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β-ラクタマーゼ非産生アンピシリン耐性インフルエンザ菌による結膜下膿瘍の1例

2018年5月31日 木曜日

《第54回日本眼感染症学会原著》あたらしい眼科35(5):679.683,2018cb-ラクタマーゼ非産生アンピシリン耐性インフルエンザ菌による結膜下膿瘍の1例渡部美和子*1,2庄司純*1稲田紀子*1山上聡*1*1日本大学医学部視覚科学系眼科学分野*2東京女子医科大学糖尿病センター眼科CAdultCaseofSubconjunctivalAbscessCausedbyb-lactamaseNon-producingAmpicillin-resistantHaemophilusin.uenzaeCMiwakoWatanabe1,2)C,JunShoji1),NorikoInada1)andSatoruYamagami1)1)DepartmentofOphthalmologyandVisualScience,NihonUniversityGraduateSchoolofMedicine,2)DepartmentofDiabeticOphthalmology,DiabetesCenter,TokyoWomen’sMedicalUniversity目的:b-ラクタマーゼ非産生アンピシリン耐性インフルエンザ菌(BLNAR)による結膜下膿瘍の成人例の症例報告.症例:症例はC41歳,男性で,右眼の異物感および眼脂を主訴に,遷延化した難治性結膜炎として当院紹介受診となった.初診時,右外眼角部に排膿を伴う肉芽腫様隆起性病変を認め,膿と眼脂の細菌分離培養結果からそれぞれBLNARが検出された.頭部CMRI検査では,外眼筋付着部付近に膿瘍を認めたため,BLNARによる結膜下膿瘍と診断した.薬剤感受性試験結果を基にセフメノキシムまたはモキシフロキサシン点眼,オフロキサシン眼軟膏,およびセフポドキシムプロキセチル内服により治療を行ったところ,6カ月後に排膿は消失し,膿瘍も縮小した.結論:耐性インフルエンザ菌が原因で成人に発症したまれな結膜下膿瘍を経験した.本症例の診断には画像検査が有用であり,治療には薬剤感受性試験結果に基づく治療薬選択が重要であった.CPurpose:Wereportanadultcaseofsubconjunctivalabscesscausedbyb-lactamasenon-producingampicil-lin-resistantCHaemophilusCin.uenzae(BLNAR)C.CCase:AC41-year-oldCmaleCpresentedCtoCourCuniversityCwithCpro-longedCrefractoryCconjunctivitisChavingCforeignCbodyCsensationCandCdischargeCinChisCrightCeye.CAtCtheC.rstCvisit,Ctherewasaprotrudinggranulomatouslesionwithdrainageinrighteye’soutercanthus,andBLNARwasdetectedbybacterialculturetestofdischargeanddrainage,respectively.Inheadmagneticresonanceimaging,anabscesswasCfoundCnearCtheCholdfastCofCtheCextraocularCmuscle,CsoCweCdiagnosedCsubconjunctivalCabscessCcausedCbyCBLNAR.BasedConCdrugCsusceptibilityCtestCresults,CweCtreatedCwithCcefmenoximeCorCmoxi.oxacinCeyedrops,Co.oxacinCeyeCointmentandcefpodoximeproxetiloraladministration,leadingtodisappearanceofpusandreductionofabscessesafterC6Cmonths.CConclusion:HaemophilusCin.uenzaeCcanCdevelopCsubconjunctivalCabscessCinCadults.CInCourCcase,CimagingCexaminationCandCtreatmentCselectionCbasedConCdrugCsusceptibilityCtestingCcontributedCtoCbetterCdiagnosisCandtreatment.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C35(5):679.683,C2018〕Keywords:インフルエンザ菌,BLNAR(Cb-ラクタマーゼ非産生アンピシリン耐性インフルエンザ菌),結膜下膿瘍,難治性結膜炎,涙腺排出管.Haemophilusin.uenzae,BLNAR(Cb-lactamasenon-producingampicillin-resistant)C,subconjunctivalabscess,refractoryconjunctivitis,excretoryductsoflacrimalgland.Cはじめにzae:NTHi)とに分類される.莢膜型は髄膜炎や肺炎などのインフルエンザ菌(HaemophilusCin.uenzae)はグラム陰全身感染症を引き起こしやすく,なかでもインフルエンザ菌性短桿菌であり,菌表面に莢膜多糖を有する莢膜型(a.f型)b型(H.Cin.uenzaeCtypeb:Hib)は侵襲性が高いため,感と型別不能の無莢膜型(nontypeableHaemophilusCin.uen-染予防の観点からCHibワクチンが用いられている.〔別刷請求先〕渡部美和子:〒162-8666東京都新宿区河田町C8-1東京女子医科大学糖尿病センター眼科Reprintrequests:MiwakoWatanabe,DepartmentofDiabeticOphthalmology,DiabetesCenter,TokyoWomen’sMedicalUniversity,8-1Kawada-cho,Shinjuku-ku,Tokyo162-8666,JAPANC眼科領域におけるインフルエンザ菌感染症の代表的疾患は,小児の急性結膜炎や眼窩蜂巣炎であり,その原因菌の大半をCNTHiが占めるといわれている1,2).NTHi感染症に対してCHibワクチンは予防効果をもたず,近年はCb-ラクタマーゼ非産生アンピシリン耐性インフルエンザ菌(Cb-lactamasenon-producingCampicillin-resistant:BLNAR)をはじめとする耐性菌も増加したことから,眼科領域では治療に難渋するインフルエンザ菌感染症例に遭遇することがある3).今回筆者らは,治癒までに長期間を有し,涙腺排出管膿瘍が疑われたCBLNARによる結膜下膿瘍の成人例を経験したので報告する.C図1初診時の前眼部写真右眼に結膜充血を認める.外眼角部に肉芽腫様隆起性病巣を認め,同部位からの排膿もみられる.図2初診後1カ月の頭部単純MRI画像(FLAIR画像)右眼の外眼筋付着部付近に膿瘍形成を認める(.).I症例患者:41歳,男性.主訴:右眼の充血および眼脂.現病歴:バイク走行中に右眼の異物感を自覚し,同日に右眼の充血・眼脂が出現した.約C6カ月間近医C4施設で抗菌薬点眼を中心とした治療を受けた.前医で施行された眼脂の細菌分離培養検査は,初回検査では菌陰性であったが,1カ月後に再度施行された検査ではインフルエンザ菌が検出された.抗菌薬を中心とした点眼薬治療では症状改善がみられず当院紹介となった.既往歴・家族歴:特記事項なし.初診時所見:右眼の球結膜充血がみられ,結膜.内に眼脂の貯留がみられた.外眼角部には肉芽腫様の隆起病変が存在し,同部位からの排膿がみられた(図1).同日に原因菌を特定するために結膜擦過物および排膿を伴う病変部の膿の細菌分離培養検査を実施し,後日結膜擦過物からCBLNAR少数,膿からCBLNAR少数,黄色ブドウ球菌極小を認めた.表1は初診時の薬剤感受性試験結果である.アンピシリン(ABPC),アンピシリン・スルバクタム(ABPC/SBT)などの第一セフェム系抗菌薬やセファクロム(CCL)などの第二世代セフェム系抗菌薬に対し耐性を示した.一方でセフォタキシム(CTX)などの第三世代セフェム系抗菌薬やレボフロキサシン(LVFX)に対し感受性を示した.経過:治療としては,これまでに使用歴がないゲンタマイシン硫酸塩点眼液C1日C4回,オフロキサシン眼軟膏C1日C1回を初診時に処方した.初診後C2週で症状に変化はなく,薬剤感受性試験結果を基に治療薬をセフメノキシム塩酸塩点眼液とセフポドキシムプロキセチル錠C1日C200Cmg内服へ変更した(内服薬はC5日間投与して中止した).1カ月後には,充血はほとんど変化がなかったが眼脂は減少し,再検した細菌分表1初診時薬剤感受性試験結果抗菌薬MIC(μg/ml)感受性判定CABPC4CRCABPC/SBTC4CRCCCL16CRCCTM32CRCCTXC0.5CSCCDTRPIC0.5CSCCTRXC≦0.25CSCLVFXC≦0.5CSR:耐性S:感受性ABPC:アンピシリン,ABPC/SBT:アンピシリン・スルバクタム,CCL:セファクロム,CTM:セフォチアム,CTX:セフォタキシム,CDTRPI:セフジトレンピボキシル,CTRX:セフトリアキソン,LVFX:レボフロキサシン.図3初診後6カ月の前眼部写真および頭部単純MRI画像(T1W画像)Ca:前眼部写真.外眼角部に肉芽腫様の変化が残存しているが,排膿はなく膿瘍は瘢痕治癒している.Cb:MRI画像では外眼筋付着部の膿瘍は消失している.C離培養検査ではCBLNARが陰性化していた.また,治療と同時進行で感染部位を特定するための画像診断が検討された.初診後C1カ月目に検診で撮影していた頭部単純CMRI画像(図2)を検討したところ,膿瘍は外眼筋付着部付近に限局し,眼窩内には所見を認めなかったため眼窩蜂巣炎や眼瞼膿瘍は否定的であった.初診後C3カ月目では,眼脂,結膜充血ともに軽快傾向であったが,病巣からの排膿は持続していた.膿の細菌分離培養検査ではCBLNARが検出された.また,鼻腔内の常在菌検索を目的とした鼻腔内の細菌分離培養検査を施行したが,BLNARは検出されず,鼻腔由来でないことが確認された.治療は,受診時に病巣マッサージによる排膿を繰り返すとともに,抗菌点眼薬および眼軟膏による治療を継続した.分離されたCBLNARの薬剤感受性試験結果はフルオロキノロン感受性株であったため,点眼薬をモキシフロキサシン塩酸塩点眼液C1日C4回に変更して薬物治療を継続した.眼軟膏は,初診時からのオフロキサシン眼軟膏C1日C1回(就寝前)を継続した.初診後C6カ月目で外眼角部に肉芽組織は残存したが,排膿は消失し,結膜充血は改善した(図3a).結膜.内細菌分離培養結果で菌は陰性化し,MRI画像では膿瘍が軽快していた(図3b)ため治療終了とした.CII考按今回,BLNARが原因菌と考えられる外眼角部の結膜下に膿瘍を形成した成人例を経験した.今回の細菌分離培養検査で,病巣部から排膿している膿および結膜擦過物の両者からBLNARが検出された点から,BLNARを原因菌とする結膜下膿瘍と診断した.BLNARは,Cb-ラクタマーゼを産生せず,ペニシリン結合蛋白(penicillinCbindingCprotein:PBP)そのものが遺伝子変異したインフルエンザ菌の耐性株である.臨床的には,ABPC,ABPC/SBTの他,第二世代セフェム系抗菌薬に耐性であり,CTXに代表される第三世代セフェム系抗菌薬が有効であるとされている.BLNARを原因菌とする外眼部感染症としては小児の急性結膜炎が代表であり,分離されたインフルエンザ菌のなかにCBLNARの占める割合が高いことが指摘されている4).今回のCBLNAR感染症症例は,健康な成人例であったこと,および結膜炎ではなく結膜下膿瘍を形成したことが既報との相違点であり,今回の感染症の特徴であったと考えられた.結膜下膿瘍に関しては,外傷または外眼部手術に続発して発症する例が報告されている5.7).今回の症例は外傷の既往が明確ではなく,手術歴も有しない健康成人であった.また,MRIによる画像診断により外眼筋付着部付近の結膜下に形成された膿瘍であることが明らかとなった.Brooksら8)は,外傷や手術歴のない成人女性に発症したインフルエンザ菌を原因菌とする結膜下膿瘍の症例を報告している.筆者らが経験した症例の臨床所見とCBrooksらの症例との類似点として,外眼角部の結膜下に病変が認められていること,画像診断により外眼筋付着部に膿瘍が形成されていることがあげられるが,両者ともに病変部の病理学的診断ができていないことから,感染部位を特定するには至っていない.また,眼窩隔膜前に膿瘍を形成する疾患としては涙腺膿瘍があり,本症例における鑑別診断として重要と考えられる.Ginatら9)表2本症例と既報との比較BrooksIII(Cornea,2010)Ginatら(JOII,20166:1)本症例症例診断所見画像所見原因菌治療内容経過27歳,女性結膜下膿瘍左)発赤,充血,白い分泌物,流涙左)外窩洞部に膿瘍インフルエンザ菌抗菌薬:点眼・内服(モキシフロキサシン)10日で症状改善60歳,女性涙腺膿瘍右)眼瞼腫脹,疼痛,排膿,上転・外転制限右)眼窩隔膜前蜂巣炎涙腺腫脹,液体貯留黄色ブドウ球菌外科的切開排膿抗菌薬:点眼・内服3週間で症状改善41歳,男性結膜下膿瘍(lacrimalductabscess)右)充血,眼脂,外眼角部肉芽腫様病巣から排膿右)外眼筋付着部レベルに膿瘍インフルエンザ菌本文参照6.7カ月で症状改善肉芽を残し,膿瘍消失は,ブドウ球菌が原因菌である涙腺膿瘍を報告している.本症例,Brooksらの症例およびCGinatらの症例の類似点と相違点を表2に示したが,涙腺膿瘍とするには膿瘍が形成された部位や上眼瞼の所見から否定的であった.一方,涙腺は上眼瞼挙筋の腱で隔てられ,眼窩部涙腺と眼瞼部涙腺とに分かれている.眼窩部涙腺からはC3.5本の排出管が出ており,上円蓋部外側に開口するとされている.また,眼瞼部涙腺の排出管は,上円蓋部から外眼角部にかけて,約C50個の開口部がみられるとされている10,11).本症例では,外眼部に形成された肉芽腫性病変の部位が涙腺排出管の開口部に相当していると考えられ,涙腺排出管の開口部から侵入したインフルエンザ菌により,眼瞼部涙腺の排出管に膿瘍が形成されて拡大することで結膜下膿瘍の所見を呈した可能性が考えられた.しかし,今回のCMRI画像からは,病巣部の明瞭な特定化は困難であり,また外科的処置も行わなかったため,病理学的な面からも病巣部を特定できなかったことから,本症例を結膜下膿瘍と診断した.結膜下または眼窩隔膜前に形成される膿瘍に対する抗菌薬投与は,点眼投与よりも全身投与が重要であると考えられる.既報では,結膜下膿瘍に対して全身投与をC10日間,涙腺膿瘍に対してはC3週間の投与が行われ,有効であったとされている.本症例ではセフポドキシムプロキセチル内服をC5日間投与後に培養結果で菌陰性化を示し,排膿も消失していたため抗菌薬の全身投与を短期間で終了している.しかし,後の細菌分離培養検査ではCBLNARが再検出されている.これらの経過から,セフポドキシムプロキセチル内服と抗菌薬点眼とにより結膜.内のCBLNARの菌量が一時的に減少したため培養陰性を示した可能性も考えられるが,抗菌薬内服を中止したことで残存したCBLNARが再び増加に転じたことを考えると,抗菌薬の全身投与期間が菌の完全消失するのには不十分であったことを示していると考えられた.また,自然排膿がみられていたこと,および経過期間中に結膜下膿瘍の拡大や充血,疼痛などの臨床症状の悪化は認めなかったため,抗菌薬の点滴や内服といったさらなる治療の追加を今回は行わなかった.さらに病変に対する外科的な膿瘍摘出についても当初から検討はしていたが,膿瘍部位が外眼筋付着部付近に位置していたため,医原性の外眼筋筋膜損傷を考慮し,まずは投薬による保存的治療を選択した.今回の症例では,治療にC6.7カ月の期間を要したが,膿瘍が遷延化した背景には,1)膿瘍形成部位,2)耐性菌および3)抗菌薬の種類と投与法の三つの要因があると考えられた.しかし,今回の症例の経過からは,どの要因が病状遷延化の原因であったかを特定することは困難であった.本症例のような結膜下に形成された膿瘍に対し,今回筆者らは眼窩蜂巣炎や眼瞼膿瘍との鑑別のために検討したCMRIなどの画像検査および薬剤感受性試験結果に基づく抗菌薬の局所および全身投与計画を施行した.遷延例に対しては,より病理学的な面からの感染病巣部位診断やドレナージ,膿瘍摘出などの外科的処置を積極的に考慮する必要があったのではないかと筆者らは考えている.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)砂川慶介,竹内百合子,岩田敏:無莢膜型インフルエンザ菌(NTHi)の疫学.感染症誌85:227-237,C20112)石和田稔彦:インフルエンザ菌感染症.小児内科C40(増刊号):1008-1012,C20083)矢野寿一:ラクタマーゼ非産生アンピシリン耐性インフルエンザ菌(BLNAR).小児科臨床12:2467-2471,C20114)SugitaCG,CHotomiCM,CSugitaCRCetCal:GeneticCcharacteris-ticsofHaemophilusin.uenzaeandStreptococcuspneumi-niaeisolatedfromchildrenwithconjunctivitis-otitismediasyndrome.JInfectChemotherC20:497-497,C20145)RionoWP,HidayatAA,RaoNA:Scleritis:aclinicopath-ologicCstudyCofC55Ccases.COphthalmologyC106:1328-1333,C19996)HsiaoCCH,CChenCJJY,CHuangCSCMCetCal:IntrascleralCdis-seminationofinfectiousscleritisfollowingpterygiumexci-sion.BrJOphthalmolC82:29-34,C19987)KivlinCJD,CWilsonCEMCJr:PeriocularCinfectionCafterCstra-bismussurgery.PeriocularInfectionStudyGroup.JPedi-atrOphthalmolStrabismusC32:42-49,C19958)BrooksCCW,CDeMartelaereCSL,CJohnsonCAJ:SpontaneousCsubconjunctivalCabscessCbecauseCofCHaemophilusCinfluen-zae.CorneaC29:833-835,C20109)GinatCDT,CGlassCLR,CYanogaCFCetCal:LacrimalCglandCabscessCpresentingCwithCpreseptalCcellulitisCdepictedConCCT.JOphthalmicIn.ammInfectC6:1,C201610)RauberAA,KopschF,小川鼎三(訳):人体解剖学Raub-er-KopschCLehrbuchCundCAtlasCderCAnatomieCdesCMen-schen.第CII巻,VI-III:p630-658,医学書院,195811)BronAJ:Lacrimalstreams:thedemonstrationofhumanlacrimalC.uidCsecretionCandCtheClacrimalCductules.CBrJOphthalmolC70:241-245,C1986***

急性細菌性結膜炎における起炎菌ごとの臨床的特徴

2012年3月31日 土曜日

《第48回日本眼感染症学会原著》あたらしい眼科29(3):386.390,2012c急性細菌性結膜炎における起炎菌ごとの臨床的特徴星最智*1田中寛*2大塚斎史*3卜部公章*2*1藤枝市立総合病院眼科*2町田病院*3京都第2赤十字病院眼科ClinicalFeaturesofEachCausativeOrganisminAcuteBacterialConjunctivitisSaichiHoshi1),HiroshiTanaka2),YoshifumiOhtsuka3)andKimiakiUrabe2)1)DepartmentofOphthalmology,FujiedaMunicipalGeneralHospital,2)MachidaHospital,3)DepartmentofOphthalmology,KyotoSecondRedCrossHospital2009年1月からの2年間に,町田病院において急性細菌性結膜炎を疑った外来患者に対して結膜.と鼻前庭の培養検査を施行した.108例(男性50例,女性58例)が急性細菌性結膜炎と診断された.起炎菌は黄色ブドウ球菌が42例(38.9%),ヘモフィルス属が25例(23.1%),肺炎球菌が16例(14.9%),その他が25例(23.1%)であった.黄色ブドウ球菌性による結膜炎では感冒や小児接触との関連が少なく(各々14.3%,28.6%),片眼性が多かった(78.6%).ヘモフィルス属による結膜炎では感冒を伴いやすく(76.0%),しばしば小児接触を認め(56.0%),両眼性が多かった(56.0%).肺炎球菌による結膜炎では球結膜充血が強い傾向があり,小児接触と強く関連し(87.5%),両眼が多かった(62.5%).その他の結膜炎では,感冒や小児接触との関連は少ない(各々28.0%,28.0%)が,女性に多かった(76.0%).Bothconjunctivalsacandnasalbacterialcultureswereperformedfromoutpatientswithsuspectedacutebacterialconjunctivitis,basedonclinicalpresentationoveraperiodof2yearsfromJanuary2009atMachidaHospital.Atotalof108patients(50male,58female)werediagnosedwithacutebacterialconjunctivitis.CausativeorganismscomprisedStaphylococcusaureus(42cases,38.9%),Haemophilusspecies(25cases,23.1%),Streptococcuspneumoniae(16cases,14.9%)andother(25cases,23.1%).ConjunctivitisduetoS.aureuswasassociatedwithfewercolds(14.3%),fewercontactswithchildren(28.6%)andmanyunilateralcases(78.6%).ConjunctivitisduetoHaemophilusspecieswasassociatedwithcolds(76.0%),frequentcontactwithchildren(56.0%)andmanybilateralcases(56.0%).Pneumococcalconjunctivitistendedtoexhibitseverebulbarconjunctivalinjection,strongassociationwithcontactwithchildren(87.5%)andmanybilateralcases(62.5%).Othertypesofconjunctivitiswereassociatedwithfewercolds(28.0%),fewercontactswithchildren(28.0%)andmanyfemalecases(76.0%).〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)29(3):386.390,2012〕Keywords:急性細菌性結膜炎,黄色ブドウ球菌,インフルエンザ菌,肺炎球菌,鼻腔保菌.acutebacterialconjunctivitis,Staphylococcusaureus,Haemophilusinfluenzae,Streptococcuspneumoniae,nasalcarriage.はじめに急性細菌性結膜炎は一般眼科診療でありふれた疾患であるが,初診時に菌種同定ができないという理由から広域抗菌点眼薬を処方する機会が多いと思われる.しかしながら感染症の診断とは,感染の誘因と臨床所見および起炎菌の同定をもって総合的になされるものである.培養検査結果が不明だからといって初期診断を諦めるのではなく,感染疫学的根拠に基づいた的確な問診を行い,特徴的な臨床所見を捉えたうえで起炎菌を推定することも必要と考えられる.急性細菌性結膜炎の検出菌についてはこれまでにも多くの報告1.5)がなされているが,最近行われた多施設共同研究ではコアグラーゼ陰性ブドウ球菌(23%),アクネ菌(14%),レンサ球菌属(13%),黄色ブドウ球菌(11%),コリネバクテリウム属(10%),インフルエンザ菌(5%),モラクセラ属(3%)の順で多く検出されたと報告されている5).しかしながら,筆者らが行った急性細菌性結膜炎の調査では,結膜.と鼻前庭培養からの検出菌を総合して起炎菌診断を行ったところ,黄色ブドウ球菌,インフルエンザ菌,肺炎球菌の3〔別刷請求先〕星最智:〒426-8677藤枝市駿河台4-1-11藤枝市立総合病院眼科Reprintrequests:SaichiHoshi,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,FujiedaMunicipalGeneralHospital,4-1-11Surugadai,Fujieda-shi,Shizuoka426-8677,JAPAN386386386あたらしい眼科Vol.29,No.3,2012(98)(00)0910-1810/12/\100/頁/JCOPY 菌種が全症例の69%を占めており,これらが主要な起炎菌と考えられた6).これら3菌種はいずれも上気道感染症の主たる起炎菌でもあり,病態の理解のためには急性細菌性結膜炎も上気道感染症の一部と捉えるほうがよいのではないかと筆者らは考えている.今回筆者らは,前回の調査をさらに1年継続して分析を行った.特に性差,罹患眼,球結膜充血の程度に関して,起炎菌ごとに特徴がないかを検討した.その結果,急性細菌性結膜炎における起炎菌ごとの臨床的特徴について有用な知見が得られたので報告する.I対象および方法1.対象患者2009年1月1日から2010年12月31日までの2年間に高知市の町田病院を外来受診した急性結膜炎患者を対象とした.対象基準は,1週間以内の発症で,球結膜充血を認め,眼脂の自覚症状または前眼部所見において眼脂を認める症例とした.初診時すでに抗菌点眼薬を使用している症例,2週間以内に抗菌薬を内服している症例,コンタクトレンズ装用者,5歳以下のいずれかに該当する場合は対象から除外した.である.4.検討項目年齢分布,検出菌の内訳,推定起炎菌の診断分布,起炎菌ごとの検出部位について調査した.つぎに,起炎菌ごとに性差,罹患眼,2週間以内の感冒症状(感冒率),2週間以内の小児接触歴(小児接触率),球結膜充血の程度を比較した.小児接触歴については,小学生以下との接触を有りと判定した.球結膜充血の程度はアレルギー性結膜疾患診療ガイドラインの臨床評価基準に従い,軽度,中等度,高度の3つに分類した.統計学的解析はFisherの直接確率検定を用い,有意水準は5%とした.II結果1.年齢分布2年間の調査期間における対象症例数は108例(男性50例,女性58例)で,平均年齢は52.2±22.2歳(範囲:6.923025■:男性■:女性202.検体採取および培養方法検体採取方法は,滅菌生理食塩水で湿らせたスワブで下眼瞼結膜.および同側の鼻前庭をそれぞれ擦過し,輸送培地(BDBBLカルチャースワブプラス)に入れた後にデルタバイオメディカルに輸送した.両眼性の場合は,症状の強いほうから検体を採取した.培養はヒツジ血液/チョコレート分画培地,BTB乳糖加寒天培地(bromothymolbluelactate151050代代代代代満症例数年齢agar),チオグリコレート増菌培地を用いた.結膜.擦過物は好気培養と増菌培養を35℃で3日間行った.鼻前庭擦過物は好気培養のみを35℃で3日間行った.ブドウ球菌属のメチシリン耐性の有無はClinicalandLaboratoryStandardsInstituteの基準(M100-S19)に従ってセフォキシチンのディスク法で判定した.3.推定起炎菌の診断方法推定起炎菌の診断は既報6)と同様の方法で行い,結膜.と鼻前庭の培養結果をもとに黄色ブドウ球菌,ヘモフィルス属(主としてインフルエンザ菌),肺炎球菌,その他の4つに分類した.具体的には,結膜.から黄色ブドウ球菌,ヘモフィルス属,肺炎球菌(以下,これらを3大起炎菌とよぶ6))のいずれかが検出された場合,その菌種を起炎菌と確定診断した.結膜.から3大起炎菌以外の菌が検出された症例や結膜.培養陰性だった症例のうち,鼻前庭から3大起炎菌のいずれかが検出された場合,その菌種を疑い例と診断した.黄色ブドウ球菌,ヘモフィルス属,肺炎球菌の3菌種を3大起炎菌とよぶ理由は,これら3菌種が三井ら7)が定義する細菌性結膜炎の特定起炎菌であり,さらに前回の筆者らの調査6)において,これら3菌種が特定起炎菌の上位を占めていたため図1年齢分布表1結膜.と鼻前庭における検出菌の内訳結膜.鼻前庭菌種菌株数菌種菌株数コリネバクテリウム属25コリネバクテリウム属63MS-CNS15MS-CNS59MR-CNS4MR-CNS18MSSA23MSSA38MRSA1MRSA2インフルエンザ菌15インフルエンザ菌17ヘモフィルス属1ヘモフィルス属2肺炎球菌14肺炎球菌10a溶血性レンサ球菌3a溶血性レンサ球菌9G群溶血性レンサ球菌2G群溶血性レンサ球菌1Klebsiellapneumoniae1Klebsiellapneumoniae2緑膿菌1ナイセリア属2バシラス属1バシラス属2合計106合計225MS-CNS:メチシリン感受性コアグラーゼ陰性ブドウ球菌,MR-CNS:メチシリン耐性コアグラーゼ陰性ブドウ球菌,MSSA:メチシリン感受性黄色ブドウ球菌,MRSA:メチシリン耐性黄色ブドウ球菌.(99)あたらしい眼科Vol.29,No.3,2012387 22%17%15%8%13%23%22%17%15%8%13%23%■:黄色ブドウ球菌■:黄色ブドウ球菌(疑)■:ヘモフィルス属2%■:ヘモフィルス属(疑):肺炎球菌■:肺炎球菌(疑)■:その他図2推定起炎菌の診断分布歳)であった.年齢分布を図1に示す.発症年齢は60代が一番多かったが,30代にも小さなピークを認め二峰性を示した.2.検出菌の内訳培養陽性率は結膜.擦過物が75.9%,鼻前庭擦過物が100%であった.結膜.からは106株,鼻前庭からは225株が検出された.各部位からの検出菌の内訳を表1に示す.3.推定起炎菌の診断分布推定起炎菌の診断分布を図2に示す.疑い例も含めると,黄色ブドウ球菌が最も多く38.9%(42/108例)を占めた.つぎにヘモフィルス属が23.1%(25/108例),肺炎球菌が14.9%(16/108例)と続き,3大起炎菌が76.9%を占めた.その他の結膜炎は23.1%(25/108例)であった.その他の結膜炎症例における結膜.検出菌の内訳は,コリネバクテリウム属のみが6例,メチシリン感受性コアグラーゼ陰性ブドウ球菌(methicillin-susceptiblecoagulase-negativestaphylococci:MS-CNS)のみが3例,メチシリン耐性コアグラーゼ陰性ブドウ球菌(methicillin-resistantcoagulase-negativestaphylococci:MR-CNS)のみが1例,コリネバクテリウム属+MS-CNS+a溶血性レンサ球菌が1例,MR-CNS+コリネバクテリウム属が1例,緑膿菌+MR-CNSが1例,結膜.培養陰性が12例であった.4.起炎菌ごとの検出部位起炎菌ごとの検出部位を図3に示す.黄色ブドウ球菌では28.5%(12/42例),ヘモフィルス属では40.0%(10/25例),肺炎球菌では50.0%(8/16例)の症例において,結膜.と鼻前庭から同一菌種を検出した.5.性差起炎菌ごとに女性の割合をみると,黄色ブドウ球菌による結膜炎では45.2%(19/42例),ヘモフィルス属による結膜炎では44.0%(11/25例),肺炎球菌による結膜炎では56.2%(9/16例),その他の結膜炎では76.0%(19/25例)であった.各群について統計学的に比較したところ,その他の結膜炎では黄色ブドウ球菌やヘモフィルス属による結膜炎に比べて有意に女性の割合が高かった(各々p=0.021,p=388あたらしい眼科Vol.29,No.3,2012100%80%60%40%20%0%■鼻のみ1892■眼と鼻13108■眼のみ1166黄色ブドウ球菌ヘモフィルス属肺炎球菌図3起炎菌ごとの検出部位数字は人数を示す.0.042).6.罹患眼黄色ブドウ球菌による結膜炎では両眼性が21.4%(9/42例),右眼のみが28.6%(12/42例),左眼のみが50.0%(21/42例)であった.ヘモフィルス属による結膜炎では両眼性が56.0%(14/25例),右眼のみが28.0%(7/25例),左眼のみが16.0%(4/25例)であった.肺炎球菌による結膜炎では両眼性が62.5%(10/16例),右眼のみが31.3%(5/16例),左眼のみが6.2%(1/16例)であった.その他の結膜炎では両眼性が32.0%(8/25例),右眼のみが40.0%(10/25例),左眼のみが28.0%(7/25例)であった.各群について統計学的に比較したところ,黄色ブドウ球菌による結膜炎では肺炎球菌やヘモフィルス属による結膜炎に比べて有意に片眼性が多かった(各々p=0.004,p=0.007).7.感冒率感冒率に関しては,黄色ブドウ球菌による結膜炎では14.3%(6/42例),ヘモフィルス属による結膜炎では76.0%(19/25例),肺炎球菌による結膜炎では50.0%(8/8例)その他の結膜炎では28.0%(7/25例)であった.各群につい(,)て統計学的に比較したところ,ヘモフィルス属による結膜炎では,黄色ブドウ球菌やその他の結膜炎に比べて有意に感冒率が高かった(各々p<0.001,p=0.001).さらに,肺炎球菌による結膜炎では,黄色ブドウ球菌による結膜炎に比べて有意に感冒率が高かった(p=0.012).8.小児接触率小児接触率に関しては,黄色ブドウ球菌による結膜炎では28.6%(12/42例),ヘモフィルス属による結膜炎では56.0%(14/25例),肺炎球菌による結膜炎では87.5%(14/16例),その他の結膜炎では28.0%(7/25例)であった.各群について統計学的に比較したところ,肺炎球菌による結膜炎では,黄色ブドウ球菌,ヘモフィルス属およびその他の結膜炎に比べて有意に小児接触率が高かった(各々p<0.001,p=0.044,p<0.001).つぎに,ヘモフィルス属による結膜炎(100) 黄色ブドウ球菌ヘモフィルス属■高度2331■中等度189911■軽度2213413肺炎球菌その他100%80%60%40%20%0%図4球結膜充血の程度数字は人数を示す.黄色ブドウ球菌ヘモフィルス属■高度2331■中等度189911■軽度2213413肺炎球菌その他100%80%60%40%20%0%図4球結膜充血の程度数字は人数を示す.では,黄色ブドウ球菌による結膜炎に比べて有意に小児接触率が高く(p=0.038),その他の結膜炎と比べて小児接触率が高い傾向を認めた(p=0.084).9.球結膜充血の程度起炎菌ごとの球結膜充血の程度を図4に示す.中等度.高度の球結膜充血の割合をみると,黄色ブドウ球菌による結膜炎では47.6%(20/42例),ヘモフィルス属による結膜炎では48.0%(12/25例),肺炎球菌による結膜炎では75.0%(12/16例),その他の結膜炎では48.0%(12/25例)であり,肺炎球菌による結膜炎では,黄色ブドウ球菌による結膜炎に比べて中等度.高度の球結膜充血が多い傾向があった(p=0.080).III考按筆者らが2009年1月からの1年間に行った最初の調査では,対象症例数が52例ではあるものの,黄色ブドウ球菌の鼻腔感染が結膜炎発症に関与していること,ヘモフィルス属や肺炎球菌による結膜炎では小児からの飛沫感染が主たる要因であることを疫学的に示した6).本研究ではさらに調査期間を1年延長し,症例数を108例にまで増やすことで性差,罹患眼など他の項目についても検討を行った.年齢分布に関しては,60代が最も多かったが30代にも小さなピークをもつ2峰性を示した.興味深いことに,この分布は感染性角膜炎全国サーベイランス8)における非コンタクトレンズ装用者の感染性角膜炎の年齢分布に類似していた.これは,細菌性結膜炎のリスク要因である鼻腔の黄色ブドウ球菌感染や小児からの飛沫感染が,感染性角膜炎のリスク要因にもなっている可能性を示唆していると考えられる.感染性角膜炎では,コンタクトレンズ装用の他,外傷や眼表面の易感染状態が感染リスクとして重要である9.12)が,その他の要因についてもさらなる調査が必要と考えられた.推定起炎菌の診断分布に関しては,前回の調査6)と同様に3大起炎菌が約7割を占めた.1年ごとに分けてみると,(101)2009年では黄色ブドウ球菌が19人(44.2%),ヘモフィルス属が5人(11.6%),肺炎球菌が5人(11.6%),その他が14人(32.6%)であり,2010年では黄色ブドウ球菌が23人(35.4%),ヘモフィルス属が20人(30.8%),肺炎球菌が11人(16.9%),その他が11人(16.9%)であった.年ごとに分けてみても上位3菌種が変わらないこと,さらに上位3菌種が過半数を占めていることから,黄色ブドウ球菌,ヘモフィルス属,肺炎球菌を結膜炎の3大起炎菌とよぶことに無理はないと考えられた.2010年にヘモフィルス属が多かったのは,前回の筆者らの報告6)でヘモフィルス属と肺炎球菌はepidemicに発生すると述べているように,ヘモフィルス属感染症の流行があったためと考えられた.検出部位に関しては,結膜.と鼻前庭の両部位から同一菌種が検出されている症例が28.50%存在した.このことは,結膜炎を発症している際,結膜.と鼻腔の細菌叢が密接に関わっていることを示唆しているものと思われる.両部位からの菌株の抗菌薬感受性パターンがどの程度一致するかについては今後検討が必要と考えられた.性差に関しては,その他の結膜炎では黄色ブドウ球菌やヘモフィルス属による結膜炎に比べて女性の割合が有意に高い結果となった.理由については過去に報告がなく不明である.推測であるが,化粧などにより皮膚や鼻腔の常在細菌が眼表面に混入しやすいことが要因の一つとなっているかもしれない.罹患眼に関しては,黄色ブドウ球菌による結膜炎ではヘモフィルス属や肺炎球菌による結膜炎に比べて有意に片眼性が多かった.このことから,黄色ブドウ球菌の感染は主として汚染された手指による眼部への接触感染によって成立しているのではないかと推測された.一方,ヘモフィルス属や肺炎球菌による結膜炎で比較的両眼性が多いのは,先行する鼻咽頭感染の後に鼻をかむなどの行為により涙道を介して逆行性に感染している可能性,さらには小児の飛沫を正面から浴びたことによる直接的な飛沫感染の2つの要因が考えられた.感冒率と小児接触率に関しては,ヘモフィルス属と肺炎球菌による結膜炎では黄色ブドウ球菌による結膜炎に比べて有意に高い割合であった.前回の調査6)では対象症例数が少ないこともあり感冒率については菌種間で有意な違いが認められなかったが,本研究において有意な違いがあることが示された.球結膜充血に関しては,肺炎球菌による結膜炎では黄色ブドウ球菌による結膜炎に比べて中等度.高度の球結膜充血が多い傾向があった.肺炎球菌による結膜炎は両眼性が多いことから,球結膜充血が強い症例ではアデノウイルス結膜炎との鑑別を要する.本研究では,一部の症例においてアデノウイルス抗原検出キットを使用しているが,アデノウイルス陽性患者は認めなかった.アデノウイルス結膜炎と確定診断であたらしい眼科Vol.29,No.3,2012389 きない症例では,肺炎球菌感染症の可能性も考慮すべきである.2年間の調査結果を総合すると,主要な起炎菌ごとに典型症例が存在することがわかる.黄色ブドウ球菌による結膜炎では感冒や小児接触との関連が少なく(各々14.3%,28.6%),片眼性が多かった(78.6%).ヘモフィルス属による結膜炎では感冒を伴いやすく(76.0%),しばしば小児接触を認め(56.0%),両眼性が多かった(56.0%).肺炎球菌による結膜炎では球結膜充血が強い傾向があり,小児接触と強く関連し(87.5%),両眼性が多かった(62.5%).その他の結膜炎では,感冒や小児接触との関連は少ない(各々28.0%,28.0%)が,女性に多かった(76.0%).結膜炎患者に遭遇した際,これらの典型症例を参考にしながら起炎菌を推定し,症例に応じた抗菌点眼薬の使い分けを行うことが医学的根拠に基づいたempirictherapyであると思われる.本研究では,市中感染としての急性細菌性結膜炎を調査対象としている.したがって,メチシリン耐性黄色ブドウ球菌感染症が多いといわれている長期入院患者13,14)や,眼表面の易感染患者15)の場合には注意が必要である.また本研究では嫌気培養を施行していない.したがって,アクネ菌などの嫌気性菌の関与についてはさらなる検討を要する.結論としては,市中感染としての急性細菌性結膜炎のおよそ7割は,黄色ブドウ球菌,ヘモフィルス属,肺炎球菌のいずれかによるものであった.これら3大起炎菌による結膜炎はそれぞれに特徴的な感染疫学的背景を有していた.したがって,初診であっても問診と臨床所見を組み合わせることで起炎菌を推定することが可能と考えられた.文献1)青木功喜:急性結膜炎の臨床疫学的ならびに細菌学的研究.あたらしい眼科1:977-980,19842)堀武志,秦野寛:急性細菌性結膜炎の疫学.あたらしい眼科6:81-84,19893)東堤稔:眼感染症起炎菌─最近の動向.あたらしい眼科17:181-190,20004)松本治恵,井上幸次,大橋裕一ほか:多施設共同による細菌性結膜炎における検出菌動向調査.あたらしい眼科24:647-654,20075)小早川信一郎,井上幸次,大橋裕一ほか:細菌性結膜炎における検出菌・薬剤感受性に関する5年間の動向調査(多施設共同研究).あたらしい眼科28:679-687,20116)星最智,卜部公章:急性細菌性結膜炎の起炎菌と疫学.あたらしい眼科28:415-420,20117)三井幸彦,北野周作,内田幸男ほか:細菌性外眼部感染症に対する汎用性抗生物質等点眼薬の評価基準,1985.日眼会誌90:511-515,19868)感染性角膜炎全国サーベイランス・スタディグループ:感染性角膜炎全国サーベイランス分離菌・患者背景・治療の現況.日眼会誌110:961-972,20069)木村由衣,宇野敏彦,山口昌彦ほか:愛媛大学眼科における細菌性角膜炎症例の検討.あたらしい眼科26:833-837,200910)中村行宏,松本光希,池間宏介ほか:NTT西日本九州病院眼科における感染性角膜炎.あたらしい眼科26:395-398,200911)杉田稔,門田遊,岩田健作ほか:感染性角膜炎の患者背景と起炎菌.臨眼64:225-229,201012)星最智,卜部公章:高知町田病院における細菌性角膜炎の検討.臨眼65:633-639,201113)大橋秀行,福田昌彦:高齢者の細菌性結膜炎からの起炎菌の検討.あたらしい眼科15:1727-1729,199814)大橋秀行:高齢者のMRSA結膜炎80例の臨床的検討.眼科43:403-406,200115)稲垣香代子,外園千恵,佐野洋一郎ほか:眼科領域におけるMRSA検出動向と臨床経過.あたらしい眼科20:11291132,2003***390あたらしい眼科Vol.29,No.3,2012(102)

急性細菌性結膜炎の起炎菌と疫学

2011年3月31日 木曜日

0910-1810/11/\100/頁/JCOPY(107)415《第47回日本眼感染症学会原著》あたらしい眼科28(3):415.420,2011cはじめに急性細菌性結膜炎は一般診療で遭遇しやすい眼感染症の一つである.これまでにも起炎菌に関する疫学調査は数多く報告されているが,そのほとんどは検出菌の分布を報告するものであった1~4).当然のことながら,結膜.は無菌環境ではないため検出菌が必ずしも起炎菌とは限らない.臨床的には検出菌の網羅的な分布だけではなく,症例ごとに一つの起炎菌を診断することによって得られる起炎菌分布も重要である.このような起炎菌分布を知ることができれば,より適切な初期抗菌点眼薬を選択することが可能となる.また,起炎菌ごとの疫学的特徴を知ることも重要である.過去には,小児と成人の結膜炎検出菌の相違5~7)や,季節性についての報告1,2)がある.しかしながら,細菌性結膜炎の感染源や感染経路の特徴について調査した報告はない.起炎菌ごとの感染源や感染経路の特徴がわかれば,感染伝播を予防することが可能となるかもしれないし,初診時の診断材料にすることができるかもしれない.今回筆者らは,1症例1菌種とした急性結膜炎の起炎菌分布を把握することを目的として疫学調査を行った.さらに感染源と感染経路を明らかにするため,起炎菌ごとの患者背景〔別刷請求先〕星最智:〒426-8677藤枝市駿河台4-1-11藤枝市立総合病院眼科Reprintrequests:SaichiHoshi,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,FujiedaMunicipalGeneralHospital,4-1-11Surugadai,Fujieda-shi,Shizuoka426-8677,JAPAN急性細菌性結膜炎の起炎菌と疫学星最智*1卜部公章*2*1藤枝市立総合病院眼科*2町田病院ClinicalEpidemiologyandCausativeOrganismsofAcuteBacterialConjunctivitisSaichiHoshi1)andKimiakiUrabe2)1)DepartmentofOphthalmology,FujiedaMunicipalGeneralHospital,2)MachidaHospital急性細菌性結膜炎の起炎菌分布と背景因子について調査した.2009年1月から2010年1月までに,急性細菌性結膜炎疑いの外来患者に対して結膜.と鼻腔の培養検査を実施した.初診時に感冒症状と小児接触歴について聴取した.その結果,全52症例のうち,結膜.検出菌により40.4%の症例が黄色ブドウ球菌,肺炎球菌,インフルエンザ菌による結膜炎と診断可能であった.他の59.6%の症例では,白内障術前患者よりも黄色ブドウ球菌の鼻腔保菌率が有意に高かった(p<0.001).肺炎球菌とインフルエンザ菌の結膜炎では黄色ブドウ球菌に比べて小児接触率が有意に高かった(それぞれp<0.001,p=0.024).鼻腔保菌を加味すると,急性結膜炎症例のおよそ7割は黄色ブドウ球菌,肺炎球菌,インフルエンザ菌のいずれかが関与するものと推定された.Weinvestigatedthedistributionofcausativeorganismsandbackgroundfactorsofacutebacterialconjunctivitis.TheconjunctivalsacsandnasalswabsofoutpatientswithsuspectedacutebacterialconjunctivitiswerebacteriologicallyexaminedfromJanuary2009toJanuary2010.Wehadheardaboutcoldsymptomsandcontacthistoryforchildrenatfirstexamination.Asaresultofconjunctivalexamination,40.4%ofthepatientswerediagnosedwithconjunctivitisduetooneofthreemainbacteria:Staphylococcusaureus,StreptococcuspneumoniaeorHaemophilusinfluenzae.Staphylococcusaureusnasalcarriageratesintheremaining59.6%ofpatientsweresignificantlyhigherthaninpreoperativecataractsurgerypatients(p<0.001).Children’scontactratesforStreptococcuspneumoniaeandHaemophilusinfluenzaeconjunctivitisweresignificantlyhigherthanforStaphylococcusaureus(p<0.001,p=0.024,respectively).Withnasalbacteriatakenintoaccount,about70%ofcasesmightinvolvethesethreemainbacteria.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)28(3):415.420,2011〕Keywords:細菌性結膜炎,黄色ブドウ球菌,インフルエンザ菌,肺炎球菌,鼻腔常在菌.bacterialconjunctivitis,Staphylococcusaureus,Haemophilusinfluenzae,Streptococcuspneumoniae,nasalbacterialflora.416あたらしい眼科Vol.28,No.3,2011(108)の特徴についても検討した.I対象および方法2009年1月から2010年1月までに高知市の町田病院を外来受診した急性結膜炎患者を対象とした.対象基準は,2週間以内の発症で,眼球結膜の充血を認め(程度は問わない),眼脂の自覚症状または前眼部所見で眼脂を認める症例とした.当院初診時すでに抗菌点眼薬を使用している症例,コンタクトレンズ装用者,5歳以下のいずれかに該当する場合は対象から除外した.5歳以下を対象から除外したのは,小児結膜炎の検出菌が成人とは大きく異なりHaemophilusinfluenzae(インフルエンザ菌)やStreptococcuspneumoniae(肺炎球菌)が主体となるため,対象患者に占める小児の割合によって起炎菌の構成が影響を受けると判断したためである5~7).つぎに患者背景を調査するため,初診時から2週間以内の発熱・咽頭痛・咳嗽などの感冒症状の有無および小学生以下の小児との接触歴について聴取した.培養検査は下眼瞼結膜.および同側の鼻前庭に対して行った.両眼性の結膜炎の場合は,症状の強いほうから検体を採取した.検体採取方法は,輸送培地に付属するスワブの先を滅菌生理食塩水で湿らせてから被検部位を擦過した.検体は衛生検査所に送付し,好気培養,増菌培養,菌種同定を依頼した.Staphylococcusaureus(黄色ブドウ球菌),肺炎球菌,インフルエンザ菌の3菌種は三井らのいう結膜炎の特定起炎菌の一部であり,結膜.から複数の菌種が検出されても,それ自体が結膜炎の起炎菌とみなすことができる8).したがって,検討方法としてはまず,結膜.検出菌が黄色ブドウ球菌,肺炎球菌,インフルエンザ菌のいずれかである場合は急性結膜炎の起炎菌と診断し,この基準に基づいて起炎菌の構成をグラフ化した.本論文では,これら3菌種をまとめて急性結膜炎の三大起炎菌とよぶこととする.つぎに,先の診断方法で三大起炎菌と診断できなかった結膜炎症例(結膜.非三大起炎菌症例)の鼻腔細菌叢と,結膜炎ではない白内障術前患者の鼻腔細菌叢を比較した.後者は町田病院の白内障術前患者295名〔年齢の中央値77歳(範囲:41~95歳),男性116名,女性179名〕の鼻腔培養結果を用いた(第114回日本眼科学会総会において報告).さらに,結膜炎の月別発生頻度について,起炎菌ごとに特徴がみられないかを検討した.最後に,三大起炎菌のそれぞれに特徴的な患者背景がないかを調査した.まず黄色ブドウ球菌の鼻腔保菌者と非保菌者間で,結膜.の黄色ブドウ球菌検出率に差がないかを比較検討した.つぎに,起炎菌ごとの感冒症状の割合(感冒率)および小児との接触歴の割合(小児接触率)について比較検討した.2群間の比較はFisherの直接確率検定法を用い,p<0.05を有意と判定した.II結果1.対象患者の特徴対象は52例(男性22例,女性30例)であった.年齢の中央値は60歳(範囲:6~88歳)であった.結膜.の培養陽性率は75.0%,鼻腔の培養陽性率は100%であった.全52例の結膜.と鼻腔検出菌の詳細および患者背景の一覧を表1に示す.2.結膜.検出菌に基づく三大起炎菌の構成結果を図1に示す.黄色ブドウ球菌,肺炎球菌,インフルエンザ菌が検出された症例はそれぞれ21.2%,11.5%,7.7%であり,40.4%が三大起炎菌による結膜炎であった.一方,三大起炎菌以外が検出された症例は34.6%,培養陰性例は25.0%であった.三大起炎菌以外が検出された症例の多くは,コアグラーゼ陰性ブドウ球菌やコリネバクテリウム属が検出された.3.結膜.非三大起炎菌症例と白内障術前患者の鼻腔細菌叢の比較鼻腔培養で検出菌数の多かったコリネバクテリウム属,メチリシン感受性コアグラーゼ陰性ブドウ球菌(MS-CNS),メチリシン耐性コアグラーゼ陰性ブドウ球菌(MR-CNS)および黄色ブドウ球菌の保菌率について比較したグラフを図2に示す.コリネバクテリウム属,MS-CNS,MR-CNSに関しては2群間で有意差を認めなかったが,黄色ブドウ球菌に黄色ブドウ球菌21.2%肺炎球菌11.5%インフルエンザ菌その他7.7%34.6%陰性25.0%図1結膜.検出菌に基づく三大起炎菌の構成71.0%51.6%41.9%18.3%18.0%58.0%69.5%16.1%020406080100コリネバクテリウム属MS-CNSMR-CNS黄色ブドウ球菌保菌率(%):白内障術前患者(295例):結膜.非三大起炎菌症例(31例)p<0.001図2結膜炎と白内障術前患者における鼻腔細菌叢の比較MS-CNS:メチシリン感受性コアグラーゼ陰性ブドウ球菌,MR-CNS:メチシリン耐性コアグラーゼ陰性ブドウ球菌.(109)あたらしい眼科Vol.28,No.3,2011417表1細菌検査結果と患者背景症例番号年齢(歳)性別患眼検体採取日結膜.検出菌鼻腔検出菌感冒症状小児接触歴18FR2009.1.9─MSSA,MS-CNSありなし251MR2009.2.26肺炎球菌,MS-CNSMSSA,コリネなしあり361ML2009.3.2MSSAMSSA,MR-CNSなしなし488FL2009.3.2─MSSAなしなし576ML2009.3.9MSSA,コリネMSSA,バチルス属,MS-CNSなしなし628ML2009.3.10MR-CNSMR-CNS,コリネなしなし76ML2009.3.25MSSA,a溶連菌MSSA,a溶連菌,MR-CNSなしなし865FR2009.3.30肺炎球菌肺炎球菌,MS-CNS,コリネありあり948MB2009.5.7─MS-CNSなしなし1076FB2009.5.15─MSSA,MS-CNS,コリネありなし1126MB2009.5.19MS-CNSヘモフィルス属,MS-CNS,コリネなしなし1223FB2009.5.22MS-CNSMS-CNSありあり1367FL2009.5.22コリネMS-CNSなしなし1477FL2009.6.8MS-CNSMS-CNS,コリネなしなし1519FB2009.6.10─MSSAなしなし1617FB2009.6.20─MS-CNS,コリネなしなし178FB2009.6.22HIa溶連菌,ナイセリア属,コリネなしあり1873MB2009.6.29MS-CNSバチルス属,コリネなしなし1971MB2009.7.2HI,コリネMSSA,コリネなしなし2077FR2009.7.13HIa溶連菌,MR-CNS,コリネありあり2125FB2009.7.21MS-CNSMSSA,MS-CNS,コリネなしなし2219FB2009.7.22MS-CNS,コリネMSSA,MR-CNS,コリネありなし2323MB2009.7.24EnterobactercloacaeMSSA,a溶連菌,コリネなしなし2464FB2009.7.24MSSAMR-CNS,コリネなしなし2540MB2009.8.6HIHI,MS-CNS,コリネありなし2680ML2009.8.13MSSAコリネなしなし277FB2009.8.15肺炎球菌MRSAなしあり2875ML2009.8.31G群溶連菌,コリネMSSA,a溶連菌,コリネなしなし2959MB2009.9.1MR-CNS,コリネa溶連菌,MR-CNS,コリネなしなし3013FB2009.9.3─MSSA,MS-CNS,コリネありなし3159FL2009.9.5コリネMS-CNS,コリネなしなし3247FB2009.9.24バチルス属,コリネMSSA,コリネなしなし3367FR2009.10.19─MR-CNS,コリネなしあり3468ML2009.10.19MS-CNS,コリネMSSAなしあり3580ML2009.10.27MSSAMS-CNS,コリネなしなし3635FB2009.11.6.肺炎桿菌,MS-CNS,コリネありなし3778FL2009.11.9緑膿菌,MR-CNSMS-CNS,コリネなしなし3872FL2009.11.16MSSAMR-CNSなしなし3968FR2009.11.17─MS-CNS,コリネありなし4067ML2009.11.27大腸菌MSSAなしなし4130FR2009.12.10肺炎球菌ナイセリア属,MR-CNSありあり4255ML2009.12.15MSSAMS-CNS,コリネなしなし4377ML2009.12.15MSSAMSSA,MS-CNSなしなし4458FR2009.12.17コリネa溶連菌,コリネなしあり4578FB2009.12.17肺炎球菌a溶連菌,MR-CNSありあり4676FR2009.12.24コリネMSSA,a溶連菌,MS-CNSなしなし4784MR2010.1.4MSSA,コリネMS-CNS,コリネなしなし4870MR2010.1.5─肺炎球菌,コリネなしあり4967FB2010.1.12肺炎球菌,コリネ肺炎球菌,MR-CNS,MS-CNSなしあり5058FL2010.1.13─MR-CNS,コリネなしなし5155MB2010.1.25─HI,MS-CNS,コリネありあり5254FR2010.1.26MSSAMSSA,MS-CNSなしありF:女性,M:男性,R:右眼,L:左眼,B:両眼.MS-CNS:メチシリン感受性コアグラーゼ陰性ブドウ球菌,MR-CNS:メチシリン耐性コアグラーゼ陰性ブドウ球菌,MSSA:メチシリン感受性黄色ブドウ球菌,MRSA:メチシリン耐性黄色ブドウ球菌,コリネ:コリネバクテリウム属,HI:インフルエンザ菌.418あたらしい眼科Vol.28,No.3,2011(110)関しては,白内障術前患者が18.0%に対して結膜.非三大起炎菌症例では41.9%と有意に高い保菌率であった(p<0.001).さらに,白内障術前患者の鼻腔からは肺炎球菌やインフルエンザ菌は検出されなかったが,結膜炎の5例ではこれら2菌種のいずれかを保菌していた(症例番号:8,25,48,49,51).この結果から三大起炎菌,特に黄色ブドウ球菌の鼻腔保菌が結膜炎の発症に関与している可能性が示唆された.そこで,三大起炎菌の鼻腔保菌も加味して結膜炎の起炎菌の構成を再分類すると図3のようになり,急性細菌性結膜炎のおよそ7割が三大起炎菌と関連していると推定された.4.起炎菌ごとの月別発生頻度三大起炎菌による結膜炎の月別発生頻度では,黄色ブドウ球菌では1年を通してほぼ一定の頻度で発生する傾向(endemic)がある一方,インフルエンザ菌と肺炎球菌は夏や冬に流行する傾向(epidemic)を認めた(図4).5.三大起炎菌ごとの患者背景の特徴黄色ブドウ球菌の鼻腔保菌の有無で黄色ブドウ球菌の結膜.検出率を比較すると,鼻腔保菌者の結膜.陽性率は23.8%,鼻腔非保菌者の結膜.陽性率は19.4%となり有意差を認めなかった(p=0.739).つぎに,結膜.と鼻腔培養の結果から起炎菌を診断した場合の感冒率をみると,黄色ブドウ球菌,肺炎球菌,インフルエンザ菌,その他の結膜炎ではそれぞれ,16.7%,42.9%,60.0%,18.3%であった.肺炎球菌とインフルエンザ菌の感冒率は高い傾向を認めたが,各群間で有意差を認めなかった.しかしながら,有意差はないもののインフルエンザ菌は黄色ブドウ球菌と比べて感冒率が高くなる傾向を認めた(p=0.075).最後に,結膜.と鼻腔培養の結果から起炎菌を診断した場合の小児接触率をみると,黄色ブドウ球菌,肺炎球菌,インフルエンザ菌,その他の結膜炎ではそれぞれ,8.3%,100%,60.0%,18.8%であった.肺炎球菌は黄色ブドウ球菌やその他の結膜炎と比べて小児接触率が有意に高かった(ともにp<0.001).さらに,インフルエンザ菌は黄色ブドウ球菌と比べて小児接触率が有意に高かった(p=0.024).III考按結膜.は外界に接しているため,検出菌が必ずしも起炎菌とはならない.しかし,これまでの結膜炎の疫学に関する報告は,検出菌の分布から考察を行うものがほとんどであった1~4).細菌性結膜炎患者の結膜.からはしばしば複数の菌種が検出され,このなかには健常結膜.でもよく検出されるコリネバクテリウム属やコアグラーゼ陰性ブドウ球菌などが含まれる.検出菌の構成を調査する場合,検出菌すべてを把握できるという利点がある一方,常在細菌の分離率が高くなるため,病原菌が過小評価される恐れがある.さらに,検出率がまれな菌種も多く含まれるため,広域抗菌薬を支持する傾向がでてしまう.一方,1人の細菌性結膜炎症例から複数の菌種が分離されても,臨床診断として1つの起炎菌を確定すれば起炎菌の構成グラフは人数が単位となり,臨床現場を反映した実感しやすいものとなる.今回筆者らは,可能な限り個々の症例について起炎菌の特定を行うことにした.そしてまずは特定起炎菌である三大起炎菌に限って,結膜.検出菌から診断を行った.その結果,黄色ブドウ球菌,肺炎球菌,インフルエンザ菌はそれぞれ21.2%,11.5%,7.7%の症例から検出され,およそ40%の症例は三大起炎菌と診断可能であった.しかしながら,残りの症例の多くはコリネバクテリウム属やコアグラーゼ陰性ブドウ球菌などの常在細菌で占められており,結膜.培養結果だけでは起炎菌が特定できない症例も多く存在した.そこで筆者らは別の観点から結膜炎の病態をとらえることを考えた.三大起炎菌は咽頭炎,中耳炎,肺炎などの上気道感染症においても重要な起炎菌であることから,鼻咽頭の病原細菌が結膜炎の病態に関与している可能性を考えた.そして結膜.培養で確定診断できなかった31症例の鼻腔細菌叢を白内障術前患者の鼻腔細菌叢と比較したところ,高率に黄色ブドウ球菌を保菌していることが判明した(p<0.001).黄色ブドウ球菌21.2%黄色ブドウ球菌(鼻のみ)25.0%肺炎球菌11.5%肺炎球菌(鼻のみ)1.9%インフルエンザ菌7.7%インフルエンザ菌(鼻のみ)1.9%その他30.8%図3結膜炎と鼻腔検出菌に基づく三大起炎菌の構成012345発生頻度(人):黄色ブドウ球菌:肺炎球菌:インフルエンザ菌:その他1月2月3月4月5月6月7月8月9月10月11月12月2010年1月2009年図4起炎菌ごとの月別発生頻度(111)あたらしい眼科Vol.28,No.3,2011419この結果から,黄色ブドウ球菌の鼻腔保菌が結膜炎の発症に関与している可能性が示唆された.黄色ブドウ球菌の鼻腔保菌がどのように結膜炎の発症に関与しているかは不明である.考えられる機序としては,鼻腔で活発に増殖した黄色ブドウ球菌が手指を介して眼部へ自家感染して発症する可能性が考えられる.その他には,黄色ブドウ球菌はカタル性角膜潰瘍などの感染アレルギーの原因とも考えられていることから,鼻粘膜から血流感染を生じて全身性に免疫感作され,その後手指を介して眼部に黄色ブドウ球菌が混入した際に感染アレルギーによる結膜炎が生じる可能性も考えられる.インフルエンザ菌や肺炎球菌についても,白内障術前患者では分離されなかったが結膜炎患者の鼻腔の一部では検出されたことから,三大起炎菌の鼻腔保菌も加味して結膜炎の起炎菌を推定すると,図3に示すようにおよそ7割の症例が三大起炎菌に関連していると考えられた.細菌性結膜炎の発症には感染源と感染経路が必要である.そこで三大起炎菌ごとの患者背景を比較検討したところ,肺炎球菌またはインフルエンザ菌による結膜炎では黄色ブドウ球菌と比べて小児接触率が有意に高いことが判明した(それぞれp<0.001,p=0.024).特に肺炎球菌による結膜炎では,すべての症例が小児との接触歴を有していた.また,インフルエンザ菌は黄色ブドウ球菌と比べて有意差はないものの,感冒症状を伴いやすい傾向があった(p=0.075).結膜炎の随伴症状としての感冒症状については,青木らはHaemophilus属(インフルエンザ菌まで菌種同定していない)による結膜炎の80%が感冒症状を主とした全身症状を認めると報告しており1),筆者らの調査もこれと類似した結果となっている.このようにインフルエンザ菌と肺炎球菌による結膜炎が小児との接触と強く関係し,感冒症状を伴いやすい理由としては,これらの菌がともに小児の鼻咽頭常在菌であり,成人の健常保菌者はまれであるという疫学的背景が基礎にあると考えられる.わが国における鼻咽頭常在菌の疫学調査によると,0~6歳では肺炎球菌とインフルエンザ菌の保菌率はそれぞれ47.1%と55.7%であるのに対し,7~74歳では肺炎球菌とインフルエンザ菌の保菌率はともに7.6%となっている9).したがって,小児以外でこれら2菌種による結膜炎が成立する機序としては,小児の鼻咽頭に存在する肺炎球菌やインフルエンザ菌が飛沫により成人の鼻咽頭や結膜に感染することで上気道炎や結膜炎を発症すると考えられる.患者背景別の起炎菌構成をみてみると,小児接触歴がある場合,肺炎球菌またはインフルエンザ菌による結膜炎は全体の66.7%を占める一方,小児接触歴がない場合は,黄色ブドウ球菌が59.5%と大部分を占めていることがわかる(図5).したがって,小児接触歴の聴取は起炎菌のおおまかな推定に役立つと考えられる.さらに,小児からの飛沫感染がおもな原因と考えると,これら2菌種による結膜炎が季節性を有する理由をうまく説明することができる.過去の報告では,Haemophilus属は初夏と冬に多く,肺炎球菌は冬から春にかけて多いといわれている1,2).筆者らの調査でも同様の現象を認めているが,これは夏休みなどの長期休暇の時期に成人,特に高齢者が小児に接触する機会が増えるためと考えられ,季節性という表現よりもepidemicな現象と捉えるほうが適切と思われる.本調査における問診の際も,連休中に孫をあずかったなど,小児との接触をはっきりと記憶しているケースが目立った.飛沫感染は1m以内に接近するような状況で成立するため,患者は小児との接触を記憶にとどめやすいものと推測される.一方,黄色ブドウ球菌に関しては小児接触との関連性は認めなかった.さらに,黄色ブドウ球菌を鼻腔に保菌しているからといって結膜.からの検出率が高くなるわけではなかった.調査期間を通しての発生頻度では,肺炎球菌やインフルエンザ菌とは異なり,ほぼ1年を通して発生した.堀らも黄色ブドウ球菌による結膜炎は季節性が不明瞭で通年性にみられると報告している2).したがって,黄色ブドウ球菌は肺炎球菌やインフルエンザ菌とは異なった感染様式をもっていると考えられる.健常者の約2割は鼻咽頭に黄色ブドウ球菌を保菌しており,肺炎球菌やインフルエンザ菌のような年齢による保菌率の違いは認めない9).考えられる感染経路としては,黄色ブドウ球菌の鼻腔保菌者から非保菌者へ接触伝播して結膜炎を発症する場合と,鼻腔保菌者自身が自家感染で結膜炎を発症する場合とが考えられる.さらに,先述したように黄色ブドウ球菌結膜炎の病態として,狭義の感染(眼部で増殖)と感染アレルギー(鼻腔で増殖)という2つの機序が単独または複合して関与していると考えられるため,結膜.からの検出菌だけでは黄色ブドウ球菌による結膜炎の全体像を捉えきれない可能性がある.結論としては,急性結膜炎症例の約7割は黄色ブドウ球菌,肺炎球菌,インフルエンザ菌の三大起炎菌が関与してい0%20%40%60%80%100%あり(13例)なし(39例)あり(15例)なし(37例)感冒症状小児接触歴:黄色ブドウ球菌:肺炎球菌:インフルエンザ菌:その他図5患者背景別の起炎菌構成420あたらしい眼科Vol.28,No.3,2011ると推定された.黄色ブドウ球菌による結膜炎はendemicに発生し,一部の症例では鼻腔の黄色ブドウ球菌が結膜炎の発症に関与している可能性がある.肺炎球菌とインフルエンザ菌による結膜炎はepidemicに発生し,おもに小児からの飛沫が感染リスクと考えられた.文献1)青木功喜:急性結膜炎の臨床疫学的ならびに細菌学的研究.あたらしい眼科1:977-980,19842)堀武志,秦野寛:急性細菌性結膜炎の疫学.あたらしい眼科6:81-84,19893)東堤稔:眼感染症起炎菌─最近の動向.あたらしい眼科17:181-190,20004)松本治恵,井上幸次,大橋裕一ほか:多施設共同による細菌性結膜炎における検出菌動向調査.あたらしい眼科24:647-654,20075)西原勝,井上慎三,松村香代子:細菌性結膜炎における検出菌の年齢分布.あたらしい眼科7:1039-1042,19906)水本博之,五十嵐広昌,秋葉純ほか:乳幼児における細菌性結膜炎の検出菌について.眼紀44:1373-1376,19937)秋葉真理子,秋葉純:乳幼児細菌性結膜炎の検出菌と薬剤感受性の検討.あたらしい眼科18:929-931,20018)三井幸彦,北野周作,内田幸男ほか:細菌性外眼部感染症に対する汎用性抗生物質等点眼薬の評価基準,1985.日眼会誌90:511-515,19869)KonnoM,BabaS,MikawaHetal:Studyofupperrespiratorytractbacterialflora:firstreport.Variationsinupperrespiratorytractbacterialflorainpatientswithacuteupperrespiratorytractinfectionandhealthysubjectsandvariationsbysubjectage.JInfectChemother12:83-96,2006(112)***