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ロンドンオリンピックの代表選手と候補選手の視力と視力矯正方法について

2017年6月30日 金曜日

《原著》あたらしい眼科34(6):903.908,2017cロンドンオリンピックの代表選手と候補選手の視力と視力矯正方法について枝川宏*1,2,3川原貴*3奥脇透*3小松裕*3土肥美智子*3先崎陽子*3川口澄*3桑原亜紀*3赤間高雄*4松原正男*2,3*1えだがわ眼科クリニック*2東京女子医科大学東医療センター眼科*3国立スポーツ科学センター*4早稲田大学スポーツ科学学術院VisualAcuityandVisualAcuityCorrectionMethodinRepresentativeandCandidatePlayersintheLondonOlympicsHiroshiEdagawa1,2,3),TakashiKawahara3),TouruOkuwaki3),HiroshiKomatsu3),MichikoDoi3),YokoSenzaki3),MasumiKawaguchi3),AkiKuwabara3),TakaoAkama4)andMasaoMatsubara2,3)1)EdagawaEyeClinic,2)DepartmentofOphthalmology,TokyoWomens’MedicalUniversityMedicalCenterEast,3)JapanInstituteofSportsSciences,4)FacultyofSportScience,WasedaUniversityロンドンオリンピックにおける31競技種目の代表選手294人と候補選手876人の視力測定と矯正方法について聞き取り調査を行った.視力は競技時と同様の矯正状態で片眼と両眼の遠方視力を測定した.その結果,1)競技群別の分析では,単眼視力・両眼視力・非矯正眼視力・矯正眼視力と矯正方法は競技群間で有意な差があった(p<0.05).競技群で視力と視力矯正方法が違っていたのは,競技特性が関係していると考えられた.2)代表選手群と候補選手群の分析では,単眼視力・両眼視力・非矯正眼視力・矯正眼視力と矯正方法は代表選手群と候補選手群で有意な差があった(p<0.05).代表選手群と候補選手群の視力と視力矯正方法が違っていたのは,代表選手群と候補選手群のスポーツ環境の違いによるものと考えられた.Visualacuitytestingandinterviewsastovisualacuitycorrectionmethodwereconductedin294representa-tiveplayersand876candidateplayersof31kindsofsportingeventsintheLondonOlympics.Corrected,unilateralandbilateraldistantvisualacuityweremeasuredinasamestateduringplay.Theanalysisresultswereasfol-lows:1.Analysisofathleticeventgroupsdisclosedsigni.cantdi.erencesamongthemregardingmonocular,binoc-ular,non-correctedandcorrectedvisualacuity,andvisualcorrectionmethod(p<0.05).Itwasconsideredthatthecharacteristicsoftheparticularsportswererelatedtothedi.erencesincorrectedvisualacuityandcorrectionmethod.2.Analysisoftherepresentativeplayersgroupandthecandidateplayersgroupshowedsigni.cantdi.erencesbetweenthemregardingmonocular,binocular,non-correctedandcorrectedvisualacuity,andcorrec-tionmethod(p<0.05).Thesedi.erenceswereprobablyduetothedi.eringsportenvironments.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)34(6):903.908,2017〕Keywords:視力,アスリート,オリンピック,スポーツ.visualacuity,athletes,Olympicgames,sport.はじめに以前筆者らは,国立スポーツ科学センターでメディカルチェックを受けたトップアスリートの視力と視力矯正の実態を調査した1.3).その結果,わが国のトップアスリートの視力は良好だが競技群によって異なること,視力矯正方法は競技特性によって異なることを報告した.しかしながら,これまで分析したトップアスリートの競技レベルは競技団体推薦から日本代表までさまざまだったことから,競技レベルによる視力や視力矯正の状況についてはわからなかった.今回筆者らはロンドンオリンピックに推薦された選手を対象とし〔別刷請求先〕枝川宏:〒153-0065東京都目黒区中町1-25-12ロワイヤル目黒1Fえだがわ眼科クリニックReprintrequests:HiroshiEdagawa,M.D.,EdagawaEyeClinic,RowaiyaruMeguro1F,1-25-12Nakacho,Meguro-ku,Tokyo153-0065,JAPANて,実際にオリンピックに出場した代表選手群(代表群と略)と推薦はされたが出場できなかった候補選手群(候補群と略)に分類して,比較検討した.I対象および方法対象はロンドンオリンピック31競技種目の代表選手294人と候補選手876人の合計1,170人で,男性は644人で女性は526人,平均年齢は25.0歳だった.代表選手はロンドンオリンピック出場者で競技能力が非常に高い選手たちで,競技成績もわが国ではトップクラスである.候補選手はロンドンオリンピックのために選抜されたがオリンピックに出場ができなかった者で競技能力も代表選手ほどは高くなく,競技成績も代表選手のレベルよりも劣る選手たちである.31競技種目を競技の特性から6競技群に分類した.標的群はライフル射撃など標的を見る競技で4種目94人,代表選手は13人で候補選手は81人だった.格闘技群は柔道など近距離で競技者と対する競技で5種目112人,代表選手は43人で候補選手69人だった.球技群は野球などボールを扱う競技で8種目220人,代表選手は85人で候補選手135人だった.体操群は体操など回転競技が含まれる競技で5種目64人,代表選手は29人で候補選手は35人だった.スピード群は自転車など競技者自身が高速で動く競技で2種目62人,代表選手は17人で候補選手は45人だった.その他群は陸上競技など視力が競技に重大な影響を与えない競技で7種目618人,代表選手は107人で候補選手は511人だった(表1).調査項目は,視力(単眼視力・両眼視力)と競技中の矯正方法だった.視力測定は競技時に裸眼の者は裸眼で,矯正者は競技時の矯正状態で5m視力表を使用して右眼,左眼,両眼の順序で行った.競技時の視力矯正方法は聞き取り調査で行った.視力の分析は1.0以上,0.9.0.7,0.6.0.3,0.3未満の4段階とした.視力の検定は競技群間ではKruskal-Wallistest,代表群と候補群間はMann-Whitney’sUtest,視力矯正方法はc2検定で行って,5%の有意水準設定で検討した.II結果1.視力の状況視力は左右差を認めなかった.単眼視力2,340眼では1.0以上が79.7%(1,864眼),0.9.0.7は11.2%(262眼),0.6.0.3は6.8%(160眼),0.3未満は2.3%(54眼)だった.代表群と候補群の比較では有意差(p<0.05)があって,1.0以上の者は代表群が84.7%(498/588眼)で候補群が78.0%(1,366/1,752眼)と,代表群に視力の良い者が多かった(図1).競技群間の比較では有意差(p<0.05)があって,1.0以上の者が多かったのは球技群の87.0%(383/440眼)で,少ないのは格闘技群の73.7%(165/224眼)だった(表2).両眼視力1,170人では1.0以上が90.7%(1,061人)で,0.9.0.7は5.1%(60人),0.6.0.3は4.1%(48人),0.3未満は0.1%(1人)だった.代表群と候補群の比較では有意差(p<0.05)があって,1.0以上の者は代表群が94.2%(277/294人)で候補群が89.5%(784/876人)と,代表群に視力の良い者が多かった(図2).競技群間の比較では有意差(p<0.05)があって,1.0以上の者が多かったのは球技群の97.7%(215/220人)で,少ないのはスピード群の80.6%(50/62人)だった(表3).2.視力非矯正眼の状況非矯正眼は全体の65.3%(1,528/2,340眼)だった.代表群と候補群の比較では代表群は69.4%(408/508眼)だったが,候補群は63.9%(1,120/1,752眼)と,非矯正眼は代表群に多かった.非矯正眼の視力は1,528眼のなかで1.0以上が77.9%(1,191眼),0.9.0.7は10.3%(157眼),0.6.0.3は8.6%(131眼),0.3未満は3.2%(49眼)だった.代表群と候補群の比較では有意差(p<0.05)があって,1.0以上の視力の良い者は代表群81.4%(332/408眼)で候補群76.7%(859/1,120眼)と,代表群に視力の良い者が多かった(図表1競技特性の分類1)標的群種目:標的を見ることが必要な種目4種目(94名)代表13名・候補81名アーチェリー・ライフル射撃・クレー射撃・近代五種2)格闘技群種目:近距離で競技者と対する種目5種目(112名)代表43名・候補69名柔道・テコンドー・フェンシング・ボクシング・レスリング3)球技群種目:ボールを扱う必要のある種目8種目(220名)代表85名・候補135名サッカー・水球・卓球・テニス・バドミントン・バレーボール・ホッケー・ビーチバレー4)体操群種目:回転運動が多く含まれる種目5種目(64名)代表29名・候補35名新体操・体操・トランポリン・飛び込み・シンクロナイズドスイミング5)スピード群種目:道具を使用して高速で行う種目2種目(62名)代表17名・候補45名自転車・カヌー6)その他群種目:視力が重大な影響を与えにくい種目7種目(618名)代表107名・候補511名競泳・ウエイトリフティング・セーリング・トライアスロン・ボート・陸上競技・馬術図1代表群と候補群の単眼視力分布■1.0以上■0.9~0.7■0.6~0.3■0.3未満図2代表群と候補群の両眼視力分布■1.0以上■0.9~0.7■0.6~0.3■0.3未満図3代表群と候補群の非矯正視力分布3).競技群間の比較では有意差(p<0.05)があって,1.0以上の者が多かったのは標的群の89.2%(107/120眼)で,少ないのは格闘技群(113/154眼)とその他群(549/748眼)の73.4%だった(表4).3.視力矯正眼と矯正方法の状況視力矯正眼は全体の34.7%(812/2,340眼)だった.代表群と候補群の比較では代表群は30.6%(180/588眼)だったが候補群は36.1%(632/1,756眼)と,矯正眼は候補群に多かった.矯正眼の視力は812眼のなかで1.0以上が83.4%(677眼),0.9.0.7は13.2%(107眼),0.6.0.3は3.0%(24眼),0.3未満は0.5%(4眼)だった.代表群と候補群の比較では有意差(p<0.05)があって,1.0以上の視力の良い者は代表群93.9%(169/180眼)で候補群80.4%(508/632眼)表2競技群別の単眼視力分布n=2,340眼1.0以上0.9.0.70.6.0.30.3未満n=1,864n=262n=160n=54標的群15420122n=188(81.9%)(10.6%)(6.4%)(1.1%)格闘技群16536203n=224(73.7%)(16.0%)(8.9%)(1.4%)球技群38343140n=440(87.0%)(9.8%)(3.2%)体操群1051841n=128(82.0%)(14.1%)(3.1%)(0.8%)スピード群9210814n=124(74.2%)(8.1%)(6.4%)(11.3%)その他群96513510234n=1,236(78.1%)(10.9%)(8.3%)(2.7%)表3競技群別の両眼視力分布n=1,170人1.0以上0.9.0.70.6.0.30.3未満n=1,061n=60n=48n=1標的群85630n=94(90.4%)(6.4%)(3.2%)格闘技群100930n=112(89.3%)(8.0%)(2.7%)球技群215320n=220(97.7%)(1.4%)(0.9%)体操群61300n=64(95.3%)(4.7%)スピード群501110n=62(80.6%)(1.7%)(17.7%)その他群55038291n=618(89.0%)(6.1%)(4.7%)(0.2%)表4競技群別の非矯正視力分布n=1,528眼1.0以上0.9.0.70.6.0.30.3未満n=1,191n=157n=131n=49標的群1071021n=120(89.2%)(8.3%)(1.7%)(0.8%)格闘技群11321173n=154(73.4%)(13.6%)(11.0%)(2.0%)球技群27930130n=322(86.7%)(9.3%)(4.0%)体操群711241n=88(80.7%)(13.6%)(4.5%)(1.2%)スピード群727413n=96(75.0%)(7.3%)(4.2%)(13.5%)その他群549779131n=748(73.4%)(10.3%)(12.2%)(4.1%)■1.0以上■0.9~0.7■0.6~0.3■0.3未満全体4n=812眼代表群1n=180眼候補群4n=632眼図4代表群と候補群の矯正視力分布■CL■眼鏡■LASIK■Ortho-K全体728148383610166580282010n=812眼代表群n=180眼候補群4n=632眼0%20%40%60%80%100%図5代表群と候補群の視力矯正方法CL:コンタクトレンズ,LASIK:laserinsitukeratomileu-sis,Ortho-K:orthokeratologyと,代表群に視力の良い者が多かった(図4).球技群間の比較では有意差(p<0.05)があって,1.0以上の者が多かったのは球技群の89.8%(106/118眼)で,少ないのは格闘技群(50/70眼)とその他群(416/488眼)の71.4%だった(表5).矯正方法は全体ではCLが89.7%(728眼)でもっとも多く,眼鏡が4.7%(38眼),LASIKは4.4%(36眼),Ortho-Kは1.2%(10眼)だった.代表群と候補群の比較では有意差(p<0.05)があって,CLを選択していた者は候補群に多かったが,眼鏡・LASIK・Ortho-Kを選択していた者は代表群に多かった(図5).競技群間の比較では有意差(p<0.05)があって,すべての群でCLが多かった.眼鏡とLASIKは標的群やスピード群に多く,Ortho-Kは格闘技群で多かった(表6).III考察以前筆者らは,わが国のトップアスリートの視力は良好だったと報告2,3)したが,今回の視力の結果は前回の報告よりも1.0以上の割合は少なく,0.7未満の割合が多かった.このような結果になったのは,今回の対象者のほうが1.0以上が多い球技群の割合が低かったことと,0.7未満が多いその他群の割合が高かったためである.これは調査対象が前回は夏と冬のオリンピックやアジア大会などの65種目だったの表5競技群別の矯正視力分布n=812眼1.0以上0.9.0.70.6.0.30.3未満n=677n=107n=24n=4標的群511250n=68(75.0%)(17.6%)(7.4%)格闘技群501640n=70(71.4%)(22.9%)(5.7%)球技群1061110n=118(89.8%)(9.3%)(0.9%)体操群34600n=40(85.0%)(15.0%)スピード群20341n=28(71.4%)(10.7%)(14.3%)(3.6%)その他群41659103n=488(85.2%)(12.1%)(2.0%)(0.7%)表6競技群別の矯正方法n=812眼CL眼鏡LASIKOrtho-Kn=728n=38n=36n=10標的群362480n=68(52.9%)(35.3%)(11.8%)格闘技群64006n=70(91.4%)(8.6%)球技群110062n=118(93.2%)(5.1%)(1.7%)体操群n=4040(100.0%)000スピード群n=2824(85.6%)2(7.2%)2(7.2%)0その他群45412202n=488(93.0%)(2.5%)(4.1%)(0.4%)CL:コンタクトレンズ,LASIK:laserinsitukeratomileusis,Ortho-K:orthokeratologyに対して,今回はロンドンオリンピックでわが国が出場権を獲得した31種目だったことが影響している.今回視力1.0以上の割合は,単眼視力が79.7%で両眼視力は90.7%と,選手の多くは視力が良好だった.しかし,視力0.7以上の割合でみると単眼視力が90.9%で両眼視力は95.8%と,ほとんどの選手は視力0.7以上でプレイしていた.このことから,選手の多くは0.7以上の視力があればプレイに支障はなく,視力をさらに良くする必要性を感じる者が少なかったと考えられる.しかし,現在のところ選手がプレイに支障のない視力で競技能力が十分に発揮できているかについては不明である.過去の実験では競技種目によっては視力0.7未満になると選手の競技能力に低下がみられた4)ことから,視力を1.0以上に向上させると選手の競技能力がさらに発揮できると考えられる.したがって,選手の競技能力を向上させるには,視力を1.0以上に矯正することを勧めたほうが良いであろう.競技群別の視力では,以前報告した結果と同様に標的群・球技群・体操群では1.0以上の選手の割合が多く,格闘技群・スピード群・その他群では0.7未満の選手が多かった(表2).米国のオリンピック選手の調査でも標的種目や球技種目の選手の視力は良く,格闘技や陸上競技などの選手の視力は悪いといった競技特性による違いがあったと,今回とほぼ同じ結果を報告している5).標的群の選手は標的を見る必要があること,球技群の選手は不規則に動くボールや対象物に臨機応変に対応する必要があることなどから,視力の良い者が多かったと考えられる.しかし,格闘技群の選手は相手が近距離にいて遠方を見る必要がないこと,スピード群の選手はボールのような不規則に動く目標を見ることがないこと,その他群の選手は視力で試合が左右されることが少ないことから,良い視力は必要がないと思っている可能性がある.代表群と候補群の視力を比較すると,1.0以上の選手は代表群に多く,0.7未満の選手は候補群に多かった(図1).非矯正視力も1.0以上の選手の割合は代表群に多かったが,0.7未満の選手では候補群のほうが多かった(図3).非矯正眼でプレイをしている選手は,矯正をしなくても視力が良いか,視力が悪いにもかかわらず矯正をしていなかった者である.0.7未満の選手が候補群で多かったことは,代表群では視力の悪い選手は積極的に視力矯正をしていたけれども,候補群では視力の悪い選手は視力矯正をすることに消極的だったのであろう.矯正視力は矯正が適切であれば1.0以上の視力が期待される.そのため,矯正視力1.0以上が多かった代表群では選手の視力矯正はほぼ適切だったとみなせるが,矯正視力1.0以上が少なかった候補群では矯正が不適切だった選手だけでなく,あえて1.0以上の矯正を希望していなかった選手もいたと思われる(図4).また,代表群に視力の良い者が多かった別の理由として,スポーツ環境の違いがあげられる.日本オリンピック協会(JOC)のアスリートプログラムではオリンピック強化指定選手の日常の健康と体力を管理するため,定期的に健康診断・体力測定などを実施することと,強化指定選手の強化活動に必要な助言,指導を与えるためのさまざまなスタッフを配置すると決められている.代表群の選手は全員が強化指定されているので,アスリートプログラムによって身体が常に良い状態を保つようにメディカチェックやさまざまなサポートを継続して受けている.そのため視力をチェックする機会も多く,選手自身も視力を良い状態に保つように注意していたと考えられる.しかし,候補群の選手は強化指定選手に指定されない限り,代表選手よりメディカルチェックを受ける頻度は少ない.そのため視力をチェックする機会も自ずと少なく,視力を良い状態に保つ重要性に気づいていなかったことがありうる.競技群別の矯正方法の特徴的な点としては,すべての競技群でCLの使用がもっとも多かったこと,標的群・スピード群・その他群では眼鏡やLASIKの使用が多かったこと,格闘技群ではLASIKはいなかったがOrtho-Kを選択している選手が多かったことがあげられる(表6).CLの使用が多かったのは,視野を妨げることなく自然に見えることから,多くの競技種目で使いやすいからであろう.標的群・スピード群・その他群で眼鏡やLASIKの使用が多かったのは,標的群の選手にとっては標的を注視する際に瞬きが減少してCLが使いにくいことや,標的を狙う眼に視力矯正用のレンズを使用するからであろう.スピード群の選手にとってはプレイ中に風が眼に当たってCLが乾燥して見づらいためと推測できる.格闘技群でLASIKがいなかったのは接触時に角膜が損傷しやすいことや,相手が近距離にいることから良い視力を求める選手が少なかったからであろう.また,Ortho-Kが多かったのは眼球強度に影響がなく,競技のときに視力矯正用具を使用しなくてよいからであろう.代表群と候補群の視力矯正方法の特徴としては,代表群では競技特性に合わせた矯正方法を選択していた選手が多かったが,一部に競技特性に適した選択をしていなかった選手もいた.また,候補群では多くの選手がCLを使用していたことから,競技特性に合った方法を考慮していた者が少なかったようである(図5).このように代表群と候補群ともに選手のなかには視力矯正方法について十分に理解していない者がいたようである.選手はそれぞれの矯正方法の利点や欠点を理解して,競技特性に適したより良い矯正方法を選択することが必要である.たとえば,Ortho-Kは矯正効果に個人差があること,視力がやや不安定なところがあること,効果が出るまでに時間を要することなどに注意しなければならないが,競技中に眼鏡やCLを使用しなくてすむだけでなく,角膜強度が低下しないことから水中で行う水球や飛び込みなどの種目や格闘技種目などでも使用が勧められる.LASIKは視力の矯正効果はあるが術後に近視の戻り・不正乱視・まぶしさの増加などが起こる可能性があることや,角膜が薄くなることから眼を直接打撲する可能性のある競技には不向きである.眼鏡は視野が狭く感じる,レンズが曇るなどの欠点はあるが,ボールによる眼外傷が多い球技種目では眼を守るために防護効果のあるスポーツ眼鏡を用いることも良いであろう.今回の結果から,選手の競技力のいっそうの向上を図るには,選手に視力矯正の重要性と競技種目に適した矯正方法をアドバイスすることが必要である.視力(II).あたらしい眼科32(9):1363-1367,2015文献4)枝川宏,石垣尚男,真下一策ほか:スポーツ選手におけ1)枝川宏,原直人,川原貴ほか:スポーツ選手の眼にる視力と競技能力.日コレ誌37:34-37,1955関する意識と視機能.臨眼60:1490-1412,20065)LadyDM,KirschenDG,PantallP:Thevisualfunctionof2)枝川宏,川原貴,小松裕ほか:トップアスリートのOlympiclevelathletes-Aninitialreport.EyeContactLens視力.あたらしい眼科29:1168-1171,201237:116-122,20113)枝川宏,川原貴,小松裕ほか:トップアスリートの***

トップアスリートの視力(Ⅱ)

2015年9月30日 水曜日

《原著》あたらしい眼科32(9):1363.1367,2015cトップアスリートの視力(II)枝川宏*1,2,3川原貴*3小松裕*3土肥美智子*3先崎陽子*3川口澄*3桑原亜紀*3赤間高雄*4松原正男*2,3*1えだがわ眼科クリニック*2東京女子医科大学東医療センター眼科*3国立スポーツ科学センター*4早稲田大学スポーツ科学学術院VisualAcuityofTopAthletes(II)HiroshiEdagawa1,2,3),TakashiKawahara3),HirosiKomatu3),MitikoDoi3),YokoSenzaki3),MasumiKawaguti3),AkiKuwabara3),TakaoAkama4)andMasaoMatubara2,31)EdagawaEyeClinic,2)TokyoWomen’sMedicalUniversityMedicalCenterEast,3)JapanInstituteofSportsSciences,4)FacultyofSportScience,WasedaUniversity夏季と冬季のオリンピックとアジア大会65競技種目の代表および候補者3,243人の視力測定と競技時の矯正方法についての聞き取り調査を行った.視力は競技時と同様の矯正状態で片眼と両眼の遠方視力を測定した.その結果,1.単眼視力1.0以上の者は82.0%,両眼視力1.0以上の者は92.6%だった.単眼視力と両眼視力は競技群間で有意な差があった(p<0.05).単眼視力と両眼視力がともに1.0以上の割合がもっとも多いのは球技群,もっとも少なかったのは格闘技群だった.2.視力非矯正眼の割合は64.9%で,割合がもっとも多いのはスピード群で,もっとも少ないのは標的群だった.視力非矯正眼の79.4%は1.0以上だった.3.矯正視力の87.0%は1.0以上だった.視力矯正方法はコンタクトレンズが88.3%を占めてもっとも多く,競技群によって視力矯正方法に特徴があった.矯正方法は競技群間で有意な差があった(p<0.05).Weinvestigatedvisioncorrectiondevicesusedduringsportingactivityviavisualacuity(VA)testingandpersonalinterviewof3,243athletesin65sportsofthesummerandwinterOlympicGamesandAsianGames.Ineachathlete,distantVAwasmeasuredusingcorrectingdevicesinbothmonocularandbinocularconditions.Ofthetotal3,243athletes,82.0%hadgoodmonocularVAof1.0orbetterand92.6%hadgoodbinocularVA.MonocularandbinocularVAweresignificantdifferenceamongsports(p<0.05).Theproportionof1.0orbetterVAinbothmonocularandbinocularvisionwasthegreatestinball-gameathletesandtheleastinmartialartsathletes.Thepercentageofathletesthatdidnotuseavisioncorrectiondevicewas64.9%,withthegreatestnumberbeinginspeed-competingsportsandtheleastnumberbeinginshootingsports.Oftheathleteswithoutavisioncorrectingdevice,79.4%had1.0orbetterVA.CorrectedVAwas1.0orbetterin87.0%oftheathleteswithavisioncorrectingdevice.Contactlenseswerethemostcommonlyusedvisioncorrectingdevice,withan88.3%share.Therewassignificantdifferenceinthevisioncorrectingdeviceusedamongsports(p<0.05).〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)32(9):1363.1367,2015〕Keywords:視力,アスリート,オリンピック,スポーツ.visualacuity,athletes,Olympicgames,sport.はじめに視力はアスリートにとって競技するうえでもっとも重要な視機能である.そのため以前からアスリートの視力と視力矯正については多くの報告がある1.8).前回,筆者らはわが国のトップレベルのアスリートを競技特性から6競技群に分類して分析した3).そのなかでアスリートの視力や視力矯正は競技群によって特徴があることを指摘した.今回は対象となる競技種目を前回よりも12種目1,669人を追加して,前回同様に競技群別に視力・視力矯正方法の分析を行った.I対象および方法対象は2008年.2011年の3年間に国立スポーツ科学セ〔別刷請求先〕枝川宏:〒153-0065東京都目黒区中町1-25-12ロワイヤル目黒1Fえだがわ眼科クリニックReprintrequests:HiroshiEdagawa,M.D.,Edagawa,EyeClinic,RowaiyaruMeguro1F,1-25-12Nakacho,Meguro-ku,Tokyo153-0065,JAPAN0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(135)1363 ンター(JISS)でメディカルチェックを行ったオリンピックやアジア大会など国際競技の代表者および候補者男子1,796人,女子1,487人の3,243人で,平均年齢22.2歳である.競技種目は65種目(夏季55種目・冬季10種目)で競技の特性から表1のように6競技群に分類した.標的群はライフル射撃など標的を見る競技で8種目182人,格闘技群は柔道など近距離で競技者と対する競技で7種目227人,球技群は野球などボールを扱う競技で19種目1,344人,体操群は体操など回転競技が含まれる競技で7種目182人,スピード群はスキーなど競技者自身が高速で動く競技で9種目487人,その他群は陸上競技など視力が競技に重大な影響を与えにくい競技で15種目821人であった(表1).視力測定は競技時と同様の状態で5m視力表を使用して右眼,左眼,両眼の順序で行った.聞き取り調査は競技時の視力矯正方法について行った.分析は視力1.0以上,0.9.0.7,0.6.0.3,0.3未満の4段階とした.検定は視力が各競技群間でKruskal-Wallis検定,視力矯正はc2検定で行って,5%の有意水準設定で検討した.II結果1.視力の状況視力では左右差を認めなかった.6,486眼のなかで単眼視力の分布は1.0以上が5,322眼で82.0%,0.9.0.7は657眼で10.1%,0.6.0.3は397眼で6.1%,0.3未満は110眼で1.7%だった(表2).また,3,243人のなかで両眼視力の分布は1.0以上が3,003人で92.6%,0.9.0.7は146人で4.5%,0.6.0.3は88人で2.7%,0.3未満は6人で0.2%だった(表3).視力の低下に伴って,単眼視力と両眼視力ともに割合は少なくなった.単眼視力を競技群別でみると,1.0以上では割合がもっとも多いのは球技群で2,688眼のなかの2,327眼で86.6%だった.もっとも少ないのは格闘技群で454眼のなかの352眼で77.5%だった.0.9.0.7では割合がもっとも多いのはスピード群で974眼のなかの119眼で12.2%,もっとも少ないのは球技群で2,688眼のなかの239眼で8.9%だった.0.6.0.3では割合がもっとも多いのは格闘技群で454眼のなかの38眼で8.4%,もっとも少ないのは標的群で364眼のなかの13眼で3.6%だった.0.3未満では割合がもっとも多いのは格闘技群で454眼のなかの13眼で2.9%,もっとも少ないのは球技群で2,688眼のなかの17眼で0.6%だった(表2).両眼視力を競技群別でみると,1.0以上で割合がもっとも多いのは球技群で1,344人のなかの1,283人で95.5%,もっとも少ないのは格闘技群で227人のなかの203人で89.4%だった.0.9.0.7で割合がもっとも多いのは格闘技群で227人のなかの13人で5.7%,もっとも少ないのは標的群で182人のなかの6人で3.3%だった.0.6.0.3で割合がもっとも多いのは格闘技群で227人のなかの11人で4.9%,もっとも少ないのは球技群で1,344人のなかの14人で1.0%だった.0.3未満で割合がもっとも多いのはスピード群で487人のなかの4人で0.9%だったが,標的群・格闘技群・球技群・体操群は1人もいなかった(表3).単眼視力と両眼視力の分布は各競技群間で有意な差があった.2.視力非矯正眼の状況競技中に視力を矯正していない非矯正眼の割合は6,486眼のなかの4,210眼で64.9%だった.視力は1.0以上が4,210眼のなかの3,341眼で79.4%,0.9.0.7は415眼で9.9%,表1競技特性の分類1)標的群種目:標的を見ることが必要な種目8種目(182名)アーチェリー・ビリヤード・ボウリング・ライフル射撃・カーリング・バイアスロン・クレー射撃・近代五種2)格闘技群種目:近距離で競技者と対する種目7種目(227名)剣道・柔道・テコンドー・フェンシング・ボクシング・レスリング・空手道3)球技群種目:ボールを扱う必要のある種目19種目(1,344名)ゴルフ・サッカー・水球・スカッシュ・ソフトテニス・ソフトボール・卓球・テニス・バスケットボール・バドミントン・バレーボール・ハンドボール・ホッケー・ラグビー・アイスホッケー・野球・クリケット・ビーチバレー・セパタクロー4)体操群種目:回転運動が多く含まれる種目7種目(182名)新体操・体操・ダンススポーツ・トランポリン・フィギュアスケート・飛び込み・シンクロナイズドスイミング5)スピード群種目:道具を使用して高速で行う種目9種目(487名)自転車・スキー・スケート・スケルトン・スノーボード・ボブスレー・リュージュ・ローラースポーツ・カヌー6)その他群種目:視力が重大な影響を与えにくい種目15種目(821名)競泳・ウエイトリフティング・セーリング・トライアスロン・武術太極拳・ボート・陸上競技・ドラゴンボート・馬術・山岳・エアロビクス・カバティ・囲碁・チェス・クロスカントリー1364あたらしい眼科Vol.32,No.9,2015(136) 表2単眼視力分布n=6,486眼表3両眼視力分布n=3,243人1.0以上0.9.0.70.6.0.30.3未満n=5,322n=657n=397n=110標的群30840133n=364(83.7%)(10.9%)(3.6%)(1.8%)格闘技群352513813n=454(77.5%)(11.2%)(8.4%)(2.9%)球技群2,32723910517n=2,688(86.6%)(8.9%)(3.9%)(0.6%)体操群289422310n=364(79.4%)(11.5%)(6.3%)(2.8%)スピード群7561197623n=974(77.6%)(12.2%)(7.8%)(2.4%)その他群1,29016614244n=1,642(78.6%)(10.1%)(8.7%)(2.6%)1.0以上0.9.0.70.6.0.30.3未満n=3,003n=146n=88n=6標的群173630n=182(95.1%)(3.3%)(1.6%)(0%)格闘技群20313110n=227(89.4%)(5.7%)(4.9%)(0%)球技群1,28347140n=1,344(95.5%)(3.5%)(1.0%)(0%)体操群167960n=182(91.8%)(5.0%)(3.2%)(0%)スピード群43827184n=487(89.9%)(5.5%)(3.7%)(0.9%)その他群73944362n=821(90.0%)(5.4%)(4.4%)(0.2%)0.6.0.3は347眼で8.2%,0.3未満は107眼の2.5%だった.非矯正眼の割合がもっとも多い競技群はスピード群で974眼のなかの672眼で69.0%,もっとも少ないのは標的群で364眼のなかの192眼で52.7%だった.1.0以上は4,210眼のなかの3,341眼で79.4%,0.9.0.7は415眼で9.9%,0.6.0.3は347眼で8.2%,0.3未満は107眼の2.5%だった.競技群別でみると1.0以上で割合がもっとも多いのは標的群と球技群の84.9%で,標的群は192眼のなかの163眼で球技群は1,813眼のなかの1,540眼だったが,もっとも少ないのはその他群で992眼のなかの730眼で73.6%だった.0.9.0.7で割合がもっとも多いのはスピード群で672眼のなかの88眼で13.1%,もっとも少ないのはその他群で992眼のなかの90眼で9.1%だった.0.6.0.3で割合がもっとも多いのはその他群で992眼のなかの129眼で13.0%,もっとも少ないのは標的群で192眼のなかの7眼で3.7%だった.0.3未満で割合がもっとも多いのは格闘技群で292眼のなかの13眼の4.5%,もっとも少ないのは球技群で1,813眼のなかの14眼で0.8%だった(表4).3.視力矯正眼と矯正方法の状況競技中に視力を矯正している視力矯正眼の割合は6,486眼のなかの2,276眼で35.1%だった.矯正視力は1.0以上が2,276眼のなかの1,981眼で87.0%,0.9.0.7は242眼で10.6%,0.6.0.3は49眼で2.2%,0.3未満は4眼の0.2%だった.競技群別でみると1.0以上の割合がもっとも多いのは球技群で875眼のなかの787眼で89.9%,もっとも少ないのは格闘技群で162眼のなかの135眼で83.3%だった.0.9.0.7で割合がもっとも多いのは体操群で115眼のなかの17眼で14.8%,もっとも少ないのは球技群で875眼のなかの73眼で8.3%だった.0.6.0.3で割合がもっとも多いのはスピード群で302眼のなかの12眼で3.9%,もっとも少ない(137)表4視力非矯正群の単眼視力分布n=4,210眼1.0以上0.9.0.70.6.0.30.3未満n=3,341n=415n=347n=107標的群1631874n=192(84.9%)(9.4%)(3.7%)(2.0%)格闘技群217283413n=292(74.3%)(9.6%)(11.6%)(4.5%)球技群1,5401669314n=1,813(84.9%)(9.2%)(5.1%)(0.8%)体操群194252010n=249(77.9%)(10.0%)(8.0%)(4.1%)スピード群497886423n=672(74.0%)(13.1%)(9.5%)(3.4%)その他群7309012943n=992(73.6%)(9.1%)(13.0%)(4.3%)のは球技群で875眼のなかの12眼で1.4%だった.0.3未満では割合がもっとも多いのは球技群で875眼のなかの3眼の0.4%だったが,標的群・球技群・格闘技群・体操群・スピード群はいなかった(表5).視力矯正眼2,276眼でコンタクトレンズ(CL)は2,010眼の88.3%,laserinsitukeratomileusis(LASIK)は138眼の6.0%,眼鏡は106眼の4.7%,オルソケラトロジー(Ortho-K)は22眼の1.0%だった.矯正方法はCLが全競技群を通してもっとも多いが,眼鏡が多いのは標的群で172眼のなかの52眼で30.2%,LASIKが多いのはスピード群で302眼のなかの44眼で14.6%,Ortho-Kが多いのは格闘技で162眼のなかの8眼で4.9%だった(表6).視力矯正方法は競技群間で有意な差(p<0.05)があった.また,矯正視力が1.0に達していない者は2,276眼のなかの310眼で13.6%だった.CLでは2,010眼のなかの253眼の12.6%,眼鏡あたらしい眼科Vol.32,No.9,20151365 表5視力矯正群の単眼視力分布n=2,276眼表6矯正方法n=2,276眼1.0以上0.9.0.70.6.0.30.3未満n=1,981n=242n=49n=4標的群1452250n=172(84.3%)(12.8%)(2.9%)(0%)格闘技群1352340n=162(83.3%)(14.2%)(2.5%)(0%)球技群78773123n=875(89.9%)(8.3%)(1.4%)(0.4%)体操群951730n=115(82.6%)(14.8%)(2.6%)(0%)スピード群25931120n=302(85.8%)(10.3%)(3.9%)(0%)その他群56076131n=650(86.2%)(11.7%)(2.0%)(0.1%)CL眼鏡LASIKOrtho-Kn=2,010n=106n=138n=22標的群9652240n=172(55.8%)(30.2%)(14.0%)(0%)格闘技群150048n=162(92.6%)(0%)(2.5%)(4.9%)球技群8350364n=875(95.4%)(0%)(4.1%)(0.5%)体操群111022n=115(96.6%)(0%)(1.7%)(1.7%)スピード群2506442n=302(82.8%)(2.0%)(14.6%)(0.6%)その他群56848286n=650(87.4%)(7.4%)(4.3%)(0.9%)では106眼のなかの29眼の27.3%,Ortho-Kでは22眼のなかの7眼で31.8%,LASIKでは138眼のなかの6眼の4.4%だった.III考察視力は視機能に影響する9.12)だけでなく,競技能力にも関係すると報告8)されている.また,屈折矯正はわずかなずれでも眼優位性に影響してコントラスト感度・調節反応・調節微動・眼球運動・視覚注意などが変化すると報告13,14)されている.したがって,視力低下は単に視機能に影響するだけでなく,本来の競技能力にも影響して十分なパフォーマンスが発揮されない可能性がある.パフォーマンスの向上のためには適正な視力矯正をすることが役立つと思われる.今回,プレイをしているときと同様の状況で測定した視力が1.0以上だった選手の割合は,単眼視力で82.0%,両眼視力は92.6%と多かったものの,0.7未満でプレイをしている選手の割合は単眼視力で7.8%・両眼視力は2.9%と少ないが存在した.競技群別では1.0以上の選手が多かったのは標的群・球技群だったが,格闘技群・スピード群・体操群・その他群の選手はこの2競技群よりも少なく,また0.7未満が多かった.標的群は標的をしっかりと見る必要があること,球技群は不規則に動くボールや対象物に臨機応変に対応する必要があることから,視力の良い者が多かった.しかし,格闘技群は相手が近距離にいるために遠方を見る必要がないこと,体操群は動作があらかじめ決まっていること,スピード群はボールのような不規則に動く目標を見ることがないことから,とくに良い視力が必要でないと考えられている可能性がある.その他群は視力で試合が左右されるような種目が少ないことから,視力の良くない選手が多かったと考えられ1366あたらしい眼科Vol.32,No.9,2015CL:コンタクトレンズ,LASIK:laserinsitukeratomileusis,Ortho-K:orthokeratology.る.米国のオリンピックレベルの選手の視力調査でもアーチェリー・ソフトボールなどの標的種目や球技種目の選手の視力は良く,ボクシングや陸上競技など選手の視力は悪かったと,今回とほぼ同じ結果を報告している6).このように選手は競技で必要と感じる程度に視力を整備してプレイしていると考えられる.しかし,選手の競技能力は選手が必要と感じる視力で十分に発揮できているかについてはわかっておらず,競技種目によっては選手が必要と感じている視力が不十分であることも考えられる.今回視力を矯正せずにプレイをしていた選手の割合は約6割だった.体育大学生ではその割合が約8割7)だったことから,選手の多くはプレイのときは視力矯正をしていないようである.今回の割合が体育大学生の報告よりも少なかったのは,今回の対象者のなかに非矯正眼の割合がもっとも少ない標的群の選手が多く含まれていたためである.非矯正視力は選手の約9割が0.7以上で,約8割は1.0以上だった.標的群・球技群は1.0以上の選手が多くて0.7未満の選手は少なかったが,格闘技群・その他群は1.0以上の選手が少なくて0.7未満の選手が多かった.このような競技群別における非矯正視力の分布は単眼視力の分布傾向と同様だった.今回の競技群別の非矯正視力の結果は,非矯正視力が1.0以上の選手の割合が多い種目はサッカー・ソフトテニス・バレーボール・野球などの球技系の種目で,柔道・レスリング・フェンシングなどの格闘技系の種目や水泳などの対人運動・個人運動系の種目は少ない4)とする体育大学生の報告と同様の傾向だった.矯正視力は選手のほぼ全員が0.7以上で,選手の約9割は1.0以上だった.1.0以上に矯正されていた選手が多かったのは球技群・その他群で,これらの選手の視力は良く矯正さ(138) れていた.しかし,体操群・格闘技群では1.0未満の選手の割合が多く,スピード群・標的群では0.7未満の選手が多かった.矯正視力は本来正しく矯正されていれば1.0以上の視力が期待されるはずである.しかし,今回矯正視力が1.0未満の選手がいたことは,選手の矯正が適切に行われていないか,選手自身が競技で必ずしも1.0以上を目指した矯正を希望していないことが考えられる(表5).今回,1.0未満だった選手がどちらの要因によるものかについて個別に検討することはできなかったが,1.0未満の選手がいたということは,視力を無理に良くする必要がないと考えている選手がいたためと考えられる.しかし,計時時計の表示やコーチの指示を見るためには,やはり1.0の視力を確保することが望ましい.視力矯正方法は約9割の者がCLを使用していて,使用割合はLASIK,眼鏡,Ortho-Kの順に少なかった.これは筆者らの前回の報告3)と同じ結果であった.CLはすべての競技群でもっとも使用されていたが,CL以外は競技によって矯正方法が異なる傾向があった.眼鏡の使用は標的群に多く,LASIKはスピード群に多かった.眼鏡の使用が標的群に多かったのは標的を注視する際に瞬きが減少して角膜が乾燥しやすいことからCLが使用しにくいことや,標的を狙う眼だけ視力を矯正することが容易なためである.LASIKがスピード群に多かったのは,選手の角結膜が競技中に風で乾燥することや,冬季競技の競技環境が乾燥していてCLが使いにくいためである.また,Ortho-Kが格闘技群で多かったのは,視力矯正用具を使用できないボクシングのような種目が含まれることや,LASIKでは接触時に眼球が損傷する恐れがあるためである.今回それぞれの矯正方法における残存する屈折状態の調査はしていないが,CL装用状態での屈折値の調査では半数の者に近視・遠視・乱視などの屈折異常が残存していた4)との報告があることから,さまざまな方法で矯正した選手のなかには屈折異常が残存している可能性がある.屈折矯正はわずかなずれでも視機能に影響する13,14)ことから,それが競技能力に影響を及ぼす可能性は否定できない.今後調査をする必要がある.このようにアスリートはすでに競技の特性に応じた視力矯正方法を選択しているようである.しかし,矯正方法をよく知ることで,さらに適したそして安全な方法を選択できるようになるであろう.たとえば,Ortho-Kは競技中に視力矯正用具を使用しなくてすむことから水中で行う水球や飛び込みなどの種目,また格闘技種目などに適応があると考えられる.ボール競技では防護を兼ねたデザイン性の良い眼鏡を用いれば眼外傷から防ぐことができる.一方で現在LASIKの人気は高いが,近視の戻り・不正乱視・まぶしさの増加などが起こる可能性があることから,精密で安定した視力を必要とする競技には不向きと考えられる.また,角膜が薄くなることで眼を直接打撲する可能性のある競技にも不向きである.選手はそれぞれの矯正方法の利点や欠点を考えて,各競技種目におけるもっとも適切な矯正方法を検討する必要がある.文献1)安藤純,阿部圭助,市岡東洋ほか:視力とスポーツに関する実態調査.日本の眼科67:553-557,19962)枝川宏,松原正男,川原貴ほか:スポーツ選手の眼に関する意識と視機能.臨眼60:1409-1412,20063)枝川宏,松原正男,川原貴ほか:トップアスリートの視力.あたらしい眼科29:1168-1171,20124)上野純子,正木健雄,太田恵美子:大学運動部選手の視機能について.日本体育大学紀要22:31-37,19925)佐渡一成,金井淳,高橋俊哉:スポーツ眼科へのアプローチ.臨床スポーツ医学12:1141-1147,19956)LadyDM,KirschenDG,PantallP:Thevisualfunctionofolympiclevelathletes─Aninitialreport.EyeContactLens37:116-122,20117)佐渡一成,金井淳:スポーツ現場における視力矯正方法選択の現状.日コレ誌38:14-18,19968)中山悌一:プロ野球選手のデータ分析.プロ野球選手の体力⑦視力,p44-48,ブックハウス・エイチディ,20119)鈴村昭弘:眼と道路交通.臨床眼科全集8,p291-361,金原出版,197610)山地良一,保倉賢創ほか:深視力の臨床(1)大手前病院における深視力外来患者の統計的観察.眼紀35:2258-2262,198411)川村肇,細畠淳,近江源次郎ほか:コントラスト感度と調節反応量の関係.視覚の科学15:206-210,199412)平井陽子,粟屋忍:視力と立体視の研究.眼紀36:1524-1531,198513)魚里博,中山奈々美,川守田拓志ほか:屈折矯正状態が眼優位性に及ぼす影響.日眼会誌111:168,200714)半田知也,魚里博:眼優位性検査法とその臨床応用.視覚の科学27:50-53,2006***(139)あたらしい眼科Vol.32,No.9,20151367

トップアスリートの視力

2012年8月31日 金曜日

《原著》あたらしい眼科29(8):1168.1171,2012cトップアスリートの視力枝川宏*1,2,3川原貴*3小松裕*3土肥美智子*3先崎陽子*3川口澄*3桑原亜紀*3赤間高雄*4松原正男*2,3*1えだがわ眼科クリニック*2東京女子医科大学東医療センター眼科*3国立スポーツ科学センター*4早稲田大学スポーツ科学学術院VisualAcuityofTopAthletesHiroshiEdagawa1,2,3),TakashiKawahara3),HiroshiKomatsu3),MichikoDoi3),YokoSenzaki3),MasumiKawaguchi3),AkiKuwabara3),TakaoAkama4)andMasaoMatsubara2,3)1)EdagawaEyeClinic,2)DepartmentofOphthalmology,TokyoWomen’sMedicalUniversityMedicalCenterEast,3)JapanInstituteofSportsSciences,4)FacultyofSportScience,WasedaUniversityわが国のトップレベルの競技者の聞き取り調査と視力測定をした.対象は国立スポーツ科学センターでメディカルチェックを行った夏季と冬季のオリンピック・アジア大会53競技の競技者1,574人.聞き取り調査は競技時の矯正方法と眼の既往症歴について行った.視力は競技時と同様の矯正状態で片眼と両眼の遠方視力を測定した.1)視力1.0以上の競技者は全体の82.5%で,球技群が最も多く86.2%,格闘技群が最も少なく74.0%であった.2)視力の矯正は90.3%が使い捨てコンタクトレンズを使用していたが,5.4%はLASIK(laserinsitukeratomileusis),0.5%はオルソケラトロジーを選択していた.3)眼既往症者は3.0%,スポーツ眼外傷は1.0%であった.眼既往症発症率はスピード群が最も高く4.5%,スポーツ眼外傷発症率は球技群が最も高く1.5%であった.眼既往疾患では角膜疾患とその他の疾患が最も多く25.5%,ついで網膜疾患14.9%であった.Thisresearchstudiedthestateofvisualacuityoftop-classathletes.Weexaminedandinterviewed1,574top-classathleticcompetitorsintheOlympicandAsianconventiongames,regardingtheirvisualacuity.Ofalltheathletes,82.5%hadvisualacuityover1.0;thepercentagewas86.2%forthoseinballgamesand74.0%forthoseinfightgroups.Ofalltheathletes,90.3%useddisposablecontactlens;5.4%hadlaserinsitukeratomileusisand0.5%usedorthokeratology.Ofalltheathletes,3.0%hadahistoryofeyediseaseand1.0%hadhadeyeinjuriesresultingfromsports.Eyediseaseincidencewashighestinathletesinvolvedinhigh-speedathletics(4.5%);theincidenceofeyeinjurywashighestintheballgamegroups(1.5%).Themostcommondiseaseswerecornealdiseaseandotherdiseases(25.5%),followedbyretinaldisease(14.9%).〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)29(8):1168.1171,2012〕Keywords:視力,アスリート,オリンピック,スポーツ,スポーツ眼疾患.visualacuity,athletes,Olympicgames,sport,sporteyedisease.はじめにスポーツにおいて視力は最も重要で確実な視機能であり,視力が不十分だと競技能力に影響する可能性がある.優れた競技者は一般に優れた視機能を保持していると考えられ,これまでもさまざまな集団で視力の調査報告が行われている1.6).しかし,わが国では真にトップレベルの競技者の視力を多数調査した報告はない.筆者らはすでにトップレベルのスキー競技者の視機能は報告した2)が,今回はさまざまな種目のトップレベルの競技者を対象に,視力の現状と眼既往症歴を把握することを目的として調査を行った.I対象および方法対象は2008年10月から2009年10月までに国立スポーツ科学センターでメディカルチェックを行った夏季と冬季のオリンピックとアジア大会の出場者および候補者1,574人である.競技種目および競技者数は夏季オリンピック・アジア〔別刷請求先〕枝川宏:〒153-0065東京都目黒区中町1-25-12ロワイヤル目黒1Fえだがわ眼科クリニックReprintrequests:HiroshiEdagawa,M.D.,EdagawaEyeClinic,RowaiyaruMeguro1F,1-25-12Nakacho,Meguro-ku,Tokyo153-0065,JAPAN116811681168あたらしい眼科Vol.29,No.8,2012(142)(00)0910-1810/12/\100/頁/JCOPY 大会36種目の1,233人,冬季オリンピック・アジア大会17種目の341人で,平均年齢は23歳であった.競技種目は種目の競技特性から6種類に分類した(表1).標的群はライフル射撃など標的を見る種目で6種目90人,格闘技群は柔道など近距離で競技者と対する種目で6種目98人,球技群は野球などボールを扱う種目で14種目653人,体操群は体操など回転運動が含まれる種目で6種目79人,スピード群はスキーなど道具を使用して高速で行う種目で14種目269人,その他群は陸上競技など視力が競技に重大な影響を与えにくい種目で7種目385人であった.視力測定は競技時と同様の状態で5m視力表を使用して右眼,左眼,両眼の順序で行った.聞き取り調査は競技時の視力矯正方法と眼既往症歴について行った.分析は競技者全員と6種類の競技群で,競技時の視力矯正方法,単眼視力と両眼視力,眼既往疾患歴で行った.なお,単眼視力と両眼視力は,1.0以上,0.9.0.7,0.6.0.4,0.3未満の4段階で評価した.左右の視力についてはt検定で,単眼視力と両眼視力については分散分析で行い,5%の有意水準設定で検討した.表1競技特性の分類1)標的群種目:標的を見ることが必要な種目6種目(90名)アーチェリー・ビリヤード・ボウリング・ライフル射撃・カーリング・バイアスロン2)格闘技群種目:近距離で競技者と対する種目6種目(98名)剣道・柔道・テコンドー・フェンシング・ボクシング・レスリング3)球技群種目:ボールを扱う必要のある種目14種目(653名)ゴルフ・サッカー・水球・スカッシュ・ソフトテニス・ソフトボール・卓球・テニス・バスケットボール・バドミントン・バレーボール・ホッケー・ラグビー・アイスホッケー4)体操群種目:回転運動が多く含まれる種目6種目(79名)新体操・体操・ダンススポーツ・トランポリン・フィギュアスケート・飛び込み5)スピード群種目:道具を使用して高速で行う種目14種目(269名)自転車・スキー(アルペン・エアリアル・クロス・クロスカントリー・コンバインド・ジャンプ・モーグル)・スケート(ショートトラック・スピードスケート)・スケルトン・スノーボード・ボブスレー・リュージュ6)その他群種目:視力が重大な影響を与えにくい種目7種目(385名)競泳・ウェィトリフティング・セーリング・トライアスロン・武術太極拳・ボート・陸上競技II結果1.視力単眼視力と両眼視力は6競技群で有意な差はなく,左右眼の視力も有意な差はなかった.単眼視力1.0以上は全体の82.5%(2,598/3,148眼)で,球技群が最も多く86.2%(1,126/1,306眼),格闘技群が最も少なく74.0%(145/196眼)であった(表2).両眼視力1.0以上は全体の92.2%(1,452/1,574人)で,球技群が最も多く95.4%(623/653人),格闘技群が最も少なく84.7%(83/98人)であった(表3).2.視力矯正方法視力矯正をしている者は日常生活では39.5%(621/1,574人)であったが,競技では35.4%(557/1,574人)で,日常生活で矯正している者の89.7%(557/621人)が競技でも矯正していた.競技中の矯正方法はコンタクトレンズ(CL)90.3%(503/557人)・LASIK(laserinsitukeratomileusis)表2競技群別にみた単眼視力の分布(n=3,148)視力競技群1.0以上0.9.0.70.6.0.40.3以下不明標的群n=180147(81.7%)21(11.7%)3(1.7%)1(0.6%)8(4.4%)格闘技群n=196145(74.0%)25(12.8%)15(7.7%)11(5.6%)0球技群n=1,3061,126(86.2%)117(9.0%)41(3.1%)12(0.9%)10(0.8%)体操群n=158133(84.2%)12(7.6%)9(5.7%)4(2.5%)0スピード群n=538436(81.0%)49(9.1%)31(5.8%)16(3.0%)6(1.1%)その他群n=770611(79.4%)67(8.7%)53(6.9%)27(3.5%)12(1.6%)表3競技群別にみた両眼視力の分布(n=1,574)視力競技群1.0以上0.9.0.70.6.0.40.3以下不明標的群n=9082(91.1%)4(4.4%)4(4.4%)00格闘技群n=9883(84.7%)7(7.1%)7(7.1%)1(1.0%)0球技群n=653623(95.4%)19(2.9%)6(0.9%)05(0.8%)体操群n=7975(94.9%)2(2.5%)1(1.3%)1(1.3%)0スピード群n=269246(91.5%)11(4.1%)6(2.2%)3(1.1%)3(1.1%)その他群n=385343(89.1%)20(5.2%)15(3.9%)1(0.3%)6(1.6%)(143)あたらしい眼科Vol.29,No.8,20121169 表4競技群別眼既往症者標的群格闘技群球技群体操群スピード群その他群競技者数(人)(n=1,574)909865379269385眼既往症者数(人)(n=47)33221126スポーツ眼外傷者数(人)(n=15)1110021眼既往症発症率(%)眼既往症者数/競技者3.33.13.41.34.51.6スポーツ眼外傷発症率(%)スポーツ眼外傷者数/競技者数1.11.01.500.70.35.4%(30/557人)・眼鏡3.8%(21/557人)・オルソケラトロジー0.5%(3/557人)であった.使用されていたCLの種類は使い捨てレンズ(DCL)93.2%(469/503人)・ソフトレンズ(SCL)4.0%(20/503人)・ハードレンズ(HCL)1.2%(6/503人)・不明1.6%(8/503人)で,DCLでは1日交換レンズ(1dayDCL)46.3%(217/469人)・2週間交換レンズ(2WDCL)49.0%(230/469人)・1カ月交換レンズ(1MDCL)4.7%(22/469人)であった.CLは全競技群で使用されていた.LASIKを選択していたのはスピード群16人・標的群7人・球技群4人・その他群3人,眼鏡を選択していたのは標的群16人・その他群4人・球技群1人,オルソケラトロジーを選択していたのはその他群3人であった.3.眼既往症眼既往症者は3.0%(47/1,574人)で,スポーツ眼外傷者は1.0%(15/1,574人)であった.眼既往症発症率(眼既往症者数/競技者数)はスピード群が,スポーツ眼外傷発症率(スポーツ眼外傷者数/競技者数)は球技群が最も高かった(表4).眼既往症では角膜疾患とその他の疾患がともに25.5%(12/47人)で最も多く,ついで網膜疾患の14.9%(7/47人)であった.角膜疾患の41.7%(5/12人)はCL関連で,これはCL装用者全体の0.8%(5/621人)であった.その他の疾患の50.0%(6/12人)は原因不明の視力低下で,網膜疾患は全員がスポーツ眼外傷であった.また,弱視の者はスピード群に2人と球技群に1人いた.III考察トップレベルのアスリートの視機能については,8種目のオリンピックレベルのアスリート157人を分析した報告4)がある.この結果では視力は種目間で有意な差があり,視力が良好な種目はソフトボールやアーチェリーで,悪い種目はボクシングや陸上競技であったと報告している.今回は競技群で分析したために種目間の視力差はわからなかったが,球技群種目や標的群種目では視力は良好で,格闘技群種目や陸上競技を含むその他群種目では視力が悪かったのはこの報告と同様の傾向であった.わが国の大学生の調査5)でも視力が良1170あたらしい眼科Vol.29,No.8,2012好な者は球技種目に多くて対人や個人種目では少ないと,同様の結果を報告している.球技は視力の影響を受けやすい3)と以前に報告したが,球技群種目の者は日頃の経験を通して視力は運動能力に影響すると感じていて視力が良好な者が多かったと考えられる.また,今回体操群やスピード群でも視力が良好な者が多かったのも,同様の理由と考えられる.一方,格闘技群種目は対戦者が近距離にいるので競技者が他の種目よりも遠方を見ることが少なく,視力に重きをおく必要を感じなくて視力の悪い者が多かったと考えられるが,ボクシングのように規則で競技中は視力矯正用具を使用できない種目があることも一つの理由としてあげられる.このように競技者の視力は競技特性から影響を受けていると考えられる.今回の対象者の視力矯正割合は日常生活では39.5%で,競技では89.7%であった.これを大学生の視力矯正割合6)と比較すると,日常生活では大学生の32.5%とあまり差はなかったが,競技では大学生の71.8%よりも2割ほど高かったことから,トップレベルの競技者は競技では視力を良好に保とうとする意識が高いように思われる.矯正方法ではほとんどの者はCLを使用していたが,LASIKは冬季のスピード群や標的群の者が選択しており,オルソケラトロジーはその他群の者が選択していた.LASIKやオルソケラトロジーを選択した理由として,冬季競技は乾燥したなかで行われるうえにスピード競技では多くの風が眼に当たること,標的競技は標的を注視する際に瞬きが少なくなるなど,競技中の環境が角膜を乾燥させやすい状況にあるためだと思われる.また,眼鏡が標的群で多かったのは,標的を注視する眼だけを矯正する射撃用眼鏡を使用していたためである.視力の悪い競技者は競技能力を十分に発揮できない3)ことから目的に応じた方法で視力を矯正する必要があるが,各手法の問題点を十分に理解せずに便利な方法を選択している競技者が多かった.スポーツ眼外傷については約8割は球技によるものと報告されている7.10)が,今回球技群は66.7%(10/15人)と少なかった.この差は報告がスポーツ眼外傷で眼科を受診した患(144) 者の分析であったのに対して,今回は聞き取り調査の結果であったために生じたものと思われる.今回の聞き取り調査では一般的な既往症が少ない印象があった.これは聞き取り調査では競技者は重大な疾患だけを申告する傾向にあったことから,一般的な既往症の情報を得ることができなかったためと思われる.今後の検討が必要である.既往症では角膜疾患の4割はCL関連で,不適切なCL管理やCL使用に適さない競技環境のために起こったと考えられる.その他の疾患の半数が原因不明の視力低下であったのは,視力低下を指摘されたにもかかわらず,放置していた者が多かったためである.疾患については,眼窩より大きなボールを使用する種目で網膜疾患,身体接触の多い種目で眼窩底吹き抜け骨折が起こっていた.これは過去の報告7.11)と共通しており,種目によって起こりやすい疾患のあることがわかる.また,視覚が競技能力に影響すると思われる弱視の者がスピード群と球技群にいたことは,ハンディのある視覚を日頃の練習で獲得した技術でレベルの高い競技能力を得ることができたためと考えられる.競技能力はさまざまな要素から成立しているので,視覚の結果だけで競技能力を判断することには慎重でなければならない.文献1)大阪府医師会学校医部会:視覚とスポーツに関する調査報告書.p4-12,19962)枝川宏,松原正男,川原貴ほか:スポーツ選手の眼に関する意識と視機能.臨眼60:1409-1412,20063)枝川宏,石垣尚男,真下一策ほか:スポーツ選手における視力と競技能力.日コレ誌37:34-37,19954)LadyDM,KirschenDG,PantallP:ThevisualfunctionofOlympiclevelathletes─Aninitialreport.EyeContactLens37:116-122,20115)上野純子,正木健雄,太田恵美子:大学運動部選手の視機能について.日本体育大学紀要22:31-37,19926)佐渡一成,金井淳,高橋俊哉:スポーツ眼科へのアプローチ.臨床スポーツ医学12:1141-1147,19957)黒坂大次郎,木村肇二郎:スポーツ眼外傷.眼科34:1085-1091,19928)徳山孝展,池田誠宏,岩崎哲也ほか:ボール眼外傷の15年間の統計的検討.臨眼46:1121-1125,19929)木村肇二郎:スポーツによる眼外傷.眼科MOOK39,労働眼科,p10-21,金原出版,198910)鈴木敬,馬嶋昭生,佐野雅洋:名古屋市立大学におけるボール眼外傷の統計的観察(II).眼紀37:615-619,198611)岡本寧一:接触競技による眼外傷の特徴とその対策.あたらしい眼科14:335-359,1997***(145)あたらしい眼科Vol.29,No.8,20121171