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マイトマイシンC 併用線維柱帯切除術後眼における体位変動と眼圧変化

2010年7月30日 金曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY(103)963《第20回日本緑内障学会原著》あたらしい眼科27(7):963.966,2010cはじめに緑内障においてエビデンスのある治療は眼圧下降のみである1).しかし一方で,眼圧を十分に下降させても視野障害進行を抑制できない例が存在するという事実もある2).近年,眼圧日内変動幅3)および仰臥位眼圧上昇幅4,5)が,緑内障視野障害進行と関係していることを示唆する報告が散見される.眼圧日内変動幅に関しては,薬物治療でもある程度小さくすることができる6)が,仰臥位眼圧上昇幅は,薬物治療7)およびレーザー線維柱帯形成術8)では抑制効果が少ないことが報告されている.線維柱帯切除術はマイトマイシンC(MMC)の併用により眼圧を長期に低くコントロールできるようになったため,緑内障の観血的手術として最も一般的な術式となっているが,仰臥位眼圧上昇幅に対する抑制効果に関しては現時点では明らかではない.今回,MMC併用線維柱帯切除術後眼の体位変換による眼圧変化を測定し,若干の知見を得たので報告する.I対象および方法対象は,平成21年4月20日から8月31日に東京警察病〔別刷請求先〕小川俊平:〒164-8541東京都中野区中野4-22-1東京警察病院眼科Reprintrequests:ShumpeiOgawa,M.D.,DepartmentofOphthalmology,TokyoMetropolitanPoliceHospital,4-22-1Nakano,Nakano-ku,Tokyo164-8541,JAPANマイトマイシンC併用線維柱帯切除術後眼における体位変動と眼圧変化小川俊平中元兼二福田匠里誠安田典子東京警察病院眼科PosturalChangeinIntraocularPressureinPrimaryOpen-AngleGlaucomafollowingTrabeculectomywithMitomycinCShumpeiOgawa,KenjiNakamoto,TakumiFukuda,MakotoSatoandNorikoYasudaDepartmentofOphthalmology,TokyoMetropolitanPoliceHospital初回マイトマイシンC併用線維柱帯切除術後6カ月以上無治療で観察できた広義の原発開放隅角緑内障20例32眼を対象に,Pneumatonometerを用いて座位と仰臥位の眼圧を測定した.眼圧は,座位から仰臥位へ体位変換直後有意に上昇し,仰臥位10分後も有意に上昇した(p<0.05).また,再度,座位へ体位変換後,眼圧は速やかに下降した(p<0.05).仰臥位眼圧上昇幅は,仰臥位直後で1.95±1.4mmHg,仰臥位10分後で3.43±1.8mmHgであった.座位眼圧と仰臥位眼圧上昇幅には有意な正の相関があった(仰臥位直後:r2=0.41,r=0.64,p<0.0001,仰臥位10分後:r2=0.43,r=0.66,p<0.0001).In32untreatedeyesof20patientswithprimaryopen-angleglaucomaornormal-tensionglaucoma,weevaluatedtheposturalchangeinintraocularpressure(IOP)followingtrabeculectomywithmitomycinC.UsingaPneumatonometer,IOPwasmeasuredafter5minutesinthesittingposition,andat0and10minutesinthesupineposition.SittingIOP,and0and10minutessupineIOPwere10.2±3.3mmHg,12.2±4.2mmHgand13.7±4.5mmHg,respectively.Thedifferencebetweensupine0minIOPandsittingIOP(ΔIOP0min)was1.95±1.4mmHg(p<0.05);thedifferencebetween10minsupineIOPandsittingIOP(ΔIOP10min)was3.43±1.8mmHg(p<0.05).ThereweresignificantcorrelationsbetweensittingIOP,ΔIOP0min(r2=0.41,r=0.64,p<0.0001)andΔIOP10min(r2=0.43,r=0.66,p<0.0001).〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(7):963.966,2010〕Keywords:仰臥位,体位変換,眼圧,正常眼圧緑内障,原発開放隅角緑内障,線維柱帯切除術.supineposition,posturalchange,intraocularpressure,normal-tensionglaucoma,primaryopen-angleglaucoma,trabeculectomy.964あたらしい眼科Vol.27,No.7,2010(104)院眼科外来に受診した原発開放隅角緑内障(広義)20例32眼である.年齢は57.6±10.8(平均値±標準偏差)歳,男性5例8眼,女性15例24眼,病型は原発開放隅角緑内障(狭義)22眼,正常眼圧緑内障10眼である.選択基準は,熟練した2人の術者による初回のMMC併用線維柱帯切除術後6カ月以上無治療で観察されたものである.除外基準は,術後6カ月以内のもの,初回手術以外にレーザー治療を含む内眼手術既往のあるもの,白内障同時手術例,僚眼へb遮断点眼薬を使用しているもの,Seidel試験で濾過胞に明らかな漏出点があるもの,高血圧・糖尿病の既往のあるものである.なお,本試験は東京警察病院治験倫理審査委員会において承認されており,試験開始前に,患者に本試験の内容について十分に説明し文書で同意を得た.線維柱帯切除術の方法を以下に記す.まず,輪部基底の結膜弁を作製し,4×3mmの強膜半層三角弁作製後,0.04%MMC0.25mlを浸した小片状スポンジェルRを4分間結膜下に塗布した.その後400mlの生理食塩水で洗浄し,線維柱帯切除,周辺虹彩切除後,強膜半層弁を10-0ナイロン糸で房水がわずかに漏出する程度に5針縫合した.最後に結膜を連続縫合した.眼圧測定は,Pneumatonometer:PT(MODEL30CLASSICTMPneumatonometer,Reichert社)とGoldmann圧平式眼圧計(GAT)を用いて行った.眼圧測定は,外来ベッド上でPTを用いて,座位安静5分後,仰臥位直後,仰臥位10分後,再度座位へ体位変換した直後に眼圧を測定した.同時に,各測定時に自動眼圧計で右上腕の血圧および脈拍数を測定した.その後,診察室へ移動し,細隙灯顕微鏡検査およびSeidel試験を行った.最後に座位安静5分後にGATを用いて眼圧を測定した(図1).すべての眼圧測定は,同一検者(S.O.)が午後2時から4時の間に行った.眼圧測定は,すべて右眼より行い,仰臥位眼圧測定時は枕を使用しなかった.まず,PT測定値とGAT測定値の一致度を調べるため,GAT眼圧と座位安静5分後および再座位直後の眼圧をBland-Altman分析を用いて比較した.さらに,体位変換により眼圧および血圧が変動するかを検討するため,全対象の座位安静5分後,仰臥位直後,仰臥位10分後,再座位直後の眼圧を,ボンフェローニ(Bonferroni)補正pairedt-testを用いて比較した.また,座位安静5分後の眼圧と座位安静5分後から仰臥位直後の眼圧上昇幅(ΔIOP直後)および仰臥位10分後の眼圧上昇幅(ΔIOP10分後)の関係について回帰分析を用いて検討した.有意水準はp<0.05(両側検定)とした.II結果手術日から本試験眼圧測定日までの期間は,2,385±1,646(214.5,604)日であった.Bland-Altman分析ではGATと座位安静5分後の眼圧〔95%信頼区間(mmHg):.1.0..2.1,r2=0.030,p=0.35〕および再座位直後の眼圧〔95%信頼区間(mmHg):.1.2.GAT-再座位直後眼圧(GAT+座位安静5分後眼圧)/2(GAT+再座位直後眼圧)/2GAT-座位安静5分後眼圧05101520531-1-3-505101520531-1-3-5図2GATとPTの一致度Bland-Altman分析では,GATと座位安静5分後の眼圧[95%信頼区間(mmHg):.1.0..2.1,r2=0.030,p=0.35]および再座位直後の眼圧[95%信頼区間(mmHg):.1.2..2.2,r2=0.005,p=0.69]の間に比例誤差はなかったが,座位安静5分後の眼圧はGAT眼圧より1.5±1.4mmHg,再座位直後の眼圧は1.7±1.5mmHg高かった.座位安静5分後仰臥位直後仰臥位10分後再座位直後ベッド上PT診察室GAT図1眼圧測定順序眼圧は,Pneumatonometer(PT)を用いて,座位安静5分後,仰臥位直後,仰臥位10分後,再度座位直後に測定した.最後にGoldmann圧平式眼圧計(GAT)で眼圧を測定した.(105)あたらしい眼科Vol.27,No.7,2010965.2.2,r2=0.005,p=0.69〕の間に比例誤差はなかったが,座位安静5分後の眼圧はGAT眼圧より1.5±1.4mmHg,再座位直後の眼圧は1.7±1.5mmHg高かった(図2).各体位の全症例の眼圧は,座位安静5分後:10.8±3.7mmHg,仰臥位直後:12.6±4.9mmHg,仰臥位10分後:14.1±5.1mmHg,再座位直後:10.9±4.1mmHg,GAT:9.2±3.9mmHgであった.仰臥位直後および仰臥位10分後の眼圧は,いずれも座位安静5分後,再座位直後より有意に高かった(p<0.05).また,仰臥位10分後の眼圧が他の測定値のなかで最も有意に高かった(p<0.05)(図3).体位変換による仰臥位眼圧上昇幅(ΔIOP)は,仰臥位直後で1.95±1.4mmHg(ΔIOP直後),仰臥位10分後で3.43±1.8mmHg(ΔIOP10分後)であった.座位安静5分後の眼圧とΔIOP直後(r2=0.41,r=0.64,p<0.0001)およびΔIOP10分後(r2=0.43,r=0.66,p<0.0001)の間には有意な正の相関があった(図4).血圧は,収縮期,拡張期ともに再座位直後が最も高かった(p<0.05).また,脈拍数は,座位安静5分で最も多かった(p<0.05)(表1).血圧および脈拍数は,ΔIOP直後およびΔIOP10分後のいずれとも有意な相関はなかった.III考按緑内障における確実な治療法は,眼圧下降治療のみであり,薬物治療やレーザー治療によっても十分な眼圧下降が得られない場合は観血的手術を行う必要がある.線維柱帯切除術はMMCの併用により眼圧を長期に低くコントロールできるようになったため,緑内障の観血的手術として最も一般的な術式となった1).しかし,手術治療で十分な眼圧下降効果が得られても,視野障害が進行する症例が少なくないことはよく知られている.近年,外来眼圧2)や眼圧日内変動幅3)のみならず仰臥位眼圧上昇幅も,緑内障視野障害進行と関与している可能性が指摘されている4,5).Hirookaら5)は,原発開放隅角緑内障患者11例を対象にして,同一症例の左右眼のうち視野障害がより高度な眼と軽度な眼の仰臥位眼圧上昇幅を比較したところ,視野障害がより高度な眼が軽度な眼より仰臥位眼圧上昇幅が有意に大きかったと報告している.Kiuchiら4)は,正常眼圧緑内障患者を対象に,座位眼圧,仰臥位眼圧および仰臥位眼圧上昇幅とMDslopeとの関係を調べたところ,MDslopeと座位眼圧には有意な相関はなかったが,MDslope表1体位変動と血圧,脈拍数の変化座位仰臥位直後仰臥位10分再座位直後収縮期血圧(mmHg)129.7±15.0129.8±21.0126.1±16.1137.8±19.5*拡張期血圧(mmHg)80.7±9.675.8±12.174.6±10.984.7±9.6*脈拍数(回/分)73.4±15.0*68.7±14.267.0±13.270.9±13.9*:他の3体位との比較(p<0.05,Bonferroni補正pairedt-test).平均値±標準偏差.血圧は,収縮期,拡張期ともに再座位直後で最も高かった.脈拍数は,座位安静5分で最も多かった.6543210-1-205101576543210-1051015ΔIOP直後(mmHg)座位安静5分後の眼圧(mmHg)ΔIOP10分後(mmHg)座位安静5分後の眼圧(mmHg)図4座位眼圧と仰臥位眼圧上昇幅座位安静5分後の眼圧とΔIOP直後(ΔIOP直後=.0.26+0.23×GAT,r2=0.41,r=0.64,p<0.0001)およびΔIOP10分後(ΔIOP10分後=0.59+0.30×GAT,r2=0.43,r=0.66,p<0.0001)の間には有意な正の相関があった.0510152025仰臥位直後座位安静5分後再座位直後仰臥位10分後n=32Mean±SE眼圧(mmHg)*****図3体位変換による眼圧変化各体位の平均眼圧は,座位安静5分後:10.8±3.7mmHg,仰臥位直後:12.6±4.9mmHg,仰臥位10分後:14.1±5.1mmHg,再座位直後:10.9±4.1mmHgであった.PTで測定された体位変換後の眼圧は仰臥位10分後が最も高かった(*p<0.05).966あたらしい眼科Vol.27,No.7,2010(106)と仰臥位眼圧および仰臥位眼圧上昇幅との間には有意な負の相関を認めたと報告している.眼圧下降治療の質を向上させるためには,仰臥位眼圧上昇幅も可能な限り小さくすることが望まれる.線維柱帯切除術により,仰臥位眼圧上昇幅が抑制できるかは,Parsleyらによりすでに報告されている9).Parsleyらは,座位から仰臥位への体位変換により,眼圧が対照群では1.08mmHgの上昇であったのに対して,片眼手術群では3.31mmHg,両眼手術群では5.49mmHgと大きく上昇したことから,線維柱帯切除術の仰臥位眼圧上昇抑制効果はほとんどなかったと述べている.しかし,この報告では線維柱帯切除術施行時にMMCの併用はなく,手術群の術後眼圧は15.6.17.7mmHgと比較的高値であった.そこで,今回筆者らは,原発開放隅角緑内障(広義)患者を対象として,MMC併用線維柱帯切除術後の眼圧が体位変換によりどの程度変化するかについて検討したところ,座位から仰臥位への体位変換により,仰臥位直後平均1.90mmHg,仰臥位10分後平均3.40mmHg有意に上昇した.その後,再度座位へ体位変換すると,眼圧は速やかに有意に下降した.仰臥位眼圧上昇のおもな機序の一つとして,上強膜静脈圧の上昇が考えられている10.12).体位変換による上強膜静脈圧の上昇とともに,眼圧も1.3分で速やかに上昇することが知られている13,14).Fribergら11)によれば,健常人において,眼圧は体位変換後10.15秒以内に上昇幅の80%が上昇し,30.45秒で最大となり体位を保持するかぎり上昇幅は保たれていた.また,体位変換1分後と5分後では差がなく,座位に戻ると2.3分でベースラインへ戻ったと報告している.Tsukaharaら15)は,健常人と手術既往のない緑内障患者のいずれも,仰臥位直後より仰臥位30分後のほうが眼圧は高かったと報告している.今回の結果とあわせ,MMC併用線維柱帯切除術後も体位変換により,眼圧は速やかに変動することが確認できた.座位眼圧と仰臥位眼圧上昇幅(ΔIOP)の間には有意な正の相関があり,術後座位眼圧が低いほど,仰臥位眼圧上昇幅がより小さかった.仮にMMC併用線維柱帯切除術により仰臥位眼圧上昇幅が抑制されるとすると,その機序は座位から仰臥位への体位変換後,房水が濾過胞へ速やかに流出するためと推測される.これは術後座位眼圧が低い症例ほど,術後の濾過機能がより良好であった可能性が高いためと考えられる.このことから,できるだけ座位眼圧が低い,良好な濾過機能をもった濾過胞を形成することで,仰臥位眼圧上昇幅をより小さくできる可能性が示唆された.今回の検討では,術前の仰臥位眼圧上昇幅を測定していないため,MMC併用線維柱帯切除術により仰臥位眼圧上昇幅を,術前より術後で抑制できたかについては明らかでない.この点に関して検証するためには,今後,MMC併用線維柱帯切除術前後に仰臥位眼圧上昇幅を前向きに測定し比較する必要があると考える.文献1)日本緑内障学会:緑内障診療ガイドライン(第2版).日眼会誌110:777-814,20062)CollaborativeNormal-TensionGlaucomaStudyGroup:Comparisonofglaucomatousprogressionbetweenuntreatedpatientswithnormal-tensionglaucomaandpatientswiththerapeuticallyreducedintraocularpressures.AmJOphthalmol126:487-497,19983)AsraniS,ZeimerR,WilenskyJetal:Largediurnalfluctuationsinintraocularpressureareanindependentriskfactorinpatientwithglaucoma.JGlaucoma9:134-142,20004)KiuchiT,MotoyamaY,OshikaT:Relationshipofprogressionofvisualfielddamagetoposturalchangesinintraocularpressureinpatientwithnormal-tensionglaucoma.Ophthalmology113:2150-2155,20075)HirookaK,ShiragaF:Relationshipbetweenposturalchangeoftheintraocularpressureandvisualfieldlossinprimaryopen-angleglaucoma.JGlaucoma12:379-382,20036)中元兼二,安田典子,南野麻美ほか:正常眼圧緑内障の眼圧日内変動におけるラタノプロストとゲル基剤チモロールの効果比較.日眼会誌108:401-407,20047)SmithDA,TropeGE:Effectofabeta-blockeronalteredbodyposition:inducedocularhypertension.BrJOphthalmol74:605-606,19908)SinghM,KaurB:Posturalbehaviourofintraocularpressurefollowingtrabeculoplasty.IntOphthalmol16:163-166,19929)ParsleyJ,PowellRG,KeightleySJetal:Posturalresponseofintraocularpressureinchronicopen-angleglaucomafollowingtrabeculectomy.BrJOphthalmol71:494-496,198710)KrieglsteinGK,WallerWK,LeydheckerW:Thevascularbasisofthepositionalinfluenceontheintraocularpressure.AlbrechtvonGraefesArchklinexpOphthalmol206:99-106,197811)FribergTR,SanbornG,WeinrebRN:Intraocularandepiscleralvenouspressureincreaseduringinvertedposture.AmJOphthalmol103:523-526,198712)BlondeauP,TetraultJP,PapamarkakisC:Diurnalvariationofepiscleralpressureinhealthypatients:apilotstudy.JGlaucoma10:18-24,200113)WeinrebR,CookJ,FribergT:Effectofinvertedbodypositiononintraocularpressure.AmJOphthalmol98:784-787,198414)GalinMA,McIvorJW,MagruderGB:Influenceofpositiononintraocularpressure.AmJOphthalmol55:720-723,196315)TsukaharaS,SasakiT:PosturalchangeofIOPinnormalpersonsandinpatientswithprimarywideopen-angleglaucomaandlow-tensionglaucoma.BrJOphthalmol68:389-392,1984

タフルプロスト点眼薬のβ 遮断点眼薬への追加効果

2010年7月30日 金曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY(99)959《第20回日本緑内障学会原著》あたらしい眼科27(7):959.962,2010cはじめに緑内障の進行を予防する効果的な治療方法として,エビデンスが得られているのは,眼圧下降のみである1).1999年にプロスト系プロスタグランジン(PG)関連薬が臨床の場に登場して以来,これまで,長年,使用されてきたb遮断薬に代わり,PG関連薬が第一選択となる症例が増えている.その理由として,PG関連薬は,1日1回の点眼で強力な眼圧下降効果が得られること,全身への副作用が少ないことがあげられる2).現在,国内では4種類のプロスト系PG関連薬が臨床使用されている.そのなかで,タフルプロスト点眼薬は,唯一,国内で開発されたプロスト系PG関連薬であり3),強力な眼圧下降効果が示されている4,5).眼圧下降機序には,房水産生,経Schlemm管流出路,経ぶどう膜強膜流出路が関与するが,各薬剤により房水動態に及ぼす影響は異なる.緑内障の薬物治療は,通常,単剤の点眼薬から開始する6)が,単剤では,目標眼圧に到達しない症例も多数ある.眼圧下降薬を併用する場合,各薬剤の作用機序を考慮して選択する必要がある.たとえば,房水産生を抑制するb遮断薬には,房水流出を促進するPG関連薬を組み合わせることが選択肢の一つである.しかし,臨床では,個体の薬剤反応性も大きく,薬剤の相加効果,相殺効果は必ずしも理論どおりにはいかない7).これまで,わが国ではb遮断薬にタフルプロスト点眼薬を追加投与した臨床報告はない.今回,(広義)開放隅角緑〔別刷請求先〕比嘉利沙子:〒101-0062東京都千代田区神田駿河台4-3井上眼科病院Reprintrequests:RisakoHiga,M.D.,InouyeEyeHospital,4-3Kanda-Surugadai,Chiyoda-ku,Tokyo101-0062,JAPANタフルプロスト点眼薬のb遮断点眼薬への追加効果比嘉利沙子*1井上賢治*1若倉雅登*1富田剛司*2*1井上眼科病院*2東邦大学医学部眼科学第二講座AdditiveEffectofTafluprostwithb-BlockerRisakoHiga1),KenjiInoue1),MasatoWakakura1)andGojiTomita2)1)InouyeEyeHospital,2)2ndDepartmentofOphthalmology,UniversityofTohob遮断点眼薬を3カ月間以上単剤使用している原発開放隅角緑内障患者にタフルプロスト点眼薬を追加投与した21例21眼の有効性と安全性を検討した.眼圧は,追加前,投与1カ月後,3カ月後を比較した.問診と細隙灯顕微鏡所見より安全性を確認した.眼圧は,追加前18.0±2.0mmHg,1カ月後15.7±1.6mmHg,3カ月後15.2±2.2mmHgで,タフルプロスト点眼薬追加後,有意に下降した(p<0.0001).眼圧下降幅は,1カ月後2.2±1.7mmHg,3カ月後2.8±1.8mmHgで,両者に有意差はなかった.眼圧下降率は,1カ月後12.0±8.0%,3カ月後15.6±9.1%で,両者に有意差はなかった.副作用として,タフルプロスト点眼薬追加後より1例に眼瞼発赤を認めた.タフルプロスト点眼薬をb遮断薬に追加投与した場合,眼圧は有意に下降し,眼圧下降効果は3カ月間持続した.安全性も良好であった.In21eyesof21glaucomapatientstreatedwithb-blockermonotherapy,weevaluatedtheefficacyandsafetyoftafluprostaddition.Intraocularpressure(IOP)wasmeasuredbeforeandat1and3monthsaftertafluprostaddition.Safetywasjudgedonthebasisofquestionnaireresponsesandslitlampfindings.IOPdecreasedsignificantly,from18.0±2.0mmHgto15.7±1.6mmHgafter1month,andto15.2±2.2mmHgafter3months.IOPreductionwas2.2±1.7mmHgafter1monthand2.8±1.8mmHgafter3months;therewerenosignificantdifferences.IOPreductionrateswas12.0±8.0%after1monthand15.6±9.1%after3months;therewerenosignificantdifferences.Adverseeffectssuchaslidrednesswereobservedin1patient.Additionalstudyisthereforeneededtofurtherestablishtheefficacyandsafetyofadjunctiveuseoftafluprostwithb-blockerfor3months.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(7):959.962,2010〕Keywords:タフルプロスト,b遮断薬,追加効果,眼圧,有効性,安全性.tafluprost,b-blocker,additiveeffect,intraocularpressure,efficacy,safety.960あたらしい眼科Vol.27,No.7,2010(100)内障患者を対象とし,b遮断薬にタフルプロスト点眼薬を追加投与した際の有効性と安全性を検討した.I対象および方法登録期間は2009年1月から8月までで,井上眼科病院で行った.症例の選択基準は,①(広義)開放隅角緑内障患者,②(広義)b遮断点眼薬を3カ月間以上単剤使用している患者,③20歳以上で同意能力がある患者,④文書で同意が得られた患者の4項目をすべて満たしていることを条件とした.副腎皮質ステロイド(点眼または内服)使用中のほか,3カ月以内の内眼手術,角膜屈折矯正手術,虹彩炎の既往歴のある症例は除外した.点眼は,使用中のb遮断薬(1日1回の点眼薬は朝点眼)にタフルプロスト点眼薬を1日1回夜に追加投与した.眼圧は,Goldmann圧平式眼圧計で,追加前,投与1カ月後,3カ月後に,診療時間内(9時から17時)の同一時間帯に同一検者が測定した.眼圧の解析は,1例1眼とし,両眼とも選択基準を満たした症例では,追加前の眼圧が高い眼,同値の場合は右眼を解析眼とした.眼圧は,b遮断薬単剤使用中の3回の平均値を基準値とし,1カ月後,3カ月後と比較した.統計学的解析には,repeatedANOVAおよび多重比較(Bonferroni/Dunnet法)を用いた.眼圧下降幅,眼圧下降率を算出し,それぞれ投与1カ月後と3カ月後を比較した.統計学的解析には,対応のあるt検定を用いた.有意水準を0.05以下とした.安全性については,問診と細隙灯顕微鏡の前眼部所見より判定した.本臨床研究は,井上眼科病院倫理審査委員会の承認(2008年11月20日取得)を得て実施した.II結果登録数は,22例33眼であった.そのうち,1例は,タフルプロスト点眼後より眼瞼発赤を認め点眼を中止としたため,脱落症例とした.解析症例数は,21例21眼(pseudophakia4例4眼を含む)であった.経過病型は,原発開放隅角緑内障7例(33%),正常眼圧緑内障14例(67%)であった.性別は男性7例,女性14例,年齢は63.8±16.1歳(平均±標準偏差)(20.86歳),観察期間は3.2±0.4カ月(2.6.4.0カ月)であった.追加前の平均眼圧は18.0±2.0mmHg(15.22mmHg)であった.Humphrey視野中心30-2プログラムSITA-standardのmeandeviation(MD)値は,.6.54±4.83(.18.01..0.37dB)であった.使用しているb遮断薬は,熱応答ゲル化,イオン応答ゲル化,水溶性を含むマレイン酸チモロールが10眼(47%),持続型を含む塩酸カルテオロールが6眼(29%),ニプラジロールが3眼(14%),塩酸レボブノロールが2眼(10%)であった(図1).1.有効性眼圧は,追加前18.0±2.0mmHg,投与1カ月後15.7±1.6mmHg,3カ月後15.2±2.2mmHgであった.眼圧は,投与1カ月後,3カ月後とも,追加前と比較して,有意に下降した(p<0.0001)(図2).眼圧下降幅は,1カ月後2.2±1.7mmHg,3カ月後2.8±1.8mmHgで,有意差を認めなかった(p=0.21)(図3).眼圧下降率は,1カ月後12.0±8.0%,3カ月後15.6±9.1%で,有意差を認めなかった(p=0.18)(図4).眼圧下降率10%未水溶性マレイン酸チモロール(1日2回朝夕点眼)ニプラジロール(1日2回朝夕点眼)塩酸カルテオロール(1日2回朝夕点眼)塩酸レボブノロール(1日2回朝夕点眼)熱応答ゲル化マレイン酸チモロール(1日1回朝点眼)イオン応答ゲル化マレイン酸チモロール(1日1回朝点眼)持続型塩酸カルテオロール(1日1回朝点眼)4眼(19%)4眼(19%)3眼(14%)3眼(14%)2眼(10%)2眼(10%)3眼(14%)図1使用しているb遮断点眼薬20181614120追加前1カ月後眼圧(mmHg)3カ月後22****図2タフルプロスト点眼薬追加前後の眼圧眼圧は点眼前に比較して,点眼投与1カ月後および3カ月後で有意に下降した.repeatedANOVAおよび多重比較(Bonferroni/Dunnet法)**p<0.0001.64201カ月後眼圧下降幅(mmHg)3カ月後53178NS図3タフルプロスト点眼薬追加後の眼圧下降幅(101)あたらしい眼科Vol.27,No.7,2010961満が8眼(38.1%),20%以上が9眼(42.9%),30%以上の症例はなかった.2.安全性脱落症例1例(4.8%)は,タフルプロスト点眼開始時より,眼瞼発赤がみられたが,点眼中止により改善した.2例(9.5%)は,b遮断薬使用中より,軽度の表層角膜炎を認めたが,タフルプロスト点眼薬追加投与による悪化はみられなかった.結膜充血の自覚は,なしか軽微であり,点眼継続不可能な症例はなかった.また,眼症状以外の全身的副作用は,自覚的に認めなかった.III考按b遮断点眼薬単剤では,眼圧下降効果が不十分と判断した場合,眼圧下降効果が高いPG関連薬への切り替え8)またはPG関連薬や炭酸脱水酵素阻害薬などの追加投与を行う6).b遮断薬には,short-termescape,long-termdriftの2層性の眼圧変化が生じることが知られている9).今回は,b遮断薬を3カ月間以上単剤使用している患者で,さらに安定した眼圧が持続している症例を選択した.b遮断薬では,眼圧の変動が大きいが,本研究では点眼時間と眼圧測定時間を一貫することはできなかった.眼圧測定時間により,ピーク値あるいはトラフ値を測定している可能性がある.追加投与前の基準値となる眼圧は,眼圧変動も考慮して,b遮断薬使用期間中の3回の平均値とした.追加投与後の眼圧は,個々の症例において,同一時間帯で測定した.わが国では,b遮断薬にタフルプロスト点眼薬を追加投与した臨床報告はない.海外では,b遮断薬にタフルプロスト点眼薬を追加投与した臨床報告が一報10)ある.Egorovら10)は,チモロール点眼薬使用時の眼圧が22.30mmHgの緑内障,高眼圧症患者にタフルプロスト点眼薬を追加投与した場合,眼圧下降幅は6.22.6.79mmHgと有意に下降したと報告している.本研究では,投与3カ月後の眼圧下降幅は2.8±1.7mmHgであった.既報との眼圧下降幅の差は,追加投与前の眼圧の違いが大きな要因と考える.b遮断薬に他のPG関連薬を追加投与した臨床報告も散見される11,12).中井ら11)は,b遮断薬にラタノプロスト点眼薬を追加投与した場合,眼圧下降率は19.4±10.3%と報告している.Orengo-Naniaら12)は,b遮断薬にトラボプロスト点眼薬を追加投与した場合,眼圧下降幅は5.7.7.2mmHg,眼圧下降率は23.1.27.7%と報告している.試験デザインが異なるため,単純に数値を比較することはできないが,b遮断薬に他のPG関連薬を追加投与すると,有意に眼圧が下降することが示されている.タフルプロスト点眼薬の単独投与では,桑山ら5)は投与1カ月後の下降幅は6.6±2.5mmHg(投与前眼圧23.8±2.3mmHg)であったと報告している.タフルプロスト点眼薬は,第1剤として使用した場合に比べ,本研究のように第2剤目として使用した場合では,眼圧下降幅は小さくなることが推察される.眼圧下降薬を追加する場合,同じ作用機序を有する薬剤では,理論上,眼圧下降に対する相加効果はない.しかし,臨床では,薬剤の相加効果,相殺効果は必ずしも理論どおりにはいかない.副交感神経刺激薬であるピロカルピンは,経Schlemm管流出路の排出は促進するが,経ぶどう膜強膜流出路からの流出は減少させる.一方,PG関連薬は経ぶどう膜強膜流出路からの流出を促進する.一見,両薬剤は,相反する作用機序を有するようにみえるが,Fristromら7)は,ピロカルピンとラタノプロストを併用した場合の眼圧下降に対する相加効果を報告している.実際に,眼圧下降薬の併用療法を行う場合,作用機序や薬剤のもつ眼圧下降率のみでは,眼圧下降効果を予想することはむずかしい.本研究では,投与3カ月後の眼圧下降率は,15.6±9.1%であった.30%以上の眼圧下降が得られた症例はなかったが,20%以上の眼圧下降が得られた症例は9眼(42.9%)であった.一方,眼圧下降率が10%未満のノンレスポンダーも8眼(38.1%)存在したため,標準偏差値は大きくなったと考える.タフルプロスト点眼薬のおもな副作用は,結膜充血・眼充血(27.3%),眼掻痒症(9.1%),眼刺激(7.3%)と報告されている4).そのうち,中等度以上の副作用は,紅斑および眼瞼紅斑の2例(3.6%)のみと報告されている4).今回,1例(4.8%)は眼瞼発赤がみられ点眼薬を中止したため除外症例とした.この症例は,タフルプロスト点眼薬の中止により,症状は改善している.自覚的な結膜充血は,なしか軽微であり,点眼薬の継続は除外症例を除き,全例とも可能であった.虹彩や眼瞼の色素沈着や睫毛異常などのPG関連薬特有の眼合併症は,今回の経過観察期間中にはみられなかったが,今後,注意深く観察していく必要がある.緑内障治療は,長期にわたる薬物療法が中心であり,眼圧1カ月後眼圧下降率(%)3カ月後30NS20100402515535図4タフルプロスト点眼薬追加後の眼圧下降率962あたらしい眼科Vol.27,No.7,2010(102)下降効果を最大に得るには,点眼薬のアドヒアランスも重要な要素である.現在,b遮断薬と各PG関連薬の合剤の臨床報告13,14)も散見される.今後,これらの臨床成績にも注目したい.結論として,タフルプロスト点眼薬は,b遮断点眼薬に追加投与した場合,有意に眼圧が下降し,眼圧下降効果は3カ月間持続した.点眼薬の安全性も良好であった.文献1)CollaborativeNormal-TensionGlaucomaStudy-Group:Comparisonofglaucomatousprogressionbetweenuntreatedpatientswithnormal-tensionglaucomaandpatientswiththerapeuticallyreducedintraocularpressure.AmJOphthalmol126:487-497,19982)MishimaHK,MasudaK,KitazawaYetal:Acomparisonoflatanoprostandtimololinprimaryopen-angleglaucomaandocularhypertension.A12-weekstudy.ArchOphthalmol114:929-932,19963)NakajimaT,MatsugiT,GotoWetal:NewfluoroprostaglandinF2aderivativeswithprostanoidFP-receptoragonisticactivityaspotentocular-hypotensiveagents.BiolPharmBull26:1691-1695,20034)桑山泰明,米虫節夫:0.0015%DE-085(タフルプロスト)の原発開放隅角緑内障または高眼圧症を対象とした0.005%ラタノプロストとの第III相検証的試験.あたらしい眼科25:1595-1602,20085)TakagiY,NakajimaT,ShimazakiAetal:PharmacologicalcharacteristicsofAFP-168(Tafluprost),anewprostanoidFPreceptoragonist,asanocularhypotensivedrug.ExpEyeRes78:767-776,20046)日本緑内障学会:緑内障診療ガイドライン(第2版).日眼会誌110:777-814,20067)FristromK,NilssonSE:InteractionofPhXA41,anewprostaglandinanalogue,withpilocarpine.Astudyonpatientswithelevatedintraocularpressure.ArchOphthalmol111:662-665,19938)WatsonP,StjernschantzJ,LatanoprostStudyGroup:Asix-months,randomized,double-maskedstudycomparinglatanoprostwithtimololinopen-angleglaucomaandocularhypertension.Ophthalmology103:126-137,19969)BogerWP,PuliafitoCA,SteinertRFetal:Long-termexperiencewithtimololophthalmicsolutioninpatientswithopenangleglaucoma.Ophthalmology58:259-267,197810)EgorovE,RopoA:Adjunctiveuseoftafluprostwithtimololprovidesadditiveeffectsforreductionofintraocularpressureinpatientswithglaucoma.EurJOphthalmol19:214-222,200911)中井正基,井上賢治,若倉雅登ほか:bブロッカー点眼薬にラタノプロストを追加した症例の眼圧下降効果.あたらしい眼科22:693-696,200512)Orengo-NaniaS,LandryT,VonTressMetal:Evaluationoftravoprostasadjunctivetherapyinpatientswithuncontrolledintraocularpressurewhileusingtimolol0.5%.AmJOphthalmol132:860-868,200113)ArendKO,RaberT:Observationalstudyresultsinglaucomapatientsundergoingregimenreplacementtofixedcombinationtravoprost0.004%/timolol0.5%inGerman.JOcularPharmacoTher24:414-420,200814)RossiGC,PasinettiGM,BracchinoMetal:Switchingfromconcomitantlatanoprost0.005%andtimolol0.5%toafixedcombinationoftravoprost0.004%/timolol0.5%inpatientswithprimaryopen-angleglaucomaandocularhypertension:a6-month,multicenter,cohortstudy.OpinPharmacoTher10:1705-1711,2009***

原発開放隅角緑内障におけるラタノプロストと塩化ベンザルコニウム非含有トラボプロスト点眼前後の角膜厚および眼圧変化

2010年7月30日 金曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY(95)955《第20回日本緑内障学会原著》あたらしい眼科27(7):955.958,2010cはじめにラタノプロストおよびトラボプロストはいずれもプロスタグランジン関連薬の一つであり,1日1回で強力な眼圧下降効果を示し,また,全身副作用がないことから第一選択薬として広く用いられている.プロスタグランジン関連薬の眼圧下降機序はいまだ明らかではないが,おもに毛様体および強膜のmatrixmetalloproteinase(MMP)の活性化に伴うコラーゲンの減少を含む細胞外マトリックスのリモデリングと考えられている1).しかし,FP受容体は角膜にもあるため2),同様の機序が角膜においてもみられる可能性がある.近年,プロスタグランジン関連薬治療前後の中心角膜厚の変化に関する報告が散見されるが,治療後,中心角膜厚は減少する3.5),変わらない6),増加する7)報告があり,プロスタグランジン関連薬の中心角〔別刷請求先〕里誠:〒164-8541東京都中野区中野4-22-1東京警察病院眼科Reprintrequests:MakotoSato,M.D.,TokyoMetropolitanPoliceHospital,4-22-1Nakano,Nakano-ku,Tokyo164-8541,JAPAN原発開放隅角緑内障におけるラタノプロストと塩化ベンザルコニウム非含有トラボプロスト点眼前後の角膜厚および眼圧変化里誠中元兼二小川俊平安田典子東京警察病院眼科EffectofLatanoprostandTravoprostwithoutBenzalkoniumChlorideonCornealThicknessandIntraocularPressureinPrimaryOpen-AngleGlaucomaMakotoSato,KenjiNakamoto,ShunpeiOgawaandNorikoYasudaDepartmentofOphthalmology,TokyoMetropolitanPoliceHospital広義の原発開放隅角緑内障30例57眼においてラタノプロストと塩化ベンザルコニウム(BAC)非含有トラボプロストの中心角膜厚,周辺角膜厚および眼圧に及ぼす効果について検討した.対象を無作為にラタノプロスト治療群,BAC非含有トラボプロスト治療群に割付け,ラタノプロスト0.005%(キサラタンR),BAC非含有トラボプロスト0.004%(トラバタンズR)を1日1回夜片眼または両眼に点眼させて,治療前および治療後8週に,角膜厚および眼圧を測定した.眼圧は両治療群とも治療後有意に下降した(p<0.001).眼圧下降率は,両治療群間に有意な差はなかった(p=0.72).中心角膜厚は,ラタノプロスト治療群では治療前後で有意な変化はなかった(p=0.20)が,BAC非含有トラボプロスト治療群では治療後有意に減少した(p=0.007).周辺角膜厚は両治療群とも治療後有意に減少した(ラタノプロスト治療群:p=0.03,BAC非含有トラボプロスト治療群:p=0.002).Weinvestigatedtheeffectoflatanoprostandtravoprostwithoutbenzalkoniumchloride(BAC-freetravoprost)oncornealthickness(CT),paracentralCTandintraocularpressure(IOP).Subjectscomprised30patients(57eyes)withprimaryopen-angleglaucomawhowererandomlyassignedtoreceivelatanoprost(16patients,30eyes)orBAC-freetravoprost(14patients,27eyes)for8weeks.CTandIOPweremeasuredbeforeandaftertreatment.StatisticallysignificantIOPreductionwasobservedinbothgroups(p<0.001),withnosignificantdifferencebetweentheirpercentreductions(p=0.72).CentralCTdecreasedsignificantlyonlyintheBAC-freetravoprostgroup(p=0.007);peripheralCTdecreasedsignificantlyinbothgroups(latanoprostgroup:p=0.03,BAC-freetravoprostgroup:p=0.002).〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(7):955.958,2010〕Keywords:原発開放隅角緑内障,ラタノプロスト,トラボプロスト,角膜厚,眼圧.primaryopen-angleglaucoma,latanoprost,travoprost,cornealthickness,intraocularpressure.956あたらしい眼科Vol.27,No.7,2010(96)膜厚に及ぼす効果に関してもいまだ明らかでない.また,プロスタグランジン関連薬の傍中心角膜厚に及ぼす効果に関しては,筆者らの調べる限り,いまだ報告されていない.そこで今回,広義の原発開放隅角緑内障におけるラタノプロストと塩化ベンザルコニウム(BAC)非含有トラボプロストの中心角膜厚,傍中心角膜厚および眼圧に及ぼす効果について検討した.I対象および方法対象は2008年4月から12月までに東京警察病院を受診した,治療歴のない広義の原発開放隅角緑内障患者30例57眼で,年齢は56.3±13.0(31.80)歳,性別は男性20例,女性10例である.原発開放隅角緑内障(狭義)は3例6眼,正常眼圧緑内障は27例51眼であった.除外基準は,重篤な角膜疾患,ぶどう膜炎の既往のあるもの,内眼手術の既往のあるもの,角膜内皮細胞密度が1,500個/mm2以下のもの,コンタクトレンズ装用者,担当医が不適切と判断したものである.本試験は東京警察病院治験審査委員会にて承認されており,本試験開始前に全例に試験の内容などを口頭および文書を用いて十分に説明し同意を得た.対象を無作為にラタノプロスト治療群16例30眼,BAC非含有トラボプロスト治療群14例27眼に割付けた.ラタノプロスト治療群はラタノプロスト0.005%(キサラタンR)を,また,BAC非含有トラボプロスト治療群はBAC非含有トラボプロスト0.004%(トラバタンズR)を1日1回夜片眼または両眼に点眼させた.1滴点眼後5分以上涙.圧迫および眼瞼を閉瞼させた.治療前および治療後8週に,角膜厚および眼圧を測定した.角膜厚は,ビサンテ前眼部光干渉断層計のPachymetryscan(スキャン方向8方向)で1回測定し,角膜中心から0.2mm(中心角膜)の平均値と2.5mm(傍中心角膜)の平均値を用いてそれぞれ検討した.なお,ビサンテ前眼部光干渉断層計のPachymetryscanでの中心角膜厚測定の再現性は良好であることはすでに報告されている8).眼圧は,Goldmann圧平眼圧計で治療前後ともに同一医師が1回測定した.測定は,角膜厚から行い,直後に眼圧を測定した.まず,両群の背景因子を比較した.つぎに,各治療群において治療前後の中心角膜厚,傍中心角膜厚,眼圧を比較した.また,各治療群において治療前中心角膜厚と眼圧下降率[((治療前眼圧.治療後眼圧)/治療前眼圧)×100(%)]との関係を回帰分析を用いて検討した.さらに,各群において中心角膜厚変化率[((治療前中心角膜厚.治療後中心角膜厚)/治療前中心角膜厚)×100(%)]と眼圧下降率との関係を回帰分析を用いて検討した.統計解析は,群内比較にはWilcoxonsigned-rankstest,群間比較には,Mann-WhitneyUtestを用いた.有意水準はp<0.05とした.II結果経過中,全例重篤な副作用はなく,中止・脱落したものはなかった.両治療群の背景因子には有意差はなかった(表1).眼圧は,ラタノプロスト治療群では治療前15.5±3.2mmHg,治療後13.4±2.5mmHg,BAC非含有トラボプロスト治療群では治療前16.3±3.2mmHg,治療後13.9±2.9mmHgであり,両治療群とも治療後有意に下降した(p<0.001)(表1).眼圧下降率はラタノプロスト治療群で11.6±16.4%,BAC非含有トラボプロスト治療群で13.6±16.5%であったが,両治療群間に有意な差は認めなかった(p=0.72)(図1).中心角膜厚は,ラタノプロスト治療群では治療前527.5±25.8μm,治療後526.3±26.7μmであり,治療前後で有意差表1背景因子治療群ラタノプロストp値(n=30)BAC非含有トラボプロスト(n=27)年齢(歳)58.5±12.153.9±13.90.17性別(男/女)11/59/50.20等価球面度数(D).2.5±2.4.3.7±4.30.45角膜厚(μm)中心(0.2mm)527.5±25.8528.9±43.00.94傍中心(2.5mm)544.3±26.3547.1±42.40.77眼圧(mmHg)15.5±3.216.3±3.20.39MD(dB).4.6±6.1.4.8±4.70.55両治療群の背景因子には有意差はなかった.MD:meandeviation.平均値±標準偏差.0481216ラタノプロスト治療群(n=30)BAC非含有トラボプロスト治療群(n=27)眼圧下降率(%)Mean±SE図1眼圧下降率比較眼圧下降率はラタノプロスト治療群で11.6±16.4%,BAC非含有トラボプロスト治療群で13.6±16.5%であり,両治療群間に有意な差はなかった(p=0.72).(97)あたらしい眼科Vol.27,No.7,2010957はなかった(p=0.20).BAC非含有トラボプロスト治療群では,中心角膜厚は治療前528.9±43.1μm,治療後525.3±44.7μmであり,治療後中心角膜厚は有意に減少した(p=0.007)(表2).傍中心角膜厚は,ラタノプロスト治療群では治療前544.3±26.3μm,治療後542.0±28.1μm(p=0.03),BAC非含有トラボプロスト治療群は治療前547.1±42.4μm,治療後543.0±43.4μmであり(p=0.002),両群とも治療後有意に減少した(表2).治療前中心角膜厚と眼圧下降率の関係を回帰分析で検討したところ,両群とも治療前中心角膜厚と眼圧下降率の間に有意な相関はなかった(ラタノプロスト治療群:眼圧下降率=.35.3+0.09×治療前中心角膜厚,r2=0.02,r=0.14,p=0.46,BAC非含有トラボプロスト治療群:眼圧下降率=.13.6+0.05×治療前中心角膜厚,r2=0.02,r=0.13,p=0.50).中心角膜厚変化率と眼圧下降率の間には,両治療群ともに有意な正の相関があり,中心角膜厚変化率が大きいほど眼圧下降率が大きかった(ラタノプロスト治療群:眼圧下降率=10.2+6.2×中心角膜厚変化率,r2=0.16,r=0.41,p=0.03,BAC非含有トラボプロスト治療群:眼圧下降率=9.9+5.3×中心角膜厚変化率,r2=0.17,r=0.41,p=0.03)(図2).III考按ラタノプロストとトラボプロストの眼圧下降効果を比較した海外の報告によると,夕方9)または点眼24時間後のトラフ時刻10)で,トラボプロストのほうがラタノプロストより眼圧下降効果が大きいとするものがあるが,点眼12時間後のピーク時刻においては両者の眼圧下降効果には差がないとする報告が多い9.11).今回筆者らは,日本人を対象にピーク時刻でのラタノプロストとBAC非含有トラボプロストの眼圧下降効果を比較したところ,両者の眼圧下降率には有意な差がなかった.このことから,日本人の原発開放隅角緑内障(広義)においてもラタノプロストとBAC非含有トラボプロストの眼圧下降効果はピーク時刻では差がないといえる.プロスタグランジン関連薬の中心角膜厚への影響に関しては,近年いくつかの報告が散見されるが,いまだ明らかではない.Arcieriら6)によると,原発開放隅角緑内障および高眼圧症患者を対象にして,ラタノプロスト,トラボプロストおよびビマトプロストの血液房水柵および中心角膜厚へ及ぼす影響を調べたところ,ビマトプロストのみが中心角膜厚を有意に減少させ,ラタノプロストおよびトラボプロストでは中心角膜厚は有意に変化しなかった.一方,Hatanakaら4)は,開放隅角緑内障患者52例52眼をビマトプロスト,トラボプロストまたはラタノプロストで8週治療したところ,中心角膜厚はすべての群において有意に減少したと報告している.また,逆に治療後中心角膜厚が増加したとする報告も表2治療前後の眼圧および角膜厚変化治療群ラタノプロスト(n=30)BAC非含有トラボプロスト(n=27)眼圧(mmHg)治療前15.5±3.2p<0.001*16.3±3.2p<0.001*後13.4±2.513.9±2.9角膜厚(μm)中心(0.2mm)治療前527.5±25.8p=0.20528.9±43.0p=0.007*後526.3±26.7525.3±44.7傍中心(2.5mm)治療前544.3±26.3p=0.03*547.1±42.4p=0.002*後542.0±28.1543.0±43.4*:有意差あり.平均値±標準偏差.ラタノプロスト治療群非含有トラボプロスト治療群402000-20-2-1012-3-2-10123眼圧下降率(%)4020-20眼圧下降率(%)中心角膜厚変化率(%)中心角膜厚変化率(%)図2中心角膜厚変化率と眼圧下降率との関係中心角膜厚変化率と眼圧下降率の間には,両治療群ともに有意な正の相関があり,両群とも中心角膜厚変化率が大きいほど眼圧下降率が大きかった(ラタノプロスト治療群:眼圧下降率=10.2+6.2×中心角膜厚変化率,r2=0.16,r=0.41,p=0.03,BAC非含有トラボプロスト治療群:眼圧下降率=9.9+5.3×中心角膜厚変化率,r2=0.17,r=0.41,p=0.03).958あたらしい眼科Vol.27,No.7,2010(98)ある7).Bafaら7)は,開放隅角緑内障患者108眼を無作為にラタノプロスト,トラボプロストまたはビマトプロストで2年間治療したところ,ラタノプロストとビマトプロストでは,中心角膜厚は治療後有意に増加したが,トラボプロスト治療群では有意な変化はなかったと報告している.このように,現時点では,両薬剤の中心角膜厚に与える影響については,明らかではない.また,傍中心角膜厚も,中心角膜厚と同様に眼圧と有意な正の相関を示すことがHamilton12)により報告されているが,これまでプロスタグランジン関連薬の傍中心角膜厚に及ぼす効果に関する報告はない.そこで今回,広義の原発開放隅角緑内障患者を対象に,ラタノプロスト,BAC非含有トラボプロストの中心角膜厚および傍中心角膜厚への影響を調べた.治療後の中心角膜厚は,ラタノプロスト治療群では,平均1.2μm,BAC非含有トラボプロスト治療群では平均3.7μm減少していたが,有意な変化はBAC非含有トラボプロスト治療群のみにみられた.また,傍中心角膜厚はラタノプロスト治療群では,平均5.0μm,BAC非含有トラボプロスト治療群は平均6.0μm減少しており,これらは両治療群とも有意な変化であった.しかし,中心角膜厚変化値の範囲はラタノプロスト治療群で.12.+10μm,BAC非含有トラボプロスト治療群で.14.+14μmと小さく,また,Goldmann圧平眼圧計の測定誤差も併せて考慮すると,両薬剤による中心角膜厚の変化が眼圧測定値に与える影響は,臨床上ほとんど問題にならないと考えられる13).今回の検討では,両治療群ともに中心角膜厚変化率と眼圧下降率の間に有意な正の相関があり,両治療群ともに中心角膜厚変化率が大きいほど眼圧下降率が大きいという結果であった.仮に,プロスタグランジン関連薬による角膜厚減少の機序が,眼圧下降機序と同様にMMPの活性化によるコラーゲン減少を含む細胞外マトリックスのリモデリングであるとすると1,14),毛様体や強膜における薬理作用が強い症例ほど,角膜での作用もより強い可能性が考えられる.あるいは,この中心角膜厚減少による見かけ上の眼圧下降効果のために真の眼圧下降効果が過大評価されている可能性も否定できない.しかし,今回の中心角膜厚変化率と眼圧下降率の相関はいずれの治療群においても弱く,また,本試験は少数例,短期間での検討であるため,より多数例,長期間で検討する必要があると考える.文献1)TorisCB,GabeltBT,KaufmannPL:Updateonmechanismofactionoftopicalprostaglandinsforintraocularpressurereduction.SurvOphthalmol53:S107-S120,20082)Schlotzer-SchrehardtU,ZenkelM,NusingRM:ExpressionandlocalizationofFPandEPprostanoidreceptorsubtypesinhumanoculartissues.InvestOphthalmolVisSci43:1475-1487,20023)SenE,NalcaciogluP,YaziciAetal:Comparisonoftheeffectoflatanoprostandbimatoprostoncentralcornealthickness.JGlaucoma17:398-402,20084)HatanakaM,VessaniRM,EliasIRetal:Theeffectofprostaglandinanalogsandprostamideoncentralcornealthickness.JOculPharmacolTher25:51-53,20095)HarasymowyczPJ,PapamatheakisDG,EnnisMetal:Relationshipbetweentravoprostandcentralcornealthicknessinocularhypertensionandopen-angleglaucoma.Cornea26:34-41,20076)ArcieriES,PierreFilhoPT,WakamatsuTHetal:Theeffectsofprostaglandinanaloguesonthebloodaqueousbarrierandcornealthicknessofphakicpatientswithprimaryopen-angleglaucomaandocularhypertension.Eye22:179-83,20087)BafaM,GeorgopoulosG,MihasCetal:Theeffectofprostaglandinanaloguesoncentralcornealthicknessofpatientswithchronicopen-angleglaucoma:a2-yearstudyon129eyes.ActaOphthalmol,2009,Epubaheadofprint8)大貫和徳,前田征宏,伊藤恵里子ほか:検者間および同一検者での前眼部OpticalCoherenceTomographyの測定再現性.視覚の科学29:103-106,20089)NetlandPA,LandryT,SullivanEKetal:Travoprostcomparedwithlatanoprostandtimololinpatientswithopen-angleglaucomaorocularhypertension.AmJOphthalmol132:472-484,200110)DubinerHB,SircyMD,LandryTetal:Comparisonofthediurnalocularhypotensiveefficacyoftravoprostandlatanoprostovera44-hourperiodinpatientswithelevateintraocularpressure.ClinicalTher26:84-91,200411)vanderValkR,WebersCA,SchoutenJSetal:Intraocularpressure-loweringeffectsofallcommonlyusedglaucomadrugs:ameta-analysisofrandomizedclinicaltrials.Ophthalmology112:1177-1185,200512)HamiltonK:Midperipheralcornealthicknessaffectsnoncontacttonometry.JGlaucoma18:623-627,200913)DoughtyMJ,ZamanML:Humancornealthicknessanditsimpactonintraocularpressuremeasures:areviewandmeta-analysisapproach.SurvOphthalmol44:367-408,200014)WuKY,WangHZ,HongSJ:Effectoflatanoprostonculturedporcinecornealstromalcells.CurrEyeRes30:871-879,2005***

眼科医にすすめる100冊の本-7月の推薦図書-

2010年7月30日 金曜日

あたらしい眼科Vol.27,No.7,20109490910-1810/10/\100/頁/JCOPYファンクショナル・アプローチという手法が生まれたのは,1947年,今から60年以上も前のGE社(ゼネラル・エレクトリック社)でのことです.これほどの歴史を持っていながら,昨今のビジネス界ではほとんど知られていません.なぜ意外と知られていないかというと,それには理由があります.活用の場面が技術の分野中心だったからです.(本書より)しかし,世の中のあらゆる製品,サービス,ビジネス,組織などには必ずファンクション(機能)があります.必ずです.このファンクションを見抜く力が身につけば,状況を正しく分析できます.分析力があれば,それまでの常識を逆転させることができるのです.必要だと思っていたものが,本当は不必要であることに気がつくでしょう.あなたは,本当に必要なものだけを追いかけるべきです.(本書より)著者は,公共事業の設計に携わってきた建設コンサルタントです.必要なものを作り,必要でないものは作らない.ただひたすら,そのことにこだわってきた方です.「私が10年の間に扱った公共事業の総額は1兆円にのぼり,縮減提案したコスト縮減総額は,実に2000億円を超えました」(本書より)最近話題の「仕分け」とは違うのでしょうが,私たちの税金のムダを10年前からセーブしてきた方です.彼は,どうやって日本の公共事業に大きな影響を与えることができたのか?それは,ファンクショナル・アップローチの原理を理解したからである,ファンクショナル・アプローチの原理を使えば,問題を見る視点が変わる,問題に対する意識が変わりうる,と著者は言います.本書によれば,問題解決には5つのフェーズがあります.フェーズ1問題の認識(Identification)フェーズ2改善点の特定(Specification)フェーズ3解決手段の選択(Selection)フェーズ4解決手段の適用(Utilization)フェーズ5改善効果の評価(Evaluation)(本書より)問題解決のカギは「問題の認識」と「改善の特定」にあり,そもそも「問題の認識」とは,「問題があることに気づくこと」です.問題が問題なのは,何が問題であるかに気がついていないことにあります.パターン化した日常のなかでは,わざわざ,今どんな問題があるかを探すこともありません.したがって,今起こっている問題,または,近い将来に起こるであろう問題に目を向けることさえないのです.変化を感知しなければ,当然解決策もなければ,改善の可能性もないものです.さらに,問題解決には,3つの関所があります.認識の関所文化の関所感情の関所つまり,先入観であり,固定概念であるわけです.これらの関所こそが,問題を覆い隠す,問題なのです.問題を認識するには,次の3種類の方法があります.①短期的に現れる変化から問題を知る②わずかに現れている兆候から問題を見つける③事前に問題の発生を察する(本書より)(89)■7月の推薦図書■ワンランク上の問題解決の技術(実践編)横田尚哉著(ディスカヴァー)シリーズ─93◆伊藤守株式会社コーチ・トゥエンティワン950あたらしい眼科Vol.27,No.7,2010多くの場合,問題解決の手だてを見つけようと必死になりますが,まずは「ファンクション」というスタンスに立つ.ファンクション(機能,目的,効用,意図)が何かに立ち返ることです.形にこだわるのではなく,本来のファンクションがなんであったかに戻って観察してみること.「何故こうなってしまったのか」「どうしたらいいのだろう」「誰か知っている人はいないだろうか」これらの問いかけはあまり機能しません.たとえ改善点がわかっていても,問題は解決しません.解決手段がいくらあっても,問題は解決できません.「何を」「どのように」改善すればいいのか.この両方がそろって,はじめて問題は解決されるのです.(本書より)もう少し具体的に言えば,ファンクションは「それは○○を○○するものである」と名詞と他動詞で表現することで,使えるものになります.たとえば,眼鏡の度が合わなくなってきたときに,どこで眼鏡を買うか,視力検査をするか,といった質問が取り込まれます.しかし,目的は,視力を補うことであって,眼鏡を買うことではないのです.視力さえ補うことができれば,眼鏡である必要はありません.コンタクトでも,レーシックでもいいのです.ですから,最初に戻って,「眼鏡は視力を補うものである」「私の欲しいものは,視力を補うことである」そうであれば,眼鏡に対するこだわりから解放され,本来の目的に立ち返ることができます.問題解決の一つは,本来の目的がなんであるかを見つけることです.また,「努力のわりに効果があらわれない」と感じているときには,「他に,別のやり方があるかもしれない」「そもそも,どんな意味があったんだろう」「自分は,何を求められているんだろうか?」など,視点を変えることができれば,努力そのものも改善できます.また解決手段はまだまだ残されています.本書を読み進むと,考えかたやアプローチの方法は,コーチングと重なる部分が多くあります.それは「質問」や「問いの共有」によって視点を変え,そこに問題解決の可能性を見いだそうとする試みです.特に自分自身に対する質問にポイントがあります.「それは何のために」「それは誰のために」.もちろん相手にも向けられた質問ではありますが,これらは,日常的に自分自身に対してする質問として有効だと思います.コーチングにおいては,自分に対する質問として,以下を紹介しています.学ぶ人の質問□なにをしたら,うまくいく?□なにに責任をもって考えればいい?□事実はどういうこと?□全体の見通しを考えたらどうなる?□どんな選択ができる?□この件で役立つことはなに?□この件から私はなにを学べるだろうか?□あの人はなにを考え,なにを感じ,なにを必要としているのかな?□今できることはなに?批判する人の質問□なんでこんなひどいことが起きたのだろう?□だれのせい?□どうすれば自分がただしいと証明できるだろう?□他者から自分の縄張りを握れるのか?□なんで負けてしまうのか?□なんで私がひどい目に遭うの?□どうしてあの人はいつもくよくよするんだろう?すべては「前向き」質問でうまくいくマリリーG.アダムス著中西真雄美訳ディスカヴァー出版自分自身への質問は,他の人や組織の問題発見や問題解決のための一つの視点になると思います.著者の横田さんは「情熱大陸」でも紹介され,注目を浴びている方です.たまたま弊社の講演会でも話していただきました.横田さんのお話は,理論的であるだけでなく,ファンクショナル・アプローチを用いて,もっといい国にしたい,もっと人や組織をいいものにしたい,という情熱に裏付けられたものでした.講演の最後に,「私のやりたいことは,30年後の子供たちに輝ける未来を与えること,ファンクショナル・アプローチはそのための手段であり,それが目的な訳ではない」と言われました.事業仕分けの現場で,横田さんに「仕分け」をお願いしたいと思うのでした.(90)

眼研究こぼれ話 7.電気生理学の研究 富田,金子両氏の偉業

2010年7月30日 金曜日

(87)あたらしい眼科Vol.27,No.7,2010947電気生理学の研究富田,金子両氏の偉業細胞が機能を発揮すると,その中に電気が起こる.これを生電気と呼ぶ.増幅装置を使って,この非常に微少な電気の様子を記録すると,細胞の活動の実態を知ることができる.この技術を駆使する研究分野を電気生理学と言う.この研究は,いろいろの細胞や組織で広く行われているが,神経細胞,特に網膜の細胞は深く調べられている.電極を角膜の上において,フラッシュを網膜に照らせて,網膜内の電位の差をオシログラフに描かせる技術は電気網膜図と言われて,比較的簡単な方法である.全般的な視力,特に,最小限の感光度,または色に対する感度などをはっきりと示すことができるので,臨床的に広く応用されている.また,この方法で失明原因が眼そのものであるか,または脳内の病変によるかをはっきりさせることができる.コナルカを読めない動物や小児の視力を最も正確に記録する方法にもなっている.私の研究室では実験動物を全部この方法で調べている.この電気生理学を個々の細胞に応用しようとする試みが,日本の生理学者によって開拓された.非常に細い電極を細胞の中に挿(そう)入して,光を照らしたり,その他の刺激を与えて,個々の細胞の反応を引き出そうとする考えである.直径が100分の1ミリの大きさの細胞の中へ突っ込む針はもっと小さくなる.どんな硬い物質でもこのように小さくすれば,髪の毛より弱くなるのは当然であって,強く押すと,電極が壊れるか,または細胞を向こうへ押しやるばかりで細胞膜を突き抜いてくれない困難さがある.このようなとき,慶応大学の富田教授は窓の外で行われている道路工事をながめながら思案しておられた.工夫たちのもらっている日給のことでも考えるのが凡人の常であるが,富田教授は,小さい空気ハンマーが,楽々とコンクリートの中へ入っていく様子を目の前に見て,飛び上がるばかりに驚かれたのである.小さく,するどい衝撃があれば,毛のような電極も,硬い細胞膜を突き破ることができると考えつかれた先生は,微細な震動板を作られてその上に置いた細胞に,そっと,電極を下ろしてみた.なんの苦もなく,電極を細胞内に挿入することができたのである.この偉大な思いつきによって,富田研究室は次々と大発見を重ねていかれ,世界の電気生理学のメッカとさえなったのである.同様に慶応大学の金子博士は,ハーバードの生理学教室で,すばらしい仕事をした.彼は,この微細な電極の中に,プロシアン黄という色素をそっと隠しておいたのである.細胞の刺激に対する反応を十分に調べ上げたあげく,この色素を細胞の中に注入して,実験をおしまいにすると,後に顕微鏡でこの細胞をはっきりと見ることができた.この方法で,0910-1810/10/\100/頁/JCOPY眼研究こぼれ話桑原登一郎元米国立眼研究所実験病理部長●連載⑦.▲網膜の中で水平に広がっている細胞.ヒトデのような形の細胞には特有な電気反応がある.約500倍拡大.948あたらしい眼科Vol.27,No.7,2010眼研究こぼれ話(88)どのような細胞が,どのような電気反応を起こすかの理論を,すっきりとうちたてたのである.ある春の学会で,彼は全く真摯(.し)な態度で,このすばらしい実験を発表した.あまりの見事さに,ついに聴衆者は,新しいデータがスクリーンに映し出されるたびに大拍手を送ったのである.金子博士は学問の醍醐(だいご)味を味わったはずである.富田教授も,金子博士も,このような大成功の裏には,脳みそをサンドペーパーでこするような苦労を重ねた日々があったにちがいない.(原文のまま.「日刊新愛媛」より転載)☆☆☆お申込方法:おとりつけの書店,また,その便宜のない場合は直接弊社あてご注文ください.メディカル葵出版年間予約購読ご案内眼における現在から未来への情報を提供!あたらしい眼科2010Vol.27月刊/毎月30日発行A4変形判総140頁定価/通常号2,415円(本体2,300円+税)(送料140円)増刊号6,300円(本体6,000円+税)(送料204円)年間予約購読料32,382円(増刊1冊含13冊)(本体30,840円+税)(送料弊社負担)最新情報を,整理された総説として提供!眼科手術2010Vol.23■毎号の構成■季刊/1・4・7・10月発行A4変形判総140頁定価2,520円(本体2,400円+税)(送料160円)年間予約購読料10,080円(本体9,600円+税)日本眼科手術学会誌(4冊)(送料弊社負担)【特集】毎号特集テーマと編集者を定め,基本的事項と境界領域についての解説記事を掲載.【原著】眼科の未来を切り開く原著論文を医学・薬学・理学・工学など多方面から募って掲載.【連載】セミナー(写真・コンタクトレンズ・眼内レンズ・屈折矯正手術・緑内障・眼感染アレルギーなど)/新しい治療と検査/眼科医のための先端医療他【その他】トピックス・ニュース他■毎号の構成■【特集】あらゆる眼科手術のそれぞれの時点における最も新しい考え方を総説の形で読者に伝達.【原著】査読に合格した質の高い原著論文を掲載.【その他】トピックス・ニューインストルメント他株式会社〒113.0033東京都文京区本郷2.39.5片岡ビル5F振替00100.5.69315電話(03)3811.0544http://www.medical-aoi.co.jp

私が思うこと 22.人生いろいろ

2010年7月30日 金曜日

あたらしい眼科Vol.27,No.7,2010945シリーズ私が思うこと(85)名古屋大学眼科で38年お世話になり,平成17年に退官しました.教授在任期間は7年8カ月ときわめて短く,これは自分にとって幸運であったと思います.教授になるまでは,ある種の緊張感があり,55歳まで研究,臨床にのめり込んでいました.私の臨床研究は20歳代は基礎勉強,30歳代は黄斑部局所ERG(網膜電図)に代表される診断機器の開発と症例収集で,簡単に申しますとデータのもとを粛々と整えていた時代でした(図1).そして40歳代にこれらが実り次々に新しいデータが出てまいりました.私の学者生活での研究成果の代表作はほとんどすべてが40歳代に完成したものです.実際,私が57歳のときから4年間理事長(会長)を務めた国際臨床視覚電気生理学会(ISCEV)も,最初に学会へ参加したのは40歳のときでした.もし何かの間違いで40歳代前半に教授になっていたら,忙しさに追われ多くの研究は日の目を見ることはなかったかもしれません.55歳まで教授にならず(なれず?),自分で研究することができたのは実に幸運でした.名古屋大学を退官したあとは,愛知淑徳大学という文科系の大学に勤めることになっておりました.この大学は医療にも興味をもっており,あまり大きくない附属病院の新設を予定していて,ここで院長として働きながら適当に学生教育をして,のんびり生活しようと楽しみにしておりました.ところが退官を3カ月後に控えた平成17年の1月に国立病院機構・東京医療センターの田中靖彦病院長からその附属施設で開設されたばかりである国立感覚器センターの所長になってほしいとの依頼が突然参りました.この研究所が眼科,耳鼻科にとっていかに大事かを知っておりましたので,2年という約束でお引き受けしました.この東京での生活は実に充実しており,行政との繋がりや多くの友人を得ました.そこで知り合った人たちの私を囲む会は,今でも続いております(図2).また名古屋大学を退官するときにJJO(JapanesesJournalofOphthalmology)の編集長を引き受け,東京での生活のかなりの部分をJJO編集に捧げました.0910-1810/10/\100/頁/JCOPY三宅養三(YozoMiyake)愛知医科大学理事長1942年名古屋生まれ.一族には多くの眼科医がみられ,“眼科医”という病気があると仮定すると,浸透率の高い優性遺伝病の一家系のような気がします.しかし私のように大学生活を最後まで続けた変わり者はおらず,最も重症な患者であろうと思われます.最近,島倉千代子の名曲「人生いろいろ」を口ずさんでおります.(三宅)人生いろいろ図11982年に完成した黄斑部局所ERG装置図2東京在住中にできた三宅会の面々(今年の名古屋の日本眼科学会総会の折り)946あたらしい眼科Vol.27,No.7,2010あっという間に2年が経ち名古屋に戻り,ようやく愛知淑徳大学に行くことになりました.この大学は文化の香りにあふれた,本当に素晴らしい大学でした.今度こそこの大学でゆっくりしたいと夢見ておりましたが,近くにある愛知医科大学の加藤延夫理事長から愛知医科大学のためにも力を貸してほしいと頼まれ,愛知医科大学の理事を兼務することになりました.加藤理事長は名古屋大学細菌学教授であった方で,医学部長を3期と名古屋大学総長を2期務められたあと,愛知医科大学学長・理事長になられた名古屋大学にとっては最大のボス的存在の方でした.その方から愛知医科大学の今後を頼むといわれたときは,正直驚きました.私は名古屋大学時代に医学部長も病院長も経験がなく,このような大学の要職に就こうとは夢にも思っておりませんでした.平成22年1月に愛知医科大学の理事長に就任しましたが,なぜ私が理事長に選ばれたかを考えてみました.私は経営学や経済学に強いわけではありませんが,取柄として長年臨床研究を続け学問的に眼科学にある程度貢献できたことと,一緒に仕事をしてきたなかから多くの人材が育ったことであろうと自負しております.加藤先生はこの点を高く評価して下さり,大学人としてのよい価値観をもってそれを実行した人が大学を引っ張っていく人の一番大切な点であるということを強調され,私はある意味でその考えに深く感動しました.名古屋大学を退官したとき,私はこのような変化に富んだ将来をまったく想像することはできませんでした.このような自分の運命に呆然としたこともあり,島倉千代子の歌った名曲「人生いろいろ」が頭をよぎります.名古屋大学での教授生活はきわめて短いものでしたが,その後にさらに責任ある立場に次々と遭遇するとは,人生何が起こるかわかりませんね.三宅養三(みやけ・ようぞう)1967年名古屋大学医学部卒業1968年名古屋大学医学部眼科入局1976年ボストンRetinaFoundation留学1986年名古屋大学眼科助教授1997年名古屋大学眼科教授2005年国立感覚器センター所長2007年愛知淑徳大学教授2010年愛知医科大学理事長(86)☆☆☆

インターネットの眼科応用 18.クラウドコンピューティングと医療2

2010年7月30日 金曜日

あたらしい眼科Vol.27,No.7,20109430910-1810/10/\100/頁/JCOPY医療クラウドがもたらす可能性近年,クラウドコンピューティングという言葉をしばしば耳にするようになりました.これは,インターネットを通じて,アプリケーションソフトを「共有する」という仕組みです.従来は,パッケージで購入したワープロや表計算などのアプリケーションソフトを自分のパソコンにインストールして利用していましたが,クラウドコンピューティングでは,これらをすべてインターネットに接続して利用します.医療に関係する専門ソフトの例をあげますと,医事会計ソフト,予約システム,画像管理システム,電子カルテなどが臨床の現場で使われていますが,これらすべての医療ソフトもクラウドコンピューティングによって,購入せずに利用することが,理論上は可能です.今後,インターネットは,電力や上下水道や公共交通機関や金融システムなどと同様に,社会基盤の一つになるといわれており,ソフトバンク代表取締役の孫正義氏は,インターネットにアクセスする権利(情報アクセス権)を,自由権,参政権,社会権に並ぶ基本的人権の一つである,と述べています1).先月号では,クラウドコンピューティングの明るい展望・将来性について紹介しました.今月号では逆に,医療クラウドの光と影のうち,「影」の部分にスポットを当てて,問題点を検証したいと思います.医療クラウドの問題点①―技術的観点―技術的な観点から,医療クラウドの問題点を検証します.病院情報システムのクラウド化に際し,技術的な課題は,「システムへの信頼性」に集約されます.もし,クラウドコンピューティングへの回線がダウンすると,自動車の運転中にライトが消えてしまうような状態になります.ヤフー・グーグルなどのポータルサイトでは,「現在使えません」「工事中です」の案内で済みますが,医療の現場は待ってくれません.緊急用に,自前のサーバーをもつことを推奨する意見もありますが,それでは,何のためのクラウド化かわからなくなります.ただ,回線を二重化すればある程度リスクを軽減できそうです.つまり,回線は命綱といえます.また,医療現場が求めるサービスレベルとセキュリティの要求が,他の業種と比べて高いことも指摘されます.セキュリティレベルについて,数字をあげて検証します.年間を通じて動くサーバーもメンテナンスのため,どうしても休止せざるを得ない場合があります.サービスがレベル99.9%としても,年間8時間半,99.99%なら年間50分,サーバーが停止することになります.かかりつけの患者が急変して担ぎ込まれたときに「あなたは運が悪い.ちょうどシステムがダウンしてカルテを確認できません」という状況は,医療にかかわる人間として,許容されるものではありません.もし,回線・サーバーが停止した状況で不幸な出来事が起こったら,誰が法的に責任を担うのでしょう.患者の感情を考慮すると,矛先は,システム提供者だけでなく,医療機関にも向けられるでしょう.しかし,このようなシステムの信頼性に関する問題は,技術の進歩と費用をかければ,解決されるものと考えています.つぎの課題は,電子カルテを「どこに保存するか」,という責任所在の問題です.厚生労働省(厚労省)でしょうか.民間企業でしょうか.医療機関でしょうか.医療クラウドを運用するには,大規模なデータセンターが必要です.そのための設備投資をどこがリスクを背負って開発・運用するのでしょうか.医療クラウドの問題点②―医師法の観点―インターネットの情報は二つの要素で構成されます.情報が保存される「ハード=サーバー」と情報そのものである「コンテンツ」です.ハード保有者には保存場所と管理責任が求められ,コンテンツ作成者には著作権が発生し,著作内容の責任が求められます.医療情報も,この二つの要素で構成されますが,医師法の規制を受ける点が他の情報と異なります.医師法では,「医療情報(83)インターネットの眼科応用第18章クラウドコンピューティングと医療②武蔵国弘(KunihiroMusashi)むさしドリーム眼科シリーズ⑱944あたらしい眼科Vol.27,No.7,2010(診療録)の保存場所は同一病院機関内が好ましい」とされていましたが,近年では,病院機関の外部に保存することを認める省令が出ています2).ただし,「保存に係るホストコンピュータ,サーバー等の情報処理機器が,(中略)医療法人等が適切に管理する場所に置かれるものであること.」と制限されています.通常,電子カルテのコンテンツは医療従事者によって更新され,サーバーは施設内に設置されます.「ハード保有者=コンテンツ作成者」です.世の中に普及している電子カルテのほとんどがこの形態です.例外が一つあります.セコム医療システム株式会社が提供する「セコム・ユビキタス電子カルテ」は,先月号で紹介しましたが,利用者はインターネットを通じて電子カルテを利用します.全国のサービス利用者がアクセスするサーバーは,自分の医療機関とは別の医療機関にあります.ハード保有者とコンテンツ作成者の所在地・所属が異なる特殊なケースです.医療クラウドを用いた電子カルテではどのような課題が生じるでしょうか.医療機関が,膨大なデータ処理を要するクラウドサーバーを維持・管理できるかは,はなはだ疑問です.つまり,診療録を積極的に外部に保存する必要があります.日本の場合,サーバー管理者は震災への配慮が必要です.多くの大企業が,データセンターを東日本と西日本,あるいは国外に分けてもっています.一つのデータセンターが破壊されても,サービスは維持されます.医療クラウドもそのレベルの対応が求められるでしょう.もはや,保存場所を医療機関に限定することは無意味です.さらに,先述の省令において,診療録を外部保存した場合でも,「外部保存は,診療録等の保存の義務を有する病院,診療所等の責任において行うこと.また,事故等が発生した場合における責任の所在を明確にしておくこと.」と定められています.医療クラウドの世界において,ハード保有者(システム会社)の事故まで,コンテンツ作成者(医療者)が責任を負わないよう,われわれは毅然とした態度でリスク管理をしなければなりません.医療クラウドの問題点③―情報保全の観点―近年,ある民間企業が医療クラウドのサービスを開始した,と報道されました.これからも,同業他社が名乗りをあげることでしょう.将来性のある話に水を指すようではありますが,その運用・管理について,問題点を(84)あげます.先ほど,インターネットの情報はハードとコンテンツに分けられる,と述べました.ハードをもつ主体者には,管理責任が問われます.管理者は,全国民の健康情報,他人に知られたくない身体の状況すらも,閲覧可能になります.国民は,自分の健康情報が特定の民間企業の管理下に置かれることを,「是」とするでしょうか?また,管理者には,個人情報を漏洩しない,という高いプロ意識が求められます.国民の健康管理の主体者は,本来,厚労省でしょう.ですが,このような高度なシステム開発を厚労省が担うとは思えません.サーバーの維持費用を捻出する財源があるとも思えません.ここは,民間企業に医療人の一員として参入してもらうのが,われわれ医療者,患者にとってプラスであろうと考えます.孫正義氏は,「光の道構想」のなかで,日本国内の全回線を光ファイバーに変換し,電子教科書や電子カルテを無料で提供すると説きます.孫氏は,医療情報のデジタルインフラを構築する構想をもちます.ならば,情報管理の徹底や,システムトラブルから発生した健康被害に対する損害賠償や,場合によっては死亡した患者家族の怨念を背負う覚悟をもたねばなりません.ただ,医療情報を扱わない医療ソフト(医事会計ソフトや予約システム)の場合,医師法は適応されず,情報漏洩に関する配慮も相対的に低くなるため,電子カルテよりも容易にクラウド化が可能です.近い将来,サービスが開始され普及すると予想されます.私が主宰する,インターネット会議室「MVC-online」を開設したのが2005年8月です.この稿を執筆している頃で,ちょうど5年になりますが,MVC-onlineの基盤となる,SNS(ソーシャルネットワーキングサービス)というソフトは,当時の価格は1,000万円したものです.ところが,5年経った現在,SNSは,ほぼ無料で作成できる安価なソフトになりました.ネットの世界の技術革新はすさまじく,あるとき,一瞬でソフトの値段がゼロになります.電子カルテが1,000万円以上したことが遠い昔のように語られる時代がくるかもしれません.文献1)http://www.ustream.tv/recorded/68802772)医政発第0329003号http://www.medis.or.jp/2_kaihatu/denshi/file/140405-a.pdf

硝子体手術のワンポイントアドバイス 86.網膜下索状物を有する網膜剥離に対する硝子体手術(中級編)

2010年7月30日 金曜日

あたらしい眼科Vol.27,No.7,20109410910-1810/10/\100/頁/JCOPY●網膜下索状物を有する網膜.離の術式選択陳旧性の裂孔原性網膜.離では網膜下索状物を伴うことがある.このような症例では,硝子体手術を施行して網膜下索状物を抜去しないと網膜復位が得られないと考えがちだが,原因裂孔が周辺部に存在する症例では,大半が強膜バックリング手術を行うことで復位を得ることができる(図1a,b).裂孔閉鎖が得られれば,索状物によってテント状に持ち上げられていた網膜も徐々に伸展していくことが多い.しかし,裂孔周囲に裂孔閉鎖を妨げるような著明な網膜下索状物が存在していたり,黄斑部近くに索状物があり,視力に影響を与える症例(図2a,b)では硝子体手術により抜去したほうが,良好な(81)復位率および術後視力が得られる.●網膜下索状物の抜去法まず十分な硝子体切除を行う.網膜下索状物を生じる裂孔原性網膜.離は比較的若年者に発症することが多いので,後部硝子体は未.離のことが多い.トリアムシノロン塗布にて硝子体を可視化し,人工的後部硝子体.離を確実に作製する.引き続いて黄斑部から離れた部位で,網膜血管を避けて,網膜下索状物を抜去するための意図的裂孔を作製する.この意図的裂孔は索状物抜去の際に拡大することが多いので,その際に網膜血管を損傷しないように,意図的裂孔と血管との距離をある程度確保しておいたほうがよい.その後に,首の細い網膜下鑷子で,索状物を把持し,索状物の伸長している方向に牽引する.最初は周辺側の癒着部位がひっかかり抜去しづらいが,牽引を適度に加えることで,大半の症例では癒着が外れて一塊として抜去できる.索状物はちぎれないように,鑷子でしっかりと把持し,ゆっくりと抜去するのがコツである.索状物の範囲が広いと複数個の意図的裂孔作製を余儀なくされることもあるが,意図的裂孔の数は必要最小限に留める.その後は,気圧伸展網膜復位術,眼内光凝固,ガスタンポナーデを行う.硝子体手術のワンポイントアドバイス●連載86網膜下索状物を有する網膜.離に対する硝子体手術(中級編)池田恒彦大阪医科大学眼科図2硝子体手術施行例a:術前,b:術後.黄斑部近くに索状物があり,視力に影響を与える症例では硝子体手術により抜去したほうが,良好な術後視力が得られる.図1強膜バックリング手術施行例a:術前,b:術後.原因裂孔が周辺部に存在する例では,大半が強膜バックリングで復位が得られることが多い.aabb

眼科医のための先端医療 115.自然免疫と眼表面炎症疾患

2010年7月30日 金曜日

あたらしい眼科Vol.27,No.7,20109370910-1810/10/\100/頁/JCOPYはじめに免疫反応において補助的役割を担っていると考えられてきた自然免疫が,近年見直されて脚光を浴びています.本稿では,見直されている自然免疫の新しい知見ならびに眼表面炎症疾患とのかかわりについて筆者の知見をまじえてお伝えします.感染防御機構:自然免疫と獲得免疫細菌や真菌,ウイルスなどの病原微生物の侵入に対する感染防御機構は,自然免疫と獲得免疫に分類されます.獲得免疫は,抗原特異的Tリンパ球とBリンパ球によって誘導されますが,クローン増殖する必要があるために,機能するまでに数日を要します.これに対して自然免疫は,獲得免疫が働く前の感染早期に働く防御機構です.従来,この自然免疫は,抗菌物質,補体,好中球やマクロファージなどの貪食細胞などを中心とした非特異的防衛機構であると考えられてきました.しかし,1966年にショウジョウバエで,Toll受容体が真菌感染に対する生体防御において必須の役割を果たすことが明らかとなりました1).このことは,獲得免疫が存在しない昆虫でToll受容体という自然免疫系が病原微生物を特異的に認識していることを示し,自然免疫は非特異的防衛機構であるという従来の概念を大きく翻しました.続いて1997年に哺乳類のToll受容体のホモログが発見され,Toll-likereceptor(TLR)と名付けられました2).現在,ヒトでは10種類(TLR1-10)まで報告されています.Toll.likereceptor(TLR)の働きToll-likereceptor(TLR)は,細菌,真菌,ウイルスといったさまざまな病原微生物の構成成分を認識する受容体です.TLR2は,グラム陽性菌の細胞壁に多量に含まれるペプチドグリカン(PGN)の一成分であるリポペプチドを認識します.TLR1とTLR6は,TLR2と共役してそれぞれTLR1は細菌由来のトリアシル基をもつリポペプチドを,TLR6は,マイコプラズマ由来のジアシル基をもつリポペプチドを認識します.さらにTLR2とTLR6は,真菌の細胞壁成分であるチモザンを認識します.TLR4はグラム陰性菌の細胞壁成分であるリポ多糖(LPS)を認識し,TLR5は,細菌が遊走する際に使用する鞭毛の構成成分であるフラジェリンを認識します.また,TLRsは,細菌や真菌だけでなくウイルスも認識します.ウイルスが多く有する非メチル化CpGDNAは,TLR9によって認識されます.RNAウイルスが有する一本鎖RNAは,TLR7とTLR8により認識されます.ウイルスの生活環中に宿主細胞質中で生じ何らかの形で細胞外に放出された二重鎖RNAは,TLR3によって認識されます.これらのTLRsは病原微生物を認識し宿主自然免疫応答を惹起することで,獲得免疫系を活性化することもわかってきました3).筆者は,眼表面にもTLRsは発現していますが,その機能は,単球などの免疫担当細胞とは異なり,容易に細菌などの菌体成分に対して炎症を惹起しない機構を保持していることを報告してきました.たとえば,白血球がTLR4のリガンドであるLPSに対して著明に炎症性サイトカインを産生するのと対照的に,角膜上皮細胞や結膜上皮細胞は,LPSに対して炎症性サイトカインを産生しません4.6).また,眼表面上皮層は緑膿菌などの病原菌由来のフラジェリンを認識し炎症性サイトカインを産生するTLR5を発現していますが,その局在は基底細胞層に限局していました5.8).TLR5の上皮基底層に限局した発現は,眼表面にたとえ緑膿菌が存在しても,上皮基底層にまで到達しない限りTLR5は機能しないことを示しており,眼表面が容易に炎症を生じない機構に大きく関与していると考えられます(図1).(77)◆シリーズ第115回◆眼科医のための先端医療監修=坂本泰二山下英俊上田真由美(京都府立医科大学大学院視覚機能再生外科学)自然免疫と眼表面炎症疾患①②図1眼表面におけるTLR5の発現①:角膜上皮層,②:結膜上皮層.眼表面上皮層にはTLR5(緑)が発現しているが,その局在は基底層に限局している.938あたらしい眼科Vol.27,No.7,2010眼表面炎症への自然免疫応答異常の関与TLRを代表とする自然免疫系は感染防御の意味で重要なばかりではなく,種々の免疫疾患にも深く関与することがわかってきています.全身性エリテマトーデスなどでは,自己のDNAに対する抗体の出現に自然免疫応答の異常が関与していることが示唆されており9),炎症性腸疾患では,腸内常在細菌の異常な自然免疫応答が炎症反応を惹起していると考えられています10).筆者らは,眼表面においても,自然免疫応答の異常が眼表面炎症に関与しうると考え解析を行ってきました.TLRのシグナル因子であり,NF-kBのregulatorの一つであるIkBzのノックアウトマウスでは,杯細胞の消失を伴う眼表面炎症を自然発症します6,11,12).このことは,眼表面炎症制御にIkBzが深くかかわっていることを示唆するものであり,自然免疫応答異常が眼表面炎症を惹起することを示しています(図2).さらに,TLR3も,眼表面炎症制御に大きく関与していることがわかりました.アレルギー性結膜炎マウスモデルを用いて,眼表面炎症におけるTLR3の役割を解析しました.その結果,TLR3欠損マウスでは,抗原点眼24時間後の結膜好酸球浸潤が野生型マウスと比較して有意に減少し,一方,TLR3過剰発現マウスでは,有意に増加していました13).常在細菌の存在する眼表面においては,自然免疫応答を感染防御の視点のみならず,常在細菌に対して炎症を生じにくい機構の存在に着目し,その破綻と関連付けて眼表面炎症性疾患を模索する必要があります.文献1)LemaitreB,NicolasE,MichautLetal:Thedorsoventralregulatorygenecassettespatzle/Toll/cactuscontrolsthepotentantifungalresponseinDrosophilaadults.Cell86:973-983,19962)MedzhitovR,Preston-HurlburtP,JanewayCAJr:AhumanhomologueoftheDrosophilaTollproteinsignalsactivationofadaptiveimmunity.Nature388:394-397,19973)AkiraS,TakedaK,KaishoT:Toll-likereceptors:criticalproteinslinkinginnateandacquiredimmunity.NatImmunol2:675-680,20014)UetaM,NochiT,JangMHetal:IntracellularlyexpressedTLR2sandTLR4scontributiontoanimmunosilentenvironmentattheocularmucosalepithelium.JImmunol173:3337-3347,20045)UetaM:Innateimmunityoftheocularsurfaceandocularsurfaceinflammatorydisorders.Cornea27(Suppl1):S31-40,20086)UetaM,KinoshitaS:Innateimmunityoftheocularsurface.BrainResBull81:219-228,20107)HozonoY,UetaM,HamuroJetal:Humancornealepithelialcellsrespondtoocular-pathogenic,butnottononpathogenic-flagellin.BiochemBiophysResCommun347:238-247,20068)KojimaK,UetaM,HamuroJetal:HumanconjunctivalepithelialcellsexpressfunctionalToll-likereceptor5.BrJOphthalmol92:411-416,20089)MeansTK,LatzE,HayashiFetal:Thumanlupusautoantibody-DNAcomplexesactivateDCsthroughcooperationofCD32andTLR9.JClinInvest115:407-417,200510)StroberW,MurrayPJ,KitaniAetal:SignallingpathwaysandmolecularinteractionsofNOD1andNOD2.NatRevImmunol6:9-20,200611)UetaM,HamuroJ,YamamotoMetal:SpontaneousocularsurfaceinflammationandgobletcelldisappearanceinIkappaBzetagene-disruptedmice.InvestOphthalmolVisSci46:579-588,200512)UetaM,HamuroJ,UedaEetal:Stat6-independenttissueinflammationoccursselectivelyontheocularsurfaceandperioralskinofIkappaBzeta-/-mice.InvestOphthalmolVisSci49:3387-3394,200813)UetaM,UematsuS,AkiraSetal:Toll-likereceptor3enhanceslate-phasereactionofexperimentalallergicconjunctivitis.JAllergyClinImmunol123:1187-1189,2009(78)野生型マウスIkBz欠損マウス図2自然発症眼表面炎症モデルマウスIkBz欠損マウスIkBz欠損マウス(左)では著明な眼表面炎症を自然発症する.***(79)あたらしい眼科Vol.27,No.7,2010939☆☆☆■「自然免疫と眼表面炎症疾患」を読んで■感染防御の中心を担う免疫系は,自然免疫系(InnateImmunity)と獲得免疫系(AcquiredImmunity)から成り立っています.20世紀の免疫学は,獲得免疫学による非自己認識に研究の力点が置かれていました.信じられないでしょうが,自然免疫系が非自己を認識するシステムには,獲得免疫系のような特異性は存在しないと説明された時代すらあったほどです.しかし,Toll-likereceptor(TLR)の発見以来,自然免疫系にも,非自己の認識機構に特異性が存在すること,さらにはTLRによる病原体認識が自然免疫系の活性化のみならず獲得免疫系の活性化をも誘導することが明らかになってきました.眼表面は,常にさまざまな病原体に曝されており,それらから眼球を守るために,強力な防御(免疫)機構が必要です.ですから,眼表面にTLRを中心とする自然免疫システムが存在することは,当然予想されたことです.その意味では,眼表面にTLRが存在するという報告は,驚くにはあたりません.しかし,上田真由美先生の研究の素晴らしい点は,眼表面のTLRによる自然免疫機構の存在を明らかにしただけでなく,その抑制について新知見を得た点にあります.常在細菌などの無害な病原体にまで免疫機構が過剰に働くと,自己免疫疾患などの有害事象が惹起されるので,免疫にはそれを活性化するだけでなく,制御・抑制する仕組みが必要です.たとえば,眼表面と同じように,常に外界の病原体と接する消化管には,TLRによる自然免疫機構が存在しますが,消化管においても免疫が過剰に働くと,慢性下痢,消化管出血などの深刻な病態をひき起こします.そこで,自然免疫を抑制するシステムとして,消化管には免疫抑制性サイトカインinterleukin-10を産生する仕組みが存在します.このような免疫抑制の仕組みは,眼表面においてはわかっていませんでしたが,上田先生は,TLRを結膜基底細胞側にのみ発現することで,過剰な免疫反応を制御することを発見しました.つまり,結膜表面を傷害しない程度の細菌には免疫を活性化させないが,いったんそこを越えるものがあれば免疫を活性化させるというものです.きわめてシンプルではありますが,合目的的かつ効果的な仕組みであるといえます.この発見は,アレルギーの制御など疾患治療につながる重要なものですが,それだけでなく生体の不思議さや精緻さを教えてくれるものであり,科学のロマンを感じさせてくれるものと言っても言い過ぎではないでしょう.鹿児島大学医学部眼科坂本泰二

緑内障:光干渉断層計(OCT)でみる篩状板構造変化

2010年7月30日 金曜日

あたらしい眼科Vol.27,No.7,20109350910-1810/10/\100/頁/JCOPY●緑内障と篩状板緑内障性視神経症の病態は現在まで不明である.一つに「機械障害説」があり,篩状板孔が屈曲,蛇行することにより視神経線維が絞扼される結果,軸索輸送に障害,ひいては視神経線維に障害が生じると考えられている.篩状板は強膜,軟膜中隔に連続する結合組織性の板状構造を成し,視神経線維の支持組織を担うと考えられているが,摘出眼による病理組織学的研究により慢性緑内障眼での篩状板の菲薄化,後方湾曲などの変形がQuigleyらにより報告されている1).患者眼ではSLO(走査型レーザー検眼鏡)による篩状板の表面形状の研究が行われてきた2).しかしながら光干渉断層計(OCT)の進歩以前には患者眼の篩状板全層に及ぶ形態研究を可能にする検査手段はなかった.近年,正常眼圧緑内障患者群の脳脊髄液圧が高眼圧緑内障患者群や対照患者群の脳脊髄液圧より下がっており,篩状板を挟む眼圧と脳脊髄液圧の較差による篩状板の変形が緑内障性視神経障害をきたすことを示唆する報告もあり,緑内障性視神経障害の発症に篩状板が関係している可能性を示すものとして注目される3).●OCTでみる篩状板サル眼ではスペクトラルドメインOCTでの撮影により組織断面での篩状板部分とOCT画像の視神経乳頭陥凹底の高輝度な部分が一致することが示されている4).京都大学では2005年11月からスペクトラルドメインOCTプロトタイプ機にて緑内障患者眼,高眼圧患者眼の視神経乳頭の3次元画像を撮影してきた.得られた3次元画像から再構築した視神経乳頭陥凹底直下のCスキャン画像における低輝度な点状画像と従来のカラー眼底写真上の‘laminardotsign’は一致した(図1).低輝度な点状画像は眼球後方へ連続しており,篩状板孔の抽出,篩状板全層の撮影,篩状板厚の計測がスペクトラル(75)●連載121緑内障セミナー監修=東郁郎岩田和雄山本哲也121.光干渉断層計(OCT)でみる篩状板構造変化井上亮*1板谷正紀*2*1大津赤十字病院眼科*2京都大学大学院医学研究科感覚運動系外科学眼科学緑内障眼においては摘出ドナー眼による病理組織学的研究により,篩状板の菲薄化や後方湾曲が示唆されてきた.これらの観察に基づき緑内障の「機械障害説」では篩状板の病的形態変化が網膜神経線維の障害をもたらすとされる.スペクトラルドメイン光干渉断層計(OCT)を用いて患者眼の篩状板の菲薄化が確認された.図1カラー写真のlaminardotsignとOCTのCスキャン画像による篩状板孔位置の対比左:カラー眼底写真のlaminardotsignと,右:OCTのCスキャン画像の低輝度な点状画像の一致が確認された.936あたらしい眼科Vol.27,No.7,2010ドメインOCTによって可能になった.2007年11月からはスペクトラルドメインOCTの商用機(SpectralisTMHRA+OCT,HeidelbergEngineering社)にても撮影を行い篩状板全層がプロトタイプ機と同様に撮影できることが確認できた.どちらの撮影でも眼底血管や乳頭リムの後方部分にある篩状板は撮影できない.また,他社商用機では機器固有の設定の違いにより篩状板の撮影が困難な場合がある.撮影機を患者眼方向へ押し込むことにより画像を上下反転表示させ,enhanceddepthimagingを行うことにより篩状板がより明瞭に撮影されることもある.●OCTでみる篩状板の構造変化プロトタイプ機では緑内障眼30眼の計測を行い(図2),平均篩状板厚は190.5±52.7μm(80.5.329.0)で(76)Humphrey24-2MD(平均偏差)値との相関を認めた(Spearmantestr=0.744,p<0.001)5)(図3).商用機では40眼の計測を行い,平均篩状板厚は157.4±46.5μm(76.0.273.0)でHumphrey24-2MD値との相関を認めた(Spearmantestr=0.577,p<0.001).まとめ篩状板厚は緑内障の進行とともに薄くなることがOCTにより確認された.緑内障の進行度を測る一つの尺度となる可能性がある.文献1)QuigleyHA,AddicksEM,GreenWRetal:Opticnervedamageinhumanglaucoma.II.Thesiteofinjuryandsusceptibilitytodamage.ArchOphthalmol99:635-649,19812)MaedaH,NakamuraM,YamamotoM:Morphometricfeaturesoflaminarporesinlaminacribrosaobservedbyscanninglaserophthalmoscopy.JpnJOphthalmol43:415-421,19993)BerdahlJP,AllinghamRR,JohnsonDH:Cerebrospinalfluidpressureisdecreasedinprimaryopen-angleglaucoma.Ophthalmology115:763-768,20084)AlbonJ,MorganJE,PovazayBetal:Three-dimensionalultrahighresolutionOCToftheopticnerveheadinthetreeshrew.InvestOphthalmolVisSci28(Suppl):4259,20075)InoueR,HangaiM,KoteraYetal:Three-dimensionalhigh-speedopticalcoherencetomographyimagingoflaminacribrosainglaucoma.Ophthalmology116:214-222,200935030025020015010050-36-30-24-18-12-60篩状板厚(μm)Humphrey24-2MD値(dB)6図3篩状板厚とHumphrey24.2MD値篩状板厚とHumphrey24-2MD値に相関を認めた(Spearmantestr=0.744,p<0.001).(文献5より改変)図2Bスキャン画像での篩状板厚の計測例上:撮影画像.中:篩状板の前後縁を確認.下:篩状板厚を計測(A線からB線の間の距離を計測).(文献5より改変)AB