角膜内皮障害例CataractSurgeryforCornealEndothelialDysfunction子島良平*宮田和典*2,000cells/mm2以下の症例数症例数800ある.近年では手術手技や機器の進歩により,白内障手600術の安全性は高まってきている.しかし,白内障手術のる.水疱性角膜症は,角膜実質の膨潤圧と角膜内皮細胞0のポンプ機能のバランスが破綻した状態であり,角膜内皮細胞密度が約500cells/mm2まで低下すると発症する.このため,角膜内皮細胞密度の低下している症例では,白内障手術により水疱性角膜症をきたす可能性があることを念頭に入れ,治療方針を考える必要がある.そこで本稿では,角膜内皮細胞密度が低下した症例での白内障手術の注意点について,手術前,術中,術後の注意点について説明していく.I手術前の注意点本章では,どのような疾患が内皮減少をきたすかについて,そして診察室でできる内皮観察法および患者への説明について述べる.1.角膜内皮細胞密度が減少する疾患現在では白内障の手術前に,スペキュラーマイクロスコープを用いた角膜内皮細胞密度の測定は必須の検査となっている.当院のデータ(図1)を見てみると,角膜内皮細胞密度の平均は2,673±320cells/mm2であり,細胞密度(cells/mm2)図1宮田眼科病院における白内障手術前の角膜内皮細胞密度の分布(文献1より)そのなかで内皮細胞密度が2,000cells/mm2以下の症例は約2%程度であることがわかる1).その原因疾患を詳しくみると,レーザー虹彩切開術後,閉塞隅角緑内障,落屑症候群など,緑内障関連の疾患が多い.このことから細隙灯顕微鏡で上記のような疾患を診察した際には,角膜内皮細胞密度が減少している可能性を念頭に置き,手術を検討する必要がある.また角膜疾患でも内皮が障害されている場合がある.臨床でもしばしば遭遇する疾患として,角膜移植後や滴状角膜,ICE(iridocornealendothelial)症候群などがあげられる.所見として,滴状角膜では角膜内皮面に輝度の高い混濁を(図2),ICE症候群では虹彩萎縮や虹彩前癒着を認めることがある(図3).このような症例でも,手術は慎重に検討すべき*RyoheiNejima&KazunoriMiyata:宮田眼科病院〔別刷請求先〕子島良平:〒885-0051都城市蔵原町6-3宮田眼科病院0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(3)151図2滴状角膜の前眼部写真角膜内皮面に輝度の高い混濁を認める.図3ICE症候群の前眼部写真虹彩萎縮およびDescemet膜皺襞を認める.である.2.細隙灯顕微鏡を用いた内皮細胞の観察法スペキュラーマイクロスコープがない場合でも,細隙灯顕微鏡での鏡面反射法で角膜内皮細胞の観察が可能である.鏡面反射法の方法は,細隙灯顕微鏡の光源と観察系を60°にセットし,角膜の表面に焦点を合わせ,そこからの反射光が最も強くなる位置を探す.その場所が確認できたら,焦点を角膜内皮側に移動させると内皮の状態が確認できる.定量はむずかしいが,細胞の大まかな形態が観察できる.細隙灯顕微鏡のみで簡便に行うことが可能であるため,角膜内皮細胞が障害されていることが予想される症例では積極的に観察したい.3.内皮細胞が低下している症例に対するインフォームド・コンセント術前検査で角膜内皮細胞密度が低下していることがわかった場合,患者や家族に対して,術後に水疱性角膜症をきたす可能性があることを十分に説明する.すでに水疱性角膜症をきたしている症例では,術中の視認性によっては手術を中断せざるを得ない場合があることも事前に話しておいたほうがよい.術後に水疱性角膜症になった場合に備え,角膜移植が可能な施設への紹介も想定しておく.自らの白内障手術での角膜内皮細胞密度の減少率を把握しておくことも重要である.症例によっては,熟練した術者に手術を依頼したほうが,患者の利益になる場合があることを考慮する.II手術中の注意点白内障の術前検査で,角膜内皮細胞密度が低いことがわかった場合,手術時には角膜内皮保護に最大限の努力を払わなければならない.そこで本章では,どのような因子が角膜内皮細胞の減少と関係しているかについて,手術中の工夫や超音波乳化吸引(phacoemulsi.cationandaspiration:PEA)装置の特徴,OVD(ophthalmicviscosurgicaldevice)の使い分けについて述べる.1.内皮細胞減少の原因となるパラメータこれまでに高齢,小瞳孔,短眼軸眼,硬い核,大きな核,多い灌流量,長い超音波時間,長い手術時間などの因子が,角膜内皮細胞の減少と関連していると報告されている2.4)(表1).当院でも術後3カ月目の角膜内皮細胞減少率と,術前,術中,術後のどのような因子が関連しているかを検討した5).結果は,術前の因子として前房深度・角膜厚が,術中の因子として手術時間・超音波時間・灌流量が,術後の因子として術翌日の角膜厚変化量・1週目のフレア値が有意な相関を示した.このことから,硬い核や大きな核,浅前房といった症例では,角膜内皮細胞により大きなダメージを与える可能性がある152あたらしい眼科Vol.29,No.2,2012(4)表1角膜内皮細胞の減少に影響を与える術前,術中,術後の因子時期因子術前・高齢・小瞳孔・高い核硬度・大きな核・短眼軸長眼術中・長い超音波時間・高い平均超音波パワー・長い手術時間・高灌流量術後・術翌日の角膜厚増加・術後1週まで続く炎症の遷延化(文献1より)ことを念頭に置いて,超音波時間や灌流量を低く抑えて手術を行う必要がある.術後の経過観察の注意点としては,術翌日に角膜の浮腫やDescemet膜皺襞を認めた症例,および術後1週間たっても炎症が遷延化している症例では,特に内皮の減少に注意してみていく必要がある.2.手術中の工夫およびPEA装置の特徴白内障手術は,現在ほとんどの症例がPEAで行われている.先述したように,角膜内皮細胞減少にかかわる白内障手術の術中因子としては,長い手術時間・超音波時間,高い平均超音波パワー,高い灌流量などがある.特に超音波については,硬い核に対する手術において超図5水疱性角膜症症例に対する白内障手術上皮.離後は透見性が向上していることがわかる.図4術中の核処理の工夫核を分割した後で,超音波チップの先端を横方向にし,核を回転させながら処理することで,核片を散らさないようにすることができる.音波のパワーが大きく,時間が長くなりやすい.このため,硬い核に対しては,フェイコチョップ法を用いるなど,フックを有効に使って核を分割し,超音波の使用をなるべく少なくすることが重要である.また,術中に超音波チップの先端を横方向に向け,分割した核片の円弧の頂点から吸引すると,核を回転させながら処理することができ,核片を撒き散らさずに手術を行うことが可能である(図4).すでに水疱性角膜症をきたしている症例では,診察室での細隙灯顕微鏡による観察では手術が可能なようにみえても,実際に手術用顕微鏡でみると視認性が低下して手術に支障をきたす場合がある.このような症例に対し視認性を向上させる工夫として,手術用顕微鏡に搭載されているスリット光を用いる方法や,硝子体手術に用い上皮.離前.離後(5)あたらしい眼科Vol.29,No.2,2012153られるシャンデリア照明を使用することにより安全に手術が可能となる場合がある6).上皮に浮腫をきたし,透見性が低下している場合には,術中に上皮を掻爬することで,簡便に視認性を向上させることが可能となる場合がある(図5).2005年にアルコン社から発売されたOZilRTorsionalHandpieceでは,超音波チップを横にねじれる方向に動かすことで,硬い核を短時間で,核片を散らさないように処理することが可能となった7).ねじれ運動を行うために超音波チップが屈曲していることから,操作に慣れるまで注意が必要であったが,現在では屈曲の少ないチップも使用可能となり,安全性が高まっている.AMO社も同様のシステムを搭載した機器を発売しており,内皮細胞が少なく,核硬度の高い症例では,積極的に使用してよいと思われる.これ以外にも吸引ポンプシステムの改良や,前房の安定性の向上など,PEA装置は年々進歩している.自らの施設で使用しているPEA装置の利点を十分に把握し,内皮細胞のダメージを少なくする手術を心がけたい.3.OVDの使い分け粘弾性物質は,手術時にまるで器具のような使われ方をすることから,近年ではOVDとよばれるようになってきている.このOVDの特徴を知ることにより,より内皮に障害を与えない手術が可能となる.OVDの成分はヒアルロン酸ナトリウムおよびコンドロイチン硫酸ナトリウムであり,その濃度,分子量および組み合わせにより性質が異なる.大きく分けると,凝集型,分散型,viscoadaptive型,viscousdispersive型の4種類がある表2OVDの種類素材分子量(Da)凝集型(低分子)(高分子)1%ヒアルロン酸1%ヒアルロン酸60万.150万190万.390万分散型3%ヒアルロン酸4%コンドロイチン硫酸50万2万Viscoadaptive型2.3%ヒアルロン酸400万Viscousdispersive型1.65%ヒアルロン酸4%コンドロイチン硫酸160万2万現在4種類のタイプが使用可能である.(表2).凝集型および分散型OVDの性質は,前房形成能と前房滞留能に注目すると理解しやすい.一般的にヒアルロン酸ナトリウムの濃度が高くなると前房形成能は高くなり,コンドロイチン硫酸ナトリウムはヒアルロン酸ナトリウムに比べ前房滞留能が高い.前房形成能が高い凝集型OVDは一塊として眼内で行動するため,レンズ挿入など前房が深く保ちたいときには有効だが,角膜内皮細胞の保護効果は高くない.一方,前房滞留能が高い分散型OVDは,角膜内皮細胞の保護効果には優れているが,眼内で一塊として振る舞わないため,前房形成能は低くなる.それぞれのOVDの特徴を理解し,その場に応じた使い分けが望ましい.凝集型の前房形成能と,分散型の前房滞留能の利点を組み合わせたソフトシェルテクニック8)は,内皮細胞が減少した症例や硬い核に対する白内障手術における内皮細胞保護において有用な方法である(図6).Viscoadaptive型はヒアルロン酸ナトリウムの濃度が,従来の凝集型OVDの約2倍となっているため,前房形①②③④図6ソフトシェルテクニック分散型と凝集型OVDを使用し,内皮細胞を保護する.(文献1より)154あたらしい眼科Vol.29,No.2,2012(6)成能は非常に高い.さらにviscoadaptive型の最大の特徴は,眼内での吸引流量により,分散型と凝集型の2面性をもつことにある.具体的には,吸引流量が低い場合には分散型の,高くなると凝集型の性質を示すため,使い方によっては,高い前房形成能に加え,角膜内皮保護効果も期待できる.しかし,分子量が大きいため,取り残しがあると術後に眼圧上昇をきたすため注意が必要である.2010年にわが国で発売されたviscousdispersive型は,分散型OVDと同様にヒアルロン酸ナトリウムとコンドロイチン硫酸ナトリウムの合剤であるが,ヒアルロン酸ナトリウムの濃度が約半分に,分子量が3.4倍となっている(図6).このため,viscousdispersive型OVDでは,凝集型および分散型OVDの両性質を併せもつ.具体的には,前.切開時,眼内レンズ挿入時には高い前房形成能をもち,PEA時には高い前房滞留能を示し,角膜内皮細胞の保護にも有効であると報告9)されており,今後の白内障手術時のOVDの選択肢の一つとして注目される.III術後の注意点角膜内皮細胞密度が減少した症例では,術中に細心の注意を払ったとしても,不幸にして水疱性角膜症に至る場合がある.その際に行うべき治療法について,保存的療法,手術療法に分けて述べる.1.保存的療法水疱性角膜症が軽度の場合は,高張食塩水を点眼させることにより,浸透圧差を利用して,角膜の浮腫を軽減できる可能性がある.また,感染やステロイド緑内障などのリスクに注意しなければならないが,ステロイド薬の点眼により内皮細胞を賦活化させることで浮腫を軽減させ,症状がある程度改善できる場合もある.疼痛が強い場合には,医療用のコンタクトレンズ装用,もしくは軟膏+圧迫眼帯で痛みを軽減させることができる.しかし,長期間,水疱性角膜症の状態が持続すると,実質内に混濁をきたすことがあり,角膜内皮移植術の適応から外れてしまうことになりかねない.そのため状況によって,患者の行動様式や生活環境を考慮して手術時期を検討する必要がある.2.手術療法従来,水疱性角膜症の手術治療は,全層角膜移植術が一般的であった.しかし,その治療成績は,角膜白斑など他の疾患と比較して不良であるといった問題点があった10).新しい角膜内皮移植術であるDSAEK(Descemet’sstrippingautomatedendothelialkeratoplasty)の登場により,現在,水疱性角膜症に対する手術治療は大きく変化している.実際に当院でも,2011年に行った水疱性角膜症に対する角膜移植は,ほとんどの症例をDSAEKで行っている(図7).DSAEKは,移植片を折術前術後図7白内障手術後の水疱性角膜症に対しDSAEKを行った症例術前視力0.02から術後1週目で0.7に改善した.(7)あたらしい眼科Vol.29,No.2,2012155り曲げて挿入する二つ折り法の頃は,移植片がうまく開かないこともあり,内皮細胞の障害が大きいという問題点があった.その後,移植片を眼内に引っ張り込むためのグライドが開発され,引っ張り込み法が主流になってから,手術手技が簡便になってきている.従来の全層角膜移植と同様に,拒絶反応や緑内障のリスクは存在するものの,乱視の軽減,眼球構造の強度の点で,全層角膜移植術より優れていると考えられ,現在では広く行われるようになってきた.DSAEKを行う時期については慎重に検討する必要があるが,実質内に混濁が認められるほど水疱性角膜症が進行した症例では,手術を行っても視機能の回復が十分に得られない場合もあるため注意しなければならない.DSAEKと白内障手術との同時手術については,絶対的な適応はないが,海外では良好な結果が報告されている11).同時手術の利点としては,患者の負担が軽くなることがあげられるが,一方では白内障手術時に何らかのトラブルが起き,DSAEKが行えなくなった場合,移植片が無駄になる可能性もある.このことから同時手術については,患者の要望また術者の手術の力量により検討する必要がある.おわりに角膜内皮細胞が減少している症例は,日常の臨床でも診察する機会が多い.そこで本稿では,術前,術中,術後■用語解説■凝集型OVD:凝集型OVDはその分子量により,低分子,高分子型に分類される.高分子型のほうが,前房形成能が高い.ソフトシェルテクニック:角膜内皮に近い場所に分散型OVDを挿入し,その下に高分子凝集型OVDを,先に入れた分散型OVDが内皮面に広がるように入れる.分散型OVDの角膜内皮細胞の保護効果と,凝集型OVDの前房形成能の効果が組み合わさることにより,内皮へのストレスが軽減される.DSAEK:2004年にMellesらにより報告された術式.それまでの角膜内皮移植術に比べ手技が簡便であることから,広く普及してきている.の注意点について述べた.角膜内皮変性症が多い欧米とは違い,わが国での水疱性角膜症の原疾患は,レーザー虹彩切開術後や白内障手術後といった医原性のものが多い.治療する医療関係者からみれば数多くの症例のなかの一例であっても,治療を受ける患者からすれば二つしかない眼の一つである.角膜内皮細胞が障害されている症例に対する白内障手術では,正確な知識,適切な手術手技,そして目の前の患者を治したい,見えるようにしてあげたいという思いをもち,治療に当たることが重要である.文献1)子島良平,宮田和典:角膜内皮減少.眼科手術20:465-471,20072)HayashiK,HayashiH,NakaoFetal:Riskfactorsforcornealendothelialinjuryduringphacoemulsi.cation.JCataractRefractSurg22:1079-1084,19963)WalkowT,AndersN,KlebeS:Endothelialcelllossafterphacoemulsi.cation:relationtopreoperativeandintraop-erativeparameters.JCataractRefractSurg26:727-732,20004)O’BrienPD,FitzpatrickP,KilmartinDJetal:Riskfactorsforendothelialcelllossafterphacoemulsi.cationsurgerybyajuniorresident.JCataractRefractSurg30:839-843,20045)宮井尊史,宮田和典:白内障手術と角膜内皮.IOL&RS20:367-371,20066)井上智之:【角膜内皮移植術の進歩】DSAEKと白内障手術.眼科手術22:449-453,20097)FakhryMA,ElShazlyMI:Torsionalultrasoundmodeversuscombinedtorsionalandconventionalultrasoundmodephacoemulsi.cationforeyeswithhardcataract.ClinOphthalmol5:973-978,20118)Arshino.SA:Dispersive-cohesiveviscoelasticsoftshelltechnique.JCataractRefractSurg25:167-173,19999)OshikaT,Bissen-MiyajimaH,FujitaYetal:ProspectiverandomizedcomparisonofDisCoViscandHealon5inphacoemulsi.cationandintraocularlensimplantation.Eye24:1376-1381,201010)原田大輔,宮井尊史,子島良平ほか:全層角膜移植術後の原疾患別術後成績と内皮細胞密度減少率の検討.臨眼60:205-209,200611)TerryMA,ShamieN,ChenESetal:Endothelialkerato-plastyforFuchs’dystrophywithcataract:complicationsandclinicalresultswiththenewtripleprocedure.Oph-thalmology116:631-639,2009156あたらしい眼科Vol.29,No.2,2012(8)