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調節の神経機構

2014年5月31日 土曜日

特集●屈折と調節アップデート―眼科診療におけるMissingData―あたらしい眼科31(5):629.635,2014特集●屈折と調節アップデート―眼科診療におけるMissingData―あたらしい眼科31(5):629.635,2014調節の神経機構NeuralCorrelatesofAccommodationandVergenceintheVisualSystem原直人*はじめに調節は,毛様体筋の輪状線維が収縮して水晶体の厚さが増し屈折率が増加して,より近方に焦点を移動させる反応である.瞳孔が外側から見える反応であるのに対して,調節反応自体の表現が不明な点など機能の解明を難解にしていたが,さまざまな疾病の原因究明により調節障害の原因や責任病巣がわかってきている(表1).調節を考えるうえで大切なことは,調節系として独立してはいるが,輻湊系が働くと調節系も働くといった2つの運動が共存して起こるいわゆる近見反応を形成している(図1)ことである.調節・輻湊といった近見反応の神経機構の解明は,新潟大学生理学(板東武彦教授)と札幌医科大学眼科学(故大塚賢二教授)の精力的な研究によりなされ,これまでの神経生理学的な研究結果から,輻湊と調節の神経細胞は近傍にあることが多いこと,両者にかかわる細胞あるいはそれぞれに独立した細胞が存在することがわかっている.これは調節と輻湊が近見反応としてクロスリンクした相互運動であることを示しているので調節・輻湊といった近見反応の脳ネットワークと密接に関係して制御されていることを理解する必要がある(図2).ヒト脳損症例および神経生理学的データをもとに調節の中枢神経経路について述べる.Iヒトの脳損傷による調節障害老視や内眼筋麻痺など核下性病変により麻痺を呈することは周知の事実である.一方,核性,核上性脳損傷に表1調節障害をきたす疾病と責任病巣1.調節麻痺(不全)i.核下性病変①老視②内眼筋麻痺③転移癌(リンパ腫,乳癌,肺癌,大腸癌など)④筋無力症⑤ボツリヌス中毒⑥筋ジストロフィ⑦むち打ち症ii.核上・核性病変①大脳皮質病変②小脳病変③上丘,視蓋前域病変④IT眼症(中枢性疲労として)2.調節痙攣①偽近視②頭頸部外傷③中枢神経系(神経梅毒,松果下腫瘍,代謝性脳症,Chiari奇形,Wernicke脳症など)よる調節不全・麻痺の報告はきわめて少ないが,神経機構を知るうえで重要な症例を下記に示す.1)大脳の調節・輻湊に関係する領域としては,後頭・頭頂葉連合野が知られている.Ohtsukaらは1),左中大脳動脈閉塞による両側)後頭・頭頂葉連合野梗塞症例で輻湊不全と動的・静的な調節反応の減弱不全を報告している(図3A).後頭-頭頂葉損傷症例は,この領域が近見反応に重要な役割を果たしていることを示す.2)小脳損傷により調節の動的特性が障害される(図*NaotoHara:神奈川歯科大学附属病院横浜クリニック眼科〔別刷請求先〕原直人:〒221-0835横浜市神奈川区鶴屋町3-31-6神奈川歯科大学附属病院横浜クリニック眼科0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(3)629 Feedback視標接近両眼視差輻湊制御系輻湊眼球運動ボケ拡大焦点調節制御系瞳孔制御系調節性輻湊輻湊性調節縮瞳焦点調節Feedback補助的鮮明な像単一の像焦点深度を深く(明視域)近見反応図1調節―輻湊のクロスリンクと近見反応調節系として独立しているが,輻湊系クロスリンクがあり,輻湊系が働くと調節系も働くといった2つ運動が共存している.視覚野調節前頭眼野(FEF)V3V2V1中脳網様体小脳核動眼神経核(Edinger-Westphal核)毛様神経節視覚情報橋被蓋網様核(NRTP)EW頭頂眼野(LIP野)V5上丘外側膝状体眼外側膝状体視神経毛様体神経節視索視放線対光反射EW核図2B近見反応における縮瞳・調節(毛様体)の反応と対光反射の経路の違い視覚野から後頭─頭頂葉連合野─前頭野で処理された調節の信号はEW核へ,輻湊の運動信号は動眼神経核内直筋亜核へ伝えられる(黒線).図2A調節の神経機構映像のボケ,両眼視差情報が,外側膝状体から第一次視覚野へ至る膝状体系および膝状体外系視覚処理(上丘・視床を介して高次視覚領に至る)の入力系で第五次視覚領に視覚情報が入力し,ここで視覚情報から輻湊運動や調節(近見反応)の命令が作成される.またこの領域は大脳縮瞳からも信号を受けている.ここから近見反応の情報は,前頭葉を経てプロモーター回路に運動信号が伝達されて,運動信号が形成される.小脳にも運動信号が並行して伝達され情報の微調節が行われる.これらは中脳近見反応ニューロンに至り,調節の信号はEW核へ,輻湊の運動信号は動眼神経核内直筋亜核へ伝えられる.3B)2,3).小脳は,より正確な調節反応が得られるよう調節応答の動的特性の改善に関与しているものと思われる.3)両側)の上丘吻側障害症例が,調節・輻湊麻痺を呈した4)ことは,上丘が近見反応に関連した領域であることを示している.マイナスレンズ装用によるボケ刺激に対する積極的な調節反応行った際の脳血流の変化をみた正常被験者によ630あたらしい眼科Vol.31,No.5,2014(4) 032Time(s)PreoperationPostoperation644D10s4D10s32Time(s)PreoperationPostoperation644D10s4D10s8052110AR(D)AR(D)AR=AS40AS(D)15(s)05100510StaticresponseDynamicresponse図3A両側後頭・頭頂葉連合部脳梗塞〔文献1)より〕るPET研究5)では,後頭葉,小脳と側頭葉で増加がみAccommodationstimulusandresponse(D)られ,一方で脳血流減少領域は,前頭葉と頭頂葉領域で認められた(図4).6543210II調節の生理的特性調節を発現する視覚刺激として,ボケ(blur)が契機として起こる.しかし網膜像のボケは定量性に乏しく,また距離の情報や方向を脳は判定できないが,視標の大きさや明るさの変化,両眼視差に関係した視覚情報を手がかりとして,ボケの小さくなる方向に調節機能を起こす.視覚刺激以外には,皮膚に対する強い接触刺激,重力変化のような前庭系の入力により調節反応が起こることは興味深い.最終的に動眼神経・副交感神経のEdinger-Westphal(EW)核から毛様神経節に至り毛様体の収縮をきたす.毛様体筋は自律神経系の副交感神経系の支配を受けている.通常心血管系・呼吸器系などの自律神経系では神経活動を随意的に制御することはできないが調節の制御は,随意運動として機能を発現する.近見反応をどの程度行ったか,中枢神経系の出す調節反応は輻湊角などの情報をモニターすることで判定されている.通常の視環境では,物体が接近に伴って近づいてきた場合には,刺激としての網膜像のボケと両眼不一致が同時に起こり近見反応が発動される.焦点深度のために最初に検出されるのは両眼視差なので,反応としての輻湊(5)StepstimulirighteyelefteyeStepstimulirighteyelefteye図3B小脳腫瘍摘出前後の調節反応術後には動的な調節反応の改善がみられる〔文献2)より〕.の潜時が約200ミリ秒,調節の潜時は約300ミリ秒と長い5).したがって両眼視差刺激に対する輻湊は,ボケ刺激に対する輻湊(調節性輻湊)よりも応答が速く,近見視した際にはじめに起こるのは融像性輻湊であり,ついで輻湊に伴いクロスリンクによる輻湊性調節,像のボケに基づく調節が起こる.後者2つの長潜時は,毛様体筋の収縮→水晶体の厚さが増す一連の末梢性機構を発現あたらしい眼科Vol.31,No.5,2014631 AB4.03.0Response(D)2.01.00.01.00.0-1.0-2.0Stimulus(D)-3.0-4.0-5.0Pupildiometer(mm)○1.0□1.5▲2.0●2.5■3.0図5近見反応の焦点深度と縮瞳縮瞳径約3mmでは,調節力を約0.7D程度補っていることになる.近見反応の縮瞳は,調節力の補償が役割と考えられる.〔文献6)より改変〕Occipital(BA17/18),cerebellarandtemporalregion図4ヒト調節関連領域のPET研究A:調節ボケ刺激の与え方.B:調節関連領域.〔文献4)より〕する時間と考えられる.また,輻湊はフィードバック制御により非常に精度が高く誤差は少ないが,調節は焦点深度の分だけ誤差,調節ラグを持つことになる7)(図5).これらは,実際の日常の近見反応では輻湊が重要な役割を持っていることを示している.近見反応に伴う縮瞳の潜時は,対光反射の縮瞳と比べて80.100ミリ秒長く,調節の潜時(約300ミリ秒)とほぼ等しく8),この潜時も脳高次機能の情報処理に費やされている.II調節・輻湊の神経経路・機構の解明(図1)1.大脳大脳で重要な神経構造は,第五次視覚領(V5)である.Jampel9)が,サル大脳刺激上側頭溝の周囲の皮質表面の刺激により,輻湊運動,調節の増加および縮瞳の近見反応3要素が起こることを観察した(図6A).またBarris10)は,ネコの大脳後頭葉後外側部の刺激により縮瞳(6)632あたらしい眼科Vol.31,No.5,2014 がみられ,その部分の破壊により瞳孔散大が起こることを見出している.大脳後頭葉調節・輻湊に関係する領域としては,ネコlateralsuprasylvian(LS)area,サルLIParea(ネコLSareaと相同とされる)である(図6B)11.14).この領域に調節の自発性の変化に先行して活動する細胞が見出されている.筆者らのネコLSareaの破壊実験では,輻湊障害と調節機能低下を示した15).破壊後は,輻湊と調節反応は全消失しなかったが,輻湊と調節反応量の低下と各反応の潜時の延長を認めた(図7)ことは,この領域の脆弱性が外斜視成因となり得る可能性を示唆している.ヒトではLSareaに相当するV5が,輻湊16)と調節,そして3次元立体映像を見る際にかかわる領域である17).臨床的にも先に挙げたごとく,Ohtsukaらの報告がある1).2.前頭葉(前頭眼野)奥行のある動きに対して反応する領域が前頭眼野(frontaleyefield:FEF)である18,19)が,Jampelの電気刺激実験では調節に変化がみられなかった.しかし前頭葉は,固視といった随意運動には必須な領域であり,調節には重要な役割を持つことが推定される3).LIPという領域は,近接感に対する輻湊や調節指令を前頭葉といった運動発令領域に情報を送るので,感覚と運動の擦り合わせをする領域であることから,FEFとLIPは調節・輻湊の制御において相互に連絡しているものと思われる.この領域の刺激により近方への焦点調節が起こることが示され,調節と輻湊の制御に関与している.3.小脳小脳も,調節系のなかでは重要は役割を果たしている.小脳虫部には,受容野が広く,遠近の視標の動きに対して感受性を持つ細胞もみられることから,大脳視覚野で処理された視覚情報が橋核を経て小脳へ伝えられる可能性が高い.この部位は,電気刺激により衝動性眼球運動および滑動性眼球運動が誘発されることから,各種の眼球運動に関与していることを示唆している.ネコ小脳核の刺激により短毛様体神経から調節に関係する誘発電位を記録できる20).また小脳中位核は自発性の調節に(7)AMONKEYacruatesulcus★★★★★★★★★★★★★★★★★★×××××××××××××××●●●●●●●●●●●●●principalsulcuslunatef.superiorexternalcalcarinesulcustemporalsulcusBanteriorCATlateralsuprsylvianareaPMLSmiddlesuprasylvianposterolateralsulcussulcusposteriorsuprasylviansulcusArea20図6大脳後頭―頭頂葉の調節・輻湊に関係する領域A:Jampelの実験の結果のまとめ.●:調節,瞳孔の縮瞳,輻湊の3要素すべてを起こす部位.〇:縮瞳と輻湊を起こす部位.☆:衝動性眼球運動,散瞳,瞬目などが起こる.B:LS野とは,ネコの大脳視覚連合野の一つであるlateralsuprasylvianareaであり,調節,輻湊,縮瞳の近見反応3要素に関係した領域.先行して活動する細胞も見いだされている.HosobaらはCampbell型オプトメータを用いて,小脳室頂核と中位核の電気刺激により近方への調節が起こる21)ことを見いだしている.4.脳幹a.中脳短毛様体神経の電気刺激による誘発電位の変化から中脳のマッピングを行った.研究によれば,この誘発電位の速い成分が調節に,遅い成分が縮瞳に関係していた22).縮瞳と調節に関係する領域が,視蓋前野・後交連・中心灰白質の外側の内側中脳視蓋,動眼神経核吻側部および動眼神経根に沿った腹側視蓋野に見いだされていあたらしい眼科Vol.31,No.5,2014633 調節ABC輻湊輻湊調節BC輻湊輻湊調節図7LS領破壊前後の近見反応の変化調節応答,輻湊とも大きさが顕著に減少したものの,消失することはない.〔文献15)より改変〕る.よって調節系は縮瞳系とともに後交連⇒内側中脳被蓋⇒中心灰白質腹側⇒動眼神経核吻側部に位置するEW核に至ると考えられる(図1B).1984年Mays23)は,中脳の調節関連細胞と輻湊関連細胞,いわゆる“中脳近見反応細胞(nearresponseneurons)”を見いだした.この細胞群は,調節の中間中枢としての役割を持つ.輻湊に関しては位置や速度情報に関連した細胞が存在し神経積分器をなしている領域でもある.b.橋核奥行に関する視覚刺激に応答する脳の部位として橋脳幹部(橋核)24,25)でも応答する細胞がみられる.橋核は,小脳との相互の関連が強いことから,調節情報の連絡があると考えられる.c.上丘上丘吻側領域の調節・輻湊領域は大脳皮質のLSarea調節・輻湊領域から直接の下降性投射を受けている26).この上丘領域は脳幹の調節・輻湊および固視関連領域に投射し近見反応を駆動させている.衝動性眼球運動を抑制し27.29)固視させて,同時にその視標に対して焦点を合わせる調節反応を発動し“眼位保持”に至る機能的連係に関係している.心理物理学的な手法からも,中心窩から外れるほど直線的に焦点深度が深くなっていく30)ことから,調節機能は,中心視領域に対応していることも重要な特徴である.まとめ神経生理学的な知見をもとに調節の神経機構をまとめた(図2A).大脳皮質のFEF,LIPは,調節・輻湊の制御信号を上丘に投射し,その後脳幹の調節,輻湊,瞳孔そして固視領域に投射し,近見反応を駆動する.そして衝動性眼球運動を抑制して,中心固視を継続する.この経路が近見反応,調節の重要な主たる経路である.そしてFEFおよびLIPは橋核に投射し,調節・輻湊の制御信号を小脳に送っている.この小脳は脳幹の調節,輻湊領域の活動を制御しながら,より正確な反応が得られるように働いている.また,近見反応の輻湊と調節の連(4)634あたらしい眼科Vol.31,No.5,2014(8) 関(4)領域の候補は,輻湊と調節の細胞が共存する部位であるV5,小脳核,脳幹の上丘・橋核および中脳のnearresponseneuronと思われる.文献1)OhtsukaK,MaekawaH,TakedaMetal:Accomodationandconvergenceinsufficiencywithleftmiddlecerebralarteryocclusion.AmJOphthalmol106:60-64,19982)KawasakiT,KiyosawaM,FujinoTetal:Slowaccommodationreleasewithacerebellarlesion.BrJOphthalmol77:678,19933)OhtsukaK,SawaM:Frequencycharacteristicsofaccommodationinapatientwithagenesisoftheposteriorvermisandnormalsubjects.BrJOphthalmol81:476-480,19974)OhtsukaK,MaedaS,OguriN:Accommodationandconvergencepalsycausedbylesionsinthebilateralrostralsuperiorcolliculus.AmJOphthalmol133:425-427,20025)RichterHO,LeeJT,PardoJV:Neuroanatomicalcorrelatesofthenearresponse:voluntarymodulationofaccommodation/vergenceinthehumanvisualsystem.EurJNeurosci12:311-321,20006)SemmlowJ,HeeremaD:Thesynkineticinteractionofconvergenceaccommodationandaccommodativeconvergence.VisionRes19:1237-1242,19797)WardPA,CharmanWN:Effectofpupilsizeonsteadystateaccommodation.VisionRes25:1317-1326,19858)CampbellFW,WestheimerG:Dynamicsofaccommodationresponsesofthehumaneye.JPhysiol151:285-295,19609)JampelRS:Convergence,divergence,pupillaryreactionsandaccommodationoftheeyesfromfaradicstimulationofthemacaquebrain.JCompNeurol115:371-399,196010)BarrisRW:Apupillo-constrictorareainthecerebralcortexofthecatanditsrelationshiptothepretectalarea.JCompNeurol63:353-368,193611)BandoT,TsukudaK,YamanotoNetal:CorticalneuronsinandaroundtheClare-Bishoparearelatedwithlensaccommodationinthecat.BrainRes225:195-199,198112)BandoT,YamamotoN,TsukaharaN:Corticalneuronsrelatedtolensaccommodationinposteriorlateralsuprasylvianareaincats.JNeurophysiol52:879-891,198413)TakadaR,HaraN,YamamotoKetal:Effectsoflocalizedlesionsinthelateralsuprasylviancortexonconvergenceeyemovementincats.NeurosciRes36:275-283,200014)TakagiM,TodaH,YoshizawaTetal:Ocularconvergence-relatedneuronalresponsesinthelateralsuprasylvianareaofalertcats.NeurosciRes15:229-234,199215)原直人,石川哲,戸田春男ほか:眼の焦点調節に大脳が果たす役割についての研究(1)ネコ外側シルビウス上領破壊前後における焦点調節の変化の検討.北里医学23:466-477,199316)HasebeH,OyamadaH,KinomuraSetal:Humancorticalareasactivatedinrelationtovergenceeyemovements-aPETstudy.Neuroimage10:200-208,199917)松井康,小野弓,原直人:3D映像視聴による自律神経への影響3D映像注視時と2D映像注視時の脳活動の差異近赤外分光法(NIRS)での検討.自律神経48:214-216,201118)AkaoT,KurkinSA,FukushimaJetal:Visualandvergenceeyemovement-relatedresponsesofpursuitneuronsinthecaudalfrontaleyefieldstomotion-in-depthstimuli.ExpBrainRes164:92-108,200519)FukushimaK,YamanobeT,ShinmeiYetal:Codingofsmootheyemovementsinthree-dimensionalspacebyfrontalcortex.Nature419:157-162,200220)HultbornH,MoriK,TsukaharaN:Cerebellarinfluenceonparasympatheticneuronesinnervatingintra-ocularmuscles.BrainRes159:269-278,197821)HosobaM,BandoT,TsukaharaN:Thecerebellarcontrolofaccommodationoftheeyeinthecat.BrainRes153:495-505,197822)HultbornH,MoriK,TsukaharaN:Theneuronalpathwaysubservingthepupillarylightreflex.BrainRes159:255-267,197823)MaysLE,GamlinPD:Neuronalcircuitrycontrollingthenearresponse.CurrOpinNeurobiol5:763-768,199524)BakerJ,GibsonA,GlicksteinMetal:Visualcellsinthepontinenucleiofthecat.JPhysiol255:415-433,197625)GamlinPD,ClarkeRJ:Single-unitactivityintheprimatenucleusreticularistegmentipontisrelatedtovergenceandocularaccommodation.JNeurophysiol73:2115-2119,199526)MaekawaH,OhtsukaK:Afferentandefferentconnectionsofthecorticalaccommodationareainthecat.NeurosciRes17:315-323,199327)MunozDP,GuittonD:Fixationandorientationcontrolbythetecto-reticulo-spinalsysteminthecatwhoseheadisunrestrained.RevNeurol(Paris)145:567-579,198928)MunozDP,GuittonD:Controloforientinggazeshiftsbythetectoreticulospinalsysteminthehead-freecat.II.Sustaineddischargesduringmotorpreparationandfixation.JNeurophysiol66:1624-1641,199129)MunozDP,WurtzRH:Fixationcellsinmonkeysuperiorcolliculus.I.Characteristicsofcelldischarge.JNeurophysiol70:559-575,199330)WangB,CiuffredaKJ:Depth-of-focusofthehumaneyeinthenearretinalperiphery.VisionRes44:1115-1125,2004(9)あたらしい眼科Vol.31,No.5,2014635

序説:屈折と調節アップデート-眼科診療におけるMissing Data-

2014年5月31日 土曜日

●序説あたらしい眼科31(5):627~628,2014●序説あたらしい眼科31(5):627~628,2014屈折と調節アップデート─眼科診療におけるMissingData─RefractionandAccommodationUpdate─MissingDatainOphthalmologyClinics─長谷部聡*ヒトの眼は調節力というオートフォーカス機能を持っている.視距離の変化という外乱(ジオプトリ変化)に対し,毛様体筋輪状線維を弛緩または緊張させ水晶体の屈折力を変化させることにより,網膜上のイメージを常にクリアな状態に保つ一種のフィードバック制御系である.調節力は加齢とともに誰でも一様に低下し,近見障害がみられる頃には近用眼鏡が必要になる……一般的な眼科教科書に割かれるページ数は多くはない.しかしRosenfieldらの詳細なレビュー1,2)を読むと,調節制御はきわめて複雑かつ不安定であることがわかる.たとえば健常者であっても,調節反応には想像以上に大きな誤差がみられ,これは調節ラグやリード(lagorleadofaccommodation)とよばれる.小児では1Dを超える調節ラグを示す症例はまれではなく,近視進行の原因の一つと考えられている3,4).しかし興味深いことに,眼球光学系の焦点深度や,おそらく網膜像のボケに対する感覚的な順応(bluradaptation)の働きにより,霧視が自覚されることは少ない.調節誤差の程度は,屈折矯正のやり方によって変化する.たとえば調節ラグが大きい症例では,意図的に近視を低矯正とすることにより,これを改善することができる.さらに輻湊と調節はお互いに影響しあっていることも重要なポイントである.調節反応は個人個人が持つ輻湊誤差(斜位)に影響を受けており,両眼開放下でみられる調節ラグは,内斜位では大きく,外斜位では小さくなる傾向がある5).逆に調節性内斜視のように,過大な調節努力が内斜偏位を引き起こす場合もある.さらに調節反応には順応効果(accommodationadaptation)がみられ,調節努力が持続すれば調節ラグは徐々に改善する.調節運動を連続的に記録すると,波形には絶え間ない揺れ(調節微動)が観察される.振幅0.5D程度で周波数が0.6Hz未満の低周波数成分と,振幅0.1D程度で周波数が1.0~2.4Hzの高周波成分に分けられる.以上挙げたように実際の調節運動は,各種の内的,外的因子の影響を受けながら,ダイナミックに変化している.個人差や年齢差も小さくはない.ところが日常診療で用いられる検査法としては,ほぼ近見視力表と調節近点計に限られているのが現状であろう.これらの自覚的検査から得られる情報は明視域のみであり,調節反応そのものを観察しているわけではない.老視の診断には役立っても,調節機能を客観的に評価するには不十分である.この意味において,Boston小児病院のDavidHunter先生の「眼科診療において調節は,細隙灯顕微鏡や倒像鏡では観察できない,missingdata(欠落データ)*SatoshiHasebe:川崎医科大学眼科学2教室0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(1)627 である」という指摘6)は十分納得できる.調節制禦の異常は,直接的には霧視,間接的には複視,さらに眼精疲労,眼痛,頭痛を含む自律神経症状の原因となりうる.1986年から1993年にわたって日本眼科医会は,石川哲先生を班長とするVDT研究班やテクノストレス眼症研究班を設立し,調節に関する研究が一時盛んになった.近年ではインターネットやスマートフォンが普及し,こうしたinformationtechnology(IT)なしには,現代生活を送ることは困難であるといって過言でない.また2010年の3D元年以降,3Dディスプレイは日常生活に徐々に浸透しつつある.映画やゲーム機を含め市販の3Dディスプレイは,スクリーンまでの距離(調節刺激)を一定にしたまま,輻湊刺激(両眼間の視差)のみを変化させ,立体映像を作り出している.その結果,われわれの眼は自然界には存在しない視覚的なコンフリクトに晒される結果となった.こうした社会現象が今後長期的に,眼の健康にいかなる影響を与えるのか,それに対してどう対応すべきか,眼科医の間でも意見は一致していない.今月号の特集では,屈折・調節に関して,診療に役立つノウハウやup-to-dateな情報が満載されている.神経機構については原直人先生,調節の検査法については神田寛行先生,川守田拓志・魚里博先生,筆者,調節と輻湊の相互関係については,斜視診療との関連から内海隆先生,調節機能の再建という観点から植田喜一先生と根岸一乃先生に解説いただいた.さらに3Dディスプレイの問題については,視覚科学の権威,California州立大学Berkeley校のMartinBanks先生のもとで研究を行ってこられた東京福祉大学の柴田隆史先生に解説をお願いした.他覚的検査法によって「missingdata」を把握し,一人一人の患者が訴える症状を調節制禦の異常という視点を含めて包括的に解釈することで,さらに効果的な治療法を提案することが可能になるだろう.文献1)RosenfieldM,CiuffredaKJ,HungGKetal:Tonicaccommodation:areviewI.Basicaspects.OphthalmicPhysiolOpt13:266-283,19932)RosenfieldM,CiuffredaKJ,HungGKetal:Tonicaccommodation:areviewII.Accommodativeadaptationandclinicalaspects.OphthalmicPhysiolOpt14:265-277,19943)GwiazdaJ,ThornF,BauerJetal:Myopicchildrenshowinsufficientaccommodativeresponsetoblur.InvestOphthalmolVisSci34:690-694,19934)HasebeS,OhtsukiH,NonakaTetal:EffectofprogressiveadditionlensesonmyopiaprogressioninJapanesechildren:aprospective,randomized,double-masked,crossovertrial.InvestOphthalmolVisSci49:2781-2789,20085)HasebeS,NonakaF,OhtsukiH:Accuracyofaccommodationinheterophoricpatients:testinganinteractionmodelinalargeclinicalsample.OphthalmicPhysiolOpt25:582-591,20056)HunterDG:Dynamicretinoscopy:themissingdata.SurvOphthalmol46:269-274,2001.628あたらしい眼科Vol.31,No.5,2014(2)

レバミピド懸濁点眼液をトレーサーとして用いた光干渉断層計涙液クリアランステスト

2014年4月30日 水曜日

《原著》あたらしい眼科31(4):615.619,2014cレバミピド懸濁点眼液をトレーサーとして用いた光干渉断層計涙液クリアランステスト井上康*1越智進太郎*1山口昌彦*2大橋裕一*2*1井上眼科*2愛媛大学大学院感覚機能医学講座視機能外科学分野TearClearanceEvaluationwithOCT,Using2%RebamipideOphthalmicSuspensionasTracerYasushiInoue1),ShintaroOchi1),MasahikoYamaguchi2)andYuichiOhashi2)1)InoueEyeClinic,2)DepartmentofOphthalmology,GraduateSchoolofMedicine,EhimeUniversity目的:光干渉断層計(OCT)を用い,レバミピド懸濁点眼液(ムコスタR点眼液UD2%,大塚製薬,以下rebamipide)をトレーサーとして涙液クリアランスを検討した.対象および方法:健常ボランティア28名56眼を対象とした.OCTはRS-3000R(NIDEK)を用い,rebamipide10μl点眼後の涙液メニスカス高(TMH),涙液メニスカス断面積(TMA)および涙液メニスカス内の平均輝度を1分ごとに測定限界まで測定した.ImageJ(NIH)を用い,平均輝度から算出されたrebamipide濃度の経時変化より涙液クリアランス率および涙液量を求めた.結果:点眼5分後までの測定が可能であり,涙液量は9.0±7.0μlであった.TMHとTMAの有意な上昇が点眼直後と点眼1分後に認められたため(p<0.01),点眼直後から点眼2分後を反射分泌による量的負荷状態の急速相,点眼後2.5分後を量的負荷のない緩徐相と仮定した.点眼直後から5分後までの涙液クリアランス率は63.7±17.3%/min,急速相では99.3±49.3%/min,緩徐相では45.1±23.8%/minであった.従来,基礎分泌下として報告されている5分以降の涙液クリアランス率を今回の結果から予測した値は23.3%/minであった.結論:Rebamipide濃度変化を指標にOCTを用いて涙液クリアランスを評価することが可能であったが,基礎分泌下の涙液クリアランス率を測定するためにはより長時間の測定が必要とされる.Purpose:Toevaluatetearclearanceusingopticalcoherencetomography(OCT),followinginstillationof2%rebamipideophthalmicsuspensionasatracer.MethodsandParticipants:EnrolledinthisstudyusingtheRS-3000R(NIDEK,JAPAN)were56eyesof28volunteers.Afterinstillationof10μlof2%rebamipideophthalmicsuspension,tearmeniscusheight(TMH),tearmeniscusarea(TMA)andmeangrayvalue(MGV)ofthetearmeniscusweremeasuredeveryminute,tothedetectionlimit.TearclearancerateandtearvolumewerecalculatedfromthesequentialchangeinrebamipideconcentrationobtainedfromMGV,asanalyzedbyImageJ1.47v(NIH).Results:Measurementswerepossiblefor5minutesafterinstillation.Tearvolumewas9.0±7.0μl.TMHandTMAincreasedsignificantlyjustafterandat1minuteafterinstillation,sothistimewedefinedthetearclearanceat0-2minutesafterinstillationastheacutephaseunderreflectivehypersecretionandthetearclearanceat2-5minutesafterinstillationastheslowphasewithoutquantitativeload.Tearclearanceratesat0-5,0-2and2-5minutesafterinstillationwere63.7±17.3%/min,99.3±49.3%/minand45.1±23.8%/min,respectively.Theestimatedtearclearancerateat5-15minutesafterinstillation,previouslyreportedasthebasaltearclearancerate,was23.2%/min.Conclusion:TearclearancecanbeexaminedusingOCTwithrebamipideconcentrationasaparameter,butmeasurementoveramoreextendedtimeisnecessaryinordertoevaluatebasaltearclearancerate.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(4):615.619,2014〕Keywords:光干渉断層計,レバミピド懸濁点眼液,涙液クリアランステスト,涙液量.opticalcoherencetomography,2%rebamipideophthalmicsuspension,tearclearancetest,tearvolume.〔別刷請求先〕井上康:〒706-0011岡山県玉野市宇野1-14-31井上眼科Reprintrequests:YasushiInoue,M.D.,InoueEyeClinic,1-14-31Uno,TamanoCity,Okayama706-0011,JAPAN0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(137)615 はじめに流涙症とはさまざまな要因により,涙液の分泌過多あるいは排出障害を生じる疾患の総称であり,眼不快感や視機能異常を伴うと定義されている1).流涙症を生じる原因疾患は多様であり,その病態を把握するために涙液の動態解析は重要な要素である.涙液動態を解析するための一つのアプローチとして,涙液クリアランスの測定を試みた報告はこれまでに数多くある.Mishimaら2)は,蛍光光度計を使用して点眼後のフルオレセインナトリウム濃度を経時的に測定し,その結果から得られた涙液のクリアランス率や涙液量について詳細に報告している.その後にも同様の報告は多数みられるが,肝心のフルオロフォトメータが現在市販されていないという難点がある.小野ら3)は,Schirmer試験紙に吸収されたフルオレセインナトリウムの色調の濃淡を比色表で比較することによって涙液クリアランス測定を試みているが,Schirmer試験の際に使用するSchirmer紙による刺激分泌のため,基礎分泌下での涙液クリアランスを正確に反映しているとは言い難い.近年,普及が進んでいる光干渉断層計(OCT)を用いた低侵襲での定量的な評価の試みとして,Zhengら4)は生理食塩水点眼直後から30秒後までの量的負荷状態での涙液クリアランスを評価している.今回,筆者らはOCTにより懸濁性点眼液の粒子を撮影することが可能である点に着目し,涙液メニスカス内の粒子の平均輝度をもとに算出した粒子濃度を用いて,涙液クリアランス測定を試みた.懸濁性点眼液として,粒子径が2μmと最も小さく,単位当たりの粒子数が最も多いレバミピド懸濁点眼液(ムコスタR点眼液UD2%,大塚製薬,以下rebamipide)を用いた.I対象および方法本研究は川崎医療福祉大学倫理審査委員会の承認を得て行われた.ドライアイ,角膜疾患,涙道通水障害を有さない健常ボランティアに対し,十分な説明を行い,インフォームド・コンセントの得られた28名56眼(男性11名,女性17名),年齢39.0±11.8歳(範囲:22.58歳)を対象とした.OCTはRS-3000R(NIDEK)を用いた.涙液メニスカスの水平方向の測定幅はRS-3000Rでは2.1mmに設定されている.上下涙液メニスカスを同時に撮影することは不可能であったため,下方涙液メニスカスのみを高解像度で測定するため垂直方向の測定幅は2mmに設定した.前眼部アダプターを装着し,オートコントラストをオフにして撮影を行った.健常ボランティアに対する測定を行う前に,平均輝度とrebamipide濃度の相関を確認する目的で,rebamipideおよび倍量希釈したrebamipide希釈液の平均輝度測定を行った.オートレフラクトメータ(KR-8900R,TOPCON)のキャリブレーション用模擬眼にrebamipide原液および生理食塩水で希釈した1%,0.5%,0.25%,0.125%,0.0625%,0.03125%,0.015625%,0.0078125%のrebamipide希釈液10μlをマイクロピペットにて点眼し,前眼部アダプターを装着したRS-3000Rにて撮影を行った.健常ボランティアにおける涙液メニスカスの撮影は,自然瞬目下にて,涙を拭うなど眼瞼に触れないよう指示したうえで行った.Rebamipide点眼は両眼にマイクロピペットを用いて10μl点眼した.点眼前と点眼直後から1分間隔で平均輝度の測定限界まで撮影を行った.撮影した画像を,画像加算は行わずにパーソナルコンピュータに取り込み,ビットマップに変換し,画像処理ソフトウェアImageJ1.47v(アメリカ国立衛生研究所)を用いて平均輝度,涙液メニスカス高(tearmeniscusheight:TMH)および涙液メニスカス断面積(tearmeniscusarea:TMA)を算出した.平均輝度の測定範囲は模擬眼による結果から平均輝度とrebamipide濃度の相関が最も高い測定幅を選択した.測定幅の設定はビットマップ画像であるためpixel数で決定した.また,rebamipide粒子の涙液中での溶解率を知るために,pH7.2.8.2であるビーエスエスプラスR500眼灌流液0.0184%日本アルコン(BSS)200μlにrebamipide100μlを混合し,平均輝度の経時的変化を測定した.II結果模擬眼におけるOCT画像を図1に示す.液面に近い画面上方で反射強度が強く,下方では反射が減衰していた.rebamipideの濃度が高いほどこの傾向が著明に認められた.測定範囲を図2に示す.Y軸方向の測定幅は平均輝度に影響を認めなかった.Z軸方向の測定幅と平均輝度との関係を図3に示す.測定幅を20pixelに設定した場合の平均輝度とrebamipide濃度の相関が最も高かった.これに従うと,rebamipide濃度と平均輝度の相関は,rebamipide濃度=0.000055207718215e0.02992313134691×平均輝度(r2=0.993)で表すことができる.健常ボランティアにおけるrebamipide濃度の測定は点眼5分後まで可能であった.TMHとTMAは点眼直後と点眼1分後に有意な増加を示した(p<0.01).点眼2分後以降は点眼前との間に有意差は認められなかった(図4).この結果より,点眼直後から点眼2分後までを反射分泌および量的負荷状態における急速相,点眼2.5分後を量的負荷のない緩徐相と仮定した.模擬眼で得られた計算式を用いて涙液メニスカス内の平均輝度からrebamipide濃度を算出した.下方涙液メニスカス内のrebamipide濃度の経時変化を図5に示す.616あたらしい眼科Vol.31,No.4,2014(138) 2%1%0.5%0.125%0.0625%0.03125%0.015625%0.0078125%図1Rebamipide原液および生理食塩水で希釈したムコスタ希釈液とOCT像上:Rebamipide原液および生理食塩水で希釈した各ムコスタ希釈液.下:RS-3000Rで撮影したOCT像.1TMA(mm2)測定範囲Y軸Z軸Rebamipide濃度(mg/μl)y=0.0000552e0.0299×平均輝度r2=0.99350100150200:20pixel:40pixel:60pixel:80pixel:100pixel0.10.010.0010.00010.000010図2平均輝度の測定範囲の設定平均輝度**図3Rebamipide濃度とZ軸幅との相関******:TMH:TMA0.80.090.70.07-30.6-90min1min2min3min4min5min緩徐相急速相ln(rebamipide濃度)THM(mm)-40.50.05-50.40.030.3-60.010.2-7-0.010.1-80BL0min1min2min3min4min5min-0.03経過時間経過時間図4TMH,TMAの経時変化図5健常人ボランティアにおけるrebamipideKruskalWallistest多重比較:Steel:*p<0.05,**p<0.01濃度の経時変化(139)あたらしい眼科Vol.31,No.4,2014617 250200150100500-50涙液クリアランス率(%/min)経過時間y=121.76x-0.725r2=0.98730~1min1~2min2~3min3~4min4~5min図6点眼直後から5分間の涙液クリアランス率の経時変化点眼直後のrebamipide濃度から涙液量は,涙液量(μl)=10μl×点眼したrebamipide濃度/点眼直後rebamipide濃度.1で表すことができる.健常ボランティアの涙液量は9.0±7.0μl(平均値±標準偏差)であった(表1).涙液クリアランス率は,涙液クリアランス率(%/min)=ln(slope)×100を用いて算出した.点眼直後から5分後までの涙液クリアランス率は63.7±17.3%/min,点眼2分後までの,急速相における涙液クリアランス率は99.3±49.3%/min,点眼2分後から5分後までの緩徐相における涙液クリアランス率は45.1±23.8%/minであった(表1).5分間の涙液クリアランス率の経時変化から近似式を求めるとy=121.7611x(.0.7246)(r=0.987)が得られ(図6),この式により5.15分後の涙液クリアランス率を予測すると23.3%/minであった.III考按今回,測定された涙液量は9.0±7.0μlでありMishimaら2)や清水ら5)の報告とほぼ同様であった.このことから,結膜.内のrebamipide懸濁粒子は瞬目により涙液中に均一に配分されていることが予想される.一方,点眼直後から5分後までの涙液クリアランス率は63.7±17.3%/minであり,Mishimaら2)52%/min,清水ら5)31.5±14.45/minの報告と比べて高値を示していた.清水ら5)は点眼量と刺激分泌に関する検討を行っており,同一濃度であっても,1μl点眼よりも5μl点眼したほうが涙液量,点眼直後から5分後までの涙液クリアランス率は有意に高値を示したと報告している.健常者に対する10μl点眼後のrebamipide濃度の測定限界は5分と短く,点眼量を少なくすると5分以内に測定可能範囲(2%.0.0078125%)下限以下となるため,今回の測定ではムコスタ点眼量を10μlとした.この点が今回測定された涙液クリアランス率が高値を示した原因の一つと考えられる.さらに,rebamipide懸濁粒子の涙液中での溶解も考慮す618あたらしい眼科Vol.31,No.4,2014表1涙液量と,点眼直後から5分後,急速相および緩徐相の涙液クリアランス率涙液量(μl)9.0±7.0涙液クリアランス率(%/min)点眼直後から5分後63.7±17.3急速相(点眼直後から2分後)99.3±49.3緩徐相(点眼2分後から5分後)45.1±23.8る必要がある.Rebamipideは点眼ボトル内ではpH5.5.6.5に調整されており溶解しないが,涙液のpHに近いと考えられるBSS中では7.89±1.77%/minの溶解が起こっている.したがって,今回の結果については,真の涙液クリアランス率にrebamipideの溶解率を加えたものを測定している可能性がある.また,今回の検討ではTMH,TMAが点眼前に戻る2分後以降を緩徐相とし,量的負荷がなく基礎分泌下における涙液クリアランス率に近い値が得られることを予測していた.しかし,涙液クリアランス率は2分以降も漸減していることから,緩徐相においては反射分泌の亢進が導涙の予備能により代償されており,反射分泌の減少とともに涙液クリアランス率が低下してきていると考えられる.涙液クリアランスに関する従来の報告では,点眼後5分以降の値を基礎分泌下でのクリアランスと定めているものが多い.基礎分泌下での涙液クリアランス率を知るためにはより長時間の測定をする必要があること,そのためには涙液中でも溶解しない,より濃度の高い懸濁液が必要とされることが改めて確認された.今回の測定値から推定された5分後以降の基礎分泌下における涙液クリアランス率は3.3%/minであり,従来の点眼5分後以降の涙液クリアランス率を測定した報告10.7.30.0%/min2,5.10)にはほぼ一致していた.一般臨床への応用を考えると,短時間の測定結果から基礎分泌下の涙液クリアランス率を予測する手法も今後の検討に値すると考えられる.文献1)横井則彦:巻頭言─流涙症の定義に想う─.眼科手術22:1-2,20092)MishimaS,GassetA,KlyceSDetal:Determinationoftearvolumeandtearflow.InvestOphthalmol5:264-275,19663)小野眞史,坪田一男,吉野健一ほか:涙液のクリアランステスト.臨眼45:1143-1147,19914)ZhengX,KamaoT,YamaguchiMetal:Newmethodforevaluationofearly-phasetearclearancebyanteriorsegmentopticalcoherencetomography.ActaOphthalmol2013Sep11.doi:10.1111/aos.12260[Epubaheadofprint]5)清水章代,横井則彦,西田幸二ほか:フルオロフォトメト(140) リーを用いた健常者の涙液量,涙液turnoverrateの測定.日眼会誌97:1048-1052,1996)XuKP,TsubotaK:Correlationoftearclearancerateandfluorophotometricassessmentoftearturnover.BrJOphthalmol79:1042-1045,19957)WebberWR,JonesDP,WrightP:Fluorophotometricmeasurementsoftearturnoverrateinnormalhealthypersons:evidenceforacircadianrhythm.Eye1:615620,19878)SahlinS,ChenE:Evaluationofthelacrimaldrainagefunctionbythedroptest.AmJOphthalmol122:701708,19969)VanBestJA,BenitezdelCastilloJM,CoulangeonLM:Measurementofbasaltearturnoverusingastandardizedprotocol.Europeanconcertedactiononocularfluorometry.GraefesArchClinExpOphthalmaol233:1-7,199510)OcchipintiJR,MosierMA,LaMotteJetal:Fluorophotometricmeasurementofhumantearturnoverrate.CurrEyeRes7:995-1000,1988***(141)あたらしい眼科Vol.31,No.4,2014619

高齢者に初発発症した急性前部ぶどう膜炎の1例

2014年4月30日 水曜日

《第47回日本眼炎症学会原著》あたらしい眼科31(4):611.614,2014c高齢者に初発発症した急性前部ぶどう膜炎の1症例渡辺芽里吉田淳新井悠介川島秀俊自治医科大学病院眼科PatientwithElderlyOnsetAcuteAnteriorUveitisafterSurgeryforCataractMeriWatanabe,AtsushiYoshida,YusukeAraiandHidetoshiKawashimaDepartmentofOphthalmology,JichiMedicalUniversityHospital急性前部ぶどう膜炎(acuteanterioruveitis:AAU)は若年壮年者の片眼に強い眼痛を伴って発症するのが特徴で,前房に線維素,角膜輪部に毛様充血がしばしばみられる.筆者らは,白内障術後の85歳で発症したAAUの女性患者を経験した.2年前に左眼白内障手術歴がある.10日前より左眼充血と激しい疼痛,霧視が出現,遅発性眼内炎を疑われ自治医科大学病院眼科紹介となった.左眼に,毛様充血,非肉芽腫性角膜裏面沈着物,前房蓄膿,眼内レンズ表面に付着する巨大な線維素塊を認めた.前部硝子体に炎症細胞がみられたが,眼底には有意な所見はなかった.術後2年経過の手術創口部位に感染徴候を認めなかったため,術後眼内炎よりもAAUを疑い診断的治療目的にステロイド薬の結膜下注射を施行,翌朝には著明に改善し,以後ステロイド薬の点眼内服により眼炎症は抑制された.ヒト白血球抗原(HLA)-B27は陰性であった.高齢発症のAAUは稀であるが,高齢者のAAUも考慮することが必要と考える.Acuteanterioruveitis(AAU)ischaracterizedbyyoungormiddle-agedonsetofmonocularinflammationwithacutepain.Fibrinoushypopyonandsevereciliaryhyperemiaareoftenobserved.Weexperiencedan85-year-oldfemalepatientwithAAU,whohadundergonesurgeryforcataractinherlefteyetwoyearspreviously.Shewasreferredtoourhospitalbecauseofsuspectedinfectiousendophthalmitis.Slit-lampexaminationrevealedfinekeraticprecipitate,hypopyonandmassivefibrinontheintraocularlens.Ophthalmoscopyshowednoobviousinflammatorychangesofthefundus.Sincethemaincornealwoundfromtheformersurgeryhadnoinfectioussymptoms,shewasdiagnosedwithAAU,ratherthaninfectiousendophthalmitis.Shewasthereforetreatedwithsubconjunctivalinjectionofdexamethasoneastherapeuticdiagnosis.Bythenextmorning,theintraocularinflammationwasmuchimproved.Shewassubsequentlytreatedwithtypicalandsystemiccorticosteroid.Humanleukocyteantigen(HLA)-B27wasnegative.TheincidenceofelderlyonsetAAUisverylow,yetAAUoccursevenintheelderlypopulation.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(4):611.614,2014〕Keywords:急性前部ぶどう膜炎,高齢者,線維素析出,ステロイド薬治療.acuteanterioruveitis,elderly-onset,fibrinprecipitation,corticosteroidtherapy.はじめに急性前部ぶどう膜炎(acuteanterioruveitis:AAU)は,劇症の急性虹彩毛様体炎をきたし,微細な角膜裏面沈着物や線維素析出を形成する.片眼性が多いが両眼発症も30%程度ある1)といわれており,急激な眼痛,羞明,視力低下などの自覚症状が強い2).病因は明らかになっていないが,ヒト白血球抗原(HLA)-B27との関連が指摘されている.HLAB27保有率は欧米では日本より多く,欧米ではAAU患者のおよそ50%がHLA-B27陽性である3.5).初発年齢は,比較的若年(20.40歳代)で,高齢で再発することはあっても,初発発作の発症は平均で35歳前後とする報告が多い1,2,5).50歳代以上の報告はしばしばあるが,70歳代以上の高齢者での初発は稀である6).今回筆者らは,白内障手術後の80歳代の高齢者に発症し,感染性眼内炎との鑑別を要したAAUの症例を経験したので報告する.〔別刷請求先〕吉田淳:〒329-0498栃木県下野市薬師寺3311-1自治医科大学眼科学講座Reprintrequests:AtsushiYoshida,M.D.,DepartmentofOphthalmology,JichiMedicalUniversity,3311-1Yakushiji,Shimotsukeshi,Tochigi329-0498,JAPAN0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(133)611 図1初診時左眼前眼部所見Descemet皺襞(赤矢印)および耳側前房に線維素塊(白矢頭)を認めた.I症例症例:85歳女性.主訴:左眼の疼痛,充血,視力低下.既往歴:2年前に近医で左眼の白内障手術,狭心症,高血圧.家族歴:特記すべきことなし.現病歴:X年2月9日左眼充血,疼痛が出現した.2月13日近医受診し,ぶどう膜炎と考えられ,ステロイド薬点眼開始.2月18日同院再診時,前房蓄膿が認められ,高齢で,かつ白内障術後眼であることより遅発性感染性眼内炎を疑われ,即日自治医科大学病院眼科紹介となった.初診時所見:視力は右眼0.1(0.4×+2.00D),左眼は0.15(0.3×+1.00D)だった.眼圧は右眼14mmHg,左眼16mmHg,右前眼部は異常なく,左前眼部は,細隙灯顕微鏡にて著明な毛様充血のほか,前房蓄膿および耳側前房に線維素塊を認め,微細な角膜裏面沈着物とDescemet膜皺襞がみられた(図1).しかし,白内障手術切開創に眼脂や縫合不全などの感染徴候は認めなかった(図2).中間透光体は,右眼は白内障があり,左眼は眼内レンズが.内固定されていて,後.混濁はなかった.右眼眼底に異常所見はみられず,左眼眼底は,前部硝子体に炎症性混濁があり眼底透見性は低下していた.経過:原因精査のため,血液検査を行った.白血球9,400/ml,CRP1.82mg/dlといずれも軽度上昇を認めた.赤血球沈降速度は,54mm/時と延長していた.しかし,リウマトイド因子および抗核抗体は陰性であった.b-Dグルカンは7.4U/mlで上昇していなかった.Hb(ヘモグロビン)A1C5.8%で糖尿病は否定的であった.高齢であったが,初診時に発熱や眼痛以外の疼痛はなく,眼症状のほか全身状態は問題なかった.白内障手術から2年以上経過しており,創部も612あたらしい眼科Vol.31,No.4,2014図2初診時左眼前眼部鼻側所見白内障術後創部(白矢印)は鼻側にあり,その部位に眼脂の付着や縫合不全・房水漏出はなかった.前房蓄膿(黒矢頭)も確認できる.図3治療開始3週間後左眼前眼部所見前房内線維素・Descemet膜皺襞は完全に消失,左眼矯正視力(0.5).縫合不全や眼脂の付着などの感染徴候なく,漏出もなかった.急性発症の劇症の虹彩毛様体炎で,微細な角膜裏面沈着物とDescemet膜皺襞がみられ前房蓄膿も形成しており,眼痛,羞明,視力低下などの自覚症状が強いなどの自他覚所見がAAUと類似していた.しかし初発であり,高齢発症である点が典型的ではなかった.診断的治療として,デカドロン結膜下注射(1mg)を行い,翌日増悪した場合,もしくは改善を認めない場合は,前房穿刺を行い培養,病理検査を行う方針とした.翌朝(2月19日)には眼痛が著明に改善し,前房炎症も改善傾向であった.感染性も完全には否定できずステロイド薬内服は保留とし,0.1%リンデロンおよびニューキノロン系点眼を2時間ごと点眼で,トロピカミド・フェニレフリン合剤点眼を1日4回点眼で追加した.その後徐々に前房炎症は改善傾向を示し眼底も十分透見できるようになったため,抗生剤内服および静脈内投与,硝子体手術は行わな(134) かった.左眼眼底上,明らかな網膜血管炎やその瘢痕病巣は見当たらなかった.また,前房穿刺による細菌真菌培養や鏡検,前房水PCR(polymerasechainreaction)検査も行わなかった.ステロイド結膜下注射および点眼で改善傾向にあることより,AAUと診断したが,依然として炎症が強く,初診4日目(2月22日)より点眼はそのままでプレドニゾロン内服20mg/日を開始した.治療開始3週(3月11日)で,線維素塊,前房蓄膿,毛様充血は消失し炎症も沈静化した(図3).この時点でHLA-B27およびB51は陰性であることが確認された.以後,2週ごとに点眼およびステロイド薬内服は漸減し,治療開始6週(4月1日)で内服を終了した.治療開始6週の時点で,左眼矯正視力は(0.9)まで改善し,7カ月経過した現時点で再発はない.II考按AAUは,急性発作的に,毛様体無色素上皮細胞の血液眼関門が破綻し,前房内への炎症細胞浸潤,前房内蛋白濃度の上昇を生じると考えられている.さらに炎症細胞の活性化により血液房水関門を含む組織障害が進行することにより角膜後面沈着物あるいは線維素析出や線維素性の前房蓄膿を生じる5).通常は片眼性だが,両眼に生じることもある1,5,6).副腎皮質ステロイド薬によく反応し,炎症は通常3週間程度で改善,3カ月以内には大部分が治癒するが,再発が多い5).類似の症状を呈する疾患の鑑別として,Behcet病,糖尿病虹彩炎,梅毒性ぶどう膜炎,前部強膜炎,白内障をはじめとする前眼部内眼手術後の眼内炎などがあげられる.Behcet病に関しては,眼症状以外の全身所見の有無で鑑別が可能である.また,糖尿病虹彩炎や梅毒性ぶどう膜炎を除外するためにも,既往歴の聴取と血液検査は有用である.前部強膜炎との違いは,炎症の主座が,虹彩側か強膜側かによるが,びまん性の前房炎症の場合は,鑑別が困難である.強膜炎の原因となる,関節リウマチ,Wegener肉芽腫症などの基礎疾患の有無を確認することは最低限必要となる.また,白内障手術創口部付近の虹彩鼻側上方側に虹彩萎縮が初診時から治療後(図3)もみられ,この所見からヘルペス虹彩炎の可能性も考えられた.しかし,治療経過で拡大することもなく存在し,眼圧上昇もなかったことから,手術による虹彩萎縮ではないかと考えた.白内障術後眼内炎は,通常,術後早期(1週間以内)の発症で,半年以内の報告が多い7).また,基礎疾患に糖尿病がある患者に,術後2年以上経過して,縫合糸から眼内炎を生じた報告はある8).本症例は術後2年経過しており,創部に縫合不全や眼脂などの感染徴候はなかった.また,糖尿病の既往もなかったことより,本症例は,白内障術後眼ではあったが,感染性眼内炎のリスクは低い患者であった.以上のように,前房炎症をきたす疾患の多くがAAUとの(135)鑑別にあがるが,全身的な疾患の検索のほかに,初発発症年齢も,診断を進める手がかりとなる.ぶどう膜炎では一般的には,原田病は若年者から高齢者までみられるが,若年性特発性関節炎(juvenileidiopathicarthritis:JIA)に伴う虹彩炎や,Behcet病は若年者で有意に多い.わが国では,澁谷らの統計9)によると,65歳以上の高齢発症(144例)のぶどう膜炎では,Behcet病に関しては,高齢発症の症例がなく,原田病,強膜炎は各々10例(7%)と11例(8%)で,青壮年層(20.64歳,245例)発症の原田病(23例9%),強膜炎(21例9%)と同頻度であったが,サルコイドーシスや悪性リンパ腫/仮面症候群の高齢発症は各々25例(17%)と7例(5%)で青壮年層発症のサルコイドーシス(20例8%),仮面症候群(0例0%)より高頻度であった.そしてAAUについては,20.64歳の青壮年発症(28例11%)に対して高齢発症(5例3%)と低頻度と報告している.このことは,Behcet病ほどではないにしても,他のぶどう膜炎に比較して,AAUでは高齢発症は稀であることを示している.外間らの1999年の報告1)では,AAU初発発症の平均年齢は38.2±13.7歳である.HLA-B27陽性群と陰性群に分けると,有意差はなくとも,HLA-B27陽性群のほうが,陰性群と比して若年に多いと一般的にいわれている.わが国では,先述した外間らの報告1)でHLA-B27陽性群が平均35歳,陰性群が41歳,吉貴らの報告2)ではHLA-B27陽性群の平均年齢が35歳,陰性群が55歳である.わが国では,これまでのAAUの初発症例の最高齢は,調べられた範囲では,吉貴ら2)の統計の,B27陰性群の75歳の患者であった.本症例は85歳が初発年齢であり,最高齢のAAUの報告と思われる.本症例のように70歳代以上の高齢者で,初発のAAUをきたす可能性はあるため,年齢だけで鑑別から除外することはできない.高齢発症のぶどう膜炎に遭遇したとき,術後眼内炎の他,糖尿病,関節リウマチや梅毒,悪性リンパ腫など全身疾患だけなく,AAUも念頭に入れておく必要もある.III結語高齢者発症のぶどう膜炎に遭遇した際は,内因性非感染性ぶどう膜炎も考慮することが必要である.高齢発症のAAUは稀であるが,前房の炎症が主体であれば高齢発症のAAUの可能性も考え鑑別することが求められる.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)外間英之,後藤浩,横井秀俊ほか:急性前部ぶどう膜炎あたらしい眼科Vol.31,No.4,2014613 94症例の臨床的検討.臨眼53:637-640,19992)吉貴弘佳,小林かおり,沖波聡:ヒト白血球抗原(HLA)-B27陽性急性前部ぶどう膜炎.眼紀55:715-718,20043)RothovaA,vanVeenedaalWG,LinssenAetal:Clinicalfeaturesofacuteanterioruveitis.AmJOphthalmol103:137-145,19874)PowerWJ,RodriguezA,Pedroza-SeresMetal:OutcomesinanterioruveitisassociatedwiththeHLA-B27haplotype.Ophthalmology105:1646-1651,19985)岩田光浩:急性前部ぶどう膜炎.眼科49:1199-1208,20076)望月學:急性前部ぶどう膜炎.臨眼42:9-12,19887)薄井紀夫,宇野敏彦,大木孝太郎ほか:白内障に関連する術後眼内炎全国症例調査.眼科手術19:73-79,20068)井幡紀子:白内障手術後2年経過して発症した眼内炎の1例.眼臨91:941-942,19979)澁谷悦子,石原麻美,木村育子ほか:横浜市立大学附属病院における近年のぶどう膜炎の疫学的検討(2009-2011年).臨眼66:713-718,2012***614あたらしい眼科Vol.31,No.4,2014(136)

特発性虹彩毛様体炎と診断されていた糖尿病虹彩炎の臨床経過

2014年4月30日 水曜日

《第47回日本眼炎症学会原著》あたらしい眼科31(4):605.609,2014c特発性虹彩毛様体炎と診断されていた糖尿病虹彩炎の臨床経過村岡督高山圭田口万蔵石川聖竹内大防衛医科大学校眼科学教室ClinicalFeaturesofDiabeticIritisPatientsDiagnosedwithIdiopathicIridocyclitisTadashiMuraoka,KeiTakayama,ManzoTaguchi,ShoIshikawaandMasaruTakeuchiDepartmentofOphthalmology,NationalDefenseMedicalCollege原因不明のぶどう膜炎あるいは特発性虹彩毛様体炎の診断にて防衛医科大学校病院眼科を紹介受診し,糖尿病虹彩炎と診断された6例8眼(47.71歳)を診療録より後ろ向きに調査した.全例が無治療糖尿病患者であり,空腹時血糖値は301±58(230.376)mg/dl,HbA1C(ヘモグロビンA1C)は12.5±1.1(10.7.13.7)%であり,尿定性試験で尿糖および尿蛋白が全例陽性であった.前房内浸潤細胞が全眼で認められ,フィブリン析出が6眼,角膜後面沈着物が4眼,虹彩後癒着が6眼,前房蓄膿が2眼にみられた.糖尿病網膜症なしは1眼,単純糖尿病網膜症は4眼,増殖前糖尿病網膜症は3眼であった.全例でステロイド薬および散瞳薬の点眼,血糖コントロールを開始し,23.1±21.5日(3.60日)で軽快した.受診を自己中断した2例を除き血糖コントロールが継続され,その後虹彩毛様体炎の再発を認めなかった.糖尿病虹彩炎は特発性として見逃される症例があり,虹彩毛様体炎をみたときには血糖値検査や尿検査を行う必要があると考えられた.Weretrospectivelyreviewed6patients(8eyes)diagnosedwithdiabeticiritisatNationalDefenseMedicalCollegeHospitalfromMarch2011toSeptember2012.Allhadbeenreferredtoourhospitalashavingidiopathiciridocyclitis.Meanagewas58.0±10.1years.Allhaduntreateddiabetesmellitus;fastingplasmaglucoselevelswas301±58mg/dlandhemoglobinA1C(HbA1C)was12.5±1.1%atpresentation.Urinalysisshowedpositiveforglucoseandproteininallpatients.Oneeyehadnodiabeticretinopathy,4eyeshadsimplediabeticretinopathyand3eyeshadpreproliferativediabeticretinopathy.Iridocyclitisremissionwasachievedinallpatientsbycorticosteroideye-dropsandmedicaltreatmentfordiabetesmellituswithameandurationof23.1±21.5days(3.60days).Sincediabeticiritisisoftenmisdiagnosedasidiopathiciridocyclitis,plasmaglucoselevelandurineglucoseshouldbeexaminedinpatientswithiridocyclitis.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(4):605.609,2014〕Keywords:糖尿病虹彩炎,糖尿病性ぶどう膜炎,特発性虹彩毛様体炎,無治療糖尿病,前部ぶどう膜炎.diabeticiritis,uveitisassociatedwithdiabetesmellitus,idiopathiciridocyclitis,untreateddiabetesmellitus,anterioruveitis.はじめに1868年にNoyes1)が糖尿病患者における虹彩毛様体炎を報告後,糖尿病以外に原因が考えられない虹彩毛様体炎の報告2.6)が数多くされてきた.いずれも血糖コントロールの不良な患者において急性で強い炎症を伴う漿液性線維素性虹彩毛様体炎を呈するなどの共通した特徴が認められ,糖尿病虹彩炎として知られている.1935年にWaiteとBeetham7)は,糖尿病患者と非糖尿病患者でぶどう膜炎の発生頻度に有意差を認めなかったことを報告したが,これまで国内外を問わず,糖尿病患者は非糖尿病患者よりもぶどう膜炎の合併が多く,特に前部ぶどう膜炎の合併が多いことが多数報告2,8.10)されている.わが国では,糖尿病患者の0.3%11).6.8%2)が虹彩毛様体炎を発症し,ぶどう膜炎疫学調査の多施設共同研究ではぶどう膜炎患者の〔別刷請求先〕村岡督:〒359-8513埼玉県所沢市並木3.2防衛医科大学校眼科学教室Reprintrequests:TadashiMuraoka,DepartmentofOphthalmology,NationalDefenseMedicalCollege,3-2,Namiki,Tokorozawacity,Saitama,JAPAN0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(127)605 1.6%12)に,首都圏の診療所を受診したぶどう膜炎患者ではその16.4%13)に糖尿病虹彩炎がみられることが報告されている.今回筆者らは,原因不明のぶどう膜炎あるいは特発性虹彩毛様体炎として紹介され,糖尿病虹彩炎の診断に至った症例を複数例経験したので報告する.I対象および方法平成23年3月から平成24年9月までの1年6カ月の間に,原因不明のぶどう膜炎あるいは特発性虹彩毛様体炎の診断で防衛医科大学校病院眼科を受診し,糖尿病虹彩炎と診断された6例8眼を診療録より後ろ向きに検討した.本研究は,防衛医科大学校病院倫理委員会の承認を得て施行された.II結果男性4例4眼,女性2例4眼,発症時の平均年齢は58.0±10.1歳(47.71歳)で,右眼のみの発症が3例(50.0%)左眼のみの発症が1例(16.7%),両眼発症が2例(33.3%)(,)であった.過去に虹彩毛様体炎の既往が4例(66.7%),高血圧症の既往が2例(33.3%),脂質異常症の既往が2例(33.3%),喫煙習慣および飲酒習慣が2例(33.3%)であった.全6例(100%)が無治療の2型糖尿病であり,2例(33.3%)は眼科受診を契機に初めて糖尿病が発見された(表1).初診時の主訴は,視力低下,霧視,充血がそれぞれ7眼(87.5%),眼痛が6眼(75.0%),流涙が1眼(12.5%)であった(表2).全身症状として,口腔内アフタ性潰瘍,陰部潰瘍,皮膚症状,腰背部痛を有するものはなかった.検査所見は,logMAR(logarithmicminimumangleofresolution)視力0.88±0.77,眼圧17.0±3.5mmHg,BMI(体重指数)24.5±2.9kg/m2,空腹時血糖値301±58(230.表1糖尿病虹彩炎患者(全6例8眼)性別男性4例4眼女性2例2眼平均年齢58.0±10.1歳(47.71歳)発症眼右眼のみ左眼のみ3例(50.0%)1例(16.7%)両眼発症2例(33.3%)既往歴過去に虹彩炎の既往高血圧症の既往4例(66.7%)2例(33.3%)脂質異常症の既往喫煙習慣および飲酒習慣2例(33.3%)2例(33.3%)糖尿病歴無治療の2型糖尿病6例(100%)うち,2例は眼科受診を契機に発見された.376)mg/dl,HbA1C(ヘモグロビンA1C)12.5±1.1(10.7.13.7)%,BUN(血中尿素窒素)13.3±3.3mg/dl,クレアチニン0.63±0.16mg/dl,eGFR(推算糸球体濾過量)97.1±22.5ml/min/1.73m2,尿定性検査で尿糖および尿蛋白が全6例(100%)で陽性,尿ケトン体が2例(33.3%)で陽性であった.その他の検査結果を合わせて表3に示す.前眼部所見として,前房微塵が全8眼(100%)で認められ,フィブリン析出が6眼(75.0%),角膜後面沈着物が4眼(50.0%),虹彩後癒着が6眼(75.0%),前房蓄膿が2眼(25.0%)にみられた(表4).糖尿病網膜症を認めなかったのは1眼(12.5%),単純糖尿病網膜症が4眼(50.0%),増殖前糖尿病網膜症が3眼(37.5%)に認められた(表5).全例で副腎皮質ステロイド薬の点眼および散瞳薬の点眼を開始し,内科管理下で血糖値をコントロールした.糖尿病虹彩炎は全例で軽快し,発症から軽快までの期間は3.60日(23.1±21.5日)であった.軽快時のlogMAR視力は0.37±0.50であり,発症時に視力低下を認めなかった1眼を除き改善を認め(図1),有意な眼圧下降もみられた(図2),(p<0.01,Wilcoxonsigned-ranktest).虹彩毛様体炎軽快時には全例で尿定性試験における尿糖,尿蛋白,尿ケトン体は陰性であった.単純糖尿病網膜症から網膜症が進行した1眼および増殖前糖尿病網膜症を生じた2眼に対しては糖尿病虹彩炎軽快後に網膜光凝固治療が開始された.増殖前糖尿病網膜症であった1眼においては光凝固が施行されず硝子体出血に至った.軽快後は,受診を全科で自己中断した2例を除いて血糖コントロールが継続され,その後虹彩毛様体炎の再発を認めなかった(平均観察期間5.6±1.9カ月).III代表症例患者:62歳,女性.主訴:両眼充血,霧視.現病歴:過去2年間に虹彩毛様体炎の発症とステロイド点眼治療による軽快を繰り返していた.8度目の虹彩毛様体炎を発症し,左眼に前房蓄膿が認められたため,特発性虹彩毛様体炎の診断で防衛医科大学校病院眼科を紹介受診した.表2主訴(全8眼)主訴視力低下霧視充血眼痛流涙眼数(割合)7眼(87.5%)7眼(87.5%)7眼(87.5%)6眼(75.0%)1眼(12.5%)*重複含む.606あたらしい眼科Vol.31,No.4,2014(128) 表3検査所見(全6例8眼)検査項目検査結果検査項目検査結果検査項目検査結果視力(logMAR)0.88±0.77眼圧(mmHg)17.0±3.5空腹時血糖(mg/dl)301±58HbA1C(%)12.5±1.1BMI(kg/m2)24.5±2.9BUN(mg/dl)13.3±3.3クレアチニン(mg/dl)0.63±0.16eGFR(ml/min/1.73m2)97.1±22.5尿糖定性陽性6例尿蛋白定性陽性6例尿ケトン体定性検査陽性2例AST(IU/l)21.3±9.3ALT(IU/l)26.3±17.2LD(IU/l)216±22Na(mEq/l)137±2K(mEq/l)4.2±0.3Cl(mEq/l)98±3WBC(/μl)7050±2350CRP(>0.3mg/dl)陽性2例Hb(g/dl)15.1±0.8Hct(%)43.6±2.8Plt(×104/μl)20.7±4.8PRP・TPHA定性陽性0例HBs-Ag定性陽性0例抗HCV-Ab陽性0例Mean±SD.logMAR:logarithmicminimumangleofresolution,BUN:血中尿素窒素,AST:アスパラギン酸・アミノ基転移酵素,Na:ナトリウム,WBC:白血球,Hb:ヘモグロビン,PRP:血小板浮遊血漿,TPHA:梅毒トレポネマ血球凝集反応,ALT:アラニン・アミノ転移酵素,K:カリウム,CRP:C反応性蛋白,Hct:ヘマトクリット,HBs-Ag:B型肝炎表面抗原,BMI:体重指数,eGFR:推算糸球体濾過量,LD:乳酸脱水素酵素,Cl:塩素,Plt:血小板,HCV-Ab:C型肝炎ウィルス抗原.表4前眼部所見(全8眼)所見眼数(割合)前房微塵8眼(100%)フィブリン析出6眼(75.0%)角膜後面沈着物4眼(50.0%)虹彩後癒着6眼(75.0%)前房蓄膿2眼(25.0%)*重複含む.p<0.010.53±0.56少数視力0.75±0.5310.10.01発症時軽快時(n=8)図1糖尿病虹彩炎発症時と軽快時のlogMAR視力の比較糖尿病虹彩炎発症時のlogMAR視力は0.88±0.77(少数視力平均0.53±0.56),軽快時のlogMAR視力は0.37±0.50(少数視力平均0.75±0.53)であり,発症時に視力低下を認めなかった1眼を除いて視力改善を認めた(Wilcoxonsigned-ranktest).既往歴:60歳頃に糖尿病と診断されていたが,通院を自己中断していた.初診時所見:矯正視力は右眼(0.01),左眼15cm指数弁,右眼眼圧14mmHg,左眼眼圧17mmHgであった.前眼部表5当科初診時における糖尿病網膜症の病期(全8眼)糖尿病網膜眼数(割合)なし1眼(12.5%)単純糖尿病網膜症4眼(50.0%)増殖前糖尿病網膜症3眼(37.5%)p<0.0117.0±3.513.9±3.624222018161412108発症時軽快時(n=8)図2糖尿病虹彩炎発症時と軽快時の眼圧の比較糖尿病虹彩炎発症時の眼圧は17.0±3.5mmHg,軽快時眼圧は13.9±3.6mmHgであり,全例で眼圧の低下を認めた(Wilcoxonsigned-ranktest).は両眼ともに毛様充血と前房内に細胞浸潤とフィブリン析出を呈し,左眼には虹彩後癒着と前房蓄膿を認めた.両眼に白内障があり,前部硝子体中の炎症性細胞や硝子体混濁は不明瞭であった.眼底は点状出血と軟性白斑を呈し,福田分類(129)あたらしい眼科Vol.31,No.4,2014607 BIに相当する増殖前糖尿病網膜症と考えられた.全身検査所見:口腔内アフタ,陰部潰瘍,皮膚病変は認めなかった.空腹時血糖値300mg/dl,HbA1C13.5%,尿定性試験で尿糖,尿蛋白,尿ケトン体いずれも陽性であった.各種ウイルス抗体価にも異常は認めなかった.治療開始前に採取した前房水のmultiplexPCR(polymerasechainreaction)の結果は,16SrRNA,28SrRNAともに陰性であり,ヘルペス属ウイルスDNAも検出されなかった.HLA(ヒト白血球抗体)検査ではBW51,B27抗原は検出されなかった.X線検査および心電図検査では明らかな異常を認めなかった.経過:以上の眼所見および全身検査結果から,糖尿病虹彩炎と診断した.ステロイド点眼と散瞳薬点眼による治療を開始し,内科で無治療糖尿病に対する血糖コントロールを入院管理下で開始した.治療開始後に眼炎症所見は消失傾向を呈し,治療開始3週間後には軽快し退院した.軽快時矯正視力は右眼(0.08),左眼(0.08)であった.退院後は再発なく経過し,両眼の白内障に対して水晶体再建術を施行し矯正視力は右眼(0.8),左眼(0.9)となり,汎網膜光凝固術を開始した.糖尿病虹彩炎が軽快して半年後以降は全科で受診が途絶えた.IV考按糖尿病虹彩炎は男性に多いという報告5)もあれば,女性に多いという報告2)もある.発症時平均年齢については40.50歳代が多いとする報告3.6)が多く,片眼性にも両眼性にも発症する.筆者らの症例も過去の報告に合致していた.自覚症状については,半数以上で視力低下,霧視,充血,眼痛を訴えていた.92.3%で眼痛を訴えるとする報告6)があり,虹彩毛様体炎に伴う眼痛も糖尿病虹彩炎に特徴的な症状であると考えられた.前眼部所見において,前房内浸潤細胞が全例で認められたことは久納ら6)の報告と一致しており,角膜後面沈着物17%5).85%6),虹彩後癒着が6.3%2).50%10),前房蓄膿は3.8%2).56%5)と過去の報告はさまざまだが,筆者らの症例でも前眼部に同様の所見が認められた.藤原ら4)は,糖尿病患者における前房蓄膿性虹彩炎の房水検査によって多数の多核白血球の間に杆菌を認めたことから虹彩毛様体炎の発生に感染症の関与の可能性を報告しているが,筆者らの症例においては房水を用いたmultiplexPCR検査で感染を示唆する結果はみられなかった.病理学的に糖尿病では虹彩血管内皮細胞間接着構造に離開が認められる14,15)こと,糖尿病患者のほうが前房内蛋白濃度やフレア値が高い16.18)ことが知られているが,糖尿病に合併する虹彩毛様体炎の発生機序については現在も明らかになっていない.そのため,糖尿病に合併する虹彩毛様体炎は非特異的な虹彩毛様体炎であるとの説もあるが,いずれの報告608あたらしい眼科Vol.31,No.4,2014でも血糖コントロール不良の糖尿病患者に発症しているという共通事項がある.筆者らの症例においても,検査所見で最低でも空腹時血糖値が230mg/dl,HbA1Cが10.7%であり,尿糖,尿蛋白および尿ケトン体が陽性となる程度にまで血糖コントロールが不良な状態であった.今回の症例の半数以上に虹彩毛様体炎の既往がある一方,栗原らの報告5)と同様に良好な血糖コントロール管理下では再発を認めていない.また,軽快時には尿糖,尿蛋白も陰転化する程度に腎機能は保たれていた.血糖コントロール不良な状態で発症するが,血糖管理により再発が抑制されること,糖尿病網膜症が進展していない状態であっても発症すること,糖尿病による腎機能障害がそれほど進行していなかったことから,慢性的な血糖コントロール不良よりも高血糖状態そのものが発症機序に関与している可能性が示唆された.Noyes1)による初期の報告でも発症時に尿糖を呈していたことが報告されているが,血糖値測定に加えて,非侵襲的検査でかつ迅速に結果が確認できる尿定性試験の有用性も見出された.糖尿病虹彩炎は,ステロイドの局所治療と血糖コントロールにより比較的短期間で軽快することが知られている6,19).筆者らの症例も全例が無治療の糖尿病患者であり血糖コントロールも悪い状態であったが,ステロイドの局所治療と血糖コントロールにより比較的短期間で軽快し視力も改善している.提示症例のように,ステロイド点眼による治療のみでは発症と軽快を繰り返す場合がある.糖尿病による網膜症変化がない症例にも生じ,ステロイド点眼により比較的早期に軽快するため,原因不明のまま見逃されてしまう症例が少なくないと考えられる.今回の症例は,糖尿病を含めた全身検査を行っていれば早期に診断されていたことから,虹彩毛様体炎を診た際には糖尿病虹彩炎を鑑別疾患として考慮し,血糖測定や尿検査を行う必要があると考えられた.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)NoyesHD:Retinitisinglycosuria.TransAmOphthalmolSoc1:71-75,18682)島川真知子,小暮美津子:糖尿病に合併するぶどう膜炎.日眼会誌11:152-158,19863)OswalKS,SivarajRR,MurrayPIetal:Clinicalcourseandvisualoutcomeinpatientswithdiabetesmellitusanduveitis.BMCResNotes6:167,20134)藤原久,大賀仁,大槻美:糖尿病とぶどう膜炎糖尿病性虹彩炎は存在するか.眼臨87:14-17,19935)栗原千哉,後藤浩,高野繁:糖尿病虹彩炎の18例.眼(130) 臨86:2441-2444,19926)久納岳,原田敬,広川仁:糖尿病網膜症に合併するぶどう膜炎の検討.眼紀43:809-813,19927)WaiteJH,BeethamWP:Thevisualmechanismindiabetesmellitus.NEnglJMed212:367-379,19358)HerranzMT,Jimenez-AlonsoJ,Martin-ArmadaMetal:IncreasedprevalenceofNIDDMinanterioruveitis.DiabetesCare20:1797-1798,19979)RothovaA,BuitenhuisHJ,MeenkenCetal:Uveitisandsystemicdisease.BrJOphthalmol76:137-141,199210)RothovaA,MeenkenC,MichelsRPetal:Uveitisanddiabetesmellitus.AmJOphthalmol106:17-20,198811)亀山和子,大井いく子:前眼部を主とする糖尿病の眼合併症.眼臨75:1843-1847,198112)GotoH,MochizukiM,YamakiKetal:EpidemiologicalsurveyofintraocularinflammationinJapan.JpnJOphthalmol51:41-44,200713)坂井潤一,坂井美恵,横井秀俊ほか:内因性ぶどう膜炎の臨床統計診療所と大学病院の比較.眼臨101:290-292,200714)石橋達朗:糖尿病と血液眼関門病理組織学的研究.日本糖尿病学会総会記録32,p83-86,医学図書出版,199015)厳富燮,石橋達朗,岩崎雅之行:糖尿病患者の虹彩血管における透過性亢進の機序について.臨眼37:1251-1254,198316)MoriartyAP,SpaltonDJ:Laserflareintensityindiabetics.BrJOphthalmol79:299-300,199517)加藤聡,大鹿哲郎,船津英陽:糖尿病と前房蛋白濃度(APC)(5)前房蛋白濃度の上昇と虹彩血管障害の関係.日眼会誌96:1000-1006,199218)OshikaT,KatoS,FunatsuH:Quantitativeassessmentofaqueousflareintensityindiabetes.GraefesArchClinExpOphthalmol227:518-520,198919)北市伸義,石田晋,大野重昭:炎症性眼疾患の診療糖尿病虹彩炎.臨眼64:2010-2013,2010***(131)あたらしい眼科Vol.31,No.4,2014609

リファブチンによるぶどう膜炎の1例

2014年4月30日 水曜日

《第47回日本眼炎症学会原著》あたらしい眼科31(4):599.603,2014cリファブチンによるぶどう膜炎の1例岡部智子*1松本直*1岡島行伸*1渡辺博*1杤久保哲男*1坂井潤一*2*1東邦大学医療センター大森病院眼科*2東京医科大学眼科学教室ACaseofRifabutin-AssociatedUveitisTomokoOkabe1),TadashiMatsumoto1),YukinobuOkajima1),HiroshiWatanabe1),TetsuoTochikubo1)JunichiSakai2)and1)1stDepartmentofOphthalmology,TohoUniversitySchoolofMedicine,2)DepartmentofOphthalmology,TokyoMedicalUniversity緒言:投与中の薬剤が原因となって発症する薬剤性ぶどう膜炎が近年報告されている.薬剤性ぶどう膜炎を引き起こす薬剤の一つとしてリファブチンがあるが,わが国での報告は少ない.今回筆者らはリファブチンが原因と思われる薬剤性ぶどう膜炎を経験したので報告する.症例:82歳,女性.非結核性抗酸菌症に対するリファブチンとクラリスロマイシンの内服開始2カ月後に両眼性に前房畜膿を伴うぶどう膜炎を発症した.リファブチンによる薬剤性のぶどう膜炎を疑い,内服を中止した.ステロイドの局所投与にて改善を認めた.考按:リファブチンは日本では承認されてから数年しか経っておらず,リファブチンによる薬剤性ぶどう膜炎の報告はまだ少ないが,今後急増する可能性があると考えられた.Inrecentyears,thedevelopmentofdrug-induceduveitisfollowingdrugadministrationhasbeenreported.Oneofthedrugscausingdrug-induceduveitisisrifabutin,buttherearefewreportsofitinthiscountry.Wereportitatthistimebecauseweexperienceddrug-induceduveitisattributabletorifabutin.Thepatient,an82-year-oldfemale,developedhypopyonuveitisinbotheyescharacteristics2monthsafterstartinginternaluseofrifabutinandclarithromycinfornontuberculousacid-fastbacterialdisease.Idoubtedrifabutin-associateduveitisandcanceledtheinternaluse.Iacceptedimprovementbylocaladministrationofsteroid.RifabutinpassedonlyforseveralyearsafteritwasapprovedinJapan,andtherewerestillfewreportsofrifabutin-associateduveitis;however,itwasthoughtthattheconditionmightincreaserapidlyinfuture.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(4):599.603,2014〕Keywords:リファブチン,薬剤性ぶどう膜炎,前房蓄膿.rifabutin,Drug-induceduveitis,hypopyonuveitis.はじめに投与中の薬剤が原因となって発症する薬剤性ぶどう膜炎が近年報告されている.薬剤性ぶどう膜炎を引き起こす薬剤の一つとしてリファブチンがあり,クラリスロマイシンと併用した場合,用量によっては前部ぶどう膜炎を引き起こす可能性が40%にも達するといわれている1)が,わが国での報告は少ない.今回筆者らはリファブチンが原因と思われる薬剤性ぶどう膜炎を経験したので報告する.I症例患者:82歳,女性.主訴:右眼の違和感と視力低下.現病歴:平成24年1月9日右眼の違和感と視力低下を自覚し翌日に近医を受診した.右眼に前房蓄膿を伴うぶどう膜炎を認めた.ステロイドの結膜下注射を行い,0.5%レボフロキサシン点眼と0.1%リン酸ベタメタゾンナトリウム点眼を開始し,精査加療目的に同日,東邦大学医療センター大森病院を紹介受診となった.既往歴:当院呼吸器内科にて,非結核性抗酸菌症に対して内服加療中であった.クラリスマイシン・エタンブトール・リファンピシンの3剤にて内服治療を開始していたが,エタンブトールにて視力障害,リファンピシンにて口唇の乾燥の〔別刷請求先〕岡部智子:〒143-8541東京都大田区大森西7-5-23東邦大学医療センター大森病院眼科Reprintrequests:TomokoOkabe,1stDepartmentofOphthalmology,TohoUniversitySchoolofMedicine,7-5-23Omori-nishi,Ota-ku,Tokyo143-8541,JAPAN0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(121)599 副作用があり,平成23年11月からはリファブチン(300mg)とクラリスロマイシン(600mg)を内服していた.初診時所見:初診時,右眼視力0.04(i.d.×+4.00D),左眼視力0.5(1.0×+1.75D(cyl.1.00DAx80°),眼圧は右眼15mmHg,左眼11mmHgであった.右眼の前眼部所見として,微細な角膜後面沈着物,前房内に炎症細胞(+++),フィブリンの析出さらには比較的さらさらした前房蓄膿を認めた(図1).左眼の前眼部にも軽度の前房内炎症があり,両眼に虹彩炎が確認できた.右眼の眼底は透見不能であったが,左眼の眼底には明らかな所見は認めなかった.血液検査ではCRP(C反応性蛋白):0.9mg/dlと上昇していたが,WBC(白血球)は6,800/μlと正常範囲であった.ほか補体価:52.7,Ig(免疫グロブリン)G:1,646mg/dl,IgA:493mg/dlと上昇,ACE(アンギオテンシン変換酵素):7.3U/l,IgM:44mg/dlは低下していたが特定の疾患を疑うものは認めなかった.胸部X線では右肺野・左中下肺野の線状影や網状影を認めた.これは結核の所見と思われ,以前のX線所見とは著変は認めていなかった.経過:近医ですでに右眼にデキサメサゾンの結膜下注射を受けており,同日の当院受診時には右眼は自覚症状では改善していた.0.5%レボフロキサシン点眼と0.1%リン酸ベタメタゾンナトリウム点眼薬を両眼に変更し,散瞳薬を追加した.リファブチンの副作用の可能性も考えられ,本人の強い希望にて呼吸器内科と相談のうえ,翌日からリファブチン内服を中止した.翌日には両眼に前房蓄膿を認めたため,両眼にデキサメサゾン4mg結膜下注射を施行した.治療開始3日目には右眼視力(0.4)と改善を認めるものの,左眼視力(0.02)と低下し,再度両眼に結膜下注射を施行した.以後も両眼とも改善傾向は認めるが,炎症は強かったため結膜下注射を数回施行した.その後は経時的に改善を認めた.デキサメサゾン点眼ならびに連日の結膜下注射にて炎症は軽減し,視力は改善した(図2).治療開始9日目の時点で前房内炎症はほぼ消失し,眼底には両眼とも滲出斑や出血はなく,視神経乳頭発赤も認めず,網膜病変がないことが確認できた(図3).1カ月後には炎症所見は消失し,その後再発は認めていない(図4).リファブチン内服開始頃から顔の皮膚に色素沈着を認めていたが,内服中止により改善した.II考按リファブチンは,リファンピシンなどを含むリファマイシン系薬剤の一つであり,商品名をミコブティンカプセルRといい,結核症・非結核性抗酸菌症・HIV(ヒト免疫不全ウイルス)感染患者における播種性MAC(Mycobacteriumaviumcomplex)症の治療薬として,日本では2008年7月に承認されたものである.リファンピシンと比べると抗菌活性はより強力であるが高い副作用をもつため,リファンピシ600あたらしい眼科Vol.31,No.4,2014ンに耐性があったり,副作用などでリファンピシンの使用が困難な場合に使用することとされている.リファブチンはリファンピシン耐性の結核菌の約30%に効果があるとされている.リファマイシン系薬剤の共通の副作用である血球減少症・肝機能障害などのほかに,リファブチン特有の副作用としてぶどう膜炎がある.非結核性抗酸菌症の70%を占めるのはMAC症であり,現在,肺MAC症の化学療法の原則はリファンピシン・クラリスロマイシン・エタンブトールの3剤による多剤併用が基本とされている2).そのため,リファンピシンを副作用や何らかの理由で使用できずリファブチンに変更した場合,通常リファブチンはクラリスロマイシンと併用されることになる.リファブチンはクラリスロマイシンと併用することによって血中濃度が1.5倍以上に上昇する3)といわれており,用量依存性であるリファブチンの副作用によるぶどう膜炎の発症率はその分高くなる4).リファブチン450mg単独投与でのぶどう膜炎の発症率は391例中7例(1.8%)であるのに対しリファブチン450mgとクラリスロマイシン1,000mgを併用した場合は389例中33例(8.5%)になったとの報告5)もある.また,リファブチン600mgとクラリスロマイシン1,000mgを併用した場合,前眼部ぶどう膜炎の発症頻度は40%にも達する1)ともいわれている.リファブチンによるぶどう膜炎の発症率は海外に比べてわが国では低く,筆者らが調べた限りでは7症例が報告されているにすぎない.日本結核病学会非結核性抗酸菌症対策委員会が推奨するガイドラインによれば,クラリスロマイシン併用時のリファブチンの初期投与量は150mg/日であり,6カ月以上副作用がない場合に300mg/日までの増加を可と定めており2),わが国においてリファブチンが300mgを超えて使用されることは多くはないと考えられ,そのため,日本での発症率はそれほど高くはなっていないと考えられる.これに比べ,海外ではリファブチンの投与量は300.600mgであり,ぶどう膜炎の発症頻度には大きく差がある.リファブチンによる薬剤性ぶどう膜炎としてわが国ですでに報告された7症例6.9)に,今回の1症例を加えた8症例の特徴を検討した(表1).発症年齢に特別の傾向はなく,性別は女性に多い.リファブチンによる薬剤性ぶどう膜炎の発症が用量依存性ということから,体の小さい女性のほうが体内の血中濃度が上昇しやすく,発症しやすいことにつながっている可能性があると考えられた.リファブチンの投与量は,2症例で150mg,1症例は不明であったが,5症例では300mgであった.内服を開始してから発症までの期間には2.3カ月が目立ち,今回も2カ月後であった.8症例中6症例は両眼であった.1例を除いてすべての症例でクラリスロマイシンを併用していた.前房蓄膿は1症例を除いて認めており(122) 図1右眼の初診時の前眼部写真角膜後面沈着物,前房内炎症細胞,フィブリンと前房蓄膿を認めた.図3治療開始9日目の眼底写真眼底に網膜病変は認めなかった.強い前房内炎症を伴うことがわかる.硝子体混濁は8症例中3症例で認めたが,血管炎の所見は認めなかった.治療は,リファブチンの内服中止とステロイドによる消炎が有効とされている.8症例中3症例は内服中止と,ステロイド点眼の(123)logMAR視力0.51.52.5日付0121/101/121/141/161/181/201/221/241/261/281/30:右眼:左眼デキサメサゾン4mg結膜下注射図2治療経過図4治療開始6カ月後の前眼部写真右眼に瞳孔不整は認めるが,両眼とも炎症の再発は認めていない.みにて改善したが,他3症例でステロイドの結膜下注射が必要であった.鑑別診断としては,前房蓄膿をきたすぶどう膜炎として,Behcet病・HLA(ヒト白血球抗原)-B27関連ぶどう膜炎・糖尿病虹彩炎・炎症性腸炎・リウマチ性関節炎に伴うぶどうあたらしい眼科Vol.31,No.4,2014601 表1国内でのリファブチンによる薬剤性ぶどう膜炎の報告症例年齢(歳)性別RBTの内服量内服から発症までの期間発症眼前房蓄膿硝子体混濁治療齋藤ら6)91女性150mg2カ月両眼++隅角癒着解離術・硝子体切除術齋藤ら6)72女性150mg7カ月右眼++内服中止・点眼齋藤ら6)83女性300mg6カ月両眼.+内服中止・点眼石口ら7)45男性300mg3カ月両眼+.内服中止・点眼・結膜下注射飯島ら8)80女性不明2カ月両眼+.内服中止・点眼福留ら9)64女性300mg2カ月両眼+.内服中止・点眼・結膜下注射福留ら9)81女性300mg2カ月右眼+.硝子体切除術岡部ら82女性300mg2カ月両眼+.内服中止・点眼・結膜下注射膜炎・仮面症候群(悪性リンパ腫)・細菌性眼内炎(内因性・外因性)などがあげられるが,今回の症例は,①両眼に発症したこと,②リファブチン内服開始2カ月後の発症であったこと,③リファブチンとクラリスロマイシンを併用していたこと,④リファブチンの内服中止および副腎皮質ステロイド薬の局所投与によく反応したこと,⑤網膜病変を認めなかったこと,⑥全身所見や臨床検査所見で上記の鑑別疾患に合致する所見がないことより,リファブチンによる薬剤性ぶどう膜炎の可能性が高いと考えた.リファブチンの副作用の発症機序は,①リファブチンまたはその代謝産物による中毒症の可能性(投与量に依存する)1,3,6,10.12),②リファブチンで死滅した抗酸菌または菌の放出物に対するアレルギー性炎症反応など10,13)が考えられているが,現在はまだ解明はされていない.今回の所見は,細菌由来のエンドトキシン(LPS)をラットやマウスに接種して惹起したendotoxin-induceduveitis14)の所見ときわめて類似していることから,本症においてもリファブチンの投与により結核菌の細胞壁から遊離したLPSが発症に関与している可能性も考えられた.リファブチンを継続すると高率に再発するため,リファブチンによる薬剤性ぶどう膜炎は早期に診断して内服薬の中止と副腎皮質ステロイド薬の局所投与による消炎治療が必要である.リファブチンは日本では承認されてから数年しか経っておらずリファブチンによる薬剤性ぶどう膜炎の報告はまだ少ないが,今後急増する可能性があると推測された.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)ShafranSD,DeschenesJ,MillerMetal:Uveitisandpseudojaundiceduringaregimenofclarithromycin,rifabutinandethanbutol.MACStudyGroupoftheCanadianHIVTrialNetwork.NEnglMed330:438-439,1994602あたらしい眼科Vol.31,No.4,20142)日本結核病学会非結核性抗酸菌症対策委員会,日本呼吸学会感染症・結核学術部会:肺非結核性抗酸菌症化学療法に関する見解-2008暫定.結核83:731-733,20083)HafnerR,BethelJ,PowerMetal:Toleranceandpharmacokineticinteractionsofrifabutinandclarithromycininhumanimmunodeficiencyvirus-infectedvolunteers.AntimicrobAgentsChemother42:631-639,19984)ShafranSD,SingerJ,ZarownyDPetal:Determinantsofrifabutin-associateduveitisinpatientstreatedwithrifabutin,clarithromycin,andethambutolforMycobacteriumaviumcomplexbacteremia:amultivariateanalysis.CanadianHIVTrialsNetworkProtocol010StudyGroup.JInfectDis177:252-255,19985)BensonCA,WilliamsPL,CohnDLetal:ClarithromycinorrifabutinaloneorinconbinationforprimaryprophylaxisofMycobacteriumaviumcomplexdiseaseinpatientswithAIDS:Arandomized,double-blind,placebo-controlledtrial.TheAIDSClinicalTrialsGroup196/TerryBeirnCommunityProgramsforClinicalResearchonAIDS009ProtocolTeam.JInfectDis181:1289-1297,20006)斎藤智一,尾花明,土屋陽子ほか:抗酸菌症治療薬リファブチンによりぶどう膜炎を生じた3例.日眼会誌115:595-601,20117)石口奈世理,上野久美子,栁原万里子ほか:リファブチンによる薬剤性ぶどう膜炎を生じた後天性免疫不全症候群の1例.日眼会誌114:683-686,20108)飯島敬,市邉義章,清水公也:リファアブチンに関連した前房畜膿を伴うぶどう膜炎.あたらしい眼科28:693695,20119)福留みのり,佐々木香る,中村真樹ほか:リファブチン関連ぶどう膜炎の2例.臨眼64:1587-1592,201010)KellerherP,HelbertM,SweeneyJetal:UveitisassociatedwithrifabutinandmacrolidetherapyforMycobacteriumaviumintracellulareinfectioninAIDSpatients.GenitourinMed72:419-421,199611)HavilirD,TorrianiF,DubeM:Uveitisassociatedwithrifabutinprophylaxis.AnnInternMed121:510-512,199412)KarbassiM,NikouS:Acuteuveitisinpatientswithasquiredimmunodeficiencysyndromereceivingprophylacticrifabutin.ArchOphthalmol113:699-701,199513)JacobsDS,PilieroPJ,KuperwaserMGetal:Acute(124) uveitisassociatedwithrifabutinuseinpatientswith14)RosenbaumJT,McDevittHO,GussRBetal:Endotoxinhumanimmunodeficiencyvirusinfection.AmJOphthal-induceduveitisinratasamodelforhumandisease.mol118:716-722,1994Nature286:611-613,1980***(125)あたらしい眼科Vol.31,No.4,2014603

インフリキシマブが有効であった関節リウマチによる壊死性強膜炎の1例

2014年4月30日 水曜日

《第47回日本眼炎症学会原著》あたらしい眼科31(4):595.598,2014cインフリキシマブが有効であった関節リウマチによる壊死性強膜炎の1例小溝崇史*1寺田裕紀子*1子島良平*1宮田和典*1望月學*1,2*1宮田眼科病院*2東京医科歯科大学大学院歯学総合研究科眼科学分野NecrotizingScleritisSecondarytoRheumatoidArthritisSuccessfullyTreatedwithInfliximabTakashiKomizo1),YukikoTerada1),RyoheiNejima1),KazunoriMiyata1)andManabuMochizuki1,2)1)MiyataEyeHospital,2)DepartmentofOphthalmology&VisualScience,TokyoMedicalandDentalUniversityGraduateSchoolofMedicine関節リウマチ(rheumatoidarthritis:RA)に伴う壊死性強膜炎が発症し,一眼は強膜穿孔により眼球摘出に至ったが,後に発症した僚眼の壊死性強膜炎はインフリキシマブで治療できた症例を経験したので報告する.症例は71歳,女性.右眼の霧視と疼痛を自覚した.右眼に強い強膜炎と,硝子体脱出を伴う強膜穿孔があった.左眼に異常所見はなかった.RAに伴う壊死性強膜炎による強膜穿孔と診断し,翌日に強膜穿孔を閉鎖する目的で,保存角膜と羊膜を用いて強膜補.術を行った.しかし,移植片と強膜の融解は進行し眼球摘出に至った.術後7カ月,左眼に壊死性強膜炎を発症した.右眼の経過より,難治性と判断し,副腎皮質ステロイド薬の内服に加えて,インフリキシマブ加療を開始した.現在,左眼の強膜炎発症後3年経過するが,強膜穿孔には至らずに強膜炎は消炎されている.難治性の壊死性強膜炎には,インフリキシマブが有効であると考えられた.A71-year-oldfemalewasreferredtoourclinicduetosevereocularpainandblurringofvisioninherrighteye.Ocularexaminationrevealedseverescleritisandscleralperforation,withvitreousprolapseintherighteye.Thelefteyewasnormal.Systemicexaminationrevealedthatthepatienthadbeensufferingfromrheumatoidarthritisformorethan20years.Thescleralperforationwascoveredwithgraftsoffrozenpreservedcorneaandamnioticmembrane.However,thescleralandcornealgraftsmeltedwithinaweekandtheeyewasenucleated.Sevenmonthsafterenucleation,scleritisoccurredinthelefteye.Inconsiderationoftheclinicalcourseoftherighteye,thescleritisinthelefteyewastreatedwithinfliximab(3mg/kg)togetherwithprednisolone(15mg/day),whichsuccessfullyresolvedtheseverescleritisofthelefteye.Infliximabisthereforerecommendedforrefractorynecrotizingscleritis.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(4):595.598,2014〕Keywords:壊死性強膜炎,関節リウマチ,インフリキシマブ,免疫抑制療法,強膜穿孔.necrotizingscleritis,rheumatoidarthritis,infliximab,immunomodulatorytherapy,scleralperforation.はじめに壊死性強膜炎は強膜炎の5%を占める稀な疾患であるが,予後はきわめて不良である1,2).重症例では,強膜穿孔し眼球摘出に至ることも少なくない.また,強膜炎は関節リウマチ(rheumatoidarthritis:RA)などの全身性の自己免疫性疾患を合併することがあるが,壊死性強膜炎では45.80%と高率に合併する1,2).抗ヒトTNF(腫瘍壊死因子)-aモノクローナル抗体であるインフリキシマブは,RAやCrohn病,眼科領域ではBehcet病などの治療に最近承認された免疫抑制薬であるが,海外では,強膜炎に対しても良好な治療効果が報告されている3,4).しかし,わが国でその報告は少ない.今回筆者らは,関節リウマチに伴う壊死性強膜炎を発症し,一眼は強膜穿孔により眼球摘出に至ったが,後に発症した僚眼の壊死性強膜炎はインフリキシマブで治療できた症〔別刷請求先〕小溝崇史:〒885-0051宮崎県都城市蔵原町6-3宮田眼科病院Reprintrequests:TakashiKomizo,M.D.,MiyataEyeHospital,6-3Kurahara-cho,Miyakonojo,Miyazaki885-0051,JAPAN0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(117)595 例を経験したので,患者に理解と同意を取得したうえ,報告する.I症例患者:71歳,女性.主訴:右眼の霧視と疼痛.既往歴:1990年にRAを発症,内科においてブシラミンとロキソプルフェンで治療されていた.1998年より増悪したため,追加治療として関節内ステロイド注射を頻回に受けていた.疼痛コントロールは良好であったが,RAに伴う肘・膝・肩関節の拘縮と心不全もあるため,日常生活動作(activitiesofdailyliving:ADL)は不良であった.また,2006年に両眼の白内障手術を受けた.現病歴:2009年11月,右眼の霧視と疼痛を自覚し,同日に近医を受診した.強膜穿孔があり,翌日に宮田眼科病院(以下,当院)を紹介受診した.初診時所見:視力は右眼0.02(0.04×+3.00D),左眼0.5(1.5×.0.50D(cyl.1.25DAx150°)眼圧は右眼測定不能,左眼9mmHgであった.右眼に強い充血あり,強膜は上方が菲薄化しており,菲薄化した中央部は穿孔し硝子体の脱出があった(図1).前房にはfibrinを伴う強い炎症がみられた.眼底は透見不能であったが,超音波Bモード断層検査にて全周に脈絡膜.離,下方に漿液性網膜.離があった.左眼は前眼部・中間透光体・眼底に異常所見はみられなかっ毛様(,)た.経過:RAに伴う壊死性強膜炎による強膜穿孔と診断し,翌日に強膜穿孔を閉鎖する目的で,保存角膜と羊膜を用いて強膜補.術を行った.術後早期の移植片の生着は良好であったが,移植術後11日目より移植片と強膜の融解が生じた(図2).経過から感染の可能性は低いと考え,0.1%ベタメサゾン点眼6回/日に加え,プレドニゾロン20mgとアザチオプリン50mgの内服を開始した.しかし,内服開始後も移植角膜片の融解は軽快せず,移植片と強膜の融解部位はさらに広く深くなった.移植術後50日目に,眼球温存は困難と判図2強膜補.術後11日目の前眼部写真移植片と強膜に融解がみられる(矢印).図1初診時の右眼前眼部写真(下方視)点線で囲まれた黒い部分は,壊死融解し穿孔した強膜と脱出した硝子体である.図3再診時の左眼前眼部写真(下方視)強膜の菲薄化がみられる(矢印)が,穿孔はなかった.596あたらしい眼科Vol.31,No.4,2014(118) 図4最終受診時の左眼前眼部写真(左:正面視,右:下方視)上方強膜が菲薄化している(矢印)が,充血はなく,強膜炎は消炎されている.断し,眼球摘出術を行った.その間,左眼に異常所見はなかった.右眼球摘出術後の2カ月後より,肺水腫で内科に入院したため,当院への通院が途絶え,プレドニゾロンとアザチオプリンは中断していた.内科入院中,左眼に強膜炎を発症し,入院した病院の眼科で0.1%ベタメサゾン点眼により治療されていた.右眼球摘出7カ月後,肺水腫が軽快し内科を退院したため,当院を再診した.再診時所見(2010年8月):右眼は義眼が挿入され炎症所見はなかった.左眼は視力0.2(1.5×.0.25D(cyl.1.50DAx90°),眼圧は12mmHg,強膜深層血管に拡張あり,上方強膜は菲薄化していたが穿孔はなかった(図3).前房中にcell2+程度の虹彩炎がみられたが,中間透光体,眼底に異常所見はなかった.右眼の経過より,左眼も難治性の壊死性強膜炎と診断した.0.5%レボフロキサシン点眼4回/日,0.1%ベタメサゾン点眼4回/日,0.1%タクロリムス点眼2回/日に加えて,プレドニゾロン15mgの内服と内科に依頼してインフリキシマブ2mg/kgの点滴静注を行った.その後,骨粗鬆症の合併症のリスクを考慮し,プレドニゾロンを2カ月ごとに2.5mgずつ減量し,プレドニゾロン10mg/日に減量した時点でメトトレキセート8mg/週を併用し,1年6カ月かけてプレドニゾロンを中止した.現在までインフリキシマブ(2mg/kg)は継続している.インフリキシマブ導入前は,5.0であったCRP(C反応性蛋白)は導入後には1.0前後と減少し,関節リウマチのコントロールは良好である.2013年8月29日現在,壊死性強膜炎は消炎され,強膜の菲薄化はあるものの穿孔はなく(図4),視力も0.3(0.6×.0.5D(cyl.2.50DAx90°)と良好である.II考按強膜炎は,原因により感染性と非感染性に大別され,解剖学的には前部強膜炎(94%),後部強膜炎(6%)に分けられ,さらに,前部強膜炎はびまん性(75%),結節性(14%),壊死性(5%)に分類される2).このように壊死性強膜炎は稀な疾患であるが,強膜穿孔や眼球摘出に至り,予後が不良な例が少なくない1,2).本症例でも,右眼は壊死性強膜炎により強膜穿孔し,保存角膜と羊膜の移植による強膜補.術を行ったが,術後比較的短期のうちに眼球摘出に至った.壊死性強膜炎による強膜穿孔に対しては,大腿筋膜を用いた補.術で眼球温存が可能であったとの報告5)があるが,本例と異なり強膜穿孔前より免疫抑制薬を使用していた.本例では,強膜穿孔時,抗リウマチ薬と副腎皮質ステロイド薬点眼だけであり,強膜補.術後もしばらくの間,免疫抑制薬治療を行っていなかった.強膜補.術後の経過では,移植片の融解だけでなく,強膜の融解も進行したため,移植片の脱落の原因は,おもに拒絶反応でなく強膜炎の活動性が高かったことであると思われ,移植片の生着には免疫抑制薬治療を用いた強膜炎の十分な消炎が必要であると考えられた.壊死性強膜炎の治療は,局所治療のみでは不十分なことが多く,全身治療が必要である.全身治療の第一選択は副腎皮質ステロイド薬の内服だが,それ単独で治療可能なのは約3割であり,多くは免疫抑制薬の併用が必要であると報告されている1).さらに,すべての壊死性強膜炎で副腎皮質ステロイド薬と免疫抑制薬の併用が必要であるとしている6)との報告もある.さらに,免疫抑制薬の併用でも治療に難渋する症例では,インフリキシマブなどの生物学的製剤が有効との報告がある3,4,6).本例では,右眼摘出後,内科入院中に左眼に(119)あたらしい眼科Vol.31,No.4,2014597 も壊死性強膜炎を発症したが,治療は当院再診までの間,ステロイド点眼による局所治療のみであった.当院再診後速やかに,副腎皮質ステロイド薬,メトトレキセート,インフリキシマブの全身治療を行ったところ,右眼の経過とは異なり,左眼は強膜穿孔に至らずに強膜炎は沈静化した.また,RAに関しても,当院初診時,CRPは5.0で関節内ステロイド注射を頻回に受けるほどに関節炎は強く,肘・膝・肩関節の拘縮と心不全のためADLは不良であったが,当院最終受診時にはADLは変わらないもののCRPは1.0と低下し,RAのコントロール状態も改善した.以上のように,本例ではインフリキシマブが壊死性強膜炎の消炎とRAの療法に有効であったと考えられる.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)TuftSJ,WatsonPG:Progressionofscleraldisease.Ophthalmology98:467-471,19912)SainzdelaMazaM,MolinaN,Gonzalez-GonzalezLAetal:Clinicalcharacteristicsofalargecohortofpatientswithscleritisandepiscleritis.Ophthalmology119:43-50,20123)GalorA,PerezVL,HammelJPetal:Differentialeffectivenessofetanerceptandinfliximabinthetreatmentofocularinflammation.Ophthalmology113:2317-2323,20064)DoctorP,SultanA,SyedSetal:Infliximabforthetreatmentofrefractoryscleritis.BrJOphthalmol94:579583,20105)生杉,前川,福喜多ほか:Wegener肉芽腫症による強膜穿孔に対し自己大腿筋膜移植術を行った1例.臨眼54:381384,20006)SainzdelaMazaM,MolinaN,Gonzalez-GonzalesLAetal:Scleritistherapy.Ophthalmology119:51-58,2012***598あたらしい眼科Vol.31,No.4,2014(120)

尋常性白斑の診断を受けていたVogt-小柳-原田病の2例

2014年4月30日 水曜日

《第47回日本眼炎症学会原著》あたらしい眼科31(4):591.594,2014c尋常性白斑の診断を受けていたVogt-小柳-原田病の2例寺尾亮*1藤野雄次郎*1南川裕香*1杉崎顕史*1田邊樹郎*1菅野美貴子*2*1JCHO東京新宿メディカルセンター眼科*2河北総合病院眼科TwoCasesofVogt-Koyanagi-HaradaDiseasewithVitiligoPrecedingOcularDiseaseRyoTerao1),YujiroFujino1),YukaMinamikawa1),KenjiSugisaki1),TatsuroTanabe1)andMikikoKanno2)1)DepartmentofOphthalmology,TokyoKouseinenkinHospital,2)DepartmentofOphthalmology,KawakitaGeneralHospital尋常性白斑の診断を受けていて後に眼症を発症したVogt-小柳-原田病(VKH)の2例を報告する.症例1は74歳,女性.1998年頃から尋常性白斑と診断されていた.2010年10月中旬から右眼視力低下を自覚し近医を受診後,10月下旬当科を紹介受診した.両眼の網膜皺襞,右眼の漿液性網膜.離を認めた.蛍光眼底造影検査(FA)で両眼にびまん性点状蛍光漏出を認めた.VKHと診断しステロイドパルスを行い両眼の漿液性.離は治癒したが,夕焼け状眼底を呈した.症例2は64歳,女性.2000年頃から白斑が出現していた.2003年8月に近医で右眼白内障手術を施行.3週間後より急激に右眼視力低下と歪視を自覚し当科を紹介受診した.両眼に漿液性網膜.離を認めFAでびまん性点状蛍光漏出を認めた.VKHと診断しステロイドパルスを行い漿液性.離は治癒したが,夕焼け状眼底を認めた.VKHの皮膚白斑は回復期に出現するとされているが,本症例のように明らかな眼症状の出現に先行する症例も存在すると考えられた.Wereport2casesofVogt-Koyanagi-Haradadiseasethathadbeendiagnosedasvitiligovulgarisprecedingtheonsetofoculardisease.Case1,a74-year-oldfemale,presentedwithvisuallossinherrighteye;shehadbeendiagnosedwithvitiligo20yearsbefore.Fundusexaminationshowedserousdetachment(SRD)intherighteye;fluoresceinangiography(FA)revealeddiffusepinpointleakageinbotheyes.Thepatientreceivedsteroidpulsetherapyandwascured,withsunsetglowfundus.Case2,a64-year-oldfemale,complainedofvisuallossandanorthopiainherrighteye3weeksafterrightcataractsurgerywithoutcomplication;shehadsufferedfromvitiligo3yearsbefore.FundusexaminationshowedbilateralSRDandFAdiscloseddiffusepinpointleakageinbotheyes.Thepatientwassuccessfullytreatedwithsteroidpulsetherapyandsunsetglowfundusappeared.Thediagnosticcriteriaprescribesthatvitiligoshouldnotprecedeoculardisease,butexceptionalcasesmayexist.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(4):591.594,2014〕Keywords:Vogt-小柳-原田病,診断基準,夕焼け状眼底,皮膚白斑.Vogt-Koyanagi-Haradadisease,diagnosticcriteria,sunsetglowfundus,vitiligo.はじめにVogt-小柳-原田病(VKH)は全身のメラノサイトに対する自己免疫疾患で,眼症状の他に皮膚科,耳鼻科,神経内科領域の症状が出現する.病期は前駆期・眼病期・回復期の3期に分類される.前駆期では軽度感冒様症状や頭痛,耳鳴りなどが出現し,眼病期ではびまん性脈絡膜炎を主体とした汎ぶどう膜炎が起こり,回復期では夕焼け状眼底や角膜輪部色素脱失(杉浦徴候),皮膚症状が出現しはじめる.皮膚所見は一般的には回復期に出現するとされており,ReadらのVKHの診断基準においても皮膚症状の出現は「notprecedingonsetofoculardisease」と記載されている1).しかし,これまでに皮膚所見が眼症状に先行したVKH症例が数例報告されている2,3).今回,筆者らは尋常性白斑の診断を受けていて後に後眼部炎症を発症し,夕焼け状眼底を呈したVKHの2例を報告する.I症例1〔症例1〕74歳,女性.〔別刷請求先〕寺尾亮:〒162-8543東京都新宿区津久戸町5-1JCHO東京新宿メディカルセンター眼科Reprintrequests:RyoTerao,M.D.,DepartmentofOphthalmology,TokyoShinjukuMedicalCenter,5-1Tsukudocho,Shinjuku-ku,Tokyo162-8543,JAPAN0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(113)591 abcdabcd図1症例1a:2007年健診時の眼底写真.夕焼け状眼底はみられていない.b:初診時の右眼光干渉断層計.漿液性網膜.離を認める.c:頭部写真.両眉弓部(矢頭)と頬部(矢印)の左右対称な白斑を認める.d:治癒後の眼底写真.夕焼け状眼底を呈している.現病歴:2010年10月中旬から右眼視力低下を自覚したため10月末日近医を受診したところ,右眼の虹彩炎と後部ぶどう膜炎を指摘され,その2日後東京厚生年金病院(当院:現JCHO東京新宿メディカルセンター)眼科紹介受診した.既往歴:1982年頃から軽度の両眼の虹彩炎が数回出現していたが高度な視力低下を自覚することはなく,1991年以降は虹彩炎を起こしていなかった.また,2007年の健康診断時に撮影された眼底写真は眼底に異常を認めず,夕焼け状眼底は呈していなかった(図1a).1998年頃から頭部・顔面に左右対称性の白斑が出現し尋常性白斑の診断を受けていた(図1c).家族歴:特記事項なし.初診時所見:視力は右眼0.1(0.6×+2.50D(cyl.1.50DAx65°),左眼0.2(1.2×+2.50D(cyl.0.50DAx120°).眼圧は右眼14mmHg,左眼16mmHg.両眼とも前房内細胞なし.両眼とも網膜皺襞を認め,光干渉断層計にて右眼は漿液性網膜.離を認めた(図1b).蛍光眼底造影検査では両眼ともびまん性の点状蛍光漏出がみられた.血液検査では末梢血,生化学検査を含め異常項目はなく,髄液検査では細胞数は4/3μlと増多を認めなかった.また,白髪,禿,感音性難聴などは認めなかった.592あたらしい眼科Vol.31,No.4,2014経過:VKHと診断しメチルプレドニゾロン500mg/日,3日間のセミパルス療法,その後,後療法としてプレドニゾロン40mg/日内服から漸減し3カ月で内服を中止した.その後,2回,網膜皺襞が出現したが,その都度トリアムシノロンアセトニドのTenon.下注射を行い,眼底所見は改善した.両眼ともしだいに夕焼け状眼底を呈した(図1d).〔症例2〕64歳,女性.現病歴:2003年8月近医で右眼の視力低下に対し右眼白内障手術を施行.その3週間後より右眼視力の急激な低下と歪視を自覚し他医受診した.右眼眼底に広く網膜浮腫を認めたため精査・加療目的で当科を紹介受診した.既往歴:2000年頃から左下腹部と両眉弓部に白斑が出現していた(図2c).家族歴:特記事項なし.初診時所見:視力は右眼0.04(矯正不能),左眼0.05(0.4×+5.75D(cyl.1.75DAx90°).眼圧は右眼12mmHg,左眼15mmHgであった.両眼とも前房内細胞1+認め,右眼は眼内レンズ眼,左眼は極軽度の白内障がみられた.また,眼底は後極を中心に漿液性網膜.離がみられた.蛍光眼底造影検査では両眼ともびまん性の点状蛍光漏出および蛍光貯留を認めた(図2a,b).血液検査では末梢血,生化学検(114) cacabd図2症例2a:初診時眼底写真.夕焼け状眼底はみられていない.b:蛍光眼底造影検査.両眼のびまん性点状蛍光漏出を認める.c:頭部写真.両眉弓部(矢印)の左右対称性の白斑を認める.d:治療後の眼底写真.夕焼け状眼底を呈している.査を含め異常項目はなく,髄液検査では単核球数10/3μlと増多がみられた.また白髪,禿,感音性難聴などは認めなかった.経過:VKHと診断しメチルプレドニゾロン1,000mg/日,3日間のパルス療法を2クール行い,その後,後療法としてプレドニゾロン40mg/日内服から漸減した.漸減途中6mg/日のときに両眼後極部に網膜皺襞が出現したため,トリアムシノロンアセトニドのTenon.下注射を行った.2004年5月にプレドニン内服を中止し,それ以降,再発をみていない.両眼とも眼底はしだいに夕焼け状眼底を呈したが(図2d),視力は両眼矯正1.2を得た.なお,本2症例は報告にあたって本人の自由意思による同意(informedconsent)を得ている.II考察VKHの皮膚所見としては白毛,脱毛,白斑がある.皮膚白斑は左右対称性で,眼瞼周囲や頸部に認められるのが特徴的で,尋常性白斑との鑑別を要する4).白斑が先行したVKH症例に関する既報を示す(表1).井上らの報告2)は68歳,女性で,両眼周囲,頸部,手背に左右対称の境界明瞭な白斑が出現,その3年後に両眼の中心部(115)視力低下と歪視を自覚し,VKHと診断されている.内山らの報告3)は67歳,男性で,顔面,両手背,体幹に左右対称性の白斑が出現,さらに5年後に後頭部,肘中部に乾癬が出現していた.その1年後からぶどう膜炎と診断されていたが,さらに1年後に当院を受診され両眼白内障手術を施行したところ,術後眼底検査で夕焼け状眼底がみられたためVKHと診断されている.自験例について,症例1は初診時に滲出性網膜.離,蛍光眼底造影検査におけるびまん性点状蛍光漏出,また後期症状として夕焼け状眼底がみられた.Readらの診断基準では皮膚白斑が先行していたため皮膚所見の基準を満たしていないとすればprobableVKH,皮膚所見を含めた場合はincompleteVKHに該当する.1982.1991年頃の間に軽度虹彩炎のエピソードが数回あったが以降は一旦治まっており,皮膚白斑は1998年頃から出現していた.当院初診時より以前からVKHによる後眼部炎症が起こっていた,あるいは関連する非常に軽症のぶどう膜炎を繰り返していた可能性も考えられるが,2007年の眼底写真では夕焼け状眼底は呈していなかったため,この時点ではまだVKHのような汎ぶどう膜炎は発症しておらず,1991年以前に起きていた虹彩炎はVKHとは違う病態であったのではないかと考えられた.したがっあたらしい眼科Vol.31,No.4,2014593 表1皮膚白斑が先行したVogt-Koyanagi-Harada病の報告例報告者報告年年齢性皮膚所見経過眼所見井上ら2)200068歳女性1993年頃から両眼周囲,頸部,手背に左右対称の境界明瞭な白斑が出現.白斑出現3年後に中心部視力低下と歪視自覚.近医でぶどう膜炎を診断されステロイド点眼処方されたが,視力低下が進行したため紹介.初診時に視神経乳頭浮腫,滲出性網膜.離,周辺部夕焼け状眼底を認めた.内山ら3)201067歳男性1998年頃より顔面,両手背,体幹に左右対称性の白斑,5年後から後頭部,肘中部に乾癬が出現.白斑出現6年後からぶどう膜炎と診断されていた.2008年4月精査目的で紹介受診.ぶどう膜炎と白内障を認めた.初診の1週間後両眼の白内障手術を施行.術後に眼底を確認したところ,夕焼け状眼底を認めた.て,2010年10月の両眼性後眼部炎症がVKHの眼病期にあたり,それよりも皮膚所見のほうが先行していたと考える.症例2は今回の眼内炎症を起こす3年前から左下腹部と両眉弓部に白斑が出現していた.初診時に両眼滲出性網膜.離,蛍光眼底造影検査におけるびまん性点状蛍光漏出,脳脊髄液細胞増多,また後期症状として夕焼け状眼底を認めていた.片眼の白内障手術後に両眼性眼内炎症をきたしたため,内眼手術の既往のある場合を一律に交感性眼炎とする立場をとれば,本症も白内障手術が虹彩損傷のない小切開白内障手術であったとしても交感性眼炎に分類されることになる5).しかし,Kitamuraらは杉浦の診断基準によって診断されたVKH169症例をReadらの診断基準にあてはめたところ14症例が基準を満たしておらず,うち2症例は白内障手術既往のある症例であったと報告しており,通常の白内障手術の既往があるものがVKHの該当から除外されることについては疑問視している6).そのような意見も鑑み,本症例は白内障手術以前から存在した皮膚病変と今回の眼症を同一疾患と考えVKHと診断した.また,右眼白内障術前から緩徐なVKHによる炎症があった可能性もあるが,白内障手術を受けていない左眼は白内障も軽度でそれ以前に視力低下の自覚がないことから,その可能性は低く,今回のエピソードが初回の内眼炎であると考えられた.内眼手術歴以外の項目において検討すると皮膚所見を含まないのであればincompleteVKH,含めた場合はcompleteVKHに該当する.いずれの症例も白斑が主体ないし先行したVKHと考えられた.Readらの診断基準では白斑は眼症状に先行しないとされているが例外も存在する可能性があり,少なくとも左右対称性の特徴的な分布を示す皮膚白斑がみられた場合は,それが眼症状出現前でもVKHの可能性があると思われ,今後も症例を蓄積していく必要があると考える.文献1)ReadRW,HollandGN,RaoNAetal:ReviseddiagnosticcriteriaforVogt-Koyanagi-Haradadisease:reportofaninternationalcommitteeonnomenclature.AmJOphthalmol131:647-652,20012)井上裕悦,大西善博,榎敏生ほか:白斑が先行したVogt・Koyanagi・原田病.皮膚臨床42:214-215,20003)内山真樹,三橋善比古,大久保ゆかりほか:Vogt-Koyanagi-Harada病を合併した尋常性乾癬.皮膚病診療32:959962,20104)鈴木民夫,金田眞理,種村篤ほか:尋常性白斑診療ガイドライン.日皮会誌122:1725-1740,20125)DemicoFM,KissS,YoungLH:Sympatheticophthalmia.SeminOphthalmol20:191-197,20056)KitamuraM,TakamiK,KitachiNetal:ComparativestudyoftwosetsofcriteriaforthediagnosisofVogtKoyanagi-Harada’sdisease.AmJOphthalmol139:10801085,2005***594あたらしい眼科Vol.31,No.4,2014(116)

全身状態の悪化を招いたStreptococus pyogenesによる重症眼瞼部軟部組織炎の1例

2014年4月30日 水曜日

《第50回日本眼感染症学会原著》あたらしい眼科31(4):587.590,2014c全身状態の悪化を招いたStreptococcuspyogenesによる重症眼瞼部軟部組織炎の1例森川涼子*1佐々木香る*2田中智明*2大浦淳史*2細畠淳*1西田幸二*3*1大阪鉄道病院眼科*2星ヶ丘厚生年金病院眼科*3大阪大学医学部附属病院眼科ACaseofSeverePreseptalCellulitisCausedbyStreptococcusPyogenesRyokoMorikawa1),KaoruAraki-Sasaki2),TomoakiTanaka2),AtsusiOura2),JunHosohata1)andKohjiNishida3)1)DivisionofOphthalmology,OsakaRailwayHospital,2)DivisionofOphthalmology,HoshigaokaKoseinenkinHospital,3)DepartmentofOphthalmology,GraduateSchoolofMedicine,OsakaUniversity背景:A群b溶血性レンサ球菌(Streptococcuspyogenes:S.pyogenes)による軟部組織炎は重症化することがあり,toxicshockをきたした症例がすでに数例報告されている.症例:79歳,男性.平成24年6月下旬に,転倒により眼鏡縁で右眼瞼部をわずかに受傷.2日後に両側眼瞼.頬部までの高度腫脹,発熱(39℃台)を認め,近医外科から鉄道病院眼科へ搬送.創部の洗浄,抗生剤の局所投与と点滴投与後,皮膚科共観目的にて星ヶ丘厚生年金病院へ入院.経過:数日のうちにCRP(C反応性蛋白)の上昇とともに組織融解は広範囲に進行し,全身状態は悪化した.局所培養にてS.pyogenesが検出され,大量ペニシリンGとクリンダマイシンの全身投与,抗菌薬の点眼・軟膏に加え,局所掻爬にて治癒した.結論:外傷によるS.pyogenesの眼瞼部感染症の第一観察者となりうる眼科医は,S.pyogenesの組織破壊の重篤さを認識しておく必要がある.Background:CasesofsofttissueinflammationbyStreptococcuspyogenesmaybeadvancinginseverity,sometimesresultingintoxicshock.Case:A79-year-oldmalewasinjuredintherightpalpebralareabyhiseyeglasses.Bothsidesofhiseyelid-cheekwereswollen;2dayslaterhedevelopedfever(39degrees-Celsiuslevel).HewasconveyedtotheOsakaRailwayHospitalDivisionofOphthalmologywherethewoundwaswashedandantibioticswereadministeredlocallyandintravenously.HewasthenhospitalizedinHoshigaokaKoseinenkinHospital,underobservationbybothadermatologistandanophthalmologist.TissuenecrosisprogressedwithincreasedC-reactiveprotein(CRP)levelduringafewdays,andhisgeneralconditionbecameworse.S.pyogeneswasdetectedfromthenecrotictissueandhewastreatedwithintravenouspenicillinGandclindamycin.Antibioticeyedrops,ointmentandlocaldebridementwerealsoadded.Hisgeneralconditionthenresolvedandthenecroticregionhealed.Conclusion:ItisnecessaryforophthalmologiststorecognizetheseverityoftissuedestructionbyS.pyogenesandtocontactadermatologistorphysicianassoonaspossibleinsuchcases.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(4):587.590,2014〕Keywords:A群b溶血性レンサ球菌,前隔壁結合織炎,劇症型溶血性レンサ球菌感染症,外傷,壊死性眼瞼炎.Streptococcuspyogenes,preseptalcellulitis,streptococcaltoxicshocksyndrome,traumaticinjury,necrotizingfasciitis.はじめに今日,抗菌薬の進歩により,外傷後の細菌による感染は比較的治療しやすい状況である.しかし,抗菌薬の感受性にもかかわらず,菌による外毒素産生により急速に全身状態の悪化を招く場合もある.A群b溶血性レンサ球菌(Streptococcuspyogenes:S.pyogenes)は溶血性レンサ球菌中で最も高頻度に,ヒトに多彩な疾患を起こす.咽頭炎,猩紅熱,産褥熱,丹毒の起炎菌としてよく知られており,近年は突発的敗血症病態である劇症型溶血性レンサ球菌感染症(streptococcaltoxicshocksyndrome:STSS)が報告されている1.10).〔別刷請求先〕森川涼子:〒545-0053大阪市阿倍野区松崎町1丁目2-22大阪鉄道病院眼科Reprintrequests:RyokoMorikawa,M.D.,DivisionofOphthalmology,OsakaGeneralHospitalofWestJapanRailwayCompany,1-2-22Matsuzaki-cho,Abeno-ku,Osaka-shi545-0053,JAPAN0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(109)587 図1星ヶ丘厚生年金病院初診時右眼瞼の皮膚欠損,挫滅,融解と膿滲出を認めた.STSSは進行の速い組織融解性の致死性疾患であるため,S.pyogenesは俗に「人食いバクテリア」と称されることもある.今回,眼鏡による眼瞼部の微小な外傷を契機に,S.pyogenesによる重篤な軟部組織炎をきたした症例を経験したので,注意を喚起する意味を含め報告する.I症例患者:79歳,男性.家族歴:特記すべきことなし.既往歴:脳梗塞による片麻痺.主訴:両側眼瞼腫脹,発熱.現病歴:平成24年6月初旬に転倒し,眼鏡縁により右眼瞼部をわずかに受傷した.2日後に急速に両側眼瞼.頬部までの高度腫脹と発熱を認め,近医外科から休日急病診療所眼科を経て,大阪鉄道病院眼科へ搬送された.創部のイソジン洗浄,オフロキサシン眼軟膏塗布,抗生物質全身投与(セフォチアム塩酸塩キット1giv×2/日3日間)を行うも組織融解が進むため,皮膚科共観目的にて星ヶ丘厚生年金病院へ搬送となった.大阪鉄道病院初診時検査所見:発熱(39℃台)があり,採血にて白血球数増加(11,400/μl),CRP(C反応性蛋白)上昇(29.75mg/dl),LDH(乳酸脱水素酵素)271(正常値106.211),CPK(クレアチン・リン酸分解酵素)882(正常値56.244)と炎症反応および組織破壊を示す結果であり,BUN(血中尿素窒素)26(正常値8.23),クレアチニン0.6(正常値0.7.1.4)と軽度腎機能異常を認めた.星ヶ丘厚生年金病院初診時眼所見:右眼瞼は高度の組織融解を認め,局所から大量の膿滲出を認めた(図1).眼表面は結膜に高度の浮腫と充血を認めたが,角膜は透明であり,前房炎症は認めなかった.眼底には異常を認めなかった.経過:局所の膿培養にて,S.pyogenesが検出された.薬剤に対する感受性試験では,ペニシリンに対してE-testで感受性を認めた〔MIC(最小発育阻止濃度)=0.004μg/ml〕.また,レボフロキサシンおよびクリンダマイシンには,Disc588あたらしい眼科Vol.31,No.4,2014法で阻止円を19mm以上形成し,感受性を認めた.なお,同時に施行した血液培養は陰性であった.早速,ペニシリンG100万単位iv×6/日,クリンダマイシン600mgiv×4/日,オフロキサシン眼軟膏3回/日眼瞼塗布,クラビット点眼3回/日点眼を開始したところ,眼瞼腫脹および発熱は軽快し全身状態は速やかに快方に向かった.一方,眼瞼皮膚の創傷治癒は遅延していたため,治療開始10日後に融解眼瞼組織のdebridementを皮膚側から施行した.麻酔は壊死部のため疼痛を伴わず,点眼麻酔のみで行った.鑷子で融解組織を把持しながらバナス剪刀で切除し,比較的硬いしっかりした組織に到達するまで除去した.瞼板の存在は明らかではなく,眼瞼縁から眉毛下皮膚までの広範囲にdebridementを施行した.その際8倍希釈イソジンで消毒を行った(図2).以後数回のdebridementとともに,16倍希釈イソジン消毒を施行した.眼瞼皮膚の創傷は速やかに治癒に向かい,3週間後には肉芽形成,上皮修復を認めた(図3a).しかし,瘢痕拘縮による閉瞼不全のため,加療開始8週間後に,形成外科にて皮膚移植を施行した.6カ月後には,創部が目立たないまでに回復し,閉瞼可能となった(図3b).II考按S.pyogenesは細胞壁にM蛋白をもち免疫担当細胞の貪食から免れ,外毒素A,B,Cを産生することにより,重篤な感染症を引き起こすとされている.Toxicshocksyndromeを引き起こすことが知られている黄色ブドウ球菌の内毒素BとS.pyogenesの外毒素Aは,アミノ酸配列において50%のホモロジーをもち,いずれもa,b-tumornecrosisfactorの産生を促進して重篤な壊死性病変を形成する11).ToddとFishaut1)が1978年に初めて報告したSTSSは,上気道感染あるいは創傷感染後1.7日に突然の発熱,疼痛で発症し,急速に進行して,発病後数十時間以内には軟部組織壊死,急性腎不全,呼吸窮迫症候群(ARDS),播種性血管内凝固症候群(DIC)を引き起こし,ショック状態となることが記載されている.その致命率は実に30%以上とされており9),特に子供はS.pyogenesを上気道の常在菌として保有していることが多く,小児に生じた場合,深刻な事態となる2,7).今回の症例は,CentersforDiseaseControlandPrevention(CDC)が発表した診断基準(表1)10)と照らし合わせると,厳密にはSTSSには合致しないが,受傷後,数日のうちに急速に組織融解が進行して全身状態の悪化を招いたことから,皮膚科にてSTSSの前状態と診断された.鉄道病院では,応急処置・短期間の治療であったため,通常量の抗生物質投与と創部の洗浄・消毒のみ行い,また.debridementまでは至らなかった.このため抗生物質が病巣に十分に到達せず,治療効果が得られなかったと考えられる.転院後に早期より皮膚科と共観していたことが,速やかな治療,対処につなが(110) 図2初回debridement施行後の所見広範囲に壊死組織をdebridementにて除去した後に,眼瞼翻転せずに前面より観察した状態.角膜には障害はなく(下図),壊死組織を除去したあとの平滑な組織が確認される(上3枚パノラマ).表1StreptococcalToxicShockSyndromeの診断基準I.A群Streptococcus(Streptococcuspyogenes)が検出されることA:無菌部位から検出B:非無菌部位から検出aII.臨床所見A:低血圧(収縮期90mmHg)B:以下のうち2項目以上1.腎不全(クレアチニン≧2mg/dl,あるいはベースラインの2倍以上)2.凝血(血小板≦100,000/mm3)3.肝機能障害(sGOT,sGPT,TBが正常値の2倍以上)4.呼吸窮迫症候群5.紅斑b6.軟部組織炎IAとII(AとB)を認めれば,確定IBとII(AとB)を認めれば,疑いり,良好な経過を得たと考える.本症例と類似のS.pyogenesによる重症眼瞼軟部組織炎は,これまでにも数例報告されている1.9).今までの報告の代表例一覧を表2に示す.これらの既報と今回の症例の共通点は,1)微小な外傷から発症していること,2)健常者においても発症していること,3)発症時期が受傷後16時間から3日図3加療開始3週間後(a)および加療開始6カ月後(b)a:肉芽形成,上皮修復を認めたが,瘢痕拘縮により閉瞼不全となった.b:皮膚移植により,創部が目立たないまでに回復し,閉瞼可能となった.(111)あたらしい眼科Vol.31,No.4,2014589 表2S.pyogenesによる重症眼瞼軟部組織炎:既報のまとめ報告年著者患者年齢(歳)創の大きさ受傷.全身症状出現時期1995IngrahamHJ健常35mm2日目1991RoseGE飲酒歴505mm2日目(3例)飲酒歴502cm3日目会陰部カンジダ3不明不明1997MeyerMA健常62不明2日目1991KronishJW糖尿病27.73不明不明(13例)飲酒歴(1例死亡)健常など1991StoneL健常1.72cm16時間健常85mm1日目と非常に短いことである.迅速な診断が必要とされるが,局所の培養結果と発熱,脱水,低血圧,蛋白尿,血尿などの全身状態の変化に加え,頸部リンパ節腫脹が特徴的とされている4).また,菌血症に至る場合も少なくないため,本疾患を疑った場合には複数回の血液培養も施行すべきである.治療に関しては,いずれも本症例と同じく,積極的なdebridementとペニシリンを代表とする抗菌薬での加療が有効とされていた.また,場合によっては,血漿と交換や免疫グロブリン療法,ステロイド治療も効果的であるとされている3).なお,丹毒と軟部組織炎は,いずれもS.pyogenesによる皮膚感染症であるが,それぞれ病変の場が異なる.丹毒は真皮レベルを水平方向に急速に拡大する浮腫性紅斑と腫脹を特徴とする急性化膿性炎症であるが,軟部組織炎は丹毒よりさらに深い軟部組織(真皮深層から皮下脂肪組織)レベルが病変の場とされており,本症例の呼称としては丹毒ではなく軟部組織炎と判断した.近年,本症例のように,若年者や明らかに健康な成人の小さな外傷を契機とするS.pyogenesによる重篤な感染症が増加している3).急激に悪化する全身状態に備えて,第一観察者となりうる眼科医は,S.pyogenesの組織破壊の重篤さを認識しておく必要があり,外傷による軟部組織炎でこの菌が検出され,全身状態の悪化を認めた場合には,速やかに内科医・皮膚科医と連携を行う必要がある.また,局所の高度な組織破壊に関しては,積極的なdebridementが必要であることも経験した.謝辞:本症例の治療に当たり,共観およびご指導いただいた星ヶ丘厚生年金病院皮膚科加藤晴久先生,椿本和加先生にお礼申し上げます.文献1)ToddJ,FishautM:Toxic-shocksyndromeassociatedwithphage-group-IStaphylococci.Lancet2:1116-1118,19782)IngrahamHJ,RyanME,BurnsJTetal:StreptococcalpreseptalcellulitiscomplicatedbythetoxicStreptococcussyndrome.Ophthalmology102:1223-1226,19953)MeyerMA:Streptococcaltoxicshocksyndromecomplicatingpreseptalcellulitis.AmJOphthalmol123:841843,19974)RoseGE,HowardDJ,WattsMR:Periorbitalnecrotisingfasciitis.Eye5:736-740,19915)KronishJW,McLeishWM:Eyelidnecrosisandperiorbitalnecrotizingfasciitis.Reportofacaseandreviewoftheliterature.Ophthalmology98:92-98,19916)ConeLA,WoodardDR,SchlievertPMetal:Clinicalandbacteriologicobservationsofatoxicshock-likesyndromeduetoStreptococcuspyogenes.NEnglJMed317:146149,19877)YeildingRH,O’DayDM,LiCetal:Periorbitalinfectionsafterdermabondclosureoftraumaticlacerationsinthreechildren.JAAPOS16:168-172,20128)LazzeriD,LazzeriS,FigusMetal:Periorbitalnecrotisingfasciitis.BrJOphthalmol94:1577-1585,20109)StevensDL,TannerMH,WinshipJetal:SeveregroupAstreptococcalinfectionsassociatedwithatoxicshock-likesyndromeandscarletfevertoxinA.NEnglJMed321:1-7,198910)TheWorkingGrouponSevereStreptococcalInfections:DefiningthegroupAstreptococcaltoxicshocksyndrome.Rationaleandconsensusdefinition.JAMA269:390-391,199311)JohnsonLP,L’ItalienJJ,SchlievertPM:StreptococcalpyrogenicexotoxintypeA(scarletfevertoxin)isrelatedtoStaphylococcusaureusenterotoxinB.MolGenGenet203:354-356,1986利益相反:利益相反公表基準に該当なし590あたらしい眼科Vol.31,No.4,2014(112)

白内障術前患者における結膜嚢内常在菌の薬剤感受性の比較

2014年4月30日 水曜日

《第50回日本眼感染症学会原著》あたらしい眼科31(4):581.586,2014c白内障術前患者における結膜.内常在菌の薬剤感受性の比較港一美*1飯田悠人*1須田謙治*2石原健二*2遠藤みう*1矢坂幸枝*1倉員敏明*1*1公立豊岡病院組合日高医療センター眼科*2京都大学眼科学教室AntimicrobialSusceptibilityofNormalConjunctivalFloraofCataractSurgeryKazumiMinato1),YutoIida1),KenjiSuda2),KenjiIshihara2),MiuEndo1),YukieYasaka1)andToshiakiKurakazu1)1)DepartmentofOphthalmology,ToyookaHospitalHidakaMedicalCenter,2)DepartmentofOphthalmology,KyotoUniversityGraduateSchoolofMedicine目的:白内障術前患者の結膜.内常在菌の薬剤感受性を最小発育阻止濃度(minimuminhibitoryconcentration:MIC)にて比較した.対象および方法:2010年8月.2011年12月の間で外眼部感染症を有しない,白内障手術予定患者150例150眼の結膜.内常在菌およびそれらの薬剤感受性をレボフロキサシン(LVFX),ガチフロキサシン(GFLX),セフメノキシム(CMX),トブラマイシン(TOB),バンコマイシン(VCM)のMICにて比較検討した.結果:150眼中126眼(84%)に細菌が検出され,検出菌182株の内訳はコアグラーゼ陰性ブドウ球菌(coagulase-negativestaphylococci:CNS)37.9%,コリネバクテリウム36.3%,アクネ菌6.3%の順であった.CNSに対するMIC90はGFLX・VCM<LVFX<CMX・TOBであり,コリネバクテリウムに対するMIC90はTOB<CMX<VCM<<GFLX<LVFXであった.コリネバクテリウムは第三・第四世代ニューキノロンに耐性を獲得しており,CNSに対するニューキノロンのMIC分布が二峰性を呈したことから耐性化が進行していると考えられた.Purpose:Toevaluatetheantimicrobialsusceptibilityofbacteriaisolatedfromconjunctivalsacsofpatientsundergoingcataractsurgery.Methods:Preoperatively,bacterialisolateswerecollectedfromtheconjunctivalsacsof150eyesatHidakaMedicalCenterfromAugust,2010toDecember,2011.Minimuminhibitoryconcentrations(MIC)oflevofloxacin(LVFX),gatifloxacin(GFLX),cefmenoxime(CMX),tobramycin(TOB)andvancomycin(VCM)weremeasuredtodeterminesusceptibility.Results:Atotalof182strainswereisolatedfrom126eyes.Themostfrequentlyisolatedbacterialspecieswerecoagulase-negativeStaphylococci(CNS),37.9%,followedbyCorynebacteriumspp.,36.3%andPropionibacteriumacnes,6.3%.VCMandGFLXhadthelowestMIC(90)sforCNS,followedbyLVFX,CMXandTOB.ForCorynebacteriumspp.,TOBhadthelowestMIC(90),followedbyCMX,VCM,GFLXandLVFX.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(4):581.586,2014〕Keywords:白内障手術,結膜.内常在菌,薬剤感受性,抗菌点眼薬,最小発育阻止濃度(MIC).cataractsurgery,bacterialflorainconjunctivalsacs,drugsensitivity,antibioticophthalmicsolution,minimuminhibitoryconcentration(MIC).はじめに眼科で使用頻度の高いフルオロキノロン系抗菌薬は強力な殺菌作用と広い抗菌スペクトルを持ち,周術期の感染予防目的に日常的に使用されている.術後眼内炎の起因菌は,術眼の結膜.常在菌によるものが多いといわれており1.4),近年,メチシリン耐性やフルオロキノロン耐性菌による眼内炎の報告もある5.11).公立豊岡病院組合日高医療センター(以下,当院)でも,白内障術後のレボフロキサシン耐性表皮ブドウ球菌による眼内炎を経験し,周術期の抗菌薬点眼を再検討する目的で白内障術前患者における結膜.内常在菌の薬剤感受〔別刷請求先〕港一美:〒669-5302兵庫県豊岡市日高町岩中81公立豊岡病院組合日高医療センター眼科Reprintrequests:KazumiMinato,DepartmentofOphthalmology,ToyookaHospitalHidakaMedicalCenter,81Iwanaka,Hidaka,Toyooka-city,Hyogo669-5302,JAPAN0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(103)581 性を最小発育阻止濃度(minimuminhibitoryconcentration:MIC)にて比較検討した.I対象2010年8月.2011年12月の間,当院眼科を受診した20歳以上の白内障手術を予定し同意を得られた150例150眼で男性66例,女性84例,平均年齢は74.7±9.0歳であった.ただし,術前に明らかな外眼部感染症を認める者,検体採取日の1週間以内に抗菌剤の投与を受けている者,対象眼にコンタクトレンズを装用していた者については除外した.II方法手術の1カ月前以内に術眼の結膜.から検体を採取した.0.4%塩酸オキシブプロカインで表面麻酔した後,下眼瞼結膜.を滅菌綿棒で擦過し,カルチャースワブにて三菱化学メディエンス社に搬送した.羊血液寒天培地M58・クロムアガーオリエンテーション寒天培地・チョコレートⅡ寒天培地・アテネコロンビアウサギ血液寒天培地にて直接分離培養を,GAM半流動高層培地にて増菌培養を行い,検出されたすべての分離菌に対するレボフロキサシン(LVFX),ガチフロキサシン(GFLX),塩酸セフメノキシム(CMX),トブラマイシン(TOB),バンコマイシン(VCM)のMICを微量液体希釈法で測定した.MICの結果は累積発育阻止曲線としてまとめ,薬剤間の差異を検討した.III結果150眼中126眼(検出率84%)に182株の菌が検出された.その内訳は表皮ブドウ球菌(Staphylococcusepidermidis:S.epidermidis)を含むコアグラーゼ陰性ブドウ球菌(coagulase-negativestaphylococci:CNS)69株(37.9%),Corynebacteriumspp.66株(36.3%),Propionibacteriumacnes(P.acnes)11株(6.0%),腸球菌(Enterococcusfaecalis:E.faecalis)7株(3.8%),黄色ブドウ球菌(Staphylococcusaureus:S.aureus)4株(2.2%)であった(図1).検出された全182株中MICが測定できた181株についてMIC別の菌株割合および累積発育阻止曲線を図2,3に示す.全菌株に対する薬剤感受性をMIC90で比較するとVCM(2μg/ml),CMX(8μg/ml),GFLX(16μg/ml),TOB(32μg/ml),LVFX(64μg/ml)の順で感受性が高かった.次に,グラム陽性菌153株に対するMIC別の菌株割合および累積発育阻止曲線を図4,5に示す.グラム陽性菌に対する薬剤感受性はMIC90でVCM(2μg/ml),CMX(8μg/ml),GFLX・TOB(16μg/ml),LVFX(128μg/ml)の順であった.一方,グラム陰性菌17株に対する薬剤感受性はMIC90でGFLX(0.5μg/ml),LVFX(1μg/ml),TOB(4μg/ml),CMX(16μg/ml),VCM(128μg/ml)の順であった(図6,7).主要な菌種別についてみると,CNSに対する薬剤感受性504540350:GFLX:LVFX:CMX:TOB:VCM≦0.060.120.250.51248163264128>128割合(%)割合(%)その他グラムS.aureus,2.2%30陰性菌,9.3%図1検出菌182株の内訳25グラム陽性菌,CNS2015103.8%(S.epidermidisを含む)37.9%P.acnes,6.0%5S.pneumoniae,Corynebacterium0.5%spp.,36.3%MIC(mg/ml)図2検出菌182株のMIC別菌株割合E.faecalis,3.8%:GFLX:LVFX:CMX:TOB:VCM≦0.060.120.250.51248163264128>12850450:GFLX:LVFX:CMX:TOB:VCM100900≦0.060.120.250.51248163264128>12840累積(%)3530252015105MIC(mg/ml)MIC(mg/ml)図3検出菌182株のMIC累積分布図4グラム陽性菌153株のMIC別菌株割合582あたらしい眼科Vol.31,No.4,2014(104) 6050:GFLX:LVFX:CMX:TOB:VCM≦0.060.120.250.51248163264128>12880700:GFLX:LVFX:CMX:TOB:VCM100900≦0.060.120.250.51248163264128>128割合(%)割合(%)累積(%)累積(%)累積(%)40504030302010MIC(mg/ml)MIC(mg/ml)図5グラム陽性菌153株のMIC累積分布図6グラム陰性菌17株のMIC別菌株割合:GFLX:LVFX:CMX:TOB:VCM100900≦0.060.120.250.51248163264128>128:GFLX:LVFX:CMX:TOB:VCM≦0.060.120.250.51248163264128>128800708060705060504040303020201010MIC(mg/ml)MIC(mg/ml)図7グラム陰性菌17株のMIC累積分布図8CNS(S.epidermidisを含む)68株のMIC別菌株割合:GFLX:LVFX:CMX:TOB:VCM100900≦0.060.120.250.51248163264128>128:GFLX:LVFX:CMX:TOB:VCM100900≦0.060.120.250.51248163264128>1288080割合(%)7070606050504040303020201010MIC(mg/ml)図9CNS(S.epidermidisを含む)68株のMIC累積分布MIC(mg/ml)図10Corynebacteriumspp.66株のMIC別菌株割合:GFLX:LVFX:CMX:TOB:VCM100900≦0.060.120.250.51248163264128>128:GFLX:LVFX:CMX:TOB:VCM100900≦0.060.120.250.51248163264128>1288080累積(%)累積(%)70706060505040302010MIC(mg/ml)MIC(mg/ml)図11Corynebacteriumspp.66株のMIC累積分布図12P.acnes11株のMIC累積分布(105)あたらしい眼科Vol.31,No.4,2014583 :GFLX:LVFX:CMX:TOB:VCM累積(%)1009080706050403020100≦0.060.120.250.51248163264128>128:GFLX:LVFX:CMX:TOB:VCM累積(%)1009080706050403020100≦0.060.120.250.51248163264128>128MIC(mg/ml)図13E.faecalis7株のMIC累積分布LVFXとGFLXのMIC差■:0管■:1管■:2管■:3管302520151050(菌株)≦0.06≦0.060.1250.250.51248164160.251GFLXはMIC90では,GFLX・VCM(2μg/ml),LVFX(4μg/ml),CMX・TOB(8μg/ml)の順であったが,MIC値の分布をみるとGFLX・LVFXは二峰性の分布を呈しており,CNSのなかでのフルオロキノロン低感受性株の増加がうかがわれた(図8,9).Corynebacteriumspp.についてはMIC90で,図14CNS68株のGFLX・LVFXのMIC値の比較討する目的で今回の調査を行うこととした.術前の結膜.からの検出菌は薄井ら9)の報告と同様,CNS,Corynebacteriumspp.,P.acnesの順であった.CNSTOB(≦0.06μg/ml),CMX(0.25μg/ml),VCM(0ml),GFLX(16μg/ml),LVFX(128μg/ml)の順となり,フルオロキノロンに対する高度な薬剤耐性を獲得しているとμg/5.の薬剤感受性はMIC90ではGFLX<VCM<LVFX<CMX<TOBであったがMICの分布をみると,星23)や片岡ら24)と同様,GFLX,LVFX共に二峰性の分布を示していた.思われた(図10,11).遅発性眼内炎の起因菌とされているP.acnesについては,MIC90はCMX(<0.25μg/ml),GFLX(0.25μg/ml),VCM(0.5μg/ml),LVFX(0.75μg/ml),TOB(128μg/ml)であり,TOB以外は感受性が高い結果であった(図12).E.faecalisについてはMIC90で,VCM(0.75μg/ml),GFLX(8μg/ml),LVFX(32μg/ml),TOB・CMX(>128μg/ml)の順であった(図13).IV考按白内障手術の主流が小切開手術となった現在,わが国の白内障手術後眼内炎の発症率は0.05%程度と考えられている9).一度起こってしまうと最悪失明に至るこの合併症を限りなくゼロに近づけるべく,ハイリスク患者の確認,術前結膜.細菌叢の把握,減菌化を目的とした抗菌薬の点眼,術直前の洗眼,ドレーピング法など,さまざまな検討がなされてきた11).術後眼内炎に限らず感染症の起因菌は微生物=準種性(quosispesisnature)を持つ集まりである以上,耐性の出現を止めることはできない12).これまでにも臨床状態が良好な患者にも耐性菌の保菌者がいること13.16),眼科領域で汎用されているキノロンの耐性率が年々増加傾向にあることといった報告がなされてきた17.22).術野の減菌化目的で抗菌薬の点眼を使用する以上,すべての手術対象者に対し術前に結膜.培養検査と分離菌の薬剤感受性検査を行い適切な薬剤を術前処置に使用することが大切といえる.当院でも,2007.2009年の間近隣からの紹介例も含め白内障術後眼内炎が増加し,LVFX耐性表皮ブドウ球菌が起因菌である症例を経験した.これをきっかけに周術期の抗菌薬点眼を再検584あたらしい眼科Vol.31,No.4,2014Fukudaら25),Barnardら26),Hooper27)らによると,S.aureus同様,S.epidermidisはトポイソメラーゼIV(parC)→DNAジャイレース(gyrA)→parC→gyrAと変異を積み重ねるたびにより高度なフルオロキノロン耐性を獲得していく.このうちDNAジャイレースの変異を得るとGFLXへの耐性を獲得するとされ26),LVFXに対する低感受性群には第4世代フルオロキノロン耐性の予備軍が存在していることになり,このことは星23)の報告でも指摘されている.そこで個々のCNSについてGFLXとLVFXのMIC値の相関をみたところ図14のようになり,GFLX・LVFXともにMIC値の高い株のなかには少なくとも1回以上の遺伝子変異を起こしている株が存在すると考えられ,CNSのフルオロキノロンに対する段階的な耐性獲得を予想させる結果となった.一方Corynebacteriumspp.にはparCに相当するホモログが存在せず,DNAジャイレースの変異のみでキノロン高度耐性化を獲得することができるとされ28),筆者らの調査でも感受性の低い株が多かった.Corynebacteriumspp.による眼内炎は海外で散見され29.31),わが国では角膜炎が増加傾向にある.Eguchiら32)によるとフルオロキノロン耐性を持つのはCorynebacteriummaginleyであり,その耐性率はキノロンを乱用した日本に多いとされ,今後術後眼内炎についても注意が必要と思われる.P.acnesは遅発性眼内炎の起因菌とされ11,33),皮膚深部やマイボーム腺・結膜円蓋部の皺襞に埋もれて存在し,手術前の消毒・洗眼後にその検出率が増加し,他の術前常在菌が消失した例に多いとの報告もある34).わが国では現在のとこ(106) ろ,アミノ配糖体系の薬剤以外は有効とされ当院の調査でも同様の結果を得た.片岡ら24)や宮永ら35)も術前点眼によるP.acnesの耐性化はほとんどみられなかったとしているが,Horiら36)はCNS,S.aureus,Corynebacteriumspp.,P.acnesについては,LVFXに耐性を持つ株はMICが低くともGFLX,moxifloacinに対して耐性化していくと述べており,今後の動向を見張っていく必要があると思われる.E.faecalisによる眼内炎は1990年頃から増加しはじめ7),2002年度白内障術後眼内炎全国症例調査9)ではCNS,MRSAに次ぎ全体の12%を占め,MRSAとともに視力予後不良と報告されている.今回検出されたE.faecalis7株のMIC90はVCM以外は大きく,有効な抗菌薬の選択肢の少なさが,E.faecalisによる眼内炎の重症化の一因とも考えられた.術後眼内炎予防のために周術期減菌化目的で抗菌点眼薬を使用する場合,術眼の結膜.常在菌を把握し,そのMICに応じて術前抗菌点眼薬を選択すること,点眼薬の薬物動態37.39)を理解しておくことが大切である.そのためには,藤ら40)が報告した眼科用薬剤感受性測定オーダープレートのような眼科に特化した判定方法の開発が待たれるところである.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)EggerSF,Huber-SpitzyV,ScholdaCetal:BacterialcontaminationduringECCE.Prospectivestudyon200concesutivepatients.Ophtalmologia208:77-81,19942)AriyasuRG,NakamuraT,TrousdaleMDetal:Intaraoperativebacterialcontaminationoftheaqueoushumor.OphthalmicSurg24:367-374,19933)SpeakerMG,MilchFA,ShahMKetal:Roleofexternalbacterialflorainthepathogenesisofacutepostoperativeendophthalmitis.Ophthalmology98:639-650,19914)BannermanTL,RhodenDL,McAllisterSKetal:Thesourceofcoagulase-negativestaphylococciintheEndophthalmitisVitrectomyStudy.ArchOphthalmol115:367-361,19975)BarryP,SealDV,GettinbyGetal:ESCRSstudyofprophylaxisofpostoperativeendophthalmitisaftercataractsurgery:preliminaryreportofprincipalresultsfromaEuropeanmulticenterstudy.theESCRSEndophthalmitisStudyGroup.JCataractRefractScug32:407-410,20066)JensenMK,FiscellaRG,CrandallASetal:Aretrospectivestudyofendophthalmitisratescomparingquinoloneantibiotics.AmJOphthalmol139:141-148,20057)原二郎:起炎菌の変遷と術前消毒の効果.眼科手術11:159-164,19988)秦野寛:白内障術後眼内炎:起炎菌と臨床病型.あたら(107)しい眼科22:875-879,20059)薄井紀夫,宇野敏彦,大木孝太郎ほか:白内障に関する術後眼内炎全国症例調査.眼科手術19:73-79,200610)DeramoVA,LaiJC,FasteningDMetal:Acuteendophthalmitisineyestreatedprophylacticallywithgatifloxacinandmoxiflxacin.AmJOphthalmol142:721-725,200611)子島良平,宮田和典:術後眼内炎を予防する白内障手術.IOL&RS22:137-141,200812)宮永嘉隆,山田尚,塩田洋:眼科.耐性菌感染症とその緊急具体策3.対策編化学療法の領域16:278-287,200013)大鹿哲郎:白内障術後眼内炎:発症因子と危険因子.あたらしい眼科22:315-338,200514)屋宜友子,須藤史子,森永将弘ほか:糖尿病患者における白内障手術前の結膜.細菌叢の検討.あたらしい眼科26:243-246,200915)荒川妙,太刀川貴子,大橋正明ほか:高齢者におけるマイボーム腺および結膜.内の常在菌についての検討.あたらしい眼科21:1241-1244,200416)岩崎雄二,小山忍:白内障術前患者における結膜.内細菌叢と薬剤感受性.あたらしい眼科23:541-545,200617)MillerD,FlynnPM,ScottIUetal:Invitrofluoroquinoloneresistanceinstaphylococcalendophthalmitisisolates.ArchOphthalmol124:479-483,200618)IiharaH,SuzukiT,KawamuraYetal:Emergingmultiplemutationsandhigh-levelfluoloquinoloneresistanceinMRSAisoratedfromocularinfections.DiagnMicrobiolInfectDis56:297-303,200619)JhanjiV,SharmaN,SatpathyGetal:Forth-generationfluoloquinolon-resistantbacterialkeratitis.JCataractRefractSurg33:1488-1489,200720)櫻井美晴,林康司,尾羽澤実ほか:内眼手術術前患者の結膜.細菌叢のレボフロキサシン耐性率.あたらしい眼科22:97-100,200521)KurokawaN,HayashiK,KonishiMetal:IncreasingofloxacinresistanceofbacterialflorafromconjunctivalsacofpreoperativeophthalmicpatientsinJapan.JpnJOphthalmol46:586-589,200222)関奈央子,亀井裕子,松原正雄:高齢者の結膜.内コアグラーゼ陰性ブドウ球菌の検出率と薬剤感受性.あたらしい眼科20:677-680,200323)星最智:正常結膜.から分離されたメチシリン耐性コアグラーゼ陰性ブドウ球菌におけるフルオロキノロン耐性の多様性.あたらしい眼科27:512-517,201024)片岡康志,佐々木香る,矢口智恵美ほか:白内障手術予定患者の結膜.内常在菌に対するガチフロキサシン及びレボフロキサシンの抗菌力.あたらしい眼科23:1062-1066,200625)FukudaH,HoriS,HiramatsuK:AntibacterialactivityofGFLX,anewlydevelopedfluoloquinolone,againstsequentiallyacquiredquinolone-resistantmutantsandthenorAtransformedofS.aureus.AntimicrobAgentsChemother42:1917-1922,199826)BarnardFM,MaxwellA:InteractionbetweenDNAgyraseandquinolones:effectsofalaninemutationsatGyrAsubunitredusesSer83andAsp87.AntimicrobAgentsChemother45:1994-2000,2001あたらしい眼科Vol.31,No.4,2014585 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