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眼科医のための先端医療 139.強度近視とゲノム

2012年7月31日 火曜日

監修=坂本泰二◆シリーズ第139回◆眼科医のための先端医療山下英俊強度近視とゲノム三宅正裕(京都大学大学院医学研究科感覚運動系外科学講座眼科学)はじめに近視は日本を含んだ東アジア地域に多く,統計によっては40.70%の人が罹患しているともいわれます.必然,強度近視の頻度も高くなりますが,強度近視は法的失明につながるため公衆衛生上の大きな問題として関心が集まっており,事実,先進国における法的失明の原因として第4.7位に位置します1).また,一口に強度近視による失明といってもその原因となる合併症は多彩で,近視性脈絡膜新生血管,近視性網脈絡膜萎縮,近視性視神経症,網膜.離などがあげられますが,それら合併症の根本的な原因はおろか,なぜ強度近視が発症するのかについてもほとんどわかっていません.ゲノム学は,この謎の解明にどこまで迫っているのでしょうか.ゲノム学というと難解なイメージをもたれる方も多いかと思いますが,実際のところは単純な症例対照研究の繰り返しで,症例群と対照群において特定の変異をもつ頻度を比較します.とはいえ,ヒトのゲノムのなかには数百万個単位の変異がありますので,家系内データを用いることでノイズを減らしたり,統計学的な処理によってエラーを減らしたり,などといった方法が用いられています.近年,技術の進歩により膨大なデータを短時間で得られるようになってきたことから,近視の遺伝子解明は間近だろうと多くの研究者が予想していました.しかし,実際はそうではなかったのです.近視ゲノム研究の歴史まず,近視のゲノム研究の歴史について振り返ってみると,初めて近視に関連する遺伝子座(染色体における大まかな位置)が報告されたのが1990年でした2).報告されたXq28という領域はMYP1ともよばれるようになり,その後,1998年にMYP2(18p)とMYP3(12q)が報告されてからは,つぎつぎと近視に関連するとされる遺伝子座が報告されるようになります.MYP20以降は,それまで主流であったマイクロサテライトとよばれるマーカーを用いた連鎖解析という手法に代わってゲノムワイド関連解析や全エキソーム解析といった手法が用いられ3,4),2012年1月現在,計21個の遺伝子座が特定されています.ところが,こと遺伝子レベルでみると,近視または強度近視の発症と関連するものは1つも確定していません.候補遺伝子アプローチもっとも,近視あるいは強度近視の発症との関連が示唆された遺伝子そのものはたくさんあります.特に,従来強度近視の発症に強膜の脆弱化が関与すると報告されていることから強膜のリモデリング5)に関連する分子に関してはよく調べられており,コラーゲン分子そのものをはじめとして,コラーゲンを分解するmatrixmetal-lopeptidase(MMP),MMPを阻害するTIMPmetallopeptidaseinhibitor(TIMP),MMPなどを活性化する働きをもつhepatocytegrowthfactor(HGF)とその受容体であるmetprot-oncogen(MET),線維化を促進するtransforminggrowthfactor-b(TGFb),さらにはプロテオグリカンの一種であるlumican,decorin,fibromodulinから細胞骨格に関与するmyocillinまで,種々の分子が研究の対象となっています(表1).実際,これらのうちの多くは一報以上の論文で近視との関連が表1強度近視発症のおもな候補遺伝子強膜リモデリングCOLコラーゲンMMPコラーゲンを分解TIMPMMPを阻害HGFMMPなどを活性化cMETTGFb線維化を促進FGF2線維芽細胞分裂促進などLUMDCNプロテオグリカンFMODMYOC細胞骨格との関与発生PAX6眼球発生のマスター制御遺伝子SOX2PAX6とともに水晶体の発生に関与動物実験などよりCHRM1ムスカリン様コリン受容体IGF1インスリン様成長因子GCGグルカゴンEGR1ピントのずれを感知RARbレチノイン酸受容体(77)あたらしい眼科Vol.29,No.7,20129530910-1810/12/\100/頁/JCOPY 報告されているのですが,しかし同時に,一報以上の論文でその関連が否定されています.これの意味するところは偽陽性であり,出版バイアスも考えるとなおのこと陽性とはいいがたい状況です.このように,ターゲットとなる分子を絞って解析を行う手法を候補遺伝子アプローチといいます.ゲノムワイド関連解析候補遺伝子アプローチに関しては前述しましたが,このアプローチでは予想外の分子パスウェイが関与していた場合に検出不可能であることに加えて,解析効率がさほど良くないという問題点がありました.そこで2000年代後半に登場した手法がゲノムワイド関連解析(GWAS)です.これは全ゲノムにわたって同時に大量の一塩基多型(SNP)を検出・解析する手法で,30万.250万個のSNPの遺伝子型を一度に決定し,それぞれの頻度を症例群と対照群で比較します.当然,これだけの検定を行うとその多重性が問題となりますので,偽陽性を防ぐため,有意とするp値は厳しく設定します.実際にはそれでも偽陽性が多く含まれてしまいますので,解析を行ったサンプルセットとは異なるサンプルセットを用いての確認実験を行うのが一般的です.筆者ら京都大学のグループは,2009年に世界に先駆けて強度近視発症に関するGWASを行い,関与が疑われる遺伝子座を報告しました6).残念ながらこの遺伝子座は後の報告で関与が確認されませんでしたが,この後,筆者らのグループを含むいくつかのグループから数本の報告がなされ,筆者らのグループが報告したCTNND2遺伝子7)や,NatureGenetics誌に報告された15q14,15q25領域8,9),中国のグループから報告された4q25領域10)は,他のグループによりその関与が確認されています.今後,さらなる追試を行ったうえで,実際にどういった遺伝子が関与しているのかを詳しく解析していくことになるでしょう.近視ゲノム研究の今後さらなるステップとしてあげられるのが次世代シーケンサーを用いた解析です.これにより,たとえば2週間あれば600Gb(ヒトゲノム200人分相当)の配列を決定することが可能となります.その情報量の多さゆえ,実験そのものよりもその後の解析処理(バイオフィンフォマティクスという分野になります)への負荷が非常に多954あたらしい眼科Vol.29,No.7,2012くなることが予想されますが,バイオインフォマティクスを専門的に行っている研究者の数は多いとはいえず,今後解析を大規模に行っていくうえではそれら研究者の育成,あるいは各分野におけるバイオインフォマティクス基礎知識の向上が課題となります.ゲノム学は,加齢黄斑変性を筆頭としてさまざまな疾患の感受性遺伝子を同定してきました.しかし,強度近視の発症に関しては,種々の研究がなされているにもかかわらず,感受性遺伝子の特定に至っていません.もっとまれな遺伝子変異が関与しているのか,そもそも遺伝子変異ではなくエピジェネティクスやさらに下流が関与しているのか,など考えられる可能性はたくさんありますが,次世代シーケンサーの登場によって大量のシークエンスデータを短時間で得られるようになってきていることから,これらの可能性が検討されるのもさほど遠くないでしょう.一方で,近視の概念を根本的に考え直す必要もあるかもしれません.つまり,これまで(強度)近視は一つの疾患として扱われてきましたが,実際には「眼軸が伸長する」という表現型を示す多数の疾患の集合体であり,一括りにして解析を行うのは不適切かもしれない,ということです.果たして遺伝子は,近視にどれほどの影響を与えているのか(あるいは与えていないのか).答えが出るのはもう少し先になりそうです.文献1)SawSM:Asynopsisoftheprevalenceratesandenvironmentalriskfactorsformyopia.ClinExpOptom86:289294,20032)SchwartzM,HaimM,SkarsholmD:X-linkedmyopia:Bornholmeyedisease.LinkagetoDNAmarkersonthedistalpartofXq.ClinGenet38:281-286,19903)ShiY,QuJ,ZhangDetal:Geneticvariantsat13q12.12areassociatedwithhighmyopiaintheHanChinesepopulation.AmJHumGenet88:805-813,20114)ShiY,LiY,ZhangDetal:ExomesequencingidentifiesZNF644mutationsinhighmyopia.PLoSGenet7:e1002084,20115)RadaJA,SheltonS,NortonTT:Thescleraandmyopia.ExpEyeRes82:185-200,20066)NakanishiH,YamadaR,GotohNetal:Agenome-wideassociationanalysisidentifiedanovelsusceptiblelocusforpathologicalmyopiaat11q24.1.PLoSGenet5:e1000660,20097)LiYJ,GohL,KhorCCetal:Genome-wideassociationstudiesrevealgeneticvariantsinCTNND2forhighmyopiainSingaporeChinese.Ophthalmology118:368-375,20118)HysiPG,YoungTL,MackeyDAetal:Agenome-wideassociationstudyformyopiaandrefractiveerroridentifies(78) asusceptibilitylocusat15q25.NatureGenet42:6-10,20109)SoloukiAM,VerhoevenVJM,vanDuijnCMetal:Agenome-wideassociationstudyidentifiesasusceptibilitylocusforrefractiveerrorsandmyopiaat15q14.NatureGenet42:897-901,201010)LiZ,QuJ,XuXetal:Agenome-wideassociationstudyrevealsassociationbetweencommonvariantsinaninter-genicregionof4q25andhigh-grademyopiaintheChineseHanpopulation.HumMolGenet20:2861-2868,2011■「強度近視とゲノム」を読んで■三宅正裕先生が書かれた論文中には,2つの重要なもう一つは,近視という疾患の理解です.本文の最問題が示されています.後に,高度近視という疾患の概念を考えなおす必要が一つは,ゲノムワイド関連解析(GWAS)についてあると述べられています.近視という疾患は,1864です.本文中に述べられているように,GWASは最年のCohnによる環境説,1900年のThoringtonによ近実用化された遺伝子解析方法です.その有用性は早る内因説の発表以来,常に環境か遺伝か(natureverくから指摘されていましたが,最も華々しい成果が,susnurturecontroversy)として論争されてきまし多領域に先んじて眼科領域であげられました.それはた.高度近視の場合は,遺伝要因が強いと考えられ,complementfactorH(CFH)と加齢黄斑変性の関係原因遺伝子の特定に多くの研究がなされてきました.です.加齢黄斑変性の発症にCFHが関連しているこその間の経緯や進歩については本文にわかりやすくまとは現在は常識ですが,これはまったく予想されていとめられています.あえて付け加えるとすれば,近視なかった概念であり,GWAS解析によって初めても研究のむずかしさは,近視関連遺伝子は眼球構造関連たらされた大発見です.この発見に基づいて研究が進遺伝子だけでなく,近視の子供を育てる(読書,室内められた結果,CFHの関与はゆるぎないものとなり生活を好む行動)遺伝子も含んでいる可能性がある点ました.この発見そのものが眼科研究におけるGWASにあるといわれています.の有効性を証明したためか,GWASは現在も盛んに科学の進歩により疾患の理解が大きく進みます.そ用いられています.GWASにより,疾患遺伝子のみの点に関してGWASはまさに現在の主役となっていでなく治療感受性遺伝子が発見されると,より多くのます.近視研究については,GWASにより疾患の理患者が研究の恩恵にあずかることができます.たとえ解が進み,新しい考え方が必要になってきています.ば,C型肝炎患者は,インターフェロン治療の感受性面白いことに,疾患の理解が進めば進むほど,先人のに差がありますが,それに遺伝子型が関連しているこ優れたnatureversusnurtureという考え方の重要性とがGWASにより発見され,治療適否判断に用いらが再認識されるようです.れています.鹿児島大学医学部眼科坂本泰二☆☆☆(79)あたらしい眼科Vol.29,No.7,2012955

抗VEGF治療:Bevacizumab,Ranibizumabの薬物動態と効果発現

2012年7月31日 火曜日

●連載②抗VEGF治療セミナー─基礎編─監修=安川力髙橋寛二2.Bevacizumab,Ranibizumabの三木克朗関西医科大学附属枚方病院眼科薬物動態と効果発現現在,眼科領域で使用されている抗VEGF(vascularendothelialgrowthfactor:血管内皮増殖因子)抗体は,bevacizumab(アバスチンR)とranibizumab(ルセンティスR)である.Bevacizumab,ranibizumabの効果について,筆者が行った基礎実験をもとに分子生物学的見地から概説する.抗VEGF抗体は,加齢黄斑変性に代表されるさまざまな疾患(近視性脈絡膜新生血管,糖尿病黄斑浮腫など)に使用されている.抗VEGF抗体は,VEGFと特異的に結合し,過剰なVEGFが引き起こす眼内新生血管を抑制するとともに血管透過性亢進をも抑制する.Bevacizumabは,全長ヒト化抗VEGF抗体として,1996年切除不能な結腸,直腸癌に対する腫瘍抑制効果を目的として開発された世界初の抗VEGF抗体医薬である.眼科領域のbevacizumab投与は,米国FDA未認可の状態で加齢黄斑変性に使用され始めた.しかし,bevacizumabは抗体全長の構造をもつため分子量が大きく,加齢黄斑変性の新生血管発生部位である脈絡膜に直接侵入できない可能性が懸念された.このため,1998年に分子量が小さく,VEGF結合能の高いranibizumabが,加齢黄斑変性を適応とする硝子体内投与する眼科製剤として開発された.Bevacizumabとranibizumabの特徴と薬物動態の相違について表1に示す1).筆者らは,bevacizumab,ranibizumabの硝子体内投与における効果を,2種類のトランスジェニックマウス(Rho/VEGFmice,Tet/opsin/VEGFmice)を用いて実験的に比較検討した2).Rho/VEGFmiceは,視細胞にヒトVEGFを発現し網膜下新生血管が生じる,網膜血管腫状増殖((165)retinalangiomatousproliferation:RAP)のモデルである(図1).Tet/opsin/VEGFmiceは,Tet/onsystemにより遺伝子発現がコントロールできることが特徴で,ドキシサイクリン(2mg/mL)を経口投与すると,Rho/VEGFmiceの約30倍のヒトVEGF165が視細胞から発現し,投与後5日で著明な網膜内新生血管と90%のマウスに網膜.離が発生する(図2).これらのトランスジェニックマウスの特徴は,ほかの加齢黄斑変性モデルマウスと異なり,代表的な血管新生を引き起こす分子であるヒトVEGF165を発現することであり,より臨床的な薬物効果の解析が可能である.筆者らの実験では,生後14日齢のRho/VEGFmiceに対し,bevacizumab,ranibizumabを硝子体内投与し,投与後1,2,3週後における網膜下新生血管の面積を比較した.Bevacizumab投与群は同濃度のranibizumab投与群と比較して,新生血管抑制効果が強く,抑制持続期間が長いことがわかった.続いて,生後14日齢のRho/VEGFmiceに対し同濃度(10mg/mL)のbevacizumab,ranibizumabを5日おきに連続3回硝子体内投与し,両者の全身移行性について調べた.結果はbeva表1Bevacizumabとranibizumabの特徴と薬物動態の相違Bevacizumab(アバスチンR)Ranibizumab(ルセンティスR)構造ヒト化モノクローナルIgG1全長抗体ヒト化Fabfragment分子量149kDa48kDaVEGFとの結合能1Bevacizumabの4~6倍VEGF結合部位21硝子体内投与後の4.9日2.8~3.2日硝子体内濃度半減期(1.25mgBevacizumab硝子体内投与)(0.5mgRanibizumab硝子体内投与)硝子体内投与後の6.9日3.5日血中濃度半減期(1.25mgBevacizumab硝子体内投与)(0.5mgRanibizumab硝子体内投与)(文献1,tabel5より改変)(75)あたらしい眼科Vol.29,No.7,20129510910-1810/12/\100/頁/JCOPY PBSBVZ10mg/mLRBZ10mg/mL図1Rho/VEGFmiceにおける新生血管抑制効果視細胞にヒトVEGF165を発現させ,網膜下新生血管(→)を発生させる.抗VEGF抗体硝子体内投与により,網膜下新生血管が投与後1週間で抑制される.BVZ:アバスチンR,RBZ:ルセンティスR.(文献2,figure1より改変)PBSBVZ25mg/mL図2Tet/opsin/VEGFmiceにおける新生血管抑制効果Tet-onsystemにより,ドキシサイクリン(2mg/mL)経口投与後5日で網膜内新生血管からの血管透過性亢進の結果,網膜.離を生じる.Bevacizumab(BVZ)投与によって,この現象が抑制された.(文献2,figure5から抜粋)cizumab投与群にのみ,注射眼と対側眼の新生血管抑制効果を認めた.この結果より,bevacizumabは硝子体内投与後に全身経由し対側眼に移行することが示唆された.また,Tet/opsin/VEGFmiceに対して,bevacizumab,ranibizumabの硝子体内投与による網膜.離抑制効果を検討した.結果はbevacizumab投与群にのみ,注射眼,対側眼ともに網膜.離が抑制され,やはりbevacizumabは硝子体内投与によって全身移行することが示唆された.上記の結果から,bevacizumabは,ranibizumabと比較して新生血管抑制効果が強く,作用時間が長く,全身移行性に注射対側眼にまで作用を及ぼすことがわかった.Bevacizumabの全身移行性については臨床例でも報告があり3),マウスを用いたほかの実験例でも同様の報告がされている.Bevacizumabの全身移行性は,眼内に発現している新生児Fc受容体が関連しているといわれている.新生児Fc受容体は,最初952あたらしい眼科Vol.29,No.7,2012に,齧歯類の小腸上皮細胞に発現していることが確認された受容体で,母親から新生児への免疫グロブリンの移行に大きな役割を果たしているとされている.母体由来のIgG抗体は,小腸上皮細胞表面の新生児Fc受容体とFcfragmentで結合し,結合したIgG抗体はエンドサイトーシスにより細胞内に取り込まれることが知られている.マウスの眼内では新生児Fc受容体は網膜血管内皮細胞に発現しており4),Fcfragmentを有するbevacizumabは,硝子体内投与後,全身移行し,新生児Fc受容体を介して対側眼の眼内に移行するといわれている5).Ranibizumabは,Fabfragment製剤であり,Fcfragmentを構造上有していないために,対側眼に移行できないことが示唆されている.文献1)RodriguesEB,FarahME,MaiaMetal:Therapeuticmonoclonalantibodiesinophthalmology.ProgRetinEyeRes28:117-144,20092)MikiK,MikiA,MatsuokaMetal:Effectsofintraocularranibizumabandbevacizumabintransgenicmiceexpressinghumanvascularendothelialgrowthfactor.Ophthalmology116:1748-1754,20093)ScartozziR,ChaoJR,WalshACetal:Bilateralimprovementofpersistentdiffusediabeticmacularedemaafterunilateralintravitrealbevacizumab(Avastin)injection.Eye23:1229,20094)KimH,FarissRN,ZhangCetal:MappingoftheneonatalFcreceptorintherodenteye.InvestOphthalmolVisSci49:2025-2029,20085)KimH,RobinsonSB,CsakyKGetal:FcRnreceptor-mediatedpharmacokineticsoftherapeuticIgGintheeye.MolVis15:2803-2812,2009(76)

緑内障:前眼部OCTによる強膜岬の同定

2012年7月31日 火曜日

●連載145緑内障セミナー監修=岩田和雄山本哲也145.前眼部OCTによる強膜岬の同定川名啓介かわな眼科前眼部OCT(光干渉断層計)による前眼部解析では強膜岬の同定が重要である.二次元前眼部OCTでの同定率は約70%だが,三次元前眼部OCTでの同定率は100%近い.より新しく高性能な機器を用いることで強膜岬の同定率が向上し,より正確な前眼部解析が可能となる.前眼部の画像解析では,明確な測定点の決定が大切である.特に隅角の解析においては,強膜岬の同定が重要である.断層画像上では強膜岬は角膜内側面において角膜組織(高輝度)とぶどう膜組織(比較的低輝度)の境界である.強膜岬の位置を確定することにより,さまざまな隅角のパラメータが決定される.それを基準としてAOD500(angleopeningdistance500),TISA(trabecularirisspacearea),ACA(anteriorchamberangle)などの隅角の指標を表すことが可能となる1).前眼部OCT(opticalcoherencetomography;光干渉断層計)は超音波生体顕微鏡(ultrasoundbiomicroscopy:UBM)よりも簡便かつ非侵襲的に前眼部図1二次元前眼部OCTの解析例解析ツールを利用してパラメータを求めることができる.図2三次元前眼部OCTの解析例二次元のものに比べて解像度が優れているため,強膜岬とぶどう膜組織の弁別に優れる.(73)あたらしい眼科Vol.29,No.7,20129490910-1810/12/\100/頁/JCOPY 表1二次元と三次元前眼部OCTによる強膜岬同定率の比較同定可同定不可二次元前眼部OCT66.8%33.2%三次元前眼部OCT98.2%1.8%の画像解析を行うことが可能な装置である.光学式であるが,角膜と強膜岬や隅角底を含めた隅角の解析を行うことが可能である.しかしながら,前眼部OCTは完全にUBMの代用となるものではない.UBMはほぼ100%強膜岬を同定できるのに対して,二次元の前眼部OCTは強膜岬の同定率が約70%程度ということが報告されている2,3).今回,二次元前眼部OCT(VisanteTM,CarlZeiss)と三次元前眼部OCT(CASIA,Tomey)による強膜岬の同定率を比較する機会を得たので紹介したい.二次元前眼部OCT(図1)に比べ三次元前眼部OCT(図2)は測定速度が10倍程度と速く,解像度も優れている.正常眼において条件をそろえるために1断面像に限って検討したところ,二次元前眼部OCTでの同定率は67%と過去の報告とほぼ同等であった(表1).それに対して三次元前眼部OCTではほぼ100%という結果であった.解像度の違いが最も影響を及ぼしたと考えられる.これは1断面に絞った解析結果であり,さらに複数の断面のスキャンを合わせると,より一層同定が容易になると考えられる.今回は正常眼での検討のため,狭隅角眼などにそのままあてはめることはできない.今後のさらなる検討が必要である.三次元前眼部OCTでも強膜岬の同定が困難な例もあり,その場合には線維柱帯の位置やさまざまな断面像から強膜岬の位置を推測する必要がある.眼底OCTのように,いくつかの断層像を重ね合わせたエンハンス画像を作ると位置の同定率が上がる可能性がある4).また,強膜岬の位置を同定する際に参考となる線維柱帯に関しては,偏光OCTを用いると通常のOCTに比べて同定率が上がるといわれている5).三次元前眼部OCTは角膜厚や前房容積の測定において再現性が高いと報告されており6),強膜岬の同定においても再現性が高いのではないかと期待される.そのほか三次元前眼部OCTを使うメリットとして,1回の検査で360°の隅角を評価可能ということがあげられる.患者負担も少なく,多くの情報が得られるため,積極的に診療に活用していきたい.文献1)PavlinCJ,HarasiewiczK,SherarMDetal:Clinicaluseofultrasoundbiomicroscopy.Ophthalmology98:287-295,19912)SakataLM,LavanyaR,FriedmanDSetal:Assessmentofthescleralspurinanteriorsegmentopticalcoherencetomographyimages.ArchOphthalmol126:181-185,20083)LiuS,LiH,DorairaiSetal:Assessmentofscleralspurvisibilitywithanteriorsegmentopticalcoherencetomography.JGlaucoma19:132-135,20104)MargolisR,SpaideRF:Apilotstudyofenhanceddepthimagingopticalcoherencetomographyofthechoroidinnormaleyes.AmJOphthalmol147:811-815,20095)YasunoY,YamanariM,KawanaKetal:Visibilityoftrabecularmeshworkbystandardandpolarization-sensitiveopticalcoherencetomography.JBiomedOpt15:061705,20106)FukudaS,KawanaK,YasunoYetal:Repeatabilityandreproducibilityofanteriorchambervolumemeasurementsusing3-dimensionalcornealandanteriorsegmentopticalcoherencetomography.JCataractRefractSurg37:461468,2011☆☆☆950あたらしい眼科Vol.29,No.7,2012(74)

屈折矯正手術:前房型有水晶体眼内レンズと虹彩隆起度

2012年7月31日 火曜日

屈折矯正手術セミナー─スキルアップ講座─監修=木下茂●連載146大橋裕一坪田一男146.前房型有水晶体眼内レンズと虹彩隆起度井手武南青山アイクリニック角膜屈折矯正手術(LASIKなど)が非適応の強い屈折異常症例などでは有水晶体眼内レンズ挿入術が適応となる.そのなかでも前房型(虹彩支持型)では,術後にレンズと虹彩の接触による色素沈着や癒着の発生をできるだけ抑えるために,術前の虹彩隆起度評価が大切である.本稿ではORBSCANを用いた虹彩隆起度の計測方法を概説する.屈折矯正手術が一般にも認知されるようになり,症例数も日本全国で数十万件を数えるまでになった.その症例の大部分は角膜屈折矯正手術のlaserinsitukeratomileusis(LASIK)である.しかし,屈折異常(近視・遠視・乱視)が強い症例で,残存角膜厚が薄くなることが予想される場合にはフラップを作製しないphotorefractivekeratectomy(PRK)・LASEK・epipolis(Epi)-LASIKなどのサーフェスアブレーションがつぎの選択肢となる.しかし,それでも基準を下回る場合には,角膜拡張症(エクタジア)のリスクを回避するために角膜屈折矯正手術は行えない.LASIKやサーフェスアブレーションは非適応でも,医学的・職業的・美容的な理由などにより眼鏡やコンタクトレンズなどの視力補助の装用が困難な患者群が存在する.そのような患者群に対しては現時点の選択肢は有水晶体眼内レンズ(フェイキックIOL:以下,P-IOL)挿入術となる.P-IOLには隅角支持型,前房型(虹彩支持型),後房型があり,今回は前房型P-IOL(以下,ACP-IOL)について話を展開していく.ACP-IOLとしては,世界的にはOPHTEC社のARTISANR(光学部の素材がポリメチルメタクリレート:PMMA)と折りたたみ可能なARTIFLEXR(光学部の素材がシリコーン)の2種類のレンズが使用されており,当院でも1999年12月から導入を始めている.しかし,ACP-IOL術後,レンズと虹彩の接触による色素沈着や癒着が生じることが報告されており,当院でも複数例経験している(図1).このような合併症を避けるためには,隆起の少ないフラットな虹彩を選択すること,一定期間のステロイド使用が必要であるといわれている.Baikoffらは,前眼部OCT(光干渉断層計)計測で虹彩根部から水晶体前面までの距離が0.6mm以上ある症例の70%に色素沈着が見られたと報告している1).(71)0910-1810/12/\100/頁/JCOPY図1レンズ色素沈着前房型有水晶体眼内レンズ挿入術後に虹彩色素がレンズに沈着した症例.ARTISANR(PMMA製)ARTIFLEXR(シリコーン製)図2前房型有水晶体眼内レンズPMMA製のARTISANRレンズ(上図)とシリコーン製のARTIFLEXRレンズ(下図).Baikoffらの測定方法・部位とは異なるが,当院でも色素沈着が見られた症例をレトロスペクティブに検討したところ,ORBSCANによる計測でレンズ虹彩把持部から虹彩の最高点までの高低差がすべての症例で0.5mm以上であったため,現在0.5mm以上の症例ではARTIFLEXRの不適応としてARTISANRを採用するようにしている.このARTISANRとARTIFLEXRは上記の素材だけでなく形状デザインも異なる.端的にいうと,レンズ後面のプロフィールが平面に近いARTIFLEXRとよりスペースに余裕がある形状のARITISANRでああたらしい眼科Vol.29,No.7,2012947 ApexPlaneのTopographicalを表示ApexPlaneのProfileを表示ApexPlaneのProfileを表示…………………………………………………………………………図3ORBSCANにおける計測手順View>AnteriorChamber>ApexPlaneを選択(左)する.ApexPlaneのTopographicalDataが表示され(中),その周辺に表示される軸角度の数字(本図には非表示)をクリックしてApexPlaneのProfileを表示して高低差を計算(右)する.る(図2).以下に実際の測定方法について述べる.当院ではORBSCANのApexPlaneというモードを使用して計測を行っている.ApexPlaneのProfileマップはApexに対して垂直な面を仮定して角膜頂点から虹彩や水晶体までの距離を表示させることが可能なモードである.レンズの虹彩把持部分の高さとレンズと接触する可能性の高い虹彩の最高点との高低差を計算する(図3).ARTISANR,ARTIFLEXR両モデルとも基本はレンズ直径が8.5mm(ARTISANRには小さな7.5mmもある)であるので,レンズ中央から把持部までの距離は4.25mmである.しかし,ORBSCANは0.1mmステップの表示なので,中心から4.2.4.3mmの部分の虹彩高さを用いる.しかし,ACP-IOL手術の限界は必ずしもP-IOLの中心がORBSCANの計測中心と一致するわけではないため,筆者は測定されている限り周辺4.5mmくらいまでの高さを見るようにしている.1─通常通りORBSCANを撮影.2─該当患者のデータを呼び出し.3─タブのView>AnteriorChamber>ApexPlaneで画像を変更.4─軸を選び,瞳孔を挟んで一方の虹彩の最高点のApexPlaneからの距離をメモ(A).5─その同側の4.2mmの位置のApexPlaneからの距離をメモ(B).6─AとBの差を計算.7─4,5,6で計測した部位と反対側の虹彩で4.6を繰り返えす.8─高低差が0.5mm以上の症例は注意して,必要に応じてARTISANRに適応を変更.948あたらしい眼科Vol.29,No.7,2012もちろん,全症例・全部の軸角度で光彩の盛り上がりを確認するのが基本であるが,多数経験するとORBSCANの虹彩パターンをみてフラットな虹彩,盛り上がりの強い虹彩が判別できるようになる.したがって,実際にはフラットな虹彩の場合には,2.3の軸だけを選んで確認し,虹彩の盛り上がりの大きい症例ではできるだけ多くの軸でみるようにしている.虹彩の盛り上がりの大きな症例の場合には,IOL後面のスペースに余裕のあるARTISANRが適応になる.しかし,PMMA素材のため切開創が大きく,両眼ARTISANR症例では片眼ずつの別日手術となるため,患者の術後QOL(qualityoflife)は一時的にせよ下がるので事前説明が重要である(両眼ARTIFLEXR,片眼ARTIFLEXR/片眼ARTISANRは両眼同日手術).最後に,虹彩の形状というのは多くの生体データと同じで静的ではなく動的なものである.調節や散瞳・縮瞳により虹彩の形状や隆起度は変化するため2),測定されたデータだけが虹彩の状況をすべて反映しているわけではないので保守的にデータを読む必要がある.加えて,ORBSCANのみならず前眼部OCTやScheimpflugカメラでも同じような測定ができるが,基準値についてはそれぞれの機械で微妙に異なる可能性があることを付け加えてこの稿を終えたい.文献1)BaikoffG:AnteriorsegmentOCTandphakicintraocularlenses:aperspective.JCataractRefractSurg32:18271835,20062)GuellJL,MorralM,GrisOetal:EvaluationofVerisyseandArtiflexphakicintraocularlensesduringaccommodationusingVisanteopticalcoherencetomography.JCataractRefractSurg33:1398-1404,2007(72)

眼内レンズ:水晶体混濁徹照画像を基準にしたトーリック眼内レンズ軸決め法

2012年7月31日 火曜日

眼内レンズセミナー監修/大鹿哲郎311.水晶体混濁徹照画像を基準にした江木東昇えぎ眼科仙川クリニックトーリック眼内レンズ軸決め法水晶体徹照画像から得られる皮質混濁の形状を基準にしたトーリック眼内レンズ軸決め法であり,術前の軸決めと術後の軸ずれを簡便に確認することができる.本法を行うにあたって,正確なデータを得るためには検査時,被検者の頭位に注意を払う必要があり,また強い核白内障や成熟白内障などでは本法を利用できないことを考慮する必要がある.角膜乱視を補正するトーリック眼内レンズは,術後の裸眼視力を向上させる有効な手段として注目され,今後は徐々に使用が増えると思われる.導入にあたり,正確な術前検査,マーキング,レンズ.内固定が要求される.そのなかでも重要なトーリック軸のマーキング法では種々の方法や機器が考案されているが,それぞれに一長一短がある.角膜形状・屈折力解析装置OPD-ScanIII(NIDEK社)を使用した水晶体徹照画像の皮質混濁像を基準にしたトーリックレンズ軸決めは,精度が高い軸決め(axisregistration)法のなかでも術前後とも簡便でより正確な方法と思われる.以下に症例を使ってこの方法を説明する.〔症例〕78歳,女性,右眼.00DAx.2.(cyl×25D.1×+術前視力は0.6(矯正0.9160°).手術は耳側切開でトーリック眼内レンズ(SN6AT6+22.0D,Alcon社)を使用した.術前,散瞳状態にて細隙灯顕微鏡で基準線となりうる視認の良い皮質混濁の有無を確認する(図1徹照画像).つぎに座位において頭位を確認してから角膜形状・屈折力解析装置を使用した角膜形状,屈折度数を測定してデータを得る(図2Overview).ここで得られた水晶体図1細隙灯顕微鏡検査(水晶体皮質形状を確認)図2Overview強(R2)弱(R1)マーク強(R2)弱(R1)マーク図3Retroimage基準線()を決定図4Retroimage基準線から強主経線までの角度が35°(69)あたらしい眼科Vol.29,No.7,20129450910-1810/12/\100/頁/JCOPY 図5基準線から35°離れた強主経線上の角膜輪部に点状マーキング強(R2)弱(R1)マーク図7Retroimage術後3カ月,1°の軸ずれを確認徹照画像(図3Retroimage)から最も視認の良い皮質混濁(楔状,線状,斑点状,点状などの形状は問わず,ここでは楔状形状)の一つを基準線と決め,ここから角膜強主経線までの角度が35°を読み取り,画像を保存する(図4Retroimage).手術は明るく,均一なレッドリフレックスで水晶体混濁像を観察できる手術顕微鏡〔ZeissLumera(Zeiss社),LeicaM822(Leica社)〕を使用する.まずは瞳孔中心に点状の圧痕マーキングをしてから基準線にした皮質混濁部位を確認し,リングゲージを使用してそこから割り出した35°先の強主経線位置にある角膜輪部に点状の圧図6線状マーキング=強主経線軸()痕マーキング(図5)をする.レンズ軸をより正確に合わせるためには2blades軸マーカーを使用し,線状の圧痕マーキング(図6)を行ってから手術を開始した..内に挿入したレンズはバイマニュアル灌流と吸引ハンドピースを使用し,レンズ表面を軽く押さえながら回転させ,レンズ軸マークを強主経線に合わせ固定した.術後3カ月,右眼視力は1.2(矯正1.2×±0.00D×(cyl.0.25DAx130°)となり,また,散瞳によりレンズの回転や傾き,.収縮,軸ずれを容易に確認ができる(図7).以上からトーリック眼内レンズを導入するうえで,この軸決め法は簡便で正確な方法と考えられる.文献1)ビッセン宮島弘子:トーリックIOL.IOL&RS24:45-52,20102)宮田和典:トーリックIOLの適応と導入のコツ.IOL&RS24:13-18,20103)鳥居秀成,根岸一乃:さまざまな軸マーキング法と手術手技.眼科手術24:277-285,20114)野田徹,大沼一彦:白内障手術─トーリック眼内レンズ.臨眼65:138-149,2011

コンタクトレンズ:コンタクトレンズ基礎講座【ハードコンタクトレンズ編】 コンタクトレンズ装用指導の実際(3)

2012年7月31日 火曜日

コンタクトレンズセミナー監修/小玉裕司渡邉潔糸井素純コンタクトレンズ基礎講座【ハードコンタクトレンズ編】塩谷浩337.コンタクトレンズ装用指導の実際(3)しおや眼科●ハードコンタクトレンズのケアの指導前号(Vol.29,No.5,6)までに解説したハードコンタクトレンズ(HCL)の装脱前の準備の説明と装脱練習が終わってからの,HCLのケアについて指導する.患者にコンタクトレンズ(CL)メーカーのケアについての取り扱い説明書に従ってケア方法を説明し,購入したケア用品を使用して実際のケアの仕方を練習してもらう.HCLのケアはメーカーごとに推奨されているケア用品とケア方法が異なっている.HCLの種類によっては他のメーカーのケア用品を使用するとレンズの素材に影響が出ることもあるため,一般的には処方したHCLのメーカーのケア用品を使用したケアを行うように患者に指導する.●ハードコンタクトレンズのケアの基本HCLのケア用品には洗浄液,保存液,蛋白分解酵素剤を含む洗浄保存液,蛋白分解酵素剤を含まない洗浄保存液,蛋白除去液(蛋白分解酵素液),強力蛋白除去剤(蛋白分解酵素剤),塩素系蛋白除去剤がある.ケアではレンズにキズがつかないようにティッシュや布などは用いず,洗浄した手指で行うことを原則とする.HCLのケアは基本的には,レンズの装着前とはずした後に行う(化粧をしている患者の場合には,レンズに化粧品汚れが付着しないように化粧をする前にレンズを装着し,化粧を落とす前にレンズをはずすことを原則とする).ケアの際に水道水(流水)によるレンズの流出防止のため,洗面台の排水口の栓を閉じるか,市販されているレンズ流失防止マットを使用する.●ハードコンタクトレンズのはずした後のケアHCLのはずした後のケアは,使用後のレンズをこすり洗いせずに保存液または洗浄保存液にそのまま保存することを標準としているCLメーカーもあるが,レンズの汚れを十分に除去するために,原則としてこすり洗いをするように指導する.ケアの実際は,手指の洗浄後に利き手の人差し指,中指,親指の3本指を用いてレンズの凹面が親指側になるようにレンズを保持し,数滴の洗浄液または洗浄保存液で,まずレンズの表側(凸面)を人差し指と中指で30回程度(時間にすると15秒程度)こすり洗いし,同時にあるいは続いてレンズの裏面(凹面)も親指で30回程度(時間にすると15秒程度)こすり洗いする(図1).この方法でレンズの表側のこすり洗いがテクニック的に十分にできない場合には,非利き手の手のひらに凸面を下にしてレンズをのせ,数滴の洗浄液または洗浄保存液を滴下し,利き手の人差し指で30回程度(時間にすると15秒程度)こすり洗いする(図2).その後,水道水(流水)ですすぎ(図3),レンズホ図1手指でレンズを保持してのこすり洗い図2手のひらと人差し指でのレンズのこすり洗い図3レンズのすすぎ洗い(67)あたらしい眼科Vol.29,No.7,20129430910-1810/12/\100/頁/JCOPY 図4レンズケースへのレンズの保存ルダーにレンズを収納し保存液または洗浄保存液をレンズケースに入れて保存する(図4).保存液または蛋白分解酵素剤を含まない洗浄保存液を使用するケア方法では,その保存液または洗浄保存液の中に毎日あるいは週に1回,蛋白除去液を入れるサイクル(製品によって異なる)を繰り返す.洗浄保存液でのレンズのこすり洗いで汚れの除去効果が不十分な場合には,洗浄液を使用し,通常の洗浄剤での汚れの除去効果が不十分な場合には研磨剤入り洗浄液(表面処理のあるレンズには使用不可能)を使用してのこすり洗いを行う(図5).特に汚れの付着が著しい場合には,週に1回程度の強力蛋白除去剤の使用(メーカーによっては月に1回程度の塩素系蛋白除去剤の使用)を行う.●ハードコンタクトレンズの装着前のケアHCLの装着前のケアは,レンズをはずした後に十分図5研磨剤入り洗浄液でのこすり洗いに汚れを落としていることが前提であるため,レンズの汚れを除去することよりもレンズ表面に洗浄液または洗浄保存液の水濡れ性保持成分を塗布することと,レンズ表面の余分な保存液成分をすすぐことを目的とする.ケアの実際は,手指の洗浄後に利き手の人差し指,中指,親指の3本指を用いてレンズの凹面が親指側になるようにレンズを保持し,数滴の洗浄液または洗浄保存液でレンズの表裏を同時に30回程度(時間にすると15秒程度)こすり洗いして(図1),水道水(流水)ですすぎ洗いし装着に供する(図2).装用指導の最後に眼科医から指導された装用方法と装用時間を守ること,正しいケアを続けること,定期検査を受けることの重要性を患者に説明する.☆☆☆944あたらしい眼科Vol.29,No.7,2012(68)

写真:Toxic anterior segment syndromeによる水泡性角膜症

2012年7月31日 火曜日

写真セミナー監修/島﨑潤横井則彦338.Toxicanteriorsegmentsyndromeによる清水一弘大阪医科大学眼科水疱性角膜症①②③④図2図1のシェーマ①:角膜浮腫,②:散大した瞳孔,③:眼内レンズ上に析出したフィブリン,④:角膜内皮側に付着した多量の虹彩色素.図1Toxicanteriorsegmentsyndrome(TASS)による左眼白内障術後炎症(68歳,女性)TASSによる前房内炎症とともに多量の虹彩色素が角膜内皮面に付着している.図3TASSによる角膜浮腫図1の症例の初診時前眼部写真.その後角膜浮腫は軽減せず水疱性角膜症に至った.図4図1の症例の3日後の前眼部写真前房内炎症は軽減せず,著明な角膜浮腫とともに角膜後面の色素沈着は残存している.(65)あたらしい眼科Vol.29,No.7,20129410910-1810/12/\100/頁/JCOPY Toxicanteriorsegmentsyndrome(TASS)は,内眼術後に非感染性の物質によって発症する術後炎症反応で,重篤例では角膜内皮障害や虹彩損傷を生じると報告されている1,2).〔症例〕68歳,女性,近医にてPEA+IOL(水晶体乳化吸引術+眼内レンズ挿入術)を施行.左眼は術翌日より著明な角膜浮腫と高眼圧が生じ,消炎および眼圧下降治療を行うも増悪を認めたため当院紹介受診となった.初診時,視力は右眼(0.4),左眼(0.02).眼圧は左眼は52mmHgと高眼圧を認めた.眼底は透見困難で視神経乳頭がわずかに見える程度であった.著明な角膜浮腫(図3)と角膜後面に多量の虹彩色素が付着していた(図1).眼内レンズ表面にはフィブリン析出,前房は深いものの炎症細胞が生じていた.前房穿刺を施行し前房水の培養を行うも微生物は検出されなかった.抗菌薬とステロイドの点眼,ステロイドおよび眼圧下降剤の内服を開始した.図4は初診時より3日目の前眼部写真である.高眼圧は持続し,前房内所見に改善はみられなかった.その後前房洗浄を施行するも多量の虹彩色素の排出,虹彩脱色素,瞳孔散大を認め,高眼圧と眼痛は持続した.UBM(超音波生体顕微鏡)所見で閉塞隅角を認め,一部は器質化していた.虹彩損傷による線維柱帯の損傷,隅角の閉塞にて高眼圧が持続したため,トラベクレクトミーを施行した.術後眼圧は10mmHg台にコントロールされたが,水疱性角膜症に至り,最終視力は矯正0.01となった.白内障手術後に無菌性の起炎物質によって生じる前眼部炎症を1992年にMonsonらによってTASSと命名された.術後眼内炎との鑑別が初期では困難であること3),術後早期に発症し,ステロイド治療が奏効することなどが特徴である.TASSと術後感染性眼内炎との比較で最も大きな違いは,手術から発症までの時間で,TASSでは多くは24時間以内と感染性眼内炎に比較して明らかに早い発症である.TASSでの眼痛は感染症に比べて比較的軽度である.TASSでは硝子体混濁はわずかとされているが,本症例では角膜混濁と前房内炎症のため眼底が透見できず詳細は不明であった.もう一つ大きな特徴として,TASSではステロイドに対する反応が良好であるとされている.TASSの原因として,これまでに塩化ベンザルコニウム,消毒薬,手術機器の残留薬剤,BSS(平衡食塩水)中のエンドトキシン,I/A(灌流吸引)ハンドピースの付着残留物,インドシアニングリーンの残留が報告されている.今回の症例では症状が術翌日から出現した点は通常の感染性眼内炎より早期の発症でTASSを疑うものであった.角膜内皮面に多量の虹彩色素が付着していたことより虹彩の損傷が生じ,線維柱帯の損傷から眼圧上昇に至ったと考えられた.また,びまん性の角膜浮腫の持続から角膜内皮の障害が疑われ,これまでの報告例に比べて重篤な合併症が生じたことより,本症はTASSのなかでも重症に位置するものと考えられた.同一施設での多発発症を防ぐためにも本症の存在を知っておくことが必要である.発症の予防としては,手術器具の滅菌法の改善など手術システムを見直す必要がある.発症を予防する手術システムの構築と発症早期の適切な対処が重要と考えられた.文献1)小早川信一郎,大井彩:Toxicanteriorsegmentsyndrome(TASS).あたらしい眼科26:203-204,20092)臼井嘉彦:Toxicanteriorsegmentsyndromeの診断と治療.日本の眼科79:1709-1710,20083)井上昌幸:両眼性Toxicanteriorsegmentsyndrome(TASS).あたらしい眼科28:237-238,2011942あたらしい眼科Vol.29,No.7,2012(00)

涙管チューブ挿入術

2012年7月31日 火曜日

特集●眼科小手術PearlsandPitfallsあたらしい眼科29(7):933.940,2012特集●眼科小手術PearlsandPitfallsあたらしい眼科29(7):933.940,2012涙管チューブ挿入術LacrimalPassageIntubation杉本学*はじめに涙管チューブ挿入術には,従来行われているプロービング後に涙管チューブを挿入する方法と,涙道内視鏡を用いて閉塞部を開放し,引き続いて開放部に正確に涙管チューブを挿入する方法がある1,2).後者のほうが治療成績は良くなってきている3)が,涙道内視鏡・鼻内視鏡でモニターを見ながら操作しなくてはならないので,練習して慣れることが必要となる.いったん習得すれば,涙道内の状況を把握して治療戦略を立てて,直視下で操作することができるので,盲目的操作を嫌う眼科医にとっては有力な手段となる.本稿では,涙道内視鏡・鼻内視鏡を用いた涙管チューブ挿入術について解説させていただく.I手術手順①鼻粘膜麻酔と収縮②皮膚の消毒とドレーピング③涙道内麻酔(滑車下神経ブロック麻酔)④涙点拡張⑤涙道内視鏡による涙道内の状況把握⑥閉塞部の開放〔シース誘導内視鏡下穿破法(sheath-guidedendoscopicprobing:SEP),シース誘導プロービング(sheath-guidedprobing:SHIP)〕⑦チューブ留置〔シース誘導チューブ挿入術(sheath-guidedintubation:SGI)〕II鼻粘膜麻酔と収縮(図1,2)4%点眼用キシロカインRとボスミン液Rを1:1で混合した液を綿棒(ベビー綿棒が綿球が小さくて挿入しやすい)に染み込ませて,鼻中隔,下鼻甲介,下鼻道の鼻粘膜を軽く触れながらなぞっていく(図1b,c).綿棒でなぞって1分もたてば鼻粘膜が収縮してくるのがわかる(図1d).つぎに,同混合液を染み込ませた短冊ガーゼ(1.5×30cm)の先端10cmほどを,こよりのようにねじって細くして,ルーツェ鑷子にて下鼻道へ挿入する(図1e).15cmほど挿入できたら,下鼻甲介を覆い,鼻中隔先端付近まで挿入して(図1f),ガーゼの後端は鼻翼から2cmほど鼻外に出しておく(図2).注意点は,鼻粘膜に綿棒を強く押し付けると患者は痛がり,痛覚閾値を下げてしまい,後の手術操作がしにくくなるので,狭くて綿棒が入りづらいときは,先の綿球が小さいものに変える.筆者が用いている最小のものは,日本綿棒メンティップRの綿球径1.9mmである.III皮膚の消毒とドレーピング(図2)眼瞼を閉じたままでイソジンR原液にて皮膚を消毒する.受水袋付きドレープを,術眼と同側の鼻孔が覆われないように,目穴の下方部分を剪刃で拡大切除し,張り付ける.鼻孔が見えるようにしておくと,鼻内操作がしやすいだけでなく,鼻腔内留置ガーゼが常に目に入るので,ガーゼ除去忘れ防止に役立つ.*ManabuSugimoto:すぎもと眼科医院〔別刷請求先〕杉本学:〒719-1134総社市真壁158-5すぎもと眼科医院0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(57)933 adbecfadbecf図1鼻粘膜麻酔と収縮(左側,鼻内視鏡像)a:処置前.b:鼻中隔側の塗布.c:下鼻道側の塗布.d:塗布後1分.e:下鼻道へガーゼの留置.f:ガーゼ留置の完成.NS:鼻中隔,INC:下鼻甲介,INM:下鼻道,CS:綿棒.IV涙道内麻酔(滑車下神経ブロック麻酔)(図2)筆者は,涙道内操作をしているときに,裂孔を生じた場合,早く気づくために患者の疼痛を利用している.浅い麻酔であれば,裂孔を生じると患者は急に痛がる.痛みは「違う方向に行っていますよ」という警告と考えている.したがって,涙道内麻酔を主体とし,疼痛をひどく訴える患者には滑車下神経ブロック麻酔を追加するようにしている.涙道内麻酔は,4%点眼用キシロカインRを2.5mlまたは5mlシリンジにとって,25ゲージ(G)曲の涙道洗浄針をつけて,涙点より挿入し(涙道洗浄針の曲がった部分まで),注入する.キシロカインRが逆流してきたところで注入を中止し,5分待つ.涙道内麻酔を行うときに,涙道洗浄針を挿入していない涙点から逆流があるかないかを確認する.逆流があれば上下交通があることになり,総涙小管より手前の閉塞ではないことが判断できる.シリンジはすぐに注入できるような態勢で持つ.すな934あたらしい眼科Vol.29,No.7,2012図2涙道内麻酔(左側)わち,シリンジの外筒のつばに人差し指,中指をかけ,内筒のおしりに親指をかけるように持ち,小指を伸ばして患者の頭で固定する.もう一方の手の,人差し指か中指で,下眼瞼か上眼瞼を引っ張って涙点をみやすくし,この手の親指を土台にするようにシリンジあるいは涙道洗浄針を乗せると操作がしやすくなる(図2).滑車下神経ブロック麻酔は,medialcanthaltendon(58) の上縁から27G×3/4針(針長19mm)を10mm(針長半分)ほど刺入し,2%キシロカインR液を0.5ml注入している.眼球穿孔に注意する.また,根元まで刺入すると,針先が前篩骨管付近に達するので,前篩骨動脈を損傷して球後出血することがある.眼神経の分枝である鼻毛様体神経は前篩骨神経を分枝して滑車下神経となるが,前篩骨神経は前篩骨動脈を伴って前篩骨管を通過している4,5).V涙点拡張(図3)目盛付涙点拡張針が便利である.まず,第一の目盛りまで涙点に垂直に挿入し回旋させて拡張する(図3a).つぎに,拡張針を涙小管水平部に平行になるように寝かせる.もう一方の手の指で眼瞼を耳側に引っ張って,拡張針は眼瞼を外反させる一方向に回旋させて,第二の目盛りまで拡張させる(図3b).患者に少し痛みがあることを伝えながら行うと協力してもらえる.VI涙道内視鏡による涙道内の状況把握(図4)涙小管の観察は,涙点より涙道内視鏡を挿入したら,眼瞼を耳側に引っ張って涙小管をなるべく直線的にし,涙小管水平部と平行になるように涙道内視鏡を寝かせる.助手に灌流を開始してもらう.涙小管粘膜は白く血管は観察されない(図4a涙道内視鏡像).総涙小管は前方に屈曲しながら涙.につながっていること(図4b涙道内視鏡像)と,総涙小管粘膜の涙.側には血管がみえる例もあることも知識に加えておく.モニターに映し出されている涙小管内腔をみながら涙道内視鏡を進めていab図3涙点拡張(左側,surgeon’sview)a:白矢印の第一の目盛りまで拡張する.b:白矢印の第二の目盛りまで,黒矢印の方向に回旋させて拡張する.ab図4上下涙小管の観察(右側)a:下涙小管の観察.b:上涙小管の観察.眼瞼を黒矢印の方向に引っ張り,涙道内視鏡は白矢印の方向に進める.(59)あたらしい眼科Vol.29,No.7,2012935 るときの涙道内視鏡の方向は,上涙小管を観察しているときには,涙道内視鏡はやや下方に向いている(図4b).下涙小管を観察しているときには,涙道内視鏡はやや上方に向いている(図4a).この方向は総涙小管閉塞を開放するときに参考になる.涙小管閉塞は,行き止まりの白い壁として観察される(図8a涙道内視鏡像).壁に1箇所へこんだ部分(ディンプル)がみられることが多い.上下交通のある症例でも必ず,上下の涙小管を観察して,涙小管狭窄・ポリープの有無,涙.に到達しやすいのはどちらかも見きわめておく.涙道内視鏡に慣れるまでは涙小管の観察はむずかしいので,涙.付近まで涙道内視鏡を挿入して観察を始めてもよい.また,涙道内視鏡は先端に粘膜が接していると観察不能になるので,見えなくなったら少しだけ手前に引いてみることも覚えておくと役に立つ.涙小管・総涙小管に閉塞がない場合,涙.に入ると,粘膜にいろいろな太さの血管が見え赤っぽくみえる.涙道内視鏡を下方に回転させて涙.鼻涙管を観察する.膿や粘稠な液が多くて視認性が悪いときには,しばらく灌流を行って膿を洗浄する.涙道内視鏡がやっと通過できるくらいの狭い総涙小管の例では,洗浄しようとして強く灌流シリンジを押しても灌流液が逆流できず涙.内圧が上昇して痛みが強くなるので,いったん涙道内視鏡を抜いて涙.を圧迫して内容物を逆流させる.または,後述する涙道シースを用いるSEPで涙.に達した後,涙道シースを残して涙道内視鏡のみ抜いて,バンガーター針を涙道シース内に挿入して生理食塩水で洗浄すると楽である.涙小管・総涙小管・涙.鼻涙管が確認できたら,2%(エピレナミン含有)キシロカインRで涙道内麻酔を追加しておくと,涙.鼻涙管粘膜からの出血を抑制でき,後の操作がしやすくなる.鼻涙管閉塞は粘膜の壁状(ディンプルがみられることが多い)(図6a涙道内視鏡像)か,クモの巣状に見える.閉塞部の確認と腫瘍性病変の有無を確認する.血管の見える涙.粘膜がドーム状に隆起している場合は,涙.が外から圧迫を受けている(涙.窩.胞,副鼻腔炎,mucocele,pyoceleなど)ことが考えられる.腫瘍性病変を疑った場合にはそれ以上の操作は中止して,CT(コンピュータ断層撮影)かMRI(磁気共鳴画像)の画像診断に移る.Pearls&Pitfalls:涙道内視鏡を回旋させないようにすることが大切である.少しの回旋でもモニター上で進めたい方向に涙道内視鏡を進められなくなる.VII閉塞部の開放SEP&SHIP1.鼻涙管閉塞に対するSEP(図5,6)涙道内の状況が把握できて鼻涙管閉塞が確認できたら5mm45mm図5涙道シースabc図6鼻涙管閉塞症に対するSEP(左側)a:ディンプル(中央少し暗い部分)の確認.b:SEP中.c:お迎えの穴発見.涙道シースを白矢印,涙道内視鏡を黒矢印の方向に一体として,中央のやや暗い部分へ進める.S:涙道シース.936あたらしい眼科Vol.29,No.7,2012(60) (図6a),涙道シース(図5)を涙道内視鏡にかぶせ,涙道内視鏡の先端が涙道シースより1mmほど出るようにセットする.このセッティングはSEP,SHIPともに同じである.この内視鏡を涙.に入りやすいほうの涙点より挿入し,鼻涙管閉塞部の手前で保持する.鑷子(古くなったポープル型睫毛鑷子など)をもう一方の手に持ち,シースのみみを把持し,涙道シースが涙道内視鏡先端より1mmぐらい出るようにスライドさせる.涙道シースのみみを把持したまま,涙道シースと涙道内視鏡を一体として,閉塞部のディンプルに押し当てていくと,穿破される様子が観察できる(図6b).ゆっくり穿破し,本来の涙道内腔と思われる暗い部分を進めていくとお迎えの穴に到達できる(図6c).あとはお迎えの穴に沿って進んでいき鼻腔に達したら,涙道シースのみ残して涙道内視鏡を抜去する.穿破中,灌流液は出しっぱなしがよい.Pearls&Pitfalls:涙道シースと涙道内視鏡を一体として操作することが大切である.トロンボーンのようにグーッと伸ばすと盲目的操作と変わらなくなる.本来の内腔が穿破されていれば,患者は痛がらないし,ほとんど出血はみられない.もし急に痛がられたらすぐに穿破と灌流をとめて,2.3mmぐらい戻って再灌流してみると,裂孔を形成した脇に本来の内腔が見つかることがある.図7涙道シースストッパーを装着したところ涙道シースのほうが涙道内視鏡より1mmぐらい出た状態になる.adbec図8総涙小管閉塞症に対するSEP(右側)a:閉塞部の確認.眼瞼を黒矢印の方向に引っ張って観察.b:シースの伸長.涙道シースを白矢印の方向に3mmほど伸ばす.c:涙道シースストッパーの装着.d:SEP中.e:涙.に到達.再び眼瞼を黒矢印の方向に引っ張り,涙道内視鏡を白矢印の方向に進める.涙.に到達すると涙道内視鏡のモニターの視野が赤っぽくなる.S:涙道シース.(61)あたらしい眼科Vol.29,No.7,2012937 2.総涙小管閉塞に対するSEP(図7,8)総涙小管の開放は,解剖学的観点6)から,上涙小管から行うと成功率が高い.上述のように涙道シースを涙道内視鏡にセットし,上涙点より挿入し,他方の手で眼瞼を耳側に引っ張って涙小管内を観察する(図8a).閉塞部が確認できたら,眼瞼を引っ張っていた手を離し,鑷子を持って涙道シースをスライドさせて,3mmぐらい内視鏡先端より出るようにする(図8b).鑷子を涙道シースストッパー7)に持ち替えて,涙道内視鏡の根元に涙道シースを巻き込まないようにセットする(図7,8c).再び眼瞼を耳側に引っ張って,涙道内視鏡を閉塞部に押し当てていくと,穿破されていく様子が観察され(図8d),涙.内に入ると赤っぽくなる(図8e).ここで涙.内にエアーがみられたら,それより先に閉塞部はないと考えてよい.涙道シースストッパーをはずして,あとは鼻涙管内を進めていき鼻腔に達したら,涙道シースのみ残して涙道内視鏡を抜去する.3.鼻涙管閉塞症に対するSHIP(図9)SEPが行えない硬い鼻涙管閉塞のときには,涙道シースの先端を閉塞部に当てたまま涙道内視鏡のみを抜去する.先端から10mm部で27°曲げた0-7か0-8か0-6のブジーを涙道シース内に挿入し(図9a),ブジーで硬い閉塞部をブツッと穿破する.穿破は硬い部位だけにとどめ,ブジーをそのまま保持し,涙道シースを1mmぐらい送り込んでから(図9b),ブジーのみ抜去する.再び涙道内視鏡を涙道シースに挿入して(図9c),あとはSEPで鼻腔まで到達する.4.総涙小管閉塞症に対するSHIPSEPが行えない硬い総涙小管閉塞の場合は,まず,滑車下神経ブロック麻酔を追加する.閉塞部に涙道シースの先端を押し当てたまま涙道内視鏡のみを抜去し,先端から10mm部で27°曲げた0-7か0-6のブジーを涙道シース内に挿入し,眼瞼を耳側に引っ張って,ブジーで穿破する.穿破できたら,涙道シースを1mmぐらい送り込んでから,ブジーのみ抜去する.涙.が小さい場合は,涙道シースを1mm送り込めないので,ブジーで穿破後,ブジーを涙.内で下方に回転させてから,涙道シースを1.2mm送り込むとよい.再び涙道内視鏡を涙道シースに挿入してあとはSEPで鼻腔まで到達する.穿破時のブジーの方向は,上涙小管から解放している場合は,やや下方である.abc図9鼻涙管閉塞症に対するSHIP(右側,surgeon’sview)a:涙道シースに0-7ブジーを挿入中.涙道シースを白矢印の位置で保持し,0-7ブジーを黒矢印の方向に進める.b:ブジーにて硬い閉塞部のみを穿破後涙道シースを1mm送り込み中.0-7ブジーを白矢印の位置で保持し,涙道シースを1mm黒矢印の方向に送り込む.c:再度涙道内視鏡を挿入.涙道シースを白矢印の位置で保持し,涙道内視鏡を黒矢印の方向に進める.938あたらしい眼科Vol.29,No.7,2012(62) Pearls&Pitfalls:硬い総涙小管閉塞をSHIPで穿破できたかどうかの判断は,ブジーを押したときに,内眼角部付近の眼瞼がピクピクと一緒に動くときにはまだ穿破できていない.穿破できていないのにブジーを立てると裂孔を形成し,灌流すると眼瞼腫脹をきたす.VIIIチューブ留置SGI(図10)鼻腔まで達して残しておいた涙道シースに,留置チューブをドッキングさせる.まず,涙道シースのみみを鑷子でつかんで,ステント付きチューブを涙道シース内に3mmほど押し込む(図10a).チューブのステントを抜去する(図10b).鼻腔に留置していた短冊ガーゼを抜去して,鼻内視鏡で下鼻道に出ている涙道シースの先端を確認して,小此木氏.聹鉗子でつかんで鼻外に引き出す(図10c)と,チューブがするすると引き込まれる.留置チューブを鑷子でつかんで,チューブと涙道シースを分離する(図10d).ここで,涙道内麻酔を追加しておく.もう一方の涙点から,留置したチューブに沿ってSEPを行って鼻腔に達したら,涙道シースのみ残して,留置チューブのもう一端をドッキングさせて,再度同様に操作を繰り返すと,開放部に確実に1組のチューブを留置することができる.IX手術適応と症例選択骨性閉塞以外の涙道閉塞症が手術適応になると考えている.軟らかい総涙小管閉塞症,閉塞距離の短い軟らかい鼻涙管閉塞症から始めることをお勧めする.硬い総涙小管閉塞・涙小管閉塞症,副鼻腔炎術後の鼻涙管閉塞症,大きな涙.結石症,急性涙.炎は難度が高い.涙道閉塞の難度は高くなくても,狭い下鼻道は鼻内操作の難症例であるので,術前に下鼻道を観察しておくことも必要である.模擬涙道を使って,涙道内視鏡・鼻内視鏡の操作の練習を十分に行ってから,涙.の大きくなった慢性涙.炎の症例から,涙道内の観察を始める.鼻腔の観察も下鼻道の広い症例から始めると,くじけないで自信がついてくる.涙道内,下鼻道の観察に慣れたら,難度の低い症例から,開放・チューブ留置を試みる.Pearls&Pitfalls:難易度の低い症例を選択したつもりでも,実際に手術を始めると,むずかしい症例であったりする.技量が上達するまでは,無理をしないで撤退することを勧める.撤退は恥じではなく,最終成功率を上げるこつである.無理をして裂孔形成し硬い瘢痕組織を作ってしまうと,上達してから再挑戦した際,もっと大変で成功率も落ちてしまう.adbc図10SGI(左側,surgeon’sview)a:涙道シースにチューブをドッキング.鑷子で涙道シースのみみをつかみ(白矢印),ステント付きチューブを黒矢印の方向に3mm挿入する.b:チューブのスタイレットを抜去.c:下鼻道の涙道シース先端を鉗子で引き出し中.鉗子で黒矢印の方向に,涙道シースの先端を引き出す.d:涙道シースとチューブの分離.鑷子でチューブをつかみ(白矢印),涙道シースを黒矢印の方向に引っ張って分離.(63)あたらしい眼科Vol.29,No.7,2012939 X手術器材涙道内視鏡はファイバーテック社,町田製作所,鼻内視鏡(直径2.7mm,視野方向70°か30°)は町田製作所,ニスコ,オリンパス,カールストルツから入手できる.涙道洗浄針は25G曲(はんだや),涙点拡張針は目盛付涙点拡張針(MEテクニカ),ブジーは三宅式(0-1.2),鼻内操作用鉗子は小此木氏.聹鉗子(ナガシマ),Hartmann-Wullstein鉗子OF410R(田島器械)を用いている.涙道シースはアルゴキュアシステム,涙道シースストッパーははんだやから入手できる.留置チューブはPFカテーテル(TORAY・ニデック)かシラスコンRN-S(ヌンチャク型シリコーン)チューブ(カネカメディックス)が使用できる.XI手術成績チューブ抜去後2,000日の通水可能率は,涙小管閉塞症単独で94%,鼻涙管閉塞症単独で72%,涙小管閉塞合併鼻涙管閉塞症で90%であった3,8).XII安全に手術遂行のために涙道内視鏡・鼻内視鏡を併用することにより,涙管チューブ挿入術が確実・安全に施行できるようになったが,涙道シースの涙道内への落とし込み,鼻腔内留置ガーゼの除き忘れ,綿棒の咽頭迷入などの事故の発生が危惧される.涙道シースの落とし込みは,多くは短い自作シースで発生している.涙道シースを自作する場合は長さを4.5mmとし,みみは5mm以上残す.鼻粘膜麻酔収縮に用いた綿棒は,鼻腔に留置したままにしない.また,鼻腔内留置ガーゼはできるだけX線写真にうつるものを使用したほうが安全である.おわりに涙道内を観察できる唯一の手段である涙道内視鏡は,眼科医に新たな世界をもたらした.しかし,モニターを見ながらの操作というハードルを越えなくてはならない.日本涙道・涙液学会では,フォーサムにて,涙道内視鏡・鼻内視鏡の技術指導を行う予定にしているので,ぜひ参加していただき,多くの涙道内視鏡サージャンが誕生することを願っている.文献1)杉本学:シースを用いた新しい涙道内視鏡下手術.あたらしい眼科24:1219-1222,20072)井上康:テフロン製シースでガイドする新しい涙管チューブ挿入術.あたらしい眼科25:1131-1133,20083)杉本学,井上康:鼻涙管閉塞症に対する涙道内視鏡下チューブ挿入術の長期成績.あたらしい眼科27:12911294,20104)細畠淳:眼窩の血管.眼科診療プラクティス6,眼科臨床に必要な解剖生理(大鹿哲郎編),p16,文光堂,20055)金子博行:顔面の解剖.眼科診療プラクティス6,眼科臨床に必要な解剖生理(大鹿哲郎編),p22,文光堂,20056)鈴木亨:涙道.眼科診療プラクティス6,眼科臨床に必要な解剖生理(大鹿哲郎編),p72,文光堂,20057)杉本学:涙道シースストッパー.眼科手術22:355-357,20098)杉本学:涙管チューブ挿入術.眼科52:981-986,2010940あたらしい眼科Vol.29,No.7,2012(64)

涙点プラグ挿入術・涙点閉鎖術

2012年7月31日 火曜日

特集●眼科小手術PearlsandPitfallsあたらしい眼科29(7):927.931,2012特集●眼科小手術PearlsandPitfallsあたらしい眼科29(7):927.931,2012涙点プラグ挿入術・涙点閉鎖術PunctalPlugandPunctalOcclusion堀裕一*はじめにこれまでのドライアイ治療は,まずヒアルロン酸点眼もしくは人工涙液の点眼治療を行い,それらが有効でない場合に涙点プラグ挿入術が選択されていた.しかし,最近,わが国で新しいドライアイ点眼薬(ジクアホソルナトリウム点眼液,レバミピド点眼液)が増えたことで,ドライアイ治療の選択肢が広がり,点眼のみで治療可能な患者の数が増加し,相対的に涙点プラグを使用する頻度が減ってきている印象がある.しかしながら,やはり点眼治療では不十分な患者は確実に存在し,眼表面の涙液量の増加には涙点プラグに勝るものはない.本稿では,涙点プラグ挿入術においての注意点とコツ,涙点閉鎖術の方法について述べる.I涙点プラグ挿入術1.涙点プラグ挿入の適応涙点プラグの適応は,基本的には点眼治療では症状改善が不十分なドライアイ患者だが,涙点プラグ挿入前には,点眼治療を1カ月間使用し,点状表層角膜症(SPK)の減少や下方シフトがあるかどうかを確認するのがよい.また,重症のドライアイ患者で上皮のターンオーバーが悪いときに生じる角膜糸状物(図1)やmucousplaqueといわれるプラークを合併した症例(図2)では,涙点プラグの良い適応であると考える.一方,感染症が疑われる角膜障害(図3)や,薬剤毒性による角膜障害(図4)では,原因疾患の治療が重要であるため,いきな図1角膜糸状物図2Mucousplaque*YuichiHori:東邦大学医療センター佐倉病院眼科〔別刷請求先〕堀裕一:〒285-8741佐倉市下志津564-1東邦大学医療センター佐倉病院眼科0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(51)927 図3角膜感染症白色の感染巣および周囲の角膜浸潤を認める.図4薬剤毒性角膜症緑内障点眼および角膜保護点眼を長期に使用していた.角膜全面のSPKがあるが,結膜上皮は正常である.りの涙点プラグ挿入は避けるべきで,その原因疾患の治療が大切である.感染症は角膜障害周囲の浸潤がないかどうか,前房炎症がないかどうか,コンタクトレンズ(CL)装用や外傷など感染のリスクの既往がないかどうかを確かめることが重要であり,薬剤毒性角膜症とドライアイとの鑑別は,薬剤毒性が角膜上皮障害のみであることが多いのに対し,ドライアイは角膜上皮障害に伴って結膜上皮障害もみられるため,結膜の診察が重要である.2.涙点プラグの種類現在,わが国で使用できるプラグには6種類あり,大928あたらしい眼科Vol.29,No.7,2012きく分けるとシリコーン製の固形プラグとアテロコラーゲンによる液状プラグの2種類がある.a.シリコーン製涙点プラグ初期からのFCI社製のパンクタルプラグTMは,挿入後の涙点腫脹や涙点拡大,肉芽形成が問題とされていた1).その後,イーグルビジョン社から発売された,フレックスプラグTM,スーパーフレックスプラグTMは,0.1mm刻みでサイズが取り揃えられ,涙点の大きさをゲージで測定し,合ったプラグを挿入するという方法が取られている.現在,さらに新しいプラグとして,イーグルビジョン社のスーパーイーグルプラグ2)とFCI社のパンクタルプラグFがあげられる.スーパーイーグルプラグは,これまでの涙点プラグと比べて,先端部分のつばの広がりが大きく,かつ柔らかいためにサイズがS,M,Lの3サイズのみでカバーできるようになった.サイズ選択のために涙点の大きさをゲージで測定することは必要であるが,挿入のしやすさや脱落しづらいといった点で大幅に改善されたと思われる.さらに,プラグ本体とインサーター間のシャフト部分がほとんどないため,挿入時のプラグの迷入が起こりにくいという利点がある.またもう一方の,パンクタルプラグFは,涙点径を選ばない利点がある.小さい涙点径にも対応でき,挿入も比較的簡便である.涙点のサイズが涙点ゲージの最小である0.4mmあれば挿入可能であり,それ以下でも通水針の二段針が入れば挿入は可能である.今までの涙点プラグとプラグのリリースの方法が異なるが,慣れると問題(52) なく挿入可能である.通常の診療においては,このどちらかのプラグを常備しておけば問題ないと考える.Pearls&Pitfalls:これから初めて涙点プラグをクリニックに導入する場合は,スーパーイーグルプラグ,パンクタルプラグFのどちらか一つと,涙点ゲージを常備しておくとよいと思われる.b.アテロコラーゲンプラグシリコーン製固形プラグに対して,もう一つのプラグとしてアテロコラーゲンによる涙点プラグ(キープティアR)がある3)が,アテロコラーゲンは,もともと,皮膚科や形成外科領域で使用されており,2.10℃では安定した透明な液状だが,体温付近では線維が再生され白色のゲルを形成する特徴をもっている.特徴として,涙点のサイズを気にする必要がない,プラグ自体による違和感がない,プラグ迷入の心配がない,といった利点がある一方,涙点の完全閉鎖に関しては前述のシリコーン製固形プラグのほうがはるかに効果的である.また,数週間ごとに挿入を繰り返す必要がある.挿入のコツとしては,注入針を涙点付近で止めるのではなく,涙小管の水平部を2.3mm進入させてから奥までしっかりと涙小管全体にアテロコラーゲンを注入させ,10分程度閉瞼して処置ベッドで寝てもらうのがよいが,ホットアイマスクを使用するとより効果的である.適応としては,1)初めてプラグを試してみたいという患者,2)シリコーン製固形プラグでは当たって痛いという患者などには有用であると思われる.3.あらかじめ患者に説明しておくこと涙点プラグ挿入に際し,あらかじめ患者に説明しておくべきこととしては,1)流涙の可能性があること,2)眼脂がたまる可能性があること,3)プラグの接触による異物感が出る可能性があること,4)脱落する可能性があり,その都度再挿入が必要であること(費用がかかる),5)コラーゲンプラグの場合,数週間(2.8週間)でなくなるので再注入の必要があること,6)合併症(後述)の可能性があるので,定期的な通院が必要であること,などである.特に,両眼に上下涙点挿入すると,3割負担の患者で1万円程度費用がかかる.脱落が頻回になるとさらに患者の金銭的負担も増えるため,あらかじめ説明しておく必要があると思われる.4.涙点プラグ挿入,合併症,挿入後の診察実際の挿入であるが,点眼麻酔後,ゲージで涙点径を計測し,それに対応するプラグを挿入し,ハンドル部分を押してプラグをリリースして留置させる.新しいスーパーイーグルプラグやパンクタルプラグFでは迷入の危険性は少ないが,それ以前のプラグを使用する場合は,涙点径より大きいプラグを無理に入れようとすると勢い余って迷入することがあるので注意を要する.挿入は,細隙灯顕微鏡下でも処置ベッドでもどちらでも構わ図5涙点閉鎖後上下涙点閉鎖により眼表面の涙液量が増加している(矢印).(53)あたらしい眼科Vol.29,No.7,2012929 ないが,筆者は涙点径測定から挿入までの一連の作業がスムーズに行うことができるため,処置ベッドで行っている.涙点プラグ挿入の際,涙点の片方だけに入れるか,上下両方に入れるかどうかは議論の対象になるが,筆者は,まずは上下同時に入れて完全閉鎖を試みている.その理由は,涙点プラグの適応患者は点眼治療では不十分な患者であり,涙点プラグは,眼表面の涙液量を増やすことで治療効果を上げるため,どうせやるならば,まずは,完全閉鎖を試みて,涙液量が上がったときの状態を患者に体験してもらうのが重要だと考えるからである(図5).涙点プラグの合併症や問題点は,挿入時の迷入や頻回にわたる脱落がまずはあげられるが,現在,プラグの改良により挿入時の迷入はかなり起こりにくくなった.また,脱落に関しても以前に比べると改善されてきている.その他の合併症として,結節・腫脹,涙点拡大,涙点プラグの汚れ(バイオフィルムの形成),瘻孔などがあげられる(図6).場合によっては涙点プラグの抜去を余儀なくされる.そのため,定期的な診察が必要である.涙点プラグ挿入後の診察であるが,最初は挿入後1週間以内に受診をしてもらい,プラグ挿入の効果が十分かどうか,流涙や疼痛がないかどうかを確認する.涙点プ結節・腫脹涙点拡大バイオフィルム形成瘻孔図6涙点プラグの合併症930あたらしい眼科Vol.29,No.7,2012ラグによる眼表面の涙液量の増加は,患者は挿入後すぐに感じるため,1週間後に涙液メニスカスの改善効果がなければ,完全閉鎖が得られていないと考えるのがよい.その後はできれば1カ月ごとの診察を続けて,合併症がないかどうかをチェックする.特に涙点プラグの汚れに関しては,診察度に綿棒などで表面を清拭するのがよい.Pearls&Pitfalls:涙点プラグ挿入前には涙点の大きさをゲージで計測して涙点径にあったプラグを選択するべきである.無理な大きさのプラグを挿入すると,迷入の原因になったり,小さいプラグのため容易に脱落を起こしたりするため注意が必要である.また,患者のなかには眼瞼の張りがなく,固定がむずかしく,プラグ挿入が困難な症例に遭遇する.そのような場合は,細隙灯顕微鏡下ではなく,処置ベッド下で行うのがよいと考える.II涙点閉鎖術点眼治療で不十分なドライアイ患者に対して涙点プラグ挿入が有効である場合が多いが,なかには,涙点プラグが当たって痛いという患者や何度も脱落を繰り返し,涙点が拡張してしまったため,合う大きさのプラグがない患者に対しては,涙点閉鎖術を選択する.最近は涙点プラグの改良もあり,以前に比べて涙点閉鎖術を行う頻度が減少したが,やはり外科的手術が必要な患者は存在する.涙点閉鎖術に関してはさまざまな術式があり,涙点焼灼や涙点焼灼に縫合を追加した術式は手術時間も短く患者への負担も少ないため,まずは試してみてよいと思われる.涙点閉鎖術は再開通が問題となるため,いかに再開通を減らすかさまざまな工夫がなされている.筆者らは横井らが提唱した,涙丘下の固い線維組織を上皮.離した涙小管に充.し,涙点を縫合する方法4)をとっている.以下に手順を説明する.涙点周囲および涙丘にエピネフリン入りリドカイン(1%キシロカインER)を注入後,涙点周囲および涙小管上皮を.離する.これには角膜異物除去用のドリルが有効である.硝子体手術用の細いジアテルミーを使って(54) 図7涙点閉鎖術(1)涙丘下の組織を切除する.挿入しやすいように数個の断片に分ける.こするようにしてもよい.その後,涙丘下の組織を切除する(図7).その際,いくつかの断片に分けて挿入できるように数個に分けて切除するのがよいと思われる.つぎに,涙点から涙小管にかけて切除した組織片を挿入していき(図8),最後は10-0ナイロン糸で2.3糸縫合して手術を終了する(図9).手術時間も長くなり,切除部分からの出血に対する止血も行うため,煩雑になるきらいはあるが,涙点焼灼や縫合でも再開通を繰り返す症例に対しては,有効な術式だと考える.Pearls&Pitfalls:涙点閉鎖を得るためには,涙点周囲や涙小管垂直部の上皮を十分に.離するのがコツである.上皮で覆われていると組織が癒着しないため,一旦閉鎖したようにみえても長期的には開通してしまうからである.文献1)西井正和,横井則彦,小室青ほか:涙点プラグの違いに図8涙点閉鎖術(2)切除した涙丘下の組織を涙点から充.する.図9涙点閉鎖術(3)組織を涙小管に充.後,10-0ナイロン糸で涙点を2.3糸縫合する.よる脱落率の検討.日眼会誌107:322-325,20032)渡辺仁:スーパーイーグルプラグ.眼科手術22:501503,20093)濱野孝,林邦彦,宮田和典ほか:アテロコラーゲンによる涙道閉鎖─涙液減少症69例における臨床試験.臨眼58:2289-2294,20044)西井正和,横井則彦:安全で効果的な涙点閉鎖法.あたらしい眼科25:1647-1653,2008(55)あたらしい眼科Vol.29,No.7,2012931

結膜弛緩症手術

2012年7月31日 火曜日

特集●眼科小手術PearlsandPitfallsあたらしい眼科29(7):919.925,2012特集●眼科小手術PearlsandPitfallsあたらしい眼科29(7):919.925,2012結膜弛緩症手術SurgeryforConjunctivochalasis横井則彦*はじめに結膜弛緩症とは,中高年に高頻度にみられる1),両眼性の球結膜の非浮腫性,皺襞状の変化をさし2),涙液メニスカスの涙液や角膜上の涙液層の動態に影響を及ぼしたり,瞬目時の眼瞼結膜との摩擦を増強させて,さまざまな眼不定愁訴の原因となる3).症状を伴う結膜弛緩症は,単なる加齢性変化としてではなく,治療を要する眼表面疾患の一つとして取り扱うべきで,多くの場合,それは外科治療の対象となる.そのため,本疾患の病態生理をよく理解して,その手術を習得することは,眼不定愁訴のマネージメントにおいてますます重要になってきていると思われる.本稿では,結膜弛緩症の病態生理の考え方と単純型結膜弛緩症に対する手術のポイントについて,筆者の考え方を中心に解説する.日常の診療に役立てば幸いである.I結膜弛緩症の発症メカニズム結膜弛緩症の発症メカニズム4)には,大きく分けて炎症説と機械説があり,前者は,ドライアイの炎症説のごとく,筆者らの考え方とは異なる(ドライアイにおいて,筆者らは,涙液安定性低下説に立つ).過去の筆者らの検討3,5)では,弛緩した結膜下の線維組織には,有意な炎症所見は見られず,その一方で,拡張したリンパ管(44例中39例=89%)や弾性線維の断裂像を高頻度(44例全例=100%)に確認している.また,これらの病理ba図1リンパ管拡張症を伴う結膜弛緩症涙液メニスカスを占拠する一塊の結膜皺襞(aの☆印)が前眼部OCTによる観察で,結膜下の巨大なリンパ管拡張によって生じている(bの☆印)ことがわかる(b:前眼部OCTによる☆印付近の横断面像).組織像から想定される結膜下の組織異常は,前眼部光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT)でも観察されることから(図1),現在,筆者らは,結膜弛緩症は,結膜下に異常の首座がある『結膜下疾患』であり,その異常の多彩さが,結膜弛緩症の多彩な表現型の原因になっていると考えている.つまり,結膜弛緩症には,限局性のものから球結膜全体に及ぶもの,リンパ管拡張症を主体とするものなどさまざまな表現型が存在するが,これは,単に結膜下組織の異常の組み合わせによると考えられる.*NorihikoYokoi:京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学〔別刷請求先〕横井則彦:〒602-0841京都市上京区河原町広小路上ル梶井町465京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(43)919 abc図2高度な一塊の結膜皺襞を伴う結膜弛緩症下方の涙液メニスカスを占拠する一塊の弛緩結膜がみられ(a:パノラマ写真)る.輪部付近の結膜と強膜の接着構造の解離がその原因として考えられる.閉瞼不全〔『偽兎眼』(筆者の造語)〕の原因となり,上・下の眼瞼の間に挟まる結膜の露出領域(b)はリサミングリーンで濃染される(c).結膜弛緩症の進行は,球結膜と強膜の解離が円蓋部側から輪部側へと進行することが関係しているのではないかと考えられる.すなわち,球結膜は,円蓋部では,眼球壁から離れながら眼瞼結膜へと移行する.そして,眼球運動やBell現象は,球結膜と強膜の解離を円蓋部側から輪部側へと徐々に進めてゆく.しかも,解離の進んだ結膜は瞬目時の摩擦の影響をより強く受けるようになるため,解離はさらに進行して,ついには,正常では融合しているはず6)の,輪部における結膜固有層-Tenon.-上強膜組織間までに解離が生じて,一気に高度な結膜弛緩症が表現されるのではないかと考えられる.つまり,結膜弛緩症という疾患名の真の意味は,結膜が弛緩しているというよりも,強膜から解離しているという考え方である.II症状をひき起こす結膜弛緩症の病態生理結膜弛緩症においては,結膜の起伏とその可動性の進行に基づいて,おもに4つのメカニズムを介して慢性の眼不快感がひき起こされる7).1.結膜表面の乾燥輪部近傍の結膜に解離がみられると下方の涙液メニスカスを占拠する一塊の大きな皺襞が形成される.この皺襞が,閉瞼時に上眼瞼と下眼瞼の間に挟まって常に露出すると,その表面が乾燥してドライアイ症状の原因となる.これは,いわば,『偽兎眼』(筆者の造語)ともいえる状態であり,露出した結膜の領域は,リサミングリーン染色などで濃染される(図2).2.涙液層の破壊結膜弛緩症においては,角膜上の涙液層の破壊が生じやすい.その理由として,結膜弛緩症では,結膜の多数の皺襞が多数の異所性涙液メニスカスを形成して,瞬目時の角膜上への水分の塗りつけ過程で水分を結膜側へト920あたらしい眼科Vol.29,No.7,2012(44) acbd図3結膜弛緩症に伴う結膜充血結膜弛緩症に伴う結膜充血には,しばしば血管の蛇行所見が認められ(a:ブルーフリーフィルターによる弛緩結膜の観察,b:aと同一症例の結膜血管の蛇行所見),手術によって弛緩結膜がなくなると消失する〔別症例の術前(c)・術後(d)〕.ラップしてしまうことや,角膜に隣接して大きな結膜皺襞が生じると,その裾野に異所性メニスカスが形成されて,角膜上の涙液層の菲薄化を招くことが考えられる.そして,結膜弛緩症の手術によってBUT(breakuptime)の改善が得られるという事実8)は,このことをよく説明しているように思われる.3.瞬目時の摩擦増強弛緩した結膜は異物として働き,瞬目時に眼瞼結膜との間で過剰な摩擦を生じる原因となる.特に,涙液減少眼では,クッションとしての涙液の働きが減弱するため,その影響は大きく,ドライアイ症状や角結膜上皮障害を増強する要因となる.一方,結膜下出血を繰り返す例,点眼治療のまったく奏効しない慢性の結膜充血のなかに結膜弛緩症が関与する例がある(図3a.c).これらにも瞬目時の機械的な摩擦の関与が考えられ,結膜弛緩症手術を行うと再出血しにくくなり,充血が消失しうる(図3d).特に,弛緩結膜と眼瞼結膜との摩擦の増強が考えられる結膜充血には,しばしば特徴的な結膜血管の蛇行所見が観察される(図3b).4.下方涙液メニスカスの遮断結膜弛緩症は,下方の球結膜に優位に発症して下方の涙液メニスカスを占拠するため,反射性の涙液分泌が生じると下方メニスカスにおいて涙液の流れが遮断され,流涙の原因となる.先に述べたように,結膜弛緩症では涙液層の破壊が起こりやすいため,それが契機となって反射性の涙液分泌がひき起こされ,それが下方涙液メニスカスで遮断されて流涙症を生じる例は非常によくみられ,患者は,しばしばドライアイ症状と流涙症状の両方を訴える.III診断と手術適応の決定結膜弛緩症の診断は容易であり,フルオレセインで涙(45)あたらしい眼科Vol.29,No.7,2012921 液を染色した後,下方メニスカスに着目し,瞬目させながら観察するのがよい.強く瞬目させるとBell現象が誘発されて,下方結膜が上方に強く伸展され,眼球が上方視から正面視に戻る際に下眼瞼縁に折りたたまれる形で下方のメニスカスに出現しやすくなる.一方,下方の結膜弛緩が強い場合は,一般に上方の結膜弛緩も強い.上方の結膜弛緩は,上方のメニスカスに着目しながら,上眼瞼を介して結膜を下方に擦り下ろすようにすると,結膜弛緩があれば,メニスカスに現れる様子を観察できる.上方の結膜弛緩も異物感の原因となる場合がよくあり,下方だけを手術の対象にすると完治が得られないことがあるので注意が必要である.結膜弛緩症は,先に述べたメカニズムを介して,さまざまな眼不定愁訴の原因となるが,特に,異物感,流涙,再発性結膜下出血には,手術が非常に効果的であり,点眼治療の奏効しない慢性の症状が聴取され,それが結膜弛緩症で説明できれば手術の適応がある.しかし,結膜弛緩が非常に高度でも,症状がない例には,当然ながら手術適応はない.先に述べたように結膜弛緩症は,それ単独でドライアイのリスクファクターとなるため,まず,ドライアイ治療〔人工涙液(BAKフリー人工涙液7回/日に加えて低力価ステロイド点眼(0.1%フルオロメトロン2回/日)など〕を1.2カ月行ってみてから,その無効例に手術を考慮するのがよい.IV結膜弛緩症手術における治療目標結膜弛緩症の手術の目標は,外眼筋に至るまでの範囲で,強膜から解離した結膜をその表面ができるだけ平滑になるように強膜に密着させて瞬目時の過剰な摩擦を回避し,外眼角から涙点までの涙液メニスカスを完全再建することに尽きる3,7,9,10).結膜下の異常を修復することなくして,本疾患が完治することはなく,仮に結膜を強膜に近づけることができても,そこに組織的にタイトな結合が生まれなければ,常に再発する可能性がある(図4).これは,瞬目による眼瞼結膜の球結膜への摩擦が予想以上に大きいことによると考えられる.現在までのところ,結膜弛緩症の多彩な表現型のすべてに対応でき,しかも長期予後の良い簡便な術式はまだ922あたらしい眼科Vol.29,No.7,2012abc図4縫着法による結膜弛緩症の術後の再発高度の結膜弛緩症(a)に対して,弛緩結膜を下方に擦りおろして円蓋部近傍で強膜に縫着した(b).涙液メニスカスの再建は完全ではないが,一塊の結膜皺襞は消失している.約3カ月で再発した(c).存在しないのではないかと思われる.特に,高度のリンパ管拡張を伴う結膜弛緩症は,結膜下へのアプローチなくして,結膜の起伏を消失させることは不可能であり,筆者は,今なお個々の症例に応じて,テーラーメイド的に結膜弛緩症の手術を行っている.V結膜弛緩症の手術―3分割切除法―のポイント結膜弛緩症には,結膜.円蓋部の上方への変位を伴わないタイプ(単純型結膜弛緩症)とそれを伴うタイプ(円蓋部挙上型)があり,後者は,頻度が低く,手術も複雑(円蓋部の再建や涙丘の処理など)であるため,ここでは,単純型結膜弛緩症に対して筆者が行っている筆者の開発した術式10.12)─3分割切除法─のポイントを紹介する.本法は,大きく4つのステップ,すなわち,1)弧状の結膜切開,2)結膜下の異常組織の除去,3)ブロック(46) ごとの余剰結膜の切除,4)結膜縫合,からなる3,9.12).なかでも重要なステップは,結膜下の異常組織の除去であり,そのステップでは,断裂した線維組織や拡張したリンパ管を除去する.そして,このステップなくしては,結膜弛緩症の手術目標が達成されないため,再発のない症状の完全解消は得られないと思われる.1.弧状の結膜切開まず,スプリング式の開瞼器をかけ,角膜上にシールドを乗せて,結膜を周辺に向けて擦り弛緩のない状態を作る.その状態で,カレーシスマーカー〔M-1405A:(株)イナミ)〕にてマーキングを行い〔マーカーの子午線方向の足の角膜側の端を角膜縁に合わせながら3時,9時にマーカーの両端を合わせて,半側ずつ行う(図5a,b)〕,局所麻酔薬を一気に結膜下に注入して,結膜を膨隆させる.この結膜の膨隆した範囲は,結膜が強膜から解離した領域に相当する.膨隆している間に,弧状のラインに沿ってカレーシス剪刀〔M-1406A:(株)イナミ)カレーシスマーカーの弧状の弯曲部と同様の曲率をもった部分と直線状の先端部分からなるため,1本で,弧状の切開と子午線方向の切開を行うことが可能〕を用いて,結膜切開を行う.それによって,きれいな曲線のadgbehcfi図53分割切除法のポイント(本文参照)a,b:カレーシスマーカーによるマーキング,c,d:結膜下の異常組織の引きずり出しと切除,e:希釈エピネフリン含有スポンジを結膜下に挿入して止血,f:眼球を対側に向かせて,重なり部分の結膜だけを切除,g:ポイントとなる耳側の結膜縫合,h:上方結膜は削ぐように切除,i:流涙症状に対しては,涙点より耳側に半月襞がみられる場合は半月襞を切除.(47)あたらしい眼科Vol.29,No.7,2012923 切開線を得ることができる.2.結膜下の異常組織の除去外眼筋の起始部の手前までのTenon.を含む結膜下の異常な線維組織を引きずり出して切除する(図5c,d).この際,カレーシス剪刀の先で引っ掛け,有鈎鑷子でつかんだ結膜下の線維組織を結膜下から引きずり出しながら,同時にカレーシス剪刀の腹で線維組織をしごく操作を行うときれいに出すことができる.この結膜下の線維組織を,助手に結膜の辺縁を周辺に引いてもらいながら,可及的に切除する(図5d)が,このステップにより,結膜下に肉眼的な線維組織のない状態が作られ,結膜と強膜が癒着するきっかけができる.Pearls&Pitfalls―出血への対応―:術後の整容面から,術中出血を最少限にしたい.このために,結膜下組織の切除を行った後,すぐさま,希釈エピネフリン注射液(ボスミンR注の5倍希釈液)を浸したサージカルスポンジを結膜下に挿入し(図5e),生理食塩水のフラッシュを繰り返して出血を洗い流し,その後,積極的にジアテルミーにて止血を行う.3.ブロックごとの余剰結膜の切除と縫合結膜下の異常な線維組織を除去すると,結膜は容易に伸展できる.カレーシスマーカーでマーキングをした直後の状態にマークを指標に結膜を戻し,水平方向からそれを含めて,鼻側から2本目と4本目の子午線方向のマークを選び,弧状の切開縁から遠位に向けて,子午線方向の切開を行い,結膜下の線維組織を除去した領域を3ブロックに分け,弛緩程度に応じた結膜切除を行う.まず,下方ブロックの切除を行い,切除縁の両端で強膜をすくいながら,9-0シルク糸を用いて1-1で縫合し,縫合を3糸,強膜をすくわずに追加する.つぎに,耳側と鼻側のブロックで弛緩程度に応じた結膜切除を行い,それぞれ縫合する.切除および縫合のポイントは以下に述べる.Pearls&Pitfalls―結膜切除と縫合のポイント―:術後に結膜弛緩を残さないためには,縫合部にある程度924あたらしい眼科Vol.29,No.7,2012の緊張が必要である.しかし,緊張が強いと術後に術創の解離が生じかねない.そこで,術中にあらかじめ眼球を上・左・右にローテーションさせた状態で,重なり分だけ余剰結膜を切除するようにする(図5f)と,術後の創離開を回避することができる.耳側ブロックでは,遠位の結膜の切開縁の中間付近を近位の結膜の切開縁の最上端に強膜をすくいながら2-1で縫着し(図5g),わざと耳側方向に余剰結膜を作っておいて,それを水平方向に削ぐように切除して縫合すると耳側の弛緩を完全になくすことができる11,12).Pearls&Pitfalls―肉眼的な結膜下組織がない結膜への対応―:Tenon.がほとんど存在せず,ペラペラになった弛緩結膜では,創離開が生じやすい.この対策は,結膜同士の縫合時に,ポイントとなる何箇所かを強膜をすくいながら縫合するとよい.Pearls&Pitfalls―上方結膜弛緩への対応―:結膜下への麻酔の注入時に上方の結膜下に麻酔液が容易に回る例は,上方結膜も強膜から解離していることを意味する.このような例では,上方弛緩を処理しておかないと,術後に異物感が残りうる.上方弛緩は下方ほどバリエーションがないため,弛緩分だけ削ぎ落とすように切除する(図5h)(ただし,Tenon.の可動性が高く,結膜下に厚みをもって分布している場合は,それを引きずり出して切除しておかないと,術後の異物感の改善が得られないため注意が必要である).Pearls&Pitfalls―半月襞への対応―:流涙が主訴の場合は,涙液メニスカスを完全再建しないと良好な症状の改善は得られない.そのポイントは下涙点と半月襞および涙丘との位置関係であり,メニスカスが涙点につながる手前で,半月襞や涙丘によりメニスカスが遮断される場合は,半月襞切除や涙丘の処理が必要となる.しかし,涙丘切除はややむずかしいため,単純型で経験をつんで取り組むとよい.半月襞は,削ぐように切除し(図5i),切除端をジアテルミーで止血するだけでよい.4.その他のポイント術前に緑内障の有無をチェックし,それがある場合は,将来濾過手術が必要になる可能性を考慮しながら,手術適応を決定する.術後の結膜は過剰炎症が生じやす(48) いため,0.1%ベタメタゾン点眼(2週後の抜糸まで6回/日,抜糸後は,4回/日1週間点眼し,その後は,0.1%フルオロメトロン4回/日からはじめて術後炎症の消退に応じて徐々に漸減)は必須であるが,術直後にデキサメタゾンの注射薬を術野に点眼し,ステロイド(ベタメタゾン1mg/日)を術後1.3日,結膜下組織の切除量に応じて内服させ,炎症を抑えるとさらに効果がある.おわりに結膜弛緩症は,加齢性変化として,中高年の眼表面にきわめて高頻度で存在し,眼瞼と眼表面の動的関係に介在してドライアイのリスクファクターとなりながらも,反射性涙液分泌が生じると流涙の原因にもなる.結膜弛緩症は,保存的治療の対象となりがちな眼不定愁訴の原因疾患のなかで,手術によって解消することができる疾患である.3分割切除法は,複雑な面は否めないが,一ab図63分割切除法による結膜弛緩症の手術例(流涙を主訴とする例)術前には,結膜皺襞により下方涙液メニスカスに著明な乱れを認める(a).術後,下方の球結膜の皺襞は完全に消失し,涙液メニスカスは完全再建されている.流涙症状は消失し,術後1年以上経過した今でも,症状や観察所見に変化はみられない.つひとつのステップを確実に踏めば,誰が行っても結膜弛緩の完全消失と涙液メニスカスの完全再建を得ることができる(図6)唯一の方法であると筆者は考えている.今後,結膜弛緩症のいかなる表現型に対しても対応でき,遠隔的にも効果がある簡便な術式の誕生を期待している.文献1)MimuraT,YamagamiS,UsuiTetal:Changesofconjunctivochalasiswithageinahospital-basedstudy.AmJOphthalmol147:171-177,20092)MellerD,TsengSC:Conjunctivochalasis:literaturereviewandpossiblepathophysiology.SurvOphthalmol43:225-232,19983)YokoiN,KomuroA,NishiiMetal:Clinicalimpactofconjunctivochalasisontheocularsurface.Cornea24(8Suppl):S24-S31,20054)横井則彦:加齢とともに結膜が弛緩するのはなぜか?.眼のサイエンス視覚の不思議(根木昭,田野保雄,大橋裕一ほか編),p52-53,文光堂,20105)WatanabeA,YokoiN,KinoshitaSetal:Clinicopathologicstudyofconjunctivochalasis.Cornea23:294-298,20046)WolffE:Theconjunctiva,Theocularappendages:eyelids,conjunctivaandlacrimalapparatus.Wolff’sAnatomyoftheEyeandOrbitEighthedition,BronAJetaleds,p51-70,Chapman&HallMedical,London,19977)横井則彦:眼科医の手引結膜弛緩症の診断と治療.日本の眼科83:607-608,20128)HaraS,KojimaT,IshidaRetal:Evaluationoftearstabilityaftersurgeryforconjunctivochalasis.OptomVisSci88:1112-1118,20119)YokoiN,InatomiT,KinoshitaS:Surgeryoftheconjunctiva.DevOphthalmol41:138-158,200810)横井則彦:単純性結膜弛緩症に対する手術.完成版..眼科手術20:68-70,200711)横井則彦:結膜弛緩症.新ESNOW2,外来小手術─外眼部手術達人への道(江口秀一郎編),p74-85,メジカルビュー社,201012)横井則彦:結膜弛緩症手術3分割切除法(横井法).「超入門」眼科手術基本術式50-DVDとシェーマでまるごと理解(下村嘉一監,松本長太,檜垣史郎編),p39-45,メディカ出版,2010(49)あたらしい眼科Vol.29,No.7,2012925