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My boom 22.

2013年11月30日 土曜日

監修=大橋裕一連載MyboomMyboom第22回「内藤知子」本連載「Myboom」は,リレー形式で,全国の眼科医の臨床やプライベートにおけるこだわりを紹介するコーナーです.その先生の意外な側面を垣間見ることができるかも知れません.目標は,全都道府県の眼科医を紹介形式でつなげる!?です.●は掲載済を示す(●は複数回)連載MyboomMyboom第22回「内藤知子」本連載「Myboom」は,リレー形式で,全国の眼科医の臨床やプライベートにおけるこだわりを紹介するコーナーです.その先生の意外な側面を垣間見ることができるかも知れません.目標は,全都道府県の眼科医を紹介形式でつなげる!?です.●は掲載済を示す(●は複数回)自己紹介内藤知子(ないとう・ともこ)岡山大学大学院医歯薬総合研究科機能再生・再建科学専攻生体機能再生・再建学講座眼科学分野平成9年岡山大学卒業,平成15年より緑内障外来のチーフを任され,多くの先生方にご指導をいただきながら,なんとか10年間やってきました.未だにレクトミーをする恐さ・しない恐さ,自問自答です(一段と,というべきでしょうか…).私生活では8歳になる息子の毎朝のお弁当作りに奮闘しています.昔やっていたピアノを最近また弾き始め,ワインを飲みながら猫と戯れるのが,私のストレス解消法です.小さな屏風それはとても蒸し暑い梅雨のさなかでした.一人のご高齢の女性が紹介されました.患者さんは御年89歳,腰は大きく曲がり,移動も歩行器の助けを借りながらやっと,という風情です.問診すると,最近,急に視力低下が進行したとのこと,さらに以前より高度の難聴にも悩まされているようです.早速,診察させていただくと,両眼ともに水晶体に乳白色の混濁を認め,いわゆる成熟白内障になっていました.さらに隅角の閉塞も伴い,眼圧も上昇していました.このままでは母は,音だけでなく,光も失ってしまう…今にも泣き出しそうな心配顔で連れてこられた娘さんに,病状をご説明し,一刻も早く白内障手術を行わなければ,失明の危険があることを告げ,手術をさせていただきました.幸いにして両眼ともに無事に眼内レンズを挿入でき,術後は眼圧も正(97)0910-1810/13/\100/頁/JCOPY常化しました.そして長かった梅雨も明け,燦々と太陽光が降り注ぐある日,満面の笑みを浮かべた患者さんが外来を訪れました.「先生,手術をしてもろうてから,まるで別世界にいるようじゃ」言い終わるが早いか,とても恥ずかしそうに,小さな茶封筒を私に差し出しました.「これ,私が心をこめて書いたんじゃけど,受け取ってもらえるじゃろうか」その中に入っていたものが,この小さな屏風です(写真1).大学病院で外来診療を続けていくことは,実は正直とても辛く感じることもあります.ときには逃げ出したい気持ちにもなります.でも,たまにこんな嬉しいことがあるからこそ,続けることができるのかもしれません.今でも辛いとき,悲しいとき,そして心が折れそうなとき,医局の机の片隅の,この小さい屏風を見つめては,気持ちを整えているのです.“きっかけ”をくれた師匠たち私は現在,大学で緑内障の臨床研究を細々と続けています.大学にいるなら当たり前じゃないか,との声が聞こえてきそうですが.実はある“きっかけ”がなければ多分,今のこの状況はあり得なかったでしょう.その“きっかけ”は,6年ほど前に訪れました.近くの大学の知り合いの先生に,関東で緑内障を専門にしている先生たちを紹介していただいたのです(写真2).実は,それが今の私の師匠たちになるのです.それまでの私は,まだ専門医になって間もない頃から緑内障外来のチーフを任され,日々の外来診療と手術を無事にこなすのがやっと,という状態で,家に帰っても育児と家事に振り回され,とてもデータをまとめて学会発表をする精神的,体力的な余裕はありませんでした.しかし,師匠たちは違いました.私よりもはるかに忙しい日常業務を淡々とこなしながら,緑内障の診断や薬あたらしい眼科Vol.30,No.11,20131589 写真1患者さんからいただいた小さな屏風物治療に関する臨床研究をいくつも同時に行い,その成果を毎回のように学会で発表しているのです.そして,実に楽しそうなんです.いつしか私もそんな師匠たちの姿に触発され,見よう見まねで臨床研究を行うようになっていました.これには私自身がとても驚きました.診療は相変わらず忙しいままなのに,できたのです.そうして以前は単に人の発表を聴くだけだった学会も,いつしか自らも発表できるようになっていました.そうです,師匠たちに出会うまでの私は,日常の忙しさにかまけ,研究などできっこないと勝手に思い込んでいただけだったのです.このような“きっかけ”を作っていただいた師匠たちには今でも心より感謝しています.そして,今度は私自身がそんな素敵な“きっかけ”を演出できるような人になりたいと思う今日このごろです.美味しいお店美味しいものに目がありません.とくに学会の夜,美食巡りをするのが私のマイブームです.また私自身も料理好きなので,感動した味を家で再現するのも楽しみの一つです.とてもプロのようにはいきませんが,よく似せた味の料理を肴に好きなワインを傾けるひとときは本当に癒されます.そんなお店巡りを続けるうちに,美味しいお店には,ある法則があることに気が付きました.それは美味しいお店は,決まって雰囲気がいいことです.お店の雰囲気を構成する要素は,シェフや店員さんの立ち居振る舞い,接客,椅子やテーブルなどの調度品,そして照明など,さまざまな因子があると思います.しかし私は何よりも,最大の決定要素はお店に集う1590あたらしい眼科Vol.30,No.11,2013写真2師匠たちとその仲間(今年のWorldGlaucomaCongress,バンクーバーにて)お客さんだと思います.美味しいお店には,やはり,美味しい物を愛する同好の志が集まります.その人々が本当に美味しいものに出会ったときに発する言葉と言葉,笑顔と笑顔が重なり,とても心地良いハーモニーを奏でます.当然カジュアルな店では,大きな話し声や,笑い声がお店中に響き渡ります.でも決してそれらが騒々しい雑音ではなく,とても心地よいBGMになるのです.そんなお店で食事をすることは,お料理がさらに美味しく感じられ,何より,元気をもらうことができて,とても好きです.小さな屏風,“きっかけ”をくれた師匠たち,そして,美味しいお店,これらのマイブームは一見脈絡がないようです.しかし,どれも人と人との繋がりが如何に大切であるかということを私に教えてくれました.何人もの人に支えられ,励まされ,そして元気を与えられて生きていることに感謝する毎日です.次回のプレゼンターは石川県の大久保真司先生(金沢大学)です.緑内障のなかでも視野・OCTでは大変なスペシャリストでいらっしゃいます.私も困ったときにはしょっちゅうご指導を仰いでいますが,いつも優しく教えてくださり,大変に尊敬している先生です.よろしくお願いします.注)「Myboom」は和製英語であり,正しくは「Myobsession」と表現します.ただ,国内で広く使われているため,本誌ではこの言葉を採用しています.(98)

日米の眼研究の架け橋 Jin H. Kinoshita先生を偲んで 11.Jin H. Kinoshita先生のやさしさとNEIでの思い出

2013年11月30日 土曜日

JinH.Kinoshita先生を偲んで日米の眼研究の架け橋★シリーズ⑪責任編集浜松医科大学堀田喜裕JinH.Kinoshita先生を偲んで日米の眼研究の架け橋★シリーズ⑪責任編集浜松医科大学堀田喜裕JinH.Kinoshita先生のやさしさとNEIでの思い出山田孝彦(TakahikoYamada)山田孝彦眼科院長1981年東北大学医学部卒業.東北大学医学部眼科医員.1984年東北大学医学部病理部医員.1985年東北大学医学部眼科医員.1986年東北大学医学部眼科助手.1988年東北大学より医学博士学位取得.1988年.1990年NIH(NEI)Visitingassociate.1991年東北大学医学部眼科助手.1994年東北大学医学部附属病院眼科講師.1996年NTT東日本東北病院眼科部長.1997年山田孝彦眼科を開設,院長として現在に至る.私は東北大学眼科学教室の助手時代に,玉井信教授のご高配により,1988年11月から1990年10月までの2年間,米国国立衛生研究所(NationalInstitutesofHealth:NIH)の国立眼研究所(NationalEyeInstitute:NEI)で客員研究員(Visitingassociate)として研究生活を送らせていただきました.その陰には,NEIのScientificDirectorであるJinH.Kinoshita先生(Jin先生)のご助力があったことは間違いなく,今でも感謝申し上げております.Jin先生は,偉大な科学者,研究者であるとともに我々日本人研究者に多くのチャンスを与えてくださった,日本の眼科研究にとっての恩人だと思います.私にとってのJin先生の印象はやさしさです.私はJin先生がNIHを退職される1年前にNIHでの研究をスタートしましたので,研究者としてのJin先生はあまりわかりませんが,ScientificDirectorとしてのJin先生とのエピソードと当時の研究を紹介させていただきます.●Jin先生とのエピソード★私がJin先生を知ったのは,宮城県眼科医会で講演してくださったときでした.当時は,その後NIHでJin先生にお世話になるとは思ってもみませんでした.Jin先生との最初の接点は手紙でした.渡米するための手続きやIAP66というビザ取得のために何度か手紙のやり取りがありましたが,あるときJin先生の秘書さんから重要な手紙が届いていなのでビザ取得が間に合わないかもしれないとの連絡があり,急いで再送して何とか間に合いました.郵便のトラブルが原因でしたが,Jin先生にお会いしたときには全くそのことには触れられず,が(95)んばれと励ましてくださいました.私が研究をスタートして6カ月ほど経った1989年の5月ころ,Jin先生が突然私の研究室に現れて,ドクター・ヤマダは日本へ行きたいかとたずねるのです.私はまだ研究が始まって間もないので,いいえと答えました.すると何度も同じ質問をされるので,私も本音が出て,正直にいえば行きたいと答えました.そのときは,それで会話は終わってJin先生は部屋を出て行かれました.しばらくして,上司のDr.PaulRussell(Paul)から,その年の11月に日本の金沢市で開催されるUSJapanCCRGmeetingに演題を出して参加するようにと告げられました.Jin先生は私には研究のことは何も尋ねず,ただ私たちが日本へ一時帰国できるチャンスを作ってくれたのでした.金沢では,2種類の蛍光色素を用いた酵素抗体法で培養細胞でのCrystallinとAR(Aldosereductase)の発現を示したポスターを発表しました.二重染色のきれいな写真が撮れたのでJin先生も喜んでくださいました.NEIのScientificDirectorであるJin先生は私から見れば雲の上の方で,話すのも恐れ多いと思っていました.しかし,FarewellpartyやChristmaspartyなどのNEIの主な行事には必ずご夫妻で参加され,我々若手(当時)の研究者とも気さくに話をしてくださいました(写真1).NIHでは,上下のポジションに関係なくお互いをファーストネームかニックネームで呼び合っていました.Jin先生のこともみんなJinと呼んでいました.しかし,私はJinとは呼べませんでした.ドクター・キノシタと呼んでいたのです.するとJin先生も私のことをドクター・ヤマダと呼ぶようになってしまいました.あたらしい眼科Vol.30,No.11,201315870910-1810/13/\100/頁/JCOPY 写真1Bethesda市で開かれたNEIのパーティーにて撮影左より,Jin先生のKay奥様,Jin先生,CarlKupfer先生(NEIのDirector),筆者.相手のことをとても気遣う先生でした.パーティーで思い出すのは,Jin先生のFarewellpartyのことです.NIHの向かいのベセスダ海軍病院のレストランで行われたのですが,ボヤ騒ぎで煙が出てきたため送別会は途中で中止になってしましました.しかし,NEIの人たちは,かえって忘れられない会になったからいいんじゃないと笑い飛ばしていました.Jin先生を気遣ってのことと思います.●NEIでの研究生活★私は妻と当時2歳の長女の3人で渡米し,メリーランド州Rockville市のVillagesquareというマンションに住みました.当時のVillagesquareには佐藤佐内先生(当時山形大学眼科),堀田喜裕先生(現浜松医科大学眼科学教授)が住んでいらして,現地の情報などを丁寧に教えていただきました.村上晶先生(現順天堂大学眼科学教授)は私と同じ頃にVillagesquareに来られて仲良くしていただきました.また,Paulの研究室の向かいのDebbieCarperの研究室におられた金子昌幸先生(当時長崎大学眼科)にもお世話になりました.私が配属されたのはNEIのLMOD(LaboratoryforMechanismofOcularDisease,写真2参照)のPaulの研究室でした.研究内容はtransgenicmouseの水晶体上皮から確立したa-TN4という培養細胞を用いて,a-crystallin,b-crystallin,ARなどの発現をさまざまな環境のもとで調べるというものでした.方法としては,生化学,組織化学,分子生物学,組織培養のテク1588あたらしい眼科Vol.30,No.11,2013写真2NIHからいただいたCertificate私の送別会のときにいただいた大変思い出深いもので,私がcollaborativeresearchに参加させていただいたことの証しです.ニックを駆使することになりました.私は東北大学の第一病理学教室在籍中に病理学,組織化学,超微形態学(電子顕微鏡)を用いて人体および実験動物から得たサンプルを解析する仕事に携わりました.また,眼科学教室に戻ってからは,ライソゾーム酵素であるcathepsinDを牛眼から精製し,家兎を用いて抗体を作り,その抗体を用いた免疫組織化学的手法でcathepsinDの眼内局在を解析し学位を取得しました.これらの仕事で取得したテクニックのおかげで,NIHに赴任してからは早期に仕事を進めることができ,Paulからは主に組織培養と分子生物学を学びました.また,PaulをはじめNIHの研究者から学んだことはテクニックだけではなく,研究開始の着眼点やプロジェクトの立て方など多岐にわたります.さらにNIHの組織の作り方,教育システム,国家との密接な関係など日本が学ぶべきことがたくさんあると思いました.これから海外での研究を志される若い方々には,是非このような観点で勉強し,得られた成果を日本に持ち帰ってほしいと思います.また,売りになる研究テクニックを,ひとつでもいいので身に着けてから留学したほうが何かとうまくいくと思います.最後に,私にNIHで研究する機会を与えてくださった玉井信東北大学名誉教授とJin先生に改めて感謝申し上げます.(96)

WOC2014への道

2013年11月30日 土曜日

東京が2020年オリンピック開催都市に決まりました.オリンピックがもたらす効果は絶大だと思います.インフラが整備され,投資が活性化されデフレ脱却効果があるでしょう.開催が決まったことでスポーツ関連予算が増え,2020年にピークを迎える世代の強化が始まったそうです.おそらく2020年にはたくさんのメダル獲得(とくに金色)の瞬間を見ることができるでしょう.日本もこれで元気になって欲しいです.今,香港でこの原稿を書いています.2009年にWOC準備委員になってから,WOC2014をアピールするためにアジアに行く機会が多くなりました.香港に限らず,アジアの国々は訪れるたびに様変わりしています.次々と高層ビルが建設され,人々の活気や自信が以前とまったく違います.10年前には少なくとも日本人である優越感がありましたが,今はまったくそんなものは無く,ときに劣等感すら感じます.悲しい現実です.悲しいことは眼科の世界でも起こりつつあります.日本人は英語が苦手ですが,それは「普段使わないですむから」に他なりません.アジア諸国にはまともな母国語の教科書がありません.だから勉強するためには英語の本を読むしかありません.しかし,日本には立派な「日本語の教科書」があります.「日本の眼科のレベルが高いから」こそ,私たちには当たり前のように日本語で勉強でき,この状況に安穏としてこられたと思います.そんな間に,アジア近隣の国々は,経済発展とともに眼科レベルも向上してきました.中国の学会発表は数年前はみるも無惨な内容でしたが,最近はびっくりするほど高レベルです.IOVSやOphthalmology誌に掲載されるのも,一昔前は日本人の論文が多かったのですが,今は中国に猛追・逆転されています.日本の眼科レベルがアジアにおける孤高性を失ったとき,英語の苦手な私たちの地盤低下は想像以上に早く進むかも知れません.日本人眼科医というだけでアジアの眼科医から向けられていた尊敬のまなざしは,消えつつあるのです.WOC2014はそんな危機感から,日本眼科学会・日本眼科医会が団結して勝ち取った大会です.オリンピックと同じようにアジア数都市の中からコンペになり,綿密なロビー活動の甲斐あって東京に決まったときには,(今回のオリンピック招致決定に匹敵するほど)関係者は大喜びしたものです.WOC2014を成功させることは,私たち自身が日本眼科のプレゼンスを確認し,改めて日本の凄さをアピールすることになります.日本の眼科レベルは高く,私たちには潜在能力があります.私たちが自信を回復することこそが,明日の日本眼科の発展に不可欠です.準備委員会の活動を通してアジア各国に知り合いができ(写真),私自身の視野も拡がったように思います.是非皆様もWOC2014に参加して,今の「世界の眼科」を感じてみてください.そしてきめ細かに準備された運営や日本の高レベルの発表を見て,「世界に冠たる日本眼科」を皆様の目で再確認していただきたいと思います.WOC2014への道あとカ月園田康平山口大学大学院医学系研究科眼科学分野写真APAOのLDP(leadershipdevelopment)コース終了式にてアジア各国代表の先生と1年間のコースを体験しました.何度も顔を合わすなかで参加者に連帯感が生まれ,多くの友人ができました.WOC2014,みんな来ると言ってました!5東京が2020年オリンピック開催都市に決まりました.オリンピックがもたらす効果は絶大だと思います.インフラが整備され,投資が活性化されデフレ脱却効果があるでしょう.開催が決まったことでスポーツ関連予算が増え,2020年にピークを迎える世代の強化が始まったそうです.おそらく2020年にはたくさんのメダル獲得(とくに金色)の瞬間を見ることができるでしょう.日本もこれで元気になって欲しいです.今,香港でこの原稿を書いています.2009年にWOC準備委員になってから,WOC2014をアピールするためにアジアに行く機会が多くなりました.香港に限らず,アジアの国々は訪れるたびに様変わりしています.次々と高層ビルが建設され,人々の活気や自信が以前とまったく違います.10年前には少なくとも日本人である優越感がありましたが,今はまったくそんなものは無く,ときに劣等感すら感じます.悲しい現実です.悲しいことは眼科の世界でも起こりつつあります.日本人は英語が苦手ですが,それは「普段使わないですむから」に他なりません.アジア諸国にはまともな母国語の教科書がありません.だから勉強するためには英語の本を読むしかありません.しかし,日本には立派な「日本語の教科書」があります.「日本の眼科のレベルが高いから」こそ,私たちには当たり前のように日本語で勉強でき,この状況に安穏としてこられたと思います.そんな間に,アジア近隣の国々は,経済発展とともに眼科レベルも向上してきました.中国の学会発表は数年前はみるも無惨な内容でしたが,最近はびっくりするほど高レベルです.IOVSやOphthalmology誌に掲載されるのも,一昔前は日本人の論文が多かったのですが,今は中国に猛追・逆転されています.日本の眼科レベルがアジアにおける孤高性を失ったとき,英語の苦手な私たちの地盤低下は想像以上に早く進むかも知れません.日本人眼科医というだけでアジアの眼科医から向けられていた尊敬のまなざしは,消えつつあるのです.WOC2014はそんな危機感から,日本眼科学会・日本眼科医会が団結して勝ち取った大会です.オリンピックと同じようにアジア数都市の中からコンペになり,綿密なロビー活動の甲斐あって東京に決まったときには,(今回のオリンピック招致決定に匹敵するほど)関係者は大喜びしたものです.WOC2014を成功させることは,私たち自身が日本眼科のプレゼンスを確認し,改めて日本の凄さをアピールすることになります.日本の眼科レベルは高く,私たちには潜在能力があります.私たちが自信を回復することこそが,明日の日本眼科の発展に不可欠です.準備委員会の活動を通してアジア各国に知り合いができ(写真),私自身の視野も拡がったように思います.是非皆様もWOC2014に参加して,今の「世界の眼科」を感じてみてください.そしてきめ細かに準備された運営や日本の高レベルの発表を見て,「世界に冠たる日本眼科」を皆様の目で再確認していただきたいと思います.WOC2014への道あとカ月園田康平山口大学大学院医学系研究科眼科学分野写真APAOのLDP(leadershipdevelopment)コース終了式にてアジア各国代表の先生と1年間のコースを体験しました.何度も顔を合わすなかで参加者に連帯感が生まれ,多くの友人ができました.WOC2014,みんな来ると言ってました!5(93)あたらしい眼科Vol.30,No.11,201315850910-1810/13/\100/頁/JCOPY

現場発,病院と患者のためのシステム 22.電子カルテシステム単体導入の是非

2013年11月30日 土曜日

連載現場発,病院と患者のためのシステム電子カルテシステム医事会計システムを筆頭に,ファイリングシス単体導入の是非テム,オーダリングシステムなど,医療機関にはさまざまな情報システムが,それを得意とするベ杉浦和史*ンダ(システム開発会社)から提供されています.はじめに電子カルテシステムも同様です.これらを組み合わせて使うことになりますが,結果的にマルチベンダ(複数の異なるシステム開発会社)システム連載初回に複数システムを異なるベンダ(システム開となり,システム相互間のスムーズな連携がしに発会社)から目的別に導入し,組み合わせて使う場合のくく,トラブル発生時の対応遅れなど,運用上面問題を紹介しました.最初に医事会計システム,つぎに倒なことが多々発生します.予約システム,検査画像ファイリング,そして電子カル図1異なるベンダのシステムを導入する場合の弊害Rテシステムのような場合です.医療会計システム画像ファイリングシステム操作性の不統一複数のディスプレイ機能の重複情報の重複予約システム電子カルテシステム図1に示すように,それぞれが単独で運用できるようにするため,機能,情報の重複が発生します.また,各ベンダが独自の設計ポリシーで作るため,操作性が統一されていません.トラブル発生時には,どのシステムが原因なのかを特定するまでに時間を要します.他のシステムとの情報授受で引き起こされるトラブルがあるからです.それぞれのシステムにディスプレイが必要なことから,狭い診察机がさらに狭くなってしまうという問題も発生します.複数のディスプレイに表示される情報を見比べ,かつ,どのマウスがどの画面のものなのかを気にしながらの診察も大変です..電子カルテシステムの単体導入図2に示すように,医療機関には診察以外の業務が山(91)0910-1810/13/\100/頁/JCOPYのようにあります.図2多種多様ある院内業務Rこの図を見ると,診察業務を対象にする電子カルテシステムを単独で導入するだけで良いのだろうか?と疑問に思われる方は多いでしょう.しかし残念ながら,院内の業務全般を俯瞰したうえで電子カルテシステムを含む,部分システムの導入を決めるケースは少ないようです.これは,一般的に医療機関には,情報システムの企画,構築,運営管理,導入効果算定に関する知識,経験が少なく,良いことしかいわないベンダ営業の説明を鵜呑みにしがちであることが影響していると思われます.*KazushiSugiura:宮田眼科病院CIO/技術士(情報工学部門)あたらしい眼科Vol.30,No.11,20131583 また,主たる導入決定者が医師であることから,守備範囲である診察業務をカバーするシステムに目が行ってしまうのも,電子カルテシステムの単独導入に結びついている一因と考えられます.他院の成功事例が紹介され,見学に招待されることもありますが,見学先では,うまくいっているといわなければ困る立場の方々が対応するので,本当のところは隠れてしまいがちです.とくに,部分的なシステム導入によって,システム化されていない部分との情報授受で発生する手間の増大という実態は聞くチャンスがないかもしれません.診察業務(電子カルテシステム)と情報交換が必要な業務がたくさんあることは図2のとおりですが,これらの業務との情報授受を考慮しないと,運用に入ったときにさまざまな問題が生じてきます.例えば,検査です.オーダすると,その情報はどのシステムが受け取るのでしょう.また,複数の患者さんにオーダを出すと待ちが発生しますが,その順番はわかるようになっているのでしょうか.多種多様ある検査結果をシステムに取り込む手段は?診察の結果,手術が必要になると,ベッドを確保し,術日,術者を決め,手術に必要な書類の作成をしなければなりませんが,それをカバーするシステムとの連携は?等々,考慮しなければならないことが山積しています.ある業務は電子的に処理され,その業務と関連する他の業務は従来どおり紙と手作業になっていると,ストレスのないシームレスな情報の授受ができませんが,これをハンドリングが発生するといいます.ハンドリングは,確実に病院全体の作業効率を下げ,システム導入の効果を薄れさせてしまう要因です.また,すでに導入されているシステムがあると,そのシステムとの情報授受のために仲介,翻訳的な機能が必要になり,変更に弱い複雑な構造を余儀なくされます.目的地まで複数の高速道路を乗り継ぎ,高速道路の切れ目で一般道路も走ることになると,ジャンクションでのルートチェンジに神経を使い,高速道路の出入りが面倒ですが,これと同じ理屈です.部分最適なシステムを寄せ集めても全体最適な統合情報システムにはならないことは,製造業,流通業などシステム化の歴史の長い他の業界では体験をとおして知られていますが,医療業界では依然としてそれがまかりとおっているのが実状です.院内の業務は図2のとおり,多種多様あり,情報授受関係が複雑に入り組んでいることを承知したうえで,どの順番にシステム化していくかの計画を作ってから,順次システム整備を進めるべきでしょう.この手順を踏めば,一般的には電子カルテシステムを単独で導入するという結論は出ないはずです..その他実際に電子カルテシステムを使った医師は,つぎの感想をもらしています.①ボタンが多すぎてどこを押してどうすればいいのか,わかりにくい.②いろいろなウィンドウが開き,どこにどの情報があるのかが把握しにくい.③操作すべきことが多すぎ,時間がかかりすぎる.④使うボタンは非常に限られており,一度も押す必要のないものが多すぎる.⑤画面の立ち上がり時間が遅い(とくに写真や画像を含むデータを扱うとき).これは電子カルテシステムが現場を観察し,作業実態を把握して作っていないことを端的に現しています.ただ,その医師は,「しばらくすると慣れてしまう」ともいっています.これをどうとらえるかです.画面を使って仕事をしていると何だか効率が上がった気分になりますが,不具合を“医師の慣れ”と“医師以外のスタッフの人海戦術”でカバーしてしまい,いつの間にか非効率な作業が改善されることなく引き継がれ,誰も気がつかなくなる由々しき事態になると考えてほしいものです.以上述べてきたことは,連載①病院向けパッケージの基礎知識,連載⑦系統立った院内システムの整備,連載⑩システムを導入すると手間が軽減されるって本当?を併せてご覧いただきますと,さらに理解を深めることができます.☆☆☆1584あたらしい眼科Vol.30,No.11,2013(92)

タブレット型PCの眼科領域での応用 18.眼科医療におけるポータブル記録機器としての活用

2013年11月30日 土曜日

シリーズ⑱シリーズ⑱タブレット型PCの眼科領域での応用三宅琢(TakuMiyake)永田眼科クリニック第18章眼科医療におけるポータブル記録機器としての活用■スマートフォンの記録機器としての意義第18章で取り上げる端末は,私が代表を務めるGiftHandsの活動や外来業務で扱っているスマートフォンの“iPhone5S(米国AppleInc)”やポータブルマルチメディアプレイヤー“iPodtouch(米国AppleInc)”のiOSバージョン7.0.2です.この章ではこれらデバイスの記録機器としての活用法とその意義について,実際に利用した医師の声とともに紹介していきます.■私のスマートフォン活用法「前眼部撮影編」近年,スマートフォンやタブレット型のPCの内科領域でのベットサイドケアや在宅医療における有用性に関する検討が多く報告されています.眼科領域においてもスマートフォンを用いた撮影機器としての利用が報告され1),国内ではスマートフォンを用いた蛍光眼底撮影が検討されています(周藤ら:網膜硝子体学会2012).私はスマートフォンを臨床業務へ導入することで,導入前には不可能であった多くの所見を記録し,医療スタッフ間で共有することが可能になりました.本章では実際の活用法を紹介したいと思います.①標準カメラアプリの活用スマートフォンの背面カメラを細隙灯の接眼レンズに簡易的に固定することで,前眼部の動画撮影を行うことが可能です(図1).背面カメラの解像度および感度の向上に伴い,とても明るく解像度の高い動画の撮影が可能となり,撮影後にスクリーンショット機能(iPhoneではホームボタンとスリープボタンの同時押し)を用いることで静止画像として所見を保存することが可能です.また,同じ無線LAN環境にタブレット型PCが存在すれば,クラウドサービスを介してシームレスにタブレット型PCのアルバム内にスマートフォンで撮影した画像が表示されるため患者説明に利用することが可能となります(図2).図1スマートフォンの背面カメラを細隙灯の接眼レンズの前方に簡易的に固定して,前眼部所見を撮影している様子図2患者説明用にスマートフォンで前眼部所見を動画撮影してスクリーンショットで静止画とした後発白内障の所見(89)あたらしい眼科Vol.30,No.11,201315810910-1810/13/\100/頁/JCOPY 図3スマートフォンの背面カメラを利用した動画撮影モードにおいて背面ライトを点灯させて,20Dのレンズ越しに撮影された眼底所見スマートフォンを臨床業務に導入した若手の医師たちの声には,つぎのようなものがあります.「上級医に相談する際に,撮影機器のない外勤先で担当した症例でも動画を見せて相談できるのでとても安心です.」「上級医が診察する際にスマートフォンで撮影してもらい,上級医が実際に見ている所見を共有することができるので,とても勉強になります.」スマートフォンを記録機器として利用することで,施設間での記録機器の差にかかわらず所見の撮影や保存を行えることは,若手の医師にとって安心して診療を行う上でとても重要なことだといえます.また,私が実際に活用しているiPhone5sでは,標準機能として撮影動画に対してスローモーションエフェクトを適応することが可能であり,今後,涙液動態などを評価するのにも利用できる可能性があると考えています.②背面ライトの活用スマートフォンの背面カメラにおける動画撮影モードでは,背面カメラの横のフラッシュ撮影用のライトを常時点灯することが可能です.ライトを点灯した状態で動画撮影を行えば,非接触型倒像鏡用の20Dレンズなどと組み合わせることで眼底所見の診察および撮影が可能です(図3).また,前眼部撮影と同様にスクリーンショットで静止画像としたうえで,適切なサイズに画像をトリミングすることで簡易的なパノラマ眼底撮影を行うことも可能です.実際に眼底撮影にスマートフォンを用いた医師の声にはつぎのようなものがあります.「これまで記録のむずかしかったNICUの子供の眼底所見を画像として記録できるため,若い先生を教育するときにも利用できてとても助かります.」「虐待を疑われる児童の眼底を診察する際に,簡単かつ経時的に記録を画像で残せるのでとても安心です.」おもにベッドサイドで行われる小児の眼底診察の所見を,簡単に動画や静止画で記録できることはとても重要だと考えられます.③スマートフォンによる記録機器導入の意義スマートフォンによる前眼部所見や眼底所見の撮影および記録は,ポータブルの細隙灯と20Dレンズなどがあれば場所を問わず行うことが可能です.このことは,今後,眼科領域での在宅医療やベットサイド診療において,極めて大きな意味をもつと考えられます.スマートフォンなどのデバイスが記録機器として活用されることで,眼科医療の世界がより安全で快適なものになると私は信じています.本文の内容や各種セミナーの詳細に関する質問などはGiftHandsのホームページ「問い合わせのページ」よりいつでも受けつけていますので,お気軽に連絡ください.GiftHands:http://www.gifthands.jp/文献1)BarsamA,AllanBD:Excimerlaserrefractivesurgeryversusphakicintraoculsrlensesforthecorrectionofmoderatetohighmyopia.JCataractRefractSurg36:12401241,20101582あたらしい眼科Vol.30,No.11,2013(90)

硝子体手術のワンポイントアドバイス 126.ロケット花火による眼外傷に対する硝子体手術(中級編)

2013年11月30日 土曜日

硝子体手術のワンポイントアドバイス●連載126126ロケット花火による眼外傷に対する硝子体手術(中級編)池田恒彦大阪医科大学眼科●ロケット花火による眼外傷の特徴近年,ロケット花火による眼外傷の報告がわが国で散見される1).大半は花火が引火しないと勘違いして花火の筒を覗き込んだ時に発射され,眼を直撃するために生じる鈍的外傷である.多くの症例で瞬間的に閉瞼するため,角膜の著明な熱傷をきたしたとする報告は少ないが,眼瞼浮腫,虹彩離断,外傷性白内障,硝子体出血,網膜振盪症,脈絡膜破裂などの重篤な症状を引き起こす.筆者らも過去に3例のロケット花火による眼外傷に対して手術を施行した経験がある2,3).そのうち1例を提示する.●症例の概要症例は46歳,男性.ロケット花火が至近距離で左眼を直撃し,左眼に眼瞼腫張,結膜浮腫,虹彩断裂(図1),虹彩炎,硝子体出血を生じた.保存的加療を行ったが,硝子体混濁の遷延化と外傷性白内障の進行を認めたため,受傷8カ月後に硝子体切除術,水晶体切除術,虹彩整復術を施行した.黄斑部に網脈絡膜萎縮を残したため,矯正視力は0.08に留まった(図2)3).●ロケット花火による眼外傷に対する硝子体手術前述したように,基本的にはロケット花火が至近距離で眼を直撃する鈍的外傷の要素が強い.自験例を含めて多くの症例では前眼部だけでなく,眼底後極部にも著明な傷害をきたし,外力が強く作用した場合には脈絡膜破裂を伴う.脈絡膜破裂がなくても,黄斑部の脈絡膜毛細血管板の障害をきたして網脈絡膜萎縮を残すことが多く,視力予後は概して不良である.硝子体手術は硝子体出血や混濁が遷延する場合に適応となるが,症例は比較的若年者が多いため,人工的後部硝子体.離作製がやや(87)0910-1810/13/\100/頁/JCOPY図1受傷時の細隙灯顕微鏡所見眼瞼腫脹,結膜下出血,角膜浮腫に加えて,広範な虹彩断裂を認める.図2硝子体手術後の眼底所見A:鈍的外傷によると考えられる黄斑部の網脈絡膜萎縮を認める.B:フルオレセイン蛍光眼底写真では後極部の網脈絡膜萎縮部位に一致してwindowdefectによる過蛍光を認める.C:インドシアニングリーン蛍光眼底写真では脈絡膜毛細血管板の傷害と考えられる低蛍光を認める.ABCむずかしい.文献1)中野さおり,伊比健児,熊野良子ほか:ロケット花火による眼外傷の1例.眼紀54:363-366,20032)渡辺彰英,池田恒彦,小泉閑ほか:ロケット花火による眼外傷の2例.眼科手術12:543-546,19993)河原彩,南政宏,今村裕ほか:歯科用30G針による虹彩離断の整復術を施行した花火外傷の1例.眼科手術17:271274,2004あたらしい眼科Vol.30,No.11,20131579

眼科医のための先端医療 155.点眼と視機能:毎回の点眼が見え方に与える影響は?

2013年11月30日 土曜日

監修=坂本泰二◆シリーズ第155回◆眼科医のための先端医療山下英俊点眼と視機能:毎回の点眼が見え方に与える影響は?高静花(大阪大学大学院医学系研究科眼科学教室)はじめに点眼薬は眼科治療においてなくてはならないものであり,それぞれのエビデンスある治療効果を眼科医も患者も期待しています.一般に周術期あるいは感染症治療などでは,点眼薬は一定期間のみ使われますが,ドライアイや緑内障などの慢性疾患においては,点眼薬は1日に数回,毎日,長年にわたって用いるものです.そうなると,「疾患を治し(悪化させず),良好な見え方を保つ長期効果」だけでなく,毎回の点眼による「見え方」への影響も気になるところです.ドライアイにおける点眼と見え方ドライアイにおいて点眼治療は,自覚症状の軽減,涙液安定性の改善,角結膜上皮障害の改善,および眼表面の保護という目的で行われます.ひとたび点眼薬を目に入れると涙液安定性が一時的にもたらされて視機能の向上が得られるようなイメージがありますが,逆に涙液量の増加,分布の不均一により一時的な霧視を自覚するイメージもあります.また,点眼薬そのものの性状による影響も考えられます.点眼が視機能に及ぼす影響については,角膜トポグラファー,コントラスト感度の測定,波面センサーなどを用いて客観的な評価を行うことが可能であり,正常眼やドライアイにおいて1回の点眼が視機能に及ぼす影響を調べたものはこれまでにもさまざまな報告がなされています.ドライアイの重症度,用いた点眼薬,測定のタイミングなどがみな異なるため一律に比較するのはむずかしいのですが,1回の点眼で視機能の改善がみられるという一方で,点眼前後では変わらない,あるいはむしろ悪化するといわれており,結果はさまざまです.ドライアイ点眼が高次収差,散乱に及ぼす影響今現在,日本でドライアイ治療として用いられている(83)0910-1810/13/\100/頁/JCOPYもののなかで,0.3%ヒアルロン酸ナトリウム点眼は粘度が著明に高く,また懸濁液であるレバミピド点眼は濁度が著明に高く,実際にそれらを点眼したときに「見えにくさ」を訴えることは日常外来でも経験されます1.4).一般に,眼の光学的特性の影響を与えるものとしては収差,散乱,回折,反射があげられますが,眼表面,角膜疾患において光学的に大きく影響しうるものは,前者2つ,すなわち不正乱視による収差(高次収差)と混濁による散乱があげられます.筆者らは,各種ドライアイ点眼が高次収差および前方散乱に及ぼす影響の定量評価を行いました5).高次収差は従来の視力検査では検出できない不正乱視,また前方散乱は眼内に入る光の散乱を数値として表したものです.ドライアイのない正常眼においては,0.3%ヒアルロン酸ナトリウムの点眼直後に著明に高次収差が増加しましたが,点眼5分後には点眼前の状態に戻りました.ジクアホソルナトリウム点眼,レバミピド点眼の点眼直後でも点眼前に比べると高次収差は増加しましたが,高次収差の変化量は0.3%ヒアルロン酸ナトリウムが他の2剤に比べて有意に大きくなっていました(図1).また,レバミピド点眼の点眼直後では著明に前方散乱が増加しましたが,他の薬剤では点眼による前方散乱の変化は認められませんでした(図2).レバミピドは懸濁液で白濁しており,これが涙液と混ざって眼表面上に存在すると前方散乱が引き起こされ,その結果,視機能の低下が起きたと考えられます.一方,0.3%ヒアルロン酸ナトリ眼球高次収差(μm)0.3%ヒアルロン酸ナトリウムジクアホソルナトリウムレバミピド防腐剤無添加人工涙液0.400.350.300.250.200.150.100.050.00p<0.001p=0.036p=0.003p<0.001p<0.001p<0.001点眼前点眼1分後点眼5分後点眼10分後時間図1点眼後の眼球高次収差の変化の経過縦軸は眼球高次収差,横軸は時間を示す.0.3%ヒアルロン酸ナトリウムの点眼直後で著明な増加が認めるが,5分後には点眼前の値に回復している.(文献5より改変)あたらしい眼科Vol.30,No.11,20131575 0.3%ヒアルロン酸ナトリウム1.61.41.21.00.80.60.4ジクアホソルナトリウムレバミピド防腐剤無添加人工涙液p<0.001p<0.001p<0.001p<0.001Straylightlog[s]点眼前点眼1分後点眼5分後点眼10分後時間図2点眼後の前方散乱の変化の経過縦軸は前方散乱の指標であるStraylight,横軸は時間を示す.レバミピドの点眼直後で著明な増加が認めるが,5分後には点眼前の値に回復している.(文献5より改変)ウムはほかの点眼薬に比べると粘度が40倍程度高く,点眼後,一時的に涙液層の分布が不均一になることにより高次収差が増大したと考えられます.このことより,少なくとも正常眼では,ドライアイ点眼はいずれも異なるメカニズムで一過性に視機能に影響を与えると考えられます.しかし,涙液動態の異なるドライアイでは,また違った結果が得られるのかもしれません.緑内障点眼が高次収差,散乱に及ぼす影響多数ある緑内障点眼薬のなかでも,ゲル化点眼は粘度が著明に高く,また懸濁液であるブリンゾラミド点眼は濁度が著明に高く,いずれも点眼後の「見えにくさ」を訴えることは日常外来でも経験されます.これらの視機能低下についても,コントラスト感度,高次収差,後方散乱の測定を行い定量評価を行った研究が知られています6).両点眼薬とも点眼2分後のコントラスト感度の低下,点眼2分,5分後における高次収差の増加がみられ,またブリンゾラミドのみ2分後に後方散乱が有意に増加すると報告されています.おわりに高次収差,散乱の測定によって定量的に評価できた「点眼による見えにくさ」は,点眼がqualityofvision(QOV)に与える影響を表しますが,生涯にわたって点眼治療が必要な患者にとっては,qualityoflife(QOL)の一部にあたるといえるでしょう.点眼を処方するときに,その薬剤の主たる治療効果はもちろん最優先ですが,慢性の眼科疾患においては毎回の点眼がQOV,QOLにも影響をもたらすという視点をもってもいいのかもしれません.文献1)RidderWH3rd,LaMotteJ,HallJQJretal:Contrastsensitivityandtearlayeraberrometryindryeyepatients.OptomVisSci86:1059-1068,20092)BergerJS,HeadKR,SalmonTO:Comparisonoftwoartificialtearformulationsusingaberrometry.ClinExpOptom92:206-211,20093)IshiokaM,KatoN,TakanoYetal:Thequantitativedetectionofblurringofvisionaftereyedropinstillationusingafunctionalvisualacuitysystem.ActaOphthalmol87:574-575,20094)KohS,InoueY,SugimotoTetal:Effectofrebamipideophthalmicsuspensiononopticalqualityintheshortbreak-uptimetypeofdryeye.Cornea32:1219-1223,20135)KohS,MaedaN,IkedaCetal:Effectofinstillationofeyedropsfordryeyeonopticalquality.InvestOphthalmolVisSci54:4927-4933,20136)HiraokaT,DaitoM,OkamotoFetal:Contrastsensitivityandopticalqualityoftheeyeafterinstillationoftimololmaleategel-formingsolutionandbrinzolamideophthalmicsuspension.Ophthalmology117:2080-2087,2010■「点眼と視機能:毎回の点眼が見え方に与える影響は?」を読んで■過去20年間にわたり,眼科臨床における多くの症判定されるには,自覚症状の改善という主観的評価状が定量化されてきました.現在,抗血管内皮増殖因と,客観的な改善という評価が揃うことが不可欠で子(VEGF)薬が,網膜疾患の治療を一変させつつあす.以前から,視力という主観的な評価は可能でしります.この薬が,眼科臨床に導入されるプロセスにた.しかし,従来の眼底像や蛍光眼底検査というファは,光干渉断層計(OCT)による網膜厚の「定量化」ジーな評価では,再現性の高い客観的評価は不可能でが大きな役割を果たしました.一般に,治療が有効とした.ところが,抗VEGF薬の臨床評価計画が立て1576あたらしい眼科Vol.30,No.11,2013(84) られたのとほぼ時を同じくしてOCTが臨床に導入さのように,再現性の高い定量化が可能になると,点眼れたために,抗VEGF薬の効果を客観的に評価する後の目のかすみというファジーな症状が,客観的現象ことが可能になったのです.OCTがなければ,抗として描出されます.そうなれば,問題点の把握も容VEGF薬の認可はずっと時間がかかったといわれる易になりますし,その解決も可能となります.のはそのためです.つまり,OCTによる「定量化」抗VEGF薬が臨床に導入されて,治療法が一変しが新しい眼科治療学の領域を開拓したことになったのたと先ほど書きましたが,現在はつぎの段階に移ってです.きています.抗VEGF薬が広く使われるようになる今回,高先生が解説された点眼後の視機能の「定量と,その効果の差がわかってきて,遺伝子の問題,さ化」は,上記を想起させる研究です.点眼後しばらくらなる病型の問題,免疫学の問題など,学問としても目がかすむというのは,ある意味当たり前のことです大きく広がりつつあります.点眼後の視機能の定量化が,患者さんの身になれば,笑ってすまされる問題でも,新たな学問の領域を広げる大きな可能性をもったはありません.しかし,患者さんの主観的判断では,研究です.具体的に点眼薬のどの因子によって引き起こされるか鹿児島大学眼科坂本泰二は解析不可能であり,解決法も期待できません.今回☆☆☆(85)あたらしい眼科Vol.30,No.11,20131577

新しい治療と検査シリーズ 211.アイシャンプー

2013年11月30日 土曜日

新しい治療と検査シリーズ211.アイシャンプープレゼンテーション:川島素子慶應義塾大学医学部眼科学教室コメント:戸田郁子南青山アイクリニック.バックグラウンド【マイボーム腺機能不全とリッドハイジーン】マイボーム腺(瞼板腺)は,上下の眼瞼縁に数十個の開口部をもつ脂腺である.マイボーム腺から分泌される脂質は,眼瞼縁や涙液最表層に分布して,涙液蒸発の抑制,涙液安定性の維持,眼瞼縁における涙液の皮膚への流出の抑制などの役割を果たしていると考えられている.このマイボーム腺の機能異常をきたした状態が「マイボーム腺機能不全」であり,比較的高頻度にみられる疾患である(表1)1).マイボーム腺機能不全の症状は,充血,乾燥感,異物感,灼熱感,掻痒感や一時的な霧視など多様で,眼表面の所見が軽度でも,訴えは強く頑固であることが多い.マイボーム腺に細菌が感染した結果,変性した脂質は,非常に刺激性の強いものになる.マイボーム腺機能不全や眼瞼炎の治療のひとつとして,「リッドハイジーン」が有効である2).これは,マイボーム腺脂質の排出,固形化した脂質や角化組織の除去,および菌量の減少を目的とした治療方法である.従来,希釈したベビーシャンプーを綿棒につけてマイボーム腺開口部を清拭するという方法が薦められてきたが,表1マイボーム腺機能不全の定義と分類【マイボーム腺機能不全の定義】さまざまな原因によってマイボーム腺の機能が瀰漫性に異常をきたした状態であり,慢性の眼不快感を伴う.【分類】2.分泌減少型①原発性(閉塞性,萎縮性,先天性)②続発性(アトピー,Stevens-Johnson症候群,移植片対宿主病,トラコーマ,などに続発する)2.分泌増加型①原発性②続発性(眼感染症,脂漏性皮膚炎などに続発する)(マイボーム腺機能不全の定義と診断基準:あたらしい眼科27:627631,2010)場合によっては病的なマイボーム腺部位をベビーシャンプーで清拭することはマイボーム腺および涙液層にかえって異常をきたすことがあること,含有成分により眼に刺激症状を与える可能性があり,またベビーシャンプーを薄めて綿棒につけるという操作はコンプライアンスが悪いこともあると報告されており,いくつか問題点もあった3,4)..新しい治療法【アイシャンプー】(図1)ここ最近の化粧の流行の影響により,眼の大きさを強調するテクニックとして,睫毛エクステンションや睫毛パーマを施行したり,まぶたの際の粘膜にアイラインを塗ったりする化粧法を行う女性が増えてきた.この弊害として,アイメイク製品によりマイボーム腺の開口部を塞いだり,通常のメイク落としではメイクが完全に落としづらく,あるいはエクステンションの効果を長持ちさせるためにメイク落としをおろそかにしたりする結果,図1アイシャンプー1,260円60mlhttp://eyeshampoo.com/index.html(81)あたらしい眼科Vol.30,No.11,201315730910-1810/13/\100/頁/JCOPY 眼瞼縁に化粧が残ったり不潔になったりして,眼瞼炎やマイボーム腺機能不全に陥るといった症例もみられるようになっていた.一方で,洗浄力の強いメイク落としは目に刺激があるという欠点もあったため,アイメイク専用のメイク落としで落としきれなかったメイクを目に優しく洗浄する後づかい製品として開発されたのがアイシャンプーである.アイシャンプーは,当初の開発コンセプトであるアイメイク落としの2度使い用としてだけではなく,洗浄力が弱いものの低刺激で使用しやすいことから,既存のベビーシャンプーを使用したリッドハイジーンの欠点をカバーでき,マイボーム腺機能不全患者に対するリッドハイジーンでの使用としても魅力がある..使用方法(実際のやり方)1.通常のクレンジングを行う(女性の場合).2.アイシャンプーを10円玉大ほど手またはコットンに取り,目元にやさしく伸ばす.アイメイクや汚れがひどいときは,綿棒にアイシャンプーを数滴つけて,眼瞼縁を洗浄した後,水でよくすすぐ.3.1日1回から2回程度行う..本方法の良い点アイシャンプーは,目に刺激が少ない弱アルカリ性,浸透圧で設計しているため,目にしみない.マイボーム腺機能不全は慢性疾患であり,また完治が得られにくいので,治療が長期にわたるため患者に根気よく治療を続けてもらう必要があり,抵抗なく「歯磨きのように毎日目を洗うという」習慣をつけるためにも使用感の良さは重要な利点である.また,本来の洗浄機能に加えて,目元の炎症を整える抗炎症・抗菌作用を併せもつ低刺激高性能クレンジング料とうたっているので,そのあたりの効果も期待できるかもしれない.文献1)天野史郎,マイボーム腺機能不全ワーキンググループ:マイボーム腺機能不全の定義と診断基準.あたらしい眼科27:627-631,20102)川島素子:ドライアイ基本講座基本手技シリーズ「リッドハイジーン─患者さんへの教育・説明を含めて─」FrontiersinDryEye7:56-61,20123)WittpennJR,EyeScrub:Simplifyingthemanagementofblepharitis.JOphthalmicNursTechnol14:25-28,19954)KeyJE:Acomparativestudyofeyelidcleaningregimensinchronicblepharitis.CLAOJ22:209-212,1996.本治療薬に対するコメント.マイボーム腺機能不全(MGD)は「眼の不快感」の海外では眼瞼専用のシャンプーは何種類か販売され主要な原因のひとつと考えられており,多くの場合,ているが,わが国においては,浸透圧やpHなどを涙蒸発型ドライアイを合併している.その治療方法は,液と同等にした「しみない」眼瞼専用シャンプーはなリッドハイジーン,温罨法,ドライアイ点眼,油性点く,当アイシャンプーは初めての製品としてリッドハ眼,眼軟膏,抗生薬内服,サプリメント(オメガ3),イジーンに対する有用性が期待される.しかし,洗浄マイボーム腺閉塞部の機械的圧出,などがあるが,中力は強くないことと,MGDに対する効果についてはでもリッドハイジーン習慣は慢性疾患である本症の治科学的データが未だないため,今後の臨床研究が待た療の基本である.れるところである.☆☆☆1574あたらしい眼科Vol.30,No.11,2013(82)

私の緑内障薬チョイス 6.キサラタン®

2013年11月30日 土曜日

連載⑥私の緑内障薬チョイス企画・監修山本哲也連載⑥私の緑内障薬チョイス企画・監修山本哲也6.キサラタンR石田恭子岐阜大学大学院医学系研究科眼科学最初に使い出す点眼薬で,充血が強い,しみるなどの副作用が出た場合,患者は薬を中断してしまう可能性がある.最初の導入点眼に失敗しないためにも,眼圧下降効果の強さ,副作用の少なさ,アドヒアランスを重視して,プロスタグランジン製剤のうち,もっともバランスのとれたキサラタンを筆者は第一選択とすることが多い.第一選択薬のプロスタグランジン製剤トラフピークプラセボベタキソロールチモロールラタノプロストトラボプロストビマトプロストブリモニジンブリンゾラミド3530眼圧下降率(%)外来で緑内障と診断した患者に対して眼圧下降薬を投与する場合,筆者は①眼圧下降効果が高いこと,②副作用が少ないこと,③アドヒアランスを上げること,を重視して薬物を選択している.25201510501.眼圧下降効果緑内障視神経症の進行を遅延または緩徐にするための唯一確実な方法は眼圧下降であり,メタアナリシス(図1)1)のデータから考慮すると,眼圧がもっとも高いピーク時においても,また眼圧がもっとも低いトラフ時においても,プロスト系プロスタグランジン製剤がもっとも眼圧下降効果が高く,ついでb遮断薬,a2刺激薬,炭酸脱水酵素阻害薬の順となる.2.副作用眼圧下降効果がいかに高くとも,副作用が強い薬の処方は医師としてためらわれる.とくに高齢患者が多い緑内障では,呼吸器や循環器に影響を与えうる薬の使用は慎重にならざるをえない.一方,プロスタグランジン製剤,炭酸脱水酵素阻害薬の副作用はおもに局所に限られるため比較的選択しやすい.3.アドヒアランス医師がどのように良い薬を処方しても,患者が実際に使用してくれなければ意味がない.慢性疾患である緑内障では,アドヒアランスができるだけ上がるように医師として配慮が必要である.アドヒアランスに影響を与える因子としては,①年齢(若い人のほうがアドヒアランスは悪い),②重症度(緑内障疑いや初期のほうがアドヒアランスは悪い),③知識レベル(高いほうがアドヒアランスは良い),④点眼回数と点眼本数(少ないほうがアドヒアランスは良い)などがある.緑内障や点眼の重要性について患者に説明し,患者の知識レベルを上げ(77)0910-1810/13/\100/頁/JCOPY図1各点眼薬の眼圧下降効果の比較ランダム化比較試験データ(6,953人)のメタ解析では,ピーク時(赤),トラフ時(青)ともに橙枠のようにプロスト系プロスタグランジン製剤の眼圧下降効果が高い.(文献1より改変)ることと,できるだけ点眼本数と回数が少なくなる薬を処方することが肝要である.以上のように,眼圧下降効果に優れ,全身の副作用が少なく,アドヒアランスの面からも点眼回数が1日1回のプロスト系プロスタグランジン製剤を第一選択薬と考える.キサラタンRプロスタグランジン関連薬には,1日2回点眼が必要なプロストン系のレスキュラと,1日1回点眼のプロスト系のキサラタン,トラバタンズ,タプロス,ルミガンがある(図2)が,効果,特徴,副作用はそれぞれ異なる.以下はプロスト系薬剤について述べる.眼圧下降効果についてはキサラタン,トラバタンズ,タプロスが同本欄の記載内容は,執筆者の個人的見解であり,関連する企業とは一切関係ありません(編集部).あたらしい眼科Vol.30,No.11,20131569 HOOOTravoprostHOOOTravoprostPGF2aisopropylesterOOHOCF3OHOOHHOOHIsopropylUnoprostoneTafluprostHOHOOOOHHOOOOOFF図3トラバタンズ点眼による充血例図4ルミガン点眼による右眼上眼瞼溝深化症例右眼のみルミガン点眼を行った症例で,黒印のように右眼に上眼瞼溝深化を認める.等で,ルミガンは同等かやや強い.充血(図3)頻度はキサラタンがもっとも少なく,トラバタンズ,タプロスと続き,ルミガンがもっとも多い.上眼瞼溝深化(眼窩脂肪組織の萎縮)(図4)は,キサラタンがもっとも少なく,タプロス,トラバタンズ,ルミガンの順で起こりやすい.点眼液のpHはしみるなど点眼時不快感とつながることがある.ルミガン(pH6.9.7.5),キサラタン(pH6.5.6.9)と比較し,トラバタンズはpH5.7,タプ1570あたらしい眼科Vol.30,No.11,2013LatanoprostHOOO図2プロスタグランジン関連薬の構造式と点眼ボトHOOHルプロスタグランジン関連薬には,プロストン系のレスキュラと,プBimatoprostロスト系のキサラタン,トラバタンズ,タHONHプロス,ルミガンがあOる.HOOHロスはpH5.7.6.3でやや酸性である.患者は初めて緑内障と診断され,最初に使い出す点眼薬で,充血が強い,しみるなどの副作用が出た場合,薬を中断してしまう可能性がある.最初の導入点眼に失敗しないためにも,もっともバランスのとれたキサラタンを筆者は第一選択とする.ただし,ドライアイなど角膜障害が起きやすい患者には塩化ベンザルコニウムを含まないトラバタンズを,正常眼圧緑内障の中でもベースライン眼圧が非常に低く血流障害の可能性がある症例にはタプロスを処方する.また,各々のプロスタグランジン製剤に対して十分眼圧下降効果がみられない症例,いわゆるノンレスポンダーが存在することはよく知られている.そのため,いったん点眼を開始しても,眼圧下降が不十分な症例にはアドヒアランスを確認し,プロスタグランジン製剤のなかで(たとえばキサラタンからルミガンへなどのように)スイッチングを行う.一度プロスタグランジン製剤を使用し始めると,より充血が起こりやすいほかのプロスタグランジン薬に変えても患者が認容できることが多い.文献1)vanderValkR,WebersCA,SchoutenJSetal:Intraocularpressure-loweringeffectsofallcommonlyusedglaucomadrugs:ameta-analysisofrandomizedclinicaltrials.Ophthalmology112:1177-1185,2005(78)

抗VEGF治療:ラニビズマブ(ルセンティス®)の維持期の治療計画

2013年11月30日 土曜日

●連載⑱抗VEGF治療セミナー─使用方法─監修=安川力髙橋寛二8.ラニビズマブ(ルセンティスR)の山本亜希子岡田アナベルあやめ杏林大学医学部眼科学教室維持期の治療計画滲出型加齢黄斑変性(AMD)に対するラニビズマブ(ルセンティスR)治療の有効性が広く知られるようになった.しかし,すべての症例にまったく同じ治療方針が良いという訳ではない.視力改善・維持のためには維持期の綿密な診察とそれぞれの症例に対する個別化治療が必要である.本稿では筆者らの経験に基づいたラニビズマブ治療の維持期の考えについて述べる.はじめに算すると約7文字の改善が得られた4).1年目の平均投ラニビズマブが認可されてから滲出型加齢黄斑変性与回数は6.0回,2年目は3.5回であった.1年目の投(age-relatedmaculardegeneration:AMD)への有効性与回数はPrONTO試験に比べやや多いものの,2年目が報告されているが漫然と使用していただけでは皆がその投与回数は少なくなっており,筆者らの経験から初めのような結果を得られるわけではなく,維持期の治療計にドライな状態を作ることが視力維持にも重要であり,画が非常に大切である.本稿では,ラニビズマブ治療の再発の頻度も減らすことができるのではないかと考えて維持期におけるもっとも重要なポイントを紹介したい.いる.3回投与を終えた時点で滲出が残存していても,再投与基準反応不十分な症例として投与を中断するのではなく,投与後の反応が得られている間は,10回以上の投与が必ラニビズマブの毎月投与で有意な視力改善が得られる要であっても継続することが良いと考える.という報告がなされているが,それは患者,医療従事者また,視力の変化は再投与に考慮するも客観性のあるの両側に大きな負担になり現実的にはむずかしい場合がOCT所見をより重視すべきである.たとえば,わずか多い.そこで必要時に投与する(prorenata:PRN)とな滲出がまだ残存している場合,前回診察と比べ視力低いう考えに基づいたPrONTO試験が行われた1).この下をきたしていないことが多く,視力低下がないから悪研究では毎月投与より少ない回数で,1年目は9.3文字,化していないとするのは病態の把握としては不十分であ2年目も11.1文字の視力改善がみられた.これは,毎月る.滲出変化が再発すると少し遅れて視力が悪化してく投与を行ったANCHOR試験2)とほぼ同等の成績である.ることが多く,さらに一度下がった視力はなかなか改善しかし,この研究の再投与基準を見直してみると,5文しない.そのため視力低下をきたす前に投与をすること字以上の視力低下かつ光干渉断層検査(OCT)で黄斑内が視力維持にとって大切なポイントでなかろうかと考えに滲出液を認めた場合,網膜厚が100μm以上の増加とる.いう基準が設けられていた.このため,滲出が残存して毎月診察の重要性と投与のタイミングいるにもかかわらず投与しない場合があり,活動性を抑えるのに不十分であった可能性が指摘されていた.そこどのような症例で投与回数が多く,どのような症例でで最近の臨床試験の場合,たとえばHARBOR試験3)で投与回数が少ないのか,まだ明確な答えはない.筆者らは,スペクトラルドメインOCTで滲出液など病変の活の経験では,フルオレセイン蛍光眼底造影検査(FA)に動性が認められる場合は,視力低下がなくとも投与するおいてクラシック成分が多いものや病変サイズが小さい基準となっており,網膜厚の数値の設定もされていない.症例では治療回数が少ないという結果が得られている杏林アイセンターでは,以前より視力にかかわらず滲が,治療開始時点で予後が予測できない場合が多い.そ出性変化の残存がみられた場合に再投与している.2年のため少なくとも最終治療から1年間は毎月の診察が必間の経過観察を終えた治療歴のない48例の治療成績で要であろうと考える.そのようにすることで再発のタイはlogMAR0.35から0.21と改善しており,文字数に換ミングや治療効果の現れ方などが大体つかめるようにな(75)あたらしい眼科Vol.30,No.11,201315670910-1810/13/\100/頁/JCOPY り,治療計画を立てるのに役立つ.とくに網膜内血管腫状増殖(retinalangiomatousproliferation:RAP)の症例でよくみられるが,早いステージでは最初に数回投与すると反応は非常に良いが.その後頻繁に再発することがある.そのため治療の反応が良くてもある程度の期間は毎月診察し,再発に対する再投与のタイミングを逃さないようにすべきである.毎月投与をしていても,投与のタイミングがずれていたのであれば,有効な治療ができているとはいえない.SUSTAIN試験5)のサブ解析においても,投与間隔が延長するにつれて視力改善が得られなくなるという結果が示されており,治療のタイミングを逃さないことがこの治療においては非常に大切である.筆者らも患者が治療を迷っている2週間の間に広範囲に出血が広がり,不可逆的な視力低下をきたした症例を経験している(図1,2)最善を尽くしても効果が得られにくい場合があるが,医療体制によりタイミングを逃すということはできるだけさけたい.治療効果が得られにくい場合に,その薬剤への反応が不良であったと判断する前に,投与のタイミングはずれていなかったのか確認してみることも必要であろう.おわりにラニビズマブ治療が可能となり,視力改善あるいは維持できる症例が増えたことは事実である.しかし,治療1568あたらしい眼科Vol.30,No.11,2013図1眼底写真とOCT画像74歳,男性.前医では(1.0)であったが,当院受診時すでに視力は(0.7)まで低下していた.OCTでは網膜色素上皮.離の周囲に網膜下液が貯留している.治療開始を勧めるも自覚症状に乏しいとのことで決断ができなかった.図2眼底写真とOCT画像2週間後に来院した際には網膜下出血が出現し,網膜色素上皮.離も拡大しており,視力は(0.5)まで低下した.自覚症状も明らかとなり,その後ラニビズマブ治療を開始するも治療後も視力は(0.5)に止まった.をする側が治療方針をしっかり立てなければ,同じ薬剤を使用していたとしても患者の視力予後を変えてしまう可能性がある.一人でも多くの患者のQOLを保つために,どのような治療方針がその方にはベストであるかを考えながら治療に当たることが必要でなかろうか.文献1)LalwaniGA,RosenfeldPJ,FungAEetal:Avariabledosingregimenwithintravitrealranibizumabforneovascularage-relatedmaculardegeneration:Year2ofthePrONTOStudy.AmJOphthalmol148:43-58,20092)BrownDM,MichelsM,KaiserPKetal:ANCHORStudyGroup:Ranibizumabversusverteporfinphotodynamictherapyforneovascularage-relatedmaculardegeneration:Two-yearresultsoftheANCHORstudy.Ophthalmology116:57-65.e5,20093)BusbeeBG,HoAC,BrownDMetal:TheHARBORstudygroup:Twelve-monthefficacyandsafetyof0.5mgor2.0mgranibizumabinpatientswithsubfovealneovascularage-relatedmaculardegeneration.Ophthalmology120:1046-1056,20134)YamamotoA,OkadaAA,SugitaniAetal:Two-yearoutcomesofprorenataranibizumabmonotherapyforexudativeage-relatedmaculardegenerationinJapanesepatients.ClinOphthalmol7:757-763,20135)HolzFG,AmoakuW,DonateJetal:OnbehalfoftheSUSTAINStudyGroup.Safetyandefficacyofaflexibledosingregimenofranibizumabinneovascularage-relatedmaculardegeneration:theSUSTAINstudy.Ophthalmology118:663-671,2011(76)