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メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)眼感染症から角膜穿孔に至った乳児の1症例

2012年3月31日 土曜日

《第48回日本眼感染症学会原著》あたらしい眼科29(3):407.410,2012cメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)眼感染症から角膜穿孔に至った乳児の1症例向井規子清水一弘服部昌子田尻健介勝村浩三池田恒彦大阪医科大学眼科学教室ACaseofCornealPerforationinInfantwithMethicillin-ResistantStaphylococcusaureus(MRSA)OcularInfectionNorikoMukai,KazuhiroShimizu,MasakoHattori,KensukeTajiri,KozoKatsumuraandTsunehikoIkedaDepartmentofOphthalmology,OsakaMedicalCollegeメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)結膜炎に併発した角膜潰瘍から角膜穿孔をきたした乳児の症例に対しバンコマイシン眼軟膏1%Rを投与したところ,治療に奏効した症例を経験した.症例は拡張型心筋症,脳性麻痺にて治療中の生後7カ月,女児.左眼に多量の膿性眼脂を伴う結膜充血と角膜傍中心部に輪状の潰瘍を認め,培養検査にてメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)が検出された.トスフロキサシン(TFLX)点眼,セフメノキシム(CMX)点眼,オフロキサシン(OFLX)眼軟膏にクロラムフェニコール点眼を追加して使用したが,改善がなく,角膜潰瘍部は早期に穿孔に至った.バンコマイシン眼軟膏1%R治療を開始したところ,角膜穿孔部は閉鎖し最終的には瘢痕治癒となり,結膜炎も緩徐に改善した.MRSA眼感染症に対しては,従来では薬剤感受性を示す抗菌薬点眼剤や注射用バンコマイシン製剤の自家調製点眼を用いるに留まっていたが,今回,市販が開始されたバンコマイシン眼軟膏1%Rを使用したところ,角膜感染症に対しては潰瘍穿孔部の閉鎖,治癒という良好な結果を得た.Wedescribeourexperiencewithaninfantwhorespondedtotreatmentwithvancomycinointment1%Rafterdevelopingcornealperforationsecondarytocornealulcercomplicatingmethicillin-resistantStaphylococcusaureus(MRSA)conjunctivitis.Thepatient,aseven-month-oldfemale,hadbeenreceivingtreatmentfordilatedcardiomyopathyandcerebralpalsy.Conjunctivalhyperemiaaccompaniedbymassivepurulenteyedischargeandacircularulcerintheparafoveanearthecorneawereseeninthelefteye,andMRSAwasdetectedonculturetests.Despiteadministrationoftosufloxacin(TFLX)eyedrops,cefmenoxime(CMX)eyedrops,ofloxacin(OFLX)eyeointmentandchloramphenicoleyedrops,theocularconditionsdidnotimprove.Perforationoccurredatthesiteofcornealulceratanearlystage.Afterinitiationoftreatmentwithvancomycinointment1%R,thecornealperforationclosedandeventuallycicatrized,andtheconjunctivitisgraduallyimproved.MRSAocularinfectionsareusuallytreatedwithonlyantibioticeyedropstowhichsuchinfectionsaresusceptible,orautologouseyedropsdevelopedfromvancomycinpreparationsforinjection.Inthepresentstudy,however,treatmentwithcommerciallyavailablevancomycinointment1%Rachievedthefavorableoutcomeofclosureandhealingofulcerationandperforationinaninfantwithcornealinfection.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)29(3):407.410,2012〕Keywords:メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA),乳児角膜潰瘍,バンコマイシン眼軟膏.methicillinresistantStaphylococcusaureus(MRSA),infantocularbacterialinfections,vancomycinointment.はじめにを使用している患者などに発症しやすい疾患で,結膜炎,涙メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(methicillin-resistant.炎,角膜炎,角膜潰瘍,眼内炎をひき起こすとされていStaphylococcusaureus:MRSA)眼感染症は,高齢者,新生る1).そのなかでもMRSA角膜感染症は,日常臨床におい児,糖尿病やアトピー性皮膚炎患者,長期にステロイド点眼ては角膜移植後の角膜潰瘍で経験することが多いが,最近で〔別刷請求先〕向井規子:〒569-8686高槻市大学町2-7大阪医科大学眼科学教室Reprintrequests:NorikoMukai,M.D.,DepartmentofOphthalmology,OsakaMedicalCollege,2-7Daigaku-cho,Takatsuki-shi,Osaka569-8686,JAPAN0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(119)407 は屈折矯正手術後や瘢痕性角結膜上皮疾患での発症も報告され,多様な疾患に対してさまざまな治療がなされている2.4).今回,全身疾患を伴っている乳児に発症したMRSA角膜潰瘍と結膜炎の症例を経験し,市販が開始されたバンコマイシン眼軟膏1%Rによる治療を試みたところ,特に角膜潰瘍による角膜穿孔に奏効したので報告する.I症例患者:7カ月,女児.主訴:左眼眼脂,結膜充血.現病歴:平成22年11月22日頃より左眼に眼脂が出現.かかりつけの小児科よりエコリシン点眼Rを処方され使用していたが,軽快せず,11月27日に近医眼科を受診した.左眼に多量の眼脂を伴う結膜炎に加えて角膜潰瘍も認められたため,トスフロキサシン(TFLX)点眼,セフメノキシム(CMX)点眼,オフロキサシン(OFLX)眼軟膏を処方され,大阪医科大学眼科(以下,当科)を紹介受診した.既往歴:拡張型心筋症,脳性麻痺にて治療中.図1a初診時前眼部写真眼球結膜,境界明瞭な眼瞼結膜の輪状潰瘍著明な充血図1b初診時所見のシェーマ経過:初診時,左眼に多量の膿性眼脂を伴う結膜充血と角膜傍中心部に輪状の潰瘍を認めた.角膜潰瘍部は境界明瞭で,強い浸潤所見があった(図1a,b).同日に眼脂および角膜擦過物の培養検査を施行したところMRSAが検出された.培養検査の結果から乳児MRSA眼感染症と診断し,前医からの点眼,眼軟膏に加えて,クロラムフェニコール点眼を追加したが,1週間後に角膜潰瘍部は穿孔をきたし前房の消失を認め,結膜炎も改善がみられなかった.重症型MRSA角膜感染症であり,結膜炎もこれまでの治療で改善傾向がまったくなかったことより,TFLX点眼,CMX点眼,クロラムフェニコール点眼,OFLX眼軟膏をすべて中止した.バンコマイシンの自家調製点眼を当院薬剤部に依頼しつつ,その時点ではまず,バンコマイシン眼軟膏1%Rを2回/日の使用で開始した.眼軟膏投与1週間後,角膜輪部からの新生血管の伸張は認めるものの,角膜穿孔部は閉鎖し前房も保持されていた(図2a,b).しかし,膿性眼脂の軽減はなく結膜炎の改善はほとんど認められなかった.特に角膜所見には著効しており,総合所見として改善傾向にあると判断し,そのままバンコマイシン眼軟膏1%Rのみの投与を続行した.その後,眼軟膏投与2週間後には,角膜実質の融解傾向は図2aバンコマイシン眼軟膏1%R投与1週間後図2bバンコマイシン眼軟膏1%R投与1週間後408あたらしい眼科Vol.29,No.3,2012(120) 図3バンコマイシン眼軟膏1%R投与5週間後図3バンコマイシン眼軟膏1%R投与5週間後消退し,前房深度は保持されていた.眼軟膏投与5週間後には,角膜周辺部からの新生血管は消退傾向となり,潰瘍部の浸潤所見は消失し上皮下から実質にかけて強い混濁を残しての瘢痕化が認められた(図3).眼軟膏の投与8.11週間後においては,角膜潰瘍部の瘢痕化が進み,改善が認められたが,眼脂の量は軽減傾向に乏しく,結膜炎所見は増悪を繰り返しており,眼軟膏の投与8週間後と13週間後の時点での眼脂培養検査でもMRSAの検出が続いていた.初診から5カ月後(バンコマイシン眼軟膏1%Rの投与21週後),角膜潰瘍部は完全に瘢痕治癒所見となり,ようやく眼脂も消失し結膜炎も改善した(図4).この時点で,臨床的にMRSA眼感染症は治癒したと判断し,バンコマイシン眼軟膏1%Rを中止とした.眼軟膏中止後から現在まで,角膜潰瘍部は実質混濁を残してはいるものの,活動性はなく,結膜炎の再燃も認めていない.しかし,結膜.擦過物の培養では眼軟膏使用中止後1カ月の時点でMRSAの検出があり,完全にMRSAの培養陰性化には至らなかった.II考按MRSA眼感染症に対する局所治療法は,検出されたMRSAに対する薬剤感受性試験の結果,すなわち,最小発育阻止濃度(MIC)を参考にしながら,薬剤を決定するのが望ましい5).本症例での眼脂培養から検出されたMRSAの薬剤感受性の結果は表1のごとくであった.しかし,薬剤感受性試験は全身投与での血中濃度を基準にしているため,高濃度の抗菌薬点眼剤による治療は,薬剤感受性試験が耐性とされても点眼投与が奏効する可能性があり,実際の臨床の場では,一般的にニューキノロン系抗菌薬の点眼を初期選択とし,MRSA結膜炎に対してはクロラムフェニコール点眼も有用であるため,初期に使用することが(121)図4バンコマイシン眼軟膏1%R投与21週間後の角膜潰瘍瘢痕治癒時所見表1本症例の眼脂培養から検出されたMRSAの薬剤感受性試験の結果薬剤名MIC値(μg/ml)薬剤名MIC値(μg/ml)PCG≧0.5RTEIC≦0.5SMPIPC≧4RLVFX≦0.25SCEZ≦4RMINO≦0.5SCMZ8RST≦10SIPM≦1RVCM1SEM≦0.25SFOM≦8SGM≧16RCLDM≦0.25SAMK4SLZD2SABK≦1SMIC:minimuminhibitoryconcentration,R:resistant,S:sensitive.[薬剤名略号]PCG:ベンジルペニシリン,MPIPC:オキサシリン,CEZ:セファゾリンナトリウム,CMZ:セフメタゾール,IPM:イミペネム,EM:エリスロマイシン,GM:ゲンタマイシン,AMK:アミカシン,ABK:アルベカシン,TEIC:テイコブラシン,LVFX:レボフロキサシン,MINO:ミノサイクリン,ST:スルファメトキサゾール・トリメトプリム,VCM:バンコマイシン,FOM:ホスホマイシン,CLDM:クリンダマイシン,LZD:リネゾリド.多い6).そして,これらの点眼でも効果がない場合はバンコマイシン(VCM)あるいはアルベカシン(ABK)の注射用薬剤から点眼液,眼軟膏を院内で自家調製して使用するというのが一般的であると思われる.なかでもVCMの自家調製眼軟膏については,MRSA眼感染症,特に角膜潰瘍に対する有用性はこれまでに報告も多くされてはいるが,薬剤安定性や使用したときの刺激性に関しては改善の余地があるとされてきた7,8).今回,この症例に対して使用したバンコマイシン眼軟膏1%Rは,これまで問題となっていた自家調製操作における煩雑性や薬剤の不安定性といった問題点を改善すべあたらしい眼科Vol.29,No.3,2012409 く市販が開始されたものであり,長期間安定で感染病巣部位に有効濃度以上の薬物移行性がある製剤として期待されている9).本症例では,セフェム系点眼,ニューキノロン系抗菌薬の点眼,クロラムフェニコール点眼が結膜炎・角膜潰瘍両者に対してまったく無効であったこと,角膜所見に関しては細胞浸潤が強く認められ早期に角膜穿孔に至っている重症型であったことより,角膜穿孔を認めた時点で前述したバンコマイシン眼軟膏1%Rの投与を選択した.眼軟膏使用開始後,角膜穿孔は速やかに閉鎖しその後,角膜潰瘍部は瘢痕治癒となり,結膜炎も緩徐ではあったが改善を認めた.よって,今回の乳児重症MRSA眼感染症に対してはバンコマイシン眼軟膏1%Rの局所投与が有用であったと考えられる.今後,乳児重症MRSA眼感染症に対する治療としてバンコマイシン眼軟膏1%Rの投与が積極的に選択されると思われるが,細胞毒性や創傷治癒の遅延などを生ずる副作用の可能性や,濫用による新たな耐性菌の誘発がある危険性を十分考慮に入れながら,適正な点眼回数による治療を心がけるべきであろう.また,本症例は,拡張型心筋症や脳性麻痺などの全身疾患を抱えた乳児で,日常生活においては覚醒することなく寝たきりという状態であり,小児科治療中に以前より鼻腔および糞便からMRSAが検出されていることより,今回,MRSA眼感染症を発症した誘因にはこうした背景が強く関与していると考えられる.患児の全身状態を考慮し投薬回数や診察の機会が限定されたとういう点からやむを得ずバンコマイシン眼軟膏1%Rの1日2回使用ではあったが長期間用いたのにもかかわらず,最終的に結膜.からのMRSAの培養検査は陰性に至らなかったのも,全身随所にMRSAを保菌しているからと推測される.このような症例は今後,眼感染症を再発する可能性も高いと思われ,その際には鼻腔を含めた全身への抗菌薬の投与も治療の選択肢の一つであると考えられる.文献1)稲垣香代子,外園千恵,佐野洋一郎ほか:眼科領域におけるMRSA検出動向と臨床経過.あたらしい眼科20:11291132,20032)清水一弘:角膜移植後MRSA感染.あたらしい眼科27:777-778,20103)NomiN,MorishigeN,YamadaNetal:Twocasesofmethicillin-resistantStaphylococcusaureuskeratitisafterEpi-LASIK.JpnJOphthalmol52:440-443,20084)佐藤崇,有田有美子,日比野剛ほか:PTK後にMRSA角膜感染症を認めた1症例.眼臨紀3:298,20105)外園千恵:MRSA角膜感染症.あたらしい眼科19:991.997,20026)西崎暁子,外園千恵,中井義典ほか:眼感染症によるMRSAおよびMRCNSの検出頻度と薬剤感受性.あたらしい眼科23:1461-1463,20067)藤田敦子,外園千恵,稲富勉ほか:重篤なMRSA眼感染症と自家調整バンコマイシン眼軟膏.あたらしい眼科17:93-95,20008)外園千恵,大石正夫,檜垣史郎ほか:MRSA/MRSE眼感染症に対する1%バンコマイシン眼軟膏の効果.感染症学会雑誌84:794,20109)吉川純子:新薬の紹介MRSA/MRSE眼感染症治療薬バンコマイシン塩酸塩眼軟膏.日本病院薬剤師会雑誌46:546547,2010***410あたらしい眼科Vol.29,No.3,2012(122)