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両眼性弦月型先天性水晶体欠損の1 例

2011年4月30日 土曜日

536(80あ)たらしい眼科Vol.28,No.4,20110910-1810/11/\100/頁/JC(O0P0Y)《第49回日本白内障学会原著》あたらしい眼科28(4):536.538,2011cはじめに水晶体欠損は,胎生期の眼杯裂閉鎖不全やZinn小帯自体の発育不全などが原因で生じるまれな疾患である.水晶体に付着するZinn小帯線維が分節的に欠損あるいは疎になることで,水晶体線維細胞の赤道部における伸長・造形あるいは形態維持に異常をきたし,Zinn小帯欠損に対応する部分の水晶体赤道部にくぼみが生じると考えられている1).今回筆者らは,全身症状を伴う先天性水晶体欠損の1例を経験したので報告する.I症例患者:41歳,男性.主訴:両眼視力低下.家族歴:特記すべきことなし.全身所見:精神発達遅滞,肥満,難聴を認める.現病歴:生来両眼とも視力不良であった.近医で両眼の水晶体異常を指摘され,当科へ紹介となった.当科初診時の右眼視力は0.05(矯正不能),左眼視力は0.15(矯正不能)であった.眼圧は右眼17mmHg,左眼17mmHgであった.眼位は外斜視を呈していた.前眼部に明らかな異常所見は認めなかったが,中間透光体では両眼とも水晶体の耳側,および同部位のZinn小帯の欠損を認めた(図1,2).水晶体の動揺はなく,瞳孔膜遺残,隅角形成不全,明らかな水晶体偏位など認めず,眼底もぶどう膜欠損,視神経乳頭異常,網膜.離などの異常所見を認めなかった.水晶体切除術の適応も考えられたが,生来弱視であったため,現在も日常生活にあまり不自由を感じておらず,家族の希望もあり経過観察することとしたが,初診時より2年以上経過した時点でも,初診時の所見と比較して明らかな変化を認めず経過中である.〔別刷請求先〕森下清太:〒569-8686高槻市大学町2-7大阪医科大学眼科学教室Reprintrequests:SeitaMorishita,M.D.,DepartmentofOphthalmology,OsakaMedicalCollege,2-7Daigaku-cho,Takatsuki-shi,Osaka569-8686,JAPAN両眼性弦月型先天性水晶体欠損の1例森下清太佐藤孝樹鈴木浩之石崎英介植木麻理菅澤淳池田恒彦大阪医科大学眼科学教室ACaseofBilateralSickleTypeofCongenitalLensColobomaSeitaMorishita,TakakiSato,HiroyukiSuzuki,EisukeIshizaki,MariUeki,JunSugasawaandTsunehikoIkedaDepartmentofOphthalmology,OsakaMedicalCollege目的:先天性水晶体欠損は胎生期の眼杯裂閉鎖不全,Zinn小帯の発育不全などが原因で水晶体線維細胞の赤道部での伸長・造形あるいは形態維持に異常をきたす疾患である.今回,筆者らは全身症状を伴う両眼性弦月型先天性水晶体欠損の1例を経験したので報告する.症例:41歳,男性.生来両眼とも視力不良.近医で両眼の水晶体異常を指摘され,当科へ紹介.両眼とも水晶体の耳側およびZinn小帯の欠損を認めた.右眼矯正視力0.05,左眼矯正視力0.15.右眼は外斜視.眼圧は正常,前眼部および眼底に異常所見は認めず.精神発達遅滞,難聴および肥満があった.家族歴に特記すべきことはない.結論:全身疾患を伴った両眼性弦月型先天性水晶体欠損の1例を経験した.Purpose:Toreportacaseofbirlateralsickletypeofcongenitallenscolobomaassociatedwithsystemicsymptoms.Case:A41-year-oldmalewasreferredtoourhospitalforexaminationofhisbirth-defect-relatedbilateralvisualdisturbance.ThepatientexhibitedbilaterallenscolobomaanddeficiencyofthezonuleofZinnattheidenticalpositioninbotheyes.Hisbest-correctedvisualacuitywas0.05intherighteyeand0.15inthelefteye.Noabnormalfindingwasdetectedinthepatient’santeriorsegmentsandocularfunduswithoutexotropia.Hehadsystemicsymptomsofmentalretardation,hearingloss,andobesity,withnoreportedfamilyhistory.Conclusions:Weexperiencedacaseofbilateralsickletypeofcongenitallenscolobomawithsystemicsymptoms.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)28(4):536.538,2011〕Keywords:水晶体欠損,Zinn小体欠損,全身症状.lenscoloboma,defectofZinn’szonule,systemicsymptoms.(81)あたらしい眼科Vol.28,No.4,2011537II考按水晶体欠損はZinn小帯自体の発育異常や胎生期の眼杯の閉鎖不全などによって起こる.過去には1899年にKaempfferが132例の症例をまとめて報告し,分類している2)が,その後の報告例は少なく,まれな疾患である.その報告によると,片眼性であることが多く,欠損は下方に起こりやすく,水晶体欠損部位にZinn小帯を欠くことが多い,とされている.また,欠損の形態により5つのタイプに分類され,切り込み型(Einkerbung),三角型(Dreieck),楕円型(Ellipse),切断型(Segment),弦月型(Sickle)があるとしている.本症例は両眼とも弦月型の欠損をきたしていた.また,Kaempfferは水晶体欠損の成因も6つの仮説をまとめている.①Oettingenの胎生期Zinn小帯発育不全説,②Manz,Hessらの中胚葉組織による水晶体の受動的圧迫説,③Cisselの水晶体成分中に障害があり,発育不全をきたすとする説,④Deutschmannの炎症説,⑤Bachの過大水晶体による圧迫説,⑥Heylの硝子体動脈などの血管の発育不良説である.本症例では水晶体欠損部でZinn小帯も完全に欠損しており,水晶体の辺縁の形状は円形のカーブではなく,やや直線的な形状であったため,水晶体偏位ではなく水晶体欠損と判断した.確認できる範囲では水晶体の混濁はなく,水晶体の動揺はみられなかった.水晶体以外の眼組織には胎生期の遺残なども含め,明らかな異常を認めなかった.これらのことより,本症例ではZinn小帯の発育不全により弦月型の水晶体欠損が生じたと考えられた.眼合併症としては屈折異常,白内障,水晶体偏位,瞳孔膜遺残,ぶどう膜欠損,毛様体.胞,隅角形成不全,緑内障などがある1,3,4).まず無散瞳下にて,水晶体のある部分,水晶体のない部分のどちらで視力を得ているかを判断し,屈折矯正で視力の向上が望めないなら手術療法を行う5).屈折矯正にて視力の改善がない場合,小学校就学前後に手術適応を決めるほうがよいとされている.手術は経毛様体扁平部水晶体吸引術や水晶体乳化吸引術にて水晶体の切除を行う.眼内レンズの偏位の可能性も考慮し,眼内レンズ毛様溝縫着術が好ましいと考えられるが,.内に挿入した報告もある6).本症例では水晶体乱視や高次収差の増加により視機能が低下している可能性も考えられるが,生来の水晶体欠損であり,屈折性弱視をきたしており,良好な視力予後は期待できないと考えた.さらに,日常生活に不自由を感じておらず,合併症を考慮し手術加療は選択しなかった.しかし,水晶体欠損はいったん欠損が形成されたあと徐々に拡大していく可能性があるという報告もあり7),注意深い経過観察が必要と考えられた.水晶体形態異常をきたす遺伝性疾患はいくつかあげられる.Marfan症候群は痩せ型,長身,くも状指などの外観を呈する疾患であり,水晶体偏位は50~80%に認められ,上耳側への偏位が多くみられる.ホモシスチン尿症は,50%以上に精神発達遅滞を認める.水晶体偏位をきたすが,偏位は3~10歳のあいだに起こり,Marfan症候群とは逆で,下方への偏位を多く認める.また,水晶体の硝子体腔への落下もMarfan症候群の約2倍の頻度といわれている.Weil-Marchesani症候群はMarfan症候群とは反対の身体症状を呈し,短躯,短指が特徴である.遺伝性腎炎8),特にAlport症候群では感音性難聴をきたす遺伝性疾患で,腎不全をきたす疾患である.50%以下で水晶体異常などの眼合併症を認める.その他にも,先にあげた成因より,中胚葉性の先天異常を水晶体のある部分水晶体のない部分図1右眼,耳側の水晶体欠損欠損部はZinn小帯も欠損している.水晶体のある部分水晶体のない部分図2左眼,耳側の水晶体欠損右眼と同様,耳側に水晶体およびZinn小帯の欠損を認める.538あたらしい眼科Vol.28,No.4,2011(82)きたす疾患においては水晶体欠損を合併している可能性があると考えられ,これらの疾患をもつ患者においては眼科的精査も十分に行われるべきである.本症例では全身所見として精神発達遅滞,肥満,難聴を認め,何らかの全身疾患の合併が疑われた.あてはまるような疾患は調べた限り見あたらなかったが,遺伝子診断などは施行しておらず,今後,小児科とも精査を進めていく予定である.文献1)山名隆幸,池田華子:水晶体水晶体欠損.眼科プラクティス18,p411,文光堂,20072)KaempfferR:Colobalentiscongenitum.AlbrechtvGraefe’sArchklinexpOphtal48:558-637,18993)杉浦毅,加藤雄一,国松志保ほか:水晶体欠損症に合併した毛様体.胞によって眼内レンズ偏位を生じたと推測される1症例.眼科43:823-829,20014)大久保潔,竹内晴子,並木真理:水晶体欠損の父子例に見られたPigmentaryGlaucomaと隅角形成不全.眼紀39:586-591,19885)田淵昭雄:水晶体偏位.眼科診療プラクティス27.小児視力障害の診療,p94-96,文光堂,19976)長尾泰子,高須逸平,岡信宏隆ほか:両眼先天性水晶体欠損に対して水晶体乳化吸引術および眼内レンズ挿入術を施行した1例.臨眼60:197-200,20067)今裕,徐魁.,櫻木章三:先天性水晶体欠損の1例.眼紀49:262-264,19988)甘利富士夫,戸塚清一,鷲沢一彦:遺伝性腎炎に合併した水晶体欠損.眼紀42:1369-1373,1991***