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サイトメガロウイルス網膜炎を発症した成人T細胞白血病の1例

2009年4月30日 木曜日

———————————————————————-Page1(97)5290910-1810/09/\100/頁/JCLS42回日本眼炎症学会原著》あたらしい眼科26(4):529531,2009cはじめにサイトメガロウイルス(CMV)網膜炎は免疫不全状態の患者に発症する難治性の疾患であるが,成人T細胞白血病(ATL)患者でのCMV網膜炎の報告は少ない.今回筆者らはATLの経過中にCMV網膜炎を発症した1例を経験したので,その眼科的所見および臨床症状について報告する.I症例患者:54歳,男性.主訴:両眼飛蚊症.現病歴:1998年に皮膚型ATL(慢性型)と診断され,2006年よりプレドニゾロン(PSL)5mg内服にて経過観察中だった.2007年2月に胸背部痛が出現し,画像上ATL〔別刷請求先〕相馬実穂:〒849-8501佐賀市鍋島5丁目1番1号佐賀大学医学部眼科学講座Reprintrequests:MihoSoma,M.D.,DepartmentofOphthalmology,SagaUniversityFacultyofMedicine,5-1-1Nabeshima,Saga849-8501,JAPANサイトメガロウイルス網膜炎を発症した成人T細胞白血病の1例相馬実穂清武良子野村慶子平田憲沖波聡佐賀大学医学部眼科学講座AdultT-CellLeukemiawithCytomegalovirusRetinitisMihoSoma,RyokoKiyotake,KeikoNomura,AkiraHirataandSatoshiOkinamiDepartmentofOphthalmology,SagaUniversityFacultyofMedicine目的:成人T細胞白血病(ATL)経過中にサイトメガロウイルス(CMV)網膜炎を発症した1例を報告する.症例:症例は54歳,男性.皮膚型ATLの急性転化に対し末梢血幹細胞移植後,移植片対宿主病を発症.シクロスポリンAとメチルプレドニゾロンが投与されていた.2007年11月12日にCMV抗原血症を指摘され,ガンシクロビルの点滴が開始された.11月23日両眼飛蚊症を自覚し,眼科的検査にて左眼の耳側網膜に軟性白斑,鼻上側に点状出血を伴った白色病変を認めた.バルガンシクロビル450mg内服への減量に伴い2008年1月9日より左眼の白色病変が拡大,CMV網膜炎悪化と判断し,ガンシクロビル500mg点滴に増量した.病変は徐々に消退したが裂孔原性網膜離が出現し,硝子体切除術を行った.術後,矯正視力は右眼1.2,左眼0.9で左眼網膜は復位している.結論:ATLに対する末梢血幹細胞移植後の免疫不全状態においてもCMV網膜炎は十分注意すべき合併症である.WereportacaseofadultT-cellleukemia(ATL)withcytomegalovirus(CMV)retinitis.Thepatient,a54-yearmalewithskintypeATL,hadbeentreatedwithperipheralbloodstemcelltransplantationforblastcrisis.Thereaf-ter,hewasdiagnosedwithgraft-versus-hostdiseaseandtreatedwithmethylprednisoloneandcyclosporinA.Inaddition,hewastreatedwithgancicloviragainstCMVdetectedinhisserumonNovember12,2007.Hewasreferredtousforblurredvision.Ophthalmoscopicndingsshowedsoftexudatesandwhiteopacicationwithdothemorrhageinhislefteye.Asoralvalganciclovirwasreducedto450mg,thelesionenlarged.Ganciclovir(500mgiv.)wasthenadministered.Althoughtheexudativelesiondisappearedgradually,rhegmatogenousretinaldetach-mentoccurredinthelefteye.Vitrectomywasperformed,theretinawasreattachedandvisualacuitywasmain-tained.CMVretinitisshouldbeconsideredinimmunodecientpatientsafterperipheralbloodstemcelltransplanta-tionforATL.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)26(4):529531,2009〕Keywords:サイトメガロウイルス網膜炎,成人T細胞白血病(ATL),末梢血幹細胞移植.cytomegalovirusretinitis,adultT-cellleukemia(ATL),peripheralbloodstemcelltransplantation.———————————————————————-Page2530あたらしい眼科Vol.26,No.4,2009(98)の骨病変が最も疑われたため,ATL急性転化の判断にて化学療法を施行したのち,ヒト白血球型抗原(HLA)完全一致,血液型一致,ヒトTリンパ球向性ウイルス1型(HTLV-1)陰性の弟をドナーとして10月7日同種末梢血幹細胞移植が施行された.移植片対宿主病(GVHD)予防目的でシクロスポリンA単独投与を行っていたが,生着12日後に皮疹・発熱・胸水貯留を主症状とするGVHDを生じメチルプレドニゾロン(ソルメドロールR)60mg点滴が開始となった.11月12日にCMV抗原血症を指摘され,ガンシクロビル(デノシンR)560mg点滴が開始された.GVHD症状は徐々に改善し,PSL55mg内服まで減量となった11月27日当院血液内科へ転院となった.11月23日より両眼の飛蚊症を自覚していたため,11月28日眼科的精査目的にて当科紹介となった.既往歴:2007年6月帯状疱疹.家族歴:弟がHTLV-1キャリア.全身検査結果(2007年11月27日):末梢血一般検査では白血球7,500/mm3,リンパ球は270/mm3(3.6%)で異常リンパ球は認めなかった.末梢血リンパ球サブセットはCD4+T細胞30.7,CD8+T細胞45.4でCD4/8比は0.68であった.直接酵素抗体法(C7-HRP)にてCMV陽性細胞を3/30万認めた.初診時所見(2007年11月28日):視力は右眼0.2(1.2×4.0D),左眼0.1(1.2×3.25D(cyl1.0DAx90°).眼圧は両眼とも10mmHgであった.眼位・眼球運動・対光反応は異常なく,両眼に皮質混濁を伴った軽度白内障を認めた.右眼眼底は後部硝子体離を認めるほか異常なく,左眼眼底は視神経乳頭の耳側に軟性白斑,鼻上側に一部点状出血を伴った網膜の白色病変とグリア環を認めた.内科ではC7-HRPを指標としてガンシクロビル点滴の中止・再開をくり返していたが,肝機能が悪化してきたため,12月27日からバルガンシクロビル(バリキサR)450mg内服に変更となっていた.2008年1月9日眼科再診時に左眼鼻上側の出血と網膜の白色病変が拡大しており(図1),CMV網膜炎の診断にて内科と相談のうえ1月12日14日はバルガンシクロビル内服を1,800mgへ増量し,1月15日からガンシクロビル500mg点滴を3週間行った.網膜炎の軽快をみて300mg週5回投与へ減量,1カ月間投与を行った後バルガンシクロビル900mg1週間,450mg内服へ変更となり全身状態も改善したため3月28日退院となった(図2).5月28日眼科再診時に左眼鼻上側の網膜出血,網膜の白濁が消退した部位に網膜離を伴った裂孔を認めた.離部の網膜は菲薄化していて,硝子体手術とガス注入では復位困難と思われたため,翌日硝子体切除術+シリコーンオイル注入+水晶体超音波乳化吸引+眼内レンズ挿入術を行った.バルガンシクロビル内服は6月25日にて中止となり,術後1カ月を経過した2008年6月28日現在,矯正視力は右眼1.2,左眼0.9で左眼網膜は復位しており,9月以降にシリコーンオイル抜去を考えている.II考按一般に日本人(成人)の95%はCMVキャリアであるが正常な免疫状態ではほとんど不顕性感染をしており,顕性感染が生じるためには宿主が何らかの形で免疫不全状態にあることが不可欠の条件となる1).今回の症例では基礎疾患としてATLを発症したこと,その治療として化学療法と同種末梢血幹細胞移植を行ったこと,GVHDに対する治療としてステロイドおよび免疫抑制薬投与を行ったことがCMV網膜炎発症の誘因として考えられる.後天性免疫不全症候群(AIDS)患者においてはCMV網膜炎の合併率は2530%と報告されていたが,highlyactiveantiretroviraltherapy(HAART)導入後はさらに減少しているといわれている24).ATLにCMV網膜炎を発症したという報告は少なく,原疾図12008年1月9日再診時の左眼眼底写真左眼鼻上側の出血と白色病変が増加していた.図22008年4月16日再診時の左眼眼底写真左眼鼻上側の網膜血管は一部白鞘化したが,出血と白色病変はほぼ吸収されている.———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.26,No.4,2009531(99)患の特徴からほとんどが九州出身者である511).また,造血幹細胞移植後の報告も国内外を含めわずかである1214).Coskuncanらの報告によれば,白血病の治療として一般的に行われてきた骨髄移植においても,後眼部の合併症を認めたものは397例中51例(12.8%)で,そのうち網膜または眼内の感染症と診断されたものは8例(2.0%)であり,発症は移植の平均57日後でウイルス性がサイトメガロウイルス1例・水痘ヘルペス1例の2例(0.5%)であったとされ,骨髄移植後のCMV網膜炎の発症としても大変まれであるといえる13,14).本症例で行われた同種末梢血造血幹細胞移植は,2000年に保険適用が認められて以来,同種骨髄移植の代替法として2001年にはその実施症例数が骨髄移植の実施症例数を超え急速に普及している.同種骨髄移植と比較した場合,①速やかな造血回復(約1週間の短縮),②速やかな免疫回復,③低コスト,④低い再発率,⑤急性GVHDは増加しない,⑥ドナーに与える負担が少ないなどの利点があり15),今後さらに症例数が増加し,それに伴う眼合併症も増加する可能性がある16).ATLに対し同種末梢血造血幹細胞移植を行い,その後にCMV網膜炎を発症したという報告は筆者らの調べる限り今回の症例が初めてである.このことから同種骨髄移植に比べ免疫回復が速やかであるとされる同種末梢血造血幹細胞移植後においても,やはりCMV網膜炎の発症には注意する必要があるものと思われる.現在抗CMV薬としてはガンシクロビル(静注,経口,インプラント),ホスカルネット(静注),シドフォビル(静注),バルガンシクロビル(経口)がある17).このうち日本で使用が可能な薬剤はガンシクロビルとホスカルネット,バルガンシクロビルで,網膜炎にも有効である一方,細胞毒性も強い.そのため投与量と投与期間は薬効と副作用により症例ごとに変えなければいけない1).また,免疫不全状態が改善されない限り,投与中止後にCMV網膜炎を再燃する可能性が高い1821).今回の症例ではCMV網膜炎の悪化に対しガンシクロビルの増量を行ったところ,眼底の出血および白色病変は速やかに消退,重篤な全身的副作用も認めなかった.しかし発症から6カ月後に網膜壊死に伴う裂孔形成と網膜離を認め手術加療が必要となった.今後ガンシクロビル中止に伴うCMV網膜炎の再燃に十分注意して経過観察を行っていく必要があると考える.文献1)坂井潤一:サイトメガロウイルスと眼感染症.あたらしい眼科11:677-683,19942)坂井潤一:免疫不全患者におけるサイトメガロウイルス網膜炎.医学のあゆみ170:158-159,19943)JabsDA,VanNattaML,HolbrookJTetal:LongitudinalstudyoftheocularcomplicationsofAIDS1.Oculardiag-nosisatenrollment.Ophthalmology114:780-786,20074)JabsDA,BartlettJD:AIDSandophthalmology:Aperi-odoftransition.AmJOphthalmol124:227-233,19975)久志雅和,新城光宏,大城一郁ほか:成人T細胞白血病に続発したサイトメガロウイルス網膜炎の1例.臨眼57:317-320,20036)岸川泰宏,出口裕子,三島一晃ほか:成人T細胞白血病にみられたサイトメガロウイルス網膜炎の1例.臨眼55:1411-1415,20017)辻真理子,手島靖夫,末田順ほか:サイトメガロウイルス網膜炎が初発症状であった成人T細胞白血病の2例.臨眼52:546-550,19988)藤井智仁,稲田晃一郎:サイトメガロウイルス網膜炎の2例.眼臨5:625-628,19959)森直樹,浦一美,村上修一ほか:経過中にサイトメガロウイルス性網膜炎を併発した成人T細胞白血病の1例.臨床血液33:537-541,199210)杉本浩一,杉本睦子,春田恭照ほか:ATL(成人T細胞白血病)に随伴したサイトメガロウイルス網膜炎─ガンシクロビルで沈静化した症例─.眼科33:559-564,199111)樺山八千代,伊佐敷誠,上原文行ほか:成人T細胞白血病における眼症状.臨眼42:139-141,198812)長田愉以子,佐々木勇二,山崎厚志ほか:急性骨髄性白血病患者の非血縁者間同種骨髄移植後に認められたサイトメガロウイルス網膜炎の1例.眼臨93:396-400,199913)CoskuncanNM,JabsDA,DunnJPetal:Theeyeinbonemarrowtransplantation.VI.Retinalcomplication.ArchOphthalmol112:372-379,199414)LarssonK,LonnqvistB,RingdenOetal:CMVretinitisafterallogeneicbonemarrowtransplantation:areportofvecases.TransplInfectDis4:75-79,200215)長藤宏司:広がる幹細胞ソースの選択肢,骨髄移植と末梢血幹細胞移植の比較.内科98:218-223,200616)ShereckEB,CooneyE,vandenVenCetal:ApilotphaseⅡstudyofalternatedayganciclovirandfoscarnetinpreventingcytomegalovirus(CMV)infectionsinat-riskpediatricandadolescentallogeneicstemcelltransplantrecipients.PediatrBloodCancer49:306-312,200717)LeeCH,BrightDC,FerrucciS:Treatmentofcytomega-lovirusretinitiswithoralvalganciclovirinanacquiredimmunodeciencysyndromepatientunresponsivetocom-binationantiretroviraltherapy.Optometry77:167-176,200618)SongM,KaravellasMP,MacDonaldJCetal:Character-izationofreactivationofcytomegalovirusretinitisinpatientshealedaftertreatmentwithhighactiveantiretro-viraltherapy.Retina20:151-155,200019)LehoangP,GirardB,RobinetMetal:Foscarnetinthetreatmentofcytomegalovirusretinitisinacquiredimmunedeciencysyndrome.Ophthalmology96:865-874,198920)JabsDA,NewmanC,DeBustrosSetal:Treatmentofcytomegalovirusretinitiswithganciclovir.Ophthalmology94:824-830,198721)HollandGN,SakamotoMJ,HardyDetal:Treatmentofcytomegalovirusretinopathyinpatientswithacquiredimmunodeciencysyndrome.Useoftheexperimentaldrug9-[2-Hydroxy-1(hydroxymethyl)ethoxymethyl]guanine.ArchOphthalmol104:1794-1800,1986

緑内障を伴って健常成人に発症したサイトメガロウイルス網膜炎の1例

2008年9月30日 火曜日

———————————————————————-Page1(127)13150910-1810/08/\100/頁/JCLSあたらしい眼科25(9):13151318,2008cはじめにサイトメガロウイスル(cytomegalovirus:CMV)網膜炎が,悪性腫瘍,臓器移植後,全身性エリテマトーデスや慢性関節リウマチなどの自己免疫疾患あるいは後天性免疫不全症候群(acquiredimmunodeciencysyndrome:AIDS)などの免疫不全状態において生ずることはよく知られており1),CMV感染により続発緑内障を発症することはまれである2)と考えられていた.今回,健常成人に高眼圧を伴って発症したCMV網膜炎の1例を経験したので報告する.I症例患者:52歳,男性.初診日:2002年4月22日.主訴:左眼霧視.既往歴:特記事項なし.家族歴:特記事項なし.現病歴:2002年4月20日頃より左眼霧視を自覚していたが改善しないため,同年4月22日に近医眼科を受診した.左眼ぶどう膜炎および続発緑内障と診断され,同日に中濃厚生病院眼科へ紹介された.〔別刷請求先〕望月清文:〒501-1194岐阜市柳戸1-1岐阜大学医学部眼科学教室Reprintrequests:KiyofumiMochizuki,M.D.,DepartmentofOphthalmology,GifuUniversityGraduateSchoolofMedicine,1-1Yanagido,Gifu-shi501-1194,JAPAN緑内障を伴って健常成人に発症したサイトメガロウイルス網膜炎の1例堀由起子望月清文岐阜大学医学部眼科学教室ACaseofCytomegalovirusRetinitiswithSecondaryGlaucomainanImmunocompetentPatientYukikoHoriandKiyofumiMochizukiDepartmentofOphthalmology,GifuUniversityGraduateSchoolofMedicine全身疾患の既往のない52歳,男性の左眼に,高眼圧を伴う網膜炎がみられた.PCR(polymerasechainreaction)法により前房水中のサイトメガロウイルス(cytomegalovirus:CMV)DNAが検出され,CMV網膜炎と診断した.ガンシクロビルおよびステロイド薬投与を行い眼圧下降および網膜炎の消失が得られた.現在まで再発はなく,全身検索にてHIV(humanimmunodeciencyvirus)抗体も陰性で特記すべき異常は認めていない.健常成人に発症した緑内障と前眼部炎症を伴った網膜炎では,PCR法による前房水中のウイルス検索を行う際に,CMVを含めたヘルペスウイルスの検討が重要である.A52-year-oldhealthymalewithouthumanimmunodeciencyvirusinfectiondevelopedcytomegalovirus(CMV)retinitisconcurrentwithraisedintraocularpressure(IOP)inhislefteye.Initiallyhereceivedintravenousacyclovirtherapy,onsuspicionofacuteretinalnecrosis;however,hissymptomsfailedtoimprove.Afterpoly-merasechainreactiondisclosedCMVDNAintheaqueoushumor,wechangedtheantiviraltherapyfromacyclovirtoganciclovir.Thepatientrespondedwelltointravenousganciclovir;reactivationoftheCMVretinitishasnotbeenobserved.IntraocularDNAidenticationofherpesvirus,includingCMV,isrecommendedinhealthyindividu-alswithsuchocularndingsasinthispatient.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)25(9):13151318,2008〕Keywords:健常人,サイトメガロウイルス網膜炎,続発緑内障.immunocompetentindividual,cytomegalovirusretinitis,secondaryglaucoma.———————————————————————-Page21316あたらしい眼科Vol.25,No.9,2008(128)初診時眼科的所見:視力は右眼0.1(1.2×0.75D(cyl1.75DAx100°),左眼0.06(0.7×0.75D(cyl0.50DAx100°),眼圧は右眼20mmHg,左眼48mmHgであった.左眼球結膜に充血はほとんどみられず,角膜に豚脂様角膜後面沈着物(KP)を認めた(図1)が,前房内炎症細胞は軽微で隅角結節は認めなかった.左眼の前部硝子体に炎症細胞が軽度にみられ,耳側周辺部網膜には動脈の白鞘化と顆粒状の白色滲出斑を認めた(図2).蛍光眼底造影(FAG)では白色滲出斑がみられる部位に血行の途絶を認めた(図3).右眼には明らかな異常はみられなかった.動的量的視野および網膜電図には特に異常を認めなかった.画像検査所見:眼窩および頭部CT(コンピュータ断層撮影),MRI(磁気共鳴画像)では特に異常を認めず,胸部X線写真でも異常所見はなかった.血液検査所見:WBC(白血球)8,200/μl,RBC(赤血球)411×104/μl,Hb(ヘモグロビン)13.8g/dl,Ht(ヘマトクリット)41.4%,Plt(血小板)57.8×104/μl,CRP(C反応性蛋白)0.1mg/dl,RA44.4IU/ml,TP(総蛋白)6.7g/dl,Alb(アルブミン)4.0g/dl,BUN(血中尿素窒素)11.5mg/dl,Cr(クレアチニン)0.7mg/dl,T-Bil(総ビリルビン)0.2mg/dl,AST(アスパラギン酸・アミノ基転移酵素)26IU/l,ALT(アラニン・アミノ基転移酵素)26IU/l,g-GTP(gグルタミル・トランスペプチダーゼ)49IU/l,T-cho(総コレステロール)249mg/dl,TG(トリグリセライド)102mg/dl,随時血糖104mg/dl,抗核抗体40倍未満,血清補体価45U/l,血清蛋白分画A/G(アルブミン-グロブリン)比1.7,アルブミン62.4%,a1-グロブリン3.5%,a2-グロブリン11.2%,b-グロブリン9.5%,g-グロブリン13.4%,Ig(免疫グロブリン)G1,010mg/dl,IgA144mg/dl,IgM95mg/dl,IAP612μg/ml,可溶性IL-2レセプター193U/ml,ACE(アンギオテンシン変換酵素)7.1IU,リゾチーム6.6μg/ml,TPHA(梅毒トレポネマ血球凝集反応)(),ツベルクリン反応1.5mm×1.5mm.ウイルス学的検索:単純ヘルペスウイルス(HSV)-132倍(ウイルス中和反応neutralizationtest:NT),HSV-24倍(NT),水痘帯状疱疹ウイルス(VZV)4倍(補体結合反応complementxationtest:CF),CMV16倍(CF),Ebstein-Barrウイルス(EB)抗VCAIgG640倍↑(蛍光抗体法uorescentantibody:FA),EB抗EBNA(EBウイルス関連特異核抗原)80倍(FA),インフルエンザウイルスA型パナマ/2007/991,280倍(赤血球凝集抑制反応,hemag-glutinationinhibition:HI),HTLV(ヒトT細胞白血病ウイ図1初診時前眼部写真(左眼)豚脂様角膜後面沈着物を認める.図2初診時眼底写真(左眼)↑は白鞘化した血管.耳側周辺部網膜に顆粒状の白色滲出斑(▲)を認める.図3初診時蛍光眼底写真(左眼)滲出斑部の血行の途絶()を認める.———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.25,No.9,20081317(129)ルス)-1抗体16倍未満(ゼラチン粒子凝集反応:PA).HLAタイピング:HLA(ヒト白血球抗原)A24(9),B70,Cw7,DR4,DR9.経過:眼底の滲出斑は特徴的ではなかったものの,他の眼所見および上記の検査結果から当初は左眼急性網膜壊死(acuteretinalnecrosis:ARN)と診断し,即日入院のうえで加療を開始した.全身的には抗ウイルス薬(アシクロビル:ACV)1,500mgおよびプレドニゾロン40mg/日点滴を行い,循環改善薬(カリジノゲナーゼ)および抗血小板薬(アスピリン)内服を併用した.眼圧下降薬として1%ドルゾラミドおよび0.5%チモロール点眼を,消炎目的に0.1%リン酸ベタメサゾン,1%アトロピンおよびレボフロキサシン点眼を開始した.また,gグロブリン製剤2.5gを5日間投与した.前眼部の炎症は徐々に改善し,入院2日後には眼圧は12mmHg前後と低下した.入院時に前房水を採取し,一部をPCR(polymerasechainreaction)法によるVZVおよびHSVのDNA検索に供し残りを80℃にて凍結保存した.4月28日(入院7日目)に滲出斑の後極側に網膜光凝固術を施行した.KPも消失し前眼部所見が改善したので,ステロイド薬を漸減し,5月6日(入院15日目)からACVを内服に変更した.ところが5月10日(入院19日目)頃からKPの増加および滲出斑の拡大傾向がみられたので,ACV1,500mgおよびプレドニゾロン40mg/日点滴を再開した.前房水からのVZVおよびHSVDNA検索結果はともに陰性であったが,顆粒状白色滲出斑がやや拡大傾向にあり,ACV耐性のVZVによるARNの可能性が高いと考え5月14日(入院23日目)より抗ウイルス剤をガンシクロビル(GCV)500mg/日点滴に変更した.その一方で,健常人における網膜炎ではあるがCMV網膜炎も否定できないと考え,前回採取した前房水を用いてEBおよびCMVのDNA検索を行ったところ,CMVDNAが検出された.全身的な検索においてCMV感染は認められなかった(CMV抗原C10,C11陽性細胞は認めず)が,眼所見および前房水からのウイルスDNA検出より本症例をCMV網膜炎と診断した.GCV初期投与量500mg/日点滴を2週間続行したところ眼底所見の著明な改善がみられ,その後は維持量300mg/日点滴を継続しながらステロイド薬を漸減した.さらに6月に入ってから抗CMV抗体高力価gグロブリン製剤2.5gの投与を追加した.顆粒状白色滲出斑は消退傾向を示し,ステロイド薬を中止したうえでGCV3,000mg/日内服として6月10日退院とした.顆粒状白色滲出斑の消失を確認して10月4日にGCV内服を中止した.2007年7月現在,矯正視力は右眼1.2,左眼1.0,眼圧は右眼10mmHg,左眼11mmHgで再燃を認めていない.HIV(humanimmunodeciencyvirus)感染の有無に関して,同意を得たうえで検査を2度施行したが,2度とも陰性であった.CD4陽性Tリンパ球およびCD8陽性Tリンパ球ともに異常はなかった.なお,右眼には全経過を通じて異常所見はみられなかった.II考按続発緑内障を伴って健常成人に発症したCMV網膜炎に対してGCVおよびステロイド薬投与を行い眼圧下降および網膜炎の消失が得られた.CMV網膜炎は一般に顆粒状白色滲出病変と萎縮巣や出血の混在する眼底病変が特徴的である1).AIDSや悪性腫瘍などの基礎疾患を有する患者では,免疫抑制状態の存在および眼底所見から診断は比較的容易である1).本症例では臓器移植,ステロイド療法あるいは癌などの全身疾患がなく,血液検査でもCD4陽性細胞数の減少など免疫機能の低下を示唆する所見を認めず,血液中CMVウイルス抗原も陰性で全身的CMV感染は否定的であった.さらにHIV抗体は,経過中に施行した2回とも陰性であり,全身的に免疫機能の低下を示唆する所見はなかった.しかしながらPCR法による前房水中のヘルペスウイルスDNA検索からCMVDNAが検出され,抗CMV薬であるGCVにより眼底病変が沈静化したことから,眼底所見と合わせ本症例をCMV網膜炎と診断した.わが国において健常成人に発症したCMV網膜炎の報告は本症例を含め5例である(表1)36).平均年齢は46歳で,全例男性であった.患側は両眼1例で,他は右眼および左眼それぞれ2例であった.発症時視力は1例を除き良好であった.本症例ならびに北ら6)の症例において発症時に高眼圧を呈していた.全例で顆粒状白色滲出病変を特徴とし,3例に虹彩炎を認めた.PCR法による前房水中のCMVDNAの検索は4例で行われ,うち3例で陽性であった.陰性であった1例ではCMVウイルス抗原が血液中から検出された3).未施行であった1例では眼底所見とGCVの治療効果から本疾患と診断している4).HIV抗体は検査を施行した4例すべてで陰性であった.治療には全例でGCVが使用され,うち1例では硝子体内投与のみで改善がみられた6).全例でステロイド薬の全身投与が施行されていた.硝子体手術は2例で,網膜光凝固術は2例で行われていた.5例中3例でCD4陽性細胞数やCD8陽性細胞数の低下など一過性の軽度免疫不全状態がみられた.したがって,健常成人で眼底の顆粒状白色滲出病変に遭遇した際には,HIV抗体およびCD4陽性細胞数などの全身検索を行うと同時に前房水など眼内液を用いたCMVDNAの検索が必要と考えられた.加えて,CMV網膜炎と診断され直ちにGCVの局所あるいは全身投与が開始されれば,予後は比較的良好と思われた.一般にCMV感染に併発した続発緑内障の報告はまれである2)と考えられていた.しかし,Cheeら9)がCMVによる角膜内皮炎10例12眼で軽度のぶどう膜炎と眼圧上昇が全例———————————————————————-Page41318あたらしい眼科Vol.25,No.9,2008(130)にみられたと報告するなど,近年CMV感染が眼圧上昇を起こすことがはっきりとしてきた.deSchryverら7)は免疫不全を認めずしかも網膜壊死を伴わないCMVによる前部ぶどう膜炎5例全例で続発緑内障がみられたと報告した.また,vanBoxtelら8)は健常者にみられたCMVによる片眼性の慢性あるいは再発性の前部ぶどう膜炎7例を報告し,うち6例で続発緑内障がみられたという.本症例ではKPを伴う続発緑内障がみられた.よって免疫不全のない患者においてもCMVが他のヘルペスウイルスと同様の前眼部炎症を惹起し続発緑内障を併発する症例に注意が必要と考えられる6).両報告とも長期にわたるバルガンシクロビル内服が前部ぶどう膜炎の再燃を抑えたという.本症例でもGCV内服を長期に使用したことが網膜炎および前眼部炎症の再燃予防に効果的であったと考えられる.本症例の経験から,健常成人に緑内障および前眼部炎症を伴って網膜炎が発症した場合には,全身的な免疫能のチェックを進めるとともにPCR法により前房水中のHSVおよびVZVDNAのみならずCMVDNAの検討も忘れてはならない.文献1)箕田宏:サイトメガロウイルス網膜炎.眼科46:1548-1554,20042)日比野佐和子,山本修士:ウイルス性ぶどう膜炎による続発緑内障の診断と治療.眼科44:947-961,20023)二宮久子,小林康彦,田中稔ほか:健康な青年にみられたサイトメガロウイルス網膜炎の1例.あたらしい眼科10:2101-2104,19934)前谷悟,中西清二,松浦啓太ほか:健常人に発症したサイトメガロウイルス網膜炎と思われる1例.眼紀45:429-432,19945)高橋健一郎,藤井清美,井上新ほか:健常人に発症したサイトメガロウイルス網膜炎の1例.臨眼52:615-617,19986)北善幸,藤野雄次郎,石田政弘ほか:健常人に発症した著明な高眼圧と前眼部炎症を伴ったサイトメガロウイルス網膜炎の1例.あたらしい眼科22:845-849,20057)deSchryverI,RozenbergF,CassouxNetal:Diagnosisandtreatmentofcytomegalovirusiridocyclitiswithoutretinalnecrosis.BrJOphthalmol90:852-855,20068)vanBoxtelLA,vanderLelijA,vanderMeerJetal:Cytomegalovirusasacauseofanterioruveitisinimmuno-competentpatients.Ophthalmology114:1358-1362,20079)CheeS-P,BacsalK,JapAetal:Cornealendothelitisassociatedwithevidenceofcytomegalovirusinfection.Ophthalmology114:798-803,2007表1わが国において健常成人に発症したCMV網膜炎の報告報告者(報告年)年齢(歳)性別患眼矯正視力初診時眼圧(mmHg)所見CMVDNA(PCR法)CMV抗体価(CF)CMVantigenemiaHIV抗体価(EIA)初診時最終右左右左右左二宮ら3)(1993)32男左1.50.1不明0.2不明不明顆粒状白斑網膜出血増殖膜硝子体出血前房水()硝子体液()不明(+)HIV-1()HIV-2()前谷ら4)(1994)39男両1.21.0不明0.91214虹彩炎硝子体混濁白色滲出斑未施行16倍不明HIV()高橋ら5)(1998)66男右1.21.2不明不明1213限局性の滲出斑軽度の斑状出血前房水(+)64倍不明HIV-1()HIV-2()北ら6)(2005)42男右0.011.01.01.04517虹彩炎顆粒状白色滲出斑前房水(+)♯IgG:10.3IgM:0.35不明不明本症例(2007)52男左1.20.71.01.02048虹彩炎顆粒状白色滲出斑前房水(+)16倍()HIV-1()HIV-2()報告者(報告年)治療その他二宮ら3)(1993)ステロイド全身投与,MonoAb,PC,GCV,VIT(2回)CD4陽性細胞数減少前谷ら4)(1994)ステロイド全身投与,GCV,VIT─高橋ら5)(1998)ステロイド全身投与,ACV,GCVCD8一過性低下北ら6)(2005)GCV硝子体内投与BRVOに対する硝子体手術後CD4陽性細胞数一過性減少本症例(2007)ステロイド全身投与,ACV,GCV,PC─ACV:アシクロビル,GCV:ガンシクロビル,MonoAb:抗CMVヒトモノクローナル抗体,PolyAb:抗CMV抗体高力価g-グロブリン,PC:網膜光凝固術,VIT:硝子体切除術,BRVO:網膜静脈分枝閉塞症,#:酵素免疫低療法による.