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Synoptophore を用いたListing 平面の3D 表現の試み

2011年6月30日 木曜日

0910-1810/11/\100/頁/JCOPY(143)895《原著》あたらしい眼科28(6):895.898,2011cはじめに正面位から任意の眼位へ至る眼球運動は,赤道面上の1つの軸まわりの回転運動で行われるという法則をListingの法則という1).この軸上平面をListing平面という.Listingの法則によれば,平面上の軸まわりの回転運動には,回旋運動が混入しない.最近の研究では,サーチコイルを用いて上下,水平,回旋成分の3要素を取り入れてListing平面を解析する方法が登場しており2),滑車神経麻痺や外転神経麻痺ではListing平面が耳側へ回転することが報告されている3.5).また,健常者においても輻湊と上下転運動に伴いこの平面が傾斜することが示されている6,7).しかし,サーチコイルは電極を埋め込んだコンタクトレンズを直接角膜に接着させて計測するので侵襲が大きく,また限られた施設でのみ検査可能であるという問題がある.Synoptophoreは多くの施設で日常診療に用いられており,回旋偏位を測定できる器械である.Somaniら8)はsynoptophoreを用いて輻湊と上・下転運動が及ぼす回旋偏位を解析し,両眼間のListing平面の差を解析し,興味ある結果を報告している.この方法は侵襲もなく簡便に行えるが,Somani〔別刷請求先〕宮田学:〒700-8558岡山市北区鹿田町2-5-1岡山大学大学院医歯薬学総合研究科眼科学教室Reprintrequests:ManabuMiyata,M.D.,DepartmentofOphthalmology,OkayamaUniversityGraduateSchoolofMedicine,DentistryandPharmaceuticalSciences,2-5-1Shikata-cho,Kita-ku,Okayama700-8558,JAPANSynoptophoreを用いたListing平面の3D表現の試み宮田学長谷部聡大月洋岡山大学大学院医歯薬学総合研究科眼科学教室PilotStudyof3DGraphicalRepresentationofListing’sPlaneUsingaSynoptophoreManabuMiyata,SatoshiHasebeandHiroshiOhtsukiDepartmentofOphthalmology,OkayamaUniversityGraduateSchoolofMedicine,DentistryandPharmaceuticalSciences目的:上斜筋麻痺のListing平面が傾斜しているという報告があり,これを検証するために,synoptophoreを用いて健常者と上斜筋麻痺の回旋偏位を測定し,Listing平面を3Dで解析したので報告する.方法:健常者2例,先天上斜筋麻痺1例を対象とした.被検者にsynoptophoreを用いて25カ所の眼位で片眼ずつ上下にずらした水平線の視標を平行になるように回転させるよう指示し,そのときの偏位を記録した.遠見と近見で測定した.各眼位における偏位(水平,垂直,回旋)のデータを,三次元曲面で回帰した.結果:健常者ではListing平面は遠見で鉛直な平面となったが,近見では傾斜した.上斜筋麻痺では,遠見・近見ともListing平面の傾斜を認めた.結論:synoptophoreを利用してListing平面を3Dで表現できた.上斜筋麻痺では健常者と異なり,遠見・近見ともにListing平面の傾きが観察され,異常な傾き知覚(スラント感覚)が生じている可能性がある.Purpose:Ithasbeenreportedthatpatientswithsuperiorobliquepalsy(SOP)showatiltedListing’splane(LP).WemeasuredthetorsionaldeviationsofonepatientwithSOPandtwohealthysubjects,usingasynoptophoretorepresenttheLPsin3D.Methods:Thesubjectsrotatedthetarget,withahorizontallineshiftedverticallyineacheye,tobeinparallelatfarandneardistanceusingasynoptophorein25gazepoint;wethenrecordedthedeviationandregressedhorizontal,verticalandtorsionalelementstoacurvedsurface.Results:Thehealthysubjects’Listing’splaneswereperpendicularatfardistanceandtiltedatneardistance.TheplaneoftheSOPpatientwastiltedatbothfarandneardistances.Conclusions:WewereabletorepresentListing’splanesin3Dusingasynoptophore.TheListing’splaneoftheSOPpatientdifferedfromthoseofthehealthysubjects.TheSOPpatientmighthaveanabnormalslantperception.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)28(6):895.898,2011〕Keywords:Listing平面,回旋偏位,スラント感覚,シノプトフォア,上斜筋麻痺.Listing’splane,cyclodeviation,slantperception,synoptophore,superiorobliquepalsy.896あたらしい眼科Vol.28,No.6,2011(144)らは上下20°,0°の3点の正中位における30°,20°,10°,0°の各輻湊角で回旋偏位を測定している.しかし水平方向眼位については計測していない.筆者らは,健常者および上斜筋麻痺患者を対象に水平方向の偏位も含め,上下水平偏位における回旋偏位をsynoptophoreで測定し,測定点を曲面に回帰させることで,Listing平面の両眼間の差の測定を試みたので報告する.I対象および方法1.対象健常者2例(A:男性,32歳,B:男性,48歳),両眼先天上斜筋麻痺1例(C:女性,40歳)を対象とした.A,Bの正面位における遠見眼位は正位,近見眼位はそれぞれ4°,3°外斜位であった.Cの正面位における遠見眼位は内斜偏位5°,右眼上斜偏位1°,回旋偏位0°であり,近見眼位は上下水平偏位はなく,外方回旋偏位2°であった.全症例に検査の目的・方法を詳細に説明し,同意を得た.2.方法使用した器具はsynoptophoreR(model2001,Haag-Streit,UK)と,筆者らが作成した視標であった.視標は,融像刺激の円と固視点,片眼ずつ上下にずらした水平線で構成した(図1).水平線の長さは6.2cm(視角に換算すると22.7°)でSomaniら8)が使用した視標に準じた.上下,水平方向それぞれ±20°,±10°,0°の組み合わせ,計25カ所(5×5)を注視させ,それぞれの位置での回旋偏位を測定した.回旋偏位の測定は,被検者が右眼の視標をsynoptophoreのノブを回転させることにより,左眼の水平線に平行になるように調整し,ちょうど水平になった時点での回旋偏位を検者が記録した.測定は遠見と近見(3D調節負荷,3MA輻湊)で実施し,試行回数はトータルで50回であった.各向き眼位における偏位(水平:H°,垂直:V°,回旋:T°)データに対し,三次元曲面を回帰し,両眼間のListing平面の差を求めた.ただし,Listing平面は眼球運動における回転軸の集合であり,このように単純にプロットしたものではないが,Listing平面と同等のものと考えた.解析ソフトはJMP(version5.0.1a,SASInstituteInc,USA)を使用した.II結果全症例において注視方向すべてで視標の融像が可能であった.被検者3名の回帰曲面の計算式は,T=k1*H2+k2*V2+k3*H*V+k4*H+k5*V+k6(T:torsionaldeviation[deg.],H:horizontaldeviation[deg.],V:verticaldeviation[deg.],k1-6:constant)で表現できた.各被検者の係数を表1に示す.この回帰曲面を図2に示す.これらの曲面は左眼を基準としたListing平面の両眼間の差とみなすことができる.健常1.健常者A2.健常者BHTVHTV3.患者CTHV図2a遠見時における回旋偏位の回帰曲面T:回旋偏位(右:内方,左:外方),V:上下偏位(上:上方,下:下方),H:水平偏位(手前:左方,奥:右方).1.健常者A2.健常者B3.患者CTHVTHVTHV図2b近見時における回旋偏位の回帰曲面T:回旋偏位,V:上下偏位,H:水平偏位.表1各被検者における回帰曲面の計算式の係数k1k2k3k4k5k6A遠見時.0.0012.0.000400.00044.0.018.0.0044.1.1A近見時.0.001.0.000730.000840.00140.090.1.8B遠見時0.001.0.000220.000590.0032.0.011.0.67B近見時.0.00061.0.000410.00044.0.0290.12.0.45C遠見時0.00033.0.000300.000260.00620.0480.010C近見時0.0013.0.00071.0.000340.000600.14.1.5図1視標左:左眼の視標,右:右眼の視標.(145)あたらしい眼科Vol.28,No.6,2011897者では遠見時に回帰曲面は第一眼位に鉛直な平面となったが,近見時(輻湊時)には回帰曲面の傾きが観察された.つまり,上転時には内方回旋偏位,下転時には外方回旋偏位が生じていることがわかった.しかもこの偏位の大きさは垂直方向の角度の大きさに依存しており(elevation-dependent),水平方向の角度には依存しない.一方,上斜筋麻痺患者では,遠見時にも健常者と同様の傾きが観察され,近見時ではこの傾向が増大した.III考按筆者らは,synoptophoreを用いた方法で,両眼単一融像ができている状況下では,健常者に回旋視差刺激を提示するとスラント感覚が生じることを報告した9).すなわち,垂直線条に外方回旋視差を与えると上端が奥に傾くスラント感覚が生じ,逆に内方回旋視差を与えると上端が手前に傾くスラント感覚が生じる.今回の結果は,健常被検者でも輻湊すると上転時に内方回旋偏位,下転時に外方回旋偏位が生じることを示している.もし回旋視差0°の垂直線条を提示すれば上転時には外方回旋視差が与えられた状況と類似し,上端が奥へ傾くスラント感覚が生じ,逆に下転時には内方回旋視差が与えられた状況と類似し,上端が手前に傾くスラント感覚が生じると考えられる.上斜筋麻痺では遠見時にもこのelevation-dependentの回旋偏位が生じるため,常に異常なスラント感覚が生じている可能性がある.このことから上斜筋麻痺では,健常者とは異なる視空間覚を構築していると想定される.Listingの法則を保つ機序として2つ考えられている.眼窩プリーによる機械的機序10)と神経学的順応機序11)である.健常者では輻湊をすると,直筋のプリーが1.9°外方回旋するが,Listing平面が耳側へ傾斜することとは矛盾すると報告されている12).このことから,斜筋の神経支配がこの傾斜へ関与しているとされている.本研究でも健常者における輻湊時のListing平面は耳側に傾斜しており,原因としてはこの点があげられると考える.サーチコイルにより得られるListing平面は片眼ずつであり,synoptophoreにより得られるListing平面は両眼間の差であるので,単純に比較することはできないが,今回の上斜筋麻痺症例の結果はサーチコイルを用いた研究と同様の結果が得られたと考えられる.つまり,下方視で外方回旋偏位を認め,上方視により減少傾向を認めた.これは,下方視において上斜筋のともひき筋である下直筋が大きく寄与したためである.つまり,下方視では下直筋の外方回旋作用のほうが麻痺した上斜筋の内方回旋作用を上回っているのである.一方,上方視では麻痺した上斜筋が内方回旋作用に寄与しないため,外方回旋偏位が小さくなったと考えられる5).今回の計測方法について考察する.まず,上下にずらした水平な線条を平行に合わせる方法と,左右にずらした垂直な線条を平行に合わせる方法は同等であったという報告8)があり,時間的効率を考慮して,今回採用した視標は上下にずらした水平な線条のみとした.つぎに,Listing平面は両眼視ではなく,単眼視の眼球運動に関わる法則の基本をなすものである.サーチコイル法は片眼の絶対的なListing平面を測定可能であるが,synoptophoreでは両眼間のListing平面の差を計測することになる.Listing平面の差が0となるのは,両眼に回旋偏位がない場合と,片眼に内方回旋,反対眼に外方回旋が起こる場合が考えられるが,実際にはこのようなことは起こりえない.日常診療における回旋偏位の測定では両眼間の差が測定されるので,今回の方法で問題はないと考える.今後の臨床応用を見すえた場合,synoptophoreを用いたほうがより現実的である.3点目に,計測の再現性の問題がある.遠見と近見を合わせて50回の試行が必要であり,1シリーズの検査のみで長時間を要したためである.症例数が不足しているが,今回の研究により水平方向の偏位は回旋に影響を及ぼさないことが示唆された.Somaniらのように水平方向の計測は行わず,上下方向のみの計測とすれば,検査時間を短縮できるので,再現性を評価することもできるし,臨床応用も可能であると考える.4点目に,頭位固定の課題がある.顎と前額部をしっかり固定されているので,前後・左右の傾きはないといえる.また斜め方向の傾きはsynoptophoreの接眼レンズを覗いている限りほとんどないと考えられる.斜め方向にずれて,これが眼球の反対回旋を誘発させていたとしても両眼間の回旋偏位の差は生じないし,反対回旋運動は頭部傾斜の約1/10と小さいので無視できる.5点目に,この方法では3Dで視覚化した曲面により,感覚的に回旋偏位の変化を容易にとらえられるようになる点で有用であるといえる.結論として,synoptophoreを用いて健常者と上斜筋麻痺のListing平面を解析し,3Dで表現したところ,異なるListing平面を認めた.上斜筋麻痺では,異常なスラント感覚が生じている可能性がある.本研究は科学研究費補助金(22591964)の援助を受けた.本論文の内容は第62回日本臨床眼科学会で発表した.文献1)VonNoordenGK,CamposEC:BinocularVisionandOcularMotility.6thed,p60-62,CVMosby,StLouis,20022)FermanL,CollewijnH,VandenBergAV:AdirecttestofListing’slaw-II.Humanoculartorsionmeasuredunderdynamicconditions.VisionRes27:939-951,19873)WongAM,TweedD,SharpeJA:AdaptiveneuralmechanismforListing’slawrevealedinpatientswithsixthnervepalsy.InvestOphthalmolVisSci43:112-119,2002898あたらしい眼科Vol.28,No.6,2011(146)4)WongAM,SharpeJA,TweedD:AdaptiveneuralmechanismforListing’slawrevealedinpatientswithfourthnervepalsy.InvestOphthalmolVisSci43:1796-1803,20025)SteffenH,StraumannDS,WalkerMFetal:Torsioninpatientswithsuperiorobliquepalsies:dynamictorsionduringsaccadesandchangesinListing’splane.GraefesArchClinExpOphthalmol246:771-778,20086)MokD,RoA,CaderaWetal:RotationofListing’splaneduringvergence.VisRes32:2055-2064,19927)MikhaelS,NicolleD,VilisT:RotationofListing’splanebyhorizontal,verticalandobliqueprism-includeeyevergence.VisRes35:3243-3254,19958)SomaniRAB,HutnikC,DeSouzaJFXetal:UsingasynoptophoretotestListing’slawduringvergenceinnormalsubjectsandstrabismicpatients.VisionRes38:3621-3631,19989)MiyataM,HasebeS,OhtsukiHetal:Assessmentofcyclodisparity-inducedslantperceptionwithasynoptophore.JpnJOphthalmol49:137-142,200510)DemerJL:Theorbitalpulleysystem-arevolutioninconceptsoforbitalanatomy.AnnNYAcadSci956:17-32,200211)SchorCM,MaxwellJS,McCandlessJetal:Adaptivecontrolofvergenceinhumans.AnnNYAcadSci956:297-305,200212)DemerJL,KonoR,WrightW:Magneticresonanceimagingofhumanextraocularmusclesinconvergence.JNeurophysiol89:2072-2085,2003***