特集●今が旬,緑内障手術あたらしい眼科29(11):1497.1501,2012特集●今が旬,緑内障手術あたらしい眼科29(11):1497.1501,2012原発閉塞隅角緑内障に対する水晶体手術CataractSurgeryforAngleClosureEyes澤口昭一*はじめに原発閉塞隅角緑内障(PACG)の治療として1856年に初めてドイツベルリン医科大学のvonGraefe医師によって周辺虹彩切除術(PI)が行われ,それまで不治の病であった緑内障〔当時はおそらく急性閉塞隅角緑内障(AACG)とほぼ同意語〕の治療に成功した.1979年に新潟大学医学部眼科教室に入局した当時,PACGの治療はこのPIがAACGに対する治療とその僚眼に対する予防的治療として行われていた.さらに,現在でもAACGで薬物治療によっても寛解できない場合はこの手術が実施されている.新潟大学では1980年代以降レーザー虹彩切開術(LI)が開始され,おそらく多くの大学病院,一般病院,さらに開業医でもこの安全で確実な治療はレーザー装置の普及と相まって急速に広まった.その後,数年を経てこのLIによる合併症がぽつぽつ報告されるようになった.合併症のなかでも水疱性角膜症は大きな問題となって現在に続いている.一方で,2000年前後から白内障手術,特に超音波白内障手術(PEA)の進歩は目覚ましく,顕微鏡の改良と進歩,超音波手術機器の改良,さらに完成された手術手技と相まって,より視機能の質(QOV)の向上のために積極的にその手術対象を広げていった.筆者が琉球大学に赴任した1998年はPACGの病態解明の進歩と白内障手術の進歩が相まって本症の治療方針における歴史の変換点であったのかもしれない.本稿では閉塞隅角眼(含むPACG)に対する白内障手術の画像を含めた症例の一覧と,すでに国際的なコンセンサスを得られ始めているその根拠などを含めて報告する.I原発閉塞隅角緑内障の病態と発症頻度PACG発症の最大の危険因子は浅前房と狭隅角であり,そのような解剖学的な特徴を有する眼は眼軸長の短い,いわゆる小眼球ということになる.このような特徴のある眼は一般に女性に多く,より高齢者に多く,屈折はより遠視である.このような浅前房と狭隅角の眼でPACGが発症するには1.相対瞳孔ブロック,2.プラトー虹彩形状,虹彩の加齢による脆弱性などの虹彩因子と,3.水晶体,毛様体,硝子体などの因子の関与があげられる.そのなかでも最終的な発症には水晶体の加齢による厚みの増加が決定的な役割を果たす.原発開放隅角緑内障(POAG,含む正常眼圧緑内障)は40歳以降,じりじりとその発症頻度が増加していくが,PACGは60歳以降急速にその発症頻度が増加する.代表的なものにAACGがあげられるが,本症の発症は30.40歳ではほとんどみられず,50歳以降では徐々に,さらに60.70歳で急速にその発症頻度が増加する(図1)1).また,慢性の本症を含めても60歳以降にその発症頻度,有病率が急速に増加する2).この加齢によるPACGの発症頻度の増加を説明するうえで最も重要なポイントは,すでに述べたように水晶体の加齢による厚みの増加である.水晶体は生体のなかで一番厚い基底膜(水晶体.)で囲われ,水晶体上皮は*ShoichiSawaguchi:琉球大学大学院医学研究科・医科学専攻眼科学講座〔別刷請求先〕澤口昭一:〒903-0215沖縄県中頭郡西原町上原207琉球大学大学院医学研究科・医科学専攻眼科学講座0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(47)14971009080706050403020100年齢(歳代)図1沖縄県における急性閉塞隅角緑内障の年齢別発症頻度と性別年齢50歳以降発症は増え始め,60.70歳で急激に増加する.生涯にわたって水晶体蛋白を産生し続けるため,水晶体は一生涯成長し続ける.この結果として若年者で前後径が3mm程度の水晶体の厚みは70歳前後では5mm前後となる.もともと眼軸の短い浅前房,狭隅角の眼はこれによっていっそう浅前房,狭隅角は悪化し,閉塞隅角をひき起こすことは容易に推定される.このように水晶体の厚みの増加は相対的に水晶体を前方に位置させる.虹彩裏面と水晶体前面の接触は増強し,ここに相対瞳孔ブロックの機序はいっそう悪化し,増大した後房圧は虹彩を周辺に圧排し,もともと狭い隅角は閉塞し,PACGが発症する.また,加齢とともに虹彩は脆弱化し,相対瞳孔閉鎖の増大に伴う後房圧の増加は容易に虹彩を周辺に圧排する.プラトー虹彩形状は毛様体の前方偏移と関連しているが,加齢とともに毛様体が前方に偏移するというデータはこれまでのところ報告されていない.日本人を含めたアジア系人種ではこのプラトー虹彩形状の頻度が高いことが明らかにされている.また,虹彩形状とともに散瞳に伴う虹彩の厚みの増加は隅角の狭小化,閉塞に大きく関与している.明室と暗室では虹彩の厚みは約60μm暗室で増加することが確認されている.超音波生体顕微鏡(UBM)で隅角開大度が10°以下,AOD500(angleopeningdistance500)が100μm以下は隅角閉塞の危険が高まることが報告されている3).PACGではこの虹彩の厚みが散瞳(暗室,薬剤など)でいっそう厚くなり,またこれらの要素が複合的に絡み合い,隅角は閉塞する.1498あたらしい眼科Vol.29,No.11,2012発症頻度×10-6):男性:女性20304050607080II閉塞隅角眼(閉塞隅角緑内障)の定義閉塞隅角緑内障,あるいは閉塞隅角眼の定義は1998年のISGEO(InternationalSocietyofGeographicalandEpidemiologicalOphthalmology)の定義により分類そのものが大きく変わった.もともと閉塞隅角緑内障の疫学調査による統一を図るための定義であったが,この分類は以降,国際的な臨床における分類として使用されるようになった.わが国においても日本緑内障ガイドラインではこの分類に準拠した定義が採用されている4).それまでの分類との大きな違いは1.急性閉塞隅角,いわゆる緑内障発作の取り扱いと,2.正常眼圧(診療の場での)の閉塞隅角緑内障の取り扱いである.ISGEOに準拠した緑内障の定義は1.眼底検査で緑内障性の視神経障害を認め,2.対応した視野障害が検出される,である.急性閉塞隅角(症,緑内障を含む)は以前はすべてAACGと診断されていたが,現時点では視神経障害と視野障害を伴うAACGと,視神経障害と視野障害を検出できない急性閉塞隅角症(APAC)の2つに分類されることになった.疫学調査では緑内障の診断を視神経+視野検査で行い,一方,隅角検査を別個に評価されているので,正常眼圧のPACGが非常に多いことも明らかとなった2).この分類がコンセンサスを得た後のPACG(あるいはPOAGの有病率を含めて)の疫学調査の結果はこの点を十分理解してその結果を考慮する必要がある.わが国においてはこれまで3つの疫学調査が報告されているが,塩瀬らの全国調査5)と,それに続く多治見スタディ6),久米島スタディ2)はこの定義が大きく異なっていることに注意が必要である.III閉塞隅角緑内障,閉塞隅角症,閉塞隅角症疑いの治療閉塞隅角眼の治療の始まりはすでに述べたように,1856年のvonGraefe医師の行ったAACGに対するPIがその最初である.1979年当時の新潟大学ではAACGの症例にだけ,発作眼のPI,さらに予防的に僚眼のPIを行い,約1カ月の入院期間であった.当時,浅前房や狭隅角眼に対して予防的にPIを行っていたという記憶はない.また,プラトー虹彩形状はそのオリジナルであ(48)図2レーザー虹彩切開術後の細隙灯顕微鏡所見1.2時方向にレーザーによる小孔が観察される.前房は術前と同様に浅い.る近視眼で隅角閉塞をきたす緑内障とされていたが,当時そのような患者は皆無であったようである.今になって考えると,比較的前房が深いAACG(APAC)でPIを行った症例が多少ともプラトー虹彩形状を伴っていたのかもしれない.1980年ころからわが国において急速にLIが普及し,白土らにより1982年にわが国で初めての報告が行われ7),大学病院のみならず多くの眼科クリニックで行われるようになった.PACGの最大の危険因子である狭隅角はこの治療により解消し,レーザー装置の普及と相まって広く普及した(図2).一方でその後の合併症の顛末はすでに周知の事実となった.さらに最近の多くの報告は原発閉塞隅角症(PAC),PACGに対するLIの長期予後については否定的である8,9).もちろん,これらの病態さらに原発閉塞隅角症疑い(PACS)では急性発作を予防する観点からはその必要性は正当化されるものと考えられる.以上,閉塞隅角眼(緑内障を含む)の治療としてのLIの適応と限界,その合併症を示した.しかしながら一方で,LI,PI,レーザー周辺虹彩形成術は標準的な治療として現在も行われている.また,アルゴンレーザー単独によるLIはより安全なYAGレーザー併用によるLIへと変更されてきており,その合併症は減少している可能性がある.IV原発閉塞隅角緑内障の白内障手術すでに病態のところで述べたようにすべての閉塞隅角眼(緑内障)は水晶体が大きく関与している.また,中高齢者で発症頻度が急上昇するPACGでは多かれ少なかれ白内障による視機能の低下が認められる.さらにLIやPIを行った場合,その後に白内障がいっそう進行することは経験的に明らかである.もしPOAGが白内障の手術で治ると言われたら,ほとんどの患者,医師は白内障手術をためらわないはずである.それはPOAGの手術の基本であるマイトマイシンC(MMC)併用線維柱帯切除術という,どちらかというと結果の予測,さらに中・長期的な予後の予測が不確実であるという,多くの緑内障専門医が経験している事実があるからである.閉塞隅角眼の白内障手術はこの不確実さがほとんどないといって差し支えない.もちろん外科的な手技である以上,そのリスクはまったくないとはいえないが,それを勘案しても圧倒的に完成度の高い手術であり,そのリスクは極小化されている(もちろん執刀医のスキルにかなり依存していることは疑いない).以下に個人的見解を含めて当科での閉塞隅角眼(緑内障)に対する対応を述べる.1.AACG(APAC)の白内障手術明らかにLIより前房は深くなり,隅角は高度に開大する(図3,4).この効果,すなわち隅角開大に伴う眼圧下降効果にも優れている.さらに屈折は矯正される.白内障術後に再発作の経験はなく,長期的な眼圧上昇も少ない.残余高眼圧の多くは薬物治療で解決される.Jacobiらはすでに急性閉塞隅角緑内障に対する超音波白内障手術の有効性を報告している10).2.PACの白内障手術日本緑内障ガイドラインにもこれらの病態に対してレーザー虹彩切開術が推奨されている4).しかしながら,すでに眼圧上昇をきたしている閉塞隅角症に対するLIは高頻度にレーザー後の慢性眼圧上昇が多く,さらに追加薬物治療や手術治療(濾過手術)が必要となる8).一方,本疾患では白内障手術はきわめて有効であり,とき(49)あたらしい眼科Vol.29,No.11,20121499AB図4急性発作眼の前眼部OCTによる所見白内障手術前(A)の浅前房と隅角閉塞の所見は,術後には深い前房と隅角の大きな開大となって観察される(B).AB図6PACに対する白内障手術による前眼部OCT所見術前(A)と比較し,術後(B)では浅前房と狭隅角は完全に解消する.図3急性発作眼の超音波白内障手術と人工水晶体移植後の所見発作が内科的治療で解除されず,11時方向に周辺虹彩切除が観察される.耳側角膜切開での白内障手術.虹彩は発作の継続で萎縮している.AB図5PACに対する白内障手術の手術前後の細隙灯顕微鏡所見PACで浅前房と狭隅角(A)は白内障手術により深い前房と広い隅角になる(B).1500あたらしい眼科Vol.29,No.11,2012(50)に隅角癒着解離術を併用して眼圧の長期的なコントロールが可能となる11,12).白内障手術により,前房は深くなり,隅角は大きく開大する(図5,6).3.PACS一番の問題はこの病態に白内障手術を予防的に行うかどうかということになる.白内障が明らかである場合は視力の良,不良を問わず白内障の手術が勧められる.特に,70歳以上の高齢者ではいずれ白内障の手術は避けられず,患者に白内障手術のメリット,デメリット,長期的な予後を十分に説明し手術を勧める.一方で,透明水晶体の患者では家族歴の聴取(家族内の閉塞隅角緑内障患者の有無),患者背景(離島,僻地,散瞳に働く薬剤の使用の有無など)を総合的に勘案して無治療経過観察(発作時の対応として予防的に炭酸脱水酵素阻害薬の内服,縮瞳薬の処方),LI,白内障手術など考慮する.では危険眼(閉塞隅角眼)で急性発作の頻度はどれくらいであろうか.概数であるが,沖縄県では年間180人の急性閉塞隅角症(緑内障)患者が発症している1).沖縄県の人口は140万人で,40歳以上を80万人とすると,久米島ではvanHerick法で約30%が2度以下,走査型周辺前房深度測定装置(SPAC)で20%強が危険眼であった.この中間値をとって25%が危険眼とすると約20万人が閉塞隅角の危険眼と推定される.つまり180人/20万人/年の急性発作の頻度となる.このことから,閉塞隅角眼のうち急性発作を発症するのは年間1/1,000.1,100人になる計算となる(もっとも40.50歳代では少なく,60.70歳代では急増する).おわりに緑内障は病診連携の重要な疾患である.閉塞隅角眼(緑内障)では発作時,特に発症初期の対応がきわめて重要である.PACSでは視神経・視野に異常がない場合,発作後,早急に内科的治療,外科的治療(白内障手術を含む)を行うことで多くは合併症や視機能を損なうことなく治癒する.このような閉塞隅角眼患者は積極的にこの病診連携システムに組み入れることによって緊急時に備える必要がある.もちろん個々の症例ごとにその対応は一様である必要はなく,ケースバイケースで上記3つの対応策のなかから最善と思われる対策を取る必要がある.文献1)仲村優子,石川修作,仲村佳巳ほか:沖縄県における急性閉塞隅角緑内障の発症頻度.あたらしい眼科17:683-686,20002)SawaguchiS,SakaiH,IwaseAetal:Prevalenceofprimaryangleclosureandangleclosure-GlaucomainasouthernruralislandofJapan.TheKumejimaStudy.Ophthalmology119:1134-1142,20123)HeM,FriedmanDS,GeJetal:Laserperipheraliridotomyineyeswithnarrowdrainageangles:Ultrasoundbiomicroscopicoutcomes.TheLiwanEyeStudy.Ophthalmology114:1513-1519,20074)日本緑内障ガイドライン作成委員会:緑内障診療ガイドライン(第3版).日眼会誌116:3-46,20125)ShioseY,KitazawaY,TsukaharaSetal:EpidemiologyofglaucomainJapan.Anationwideglaucomasurvey.JpnJOphthalmol35:133-155,19916)IwaseA,SuzukiY,AraieMetal:Theprevalenceofprimaryopen-angleglaucomainJapanese.TheTajimiStudy.Ophthalmology111:1641-1648,20047)白土城照,山本哲也,北沢克明:レーザー虹彩切開術.日眼会誌86:286-290,19828)AlzagoffZ,AungT,AngLPetal:Long-termclinicalcourseofprimaryangle-closureglaucomainanAsianpopulation.Ophthalmology107:2300-2304,20009)ChenMJ,ChengCY,ChouCKetal:Thelong-termeffectofNd:YAGlaseriridotomyonintraocularpressureinTaiwaneseeyeswithprimaryangle-closureglaucoma.JChinMedAssoc71:300-304,200810)JacobiPC,DietleinTS,LukeCetal:Primaryphacoemulsificationandintraocularlensimplantationforacuteangle-closureglaucoma.Ophthalmology106:669-675,200211)TeekhasaeneeC,RitchR:Combinedphacoemulsificationandgoniosynechialysisforuncontrolledchronicangle-closureglaucomaafteracuteangleclosureglaucoma.Ophthalmology106:669-675,199912)LaiJS,ThamCC,LamDS:Theefficacyandsafetyofcombinedphacoemulsification,intraocularlensimplantation,andlimitedgoniosynechialysis,followedbycataractandchronicangle-closureglaucoma.JGlaucoma10:309315,2001(51)あたらしい眼科Vol.29,No.11,20121501