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序説:最新の緑内障治療

2015年6月30日 火曜日

●序説あたらしい眼科32(6):765.766,2015●序説あたらしい眼科32(6):765.766,2015最新の緑内障治療UpdatesonGlaucomaTherapy山本哲也*本庄恵**緑内障の治療手段は刻々と姿を変えている.したがって,緑内障診療に携わる眼科医は常に最新の治療についての知識を要求される.しかしながら,業務多忙のなかでそうした理想を追い求めることは容易ではないと推察される.そこで本誌本号では,最近の緑内障治療全般の動向をまとめ,諸々の新知識を一度に提供する特集を企画した.緑内障用点眼薬は数え方にもよるが現在8系統存在する.系統で考えただけでも理論的に28.1種(=255種)の組み合わせがある.また,各系統のなかに複数の薬物が存在することが多いこと,配合薬が5種類利用可能なことを考えると恐ろしいほどの組み合わせの総数となる.しかしながら,「緑内障診療ガイドライン」に記述されているように実臨床では一定の基準に基づいて薬物が選択される.その考え方の基本について相原一先生(東京大学)にご解説いただいた.今年話題の新薬といえばなんといってもROCK阻害薬である.日本初のまったく新しい作用機序の薬物の登場は,日本の眼科学の研究水準の高さを示すものでもある.新規薬物であるがゆえに臨床における位置づけは今後の検討に委ねられる部分が大きいものの,その新しさは魅力的である.ROCK阻害薬についてはとくに一項を設け,基礎研究の時代から事情に詳しい共同編集者の本庄が解説を加えた.緑内障配合薬は2010年のザラカムR(XalacomR)の日本初登場以降,デュオトラバR(DuotravR,2010),コソプトR(CosoptR,2010),アゾルガR(AzorgaR,2013),タプコムR(TapcomR,2014)と数を増やし,現在では緑内障治療薬の中枢を占めるに至っている.本薬物については臨床経験が積み重ねられ,日本人の成績がようやく整いつつあると思われる.配合点眼薬について,とくに有用性や使用法を中心として,井上賢治先生(井上眼科病院)に述べていただいた.以前からあるプロスタグランジン関連薬,b遮断薬,a2刺激薬などの薬物も依然として臨床の中心で使用されており,その地位は当分揺らがないものと推定される.それらの薬物について川瀬和秀先生(岐阜大学)にまとめていただいた.なお,いわゆるジェネリック薬の中には防腐剤の工夫などで有用なものもあるが,本特集では大きな項目として触れることはしなかった.この点は読者諸氏のご判断に委ねたい.眼圧下降の意義が強調されるにつれ,開放隅角緑内障に対するレーザー治療の位置づけがむずかしくなっている.しかしながら,レーザー治療はいまだ*TetsuyaYamamoto:岐阜大学大学院医学系研究科眼科学**MegumiHonjo:東京大学大学院医学系研究科眼科学0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(1)765 766あたらしい眼科Vol.32,No.6,2015(2)に重要な眼圧下降手段である.とくに,重篤な合併症が皆無に近いこと,反復照射により追加的眼圧下降の可能性があることは重要である.本特集では,新田耕治先生(福井済生会病院)にselectivelasertrabeculoplastyの解説をお願いした.豊富なご経験と文献検索により,優れた論文になっていると思う.緑内障手術は近年成長著しい分野である.国内においてチューブシャント手術が認可されて約3年が経過した.次第に固まりつつある評価をいったんまとめておくことは必要なことと考えられる.石田恭子先生(東邦大学医療センター大橋病院)に現状を総括していただいた.国際的には緑内障手術の話題としてMIGSが花盛りである.MIGSとは何の略か?いくつかの原語があるようなので当該の章をお読みいただきたいが,要は,最小限の侵襲で施術可能な器具を用いた緑内障手術の総称である.どのような用い方ができるのか,効果はどのように期待できるのか,庄司信行先生(北里大学)に解説をお願いし,自験例と文献成績を丁寧にまとめていただいた.緑内障にはトラベクレクトミーとトラベクロトミーを代表とする昔ながらの手術がある.これらの手術に対しては一定の評価は定まっているが,こうした古典的な手術においても新技術の応用によって新しい知見が得られている.井上俊洋先生(熊本大学)におまとめいただいた.本企画にあたって,編集者として著者には図を多用した平易な解説をお願いするとともに,とくに当該治療法の緑内障治療体系における位置づけについて著者の主張を前面に出していただくよう依頼した.全般的にそのような内容となり,面白い特集とすることができたように思う.最後に,ご多忙中にもかかわらず快く執筆をお引き受けいただいた各著者に深謝するとともに,この企画の機会をいただいたことに対して本誌編集部に感謝いたします.

網膜動静脈閉塞症に対してステロイドパルス療法が奏効したSLE網膜症の1例

2015年6月29日 月曜日

《原著》あたらしい眼科32(6):904.908,2015c《原著》あたらしい眼科32(6):904.908,2015cはじめに全身性エリテマトーデス(systemiclupuserythemato-sus:SLE)は,さまざまな眼合併症を伴うことが知られている.木村らはSLEに伴う眼合併症として涙液分泌・角結膜障害(56.5%),網膜病変(10.3%),強膜・ぶどう膜炎(4.3%),視神経障害(1.5%)に加えて,網膜動脈閉塞症や網膜静脈閉塞症などの重篤な網膜血管閉塞病変が3.6%で生じていたと報告している1).治療法として副腎皮質ステロイド(以下,ステロイド)パルス療法,抗凝固療法,血管拡張剤の投与,汎網膜光凝固術などが報告されているが,視力予後の不良な症例も少なくない.今回,内科的な全身管理は良好にもかかわらず網膜動静脈閉塞症をきたし,ステロイドパルス療法にて視力の改善を得た1例を経験したので報告する.904(140)0910-1810/15/\100/頁/JCOPY〔別刷請求先〕肥留川京子:〒181-8611東京都三鷹市新川6-20-2杏林大学眼科学教室Reprintrequests:KyokoHirukawa,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KyorinUniversitySchoolofMedicine,6-20-2Shinkawa,Mitaka,Tokyo181-8611,JAPAN網膜動静脈閉塞症に対してステロイドパルス療法が奏効したSLE網膜症の1例肥留川京子慶野博渡辺交世瀧和歌子平形明人岡田アナベルあやめ杏林大学眼科学教室ACaseofVaso-OcclusiveSystemicLupusErythematosusRetinopathyTreatedwithCorticosteroidPulseTherapyKyokoHirukawa,HiroshiKeino,TakayoWatanabe,WakakoTaki,AkitoHirakataandAnnabelleAOkadaDepartmentofOphthalmology,KyorinUniversitySchoolofMedicine41歳,女性.平成20年8月に全身性エリテマトーデス(SLE)と診断,低用量副腎皮質ステロイド薬の内服にて全身状態は安定していた.平成23年9月10日,右眼の急激な視力低下を自覚し,9月12日受診.初診時右眼(0.02),左眼(1.2).右眼底上方に網膜の白色混濁,視神経乳頭の発赤・腫脹,黄斑浮腫,網膜出血を認めた.左眼眼底は異常なし.蛍光眼底造影検査で右眼の網膜混濁部位に一致して網膜動静脈の循環遅延を認め網膜動静脈閉塞症と診断.血液検査にて抗カルジオリピン抗体,抗b2-GPI抗体は陰性であった.同日,トリアムシノロンTenon.下注射を施行,9月14日からステロイドパルス療法を3日間施行,その後プレドニゾロン内服漸減療法を開始した.視力は発症12日目で(0.4),2カ月後に(0.9)まで回復,右眼網膜動静脈閉塞も改善した.SLEの全身活動性が低い状態でも重篤な眼合併症を引き起こす可能性があり注意を要する.A41-year-oldfemalepresentedwithblurredvisioninherrighteye.Shehadbeendiagnosedassystemiclupuserythematosus(SLE)3yearsbefore.Atpresentation,hersystemicdiseaseactivitywasquiescent.Hercor-rectedvisualacuity(VA)was0.02(OD)and1.2(OS).Fluoresceinangiographyrevealedbranchretinalarterialandvenousnon-perfusionandretinalvasculitisinherrighteye.Opticalcoherencetomographyshowedseveremacularedemainherrighteye.Thepatientwastreatedwithtrans-Tenon’sretrobulbartriamcinoloneinfusionandcorticosteroidpulsetherapyfollowedbytaperingoralcorticosteroidadministration.Twomonthslater,theVAimprovedto0.9withcompleteresolutionofretinalarterialandvenousocclusionandmacularedema.Althoughitiswellrecognizedthatsevereretinalvaso-occulsivediseaseisassociatedwiththehighdiseaseactivityofSLE,itshouldbeconsideredthatSLEpatientsmaydevelopretinalvaso-occulsivedisease,evenwhenthepatienthaswell-controlledsystemicdisease.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)32(6):904.908,2015〕Keywords:SLE網膜症,網膜動静脈閉塞症,SLE活動性.SLEretinopathy,retinalvaso-occulsivedisease,SLEdiseaseactivity. I症例患者:41歳,女性.主訴:右眼視力低下.既往歴:17歳時,甲状腺機能亢進症に対して甲状腺一部摘出術.平成20年よりSLEに対してプレドニゾロン(プレドニンR)30mgより内服を開始し,当院受診時はプレドニン4mg内服加療中であった.現病歴:平成23年9月10日より右眼視力低下を自覚し,9月12日近医受診.右網膜動脈閉塞症の疑いにて同日当院紹介受診となった.初診時所見:右眼視力0.02(矯正不能),左眼矯正1.2,眼圧は右眼14mmHg,左眼15mmHg.右眼相対的瞳孔求心路障害(relativeafferentpupillarydefect:RAPD)陽性.図1初診時の右眼底写真網膜静脈の拡張と蛇行,視神経乳頭の発赤・浮腫,綿花様白斑の散在と上耳側の白色混濁病変および黄斑部浮腫を認める.初期前眼部・中間透光体に異常所見はなかった.右眼眼底は後極,周辺部ともに静脈の拡張と蛇行,視神経乳頭は境界不鮮明で発赤・浮腫を示し,綿花様白斑の散在と,上耳側の白色混濁病変および黄斑部浮腫を認めた(図1).左眼眼底は異常所見はなし.光干渉断層画像(opticalcoherencetomography:OCT)検査にて,右眼黄斑部に著明な浮腫を認めた(図2).初診時の蛍光眼底造影検査では,初期像にて右眼網膜上耳側の網膜動静脈血管および下耳側の網膜静脈血管の充盈遅延を認め,後期像では網膜耳側へ造影剤の流入を認めるものの,上耳側網膜動脈の著明な狭小化,視神経乳頭からの蛍光漏出がみられた(図3).また,周辺部の網膜毛細血管からの軽度の蛍光漏出を認めた.全身検査所見:貧血と白血球数低下,APTT(活性化部分トロンボプラスチン時間)の延長を認め,抗核抗体320倍,抗SS-A抗体陽性.抗カルジオリピン抗体・ループスアンチコアグラント・抗CL・b2GPI抗体ともに正常範囲内,心電図・胸部X線は異常なし.頭部MRI,MRAでは動脈硬化性変化はあるものの,限局的な狭窄や瘤状拡張はみられなか図2初診時のOCT画像黄斑部に著明な浮腫を認める.後期図3初診時の蛍光眼底造影写真初期像では網膜上耳側の網膜動静脈血管への充盈遅延を認め,後期像では網膜上耳側へ造影剤の流入を認めるものの,上耳側網膜動脈の著明な狭小化,および視神経乳頭からの蛍光漏出を認める.(141)あたらしい眼科Vol.32,No.6,2015905 った.眼底検査所見,蛍光眼底検査所見から,SLEに合併した網膜動静脈閉塞症と診断し,右眼後極部の網膜血管炎に対して治療を開始した.初診日は全身精査中であったため,右眼網膜病変に対してトリアムシノロン(20mg)Tenon.下注射を施行,2日後よりステロイドパルス療法としてソルメドロール点滴(500mg/日)3日間.その後プレドニゾロン内服(40mg/日)を開始した.治療経過を図4に示す.治療開始後1週間で右眼矯正視力(0.4p),2週間で(0.6)まで改善した.眼底所見は乳頭の発赤・腫脹,綿花様白斑は残存するも,静脈の拡張・蛇行は軽快し,黄斑浮腫も改善した(図5).治療開始2週間後の蛍光眼底造影検査では,上耳側の網膜動脈の充盈遅延はみられず,網膜静脈の拡張・蛇行も改善し,視神経乳頭からの蛍光漏出も消失した(図6).治療開始後1カ月では右眼矯正視力(0.9)まで改善,綿花様白斑や視神経乳頭の発赤・腫脹は消失し,黄斑浮腫も改善した(図7).治療開始10カ月後の時点で,プレドニンR内服継続中(7mg/日)であるが視力1.0を保っており,網膜病変の再発は認めていない.II考按SLE網膜症は両眼性に眼底出血,白斑,漿液性網膜.離,網膜血管閉塞などを呈する1.6).SLEの眼合併症についてVineらはSLE網膜症を1)綿花様白斑,網膜出血,視神経乳治療後1週間(VD=0.4p)頭浮腫など比較的軽度の病変を呈する局所性の網膜虚血型,2)網膜動静脈の急速かつ重篤な閉塞をきたす血管閉塞型,3)新生血管の発生がみられる増殖型の3つに分類している7).本症例は眼底検査,蛍光眼底造影検査より右眼の網膜動静脈閉塞症を認め,網膜新生血管がみられなかったことからVine分類の2)と考えられた.森田らはステロイド内服下でも進行するSLEの網膜血管炎に対してステロイドパルス療法を行い,著明な視力の改善,血管炎が改善され,重症血管閉塞型SLE網膜症に対する早期からのステロイドパルス療法の有効性を報告している5).一方で吉田ら,中尾らが報告ステロイド50403020101.00.10.01PSL(mg/day)視力パルス5004030201715121097Tenon.下注射週間後週間後カ月後2カ月後3カ月後4カ月後カ月後3日後図4治療経過PSL:プレドニゾロン.治療後2週間(VD=0.6)図5治療開始後の眼底写真とOCT画像視神経乳頭の発赤・腫脹,綿花様白斑は残存するも,静脈の拡張・蛇行は軽快し,黄斑部浮腫も改善している.906あたらしい眼科Vol.32,No.6,2015(142) 初期後期図6治療開始2週間後の蛍光眼底造影写真上耳側の網膜動脈の充盈遅延はみられず,網膜静脈の拡張・蛇行も改善し,視神経乳頭からの蛍光漏出も消失している.治療後1カ月(VD=0.9)治療後3カ月(VD=1.0)図7治療開始後の眼底写真とOCT画像綿花様白斑,視神経乳頭の発赤・腫脹は認めず,黄斑部浮腫も消失している.しているように初診時にすでに広範囲にわたって網膜血管の化が血管内腔の器質的塞栓状態まで進行していると血管の再高度な閉塞が生じているような場合では,ステロイドパルス疎通は困難になると考えられる5).本症例は発症後比較的早治療を行ってもすでに不可逆的な網膜血管障害をきたしてい期に来院されたため,網膜血管炎に対して速やかにステロイることが多く8,9),森田らも指摘しているとおり,閉塞性変ドパルス療法を施行できたことが眼底所見の早期改善,視力(143)あたらしい眼科Vol.32,No.6,2015907 の早期回復につながったと推測される.野間らはSLEに合併した非虚血型CRVOに伴う.胞様黄斑浮腫(cystoidmaculaedema:CME)の患者の前房水にて血管内皮細胞増殖因子(vascularendothelialgrowthfactor:VEGF)が検出され,抗VEGF薬ベバシズマムの硝子体内投与を施行したところ,視力およびCMEの改善を得たと報告している10).本症例においても抗VEGF局所治療が黄斑浮腫に対して有効であった可能性が考えられるが,本症例では前房水中のVEGF値を測定していなかったこと,また初診時に網膜動静脈閉塞をきたす著明な閉塞性網膜血管炎を認めており,著明な視力低下をきたしていたことから血管炎の早急な消炎を目的にステロイドパルス治療を選択した.SLE網膜症の頻度について過去の報告をみると,木村らは324例中34例(10.3%),Stafford-Bradyらは550例中41例(7.5%)と報告しているが,さらに網膜血管閉塞の頻度をみると,木村らは12例(3.6%),Stafford-Bradyらは2例(0.4%)に観察されたと報告している1,11).これまでの報告ではSLE網膜症の重症度とSLEの病状活動性は相関があり,ループス腎炎や中枢神経ループスを合併した症例ではSLE網膜症が進行しやすいといわれている6,12).また,SLE患者において抗リン脂質抗体陽性SLE患者のほうが陰性例よりも網膜血管病変の合併頻度が高いことが報告されている(77%vs29%)13).一方で内科的な全身管理は良好であったにもかかわらず,重篤な網膜血管閉塞を生じた症例も存在することは以前から報告されており7,14),本症例も抗カルジオリピン抗体・ループスアンチコアグラント・抗CL・b2GPI抗体ともに陰性,かつSLEの内科的管理は良好であったにもかかわらず,重篤なSLE網膜症を発症したことから,全身状態が安定していても重篤な眼合併症が生じうることを眼科医,膠原病内科医ともに十分認識しておく必要がある.SLE経過観察中のステロイド投与量について,広兼らはステロイドの内科的維持量で全身の活動性がコントロールされていても,眼底病変の進行を抑制できない症例が存在することを報告している14).今回の症例でもプレドニゾロン4mgの内服下で網膜血管閉塞が生じたことから,内科的な維持量では不十分であったといえる.重篤な眼合併症が生じた場合は,再発抑制のためのステロイド維持量,漸減速度について膠原病内科医と積極的に連携をとっていくことが重要である.今回,SLEに合併した網膜血管閉塞発症後,早期にステロイドパルス療法を施行することで網動静脈循環の改善を認め,視力予後良好な症例を経験した.内科的な全身管理が良好に保たれていても,血管閉塞を伴う重篤な網膜病変が合併する可能性があり,注意を要する.文献1)木村至,鈴木参郎助,大曽根康夫ほか:全身性エリテマトーデス患者における眼合併症とその頻度.眼紀50:293297,19992)大島由莉,蕪城俊克,藤村茂人ほか:ステロイド大量療法とワーファリンRによる厳密な抗凝固療法を行った網膜血管閉塞を伴う全身性エリテマトーデス網膜症の2例.臨眼62:399-405,20083)西野耕司,福島敦樹:全身性エリテマトーデス,抗リン脂質抗体症候群,強皮症.臨眼61:172-175,20074)沢美喜,斉藤喜博,亀田知加子ほか:全身性エリテマトーデスの眼合併症─脈絡膜・網膜色素上皮障害.日眼会誌106:474-480,20025)森田啓文,伊比健児,秋谷忍ほか:ステロイドパルス療法が奏功した血管閉塞型SLE網膜症の1例.臨眼52:497-501,19986)田宮宗久,田村喜代,竹田宗泰ほか:全身性エリテマトーデスの眼合併症.臨眼47:1533-1536,19937)VineAK,BarrCC:Proliferativelupusretinopathy.ArchOphthalmol102:852-854,19848)吉田浩一,本多貴一,石橋達朗ほか:全身性紅斑性狼瘡で重篤な網膜血管閉塞性病変を呈した3例.眼臨87:19221926,19939)中尾功,松井淑江,馬渡祐記ほか:副腎皮質ステロイド薬抵抗性の片眼網膜動脈分枝閉塞を来したSLEの1例.眼紀51:419-422,200010)NomaH,ShimizuH,MimuraT:Unilateralmacularedemawithcentralretinalveinocclusioninsystemiclupuserythematosus:acasereport.ClinOphthalmol7:865-867,201311)Stafford-BradyFJ,UrowitzMB,GladmanDDetal:Lupusretinopathy.Patterns,associations,andprognosis.ArthritisRheum31:1105-1110,198812)UshiyamaO,UshiyamaK,KoaradaSetal:Retinaldiseaseinpatientswithsystemiclupuserythematosus.AnnRheumDis59:705-708,200013)MontehermosoA,CerveraR,FontJetal:Associationofantiphospholipidantibodieswithretinalvasculardiseaseinsystemiclupuserythematosus.SeminArthritisRheum28:326-332,199914)広兼顕治,木村亘,木村徹ほか:網膜動脈閉塞を繰り返した全身性エリテマトーデス網膜症の1例.眼臨89:1681-1685,1995***(144)

インフリキシマブ中断後,神経症状が顕性化したBehçet病の1例

2015年5月31日 日曜日

《原著》あたらしい眼科32(5):755.758,2015cインフリキシマブ中断後,神経症状が顕性化したBehcet病の1例三橋良輔毛塚剛司臼井嘉彦鈴木潤後藤浩東京医科大学眼科学教室ACaseofBehcet’sDiseaseinwhichNeurologicalSymptomsAppearedafterDiscontinuationofInfliximabTreatmentRyosukeMitsuhashi,TakeshiKezuka,YoshihikoUsui,JyunSuzukiandHiroshiGotoDepartmentofOphthalmology,TokyoMedicalUniversity目的:抗ヒト腫瘍壊死因子(TNF)-a抗体であるインフリキシマブ(INF)はBehcet病によるぶどう膜網膜炎に有効な治療薬であるが,INF治療の自己中断後に,重篤な神経病変をきたした1例を経験したので報告する.症例:38歳,男性.近医よりBehcet病が疑われたため当院を紹介され,INF治療を開始した.INF導入後,眼発作はほぼ抑制され,視力も0.6前後に回復した.その後,計33回にわたる治療を行い経過良好であったが,通院が途絶え,治療が中断された.4カ月後に中枢神経症状が出現し,磁気共鳴画像(MRI)で脳幹に腫瘍を思わせる病変がみられたが,臨床経過から神経Behcet病を疑い,ベタメタゾン内服治療を行った.治療2カ月後に撮像したMRIでは病変は縮小しており,INF治療も再開され,その後は中枢神経症状,眼症状ともに落ち着いている.結論:INF治療の中止に際しては眼症状のみならず,眼外症状の再燃や顕性化にも注意を払う必要がある.Purpose:Infliximab(INF),ananti-humantumornecrosisfactor(TNF)-aantibody,isahighlyeffectivetreatmentforuveoretinitisinBehcet’sdisease.WereportacaseofocularBehcet’sdiseaseinwhichanewneurallesiondevelopedafterdiscontinuationofINFtreatment.Case:A38-year-oldmalewasreferredtoTokyoMedicalUniversityHospitalbecauseofsuspectedocularBehcet’sdisease.WeconfirmedthediagnosisandstartedINFtreatment.Aftertreatmentinitiation,ocularattacksduetoBehcet’sdiseasewerealmostcontrolled,andvisualacuitywasrestoredto0.6.Afterthe33thtreatment,however,thepatientdroppedoutoftreatmentbecauseoffatigue.Fourmonthsaftertreatmentdiscontinuation,amasslesioninthebrainstemwasdetectedbymagneticresonanceimaiging(MRI)atanotherhospital;neuro-Behcet’sdiseasewassuspectedfromtheclinicalcourse.Thepatientwasthentreatedwithoralbetamethasone.Twomonthslater,anMRIscanshowedshrinkageoftheneurallesion,andINFtreatmentwasrestarted.Thereafter,withINFandsteroidtherapy,bothcentralnervousandocularsymptomsofBehcet’sdiseaseimproved.Conclusion:AfterdiscontinuingINFtreatment,itisnecessarytopayattentionnotonlytoeyesymptoms,butalsotorecurrenceormanifestationofextraocularsymptoms.arashiiGanka(JournaloftheEye)32(5):755.758,2015〕Keywords:ベーチェット病,インフリキシマブ,神経ベーチェット病,ぶどう膜炎.Behcet’sdisease,infliximab,neuro-Behcet’sdisease,uveoretinitis.はじめに抗ヒト腫瘍壊死因子(TNF)-a抗体であるインフリキシマブ(INF)の使用が認可されて以来,難治性Behcet病の治療の選択肢が増えた.INFは既存の治療法に比べて,Behcet病による眼炎症発作を強力に抑制することが多数報告されている1.5).しかし,INF治療の中止に伴い症状の再燃や悪化をきたす可能性もある一方,本治療法の中止に関する基準は現在のところ確立されていない.今回筆者らは,INF治療の自己中断後に重篤な神経Behcet病と思われる症状を呈した1例を経験したので報告〔別刷請求先〕三橋良輔:〒160-0023東京都新宿区西新宿6-7-1東京医科大学眼科学教室Reprintrequests:RyosukeMitsuhashi,DepartmentofOphthalmology,TokyoMedicalUniversity,6-7-1Nishishinjyuku,Shinjyukuku,Tokyo160-0023,JAPAN0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(145)755 する.I症例患者:39歳,男性.主訴:左眼視力低下.現病歴:2005年に左眼の視力低下を自覚し,近医受診.網膜静脈分枝閉塞症と診断され,治療を開始されたが,右眼にも同様の症状,所見がみられた.増悪と寛解を繰り返すため,Behcet病が疑われ,2006年2月に東京医科大学眼科に紹介受診となった.初診時眼所見:視力は右眼0.1(矯正不能),左眼0.1(0.2×sph.1.50D),眼圧は右眼12mmHg,左眼14mmHgであった.前眼部所見は前房に炎症細胞は認めなかったが,角膜後面沈着物があり,隅角にはpigmentpelletがみられた.中間透光体に異常はなく,眼底は両眼に視神経乳頭の発赤,黄斑浮腫が認められた(図1).眼外症状は口腔粘膜の再発性アフタ潰瘍,関節痛,カミソリ負けなどの症状がみられた.ヒト白血球抗原(HLA)検索では,HLA-B51陰性,HLA-A26陽性であった.経過:不全型Behcet病と診断し,コルヒチン1mg/日の内服治療を開始した.その後,黄斑浮腫に対してトリアムシノロンのTenon.下注射を施行した.一時,黄斑浮腫の改善を認めたが,初診から3カ月後に右眼の視力低下(0.03),眼底に網膜静脈分枝閉塞症様出血と滲出性変化を伴った眼炎症発作を繰り返した(図2).さらに左眼にも同様の所見がみられたため,プレドニゾロン30mg/日の内服を開始した.しかし,その後も発作と寛解を繰り返すため,翌年の2007年5月よりINF点滴(5mg/kg)単独療法として治療を開始した.その後,小発作を起こすこともあったが,両眼ともに矯正視力0.6まで改善した.しかし,INFを33回施行したが,34回目(2012年2月)に来院せず,治療中断となった.INF中止4カ月後に右片麻痺,構音障害が出現したため,近医脳外科受診となった.造影磁気共鳴画像(MRI)上,T2強調で脳幹部の左側に15mm径の結節病変があり,病変に図1初診時眼底所見両眼の視神経乳頭の発赤と黄斑浮腫を認める.図2眼炎症発作時の眼底所見両眼に網膜静脈閉塞症様の出血と滲出性変化がみられる.756あたらしい眼科Vol.32,No.5,2015(146) 図3神経症状出現時の造影MRI所見脳幹部の左側に15mm径の結節病変(白矢印)があり,結節病図4神経症状発症から2カ月後の造影MRI所見変に沿ってリング状増強効果がみられる.病変部周辺は不規則脳幹部の腫瘤(白矢印)は縮小している.な高信号を呈している.図5神経症状消失後の眼底所見両眼とも視神経乳頭の発赤や黄斑浮腫はなく,経過は落ち着いている.沿ってリング状増強効果がみられた.また,病変周辺に不規則な高信号を呈していた(図3).脳浮腫改善のため,ベタメタゾン4mg,グリセオール200mlを静脈注射された.近医では脳腫瘍が疑われたため,腫瘤精査の目的で東京医科大学病院脳神経外科受診となった.改めて撮像したMRI上,前医受診時と比較し腫瘤の著明な縮小がみられ(図4),さらに不全型Behcet病の既往,ステロイドにより中枢神経症状改善が認められたことから神経Behcet病が疑われた.髄液検査は患者の拒否により施行できなかった.経過中の眼所見は両眼ともに矯正視力0.6であり,炎症所見はみられなかったが(図5),神経Behcet病発現のことも考え合わせ,INF治療を再開した.その後,中枢神経症状の改善を認め,現在に至るまで眼症状,中枢神経症状ともに落ち着いている.II考按神経Behcet病はBehcet病の約10%に認められ,男性が女性に比べて3.4倍多く,なかでも中枢神経症状は発症後6.7年経過して発症することが多いとされる6,7).遺伝的素因としてBehcet病はHLA-B51の保有率が高いことが知られているが,神経Behcet病ではより高いと報告されている6,7).初期症状としては頭痛,頭重感,中枢神経症状としては四肢麻痺,片麻痺,対麻痺,構音障害や複視などがあげられ,後期症状にはうつ病や統合失調症,記名障害などの精神症状がみられることが多い6,7).検査所見としては髄液検査にて髄液圧の上昇,好中球とリンパ球の増加,インターロイキン(IL)-6の上昇がみられる.MRIではT1強調で低信号から等信号,T2強調で高信号を示し,病変部位は大脳皮質,脳幹,脊髄とさまざまであるが,脳幹が多い6,7).治療としてはステロイドが有効とされているが8),近年ではINFが有効という報告もある9.11).慢性進行型神経Behcet病にはステロイド抵抗性の症例もある6).一方,少量のメトトレキサート(MTX)パルス療法が有効との報告もある12).これらの報告も踏まえ,本症例に対してはリウマチ・膠原病内科などとも相談のうえ,INF治療を再開することにした.今回,本症例の腫瘤が発生した原因として,2つの可能性があると考えられた.1つは悪性腫瘍に代表されるINFの(147)あたらしい眼科Vol.32,No.5,2015757 副作用によるものである.本症例にみられたMRIで脳幹のリング状増強効果を呈する腫瘍には悪性リンパ腫や膠芽腫があげられるが,これらにはステロイドが著効することはなく,原因としては否定的であった.他にもINF治療の副作用として多発性硬化症に代表される脱髄性疾患が報告されているが13,14),そのほとんどはINF治療中に発症しており,本症例ではINF中止から4カ月後に発症したエピソードからも,脱髄性疾患は否定的であった.以上より,INFの副作用による可能性は少ないと考えた.一方で,神経Behcet病にINFが有効との報告から9.11),脳幹に腫瘤性病変が発生した原因として,INFの中断による可能性が考えられた.すなわち,本症例はINF治療中には神経Behcet病が抑制されていたが,自己中断後に顕性化した可能性が考えられた.当症例ではもともと眼外症状として頭痛があり,これが神経Behcet病の初期症状であった可能性も否定はできない.本症例では髄液検査を施行していないが,ステロイドやINF治療に反応がみられたことや,不全型Behcet病の既往より,最終的に本症例にみられた脳幹の病変は神経Behcet病によるものと考えた.現在のところ,眼症状に対するINF治療の中止に関しては明確な基準はないが,本治療法の中止に際しては,眼症状のみならず,眼外症状の再燃や顕性化の可能性にも注意を払う必要があると考えられた.本稿の要旨は第47回日本眼炎症学会(2013)にて発表した.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)NakamuraS,YamakawaT,SugitaMetal:Theroleoftumornecrosisfactor-alphaintheinductionofexperimentalautoimmuneuveoretinitisinmice.InvestOphthalmolVisSci35:3884-3889,19942)河合太郎,多月芳彦:Behcetによる難治性網膜ぶどう膜炎に対する抗ヒトTNFaモノクローナル抗体レミケードRの有効性と安全性.眼薬理23:11-17,20093)SuhlerEB,SmithJR,GilesTRetal:Infliximabtherapyforrefractoryuveitis:2-yearresultsofaprospectivetrial.ArchOphthalmol127:819-822,20094)Al-RayesH,Al-SwilemR,Al-BalawiMetal:SafetyandefficacyofinfliximabthrepyinactiveBehcet’suveitis:anopen-labeltrial.RheumatolInt29:53-57,20085)OhnoS,NakamuraS,HoriSetal:Efficasy,safety,andpharmacokineticsofmultipleadministrationofinfliximabinBehcet’sdiseasewithrefractoryuveoretinitis.JRheumatol31:1362-1368,20046)菊地弘敏,廣畑俊成:神経ベーチェット.リウマチ科40:519-525,20087)KawaiM,HirohataS:CerebrospinalfluidB2-microglobluininneuro-Behcet’ssyndrome.JNeurolSci179:132139,20008)SchmolckH:Largethalamicmassduetoneuro-Behcetdisease.Neurology65:436,20059)HirohataS,SudaH,HashimotoT:Low-doseweeklymethotrexateforprogressiveneuropsychiatricmanifestationsinBehcet’sdisease.JNeurolSci159:181-185,199810)SawarH,McGrathHJr,EspinozaLR:Successfultreatmentoflong-standingneuro-Behcet’sdiseasewithinfliximab.JRheumatol32:181-183,200511)FujikawaK,IdaH,KawakamiAetal:Successfultreatmentofrefractoryneuro-Behcet’sdiseasewithinfliximab:acasereporttoshowitsefficacybymagneticresonanceprofile.AnnRheumDis66:136-137,200712)RibiC,SztajzelR,DelavelleJetal:EfficacyofTNFablockadeincyclophosphamideresistantneuro-Behcetdisease.JNeurolNeurosurgPsychiatry76:1733-1735,200513)WolfSM,SchotlandDL,PhilipsLL:InvolvementofnervoussysteminBehcet’ssyndrome.ArchNeurol12:315325,196514)HirohataS,IshikiK,OguchiHetal:Cerebrospinalfluidinterleukin-6inprogressiveneuro-Behcet’ssyndrome.ClinImmunolImmunopathol82:12-17,1997***758あたらしい眼科Vol.32,No.5,2015(148)

京都府立医科大学における日帰り硝子体手術の患者満足度調査

2015年5月31日 日曜日

《原著》あたらしい眼科32(5):749.754,2015c京都府立医科大学における日帰り硝子体手術の患者満足度調査村上怜永田健児米田一仁小森秀樹木下茂京都府立医科大学大学院医学研究科視機能再生外科学SatisfactionSurveybyQuestionnaireofPatientswhoUnderwent25-GaugeParsPlanaVitrectomyasOutpatientSurgeryatKyotoPrefecturalUniversityofMedicineReiMurakami,KenjiNagata,KazuhitoYoneda,HidekiKomoriandShigeruKinoshitaDepartmentofOphthalmology,KyotoPrefecturalUniversityofMedicine目的:患者満足度調査により日帰り硝子体手術の適応を再考した.対象および方法:京都府立医科大学眼科の硝子体術者3人が平成23年11月1日から平成24年12月31日の間に日帰り硝子体手術を施行した230症例にアンケートを送付し,結果をまとめた.結果:169例(73.4%)の回答を得,平均満足度は5段階中4.2であった.通院距離を3群に分類すると距離による満足度に有意差はなかった.しかし,通院時間が60分以内である患者では有意に満足度が高かった.結論:京都市という規模において日帰り硝子体手術は,患者満足度の点からは通院距離にかかわらず,通院時間60分以内の患者がよい適応である.Purpose:Toevaluatepatientsatisfactionbyadministeringaquestionnairetopatientswhounderwentvitrectomyasoutpatientsurgery.PatientsandMethods:Weadministeredasatisfactionquestionnaireto,andcollectedresponsesfrom,230patientswhounderwentparsplanavitrectomyasoutpatientsurgerybetweenNovember1,2011andDecember31,2013atKyotoPrefecturalUniversityofMedicine.Results:Themeansatisfactionindexwas4.2/5in169(73.4%)ofthe230patients.Althoughnosignificantdifferencewasfoundbetweenthedistancethatthepatienthadtotraveltoarriveatthehospital(.10km,11-20km,or.21km)andthesatisfactionindex,satisfactionwassignificantlyhigherinpatientswhoarrivedatourhospitalwithin60minutesfromtheirpreviouslocationthaninthosewhotookmorethan60minutestoarrive.Conclusions:Thefindingsofthisstudyshowthatalthoughthedistancetoourhospitalisnotextremelyimportantforpatientsundergoingoutpatientvitrectomysurgery,patientslivingwithina60-minutecommutefromthehospitalaremoresuitablecandidatesforthesurgery.arashiiGanka(JournaloftheEye)32(5):749.754,2015〕Keywords:25G硝子体手術,日帰り手術,患者満足度,アンケート調査.25Gparsplanavitrectomy,daysurgery,patientsatisfaction,questionnaire.はじめに近年,極小切開硝子体手術(MIVS)システムと広角観察系の開発により,低侵襲で安全な硝子体手術を行うことが可能になってきた.諸施設で種々の疾患に対するMIVSの適応の検討がなされ,MIVSは20ゲージ硝子体手術よりも手術時間,安全性の面で優れていると報告されている1,2).これらの手術システムの進歩に伴い,諸外国では一般的に行われている日帰り硝子体手術が日本国内でも行われ始めている3.5).術後体位制限の必要な疾患についても日帰り硝子体手術を施行する施設が存在し,黄斑円孔や,増殖糖尿病網膜症といった疾患でも結果は良好であることが報告されている6,7).現在すでに日帰り手術が一般的となっている白内障手術と比較すると,硝子体手術は手術侵襲がやや大きく,術後体位が制限される場合もあり,患者側の不安あるいは不満が危惧されるところである.また,日帰り手術を選択する患者の背景はさまざまで,やむなく日帰り手術を選択した患者もいる.20ゲージ硝子体手術時代に日帰り手術を施行し,満足度が8割以上と良好な結果であったとする報告8)がある〔別刷請求先〕村上怜:〒780-0935高知県高知市旭町1-104町田病院Reprintrequests:ReiMurakami,M.D.,Machidahospital,1-104,Asahi-machiKochicity,Kochi780-0935,JAPAN0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(139)749 が,これまで多数の疾患に対し,通院時間,距離,年齢,性別,疾患別といったものによって,日帰り硝子体手術において十分な満足度が得られているかどうかを詳細に検討した報告はない.今回,筆者らは日帰り硝子体手術を施行した患者に対し,アンケート形式で満足度調査を行い,今後の改善点などの検討を行った.I対象および方法京都府立医科大学眼科のおもな硝子体術者3人が2011年11月1日から2012年12月31日に日帰りで施行した256件の硝子体手術を対象として日帰り手術の満足度調査を行った.日帰り手術の適応は基本的に患者の全身状態や環境を含めて術者が日帰り手術可能と判断したものであるが,疾患としては黄斑上膜や黄斑円孔,黄斑浮腫といった黄斑疾患,増殖の軽度な糖尿病網膜症,網膜.離を伴わない硝子体出血,表1日帰り硝子体手術を行った疾患の内訳疾患症例数(例)割合(%)黄斑上膜9336増殖糖尿病網膜症4016硝子体出血3815黄斑浮腫2911裂孔原性網膜.離125特発性黄斑円孔73その他3714表2年齢別満足度満足度54321平均30,40歳代222013.650歳代633114.360歳代27147214.270歳代29134314.3原因裂孔が下方にない裂孔原性網膜.離がおもな適応基準であった.調査の方法は,対象症例に対してアンケートを送付し,返信の結果をまとめた.アンケートの内容は病院までの距離,時間,手術日前後に宿泊施設を利用したか,日帰りを選択してよかったか,また,満足度,安心感,家事,仕事,入浴・トイレ,術後点眼,体位制限,翌日の通院については5段階で評価した.さらに困った点,要望を調査した.II結果2011年11月1日.2012年12月31日に日帰り手術を施行した256件の内訳は,黄斑上膜93件,増殖糖尿病網膜症40件,硝子体出血38件,黄斑浮腫29件,裂孔原性網膜.離12件,黄斑円孔7件,他37件であった(表1).裂孔原性網膜.離の初回復位率は100%,黄斑円孔の初回閉鎖率は100%であった.術後眼内炎は認めなかった.アンケート回収率は230例中169例(73.4%)であった.両眼の手術を施行した症例は1通のアンケートでまとめて調査したため,アンケートの送付数は256件よりも少なくなっている.男性は88例(52.1%),女性は77例(45.6%),名前の記載がなく性別不明が4例(2.3%),平均年齢は65.7(例)403020100~9km10~19km20~29km30~39km40~49km50~59km60~69km70~79kmm~80歳代320004.6(自宅と病院の距離)5:満足,4:やや満足,3:どちらでもない,2:やや不満,1:不満.図1自宅から病院までの距離やや不満不満3%やや不満4%満足59%やや満足24%どちらでもない14%4%満足52%やや満足28%どちらでもない12%満足48%やや満足28%どちらでもない24%~9km(37例)図2自宅から病院までの距離別満足度3群間で満足度に有意差はなかった.10~19km(21例)20km~(25例)750あたらしい眼科Vol.32,No.5,2015(140) ±10.2歳で,全体的な平均満足度は5段階中4.2であった.男性では平均満足度は4.3,女性では4.2で,性別による有意差はなかった(p=0.47).宿泊施設を利用したのは7例(4.1%),全体で満足,やや満足と答えたのは136例(80.5%).日帰りで手術をしてよかったと答えた患者は71%,つぎも日帰りでと答えた患者は73.4%であった.年齢別満足度は30歳代と40歳代は合わせて7例で平均満足度は3.6,50歳代では14例で4.3,60歳代では31例で4.2,70歳代では50例で4.3,80歳代では5例で4.6であった(表2).自宅から病院までの距離は平均18kmで,0.3.120kmの患不満(例)9080706050403020100~30分31~60分61分~(通院時間)図3自宅と病院までの通院時間不満不満やや不満満足58%やや満足25%やや不満満足50%やや満足30%どちらでもない14%やや不満満足27%やや満足29%どちらでもない29%4%4%5%2%9%6%どちらでもない9%~30分(75例)31~60分(64例)61分~(34例)NS***p<0.01図4自宅と病院までの通院時間別満足度通院時間60分以内でとくに満足度が高かった.者が存在し(図1),9km以内,10.19km,20km以上と距離により分類してみると,平均満足度はそれぞれ4.4,4.2,4.2で有意差はなかった.満足あるいはやや満足と答えた患者の合計数とそれ以外を答えた患者の割合に有意差はなかった(p=0.73)(図2).一方,通院時間は平均48分で,6分.3時間の患者が存在し(図3),通院時間を30分以内,31.60分,61分以上の3群に分類してみると,平均満足度はそれぞれ4.3,4.2,4.1で有意差はなかった.30分以内と31.60分以内の満足あるいはやや満足と答えた患者の合計数とそれ以外を答えた患者の割合に有意差はなく(p=0.71),30分以内と61分以上には有意差があり(p=0.003),31.60分と61分以上にも有意差があり(p=0.002),通院時間60分以内でとくに高い満足度が得られた(図4).安心感に関しては満足,やや満足を合わせると75%,以下同様に入浴・トイレに関しては49%.仕事に関しては45%,家事に関しては42%であった(図5).術後点眼は,できた,大体できた,は合わせて96%であった(図6).体位制限があった患者に関しては,できていない,ややできていないがそれぞれ1例(1%),5例(6%)と体位制限が守られていない患者が(141)安心感入浴・トイレ不満無回答不満無回答5%1%1%8%やや不満10%どちらでもない8%満足47%やや満足28%やや不満12%満足31%やや満足18%どちらでもない32%仕事家事無回答無回答不満6%不満7%6%6%満足やや27%やや満足どちら18%でもない27%不満16%満足24%やや満足18%どちらややでもない30%不満16%図5安心感,入浴・トイレ,仕事,家事についての満足度あたらしい眼科Vol.32,No.5,2015751 ややできて(169例)いない1%無回答どちら2%でもない1%(169例)いない1%無回答どちら2%でもない1%図6術後点眼ができたかできたできた62%大体34%黄斑上膜(52例)不満やや不満4%8%どちらでもない13%満足46%やや満足29%増殖糖尿病網膜症(20例)ややできてできた29%大体できた60%できて(79例)いないいない6%1%満足やや30%やや満足どちら17%でもない22%不満22%不満無回答(169例)どちら6%3%でもない4%○できていない黄斑上膜1例○ややできていない黄斑上膜3例増殖糖尿病網膜症1例疾患不明1例図7術後体位制限が守れたか図8翌日外来受診について硝子体出血(20例)どちらでもない15%満足やや満足60%25%黄斑浮腫(11例)やや不満やや不満5%9%満足でもない40%やや満足35%どちら20%満足73%やや満足18%図9疾患別満足度存在したが,93%の患者では守られていた(図7).体位制限ができていないと答えたのは黄斑上膜1例,ややできていないと答えたのは黄斑上膜3例,増殖糖尿病網膜症1例,名前の記載がなく疾患不明が1例あった.翌日受診に関しては満足,やや満足と回答していた患者は47%と半数以下であった(図8).疾患別満足度では,黄斑上膜52例中では満足,やや満足を合計すると39例(75%)で,不満と答えた患者が2例(4%)いた.不満の理由として見にくい,通院が辛かったと回答していた.硝子体出血20例中では満足,やや満足を合計すると17例(85%)で,増殖糖尿病網膜症20例中では満足,やや満足を合計すると15例(75%),やや不満と回答した患者が1例(5%)存在した.黄斑浮腫11例中では,満足,やや満足を合計して10例(91%)であり,やや不満と答えた1例(9%)の患者は片眼が見にくいことを理由とし752あたらしい眼科Vol.32,No.5,2015ていた(図9).不満と答えた患者の意見の多くは,予想より通院が大変,交通面での不安などで,十分に説明しているはずであるが,術後片眼が見にくいことを訴える患者もいた.その他,体位の取り方,自宅での過ごし方がわからないといった術後の生活に関するものも多かった.術後疼痛を不満の理由として回答する患者はいなかった.III考按日帰り硝子体手術の成績として,術後眼内炎は認めず,裂孔原性網膜.離の初回復位率100%,黄斑円孔の初回閉鎖率が100%と,術後の体位制限が重要な疾患でも良好な成績を得ることができた.過去にも日帰り硝子体手術の成績が良好であることは報告されているが3,4,7),患者側からの実際の意見を詳細に調査した報告はなく,患者満足が得られているか不明なまま今後日帰り手術が増加していく可能性がある.どのような患者で日帰り手術が適しているかを調査し,適応を適切に選択する必要がある.今回の検討では,日帰り硝子体手術の全体的な満足度は高く,自宅から病院までの距離は患者満足度に相関せず,通院時間60分以内でとくに満足度が高いという結果であった.60分以上の通院時間を要する患者にはよく説明し,場合によっては1泊の入院もしくはホテルなどでの宿泊を検討に入れる必要があると考えられた.通院時間は通院方法とも関係しており,今回質問事項には入れていなかったが,通院方法や家族の協力が得られるかどうかも重要であると考えられる.また,80.5%の患者が満足,やや満足と答えているものの,次も日帰りでと答えた患者は73.4%と,80.5%よりも少なかった.日帰り手術で満足はしているものの,次回があるならば入院手術を希望している患者がいることを示す.日帰り手術を選択した理由が独居で家をあけられない,仕事や家事,家族の世話があるといった患者に上記の傾向があり,このような家庭の事情以外にはやはり通院が辛かったという意見があった.片眼での生活,通院の不便さが患者の想定を超えていた可能性が考えられ,今後はより術後の生活が想像しやすい絵などを用いたパンフレッ(142) トなどの活用を検討している.安心感に関しては術後の不安が想定されるにもかかわらず良好な回答を得ており,自宅という安心感は予想以上に高いようであった.入浴・トイレに関しては普段使っている自宅の設備なので不満はないと思われたが,片眼が見えないことが日常生活に大きく影響することが示唆される.仕事,家事については日帰り手術の後,自宅に帰ってから仕事,家事をいつもどおり継続するつもりであった患者にとっては,やはり片眼が眼帯,もしくは見にくい状況では不満を感じると考えられた.術前に術後眼内炎についてはよく説明しており,術後点眼はほとんどの患者で重要性を理解されているようであった.体位制限に関しては空気注入予定のない患者でも術中所見により空気を注入して手術を終了する場合があり,その場合には数日間の体位制限を行っている.昨今は黄斑円孔の術後でも体位制限の期間を1日と短く設定しても,閉鎖率は腹臥位による体位制限をした場合と変わらないとする報告や9.11),広範囲の内境界膜.離を施行して術後は読書位で3.5日間過ごす従来よりも緩和した体位制限で閉鎖率は100%であったとする報告もある12).現在,特発性黄斑円孔の術後は一定期間腹臥位による体位制限を施行している施設が多いと思われるが,このように従来の長期間の体位制限は不要であるとする報告が増えてきており,厳格に体位制限をしなくてもよいという点では,十分に日帰り手術で対応できる可能性がある.しかし,体位制限をすることが決まっている症例や,その可能性が高い症例に関して日帰り手術を行う際は,事前に体位制限の重要性をよく説明し理解を得て,決められた時間は体位制限の遵守が重要である.筆者らは裂孔原性網膜.離については,原因裂孔が上方にあり厳格な体位制限が必要ない症例には患者の希望に沿って日帰り手術も選択可能としている.しかし,満足度の観点からみると,体位制限による不安が満足度に影響している可能性があり,体位保持用のマットの貸し出しなど,体位保持の方法がわかりやすくなる工夫も今後検討が必要である.術翌日の外来受診に関しては,多くの患者のなかで負担となっているようであり,通院時間,交通手段,家族の協力の有無が重要な因子となっていると考えられた.疾患別満足度では,黄斑上膜では不満が2例(4%),やや不満が4例(8%)存在したが,これは黄斑上膜の術後の視力改善が速やかに得られないという疾患の性質上,治療の実感がわかず,満足度に影響した可能性がある.逆に術後の視力回復が速やかな硝子体出血では満足度が高い傾向にあった.黄斑浮腫や増殖糖尿病網膜症では手術に至るまでの経過や,視力不良の期間が長く,術後の視力に関しては術前の説明でよく理解が得られており,満足度が良好であったと考えた.また,過去の報告で日帰り手術を選択したが術後疼痛があり,入院したかったと後に回答した患者が存在している8).満足度に大きく影響すると考えられる術後の疼痛が少ないことは,やはりMIVSによる大きなメリットであると考えられる.患者背景では,透析を理由に日帰り硝子体手術を選択する患者が3例存在した.透析患者にとってかかりつけ透析施設で通常どおり透析を受けられるという安心感は大きく,硝子体手術施行に際し全身状態が問題ないと判断されれば透析患者は日帰り硝子体手術の良い適応と考えられる.このように日帰り硝子体手術を希望する患者の背景はさまざまで,低侵襲手術により早期の日常生活への復帰,社会復帰が可能となっており,さらには医療費軽減の点からも日帰り手術への患者ニーズは高まってくると思われる.日帰り硝子体手術が安全で成績もよく,かつ患者満足度も高いものになるには術者が自らの力量をふまえ,適切に適応を判断しなければならない.また,合併症出現時の対応を施設ごとに明確にしておく必要があるが,筆者らの施設では,24時間365日救急対応可能な体制をとっている.硝子体手術に限らず日帰り手術を行ううえでは緊急時の対応の整備が重要である.京都市という都市の規模では,通院距離によらず,通院時間60分以内の患者でとくに高い日帰り硝子体手術の満足度が得られた.それ以上の通院時間の症例に対しては,疾患の説明と同様に,事前に十分な説明を行うことで,良好な術後成績だけでなく,高い患者満足度を得ることも重要である.文献1)GuptaOP,WeichelED,RegilloCDetal:Postoperatvecomplicationsassociatedwith25-gaugeparsplanavitrectomy.OphthalmicSurgLasersImaging38:270-275,20072)YanyaliA,CelikE,HorozogluF,etal:25-Gaugetrans-conjunctivalsuturelessparsplanavitrectomy.EurJOphthalmol16:141-147,20063)李才源,島田宏之:25ゲージシステムを用いた日帰り硝子体手術.臨眼63:1125-1129,20094)李才源,島田宏之:25ゲージシステムを用いた日帰り硝子体手術の術後合併症.臨眼66:827-830,20125)竹内忍:日帰り硝子体手術の注意点.日の眼科81:3132,20106)西村哲哉:増殖糖尿病網膜症に対する硝子体手術.日の眼科84:1017-21,20137)吉澤豊久,白鳥敦:特発性黄斑円孔の日帰り硝子体手術.臨眼64:695-698,20108)松坂京子,山西珠代:網膜・硝子体手術は日帰りで行えるか.当院の患者へのアンケートより考察..眼科ケア2:69-74,20009)IsomaeT,SatoY,ShimadaH:Shortningthedurationofpronepositioningaftermacularholesurgery-comparisonbetween1-weekand1-daypronepositioning.JpnJOphthalmol46:84-88,2002(143)あたらしい眼科Vol.32,No.5,2015753 10)SatoY,IsomaeT:Macularholesurgerywithinternal2009limitingmembraneremoval,airtamponade,and1-day12)IezziR,KapoorKG:Noface-downpositioningandbroadpronepositioning.JpnJOphthalmol47:503-506,2003internallimitingmembranepeelinginthesurgicalrepair11)MittraRA.KimJE,HanDPetal:Sustainedpostopera-ofidiopathicmacularholes.Ophthalmology120:1998tiveface-downpositioningisunnecessaryforsuccessful2003,2013macularholesurgery.BrJOphthalmol93:664-666,***754あたらしい眼科Vol.32,No.5,2015(144)

脳外科手術時にポビドンヨードの誤入により重篤な角膜内皮障害をきたした1例

2015年5月31日 日曜日

《原著》あたらしい眼科32(5):745.748,2015c脳外科手術時にポビドンヨードの誤入により重篤な角膜内皮障害をきたした1例吉川大和清水一弘阿部真保田尻健介出垣昌子勝村浩三池田恒彦大阪医科大学眼科学教室ACaseofCornealEndothelialDysfunctionApparentlyCausedbyPovidone-IodineUsedDuringBrainSurgeryYamatoYoshikawa,KazuhiroShimizu,MahoAbe,KensukeTajiri,MasakoIdegaki,KozoKatsumuraandTunehikoIkedaDepartmentofOphthalmology,OsakaMedicalCollege目的:脳外科手術時に使用したポビドンヨードの誤入によるものと思われる角膜内皮障害をきたした症例を経験したので報告する.症例:45歳,男性.既往歴にvonHippel-Lindow病がある.2004年より網膜血管腫で経過観察していた.2011年2月3日転移性脳腫瘍の診断にて脳外科手術が施行された.術翌日に左眼の眼痛,視力障害を主訴に眼科受診となった.所見:左眼の角膜浮腫と角膜びらんがみられた.視力(0.3).消毒液として使用された原液ポビドンヨードの誤入が疑われた.ベタメタゾン0.1%点眼とオフロキサシン眼軟膏と眼帯にて加療したところ術後3週目に上皮欠損は消失した.しかしその後も角膜実質浮腫は遷延した.術後2カ月目の角膜内皮細胞密度は672cells/mm2であった.術後1年目には角膜浮腫は軽減し,視力は(0.8)に回復した.術後1年4カ月後に角膜浮腫は消失,角膜上皮下に淡い実質混濁を残し瘢痕治癒となった.角膜内皮細胞密度731cells/mm2,視力(0.9)であった.結論:ポビドンヨードが高い濃度で長時間眼表面に滞留すれば重篤な角膜障害を生じる可能性が示唆された.Purpose:Toreportacaseofcornealendothelialdisorderwhichappearedtobecausedbypovidone-iodine(PVP-I)usedduringbrainsurgery.CaseReport:A45-year-oldmalewithamedicalhistoryofvonHippel-Lindaudiseasepresentedwithretinalhemangiomathathadbeenobservedsince2004.HewasdiagnosedwithmetastaticbraintumorsandunderwentbrainsurgeryonFebruary3,2011.Hewassubsequentlyreferredtoourdepartmentduetoacomplaintofblurredvisionandocularpaininhislefteyeonthedayaftersurgery.Uponexamination,massivecornealerosionandcornealedemawereobservedinhislefteye,andthecorrectedvisualacuity(VA)inthateyewas0.3.WespeculatedthatthesecornealdisorderswerecausedbyPVP-Iintrusion,whichwasusedfordisinfectionandsterilizationduringbrainsurgery.Hewastreatedwithbetamethasone0.1%eyedrops,ofloxacineyeointment,andaneyepatch.Thecornealepithelialdefectdisappeared3weeksafterinitiatingtreatment,yetthecornealstromaledemaprolongedthereafter.At2-monthspostoperative,thecornealendothelialcell(CEC)densityinhislefteyewas672cells/mm2,thecornealedemahadreduced,andthecorrectedVAimprovedto0.8.At16-monthspostoperative,thecornealedemahadalmostdisappeared(eventhoughasmallamountofopacityremainedunderthecornealepithelium),theCECdensitywas731cells/mm2,andthecorrectedVAhadimprovedto0.9.Conclusion:ThefindingsinthisstudysuggestthatseverecorneadamagecanresultwhenahighconcentrationofPVP-Iisallowedtoremainontheocularsurfaceforanextendedperiodoftime.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)32(5):745.748,2015〕Keywords:角膜内皮細胞,ポビドンヨード,手術,消毒,合併症.cornealendothelialcell,povidone-iodine,surgery,disinfection,complication.〔別刷請求先〕吉川大和:〒569-8686大阪府高槻市大学町2-7大阪医科大学眼科教室Reprintrequests:YamatoYoshikawa,DepartmentofOphthalmology,OsakaMedicalCollege,2-7Daigaku-machi,Takatsuki-City,Osaka569-8686,JAPAN0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(135)745 はじめに眼科領域において,内眼手術における術後合併症のうち術後の感染性眼内炎はもっとも重篤なものの一つである.白内障手術後眼内炎の発症率は約0.052%であり1),決して高くはないが,術後の視機能に与える影響は大きく,発生の予防には術前の眼表面や眼瞼の無菌化が重要である.術前の感染症対策として,抗菌点眼薬の術前投与をはじめとしてさまざまな方法が取られているが2),2002年の術後感染防止法についての報告3)で結膜.内の菌を減らす効果として唯一エビデンスがあると評価されたのがこの術前のポビドンヨードの使用であり,今なお多くの周術期感染対策として活躍している.ポビドンヨードは薬剤耐性がなく,ウイルス,細菌,多剤耐性菌,真菌にも殺菌効果があり,眼科領域だけでなく外科領域全般においても手術前の皮膚消毒には原液ポビドンヨード(10%)が広く使用されている.広く使用されているポビドンヨードであるが,眼周囲に使用する場合には適正な濃度で使用しなければ角膜をはじめとする眼組織に障害をもたらす場合がある.動物実験などで高い濃度のポビドンヨードが角膜上皮および内皮障害をきたすことは数多く報告されている4.8).ヒトにおけるポビドンヨードによる角膜障害の報告もあるが,角膜内皮細胞が障害された報告は筆者らが知る限りではわが国においては有害事象として報告されている2症例のみである2).今回,筆者らは脳外科手術時に原液ポビドンヨード(10%)が眼表面に長時間誤入したことで角膜内皮障害をきたしたと考えられる症例を経験したので報告する.I症例患者:46歳,男性.既往歴:vonHippelLindou病,血管腫(小脳,網膜),腎細胞癌,転移性肺癌,転移性脳腫瘍(左後頭葉皮質下).眼外傷歴:なし.内眼部手術歴:なし.現病歴:平成16年より網膜血管腫に対して当院にて経過観察していた.角膜内皮細胞密度の測定は行っていなかったが,前眼部に明らかな異常を認めることはなかった.平成23年2月3日左後頭葉皮質下の転移性脳腫瘍に対して,全身麻酔下で開頭腫瘍摘出術が施行された.手術時間は5時間50分,麻酔時間は8時間10分であった.左後頭葉皮質下の転移性脳腫瘍に対するアプローチのため,体位は伏臥位で,左後頭葉が上向きになるよう頭部を回転させ固定された.術前消毒前にアイパッチを装着しているが,アイパッチは耳側が.がれかけており,貼りなおすことも考慮されたが,軽く抑えることで再接着したため,十分な粘着力を保っているものと判断され,術前消毒を行って手術が施行された.術前消毒はポビドンヨード原液(10%)を使746あたらしい眼科Vol.32,No.5,2015用し,開創予定部より広く皮膚消毒するが,左眼の周辺までは及んでいなかった.術後確認時にはアイパッチは術前消毒前と同じ耳側が.がれかけており,術終了時にはアイパッチには乾燥したポビドンヨードが付着していた.全身麻酔覚醒後,左眼の眼痛と視力障害を訴えたため,翌4日当科紹介受診となった.受診時には左眼の角膜浮腫と全角膜上皮欠損を認めた.オフロキサシン眼軟膏の1日4回の点入と眼帯による閉瞼にて加療した.手術5日後,視力測定可能な安静度となった際の視力はVD=(1.2×sph.2.5D(cyl.3.0DAx180°),VS=(0.3×sph.3.5D(cyl.1.5DAx90°),眼圧は右眼13mmHg,左眼14mmHgであった.その際の前眼部所見は,広範囲の結膜上皮欠損,下方以外の90%の角膜上皮欠損,角膜実質浮腫,Descemet膜皺襞を認めた(図1).角膜上皮の再生が遅いため,前述の治療に加えて,ベタメタゾン0.1%点眼1日4回で加療を行った.経過とともに角膜上皮欠損は徐々に改善してゆき,手術3週間後に角膜上皮欠損は消失したが,角膜実質浮腫,Descemet膜皺襞は残存した.その際に測定された角膜内皮細胞密度は右眼が2,481/mm2に対して672/mm2と右眼に比べて左眼の明らかな角膜内皮細胞密度の減少を認めた.角膜上皮欠損の消失に伴い,フルオロメトロン0.1%点眼,ヒアルロン酸0.1%点眼,2%生理食塩水点眼に変更した.治療継続にて徐々に角膜実質浮腫,Descemet膜皺襞は改善し,それに伴い視力も徐々に改善した.平成24年6月13日(術後1年4カ月)の最終所見は,VD=0.1(1.2×sph.2.75D(cyl.2.75DAx165°),VS=0.2(0.9×sph.1.75D(cyl.2.0DAx5°),眼圧は右眼13mmHg,左眼11mmHgであった.その際の前眼部所見は,角膜実質浮腫,Descemet膜皺襞は消失し,角膜上皮下に淡い実質混濁を残して瘢痕治癒となった(図2).その際の角膜内皮細胞密度は右眼(図3)が2,590/mm2に対して,左眼(図4)は731/mm2と角膜内皮細胞密度は減少したままであった.II考按本症例の脳外科手術において,左後頭葉皮質下の転移性脳腫瘍に対するアプローチのために取られた体位は伏臥位で,左後頭葉が上向きになるよう頭部を回転されていた.そのため術前消毒に使用された原液ポビドンヨード(10%)が,開創予定部から左眼に流れ込みやすい頭位であった.また,術前消毒前と術後確認時のアイパッチの状況はともに耳側が.がれており,消毒部から乾燥していない消毒液が流れ込めば眼部に貯留しやすい状態であったと考えられる.実際に眼部に貯留していたと考えられるポビドンヨードは,術中確認するのは困難であるが,一連の状況からポビドンヨードによる(136) 図1脳外科手術5日後の左眼の前眼部写真下方以外の90%の角膜上皮欠損,角膜実質浮腫,Descemet膜皺襞を認めた.図3脳外科手術1年4カ月後の僚眼のスペキュラーマイクロスコープ所見右眼角膜内皮細胞密度は2,590/mm2であった.角膜障害と考えられた.ポビドンヨードが乾燥する前に左眼表面に誤入したと推測されるので,最低でも5時間程度は眼表面に滞留していたものと考えられる.脳外科手術以前の状況は,角膜内皮細胞密度の測定はされていなかったが,当院の眼科で両眼の網膜血管腫に対して平成16年より7年間にわたって定期的に経過観察されており,その際に角膜の異常は認めなかった.また,外傷およびコンタクトレンズ装用,内眼部手術の既往もなく,脳外科手術術前の状態において角膜内皮細胞密度の左右差が生じる可能性は考えにくいと思われた.術後の経過においてスペキュラーマイクロスコピー検査によって測定された角膜内皮細胞密度が,右眼が2,590/mm2に対して,左眼は731/mm2と著明な左右差を認めたことからポビドンヨードによる角膜内皮障害があったものと考えられた.(137)図2脳外科手術1年4カ月後の左眼の前眼部写真角膜上皮下に淡い実質混濁を残して瘢痕治癒となった.図4脳外科手術1年4カ月後の患眼のスペキュラーマイクロスコープ所見左眼角膜内皮細胞密度は731/mm2であった.高い濃度のポビドンヨードによって角膜上皮および内皮障害が生じうるという点においては,動物実験が多数報告されている.過去の報告によると家兎を用いた実験で1.0%以上の高い濃度のポビドンヨードが前房内に至ることで角膜内皮細胞を障害され4,5),また角膜上皮においても2.5%で角膜上皮障害をきたし,5%以上になると全例において重度の角膜上皮障害をきたしている6).ポビドンヨードの主成分であるヨウ素は分子量が254と小さく,角膜実質は容易に通過すると考えられる.本症例では原液ポピドンヨード(10%)が長時間付着することによって角膜上皮全欠損が生じ,上皮のバリア機能は障害され,ポビドンヨードが角膜実質を通じて前房内に至り角膜内皮障害に至ったか,あるいは実質側から直接,角膜内皮細胞を傷害したものと考えられた.本症例では脳外科の手術であるが,眼科領域においても白あたらしい眼科Vol.32,No.5,2015747 内障手術を初めとする多くの手術で術前消毒が施行されている.山口らの報告でもあるように各施設によってその術前の消毒方法はさまざまであるが,多くの施設でポビドンヨードが使用されている2).また,術前の眼周囲の皮膚消毒に関しては希釈ポビドンヨードより原液ポビドンヨードのほうが減菌効果に優れていることが報告されている9)ことからも,希釈されたものだけでなく,原液のポビドンヨードを術前に使用する機会は眼科手術においても多いと考えられる.Karenらはブタを用いた実験で2%以上の濃度のポビドンヨードを角膜に1分間さらした前後において有意に角膜内皮細胞密度が減少していたと報告している7).眼科の手術においては,術中の灌流液の使用などにより,本症例のようにポビドンヨードの原液が数時間も滞留することはほとんどないが,手術操作の影響と済まされているような軽微な角膜内皮細胞密度の減少がポビドンヨードによって生じている可能性も考えられる.その点を考慮すると,眼科領域においても,ポビドンヨードによる角膜内皮障害は生じうる合併症であり,術前消毒にポビドンヨードを使用する場合,合併症を生じない適切な消毒を施行することが重要である.本症例を通じて,とくに角膜上皮が障害されているような状況では角膜内皮も傷害される可能性があることが考えられた.ポビドンヨードは高い濃度であればあるほど殺菌効果を示すものではなく,短期的な殺菌効果では,0.1%溶液がもっともヨードを遊離しやすく殺菌効果が高いとされている10,11).ただし細菌や有機物と反応した遊離ヨードは不活化されてしまうので,菌量が多い場合や殺菌効果の持続には補給できるヨード,つまり高い濃度が必要となる.ポビドンヨードは乾燥しないと十分な殺菌効果は出ないと誤解されているが,それは原液ポビドンヨード(10%)ではヨードが遊離しにくいため殺菌効果が出るまでに「時間」がかかることを意味しており,「乾燥」は重要ではない.乾燥すると遊離ヨードが供給されなくなり,むしろ殺菌効果は減少する9).そのために菌量の多い眼周囲の皮膚消毒においては原液ポビドンヨード(10%)が適正であるし,結膜.であれば,40倍希釈ポビドンヨード(0.25%)の使用が角膜内皮の障害もなく,即効性もあり望ましいとされている11,12).今回筆者らは原液ポビドンヨード(10%)が眼表面に長時間滞留することで重篤な角膜内皮障害をきたしうることを報告した.本症例を通じて,ポビドンヨードによる角膜内皮障害は,角膜上皮のバリア機能が障害されたときに生じるものであるという可能性が示唆された.眼科手術の術前消毒の際は適正な濃度のポビドンヨードを使用することが望ましいと考えられる.術前消毒後は速やかに執刀を開始できる環境を事前に整えておき,皮膚消毒に用いた高い濃度のポビドンヨードが眼表面に誤入する危険を避けることが重要であると考えられた.また,眼科としては他科手術時に眼の障害が出ないように他科の医療関係者に対する啓蒙が必要であると考えられた.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)大鹿哲郎:白内障術後眼内炎発症頻度と危険因子.あたらしい眼科22:871-873,20052)山口達夫,三木大二郎,谷野富彦ほか:眼の消毒にヨード製剤は危険か?.東京都眼科医会勤務部が実施したアンケート調査の結果..眼科45:937-946,20033)CiullaTA,StarrMB,MasketS:Bacterialendophthalmitisprophylaxisforcataractsurgery:anevidence-basedupdate.Ophthalmology109:13-26,20024)NaorJ,SavionN,BlumenthalMetal:Cornealendothelialcytotoxicityofdilutedpovidone-iodine.JCataractRefractSurg27:941-947,20015)AlpBN,ElibolO,SargonMFetal:Theeffectofpovidoneiodineonthecornealendothelium.Cornea19:546550,20006)JiangJ,WuM,ShenT:Thetoxiceffectofdifferentconcentrationsofpovidoneiodineontherabbit’scornea.CutanOculToxicol28:119-124,20097)LerhauptKE,MaugerTF:Cornealendothelialchangesfromexposuretopovidoneiodinesolution.CutanOculToxicol25:63-65,20068)TrostLW,KivilcimM,PeymanGAetal:Theeffectofintravitreallyinjectedpovidone-iodineonStaphylococcusepidermidisinrabbiteyes.JOculPharmacolTher23:70-77,20079)秦野響子,秦野寛:原液と希釈ポピドンヨードの眼部皮膚消毒効果の比較.あたらしい眼科28:1473-1476,201110)岩沢篤郎,中村良子:ポビドンヨード製剤添加物の殺菌効果・細胞毒性への影響.環境感染16:179-183,200111)BerkelmanRL,HollandBW,AndersonRL:Increasedbactericidalactivityofdilutepreparationsofpovidoneiodinesolutions.JClinMicrobiol15:635-639,198212)ShimadaH,AraiS,NakashizukaH:Reductionofanteriorchambercontaminationrateaftercataractsurgerybyintraoperativesurfaceirrigationwith0.25%povidoneiodine.AmJOphthalmol151:11-17,2011***748あたらしい眼科Vol.32,No.5,2015(138)

網膜下生検を施行した眼内悪性リンパ腫3例

2015年5月31日 日曜日

738あたらしい眼科Vol.5105,22,No.3738(128)0910-1810/15/\100/頁/JCOPY《第48回日本眼炎症学会原著》あたらしい眼科32(5):738.744,2015cはじめに眼内悪性リンパ腫は症状が非常に多彩であり,時として他疾患との鑑別が困難なために慢性ぶどう膜炎として治療される1).とりわけステロイド薬投与により寛解および増悪を繰り返す場合,ぶどう膜炎と誤って診断され,結果として,診断確定に至るまでに長く時間がかかる2,3).近年では,硝子体生検の際に既報4,5)にあるような補助診断〔IL(インターロイキン)-10/6比,PCR(polymerasechainreaction)による免疫グロブリンH遺伝子再構成,フローサイトメトリーによるB細胞のk/l比の変異など〕を併用して,眼内悪性リンパ腫を診断することは珍しくない.今回,全身性の悪性リンパ腫の眼内転移もしくは原発性眼内悪性リンパ腫を疑い,〔別刷請求先〕盛秀嗣:〒573-1191大阪府枚方市新町2丁目3番1号関西医科大学附属枚方病院眼科Reprintrequests:HidetsuguMori,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KansaiMedicalUniversity,HirakataHospital,2-3-1Shinmachi,Hirakata,Osaka591-8037,JAPAN網膜下生検を施行した眼内悪性リンパ腫3例盛秀嗣山田晴彦加賀郁子中道悠太髙橋寛二関西医科大学附属枚方病院眼科ThreeCasesofIntraocularMalignantLymphomaDiagnosedbySubretinalTissueBiopsyHidetsuguMori,HaruhikoYamada,IkukoKaga,YutaNakamichiandKanjiTakahashiDepartmentofOphthalmology,KansaiMedicalUniversity,HirakataHospital目的:眼内悪性リンパ腫に対して網膜下生検を施行した3症例について検討を行った.対象および方法:関西医科大学附属枚方病院において,眼内悪性リンパ腫を疑い,硝子体生検による診断確定ができず,網膜下生検を要した3例6眼(1例は同一眼に2回硝子体生検施行)を対象とし,生検の結果について検討を行った.結果:3例のうち,1例は精巣悪性リンパ腫の既往があり,診断が比較的容易であった.残りの2例は全身性悪性リンパ腫の既往がなかったため,診断確定に時間を要した.硝子体細胞診の陽性率は7回中3回(43%)と低く,網膜下生検の陽性率は4回中3回(75%)であった.網膜下生検を行った4眼のうち,2眼で術後に網膜.離が発生した.全例で眼内悪性リンパ腫は寛解したが,視力予後が不良な症例が多かった.結論:わが国での眼内悪性リンパ腫に対する網膜下生検の報告は少なく,リスクを伴う診断方法である.硝子体生検は陽性率が低いため,診断可確定には可能な限り補助診断を併用することが望ましい.Purpose:Toevaluatetheefficacyofsubretinaltissuebiopsyforthediagnosisofintraocularmalignantlym-phoma.SubjectsandMethods:Thisstudyinvolved3patientsdiagnosedasintraocularmalignantlymphomadur-ingtheyears2006-2013atKansaiMedicalUniversity,HirakataHospital,Osaka,Japan.Allpatientsunderwentvit-rectomyandocularbiopsy.Westudiedtheefficacyandsuccessrateofdiagnosisbyreviewingthepatients’medicalrecords.Results:Onecasehadpreviouslybeendiagnosedastesticularmalignantlymphoma.Ontheotherhand,2casesshowednoaccompanyingsystemicsymptomsformalignantlymphomaandwerethuseasytodiag-noseasintraocularmalignantlymphoma.Thepositiverateofvitreous-fluidcytologywas43%,andthepositiverateofthebiopsyofsubretinaltissuewas75%.Afterthebiopsyofsubretinaltissue,retinaldetachmentoccurredin2cases.Althoughallcasesattainedremissionofmalignantlymphoma,2ofthe3casesresultedinpoorvisualacuity.Conclusions:Therehavebeenfewreportsofasubretinaltissuebiopsybeingperformedforthediagnosisofintraocularmalignantlymphoma.Moreover,thatbiopsycansometimesleadtoseverecomplications.Thus,ourfindingssuggestthatitwouldbebettertoadministeranauxiliarydiagnosistosubretinaltissuebiopsyforthediagnosisofintraocularmalignantlymphoma.arashiiGanka(JournaloftheEye)32(5):738.744,2015〕Keywords:眼内悪性リンパ腫,硝子体細胞診,網膜下生検,網膜.離,補助診断.malignantlymphoma,vitreouscystology,subretinaltissuebiopsy,retinaldetachment,auxiliarydiagnosis.738(128)0910-1810/15/\100/頁/JCOPY《第48回日本眼炎症学会原著》あたらしい眼科32(5):738.744,2015cはじめに眼内悪性リンパ腫は症状が非常に多彩であり,時として他疾患との鑑別が困難なために慢性ぶどう膜炎として治療される1).とりわけステロイド薬投与により寛解および増悪を繰り返す場合,ぶどう膜炎と誤って診断され,結果として,診断確定に至るまでに長く時間がかかる2,3).近年では,硝子体生検の際に既報4,5)にあるような補助診断〔IL(インターロイキン)-10/6比,PCR(polymerasechainreaction)による免疫グロブリンH遺伝子再構成,フローサイトメトリーによるB細胞のk/l比の変異など〕を併用して,眼内悪性リンパ腫を診断することは珍しくない.今回,全身性の悪性リンパ腫の眼内転移もしくは原発性眼内悪性リンパ腫を疑い,〔別刷請求先〕盛秀嗣:〒573-1191大阪府枚方市新町2丁目3番1号関西医科大学附属枚方病院眼科Reprintrequests:HidetsuguMori,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KansaiMedicalUniversity,HirakataHospital,2-3-1Shinmachi,Hirakata,Osaka591-8037,JAPAN網膜下生検を施行した眼内悪性リンパ腫3例盛秀嗣山田晴彦加賀郁子中道悠太髙橋寛二関西医科大学附属枚方病院眼科ThreeCasesofIntraocularMalignantLymphomaDiagnosedbySubretinalTissueBiopsyHidetsuguMori,HaruhikoYamada,IkukoKaga,YutaNakamichiandKanjiTakahashiDepartmentofOphthalmology,KansaiMedicalUniversity,HirakataHospital目的:眼内悪性リンパ腫に対して網膜下生検を施行した3症例について検討を行った.対象および方法:関西医科大学附属枚方病院において,眼内悪性リンパ腫を疑い,硝子体生検による診断確定ができず,網膜下生検を要した3例6眼(1例は同一眼に2回硝子体生検施行)を対象とし,生検の結果について検討を行った.結果:3例のうち,1例は精巣悪性リンパ腫の既往があり,診断が比較的容易であった.残りの2例は全身性悪性リンパ腫の既往がなかったため,診断確定に時間を要した.硝子体細胞診の陽性率は7回中3回(43%)と低く,網膜下生検の陽性率は4回中3回(75%)であった.網膜下生検を行った4眼のうち,2眼で術後に網膜.離が発生した.全例で眼内悪性リンパ腫は寛解したが,視力予後が不良な症例が多かった.結論:わが国での眼内悪性リンパ腫に対する網膜下生検の報告は少なく,リスクを伴う診断方法である.硝子体生検は陽性率が低いため,診断可確定には可能な限り補助診断を併用することが望ましい.Purpose:Toevaluatetheefficacyofsubretinaltissuebiopsyforthediagnosisofintraocularmalignantlym-phoma.SubjectsandMethods:Thisstudyinvolved3patientsdiagnosedasintraocularmalignantlymphomadur-ingtheyears2006-2013atKansaiMedicalUniversity,HirakataHospital,Osaka,Japan.Allpatientsunderwentvit-rectomyandocularbiopsy.Westudiedtheefficacyandsuccessrateofdiagnosisbyreviewingthepatients’medicalrecords.Results:Onecasehadpreviouslybeendiagnosedastesticularmalignantlymphoma.Ontheotherhand,2casesshowednoaccompanyingsystemicsymptomsformalignantlymphomaandwerethuseasytodiag-noseasintraocularmalignantlymphoma.Thepositiverateofvitreous-fluidcytologywas43%,andthepositiverateofthebiopsyofsubretinaltissuewas75%.Afterthebiopsyofsubretinaltissue,retinaldetachmentoccurredin2cases.Althoughallcasesattainedremissionofmalignantlymphoma,2ofthe3casesresultedinpoorvisualacuity.Conclusions:Therehavebeenfewreportsofasubretinaltissuebiopsybeingperformedforthediagnosisofintraocularmalignantlymphoma.Moreover,thatbiopsycansometimesleadtoseverecomplications.Thus,ourfindingssuggestthatitwouldbebettertoadministeranauxiliarydiagnosistosubretinaltissuebiopsyforthediagnosisofintraocularmalignantlymphoma.arashiiGanka(JournaloftheEye)32(5):738.744,2015〕Keywords:眼内悪性リンパ腫,硝子体細胞診,網膜下生検,網膜.離,補助診断.malignantlymphoma,vitreouscystology,subretinaltissuebiopsy,retinaldetachment,auxiliarydiagnosis. あたらしい眼科Vol.32,No.5,2015739(129)硝子体手術・硝子体細胞診に加え,網膜下生検を施行して眼内悪性リンパ腫と確定診断ができた3例について,診療録から後ろ向きに検討を行ったので報告する.I対象および方法対象は関西医科大学附属枚方病院(以下,当院)で網膜下生検により全身性の悪性リンパ腫の眼内転移もしくは原発性眼内悪性リンパ腫と最終的に診断された3例6眼である.すべての症例で診断的治療目的のために23ゲージもしくは25ゲージ硝子体手術で硝子体混濁を除去した.その際硝子体を可能な限り集める目的で手術時の硝子体排液パック内の排液をすべて採集して細胞診を行った.病理診断はclassIV以上を陽性と判定した.また,網膜下黄白色滲出斑がみられた症例では眼内ジアテルミーで生検部位の網膜を取り囲むように焼灼したあと,20ゲージサーフロー針で網膜ならびに網膜下の細胞を吸引し,眼外に摘出したうえで組織診断を行った.【症例呈示】〔症例1〕59歳,男性.初診日:2007年9月26日.主訴:両眼の霧視.現病歴:2006年12月から両眼の霧視を認め,ぶどう膜炎を疑われ,近医眼科でステロイド点眼加療を行ったが,軽快しないために当科へ紹介受診となった.初診時所見:視力は右眼0.6(1.2×sph+1.25D(cyl.1.00DAx80°),左眼0.7(1.2×sph+1.00D(cyl.1.00DAx95°),両眼ともに軽度の白内障があった.眼底は両眼ともに軽度の硝子体混濁を認めた.既往歴:精巣悪性リンパ腫(化学療法後,寛解状態)─日時不明.経過:前医に引き続いてステロイドの点眼加療を行ったが,硝子体混濁は軽快しなかった.2008年4月には両眼の硝子体混濁が増強し,右眼の網膜下に黄白色の滲出斑が出現した.ステロイド治療に抵抗する硝子体混濁と,特徴的な網膜下滲出斑の出現を認めたこと,精巣に悪性リンパ腫の既往があったことから,悪性リンパ腫の眼内播種を疑った.2008年4月7日に左眼硝子体切除術および硝子体細胞診を施行した.臨床所見から眼内悪性リンパ腫である可能性はきわめて高いと考えていたが,細胞診はクラスIIであった.同年,4月14日に右眼硝子体手術を施行した際に硝子体細胞診だけでなく,網膜下生検(図1a)も同時に施行した.硝子体液の細胞診ではクラスIVの結果を得た.網膜生検で採図1症例1a:右眼網膜下生検部の眼底写真(2008年4月14日).乳頭鼻上側で生検を行った(術後写真).b:右眼網膜下生検時の組織診(HE染色所見).クロマチン密度の高い大型核を有する核/細胞質比の大きい異型細胞塊を認めた.c,d:同(免疫染色所見).CD20,79陽性であった.abcdあたらしい眼科Vol.32,No.5,2015739(129)硝子体手術・硝子体細胞診に加え,網膜下生検を施行して眼内悪性リンパ腫と確定診断ができた3例について,診療録から後ろ向きに検討を行ったので報告する.I対象および方法対象は関西医科大学附属枚方病院(以下,当院)で網膜下生検により全身性の悪性リンパ腫の眼内転移もしくは原発性眼内悪性リンパ腫と最終的に診断された3例6眼である.すべての症例で診断的治療目的のために23ゲージもしくは25ゲージ硝子体手術で硝子体混濁を除去した.その際硝子体を可能な限り集める目的で手術時の硝子体排液パック内の排液をすべて採集して細胞診を行った.病理診断はclassIV以上を陽性と判定した.また,網膜下黄白色滲出斑がみられた症例では眼内ジアテルミーで生検部位の網膜を取り囲むように焼灼したあと,20ゲージサーフロー針で網膜ならびに網膜下の細胞を吸引し,眼外に摘出したうえで組織診断を行った.【症例呈示】〔症例1〕59歳,男性.初診日:2007年9月26日.主訴:両眼の霧視.現病歴:2006年12月から両眼の霧視を認め,ぶどう膜炎を疑われ,近医眼科でステロイド点眼加療を行ったが,軽快しないために当科へ紹介受診となった.初診時所見:視力は右眼0.6(1.2×sph+1.25D(cyl.1.00DAx80°),左眼0.7(1.2×sph+1.00D(cyl.1.00DAx95°),両眼ともに軽度の白内障があった.眼底は両眼ともに軽度の硝子体混濁を認めた.既往歴:精巣悪性リンパ腫(化学療法後,寛解状態)─日時不明.経過:前医に引き続いてステロイドの点眼加療を行ったが,硝子体混濁は軽快しなかった.2008年4月には両眼の硝子体混濁が増強し,右眼の網膜下に黄白色の滲出斑が出現した.ステロイド治療に抵抗する硝子体混濁と,特徴的な網膜下滲出斑の出現を認めたこと,精巣に悪性リンパ腫の既往があったことから,悪性リンパ腫の眼内播種を疑った.2008年4月7日に左眼硝子体切除術および硝子体細胞診を施行した.臨床所見から眼内悪性リンパ腫である可能性はきわめて高いと考えていたが,細胞診はクラスIIであった.同年,4月14日に右眼硝子体手術を施行した際に硝子体細胞診だけでなく,網膜下生検(図1a)も同時に施行した.硝子体液の細胞診ではクラスIVの結果を得た.網膜生検で採図1症例1a:右眼網膜下生検部の眼底写真(2008年4月14日).乳頭鼻上側で生検を行った(術後写真).b:右眼網膜下生検時の組織診(HE染色所見).クロマチン密度の高い大型核を有する核/細胞質比の大きい異型細胞塊を認めた.c,d:同(免疫染色所見).CD20,79陽性であった.abcd 740あたらしい眼科Vol.32,No.5,2015(130)取した組織にHE(ヘマトキシリン・エオジン)染色を行ったところ,クロマチン密度の高い大型核を有する核/細胞質比の大きい異型細胞塊を認め(図1b),広範囲に変性壊死がみられた.さらに免疫染色を行いCD20,79aは陽性(図1c),CD3,5,10は陰性であった.病歴から精巣悪性リンパ腫の眼内転移と診断した.術後,硝子体混濁は消失し,両眼矯正視力はともに左右ともに1.0まで改善した.当院血液腫瘍内科に追加治療の相談を行ったが,眼内のみの局所病変であったために,化学療法の追加は行われなかった.手術から10カ月後の2009年2月に右眼の網膜.離を発症し,右眼の硝子体手術+メソトレキセート硝子体灌流+シリコーンオイルタンポナーデを施行し,網膜は復位した.この際,胞状の可動性のある網膜.離を認めたが,眼内に増殖性変化はなく,術前の診察でも網膜裂孔は不明であった.術中に網膜裂孔が確認できなかったため,意図的裂孔を作製して眼内排液を行って,シリコーンオイルを注入した.手術半年後に眼科通院を自己中断し,その後の経過は不明であるが,中断前までは眼内悪性リンパ腫の再発は認めず,シリコーンオイル下で網膜は復位していた.最終受診時の右眼の矯正視力は0.1,左眼の矯正視力は0.4であった.〔症例2〕78歳,女性.初診日:2006年2月15日.主訴:右眼の霧視.現病歴:2006年2月に他院で左眼の白内障手術を施行され,経過は良好であったが,数カ月前から右眼の霧視が増悪し,当院を受診した.初診時所見:視力は右眼0.6(0.9×sph+0.75D(cyl.1.25DAx75°),左眼0.7(1.2×sph+1.00D(cyl-0.75DAx70°),右眼は軽度の白内障,左眼は眼内レンズ挿入眼で,眼底は両眼ともに異常所見を認めなかった.既往歴:2006年2月左眼白内障手術.家族歴:息子─喉頭癌.経過:2010年4月に右眼の白内障による視力低下を認めたために右眼の白内障手術を施行し,術後の右眼の矯正視力は1.0と良好であった.2011年9月に両眼の硝子体混濁を認め,当初ぶどう膜炎を疑って,全身精査のため血液検査,胸部X線検査を行ったが,異常所見はなかった.2011年11月,硝子体混濁の減少を期待して,右眼にトリアムシノロンのTenon.下注射を行ったが軽快せず,その後も硝子体混濁は増強し,右眼の矯正視力は0.2,左眼の矯正視力は0.7図2症例2a:右眼眼底写真.網膜下滲出斑および硝子体混濁を認めた.b:右眼網膜下生検時の組織診(HE染色所見)(2013年9月12日).壊死を伴った核/細胞質の大きい細胞塊を認めた.c:同(免疫染色所見).リンパ球系マーカーであるCD45が陽性であった.d:右眼前眼部写真(2014年1月28日).虹彩ルベオーシス,虹彩外反,角膜浮腫を認めた.abcd(130)取した組織にHE(ヘマトキシリン・エオジン)染色を行ったところ,クロマチン密度の高い大型核を有する核/細胞質比の大きい異型細胞塊を認め(図1b),広範囲に変性壊死がみられた.さらに免疫染色を行いCD20,79aは陽性(図1c),CD3,5,10は陰性であった.病歴から精巣悪性リンパ腫の眼内転移と診断した.術後,硝子体混濁は消失し,両眼矯正視力はともに左右ともに1.0まで改善した.当院血液腫瘍内科に追加治療の相談を行ったが,眼内のみの局所病変であったために,化学療法の追加は行われなかった.手術から10カ月後の2009年2月に右眼の網膜.離を発症し,右眼の硝子体手術+メソトレキセート硝子体灌流+シリコーンオイルタンポナーデを施行し,網膜は復位した.この際,胞状の可動性のある網膜.離を認めたが,眼内に増殖性変化はなく,術前の診察でも網膜裂孔は不明であった.術中に網膜裂孔が確認できなかったため,意図的裂孔を作製して眼内排液を行って,シリコーンオイルを注入した.手術半年後に眼科通院を自己中断し,その後の経過は不明であるが,中断前までは眼内悪性リンパ腫の再発は認めず,シリコーンオイル下で網膜は復位していた.最終受診時の右眼の矯正視力は0.1,左眼の矯正視力は0.4であった.〔症例2〕78歳,女性.初診日:2006年2月15日.主訴:右眼の霧視.現病歴:2006年2月に他院で左眼の白内障手術を施行され,経過は良好であったが,数カ月前から右眼の霧視が増悪し,当院を受診した.初診時所見:視力は右眼0.6(0.9×sph+0.75D(cyl.1.25DAx75°),左眼0.7(1.2×sph+1.00D(cyl-0.75DAx70°),右眼は軽度の白内障,左眼は眼内レンズ挿入眼で,眼底は両眼ともに異常所見を認めなかった.既往歴:2006年2月左眼白内障手術.家族歴:息子─喉頭癌.経過:2010年4月に右眼の白内障による視力低下を認めたために右眼の白内障手術を施行し,術後の右眼の矯正視力は1.0と良好であった.2011年9月に両眼の硝子体混濁を認め,当初ぶどう膜炎を疑って,全身精査のため血液検査,胸部X線検査を行ったが,異常所見はなかった.2011年11月,硝子体混濁の減少を期待して,右眼にトリアムシノロンのTenon.下注射を行ったが軽快せず,その後も硝子体混濁は増強し,右眼の矯正視力は0.2,左眼の矯正視力は0.7図2症例2a:右眼眼底写真.網膜下滲出斑および硝子体混濁を認めた.b:右眼網膜下生検時の組織診(HE染色所見)(2013年9月12日).壊死を伴った核/細胞質の大きい細胞塊を認めた.c:同(免疫染色所見).リンパ球系マーカーであるCD45が陽性であった.d:右眼前眼部写真(2014年1月28日).虹彩ルベオーシス,虹彩外反,角膜浮腫を認めた.abcd と低下した.ステロイド治療に抵抗する硝子体混濁で,高齢独居のため早期に視力回復が期待されたことから,原発性眼内悪性リンパ腫の可能性を考えて,2011年12月12日に右眼,同年12月21日に左眼の硝子体切除術および硝子体細胞診を施行した.ともに細胞診はクラスIIであった.同時に,当院血液腫瘍内科に依頼して全身状態のチェックならびに頭部CT(コンピュータ断層撮影)検査,血液検査を行ったが,悪性リンパ腫を示唆する全身的所見はみつからなかった.術後,両眼ともに硝子体混濁は消失し,右眼の矯正視力は0.8,左眼の矯正視力は1.2と改善した.ところが,2013年7月に右眼の特徴的な網膜下黄白色滲出斑および硝子体混濁(図2a)を認めたため,悪性リンパ腫の再燃を疑って2013年9月に右眼硝子体手術および硝子体細胞診,網膜下生検を施行した.細胞診ではクラスIVの結果が得られた.網膜下生検で採取した組織にHE染色を行うと,凝固壊死を伴った核/細胞質比の大きい細胞塊を認め(図2b),免疫染色ではCD45(leukocytecommonantigen)陽性であった(図2c).以上の所見から,原発性眼内悪性リンパ腫と確定診断した.治療の選択肢として全身化学療法,眼局所への放射線照射,メソトレキセート硝子体腔内投与を考えたが,当院血液腫瘍内科と協議した結果,全身化学療法を施行することになり,2013年10月から関連病院において,R-CHOP(rituximab,cyclophosphamide,adriamycin,vincristine,predonisone)が開始された.関連施設に入院中に右眼に血管新生緑内障(図2d)を発症し,2014年1月の当科再診時にはすでに右眼は失明していた.この際,右眼は強い角膜浮腫と前房内にニボー形成を伴う前房出血,ぶどう膜外反,虹彩ルベオーシスを認め,眼圧は34mmHgで眼底は透見できなかった.左眼の硝子体混濁は消失し,網膜は軽度に萎縮がみられるものの滲出斑もなかった.このことから悪性リンパ腫については寛解していると判断した.左眼の矯正視力は1.2であった.〔症例3〕76歳,女性.初診日:2008年2月4日.主訴:右眼の視力低下.既往歴:副鼻腔炎.現病歴:右眼の視力低下を主訴に近医眼科を受診し,右眼の白内障を指摘されていた.2008年2月に白内障手術目的に当科へ紹介された.初診時所見:視力は右眼0.03(0.3×sph.4.50D(cyl.2.25DAx45°),左眼0.9(1.2×sph+0.75D(cyl.1.00DAx120°),右眼は後.下混濁を伴う白内障,左眼は軽度の白内障があったが,眼底は両眼ともに異常所見を認めなかった.経過:2008年5月に右眼の白内障手術を施行し,術後右眼の矯正視力は1.0に回復した.2012年4月,急に左眼の視力低下を自覚し,左眼の矯正視力は0.4に低下した.中心(131)フリッカー値の低下(22Hz),Mariotte盲点の拡大(図3a),視神経乳頭の発赤・腫脹(図3b)を認めたため,左眼特発性視神経炎と診断した.副鼻腔炎を併発していたことから,その増悪を危惧して大量ステロイド療法は回避し,トリアムシノロンアセトニドのTenon.下注射を施行した.その後,視神経乳頭の発赤・腫脹は速やかに消失し,左眼の矯正視力は0.8に回復した.2012年7月に,右眼の硝子体混濁による視力低下(矯正視力0.5)を認めた.トリアムシノロンアセトニドのTenon.下注射を行い,硝子体混濁は速やかに消失し,矯正視力1.0に回復した.2013年3月に右眼硝子体混濁と特徴的な網膜下黄白色滲出斑の出現を認めた.これまでにステロイドに反応する硝子体混濁がありぶどう膜炎として治療したが,典型的所見を認めたことから,原発性眼内悪性リンパ腫を強く疑った.右眼の矯正視力は0.1まで低下していたこと,息子が身体障害者で世話をみる必要があったことから,速やかな視力回復と診断確定が必要であり,2013年3月12日に右眼の硝子体切除術および硝子体細胞診,網膜下生検を施行した.細胞診,組織診ともにクラスIIであった.一方,左眼はとくに硝子体混濁や網膜病変がみられなかった.左眼の矯正視力は0.4に低下していたが,白内障によるものと考えられたため,このときには白内障手術のみを行い,症状は改善した.2013年6月,左眼の硝子体混濁による視力低下を認め,左眼硝子体切除術および硝子体細胞診,網膜下生検(図3c)を施行した.細胞診はクラスIVであった.網膜下生検で採取した組織のHE染色では,腫瘍壊死および核不整が強い大型リンパ球を認め(図3d),免疫染色では,CD10,20,79a陽性,CD3,5陰性であった(図3e).以上から,びまん性大細胞型Bリンパ球悪性リンパ腫と確定診断した.2013年7月に網膜下生検部にできた網膜欠損部の周囲に腫瘍細胞が増殖し,網膜裂孔が再開し,左眼の裂孔原性網膜.離を発症した.そのため,2013年7月25日に左眼硝子体手術+シリコーンオイルタンポナーデを施行し,網膜は復位した.血液腫瘍内科と協議した結果,局所療法は行わず,2013年8月から関連病院で全身化学療法(R-CHOP)が開始された.化学療法後,両眼とも徐々に眼底の滲出斑は消失し,強い網脈絡膜萎縮を残して,眼内悪性リンパ腫は寛解した(図3f).右眼視力は20cm指数弁,左眼視力は眼前手動弁と視力は不良となった.II考按眼内悪性リンパ腫は臨床像が非特異的なぶどう膜炎として治療されることが多い.以前までは稀な疾患として考えられてきたが,診断技術などの進歩により,近年その頻度は上昇傾向にある.2001年では眼内悪性リンパ腫はぶどう膜炎全体の1%を占めたが,2009年には全体の2.5%との報告がある6).眼内悪性リンパ腫は中枢神経で発生する全身性悪性リあたらしい眼科Vol.32,No.5,2015741 742あたらしい眼科Vol.32,No.5,2015(132)abcdeeeff図3症例3a:左眼Goldmann動的視野検査(2012年4月19日).Mariotte盲点の拡大を認めた.b:左眼視神経炎発症時の眼底写真(2012年4月19日).視神経乳頭の発赤腫脹を認めた.c:左眼網膜下生検部の眼底写真(2013年6月11日).眼内レーザーで囲まれた中央の組織を生検した.d:左眼網膜下生検時の組織診(HE染色所見).腫瘍壊死および核不整が強い大型リンパ球を認めた.e:同(免疫染色所見).CD10,20,79陽性であった.f:全身化学療法後半年後の両眼眼底写真.硝子体混濁,滲出斑は消失した.(132)abcdeeeff図3症例3a:左眼Goldmann動的視野検査(2012年4月19日).Mariotte盲点の拡大を認めた.b:左眼視神経炎発症時の眼底写真(2012年4月19日).視神経乳頭の発赤腫脹を認めた.c:左眼網膜下生検部の眼底写真(2013年6月11日).眼内レーザーで囲まれた中央の組織を生検した.d:左眼網膜下生検時の組織診(HE染色所見).腫瘍壊死および核不整が強い大型リンパ球を認めた.e:同(免疫染色所見).CD10,20,79陽性であった.f:全身化学療法後半年後の両眼眼底写真.硝子体混濁,滲出斑は消失した. 表1症例のまとめ悪性リンパ腫視力視力硝子体網膜下症例患眼の既往(初診時)(最終受診時)細胞診生検+右)1.2右)0.1右)クラスIV右)陽性1両眼(精巣)左)1.2左)0.4左)クラスII(術後,網膜発症)右)クラスII2両眼.右)0.9左)1.2右)光覚(.)左)1.2(2回目の手術でクラスIV右)陽性左)クラスII右)0.3右)20cm指数弁右)クラスII左)陽性3両眼.左)1.2左)眼前手動弁左)クラスIV(術後,網膜発症)ンパ腫が眼内転移したものと,眼・中枢神経系原発悪性リンパ腫の2群に大別される7).全身性悪性リンパ腫の転移の場合はほとんどが眼窩,結膜下,涙腺など眼球外組織への播種であり,眼内への転移は18%の報告があり,比較的少ない8).また,眼・中枢神経系原発悪性リンパ腫では眼先行型が多く9),眼所見もステロイド薬により寛解する非特異的慢性ぶどう膜炎所見を呈するために,早期診断が非常にむずかしい.そのため,眼内悪性リンパ腫の確定診断には病理学的検索が必須である4).しかしながら,硝子体細胞診による検出率は決して高くない.本報告でも硝子体細胞診の陽性率は43%(7回中3回)に留まった.硝子体細胞診がむずかしい要因として,硝子体内の浸潤リンパ球に占める異型リンパ球がもともと少なく腫瘍細胞が壊死しやすい性質をもっていること,すでに投与されていたステロイド薬がリンパ球系細胞を融解し,腫瘍細胞の活性を低下させること,硝子体カッターによる吸引や標本作製過程で腫瘍細胞にアーチファクトを生じることが診断率を下げていると過去の文献でも述べられている3,10,11).また,組織診には経網膜的網膜下生検や経強膜的網脈絡膜生検があり10,12),本報告のように経網膜的網膜下生検で確定診断された報告はわが国では少ない10).おそらく,手技がむずかしいことや術後に網膜.離を生じる可能性が高いこと10)が理由として考えられる.実際に筆者らの症例の4眼中2眼(50%)で生検後に網膜.離を認めた.網膜.離を生じた原因としては,生検部位に腫瘍細胞が残存,増殖して裂孔が再開し(症例3),腫瘍細胞が分泌したさまざまなサイトカインによって,滲出性網膜.離を生じた可能性(症例1)が考えられた.今回の3症例のまとめを表1に示す.6眼中5眼において,最終視力が非常に不良であった.腫瘍浸潤が黄斑部に及んだ影響ならびに術後網膜.離を発症したことによるものと考えられた.このように硝子体細胞診での陽性率が低く,網膜下生検はリスクの高い診断方法と考えられることから,近年,眼内液中のサイトカイン(IL-10,IL-6)の測定,PCRによる免疫グロブリンH遺伝子再構成,フローサイトメトリーによる(133)B細胞のk/l比の変異などなどが補助診断として使われている5,13).補助診断の感度は83.100%と非常に高く,診断に有用な検査である2,14)が,過去には補助診断で偽陽性・偽陰性に出たケース2)も報告されており,補助診断が必ずしも眼内悪性リンパ腫の確実な診断方法ではない.本症例でも補助診断を併用して確定診断を行い,中枢神経系病変の合併率が高い,8)眼内悪性リンパ腫に対して,内科による全身治療を依頼する予定であった.しかし,臨床所見から眼内悪性リンパ腫の可能性が高いと判断をしても,当院の血液腫瘍内科は補助診断の偽陽性・陰性となるリスクをおそれて,硝子体生検による細胞診が陰性の場合はあくまで生検によって組織型が可能な限り判別できなければ全身治療を開始しないという治療方針であったために,患者治療費負担も考慮して行わなかった.また,症例2では化学療法中に血管新生緑内障を認め,失明という結果を招いた.Sullivan,松井らは眼内悪性リンパ腫から血管新生緑内障を発症した症例について報告15,16)しているが,これら2症例とも全身性の悪性リンパ腫が眼内に転移した症例であり,転移した悪性腫瘍細胞が強い前眼部炎症を誘発したことによるものと述べている.本症例のように眼・中枢神経系原発悪性リンパ腫による血管新生緑内障を発症した症例は非常に稀といえる.眼・中枢神経系原発悪性リンパ腫が眼内に新生血管を誘導することは一般的ではなく,悪性リンパ腫自身に血管新生能力が有するかどうかはわかっていないことから,本症例において血管新生緑内障を生じた原因は不明だが,血管内皮細胞増殖因子(VEGF)などの血管新生因子が腫瘍細胞から産生されていた可能性がある17).今回筆者らが経験したように,生検での確定診断はときとしてむずかしい.とくに網膜下生検は生検後に網膜.離を合併するリスクを伴う.その意味で今後はあえて硝子体細胞診での陽性率が44.5%5),網膜下生検での陽性率が50%18)と陽性率の高くない生検にこだわらず,問題点はあるものの,IL-10/IL-6比が1以上である確率が91.7%5),PCRによる免疫グロブリンH遺伝子再構成の検出率が80.6%5)と眼内悪性リンパ腫と診断できる感度が高い補助診断を積極的に活あたらしい眼科Vol.32,No.5,2015743 用するべきであると考える.こうした補助診断の有用性について共観する血液腫瘍内科医に働きかける一方で,細胞診・組織診そのものの確実性を高め,少しでも確実に陽性と判断して治療開始時期を早める必要がある.眼内のみの局所病変であれば,近年メソトレキセート,リツキシマブの硝子体腔内投与を行い,軽快した報告例19.21)も増えている.眼内のみの局所病変の症例では生検結果が陰性であっても,臨床経過および補助診断から眼内悪性リンパ腫がきわめて疑わしい状態で,全身の他部位に病変がないなら,積極的に局所治療を行ってみるのがよい.そうすれば,少しでも治療開始時期を早め,視力予後を改善することができると思われる.ただし,局所投与のみで軽快したとする報告例もある一方で,原発性眼内悪性リンパ腫では高頻度に中枢神経系病変を合併する9)といわれており,可能な限り予防的に全身化学療法を行って,生命予後の改善に努めていくことが重要であると思われる.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)SagooMS,MehtaH,SwampillaiAJetal:Primaryintraocularlymphoma.SurvOphthalmol59:503-516,20142)平形明人,稲見達也,斉藤真希ほか:眼内悪性リンパ腫における硝子体インターロイキン-10,インターロイキン6の診断的価値.眼紀54:820-826,20033)WhitcupSM,deSmetMD,RubinBIetal:Intraocularlymphoma.Clinicalandhistopathologicdiagnosis.Ophthalmology100:1399-1406,19934)太田亜紀,海老原伸行,平塚義宗ほか:眼内悪性リンパ腫診断における硝子体生検の重要性.日眼会誌110:588593,20065)KimuraK,UsuiY,GotoH:Clinicalfeaturesanddiagnosticsignificanceoftheintraocularfluidof217patientswithintraocularlymphoma.JpnJOphthalmol56:383389,20126)OhguroN,SonodaKH,TakeuchiMetal:The2009prospectivemulti-centerepidemiologicsurveyofuveitisinJapan.JpnJOphthalmol56:432-435,20127)後藤浩:眼内悪性リンパ腫─Intraocularlymphoma─.臨眼50:161-170,20088)CorriveauC,EasterbrookM,PayneD:Lymphomasimulatinguveitis(masuqueradesyndrome).CanJOphthalmol21:144-149,19869)木村圭介,後藤浩:眼内悪性リンパ腫28例の臨床像と生命予後の検討.日眼会誌112:674-678,200810)横田怜二,星和栄,堀田一樹:中枢神経系悪性リンパ腫眼内転移の確定診断に網膜下生検が有用であった1例.臨眼65:827-832,200711)CharDH,LjungBM,MillerTetal:Primaryintraocularlymphoma(ocularreticulumcellsarcoma)diagnosisandmanagement.Ophthalmology95:625-630,198812)田中麻以,後藤浩,竹内大ほか:眼内悪性リンパ腫の診断におけるサイトカイン測定の意義.眼紀52:392-397,199913)石井茂充,臼井嘉彦,松永芳径ほか:視神経乳頭炎と網膜血管炎を主徴とした眼内悪性リンパ腫の1例.日眼会誌115:910-915,201014)ChanCC,BuggageRR,NassemblattRB:Intraocularlymphoma.CurrOpinOphthalmol13:411-418,200215)松井敬子,鎌尾知行,安積淳:血管新生緑内障で初診した転移性眼内悪性リンパ腫の1例.日眼会誌109:434439,200716)SullivanSF,DallowRI:Intraocularreticulumcellsarcoma:Itsdramaticresponsetosystemicchemotherapyandangiogenicpotential.AnnOphthalmol9:401-406,197717)KimMK,SuhC,ChiHSetal:VEGFAandVEGFR2geneticpolymorphismsandsurvivalinpatientswithdiffuselargeBcelllymphoma.CancerSci103:497-503,201218)ShieldsJA,ShieldsCL,EhyaHetal:Fine-needleaspirationbiopsyofsuspectedintraoculartumors.Ophthalmology100:1677-1684,199319)FrenkelS,HendlerK,SiegalTetal:Intravitrealmethotrexatefortreatingvitreoretinallymphoma:10yearsofexperience.BrJOphthalmol92:383-388,200820)OhguroN,HashidaN,TanoY:Effectofintravitreousrituximabinjectionsinpatientswithrecurrentocularlesionsassociatedwithcentralnervoussystemlymphoma.ArchOphthalmol126:1002-1003,2008***(134)

眼内浸潤と脳播種を生じた眼窩先端部原発多クローン性リンパ増殖性腫瘍の1例

2015年5月31日 日曜日

《第48回日本眼炎症学会原著》あたらしい眼科32(5):733.737,2015c眼内浸潤と脳播種を生じた眼窩先端部原発多クローン性リンパ増殖性腫瘍の1例久保田大紀*1國重智之*1芹澤元子*1山口文雄*2濱田泰子*3福永景子*3山口博樹*3堀純子*1*1日本医科大学眼科*2日本医科大学脳神経外科*3日本医科大学血液内科ACaseofOrbitalApexPrimaryPolyclonalLymphoproliferativeTumorwhichCausedBrainSeedingandIntraocularInfiltrationDaikiKubota1),TomoyukiKunishige1),MotokoSerisawa1),FumioYamaguchi2),YasukoHamada3),KeikoFukunaga3),HirokiYamaguchi3)andJunkoHori1)1)DepartmentofOphthalmology,NipponMedicalSchool,2)3)DepartmentofHematology,NipponMedicalSchoolDepartmentofNeurologicalSurgery,NipponMedicalSchool,組織学的および遺伝子学的解析で多クローン性B細胞増殖を呈したが,眼窩から眼内浸潤と脳播種をきたし,臨床的には悪性リンパ腫を疑わせた1例を報告する.症例は43歳,男性.右眼の疼痛と視力低下を主訴に近医で特発性視神経炎と診断,ステロイドパルスで視力回復後,左眼の疼痛と視力低下が出現した.血漿交換まで施行したが,左眼は光覚消失となり日本医科大学眼科紹介受診した.MRI(磁気共鳴画像)で左眼窩先端部と海綿静脈洞に増強効果を認め,左眼網膜下黄白色病変が出現した.硝子体生検はIL-10/IL-6比1以下,B細胞遺伝子再構成PCR(polymerasechainreaction)で多クローン性B細胞増殖を認めた.デキサメタゾン全身投与と放射線療法で眼病変は沈静化したが,左側頭葉播種性病変が出現した.脳生検も多クローン性B細胞増殖組織であったが,臨床経過より悪性リンパ腫を考え,メトトレキセート全身投与ならびに全脳照射を行った.悪性リンパ腫の確定診断に至らなかった理由は,腫瘍反応リンパ球浸潤や頻回治療による浸潤細胞数減少などが考えられた.Wereportacaseofpolyclonallymphoproliferativetumorintheorbitalapexwithsubsequentdevelopmentofintraocularinfiltrationandmetastasisseedinginthebrain.A43-year-oldmanpresentedcomplainingpainandlossofvisioninhisrighteye.Hehadpreviouslybeendiagnosedwithidiopathicopticneuritisatanearbyclinic.Hewastreatedatthatfacilitywithsteroidpulsetherapy,yetheexperiencedpainandlossofvisioninhislefteyepainposttreatment.Althoughadditionalplasmaexchangewasperformed,helostlightperceptioninhislefteyeandhewassubsequentlyreferredtoourdepartment.Examinationbymagneticresonanceimagingrevealedanenhancingeffectinthecavernoussinusandleftorbitalapex.Fundusexaminationrevealedthegrowthofyellowish-whitesubretinallesions.Polymerasechainreaction-basedB-cellgenerearrangementanalysisdemonstratedpolyclonalB-cellproliferationofvitreouslymphocytes.Followingtreatmentwithradiationtherapyandadministrationofsystemicdexamethasone,disseminatedlesionsappearedonthepatientAfslefttemporallobe.HistologicalexaminationofthebraintissuerevealedpolyclonalB-cellproliferation.Wehypothesizedthatthemalignantlymphomawasthemostprobablecandidatefromtheclinicalcourse,sowetreatedthepatientwithadministrationofsystemicmethotrexateandwholebrainradiationtherapy.Thereactivelymphocyteproliferationofthetumorandfrequentsystematictreatmentinthiscasemayhaveinfluencedthemonoclonalityofthelymphocytesandcomplicatedthediagnosis.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)32(5):733.737,2015〕Keywords:眼窩原発悪性リンパ腫,眼内浸潤,脳内播種,多クローン性B細胞増殖性腫瘍,IL-10/IL6比.orbitalprimarymalignantlymphoma,intraocularinfiltration,brainseeding,polyclonallymphoproliferativetumor,IL-10/IL-6ratio.〔別刷請求先〕久保田大紀:〒270-1613千葉県印西市鎌刈1715日本医科大学千葉北総病院眼科Reprintrequests:DaikiKubota,M.D.,DepartmentofOphthalmology,NipponMedicalSchool,ChibaHokusouHospital,1715Kamagari,Inzai,Chiba270-1613,JAPAN0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(123)733 はじめに眼窩原発悪性リンパ腫は,non-Hodgkinリンパ腫全体のなかで1%とまれな疾患であり1.5),高頻度に眼窩外病変を後に合併する6).組織学的には眼窩原発症例の約85%がB細胞リンパ腫であり,確定診断にはモノクローナルなB細胞増殖を認める必要がある.今回モノクローナルなリンパ球増殖を認めなかったが,臨床上眼窩原発悪性リンパ腫がもっとも疑わしい症例を経験したので報告する.I症例患者:43歳,男性.主訴:左眼の疼痛と視力低下.既往歴:特記事項なし.現病歴:2011年8月右眼の疼痛と視力低下を自覚し近医受診した.特発性視神経炎の診断でステロイドパルス療法を行い,矯正視力1.2まで改善したが,ついで左眼に疼痛と視力低下が出現した.多発性硬化症や視神経脊髄炎が疑われたが,MRI(磁気共鳴画像)で特異的所見はなく,抗アクアポリン4抗体も陰性であった.ステロイドパルス療法および血ab漿交換療法が行われたが,寛解と増悪を繰り返し,左眼は光覚消失し,強膜炎も出現したため,精査目的に2013年3月当科紹介受診となった.初診時所見:視力は右眼1.2(n.c.),左眼は光覚消失.眼圧は右眼10mmHg,左眼18mmHgであった.左眼の前眼部はびまん性の強い結膜充血および強膜血管が拡張し(図1a),眼底は視神経乳頭蒼白であった.右眼は前眼部,中間透光体,眼底ともに正常所見であった.血液検査は,CH50(補体価):60U/ml以上と上昇したが,ほかはCRP(C反応性蛋白):0.08mg/dl,可溶性IL-2レセプター:110U/ml,LDH(乳酸脱水素酵素):155IU/l,抗リウマチ因子:40倍未満,抗核抗体:40倍未満と明らかな異常所見は認めなかった.同様にIgG4:26mg/dlは上昇しておらず,血液データ上特定の疾患を疑うものはなかった.MRI画像は,造影T1強調画像にて,左眼窩先端部から視神経鞘周囲,眼球壁にかけて増強効果を認めた(図2).初診時診断/治療:左眼窩炎症性偽腫瘍とそれに随伴する左眼のびまん性強膜炎と診断した.前医でステロイドパルス療法が低反応であったことと,患者がステロイド投与を拒否図1左眼前眼部写真a:初診時.びまん性の強膜血管の拡張を認めた.b:初期治療開始後50日目.充血および血管拡張の改善を認めた.図3左眼眼底写真a:デキサメタゾン開始前.硝子体混濁および網膜下白色病変を認めた.b:デキサメタゾン/放射線治療後15日目.網膜下図2初診時MRI(造影T1強調画像)白色病変は消失した.左眼窩先端部から眼球壁にかけて増強効果を認めた.ab734あたらしい眼科Vol.32,No.5,2015(124) b1b1abしたことを考慮し,シクロスポリン150mg/日(2.5mg/kg)とロキソプロフェン120mg/日の内服や0.1%タクロリムス点眼5回/日,0.1%ベタメタゾン点眼4回/日およびトリアムシノロン結膜下注射4mg/回を施行した.経過:初期治療開始後50日目にて左眼の強膜炎は著明に改善したが(図1b),一方,左眼底に硝子体混濁と網膜下白色病変が出現した(図3a).MRI画像では,造影T1強調画像で,眼球壁および視神経鞘周囲の増強効果は軽快したが,新たに海綿静脈洞領域に増強効果を認めた(図4a1,a2).さらに右眼Goldmann視野計で耳側半盲が出現し,海綿静脈洞領域の圧迫浸潤が示唆された(図5a).眼窩先端部原発の悪性リンパ腫を疑い,硝子体生検を施行した結果,細胞診はclassIIInflammatorychange,IL-6:6.70×103pg/mlと上昇したが,IL-10:検出限界以下,IL-10/IL-6比:1以下,感染性抗原はEB(Epstein-Barr)ウイルスを含め陰性であった.B細胞遺伝子再構成PCR(polymerasechainreaction)は複数のバンドを検出し,多クローン性B細胞増殖を認めた.急な増悪を示す臨床経過,MRI画像,眼底所見より左眼窩先端部原発多クローン性リンパ増殖性腫瘍と診断し,確定診断には至らなかったが悪性リンパ腫を疑った.血液内科,放射線科と連携し,デキサメタゾン120mg×3set,メトトレキサート6,100mg×2setの全身投与,眼窩および海綿静脈洞領域に対し放射線治療total5Gyを施行した.治療は奏効し,透見上左眼底の白色病変は消失(図3b),MRI上も眼窩先端部および海面静脈洞部の増強効果は減弱していった(図4b).同様に右眼Goldmann視野計で耳側半盲が著明に改善した(図5b).しかし,デキサメタゾン,メトトレキサートおよび放射線治療開始後61日目の時点で,MRI画像で左側頭葉に不均一な増強効果を認め,脳内播種病変が示唆された(図4c).そのため,脳神経外科にて開頭腫瘍摘出術施行し,病理組織診断を施行したところ,高度な壊死組織の中にCD20陽性のB細胞浸潤を認めたが(図6),浸潤細胞数が少なく悪性リンパ腫の確定診断には至らなかった.治療は,脳内播腫性病変に対して全脳照射を施行したが奏効せず,2014年7月5日現在,rituximabおよびHDAC(High-DoesAraC)療法中である.a1a2c1図4MRI画像(造影T1強調画像)a1,a2:デキサメタゾン開始前.初期治療にて眼球壁および視神経鞘周囲の増強効果は軽快したが,新たに海綿静脈洞領域に増強効果を認めた.b1:デキサメタゾン/放射線療法後49日目.海綿静脈洞部の増強効果は改善を認めた.c1:デキサメタゾン/メトトレキサート/放射線療法後61日目.左側頭葉に不均一な増強効果を認め,脳内播種病変が示唆された.図5右眼Goldmann視野計a:デキサメタゾン開始前.耳側半盲が出現し,海綿静脈洞領域の圧迫浸潤が示唆された.b:デキサメタゾン/メトトレキサート/放射線療法後190日目.耳側半盲の著明な改善を認めた.(125)あたらしい眼科Vol.32,No.5,2015735 図6脳組織染色像左:HE(ヘマトキシリン・エオジン)染色,リンパ球が認められたが,大部分は高度な壊死組織像を呈していた.右:免疫組織化学染色(抗CD20抗体).CD20陽性細胞Bリンパ球を認めたが,浸潤細胞数は少なく,Tリンパ球も混在していた(20倍).II考按眼窩腫瘤のうち,リンパ増殖性病変は55%を占め7,8),組織学的には良性反応性リンパ過形成から悪性リンパ腫までが含まれる.組織学的に悪性が示唆されても,自然経過あるいはステロイド投与後経過として退縮するものもあり,良性が示唆されても数年後に悪性リンパ腫として現れるものもあり,臨床の経過はさまざまである9.11).悪性リンパ腫の場合,眼窩原発性はnon-Hodgkinリンパ腫全体のなかで1%とまれな疾患であり1),高頻度に眼窩外病変を後に合併する6).確定診断はモノクローナルなリンパ球増殖を認める必要がある.本症例では,組織学的および遺伝子学的解析にて多クローン性B細胞増殖を認め,悪性リンパ腫の確定診断には至らなかったが,眼内浸潤および脳内播種した経過から,臨床的には悪性のリンパ増殖性腫瘍であり,眼窩原発悪性リンパ腫がもっとも疑われた.眼内悪性リンパ腫が疑われる場合,硝子体のIL-10とIL-6の濃度測定を行うことは有力な補助検査の一つである12.14).IL-10は悪性リンパ腫以外では100pg/ml以下の低値であることがほとんどであり,IL-10/IL-6比が1以上の場合,とくに悪性リンパ腫を強く疑うことができる.本症例ではIL-10は検出限界以下,IL-10/IL-6比は1以下であったため,悪性リンパ腫の確定診断には至らなかった.本症例は眼窩を原発とし,眼内浸潤および脳内播種したが,組織学的および遺伝子学的解析では多クローン性B細胞増殖を認めるに留まった.しかし,臨床の経過からは,悪性のリンパ増殖性腫瘍を考え,眼窩原発悪性リンパ腫に準じた治療を行った.悪性リンパ腫の確定診断に至らなかった理由として,腫瘍への反応性リンパ球浸潤の存在やステロイド薬および血漿交換による浸潤細胞数の減少や変性を含めた影響が考えられた.このように,リンパ増殖性病変は,多様な臨床経過から確定診断に苦慮することがある.本症例は,眼窩原発性悪性リンパ腫の確定診断に至らなかった1例であった.736あたらしい眼科Vol.32,No.5,2015(126) 利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)FitzpatrickPJ,MackoS:Lymphoreticulartumorsoftheorbit.IntJRadiatOncolBiolPhysics10:333-340,19842)LazzarinoM,MorraE,RossoRetal:Clinicopathologicandimmunologiccharacteristicsofnon-Hodgkin’slymphomaspresentingintheorbit.Areportofeightcases.Cancer55:1907-1912,19853)LiangR,LokeSL,ChiuE:Aclinico-pathologicalanalysisofseventeencasesofnon-Hodgkin’slymphomainvolvingtheorbit.ActaOncol30:335-338,19914)BaireyO,KremerI,RakowskyEetal:Orbitalandadnexalinvolvementinsystemicnon-Hodgkin’slymphoma.Cancer73:2395-2399,19945)AhmedS,ShahidRK,SisonCPetal:Orbitallymphomas:aclinicopathologicstudyofararedisease.AmJMedSci331:79-83,20066)BolekTW,MoysesHM,MarcusRBJretal:Radiotherapyinthemanagementoforbitallymphoma.IntJRadiatOncolBiolPhys44:31-36,19997)MargoCE,MullaZD:Malignanttumorsoftheorbit.AnalysisoftheFloridaCancerRegistry.Ophthalmology105:185-190,19988)ValvassoriGE,SabnisSS,MafeeRFetal:Imagingoforbitallymphoproliferativedisorders.RadiolClinNorthAm37:135-150,19999)CouplandSE,HummelM,SteinH:Ocularadnexallymphomas:fivecasepresentationsandareviewoftheliterature.SurvOphthalmol47:470-490,200210)CockerhamGC,JakobiecFA:Lymphoproliferativedisordersoftheocularadnexa.IntOphthalmolClin37:39-59,199711)尾尻博也:悪性リンパ腫節外病変(眼窩病変)の画像所見と臨床.耳鼻咽喉科展望51:169-171,200812)ChanCC,WhitcupSM,SolomonDetal:Interleukin-10inthevitreousofpatientswithprimaryintraocularlymphoma.AmJOphthalmol120:671-673,199513)WhitcupSM,Stark-VancsV,WittesREetal:Associationofinterleukin10inthevitreousandcerebrospinalfluidandprimarycentralnervoussystemlymphoma.ArchOphthalmol115:1157-1160,199714)平形明人,稲見達也,斎藤真紀ほか:眼内悪性リンパ腫における硝子体内インターロイキン-10,インターロイキン-6の診断的価値.日眼会誌108:359-367,2004***(127)あたらしい眼科Vol.32,No.5,2015737

Good症候群に合併したサイトメガロウイルス網膜炎の1例

2015年5月31日 日曜日

《第48回日本眼炎症学会原著》あたらしい眼科32(5):729.732,2015cGood症候群に合併したサイトメガロウイルス網膜炎の1例林勇樹*1江川麻理子*1宮本龍郎*1三田村佳典*1木下導代*2武田美佐*2*1徳島大学大学院ヘルスバイオサイエンス研究部眼科学分野*2徳島県立中央病院ACaseofGoodSyndromeComplicatedwithCytomegalovirusRetinitisYukiHayashi1),MarikoEgawa1),TatsuroMiyamoto1),YoshinoriMitamura1),MichiyoKinoshita2)andMisaTakeda2)1)DepartmentofOphthalmology,InstitutionofHealthBioscience,TheUniversityofTokushimaGraduateSchool,2)TokushimaPrefecturalCentralHospitalGood症候群は胸腺腫に低ガンマグロブリン血症を伴い,免疫不全をきたす稀な疾患である.Good症候群にサイトメガロウイルス(CMV)網膜炎を合併した1例を報告する.症例は59歳,男性.2カ月前から右眼視力低下が進行し,汎ぶどう膜炎の精査のため紹介となった.2週間前に胸腺摘出術を施行されていた.初診時視力は右眼(0.01),左眼(1.5),右眼に前房炎症,虹彩後癒着,硝子体混濁を認め,顆粒状の網膜滲出斑が眼底後極部に及んでいた.前房水PCRでCMV陽性でありCMV網膜炎と診断した.ガンシクロビル点滴および硝子体注射により病変は改善傾向となったが,内科で免疫グロブリンを定期投与された翌日に著明な硝子体混濁の悪化を繰り返した.さらに硝子体出血も生じ改善がないため硝子体手術を施行し炎症は沈静化した.免疫グロブリン投与により免疫回復ぶどう膜炎を生じたと考えられた.Goodsyndromeisararetypeofimmunodeficiencycharacterizedbyhypogamma-globulinaemiaandthymoma.WereportacaseofGoodsyndromecomplicatedwithcytomegalovirus(CMV)retinitis.A59-year-oldmalepresentedwithvisuallossinhisrighteyefor2months.Hehadundergonethymectomy2-weekspreviously,andwasreferredtoourhospitalforadetailedexaminationofpanuveitis.Hisbest-correctedvisualacuitywas0.01ODand1.5OS.Slit-lampexaminationshowedsevereiritisandposteriorsynechia.Fundusexaminationshowedvitreousopacityandgranularretinitisspreadingintotheparafovea.SincethefindingsbypolymerasechainreactionanalysisofhisaqueoushumorwereCMVpositive,hewasdiagnosedwithCMVretinitis.Theocularfindingswereimprovedbyintravenousandintravitrealinjectionofganciclovir.However,severevitreousopacityrecurredafterintravenousadministrationofimmunoglobulin.Duetothedevelopmentofvitreoushemorrhage,avitrectomywasperformed,andtheretinitissubsided.Ourfindingssuggestthatimmunerecoverypostuveitiswasinducedbyintravenousimmunoglobulintherapy.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)32(5):729.732,2015〕Keywords:サイトメガロウイルス網膜炎,Good症候群,免疫グロブリン静脈内投与,免疫回復ぶどう膜炎.cytomegalovirusretinitis,Goodsyndrome,intravenousadministrationofimmunoglobulin,immunerecoveryuveitis.はじめにGood症候群は胸腺腫に低ガンマグロブリン血症を伴い免疫不全をきたす稀な疾患であるが,Good症候群に合併したサイトメガロウイルス(cytomegalovirus:CMV)網膜炎の報告は少ない1.4).近年,後天性免疫不全症候群(acquiredimmunodeficiencysyndrome:AIDS)患者に対して多剤併用療法(highlyactiveantiretroviraltherapy:HAART)導入後に眼内炎症が悪化することが知られ,免疫回復ぶどう膜炎(immunerecoveryuveitis:IRU)とよばれる5).AIDS以外においても臓器移植後や悪性腫瘍に対する抗癌剤投与中にIRUを生じた報告も散見されるが6,7),その正確な機序は不明である.今回,Good症候群に合併したCMV網膜炎において,定期的な免疫グロブリン点滴によりIRUと考えられる眼内炎症悪化を繰り返した1例を経験したので報告する.〔別刷請求先〕林勇樹:〒770-8503徳島市蔵本町3-18-15徳島大学大学院ヘルスバイオサイエンス研究部眼科学分野Reprintrequests:YukiHayashi,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,InstituteofHealthBiosciences,TheUniversityofTokushimaGraduateSchool,3-18-15Kuramoto-cho,Tokushima770-8503,JAPAN0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(119)729 I症例患者:59歳,男性.主訴:右眼の視力低下,飛蚊症.既往歴:半年前より肺炎による発熱を繰り返し,近医内科にて低ガンマグロブリン血症および胸腺腫を指摘された.Good症候群と診断され,2週間前に近医外科にて拡大胸腺摘出術を施行されていた.家族歴:特記すべきことなし.現病歴:2カ月前より右眼視力低下を,1カ月前から飛蚊症を自覚した.近医眼科で右汎ぶどう膜炎を指摘され,精査加療のため10月23日に当科に紹介となった.初診時所見:視力は右眼0.01(矯正不能),左眼1.0(1.5×+0.5D(cyl.1.25DAx90°),眼圧は右眼12mmHg,左眼13mmHg,右眼前眼部には色素性の角膜後面沈着物と虹彩後癒着,強い虹彩炎を認めた.右眼眼底は高度の硝子体混濁を認め(図1a),顆粒状病変を伴う滲出病変が周辺網膜から黄斑部まで及んでおり,網膜出血も認めた.左眼は前眼部,中間透光体,眼底とも異常を認めなかった.フルオレセイン蛍光眼底造影検査では硝子体混濁のため血管炎の有無は明らかでなかった.光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT)では黄斑部に斑状のやや高輝度の病巣と網膜表面の不整を認め,中心窩近傍までの浸潤が疑われた(図1b).ab血液検査所見:白血球4,800/μl,CD4陽性Tリンパ球は407/μl(基準値344/μl以上),CD4/CD8比は0.6(基準値0.6.2.4)であった.IgGは613mg/dl,IgAは2mg/dl,IgMは1mg/dlと免疫グロブリンの低下を認めた.血中CMV抗原は陰性であった.経過:眼所見および免疫不全が背景にあり経過が比較的長いことからCMV網膜炎を疑い,前房水を採取しpolymerasechainreaicon(PCR)検査に提出した.病変が黄斑部まで及んでおり緊急性が高いと考え,10月24日にガンシクロビル(GCV)の硝子体注射(500μg/0.1ml)を施行した.翌日には硝子体混濁は軽減し,右眼矯正視力は(0.3)に回復した.同日よりGCV点滴(570mg/日)も開始した.しかし,10月29日に内科で免疫グロブリン15gを点滴投与された翌日に,右眼矯正視力は(0.07)と低下し硝子体混濁悪化を認めた.11月5日に前房水PCRの結果が判明し,CMVDNAが検出された.11月13日よりバルガンシクロビル(VGCV)内服(900mg/日)に変更した.11月19日には右眼矯正視力(0.5)と回復していたが,同日の免疫グロブリン点滴後に再度硝子体混濁が悪化し,11月22日には右眼矯正視力は指数弁まで低下した.さらに硝子体出血も生じ,硝子体混濁と出血が改善しないため,12月20日に25ゲージ硝子体手術+空気タンポナーデを施行,超音波乳化吸引術+眼内レンズ挿入術も併用した.手術中に採取した硝子体液のab図1初診時の右眼所見a:初診時の右眼眼底写真.高度の硝子体混濁を認める.b:初診時の右眼OCT(垂直断).黄斑部に斑状のやや高輝度の病巣と網膜表面の不整を認める.図28カ月後の右眼所見a:8カ月後の右眼眼底写真.黄斑前膜を認める.b:8カ月後の右眼OCT(垂直断).網膜浸潤は改善している.730あたらしい眼科Vol.32,No.5,2015(120) PCRでもCMV-DNAが検出された.手術後は免疫グロブリン点滴後も炎症の再燃は認めていない.視神経乳頭鼻側の網膜に新生血管を認めたため,翌年の2月10日に網膜光凝固術を施行した.その後はVGCV内服を漸減し,VGCV(450mg)を3日に1回投与の少量維持療法としている.初診から8カ月後の現在,右眼の矯正視力は(0.4),眼底およびOCTにて黄斑前膜は認めるが網膜炎は沈静化している(図2a,b).II考按Good症候群は胸腺腫に低ガンマグロブリン血症を伴う疾患として1954年にGoodらにより報告された.体液性免疫および細胞性免疫が障害され,CD4陽性Tリンパ球の減少,CD4/CD8比の低下がみられる.副鼻腔や肺などの感染症を繰り返すが,胸腺摘出によっても免疫不全は解消されないため,定期的な免疫グロブリンの投与が必要である2,3).CMV網膜炎はおもにAIDSなどの免疫不全患者において,潜伏していたCMVが再活性化され日和見感染症として発症する.網膜に特徴的な顆粒状滲出斑を生じるが,前房や硝子体内の炎症所見は軽微であることが多い.一方,免疫低下が軽度な患者におけるCMV網膜炎では,典型的なCMV網膜炎の臨床像とは異なり,前房や硝子体に強い炎症がみられる場合がある8).本症例ではCD4陽性Tリンパ球は正常範囲にあり,免疫能が比較的保たれていたため,虹彩後癒着をきたすほどの強い虹彩炎と高度の硝子体混濁を生じたと考えられる.過去にGood症候群に合併したCMV網膜炎の報告は数例しかない1.4).AIDSと比較すると免疫低下が軽度なため,なかには比較的活動性のある網膜炎を認める例もあるが1,2),硝子体の炎症は軽度から中程度にとどまる報告が多い1.4).同じGood症候群のCMV網膜炎でも,免疫能の状態により硝子体の炎症には差異がある.IRUはCMV網膜炎の罹患のあるAIDS患者において,HAART導入によりCD4陽性Tリンパ球が増加し免疫機能が回復する過程に生じるぶどう膜炎として報告された5).臨床所見としては,硝子体の炎症を主体とし,黄斑前膜,黄斑浮腫,網膜新生血管を続発することがある5).IRUの詳細な機序は不明であるが,細胞性免疫の回復により,リンパ球が眼内に残存するCMV抗原に対して過剰な免疫反応を引き起こすためと考えられている9).また,AIDS以外でも臓器移植後や自己免疫疾患に対する免疫抑制剤投与,悪性腫瘍に対する抗癌剤投与中の免疫回復過程でIRUは生じうる6,7).本症例では,免疫グロブリン点滴投与により明らかに硝子体混濁が悪化しており,IRUと類似の機序によりぶどう膜炎が増悪したと考えられた.CMV網膜炎のみでは黄斑前膜を生じることは稀であり9),本症例で黄斑前膜や網膜新生血管が形成されたこともIRUの所見と一致する.過去の報告では,IRUに合併した黄斑前膜の組織学的検査において,Tリンパ球優位のリンパ球浸潤を認めることから,細胞性免疫による免疫反応がIRUの発症機序として推測されている9).しかしながら,本症例では免疫グロブリン投与により眼内炎症が悪化しており,IRU発症機序には体液性免疫も関与している可能性がある.また,IRUでは免疫回復に伴い硝子体の炎症悪化を認めるが9),今回のようにIRUによる硝子体の炎症悪化が複数回繰り返される例は稀である.CMV網膜炎の治療は抗ウイルス薬の全身投与が第一選択であり,骨髄抑制や腎障害のため全身投与が困難な場合や,病変が後極部に及ぶ場合には硝子体内投与を考慮する.萎縮網膜に裂孔を生じ網膜.離を合併した場合には硝子体手術が必要となる.IRUの治療は確立されていないが,ステロイドの全身投与や眼局所投与が報告されており10),黄斑前膜や黄斑浮腫を生じた場合には硝子体手術が施行されている7,9).今回の硝子体混濁の原因は,免疫能低下が軽度のためCMV網膜炎自体によって引き起こされた炎症に加えて,IRUによる硝子体の炎症悪化が重なったと考えられる.硝子体手術によって炎症の場である硝子体を除去することで,免疫グロブリン投与による眼内炎症の再燃を防ぐことができた.CMV網膜炎やIRUにおいて硝子体混濁が強い場合には,早期の硝子体手術が有効であると思われた.免疫グロブリン療法は,低ガンマグロブリン血症などの免疫不全疾患の標準的治療であり,多くの自己免疫疾患の治療にも使用されている11).本症例のように軽度免疫低下があるなかで免疫グロブリン療法を施行される例はそう珍しいことではない.免疫グログリン製剤は感染予防や免疫調節作用などの多くの利点があるが,免疫グロブリン投与によりIRUを発症し視力障害を生じうることは十分に認識しておく必要がある.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)AssiAC,LightmanS:Clinicopathologicreports,casereports,andsmallcaseseries:cytomegalovirusretinitisinpatientswithGoodsyndrome.ArchOphthalmol120:510-512,20022)SenHN,RobinsonMR,FischerSH:CMVretinitisinapatientwithgoodsyndrome.OculImmunolInflamm13:475-478,20053)PopielaM,VarikkaraM,KoshyZ:CytomegalovirusretinitisinGoodsyndrome:casereportandreviewofliterature.BMJCaseRep.bcr02.1576,20094)ParkDH,KimSY,ShinJP:BilateralcytomegalovirusretinitiswithunilateralopticneuritisinGoodsyndrome.JpnJOphthalmol54:246-248,2010(121)あたらしい眼科Vol.32,No.5,2015731 5)KaravellasMP,LowderCY,MacdonaldCetal:Immunerecoveryvitritisassociatedwithinactivecytomegalovirusretinitis:anewsyndrome.ArchOphthalmol116:169175,19986)KuoIC,KempenJH,DunnJPetal:Clinicalcharacteristicsandoutcomesofcytomegalovirusretinitisinpersonswithouthumanimmunodeficiencyvirusinfection.AmJOphthalmol138:338-346,20047)BakerML,AllenP,ShorttJetal:ImmunerecoveryuveitisinanHIV-negativeindividual.ClinExperimentOphthalmol35:189-190,20078)SchneiderEW,ElnerSG,vanKuijkFJetal:Chronicretinalnecrosis:cytomegalovirusnecrotizingretinitisassociatedwithpanretinalvasculopathyinnon-HIVpatients.Retina33:1791-1799,20139)KaravellasMP,AzenSP,MacDonaldJCetal:ImmunerecoveryvitritisanduveitisinAIDS:clinicalpredictors,sequelae,andtreatmentoutcomes.Retina21:1-9,200110)MorrisonVL,KozakI,LaBreeLDetal:Intravitrealtriamcinoloneacetonideforthetreatmentofimmunerecoveryuveitismacularedema.Ophthalmology114:334-339,200711)KaveriSV,MaddurMS,HegdePetal:Intravenousimmunoglobulinsinimmunodeficiencies:morethanmerereplacementtherapy.ClinExpImmunol164(Suppl2):2-5,2011***732あたらしい眼科Vol.32,No.5,2015(122)

水痘罹患後に再発性角膜ぶどう膜炎を呈した小児の1例

2015年5月31日 日曜日

《第48回日本眼炎症学会原著》あたらしい眼科32(5):725.728,2015c水痘罹患後に再発性角膜ぶどう膜炎を呈した小児の1例松島亮介鈴木潤臼井嘉彦坂井潤一後藤浩東京医科大学臨床医学系眼科学分野ACaseofRecurrentKeratouveitisthatDevelopedafterChickenpoxinaYoungGirlRyosukeMatsushima,JunSuzuki,YoshihikoUsui,Jun-ichiSakaiandHiroshiGotoDepartmentofOphthalmology,TokyoMedicalUniversityHospital水痘帯状ヘルペスウイルス(VZV)感染後に角膜ぶどう膜炎を繰り返した小児の1例を報告する.症例は7歳の女児.右眼の充血を主訴に来院し,初診時の右眼矯正視力は0.9,右眼眼圧は29mmHgで,前房内に軽度の炎症細胞がみられたが角膜後面沈着物はなく,眼底にも異常はなかった.2カ月前に水痘に罹患し,その後も微熱が続いていた.1週間後に豚脂様角膜後面沈着物,角膜浮腫および線維素の析出を伴う前部ぶどう膜炎が出現し,右眼視力は0.02に低下した.このときの前房水中ウイルスDNAの検索の結果は陰性であったが,2週間後に再検したところVZVDNAが検出されたためバラシクロビルの内服を開始した.以後2回にわたり前房内炎症が再燃した.輪状の角膜上皮下混濁が残存しているものの,矯正視力は1.2を維持している.角膜ぶどう膜炎を繰り返した小児例の診断と治療に,複数回にわたる前房水を用いたウイルスDNAの検出が有用であった.Wereportacaseofrecurrentjuvenilekeratouveitisfollowingvaricellazostervirus(VZV)infection.A7-yearoldgirlpresentedwithhyperemiainherrighteye.Shehadcontractedchickenpoxwithpersistentlow-gradefever2-monthspriortopresentation.Slit-lampexaminationrevealedinflammatorycellsintheanteriorchamberwithnokeraticprecipitate.Fundusexaminationshowednoabnormalfindings.Oneweeklater,herrighteyeshowedanterioruveitiswithkeraticprecipitateandcornealedema,andvisualacuity(VA)decreasedto0.02.AqueoushumorwassampledrepeatedlyforpolymerasechainreactionexaminationofviralDNA.Thesamplecollectedattheinitialvisitwasnegativeforallvirusestested,butthesamplecollectedduringrelapse2-weekslaterrevealedVZVDNA.Thus,oralvalacycloviradministrationwasinitiatedfortreatment.Subsequently,thepatienthadtwoadditionalrelapsesofanteriorchamberinflammation.Althougharing-shapedsubepithelialcornealopacityremained,herVAwasmaintainedat1.2.TheseclinicalfindingssuggestthatrepeatedsamplingofaqueoushumorforthedetectionofviralDNAisusefulforthediagnosisandtreatmentofrecurrentjuvenilekeratouveitis.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)32(5):725.728,2015〕Keywords:小児,水痘,角膜ぶどう膜炎,再発.juvenile,chickenpox,keratouveitis,recurrence.はじめに水痘帯状ヘルペスウイルス(varicellazostervirus:VZV)は神経向性のウイルスであり,その多くが小児期から若年期に初感染し,水痘を発症する.その後,三叉神経節や脊髄知覚神経節などの知覚神経節に潜伏感染し,宿主の細胞性免疫の低下に伴い再活性化し,帯状疱疹を引き起こすことが知られている1,2).ヘルペス性角膜ぶどう膜炎は潜伏感染した単純ヘルペスウイルス(herpessimplexvirus:HSV)やVZVの再活性化時に発症し,成人発症例の報告は多いが,小児期にHSVやVZVの初感染後に角膜ぶどう膜炎を発症した報告は稀である3.6).ヘルペス性ぶどう膜炎の診断は,前房水や硝子体液などの眼内液からのウイルスDNAの検出,もしくは眼内と血液中のウイルス抗体価を比較して抗体率を求めることが直接的な証明となるが7,8),小児では眼内液を採取することは困難であるため,異なる時期に採取した血清抗体価の比較によりウイルスの関与を間接的に証明する場合がほとんどである4.6).今回筆者らは,水痘感染後に発症した角膜ぶどう膜炎の,眼内液よりウイルスDNAを検出し,確定診断に至った小児例を経験したので報告する.〔別刷請求先〕松島亮介:〒160-0023東京都新宿区西新宿6-7-1東京医科大学臨床医学系眼科学分野Reprintrequests:RyosukeMatsushima,M.D.,DepartmentofOphthalmology,TokyoMedicalUniversityHospital,6-7-1Nishishinjuku,Shinjuku-ku,Tokyo160-0023,JAPAN0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(115)725 I症例患者:7歳,女児.主訴:右眼充血.既往歴:2011年12月末水痘.家族歴:特記事項なし.現病歴:2011年12月に水痘に罹患し,その後も熱が続いていた.2012年2月中旬に熱発(37℃台)を認め,2月27日から右眼の充血を自覚していた.3月3日に近医眼科を受診し,虹彩毛様体炎の診断のもと,抗菌薬,ステロイド薬,散瞳薬の点眼薬を処方され,3月5日東京医科大学病院眼科を紹介受診となった.初診時所見:視力は右眼0.6(0.9×sph.1.50D),左眼1.5(矯正不能),眼圧は右眼28mmHg,左眼15mmHgであった.右眼は軽度の毛様充血を認め,前房内に炎症細胞(1+)図1発症から12日後の右眼前眼部写真強い結膜充血と豚脂様角膜後面沈着物,角膜浮腫,繊維素の析出がみられる.を認めたが,角膜後面沈着物はみられなかった.右眼眼底には異常所見を認めなかった.左眼には異常はなかった.全身検査所見:末梢血液像では白血球数5,300/μl,ヘモグロビン(Hb)12.7g/dl,血小板数34.2万/μlと異常はなく,生化学検査ではアンギオテンシン変換酵素(ACE)24.8IU/I(正常範囲8.3.21.4),カルシウム(Ca)10.4mg/dl(正常範囲8.2.10.2)と軽度の上昇を認めたが,リウマチ因子(RF)定量5IU/ml未満,抗ストレプトリジンO抗体(ASLO)88.0IU/ml,b2ミクログロブリン1.07mg/l,尿中Nアセチルグルコサミニダーゼ(NAG)3.4U/I(正常範囲7以下)と正常で,胸部X写真にも異常所見を認めなかった.経過:炎症所見が軽度であったため改めて散瞳薬のみを処方したが,発症12日目に右眼矯正視力が0.02まで低下し,毛様充血の増悪,豚脂様角膜後面沈着物,角膜浮腫と内皮炎の出現,前房内に線維素の析出を認めた(図1).片眼性虹彩毛様体炎で眼圧上昇や豚脂様角膜後面沈着物を認めたことからヘルペスウイルス虹彩毛様体炎を疑い,同日に診断確定目的に局所麻酔下で前房穿刺を施行した.検体量が少量であったため抗体価は測定せず,multiplexPCR(polymerasechainreaction)法による検索を行ったがウイルスDNAは検出されなかった.同時にベタメタゾン2mgの結膜下注射を施行したところ,まもなく前房炎症と角膜浮腫は軽快し,右表1各種ウイルスに対する血清抗体価発症VZV(CF)麻疹(HI)HSV(CF)ムンプス(CF)CMV(CF)26日目168<4<4<46カ月後41年3カ月後<4CF:補体結合反応,HI:赤血球凝集抑制.図2発症から1カ月後の左眼前眼部写真結膜充血や角膜浮腫は改善している.図3発症1年3カ月後の左眼前眼部写真輪状の角膜上皮下混濁が残存しているが,視力は1.2を維持している.726あたらしい眼科Vol.32,No.5,2015(116) 眼矯正視力は0.6まで改善した.しかし,2週間後(発症26日目)には再び右眼矯正視力が0.2まで低下し,角膜浮腫や角膜後面沈着物の再燃も認めた.やはり,ウイルスの関与が疑わしいため,HSV,VZV,サイトメガロウイルス,ムンプス,麻疹に対する血清抗体価を測定した(表1).また,同日に再度前房穿刺を行い,PCR検査のみを施行するとともにアシクロビル眼軟膏による治療を開始した.その後,血清抗体価でVZVが補体結合反応(CF)法で16倍,前房水からVZVが440コピー/mlみられたためVZVによる角膜ぶどう膜炎と診断し,バラシクロビル1,500mg/日の内服を開始した.初診から1カ月後には結膜充血や角膜浮腫は改善し(図2),右眼矯正視力も1.2まで改善した.その後,右眼は6カ月後,1年3カ月後に初回の角膜ぶどう膜炎と同様の角膜浮腫と内皮炎を認めたが,角膜後面沈着物はなく前房炎症も軽度であったため前房穿刺は行わず,ステロイド薬の点眼のみで加療した.平成26年7月現在,右眼は角膜上皮下混濁の残存(図3)と角膜内皮細胞数の軽度減少(右眼2,667/mm2,左眼3,344/mm2)がみられるが,虹彩萎縮や瞳孔不整はなく,矯正視力は1.2を維持している.II考按小児ぶどう膜炎はぶどう膜炎全体の3.7%と報告されており,背景が特定可能な疾患としてはサルコイドーシスや間質性腎炎ぶどう膜炎症候群,若年性慢性虹彩毛様体炎が多く9.12),ヘルペスウイルスによるぶどう膜炎は稀である.一方,水痘初感染に伴う眼症状としては眼瞼の皮疹や結膜炎が多く,角膜炎や虹彩炎がみられることは少ない13,14).本症例では初診時こそ豚脂様角膜後面沈着物はみられなかったが,片眼性で眼圧上昇を認め,その後に角膜浮腫や豚脂様角膜後面沈着物が出現したため,臨床的にヘルペス性角膜ぶどう膜炎が疑われた.角膜ぶどう膜炎の原因としてVZVはHSVに比べ頻度が低いものの,前房炎症の程度は強いとされている15).本症例でも著明な角膜浮腫や視力低下をきたしており,小児にみられる比較的激しい角膜ぶどう膜炎の原因としてVZVの関与を考慮する必要があると考えられた.水痘罹患後に角膜ぶどう膜炎が発症する時期として,過去の報告では皮疹出現から3.10日目が多いとされるが4,14),なかには皮疹から1.2カ月後に角膜ぶどう膜炎が発症した報告もみられる5,6).今回の症例ではぶどう膜炎の発症は皮疹の発症から2カ月経過しており,水痘の罹患後,数カ月の間はVZVによるぶどう膜炎が発症する可能性があることに十分注意する必要があると考えられた.これまで水痘後の角膜ぶどう膜炎で前房水中のウイルス量を調べた報告はない.本症例の前房内のウイルスは初回検査時には検出されず,2回目の検査時においても440コピー/(117)mlであり,成人にみられるVZV虹彩炎と比べてきわめて少なかった.一般に水痘後の角膜ぶどう膜炎は軽症で自然治癒する場合が多いとされているが5,6,14),ウイルス量が少ないことが影響しているのではないかと考えられた.また,虹彩萎縮や瞳孔不整などの後遺症もみられなかったことから,ウイルスが三叉神経に沿って眼内に浸潤する成人の眼部帯状疱疹に伴うぶどう膜炎や皮疹を伴わないぶどう膜炎(zostersineherpete)と,水痘後の角膜ぶどう膜炎ではウイルスの感染経路が異なることが推測された.また,再発時の眼所見は前房炎症が弱く,おもに角膜浮腫や内皮炎が認められた.血清抗体価の上昇もみられなかったことから,角膜実質や内皮に残存したウイルス抗原に対する免疫反応が原因ではないかと考えられた.小児ぶどう膜炎は一般に自覚症状の訴えが少なく,発見が遅れることが多い.充血も少ないことから“whiteuveitis”と形容され,眼科初診時にはすでに帯状角膜変性や虹彩後癒着,併発白内障の進行をきたしていることがある12).今回の症例は7歳と低年齢であったが,初回の検査では陰性であったものの2回にわたり前房穿刺を行ったことで,比較的早期に原因が判明し,適切な治療を行うことができた.角膜上皮下混濁が残存しているものの視機能は良好に維持されたことから,前房水を用いたウイルスDNAの検出が有用であったと考えられた.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)須賀定雄:ウイルスの潜伏感染と活性化.2.水痘帯状疱疹.治療学32:16-19,19982)森康子:水痘帯状疱疹ウイルスの潜伏感染,再活性化と病態.化学療法の領域26:1188-1195,20103)大黒浩,宮部靖子,今泉寛子ほか:帯状疱疹ウイルスによるぶどう膜炎の2小児例.臨眼51:51-54,19974)田中寛,丸山和一,安原徹ほか:水痘発症後の小児ぶどう膜炎の1例.臨眼64:1723-1727,20105)WilhelmusKR,HamillMB,JonesDB:Varicelladisciformstromalkeratitis.AmJOphthalmol111:575-580,19916)deFreitasD,SatoEH,KellyLDetal:Delayedonsetofvaricellakeratitis.Cornea11:471-474,19927)SugitaS,ShimizuN,WatanabeKetal:UseofmultiplexPCRandreal-timePCRtodetecthumanherpesvirusgenomeinocularfluidsofpatientswithuveitis.BrJOphthalmol92:928-932,20088)VanderLelijA,OoijmanFM,KijlstraAetal:Anterioruveitiswithsectoralirisatrophyintheabsenceofkeratitis:adistinctclinicalentityamongherpeticeyediseases.Ophthalmology107:1164-1170,20009)疋田伸一,園田康平,肱岡邦明ほか:北部九州における内あたらしい眼科Vol.32,No.5,2015727 因性ぶどう膜炎の統計.日眼会誌116:847-855,201210)盛岡京子,原田敬志,矢ヶ崎悌司ほか:名古屋大学医学部附属病院眼科における小児ぶどう膜炎の統計.眼臨85:1155-1159,199111)高野繁,坂井潤一,高橋知子ほか:当教室における小児ぶどう膜炎の統計的観察.眼臨85:825-830,199112)南場研一,水内一臣:小児ぶどう膜炎.OCULISTA5:65-68,201313)LeeWB,LiesegangTJ:Herpeszosterkeratitis.Cornea3rded(edbyKrachmerJH,MannisMJ,HollandEJ),1,p985-1000,Mosby,StLouis,201114)石原麻美,大野重昭:ヘルペス性ぶどう膜炎.新図説臨床眼科講座2(小口芳久編),p156-158,メジカルビュー社,200015)宇野敏彦:角膜ぶどう膜炎.眼科診療プラクティス92(臼井正彦編,薄井紀夫編),p24-25,文光堂,2003***728あたらしい眼科Vol.32,No.5,2015(118)

TINU症候群が疑われた3歳児に発症した両眼性ぶどう膜炎

2015年5月31日 日曜日

《第48回日本眼炎症学会原著》あたらしい眼科32(5):721.724,2015cTINU症候群が疑われた3歳児に発症した両眼性ぶどう膜炎髙木誠二*1,2昌原英隆*2江口秀一郎*2富田剛司*1藤野雄次郎*3*1東邦大学医療センター大橋病院眼科*2江口眼科病院*3JCHO東京新宿メディカルセンター眼科ACaseofTubulointerstitialNephritisandUveitisSyndromeina3-Year-OldInfantSeijiTakagi1,2),HidetakaMasahara2),ShuichiroEguchi2),GojiTomita1)andYujiroFujino3)1)DepartmentofOphthalmology,TohoUniversityMedicalCenterOohashiHospital,2)EguchiEyeClinic,3)JapanCommunityHealthCareOrganizationTokyoShinjukuMedicalCenter目的:間質性腎炎ぶどう膜炎症候群(tubulointerstitialnephritisanduveitissyndrome:TINU症候群)が疑われた3歳男児を経験したので報告する.症例:初診時,左眼に強い前房内炎症と前房畜膿および虹彩後癒着を認めた.右眼は虹彩後癒着がみられた.眼圧は正常で中間透光体や眼底に異常は認めなかった.尿中b2ミクログロブリン(b2MG)5,100mg/mlと高値であったが,その他の腎機能は正常範囲であった.腎生検は行わなかったが,両眼の前部ぶどう膜炎と尿中b2MG高値がみられ,他疾患を疑う所見がないことからTINU症候群が疑われた.結論:本症候群では腎機能障害がない,とくに小児例では腎生検が行われないことが多く臨床的診断が重要となる.本症もMandevilleらの診断基準に従い可能性例として臨床診断した.TINU症候群では全身症状がないことや尿所見が正常なことも多く,小児のぶどう膜炎では尿中b2MGの測定は重要である.Purpose:Toreportapossiblecaseoftubulointerstitialnephritisanduveitis(TINU)syndromeina3-yearoldinfantmale.CaseReport:Thepatientvisitedourhospitalwithbilateralanteriorchamberinflammationandposteriorsynechia,aswellashypopyoninhislefteye.Onlaboratoryexamination,onlyanelevatedurinarylevelofb2-microgloblin(5,100μg/ml)wasobserved,withoutanyotherrenalinsufficiency.Moreover,additionallaboratorydataexcludedotherdiseasesknowntocauseuveitisandinterstitialnephritis.HewassubsequentlydiagnosedasapossiblecaseofTINUsyndromeaccordingtodiagnosticcriteriaofMandeville.Conclusions:Thefindingsofthisstudyshowthatclinicaldiagnosisisveryimportant,asitisdifficulttoperformarenalbiopsycaseswithoutrenalinsufficiency,especiallyininfantcases.Monitoringofb2-microgloblinshouldbeperformedwhenfollowinganinfantcaseofuveitis.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)32(5):721.724,2015〕Keywords:間質性腎炎ぶどう膜炎症候群,b2MG,前房畜膿,小児ぶどう膜炎.TINUsyndrome,b2MG,hypopyon,uveitisinchildhood.はじめに間質性腎炎ぶどう膜炎症候群(tubulointerstitialnephritisanduveitissyndrome:TINU症候群)とは尿細管間質性腎炎にぶどう膜炎を合併した疾患群で,1971年にDubrinらにより初めて報告された1).本症は高年齢でも発症するが比較的小児に発症することが多く,思春期にぶどう膜炎をきたす疾患のなかでは決してまれな疾患ではないとされている2).しかしながら10歳以下での報告はまれである3).今回,筆者らはTINU症候群が疑われる前房畜膿を伴う3歳児の症例を経験したので報告する.I症例患者は3歳,男子.「左眼の黒目の下半分が白い」と母親が気づき,近医を受診したところ,前房畜膿の診断を受け,精査目的にて2013年4月に江口眼科病院を紹介受診した.患児は出生発達に異常なく,既往歴もない.家族歴も特記す〔別刷請求先〕高木誠二:〒153-8515東京都目黒区大橋2-17-6東邦大学医療センター大橋病院眼科Reprintrequests:SeijiTakagi,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,TohoUniversityMedicalCenterOohashiHospital,2-17-6Oohashi,Meguro-ku,Tokyo153-8515,JAPAN0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(111)721 図1初診時前眼部所見左:右眼.フレア1+,細胞2+,虹彩後癒着(5,7時)を認めた.右:左眼.フレア3+,細胞3+,前房畜膿を認めた.表1おもな全身検査所見血液検査所見RBC450104/μlWBC6.6103/μlPLT27.9104/μlCRP0.00mg/dlBUN6.8mg/dlCr0.26mg/dlリゾチーム16.1μg/mlACE20.4IU/ml赤沈1h8mm抗核抗体40未満IgG1,104mg/dlIgA80mg/dlIgM134mg/dl血清補体価39.5CH50U/mlC3110mg/dlC420mg/dlトキソプラズマ抗体陰性HSV1抗体陰性サイトメガロウイス抗体陰性EBVCA抗体陰性尿一般検査PH7.5蛋白(.)糖(.)白血球(.)ウロビリノゲン(.)ビリルビン(.)ケトン体(.)比重1.008b2MG5,100μg/mlRBC:赤血球,WBC:白血球,PLT:血小板,CRP:C反応性蛋白,BUN:血中尿素窒素,Cr:クレアチン,ACE:アンジオテンシン変換酵素,IgG:免疫グロブリンG,HSV:単純ヘルペスウイルス,EBVCA:EBウイルスの外殻抗原722あたらしい眼科Vol.32,No.5,2015べきことはない.初診時所見:眼位は正位で,眼球運動に制限はなかった.屈折値は右眼+1Dcyl.0.25D153°,左眼+1Dcyl.0.25D2°で矯正視力は測定できなかったが,裸眼視力は両眼とも0.4であった.眼圧は小児のため測定不可であったが,触診法にて正常域であった.左眼に軽度の結膜充血を認めた.両眼とも角膜に微細な角膜後面沈着物と虹彩後癒着を認めた.瞳孔反応は制限があった.右眼は軽度のフレアと2+の細胞(図1a),左眼は強いフレア,3+の細胞と前房畜膿を認めた(図1b).隅角検査は施行できなかった.水晶体および硝子体には異常はなかった.眼底は倒像鏡検査にてとくに大きな変化を認めず,蛍光眼底造影は行わなかった.血液生化学検査(表1)では白血球増多はなく,LDH(lactasedehydrogenase)の軽度上昇を認めた.BUN(bloodureanitorgen)およびクレアチニンは正常範囲内であった.免疫グロブリンも正常値であった.血清補体価も正常範囲内で,抗核抗体,抗トキソプラズマ抗体,抗HTLV1(humanT-lymphotropicvirus1)抗体,抗サイトメガロウイルス抗体も陰性であった.尿検査では蛋白および糖などは認めなかったが,b2ミクログロブリン(b2MG)は5,100μg/ml(正常値:230μg/ml以下)と高値を示した.24時間クレアチニンクリアランスは正常範囲内であった.胸部X線写真ではとくに異常なく,発熱や食欲不振などの先行する全身症状も認めなかった.治療経過:0.1%ベタメタゾンとトロピカミド・フェニレフリン点眼にて治療を開始した.治療開始3週間後に左眼の前房畜膿は消失したが,炎症の増加を何度か認め前房内フレアの消失には半年を要した.その後,眼症状の再燃はない.視力もしだいに上昇し,2013年11月に両眼矯正0.6,2014年3月の時点で両眼矯正1.0であった.全身的には,その後もb2MG高値が持続しており,近位(112) 表2MandevilleらによるTINU症候群の診断基準DifiniteTINU症候群病理組織学的もしくは臨床診断基準(completecriteria)を満たしたAINと,typicalぶどう膜炎ProbableTINU症候群臨床的診断基準(incompletecriteria)を満たしたAINとtypicalぶどう膜炎PossibleTINU症候群臨床的診断基準(incompletecriteria)を満たしたAINとatypicalぶどう膜炎間質性腎炎の診断基準病理組織学的診断:腎生検で尿細管間質腎炎がみられる臨床的診断:ぶどう膜の特徴Completecriteria:下記の3項目を満たすものTypicalIncompletecriteria:1あるいは2項目を満たす1.両眼性の前部ぶどう膜炎1.腎機能異常2.間質性腎炎発症の前2.後12カ月の間にCreの上昇,Creクリアランスの上昇発症2.尿検査異常b2MGの増加Atypical軽度の蛋白尿,好酸球尿3.2週間以上持続する全身の病的状態1.片眼の前,中間部,後部ぶどう膜炎2.間質性腎炎発症の前2.後12カ月の間にa:症状:発熱,体重減少,食欲不振発症倦怠感,易疲労,発疹,関節痛b:検査項目:貧血,肝機能障害好酸球増多症,血沈40mm/hr以上尿細管障害をきたしている間質性腎炎の状態が考えられたが,b2MG以外の腎機能検査では異常がないため腎生検は行わなかった.本症例は血液検査で感染症を疑わせる白血球増多やCRP(C-reactiveprotein)の亢進がなく,抗核抗体陰性,ACE(angiotensin-convertingenzyme)正常,また薬剤投与の既往もなかった.唯一,尿検査でb2MGが高値であり,両眼性のぶどう膜炎を伴うことからTINU症候群が疑われた.II考按今回,筆者らの経験した症例は尿中b2MGが高値であった.腎機能検査では異常を認めておらず腎生検の適応がないため確定診断ができなかったが,強くTINU症候群を疑われた.3歳という非常に低年齢で発症し前房畜膿を認めたため報告した.急性間質性腎炎(acuteinterstitialnephritis:AIN)と確定診断するためには腎生検をする必要があるが,通常,年少者の腎生検は全身麻酔下で開腹により施行する侵襲の大きい検査(開放腎生検)であるため,腎機能障害が軽度の症例では施行しないことが多い.本症例でも尿中b2MGの上昇のみの検査異常のため腎生検を行わなかったので,AINの病理組織学診断はできなかった.腎生検が適応にならない場合には臨床診断が重要となるが,Mandevilleらが2001年にTINU症候群の診断基準(表2)を提案している4).そのなかではAINとぶどう膜炎のそれぞれの診断基準の組み合わせからdefinite,probable,possibleTINUを定義している.AINの診断は病理組織学的(113)診断と臨床的診断があり,臨床的診断として,①機能異常(クレアチニンの上昇あるいはクレアチニンクリアランスの低下),②検査異常(b2MGの増加,軽度の蛋白尿,好酸球尿など),③2週間以上持続する全身の病的状態の3項目があげられている.この基準を用いると,本症例の腎症については尿中b2MGの増加という臨床的診断基準(incompletecriteria)を満たしたAINとなる.また,本症例のぶどう膜炎の特徴は両眼性のぶどう膜炎であるが,b2MGの異常がいつから生じたのかは不明のため,TINUのatypicalな特徴を有するぶどう膜炎となり,両者からpossibleTINUと診断された.TINU疾患群では本症例のように腎機能が異常を呈さないか,あっても軽度の場合も多く,Godaらは血清クレアチニンの上昇は全体の25%にしかみられないとしている5).このような場合には確定診断ができないことが,眼科からの報告が少ない3,4)理由の一つになっていると考えられる.津留のまとめた51例でも眼科からの報告は10例だけであり,その他は腎不全を管理する腎臓科や小児科からの報告からであった3).尿中b2MGの値と眼症状の病勢は並行するとも6)並行しないとも7)報告がある.今回は前房フレア消失後もb2MGの異常高値は持続しており発症後1年半で15,200μg/mlであり,眼症状は腎炎の活動性との一致はなかった.TINU症候群のぶどう膜炎は前眼部炎症を呈する症例が多いとされていて,虹彩毛様体炎,角膜後面沈着物,虹彩後癒着などが認めるとされている8).本症例では初診時に前房畜膿を認めているが,筆者らが調べた限りではGodaらの報あたらしい眼科Vol.32,No.5,2015723 告5)に再発時に認めた1症例の記載があるほかに報告はなく,Mandevilleらがまとめた133例4),津留がまとめた51例3)でも前房畜膿の報告はなかった.小児に前房畜膿を伴うぶどう膜炎を認めた場合には本疾患も考えておく必要もあると考えられた.本症の発生頻度は不明ではあるが,合田らはわが国10.15歳の小児ぶどう膜炎の原因疾患のうち,サルコイドーシスについで多いと報告しており2),deBoerらは16歳以下のぶどう膜炎のなかで2%程度を占めると報告9)している.また発症年齢に関しては,高年齢でも発症するが,多くは10歳代に発症することが多いとされている3.5).筆者らの調べた限りではわが国での報告のうちもっとも低い発症年齢は8歳であり3),今回の筆者らが経験した3歳の症例はこれまでの報告に比べ低年齢であった.本症例は幸い現在までのところ腎機能異常が出現しておらず,また眼症状も軽快しているが,今後も腎症,眼症の発現に注意して経過観察する必要があると考える.小児ぶどう膜炎の診察においては今回の症例のように,ぶどう膜炎を起こした幼児についてもTINU症候群の可能性も念頭に置く必要があり,尿中b2MGの測定は簡便かつ重要であると考えられた.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)DobrinRS,VernierRL,FishAJ:Acuteeosinophilicinterstitialnephritisandrenalfailurewithbonemarrow-lymphnodegranulomasandanterioruveitis.AmJMed59:325-333,19752)合田千穂,小竹聡,笹本洋一ほか:北海大学眼科における小児ぶどう膜炎の臨床統計.臨眼49:1595-1599,19953)津留徳:Tubulo-interstitialnephritisanduveitissyndrome(TINU症候群)本邦報告例51例の臨床病態学的解析.小児科37:951-956,19964)MandevilleJT,LevinsonRD,HollandGNetal:Thetubulointerstitialnephritisanduveitissyndrome.SurvOphthalmol46:195-208,20015)GodaC,KotakeS,IchiishiAetal:Clinicalfeaturesintubulointerstitialnephritisanduveitis(TINU)syndrome.AmJOphthalmol140:637-641,20056)ThomassenVH,RingT,ThaarupJetal:Tubulointerstitialnephritisanduveitis(TINU)syndrome:acasereportandreviewoftheliterature.ActaOphthalmol87:676679,20097)GionN,StavrouP,FosterS:Immunomodulatorytherapyforchronictubulointerstitialnephritis-associateduveitis.AmJOphthalmol129:764-768,20008)合田千穂,北市伸義,大野重昭:間質性腎炎ぶどう膜炎症候群.臨眼61:1958-1601,20079)deBoerJ,WulffraatN,Rothova1A:Visuallossinuveitisofchildhood.BrJOphthalmol87:879-884,2003***724あたらしい眼科Vol.32,No.5,2015(114)