監修=坂本泰二◆シリーズ第139回◆眼科医のための先端医療山下英俊強度近視とゲノム三宅正裕(京都大学大学院医学研究科感覚運動系外科学講座眼科学)はじめに近視は日本を含んだ東アジア地域に多く,統計によっては40.70%の人が罹患しているともいわれます.必然,強度近視の頻度も高くなりますが,強度近視は法的失明につながるため公衆衛生上の大きな問題として関心が集まっており,事実,先進国における法的失明の原因として第4.7位に位置します1).また,一口に強度近視による失明といってもその原因となる合併症は多彩で,近視性脈絡膜新生血管,近視性網脈絡膜萎縮,近視性視神経症,網膜.離などがあげられますが,それら合併症の根本的な原因はおろか,なぜ強度近視が発症するのかについてもほとんどわかっていません.ゲノム学は,この謎の解明にどこまで迫っているのでしょうか.ゲノム学というと難解なイメージをもたれる方も多いかと思いますが,実際のところは単純な症例対照研究の繰り返しで,症例群と対照群において特定の変異をもつ頻度を比較します.とはいえ,ヒトのゲノムのなかには数百万個単位の変異がありますので,家系内データを用いることでノイズを減らしたり,統計学的な処理によってエラーを減らしたり,などといった方法が用いられています.近年,技術の進歩により膨大なデータを短時間で得られるようになってきたことから,近視の遺伝子解明は間近だろうと多くの研究者が予想していました.しかし,実際はそうではなかったのです.近視ゲノム研究の歴史まず,近視のゲノム研究の歴史について振り返ってみると,初めて近視に関連する遺伝子座(染色体における大まかな位置)が報告されたのが1990年でした2).報告されたXq28という領域はMYP1ともよばれるようになり,その後,1998年にMYP2(18p)とMYP3(12q)が報告されてからは,つぎつぎと近視に関連するとされる遺伝子座が報告されるようになります.MYP20以降は,それまで主流であったマイクロサテライトとよばれるマーカーを用いた連鎖解析という手法に代わってゲノムワイド関連解析や全エキソーム解析といった手法が用いられ3,4),2012年1月現在,計21個の遺伝子座が特定されています.ところが,こと遺伝子レベルでみると,近視または強度近視の発症と関連するものは1つも確定していません.候補遺伝子アプローチもっとも,近視あるいは強度近視の発症との関連が示唆された遺伝子そのものはたくさんあります.特に,従来強度近視の発症に強膜の脆弱化が関与すると報告されていることから強膜のリモデリング5)に関連する分子に関してはよく調べられており,コラーゲン分子そのものをはじめとして,コラーゲンを分解するmatrixmetal-lopeptidase(MMP),MMPを阻害するTIMPmetallopeptidaseinhibitor(TIMP),MMPなどを活性化する働きをもつhepatocytegrowthfactor(HGF)とその受容体であるmetprot-oncogen(MET),線維化を促進するtransforminggrowthfactor-b(TGFb),さらにはプロテオグリカンの一種であるlumican,decorin,fibromodulinから細胞骨格に関与するmyocillinまで,種々の分子が研究の対象となっています(表1).実際,これらのうちの多くは一報以上の論文で近視との関連が表1強度近視発症のおもな候補遺伝子強膜リモデリングCOLコラーゲンMMPコラーゲンを分解TIMPMMPを阻害HGFMMPなどを活性化cMETTGFb線維化を促進FGF2線維芽細胞分裂促進などLUMDCNプロテオグリカンFMODMYOC細胞骨格との関与発生PAX6眼球発生のマスター制御遺伝子SOX2PAX6とともに水晶体の発生に関与動物実験などよりCHRM1ムスカリン様コリン受容体IGF1インスリン様成長因子GCGグルカゴンEGR1ピントのずれを感知RARbレチノイン酸受容体(77)あたらしい眼科Vol.29,No.7,20129530910-1810/12/\100/頁/JCOPY報告されているのですが,しかし同時に,一報以上の論文でその関連が否定されています.これの意味するところは偽陽性であり,出版バイアスも考えるとなおのこと陽性とはいいがたい状況です.このように,ターゲットとなる分子を絞って解析を行う手法を候補遺伝子アプローチといいます.ゲノムワイド関連解析候補遺伝子アプローチに関しては前述しましたが,このアプローチでは予想外の分子パスウェイが関与していた場合に検出不可能であることに加えて,解析効率がさほど良くないという問題点がありました.そこで2000年代後半に登場した手法がゲノムワイド関連解析(GWAS)です.これは全ゲノムにわたって同時に大量の一塩基多型(SNP)を検出・解析する手法で,30万.250万個のSNPの遺伝子型を一度に決定し,それぞれの頻度を症例群と対照群で比較します.当然,これだけの検定を行うとその多重性が問題となりますので,偽陽性を防ぐため,有意とするp値は厳しく設定します.実際にはそれでも偽陽性が多く含まれてしまいますので,解析を行ったサンプルセットとは異なるサンプルセットを用いての確認実験を行うのが一般的です.筆者ら京都大学のグループは,2009年に世界に先駆けて強度近視発症に関するGWASを行い,関与が疑われる遺伝子座を報告しました6).残念ながらこの遺伝子座は後の報告で関与が確認されませんでしたが,この後,筆者らのグループを含むいくつかのグループから数本の報告がなされ,筆者らのグループが報告したCTNND2遺伝子7)や,NatureGenetics誌に報告された15q14,15q25領域8,9),中国のグループから報告された4q25領域10)は,他のグループによりその関与が確認されています.今後,さらなる追試を行ったうえで,実際にどういった遺伝子が関与しているのかを詳しく解析していくことになるでしょう.近視ゲノム研究の今後さらなるステップとしてあげられるのが次世代シーケンサーを用いた解析です.これにより,たとえば2週間あれば600Gb(ヒトゲノム200人分相当)の配列を決定することが可能となります.その情報量の多さゆえ,実験そのものよりもその後の解析処理(バイオフィンフォマティクスという分野になります)への負荷が非常に多954あたらしい眼科Vol.29,No.7,2012くなることが予想されますが,バイオインフォマティクスを専門的に行っている研究者の数は多いとはいえず,今後解析を大規模に行っていくうえではそれら研究者の育成,あるいは各分野におけるバイオインフォマティクス基礎知識の向上が課題となります.ゲノム学は,加齢黄斑変性を筆頭としてさまざまな疾患の感受性遺伝子を同定してきました.しかし,強度近視の発症に関しては,種々の研究がなされているにもかかわらず,感受性遺伝子の特定に至っていません.もっとまれな遺伝子変異が関与しているのか,そもそも遺伝子変異ではなくエピジェネティクスやさらに下流が関与しているのか,など考えられる可能性はたくさんありますが,次世代シーケンサーの登場によって大量のシークエンスデータを短時間で得られるようになってきていることから,これらの可能性が検討されるのもさほど遠くないでしょう.一方で,近視の概念を根本的に考え直す必要もあるかもしれません.つまり,これまで(強度)近視は一つの疾患として扱われてきましたが,実際には「眼軸が伸長する」という表現型を示す多数の疾患の集合体であり,一括りにして解析を行うのは不適切かもしれない,ということです.果たして遺伝子は,近視にどれほどの影響を与えているのか(あるいは与えていないのか).答えが出るのはもう少し先になりそうです.文献1)SawSM:Asynopsisoftheprevalenceratesandenvironmentalriskfactorsformyopia.ClinExpOptom86:289294,20032)SchwartzM,HaimM,SkarsholmD:X-linkedmyopia:Bornholmeyedisease.LinkagetoDNAmarkersonthedistalpartofXq.ClinGenet38:281-286,19903)ShiY,QuJ,ZhangDetal:Geneticvariantsat13q12.12areassociatedwithhighmyopiaintheHanChinesepopulation.AmJHumGenet88:805-813,20114)ShiY,LiY,ZhangDetal:ExomesequencingidentifiesZNF644mutationsinhighmyopia.PLoSGenet7:e1002084,20115)RadaJA,SheltonS,NortonTT:Thescleraandmyopia.ExpEyeRes82:185-200,20066)NakanishiH,YamadaR,GotohNetal:Agenome-wideassociationanalysisidentifiedanovelsusceptiblelocusforpathologicalmyopiaat11q24.1.PLoSGenet5:e1000660,20097)LiYJ,GohL,KhorCCetal:Genome-wideassociationstudiesrevealgeneticvariantsinCTNND2forhighmyopiainSingaporeChinese.Ophthalmology118:368-375,20118)HysiPG,YoungTL,MackeyDAetal:Agenome-wideassociationstudyformyopiaandrefractiveerroridentifies(78)asusceptibilitylocusat15q25.NatureGenet42:6-10,20109)SoloukiAM,VerhoevenVJM,vanDuijnCMetal:Agenome-wideassociationstudyidentifiesasusceptibilitylocusforrefractiveerrorsandmyopiaat15q14.NatureGenet42:897-901,201010)LiZ,QuJ,XuXetal:Agenome-wideassociationstudyrevealsassociationbetweencommonvariantsinaninter-genicregionof4q25andhigh-grademyopiaintheChineseHanpopulation.HumMolGenet20:2861-2868,2011■「強度近視とゲノム」を読んで■三宅正裕先生が書かれた論文中には,2つの重要なもう一つは,近視という疾患の理解です.本文の最問題が示されています.後に,高度近視という疾患の概念を考えなおす必要が一つは,ゲノムワイド関連解析(GWAS)についてあると述べられています.近視という疾患は,1864です.本文中に述べられているように,GWASは最年のCohnによる環境説,1900年のThoringtonによ近実用化された遺伝子解析方法です.その有用性は早る内因説の発表以来,常に環境か遺伝か(natureverくから指摘されていましたが,最も華々しい成果が,susnurturecontroversy)として論争されてきまし多領域に先んじて眼科領域であげられました.それはた.高度近視の場合は,遺伝要因が強いと考えられ,complementfactorH(CFH)と加齢黄斑変性の関係原因遺伝子の特定に多くの研究がなされてきました.です.加齢黄斑変性の発症にCFHが関連しているこその間の経緯や進歩については本文にわかりやすくまとは現在は常識ですが,これはまったく予想されていとめられています.あえて付け加えるとすれば,近視なかった概念であり,GWAS解析によって初めても研究のむずかしさは,近視関連遺伝子は眼球構造関連たらされた大発見です.この発見に基づいて研究が進遺伝子だけでなく,近視の子供を育てる(読書,室内められた結果,CFHの関与はゆるぎないものとなり生活を好む行動)遺伝子も含んでいる可能性がある点ました.この発見そのものが眼科研究におけるGWASにあるといわれています.の有効性を証明したためか,GWASは現在も盛んに科学の進歩により疾患の理解が大きく進みます.そ用いられています.GWASにより,疾患遺伝子のみの点に関してGWASはまさに現在の主役となっていでなく治療感受性遺伝子が発見されると,より多くのます.近視研究については,GWASにより疾患の理患者が研究の恩恵にあずかることができます.たとえ解が進み,新しい考え方が必要になってきています.ば,C型肝炎患者は,インターフェロン治療の感受性面白いことに,疾患の理解が進めば進むほど,先人のに差がありますが,それに遺伝子型が関連しているこ優れたnatureversusnurtureという考え方の重要性とがGWASにより発見され,治療適否判断に用いらが再認識されるようです.れています.鹿児島大学医学部眼科坂本泰二☆☆☆(79)あたらしい眼科Vol.29,No.7,2012955