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外科的に摘出した眼瞼・眼窩乳児血管腫の2例

2011年12月30日 金曜日

《原著》あたらしい眼科28(12):1747.1752,2011c外科的に摘出した眼瞼・眼窩乳児血管腫の2例林憲吾嘉鳥信忠板倉秀記上田幸典聖隷浜松病院眼形成眼窩外科TwoCasesofOrbitalandEyelidInfantileHemangiomawithSurgicalTreatmentKengoHayashi,NobutadaKatori,HidekiItakuraandKousukeUedaDepartmentofOcularPlastic&OrbitalSurgery,SeireiHamamatsuGeneralHospital目的:眼瞼から眼窩へ及ぶ乳児血管腫2例の外科的治療の経過を報告する.症例1:5カ月,女児.初診時,左上眼瞼から眼窩へ及ぶ血管腫を認めた.ステロイド内服を開始したが残存した.2歳時に血管腫を摘出し減量した.3歳時左眼視力0.01(0.03)で,健眼遮閉を開始した.5歳時に血管腫を再度摘出したが左眼の弱視は残存した.症例2:2カ月,女児.左上眼瞼から内眼角にかけて血管腫を認め,増大傾向にあった.視機能障害のリスクがあると考え外科的に摘出した.1歳9カ月時,視力は左右差なく良好であった.結論:視機能障害をきたすリスクのある眼瞼・眼窩乳児血管腫には外科的摘出を含めた早期治療を検討する必要があると考えられた.Objective:Toreport2casesoforbitalandeyelidinfantilehemangiomawithsurgicaltreatment.Case1:A5-month-oldfemalewithhemangiomainthelefteyelidandorbit.Thehemangiomarespondedsomewhattosystemiccorticosteroidtreatment,butthegreaterpartofthetumorremainded.Wesurgicallyexcisedtheeyelidhemangiomawhenthepatientwas2yearsofage.Thevisualacuityofthelefteyewaspoorat3yearsofage,soweperformedocclusiontherapyonthefelloweye.Althoughwesurgicallyexcisedtheorbitalhemangiomaat5yearsofage,theform-deprivationamblyopiaremained.Case2:A2-month-oldfemalewithhemangiomainthelefteyelidandglabella.Thetumortendedtoincrease.Sincehighriskofform-deprivationamblyopiawassuspected,weperformedsurgicalexcision.Thevisualacuityofthebotheyeswasnearlyequivalent,andgood.Conclu-sions:Earlytreatment,includingsurgicalexcisioncanbeconsiderediforbitaleyelidinfantilehemangiomaposeshighriskofcausingpermanentamblyopia.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)28(12):1747.1752,2011〕Keywords:苺状血管腫,乳児血管腫,毛細血管腫,外科的治療,プロプラノロール.strawberrymarkhemangioma,infantilehemangioma,capillaryhemangioma,surgicaltreatment,propranolol.はじめに乳児血管腫(=苺状血管腫)は,生後1.2週後より赤色斑として生じ,その後6カ月頃まで増大する隆起性の腫瘤である.一般的に1年以内にその増大傾向を失い学童期までに自然に退縮するため,経過観察となることが多い.しかし,眼瞼や眼窩の乳児血管腫は血管腫の増大時期と視覚発達時期が一致するので,形態覚遮断弱視など視機能障害をきたす場合がある.今回筆者らは,眼瞼から眼窩へ及ぶ巨大な乳児血管腫2例に対して外科的治療を行ったので,その治療経過について報告する.I症例〔症例1〕5カ月,女児.主訴:左上眼瞼腫脹.既往歴・家族歴:特記すべき事項なし.現病歴:生後2週間後から左上眼瞼に紅色腫瘤を認め,その後増大傾向を認めたため聖隷浜松病院(以下,当院)形成外科に受診.乳児血管腫で3カ月間経過観察していたが,増大傾向が著明なため眼形成眼窩外科(以下,当科)へ紹介受診となった.初診時所見:左上眼瞼鼻側に顆粒状の赤色隆起腫瘍が2カ〔別刷請求先〕林憲吾:〒430-8558浜松市中区住吉2-12-12聖隷浜松病院眼形成眼窩外科Reprintrequests:KengoHayashi,M.D.,DepartmentofOcularPlastic&OrbitalSurgery,SeireiHamamatsuGeneralHospital,2-12-12Sumiyoshi,Naka-ku,Hamamatsu-shi430-8558,JAPAN0910-1810/11/\100/頁/JCOPY(85)1747 AB図1症例1のステロイド内服前後の写真A:初診時,左眼開瞼困難な状態.B:ステロイド内服4カ月後,若干開瞼状態が改善したが依然残存している.ABC図2初診時のMRI画像A:T2強調画像の冠状断,左眼窩上内側に不整形な腫瘍.B:T2強調画像の矢状断,眼瞼皮下から眼窩筋円錐外へ及ぶ腫瘍.C:ガドリニウム造影画像の水平断,強い造影効果.内部にflowvoidを認める.所あり,眼瞼広範囲にわたり皮下血管拡張しており皮下に青紫色弾性軟の腫瘤が認められた.眼瞼腫脹が著明で開瞼困難な状態であった(図1A).耳側から瞳孔領が若干観察可能であった.眼内には異常はみられなかった.血液検査・凝固機能は正常範囲内であった.画像所見:眼窩部magneticresonanceimaging(以下,MRI)画像で左上眼瞼から眼窩上内側部の筋円錐外へ及ぶT1強調画像で低信号,T2強調画像で高信号の内部不均一な不整形な腫瘤が認められた.ガドリニウムによる強い造影効果がみられ,腫瘍内に管状のflowvoidが認められ,腫瘍内部の拡張した血管の存在が疑われた.腫瘍は上斜筋と上直筋を含んだ状態で,眼球は外下方へ偏位していた(図2).経過:以上の検査結果から腫瘤型の乳児血管腫と診断した.腫瘍はMRI画像所見では外眼筋との境界は不鮮明で手術による安全な摘出は困難と考えプレドニゾロン2mg/kg/day内服を開始した.3カ月後に若干縮小傾向がみられ開瞼状態は改善したが,依然第一眼位で瞳孔中央に眼瞼が覆う状態で腫瘍は残存した(図1B).プレドニゾロンは4カ月間で漸減し中止した.その後,腫瘍の増減はない状態が続いたため,2歳時に外科的治療を施行した.手術では画像所見どおり血管腫は周辺組織との境界不明瞭であったため,眼窩内の腫瘍は残して,眼瞼部の腫瘍のみ摘出し減量した.病理検査の結果capillaryhemangiomaであった.3歳時(初回手術から1年後)VD=1.0(n.c.),VS=0.01(0.03×+3.0D(cyl.3.5DAx30°)で,アイパッチを使用し健眼遮閉を開始した(6.8時間/日).5歳時にMRI画像診断で境界が明瞭となってきたため,眼瞼・眼窩部の残存血管腫を再度外科的摘出した.術中に腫瘍へ栄養する後篩骨動脈へ連続する動脈を確認し,これを結紮切断した.腫瘍は上斜筋と分離可能で40mm大の血管腫が摘出された(図3).術後,MRIで血管腫の容積は著明に減少した(図4).眼位は正位で眼球運動制限はなく,開瞼状態が改善し整容的にも良好であった.その後1748あたらしい眼科Vol.28,No.12,2011(86) AB図3術中所見A:眼輪筋下,周辺組織と.離した血管腫.B:摘出した血管腫,40mm大.ACDB図4眼窩の血管腫摘出前後の比較A:術前のMRIT2強調画像水平断,眼瞼皮下から眼窩へ及ぶ血管腫(白矢印).B:術前の顔面写真.左眼瞼腫脹と皮下の青紫色の血管拡張がみられる.外斜視の状態.C:術後のMRIT2強調画像水平断,血管腫が著明に減少(白矢印).D:術後の顔面写真.左眼瞼に腫脹なく色調正常.眼位も正位.(87)あたらしい眼科Vol.28,No.12,20111749 ABC図5症例2の手術前後A:初診時,眉根部から左眼瞼にかけて腫脹.軽度外斜視.B:手術後1週間,摘出により軽度陥凹がみられる.C:手術後1年6カ月,眉根部平坦化.左右差なく整容的良好.眼位も正位.ABもアイパッチを使用し視能訓練は継続した.しかしながら8歳時VD=1.0(1.2×.0.25D),VS=0.04(0.1×+0.5D(cyl.3.0DAx45°)と左眼の弱視は残存した.〔症例2〕2カ月,女児.主訴:眼瞼および眉根部の腫脹.既往歴・家族歴:特記すべき事項なし.現病歴:生後1カ月頃から,左上眼瞼から眉根部にかけて腫脹を認め,増大したため当科を受診した.初診時所見:眉根部から左上眼瞼にかけて著明に腫脹しており,内眼角付近に2カ所点状の紅斑が認められた(図5A).開瞼は可能で瞳孔領には及んでいなかった.眼内には異常はみられなかった.血液検査・凝固機能は正常範囲内であった.画像所見:MRI画像で眉根部から左上眼瞼の皮下と眼窩浅部にT1強調画像で低信号,T2強調画像で高信号の内部不均一な不整形な腫瘤が認められた.ガドリニウムによる強い造影効果がみられ,腫瘍内に管状のflowvoidが認められ,腫瘍内部の拡張した血管の存在が疑われた.左眼球は外側へ偏位していた(図6).経過:以上の検査結果から腫瘤型の乳児血管腫と診断した.その後も増大傾向があり視機能障害のリスクがあると考え,月齢3カ月時に外科的に治療した(図5B).手術は眉根部正中切開でアプローチし多房性の脆弱な赤色腫瘤と術中拍動性の出血がみられた.腫瘍は全摘出可能であった.組織は病理検査にてcapillaryhemangiomaであった.1歳時,1歳9カ月時ともにgratingacuitycard法にて視力は左右差なく良好で,整容的にも良好であった(図5C).II考按乳児血管腫(いわゆる苺状血管腫)は組織学的には未熟な毛細血管内皮細胞の異常増殖を主体とするcapillaryhemangioma(毛細血管腫)である.一般的には生後数日から数週間で出現し,増殖期,退縮期,消退期と自然退縮傾向がある1).そのため重篤な合併症がない場合,経過観察となること図6症例2の初診時MRI画像A:T2強調画像の水平断,眉根部皮下から眼窩浅部へ不整形な腫瘍.左眼は外側へ偏位.B:脂肪抑制法(STIR法)の矢状断,内部にflowvoidがみられる.1750あたらしい眼科Vol.28,No.12,2011(88) が多い.増殖期の臨床像から3つの型に分類されその頻度・経過・予後に違いがある2.4).最も頻度の多い局面型は血管腫の主体が真皮内にあり,外見が赤色の苺状あるいは顆粒状の扁平な隆起を呈する.つぎに多い腫瘤型は真皮内と皮下に血管腫があり,三次元的な血管腫の塊となり大きな隆起を呈する.稀な皮下型は皮下のみに血管腫があり,外見上正常な皮膚色あるいは青色調を呈する.自然経過として局面型と皮下型は6カ月頃に増大の極期を迎え,その後1歳頃より退縮期に入り学童期(5.6歳)には消退期となり自然消退する.一方,顔面の腫瘤型は9カ月以降も増大を続けることがあり,7歳時でも約半数の症例で残存するといわれている4).いずれの臨床型であっても乳幼児期には増大期であり,眼瞼や眼窩の乳児血管腫の場合,その増大時期と視覚発達時期が一致するため形態覚遮断弱視・斜視・乱視など視機能障害をきたす場合がある5).乳幼児期は1週間程度の片眼遮光でも不可逆的な弱視をきたす可能性があることがいわれている6,7).さらに視機能障害は眼瞼部の血管腫が眼瞼の1/2を超える大きさで退縮の遅いものに生じやすく,重症度は遮閉の期間と相関することが報告されている8).特に上記の腫瘤型の場合,長期にわたり増大し残存するため合併症をきたす可能性が懸念される9).そのため,視機能障害をきたす可能性のある眼瞼・眼窩乳児血管腫は治療の対象となる.治療にはステロイド内服やステロイド局所注射,色素レーザー,bブロッカー(プロプラノロール)投与,インターフェロンa皮下注射,放射線治療,外科的摘出などがある.ステロイド内服は従来から血管腫に対して広く行われてきた治療法でプレドニゾロン2.3mg/kg/dayの量で有効な場合,通常2週間程度で効果が発現し血管腫の増大が停止または衰退するといわれている10).また,生後4カ月までの増殖期が最も効果が高く,1歳を過ぎると効果が少なくなるといわれている10).ステロイド内服にはさまざまな副作用があり,特に乳幼児期における長期にわたるステロイド投与では易感染性,成長遅延,副腎皮質機能不全などの危険性があるため,小児科医による全身管理が必要不可欠である5,8).隆起の少ない3カ月までの局面型や早期の腫瘤型には,ステロイド局所注射や色素レーザーの有効性が知られている11,12).しかし大型の腫瘤型や深部例には無効である.特に本症例の症例1のような眼窩の深部に及ぶ例では,注射による不測の球後出血による重篤な合併症をきたす可能性がある12).眼瞼に血管腫がみられる症例は74%と高率に眼窩内血管腫を伴っていることが報告されている5).眼瞼に血管腫がみられた場合,眼窩内の検索とそれに応じた治療が必要である.2008年,非選択性のbブロッカーであるプロプラノロールの内服の有用性が初めて報告された13).その後も良好な成(89)績とその安全性が数多く報告され,頭頸部血管腫の第一選択療法とする報告もある14.16).Missoiらは17名19眼瞼の乳児血管腫(月齢中央値:4.5カ月)に対してプロプラノロールの経口投与を治療期間中央値6.8カ月で全症例の血管腫サイズの縮小がみられ,その減少率は中央値39%であったと報告している17).さらにステロイド抵抗性の眼瞼・眼窩乳児血管腫に対してもプロプラノロールの有効性が報告されている17,18).国内では血管腫10例に対してプロプラノロール内服を使用した結果,退縮期の1例を除く増殖期9例には数日後から2週間以内の早期退縮が認められ,その安全性と効果発現の早さが報告されている19).しかし,プロプラノロールはbブロッカーのため徐脈,低血圧,低血糖,末梢冷感などの副作用があげられ,投与導入時は循環動態のモニターリングが必要である20).現在,当院でも血管腫に対する治療方針としてプロプラノロール内服あるいは点滴を第一選択としている.プロプラノロールの無効例で早期の根治が必要な場合は第二選択として外科的摘出を検討している.しかし外科的治療は血流に富む腫瘍のため丹念な止血操作が必要であり,さらに血管腫と他の組織との境界がときに不明瞭で神経や筋肉などの組織を損傷する可能性があり,その難易度が問題点としてあげられる.本症例1は眼瞼から眼窩へ及ぶ巨大な腫瘍型の血管腫で,乳幼児期にステロイドの内服を開始し,2歳時と5歳時に腫瘍を摘出したが,8歳時に弱視が残存した.これは治療のタイミングとそれに続く視能訓練の遅れが結果的に不可逆的な視機能障害をきたしたものと考えられる.本症例2は眉根部から眼瞼・眼窩へ及ぶ腫瘤型で,生後3カ月時に早期の外科的摘出を施行し,1歳9カ月に視機能の左右差はみられず良好な経過であった.これは早期の予防的な治療が良好な結果につながったものと考えられる.視機能障害をきたす可能性のある眼瞼・眼窩の乳児血管腫には外科的治療も含めた可及的早期の治療と早期の視能訓練を検討する必要があると思われる.文献1)ThomasJ,GampperMD,RaymondFetal:Vascularanomalies:Hemangiomas.PlastReconstrSurg110:572585,20022)NakayamaH:Clinicalandhistologicalstudiesoftheclassificationandthenaturalcourseofthestrawberrymark.JDermatol8:277-291,19813)倉持朗:乳児血管腫/苺状血管腫.皮膚臨床47:15891606,20054)水谷ひろみ:小児の血管腫.皮膚科MOOK9:59-73,19875)HaikBG,JakobiecFA,EllsworthRMetal:Capillaryhemangiomaofthelidsandorbit:ananalysisoftheclinicalfeaturesandtherapeuticresultsin101cases.Ophthalあたらしい眼科Vol.28,No.12,20111751 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