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新しい眼科ドラッグデリバリーシステム

2010年10月29日 金曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPYgrowthfactor:VEGF)をターゲットとした抗VEGF療法の時代となり,現在では,眼内に薬物を簡便に直接に送り込める硝子体内投与が広く受け入れられるようになった.1回の硝子体内投与で,4mgのトリアムシノロン・アセトニドが約12週間,ラニビズマブ(ルセンティスR)が約4週間,ペガプタニブ(マクジェンR)が約6週間,有効性を維持できる.しかし,これらの脂溶性のステロイドや高分子量の蛋白質や核酸製剤は例外であり,眼内での半減期が数時間と短い低分子量の水溶性はじめに視覚を担う眼球はその内部の透明性維持のために,血液網膜関門,血液房水関門や強膜などで眼外や血液からの物質移動が厳格に制御されている(図1)1).このため,網膜硝子体疾患に対しては,点眼,軟膏などの局所投与,内服,点滴などの全身投与のいずれにおいても有効濃度に到達,維持させることが困難である.このような背景で,トリアムシノロン・アセトニドの硝子体内投与に始まり,血管内皮増殖因子(vascularendothelial(55)1377*TsutomuYasukawa:名古屋市立大学大学院医学研究科視覚科学〔別刷請求先〕安川力:〒467-8601名古屋市瑞穂区瑞穂町川澄1名古屋市立大学大学院医学研究科視覚科学特集●眼科薬物療法の新たな展開あたらしい眼科27(10):1377.1384,2010新しい眼科ドラッグデリバリーシステムNewOcularDrugDeliverySystems安川力*涙液ターンオーバー上皮実質内皮虹彩血管内皮毛様体上皮(血液房水関門)強膜網膜血管内皮(内側血液網膜関門)網膜色素上皮(外側血液網膜関門)角膜房水の流れ水晶体硝子体内境界膜ぶどう膜強膜流出路上強膜血管からの流出脈絡膜血管からの流出図1眼内薬物移行の障害となるもの眼内への薬物移行を制限するものとしては,(1)角膜上皮,角膜内皮,網膜色素上皮,網膜血管内皮,毛樣体無色素上皮,虹彩血管内皮など密着結合をもつ上皮や内皮と内境界膜,(2)涙液,房水の流れ,(3)結膜や脈絡膜の血液循環(細胞外液の体循環への回収)があげられる.水溶性薬剤に関して特に眼内への移行は制限されるため,硝子体内投与が最も有効であるが眼内半減期は短いため頻回投与を必要とする.無硝子体眼では眼内の薬物滞留性はさらに低下する.1378あたらしい眼科Vol.27,No.10,2010(56)II眼局所での薬物徐放化:コントロールドリリースコントロールドリリースのための眼科DDS製剤の形状としては,手術により眼内に埋植が必要なインプラントと,注射針で簡便に注入可能なロッド状製剤やマイクロスフェアのような微粒子製剤に大別される.また,薬物を内包し製剤の形状を保持する基材として,非分解性高分子または生体内分解性高分子が使用され,それぞれ長所,短所がある(図2,表1)1,3).非分解性インプラントは,薬物を非分解性高分子の被膜で包み込んでインプラントとして成型したものであり,内部に大量の薬剤を貯蔵でき(リザーバー型),薬物放出が被膜の薬物透過率と表面積のみで制御できるため,後述する生体内分解性の製剤よりも長期(半年~数年)に安定した薬物徐放が可能である反面,内包する薬物がなくなっても眼内にインプラントは残留することになる(表1)1,4,5).生体内分解性インプラントの最大の長所は,体内において分解消失するので,除去手術が不要な点である1,3,6,7).生体内分解性高分子を基材として薬物と均質に混合して成型され(モノリシック型),水中で徐々に基材の膨化,加水分解に伴い,内封されている薬物が徐放される(表1).リザーバー型のような高分子の被膜を必要としないため,ロッド状製剤やマイクロスフェアのような微粒子製剤など適当な形状に加工が容易である.ただ,薬物徐放には,生体内分解性高分子の種類,分子量,薬物との配合率,薬物の溶解度,製剤の表面積,体積など,多くの因子が影響するため,非分解性インプラントと比較して安定した徐放製剤の開発設計がむずかしく,数カ月の徐放に留まるが,より長期で安定した徐放のための改良の余地を残している.1.眼内埋植型ステロイド徐放製剤:RetisertRRetisertR(米国ボシュロム社)は,VitrasertRと類似の非分解性眼内インプラントで,2005年に米国にて非感染性後部ぶどう膜炎に対して実用化され,わが国においても臨床試験中である.0.59mgのフルオシノロンを貯蔵しており,ポリビニルアルコールでコーティングさ薬剤2)や,1回投与量が制限される高濃度で毒性を認める代謝拮抗剤などの薬物は,有効濃度維持のためには数日ごとの硝子体内投与が要求されるため,加齢黄斑変性(age-relatedmaculardegeneration:AMD),黄斑浮腫,網膜色素変性症など,慢性経過をたどる網膜硝子体疾患を標的とした治療のコンプライアンスは乏しい.このような薬物濃度維持の困難を克服した最初の眼内ドラッグデリバリーシステム(drugdeliverysystem:DDS)製剤として,1996年に米国にて非分解性眼内インプラント(VitrasertR:米国ボシュロム社)が実用化された1).エイズ患者にしばしば合併するサイトメガロウイルス網膜炎を対象に,ガンシクロビルを眼内に5~8カ月もの長期間,徐放可能である.この頃のDDS製剤の開発競争で得られた知識を元に各種の眼科DDS製剤が今や実用化目前である.本稿では現在臨床試験が行われている新規DDS製剤について解説する他,今後,開発が進んでくるであろうDDS研究や将来の展望について紹介する.IDDSの種類DDSの概念に基づき,眼内へのDDS開発の可能性として以下の三つに分類される1).(1)眼局所での薬物徐放化(コントロールドリリース)(例:VitrasertR)(2)全身投与で眼組織への薬物標的指向化(ターゲティング)(例:光線力学的療法)(3)強膜,細胞膜その他の隔壁通過促進(例:遺伝子導入,イオントフォレーシス)このなかでもVitrasertRをはじめとした(1)コントロールドリリースシステムの開発が活発に行われており,市場に出ているものや臨床試験中にあるものなど多数存在する.(2)ターゲティング療法は,ベルテポルフィンの脈絡膜新生血管周囲への集積する性質と局所への光線照射を組み合わせた光線力学的療法が良い例である.遺伝子導入なども,(3)細胞内への導入効率を向上させるための工夫,技術や,導入により得られる標的蛋白の持続的な発現促進や抑制という点で広義のDDSに含まれる.(57)あたらしい眼科Vol.27,No.10,20101379RetisertR移植前に40~54%であったものが移植後34週の時点で7~14%に減少し,ステロイドの全身投与,結膜下注射,点眼の必要性も大幅に減少している4,5).れて,長さ5mm,幅2mm,厚み1.5mmに成型されている(図3A).実に30カ月もの間,安定して硝子体腔へ薬物徐放が可能である.ぶどう膜炎の再発率が表1各種コントロールドリリース製剤の長所・短所非分解性インプラント生体内分解性インプラント微粒子製剤製剤例VitrasertR,RetisertRSK-0503(OzurdexTM)DE-102IluvienR,I-vationTMトリアムシノロン・アセトニド***使用基剤非分解性高分子生体内分解性高分子生体内分解性高分子ポリビニルアルコール乳酸-グリコール酸共重合体乳酸-グリコール酸共重合体エチレンビニルアセテートポリ乳酸ポリ乳酸シリコーンラミネートなどゼラチンなどゼラチンなど薬物封入タイプ貯蔵(リザーバー)型均質(モノリシック)型均質(モノリシック)型徐放期間半年~数年数カ月**数カ月**長所長期間の安定した徐放除去手術不要注入可能さまざまな形状に成型可能注入部位選択可能短所被膜破損時の薬物大量放出*初期,後期薬物大量放出**初期薬物大量放出**製剤がやや大型有害事象出現時に回収困難ときに除去手術が必要*埋植手術時,破損に注意を要する.**前処置,基材の種類,薬物との配合率を変えることで改善可能.***基剤を必要としない.結膜.留置型OcusertR*,MydriasertR*,LacrisertR*眼内埋植型VitrasertR*,RetisertR*眼内挿入型SK-0503(OzurdexTM)**眼内挿入型IluvienR(MedidurTM)**I-VationTM**NT-501TM**微粒子製剤DE-102**,トリアムシノロン・アセトニド生体内分解性(モノリシック型)非分解性(リザーバー型)アプリケーター細胞隔離半透膜封入細胞PVAらせん型EVAorsilicone薬物図2眼科領域の薬物放出制御システム非分解性高分子の被膜によって薬物を内部に貯蔵するリザーバー型の眼内インプラントか生体内分解性高分子と薬物の均質な混合物を成型したモノリシック型の眼内インプラントや微粒子製剤に大別される.結膜.に留置する徐放製剤でピロカルピン,トロピカミド,hydroxypropylmethylcelluloseをそれぞれ徐放するOcusertR,MydriasertR,LacrisertRが以前に上市されている他,眼内へのDDS製剤としては,非分解性インプラントであるガンシクロビル徐放製剤(VitrasertR)とフルオシノロン徐放製剤(RetisertR)が米国で商品化されている(*).その他,各種DDS製剤の臨床試験が行われている(**).PVA:polyvinylalcohol,EVA:ethylenevinylacetate.1380あたらしい眼科Vol.27,No.10,2010(58)の視力改善を18%に認めている.埋植部位の強膜が長期的に耐久しうるか,抜去可能かなど評価が待たれる.3.眼内挿入型ステロイド徐放製剤:IluvienRIluvienR(旧名:MedidurTM)(pSivida社)は,RetisertRと同じくフルオシノロン・アセトニドを含有する内部貯蔵型の非分解性DDS製剤である.RetisertRと違い,3mmのロッド状の形状をしていて25ゲージ針を用いて経結膜的に硝子体内に挿入可能である.18~36カ月の長期薬物徐放が可能である.糖尿病黄斑浮腫を対象とした第III相試験が進行中である.硝子体中に固定なしで滞留するインプラントが合併症をひき起こさないか,また,必要となった場合に容易に眼外に摘出できるかなど評価が待たれる(図2).4.眼内挿入型ステロイド徐放製剤(生体内分解性):SK.0503,OzurdexTM生体内分解性デキサメタゾン徐放製剤(SK-0503:三和化学,OzurdexTM:アラガン社)が,米国に続いて,国内でも黄斑浮腫を対象に実用化に向けた臨床試験が行われている.このDDS製剤は,デキサメタゾンと生体内分解性高分子である乳酸-グリコール酸共重合体の混合物がシャープペンシルの芯のような形状で22ゲージ針の内腔に装.され,ペンシル型の特殊なアプリケーターにて経結膜的に硝子体腔へ挿入が可能であり(図3C),長期間にわたりデキサメタゾンを徐放させることが可能であり,有効性が示されつつある.後述のマイクロスフェアとともに,侵襲が少なく摘出が不要であるため,ぶどう膜炎に対しても臨床応用が可能であると考えられる.5.ステロイド徐放マイクロスフェア製剤:DE.102生体内分解性ステロイド徐放マイクロスフェア製剤(DE-102:参天製薬)の糖尿病黄斑浮腫に対する臨床試験が国内で実施されている(図3D).トリアムシノロン・アセトニドの使用経験でわかるように,微粒子製剤はさまざまな投与部位(結膜下,Tenon.下,硝子体内,網膜下など)を選択することができる.本試験ではTenon.下投与による有効性の評価を行っているが,優れた有効性を示す反面,ステロイドによる眼圧上昇と白内障の進行も顕著である.移植後34週の時点で60%の症例で眼圧下降剤を必要とし,移植後2年の時点で32%もの症例で濾過手術を必要とした.また,ほとんどの有水晶体眼の症例で白内障手術を必要としたと,RetisertRの使用上の注意に記載されている.ただ,ぶどう膜炎が遷延する症例ではもともと続発緑内障,併発白内障を認める場合も多く,ぶどう膜炎の鎮静化のための優れた持続効果は十分評価できる.2.経結膜ねじ込み型ステロイド徐放製剤:I.vationTMI-vationTM(SurModics社)は,ユニークな長さ5mmのらせん状のねじの形状をしていて,経強膜的に25ゲージ針にて穿刺した部位から毛様体扁平部にねじ込んで固定できるトリアムシノロン・アセトニド徐放製剤である(図3B).925μgのトリアムシノロン・アセトニドを含有し,最高2年間薬物徐放が可能である.糖尿病黄斑浮腫を対象に安全性が示され,さらなる臨床試験が予定されている.治療前の平均網膜厚が376μmに対し,治療開始6カ月の時点で230μmに改善し,15文字以上ABCD図3臨床試験中の徐放製剤A:眼内埋植型ステロイド徐放製剤(RetisertR)(米国ボシュロム社提供).B:経結膜ねじ込み型ステロイド徐放製剤(I-vationTM)(SurModics社提供).C:(生体内分解性)眼内挿入型ステロイド徐放製剤(SK-0503)(三和化学研究所提供).D:ステロイド徐放マイクロスフェア製剤(DE-102)(イメージ).(59)あたらしい眼科Vol.27,No.10,20101381相試験が行われている.カプセルの材質についても徐放したい物質に適した高分子への改良が進められているようである.実用化されるか未知の部分が多いが,抗体やサイトカインを安定供給できるシステムとして期待したい.8.眼内ゲル化製剤滲出型AMDに対する抗VEGF薬の有用性が広く認知されるなか,無硝子体眼において通常の周期での硝子体内投与が無効である問題点が浮き彫りになっている.無硝子体眼に対して有効な,または,現在の治療間隔を延長できる蛋白製剤や核酸製剤の徐放化が,現在,開発者の大きな関心事である.たとえば,SurModics社など硝子体腔に注入後ゲル化する高分子などの開発が進んでいる.ゲル化のための溶媒の網膜への悪影響はないか,ゲル化で蛋白質や核酸の眼内滞留を延長できるか,中間透光体の透明性を損なわないか,眼圧上昇やゲル材料の網膜毒性がないかなど評価が待たれる.III全身投与で眼組織への薬物標的指向化:ターゲティング光感受性物質ベルテポルフィンと光線を組み合わせた光線力学的療法も,血中のリポ蛋白というナノサイズの粒子中に移行したベルテポルフィンが新生血管組織周囲および新生血管の内皮細胞内へ集積する物理化学的,生物学的特性と,外部からの光線照射を巧みに組み合わせたターゲティング療法である.高分子が受動的に炎症や血管新生部位に効率よく送達されることは,実は,生体内で免疫反応のためBリンパ球が産出する免疫グロブリン(Ig)で実践されている.すなわち,IgGの分子量が149,000と通常の蛋白質と比較して大きいことには意味があって,血中に循環する抗体は血中半減期が長く,血管透過性亢進している炎症部位で優位に血管外に出るため,抗体が効率よく炎症部位に送達される.このように液性免疫は生体による受動的ターゲティング療法なのである(図4)8).ところで,癌組織や脈絡膜新生血管組織は透過性亢進した血管が存在するが,周囲に高分子を回収するべきリンパ管が未熟または存在しない特殊な環境下にある.したがって,抗体のような大きな分子は血硝子体内投与も可能と考えられ,無硝子体眼などでの薬物徐放にマイクロスフェア製剤は威力を発揮する可能性を秘めている.6.ステロイド水性懸濁注射液:トリアムシノロン・アセトニド世界中で適応外使用として普及したトリアムシノロン・アセトニドのTenon.下投与および硝子体内投与も生体内分解性高分子などの基材を用いない微粒子(懸濁性)製剤の一種であり,4mgの硝子体内投与で硝子体内半減期が18.6日とされており広義の薬物徐放システムである.脂溶性で局所濃度が最高に達しても有効性が毒性に勝るステロイドの特性によりなせる技である.現在臨床試験中のDDS製剤のほとんどがステロイド徐放製剤であるが,臨床での使用意義という点では,トリアムシノロンと比較して,単回投与の有効期間,治療効果,副作用,費用,治療の簡便性などに関して優れた点がなければならないだろう.または,無硝子体眼におけるトリアムシノロンの硝子体内投与後の半減期が3.2日と短縮するため,このような眼における徐放効果などで活路を見いだすことになるだろう.7.眼内埋植型カプセル化細胞製剤:NT.501生体材料,細胞工学の技術を駆使して開発された斬新なDDSとして注目されるのが,NT-501(Neurotech社)である.単離・培養したヒト網膜色素上皮細胞に,プラスミド導入により毛様体神経栄養因子(ciliaryneurotrophicfactor:CNTF)を持続的に産生するように遺伝子操作を行ったものを半透膜のカプセルに封入したまったく新しい概念のDDS製剤である(図2).抗体が透過せず,細胞性・液性免疫を回避できるため,内部の細胞は異種のものでも癌化細胞でも理論的には使用可能で,内部の細胞が生存するために必要な物質や細胞が産生した蛋白質などはカプセルを透過できるとされる.VitrasertR,RetisertRと同じく,毛様体扁平部に縫合糸で固定される.網膜色素変性症の第I相試験では安全性が示され,また,カプセル埋植後6カ月経過しても内部の細胞は生存していることが確認され,第II相試験が予定されている.現在,萎縮型AMDについても第II1382あたらしい眼科Vol.27,No.10,2010(60)の脈絡膜新生血管モデルへ集積するとの報告もある11).このEPR効果に基づく受動的ターゲティングという概念はもともと癌治療の分野で提唱されたが,眼科領域に応用できる大きな可能性を秘めている.IV遺伝子導入:siRNA(smallinterferingRNA)とAdPEDF遺伝子導入は長期に蛋白発現を誘導したり阻害したりできるため広義のDDSである.最近では,2006年の関連研究でノーベル医学生理学賞を受賞したことで有名になったsiRNAの製剤化に向けた開発が活発である.短い配列の二本鎖RNA(siRNA)を細胞内に導入することによりRNA干渉,すなわち,相補的配列をもつmRNAを分解し蛋白発現を抑制できることが哺乳類でも立証されたことにより,siRNAを用いた特定遺伝子管外に漏出した後,回収されにくく新生血管周囲に集積する傾向がある.これをenhancedpermeabilityandretentioneffect(EPR効果)とよぶ(図5)8).ただし,分子量が大きすぎると,血液循環において,肝臓,脾臓などの細網内皮系や肺組織に回収される傾向があるので,EPR効果を得るために最適な分子量というものがあり,ポリエチレングリコール,デキストランや,ポリビニルアルコールなどの直鎖型の水溶性高分子の場合,分子量22万ぐらいが最も効率よく集積効果が得られる.これらの水溶性高分子の生体適合性については,たとえばマクジェンRに安定化と眼内滞留性向上のため,ポリエチレングリコールが付加されている身近な例が示すように問題ないことは示されている.このような概念のもとで,筆者らは,血管新生阻害作用を示す低分子量薬剤のTNP-470と,ペプチド製剤としてインターフェロンを高分子化し,家兎の脈絡膜新生血管モデルで効果を調べたところ,高分子化していない同一薬剤に比較し,脈絡膜新生血管組織への集積効果(EPR効果)(図5)と,より低容量,より少ない治療頻度で治療効果の向上を確認した9,10).また,ミセル粒子が,EPR効果によりラット高分子薬剤③副作用軽減≪*②ターゲティング①血中半減期延長腎臓肺/RES正常組織網膜脳新生血管炎症部位=低分子量薬剤副作用大/効果少図4高分子の受動的ターゲティング特性通常の低分子量薬剤は尿中排泄率が高く全身に均一に分布するため,効果が得られにくく,副作用が問題となる.高分子は①血中半減期が長く,②血管透過性亢進部位(血管新生・炎症部位)に送達(ターゲティング)されやすい.同時に③副作用軽減につながる.ただし,あまり巨大分子になると肺や細網内皮系(reticuloendothelialsystem:RES)に捕縛されやすい(*).(文献8より)ECADB脈絡膜新生血管高分子網膜色素上皮視細胞外節脈絡膜毛細血管板図5脈絡膜新生血管へのEPR効果家兎の脈絡膜新生血管モデルを作製し,脈絡膜新生血管を蛍光眼底造影(A,B)で確認後,蛍光色素標識高分子(A,C同一眼)と蛍光色素のみ(B,D同一眼)を静脈内投与24時間後に蛍光顕微鏡で観察を行う(C,D)と,脈絡膜新生血管周囲には高分子が集積しているのがわかる.眼内にリンパ管が存在しないので,脈絡膜新生血管周囲に漏出した高分子は回収されにくく集積する傾向がある(EPR効果)(E).(文献8より)あたらしい眼科Vol.27,No.10,20101383の抑制に関する臨床研究が多数行われている.滲出型AMDに対しても,VEGFを標的としたbevasiranibsodium(Cand5)(OpkoCorp.)とVEGFR-1を標的としたsirna-027(SirnaTherapeutics,Merck)による臨床試験が行われ,一定の治療効果と安全性が示されつつある.siRNAは,抗VEGF療法と異なり,すでに分泌されたVEGFの作用を阻害するのではなく,新たなVEGFやVEGF受容体の産生をおそらく持続的に抑制して作用を発揮すると考えられている.そのため,抗VEGF療法のような即効性はなく,数週間後に効果が現れてある程度持続的効果を発揮するらしい.sirna-027の単回の硝子体内投与後12週間で視力改善15%,不変77%,悪化8%であった.その他,VEGFに非依存的に血管新生に関与しているとされるRTP801遺伝子をターゲットとしたPF-04523655(Pfizer,QuarkPharmaceuticals,Inc.)による滲出型AMDと糖尿病網膜症に対する第II相臨床試験が行われている.ただ,現状では問題点も多い.遺伝子治療の分野では,細胞内への遺伝子導入の障壁となる細胞膜通過という克服すべき問題がある.遺伝子導入率向上のために,ウイルスベクターや,安全面からウイルス由来の物質の使用を避けてリポソームなどの非ウイルス性ベクターの開発に関する研究分野が存在する.siRNAに関しても例外でなく,invitroの実験ではリポフェクタミンなど陽電荷の試薬を併用することにより導入効率を上げて使用されるが,このような陽電荷試薬は細胞膜への影響力をもち,それは細胞毒性につながる要素でもある.このように,臨床試験において,単純に硝子体内投与しても導入されない可能性が高い.さらに,修飾なしのsiRNAは血中半減期が10秒と非常に不安定で,安定性を向上させるため化学修飾による工夫が施されているが,RNA干渉の活性も低下している可能性がある.さらに,特許の問題,コストの問題などが開発の障壁となっている.また,Toll-likereceptor3などを介した非特異的作用や免疫応答性などが問題となりうる12).ウイルス性ベクターを使用した薬剤の臨床試験も進んでいる.色素上皮由来因子(pigmentepitheliumderivedfactor:PEDF)は抗血管新生作用を有するサイトカインであり,アデノウイルスベクターを用いPEDF遺伝子導入のために製剤化されたものがAdPEDF(Gen-Vec社)であり,現在,硝子体内投与でphaseIが終了し,安全性が確認されている.網膜色素変性症などの遺伝疾患に対しては根本治療として遺伝子導入に期待したいが,AMDなどの加齢性の慢性炎症疾患に対する開発では抗炎症が必ずしもよいとは限らず,遺伝子発現の操作による長期的な生理機能への影響など注意して評価していく必要がある.おわりに現在,多くのDDS製剤の開発が進んでいるが,臨床応用に近いものの多くはステロイド製剤であり,トリアムシノロン・アセトニドを超える薬効が得られることが要求されるであろう.滲出型AMDを対象に,国内でも2008年以降,いわゆる抗VEGF療法の時代となり,硝子体内投与はおおむね安全で有効なものとして広く認識されるようになった.しかし,硝子体内投与をくり返すことは低頻度であっても眼内炎や脳梗塞など重篤な合併症が懸念される.また,硝子体内投与時に注射針により水晶体を損傷した場合はその後の滲出型AMDの治療に重大な影響をもたらしうるため重大な合併症である.すなわち,このような症例で進行してきた白内障では後.破損を認める場合が多く,白内障手術時に前部硝子体切除を行わざるをえない場合があるが,硝子体手術を施行した無硝子体眼と同様,術後の眼内での抗VEGF薬の滞留性が低下して,従来の1カ月ごとの硝子体内投与で有効性が得られなくなることが推定される.このように,今後,低分子量の薬物の徐放システムの開発だけでなく,ラニビズマブやペガプタニブなどの高分子量の蛋白製剤や核酸製剤の硝子体内投与の投与回数を減らすことができるDDSや無硝子体眼でも有効なDDSの開発が求められるであろう.文献1)YasukawaT,OguraY,TabataYetal:Drugdeliverysystemsforvitreoretinaldiseases.ProgRetinEyeRes23:253-281,20042)GhateD,EdelhauserHF:Oculardrugdelivery.ExpertOpinDrugDeliv3:275-287,20063)久納紀之:眼科DDS(2)放出制御.III.治療への応用.眼科における最新医工学.臨眼59(11):230-237,2005(61)1384あたらしい眼科Vol.27,No.10,20104)CallananDV:Novelintravitrealfluocinoloneacetonideimplantinthetreatmentofchronicnoninfectiousposterioruveitis.ExpertRevOphthalmol2:33-44,20075)JaffeGJ,MartinD,CallananDetal:Fluocinoloneacetonideimplant(Retisert)fornoninfectiousposterioruveitis:thirty-four-weekresultsofamulticenterrandomizedclinicalstudy.Ophthalmology113:1020-1027,20066)安川力,木村英也,小椋祐一郎:生体分解性高分子による強膜プラグ.あたらしい眼科18:15-25,20017)KimuraH,OguraY:Biodegradablepolymersforoculardrugdelivery.Ophthalmologica215:143-155,20018)安川力:加齢黄斑変性:新しい薬物療法の可能性.あたらしい眼科24:303-315,20079)YasukawaT,KimuraH,TabataYetal:Targeteddeliveryofanti-angiogenicagentTNP-470usingwater-solublepolymerinthetreatmentofchoroidalneovascularization.InvestOphthalmolVisSci40:2690-2696,199910)YasukawaT,KimuraH,TabataYetal:Targetingofinterferontochoroidalneovascularizationbyuseofdextranandmetalcoordination.InvestOphthalmolVisSci43:842-848,200211)TamakiY:Prospectsfornanomedicineintreatingagerelatedmaculardegeneration.Nanomedicine4:341-352,200912)KleinmanME,YamadaK,TakedaAetal:Sequenceandtarget-independentangiogenesissuppressionbysiRNAviaTLR3.Nature452:591-597,2008(62)

抗アレルギー薬点眼の現在

2010年10月29日 金曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY肥満細胞膜安定化薬であるが,以前より痒みに対し即効性があることが知られていた.最近,その成分であるクロモグリク酸ナトリウムに知覚神経の脱分極を抑制し神経終末よりのサブスタンスPの放出を抑制する作用があることが示唆され,痒みに対する即効性のメカニズムが明らかになりつつある.また,インタールRはpHが酸性のため点眼時の爽快感があり,痒みの強い症例によい.リザベンRの成分であるトラニラストは抗TGF-b(transforminggrowthfactor-b)作用や結膜線維芽細胞からのコラーゲン産生を抑制する作用をもち,微小乳頭形成が著明な通年性アレルギー性結膜炎に効果が期待できる.最近,トラニラストにはIL(インターロイキン)-13やIL-4などのヘルパーT細胞2型(Th2)サイトカインによる角膜実質細胞からの好酸球遊走因子であるeotaxinの産生を抑制することも明らかになった1).リはじめに抗アレルギー薬点眼の適応になる疾患には季節性(花粉性)アレルギー性結膜炎(seasonalallergicconjunctivitis:SAC),通年性アレルギー性結膜炎(perennialallergicconjunctivitis:PAC),春季カタル(vernalkerato-conjunctivitis:VKC),アトピー性眼瞼角結膜炎(atopicblepharo-kerato-conjunctivitis:ABKC),コンタクトレンズ関連乳頭性結膜炎(contactlensrelatedpapillaryconjunctivitis:CLPC)などがある.狭義の抗アレルギー薬点眼というと肥満細胞膜安定化薬点眼とヒスタミンH1受容体拮抗薬点眼だが,広義になるとステロイド薬点眼や免疫抑制薬点眼も含まれる.本稿では,広義の抗アレルギー薬点眼についてそれぞれの特徴・適応疾患・使用法・使用時の注意などについて解説する.また,抗アレルギー薬点眼の未来についても言及する.I抗アレルギー薬点眼1.肥満細胞膜安定化薬点眼とヒスタミンH1受容体拮抗薬点眼現在,日本で使用できる抗アレルギー薬点眼は9種類ある.大きく肥満細胞膜安定化薬点眼と抗ヒスタミンH1受容体拮抗薬点眼に分けることができる(表1).前者は比較的効果がマイルドで持続性があり,初期療法にも適している.一方,後者は痒み・充血などに即効性がある.インタールRは抗アレルギー薬点眼では最も古い(49)1371*NobuyukiEbihara:順天堂大学大学院医学研究科眼科学〔別刷請求先〕海老原伸行:〒113-8421東京都文京区本郷3-1-3順天堂大学大学院医学研究科眼科学特集●眼科薬物療法の新たな展開あたらしい眼科27(10):1371.1376,2010抗アレルギー薬点眼の現在CurrentAnti-allergyOphthalmicDrops海老原伸行*表1抗アレルギー薬点眼肥満細胞膜安定化薬クロモグリク酸ナトリウム(インタールR)ペミロラストカリウム(ペミラストンR,アレギサールR)アンレキサノクス(エリックスR)アシタザノラスト水和物(ゼペリンR)イブジラスト(アイビナールR,ケタスR)トラニラスト(リザベンR)ヒスタミンH1受容体拮抗薬塩酸レボカバスチン(リボスチンR)フマス酸ケトチフェン(ザジテンR)塩酸オロパタジン(パタノールR)1372あたらしい眼科Vol.27,No.10,2010(50)る.小児には沁みない中性薬がよい.どの点眼薬を選択するかを患者の使用感で決定することも大切である.点眼コンプライアンスが良いものを提供することを心がける.2.肥満細胞膜安定化薬点眼とヒスタミンH1受容体拮抗薬点眼の併用肥満細胞膜安定化薬点眼とヒスタミンH1受容体拮抗薬点眼の併用は効果的である.肥満細胞は抗原特異的IgE(免疫グロブリンE)と多価抗原によって脱顆粒することでヒスタミンをはじめとする多様な起痒物質(痒みを起こす物質)を放出する.肥満細胞は起痒物質の宝庫でヒスタミンの数十~数万倍強い起痒物質(セロトニン・ロイコトルエンB4・トリプターゼ)も放出される.しかし,ヒスタミンH1受容体拮抗薬点眼はヒスタミンを介する痒みを抑制するが,それ以外の分子を介する痒みは抑制できない.ゆえに,膜安定化薬点眼を併用することによって,ヒスタミンH1受容体拮抗薬点眼のみでは抑制できない痒みを抑制できる可能性がある.3.抗アレルギー薬点眼の使用上の注意点a.薬剤性角膜上皮症多くの抗アレルギー薬点眼には防腐剤が含まれている.そのおもなものはBACであり,0.002~0.015%(20~150μg/ml)の濃度で含有されている.一般にBACは涙液にて希釈され,涙液のターンオーバーとともに点眼後約5分で70~100%消失してしまうので臨床上問題にならない.しかし,多剤点眼患者やドライアイ患者にはBACによる薬剤性角膜上皮症が起こりやすい.一時点眼を中止し,改善後防腐剤フリーのインタールUDR,ザジテンUDRに処方を変更する(図2).b.接触眼瞼炎散瞳剤や抗緑内障薬などで起こることが多いが,抗アレルギー薬点眼でも起きる.特にザジテンRやエリックスRでの報告が多い.点眼薬による接触眼瞼炎の感作期間は1年以上に及ぶことが多く注意が必要である.一時点眼を中止し,眼瞼炎を治療し,改善後に他の薬剤に変更する.また,BACなどの添加物に対する接触眼瞼炎もあり防腐剤フリーの点眼への変更が必要である.ボスチンR(塩酸リボカバスチン)・ザジテンR(フマル酸ケトチフェン)には強いヒスタミンH1受容体拮抗作用がある.パタノールRの成分であるオロパタジンにはヒスタミンH1受容体拮抗作用と肥満細胞膜安定化作用の両方の作用がある.ヒスタミンH1受容体拮抗薬点眼は痒みや充血の強い症例によい.アレギサールRやペミラストンRは1日2回の点眼で効果を発揮し,コンタクトレンズ装用前後の点眼に適している.エリックスRは中性で沁みないので小児に適している.ゼペリンRは塩化ベンザルコニウム(benzalkoniumchloride:BAC)以外の防腐剤であるパラベン・クロロブタノールを使用しているので,BACによる角膜上皮症を認める症例に適している.アイビナールR・ケタスRの成分であるイブジラストには各種phosphodiesteraseに対する阻害効果があり,点眼薬で唯一,抗ロイコトルエンや抗活性酸素の作用がある.また,最近単球やマクロファージの遊走に重要なケモカインであるmacrophagemigrationinhibitoryfactor(MIF)に対する阻害作用も明らかになった2).MIFは喘息やアトピー性皮膚炎の発症や増悪に関与しているケモカインである.抗アレルギー薬点眼はそのpHにより酸性・中性・アルカリ性に分けることができる(図1).酸性薬は点眼時に目に沁みるが,中性薬は沁みない.患者によっては痒みに対する爽快感を求め沁みる点眼を希望する人もい涙液インタールR(7.45±0.16)(DSCG)ゼペリンR(アシタザノラスト)ザジテンR(フマル酸ケトチフェン)リボスチンR(塩酸レボカバスチン)エリックスR(アンレキサノクス)リザベンR(トラニラスト)アレギサールR(ペミロラストカリウム)ケタスR,アイビナールR(イブラスト)345(pH)6789104.0~7.04.8~5.86.7~7.85.0~7.07.0~8.07.5~8.54.5~6.06.0~8.0図1アレルギー薬点眼(各抗アレルギー点眼薬のpH)(51)あたらしい眼科Vol.27,No.10,20101373在,抗アレルギー薬徐放性のSCLの開発も進んでおり,将来期待できる(表2).d.ドライアイ・アトピー性皮膚炎アレルギー性結膜炎を悪化させる疾患としてドライアイとアトピー性皮膚炎がある.ドライアイは涙の量が少ないので花粉などの抗原が眼の中(結膜.)に飛入してもそれをwashout(洗い流す)することができない.Sjogren症候群によるドライアイでは結膜上皮に炎症が生じ,バリア機能が低下し抗原が肥満細胞が多く常在する固有層に侵入しやすい.以上のようにドライアイに合併したアレルギー性結膜炎は重症化しやすい.ゆえに,人工涙液やヒアルロン酸点眼などの併用が必要である.アトピー性皮膚炎で眼瞼炎を合併すると,その痒みによる眼掻破行動が惹起され,その機械的刺激によって結膜の肥満細胞が脱顆粒を起こし,結膜炎が悪化する.ゆえに,アトピー眼瞼炎の治療も必要である.痒みを取る第二世代の抗ヒスタミン薬の内服や免疫抑制薬軟膏(プロトピックR)の使用などが効果的である.4.初期療法初期療法とは花粉飛散予定日の約2週間前より抗アレルギー薬点眼を始めることによって,花粉飛散直後またはそれ以降の症状を症状発現後の点眼治療に比較して抑制・軽減することを目的としている.耳鼻科領域では以前からよく施行されていたが,最近点眼でも行われるようになった.花粉性結膜炎患者を対象とした筆者らの検討では,アイビナールR,リザベンR,パタノールRなどを花粉飛散予定日2週間前より点眼した右眼は人工涙液を点眼した左眼に比べ,統計学的有意さをもって飛散時・後の「痒み」の症状を抑制・軽減した3~5).毎年花c.コンタクトレンズ(CL)装用時の点眼CL装用時の抗アレルギー薬点眼の使用についてはいろいろな考え方がある.筆者は,毎日使い捨てソフトコンタクトレンズ(SCL)なら装用時の点眼でも良いと考える.しかし,それ以外のSCLやハードコンタクトレンズ(HCL)では,外して点眼したほうが安全と思われる.アレルギー性結膜炎の症状や所見が重度のときはCLを中止させ点眼を施行する.しかし,軽度や中等度の症例,何がしかの理由でCLを中止できない人にはCLを装用しながら点眼療法を施行することもある.一般に抗アレルギー薬点眼は1日4回のものが多いが,アレギサールR・ペミラストンRは1日2回なのでCLの装用前後に点眼ができる.装用中の点眼薬は中性のもの(パタノールR,エリックスR,リザベンRなど),懸濁していないもの,防腐剤フリーのものが理想である.酸性点眼は一部のSCLに形状変化を起こすことが知られている.リボスチンRは懸濁しているのでCL装用時の点眼には不向きである.また,SCLはマイナスに帯電したものが多くBACが付着しやすい傾向がある.筆者らの検討では,特にシリコーンハイドロゲル素材のレンズにはBACが強く吸着し,放出しづらいことがわかった.ゆえに,頻回交換型レンズ(2週間・1カ月交換SCL)装用中の抗アレルギー薬点眼は防腐剤フリーのものが理想である.防腐剤フリーの点眼にはインタールUDR,ザジテンUDRがある.時々,CL装用時の点眼がCL非装用時の点眼と比較して効果があるという患者がいる.点眼薬がCLに吸着・吸収され,徐放性に放出されることにより長時間効果が持続している可能性がある.現ザジテンUDRインタールUDR図2防腐剤フリーの点眼表2コンタクトレンズ装用者の抗アレルギー薬点眼の選択①中性②懸濁していないもの③防腐剤フリー④1日2回点眼1374あたらしい眼科Vol.27,No.10,2010(52)ン点眼でさえ,小児(3~9歳)の場合,1日に6回点眼で29%,1日4回点眼で16%に中等度反応(6~15mmHg)の眼圧上昇を認める7).春季カタルは年少者の男子に多い疾患であり,ステロイド薬点眼を使用する際には十分な注意が必要となる.一方,カルシニューリン阻害薬点眼には眼圧上昇効果は認めない.むしろ,ステロイド点眼より離脱することができるため,眼圧が下降する症例が多い8).b.感染症の誘発感染性角膜炎の原因として過剰なステロイド薬点眼の使用が臨床上大きな問題となっている.一方,免疫抑制薬点眼による角膜感染症のリスクはステロイド薬点眼と比較して低い.しかし,ステロイド薬点眼との併用例・アトピー皮膚炎合併例・年少者に長期間使用するときには注意が必要である8,9).2.0.1%シクロスポリン点眼:パピロックRミニの長期成績a.春季カタルに対する効果0.1%シクロスポリン点眼の投与後6カ月までの有効性や副作用については報告がある8,9).では,投与後6カ月以降の長期使用の成績はいかなるものか.6カ月以上投与された171例(投与期間181~716日,平均218.2日,最長716日)の有効性・副作用を6カ月までのそれと比較した.自覚症状を掻痒感・眼脂・流涙・羞明感・異物感・眼痛の6症状に分け0(なし),1(軽度),2(中等度),3(重度)の4段階でスコア化した.また,他覚所見を眼瞼結膜の充血・腫脹・濾胞・乳頭・巨大乳頭,眼球結膜の充血・浮腫,輪部結膜のトランタス斑・腫脹,角膜上皮障害の10所見に分け,自覚症状同様4段階にスコア化した.投与前の平均スコアは自覚症状7.5,他覚所見13.7であった.点眼後1,2,3,6カ月後の合計スコア値の変化量(改善度)は自覚症状では.3.9,.4.5,.4.8,.5.1,他覚所見では.4.6,.5.4,.6.1,.6.5と使用後1カ月目から効果を示し,6カ月にわたってその効果が維持された.さらに,6カ月以降の使用例においても変化量(改善度)は自覚症状.4.8,他覚所見.6.5と維持された.6カ月以前に症状寛解に粉症で苦しんでいる症例で当年に大量の花粉飛散が予想されるときは一度試してみる価値がある療法である.II免疫抑制薬点眼の登場新しい薬の登場は,疾患の治療方針を変更させる.また,その薬剤の効果判定は,その疾患の発症・増悪メカニズムの解明につながる.1950年代初頭にステロイド薬点眼が,1980年代前半に抗アレルギー薬点眼が臨床使用できるようになって以来,春季カタル治療の主役はステロイド薬点眼と抗アレルギー薬点眼であった.しかし,最近,免疫抑制薬点眼である0.1%シクロスポリン点眼(パピロックRミニ)と0.1%タクロリムス点眼(タリムスR)が臨床使用できるようになり主役の座が替わろうとしている.シクロスポリン・タクロリムスともT細胞の細胞内伝達系において重要な役割をしているカルシニューリンを阻害し,T細胞の増殖やサイトカイン産生を強力に抑制する.ゆえに,シクロスポリン・タクロリムスの点眼をまとめて,その作用機序よりカルシニューリン阻害薬点眼とよぶことも多い.1.春季カタル治療におけるステロイド薬点眼の問題点ステロイド薬点眼の副作用には眼圧上昇・感染症誘発・白内障・創傷治癒の遅延などがあるが,臨床で特に問題となるのは眼圧上昇と感染症である.a.眼圧上昇ステロイド薬点眼によって眼圧が上昇することはよく知られている.眼圧上昇の程度は人種や年齢によって異なる.Ohjiらは斜視手術後の10歳未満(3~8歳,平均5.5歳)の9症例と10歳以上(12~49歳,平均20.6歳)の7症例に0.1%デキサメタゾン点眼を1日3回2週間点眼したときの眼圧の上昇を報告している6).点眼前より>16mmHg眼圧上昇を認めたものを高反応,6~15mmHgの上昇を認めたものを中等度反応,<6mmHgを低反応とすると,10歳未満では9症例中4症例が高反応,5症例が中等度反応で低反応は認めなかった.一方,10歳以上の症例ではすべての症例で低反応であった.一般に大人に比べ小児のほうがステロイド反応性が高い.比較的眼圧上昇が少ないとされるフルオロメトロ(53)あたらしい眼科Vol.27,No.10,20101375である.投与前の他覚所見の合計スコアは11.2±5.6(スコア方式はシクロスポリンと同様).1,7,10,22,35,49カ月の変化量(改善度)はそれぞれ.3.9,.5.8,.5.5,.6.5,.6.8,.8.0であった.b.副作用春季カタル患者106名と通年性アレルギー性結膜炎患者61例において6カ月以上の長期投与による副作用を解析したところ,最も多い副作用は眼刺激感であった.重症な角膜感染症は角膜潰瘍1例,ヘルペス感染3例を認めたが,投与期間の長期化による副作用の発現率の上昇は認めなかった.c.まとめ0.1%タクロリムス点眼は6カ月以上継続してもその有効性が維持されるばかりではなく,他覚所見合計スコアは漸減した.最長6年間の長期投与においても効力が減弱することはなかった.また,年単位の使用においても角膜感染症の発生率の増加は認めなかった.0.1%タクロリムス点眼(タリムスR)はステロイド薬点眼を併用せずに単剤でも長期にわたり春季カタル治療に有効であり,かつ重篤な眼感染症の副作用も少ない.(長期成績のデータは千寿製薬より供与された.)4.0.1%シクロスポリン点眼と0.1%タクロリムス点眼の使い分け表3に0.1%シクロスポリン点眼(パピロックRミニ)と0.1%タクロリムス点眼(タリムスR)の比較を示す.春季カタルの治療はその重症度に基づく過不足のない治より投与終了に至った症例が全体の24%(平均投与期間75.6日),6カ月後も投与継続した症例が全体の35%であった.投与継続症例における抗アレルギー薬点眼・ステロイド薬点眼の併用率はそれぞれ53%,57%であった.ステロイド点眼の離脱率は1,2,3,6カ月で24%,27%,31%,34%であった.b.副作用投与後6カ月間での最も高頻度な副作用は眼刺激感(2.53%)であった.重篤な角膜炎は6例(0.23%)に認められ,細菌性2例,ヘルペス性2例,角膜びらん1例,潰瘍性角膜炎1例であった.眼圧の上昇は認められなかった.副作用発現頻度は投与7日目までが2.6%と多く,以後6カ月にわたり0.25~1.41%と上昇しなかった.さらに6カ月以降の長期使用例においても副作用発現率の上昇や重症角膜感染症の増加は認めなかった.c.まとめ春季カタル治療における0.1%シクロスポリン点眼の有効性は6カ月間以降も維持される.しかし,長期継続した約6割の症例において抗アレルギー薬・ステロイド薬点眼の併用が必要であったことより,重症例に対してはステロイド薬点眼の併用が必要である.角膜感染症などの重篤な副作用は6カ月以上の投与によっても増加することなく,安全に長期間使用できる薬剤である.(長期成績のデータは参天製薬より供与された.)3.0.1%タクロリムス点眼:タリムスRの長期成績0.1%タクロリムス点眼の有効性や副作用については報告されている10).しかし,経過観察期間が短く,その長期の有効性・副作用について報告はない.ここでは継続投与試験にて6カ月以上,最長6年近くにわたって点眼を継続した春季カタル患者106例についてその有効性・副作用について示す.a.春季カタルに対する効果対象は春季カタル患者106例.男性79人(74.5%),年齢:10~15歳(51.9%)・16~19歳(16.0%)・20~29歳(20.8%)・30歳以上(11.3%),重症度:軽症44人(41.5%)・中等度29人(27.4%)・重度33人(31.1%),アトピー性皮膚炎合併;あり68人(64.2%),投与観察期間(日):平均1,233.2±587.6日(6カ月以上98例)表30.1%シクロスポリン点眼(パピロックRミニ)と0.1%タクロリムス点眼との比較0.1%シクロスポリン点眼0.1%タクロリムス点眼特徴.効果がマイルド.持続性.透明・使い捨て.防腐剤フリー.効果が強い.即効性.懸濁液.防腐剤入り適応.軽~中等度症例.抗アレルギー薬・ステロイド薬点眼との併用.寛解維持.重症例.単独使用.急性増悪時試用期間長期間短期間免疫調節薬点眼免疫抑制薬点眼1376あたらしい眼科Vol.27,No.10,2010(54)2)ChoY,CrichlowGV,VermeireJJetal:Allostericinhibitionofmacrophagemigrationinhibitoryfactorrevealedbyibudilast.ProcNatlAcadSciUSA107:11313-11318,20103)海老原伸行:季節性アレルギー性結膜炎におけるイブジラスト点眼予防投与の効果.あたらしい眼科20:259-262,20034)海老原伸行:トラニラスト点眼初期療法による季節性アレルギー性結膜炎患者の自覚症状改善効果.あたらしい眼科24:223-226,20075)海老原伸行:塩酸オロパタジン点眼液による季節性アレルギー性結膜炎の初期療法.あたらしい眼科24:1523-1525,20076)OhjiM,KinoshitaS,OhmiEetal:Markedintraocularpressureresponsetoinstillationofcorticosteroidsinchildren.AmJOphthalmol112:450-454,19917)FanDS,NgJS,LamDS:Aprospectivestudyonocularhypertensiveandantiinflammatoryresponsetodifferentdosagesoffluorometholoneinchildren.Ophthalmology108:1973-1977,20018)EbiharaN,OhashiY,UchioEetal:Alargeprospectiveobservationalstudyofnovelcyclosporine0.1%aqueousophthalmicsolutioninthetreatmentofsevereallergicconjunctivitis.JOculPharmacolTher25:365-371,20099)高村悦子,内尾英一,海老原伸行ほか:春季カタルに対するシクロスポリン点眼液0.1%の全例調査.日眼会誌(印刷中)10)OhashiY,EbiharaN,FujishimaHetal:Arandomized,placebo-controlledclinicaltrialoftacrolimusophthalmicsuspension0.1%insevereallergicconjunctivitis.JOculPharmacolTher26:165-174,2010療が必要である.表4にその重症度別の治療戦略を示す.ステロイド薬点眼の眼圧上昇・感染症誘発などの副作用を考慮し,基盤点眼としてカルシニューリン阻害薬点眼を使用し,増悪時のみ短期間ステロイド薬点眼を使用する.急性増悪時にはタクロリムス点眼,寛解維持にはシクロスポリン点眼を使用する.両点眼とも6カ月以上の長期投与においても,その有効性を維持する.長期投与による副作用(特に重篤な角膜感染症)の増加も認められない.しかし,年少者やアトピー性皮膚炎の合併症例にステロイド薬点眼と併用し,長期間投与するときには十分な注意を必要とする.おわりに将来,喘息の治療に使用されている抗ヒトIgE抗体(オマリズマブR)の点眼やCC-ケモカイン受容体3や2のantagonist点眼も開発されていく可能性がある.さらなる発展を期待する.文献1)AdachiT,FukudaK,KondoYetal:Inhibitionbytranilastofthecytokine-inducedexpressionofchemokinesandtheadhesionmoleculeVCAM-1inhumancornealfibroblasts.InvestOphthalmolVisSci51:3954-3960,2010表4春季カタル点眼療法の重症度別戦略─春季カタルの治療はその重症度に基づく過不足ない治療が必要である─基盤点眼追加点眼第1段階(寛解維持)抗アレルギー薬点眼0.1%シクロスポリン点眼第2段階(軽度)抗アレルギー薬点眼0.1%シクロスポリン点眼0.1%フルオロメトロン点眼(悪化時のみ併用)第3段階(中等度)抗アレルギー薬点眼0.1%タクロリムス点眼0.1%フルオロメトロン点眼(悪化時のみ併用)第4段階(重度)抗アレルギー薬点眼0.1%タクロリムス点眼0.1%ベタメタゾン点眼(悪化時のみ併用)(軽度・中等度・重度の診断基準は「眼アレルギーガイドライン」を参照)ステロイド薬点眼の眼圧上昇・感染症誘発などの副作用を考慮し,基盤点眼としてカルシニューリン阻害薬点眼を使用し,増悪時のみ短期間ステロイド薬点眼を使用する.また,急性増悪時にはタクロリムス点眼,寛解維持にはシクロスポリン点眼を使用する.

抗微生物薬

2010年10月29日 金曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPYalbicansあるいはガンシクロビル耐性サイトメガロウイルスなどによる眼感染症も最近では珍しくない.すなわち,抗微生物薬の開発とそれに対する耐性微生物の出現との関係は永遠に終わることはない.このような状況下では,既存ならびに新規抗微生物薬の適正使用および新規抗微生物薬に関するエビデンスの速やかな把握がきわめて大切である.それは新規抗菌薬に対する耐性菌の出現を未然に防ぐ第一歩ともいえる.ところで,眼感染症の治療では眼血液関門を考慮すると多くの場合眼局所での抗微生物薬の投与を選択せざるをえない.本稿で取り上げた点眼薬あるいは眼軟膏以外で市販されている抗微生物薬を眼局所に用いる際にはほとんどの場合適応外使用(投与法も含めて:点眼,結膜下注射,前房内投与および硝子体内投与など)となるので,現在の医療事情では使用する際に,各施設での倫理委員会の承認と十分な患者への説明を要する.抗微生物薬として,抗菌薬,抗真菌薬,抗ウイルス薬あるいは抗原虫薬などがある.本稿において,抗菌薬のうち全身投与薬剤では最近上市された薬剤の眼局所投与への応用について,また点眼薬では日本未認可の薬剤について述べる.ついで抗真菌薬ではおもに眼局所投与量を,さらに抗ウイルス薬では上市された薬剤の眼科領域での展望を中心に紹介する.はじめに抗微生物薬,特に抗菌薬における開発の現状と将来への展望を論ずる際,冒頭にあげるべきはペニシリンの登場である.1928年に発見,そして1940年代に実用化され抗菌化学療法の幕開けとなった薬剤であり,わが国では第二次世界大戦後の1946年から使用され数多くの感染症治療に貢献した.しかし残念ながら眼科領域ではその子孫であるペニシリン系点眼薬(サルペリンR:スルベニシリン)は先ごろ途絶えてしまった.テラマイシン眼軟膏R(オキシテトラサイクリン:テトラサイクリン系)およびサンテマイシン点眼液0.3%R(ミクロノマイシン:アミノ配糖体系)も販売中止となった.新規抗微生物薬,特に抗菌薬や抗真菌薬の開発に関しては,抗ウイルス薬に比し現在低迷期といえる(開発が進められている抗ウイルス薬の多くは抗HIV薬)1,2).しかしながら高度先進医療の発達に伴い抗微生物薬の果たす役割は眼科領域においてもますます重要となっている.たとえば,悪性腫瘍,臓器移植あるいは自己免疫疾患に生じる日和見感染症としての内因性細菌性眼内炎,内因性真菌性眼内炎,サイトメガロウイルス網膜炎あるいは眼トキソプラズマ症などに時として遭遇する.各抗微生物薬投与により失明から救うことができる一方で,薬剤の耐性化を生じる可能性があり,メチシリン耐性Staphylococcusepidermidis(MRSE),メチシリン耐性Staphylococcusaureus(MRSA),ペニシリン耐性Streptococcuspneumoniae,フルコナゾール耐性Candida(41)1363*KiyofumiMochizuki:岐阜大学大学院医学系研究科神経統御学講座眼科学分野〔別刷請求先〕望月清文:〒501-1194岐阜市柳戸1-1岐阜大学大学院医学系研究科神経統御学講座眼科学分野特集●眼科薬物療法の新たな展開あたらしい眼科27(10):1363.1370,2010抗微生物薬OcularAntimicrobialTherapy望月清文*1364あたらしい眼科Vol.27,No.10,2010(42)b.ピペラシリン.タゾバクタム(tazobactam/piperacillin:TAZ/PIPC,ゾシンR)bラクタマーゼのTAZと,ペニシリン系抗生物質PIPCを1:8の力価比で配合した注射製剤で,適応症は敗血症,肺炎,腎盂腎炎および複雑性膀胱炎である.各種グラム陽性菌,グラム陰性菌および嫌気性菌に対して広い抗菌スペクトルを有し,Pseudomonasaeruginosaを考慮すべき状況下で選択されることが多い.またESBL(extended-spectrumb-lactamase,基質特異性拡張型b-ラクタマーゼ)を不可逆的に阻害する.眼科領域では従来の薬剤では難治のP.aeruginosaによる角膜炎症例に10%TAZ/PIPC点眼を行い有効であったという7).また,P.aeruginosaによる眼内炎を想定して家兎を用い安全な硝子体内投与量を検討したところTAZ/PIPC250μg/0.1mlであったという8~10).2.点眼薬(日本未認可)a.アジスロマイシン1%点眼薬(azithromycinhydrate:AZM,AzaSiteR)11~13)(表1.3)海外で上市されたアジスロマイシン1%点眼薬(アジスロマイシン水和物)はマクロライド系抗菌薬である.日本では現在内服薬のみが発売され,呼吸器感染症,Chlamydiatrachomatisによる子宮頸管炎およびAIDS(後天性免疫不全症候群)に伴う播種性Mycobacteriumaviumcomplex症などの治療に用いられている.AZM点眼液は2007年4月に米国FDA(食品医薬品局)に承認されAzaSiteR(InSiteVision社)として上市された.徐放化技術であるDuraSiteR(polycarbophil,edentatedisodiumおよびsodiumchloride)により点眼薬に製剤化され,AZMの半減期は長くなり,組織内に特に角膜表面での滞留時間を増加させた.そのため,従来の抗菌点眼薬に比し低用量でかつ1日の点眼回数を減らすことが可能となった.適応疾患はCDCcoryneformgroupG,Haemophilusinfluenzae,S.aureus,StreptococcusmitisgroupおよびS.pneumoniaeなどに起因した細菌性結膜炎である.用法・用量として最初の2日間は8~12時間ごとに1回1滴,つぎの5日間は1日1回点眼とされている.小児でも使用可能で,1歳以上の細菌性結膜炎患者に対して適応が取得されている.I抗菌薬1.全身投与薬a.リネゾリド(linezolid:LZD,ザイボックスR)オキサゾリジノン系合成抗菌薬でその作用機序はリボソーム50Sサブユニットに結合し,70S開始複合体の形成を阻害する.蛋白合成過程のきわめて初期段階で抑制するので,従来の蛋白合成阻害薬とは異なった作用機序を有し,その作用は静菌的である.LZDの対象となる菌種はグラム陽性菌で,Staphylococcus属,Enterococcus属あるいはStreptococcus属に抗菌力を発揮するが,グラム陰性菌に対してはほとんど無効である.適応疾患はバンコマイシン耐性E.faeciumによる各種感染症およびMRSAによる敗血症,深部性皮膚感染症,慢性膿皮症,外傷・熱傷および手術創などの二次感染ならびに肺炎である.各種組織移行性に優れ,経口薬でも吸収は非常に良好である.全身的な投与量では1回600mgを12時間ごとに点滴静注あるいは経口投与する.また耐性菌の出現に十分な注意を行い投与する.投与期間の上限は原則として“28日を超えないことが望ましい”とされている.副作用として骨髄抑制による血小板減少,貧血あるいは白血球減少などが2週間以上の投与で発現頻度が高くなる傾向が認められている.末梢神経障害,乳酸アシドーシスあるいは視神経症なども報告されている.特に視神経症では28日を越える場合注意を要する.全身投与による眼内への移行性は比較的良好でLZD600mg単回経口投与で前房内および硝子体内最高濃度はそれぞれ6.8μg/mlおよび5.3μg/mlという3,4).しかしながら十分な眼局所濃度を得るためには点眼あるいは硝子体内投与となる.ヒトで使用された報告は調べた限りないが,白色家兎を用いた角膜炎モデルで0.2%LZD点眼後の結膜,角膜および前房内濃度はそれぞれ3μg/g以上,4μg/g以上および2.17μg/mlであったという5).また,Dukeら6)は有色家兎を用いLZD300μg/0.1ml硝子体内投与では網膜への影響はみられなかったという.(43)あたらしい眼科Vol.27,No.10,20101365ta,S.aureus,S.epidermidis,Staphylococcushominis,Staphylococcuslugdunensis,S.mitisgroup,Streptococcusoralis,S.pneumoniaeおよびStreptococcussalivariusなどによる細菌性結膜炎である.用法・用量は1日3回各1滴を7日間投与とされている.おもな副作用として結膜充血(2%)がある.1歳以下の乳児での安全性は確立されていない.塩化ベンザルコニウムを0.01%含有している.フルオロキノロン系抗菌薬の中で最もMRSAに有効な点眼薬として注目されている16).c.レボフロキサシン1.5%点眼液(levofloxacin:LVFX,IQUIXR)LVFXの高用量化された抗菌点眼薬(高濃度抗菌点眼薬)で,2004年3月に米国FDAに承認(参天製薬の米国子会社サンテン・インク社)された.元来,LVFXは中性pH域における水溶性が高いので,既存製剤の3倍の1.5%という高濃度点眼液の製剤化が可能となった.広範囲のグラム陽性菌ならびにグラム陰性菌に対し効果を発揮し,適応疾患はCorynebacteriumsp.,S.aureus,S.epidermidis,S.pneumoniae,Viridans従来の点眼薬に比べ,少ない点眼回数で効果が得られるということからコンプライアンスの向上が期待されている.b.ベシフロキサシン0.6%点眼液(besifloxacin,BesivanceR)14,15)(表4,5)これまでのフルオロキノロン系抗菌薬と異なり,全身用に開発された経口薬や注射薬を点眼薬に発展したものではなく最初から点眼薬として開発されたもので,全身用の剤型はない.2009年5月に米国FDAに承認されたベシフロキサシン点眼薬はエスエス製薬で創製されAZM点眼液と同様な徐放化技術DuraSiteRを用いBausch&Lombで開発された.適応疾患(菌種)はCDCcoryneformgroupG,Corynebacteriumpseudodiphtheriticum,Corynebacteriumstriatum,H.influenzae,Moraxellalacuna-表11%アジスロマイシン点眼液1滴点眼後の有色家兎各眼組織における薬物動態パラメータCmax(μg/g)Tmax(h)T1/2(h)AUC0~144h(μg・h/g)結膜角膜涙液前房水10840.410,5390.0760.0830.0830.0830.083636715807378373,0160.689(文献11より改変)表31%アジスロマイシンおよび0.5%モキシフロキサシン点眼液1滴点眼後の健常ヒト結膜への薬物動態パラメータCmax(μg/g)Tmax(h)T1/2(h)AUC0~∞(μg・h/g)1%アジスロマイシン0.5%モキシフロキサシン1313.770.502.0024.42.732,31024.0(文献12より改変)表21%アジスロマイシン点眼液7日間点眼後の有色家兎各眼組織における薬物動態パラメータCmax(μg/g)Tmax(h)AUC144~288h(μg・h/g)AUC:MIC90比結膜角膜眼瞼前房水177.39252.00180.300.410.08310.250.0833,10116,4028,1479.191941,025509─MIC90にはAZM点眼液にて細菌性結膜炎を治療した際に検出された496菌から得られたMIC値16μgを用いている.(文献11より改変)表40.6%ベシフロキサシン点眼液1滴点眼後の有色家兎およびサル各眼組織ならびにヒト涙液への薬物動態パラメータ有色家兎サルヒトCmax(μg/g)T1/2(h)AUC0~24h(μg・h/g)Cmax(μg/g)T1/2(h)AUC0~24h(μg・h/g)Cmax(μg/g)T1/2(h)AUC0~24h(μg・h/g)結膜角膜涙液前房水62.87.212,7601.696.06.16.112.192.88.563,2402.086.432.102,3100.79613.97.87.45.329.412.46,4402.14──610───3.4───1,232─(文献14より改変)1366あたらしい眼科Vol.27,No.10,2010(44)3.眼軟膏バンコマイシン眼軟膏1%グリコペプチド系抗生物質製剤で,2009年10月に厚生労働省から承認された.適応菌種はバンコマイシン感性のMRSAおよびMRSEの2菌種のみとされ,眼科領域で初めてMRSAおよびMRSEを適応とした抗菌薬である.適応疾患は既存治療で効果不十分な結膜炎,眼瞼炎,瞼板腺炎および涙.炎などである.使用上の注意として“感染症の治療に十分な知識と経験を持つ医師又はその指導の下で投与すること”と記載されている.用法・用量は適量を1日4回塗布,投与期間は14日間以内を目安とされている.副作用として眼瞼浮腫および結膜充血などを生じることがある.小児に対する安全性は確立されていない.耐性菌を発生させないために濫用は避けるべきである.II抗真菌薬従来,抗真菌薬は抗菌薬より種類が少なくその選択肢が限られていたが,最近新しい薬剤が次々に登場しその選択に幅が広がった.具体的に抗真菌薬としてポリエン系ではピマリシン(別名ナタマイシン,PMR),アムホテリシンB(AMPH-B,ファンギゾンR)およびリボゾーム化アムホテリシンB(L-AMB,アムビゾームR),ピリミジン系ではフルシトシン(5-FC,アンコチル),トリアゾール系ではフルコナゾール(FLCZ,ジフルカンR)とそのFLCZをリン酸エステル化したプロドラッグであるホスフルコナゾール(F-FLCZ,プロジフR),ミコナゾール(MCZ,フロリードR),イトラコナゾール(ITCZ,イトリゾールR)およびボリコナゾール(VRCZ,ブイフェンドR),キャンディン系ではミカファgroupstreptococci,P.aeruginosaおよびSerratiamarcescensなどによる細菌性角膜潰瘍である.なお,本点眼薬には塩化ベンザルコニウムなどの防腐剤を含んでいない.6歳以下の小児での使用に関してはその安全性は確立されていない17).1.5%LVFXの眼内移行性の特徴(白色家兎)は点眼1時間後に最高濃度(Tmax)に達し,他の点眼薬(0.5%モキシフロキサシンおよび0.3%ガチフロキサシン)に比し移行濃度が高く,またLVFXのみが点眼12時間後においても前房内濃度を測定可能であった17)(表6).よってLVFXのAUC(areaunderthecurve)は他の抗菌薬に比し大きいので,より高い臨床ならびに抗菌効果とともに耐性化抑制効果が期待される.d.トブラマイシン0.3%およびデキサメタゾン0.1%配合点眼液(TobraDexR)米国Alcon社から発売されている.多糖類の一つであるキサンタンガム(xanthangum)を用いたデキサメタゾン0.05%配合のTobraDexSTRが開発中である18).適応は表在性の細菌性眼感染症あるいは細菌感染が疑われ,ステロイド治療も要する症例とされ,眼瞼結膜炎や白内障術後点眼薬として用いられている18).塩化ベンザルコニウムを0.01%含有している.禁忌として,単純ヘルペス角膜炎,その他多くのウイルス性角膜炎あるいは結膜炎,Mycobacteriumによる眼感染症および真菌性角膜疾患などがある.副作用として眼瞼の.痒感,腫脹あるいは結膜充血(トブラマイシン:アミノ配糖体系)および眼圧上昇,後.白内障あるいは創傷治癒遅延(デキサメタゾン)などがある.このような抗菌薬とステロイド薬との配合点眼薬は欧米では臨床治験で数種検討されている.表53種のフルオロキノロン点眼液1滴点眼後の健常ヒト結膜への薬物動態パラメータ点眼15分後(μg/g)AUC0~24h(μg・h/g)平均滞留時間(h)0.6%ベシフロキサシン0.5%モキシフロキサシン0.3%ガチフロキサシン2.3010.74.036.6511.16.104.73.02.9(文献15より改変)表63種のフルオロキノロン点眼液1滴点眼後の白色家兎前房内への薬物動態パラメータCmax(μg/ml)Tmax(h)T1/2(h)AUC0~∞(μg・h/ml)1.5%レボフロキサシン0.5%モキシフロキサシン0.3%ガチフロキサシン0.7361.00370.4371.00.51.02.610.691.992.66282.04191.0080(文献16より改変)(45)あたらしい眼科Vol.27,No.10,20101367する目的で開発されたL-AMBが上市された.家兎を用いた全身投与モデルでL-AMBはAMPH-Bに比し角膜および前房水への移行が良好であった22).また白色家兎を用いた結膜下投与では1.5mg/0.3mlが眼毒性を認めず角膜組織に対し有効濃度が得られている23).一方,臨床的に0.5%L-AMB点眼24)あるいは5μg/0.1ml硝子体内投与25)などに用いられその有効性が報告されている.真菌性眼内炎では術中に眼内灌流液中への抗真菌薬の添加あるいは術後硝子体内投与が併用されることがある26~31)(表7).なお,家兎を用いたVRCZ前房内および硝子体内投与による半減期はそれぞれ22分および2.5時間であったという32).つぎに現在開発中で近い将来臨床応用が期待される抗真菌薬を2,3紹介する2).a.イサブコナゾール(isavuconazole)広域抗真菌スペクトルを有する新規アゾール系抗真菌薬で,注射薬および経口剤の両剤形で開発が進められている.FLCZやITCZに耐性の真菌にも有効という.Awater-solublepro-drugにて体内で速やかにエラスターゼにより分解され,イサブコナゾールに変換される.高いバイオアベイラビリティ(生物学的利用率)を有し,血清中の薬剤濃度半減期は長い.副作用として頭痛,鼻炎様症状および刺入部痛などがある.侵襲型Aspergillus症およびCandida血症を対象とし第3相臨床試験が米国,欧州などにおいて実施されている.b.Corifungin水溶性でポリエン系に属する.Candida属に対してAMPH-BやVRCZと同等のinvitroでの抗真菌活性をンギン(MCFG,ファンガードR)などがある.そのなかでわが国において眼局所に使用が認められている抗真菌薬はポリエン系のピマリシン(5%点眼および1%眼軟膏)のみで,他は全身投与薬である.ほとんどの薬剤が眼血液関門のため眼内,特に硝子体内への移行性は不良である.そこで感染部位や菌種に応じて薬剤ならびに投与法を選択する必要がある19).しかし使用に際しては倫理委員会の承認および十分なインフォームド・コンセントを要する.点眼あるいは結膜下投与における注意すべき点は,副作用としての結膜刺激症状,上皮障害あるいは眼瞼炎や薬剤そのものの安定性である.また,前房内あるいは硝子体内投与では薬剤による角膜あるいは網膜への影響および手技による白内障,網膜出血あるいは網膜.離などの発生に留意すべきである.VRCZは幅広い抗真菌スペクトラムを有しかつ3.0.4.0mg/kg12時間毎の投与で眼内移行性が良好な薬剤ではある20)が,肝機能障害や視覚障害(投与開始1週間以内に30~50%)などの副作用に注意を要する.特に真菌性眼内炎では投与期間が長期に及ぶことがあるので,投与期間中の血中モニタリングが望ましい.キャンディン系薬剤のMCFGは細胞壁合成阻害作用という新しい作用機序を有し副作用の少ない抗真菌薬であるが,その有効な全身投与量に関しては定まっていない.また眼内,特に硝子体内への移行は不良である.Suzukiら21)は白色家兎を用いMCFG10mg/kg静脈内投与後の眼内移行性を検討したところ網脈絡膜には最大20.18μg/gに達したが硝子体内では検出限界以下であったという.AMPH-Bは毒性が強いので第一選択として眼局所に使用されることはわが国では少ない.近年副作用を軽減表7抗真菌薬の眼局所投与量抗真菌薬(商品名)点眼(%)結膜下注射前房内投与(μg/0.1ml)硝子体内投与(μg/0.1ml)眼内灌流(μg/ml)AMPH-B(ファンギゾン)MCZ(フロリード)FLCZ(ジフルカン)ITCZ(イトリゾール)MCFG(ファンガード)VRCZ(ブイフェンド)0.10.10.1~0.21.00.10.1~1.0─0.1~0.2%/0.3ml0.2%/0.3ml───5~35────10~200540100105100101020───1368あたらしい眼科Vol.27,No.10,2010(46)ている38).適応外ではあるが,サイトメガロウイルスによる角膜内皮炎への効果が期待される.3.アデノウイルスに対する抗ウイルス薬アデノウイルスに対する特異的抗ウイルス薬の研究および開発が進められ,核酸系逆転写酵素阻害薬,レセプター阻害薬,抗菌ペプチド,生理活性物質およびインターフェロンなどがアデノウイルス結膜炎起炎の型に抗アデノウイルス作用を有するという.具体的にはザルシタビン(ハイビッドR:抗HIV薬),スタブジン(ゼリットR:抗HIV薬),N-chlorotaurine,hCAP-18(humancationicantimicrobialprotein18),INF(インターフェロン)-bおよびINF-gなどがある39).しかしながら臨床例に対する評価は今後の課題という.4.ワクチン療法子宮頸癌を予防するためにヒトパピローマウイルス(HPV)に対するワクチンが開発された.HPV-16とHPV-18に対する2価ワクチン(CervarixR:2009年日本承認)とHPV-6とHPV-11を加えた4価ワクチン(GARDASILR:2009年米国FDA承認,日本未認可)がある.眼科領域でも結膜乳頭腫などではHPV-6とHPV-11が,結膜上皮内新形成(CIN)や扁平上皮癌など悪性腫瘍ではHPV-16とHPV-18が検出されることが多いので,将来的にこれらのワクチンによる結膜腫瘍発生予防が期待される40).IVその他:角膜クロスリンキングリボフラビン・長波長紫外線治療本来は円錐角膜・角膜拡張症(keratectasia)の進行を停止させる治療法であるが,病原微生物への殺傷効果による感染性角膜炎への応用が提言されている41,42).おわりに抗微生物薬の使用に際し重要なことは適正な薬剤使用(既存あるいは新規薬剤)と適切な感染管理である.そして,われわれ眼科医は各々の薬剤において常に眼内組織移行性ならびに眼局所投与における有効性と安全性の有し,またAspergillus属,Alternalia属,Cladosporium属およびScopulariopsis属などの糸状菌に対してもAMPH-Bと同等の抗真菌活性を有する.c.カスポファンギン(caspofungin,CancidaR)キャンディン系薬剤の一つで2001年1月に米国で承認されている.L-AMB,ITCZに不応性もしくは継続不能例の侵襲型Aspergillus症のサルベージ療法として位置付けられている.MCFGと同じく眼内移行(硝子体内)は不良で33),0.5%点眼液が臨床試用された報告34)がある.マウスを用いた実験結果からヒトへの安全な硝子体内投与量は20μgという35).III抗ウイルス薬1.全身投与薬ファムシクロビル(famciclovir,ファムビルR)2008年わが国で発売されたファムシクロビルはペンシクロビルの吸収性を高めたプロドラッグである.経口投与後,肝代謝によりペンシクロビルに変換され,水痘・帯状疱疹ウイルス(VZV)感染細胞内で活性型であるペンシクロビル3リン酸となりVZVの増殖を阻害する.適応は帯状疱疹とされているが,欧米では単純ヘルペスウイルス感染にも使用されている.1回500mg1日3回経口投与を原則とし,効果はバラシクロビルと同等という.ファムシクロビル内服(500mg×3)後の平均硝子体内濃度は1.2μg/mlで血清比は0.28%であった36)という.急性網膜壊死におけるアシクロビル点滴静注後の内服療法の選択肢の一つとして注目されている37).2.ゲル化点眼薬Ganciclovirophthalmicgel0.15%(ZirganR)ガンシクロビルのゲル化点眼薬で2009年9月に単純ヘルペス角膜炎の治療薬としてFDAから承認された.用法・用量は1回1滴1日5回を角膜潰瘍治癒まで,その後7日間1日3回投与とされている.副作用として視力障害,眼刺激症状,点状角膜炎および結膜充血などがある.2歳以下の乳幼児への安全性は確立されていない.pHは7.4で,塩化ベンザルコニウム0.075mgを含有し(47)あたらしい眼科Vol.27,No.10,20101369検証および把握に努める姿勢を忘れてはならない.一方で,従来の抗微生物薬によらない,たとえばワクチン療法(HPV以外)や分子標的治療薬など(広義では抗微生物薬として取り扱われるかもしれないが)を用いた新たな治療法の開発が望まれる.文献1)八木澤守正:抗菌薬開発の現状と展望.日化療会誌52:761-770,20042)掛屋弘,河野茂:現在開発中の抗真菌薬.化学療法の領域26:608-616,20103)PrydalJI,JenkinsDR,LoveringAetal:Thepharmacokineticsoflinezolidinthenon-inflamedhumaneye.BrJOphthalmol89:1418-1419,20054)HorcajadaJP,AtienzaR,SarasaMetal:Pharmacokineticsoflinezolidinhumannon-inflamedvitreousaftersystemicadministration.JAntimicrobChemother63:550-552,20095)SalehM,JehlF,DoryAetal:Ocularpenetrationoftopicallyappliedlinezolidinarabbitmodel.JCataractRefractSurg36:488-492,20106)DukeSL,KumpLI,YuanYetal:Thesafetyofintraocularlinezolidinrabbits.InvestOphthalmolVisSci51:3115-3119,20107)ChewFL,SoongTK,ShinHCetal:Topicalpiperacillin/tazobactamforrecalcitrantPseudomonasaeruginosakeratitis.OculPharmacolTher26:219-222,20108)Ozkiri.A,EverekliogluC,Konta.Oetal:Determinationofnontoxicconcentrationsofpiperacillin/tazobactamforintravitrealapplication.Anelectroretinographic,histopathologicandmorphometricanalysis.OphthalmicRes36:139-144,20049)Ozkiri.A,EverekliogluC,AkgunHetal:Acomparisonofintravitrealpiperacillin/tazobactamwithceftazidimeinexperimentalPseudomonasaeruginosaendophthalmitis.ExpEyeRes80:361-367,200510)SinghTH,PathengayA,DasTetal:Enterobacterendophthalmitis:treatmentwithintravitrealtazobactam-piperacillin.IndianJOphthalmol55:482-483,200711)AkpekEK,VittitowJ,VerhoevenRSetal:Ocularsurfacedistributionandpharmacokineticsofanovelophthalmic1%azithromycinformulation.JOculPharmacolTher25:433-439,200912)TorkildsenG,O’BrienTP:Conjunctivaltissuepharmacokineticpropertiesoftopicalazithromycin1%andmoxifloxacin0.5%ophthalmicsolutions:asingle-dose,randomized,open-label,active-controlledtrialinhealthyadultvolunteers.ClinTher30:2005-2014,200813)岩尾岳洋,塚本仁,政田幹夫:外用抗菌薬・点眼抗菌薬.医薬ジャーナル45:541-544,200914)ProkschJW,GranvilCP,Siou-MermetRetal:Ocularpharmacokineticsofbesifloxacinfollowingtopicaladministrationtorabbits,monkeys,andhumans.JOculPharmacolTher25:335-344,200915)TorkildsenG,ProkschJW,ShapiroAetal:Concentrationsofbesifloxacin,gatifloxacin,andmoxifloxacininhumanconjunctivaaftertopicalocularadministration.ClinOphthalmol26:331-341,201016)SandersME,MooreQC3rd,NorcrossEWetal:EfficacyofbesifloxacininanearlytreatmentmodelofmethicillinresistantStaphylococcusaureuskeratitis.JOculPharmacolTher26:193-198,201017)McDonaldMB:Researchreviewandupdate:IQUIX(levofloxacin1.5%).IntOphthalmolClin46:47-60,200618)ScoperSV,KabatAG,OwenGRetal:Oculardistribution,bactericidalactivityandsettlingcharacteristicsofTobraDexSTophthalmicsuspensioncomparedwithTobraDexophthalmicsuspension.AdvTher25:77-88,200819)KaurIP,RanaC,SinghH:Developmentofeffectiveocularpreparationsofantifungalagents.JOculPharmacolTher24:481-493,200820)HariprasadSM,MielerWF,HolzERetal:Determinationofvitreous,aqueous,andplasmaconcentrationoforallyadministeredvoriconazoleinhumans.ArchOphthalmol122:42-47,200421)SuzukiT,UnoT,ChenGetal:Oculardistributionofintravenouslyadministeredmicafungininrabbits.JInfectChemother14:204-207,200822)GoldblumD,RohrerK,FruehBEetal:CornealconcentrationsfollowingsystemicadministrationofamphotericinBanditslipidpreparationsinarabbitmodel.OphthalmicRes36:172-176,200423)KajiY,YamamotoE,HiraokaTetal:ToxicitiesandpharmacokineticsofsubconjunctivalinjectionofliposomalamphotericinB.GraefesArchClinExpOphthalmol247:549-553,200924)TouvronG,DenisD,DoatMetal:SuccessfultreatmentofresistantFusariumsolanikeratitiswithliposomalamphotericinB.JFrOphtalmol32:721-726,2009[.ArticleinFrench]25)KocA,OnalS,YeniceOetal:ParsplanavitrectomyandintravitrealliposomalamphotericinBinthetreatmentofCandidaendophthalmitis.OphthalmicSurgLasersImaging2010Mar9:1-3[.Epubaheadofprint]26)矢野啓子:眼科領域.深在性真菌症の診断・治療のガイドライン2007.深在性真菌症のガイドライン作成委員会編,協和企画,p112-118,200727)ShenYC,WangMY,WangCYetal:Pharmacokineticsofintracameralvoriconazoleinjection.AntimicrobAgentsChemother53:2156-2157,200928)ShenYC,WangCY,TsaiHYetal:Intracameralvoriconazoleinjectioninthetreatmentoffungalendophthalmitisresultingfromkeratitis.AmJOphthalmol149:916-921,201029)鈴木崇:抗真菌薬の使い方.臨眼57:311-316,200330)ThomasPA:Fungalinfectionsofthecornea.Eye17:852-862,200331)宇野敏彦:抗真菌薬:眼科プラクティス28.眼感染症の謎1370あたらしい眼科Vol.27,No.10,2010を解く(大橋裕一編),文光堂,p434-435,200932)ShenYC,WangMY,WangCYetal:Clearanceofintravitrealvoriconazole.InvestOphthalmolVisSci48:2238-2241,200733)GoldblumD,FauschK,FruehBEetal:Ocularpenetrationofcaspofungininarabbituveitismodel.GraefesArchClinExpOphthalmol245:825-833,200734)Hurtado-SarrioM,Duch-SamperA,Cisneros-L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緑内障治療薬配合剤

2010年10月29日 金曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPYこのような現状を踏まえながら,配合剤の適正な使用法について考えてみた.II配合剤の種類(配合点眼液製品一覧)海外ではすでに6種類の配合剤が発売されており(表1),日本では2010年にはじめて3種類の配合剤が導入された.いずれも2種類の薬剤の配合であり,2種類の薬効が1剤分の点眼回数で得られるという点を特徴としており,緑内障に対するこれまでの治療のあり方が大きく変わることが予想される.薬剤配合に関しては製剤上の問題もあり,すべての組み合わせが可能なわけではない.現在,緑内障の薬物治療においては,PG関連薬,b遮断薬,炭酸脱水酵素阻I緑内障薬物治療の現状緑内障の治療薬はこの数年で3種類のプロスタグランジン(PG)関連薬が使用できるようになった.加えて2010年はPG関連薬/b遮断薬,b遮断薬/炭酸脱水酵素阻害薬の配合剤3種類が承認され,治療の選択肢が増加した.一方,選択肢が増えたことで,単剤治療からの薬剤切り替えや多剤併用患者の場合,治療の選択がより複雑になったとの指摘がある.緑内障の薬物治療における問題点としては,服薬コンプライアンスが医療従事者が考えているより悪い点,点眼が長期にわたるため,薬剤や防腐剤のオキュラーサーフェスへの配慮を要する点などが指摘されている.(35)1357*MakotoIshikawa&TakeshiYoshitomi:秋田大学大学院医学系研究科医学専攻病態制御医学系眼科学講座〔別刷請求先〕石川誠:〒010-8543秋田市本道1-1-1秋田大学大学院医学系研究科医学専攻病態制御医学系眼科学講座特集●眼科薬物療法の新たな展開あたらしい眼科27(10):1357.1361,2010緑内障治療薬配合剤CombinationTopicalGlaucomaMedications石川誠*吉冨健志*表1配合点眼薬一覧製品名開発社主剤名点眼回数承認年PG関連薬/b遮断薬配合剤XalcomRXalacomRPfizerLatanoprost0.005%Timolol0.5%1日1回2001.8海外2010.4本邦DuotravRAlconTravoprost0.004%Timolol0.5%1日1回2006.4海外2010.4本邦GanfortRAllerganBimatoprost0.03%Timolol0.5%1日1回2006.5海外炭酸脱水酵素阻害薬/b遮断薬配合剤CosoptRMerkDorzolamide2%Timolol0.5%1日2回1999.8海外2010.4本邦AzargaRAlconBrinzolamide1%Timolol0.5%1日2回2008.12海外a2作動薬/b遮断薬配合剤CombiganRAllerganBrimonidine0.2%Timolol0.5%1日2回2007.1海外1358あたらしい眼科Vol.27,No.10,2010(36)には2剤を併用するしかなく,点眼回数も1日2~3回必要であった.b遮断薬と炭酸脱水酵素阻害薬を併用した場合には,単眼回数は3~5回に増加した.しかし配合剤を使用すると,PG関連薬とb遮断薬の薬効は1日1回点眼で,b遮断薬と炭酸脱水酵素阻害薬の薬効は1日2回の点眼で得ることができるようになる(図3).点眼回数が増えると負担を感じる患者が多いので,配合剤の使用によって点眼回数が減ると患者の利便性が増すと考えられる.2.アドヒアランスの向上緑内障の薬物治療は,患者が継続して点眼を行うことが前提条件である.ところが,点眼行動を記録できる器具を用いて患者コンプライアンスを調べた報告では,1日1回の単剤点眼の場合でも,実際に点眼回数が守られていたのは約7割であった1).まして併用治療においては,さらに多くの患者が支持された点眼を遵守できていないと考えるのが自然であろう.最近はOCT(光干渉断層計)をはじめとする検査機器の精度が上がり,わずかな視神経乳頭の異常や視野障害の進行も鋭敏に検出することが可能となった.それに伴い,追加される点眼薬も増加していく傾向にある.患者にとっては,真面目に点眼していても処方される点眼薬の種類が次第に増えて害薬の3者の組み合わせが比較的多く使われている(図1).このうちPG関連薬と炭酸脱水酵素阻害薬の組み合わせは,製剤上の問題から作られていない(図2).III配合剤の利点1.薬剤数と点眼数の軽減配合剤による一番の利点は,2種類の薬効がより少ない点眼回数で得られるため,利便性が高い点である.これまでPG関連薬とb遮断薬の2種類の薬効を得るためb遮断薬a1遮断薬ab遮断薬a2刺激薬PG関連薬エピネフリンピロカルピンCAI図1併用効果が最も期待できる緑内障治療薬の組み合わせ現在,緑内障の薬物治療においては,眼圧下降機序が異なるPG関連薬,b遮断薬,炭酸脱水酵素阻害薬の3者の組み合わせがよく使われる.3回b+PG1回配合剤1点眼回数5回■:配合剤■:CAI■:PG■:bb+CAI2回配合剤26543210図32剤併用と配合剤単剤の点眼数配合剤による一番の利点は,薬効を得るための点眼回数が減少する点である.これまでPG関連薬とb遮断薬の2剤を併用すると点眼回数は最大1日3回,b遮断薬と炭酸脱水酵素阻害薬を併用すると最大5回であった.しかし配合剤を使用すると,PG関連薬とb遮断薬の薬効は1日1回点眼で,b遮断薬と炭酸脱水酵素阻害薬の薬効は1日2回の点眼で得ることができb遮断薬る.a1遮断薬ab遮断薬a2刺激薬エピネフリンCAIピロカルピンCosoptRAzargaRCombiganRXalacomRDuotravRGanfortRPG関連薬図2実際の配合剤の組み合わせ実際の配合剤の組み合わせは,b遮断薬とPG関連薬(XalacomR,DuotravR,GanfortR),b遮断薬と炭酸脱水酵素阻害薬(CosoptR,AzargaR),およびPG関連薬とa2刺激薬(CombiganR)の3種類,6剤である.製剤上の問題から,眼圧下降作用の強いPG関連薬と炭酸脱水酵素阻害薬の組み合わせは作られていない.(37)あたらしい眼科Vol.27,No.10,20101359上皮障害の出現頻度が高くなる.配合剤使用による点眼数の減少は,防腐剤への曝露の減少に直結する.眼表面が防腐剤に曝露する機会が少なくなれば,角結膜上皮障害も軽減すると考えられる.現在わが国で発売されている配合剤3種類中すべてが,b遮断薬を含有している.b遮断薬は角膜知覚を低下させ反射性の涙液分泌を低下させるため,角結膜障害を合併しやすくなることが知られている.b遮断薬のように角膜障害性がある薬物の場合,点眼液中にBACなどの防腐剤が加われば角結膜障害の危険性はさらに上昇することになる.ところが,わが国で発売されている3種類の配合剤のうち,ラタノプロスト/チモロール配合点眼液とドルゾラミド/チモロール配合点眼液はBACを含有している.したがって,長期で使用する場合,オキュラーサーフェスへの影響について十分な配慮が必要である.これら配合剤に薬剤を併用する場合も,BAC非含有製剤,あるいは安全性の高い防腐剤を含有する製剤を選択するなど,少しでも障害性を減らす方向で考える必要がある.トラボプロスト/チモロール配合点眼液は角膜への影響が少ない塩化ポリドロニウムを防腐剤として使用しているが,長期にわたる臨床データがないため今後のオキュラーサーフェスへの影響に注目したい.IV配合剤の課題1.眼圧下降効果合剤を合剤に含まれている成分の単剤と比較した試験では,いずれも合剤で単剤よりも優れた眼圧下降効果が得られている.また,合剤を合剤に含まれている成分の単剤を併用した場合と比較すると,ほぼ同等の眼圧下降効果が得られている.たとえばドルゾラミド/チモロール配合点眼液の場合,点眼回数は1日2回だが,単剤ではドルゾラミド1日3回,チモロール1日2回であり,配合剤の場合はドルゾラミドの点眼回数が減ることになる.ドルゾラミドの点眼回数減少によって眼圧下降効果が減弱することが懸念されたが,配合剤と単剤併用の眼圧下降効果の差はわずか0.4mmHgであり,両者の眼圧下降効果に差はなかった4).ただし,単剤併用治療から配合剤の単剤治療に切り替えた場合,緑内障治療薬に対する反応には個人差があるため,一定期間は短い間隔いくという状況になる.一生点眼を続けるどころか,治療に対するモチベーションそのものが低下し,最終的に脱落することも考えられる.患者自身が病態を理解し積極的に治療に参加する「アドヒアランス」という概念からも,モチベーションの低下は大きな問題である.点眼回数が増えるとアドヒアランスが悪化するという報告もあり,薬剤数と点眼数を軽減できる配合剤はアドヒアランスの向上に有効であると考えられる.治療効果には,点眼薬のもつ薬理学的効果だけでなく患者のアドヒアランスも関わってくる.アドヒアランスを良好に保てば,結果としてさらなる眼圧下降効果も期待される.その意味で,配合剤への期待は大きい.緑内障の病状を把握するうえでは1剤ずつ薬剤を追加し薬効を確認していく姿勢が重要であることはいうまでもないが,患者の利便性やアドヒアランスを考慮すれば配合剤を処方する機会は今後増加すると予想される.3.洗い流し効果の回避同じ時間帯に2種類の点眼薬を点眼する場合,1剤目と2剤目は5分以上の間隔をあけて点眼するのが望ましい.もし間隔を5分間空けないで2剤目を点眼すれば1剤目を洗い流していることになり(洗い流し効果),薬効の低下が懸念される2).間隔が30秒間なら約45%が,2分間なら約15%が洗い流される.しかし,配合剤を使用すれば,このような洗い流しの問題は回避できることになる.年単位の長い時間経過でみた場合,洗い流しのような一見小さな問題が治療効果の差を生み出す可能性がある.4.防腐剤の曝露量の軽減とオキュラーサーフェスへの影響緑内障点眼薬の副作用の一つに,オキュラーサーフェスへの影響がある.PG関連薬のみの単独投与の場合でも,34%にドライアイ症状が出現するという報告がある3).原因の一つとして,点眼液中に含まれる防腐剤,特に塩化ベンザルコニウム(BAC)の影響があげられる.BAC非含有性の緑内障点眼薬を使用すると,角結膜上皮障害が減少するとの報告もある.併用治療は単剤治療と比較して角結膜がBACに曝露する機会も増加し,1360あたらしい眼科Vol.27,No.10,2010(38)V日常臨床での配合剤の使い方1.配合剤への切り替えのタイミング緑内障診療ガイドラインには,「原則として単剤での治療を優先する」と記載されている.現在,単剤治療の主流はPG関連薬で,目標眼圧に達しない場合は他のPG関連薬への切り替え,あるいはb遮断薬や炭酸脱水酵素阻害薬を追加することが一般的である.ここで新たに配合剤という治療選択が加わると,PG関連薬単剤で効果がない場合,b遮断薬や炭酸脱水酵素阻害薬を追加してアドヒアランスを低下させるより,配合剤単剤に切り替えるという場合が多くでてくると予想される(図4).また,視野障害の進行速度が速く,他のPG関連薬に切り替えて様子をみる時間の余裕がない場合も,配合剤単剤への切り替えが優先される可能性があると考えられる.その場合,具体的には,b遮断薬とPG関連薬の配合剤が選択されるであろう.ただし,ここで注意すべきは,PG関連薬の一つであるビマトプロストはラタノプロスト/チモロールマレイン酸塩配合点眼液と比較して眼圧下降効果が同等であるという報告がある点である5).ビマトプロストにもノン・レスポンダーが存在すると考えられすべての患者に有効とは限らないが,視野で有効性を確認する必要があると思われる.2.点眼時間PG関連薬とb遮断薬の配合剤はいずれも1日1回点眼であるが,点眼時間帯は朝と夜のいずれが効果的か,副作用の発現も考慮したうえでの検討が必要である.眼圧下降効果については,夜間はb受容体の活性が低下し房水量が減少するため,b遮断薬を夜点眼しても効果はないとされている.したがって,たとえばPG関連薬を夜1回,b遮断薬を朝夜2回点眼している場合,配合剤に切り替えて朝1回点眼したとすれば,b遮断薬の点眼回数が2回から1回に減少したとしても眼圧下降効果は変わらない可能性がある.しかし,ラタノプロスト/チモロール配合点眼液の場合,朝点眼するよりも夜点眼したほうが効果的であるとの報告もある.一方,トラボプロスト/チモロール配合点眼液については,朝と夜で眼圧下降効果に統計学的有意差がなかったとの報告がある.したがって,b遮断薬を含む配合剤の点眼時間については今後検討の余地がある.3.b遮断薬の全身的作用b遮断薬の循環器系副作用は,心機能が抑制され,血圧や脈拍が低下することであり,不整脈,徐脈,心不全では処方に注意を要する.特に注意するのは呼吸器系の副作用であり,喘息発作を誘発すると生命に関わる場合もある.夜間にb遮断薬を含む配合剤を点眼し喘息発作を誘発した場合,どうしても昼間に比べて対応が遅れがちになる.したがって副作用の面から考えると,b遮断薬を含む配合剤は朝点眼したほうが安全という考えが成り立つ.眼循環の面からも,夜間にb遮断薬を点眼すると眼灌流圧が低下して視野障害の進行に結びつく可能性を考えれば,朝点眼が望ましい.配合剤の登場で,b遮断薬を投与される患者数は増加すると予想される.処方する医師は配合剤にb遮断薬が含まれていることを認識して,副作用に対する配慮を十分に行い,安易な処方を避けなければならないと考える.PG単剤投与PG剤変更配合剤+a(PG+b+CAI)目標眼圧未達目標眼圧達成配合剤薬剤継続図4配合剤の使い方現在,単剤治療の主流はPG関連薬である.これまでは目標眼圧に達しない場合,他のPG関連薬へ切り替えて単剤治療を続けるか,あるいはb遮断薬や炭酸脱水酵素阻害薬を追加し併用治療を開始していた.今後はPG関連薬単剤で効果がない場合まず配合剤単剤に切り替え,さらに眼圧下降が必要な場合は薬剤を追加してPG関連薬,b遮断薬,炭酸脱水酵素阻害薬の組み合わせにもっていく場合が多くなると予想される.(39)あたらしい眼科Vol.27,No.10,20101361り替えは躊躇せざるをえない.このように,配合剤が加わったことで利便性は増したが,薬剤の選択はより複雑になった面はある.現段階では,配合剤を第一選択薬とするか第二選択薬とするか,不明な点はある.しかし,配合剤の登場により新たな治療薬の選択肢が増え,アドヒアランスも向上すると考えられる.文献1)OkekeCO,QuigleyHA,JampelHDetal:Interventionsimprovepooradherencewithoncedailyglaucomamedicationsinelectronicallymonitoredpatients.Ophthalmology116:191-199,20092)ChraiSS,MakoidMC,EriksenSPetal:Dropsizeandinitialdosingfrequencyproblemsoftopicallyappliedophthalmicdrugs.JPharmSci63:333-338,19743)HenryJC,PeaceJH,StewartJAetal:Efficacy,safety,andimprovedtolerabilityoftravoprostBAK-freeophthalmicsolutioncomparedwithpriorprostaglandintherapy.ClinOphthalmol2:613-621,20084)KonstasAG,MikropoulosD,HaidichABetal:Secondlinetherapywithdorzolamide/timololorlatanoprost/timololfixedcombinationversusaddingdorzolamide/timololfixedcombinationtolatanoprostmonotherapy.BrJOphthalmol92:1498-1502,20085)RossettiL,KarabatsasCH,TopouzisFetal:Comparisonoftheeffectesofbimatoprostandafixedcombinationoflatanoprostandtimololoncircadianintraocularpressure.Ophthalmology114:2244-2251,2007障害の進行例や眼圧コントロール不良例でも,ビマトプロストへの切り替えを考慮しても良い場合もあると考えられる.Konstasら(2008)は,ラタノプロスト単剤では効果不十分であった緑内障患者を対象に,ドルゾラミド/チモロール配合剤またはラタノプロスト/チモロール配合剤への切り替え,あるいはラタノプロストへのドルゾラミド/チモロール配合剤の追加を行って眼圧下降効果を前向きに検討した.その結果,ラタノプロスト単剤と比較して,ドルゾラミド/チモロール配合剤またはラタノプロスト/チモロール配合剤は有意に眼圧を下降させ,さらにラタノプロストへのドルゾラミド/チモロール配合剤の追加は最も眼圧を下降させた.ラタノプロスト,ドルゾラミド,チモロールはそれぞれ眼圧下降機序が異なり,これら3剤の組み合わせは眼圧を効果的に下降させると考えられる.配合剤に切り替えて十分な眼圧下降が得られなかった場合は,早めにPG関連薬,b遮断薬,炭酸脱水酵素阻害薬の3者の組み合わせにもっていくことも選択肢の一つである.2.配合剤の使用の注意点と今後の展望視野障害が進行し眼圧コントロールが不良な例では,配合剤への安易な切り替えには懸念がある.多剤併用と同等の眼圧下降効果が期待できなければ,配合剤への切

プロスタグランジン関連薬物

2010年10月29日 金曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPYIPGとプロスタノイド受容体PGそのものは,オータコイドとよばれる全身に広く分布し多種多様な生理活性をもつ局所ホルモンの一群をなす脂質の総称であり,細胞膜のリン脂質から切り出されたアラキドン酸のようなエイコサポリエン酸から,アラキドン酸カスケードとよばれる一連の酵素反応の主要経路であるシクロオキシゲナーゼ(COX)代謝経路により産生される(図1).PGシクロオキシゲナーゼ系のおもな代謝物はPGD2,PGE2,PGF2a,PGI2,TX(トロンボキサン)A2である.それぞれに特異性の高い受容体はプロスタノイド受容体とよばれ,DP,EP1.4,FP,IP,TPと分類されているが,実際には生体内のPGは1種以上の受容体に交叉結合しうるので,各々の薬理作用は広い(図2).IIプロスト系PG関連薬の開発の経緯PGの眼での最初の報告は1955年にAmbacheがirinと名付けた瞳孔収縮作用のある物質を虹彩から抽出したことに始まり,それはおもにPGF2aとPGE2であることが判明している.1970年代になり低用量のPGF2aがウサギで眼圧下降を示すことがわかり,その後多くのPGE2,PGF2aとその関連物質が試され,角膜透過性に優れたPGF2aイソプロピルエステルから,現在のラタノプロスト,トラボプロスト,ビマトプロストの開発に至った.国内ではタフルプロストも開発された(図3).はじめに本年2010年はラタノプロスト(キサラタンR,ファイザー)の国内特許が切れた年でありプロスタグランジン(PG)関連薬にとっては一区切りがついたといえよう.1999年に米国で発売されてまだ10年であるが,周知のように世界中で最も使用されている緑内障治療薬となっている.ラタノプロストが属するPG関連薬は1980年代から眼薬理作用が検討されてきた物質であり歴史は浅い.PG関連薬のうち,薬品名にプロストと名の付くプロスト系とよばれる系統は,現在第一選択薬の眼圧下降薬となっており,その理由は,病型を選ばず最大の眼圧下降効果が得られること,終日の眼圧下降効果,日内変動抑制効果,局所のみで全身的副作用がないこと,1回点眼であることなどがあげられる.日本で1994年に開発発売されたウノプロストン(レスキュラR,参天製薬)はPG関連薬であるが,プロストン系として別に扱われる.プロスト系はラタノプロストに始まり今やトラボプロスト(トラバタンズR,日本アルコン),ビマトプロスト(ルミガンR,千寿製薬),タフルプロスト(タプロスR,参天製薬),さらにラタノプロストの後発品が22種類も発売されて,市場はPG関連薬だらけとなっている.PGはおもにFP受容体に作用して眼圧を下げることがわかってきた1.3)が,基礎から臨床までのPG関連薬についていまだ明らかでない問題点を含めた現状と今後の展開について,薬学的なPGとその受容体に重点を置いて述べたい.(25)1347*MakotoAihara:東京大学大学院医学系研究科外科学専攻眼科学〔別刷請求先〕相原一:〒113-8655東京都文京区本郷7-3-1東京大学大学院医学系研究科外科学専攻眼科学特集●眼科薬物療法の新たな展開あたらしい眼科27(10):1347.1356,2010プロスタグランジン関連薬物ProstaglandinAnalogues相原一*1348あたらしい眼科Vol.27,No.10,2010(26)リン脂質プロスタグランジン合成経路プロスタマイド合成経路細胞膜ホスホリパーゼA2アラキドン酸ホスファチジルコリンアナンダマイドホスファチジルエタノールアミンホスホリパーゼD2プロスタマイドF2aProstamideH2COXCOXCONC2H4OHHCONC2H4OHHCONC2H4OHHPGG2PGH2COXOOOOOHOHOOHOOHOHOHOHOHOHPGE2PGI2PGD2TXA2プロスタグランジンプロスタマイドCOO-H+OOOHCONC2H4OHOHOCOO-H+COO-H+COO-H+PGF2aPGF2aCOX図1生体内生理活性脂質合成経路プロスタグランジンは膜リン脂質から合成される脂質で種々の生理活性をもつ(左経路).またプロスタマイドも同様に膜リン脂質から合成される脂質であるが,生体内機能はあまり解明されていない(右経路).種類生体内機能受容体PGF2a⇒FPEP1PGE2発熱,疼痛,血管透過性亢進⇒EP2EP3EP4PGI2血小板形成抑制,血栓形成阻害⇒IPPGD2睡眠誘発,気管支収縮⇒DPTXA2血小板形成促進,血栓形成促進⇒TP陣痛誘発,黄体退縮,眼圧下降プロスタマイドF2aプロスタマイドF2a受容体=FP+FPsplicevariant眼圧下降?⇒ビマトプロストプロスタノイド受容体プロスタノイドプロスタグランジンラタノプロスト酸,トラボプロスト酸タフルプロスト酸,ビマトプロスト酸図2PGとプロスタマイド受容体PGの種類と生理活性を示す.それぞれの受容体が存在するが,一つのPGは他の受容体にも少し活性をもつ.下段に類似したプロスタマイドF2aとその受容体を対比させてある.少なくともFP受容体が眼圧下降に関与する.(27)あたらしい眼科Vol.27,No.10,20101349FPへの結合に重要である.そのため,invitroの結合実験ではウノプロストンはFP受容体への結合親和性が低い.プロスト系薬剤は炭素鎖15位の水酸基を保存したまま,修飾が施された薬剤であるが,最後に開発された国産のタフルプロストは水酸基をフッ素で置換することにより薬剤の安定性を高めた構造になっている.IVプロドラッグ製剤5種類の薬剤はすべてプロドラッグ製剤である.PGは本来末端のカルボキシル基は酸になっていて受容体に結合するが,図4にあるように点眼製剤はビマトプロストを除きイソプロピルエステル型となっており,角膜を通過する際にエステラーゼにより結合が切れて酸となり,眼内で受容体に作用する.ビマトプロストだけが,エチルアミド型となっておりアミダーゼにより結合が切られ酸となる(図4,5).こうしたプロドラッグ製剤は,眼外での不必要な薬理活性を減らすことで副作用を軽減する役割をもっているため,製剤として好ましい.このように緑内障眼圧下降薬としてのPG関連薬はFP受容体の生体内agonistであるPGF2aを基本骨格として開発された.そのためPG関連薬とよぶ.興味深いことに眼圧下降効果のあるPGF2aはすでに生体内にある.しかし,その存在により眼圧がどのように調整されているかはわかっていない.たまたま点眼によりPGF2aおよびその関連薬を投与したところ眼圧が下降したことから開発が進んできたわけである.IIIプロストン系とプロスト系の分類ウノプロストン,ラタノプロスト,トラボプロスト,ビマトプロスト,タフルプロストの5種類のPG関連薬のうち,ウノプロストンだけがPGF2aイソプロピルエステルの基本骨格に近いものの,15位の水酸基が酸化され代謝された構造をもつためプロストン系と分けて考えるとよい.一方,他の4種はPGF2aをより安定化させた構造をしており,名前もプロストがついているため,まとめてプロスト系とよぶ(図4).炭素15位の水酸基は基本骨格であるPGF2aの受容体ウノプロストンラタノプロストトラボプロストビマトプロストタフルプロスト濃度0.12%0.005%0.004%0.03%(海外)0.0015%開発国日本米国米国米国日本国内発売1994年10月1999年5月2007年10月2009年10月2008年12月投与回数1日2回1日1回1日1回1日1回1日1回保存条件凍結を避けて保存2~8℃,遮光開封後1カ月室温可1~25℃2~25℃室温保存眼圧下降+++++++++副作用充血,眼瞼色素沈着,睫毛伸長増加,上眼瞼溝顕性化+++++++++防腐剤BAKBAKsofZiaR(イオン緩衝系防腐剤)BAKBAKプロストン系プロスト系BAK:ベンザルコニウム塩化物図3緑内障治療PG関連薬一覧開発順に記載している.ウノプロストン以外はプロスト系グループとして把握すると理解しやすい.第一選択はプロスト系薬剤である.眼圧下降,副作用,防腐剤などに特徴がある.1350あたらしい眼科Vol.27,No.10,2010(28)は,プロスト系薬剤のなかでビマトプロストだけの眼圧下降作用を阻害する試薬ができたこと,ネコの平滑筋細胞の中にビマトプロストに反応するがラタノプロストには反応しない細胞があることから,特異受容体の存在が示唆されて探索された.そうして発見されたプロスタマイドF2a受容体はFPとは別の遺伝子と思いきや,実はFP受容体とFPのスプライスバリアントの複合受容体であった1)(図6).まとめると,C末端がエチルアミド型のビマトプロストは,加水分解された酸型では他のイソプロピルエステル型プロスト系と同様なプロスタノイド受容体への結合パターンを示すが,酸にならない状態でもプロスタマイドF2aとしてFP受容体とFPのスプライスバリアントの複合体に直接結合するというわけである(図5,6).Vプロスタマイドとは?―ビマトプロストの特徴ちなみにビマトプロスト酸は17phenylPGF2aとまったく一緒であり,最もFP受容体の生体内アゴニストであるPGF2aに近い薬剤である.加水分解される前のビマトプロストは図4,5のように末端がエチルアミドとなっている.実は生体内にも図1のようにPGエチルアミド型の物質群が存在しており,プロスタマイドとよばれている.プロスタノイドと同様に膜のリン脂質ホスファチジルエタノールアミンから合成されている.現在生体内にあるプロスタマイド群の生体内作用は不明であるが,それは受容体の存在も不明であったからである.実はビマトプロストの研究から興味深いことに,ビマトプロストはプロスタマイドF2aの関連薬として今まで存在が不明であった受容体を介して作用している可能性が出てきたのである.プロスタマイドF2a受容体の存在PGF2aイソプロピルエステルHOHOHOHOOHHOHOHOHOOHOHOHOOラタノプロストHOHOHOHOOOesteraseイソプロピルウノプロストンOOOesteraseesteraseOCF3OOトラボプロストesteraseタフルプロストOFOOFamidaseONHビマトプロストプロストン系プロスト系図4PG関連薬の構造式基本となるPGF2aイソプロピルエステルと5種の薬剤構造式を示す.炭素15位の水酸基が保存されているのがプロスト系薬剤でFPに対する親和性が高い.PGは本来C末端がカルボキシル基で活性があるが,薬剤としてはすべてエステルまたはアミド結合により修飾されてプロドラッグとして投与される.(29)あたらしい眼科Vol.27,No.10,20101351容体欠損マウスにおける眼圧下降効果を検討した(図8).野生型マウスとFP受容体欠損マウスの片眼に市販濃度の5種のPG系眼圧下降薬を3μl点眼後,僚眼を対象として3時間での眼圧下降率を検討したところ,図のように野生型マウスではいずれも有意な眼圧下降効果が得られたが,FP受容体欠損マウスではほとんど眼圧下降効果が得られなかった.したがって,これらの眼圧下降作用にはFP受容体が必須であることが判明した2,3).ウノプロストンはFP受容体以外にもMaxi-Kチャンネルを活性化させるという報告があるが,このチャンネルと眼圧下降効果との関係は不明である.ビマトプロストの受容体もFP遺伝子から切り出されるわけなので,ともかくFP受容体が重要であることは間違いない事実である.したがってFP受容体結合能を高めたプロスト系の薬剤開発は正しい戦略であったといえる.では今後よりFP受容体に特異性親和性が強い薬剤が重要かというVIPG関連薬のプロスタノイドFP受容体結合能の重要性と限界PG関連薬は酸になると受容体結合能が向上し,プロスタノイド受容体に結合するが,図7にあるようにウノプロストンはどの受容体にも結合能が劣る.プロスト系はいずれもFP受容体に最も結合するが,EP3受容体にも結合能を有する.最もFP選択性が高いのはタフルプロストである.FP刺激は重要であるが,選択性や親和性の相違がどの程度眼圧下降効果に反映しているかは不明である.Invitroの薬理学的受容体結合試験により,FP受容体が主たる作用点であることが推測されていたが,いずれの受容体にも結合力が劣るウノプロストンやエチルアミド型のビマトプロストは他の作用点がある可能性も示唆されていた.そこで筆者らは5種の薬剤によるFP受PGF2aラタノプロスト酸HOHOOHHOHOOHOO+OO+..プロスタノイドFP受容体に結合プロスタマイド受容体に結合HOHOOHONHビマトプロストアミダーゼHOHOOHビマトプロスト酸OO+加水分解されなければプロスタマイドとして働く但し,アミダーゼは少なく,分解されにくい加水分解されるとPGF2a関連薬として働く図5ビマトプロストの二面性ビマトプロストそれ自身プロスタマイドタイプの脂質に属する.最近プロスタマイド受容体が発見されたので,ビマトプロストは他のプロスト系薬剤と同様角膜で代謝されて酸型となりFP受容体に付くか,そのままの形でプロスタマイド受容体に付いて作用している可能性がある.1352あたらしい眼科Vol.27,No.10,2010(30)昇し,細胞外マトリックスが分解させる方向に傾き組織内の房水流出抵抗が低下するという説があるが,明確なinvivoでの証明はされていない(図9).このような生化学的組織変化は少なくとも数日を要するため,PG関連薬による長期的に持続する眼圧下降効果を説明するにはよい仮説であるが,短時間でも眼圧下降することの説明にはならず,今後の詳細な検討が必要である.またFP受容体は毛様体以外にも線維柱帯にも発現しているため,房水流出抵抗を下げる短期的な機序が存在する可能性が十分ある.FP受容体を介した眼圧下降作用機序がもっと明確になれば新しい薬物開発につながるはずであり,今後の展開が待たれる.と個人的には否定的である.ラタノプロストから始まってタフルプロストまでFP受容体に特化した薬剤が開発されたが,結局以下に述べるように眼圧下降効果はほぼ同等であり,これ以上の眼圧下降効果を狙うとなるとFP受容体以外にその活路を見いだしたほうがよいと思われる.VIIFP刺激による眼圧下降機序の謎FP状態を刺激すると,細胞内カルシウムが上昇しさまざまな細胞内シグナルが伝達されるが,残念ながら眼圧下降につながる詳細な機序は不明である.唯一PG関連薬によりマトリックスメタロプロテアーゼの活性が上代謝物(酸型)どちらの受容体もFP遺伝子が必要!標的組織+ビマトプロストプロスタノイドFP受容体FPプロスタマイド受容体FPsplicevariantラタノプロスト酸トラボプロスト酸タフルプロスト酸ビマトプロスト酸ラタノプロストビマトプロストトラボプロストタフルプロスト代謝■プロスト系の化学構造特性と作用プロスタグランジンF2a誘導体プロスタマイドF2a誘導体プロスタグランジンF2aプロスタマイドF2a代謝HOHOHHOHOHHHHHHHHHOHCH3CH3OHOHOHOHNHNOHOHOHHHHHOHCH3O図6プロスト系薬剤の受容体FPとビマトプロスト受容体酸型となったプロスト系薬剤はFP受容体に作用する一方,ビマトプロストだけは分解されなくてもプロスタマイドF2a受容体に作用する.2008年にその受容体はFPとFPの一部が切り取られたsplicevariant受容体の複合体であることが判明した.あたらしい眼科Vol.27,No.10,20101353VIIIPG関連薬の眼圧下降効果プロスト系薬剤はプロストン系より眼圧下降効果が強い.薬剤の浸透率,受容体結合活性にもよるが,プロスト系はいずれもかなり濃度が低い(図3).ただし,製剤濃度と眼圧下降効果はあまり関係なく,ほぼプロスト系は同様な眼圧下降効果を示す.プロスト系の眼圧下降効果は海外の原発開放隅角緑内障(POAG),高眼圧症(OH)で約25%であり,日本の正常眼圧緑内障(NTG)でも約20%の眼圧下降効果が得られ,他の眼圧下降薬と比べても最も眼圧下降効果が強い.ウノプロストンは2回点眼で濃度も高いが眼圧下降効果は劣る.国産のタフルプロスト以外は,すでに海外で長年使用されており,メタアナリシス解析ではラタノプロスト,トラボプロスト,ビマトプロストはほぼ同様な眼圧下降効果を示すが,若干ビマトプロストの眼圧下降効果が強いようである(表1).ただ日本のNTGでの眼圧下降効果に差があるかは不明である.タフルプロストは上市されて間もないのでデータが少ないが,少なくともキサラタンRに非劣性である.国内でのプロスト系薬剤の比較は今後発表されるであろうが,これまでの海外のデータを合わせて考えても,プロスト系4種の平均眼圧下降効果はほぼ同等であることが予想される.ビマトプロストが海外報告どおりに日本人でもラタノプロスト,トラボプロス(31)ラタノプロスト3020100-10眼圧下降率(%)Wildtype&FPKOmouse夜間点眼3時間後*:p<0.01OtaT2005IOVSWTFPKOWTFPKO*****WTFPKOWTFPKOWTFPKOトラボプロストビマトプロストタフルプロストウノプロストン図8PG関連薬のFP受容体欠損マウスでの眼圧下降効果いずれのPG関連薬も野生型(WT)マウスでは有意な眼圧下降効果を示すが,FP受容体欠損マウスではまったく下降しないことから,FP受容体がこれらの薬剤の眼圧下降作用に必須であることがわかる.FPビマトプロスト酸ラタノプロスト酸FPEP4FPEP4ウノプロストン酸FPタフルプロスト酸FPEP4EP4EP4EP1EP2DPEP3IPEP1TPEP2DPEP3IPTPEP1EP2DPEP3IPTPEP1EP2DPEP3IPTPEP1EP2DPEP3IPTPトラボプロスト酸10-110-410-710-1010-110-410-710-1010-110-410-710-1010-110-10-710-1010-110-410-710-10図7PG関連薬のプロスタノイド受容体親和性各受容体に対する親和性をレーダーチャートで示す.外側ほどその受容体親和性が高いことを示す.ただし,全薬剤を同一条件で比較したデータがないため,図は大体の傾向を示すと理解していただきたい.1354あたらしい眼科Vol.27,No.10,2010ト,タフルプロストより効果が優れるかは今後の報告を待ちたい.プロスト系薬剤の眼圧下降効果はほぼ同等であると述べたが,各個体では効果に相違がある.あるプロスト系での眼圧下降効果にはほとんど下がらない眼もあれば30%以上下がる眼もある.また,あるプロスト系ではほとんど眼圧が下がらないが,別のプロスト系薬剤では下がるといったこともある.薬理効果に個体差があるのは当然のことであるが,類似したプロスト系薬剤間でも差があるのは興味深い.今後,反応良好群と無反応群との比較により,受容体の解析を行うとより無反応個体を減らせるような薬剤開発が進む可能性がある.IXPG関連薬の副作用の相違PG関連薬の副作用は,全身的副作用はないが,局所では結膜充血,虹彩色素沈着,睫毛伸長,増加,眼瞼色素沈着,上眼瞼溝の明瞭化あるいは凹みが起こる.ウノプロストンの副作用は,プロスト系4種と比べて少ないことは間違いない.プロスト系4種のなかでは,ラタノプロストよりトラボプロスト,さらにビマトプロストの(32)FPPGE2↑MMP活性化ECM再構築?Fu↑Ca2+↑EP3毛様体Fc↑?TM~SC流出抵抗↓COX2↑線維柱帯FPCa2+↑SharifNA2003IOVSCrowstonJG2004IOVSThiemeH2006IOVSLindseyetal1997IOVSWeinrebetal1997IOVSLindseyetal1996CurrEyeResHinzB2005FASEBJOhDJ2006IOVSGsEP4cAMP↑GsEP2GsEP4cAMP↑cAMP↑Susanneetal2005BBRCOhDJ2006IOVSECMは無関係?OhDJ2006IOVSSaekiT2009IOVSOtaT2006IOVSOtaT2005IOVSプロスト系眼圧下降プロスト系……図9プロスト系薬剤とプロスタノイド受容体による眼圧下降効果現在のPG関連薬にはFP受容体刺激が必要であるが,実際には複雑に他のプロスタノイド受容体が関与していると考えられる.EP3はFPとともに作用を強化している可能性があり,EP2,4はそれらと別のシグナルにより眼圧を下げる可能性が高く注目される.残念ながら受容体以降のシグナルはほとんど解明されておらず,今後の展開に期待したい.表1PG関連薬の眼圧下降効果のメタアナリシス解析RefAuthorJournalYearlatanoprost=travoprost=bimatoprost27vanderValkOphthalmology2005latanoprost=travoprost<bimatoprost42HolmstromSCurrMedResOpin2005latanoprost=travoprost=bimatoprost12LiNRClinExpOphthalmol2006latanoprost<travoprost=bimatoprost9DenisPCurrMedResOpin2007latanoprost=travoprost<bimatoprost8AptelFJGlaucoma2008latanoprost=travoprost=bimatoprost24BeanGWSurvOphthalmol2008あたらしい眼科Vol.27,No.10,20101355ほうがより副作用が強いと海外で報告されている.ラタノプロスト以外は日本では導入されたばかりなので詳細な比較検討がないが,おおむね副作用は強くなっている.睫毛の伸長や増加は,ビマトプロストが最も強く,海外ではビマトプロストを睫毛伸長剤として販売しているくらいである.眼瞼色素沈着の副作用は,患者指導が重要であり,夜点眼といっても風呂や化粧落としの前に点眼させ,洗顔することで十分防ぐことができる.夜点眼という指導により就寝直前に点眼してそのまま寝る場合や,点眼後よく拭くことで逆にすり込んでいる場合,高度な色素沈着がみられるので,副作用の強い場合はよく患者教育をする必要がある.充血は,特に点眼開始時に強く,継続投与で徐々に減少することは間違いないので,ドロップアウトさせないためにも初回処方時に,必ず充血することと,点眼しているうちに目立たなくなる旨の患者指導が重要である.すでにラタノプロストを点眼している患者に他のプロスト系薬剤に切り替えると,意外と充血が目立たないことが多いが,理由は不明である.最近報告がされ始めた副作用として上眼瞼溝の顕性化に注目したい.現在のところビマトプロストとトラボプロストにおいて臨床報告がある.10年以上使用されていたラタノプロストでの報告がないことから,ラタノプロストではきわめて稀か軽度でわかりにくい変化と考えられる.タフルプロストでの報告はないが,いずれのプロスト系薬剤も薬物申請時の資料では,サル眼において濃度や投与頻度,投与期間が異なるもののヒトと同様な副作用がすでに報告されており,どの薬剤でも上眼瞼溝の顕性化は起こりうると考えている.この副作用の機序は解明されていないが,培養細胞でFP受容体を介した脂肪合成の抑制についての報告がすでにあるため,眼でも同様な機序ではないかと考えている.XFP以外のプロスタノイド受容体を介した眼圧下降の可能性以上,現状のPG関連薬のFP受容体を介した眼圧下降効果について述べたが,表2にあるとおり,FP以外の受容体でも眼圧下降効果を有する可能性がある.すでにサル眼を用いたPGE2の眼圧下降効果が示されているが,EP受容体は4つのサブタイプがあるため,特異的にいずれかのサブタイプが眼圧下降に関与している可能性がある.そこで,EP1.4の各受容体のアゴニストを用いた眼圧下降効果を検討したところ,EP2およびEP4受容体アゴニストによる眼圧下降効果が得られ,EP1およびEP3受容体ではまったく眼圧下降効果(33)表2PGF2a関連薬またはFP受容体以外を介した眼圧下降8-isoPGE2サルにおいて眼圧下降効果,latanoprostとの併用効果WangRF2000サル眼において経ぶどう膜強膜路の増大を示唆GabeltBT2004EP2agonistAH13205サル眼での眼圧下降効果と経ぶどう膜強膜路の増大RichterM2003EP2agonistbutaprostサル眼での眼圧下降効果と経ぶどう膜強膜房水流出の増加WoodwardDF1995,NilssonSF2006EP2,EP4agonistマウス眼での眼圧下降効果と経ぶどう膜強膜房水流出の増加SaekiT2009DPagonistAL-6598ヒトにおいて眼圧下降効果HellbergMR2002IPagonistIloprostウサギ・イヌで眼圧下降HoyngPF1987TPagonistU-46619TPないしEP3agonist,ウサギで眼圧下降WaterburyLD19901356あたらしい眼科Vol.27,No.10,2010が得られなかった.EP2,4受容体の細胞内シグナルはともにcAMP(cyclicadenylicacid)の上昇を介することが判明しているので,線維柱帯,毛様体でのcAMP上昇が眼圧下降作用に関与している可能性がある4)(図9).EP3受容体は,そのアゴニスト刺激では眼圧下降は起きなかったが,興味深いことにEP3受容体欠損マウスではプロスト系薬剤の眼圧下降効果が減弱する.すなわち,FP受容体刺激による眼圧下降にEP3受容体が何らかの形で関与している可能性が示唆されている.これらのプロスタノイド受容体サブタイプの眼圧下降への関与から,今後はFP+他の受容体刺激作用をもつ複合作用PG関連薬の開発が大きな可能性をもつと考えている(図9).XI将来の展望作用機序が不明なまま開発されたPGF2a系の薬剤から,現在はプロスタノイド受容体レベルでの眼圧下降効果が検討できるようになってきた.FP受容体は眼圧下降作用の大きな役割を果たしていることは相違ないが,その他にEP受容体,DP,IP,TP受容体も関与している可能性がある.今後は受容体特異性の高い薬剤を開発することにより,さらに作用,副作用を分離し,眼圧下降効果が高い薬剤の開発につなげる必要がある.また,受容体レベル以下のシグナル伝達と細胞外出力をさらに検討して眼圧下降機序をよりいっそう解明することが期待される(表3).文献1)LiangY,WoodwardDF,GuzmanVMetal:IdentificationandpharmacologicalcharacterizationoftheprostaglandinFPreceptorandFPreceptorvariantcomplexes.BrJPharmacol154:1079-1093,20082)OtaT,AiharaM,NarumiyaSetal:TheeffectsofprostaglandinanaloguesonIOPinprostanoidFP-receptordeficientmice.InvestOphthalmolVisSci46:4159-4163,20053)OtaT,AiharaM,SaekiTetal:TheIOP-loweringeffectsandmechanismofactionoftafluprostinprostanoidreceptor-deficientmice.BrJOphthalmol91:673-676,20074)SaekiT,OtaT,AiharaMetal:EffectsofprostanoidEPagonistsonmouseintraocularpressure.InvestOphthalmolVisSci50:2201-2208,2009(34)表3PG関連薬の基礎と臨床と今後の課題基礎面作用機序の解明.プロスタノイド受容体以降のシグナルと房水流出改善作用の解明.より選択的なFPagonistによる実験.副作用:充血,上眼瞼溝顕性化の機序の解明と軽減の可能性臨床面PG関連薬の特徴.プロスト系は1日1回の第一選択薬,正常眼圧緑内障での眼圧下降効果も十分.プロストン系は1日2回で眼圧下降効果がプロスト系に劣るが,副作用は少ない.b遮断薬と異なり終日眼圧下降が得られる.充血,眼瞼虹彩色素沈着,睫毛増長,上眼瞼溝顕性化に注意.PG関連薬のなかで眼圧下降に個人差があるため,それぞれ試す価値がある今後のPG関連薬.日本人における新規薬剤プロスト系PG剤の眼圧下降と特徴の把握が必要.防腐剤の改良による眼表面への影響の相違.神経保護,血流改善の臨床的エビデンス.Generic薬との相違点の把握.他系統薬剤との合剤の導入.FP以外のプロスタノイド受容体による眼圧下降の解明.FPと他の受容体との組み合わせによる相加的眼圧下降

インフリキシマブ

2010年10月29日 金曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPYき盛りの年代に多いのが特徴である.男女比はほぼ同数であるが,重症度は男性のほうが高い傾向にある.Behcet病の原因として,考えられるのは,内的因子と外的因子である.内的因子では,HLA(組織適合抗原)-B51抗原(またはHLA-B51サブタイプのHLA-B51*5101)が原因遺伝子として重要視されている.近年,全ゲノムを対象とした解析が行われ,原因遺伝子としてIL(インターロイキン)-10とIL-23レセプターおよびIL-12レセプターが有力視されている2,3).特にIL-10は,Behcet病の原因とも考えられているT細胞type1(Th1)に対して抑制性に働くサイトカインであり,病因論としてIL-10を産生する遺伝子システムに狂いが生じて,難治性の炎症が局所で起きている可能性が高い.しかし,なぜその炎症が起きやすい場が,眼局所であり,口腔内,皮膚,陰部なのかはよくわかっていない.IIBehcet病の症状と所見1987年の旧厚生省特定疾患ベーチェット病調査研究班における診断基準では,表1のごとく,4つの主症状と副症状から成る.虹彩毛様体炎や網膜ぶどう膜炎などの眼症状は,本病全体の70%にみられる1).片眼発症の1.2年以内に反対側の眼にも炎症を起こすことが多い.典型的な虹彩毛様体炎には前房蓄膿を伴うが,経過中に前房蓄膿を伴うのは20.30%程度である(図1).強い炎症性変化が起きているときは,虹彩ルベオーシスを伴うこともある(図2).反復する虹彩毛様体炎と網膜ぶどはじめにBehcet病は,再発性ぶどう膜炎,口腔粘膜のアフタ性潰瘍,外陰部潰瘍,皮膚症状の4つを主症状とする慢性の難治性炎症疾患であり,各々の症状の消失と再発をくり返すのが特徴の一つとされている.今まで,難治性のぶどう膜疾患であるBehcet病における治療は,副腎皮質ホルモン剤の局所投与,コルヒチン,シクロスポリンの内服が行われてきた.しかし,これらの薬剤では完全に眼発作を制御できず,投与により重篤な副作用を起こすこともしばしば認められた.これに対し,抗ヒトTNF(腫瘍壊死因子)-a抗体であるインフリキシマブ(製剤名レミケードR)は,世界に先駆けて,2007年1月にBehcet病による難治性網膜ぶどう膜炎に対する適応が承認された生物製剤である.本総説では,Behcet病における眼症状の本剤の強力な抑制効果,その安全性,および対象患者の選定と将来の本剤の可能性について述べていきたいと思う.IBehcet病とは?Behcet病は,わが国における主要なぶどう膜炎の一つであり,難治性全身性疾患として厚生労働省の特定疾患に指定されている.1991年に行われたBehcet病患者数の調査では,約18,000人と推定されている1).Behcet病は,わが国ではわずかながら減少傾向にあるが,放置していると失明の可能性があることには変わりがない.発症年齢は20代から40代に多くみられ,働(17)1339*TakeshiKezuka:東京医科大学眼科学教室〔別刷請求先〕毛塚剛司:〒160-0023東京都新宿区西新宿6-7-1東京医科大学眼科学教室特集●眼科薬物療法の新たな展開あたらしい眼科27(10):1339.1345,2010インフリキシマブInfliximab毛塚剛司*1340あたらしい眼科Vol.27,No.10,2010(18)い.蛍光眼底造影では,「シダ状」と形容される網膜毛細血管からの蛍光色素漏出が起きたり,視神経乳頭近傍から蛍光漏出をきたしたりする(図4a,b).網膜血管炎をきたして反復すると,毛細血管床が閉塞し,虚血性変化が起きて不可逆性の視機能障害につながってしまう.このような不可逆的な変化に移行する前に,何らかの治療を行う必要がある.IIIインフリキシマブ以前の既存治療局所治療としては,筆者らの施設では虹彩毛様体炎に対して副腎皮質ステロイド薬の点眼や結膜下注射を施行し,網膜ぶどう膜炎に対してトリアムシノロンなどのステロイドデポ剤のTenon.内注射を行っている.一方,全身治療としては,再発する眼発作予防としてコルヒチン,シクロスポリンなどの内服を行っている.Behcetう膜炎により,視機能の低下が進み,最終的には視神経も萎縮してしまう.再発性前房蓄膿性虹彩毛様体炎に比べ,網膜ぶどう膜炎は視力に直接影響が出やすい.黄斑部におけるびまん性浮腫,混濁,出血斑,滲出斑などが出現する(図3a,b)と,急激な視力低下をきたしやす表1Behcet病の診断基準(厚生省特定疾患ベーチェット病調査研究班,1987年改変)1.主症状(1)口腔粘膜の再発性アフタ潰瘍(2)皮膚症状a.結節性紅斑b.皮下の血栓性静脈炎c.毛.炎様皮疹,座瘡様皮疹参考所見:皮膚の被刺激性亢進(3)眼症状a.虹彩毛様体炎b.網膜ぶどう膜炎(網脈絡膜炎)c.以下の所見があればa.b.に準じるa.b.を経過したと思われる虹彩後癒着,水晶体上色素沈着,網脈絡膜萎縮,視神経萎縮,併発白内障,続発緑内障,眼球癆(4)外陰部潰瘍2.副症状(1)変形や硬直を伴わない関節炎(2)副睾丸炎(3)回盲部潰瘍に代表される消化器病変(4)血管病変(5)中等度以上の中枢神経病変3.病型診断の基準(1)完全型経過中に4症状が出現したもの(2)不全型a.経過中に3主症状,あるいは2主症状と2副症状が出現したものb.経過中に定期的眼症状とその他の1主症状,あるいは2副症状が出現したもの(3)疑い主症状の一部が出現するが,不全型の条件を満たさないもの,および定期的な副症状が反復,あるいは増悪するもの(4)特殊な病型腸管(型)ベーチェット病血管(型)ベーチェット病神経(型)ベーチェット病4,参考所見(1)皮膚の針反応(2)炎症反応赤血球沈降速度の亢進,血清CRPの陽性化,末梢血白血球の増加(3)HLA-B51(B5)の陽性図2Behcet病患者に出現した虹彩ルベオーシス図1Behcet病患者に出現した前房蓄膿(19)あたらしい眼科Vol.27,No.10,20101341より高い場合は,用量依存的に頭痛,腎障害などの副作用が発現する可能性がある.副作用として最も気をつけなければならないのは,神経Behcet様の中枢神経症状である.もし神経Behcet病をきたしている患者に投与した場合,中枢神経症状が悪化する可能性がある.さきほどコルヒチンを投与した場合,ミオパチーが起きる可能性があると述べたが,シクロスポリンを併用した場合はその危険性が増すといわれている.この2種で効果がない場合,低用量の副腎皮質ステロイド薬を用いることがある.以前は副腎皮質ステロイド薬を全身投与した場病に対する内服の第一選択は,基本的にはコルヒチンである.コルヒチンは,白血球遊走阻止作用を有しており,痛風の発作予防にも用いる.副作用としては,血清中クレアチンホスホキナーゼ(CPK)上昇を伴うミオパチーや,不妊症もしくは催奇形性をきたす可能性がある.内服治療の第二選択は,シクロスポリンである.シクロスポリンは,サイトカイン産生に関与した遺伝子転写を抑制し,効果を発現する.シクロスポリン投与時は,最低血中濃度(トラフレベル)を測定し,基準値より高い値が出ないよう調整しなければならない.基準値ab図3Behcet病患者の眼底所見a:黄斑近傍の網膜出血,b:網膜滲出斑.ab図4Behcet病患者の蛍光眼底造影所見a:視神経乳頭付近からの蛍光色素漏出,b:網膜毛細血管からの「シダ状」蛍光色素漏出.1342あたらしい眼科Vol.27,No.10,2010(20)どう膜炎治療薬として承認された8).Vインフリキシマブの作用機序インフリキシマブは抗体の一種で,ヒトTNF-aに対して特異的に結合するマウス抗ヒトTNF-aモノクローナル抗体由来の可変領域と,ヒトIgG1定常領域由来の抗ヒトTNF-aキメラ型モノクローナル抗体が合わさって構成されている.この抗体は,ヒトのTNF-aに特異的に結合し,つぎの3つの機序で生物活性を阻害すると考えられている.1)可溶型TNF-aの生物活性を中和する.2)受容体に結合したTNF-aを解離させることによりTNF-aの作用を阻害する.3)膜結合型TNF-a発現細胞を補体依存性細胞障害(CDC)または抗体依存性細胞媒介型細胞障害(ADCC)により傷害する(図5).最近の筆者らの知見では,インフリキシマブ投与により末梢血単核球上のToll-likereceptor(TLR)の発現抑制がひき起こされることが判明しており,このことが発症軽減につながっている可能性があるかもしれない.VIインフリキシマブの投与方法,治療適応と治療効果インフリキシマブの適応は,Behcet病による網膜ぶどう膜炎で既存治療では効果不十分な場合に限る,とされている.インフリキシマブの投与方法は,5mg/kgの濃度で初回から2週目,6週目に投与し,以後8週間合,最終視力予後が悪いことが示されてきたが,前2種の薬物が効果がない場合,併用する形で用いるケースがあった.これらの薬物をまとめると,Behcet病に対して長期投与される薬物は,第1にコルヒチン,第2にシクロスポリン,第3に低用量の副腎皮質ステロイド薬といえる.この薬物治療の順序を大きく変える薬物が,近年発表された.生物製剤であるインフリキシマブである.IVインフリキシマブの開発経緯Behcet病の病態にはT細胞が重要な役割を担っており,T細胞を活性化させるサイトカインを調節させる試みがなされてきた.そのなかで,活動性ぶどう膜炎を有する患者の末梢血単球のTNF-a産生能が,非活動性ぶどう膜炎を有する患者や健常人と比較して有意に亢進していることが明らかにされ4,5),Behcet病の活動性がTNF-aと相関することが示唆された.TNF-aは当初,悪性腫瘍に出血性壊死を誘導する因子として発見された.その歴史的経緯とは別に,TNF-aは外来微生物に対しても生体防御機構の最前線で働く重要なサイトカインとして知られている.TNF-aは,マクロファージ,好中球や血管内皮細胞に働き,炎症反応を促進する.しかし,過剰な炎症反応により産生されるTNF-aは,組織障害をひき起こし,種々の疾患の原因や増悪因子となる.ヒトぶどう膜網膜炎の疾患モデルであるexperimentalautoimmuneuveoretinitisでもTNF-a投与により病状の悪化が観察され,抗TNF-a抗体投与によりぶどう膜網膜炎が軽減することが判明した6).これらの研究により,Behcet病の治療に抗TNF-a抗体が有効である可能性が証明された.この研究と同時期に,米国において遺伝子組換え技術を駆使してヒトTNF-aに対して特異的に結合するマウス由来の可変領域とヒトIg(免疫グロブリン)G1の定常領域を有するキメラ抗体が作製された7).この抗TNF-aモノクローナル抗体は,インフリキシマブという生物製剤として1990年にCrohn病,1999年に関節リウマチの治療薬として承認された.わが国においても2002年にCrohn病,2003年に関節リウマチの治療薬として輸入承認され,続いて2007年に世界で初めてBehcet病における難治性網膜ぶ①可溶型TNF-aへの結合・中和②受容体に結合したTNF-aの解離③TNF-a産生細胞を傷害(ADCC,CDC)可溶型TNF-aTNF-a産生細胞:インフリキシマブ補体など傷害TNF-aターゲット細胞可溶型TNF-a図5インフリキシマブの作用機序(21)あたらしい眼科Vol.27,No.10,20101343重篤な副作用発現症例率は投与220例中7例(3.2%)に留まっていた6).重篤な副作用は,胸腔内結核や投与時の全身性じんま疹などがあげられ,特に結核感染予防にはイソニアジドの予防投与など,注意を払う必要がある.筆者らの施設では,初回投与開始前にツベルクリン反応試験を行い,20mm以上ならイソニアジドの予防投与を行っている.全身じんま疹が出現したときには,投与時反応(infusionreaction)としてアナフィラキシー反応による気道狭窄に移行する恐れがあるため,注意深い経過観察が必要である.全身じんま疹時に,直後に内服投与する抗ヒスタミン薬でも効果がない場合は,ヒド隔で行う.筆者らの施設では,化学療法センターで行っており,臨床系医師が常駐している.わが国ではすでに500例を超える症例に投与され,レミケードR使用成績調査の中間報告(PMS)では,インフリキシマブ導入224例中,投与6カ月および12カ月で改善,やや改善を加えると85%以上に有効であった(図6)9).典型的な症例の眼底写真を図7に示す.図7aは,インフリキシマブ投与前の眼底であり,視神経乳頭直上からの新生血管が破綻し,硝子体出血をきたしていた.投与6カ月後には,新生血管は退縮し,硝子体出血も軽快した(図7b).このように高い有効性が認められ,既存の治療法と比較して明らかにBehcet病の改善度が高い.インフリキシマブの安全性はかなり高く,じんま疹などの皮膚障害や感染症,縦隔障害などが軽度認められるものの,使用成績調査(全例調査)の中間報告より9)改善62.2%不変10.8%やや改善24.3%改善66.4%不変8.6%やや改善22.9%悪化2.1%悪化2.7%12カ月後(評価例数:74例)●全般改善度6カ月後(評価例数:140例)図6レミケードR使用成績調査の中間報告(PMS)図8インフリキシマブ投与によるinfusionreactionソル・コーテフR100mg投与前(a),投与15分後(b).abab図7インフリキシマブ投与前後のBehcet病患者の眼底所見a:投与前,b:投与6カ月後.1344あたらしい眼科Vol.27,No.10,2010(22)ンフリキシマブの副作用として最もよく起こりうるのが,投与開始から1年以上経過してから発生することがあるinfusionreactionである.投与時反応は局所的なじんま疹や発熱,関節痛など多岐にわたるが,注意しなければならないのが,全身じんま疹や呼吸困難である.局所的な投与時反応なら抗ヒスタミン薬の内服および点滴速度の緩和で対処可能であるが,全身性の投与時反応の出現時には先ほども述べたように,ヒドロコルチゾン100mg点滴静注を行う.局所におけるinfusionreactionを認めた場合には次回投与3日前と投与後2日間,抗ヒスタミン薬の投与を行うだけで良いが,全身性の投与時反応の場合は,プレドニゾロンを投与3日前から投与後2日間の計5日間,20mg/日の量で予防内服を行う.投与時反応が出現したときは,ただちにインフリキシマブ投与経験の豊富な内科医にコンサルトして,今後の投与方針を話し合う必要がある.インフリキシマブの投与を続けた際,いつまで投与するのか,ということが将来的な問題になる.慢性関節リウマチを例にするなら徐々に投与間隔を開けることも考えられるが,どのような場合で再発する危険性があるのか全国レベルで調査することが必要だと思われる.ロコルチゾン(ソル・コーテフR)100mgを15分程度で点滴静注する.すると,投与後15分から20分程度で,じんま疹は軽快する(図8).このような症例は,当施設でも26例中1例のみであるが,発生してしまった場合は膠原病を専門とする内科医と連携をとり,今後もインフリキシマブを継続するのか,継続するならプレドニゾロンの内服を短期間,投与前後に行うのかを相談する必要がある.VIIインフリキシマブ治療の今後の展望インフリキシマブはBehcet病に対して非常に効果的な生物製剤であるため,既存治療で効果不十分であると判定するまでに視機能の改善がむずかしくなる場合,たとえば,くり返す黄斑部の炎症発作などには,早期にインフリキシマブを導入したほうが良いと筆者らは考えている.安全に投与するための工夫として,感染症対策をしっかりたてることが肝要である.たとえば,B型肝炎ウイルス,梅毒,真菌感染に対するチェック,胸部X線やツベルクリン反応試験だけではなく,血清抗TBGL(tuberculo-glycolipid)抗体もしくはクォンティフェロン測定を用いた結核スクリーニングを必ず行うべきである.高齢者では,インフリキシマブ投与により,肺炎球菌感染のリスク上昇も懸念されるため,予防ワクチンを行うかどうか検討が必要である.もし,少しでも感染症を疑うようなことがあったら,インフリキシマブの使用経験の多い膠原病を専門とする内科医に相談し,連携をとったほうが良いと思われる.インフリキシマブ治療中の併用療法については,眼科レベルにおいて施設間でまちまちで,単独投与が良いのか,シクロスポリンとの併用療法が良いのか結論が出ていない.当施設では,臨床治験段階においてインフリキシマブ単独投与で治療効果が認められていることから,初回はインフリキシマブ単独投与を行い,効果が弱いようなら他剤の追加投与を行う方式をとっている.一方,数は少ないが,インフリキシマブ無効例や効果減弱例は1割前後に存在する.効果減弱例に対しては,投与8週間隔のところを7週間隔に縮めたりしており,効果がはっきりしない症例に対しては,投与間隔の短縮を行うのと同時に,コルヒチンやシクロスポリンなど他剤の併用療法を必ず行っている.イ■用語解説■T細胞type1(Th1):サイトカインの一種であるIL-2,IFN-g,TNF-aなどを産生するT細胞のタイプである.Behcet病の活動期に多いという報告があり,他にIL-17を産生するTh17も最近注目されている.反対に,アレルギー時に多くみられるIL-4やIL-10などを産生する細胞をTh2と規定している.キメラ抗体:ヒトの成分だけではなく,より薬理作用が強くなるようにマウス成分を遺伝子組換え技術で組み込んだ抗体.生物製剤では同様な手法で作製されたものが他にも存在する.投与時反応(infusionreaction):アナフィラキシー反応の一種.インフリキシマブはキメラ抗体のためか,infusionreactionが起きる可能性がある.軽度なものでは,局所的なじんま疹や発熱,関節痛などがあげられるが,注意しなければならないのが,全身じんま疹や気道閉塞に伴う呼吸困難である.重症例では,ソル・コーテフR100mgを至急点滴静注する.あたらしい眼科Vol.27,No.10,20101345おわりにBehcet病に対する新しい生物製剤であるインフリキシマブの概略を述べた.インフリキシマブは,従来のBehcet病治療薬にない優れた治療効果が期待でき,以前に比べて失明する患者が激減する可能性が高い.しかし,ごく少数ではあるがinfusionreactionに代表される全身性の副反応が起きる可能性があり,インフリキシマブ投与経験が豊富な内科医との連携を含めた幅広い対処が必要である.文献1)西田朋美,水木信久:ベーチェット病.すぐに役立つ眼科診療の知識.基礎からわかるぶどう膜炎(水木信久編),金原出版,20062)MizukiN,MeguroA,OtaMetal:Genome-wideassociationstudiesidentifyIL23R-IL12RB2andIL10asBehcet’sdiseasesusceptibilityloci.NatGenet2010,inpress3)RemmersEF,CosanF,KirinoYetal:Genome-wideassociationstudyidentifiesvariantsintheMHCclassI,IL10,andIL23R-IL12RB2regionsassociatedwithBehcet’sdisease.NatGenet,2010,inpress4)中村聡,杉田美由紀,田中俊一ほか:ベーチェット病患者における末梢血単球のinvitrotumornecrosisfactoralpha産生能.日眼会誌96:1282-1285,19925)MegeJL,DilsenN,SanguedolceVetal:Overproductionofmonocytederivedtumornecrosisfactoralpha,interleukin(IL)6,IL-8andincreasedneutrophilsuperoxidegenerationinBehcet’sdisease.AcomparativestudywithfamilialMediterraneanfeverandhealthysubjects.JRheumatol20:1544-1549,19936)NakamuraS,YamakawaT,SugitaMetal:Theroleoftumornecrosisfactor-alphaintheinductionofexperimentalautoimmuneuveoretinitisinmice.InvestOphthalmolVisSci35:3884-3889,19947)OhnoS,NakamuraS,HoriSetal:Efficacy,safety,andpharmacokineticsofmultipleadministrationofinfliximabinBehcetdiseasewithrefractoryuveoretinitis.JReumatol31:1362-1368,20048)河合太郎,多月芳彦:Behcet病による難治性網膜ぶどう膜炎に対する抗ヒトTNFaモノクローナル抗体レミケードRの有効性と安全性.眼薬理23:11-17,20099)レミケードR点滴静注用100ベーチェット病による難治性網膜ぶどう膜炎適正使用情報.使用成績調査(全例調査)の中間報告.田辺三菱製薬(株)社内資料,2009年10月(23)

黄斑浮腫に対する局所ステロイド薬治療

2010年10月29日 金曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY子体手術により増殖性網膜疾患の治療成績が上がれば上がるほど,黄斑浮腫による視力低下が問題とされるようになった.その間,黄斑浮腫の治療は,網膜光凝固が中心であった.この方法では,一定の効果は得られるものの,満足のいくものではなかった.1990年代から,分子生物学的手法が,基礎研究のみならず臨床研究にも用いられるようになり,病態の解明・理解が飛躍的に進歩した.黄斑浮腫研究においても,原因物質が数多く同定されるようになったことは特筆すべきことである.特に重要なものは血管内皮増殖因子(vascularendothelialgrowthfactor:VEGF),インターロイキン-6(IL-6),intercellularadhesionmolecule-1などであった.原因物質が特定されれば,その事実に基づいた新規治療法が開発されるのは当然のことであり,さまざまな薬物治療法の開発研究が進められた.そのなかで,今日的意味での網膜疾患治療に最初に用いられた薬物が副腎皮質ステロイド薬である.II副腎皮質ステロイド薬の作用機序副腎皮質ステロイド薬は,古くから抗炎症薬として使われてきた1).これら副腎皮質ステロイド薬は,炎症反応のさまざまな過程に作用するが,その代表的作用機序としては,転写因子NF-kBを抑制することが知られている2).NF-kBは,サイトカインのみならずintercellularadhesionmolecule-1やプロスタグランジンなどの多くの炎症関連物質の産生の鍵となる転写因子であるたはじめに黄斑浮腫とは,さまざまな原因により黄斑部網膜の細胞内,細胞外に液体成分が貯留する病態のことをいう.おもな原因疾患には,糖尿病網膜症(DME),網膜静脈閉塞症,ぶどう膜炎,加齢黄斑変性があげられる.現在では,硝子体手術などの進歩により,以前のように糖尿病網膜症,網膜静脈閉塞症の増悪が止まらずに,網膜増殖性変化を起こして牽引性網膜.離に移行して失明するケースは減少した.しかし,解剖学的には網膜.離は治癒しても,黄斑浮腫のために,深刻な視力障害が遷延することは少なくない.その意味で,黄斑浮腫の克服は,現代眼科学の大きなテーマといえる.黄斑浮腫の原因は多岐にわたっており,単一症例でも複数の要因が絡み合っていることが多い.そのため,黄斑浮腫の薬物治療の効果には懐疑的な見方もあったが,昨今の結果をみると,薬物治療は明らかに有効である.本稿では,網膜疾患薬物治療のうち,局所副腎皮質ステロイド薬治療について,現在の考え方などを紹介する.I歴史的背景網膜はきわめて脆弱な組織であり,薬物を直接硝子体内に投与するのは,感染性眼内炎などの特殊なケースに限られるという考え方は,1980年代まで強かった.特に,眼内炎治療に用いたアミノグリコシド系薬剤硝子体内注射が,予想外に強い網膜毒性を示したため,多くの眼科医は硝子体注射に慎重な姿勢を取った.しかし,硝(11)1333*TaijiSakamoto:鹿児島大学大学院医歯学総合研究科眼科学講座〔別刷請求先〕坂本泰二:〒890-8520鹿児島市桜ヶ丘8-35-1鹿児島大学大学院医歯学総合研究科眼科学講座特集●眼科薬物療法の新たな展開あたらしい眼科27(10):1333.1337,2010黄斑浮腫に対する局所ステロイド薬治療LocalCorticosteroidTherapyforMacularEdema坂本泰二*1334あたらしい眼科Vol.27,No.10,2010(12)も導入されていることはご承知のとおりである.それらは単一分子に作用するので,原因因子が限られていれば効果的なはずである.しかし,糖尿病網膜症のように,さまざまな要因で構成される疾患の治療には,むしろさまざまな生体反応に影響する副腎皮質ステロイド薬のほうが有効ではないかと考えられる.筆者らの経験でも,糖尿病黄斑浮腫(DME)に対する治療の早期効果は,抗VEGF薬よりも副腎皮質ステロイド薬のほうが優れていた8)(図1).III黄斑浮腫治療に副腎皮質ステロイド薬が使用されている網膜疾患1.糖尿病黄斑浮腫(DME)糖尿病網膜症治療に副腎皮質ホルモン薬を使う治療法は,1960年代から報告されていたが,効果より副作用のほうが強いため,1990年代後半までは,ほとんど顧みられなかった.Jonasらは,糖尿病網膜症の治療に硝子体内トリアムシノロン投与を初めて報告した9).当初は反対意見も強かったが,実際に本法で治療すると,視力や網膜浮腫が劇的に改善するため,本治療は急速に広まっていった15.18).Jonasらは,DME眼では,視力は治療後1週目から改善し,1カ月では81%の眼に有意な改善が得られると報告している10,11).他の報告もほぼ同様で,55%から85%の眼に有意な視力改善が得られている10.14).一方,網膜厚に関しては,報告により評価法の差があるため,視力と同じように単純に比較することはできないが,70%程度に改善がみられるようである.さらに,本治療は病的に亢進した網膜血管透過性も改善するし,網膜硬性白斑も減少させる13).ただし,これらの効果も多くは一過性である.Jonasらはこの効果は7カ月間持続するとしているが,それ以外の報告では,治療後半年で効果減弱が明らかになっている11,14).眼内に投与量により差があるが,硝子体内注射の場合,半年程度で効果は消失する.a.Diabeticretinopathyclinicalresearchnetwork(DRCR)DMEに対する副腎皮質ステロイド薬治療の有効性は,症例観察報告によるものがほとんどであったが,それらをメタアナリシスした結果,少なくとも短期的にはめ,NF-kBを抑制する副腎皮質ステロイドは,黄斑浮腫や炎症性網膜疾患などに関連する多くの因子の産生を抑制する3,4).最近報告されたVEGF産生抑制作用にも同様のメカニズムが働いたと考えられる5,6).一方,副腎皮質ステロイド薬は,VEGFにより誘発された血液眼関門の破綻を抑制する作用もある7).VEGFによる血液眼関門の破綻は,黄斑浮腫の大きな原因であり,それを抑制する作用は,そのまま副腎皮質ステロイド薬の治療作用となりうる.現在,抗VEGF薬などの分子標的薬が,眼科臨床に650600550500450400350300BaselineA:DME/IVTA黄斑厚(μm)1h3h6h24h1W1M***********650600550500450400350300BaselineB:DME/IVB黄斑厚(μm)1h3h6h24h1W1M******図1糖尿病黄斑症に対する硝子体注射後の黄斑厚の経時的変化IVTA1時間後から有意に黄斑厚が減少している(A).一方,IVBでは24時間後に初めて有意な減少を認めた(B).IVTA:トリアムシノロン硝子体注射,DME:糖尿病黄斑症,IVB:抗VEGF薬アバスチン硝子体内注射.*:p<0.05,**:p<0.01.(文献8より改変)(13)あたらしい眼科Vol.27,No.10,20101335ranibizumab群と網膜光凝固+IVTA群は,ほぼ同様の治療効果を示した.つまり,IVTAはDME治療だけに限れば,抗VEGF薬ranibizumabとほぼ同程度の効果が期待できるという点である.今後,ranibizumab無効症例にIVTAが有効である可能性がある点,およびranibizumab治療がきわめて高額である点を考えると,副腎皮質ステロイド薬はDME治療に一定の地位を占めるとされた18).b.網膜光凝固治療の補助治療としての副腎皮質ステロイド薬DME治療に,網膜光凝固治療が有効であることは確立された事実である.しかし,多くの症例において,網膜光凝固後に黄斑浮腫が増悪したり,遷延したりすることが経験される.この原因については,はっきりとした結論が得られていなかったが,最近,網膜光凝固後の硝子体内において,IL-6やRegulateduponActivation,NormalTcellExpressedandSecreted(RANTES)といった炎症性サイトカインやケモカイン濃度が上昇することが報告され,それらが網膜光凝固後の黄斑浮腫を誘発すると考えられるようになった19).IL-6やRANTES産生は副腎皮質ステロイド薬で抑制されるので,網膜光凝固治療前後にそれを投与しておけば,黄斑浮腫は予防できるはずである.Shimuraらは,網膜光凝固の前にトリアムシノロンTenon.下注射を行うことにより,一過性の黄斑浮腫を有意に抑制することを報告した20).治療後の視力低下は,仮に一過性であっても,患者を不安に陥れ,はなはだしい場合は医師-患者間の良好な関係を損なうこともある.それを防ぐために,網膜光凝固周術期における副腎皮質ステロイド薬使用は,一考の価値がある.2.網膜静脈閉塞症網膜静脈閉塞症は,糖尿病網膜症についで頻度の高い血管原性網膜疾患である.本疾患においては,出血自体による急性の組織破壊,および黄斑浮腫が遷延することによる慢性の組織破壊により,視力低下する.急性の組織破壊は,ほとんどが一瞬にして完成するので治療対象になりえないが,慢性組織破壊の原因である黄斑浮腫は治療対象になりうる.そこで,網膜中心静脈閉塞症有効性があることが確認された15).そこで,本治療の有効性を科学的に検証する必要性が広く認識されるようになり,DMEに対するトリアムシノロン硝子体注入療法(IVTA)と局所/格子状網膜光凝固の第3相大規模ランダム化比較試験が,DRCRというグループ主導で米国全土において行われた16).それによれば,視力に関してのIVTAの効果は限定的であり,長期的には光凝固に勝るものではないというものであった.副腎皮質ステロイド薬によるDMEの治療に対しての期待が大きかっただけに,この結果は眼科医,製薬業界,患者に大きな衝撃を与えた.2010年に入ると,DRCRからさらに重要な報告がされた17).それは,網膜光凝固のみ,網膜光凝固+抗VEGF薬ranibizumab,網膜光凝固+IVTAの治療効果を2年間にわたって追跡した研究結果報告である.それによれば,治療開始2年後に最も視力が向上したのは,網膜光凝固+抗VEGF薬ranibizumab群であり,網膜光凝固のみ群あるいは網膜光凝固+IVTAを併用した群は,視力改善が最も不良であった(図2).つまり,糖尿病黄斑浮腫治療にIVTAを用いるのは,意味はなく,副作用を考えるとむしろ有害ということを意味する.ところが,本研究の優れた点は,眼内レンズ眼に限定した追加解析を行った点である.よく知られているように,IVTAには白内障誘発作用があり,IVTA群はそのために視力低下した可能性があるからである.その結果,眼内レンズ挿入眼においては,網膜光凝固+抗VEGF薬706560555004M8M12M16M20M24MLetterscoreによる視力中間値図2治療後の視力変化治療後4カ月には4mgトリアムシノロン群の視力が良いが,1年を過ぎるとレーザー治療群のほうが良くなり,2年後には有意にレーザー治療群のほうが良かった.4mgトリアムシノロン群(●),1mgトリアムシノロン群(□),レーザー治療群(▲).(文献16,Figure2を改変)1336あたらしい眼科Vol.27,No.10,2010(14)2.眼圧上昇IVTA後の眼圧上昇については,報告により異なるが,28.42%の眼が,投与から3カ月以内に眼圧が上昇する.投与前眼圧が,15mmHgより高い眼は,眼圧が上がりやすい28).緑内障眼のほうが,眼圧上昇しやすいという証拠はないが,開放隅角緑内障眼にはステロイドレスポンダーが含まれる割合が高いということを考慮すると,緑内障眼への本法の適応は注意する必要がある.ほとんどの眼は,一時的に点眼薬を用いることでコントロール可能である.3.白内障副腎皮質ステロイド治療の合併症として古くから知られたものである.IVTA後24カ月までに,25%近くの眼に白内障が進行するという報告がある29).しかし,筆者らの経験では,1年で90%以上の眼に核白内障の進行がみられた30).日本人の特徴かもしれない.おわりに抗VEGF薬の目覚ましい効果とそのエビデンスに目を奪われて,黄斑浮腫の薬物治療は抗VEGF薬以外は消え去るかのように考える向きもある.しかし,癌治療分野では,新規薬物の侵襲を和らげるために副腎皮質ステロイド薬は欠くことのできない薬物である.今後,新しい治療が現れても,副腎皮質ステロイド薬は黄斑浮腫治療薬の一つとして使い続けられると思われる.文献1)DiassiPA,HorovitzZP:Endocrinehormones.AnnuRevPharmacol10:219-236,19702)DidonatoJA,SaatciogluF,KarinM:Molecularmechanismsofimmunosuppressionandanti-inflammatoryactivitiesbyglucocorticoids.AmJRespirCritCareMed154(2Pt2):S11-15,19963)WissinkS,vanHeerdeEC,vandderBurgBetal:AdualmechanismmediatesrepressionofNF-kappaBactivitybyglucocorticoids.MolEndocrinol12:355-363,19984)TsujikawaA,OguraY,HiroshibaNetal:Retinalischemia-reperfusioninjuryattenuatedbyblockingofadhesionmoleculesofvascularendothelium.InvestOphthalmolVisSci40:1183-1190,19995)EdelmanJL,LutzD,CastroMR:Corticosteroidsinhibit(CRVO)や網膜静脈分枝閉塞症(BRVO)の際の黄斑浮腫に,副腎皮質ステロイド薬治療が行われている.硝子体内注射は,非虚血型CRVOに効果があり,70%の症例の視力が改善した21,22).しかも,本疾患の回復に重要な側副血行路の再生は抑制されなかった.ただし,この効果も6カ月間に限られ,1年後には多くの症例が再発した.BRVOに対する大規模臨床試験(SCOREstudy)本研究は,DMEに対するDRCRnetworkと同じように,米国で行われた大規模ランダム化比較試験である[StandardCarevsCorticosteroidforRetinalVeinOcclusion(SCORE)study]23).BRVOに対して,標準治療群,1mgIVTA群,4mgIVTA群に分けて,視力変化を1年間追跡したものである.その結果,一時的にIVTA群のほうが,視力は良いものの,1年後の結果をみると,標準治療を有意に凌駕するものではなかった.副作用などのことを考えると,標準治療のほうが勧められると結論付けた.ただし,DRCR研究のように,白内障の影響を除くために特別な解析は行われていない.筆者らの経験では,網膜静脈閉塞症に伴う黄斑浮腫治療には,抗VEGF薬のほうが,IVTAより早期に効果があった8).IV合併症1.眼内炎Moshfeghiは,外来でIVTAを行った眼の0.87%に眼内炎が発症し,発症した8眼のうち3眼が光覚を失ったという驚くべき結果を報告した24).それに反して,Jonasらは,硝子体内注射でもきちんと消毒を行って施行すれば,眼内炎の頻度は増加していないと報告した25).日本で行われた調査では,眼内炎頻度が明らかに高いということはなかった26).この問題を複雑にしているのは,IVTAの後に,無菌性眼内炎が起こることがある点である.著しい前房混濁,前房蓄膿,硝子体混濁,視力低下がみられ,注射翌日に発症することが多い.充血,痛みなどの症状はほとんどなく,無治療でも自然に回復する27).病原菌性眼内炎との区別は簡単ではないので,判断に迷うなら病原菌性眼内炎として治療を始めるべきである.(15)あたらしい眼科Vol.27,No.10,2010133718)DolginE:Invisiontrial,someresearcherswouldratherseedouble.NatMed16:611,201019)ShimuraM,YasudaK,NakazawaTetal:Panretinalphotocoagulationinducespro-inflammatorycytokinesandmacularthickeninginhigh-riskproliferativediabeticretinopathy.GraefesArchClinExpOphthalmol247:1617-1624,200920)ShimuraM,NakazawaT,YasudaKetal:Pretreatmentofposteriorsubtenoninjectionoftriamcinoloneacetonidehasbeneficialeffectsforgridpatternphotocoagulationagainstdiffusediabeticmacularoedema.BrJOphthalmol91:449-454,200721)BashshurZF,Ma’lufRN,AllamSetal:Intravitrealtriamcinoloneforthemanagementofmacularedemaduetononischemiccentralretinalveinocclusion.ArchOphthalmol122:1137-1140,200422)IpMS,GottliebJL,KahanaAetal:Intravitrealtriamcinoloneforthetreatmentofmacularedemaassociatedwithcentralretinalveinocclusion.ArchOphthalmol122:1131-1136,200423)ScottIU,IpMS,VanVeldhuisenPCetal;SCOREStudyResearchGroup:Arandomizedtrialcomparingtheefficacyandsafetyofintravitrealtriamcinolonewithstandardcaretotreatvisionlossassociatedwithmacularedemasecondarytobranchretinalveinocclusion:theStandardCarevsCorticosteroidforRetinalVeinOcclusion(SCORE)studyreport6.ArchOphthalmol127:1115-1128,200924)MoshfeghiDM,KaiserPK,ScottIUetal:Acuteendophthalmitisfollowingintravitrealtriamcinoloneacetonideinjection.AmJOphthalmol136:791-796,200325)JonasJB,KreissigI,DegenringRF:Endophthalmitisafterintravitrealinjectionoftriamcinoloneacetonide.ArchOphthalmol121:1663-1664,200326)坂本泰二,樋田哲夫,田野保雄ほか:眼科領域におけるトリアムシノロン使用状況全国調査結果.日眼会誌111:936-945,200727)NelsonML,TennantMT,SivalingamAetal:Infectiousandpresumednoninfectiousendophthalmitisafterintravitrealtriamcinoloneacetonideinjection.Retina23:686-691,200328)GilliesMC,SimpsonJM,BillsonFAetal:Safetyofanintravitrealinjectionoftriamcinolone:resultsfromarandomizedclinicaltrial.ArchOphthalmol122:336-340,200429)ItoM,OkuboA,SonodaYetal:Intravitrealtriamcinoloneacetonideforexudativeage-relatedmaculardegenerationamongjapanesepatients.Ophthalmologica220:118-124,2006VEGF-inducedvascularleakageinarabbitmodelofblood-retinalandblood-aqueousbarrierbreakdown.ExpEyeRes80:249-258,20056)MatsudaS,GomiF,OshimaYetal:VascularendothelialgrowthfactorreducedandconnectivetissuegrowthfactorinducedbytriamcinoloneinARPE19cellsunderoxidativestress.InvestOphthalmolVisSci46:1062-1068,20057)EdelmanJL,LutzD,CastroMR:CorticosteroidsinhibitVEGF-inducedvascularleakageinarabbitmodelofblood-retinalandblood-aqueousbarrierbreakdown.ExpEyeRes80:249-258,20058)SonodaY,ArimuraN,ShimuraMetal:Earlychangeofcentralmacularthicknessafterintravitreoustriamcinoloneorbevacizumab.Retina,inpress9)JonasJB,HaylerJK,SofkerAetal:Intravitrealinjectionofcrystallinecortisoneasadjunctivetreatmentofproliferativediabeticretinopathy.AmJOphthalmol131:468-471,200110)JonasJB,KreissigI,SofkerAetal:Intravitrealinjectionoftriamcinolonefordiffusediabeticmacularedema.ArchOphthalmol121:57-61,200311)JonasJB,DegenringRF,KamppeterBAetal:Durationoftheeffectofintravitrealtriamcinoloneacetonideastreatmentfordiffusediabeticmacularedema.AmJOphthalmol138:158-160,200412)CiardellaAP,KlancnikJ,SchiffWetal:Intravitrealtriamcinoloneforthetreatmentofrefractorydiabeticmacularoedemawithhardexudates:anopticalcoherencetomographystudy.BrJOphthalmol88:1131-1136,200413)BakriSJ,BeerPM:Intravitrealtriamcinoloneinjectionfordiabeticmacularedema:aclinicalandfluoresceinangiographiccaseseries.CanJOphthalmol39:755-760,200414)MassinP,AudrenF,HaouchineBetal:Intravitrealtriamcinoloneacetonidefordiabeticdiffusemacularedema:preliminaryresultsofaprospectivecontrolledtrial.Ophthalmology111:218-224,200415)GroverD,LiTJ,ChongCC:Intravitrealsteroidsformacularedemaindiabetes.CochraneDatabaseSystRev,2008Jan23;(1):CD00565616)DiabeticRetinopathyClinicalResearchNetwork:Arandomizedtrialcomparingintravitrealtriamcinoloneacetonideandfocal/gridphotocoagulationfordiabeticmacularedema.Ophthalmology115:1447-1449,200817)DiabeticRetinopathyClinicalResearchNetwork:Randomizedtrialevaluatingranibizumabpluspromptordeferredlaserortriamcinolonepluspromptlaserfordiabeticmacularedema.Ophthalmology117:1064-1077,2010

抗VEGF剤

2010年10月29日 金曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPYがある.一方,VEGFは血管透過性亢進因子(VPF:vascularpermeabilityfactor)としての側面ももっている.VEGFとVPFは別々の分子として発見され,その後のクローニングにより同一の分子であることが判明したという歴史的背景がある.したがって,糖尿病・網膜静脈閉塞症などに伴ってVEGFが産生されると,網膜血管の血管透過性が亢進することにより黄斑浮腫は形成され,中心視力の低下に至る.II眼疾患におけるVEGFの阻害のストラテジー網膜の細胞に虚血などの変化が生じると細胞内のシグナルにより,VEGFが組織中に分泌される.分泌されたVEGFは血管内皮細胞上に発現されているレセプターに結合し,チロシンキナーゼのリン酸化が生じる.その後,種々のカスケードを伝わって,最終的には血管新生の誘導・透過性の亢進に繋がる1).VEGFを介するこのような一連の働きを阻害するためには,VEGF産生の抑制を目的としたストラテジー,産生されたVEGFがレセプターに結合するのを阻害することを目的としたストラテジー,VEGFがレセプターに結合したのちのシグナルが伝わるのを阻害することを目的としたストラテジーに分けることができる.また,違ったストラテジーをもつ薬剤を併用することにより,さらに,効果が増強される可能性もある.I眼疾患におけるVEGFのはたらき治療法の進歩に伴ってこれまで治療が困難であった種々の病態が治療可能となってきた.しかし,現在でも治療に難渋することの多い病態として,網膜・脈絡膜新生血管・黄斑浮腫・血管新生緑内障をあげることができる.これらの病態に血管内皮増殖因子(VEGF:vascularendothelialgrowthfactor)が最も深く関わっていることは近年の研究から疑う余地はない.近年,この分子をターゲットとした治療薬が盛んに開発され,すでに実用化されている薬剤もある(表1).VEGFは生理的な血管形成においても重要な働きをもった分子である.それは,VEGFノックアウトマウスはヘテロ接合体でも胎生致死に至ることからもわかる.そのほか,加齢・糖尿病・網膜虚血などの病的な状態でもVEGFは盛んに分泌され,血管新生を誘導する.代表的な疾患としては増殖糖尿病網膜症・未熟児網膜症・加齢黄斑変性・血管新生緑内障などがある.増殖糖尿病網膜症・未熟児網膜症では網膜の虚血に伴い,VEGFが産生され,網膜の血管新生・線維血管増殖が生じる.加齢黄斑変性は網膜色素上皮・Bruch膜の加齢変化・慢性炎症などにより,視細胞・網膜色素上皮細胞などからVEGFが産生され,脈絡膜新生血管が誘導される結果,中心視力の低下を伴う.また,糖尿病網膜症や網膜中心静脈閉塞症では網膜の広汎な虚血により隅角に血管新生が生じると,血管新生緑内障を発症すること(3)1325*AkitakaTsujikawa:京都大学大学院医学研究科視覚病態学〔別刷請求先〕辻川明孝:〒606-8507京都市左京区聖護院川原町54京都大学大学院医学研究科視覚病態学特集●眼科薬物療法の新たな展開あたらしい眼科27(10):1325.1331,2010抗VEGF剤Anti-VEGFAgent辻川明孝*1326あたらしい眼科Vol.27,No.10,2010(4)VEGF産生の抑制を目的としたストラテジーのターゲットとしてはセリン/チロシンキナーゼであるmTOR(mammaliantargetofrapamycin),HiF-1a(hypoxiainduciblefactor-1a)などが注目されている.また,血管内皮細胞内でシグナルが伝わるのを阻害することを目的としたストラテジーとしてはチロシンキナーゼインヒビターが注目されている.一方,VEGFそのものを阻害するストラテジーでは組織中のVEGFもしくはそのレセプターをターゲットとしている.VEGFには5つのアイソフォームが知られている.そのうち,眼内での血管新生・透過性亢進に関与するのは主にVEGF165とVEGF121である(図1).おおざっぱに分けるのであれば,VEGF121は生理的な血管形成に主要な役割を果たし,VEGF165は病的な血管形成に関与していると考えることができる.VEGFのレセプターにはVEGFR-1(FLT1)とVEGFR-2(KDL)があり,血管内皮細胞の分裂にはVEGFR-2が関与している.VEGFは二量体を形成しており,VEGFR-2と結合する際に,VEGF165と特異的に結合するneuropilin-1とも共結合することにより,VEGFの血管内皮細表1VEGF阻害薬一般名PegaptanibLanibizumabBevacizumabAflibercept商品名MacugenRLucentisRAvastinRVEGFTrap-Eye製剤アプタマー改変Fabフラグメント抗体可溶性蛋白ターゲットVEGF165VEGFVEGFVEGF,PIGF分子量50kD50kD150kD115kD投与方法硝子体内注入硝子体内注入硝子体内注入硝子体内注入特徴VEGF121は阻害しないので安全性が高いといわれている.滲出型加齢黄斑変性に対する治療効果は高い.脳血管障害のリスクが増加するとの解析結果もある.新生血管・黄斑浮腫に対する治療効果は高い.血中での半減期が長く,全身的な副作用のリスクがある.硝子体中での半減期が長く,投与間隔を長くできる可能性がある.日本での眼科適応中心窩CVNを伴った滲出型加齢黄斑変性中心窩CVNを伴った滲出型加齢黄斑変性なしなし日本での現状脳血管障害の既往のある場合になどには用いられることも多い.中心窩CVNを伴った滲出型加齢黄斑変性に対しては第一選択になることが多い.MacugenR,LucentisRの眼科適応のない疾患に対しては多く用いられている.用いることはできない.開発現状糖尿病黄斑浮腫に対する臨床試験が予定されている.糖尿病黄斑浮腫,網膜中心静脈閉塞症,網膜静脈分枝閉塞症に対する第3相臨床試験が進行中.滲出型加齢黄斑変性に対するCATTstudyが進行中.滲出型加齢黄斑変性,網膜中心静脈閉塞症に対する国際共同第3相臨床試験が進行中.糖尿病黄斑浮腫に対する第2相臨床試験が進行中.VEGFR-1VEGF165血管内皮細胞VEGF121Neuropilin-1VEGFR-2視細胞・網膜色素上皮細胞・グリア細胞など図1VEGFのアイソフォームとレセプター眼内での血管新生・透過性亢進に関与するのは主にVEGF165とVEGF121である.VEGF121は生理的な血管新生に主要な役割を果たし,VEGF165は病的な状態に関与している.VEGFのレセプターはVEGFR-1とVEGFR-2があり,血管内皮細胞の分裂にはVEGFR-2が関与している.VEGFR-2と結合する際に,VEGF165と特異的に結合するneuropilin-1とも共結合することにより,VEGFの血管内皮細胞への作用は増強される.(文献1を改変)(5)あたらしい眼科Vol.27,No.10,20101327る.また,糖尿病黄斑浮腫に対する臨床試験が予定されている.IVRanibizumab(LucentisR)とBevacizumab(AvastinR)Bevacizumab(AvastinR)はマウス由来の抗VEGF抗体として転移性大腸癌・結腸癌などに対して臨床使用されている.しかし,全長の抗VEGF抗体AvastinRは分子量が大きく(150kD),硝子体内注入した場合に新生血管への移行が悪いと考えられ,抗VEGF抗体のFabフラグメントからより小さな分子量(50kD)の誘導体としてLucentisRが開発された(図2).LucentisRはVEGFアイソフォームに対する特異性はなく,すべてのアイソフォームのVEGFを阻害する.さらに,アミノ酸配列を改変し,VEGFへの親和性はAvastinRよりも高くなっている.LucentisRは2006年にFDAの承認,わが国でも2009年に中心窩下脈絡膜新生血管を伴った加齢黄斑変性に対して認可を受けて,現在,第一選択の薬剤として用いられている.LucentisRの滲出型加齢黄斑変性への治療効果について,欧米でのMARINA4),FOCUS,ANCHOR5)studyなどの大規模多施設臨床研究がなされている.脈絡膜新生血管のサブタイプにかかわらず,LucentisRを4週間ごとに硝子体注入を続けることにより既存の治療法より胞への作用は増強される.IIIPegaptanib(MacugenR)MacugenRは眼科領域で最初に承認された抗VEGF剤であり,2004年にFDA(米国食品・医薬品局)の承認を受け,わが国でも2008年から中心窩下脈絡膜新生血管を伴った加齢黄斑変性に対して認可されている.前述のように,眼内ではVEGF121は生理的な機能が強く,脈絡膜新生血管の形成・維持にはVEGF165の関与が強い.MacugenRはVEGF165に対して選択的に結合するように作製されたアプタマー製剤である.ランダムな配列のオリゴヌクレオチドのライブラリーからVEGF165に対して選択的に結合するリガンドを選別して作製する.MacugenRの基本構造は28塩基からなるRNAであり,半減期を延長する目的で高分子ポリエチレングリコールを5末端に付加されており,分子量はほぼ50kDである.MacugenRは硝子体内注入で使用されるが,臨床上は6週間ごとの使用が推奨され,LucentisR,AvastinRに比べると投与間隔が長い.しかも,VEGF165に選択的に結合し,生理的なVEGF121の作用は阻害しないため,安全性が高いことが推測されている.しかし,脈絡膜新生血管に対する治療効果を検討したVISIONstudy2)では,自然経過よりは視力予後は改善されるが,くり返し治療を行っても平均視力は低下している.LucentisR,AvastinRに比べると治療効果はマイルドであると考えられている.しかし,わが国での臨床試験ではMacugenRの硝子体注入で1年間視力は維持されており,欧米での結果よりは良好である.しかし,現在では滲出型加齢黄斑変性に対してはLucentisRが第一選択となることが多い.MacugenRは脳血管障害の既往がある患者などに対しては安全性を考慮して用いられることもある.また,抗VEGF剤はくり返し投与する必要があるので,導入期にはLucentisR,AvastinRなどの強力な薬剤を用いて病態を沈静化させ,その後の維持期には,安全性が高く投与間隔の長いMacugenRを用いる使用法も試みられている3).他疾患に対しては,MacugenRの網膜中心静脈閉塞症,網膜静脈分枝閉塞症に対する有効性が報告されてい図2Ranibizumab(LucentisR)とBevacizumab(AvastinR)Bevacizumab(AvastinR)はマウス由来の抗VEGF抗体である.LucentisRは抗VEGF抗体のFabフラグメントからより小さな分子量の誘導体として開発された.アミノ酸配列を改変し,VEGFへの親和性はAvastinRよりも高くなっている.(文献9を改変),O.O.,..LightchainHeavychainHumanizedFabフラグメントHumanizedFabフラグメント全長Humanized抗体(約149kD)Humanized抗体フラグメント(48kD)Humanized抗体の合成選択的結合能の向上FcFcBevacizumab(AvastinR)Ranibizumab(LucentisR)1328あたらしい眼科Vol.27,No.10,2010(6)VVEGFTrap.EyeMacugenR,LucentisRに続く第3の抗VEGF剤として期待されているのがaflibercept(VEGFTrap)である.VEGFTrapはVEGFR-1(FLT1)の細胞外イムノグロブリンドメイン2とVEGFR-2(KDR)の細胞外イムノグロブリンドメイン3とをヒトIgG1Fcとに結合させた可溶性融合蛋白で,VEGFだけでなく胎盤成長因子(PIGF)とも結合する(図3)11,12).VEGFTrapのVEGFとの結合能は非常に高い.VEGFTrapはすべてのアイソフォームのVEGF,血管増殖作用のあるPIGFなどとも結合することにより,これまでの製剤と比べて高い血管新生抑制効果が期待されている.また,Fcフラグメントで結合されていることにより,組織中での半減期が長くなっている.現在,中心窩下脈絡膜新生血管を伴った加齢黄斑変性に対する国際共同第3相臨床試験が行われている.LucentisRを対照とした非劣性試験であるが,投与間隔を長くすることができる可能性がある.そのほかにも,網膜中心静脈閉塞症に対して国際共同第3相臨床試験,糖尿病黄斑浮腫に対する第2相臨床試験が進行中である.も有意に視力改善効果があることが示された.しかも,初期の投与により大幅に視力が改善し,さらに毎月投与し続けることにより,視力改善効果が維持されている.しかし,その後の研究により,維持期のLucentisRの投与を3カ月間隔にすると,導入期の視力改善効果は失われることが報告された6).現実的には毎月の投与は患者側にとっても,医師側にとっても大変である.そこで,現在では導入期の3回の毎月投与に引き続いて,毎月診察し,滲出性変化や視力低下を認めた場合には再投与を行うという方針で一般的に治療が行われている7).また,糖尿病黄斑症,網膜静脈閉塞症に対しての臨床試験も現在行われており,今後使用できるようになる可能性がある.AvastinRは眼科領域での適応がないものの,加齢黄斑変性・網膜静脈閉塞症・未熟児網膜症・糖尿病網膜症・新生血管緑内障などさまざまな疾患に対しての有効性が報告されて,off-labelで用いられている8).臨床の場でもLucentisRに比べると安価であることもあり,世界中で用いられている9).大規模な比較試験は行われていないため,効果の違いは定かではないが,AvastinRの効果はLucentisRに劣らないのではないかと一般に考えられている.現在,滲出型加齢黄斑変性を対象とした大規模臨床研究CATTstudyが進行中であるが,結果が待たれるところである.AvastinR,LucentisRは硝子体内注入を行っても薬剤は血中にわずかに移行する.LucentisRはすべてのアイソフォームのVEGFを阻害するため,脳血管障害のリスクが上昇する可能性が報告されている10).しかし,LucentisRは血漿中での半減期は約半日であり,血中では速やかに分解される.一方,AvastinRは元来静脈内投与を目的とした薬剤であるため血中で分解されにくいように修飾されており,血中での半減期は約20日である.したがって,AvastinRの硝子体内投与を行った際の血中の濃度はLucentisRを投与した場合に比べて,100倍以上高くなるため全身的な副作用が懸念されている.実際,片眼にAvastinRの硝子体内注入を行っても,他眼にも効果がみられることが報告されている.図3VEGFTrap.EyeVEGFTrapはVEGFR-1の細胞外イムノグロブリンドメイン2とVEGFR-2の細胞外イムノグロブリンドメイン3とをヒトIgG1Fcとに結合させた可溶性融合蛋白で,VEGFだけでなく胎盤成長因子(PIGF)とも結合する.VEGFTrapのVEGFとの結合能は非常に高い.すべてのアイソフォームのVEGFと結合するだけではなく,血管増殖作用のあるPIGFなどとも結合する.また,Fcフラグメントで結合されていることにより,組織中での半減期が長くなっている.(文献11を改変)①②③④⑤⑥⑦VEGFR-1KinaseKd10~20pMKd<1pMKinaseKd100~300pMVEGFTrap②③Fc①②③④⑤⑥⑦VEGFR-2②③(7)あたらしい眼科Vol.27,No.10,20101329VIISiRNA細胞内ではDNAからmRNAが合成され,コードされた蛋白質が合成される.そこで,抗体などを用いて合成された蛋白質を抑制するのではなく,蛋白質を合成するためのmRNAをターゲットとした治療のほうが効率がよいことが推測される.mRNAをターゲットとしたストラテジーとして注目を集めているのがRNA干渉(RNAi)という現象である.RNAの断片を細胞内に導入すると特定の遺伝子の働きが抑制され,その結果,本来この遺伝子がコードする蛋白質が合成されなくなる.ターゲットとする蛋白質の情報をもったmRNAに対して結合するような20塩基程度の長さの二本鎖RNAを細胞内に投与すると,細胞内で一本鎖になった導入RNAはターゲットとされたmRNAに結合し,mRNAは分解されてしまう.抗体などを投与し蛋白質を阻害するより100倍効果が高いと注目を集めたが,現在のところ開発は難航している.1.BevasiranibsiRNA薬剤として開発が最も進んでいたのがbevasiranibである.BevasiranibはVEGFを標的とした天然型siRNAであり,VEGFのmRNAを阻害することにより,VEGF合成が抑制される.これまで,滲出型加齢黄斑変性に対する臨床開発が進められてきた.2004年に第1相,2005.6年に第2a相臨床試験がなされ,第3相臨床試験ではLucentisR単独治療と,Lucen-VISilolimus(rapamycine)Silolimusは多彩な生理作用をもつが,rapamycineとして知られ,免疫抑制薬として使用されている.SilolimusはVEGF発現の上流にあるmTOR(mammaliantargetofrapamycin)というセリン/チロシンキナーゼを抑制することが知られている.mTORは細胞の増殖・細胞死・蛋白質合成などに重要な働きを行っており,mTORを抑制することにより,VEGF,TGF(変換成長因子)-b,HIF(低酸素誘導因子)-1a,FGF(線維芽細胞増殖因子)-1などの分子発現が抑制されることが知られている.現在,糖尿病黄斑浮腫・加齢黄斑変性に対するsilolimusの臨床効果を検討するための第1相/前期第2相試験臨床試験が行われている(表2).臨床試験ではsilolimusは結膜下投与で用いられ,比較的長い効果が期待されている.表2開発中のVEGF関連薬剤mTOR阻害薬転写因子阻害薬Integrin阻害薬薬剤SilolimusBevasiranibSirma-027PF-04523655VolociximabJSM6427製剤siRNAsiRNAsiRNA抗体抗体ターゲットmTORVEGFVEGFR-1RTP801integrinintegrin投与方法硝子体注入結膜下注射硝子体内注入硝子体内注入硝子体内注入硝子体内注入硝子体内注入徐放剤開発現状糖尿病黄斑浮腫・加齢黄斑変性に対する第1相/前期第2相試験臨床試験進行中.滲出型加齢黄斑変性に対する第3相臨床試験が行われたが,2009年に開発が中断された.滲出型加齢黄斑変性に対する第2相臨床試験が行われる予定であったが,2009年に開発が中断された.滲出型加齢黄斑変性に対する第2相臨床試験が進行中.第1相臨床試験が進行中.第1相臨床試験が終了.チロシンキナーゼ阻害薬薬剤PazopanibAG013958製剤アプタマーターゲットVEGFRリン酸化VEGFRリン酸化投与方法点眼Tenon.下注入開発現状1330あたらしい眼科Vol.27,No.10,2010(8)Pazopanibはアプタマー製剤であり,点眼での臨床応用をめざし開発中である.また,AG013958はTenon.下注入にて開発中である.おわりにVEGF分子そのものをターゲットとした治療薬はMacugenR,LucentisRなどすでに臨床使用可能となっている.理論上は,分子自体をターゲットとするより,VEGFの作用カスケード上の分子をコードするmRNAをターゲットとしたほうが効率がよい可能性が考えられてきた.しかし,VEGF分子そのものをターゲットとした治療薬のつぎに,臨床使用が可能となると目されていたsiRNAの開発はあまり進んでいないのが現状である.しかし,他領域でもsiRNAの開発は盛んに行われており,今後の進展が期待される.文献1)FerraraN,GerberHP,LeCouterJ:ThebiologyofVEGFanditsreceptors.NatMed9:669-676,20032)GragoudasES,AdamisAP,CunninghamETJretal:Pegaptanibforneovascularage-relatedmaculardegeneration.NEnglJMed351:2805-2816,20043)FribergTR,TolentinoM:Pegaptanibsodiumasmaintenancetherapyinneovascularage-relatedmaculardegeneration:theLEVELstudy.BrJOphthalmol,inpress4)RosenfeldPJ,BrownDM,HeierJSetal:Ranibizumabforneovascularage-relatedmaculardegeneration.NEnglJMed355:1419-1431,20065)BrownDM,KaiserPK,MichelsMetal:Ranibizumabversusverteporfinforneovascularage-relatedmaculardegeneration.NEnglJMed355:1432-1444,20066)RegilloCD,BrownDM,AbrahamPetal:Randomized,double-masked,sham-controlledtrialofranibizumabforneovascularage-relatedmaculardegeneration:PIERStudyyear1.AmJOphthalmol145:239-248,20087)LalwaniGA,RosenfeldPJ,FungAEetal:Avariabledosingregimenwithintravitrealranibizumabforneovascularage-relatedmaculardegeneration:year2ofthePrONTOStudy.AmJOphthalmol148:43-58,20098)AveryRL,PieramiciDJ,RabenaMDetal:Intravitrealbevacizumab(Avastin)forneovascularage-relatedmaculardegeneration.Ophthalmology113:363-372,20069)SteinbrookR:Thepriceofsight─ranibizumab,bevacizumab,andthetreatmentofmaculardegeneration.NEnglJMed355:1409-1412,200610)UetaT,YanagiY,TamakiYetal:CerebrovascularaccitisRとbevasiranibの併用両療法の治療効果の比較効果が計画され,2008年12月に患者登録を完了した.しかし,2009年に開発が中断された.詳細な理由は不明であるが,LucentisRに対して十分な効果がみられなかったのが理由ではないかと推察されている.2.Sirma.027Sirma-027はVEGFR-1を標的とした化学修飾siRNAである.血管内皮細胞上でのVEGFレセプターの発現を抑制することにより,VEGFの作用を阻害する.2006年に第1・2相臨床試験の結果が発表され,第2相臨床試験が行われた.この試験ではLucentisR単独治療を対照として,Sirma-027単独療法の治療効果が検討される予定であったが,2009年に開発が中断された.LucentisRに比べて十分な効果がみられなかったのが理由ではないかと推察されている.3.PF.04523655(REDD14NP)mTORの上流にあるRTP801の発現を阻害する目的で作られた19塩基対からなる合成siRNA薬剤である.上記のVEGFまたはVEGFR-1を阻害するsiRNAでは,その長さは21塩基対以上であるため,本来の標的阻害とは別の作用としてTLR3(Toll-likereceptor3)を活性化することによっても臨床効果を発現することが報告されている.一方,PF-04523655は19塩基対なのでTLR3は活性化せず,低酸素により発現誘導される遺伝子であるRTP801の発現を阻害することにより臨床効果を発現すると考えられる.現在,第2相臨床試験が進行中である.VIIIその他の薬剤その他には血管内皮細胞上のintegrinをターゲットとした治療も研究開発されている.内皮細胞上に発現されたa5b1integrinの活性化がVEGFR-2の活性化に寄与している.抗体であるvolociximabや徐放剤のJSM6427の開発が進められている.また,チロシンキナーゼインヒビターも複数開発中である.血管内皮細胞でのVEGF/PDGFレセプターのリン酸化を阻害することにより,血管新生を抑制する.あたらしい眼科Vol.27,No.10,20101331dentsinranibizumab.Ophthalmology116:362,200911)RiniBI,RathmellWK:Biologicalaspectsandbindingstrategiesofvascularendothelialgrowthfactorinrenalcellcarcinoma.ClinCancerRes13:741s-746s,200712)HolashJ,DavisS,PapadopoulosNetal:VEGF-Trap:aVEGFblockerwithpotentantitumoreffects.ProcNatlAcadSciUSA99:11393-11398,2002(9)

序説:眼科薬物療法の新たな展開

2010年10月29日 金曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY眼内移行の改善と炭酸脱水酵素阻害能の向上が不可欠であると考えられるようになる.その後,trifluoromethazolamide,aminozolamide,sezolamideなどの改良された炭酸脱水酵素阻害薬が,動物実験においては局所投与で眼圧を有意に下降させうることが証明される.ここに至るのは1980年代の前半である.その後,薬物の研究が進み,1987年以降dorzolamide,brinzolamideが登場することになる.臨床応用の過程で,綿密に計画された臨床試験が実施され,その有効性と安全性が確認されたことは言うまでもない.ここまで来るのに,実に,アセタゾラミドの登場から30年余が経過している.こうして年代を追うと,薬物の開発には,発想と技術,時間と資金が潤沢に要ることが理解できる.現代に診療していると,進歩した治療法を使用できることが当たり前のように思えるが,実際にはその陰にどのような動きがあったのか思い巡らせてみることも有益であろう.さて,今回の“眼科薬物療法の新たな展開”では,広範な領域にわたる進歩を取り上げさせていただいた.対象疾患も多岐にわたり,進歩の内容も,新規薬物,製剤の進歩から投与法の改良まで及んでいる.具体的に述べることとする.抗VEGF(血管内皮増殖因子)剤に関して辻川明今月の特集では眼科薬物療法の進歩を取り上げる.眼科学の進歩は診断と治療にまたがる広い分野で生じているが,薬物療法もその素晴らしい恩恵を受けている一つである.各論の前に,新しい治療法(薬物,手術,他)が臨床に応用されるまでの過程を考えてみたい.眼科あるいは関連分野の研究者の卓越した着想がまず初めにある.当初は必ずしも正確な理論的裏付けがなくてもよい.次いで,その着想が,理論や実験に裏付けされ,周辺技術の支えにより,具体的な薬物・剤型・術式などとなる.そのうえで,動物実験,臨床試験による検証を経てヒトに応用されるのである.一例として,点眼用炭酸脱水酵素阻害薬の開発過程を振り返ってみたい.アセタゾラミド(DiamoxR)内服で眼圧下降が起こることは1954年,BernardBecker氏により報告されている.氏の緑内障臨床医としての優れた着想が重要な薬物を世に送り出すことに成功したのである.ほぼ同時にアセタゾラミドの点眼薬としての可能性が検討されたが,翌1955年には無効であることが明確となる.その後の基礎研究により,アセタゾラミドなどの炭酸脱水酵素阻害薬の局所投与無効の理由が,薬物が毛様体上皮の炭酸脱水酵素の活性部位に到達しないためであることが判明する.したがって,点眼用炭酸脱水酵素阻害薬の開発には,薬物の(1)1323*TetsuyaYamamoto:岐阜大学大学院医学系研究科眼科学**YuichiroOgura:名古屋市立大学大学院医学研究科視覚科学●序説あたらしい眼科27(10):1323.1324,2010眼科薬物療法の新たな展開NewDevelopmentsinOphthalmicMedicalTherapy山本哲也*小椋祐一郎**1324あたらしい眼科Vol.27,No.10,2010(2)孝氏(京都大学)に述べていただいた.抗VEGF剤は糖尿病網膜症,加齢黄斑変性症などの血管新生を基盤として発症する病態に対して有効な薬物である.モノクローナル抗体製剤は,現在,癌,自己免疫疾患を中心に多数の製剤が使用され,または開発途上にある.その眼科疾患への応用の代表薬として,ラニビズマブ(LucentisR)やペガプタニブ(MacugenR)がすでに上市されているが,それ以外の薬物を含めてご紹介いただいた.網膜疾患に対するもう一つの新しい薬物治療として,黄斑浮腫に対する局所ステロイド薬治療に関して,坂本泰二氏(鹿児島大学)に豊富な研究業績,臨床経験を元に,読み応えのある総説をご執筆いただいた.インフリキシマブ(RemicadeR)のBehcet病などへの応用に関して,毛塚剛司氏(東京医科大学)に述べていただいた.この薬物に関しては実際の投与例のご経験のない先生方がいまだに多いと思われるので,実際の投与に関しても十分にご配慮いただいた.緑内障治療薬はここ数年でさらに数を増している.新しい薬物としては,プロスタグランジン関連薬があり,また,既存薬物を2種類配合した点眼薬が今年から臨床使用できることとなった.プロスタグランジン関連薬物について相原一氏(東京大学)に,緑内障配合剤に関して石川誠氏と吉冨健志氏(秋田大学)に執筆していただいた.抗微生物薬の進歩も著しい.この分野に関して,望月清文氏(岐阜大学)に依頼し,内容の濃い原稿をいただくことができた.さらに,抗アレルギー薬点眼薬に関して,海老原伸行氏(順天堂大学)に現状をきちんとおまとめいただいた.最後に,今後の応用のうえで期待の大きい,新しい眼科ドラッグデリバリーシステムに関して,安川力氏(名古屋市立大学)に眼科疾患への応用を念頭に総論と各論をまとめていただいた.特集原稿8本,いずれも力作であり,読者諸氏の現代における眼科薬物療法の理解に資すること疑いない.編者として嬉しく思うとともに,本誌編集部ともども,積極的な活用を願っている.

シリコーンハイドロゲルレンズに対するポビドンヨード消毒剤OPL78 の臨床試験

2010年9月30日 木曜日

1310(14あ4)たらしい眼科Vol.27,No.9,20100910-1810/10/\100/頁/JC(O0P0Y)《原著》あたらしい眼科27(9):1310.1317,2010cはじめにコンタクトレンズ(CL)による眼障害で最も問題視されるのは角膜感染症であるが,近年,とりわけ2週間頻回交換ソフトコンタクトレンズ(SCL)使用者に感染例が増えており,SCLの消毒に関心が集まっている1,2).現在,SCLの化学消毒剤として,塩化ポリドロニウムやポリヘキサメチレンビグアニド(PHMB)を消毒成分とする1液型のマルチパーパスソリューション(MPS),および過酸化水素消毒剤やポビドンヨード消毒剤が使用されている.これらの消毒剤のうち,MPSを使用する者が大多数を占めるが,MPSは他の消毒剤に比べ消毒効果が弱いことが難点である3).過酸化水素消毒剤は過酸化水素の中和が不十分だとその細胞毒性によって眼〔別刷請求先〕植田喜一:〒751-0872下関市秋根南町1-1-15ウエダ眼科Reprintrequests:KiichiUeda,M.D.,UedaEyeClinic.1-1-15Akineminami,Shimonoseki751-0872,JAPANシリコーンハイドロゲルレンズに対するポビドンヨード消毒剤OPL78の臨床試験植田喜一*1稲葉昌丸*2宮本裕子*3久保田泰隆*4岩崎直樹*4山崎勝秀*5斉藤文郎*5*1ウエダ眼科*2稲葉眼科*3アイアイ眼科医院*4イワサキ眼科医院*5株式会社オフテクスClinicalEvaluationofOPL78,aPovidon-IodineDisinfectionSystem,withSiliconeHydrogelLensesKiichiUeda1),MasamaruInaba2),YukoMiyamoto3),YasutakaKubota4),NaokiIwasaki4),KatsuhideYamasaki5)andFumioSaitoh5)1)UedaEyeClinic,2)InabaEyeClinic,3)Ai-aiEyeClinic,4)IWASAKIEYECLINIC,5)OphtecsCorporationソフトコンタクトレンズ用ポビドンヨード消毒剤OPL78の有用性を評価するために臨床試験を行った.65名(男性16名,女性49名,平均年齢33.0±9.8歳)を対象に,2週間頻回交換のシリコーンハイドロゲルレンズ(SHCL)4種にOPL78を使用して12週間の経過観察を行った.調査項目は,細隙灯顕微鏡による前眼部所見,レンズの状態,装用後レンズの微生物学的検査,被験者へのアンケート(自覚症状)であった.その結果,OPL78の使用期間中に前眼部所見はほとんど変化しなかった.レンズの傷,汚れを認める症例はあったが,レンズ装用に影響はなかった.微生物学的検査からは問題を認めず,自覚症状についてはほぼ良好にレンズが使用できるという回答が大多数であった.これらの結果から,OPL78はSHCLの消毒剤として有用であるといえる.OPL78,achemicaldisinfectionsystemforsoftcontactlensesthatcontainspovidone-iodineastheactiveingredient,wasclinicallyevaluatedwithsiliconehydrogellenses(SHCL).Thestudyincluded65patients(49females,16males;meanage:33.0±9.8years),whousedOPL78todisinfecta2weeksfrequentreplacementSHCLfor12weeks,thenratedtheusefulnessofOPL78.Weconductedslit-lampexamination,observationofSHCLwornoneyesandmicrobiologicalexaminationafterpatientshadcompletedadisinfectingprocedure.Finally,weconductedaquestionnairesurvey.Anterioreyefindingsbyslit-lampexaminationdidnotchangemuchduringtheclinicalevaluation.ThoughscratchesanddepositswerefoundonSHCLinsomecases,thesedidnotaffectthewearingoftheSHCL.Themicrobiologicalexaminationdisclosednoproblems.Furthermore,thequestionnairesurveyshowedthatthemajorityofrespondentsexperiencednoproblemswhileusingOPL78withSHCL.Onthebasisoftheseresults,itisconcludedthatOPL78isusefulfordisinfectingSHCL.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(9):1310.1317,2010〕Keywords:OPL78,ポビドンヨード,シリコーンハイドロゲル,消毒剤,臨床試験.OPL78,povidone-iodine,disinfection,siliconehydrogel,clinicalevaluation.(145)あたらしい眼科Vol.27,No.9,20101311障害が生じるという問題がある.一方,ポビドンヨード消毒剤は,細菌,真菌,ウイルスおよびアメーバなどに対して広い抗菌スペクトルを有しており,角膜への安全性が高いと報告されている4~11).最近のCL市場は,2週間頻回交換SCLや1日使い捨てSCLの使用者が増えているが,素材の面では新素材であるシリコーンハイドロゲルコンタクトレンズ(SHCL)が急増している.従来のポビドンヨード消毒剤は,消毒顆粒,中和錠,溶解・すすぎ液の3剤で構成されていたが,最近,顆粒と錠剤を1錠タイプとした2剤タイプのOPL78が開発された.そこで2週間頻回交換SHCLを試験レンズとして,OPL78の有用性を評価するための臨床試験を実施したので,その結果を報告する.I対象および方法1.対象2009年1月26日~2009年6月30日に,試験の目的と内容の説明を受け,自らの意思で文書による同意を示した被験者65人(男性16名,女性49名,平均年齢33.0±9.8歳)を対象とした.被験者の背景を図1に示す.2.方法a.使用レンズおよび使用化学消毒剤使用した4種類の2週間頻回交換SHCLとその症例数は,アキュビューRオアシスTMが20例40眼,エアオプティクスRが15例30眼,メダリストRプレミアが15例30眼,メニコン2WEEKプレミオが15例30眼であった.これらのSHCLの種類と仕様を表1に示す.各SHCLは原則として2週間ごとに交換した.被験者に対しては,レンズの取り扱い時には手洗いを徹底するよう指導した.使用したポビドンヨード消毒剤OPL78の構成を図2に,使用方法を図3に示す.OPL78-Iは消毒成分と中和・洗浄成分を1つの錠剤としたもので,これを溶解・すすぎ液であるOPL78-IIに溶かして使用した.OPL78の使用説明書によるとこすり洗いの必要はないが,レンズの汚れが多いと認められた被験者には,溶解・すすぎ液(OPL78-II)によるレンズのこすり洗いを指導した.b.観察時期・調査項目と内容OPL78は各SHCLに対して12週間使用させた.調査する項目と内容は,細隙灯顕微鏡による前眼部所見,装用後のレンズ状態,微生物学的検査,被験者へのアンケートである(表2).前眼部所見およびアンケートによる自覚症状は表3表1使用レンズの種類と仕様レンズ名アキュビューRオアシスTMエアオプティクスRメダリストRプレミアメニコン2WEEKプレミオメーカージョンソン&ジョンソンチバビジョンボシュロムメニコンポリマーSenofilconALotrafilconBBalafilconAAsmofilconADk/L値*147138101161含水率(%)38333640ベースカーブ(mm)8.48.68.68.3,8.6装用方法2週間終日装用2週間終日装用2週間終日装用1週間連続装用2週間終日装用*酸素透過率=×10.(9cm/sec)・(mlO2/〔ml×mmHg〕).レンズの種類ケア用品の種類(n=65人)(n=65人)1カ月定期交換SCL*10%1日ディスポーザブルSCL*11%従来型SCL*1%装用経験なし1%77%2週間頻回交換SCL*過酸化水素消毒剤9%使用経験なし5%無記入6%80%MPS**図1被験者背景*SCL:ソフトコンタクトレンズ,**MPS:マルチパーパスソリューション.1312あたらしい眼科Vol.27,No.9,2010(146)の判定基準に従って評価した.装用後のレンズ状態は細隙灯顕微鏡で,汚れと傷の有無を観察した.また,12週間後にOPL78の使いやすさ,SHCLの汚れ落ち,SHCLの装用感についてアンケートを行い,被験者からの評価を得た.試験開始から2週間後にSHCLを回収し,表4に示す手順,方法および判定基準12)で微生物学的評価を行った.眼科領域で臨床的に問題となることの多いStaphylococcusaureus,Pseudomonasaeruginosa,Escherichiacoli,Serratiaspp.を特定菌としこれらが検出された場合は有効性なしとした.なお,増菌培養でのみ検出された菌については陰性として扱った12).c.統計解析手法前眼部所見,自覚症状の評価について試験開始時と12週間後でWilcoxonの符号付順位検定により有意差検定を行った.有意水準は5%とした.II結果1.前眼部所見試験開始時に角膜上皮ステイニング,角膜血管新生,球結膜充血,上眼瞼乳頭増殖,pigmentedslide,dimpleveil,角膜瘢痕を認めた被験者がいたが,すべて軽度であったため表2調査項目と内容調査項目内容開始時2週間後4週間後8週間後12週間後前眼部所見角膜上皮ステイニング,SEALs*,角膜浮腫,角膜浸潤,角膜潰瘍,血管新生,球結膜充血,乳頭増殖●●●●●装用後のレンズ状態傷,汚れ,変形,変色●●●●微生物学的検査表4参照●被験者へのアンケート調査異物感,乾燥感,かゆみ,くもり,その他●●●●●***SEALs:superiorepithelialarcuatelesions.**12週目には被験者に対しアンケートによるOPL78の総合評価も行った.OPL78-I(有核錠)外側:・ポビドンヨード(消毒剤)内側:・亜硫酸ナトリウム(中和剤)・蛋白分解酵素(洗浄剤)OPL78.II(溶解・すすぎ液)・塩化ナトリウム,ホウ酸レンズケース消毒剤OPL78-I中和剤・洗浄剤OPL78-Ⅱレンズケース図2OPL78の構成OPL78-IOPL78-IIOPL78-IIケースにIとIIを入れ,レンズをセットする.4時間以上放置する.装用IIを入れ替え,すすぎ操作をする.色が消える消毒中(オレンジ色)消毒完了(無色)左右に振る図3OPL78の使用方法(147)あたらしい眼科Vol.27,No.9,20101313試験を行った.これらの所見の程度は,試験開始時と12週間後に差を認めなかった.試験中に,superiorepithelialarcuatelesions(SEALs)が1眼,球結膜充血が2眼認めたが,いずれも軽度であった(表5).2.装用後のレンズ状態SHCLの汚れは2週間後では22眼(16.9%)に観察されたが,12週間後には9眼(6.9%)と減少した.汚れを認めたSHCLを装用していた被験者のうち,汚れが多いためこすり操作を指示した者は2週間後の観察時で4名,4週間後で7名,8週間後で4名であった.SHCLの傷を2週間後以降2~7眼(1.5~5.4%)に認めたが,すべて軽度で,装用中止に至る例はなかった.金属の付着を1眼と塗料の付着を1眼認めた(図4).試験期間中に変形などの異常を認めなかった.3.微生物学的検査今回,検査を行った130検体中,すべての症例で特定菌(S.aureus,P.aeruginosa,E.coli,Serratiaspp.)は検出されなかった.130検体中128検体で総検出菌数が0~103(cfu/ml)未満,2検体が103~105(cfu/ml)未満であり,解析対象症例の98.5%がきわめて有効,1.5%が有効であった(表6).有効2検体から検出された菌は,Staphylococcus属とCorynebacterium属であった.4.被験者へのアンケート調査自覚症状については,ほぼ良好にレンズが使用できるといった回答がほとんどであった.自覚症状として乾燥感(発現率20.8~34.6%),異物感(発現率3.9~15.4%),かゆみ(発現率0.8~11.5%)の順で多かった.なお,試験開始時と12表3前眼部所見と自覚症状の判定基準1)前眼部所見判定基準A)角膜所見角膜ステイニング(範囲)0:ステイニングなし1:角膜表面の1.25%のステイニング2:角膜表面の26.50%のステイニング3:角膜表面の51.75%のステイニング4:角膜表面の76.100%のステイニング(密度)0:ステイニングなし1:密度が低いステイニング2:密度が中等度のステイニング3:密度が高いステイニングSEALs0:なし1:軽度2:中度3:重度角膜実質の細胞浸潤・潰瘍0:なし1:細胞浸潤2:潰瘍角膜浮腫0:なし1:上皮の浮腫2:実質の浮腫(Descemet膜皺襞を含む)3:角膜全体の浮腫角膜血管新生0:なし1:角膜輪部から2mm未満2:角膜輪部から2mm以上3:角膜輪部から2mm以上多方向または実質内血管新生B)結膜所見球結膜充血0:なし1:1/2未満2:1/2以上3:全周上眼瞼乳頭増殖0:なし1:円蓋部結膜のみ2:円蓋部結膜+瞼結膜1/2未満3:円蓋部結膜+瞼結膜1/2以上その他0:なし1:軽度2:中度3:重度2)自覚症状判定基準0:なし(気になる自覚症状なし)1:軽度(時々気になる自覚症状はあるが,ほぼ良好)2:中度(常時気になる自覚症状はあるが,休止なし)3:重度(常時強い自覚症状があり,装用できない)1314あたらしい眼科Vol.27,No.9,2010(148)週間後のかゆみには,有意差を認めた(p=0.0128)が,他の症状については認めなかった(図5).レンズの装用感や汚れ落ち,OPL78の使いやすさについては非常に良いあるいは良いと回答した被験者が77~80%で,被験者のOPL78の継続使用意向は68%であった(図6).III考按新素材のSHCLの消毒剤としてOPL78を用いて,65例130眼を対象に12週間の経過観察を行い,OPL78の臨床上の有用性について検討した.OPL78の消毒成分であるポビドンヨードは,水溶液中で有効ヨウ素(I2,I3.)を遊離する.この有効ヨウ素は細胞に対して高い浸透性を有し,膜蛋白質,酵素蛋白質,核蛋白質のチオール基を酸化することにより殺菌作用を発揮する.ポビドンヨードは広い範囲の微生物に有効でありながら,皮膚刺激性がほとんどないため,粘膜面や手指,皮膚の消毒など臨床的に広く利用されている.ポビドンヨードはSCL用化学消毒剤としても開発されたが,細菌,真菌,アカントアメーバ,ウイルスに対する消毒効果が高いだけでなく,安全性も高いことが報告されている4,5).今回の臨床試験では130検体中すべての症例で,臨床で問題となることの多いS.aureus,P.aeruginosa,E.coli,Serratiaspp.が検出されなかった.128検体がきわめて有効,2検体が有効で,この2検体から検出された菌はおもに結膜.や皮膚の常在菌と考えられるStaphylococcus属とCorynebacterium属で,これらを分離培養したのちOPL78の消毒液に105~6cfu/mlを負荷したところ,すべての菌が死滅した.被験者が自らケアを行ったレンズを中和後の液が入ったケースごと回収して微生物学的検査を行ったが,レンズケースに消毒液が充満していなかったので,消毒液が接触しなかったケース内面に付着した菌が検出された可能性がある.微生物学的検査の結果と試験期間中に被験者に感染症を疑う症状や所見がなかったことから,OPL78はSHCLの消毒剤として有効だと評価する.試験期間中の細隙灯顕微鏡で観察された前眼部所見は,SCLやSHCL装用者に比較的多く認められる所見であるが,これらはすべて軽度なものであった.SHCLとPHMBを含むMPSの組み合わせで,角膜ステイニングを発生することがある13,14).これはレンズに含有する消毒剤の成分が角膜上皮細胞に影響するためで,硬めのSHCLが機械的に角膜を刺激することも影響していると考えられている13).今回の試験では,角膜ステイニングは範囲・密度とも試験開始時と12週間後で変化がなかったが,OPL78は消毒成分を中和し,かつ装用前にすすぎを行うため,消毒剤の成分がレンズに含有することは少ないためと考える.日本で最初にポビドンヨード消毒剤として製品化されたクレンサイドRは,従来素材のSCL使用者に遅発性の薬剤アレルギー様所見を認めることがあった15).OPL78はクレンサイドRと消毒成分や中和成分,洗浄成分が同一であるが,SHCLを対象とした今回の試験においては同様の所見は確認されなかった.従来素材のSCLとSHCLの素材の違いはあるが,遅発性のアレルギー所見については12週間という短期間では評価できない.したがって,長期間の使用にあたっては注意が必要である.なお,本試験期間中に,有害事象として麦粒腫を1眼に認めたが,OPL78との因果関係は明らかでないため,副作用と判定しなかった.表4微生物学的検査の手順,方法,判定基準検査手順①ケア後,レンズケース内のレンズを採取する②各レンズを2mlDPBS入り滅菌PPtubeに移す③Vortex-mixerで1分攪拌する④攪拌後,レンズおよび攪拌液を検体として培養する検体培養方法①トリプチケースソイ5%羊血液寒天培地35℃,24~48時間培養②チョコレートII寒天培地37℃,5%CO2,24~48時間培養③チオグリコレート培地35℃,7日間増菌培養④SCD寒天培地35℃,5日間培養(CL埋没)①②は攪拌後液200μlを使用,③は残液全量を使用.判定基準12)OPL78消毒後CLの微生物学的検査結果特定菌*の検出総検出菌数(cfu/ml)極めて有効検出せず0~103未満有効検出せず103~105未満有効性なし検出105以上*特定菌:S.aureus,P.aeruginosa,E.coli,Serratiaspp.(149)あたらしい眼科Vol.27,No.9,20101315表5前眼部所見症状程度*1観察時期p値*2開始時2週間後4週間後8週間後12週間後角膜ステイニング範囲0123105眼223097眼276094眼3600104眼2600103眼25200.9094角膜ステイニング密度01231052230973210943240104224010325200.8832SEALs0123130000129100130000130000129100─角膜浸潤・潰瘍0123130000130000130000130000130000─角膜浮腫0123130000130000130000130000130000─角膜血管新生01231263101281101281101281101281100.1797球結膜充血0123130000130000129100130000130000─上眼瞼乳頭増殖01231264001264001272101264001282000.1797その他*30123124600124600124600123700124600─*1:程度の判定は表3を参照.*2:検定方法:Wilcoxonの符号付順位検定(開始時と12週間後),─:開始時と12週間後ともに程度が0,または症例数などから検定不可であったもの.*3:その他の内訳:pigmentedslide,dimpleveil,角膜瘢痕.レンズ枚数(枚)*※重複あり2211758822296353025201510502週間後4週間後8週間後12週間後観察時期付着物金属付着物塗料■:汚れ■:傷■:その他図4装用後のレンズ状態*各時期全130枚中汚れ,傷などが認められたレンズの枚数.1316あたらしい眼科Vol.27,No.9,2010装用後のレンズ状態について,汚れが認められる例があった.OPL78は洗浄剤として蛋白分解酵素などを含むが,脂質汚れが付着しやすいSHCLに対しては洗浄力が十分ではない場合がある.この場合には,OPL78の溶解・すすぎ液によるこすり洗いを行うよう指導する必要がある.他の観察時期と比較して2週後にレンズの汚れが多く観察されたが,その原因は明らかではなかった.今回の試験で初めてSHCLを装用する被験者が多かったため,慣れるまでに眼の分泌物(150)表6微生物学的検査総検出菌数(cfu/ml)項目0~103未満103~105未満105以上検体数*12820特定菌検出せず検出せず─判定極めて有効有効─*増菌培養によってのみ検出された菌は陰性として扱った.(n=130枚)140120100806040200眼数(眼)開始時2週4週8週12週観察時期(n=130眼)140120100806040200眼数(眼)開始時2週4週8週12週観察時期(n=130眼)140120100806040200眼数(眼)開始時2週4週8週12週観察時期(n=130眼)140120100806040200眼数(眼)開始時2週4週8週12週観察時期(n=130眼)*:p≦0.05■程度0:なし■程度1:軽度■程度2:中度■程度3:重度103p=0.4024p=0.0128*p=0.5862p=0.463187402385989339283644541乾燥感かゆみ異物感くもり12011011412512217138233571129116115122120112142188112212112312412586352425図5被験者へのアンケート調査(自覚症状)レンズの装用感レンズの汚れ落ちOPL78の使いやすさ■:非常に良い■:良い■:普通■:悪い■:非常に悪い使用感継続使用意向使いたくない1%0%20%40%60%80%100%(n=65人)(n=65人)1720262412332133513どちらでもよい31%使いたい68%図6被験者へのアンケート調査(総合評価)あたらしい眼科Vol.27,No.9,20101317が増加した可能性も考えられる.自覚症状の訴えは,乾燥感,異物感,かゆみの順に多かった.試験開始時と12週間後のかゆみの程度については有意差があったが,自覚症状はほとんどが軽度で,SHCLの装用を中止するものではなかった.これらの自覚症状は,他のSHCLの臨床報告でもみられるもので,忍田らは1カ月交換SHCLを過酸化水素剤で消毒して3カ月間経過観察した試験結果を報告しているが,自覚症状は乾燥感(発現率10.3~33.3%),異物感(10.3~20.5%),かゆみ(5.1~7.7%)の順に多く,発現率も同様であった16).今回の異物感についても前述したSHCLの汚れや,SHCLの機械的刺激が主とした原因であったと考える.CLのケアは定められた方法を遵守することが求められるが,ポビドンヨード消毒剤についても3剤の添加が必要な従来の消毒操作の簡便化が望まれていた4).OPL78の使用法はOPL78-IをOPL78-IIに溶かして使用するが,今回の試験のアンケート調査で使いやすさは77%の被験者が非常に良いあるいは良いと回答した.レンズの汚れ落ちや装用感については被験者の80%が非常に良いあるいは良いと回答した.これらのことから被験者の68%がOPL78の継続使用の意向を示し,総合的に高い評価を得た.以上のことから,OPL78はSHCL消毒剤として有効性が高く,安全で,操作性も良く,有用であると考える.文献1)感染性角膜炎全国サーベイランス・スタディグループ:感染性角膜炎全国サーベイランス.日眼会誌110:961-972,20062)福田昌彦:コンタクトレンズ関連角膜感染症全国調査.あたらしい眼科26:1167-1171,20093)植田喜一,柳井亮二:コンタクトレンズケアの現状と問題点.あたらしい眼科26:1179-1186,20094)柳井亮二,植田喜一,田尻大治ほか:細菌・真菌に対するポビドンヨード製剤の有効性.日コレ誌47:32-36,20055)柳井亮二,植田喜一,田尻大治ほか:アカントアメーバおよびウィルスに対するポビドンヨード製剤の有効性.日コレ誌47:37-41,20056)柳井亮二,植田喜一,戸村淳二ほか:家兎角膜に対するポビドンヨード製剤の安全性.日コレ誌47:120-123,20057)YanaiR,YamadaN,UedaKetal:EvaluationofPovidone-iodineasadisinfectantsolutionforcontactlenses:Antimicrobialactivityandcytotoxicityforcornealepithelialcells.ContactLensAntEye29:85-91,20068)KilvingtonS:Antimicrobialefficacyofapovidoneiodine(PI)andaone-stephydrogenperoxidecontactlensdisinfectionsystem.ContactLensAntEye27:209-212,20049)松田賢昌,杉江祐子,塚本光雄ほか:新しいソフトコンタクトレンズ消毒システムOPL7の臨床評価~第1報グループIレンズを用いた試験~.眼紀52:687-701,200110)杉江祐子,松田賢昌,塚本光雄ほか:新しいソフトコンタクトレンズ消毒システムOPL7の臨床評価~第2報グループIVレンズを用いた試験~.眼紀52:702-713,200111)稲葉昌丸,西川博彰,岩崎和佳子ほか:OPL7のソフトコンタクトレンズ装用者に対する使用経験.あたらしい眼科15:295-305,199812)宮永嘉隆:ソフトコンタクトレンズ用化学消毒液BL-49の臨床評価.日コレ誌38:258-273,199613)植田喜一,稲垣恭子,柳井亮二:化学消毒剤による角膜ステイニングの発生.日コレ誌49:187-191,200714)糸井素純:マルチパーパスソリューションとシリコーンハイドロゲルコンタクトレンズとの組み合わせで見られる角膜ステイニングの評価.あたらしい眼科26:93-99,200915)植田喜一:ポビドンヨード製剤(クレンサイド)による角結膜障害が疑われた4例.日コレ誌47:193-196,200516)忍田太紀,伏見典子,澤充ほか:シリコーンハイドロゲルレンズ(HiDk)の臨床試験報告.日コレ誌49:35-43,2007(151)***