGIで生じる.壁形成後の房水流入による内圧上昇がないため内層線維組織が粗になりにくいことが指摘されている.したがって,術後過剰濾過抑制のためのバルブ機構をプレート部に組み込むことは必ずしも適切ではなく,プレートから離れたチューブ内流出制御が望ましいと考えられる.ミニチューブの項で述べたように単なる内腔の狭いチューブでは房水成分による閉塞が懸念されるため親水性コーティングなどの開発が必要である.また,現在はチューブの結膜上露出を防ぐため保存硬膜などで被覆しているが,被覆自体が炎症を惹起するため被覆の不要なより生体親和性の高い材料が求められる.現在のところ先述したSIBS材料が期待されているが,さらにチューブ先端,あるいは途中でのナノポア膜設置による流出制御との組み合わせ開発されることを期待している.IIISchlemm管への流出促進(流出路再建)術線維柱帯切開術に代表される流出路再建術はその手技の難易度あるいは眼圧下降効果の限界からか海外では普及せず,わが国で独自の発展を遂げその安全性と有効性が評価されてきたが,近年,欧米でもcanalsurgeryとして注目されさまざまな術式が報告されている.いずれの術式もSchlemm管内皮前房側での流出抵抗を減少させて眼圧下降を図る術式であるため,Schlemm管外壁以降の流出抵抗を除くことができず,理論的にもまた臨床的にも術後眼圧は12.13mmHgが限界で長期の術後眼圧の多くは15mmHg程度である.したがって,正常眼圧緑内障や高度視野障害で可及的眼圧下降を必要とする例への適応には限界がある.しかし,以下に述べるように最近注目されている術式の多くは経角膜手術で,結膜/強膜を温存でき,白内障手術に併用することで前房が深くなり術後周辺虹彩前癒着の可能性が軽減される利点があり,欧米では白内障手術との併用術式として普及しつつある.今後,わが国でも高眼圧緑内障で視野障害(56) が軽度-中等度の例に対する眼圧正常化手術として急速に普及すると予測される.1.線維柱帯切開経角膜で前房に挿入して対側線維柱帯-Schlemm管内皮網を直視下で切除する灌流-凝固機能のある装置(Trabecutome:NeoMedixInc.,USA)が,わが国でも承認されている.従来の線維柱帯切除術と異なり結膜,強膜弁を作製する必要がない点で優れているだけではなく確実にSchlemm管内皮網の切開が可能な簡便な術式として期待されている.装置が高価であり,欧米ではすでに次に述べるような他の術式が検討,あるいは承認されており,この装置が今後どれほどの期間活躍するかは不明であるが,少なくとも今後は旧来の結膜,強膜弁を作製して行う線維柱帯切開術は行われなくなると考えられる.2.線維柱帯穿孔,あるいはSchlemm管拡張流体力学理論によれば前房-Schlemm管間に直径10μmの孔が20個程度あれば眼圧正常化が得られる.また,Schlemm管腔の内径を100μm程度に拡大すれば管内環状流の増加により同じ効果が得られることが知られており,この理論の成立は実験的にも確認されている.Schlemm管内へ粘弾性物質を注入するviscocanalostomy,あるいは管全周にナイロン糸を通し緊縛して管腔拡大を図るcanaloplastyはこの拡張理論に基づいた術式であり,近年行われている経角膜で対側のSchlemm管へチタン製の金属を挿入するiStentTrabecularMicro-bypass(GlaukosCorp.,USA)は線維柱帯穿孔とSchlemm管拡張を意図した術式である.最近では改良型のiStentInject(GlaukosCorp.,USA)やニチノール合金製でより長い距離を拡張するHydrusMicrostent(IvantisInc.,USA)も治験中である.さらに水晶体摘出術での粘弾性物質除去の前に高周波ジアテルミーチップを前房に挿入し線維柱帯-Schlemm管および強膜の一部までを数カ所穿孔する装置,AbeeGlaucomaTip(OertliInstrumenteAG,Switzerland)も臨床で使用されている.Schlemm管内への金属留置なしで行える点が魅力的であり,金属挿入術との比較試験が今後行(57)われるであろう.これまでのviscocanalostomyやcanaloplastyについては,強膜弁下空間での房水吸収による濾過効果もあることから,より低い眼圧が得られる可能性も期待されるが,結膜弁-強膜弁作製が必要な流出路再建術は次第に行われなくなると考えられる.また,経角膜で前房にレーザーファイバーを挿入し紫外線レーザーで線維柱帯-Schlemm管を8.10カ所穿孔するEximerLaserTrabeculostomy(Aida,GlautecAG,Germany)も臨床報告されているが,装置の価格と成績がレーザー線維柱帯形成術と同等であることを考えると,前述の金属挿入やジアテルミー穿孔に代る術式にまで発展するとは考えられない.3.レーザー線維柱帯形成術Lasertrabeculoplasty:LTP(argonlasertrabeculoplasty:ALT,selectivelasertrabeculoplasty:SLT)もその作用機序に化学物質の関与が考えられてはいるが,広い意味では流出路再建術の一つであり,最も侵襲が少ない術式である.眼圧下降効果の限界や,効果の予測が困難であるという問題点があるが,低侵襲で施術も容易であることから今後も存続すると考えられる.ALTあるいはSLT後のSchlemm管開放手術が有効か否かは未解決であるが,ALTに比べてSLTでは術後Schlemm管閉塞が生じにくいと考えられるので,まずSLTを行い無効例に対して経角膜流出路再建術を適応させるという流れも考えられる.IV上脈絡膜腔への流出促進上脈絡膜腔への房水導入手術である毛様体解離術(cyclodialysis)は出血,白内障,あるいは解離部の再閉塞による眼圧急上昇などの合併症からほとんど行われる機会はなかったが,近年,濾過胞形成が不要な術式として急速に注目が高まり,経結膜,あるいは経角膜的に生体材料を上脈絡膜腔へ留置する術式の報告が続いている.しかし,解剖学的にも,生理学的あるいは物理学的にも毛様体解離術にかかわる知識はほとんどないに等しく,さらに上脈絡膜腔への異物挿入によって長期的に何が生じるかも不明のままに臨床使用が先行しているのが現状である.理論的には上脈絡膜腔はcanalsurgeryのあたらしい眼科Vol.29,No.11,20121507 弱点であるSchlemm管後方の流出抵抗残存もなく,かつ房水吸収面積も広いことから強い眼圧下降が期待される空間である.しかし,以下に述べる近年の生体材料使用の報告ではcanalsurgeryと同程度の15mmHg前後の術後眼圧が報告されており,より低い術後眼圧が得られない理由は不明である.もしcanalsurgeryと同程度の眼圧下降であれば,あえてこの術式を選択する意義は少なく今後の比較研究が必要である.近年の術式では毛様体解離術にみられた出血がほとんどないことが報告されており,代謝拮抗薬併用などの工夫で十分な眼圧下降が得られるならば理想的術式となるため今後急速に研究が進められるであろう.1.経結膜的方法結膜弁,強膜弁を作製後に上脈絡膜腔を露出し上脈絡膜腔へ埋植する幅3.5mm,長径約6mm,厚さ0.12mmの小孔を有する24K金板(GoldShuntR:SOLXInc.USA)がすでに発売されている.また,線維柱帯切除術での強膜床を開放し前房から上脈絡膜腔へシリコーンチューブを挿入する,あるいは非穿孔線維柱帯切除術で強膜弁下空間確保に使用されるコラーゲン,HEMAなどの後端を強膜弁下に挿入する方法も報告されている.しかしこれら方法では結膜,強膜を損傷するため,濾過手術に勝る眼圧下降効果と安定性が得られなければ発展はむずかしいであろう.2.経角膜的方法対側隅角から上脈絡膜腔へ挿入する外径0.5mm,内腔0.3mm,長さ6.3mmのチューブ(Cypasssuprachoroidalmicrostent:TranscendMedicalInc.,USA)が発売されており,類似品(iStentSupra:GlaucosCorp.,USA)の治験も開始されている.白内障手術との併用術であるが,Schlemm管開放術との比較試験が今後の課題である.また,経角膜で鈍的に対側隅角の強膜岬と毛様体付着部を広く解離し粘弾性物質を注入して上脈絡膜腔の空間を確保する術式も報告されている.しかし,この方法は他の術式に比べて外科的侵襲が強いためか成績が不良であり,今後は術式の容易な毛様体チューブ挿入術のほうが主流となるであろう.おわりに縷々述べてきたように,近年の緑内障手術の方向性は線維柱帯切除術からの脱却,流出路再建術と上脈絡膜腔への流出促進術の再考,ならびに種々の生体材料開発に特徴づけられる.新術式の多くは眼圧正常化手術であるが,高眼圧緑内障が多数を占め医療経済やアドヒアランスの観点からも手術適応が早まっている欧米では水晶体再建術との併用術式として急速に普及すると考えられる.わが国においても今後普及し高眼圧緑内障での濾過手術の適応は減ると予想される.今後は,より低い眼圧を必要とする正常眼圧緑内障や後期緑内障に対する術式としての濾過手術についても,線維柱帯切除術に代る生体材料の使用による簡便で安全性が高い術式が開発されることを期待している.1508あたらしい眼科Vol.29,No.11,2012(58)

原発閉塞隅角緑内障に対する水晶体手術

2012年11月30日 金曜日

特集●今が旬,緑内障手術あたらしい眼科29(11):1497.1501,2012特集●今が旬,緑内障手術あたらしい眼科29(11):1497.1501,2012原発閉塞隅角緑内障に対する水晶体手術CataractSurgeryforAngleClosureEyes澤口昭一*はじめに原発閉塞隅角緑内障(PACG)の治療として1856年に初めてドイツベルリン医科大学のvonGraefe医師によって周辺虹彩切除術(PI)が行われ,それまで不治の病であった緑内障〔当時はおそらく急性閉塞隅角緑内障(AACG)とほぼ同意語〕の治療に成功した.1979年に新潟大学医学部眼科教室に入局した当時,PACGの治療はこのPIがAACGに対する治療とその僚眼に対する予防的治療として行われていた.さらに,現在でもAACGで薬物治療によっても寛解できない場合はこの手術が実施されている.新潟大学では1980年代以降レーザー虹彩切開術(LI)が開始され,おそらく多くの大学病院,一般病院,さらに開業医でもこの安全で確実な治療はレーザー装置の普及と相まって急速に広まった.その後,数年を経てこのLIによる合併症がぽつぽつ報告されるようになった.合併症のなかでも水疱性角膜症は大きな問題となって現在に続いている.一方で,2000年前後から白内障手術,特に超音波白内障手術(PEA)の進歩は目覚ましく,顕微鏡の改良と進歩,超音波手術機器の改良,さらに完成された手術手技と相まって,より視機能の質(QOV)の向上のために積極的にその手術対象を広げていった.筆者が琉球大学に赴任した1998年はPACGの病態解明の進歩と白内障手術の進歩が相まって本症の治療方針における歴史の変換点であったのかもしれない.本稿では閉塞隅角眼(含むPACG)に対する白内障手術の画像を含めた症例の一覧と,すでに国際的なコンセンサスを得られ始めているその根拠などを含めて報告する.I原発閉塞隅角緑内障の病態と発症頻度PACG発症の最大の危険因子は浅前房と狭隅角であり,そのような解剖学的な特徴を有する眼は眼軸長の短い,いわゆる小眼球ということになる.このような特徴のある眼は一般に女性に多く,より高齢者に多く,屈折はより遠視である.このような浅前房と狭隅角の眼でPACGが発症するには1.相対瞳孔ブロック,2.プラトー虹彩形状,虹彩の加齢による脆弱性などの虹彩因子と,3.水晶体,毛様体,硝子体などの因子の関与があげられる.そのなかでも最終的な発症には水晶体の加齢による厚みの増加が決定的な役割を果たす.原発開放隅角緑内障(POAG,含む正常眼圧緑内障)は40歳以降,じりじりとその発症頻度が増加していくが,PACGは60歳以降急速にその発症頻度が増加する.代表的なものにAACGがあげられるが,本症の発症は30.40歳ではほとんどみられず,50歳以降では徐々に,さらに60.70歳で急速にその発症頻度が増加する(図1)1).また,慢性の本症を含めても60歳以降にその発症頻度,有病率が急速に増加する2).この加齢によるPACGの発症頻度の増加を説明するうえで最も重要なポイントは,すでに述べたように水晶体の加齢による厚みの増加である.水晶体は生体のなかで一番厚い基底膜(水晶体.)で囲われ,水晶体上皮は*ShoichiSawaguchi:琉球大学大学院医学研究科・医科学専攻眼科学講座〔別刷請求先〕澤口昭一:〒903-0215沖縄県中頭郡西原町上原207琉球大学大学院医学研究科・医科学専攻眼科学講座0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(47)1497 1009080706050403020100年齢(歳代)図1沖縄県における急性閉塞隅角緑内障の年齢別発症頻度と性別年齢50歳以降発症は増え始め,60.70歳で急激に増加する.生涯にわたって水晶体蛋白を産生し続けるため,水晶体は一生涯成長し続ける.この結果として若年者で前後径が3mm程度の水晶体の厚みは70歳前後では5mm前後となる.もともと眼軸の短い浅前房,狭隅角の眼はこれによっていっそう浅前房,狭隅角は悪化し,閉塞隅角をひき起こすことは容易に推定される.このように水晶体の厚みの増加は相対的に水晶体を前方に位置させる.虹彩裏面と水晶体前面の接触は増強し,ここに相対瞳孔ブロックの機序はいっそう悪化し,増大した後房圧は虹彩を周辺に圧排し,もともと狭い隅角は閉塞し,PACGが発症する.また,加齢とともに虹彩は脆弱化し,相対瞳孔閉鎖の増大に伴う後房圧の増加は容易に虹彩を周辺に圧排する.プラトー虹彩形状は毛様体の前方偏移と関連しているが,加齢とともに毛様体が前方に偏移するというデータはこれまでのところ報告されていない.日本人を含めたアジア系人種ではこのプラトー虹彩形状の頻度が高いことが明らかにされている.また,虹彩形状とともに散瞳に伴う虹彩の厚みの増加は隅角の狭小化,閉塞に大きく関与している.明室と暗室では虹彩の厚みは約60μm暗室で増加することが確認されている.超音波生体顕微鏡(UBM)で隅角開大度が10°以下,AOD500(angleopeningdistance500)が100μm以下は隅角閉塞の危険が高まることが報告されている3).PACGではこの虹彩の厚みが散瞳(暗室,薬剤など)でいっそう厚くなり,またこれらの要素が複合的に絡み合い,隅角は閉塞する.1498あたらしい眼科Vol.29,No.11,2012発症頻度×10-6):男性:女性20304050607080II閉塞隅角眼(閉塞隅角緑内障)の定義閉塞隅角緑内障,あるいは閉塞隅角眼の定義は1998年のISGEO(InternationalSocietyofGeographicalandEpidemiologicalOphthalmology)の定義により分類そのものが大きく変わった.もともと閉塞隅角緑内障の疫学調査による統一を図るための定義であったが,この分類は以降,国際的な臨床における分類として使用されるようになった.わが国においても日本緑内障ガイドラインではこの分類に準拠した定義が採用されている4).それまでの分類との大きな違いは1.急性閉塞隅角,いわゆる緑内障発作の取り扱いと,2.正常眼圧(診療の場での)の閉塞隅角緑内障の取り扱いである.ISGEOに準拠した緑内障の定義は1.眼底検査で緑内障性の視神経障害を認め,2.対応した視野障害が検出される,である.急性閉塞隅角(症,緑内障を含む)は以前はすべてAACGと診断されていたが,現時点では視神経障害と視野障害を伴うAACGと,視神経障害と視野障害を検出できない急性閉塞隅角症(APAC)の2つに分類されることになった.疫学調査では緑内障の診断を視神経+視野検査で行い,一方,隅角検査を別個に評価されているので,正常眼圧のPACGが非常に多いことも明らかとなった2).この分類がコンセンサスを得た後のPACG(あるいはPOAGの有病率を含めて)の疫学調査の結果はこの点を十分理解してその結果を考慮する必要がある.わが国においてはこれまで3つの疫学調査が報告されているが,塩瀬らの全国調査5)と,それに続く多治見スタディ6),久米島スタディ2)はこの定義が大きく異なっていることに注意が必要である.III閉塞隅角緑内障,閉塞隅角症,閉塞隅角症疑いの治療閉塞隅角眼の治療の始まりはすでに述べたように,1856年のvonGraefe医師の行ったAACGに対するPIがその最初である.1979年当時の新潟大学ではAACGの症例にだけ,発作眼のPI,さらに予防的に僚眼のPIを行い,約1カ月の入院期間であった.当時,浅前房や狭隅角眼に対して予防的にPIを行っていたという記憶はない.また,プラトー虹彩形状はそのオリジナルであ(48) 図2レーザー虹彩切開術後の細隙灯顕微鏡所見1.2時方向にレーザーによる小孔が観察される.前房は術前と同様に浅い.る近視眼で隅角閉塞をきたす緑内障とされていたが,当時そのような患者は皆無であったようである.今になって考えると,比較的前房が深いAACG(APAC)でPIを行った症例が多少ともプラトー虹彩形状を伴っていたのかもしれない.1980年ころからわが国において急速にLIが普及し,白土らにより1982年にわが国で初めての報告が行われ7),大学病院のみならず多くの眼科クリニックで行われるようになった.PACGの最大の危険因子である狭隅角はこの治療により解消し,レーザー装置の普及と相まって広く普及した(図2).一方でその後の合併症の顛末はすでに周知の事実となった.さらに最近の多くの報告は原発閉塞隅角症(PAC),PACGに対するLIの長期予後については否定的である8,9).もちろん,これらの病態さらに原発閉塞隅角症疑い(PACS)では急性発作を予防する観点からはその必要性は正当化されるものと考えられる.以上,閉塞隅角眼(緑内障を含む)の治療としてのLIの適応と限界,その合併症を示した.しかしながら一方で,LI,PI,レーザー周辺虹彩形成術は標準的な治療として現在も行われている.また,アルゴンレーザー単独によるLIはより安全なYAGレーザー併用によるLIへと変更されてきており,その合併症は減少している可能性がある.IV原発閉塞隅角緑内障の白内障手術すでに病態のところで述べたようにすべての閉塞隅角眼(緑内障)は水晶体が大きく関与している.また,中高齢者で発症頻度が急上昇するPACGでは多かれ少なかれ白内障による視機能の低下が認められる.さらにLIやPIを行った場合,その後に白内障がいっそう進行することは経験的に明らかである.もしPOAGが白内障の手術で治ると言われたら,ほとんどの患者,医師は白内障手術をためらわないはずである.それはPOAGの手術の基本であるマイトマイシンC(MMC)併用線維柱帯切除術という,どちらかというと結果の予測,さらに中・長期的な予後の予測が不確実であるという,多くの緑内障専門医が経験している事実があるからである.閉塞隅角眼の白内障手術はこの不確実さがほとんどないといって差し支えない.もちろん外科的な手技である以上,そのリスクはまったくないとはいえないが,それを勘案しても圧倒的に完成度の高い手術であり,そのリスクは極小化されている(もちろん執刀医のスキルにかなり依存していることは疑いない).以下に個人的見解を含めて当科での閉塞隅角眼(緑内障)に対する対応を述べる.1.AACG(APAC)の白内障手術明らかにLIより前房は深くなり,隅角は高度に開大する(図3,4).この効果,すなわち隅角開大に伴う眼圧下降効果にも優れている.さらに屈折は矯正される.白内障術後に再発作の経験はなく,長期的な眼圧上昇も少ない.残余高眼圧の多くは薬物治療で解決される.Jacobiらはすでに急性閉塞隅角緑内障に対する超音波白内障手術の有効性を報告している10).2.PACの白内障手術日本緑内障ガイドラインにもこれらの病態に対してレーザー虹彩切開術が推奨されている4).しかしながら,すでに眼圧上昇をきたしている閉塞隅角症に対するLIは高頻度にレーザー後の慢性眼圧上昇が多く,さらに追加薬物治療や手術治療(濾過手術)が必要となる8).一方,本疾患では白内障手術はきわめて有効であり,とき(49)あたらしい眼科Vol.29,No.11,20121499 AB図4急性発作眼の前眼部OCTによる所見白内障手術前(A)の浅前房と隅角閉塞の所見は,術後には深い前房と隅角の大きな開大となって観察される(B).AB図6PACに対する白内障手術による前眼部OCT所見術前(A)と比較し,術後(B)では浅前房と狭隅角は完全に解消する.図3急性発作眼の超音波白内障手術と人工水晶体移植後の所見発作が内科的治療で解除されず,11時方向に周辺虹彩切除が観察される.耳側角膜切開での白内障手術.虹彩は発作の継続で萎縮している.AB図5PACに対する白内障手術の手術前後の細隙灯顕微鏡所見PACで浅前房と狭隅角(A)は白内障手術により深い前房と広い隅角になる(B).1500あたらしい眼科Vol.29,No.11,2012(50) に隅角癒着解離術を併用して眼圧の長期的なコントロールが可能となる11,12).白内障手術により,前房は深くなり,隅角は大きく開大する(図5,6).3.PACS一番の問題はこの病態に白内障手術を予防的に行うかどうかということになる.白内障が明らかである場合は視力の良,不良を問わず白内障の手術が勧められる.特に,70歳以上の高齢者ではいずれ白内障の手術は避けられず,患者に白内障手術のメリット,デメリット,長期的な予後を十分に説明し手術を勧める.一方で,透明水晶体の患者では家族歴の聴取(家族内の閉塞隅角緑内障患者の有無),患者背景(離島,僻地,散瞳に働く薬剤の使用の有無など)を総合的に勘案して無治療経過観察(発作時の対応として予防的に炭酸脱水酵素阻害薬の内服,縮瞳薬の処方),LI,白内障手術など考慮する.では危険眼(閉塞隅角眼)で急性発作の頻度はどれくらいであろうか.概数であるが,沖縄県では年間180人の急性閉塞隅角症(緑内障)患者が発症している1).沖縄県の人口は140万人で,40歳以上を80万人とすると,久米島ではvanHerick法で約30%が2度以下,走査型周辺前房深度測定装置(SPAC)で20%強が危険眼であった.この中間値をとって25%が危険眼とすると約20万人が閉塞隅角の危険眼と推定される.つまり180人/20万人/年の急性発作の頻度となる.このことから,閉塞隅角眼のうち急性発作を発症するのは年間1/1,000.1,100人になる計算となる(もっとも40.50歳代では少なく,60.70歳代では急増する).おわりに緑内障は病診連携の重要な疾患である.閉塞隅角眼(緑内障)では発作時,特に発症初期の対応がきわめて重要である.PACSでは視神経・視野に異常がない場合,発作後,早急に内科的治療,外科的治療(白内障手術を含む)を行うことで多くは合併症や視機能を損なうことなく治癒する.このような閉塞隅角眼患者は積極的にこの病診連携システムに組み入れることによって緊急時に備える必要がある.もちろん個々の症例ごとにその対応は一様である必要はなく,ケースバイケースで上記3つの対応策のなかから最善と思われる対策を取る必要がある.文献1)仲村優子,石川修作,仲村佳巳ほか:沖縄県における急性閉塞隅角緑内障の発症頻度.あたらしい眼科17:683-686,20002)SawaguchiS,SakaiH,IwaseAetal:Prevalenceofprimaryangleclosureandangleclosure-GlaucomainasouthernruralislandofJapan.TheKumejimaStudy.Ophthalmology119:1134-1142,20123)HeM,FriedmanDS,GeJetal:Laserperipheraliridotomyineyeswithnarrowdrainageangles:Ultrasoundbiomicroscopicoutcomes.TheLiwanEyeStudy.Ophthalmology114:1513-1519,20074)日本緑内障ガイドライン作成委員会:緑内障診療ガイドライン(第3版).日眼会誌116:3-46,20125)ShioseY,KitazawaY,TsukaharaSetal:EpidemiologyofglaucomainJapan.Anationwideglaucomasurvey.JpnJOphthalmol35:133-155,19916)IwaseA,SuzukiY,AraieMetal:Theprevalenceofprimaryopen-angleglaucomainJapanese.TheTajimiStudy.Ophthalmology111:1641-1648,20047)白土城照,山本哲也,北沢克明:レーザー虹彩切開術.日眼会誌86:286-290,19828)AlzagoffZ,AungT,AngLPetal:Long-termclinicalcourseofprimaryangle-closureglaucomainanAsianpopulation.Ophthalmology107:2300-2304,20009)ChenMJ,ChengCY,ChouCKetal:Thelong-termeffectofNd:YAGlaseriridotomyonintraocularpressureinTaiwaneseeyeswithprimaryangle-closureglaucoma.JChinMedAssoc71:300-304,200810)JacobiPC,DietleinTS,LukeCetal:Primaryphacoemulsificationandintraocularlensimplantationforacuteangle-closureglaucoma.Ophthalmology106:669-675,200211)TeekhasaeneeC,RitchR:Combinedphacoemulsificationandgoniosynechialysisforuncontrolledchronicangle-closureglaucomaafteracuteangleclosureglaucoma.Ophthalmology106:669-675,199912)LaiJS,ThamCC,LamDS:Theefficacyandsafetyofcombinedphacoemulsification,intraocularlensimplantation,andlimitedgoniosynechialysis,followedbycataractandchronicangle-closureglaucoma.JGlaucoma10:309315,2001(51)あたらしい眼科Vol.29,No.11,20121501

トラベクロトミー:術後管理と手術成績

2012年11月30日 金曜日

特集●今が旬,緑内障手術あたらしい眼科29(11):1491.1496,2012特集●今が旬,緑内障手術あたらしい眼科29(11):1491.1496,2012トラベクロトミー:術後管理と手術成績SurgicalManagementandOutcomeafterTrabeculotomy友松威*稲谷大*はじめに線維柱帯切開術(トラベクロトミー)は,線維柱帯房水流出路のなかでも,房水流出抵抗が高いとされている傍Schlemm管内皮組織を切開して,房水流出障害を改善することで,眼圧下降効果を得る流出路再建術の代表的術式である.濾過手術のゴールドスタンダードである線維柱帯切除術(トラベクレクトミー)に比べて,低眼圧による合併症や濾過胞感染などのブレブに関連する合併症がないことが長所である反面,眼圧下降が劣るため,患者の緑内障病型を吟味し,トラベクロトミーを適応とする必要がある.トラベクロトミーの手技は大きく分けて,経結膜から強膜弁を作製して,同定されたSchlemm管にトラベクロトームを挿入して回転させるトラベクロトミーabexternoという方法と,前房から線維柱帯を切開するトラベクロトミーabinternoという方法があるが,術中の合併症がより少ないという理由から,トラベクロトミーabexternoが広く行われてきた.しかし,開放隅角緑内障は,より低い眼圧値で長期間管理すべきであるという目標眼圧の概念が普及し,トラベクロトミーだけでは,目標眼圧を維持できない症例が多数出てくるという問題が出てきている.トラベクロトミーの本来の持ち味である術中術後の合併症が少ないという利点を残しつつ,再手術で,トラベクレクトミーを追加する必要がある症例が多数出てくることを想定して,結膜に手術瘢痕を残さないトラベクロトミーabinternoが見直され,トラベクトームやtrabecularmicro-bypassstentなどの新しいトラベクロトミーが行われている.本稿では,トラベクロトミーの基本形であるトラベクロトミーabexternoの術後管理と合併症への対策およびトラベクロトミーの手術成績における問題点,そして,最近のトラベクロトミーの傾向について,解説したい.Iトラベクロトミーの術中合併症とその対策トラベクロトミーは,術中術後に重篤な合併症が少ない手術手技であるが,そのまれに遭遇する重篤な合併症のほとんどが,トラベクロトームの挿入回転に伴うものである(図1).したがって,まずトラベクロトームの挿入回転のコツをしっかり押さえておきたい.トラベクロトーム挿入回転で最も多い合併症は,早期穿孔である.早期穿孔は,Schlemm管に沿ってトラベクロトームを進めていくうちに,角膜の輪部に沿った方向ではなく,前房側へ押し進めていくことによって生じる.筆者らの経験によると,露出したSchlemm管の断端から,トラベクロトームを挿入する最初のアプローチで,Schlemm管の走行からずれた方向に挿入している場合に早期穿孔しやすい.したがって,早期穿孔して破れてしまったSchlemm管内壁は,露出したSchlemm管断端付近であることが多いので,早期穿孔した場合には,最初に作製した強膜弁の隣に,リカバリーフラップ*TakeshiTomomatsu&MasaruInatani:福井大学医学部眼科学教室〔別刷請求先〕友松威:〒910-1193福井県吉田郡永平寺町松岡下合月23-3福井大学医学部眼科学教室0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(41)1491 誤ったトラベクロSchlemm管トームの挿入2mm幅の強膜弁図1トラベクロトームの正しい回転方向図2リカバリーフラップの作製トラベクロトームをSchlemm管に挿入し,点線方向(角膜方トラベクロトーム挿入時に早期穿孔した場合,最初に作製した向)に回した場合はDescemet膜.離,Descemet膜下血腫が強膜弁の隣に,リカバリーフラップとよばれる2mm幅の強膜生じやすい.誤ったトラベクロトームの挿入は毛様体や虹彩を弁を作製して,新たに露出したSchlemm管断端から,再度ト損傷する(白矢印).Schlemm管に正しく挿入し,少し前房へラベクロトームを挿入する.落とし込むような感覚で(黒矢印)回転させる.AB図3トラベクトーム回転時の注意点乳児の発達緑内障に対して,トラベクロトミーを行った(A).角膜径の拡大があり,Schlemm管同定の難易度が高いので,トラベクロトームを回転させるときは,上脈絡膜腔に迷入して虹彩に異常な動きがないか,トラベクロトームが角膜輪部付近に透けて見えてきているか(矢印)を確認しながら,ゆっくり少しずつ回転させる.前房にトラベクロトームが出てきたら,Descemet膜に盲端をつくらないように,トラベクトームを振り切る(B).とよばれる2mm幅の強膜弁をさらに作製して,新たにと,術後にトラベクロトミーの術後眼圧では説明できな露出したSchlemm管断端から,再度トラベクロトームいような低眼圧が遷延してしまう.トラベクロトームがを挿入することができる(図2).迷入しているかどうかの確認としては,トラベクロトートラベクロームを挿入して進めていくときに抵抗が強ムを回転させる際に,ゆっくりと少しずつ回転させるく,次第に角膜輪部から離れていく場合には,上脈絡膜と,迷入している場合にはトラベクロトームの動きに連腔にトラベクロトームが迷入していることが多く,その動して,虹彩が動くのに気づくはずである.Schlemmまま,トラベクロトームを回転させると,毛様体解離や管に正しく挿入されている場合には,ゆっくり回してい虹彩断裂などの合併症が生じる.毛様体解離を合併するくと,角膜を通して,角膜輪部の付近に,トラベクロト1492あたらしい眼科Vol.29,No.11,2012(42) ームの先が少しずつ透けて見えてくる(図3A).したがって,虹彩に変な動きがないか,トラベクロトームの先が透けて見えているかを確認しながら,トラベクロトームをゆっくり少しずつ回転させるのが毛様体解離と虹彩断裂を回避するコツである.トラベクロトームの先が見え始めたら,虹彩に対して平行に回転させるようなイメージよりもむしろ前房へ落とし込むようなイメージでトラベクロトームを回転させる.このときも,勢いよく回転させると,虹彩にぶつかってしまうため,ゆっくりと回転させる.落とし込むような意識がないと,トラベクロトームでDescemet膜.離を合併することがある.Descemet膜.離を合併した状態で,トラベクロトームの回転をやめてしまうと,Descemet膜.離の奥が盲端になり,房水静脈から逆流してきた血液が,角膜実質とDescemet膜の間に溜まってしまう.これをDescemet膜下血腫とよぶ.Descemet膜下血腫を起こさないように,トラベクロトームは,前房に穿孔しても,角膜輪部に対して90°近くまで回転させて,確実にDescemet膜を切り開いておくべきである(図3B).術後の診察でDescemet膜下血腫に気づいたときは,そのまま経過観察をしていると,房水静脈から供給され続けるので,Descemet膜がどんどん.がれていってしまう.すぐに,Vランスを対側の角膜から挿入し,Descemet膜下血腫のできたDescemet膜を穿刺し,前房内に空気を注入する.空気注入後は,空気がDescemet膜下血腫にあたるように体位を保ち,空気の圧力でDescemet膜下の血液を穿刺部から押し出す.IIトラベクロトミーの術後合併症とその対策トラベクロトミー術後点眼は,抗生物質とステロイドの点眼液が基本であり,水晶体再建術との同時手術の場合には,非ステロイド消炎剤の点眼液を併用する.以前は,切開した線維柱帯組織を開かせておくという目的で,トラベクロトミー術後にピロカルピンの点眼液を点眼することが行われてきたが,効果に関しては疑問視されており,現在行っている施設は少なくなっているようである.術当日の診察のポイントは,強膜弁から房水の漏れが生じ,結膜にブレブができていないか,Descemet膜.離やDescemet膜下血腫を合併していないかを確認する.トラベクロトミーの術後合併症で最も多いのが前房出血である.前房出血は,前房とSchlemm管に交通ができ,眼圧が下がったために,房水静脈からの血液が逆流してきたからであり,トラベクロトミーの手技が完遂できたことを反映している.しかし,前房出血は,一過性の視力低下をきたし,患者に不安を与えてしまうため,術前か術直後に患者に説明しておく必要がある.前房出血の頻度は,93%でみられるという報告1)がなされている.前房出血のほとんどが自然に吸収され消退するが,切開したSchlemm管に血液が詰まらないように,術直後の就寝時は,上方にトラベクロトミーをした場合は,30°ぐらいのヘッドアップ,耳下方に行ったときは,切開部位を上方にした側臥位を指示する.大量の前房出血をきたし遷延すると,30mmHg以上の高眼圧が持続することがある.このような前房出血誘発性の眼圧スパイクは,トラベクロトミー単独の症例に圧倒的に多く,水晶体再建術との同時手術では少ない.水晶体再建術の際に,大量の灌流液で前房を洗浄するために前房出血が除去されるためと,前房に灌流液を追加して,高眼圧にして手術を終了するために,房水静脈からの血液が逆流しにくいからと考えられている.このような前房出血誘発性眼圧スパイクが起こると,角膜血染症に発展することがある.筆者らの目安としては,前房出血の水平線で瞳孔が隠れるほどになり,眼圧が30mmHg以上ある場合は,バイマニュアルで前房の血液を洗浄する処置を行うほうがよいと考えている.トラベクロトミー単独に前房出血誘発性眼圧スパイクは合併しやすいため,水晶体に傷つけないように,ピロカルピンで術前に縮瞳させておいて,前房洗浄を行う.トラベクロトミーでは,手技が完遂できていても30mmHg以上の高眼圧が術後数日目から術後3カ月ぐらいまで持続することがある.このような一過性眼圧上昇を眼圧スパイクとよぶ.緑内障点眼薬を処方し,術後3カ月間,経過観察を行っていると次第に眼圧が下降してくることが多い.眼圧スパイクを回避するために,一時的な濾過効果を期待して,強膜弁を縫合するナイロン糸の数を少なくしたり,強膜弁にサイヌソトミーを併用したりする手技も行われている.(43)あたらしい眼科Vol.29,No.11,20121493 IIIトラベクロトミーの手術成績成人の緑内障に行ったトラベクロトミーの研究のうち,大多数の症例で調査した研究としては,天理よろづ相談所病院で原発開放隅角緑内障(POAG)357眼と落屑緑内障82眼の後ろ向き術後成績が1993年に報告されている.当時の報告によると,術前眼圧が平均30.7mmHgであったPOAGの症例が術後5年間20mmHg未満に維持できる成功率は,術後1年で76.4%,3年で62.7%,5年で58.0%であった.一方,落屑緑内障は,術前眼圧が平均31.8mmHgであった症例が術後5年間20mmHg未満に維持できる成功率は,術後1年で83.6%,3年で77.4%,5年で73.5%であり,落屑緑内障のほうが統計学的有意にトラベクロトミーの成功率が高いことが確認された2).さらに,筆者らのグループが2011年に報告したステロイド緑内障に対するトラベクロトミーに関する全国17施設での多施設後ろ向き調査で対照群として調査されたPOAG患者108人に関して,平均28.9mmHgであった術前眼圧が,術後21mmHg未満に眼圧が維持できる率は,術後1年で73.2%,3年で55.8%,5年で52.2%であった.一方,ステロイド緑内障患者121人に対して行ったトラベクロトミーの成績は,平均35.6mmHgの術前眼圧であったにもかかわらず,術後21mmHg未満に眼圧が維持できる率は,1年で86.5%,3年で78.1%,5年で73.5%であり,ステロ成功率(%)1008060ステロイド緑内障原発開放隅角緑内障40200012345トラベクロトミー後の経過期間(年)図4眼圧21mmHg未満を基準としたステロイド緑内障と原発開放隅角緑内障患者に対するトラベクロトミーの手術成績比較ステロイド緑内障は原発開放隅角緑内障に比べ有意に成功率が良い(p=0.0008).(文献3,Fig.1より引用改変)1494あたらしい眼科Vol.29,No.11,2012イド緑内障のほうが術後成績が良いことが確認された3)(図4).これらの結果は,落屑緑内障とステロイド緑内障の眼圧上昇の原因が,線維柱帯組織の細胞外マトリックスの蓄積であることと,トラベクロトミーがその線維柱帯組織を切開するという手技とが一致しているからであると考えられる.水晶体再建術との同時手術では,トラベクロトミー単独手術よりも手術成績が良好である4).水晶体再建術では,大量の灌流液で前房内を洗浄することにより,線維柱帯組織の細胞間隙へのウォッシュアウト効果があることと,隅角が開大することによる房水流出効率の改善効果があると考えられる.発達緑内障の患者は,新生児,乳幼児が多く,濾過手術ではブレブの管理が困難であることから,流出路再建術が選択される.海外ではゴニオトミーが選択されることが多いが,眼圧上昇による角膜浮腫や,先天奇形による角膜混濁を合併していると,角膜の透見性が不良であると手術ができない.一方,トラベクロトミーでは角膜の透見性に手術手順が影響を受けないという利点がある.発達緑内障のトラベクロトミーの術後成績として,1994年にAkimotoらが発達緑内障116眼の成績を評価している.全身麻酔下で16mmHg未満,または覚醒時の眼圧で21mmHg未満に維持できている場合を成功として,初回のトラベクロトミーでは,5年で62.9%,複数回トラベクロトミーを繰り返して,5年で76.5%の成功率であった5).また,2004年のIkedaらの報告によると,複数回トラベクロトミーを繰り返して,5年で94.3%の症例が21mmHg未満に眼圧が維持されており良好な成績であったが,Sturge-Weber症候群,AxenfeldRieger症候群,無虹彩症,先天白内障など,他の眼奇形を伴う症例では,5年で82.2%であり,術後成績がより不良であるという結果となっている6).IV低い目標眼圧設定が困難なトラベクロトミー線維柱帯組織の房水流出抵抗だけを改善しているため,その眼圧下降効果は,濾過手術に比べて劣るのは当然である.2011年に筆者らのグループが報告した多施設調査のデータによると,術前に22mmHg以上あったPOAG患者を18mmHg未満の眼圧に維持し続けられた(44) 成功率(%)10080604020045トラベクレクトミートラベクロトミー0123トラベクロトミー後の経過期間(年)図5眼圧18mmHg未満を基準としたステロイド緑内障患者へのトラベクロトミーとトラベクレクトミーの手術成績比較トラベクレクトミー群の成功率はトラベクロトミー群の成功率に比べて有意に高い(p=0.0352).(文献3,Fig.4より引用改変)症例は,術後1年で44.7%,3年で30.6%,5年で27.5%という結果になった.同様に,トラベクロトミーが効きやすいステロイド緑内障に対しても,目標眼圧の上限を18mmHg未満に設定すると,1年で74.6%,3年で56.4%,5年で51.7%であり,マイトマイシンC併用トラベクレクトミーを施行したステロイド緑内障患者の成績が,1年で94.5%,3年で71.6%,5年で71.6%であり,統計学的有意に,トラベクロトミーの術後成績が劣るという結果となった3)(図5).さらに,POAGを対象にした水晶体再建術との同時手術でのトラベクロトミーにおいても,1年間21mmHg未満に維持できた症例が98%であるのに対し,17mmHg未満で68%,15mmHg未満では35%という結果7)が報告されており,より低い目標眼圧設定をしてしまうと,比較的トラベクロトミーが有効な患者対象でも,トラベクロトミーの成績は著しく悪くなってしまうことは念頭に置いておく必要がある.V結膜を切らないトラベクロトミートラベクロトミーの利点は,手術を正しく完遂すれば,術後の合併症がきわめて少ない点である.しかし,より低い目標眼圧設定で,術後長期に眼圧管理を行うと,高率に,術後再手術(トラベクレクトミー)が必要になる症例が出てくることが想定される.トラベクレク(45)トミーを再手術として行ううえで,上方の結膜の手術瘢痕の有無が大変重要なファクターとなる.したがって,トラベクロトミーの術後合併症の少なさを生かしつつ,将来のトラベクレクトミー再手術に対応するためには,トラベクロトミーによる結膜手術瘢痕を最小限抑えるべきである.この方策として,耳下方からトラベクロトミーを行い,上方の結膜を温存するということが行われてきた.また最近では,角膜切開で,前房側からトラベクロトミーを行う手技であるトラベクロトミーabinterno手技が結膜に手術瘢痕を残さない術式として見直されてきている.トラベクトームには,ハンドピースの先端に電極がついており,角膜切開部位から,ハンドピースの先端を挿入して,隅角鏡をみながら,Schlemm管内壁と線維柱帯組織を電気焼灼して切開する.原発開放隅角緑内障と落屑緑内障がおもな病型であった1,127例緑内障患者に対して,トラベクトームを用いたトラベクロトミーを単独手術または水晶体再建術との同時手術を行ったところ,3年間で約70%の症例が,21mmHg以下かつ20%以上の眼圧下降を維持するという結果であり,トラベクロトミーabexternoと同じ程度の成功率8)となっている.Trabecularmicro-bypassstentは,海外では商品名iStentとよばれており,前房内から,線維柱帯とSchlemm管へ管状のステントを留置することで,房水流出抵抗を下げるデバイスである.海外での報告では,眼圧があまり高くない開放隅角緑内障患者に対して,水晶体再建術を行う際に,眼圧下降という付加価値をつけるために使用するようである9).これらの新しい結膜を切らないトラベクロトミーの手技は,トラベクロトミーの眼圧下降の限界を潔く受け入れつつも,トラベクロトミーの合併症の少なさという利点を生かした手術手技といえる.文献1)ChiharaE,NishidaA,KodoMetal:Trabeculotomyabexterno:analternativetreatmentinadultpatientswithprimaryopen-angleglaucoma.OphthalmicSurg24:735739,19932)TaniharaH,NegiA,AkimotoMetal:Surgicaleffectsofあたらしい眼科Vol.29,No.11,20121495 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