監修=坂本泰二◆シリーズ第152回◆眼科医のための先端医療山下英俊神経麻痺性角膜症に対する最新の治療法柳井亮二西田輝夫(山口大学大学院医学系研究科眼科学)疾患概念神経麻痺性角膜症はさまざまな原因により角膜知覚を司る三叉神経が障害されて生じる角膜疾患です1).特異的な臨床所見はなく,一見角膜に異常のみられない症例から,遷延性角膜上皮欠損や角膜潰瘍,角膜穿孔などさまざまな程度の角膜障害を生じます.角膜は無血管のため血球系や液性因子による調節を受けにくく,神経系の重要性が古くから認識されていました.歴史的には1824年に三叉神経を切断すると角膜に変性がみられること2),1892年に三叉神経痛術後の角膜障害3)が報告され,1938年に初めてneuroparalytickeratitis〔神経麻痺性角膜炎(症)〕という用語が用いられました4).神経麻痺性角膜症は大変古い疾患概念ですが,その病態の解明はいまだ不十分で根治的な治療法はなく,特効薬の開発という課題も残されています.病態神経麻痺性角膜症の病態は,角膜への軽微な侵襲を契機に発症する角膜上皮の創傷治癒の遅延です1,5).神経麻痺性角膜症は,安静時には角膜の恒常性は保たれていますが,角膜に外傷を受けた場合,たとえば通常では容易に治癒するような軽い外傷や通常の内眼手術など,些細な角膜への侵襲を契機に角膜上皮障害が治癒せず遷延化します.特異的な他覚的所見は角膜知覚検査で知覚低下がみられることですが,神経麻痺性角膜症の診断基準などについてはいまだ整備されていません.原因神経麻痺性角膜症は,三叉神経終末の末梢性障害と,ニューロンが存在する三叉神経節あるいはその中枢側が障害される中枢性障害に分類されます(図1).白内障手術や角膜移植などの角膜に切開が加わるような手術後や角膜化学熱傷,b遮断薬や点眼麻酔薬の濫用による中毒性角膜症などでは,三叉神経終末が障害されて角膜知覚(79)0910-1810/13/\100/頁/JCOPY三叉神経脊髄路核三叉神経節視床中枢枝末枝(眼神経V1)長後毛様体神経脳疾患角膜ヘルペス・先天性内眼手術後角膜移植術後薬剤性(点眼)糖尿病角膜ヘルペス痛覚・温覚触覚(粗)SubstanceP枯渇聴神経腫瘍摘出術三叉神経減圧術局所性中枢性図1神経麻痺性角膜症の原因部位が低下します.また,糖尿病による末梢神経障害として角膜知覚が低下することによる角膜上皮障害も問題となります6).三叉神経のニューロンは三叉神経節に存在し,その中枢枝は聴神経核や後小脳動脈などが混在する脳幹の三叉神経脊髄路核に達します.このため,脳外科手術後に中枢枝が傷害されたり,角膜ヘルペスでは三叉神経節のニューロン自体に炎症が波及していると考えられます.家族性自律神経失調症(Riley-Day症候群)は,三叉神経核あるいは神経節レベルの中枢性障害により先天的に角膜知覚が低下しています.治療〈従来の治療法〉神経麻痺性角膜症の治療法は,角膜神経を再生させる有効な治療法がないため,対症療法が基本となります7,8).神経麻痺性角膜症では角膜知覚低下により二次的に涙液分泌が抑制されるため,涙液分泌,眼瞼あるいは結膜など角膜を取り巻く環境を改善する治療を行うことは角膜の創傷治癒に有効ですが,これらは角膜の自然治癒力に依存した受動的な治療法で,積極的に角膜の創傷治癒を促進する治療法はいまだ開発されていません.〈神経伝達物質を用いた新しい治療法〉筆者らは神経麻痺性角膜症による角膜上皮修復を積極的に促進する治療法を開発するため,神経伝達物質,ホルモン,サイトカインなどをスクリーニングし,サブスタンスPとインスリン様成長因子(IGF-1)の同時添加が角膜上皮修復を促進することを見いだしました.1)サブスタンスPの最小必須配列の同定角膜には三叉神経第1枝の知覚神経が分布しており,その神経終末から角膜知覚を司る神経伝達物質サブスタンスPが放出されています.サブスタンスPは11個のアミノ酸からなるポリペプチドで,タキキニンファミあたらしい眼科Vol.30,No.8,20131123BdomainAdomainCdomainDdomainLCAEPRFVAREPCRSYARCSYAKDRIGQFLPTLVGCSYAREDCGGFSLPGFGKPMLGKNTSAEDCLQTVDSSSRLM-NH2FMLG+-NH2ssssss図2角膜上皮修復を促進するサブスタンスPとIGF.1の最小必須ペプチド(文献12,15,16より)SSSRLM-NH2FMLG+-NH2ssssss図2角膜上皮修復を促進するサブスタンスPとIGF.1の最小必須ペプチド(文献12,15,16より)リーに属するニューロペプチドです.筆者らはサブスタンスPと増殖因子であるIGF-1が相乗的に角膜上皮の伸びを促進することを見いだしました9,10).この効果は角膜器官培養系で発見され,家兎のinvivo系においても認められました11).しかし,サブスタンスPとIGF-1による点眼治療の臨床応用にあたっては,サブスタンスPの眼刺激性,縮瞳,難溶性などが問題でした.そこで,IGF-1との相乗効果に必須であるサブスタンスPの最小必須ペプチドの同定を試みました.11アミノ酸のサブスタンスPから4アミノ酸のフェニルアラニン-グリシン-ロイシン-メチオニン:FGLM-NH2を同定し,IGF-1との相乗効果を維持しながら,副反応を回避することに成功しました12).これにより,神経伝達物質を用いた新しい治療法を臨床応用することが可能となり,従来の治療法でまったく反応しなかった神経麻痺性角膜症の症例の治療に成功しました13,14).2)IGF-1の最小必須配列の同定IGF-1は70個のアミノ酸からなる蛋白質で,細胞膜表面の受容体に結合して,AktやMAPキナーゼなどの細胞内信号伝達系を介して,細胞増殖,蛋白合成,生存,分化などさまざまな作用を発揮します.IGF-1を点眼薬として使用することは,その副作用として腫瘍や血管新生を生じる危険性があることが予想されました.また,IGF-1などのサイトカインには多機能性や機能重複などの特徴があります.このため,相補機能がある反面,一つの因子を投与してもその作用が打ち消されたりすることで,生体内では効果が発揮されないこともあります.以上の理由からIGF-1の最小必須配列の同定も試みました.インスリンファミリーのアミノ酸構造の比較からCドメインが重要であることを突き止め15),最終的に4つのアミノ酸からなるペプチド(セリン-セリン-セリン-アルギニン:SSSR)が最小必須配列であることを見いだし,副作用の回避に成功しました16).11アミノ酸のサブスタンスPからはFGLM-NH2の4ペプチド,偶然にも70アミノ酸のIGF-1からも4アミノ酸のSSSRが同定され,これらの合成ペプチドを用いることによって臨床応用が可能となりました(図2).3)サブスタンスPによる上皮修復促進因子の感受性促進効果神経麻痺性角膜症に対するFGLM-NH2+SSSR点眼療法の臨床研究を進めると同時に,神経麻痺性角膜症の病態について,特にサブスタンスPがどのように作用して角膜上皮の修復に効果を発揮しているのかについても検討しました.サブスタンスPの上皮修復促進作用1124あたらしい眼科Vol.30,No.8,2013FGRPKPQQFはカルシウム/カルモジュリンリン酸化系を介する細胞内蛋白質の活性化によることを見いだしました17)が,サブスタンスP単独投与では角膜上皮の創傷治癒の促進効果はみられませんでした.そこで,筆者らはIGF-1の感受性に着目して研究を進め,サブスタンスPによってIGF-1に対する感受性が亢進して,角膜上皮の修復を促進していることを突き止めました17).同様にサブスタンスPはフィブロネクチンやインターロイキン(IL)-6など角膜上皮修復を促進する因子の感受性を亢進させる働きがあることもわかりました.つまり,神経麻痺性角膜症において難治性の角膜上皮欠損が生じる発生機序の一つとして,角膜知覚神経の障害によりサブスタンスPが枯渇した状態では,上皮修復促進因子に対する感受性が低下していると考えられ,これらの因子が働かないことで軽微な外傷であっても角膜上皮の修復が遅延すると考えられました.創薬に向けて臨床応用では,FGLM-NH2+SSSR点眼療法を,神経麻痺性角膜症による遷延性角膜欠損症例25例26眼を対象に施行した結果,19眼(73%)の症例が平均10.5日で上皮欠損が完全に修復し,全例で有害事象はみられませんでした18).2009年9月より角膜知覚が低下した遷延性角膜上皮欠損を対象とした第2相多施設二重盲検比較試験が開始されています.近い将来,サブスタンスPとIGF-1由来のペプチド点眼療法が市販化されることが期待されます.文献1)NishidaT,YanaiR:Advancesintreatmentforneurotrophickeratopathy.CurrOpinOphthalmol20:276281,20092)MagendiePA:Del’influencedelacinquiemepairede(80)nerfssurlanutritionetlesfonctionsdel’oeil.JPhysiol(Paris)4:176-177,18243)RoseW:Surgicaltreatmentoftrigeminalneuralgia.Lancet1:295-302,18924)JaffeM:Neuroparalytickeratitis.ArchOphthalmol20:688-689,19385)OkadaY,ReinachPS,KitanoAetal:Neurotrophickeratopathy;itspathophysiologyandtreatment.HistolHistopathol25:771-780,20106)LockwoodA,Hope-RossM,ChellP:Neurotrophickeratopathyanddiabetesmellitus.Eye(Lond)20:837-839,20067)LambiaseA,RamaP,AloeLetal:Managementofneurotrophickeratopathy.CurrOpinOphthalmol10:270276,19998)PushkerN,DadaT,VajpayeeRBetal:Neurotrophickeratopathy.ClaoJ27:100-107,20019)NishidaT,NakamuraM,OfujiKetal:SynergisticeffectsofsubstancePwithinsulin-likegrowthfactor-1onepithelialmigrationofthecornea.JCellPhysiol169:159166,199610)NishidaT:Neurotrophicmediatorsandcornealwoundhealing.OculSurf3:194-202,200511)NakamuraM,NishidaT,OfujiKetal:SynergisticeffectofsubstancePwithepidermalgrowthfactoronepithelialmigrationinrabbitcornea.ExpEyeRes65:321-329,199712)NakamuraM,ChikamaT,NishidaT:SynergisticeffectwithPhe-Gly-Leu-Met-NH2oftheC-terminalofsubstancePandinsulin-likegrowthfactor-1onepithelialwoundhealingofrabbitcornea.BrJPharmacol127:489-497,199913)ChikamaT,FukudaK,MorishigeNetal:Treatmentofneurotrophickeratopathywithsubstance-P-derivedpeptide(FGLM)andinsulin-likegrowthfactorI.Lancet351:1783-1784,199814)NishidaT,ChikamaT,MorishigeNetal:Persistentepithelialdefectsduetoneurotrophickeratopathytreatedwithasubstancep-derivedpeptideandinsulin-likegrowthfactor1.JpnJOphthalmol51:442-447,200715)YamadaN,YanaiR,NakamuraMetal:RoleoftheCdomainofIGFsinsynergisticpromotion,withasubstanceP-derivedpeptide,ofrabbitcornealepithelialwoundhealing.InvestOphthalmolVisSci45:1125-1131,200416)YamadaN,YanaiR,KawamotoKetal:Promotionofcornealepithelialwoundhealingbyatetrapeptide(SSSR)derivedfromIGF-1.InvestOphthalmolVisSci47:32863292,200617)YamadaN,YanaiR,InuiMetal:SensitizingeffectofsubstancePoncornealepithelialmigrationinducedbyIGF-1,fibronectin,orinterleukin-6.InvestOphthalmolVisSci46:833-839,200518)YamadaN,MatsudaR,MorishigeNetal:Openclinicalstudyofeye-dropscontainingtetrapeptidesderivedfromsubstancePandinsulin-likegrowthfactor-1fortreatmentofpersistentcornealepithelialdefectsassociatedwithneurotrophickeratopathy.BrJOphthalmol92:896900,2008■「神経麻痺性角膜症に対する最新の治療法」を読んで:ノーヒット・ノーラン達成!!!■広い意味での神経原性機能障害には,顔面神経麻治療薬の開発に成功しました.栄養因子の同定だけで痺,脊髄損傷による麻痺,脳梗塞後の麻痺が含まれまも素晴らしい発見ですが,治療に際しての痛みが治療す.対象患者数が多いにもかかわらず,治療法が存在上の障害になることを見抜いた慧眼は,常に患者さんしないので,大きな社会問題になっています.眼科領の側に立った診療をしていなければ出てこない発想で域においても神経原性の機能障害は多数ありますが,しょう.疾患の病態解明,原因物質の同定,治療薬のやはり治療法がないために患者さんのみならずわれわ開発,臨床治験による効果の実証という行程には,通れ眼科医を苦しめていました.ところが,そのなかの常20年以上の時間がかかりますが,これをわずか7神経麻痺性角膜症の治療について,理想的な治療法が.8年で達成されたことは驚きです.日本で開発されました.今回,柳井亮二先生・西田輝未知の病態を解明して,その治療法を開発するとい夫先生が書かれているのがそれです.神経麻痺性角膜うことは,医学研究者の皆がもつ夢ですが,そのほと症の存在は古くから知られていましたが,原因は不明んどは見果てぬ夢に終わります.これを成し遂げるこでした.最近,神経栄養因子の枯渇という概念も提案とは,野球でいえばノーヒットノーランの達成にあたされましたが,原因因子が具体的に同定されておらるのではないでしょうか.網膜の三宅養三先生のお仕ず,また同定されたにしてもどの程度の重要性がある事がそれに該当すると思いますが,今回の柳井先生・のか不明でした.しかし,西田輝夫先生に率いられた西田先生のお仕事は,角膜におけるノーヒットノーラ山口大学のグループは,その栄養因子を同定したのみン達成といっても過言ではありません.本文には,そならず,栄養因子補給により症状が改善すること,栄のことがわかりやすく解説されています.養因子補給療法の問題点の描出と解決,栄養因子一般鹿児島大学医学部眼科学坂本泰二(81)あたらしい眼科Vol.30,No.8,20131125