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明らかな前眼部炎症を生じずに水晶体内に留まった眼内ステンレス片の1 例

2012年1月31日 火曜日

0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(131)131《原著》あたらしい眼科29(1):131?134,2012cはじめに穿孔性眼外傷により金属異物が眼内に飛入した場合,異物残存部位によっては視機能に重篤な影響を及ぼす合併症をもたらすため,早期診断,早期治療を行うことが重要である1).眼内異物は,網膜内,または二重穿孔により眼窩内に認められることが多く,視力予後は前房,水晶体,硝子体,網膜の順に悪くなる2).水晶体内に留まることはまれである3)が,水晶体内異物では角膜損傷部位は開放創となり,前房の消失,外傷性白内障を生じ,強い前眼部炎症とともに視力障害,充血,疼痛などの強い自覚症状を示す.異物飛入により水晶体物質が?外に脱出することにより惹起される水晶体起因性ぶどう膜炎,続発緑内障,感染を惹起することも少なくない.異物が小さく,高速で眼内に飛入した場合,組織損傷は少なく,受傷後の自覚症状も違和感程度で軽微であること〔別刷請求先〕高山圭:〒359-8513所沢市並木3-2防衛医科大学校眼科学教室Reprintrequests:KeiTakayama,M.D.,DepartmentofOphthalmology,NationalDefenseMedicalCollege,3-2Namiki,TokorozawaCity,Saitama359-8513,JAPAN明らかな前眼部炎症を生じずに水晶体内に留まった眼内ステンレス片の1例高山圭佐藤智人桜井裕竹内大防衛医科大学校眼科学教室ACaseofIntralenticularForeignStainlessSteelBodywithoutApparentAnteriorInflammationKeiTakayama,TomohitoSato,YuuSakuraiandMasaruTakeuchiDepartmentofOphthalmology,NationalDefenseMedicalCollege目的:角膜刺入創は自己閉鎖し,明らかな前眼部炎症はなく,外傷性白内障もごく軽度であった水晶体内ステンレス片の1例を経験したので報告する.症例:58歳の男性.解体業の仕事中に右眼に違和感を自覚.2週間後に近医を受診したところ,外傷性角膜裂傷,水晶体内異物の診断にて当科紹介となる.右眼の矯正視力0.4,眼圧15mmHg,角膜に刺入痕があり水晶体内異物を認めたが,角膜創は自己閉鎖しており前房深度は正常,明らかな前眼部炎症はなく水晶体混濁はその周囲のみで後?破損は認めなかった.2×1×0.2mmの水晶体内異物を除去した後に超音波乳化吸引術を施行し,現在矯正視力1.0で経過良好である.異物はステンレスであった.結論:眼内異物がステンレスであり,角膜穿孔創が自然閉鎖している水晶体内異物の場合,前?損傷も軽度であれば異物に伴う眼内炎症も軽度であり,炎症が自然消退する可能性が示唆された.Purpose:Toreportacaseofintralenticularforeignbodywithoutapparentanteriorinflammation.Casereport:A58-year-oldmalefeltanoddsensationinhisrighteyeduringdemolitionwork.Twoweekslater,hevisitedourdepartmentwithadiagnosisoftraumaticcorneallacerationandintralenticularforeignbodyinhisrighteye.Best-correctedvisualacuity(BCVA)inhisrighteyewas20/50;intraocularpressurewas15mmHg.Thecornealwoundhadclosedspontaneously,andnoanteriorinflammationwasapparent.Althoughtheintralenticularforeignbodywasobservedintheeye,cataractformationwasconfined.Theforeignbody,2×1×0.2mminsize,wassurgicallyremovedandtheusualcataractsurgerywasperformed.PostoperativeBCVAwas20/20,andtheforeignbodywasfoundtobestainlesssteel.Conclusion:Ifaforeignbodyisstainlesssteelandthecornealwoundclosesspontaneously,theforeignbodycanoccasionallyremaininthelenswithoutsevereocularinflammation.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)29(1):131?134,2012〕Keywords:水晶体内異物,外傷性白内障,ステンレス,眼内異物,外傷性角膜裂傷.intralenticularforeignbody,traumaticcataract,stainless,intraocularforeignbody,traumaticcorneallaceration.132あたらしい眼科Vol.29,No.1,2012(132)が多い4).長期間放置された後に白内障手術時や検診時などに発見された報告はあるが,外傷性白内障は通常外傷後急速に進行し,また,眼内異物の種類によっては重篤な視力障害につながる金属症が出現することがあるため,水晶体内異物でのこのような報告は少ない2,5?7).眼内異物については,76?90%が鉄片であり3,8),ステンレス片による水晶体内異物の報告は筆者らが検索した限り今まで認められない.今回,明らかな前眼部炎症を生じずに水晶体内に留まった眼内ステンレス片の1例を経験したので報告する.I症例患者は58歳の男性.平成23年5月10日,家屋の解体作業中,右眼に違和感が出現し,軽度の視力障害を自覚したが,疼痛もないため放置していた.しかし,症状の改善がみられないため5月19日に近医受診.右眼の角膜裂傷の診断にてレボフロキサシン点眼薬を処方されたが,5月27日の再診時,右眼水晶体内異物を指摘され当科紹介となった.右眼視力低下を主訴に同日初診となり,右眼視力0.4(矯正不能),右眼眼圧は15mmHgであり,家族歴・既往歴に特記すべきことはなかった.充血,流涙,眼痛などの症状はなく,細隙灯顕微鏡検査で右眼の結膜に発赤はみられず,角膜耳側瞳孔領に穿孔創が認められたが,創からの前房水の漏出はなく自己閉鎖していた.前房深度に左右差はなく,前房内に浸潤細胞はみられなかった(図1).水晶体前?下に金属異物が認められたが,異物は水晶体皮質下にあり,水晶体混濁は異物周囲のみで,全体的な水晶体混濁は左右同程度であっ図1初診時の右眼前眼部写真右眼の角膜瞳孔領のやや耳側に自己閉鎖された穿孔創が認められた(矢印).水晶体内の瞳孔領近くに金属異物が認められた.前房内に炎症細胞は認められず,水晶体後?に異常は認められなかった.異物は水晶体皮質下にあった.図2初診時の反対眼前眼部写真外傷眼と同程度の白内障を認め,左右差はなかった.図3初診時のCT写真水晶体内に異物を認めたが,それ以外の部位に異物を認めなかった.(133)あたらしい眼科Vol.29,No.1,2012133た(図2).眼底に特記すべき異常はみられず,CT(コンピュータ断層撮影)検査においてもその他眼球内,眼窩内に異物は認められなかった(図3).外傷性穿孔による眼内異物では感染や炎症,眼球鉄症が生じる可能性があるため早期手術が基本であるが,検眼鏡的に明らかな炎症所見がみられず,外傷性白内障も進行していなかったため,翌週の6月1日に入院,6月2日に右眼水晶体内異物除去,超音波乳化吸引術,眼内レンズ挿入術を施行した.手術は点眼麻酔下にて術創2.2mmの極小切開白内障手術に準じて施行した.粘弾性物質にて前房を形成後,前?創部をきっかけとしてcontinuouscurvilinearcapsulorrhexisを作製し,鑷子で水晶体内金属異物を手術創から摘出した.摘出物は大きさ2×1×0.2mm,重さ3.1g,比重7.8,磁石に付着しない金属片であり,ステンレス製の釘を使っていた部分の解体中に生じたとの患者の報告から,ステンレス片と断定した(図4).その後,通常の超音波乳化吸引術および眼内レンズ挿入術を施行し,手術終了時にデキサメタゾン0.3mlとトブラマイシン0.3mlの結膜下注射を行った.術中合併症はなく,術翌日からのモキシフロキサシン4回/日,0.1%ベタメタゾン4回/日,ブロムフェナクナトリウム水和物2回/日の点眼加療により術後炎症は速やかに消退した(図5).術後右眼の矯正視力1.0,眼圧12mmHgと良好であり,その後の異常も認められていない.II考按眼内異物は外来でしばしば遭遇する疾患であり,眼内異物の種類としては鉄片が76?90%と最多である3).眼内異物の侵入部位は角膜が63%,強膜が32%,強角膜が5%,眼内異物の存在部位では硝子体が50%,続いて網膜あるいは前房の順であり,水晶体内は9%3,8)とされる.穿孔性外傷による水晶体内異物では,視力低下や疼痛,充血などの自覚症状がみられ,角膜混濁や前房内炎症も強く,眼圧の変化を伴うことが多い1).その25%に後?破損を伴い9),水晶体損傷による外傷性白内障は急速に進行しやすく,さらなる視力低下をきたす.しかし,自覚症状がほとんどなく,本症例のように眼科を受診しても見落とされた眼内異物の報告もみられる5).白石ら7)は,①鉄片が小さく角膜損傷部位が瞳孔領中心から外れていること,②前?損傷がわずかで異物が水晶体中央部に留まり後?破損を伴わない,③経過内に合併症を生じない場合,眼内異物による症状は比較的少ないと述べている.また,水晶体自体が異物の毒性を防ぐためのnaturalbarrierとして働くことが知られており10),2mm以下の小さい異物であれば損傷部位周囲の残存水晶体上皮細胞が増殖し,コラーゲン線維などにより異物を被覆することが報告されている11,12).今回の症例では,①2×1×0.2mmと過去の報告と比較して同程度かやや大きめだが厚さが薄く,侵入部位が角膜中央からやや耳側で創が自己閉鎖していたこと,②前?損傷は小さく後?破損を伴っていなかったこと,③合併症を伴っていなかったことから,白石らの見解と矛盾はない.また,水晶体起因性ぶどう膜炎の発症に至らなかった理由としては,水晶体前?の破損がわずかであり混濁も異物周囲のみであったこと,水晶体皮質下に異物全体が存在したことから,上述の水晶体上皮細胞によるnaturalbarrierが生じていた可能性が考えられる.金属片が鉄や銅の場合,眼内に飛入すると眼球鉄症13)や眼球銅症14)といった金属症が出現する.眼球鉄症は眼内組織に広範囲に鉄が沈着し,白内障,緑内障,虹彩異色,瞳孔散大,色素上皮萎縮,網膜電図の振幅低下がみられる.眼球銅症は角膜や網膜に銅沈着,線維性の硝子体混濁をきたす.今回の症例のようなステンレス片による眼症の報告はなく,緑内障手術の際に用いられるex-pressdevice,裂孔原性網膜?離の手術資材であるretinaltackなどには眼組織への毒図4眼内異物摘出物は大きさ2×1×0.2mm,重さ3.1g,比重7.8,磁石に付着しない金属片であり,ステンレス製の釘を使っていた部分の解体中に生じたとの患者の報告から,ステンレス片と断定した.図5術後前眼部写真術後7日目.術後炎症は軽度であり矯正視力1.0,眼圧15mmHgと視力改善した.134あたらしい眼科Vol.29,No.1,2012(134)性が低いステンレスが使用されている15,16).今回の症例では,眼内異物がステンレスであったことから金属症を生じず,炎症反応が軽度であったと考えられる.III結論自覚症状に乏しく,明らかな検眼鏡的な前眼部炎症を生じなかった水晶体内異物の1例を経験した.眼内異物がステンレスであり,角膜穿孔創が自然閉鎖している水晶体内異物の場合,前?損傷も軽度であれば異物に伴う眼内炎症も軽度であり,炎症が自然消退する可能性が示唆された.文献1)谷内修:眼内異物.眼科診療プラクティス15,眼科救急ガイドブック,p228-231,文光堂,19952)来栖昭博,藤原りつ子,長野千香子ほか:28年間無症状であった眼内鉄片異物の症例.臨眼51:1169-1172,19973)樋口暁子,喜多美穂里,有澤章子ほか:外傷性眼内異物の検討.眼臨96:60-62,20024)下浦やよい,佐堀彰彦,井上正則:長期間無症状で経過した金属性異物の1例.臨眼85:56-59,19915)竹内侯雄,大黒浩,山崎仁志ほか:発見が遅れた水晶体鉄片異物の1例.眼科44:1379-1381,20026)松本行弘,馬場賢,筑田眞:5カ月以上経って発見された水晶体内鉄片異物の1例.眼臨紀1:1084-1089,20087)白石さや香,上山杏那,岡崎光彦ほか:20年間無症状で経過した水晶体内鉄片異物の1例.日眼会誌112:882-886,20088)ColemanDJ,LucasBC,RondeauMJetal:Managementofintraocularforeignbodies.Ophthalmology94:1647-1653,19879)GrewalSP,JainR,GuptaRetal:RoleofScheimpflugimagingintraumaticintralenticularforeignbodies.AmJOphthalmol142:675-676,200610)LeeW,ParkSY,ParkTKetal:Maturecataractandlens-inducedglaucomaassociatedwithanasymptomaticintralenticularforeignbody.JCataractRefractSurg33:550-552,200711)宇賀茂三,西本浩之:外傷に対する水晶体上皮細胞の反応.眼科手術3:227-235,199012)渡名喜勝,平岡俊彦:白色家兎水晶体上皮細胞の性状─形態学的変化とその影響(紡錘形細胞を中心として)─.日眼会誌100:192-200,199613)KurzGH,HenkindP:Siderosislentisproducedbyanintralenticularforeignbody.ArchOphthalmol73:200-201,196514)KurnF,MesterV,MorrisR:Intralenticularforeignbodies.OcularTrauma,p235-263,Thieme,NewYork,200215)FeoDF,BagnisA,BricolaGetal:Efficacyandsafetyofastealdrainagedeviceimplantedunderascleralflap.CanJOphthalmol44:57-62,200916)JaveyG,SchwartzSG,FlynnHWJretal:Lackoftoxicityofstainlesssteelretinaltacksduring21yearsoffollow-up.OphthalmicSurgLasersImaging40:75-76,2009***