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Prism Adaptation Test により術量決定を行った内斜視の術後成績

2013年3月31日 日曜日

《原著》あたらしい眼科30(3):419.422,2013cPrismAdaptationTestにより術量決定を行った内斜視の術後成績加藤浩晃*1,2稗田牧*2中井義典*2中村葉*2木下茂*2*1バプテスト眼科クリニック*2京都府立医科大学大学院医学研究科視機能再生外科学PreoperativePrismAdaptationinPatientswithEsotropiaHiroakiKato1,2),OsamuHieda2),YoshinoriNakai2),YouNakamura2)andShigeruKinoshita2)1)BaptistEyeClinic,2)DepartmentofOphthalmology,KyotoPrefecturalUniversityofMedicine目的:外来診療時のみでPrismAdaptationTest(PAT)を行った内斜視手術の術後成績をレトロスペクティブに検討する.対象および方法:対象は京都府立医科大学附属病院において2003年から2010年までに共同性内斜視で10プリズム(Δ)以内の正位を目標としてPATにて術量を決定して手術を施行した症例で,術後1カ月以上経過観察が可能であった47例(男性18例,女性29例),年齢4.75歳(平均19.9±22.8歳)である.完全矯正下でPATを施行し,正位を目標に水平筋移動量を1mm当たり3Δで手術を行った.術後成績,術後斜視角が10Δ以内を手術成功と定義したときの手術成功率,術後の斜視角の推移,眼位矯正効果を検討した.結果:遠方眼位は30.6±11.4ΔからPATにて33.7±10.7Δに有意に増加した(p<0.01).PATを行った際の手術成功率は術後1年で72%,術後2年で71%であり,PATをしなかったと仮定した場合の成功率が術後1年で53%,術後2年で52%であることと比較すると,PATによる術量定量は良好な成績をもたらした.術後の斜視角は術後1カ月から2年の観察期間中で安定しており,明らかな戻りは認めず,眼位矯正量としても約3Δ当たり1mmという算定方法で安定した成績を示した.結論:内斜視に対する手術では,術前にPATで術量決定を行ったほうが良好な術後成績が得られた.Purpose:ToretrospectivelyexaminethepostoperativeresultsofesotropiasurgeryperformedafteradministratingthePrismAdaptationTest(PAT)onlyduringtheperiodofambulatorycare.SubjectsandMethods:Thisstudyinvolved47patients(18malesand29females;agerange:4.75years;meanage:19.9±22.8years)whoshowedstableesodeviationwith10prismsorlessbyPAT.Foreachpatient,PATwasadministeredunderfullcorrectionandsurgerywasperformedonthelateralrectusmuscleand/ormedialrectusmuscleat3prismsper1mm,forthepurposeofright-eyerepositioning.Theprocedure’spostoperativesuccessrate(definedaspostoperativeangleofstrabismusoflessthan10prisms),thepostoperativeangleofstrabismusandtheeffectivenessofthesurgicalcorrectionofeyepositionwereexamined.Results:At1and2yearspostoperatively,thesuccessrateofthesurgicalprocedurewithPATperformedwas72%and71%,respectively,ascomparedwith53%and52%,respectively,withoutPATperformed.ThepreoperativeadministrationofPATthereforeyieldedgoodresults.Ineachpatient,thepostoperativeangleofstrabismusremainedstableduringthe2-yearfollow-upobservationperiod.Inaddition,thepositionofeachpatient’seyewassurgicallycorrectedandstabilizedviathecalculationmethodof3prismsper1mmofcorrection.Conclusions:Forpatientsundergoingesotropiasurgery,betterpostoperativeresultsareobtainedthroughthepreoperativeadministrationofPAT.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)30(3):419.422,2013〕Keywords:プリズムアダプテーションテスト,PAT,内斜視,内斜視手術,斜視角.PrismAdaptationTest,PAT,esotropia,esotropiasurgery,angleofstrabismus.〔別刷請求先〕加藤浩晃:〒606-8287京都市左京区北白川上池田町12バプテスト眼科クリニックReprintrequests:HiroakiKato,M.D.,BaptistEyeClinic,12Kamiikeda-cho,Kitashirakawa,Sakyo-ku,Kyoto606-8287,JAPAN0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(133)419 はじめに内斜視は眼位の定量に輻湊の影響が入りやすく,眼位の正確な定量が困難なため,斜視手術の精度が外斜視より不安定とされている.このためプリズムアダプテーションテスト(PrismAdaptationTest:PAT)を施行して手術成績を上げる試みが従来から検討されてきた1,2).PrismAdaptationStudyResearchGroupは,内斜視手術におけるPATの有用性を無作為化臨床比較試験で評価している.PATを行って0.10プリズム(Δ)に斜視角が安定して融像がある症例に対して最大斜視角を基準に手術を行った群(最大斜視角群)と,顕性斜視角を基準に手術を行った群(顕性斜視角群)の手術成績を比較すると,術後斜視角度が10Δ以内となった割合は最大斜視角群では89%に対し,顕性斜視角群では79%であり,PATにより検出された斜視角を基準に手術を行ったほうが過矯正になる割合は少なく,統計的有意差はないが安定した成績が得られる3)というものであった.その後同様の結果4.7)が報告されているが,わが国でも大月らがPATを行った内斜視手術の術後1年の手術成績として,プリズム中和時の度数を基準に手術を行った群とプリズム中和前の斜視角を基準に手術を行った群を比較すると,術後斜視角度が10Δ以内を手術成功と定義した場合,手術成功率はそれぞれ84%,78%であり,プリズム中和時の度数を基準に手術を行った群のほうでより良好な成績が得られたことを報告している8).これらの報告ではPATを入院のうえで術前5.7日間においてプリズムレンズを装用させて行っているが,現在では眼科手術に際し,入院して検査を行えないことも多い.そこで,今回筆者らは,入院ではなく外来診察時にPATを行い,内斜視手術における術前定量としての外来のみでのPATの有用性を検討したので報告する.I対象および方法1.対象の選択2003年4月から2010年12月までに京都府立医科大学附属病院眼科で,内斜視に対して手術を行った106例のうち,共同性内斜視であり外来のみでPATを行い,10Δ以内の正位を目標として術量を決定し手術を施行した症例で,術後1カ月以上経過観察が可能であった47例を対象とした.内訳は男性18例,女性29例,年齢は4.75歳(平均19.9±22.8歳)であった.2.屈折検査7歳以下の小児の場合は,0.5%アトロピン点眼を両眼に1日2回,1週間行い,それ以外は1%シクロペントレート点眼で調節麻痺をして屈折検査を行った.屈折異常があれば完全矯正の眼鏡を装用させた.420あたらしい眼科Vol.30,No.3,20133.斜視角の計測遠見は5m離れた距離に設置した点光源を,近見は30cm地点に置いた目標物を視標にAlternateprismcovertest(APCT)で斜視角を計測した.両眼視機能検査では遠見・近見ともに可能な限り融像の有無を判定した.融像の確認は遠見ならびに近見において視標が1つに見えるかどうかで確認を行った.4.PATによる斜視角測定法プリズムレンズ(フレネル膜プリズム検眼セット4000・5000:中央産業株式会社)を使用して検査を行った.両眼の視力差がなければプリズムジオプトリーを等分にしたプリズムレンズを両眼に装用し,両眼に視力差があれば,視力の良いほうに強めのプリズムジオプトリーのプリズムレンズを装用させた.30分後にAPCTを行い,融像を確認して斜視角が0.10Δ以内におさまり融像の確認ができればその斜視角で決定とした.一方,10Δ以上の内斜視もしくは外斜視が生じる場合は,再度プリズムレンズの変更を行い斜視角が10Δ以内に収まるようにプリズムジオプトリーを増減して斜視角を決定した.これを,決定した斜視角が同等の場合は2回で変動する場合は3回以上,検査日を変えて,外来のみで施行した.5.手術方法,手術定量輪部結膜切開もしくは放射状結膜切開で外眼筋を露出し,筋の付着部から内直筋後転術,外直筋切除術もしくは両方を施行した.後転術・切除術はともに筋を7-0ナイロン糸で強膜に3カ所縫合固定し,結膜は9-0シルク糸で縫合した.定量としては,斜視角3Δ当たり1mmとして計算した.6.検討項目,手術成績の判定PAT前後の斜視角の変化,術後の眼位変化,術後の斜視角の推移,眼位矯正量について検討を行った.術後の眼位に関しては,APCTにて10Δ以上の外斜視,10Δ以内の外斜視,正位,10Δ以内の内斜視,10Δ以上の内斜視の5つのカテゴリーに分類した場合のそれぞれの成績に加えて,術後10Δ以内に眼位が収まっている状態を手術成功と定義した場合の術後1年・2年における手術成功率を検討した.また,PATをしなかったと仮定した場合の術後眼位を『PATを施行した場合の術後斜視角+PATでの増加斜視角』と定義して,この場合の手術成功率も検討した.術後の斜視角の推移については術後1カ月,3カ月,6カ月,1年,1年半,2年において検討を行った.眼位矯正量に関しては,術前斜視角.残存斜視角を手術での矯正斜視角と考え,この矯正斜視角を筋移動量で除したものを眼位矯正量と定義し,術後1カ月,3カ月,6カ月,1年,1年半,2年の観察期間においてそれぞれ検討した.(134) II結果1.PAT前後の斜視角の変化遠見ではPAT前30.6±11.4ΔからPAT後で33.6±10.7Δと有意な増加がみられた(p<0.01).近見でもPAT前30.4±12.7ΔからPAT後に34.9±12.7Δと有意な増加がみられた(p<0.01)(図1).10Δ以上斜視角度が増加した症例は26.7%であった.2.術後成績術後の眼位は10Δ以上の外斜視,10Δ以内の外斜視,正位,10Δ以内の内斜視,10Δ以上の内斜視の5つのカテゴリーで分類すると,術後1年ではそれぞれ1例(3%),2例(6%),7例(22%),14例(44%),8例(25%)であり,術後2年ではそれぞれ1例(5%),1例(5%),5例(24%),9例(43%),5例(24%)であった.手術成功率は術後1年で72%(23/32例),術後2年では71%(15/21例)であった.PATをせずに手術を行った場合の術後眼位は,10Δ以上の外斜視,10Δ以内の外斜視,正位,10Δ以内の内斜視,10Δ以上の内斜視と分けると,術後1年ではそれぞれ1例(3%),2例(6%),2例(6%),13例(41%),14例(44%),術後2年では1例(5%),1例(5%),4例(19%),6例(29%),9例(43%)であり,PATを施行せずに手術を行った場合の眼位矯正成功率は,術後1年で53%(17/32例),術後2年で52%(11/21例)であった(表1).手術成功の割合は今回の結果では,PATをした症例のほうが高かった.3.術後の斜視角の推移術後の斜視角を術前,術後1カ月,3カ月,6カ月,1年,1年半,2年としたところ,遠見はそれぞれ33.6±10.7Δ,4.8±9.2Δ,4.8±7.0Δ,4.1±6.0Δ,6.0±6.8Δ,5.4±7.1Δ,5.8±6.8Δであり,近見はそれぞれ34.9±12.7Δ,6.3±6.5Δ,(PD)(PD)*6050403020100*6050403020100PAT前PAT後PAT前PAT後遠見*p<0.01近見図1PAT前後の斜視角の変化PAT前後で遠見・近見ともに斜視角の有意な増加がみられる.表1術後成績眼位PAT施行PATなし術後1年(n=32)術後2年(n=21)術後1年(n=32)術後2年(n=21)外斜視(≧10Δ)1(3%)1(5%)1(3%)1(5%)外斜視(1≪10Δ)2(6%)1(5%)2(6%)52%1(5%)4(19%)6(29%)正位72%7(22%)71%5(24%)53%2(6%)内斜視(1≪10Δ)14(44%)9(43%)13(41%)内斜視(≧10Δ)8(25%)5(24%)14(44%)9(43%)手術成功率はPATをしたほうが術後1年で72%,術後2年では71%であり,PATをしなかったほうの成功率(術後1年53%,術後2年52%)よりも高い.(PD/mm)(PD)7:遠見6:近見543210Pre1M3M6M1Y1.5Y2Y1M3M6M1Y1.5Y2Y(n=41)(n=38)(n=32)(n=26)(n=21)(n=41)(n=38)(n=32)(n=26)(n=21)図2術後の斜視角の推移図3眼位矯正量術後の斜視角は術後1カ月.2年の観察期間中で安定しており,眼位矯正量は術後1カ月,3カ月,6カ月,1年,1年半,2年明らかな戻りは認めなかった.において約3mm程度で大きな変動はなかった.6050403020100-10:遠見:近見(135)あたらしい眼科Vol.30,No.3,2013421 5.8±7.7Δ,6.3±7.6Δ,5.9±8.1Δ,5.8±9.3Δ,4.3±8.7Δと,いずれも術前に比べて術後1カ月の時点で有意に斜視角が減少していた(p<0.01).また,術後1カ月から2年の観察期間中で眼位は安定しており,明らかな戻りは認めなかった(図2).4.眼位矯正量(Δ.mm)術後1カ月,3カ月,6カ月,1年,1年半,2年における眼位矯正量は,遠見でそれぞれ3.1±0.9Δ/mm,3.1±0.9Δ/mm,3.3±0.8Δ/mm,3.2±1.1Δ/mm,3.1±1.1Δ/mm,3.3±1.2Δ/mmであり,近見ではそれぞれ3.1±0.9Δ/mm,3.2±0.9Δ/mm,3.2±0.9Δ/mm,3.3±1.0Δ/mm,3.3±1.2Δ/mm,3.5±1.1Δ/mmであった(図3).統計学的に有意な変化は認められなかった.III考按今回,内斜視手術の術量決定に際して,入院ではなく外来診察時のみでPATを行い,その手術成績を検討した.PATの前後においては,遠見で平均約3Δ,近見で約4.5Δの有意な斜視角の増加が認められた.PATにより術量を決定した場合の手術成功率は術後1年で72%,術後2年で71%であり,PATをせずに手術を行った場合は成功率が術後1年で53%,術後2年で52%であることと比較すると良好な成績であった.また,術後の斜視角は術後1カ月から2年における観察期間中で眼位は安定しており,明らかな戻りも認めず眼位矯正量としても約3Δ/mmで安定していた.今回の報告が既報と大きく違う点は,PATを入院のうえ5.7日かけてプリズムレンズ装用をさせて行っているのではなく,外来時に30分程度のPATを行い,10Δ以内におさまる斜視角において術量を決定している点であり,既報よりもPATが簡便だということである.この簡便なPATであっても顕性斜視角のみで内斜視手術を行う場合に比べて良好な手術成績が認められた.PATを行わず顕性斜視角で内斜視手術をする場合は最大融像幅における斜視角を検出できていないため,術後に低矯正になる可能性が高いと考えられる.また,既報のPrismAdaptationStudyResearchGroupや大月らの報告では,術後斜視角度が10Δ以内となった割合はそれぞれPAT群では89%,84%であったのに対して,PATを行わず顕性斜視角にて手術を行った群ではそれぞれ79%,78%であり,それぞれの成績が今回の筆者らの報告よりも良好であった.これは,筆者らの術前の融像の確認に原因があるのではないかと考えている.大月らはPATをした際にBagolini線条レンズを装用して融像の確認を行っていたが,筆者らは複視の自覚による融像の確認は行ったが,全例でBagolini線条レンズを使っての網膜対応の確認までは行っておらず,厳密には融像のない症例が混じっていた可能性が考えられる.プリズム中和に対して融像反応を示さない症例は手術成功率が低い2)とされており,Bagolini線条レンズを装用して網膜対応の確認を行っていなかったためこのような手術成功率が低い症例が混じり,PAT施行群ならびにPATを行わなかった群それぞれの手術成績が低下したと考えられる.少数例だがBagolini線条レンズ検査で融像が確認できた症例では良好な術後成績が得られていた.内斜視手術では術後の低矯正を防ぎ術後成績を向上させるためにも,術前のPATによる術量の決定が有効であると考えられた.今回の報告では術後経過も良好で術後の眼位も安定しているが,経過観察期間としては2年程度であり,さらに今後長期にわたる経過観察が必要である.文献1)ScottWE,ThalackerJA:Preoperativeprismadaptationinacquiredesotropia.Ophthalmologica189:49-53,19842)大月洋,中山緑子,岡山英樹ほか:手術を前提としたプリズム視能矯正.日眼会誌90:1707-1713,19863)PrismAdaptationStudyResearchGroup:Efficacyofprismadaptationinthesurgicalmanagementofacquiredesotropia.ArchOphthalmol108:1248-1256,19904)BurkeJP,ScottWE,StewartSA:Pre-operativeprismadaptationinacquiredestropia.BrOrthoptJ51:41-44,19905)RepkaMX,ConnettJE,ScottWE:Theone-yearsurgicaloutcomeafterprismadaptationforthemanagementofacquiredesotropia.Ophthalmology103:922-928,19966)HwangJM,MinBM,ParkSCetal:Arandomizedcomparisonofprismadaptationandaugmentedsurgeryinthesurgicalmanagementofesotropiaassociatedwithhypermetropia:one-yearsurgicaloutcomes.JAAPOS5:31-34,20017)Veronneau-TroutmanS:Prismadaptationtest(PAT)inthesurgicalmanagementofacquiredesotropia.ArchOphthalmol109:765-766,19918)大月洋,長谷部聡,田所康徳ほか:後天性内斜視に対するプリズム中和の評価.日眼会誌96:910-915,1992***422あたらしい眼科Vol.30,No.3,2013(136)

急性内斜視の2症例

2008年8月31日 日曜日

———————————————————————-Page1(127)11730910-1810/08/\100/頁/JCLSあたらしい眼科25(8):11731176,2008cはじめに急性内斜視は,複視の自覚とともに突然発症する共同性の内斜視として知られており,比較的まれな内斜視の一つである.vonNoordenは急性内斜視を人工的な融像の遮断により発症するTypeⅠ(Swantype)と,発症原因が不明のTypeⅡ(Burian-Franceschettitype),頭蓋内病変によるTypeⅢの3つに分類している1).Burianらも急性内斜視を3つに分類している.1型は融像を人工的に中断させて起こるもの,2型(Franceschettietype)は明らかな原因は不明のもの,3型(Bielschowskytype)は5.00D以上の近視を伴うものである2).治療法は原因を除去し,プリズム矯正にて斜視角を減少させ,やがてプリズムなしでも融像できる大きさまで改善することもあるが,多くは手術療法の適応となることが多い.発症原因はさまざまな報告があるが,今回,筆者らは手術療法を施行し経過良好な急性内斜視の2症例を経験したので報告する.I症例〔症例1〕18歳,男性.初診:平成17年2月8日.主訴:平成17年1月から全方向で複視を訴え,近医受診し外直筋麻痺の疑いで紹介受診.家族歴:特記すべきことなし.既往歴:特記すべきことなし.初診時所見:視力は右眼1.2(矯正不能),左眼1.2(id×+0.50D)で,前眼部,中間透光体,眼底に異常はなかった.突然発症した内斜視に対し,調節性内斜視と鑑別するために〔別刷請求先〕新井田孝裕:〒324-8501栃木県大田原市北金丸2600-1国際医療福祉大学保健医療学部視覚機能療法学科Reprintrequests:TakahiroNiida,M.D.,DepartmentofOrthopticsandVisualScience,TheSchoolofHealthScience,InternationalUniversityofHealthandWelfare,2600-1Kitakanemaru,Otawara-city,Tochigi324-8501,JAPAN急性内斜視の2症例松田英里子*1山田徹人*1,2三柴恵美子*1,2新井田孝裕*1,2菊池通晴*1*1国際医療福祉大学病院眼科*2国際医療福祉大学保健医療学部視覚機能療法学科TwoCasesofAcuteAcquiredComitantEsotropiaErikoMatsuda1),TetsutoYamada1,2),EmikoMishiba1,2),TakahiroNiida1,2)andMichiharuKikuchi1)1)DepartmentofOphthalmology,InternationalUniversityofHealthandWelfareHospital,2)DepartmentofOrthopticsandVisualScience,TheSchoolofHealthScience,InternationalUniversityofHealthandWelfare手術療法を行った急性内斜視の2症例を報告する.症例1は18歳,男性.突然の複視とともに内斜視を認めた.眼球運動に制限はなく,生理学的・神経学的検査でも異常は認められなかった.発症後,徐々に斜視角は増加し遠見・近見ともに40Δの内斜視を認めた.症例2は10歳,女児.学校検診で内斜視を指摘された.発症後,Fresnel膜プリズム装用にて正位を保っていたが,斜視角は増加し再び複視を自覚した.2症例ともに発症6カ月後に手術療法を行い,術後複視は消失し良好な眼位を維持している.しかし,両眼視機能の結果は両者において差がみられた.Wereport2casesofacuteacquiredcomitantesotropia(AACE)whounderwentsurgery.Therstcase,an18-year-oldmale,experiencedsuddenhorizontaldiplopia.Ductionswerenormal,neurologicaltestwasnegativeandhisesotropicangleincreasedto40prismdiopter.Thesecondcasewasa10-year-oldfemaleinwhomaschooldoctorhaddiscoveredesotropia.Sheunderwentprismaticcorrection,butheresotropicangleincreasedandsheexperiencedhorizontaldiplopia.Bothpatientsunderwentsurgeryat6monthsafteronsetandbothachievednor-malbinocularsinglevisionwasachieved,butbinocularfunctiondieredinthe2cases.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)25(8):11731176,2008〕Keywords:急性内斜視,プリズムアダプテーションテスト,フレネル膜プリズム,手術,立体視.acuteacquiredcomitantesotropia,prismadaptationtest,Fresnel’sprism,surgery,stereopsis.———————————————————————-Page21174あたらしい眼科Vol.25,No.8,2008(128)1%塩酸シクロペントレート(サイプレジンR)点眼後の屈折値を測定したところ,右眼は(1.2×+0.50D(cyl0.50DAx180°),左眼は(1.2×+0.50D(cyl0.50DAx10°)であった.眼位はsingleprismcovertest(以下,SPCT)で遠見25Δ,近見2530Δの内斜視で+3D負荷にて眼位測定を行ったが斜視角に変化はなく,固視交代可能であった.大型弱視鏡による立体視は良好であり,プリズムによる融像幅は正常範囲内であった.特に開散方向は21Δと良好であった.眼筋麻痺との鑑別のため,眼球運動検査を行ったがひき運動で制限はみられず,遠見や側方視で斜視角は変わらず衝動性運動速度の低下もみられなかった.眼窩および頭部CT(コンピュータ断層撮影)・MRI(磁気共鳴画像)でも異常は認められなかった.重症筋無力症との鑑別のためテンシロン試験を施行したが変化はみられなかった.以上の結果より急性内斜視と診断した.経過:発症後,徐々に斜視角は増加し発症5カ月後の眼位はSPCTにて遠見・近見ともに45Δの内斜視を認めた.開散訓練を中心とする視能訓練と同時にFresnel膜プリズムを装用させたが斜視角の減少がみられなかったことから,平成17年8月18日,両内直筋5mm後転術を施行した.術後の眼位はalternateprismcovertest(以下,APCT)で近見・遠見ともに4Δの内斜位を保ち,複視は消失した.近見立体視はTitmusstereotest(以下,TST)でy(+),animal(3/3),circle(9/9),TNOtest(以下,TNO)の結果は60secまでpassと良好な両眼視を保持している.〔症例2〕10歳,女児.初診:平成17年9月1日.主訴:平成17年の学校検診で眼位異常を指摘され,紹介受診.家族歴:特記すべきことなし.既往歴:小学校3年生より近視の眼鏡を装用.発症2年前に視力改善目的で購入した多孔ピンホール眼鏡を1週間装用していたことがあった.紹介状によると以前より内斜位であり,時折複視は自覚していたが,明らかな内斜視は認めなかったとのことである.初診時所見:視力は右眼(1.2×5.50D(cyl0.50DAx140°),左眼(1.2×5.00D(cyl0.75DAx165°),眼鏡による視力は右眼(0.7p×4.50),左眼(0.8×4.25)で前眼部,中間透光体,眼底に異常はなかった.トロピカミド(ミドリンPR)点眼後の他覚的屈折検査では変化はなかった.眼位はSPCTにて遠見25Δ,近見18Δの内斜視で右方視,左方視それぞれのむき眼位による斜視角に変化はみられず,右固視のときが多かったが固視交代は可能であった.つぎに眼筋麻痺との鑑別のため眼球運動検査を行ったが,ひき運動で制限はみられず,遠見や側方視で斜視角は変わらず,衝動性運動速度の低下もみられなかった.大型弱視鏡による融像幅は15°+20°(base+20°),立体視はブランコのような大きな視差の視標で片面のみ可能であった.発症年齢や性別を考慮し心因性を疑いGoldmann動的視野計にて視野検査を行ったが,両眼ともに正常範囲であった.上記より急性内斜視と診断した.経過:初診時より1カ月後,Fresnel膜プリズムを装用し斜視角の減少を試みたが,装用当初は複視を自覚しなかったものの,装用2カ月後では遠見にてときどき複視を訴えた.Prismadaptationtest(以下,PAT)にて50Δbaseoutを装用させ30分後に眼位の再検査を行ったところ,遠見・近見ともに正位を保ち,斜視角に変化はみられなかったため,平成18年3月30日両内直筋6mm後転術を施行した.術後の眼位はAPCTにて近見0Δ,遠見6Δの内斜位を保ち,複視は消失した.近見立体視はTSTでy(+),animal(3/3),circle(3/9)で,TNOではスクリーニング用のPlateⅠⅢは可能であったが,定量用のPlateⅤ以降は不可であった.Bagolini線条レンズ法,大型弱視鏡では正常対応であった.II考按急性内斜視の分類についてはさまざまな提唱があるが,vonNoordenは急性内斜視を人工的な融像の遮断により発症するTypeⅠと,発症原因が不明のTypeⅡ(Burian-Fran-ceschettitype),頭蓋内病変によるTypeⅢの3つに分類している1).最も多く遭遇するTypeⅠは外傷や弱視治療後に起こるとされ,片眼遮閉による融像の中断によって潜伏していた内方偏位が顕性化するといわれている.TypeⅡは複視の自覚で始まり,比較的大きな偏位角がある.遮閉の既往はなく,原因不明であるが,元来不十分な融像幅が精神的・身体的ストレスで緊張が失われた影響の結果起こるともされている.Burianらも急性内斜視を3つに分類している.1型は融像を人工的な中断により起こるものとしている.2型(Franceschettietype)は明らかな原因は不明であるが,精神的・身体的ストレスが考えられるもの.3型(Bielschowskytype)は5.00D以上の近視を伴い,遠見時に内斜視で同側性複視,近見時には融像を保てるため複視は訴えないもので,わずかに外転制限はあるが眼球運動に麻痺の兆候はないものである2).両者共通するものとしては,人工的な融像遮断と原因不明であるがストレスによる誘因が認められることがあげられる.症例1は,発症当時18歳で大学受験を控え精神的ストレスにより発症したと考えられた.複視の自覚とともに発症し,術前眼位は45Δと比較的大きな斜視角を認めている点においても一致している.症例2については,原因に不明な点が多い.以前より眠たくなると複視を自覚していたが,発症2年前にピンホール眼鏡を装用しており,その後少しして,母親が内斜視に気づき眼位が顕性化したことがあった———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.25,No.8,20081175(129)が,一時的なものでしばらくすると眼位は以前のように戻ったため,あまり気にしていなかったそうである.民間療法として孔の多数開いたいわゆるマルチプルピンホール眼鏡は遠視,近視ともに完全矯正下では視力,コントラスト感度が低下するという報告3)もあることから多孔ピンホール眼鏡による一時的な融像遮断の既往があった.しかし,急性内斜視の発症には一眼の融像遮断が起因となるためピンホール眼鏡装用が直接的に関与するかは不明であるが,強い開散により内斜位を保っていたが両眼視を妨げられたことにより,内斜視となったとも考えられる.5.00D以上の近視によるBiel-schowskytypeと考えられるが,症例2の場合,遠見・近見ともに内斜視となり複視の自覚もあり,眼球運動も正常であった.最近では,Bielschowskytypeは開散麻痺との鑑別がむずかしいとされ,急性内斜視の分類に含まれない傾向にある.急性内斜視の診断には調節性を除外するための眼科的検査や,頭蓋内病変によるTypeⅢと眼筋麻痺との鑑別のため神経学的検査が必要である1,3).しかし症例2に対し神経学的検査を行わなかった理由については,発症後2年間ほとんど症状に変化がみられず,明確な遮閉の既往があったためである.急性内斜視の治療法は,ストレスにより発症したTypeⅡで問題の解決とともに自然軽快した5)という報告がある.プリズム矯正にてコントロールされ,やがてプリズムがなくても融像できる大きさまで回復することができる5)という報告もあるが,一般的には手術の適応となることが多い.治験中ではあるがbotulinumtoxin療法を施行6)しているという報告もある.今回2症例いずれも複視が消失した最小の斜視角であるFresnel膜プリズムを装用させ斜視角減少を試みたが,斜位にもち込むことができなかったため両内直筋後転術を施行した.膜プリズムで12Δ以上は視力に影響7)するため,長期間の装用は行わなかった.斜視角の評価にはPATの必要性を強く主張する報告もある5,8).Gustaveらは,急性内斜視の患者にPATを行ったところ,すべてに斜視角の増加がみられたとしている.PATにて安定した角度が得られたことで,術後3カ月で全例が遠見・近見ともに正位になったと報告されている8).本症例においても,症例2の場合,特に開散方向の融像幅が広く,初診時より斜視角の増加はほとんどみられないが,PATでは50Δを認め,手術時の筋移動量の評価に重要であった.手術治療効果についてはTypeⅡ(Burian-Franceschettitype)は,発症以前はほぼ正常の両眼視機能を有しているため,通常の内斜視に比べ低矯正手術を施行しても良好な結果が得られる9)という報告もある.治療開始時期と予後についても一貫した見解が得られていない.Langらは弱視や抑制を防ぐため発症6カ月以内に手術療法を行うべき10)という説の一方,Ohtsukiらは両眼視のある場合,治療開始時期を6カ月以内,724カ月以内,25カ月以上の3群に分け治療開始時期と術後の立体視を比較したが,両者に相関関係はみられない11)という報告もある.しかしLangらは発症年齢平均3歳8カ月(110歳)を,Ohtsukiらは発症年齢平均12歳4カ月(328歳)を対象に検討しており両眼視機能の発達段階に差がみられる.Burkeらも,両眼視のある場合,治療の開始時期と術後の立体視の発達は関係ないとしている.感覚の維持が不安定な若年者にとって,プリズムによる早期治療や手術は調節に伴う偏位が突然起こり,網膜異常対応の発達や抑制をひき起こす5)と報告している.vonNoordenは視覚的に十分発達している子供や成人では抑制や弱視の発達のリスクは存在しないが,5歳以下に発症した急性内斜視は手術治療を数カ月以上延期すべきではない1)としている.Spiererらは,成人(平均年齢38±18.6歳)を対象に検討しており術後良好な両眼視が得られたのはほとんどが平均屈折値4.1±3.2D(+2.08.5D)の近視であり,発症25年後に手術が施行されても良好な立体視を獲得しているため,成人の急性内斜視は特異的な分類とすべきだとしている12).このことから,視覚の感受性期間内であれば視覚は未熟であり治療期間の遅延により両眼視機能に影響が現れるが,十分な両眼視を獲得した後に発症した場合の治療開始時期は術後の立体視に影響しないと考えられる.立体視機能は手術前後ではほとんど変わらない傾向にあるという報告6,13)もある.助川らは8歳で発症し,6カ月後に手術療法を施行したが,遠見・近見ともに正位を保っているにもかかわらず,立体視機能は発症以前の140secと同程度であったとしている.手術時期が遅かったので両眼視機能が損なわれたのではなく,発症以前から両眼視機能はやや劣っていたと報告している13).今回,症例1は発症時年齢18歳,症例2は8歳であった.発症年齢でのみ検討するとどちらも視覚の感受性期間は過ぎており,術後立体視は治療期間に影響されない1,5,6,11,13)ことになる.しかし,症例1の術後立体視はTSTにて40sec,症例2は400secであった.症例1は発症から治療期間も短く,術前の大型弱視鏡による立体視はピエロのような小さな視差の視標でも両面可能で,術後の立体視も良好であった.しかし,症例2は術前の大型弱視鏡による立体視は良好とはいえず,その理由としてもともと立体視機能が劣っていたからか,複視を自覚し始めた頃より治療期間が長かったからかは不明である.1例報告ではあるが石畠らは,複視の自覚と内斜視を指摘され,数日たつと複視は消失し正位となることを数回くり返した8歳,女児について,内方偏位が顕性化したため手術療法を施行したが,術後の両眼視機能は良好とはいえない原因として発症以前より立体視機能がやや劣っていたからと報告している15).また,網———————————————————————-Page41176あたらしい眼科Vol.25,No.8,2008(130)膜対応異常をもつ症例は術後,微小斜視となっている例が多い.山本らは,二次性微小斜視7例で視力低下が軽度であるにもかかわらず,他の微小斜視に比べて立体視が悪かったのは,二次性微小斜視のため術前の眼位ずれの状態が関与しているからだと述べている16).症例2の場合,弱視の既往はないため,視力による立体視不良は考えにくく,今後さらに眼位や網膜対応を含め検討していく必要性があると思われる.今回,急性発症した内斜視について手術療法を行い,術後良好な眼位を獲得した2症例を報告した.しかし,両者ともに術後両眼視機能は良好とはいえず,不明な点も多い.今後,症例数を増やし検討していく必要があると思われる.文献1)vonNoordenGK:BinocularVisionandOcularMotility.p338-340,CVMosby,StLouis,19852)BurianHM:Comitantconvergencestrabismuswithacuteonset.AmJOphthalmol45(part2):55-64,19583)國澤奈緒子,阿曽沼早苗,松田育子ほか:マルチプルピンホールの視力,コントラスト感度に及ぼす影響.日視会誌28:117-121,20004)LegmannSimonA,BorchertM:Etiologyandprognosisofacute,late-onsetesotropia.Ophthalmology104:1348-1352,19975)岩本英子,野上貴公美,古嶋正俊ほか:急性内斜視の1例.眼臨95:263-265,20016)BurkeJP,FirthAY:Temporaryprismtreatmentofacuteesotropiaprecipitatedbyfusiondisruption.BrJOphthalmol73:787,19957)高谷匡雄,大庭間正裕,中川喬:急性内斜視11例の検討.眼紀51:85-88,20008)不二門尚,齋藤純子:プリズムと斜視.p31-43,文光堂,19989)SavinoG,ColucciD,RebecchiMTetal:Acuteonsetcon-comitantesotropia:sensorialevaluation,prismadaptationtest,andsurgeryplanning.JPediatrOphthalmolStrabis-mus53:342-348,200510)福田美子,井崎篤子,三村治:急性内斜視(franceschettitype)の手術治療効果.眼臨88:952-954,199411)LangJ:Criticalperiodforrestorationofnormalstereoa-cuityinacute-onsetcomitantesotropia.AmJOphthalmol119:667-668,199512)OhtsukiH,HasebeS,KobashiRetal:Criticalperiodforrestorationofnormalstereoacuityinacute-onsetcomitantesotropia.AmJOphthalmol118:502-508,199413)SpiererA:Acuteconcomitantesotropiaofadulthood.Ophthalmology110:1053-1056,200314)助川俊介,齋藤友護:発症以前より検査を行った急性内斜視の1症例.眼科38:1391-1395,199615)石畠弘恵,沼田このみ,福尾吉史ほか:急性発症した内斜視の1例.眼臨88:949-951,199416)山本節,文順永:網膜対応異常と二次性微小斜視.眼科25:133-138,1983***