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モキシフロキサシン結膜下注射後の前房内薬剤濃度の変化

2013年1月31日 木曜日

《第51回日本白内障学会原著》あたらしい眼科30(1):93.96,2013cモキシフロキサシン結膜下注射後の前房内薬剤濃度の変化松浦一貴*1寺坂祐樹*1井上幸次*2大村菜美*3後藤隆浩*3*1野島病院眼科*2鳥取大学医学部視覚病態学講座*3鳥取大学大学院医学系研究科生体高次機能学部門PharmacokineticsofSubconjunctivallyInjectedMoxifloxacinKazukiMatsuura1),YukiTerasaka1),YoshitsuguInoue2),NamiOhmura3)andTakahiroGotou3)1)DepartmentofOphthalmology,NojimaHospital,2)DivisionofOphthalmologyandVisualScience,FacultyofMedicine,TottoriUniversity,3)DivisionofIntegrativeBioscience,TottoriUniversityGraduateSchoolofMedicalScience目的:白内障術後早期の薬剤投与が重要とされるが,早期点眼を徹底できる施設は限られている.そこで,手術終了時に抗菌薬の結膜下注射を行うことにより,早期より十分な薬剤濃度を安全に達成できる可能性があると考えた.本実験は,モキシフロキサシン(MFLX)の結膜下注射の有効時間の検討を目的とした.方法:白内障手術患者26人36眼にMFLX(原液または2倍希釈)0.2mlを手術1時間前(原液n=5,2倍希釈n=5),3時間前(原液n=6,2倍希釈n=5),5時間前(原液n=5,2倍希釈n=5),6時間前(原液n=5)に結膜下注射した.手術開始時に前房水0.1mlを採取し,高速液体クロマトグラフィーを行った.結果:腸球菌の最小発育阻止濃度:0.5μg/mlに対し,原液では1時間値3.07μg/ml,3時間値1.78μg/ml,5時間値0.53μg/ml,6時間値0.19μg/mlであった.2倍希釈液では3時間値0.54μg/ml,6時間値0.35μg/mlであった.結論:MFLX結膜下注射で約5時間程度は腸球菌に対して有効な抗菌薬濃度が保たれた.Purpose:Toreportthesafetyandeffectofmoxifloxacinsubconjunctivalinjectioninpreventingendophthalmitisaftercataractsurgery.Methods:Atvarioustimepointspresurgery,0.2mlofmoxifloxacin(stocksolutionor2-folddiluted)wassubconjunctivallyinjectedtopatientgroups(1,3,5,or6hpriortocataractsurgery;n=6in3h-stocksolution,5inothergroups).Aftersamplingof0.1mlaqueoushumor,high-performanceliquidchromatographywasconducted.Results:Theconcentrationsaftermoxifloxacinstocksolutioninjectionwere3.07μg/mlat1h,1.78μg/mlat3h,and0.53μg/mlat5h.Thisshowedthatalevelabovethe90%minimuminhibitoryconcentration(MIC90)forEnterococcusfaecalis(0.5μg/ml)canbemaintainedfor5h.Withthe2-folddilutedsolution,however,theconcentrationwas0.54μg/mlat3hand0.35μg/mlat5h.Conclusions:TheMIC90levelforE.faecaliswasmaintainedfor5haftersubconjunctivalinjectionofmoxifloxacinstocksolution.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)30(1):93.96,2013〕Keywords:結膜下注射,モキシフロキサシン,白内障手術,眼内炎,前房水.subconjunctivalinjection,moxifloxacin,cataractsurgery,endophthalmitis,anterioraqueoushumor.はじめに白内障をはじめとする眼手術後の感染予防のための抗菌薬投与法としてはおもに点眼が用いられるが,患者自身が点眼することが多くコンプライアンスによる影響を強く受けることがある.また,手術直後にすでに前房内に10.20%細菌を認めるとの報告もあり1,2),術後早期から有効な薬剤濃度を保つことが重要とされている.ウサギの眼内炎モデルにおいては,術直後もしくは数時間以内に点眼を開始した場合,菌の増殖が抑制され眼内炎所見の悪化を防ぐとの報告がある3).また,術翌日から点眼を開始した場合,当日から開始した場合に比べて眼内炎発症リスクがオッズ比13倍高まるという臨床報告もある4).しかし,白内障術後の抗菌薬は患者自身が点眼することが多く,マンパワーなどの面でも早期から全員に点眼を徹底できる施設は限られている.一方,前房内投与5.7)は高い薬剤濃度を達成できるが,組織障害の懸念や誤投与の危険性8)が指摘されている.そこで,手術終了時に結膜下に抗菌薬を注射すれば,患者のコンプライアンスや施医療者の介助に頼らず,安全に術後早期より感染予防に〔別刷請求先〕松浦一貴:〒683-0854米子市西町36-1鳥取大学医学部視覚病態学講座Reprintrequests:KazukiMatsuura,M.D.,DivisionofOphthalmologyandVisualScience,FacultyofMedicine,TottoriUniversity,36-1Nishimachi,Yonago683-0854,JAPAN0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(93)93 十分な薬剤濃度を長く保てる可能性があると考えられる.そこで,術直後に投与する抗菌薬として注目されているモキシフロキサシン結膜下注射の有効時間の検討を目的として本実験を行った.データの一部はすでに報告している9)が,今回さらに濃度設定を変更して検討を加えた.I方法対象は2011年6月.7月に野島病院にて,通常の超音波白内障手術を受けアクリルレンズを挿入された26人36眼である.本研究は鳥取大学倫理審査委員会の承認を得て施行された.書面によるインフォームド・コンセントを得た後,白内障手術の開始1時間前(原液n=5,2倍希釈n=5),3時間前(原液n=6,2倍希釈n=5),5時間前(原液n=5,2倍希釈n=5),6時間前(原液n=5)にベガモックスR0.5%点眼液(5,000μg/ml)(モキシフロキサシン原液)の原液もしくは2倍希釈の0.2ml結膜下注射を行った.手術の妨げとならないように下方の結膜に注射した.手術開始時に29ゲージ針を用いて経角膜的に前房水0.1mlを採取した.検体は凍結保存し,濃度測定は高速液体クロマトグラフィーを用いた.検体は凍結保存し,高速液体クロマトグラフィーにて励起波長(Ex:290nm),蛍光波長(Em:470nm)における蛍光強度を測定した.対数曲線を用い,腸球菌の90%最小発育阻止濃度(MIC90:0.5μg/ml)を上回る時点までを効果持続時間と考えた.II結果原液を使用した実験の1時間値.5時間値(0.53μg/ml)までは腸球菌のMIC90(0.5μg/ml)を超えていたが,6時間値0.19μg/mlでは下回っていた.5時間まではMIC90を維a.原液5持できると想定された(図1a).2倍希釈を使用した実験の1時間値.3時間値(0.53μg/ml)までは腸球菌のMIC90を超えていたが,5時間値0.35μg/mlでは下回っていた(図1b).III考察モキシフロキサシンは前房移行もよく,抗菌スペクトルも広いため,感染予防に対して現在選択可能な最も理想的な点眼液の一つといえる.福田ら10)は,ウサギ点眼でのモキシフロキサシンの前房内最高濃度が9.04μg/mlと高く,点眼後4時間以上にわたって有効濃度が保たれたことを示しているが,当然ながらこれは実験的環境下でのデータである.手術終了時のような浮腫,炎症,出血や流涙などが亢進している環境下では,1滴の点眼が十分に結膜.に留まり,実際に有効な前房内濃度を実験的環境下と同様に保てない可能性がある.さらに,白内障手術の対象となる患者は当然ながら高齢者が多く患者自身での点眼指導を徹底することはむずかしく,患者自身あるいは感染に対する知識の浅い医療従事者による早期点眼はかえって新たなリスクとなりかねない.近年,注目され始めているモキシフロキサシンをはじめとする抗菌薬の前房内注入は,術直後に十分な薬液濃度を確実に達成することができる.しかし,高濃度の薬液を注入する5.7)ことに抵抗を感じる術者が多く,わが国では一般的に普及するには至っていないのが現状である.なぜなら,網膜や角膜毒性および誤投与の可能性8)や無菌性の眼内炎ToxicAnteriorSegmentSyndrome(TASS)の発症リスクも懸念されているからである11).一方で,白内障術後の結膜下注射は古くから行われており,英国では77%12),米国では16%13)の術者が何らかの結b.2倍希釈5y=-1.60Ln(x)+3.19モキシフロキサシン濃度(μg/ml)y=-0.56Ln(x)+1.20腸球菌腸球菌MIC90MIC900001234560123456房水採取時間(h)房水採取時間(h)図1モキシフロキサシン濃度の時間経過原液では腸球菌のMIC90(0.5μg/ml)に対して5時間値は超えていた(a)が,6時間値は下回っていた.2倍希釈では5時間値で最小発育阻止濃度以下となった(b).44モキシフロキサシン濃度(μg/ml)33221194あたらしい眼科Vol.30,No.1,2013(94) 膜下注射を行っている.筆者らは,手術終了時に結膜下に抗菌薬を注射すれば患者のコンプライアンスに頼らず術後早期の感染予防に十分な薬剤濃度を安全に長く保てる可能性があると考え,モキシフロキサシンでの手術終了時の1回の注射が,1)最低有効濃度を何時間保つことができるか,2)有効性,安全性の評価のため最高濃度がどの程度まで上昇するかを検討することを目的とした.1.有効時間の検討原液を用いた場合,約6時間まで腸球菌のMIC90を上回った(図1a).2倍希釈を用いた場合,3時間値までは腸球菌のMIC90を上回ったが,6時間では下回っていた(図1b).眼内濃度が上がりすぎることを恐れて2倍以上に希釈したり,あるいはステロイド薬や他の抗菌薬との混注をする術者もいるようだが,濃度の観点からは原液での注射が理想的であると考えられる.2.薬効,安全性の評価(最高濃度)原液の1時間値の平均濃度は3.07μg/mlであり,最高値でも4.40μg/mlであった(図1a).報告によって若干の差はあるものの,頻回の点眼でも得られる前房濃度はおおよそ2μg/mlになるといわれており14),筆者らの結膜下注射での濃度は頻回点眼よりやや高濃度であったといえる.結膜下注射は,あくまで眼球外への投与であるため実際の前房内への吸収には個人差,条件による差があると思われ,1時間値では約1.3μg/mlから約4.4μg/mlとばらつきがあった(図1a).近年,キノロンに対する耐性化が進んでおり,MIC90が32μg/mlに達するコアグラーゼ陰性ブドウ球菌(CNS)も報告されている15).前房内投与ではこのような高度耐性菌においても著しく高い薬液濃度を実現できるため,かなりの起因菌をカバーすることができる.しかし,前房内注入には希釈時,取り分け時,注入時の量や濃度の間違いや汚染の可能性を懸念する術者も多く16),まだ一般化するには至っていない.一方,結膜下注射は原液をそのまま注入するため希釈などの間違いや汚染のリスクが少ないと考えられる.結膜下注射は抗菌力,眼内炎予防の観点からすれば多少薬効では劣るものの,安全に相応の効果を期待でき,かつ誰でも容易に行える選択肢であると考える.結膜下注射に用いる薬剤としては,ゲンタマイシン,セフロキシムの有効性17,18)およびその薬剤動態19,20)の報告があり,わが国でもゲンタマイシンが一般的に用いられているようである.しかし,重要な眼内炎の起因菌である腸球菌に対してゲンタマイシンは感受性が低く,セフロキシムは感受性をもっていない.また,ゲンタマイシンには組織障害21),セフロキシムにはアナフィラキシー22)の報告もある.これらのことより,幅広い抗菌スペクトルをもち,重篤な合併症の報告されていないモキシフロキサシンは,結膜下注射に適し(95)た薬剤と考えられる.手術終了時にモキシフロキサシンを結膜下注射すれば,術者自身によって確実に術後早期の前房内薬液濃度を保ち,感染リスクを軽減することができる.しかし,高度耐性菌などへの効果を期待する場合には,安全性の問題などを考慮したうえで前房内投与も検討する必要があると考える.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)JohnT,SimsM,HoffmanC:Intraocularbacterialcontaminationduringsutureless,smallincision,single-portphacoemulsification.JCataractSurg26:1786-1792,20002)TervoT,LjungbergP,KautiainenTetal:Prospectiveevaluationofexternalocularmicrobialgrowthandaqueoushumorcontaminationduringcataractsurgery.JCataractRefractSurg25:65-71,19993)WadaT,KozaiS,TajikaTetal:Prophylaticefficacyofophthalmicquinolonesinexperimentalendophthalmitisinrabbits.JOculPharmacolTher24:278-289,20084)WallinT,ParkerJ,JinYetal:Cohortstudyof27casesofendophthalmitisatasingleinstitution.JCataractRefractSurg31:735-741,20055)RamonCG,EspirituCR,CaparasVLetal:Safetyofprophylacticintracameralmoxifloxacin0.5%ophthalmicsolutionincataractpatients.JCataractRefractSurg33:63-68,20076)EndophalmitisSurgeryGroup,EuropeanSocietyofCataract&RefractiveSurgeons:Prophylaxisofpostoperativeendophalmitisfollowingcataractsurgery:ResultoftheESCRSmulticenterstudyandidentificationofriskfactors.JCataractRefractSurg33:978-988,20077)KimSY,ParkYH,LeeYC:Comparisonoftheeffectofintracameralmoxifloxacinandcefazolinonrabbitcornealendotherialcells.ClinExperimentOphthalmol36:367370,20088)LockingtonD,FlowersH,YoungDetal:Assessingtheaccuracyofintracameralantibioticpreparationforuseincataractsurgery.JCataractSurg36:286-289,20109)MatsuuraK:Pharmacokineticsofsubconjunctivalinjectionofmoxifloxacininhumans.GraefesArchOphthalmol:Epubaheadofprint,201210)福田正道,佐々木洋,大橋裕一:モキシフロキサシン点眼薬の家兎眼内移行動態─房水内最高濃度(AQCmax)の測定─.あたらしい眼科23:1353-1357,200611)MamalisN,EdeihauserHF,DawsonDGetal:Toxicanteriorsegmentsyndrome.JCataractRefractSurg32:324-333,200612)Gordon-BennettP,KarasA,FlanaganDetal:AsurveyofmeasuresusedforthepreventionofpostoperativeendophthalmitisaftercataractsurgeryintheUnitedKingdom.Eye15:620-627,200813)ChangDF,Braga-MeleR,MamalisNetalfortheASCRSあたらしい眼科Vol.30,No.1,201395 CataractClinicalCommittee:Prophylaxisofpostoperativeendophthalmitisaftercataractsurgery.Resultsofthe2007ASCRSmembersurvey.JCataractRefractSurg33:1801-1805,200714)HariprasadSM,BlinderKJ,ShahGKetal:Penetrationpharmacokineticsoftopicallyadministered0.5%moxifloxacinophthalmicsolutioninhumanaqueousandvitreous.ArchOphthalmol123:39-44,200515)MillerD,FlynnPM,ScottIUetal:Invitrofluoroquinoloneresistanceinstaphylococcalendophthalmitisisolates.ArchOphthalmol124:479-483,200616)DelyferMN,RougierMB,LeoniSetal:Oculartoxicityafterintracameralinjectionofveryhighdosesofcefuroximeduringcataractsurgery.JCataractRefractSurg37:271-278,201117)MontanPG,KoranyiG,SetterquistHEetal:Endophthalmitisaftercataractsurgery:riskfactorsrelatingtotechniqueandeventsoftheoperationandpatienthistory:aretrospectivecase-controlstudy.Ophthalmology105:2171-2177,199818)LehmannOJ,RobertsCJ,IkramKetal:Associationbetweennonadministrationofsubconjunctivalcefuroximeandpostoperativeendophthalmitis.JCataractRefractSurg23:889-893,199719)JainMR,GoyalM,JainV:Ocularpenetrationofsubconjunctivallyinjectedgentamicin,sisomicinandcephaloridine.JpnJOphthalmol32:392-400,198820)JenkinsCD,TuftSJ,SheraidahGetal:Comparativeintraocularpenetrationoftopicalandinjectedcefuroxime.BrJOphthalmol80:685-688,199621)JenkinsCD,McDonnellPJ,SpaltonDJ:Randomisedsingleblindtrialtocomparethetoxicityofsubconjunctivalgentamicinandcefuroximeincataractsurgery.BrJOphthalmol74:734-738,199022)VilladaJR,VicenteU,JavaloyJetal:Severeanaphylacticreactionafterintracameralantibioticadministrationduringcataractsurgery.JCataractRefractSurg31:620621,2005***96あたらしい眼科Vol.30,No.1,2013(96)

白内障術後のモキシフロキサシン結膜下注射の安全性と有効性―モキシフロキサシン結膜下注射後の前房内薬剤濃度の変化

2012年1月31日 火曜日

0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(99)99《第50回日本白内障学会原著》あたらしい眼科29(1):99?102,2012cはじめに白内障をはじめとする眼手術後の感染予防のための抗菌薬投与法としてはおもに点眼が用いられるが,患者自身が点眼することが多くコンプライアンスによる影響を強く受ける.また,手術直後にすでに前房内に10?20%細菌を認める1,2)とされており,術後早期から有効な薬剤濃度を保つことが重要とされる3,4)が,マンパワーなどの面でも早期から全員に点眼を徹底できる施設は限られている.一方,前房内投与5?7)は高い薬剤濃度を達成できるが,持続時間や誤投与の問題8)がある.手術終了時の抗菌薬の結膜下注射ならば患者のコン〔別刷請求先〕松浦一貴:〒683-0854米子市西町36-1鳥取大学医学部視覚病態学講座Reprintrequests:KazukiMatsuura,M.D.,DivisionofOphthalmologyandVisualScience,FacultyofMedicine,TottoriUniversity,36-1Nishimachi,Yonago,Tottori683-0854,JAPAN白内障術後のモキシフロキサシン結膜下注射の安全性と有効性―モキシフロキサシン結膜下注射後の前房内薬剤濃度の変化松浦一貴*1魚谷竜*1井上幸次*2*1野島病院眼科*2鳥取大学医学部視覚病態学講座SafetyandEffectofMoxifloxacinSubconjunctivalInjectionforPreventingEndophthalmitisafterCataractSurgeryKazukiMatsuura1),RyuUotani1)andYoshitsuguInoue2)1)DepartmentofOphthalmology,NojimaHospital,2)DivisionofOphthalmologyandVisualScience,FacultyofMedicine,TottoriUniversity白内障術後早期から抗菌薬点眼を徹底できる施設は限られている.前房内投与には持続時間や誤投与の問題がある.白内障術後眼内炎予防目的にてモキシフロキサシン結膜下注射後の前房内濃度を測定し安全性,有効性を検討した.家兎結膜下に原液,2倍,4倍モキシフロキサシン0.3mlを注射し,30分,3時間,6時間後に前房水採取した.濃度測定は高速液体クロマトグラフィーを用いた.また,結膜の薬液によるふくらみをスコア化しヒトでのスコアと比較した.原液,2倍では腸球菌の最小発育阻止濃度(0.5μg/ml)に対し3時間値は超えていたが,6時間値は下回っていた.4?5時間までは最小発育阻止濃度を維持できると想定された.結膜のふくらみは家兎では3時間で消失していたが,ヒトでは6時間でも保たれていた.結膜スコアを考慮すれば,ヒトでは結膜下から眼内への薬液補充が行われ,結膜下注射によって有効な抗菌薬濃度を長時間保てる可能性がある.Wereportthesafetyandeffectofmoxifloxacin(MFLX)subconjunctivalinjectionforpreventingendophthalmitisaftercataractsurgery.Following0.3mlMFLXinjectiontothesubconjunctivaof36rabbits,anterioraqueoushumorwasobtainedat30minutes,3hoursand6hoursafterinjectionandexaminedwithhighperformanceliquidchromatography.WecomparedtheconditionofremainingsubconjuntivalMFLXintheanimalstothatinclinicalpatients,usingscoringindex.TheconcentrationintheanterioraqueoushumorwasfoundtoexceedtheminimuminhibitoryconcentrationofEnterococcusfaecalis(0.5g/ml)until4-5hoursafterinjection.Thescoringindexoftheclinicalpatientwasmuchlongerthanthatoftheanimals.ThesubconjunctivalinjectionofMFLXispresumedtobesafeandeffectiveinrabbituntil4-5hoursafterinjection.Theeffectofsubconjunctivalinjectioncanlastlongerinclinicalpatientsthaninanimals.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)29(1):99?102,2012〕Keywords:モキシフロキサシン,結膜下注射,眼内炎,白内障手術,前房水.moxifloxacin,subconjunctivalinjection,endophthalmitis,cataractsurgery,anterioraqueoushumor.100あたらしい眼科Vol.29,No.1,2012(100)プライアンスや施設の性質に頼らず安全に術後早期より感染予防に十分な薬剤濃度を長く保てる可能性がある.抗菌薬の結膜下注射は従来から行われているが眼内の薬液動態に関する報告は少ない.そこで,モキシフロキサシン1回の結膜下注射の有効時間と安全性の検討を目的として実験を行った.I方法ペントバルビタール静脈内および腹腔内投与によって麻酔した家兎の結膜下にモキシフロキサシン0.3mlを注射した.結膜下注射する薬液は原液,2倍希釈,4倍希釈の3つの濃度を用いた.結膜下注射後30分,3時間,6時間後に29ゲージ針を用いて経角膜的に前房水0.1mlを採取した.検体は凍結保存し,高速液体クロマトグラフィーにて励起波長(Ex:290nm),蛍光波長(Em:470nm)における蛍光強度を測定した.対数曲線を用い腸球菌の最小発育阻止濃度(0.5μg/ml)を上回る時点までを有効時間と考えた.また,結膜の薬液によるふくらみの状態をスコア化し,ヒトでのスコアと比較した.ヒトでは通常の白内障手術予定患者の術前または術直後にモキシフロキサシンを結膜下注射しその時間経過を観察した.スコア値の定義は薬液によるふくらみが明らかあるいは十分に大きいものを2点,ある程度のふくらみが確認可能なもの1点,ふくらみがないとは言い切れないもの0.5点,ふくらみのないもの0点とした(図1a,b).II結果原液,2倍希釈では腸球菌の最小発育阻止濃度(0.5μg/ml)に対して3時間値は超えていたが,6時間値は下回っていた.4?5時間までは最小発育阻止濃度を維持できると想定される(図2a,b).4倍希釈では3時間値で最小発育阻止濃度程度となった(図2c).ヒトでの結膜スコアは6時間でも1.09点であったが,家兎では3時間で0.41点,6時間では確認不能であった(図3).III考按モキシフロキサシンは,AQCmax(房水内最高濃度値)も高く,抗菌スペクトルも広いため感染予防に対して現在選択可能な最も理想的な点眼液の一つといえる.福田ら9)は,モキシフロキサシンのAQCmaxが9.04μg/mlと高く,点眼後4時間以上にわたって有効濃度が保たれたことを示しているが,これは理想的な環境でのデータである.手術終了時のような浮腫,炎症,出血や流涙などが亢進している環境下で,1滴の点眼が十分に結膜?に留まり実際に有効な前房内濃度を実験的環境下と同様に保てる保証はない.さらに,白内障手術の対象となる患者は高齢者が多く患者自身での点眼指導を徹底することはむずかしい.患者自身あるいは感染に対する知識の浅い医療従事者による早期点眼はかえって新たなリスクとなりかねない.近年,注目されているモキシフロキサシンをはじめとする抗菌薬の前房内注入は,術者自身によっa:ヒトb:家兎2点1点0.5点0点図1スコア値の定義2点:薬液によるふくらみが明らかあるいは十分に大きいもの.1点:ある程度のふくらみが確認可能なもの.0.5点:ふくらみがないとは言い切れないもの.0点:ふくらみのないもの.(101)あたらしい眼科Vol.29,No.1,2012101て術直後に十分な薬液濃度を確実に達成することができる.しかし,結膜?や結膜下に薬液がまったく投与されていないことから,注入直後が最高濃度になり速やかに代謝され作用時間は短いのかもしれない.家兎の前房内投与で4時間以上有効濃度を上回ったとの報告があるが,最初の濃度が750μg/mlとかなりの高濃度である(OwenG,Berna-PerezLF,BrooksAC:Theoculardistributionandkineticsofmoxifloxacinfollowingprophylacticdosingregimensandanintracameralinjectioninrabbits.学会抄録.TheMicrobiologyandImmunologyGroupMeeting,AmericanAcademyofOphthalmology,NewOrleans,Louisiana,USA,November2007).また,前房内投与では高濃度(原液,10倍希釈)を少量(0.1ml)注入する5?7)ため,誤投与の可能性8)や非感染性の物質が前房内に注入されたときに生じる無菌性の眼内炎ToxicAnteriorSegmentSyndrome(TASS)の発症リスクも懸念される10).筆者らは,結膜下注射された薬剤が数時間にわたって結膜下にとどまって作用することを経験的に知っている.そこで,手術終了時に抗菌薬を結膜下注射すれば患者のコンプライアンスに頼らず術後早期の感染予防に十分な薬剤濃度を安全に長く保てる可能性があると考えた.本実験では,手術終了時の1回の注射が1)最低有効濃度を何時間保つことができるか,2)薬効,安全性の評価のため最高濃度がどの程度まで上昇するかを検討することを目的とした.1.有効時間の検討原液,2倍希釈を用いた場合,約4?5時間まで最小発育阻止濃度を上回るとみられる(図2a).希釈倍率を変えても最高濃度の差はあるものの有効時間の差はそれほどでもなかった.これは長時間にわたる結膜下から眼内への薬液の補充(リザーバー効果)によるものと思われる.結膜のふくらみは家兎では3時間で消失していたが,ヒトでは6時間でも十分に保たれていた.ヒトと家兎の前房内濃度を単純比較できないが,結膜のふくらみの残留状態を考慮すれば,ヒトでは6時間を超えて結膜下からの薬液の補充が行われ,単回の結膜下注射によって十分な抗菌薬濃度を長く保てる可能性がある.2.薬効,安全性の評価(最高濃度)原液の30分値の平均は12.16μg/mlであり,最高値でも024681012012345678房水採取時間(h)モキシフロキサシン(μg/ml)a:原液y=-4.96Ln(x)+8.53モキシフロキサシン(μg/ml)00.511.522.533.544.5012345678房水採取時間(h)b:2倍希釈y=-1.81Ln(x)+3.36モキシフロキサシン(μg/ml)00.511.522.533.544.5012345678房水採取時間(h)c:4倍希釈y=-1.12Ln(x)+1.98図2モキシフロキサシン濃度の時間経過原液,2倍希釈では腸球菌の最小発育阻止濃度MIC90(0.5μg/ml)に対して3時間値は超えていた(a,b)が,6時間値は下回っていた.4倍希釈では3時間値で最小発育阻止濃度以下となった(c).n=55111111n=111200.51.01.52.00.5h2h3h4h5h6h:ヒト:家兎結膜スコア結膜下注射後時間図3結膜下の薬液スコアヒトでの結膜スコアは6時間でも1.09点であったが,家兎では3時間で0.42点,6時間では確認不能であった.102あたらしい眼科Vol.29,No.1,2012(102)20.10μg/mlであった.福田ら9)は15分ごと3回点眼後30分で最高値10.16μg/mlであったとしている.ベガモックスR0.5%点眼液(モキシフロキサシン5,000μg/ml)を前房内に0.1ml注入した場合,前房内で5?10倍希釈されたとして1,000?500μg/mlというかなりの高濃度になるが,この濃度でも安全であったとされている.また10倍希釈を0.1ml注入する報告もあるが,その場合の前房内濃度は100?50μg/mlと想定される.これでもまだ高濃度すぎる印象をぬぐえない5?7).筆者らの結膜下注射の値は種差こそあるもののおおむね頻回点眼と同等であり,十分安全かつ有効であるといえる.抗菌薬を結膜下注射すれば結膜がリザーバーとなり眼内の薬液が代謝,消失しても結膜下から逐次薬液が補充され長時間にわたり高濃度の前房内濃度が維持されるであろうと予想した.早期(30分)での濃度は,頻回点眼と同等もしくはやや高濃度であり,安全かつ有効なレベルといえる.薬液の消失時間が4?5時間程度とさほど長くないことは意外なことであったが,種差による影響が大きいと考える.仮にヒトでの最高濃度が家兎の数倍まで上昇するとしても,過去の前房内注入の報告を考慮すれば危険濃度とは考えられない.今後は,モキシフロキサシン結膜下注射をヒトに応用しその結果を検討したい.文献1)JohnT,SimsM,HoffmanC:Intraocularbacterialcontaminationduringsutureless,smallincision,single-portphacoemulsification.JCataractSurg26:1786-1792,20002)TervoT,LjungbergP,KautiainenTetal:Prospectiveevaluationofexternalocularmicrobialgrowthandaqueoushumorcontaminationduringcataractsurgery.JCataractRefractSurg25:65-71,19993)WadaT,KozaiS,TajikaTetal:Prophylaticefficacyofophthalmicquinolonesinexperimentalendophthalmitisinrabbits.JOculPharmacolTher24:278-289,20084)WallinT,ParkerJ,JinYetal:Cohortstudyof27casesofendophthalmitisatasingleinstitution.JCataractRefractSurg31:735-741,20055)RamonCG,EspirituCR,CaparasVLetal:Safetyofprophylacticintracameralmoxifloxacin0.5%ophthalmicsolutionincataractpatients.JCataractRefractSurg33:63-68,20076)EndophthalmitisSurgeryGroup,EuropeanSocietyofCataract&RefractiveSurgeons:Prophylaxisofpostoperativeendophthalmitisfollowingcataractsurgery:ResultoftheESCRSmulticenterstudyandidentificationofriskfactors.JCataractRefractSurg33:978-988,20077)KimSY,ParkYH,LeeYC:Comparisonoftheeffectofintracameralmoxifloxacinandcefazolinonrabbitcornealendothelialcells.ClinExperimentOphthalmol36:367-370,20088)LockingtonD,FlowersH,YoungDetal:Assessingtheaccuracyofintracameralantibioticpreparationforuseincataractsurgery.JCataractSurg36:286-289,20109)福田正道,佐々木洋,大橋裕一:モキシフロキサシン点眼薬の家兎眼内移行動態─房水内最高濃度値(AQCmax)の測定─.あたらしい眼科23:1353-1357,200610)MamalisN,EdeihauserHF,DawsonDGetal:Toxicanteriorsegmentsyndrome.JCataractRefractSurg32:324-333,2006***

レボフロキサシンの薬剤感受性結果とガチフロキサシン・モキシフロキサシン・セフメノキシムの感受性相関

2011年7月31日 日曜日

0910-1810/11/\100/頁/JCOPY(121)1025《原著》あたらしい眼科28(7):1025?1028,2011cはじめに眼感染症治療薬として,抗菌スペクトルの広さからキノロン系点眼薬がエンピリック・セラピーとして用いられることが多く1~4),なかでもレボフロキサシン(LVFX)は安全性と組織移行性より第一選択薬として汎用されている.しかし,起因菌が確認されず,薬剤感受性試験の結果も判明していない状態での「とりあえずキノロン」といった安易な抗菌薬濫用は,耐性菌の誘導を招き,治療失敗となる原因の一つである.LVFXなどのキノロン薬耐性化に伴い3,5),より抗菌力の強いキノロン薬としてガチフロキサシンン(GFLX)やモキシフロキサシン(MFLX)が開発され2,5),キノロン系点眼薬の選択肢は増加した.その結果,抗菌力の強さに期待し,LVFXに耐性であった場合の第二選択薬としてGFLXやMFLXが選択されることもあり,最新のサンフォード感染〔別刷請求先〕木村圭吾:〒565-0871吹田市山田丘2-15大阪大学医学部附属病院臨床検査部Reprintrequests:KeigoKimura,LaboratoryforClinicalInvestigation,OsakaUniversityHospital,2-15Yamadaoka,Suita-city,Osaka565-0871,JAPANレボフロキサシンの薬剤感受性結果とガチフロキサシン・モキシフロキサシン・セフメノキシムの感受性相関木村圭吾*1西功*1豊川真弘*1砂田淳子*1上田安希子*1坂田友美*1井上依子*1浅利誠志*1,2*1大阪大学医学部附属病院臨床検査部*2同感染制御部SusceptibilityTestingofLevofloxacinandItsCorrelationtoGatifloxacin,MoxifloxacinandCefmenoximeKeigoKimura1),IsaoNishi1),MasahiroToyokawa1),AtsukoSunada1),AkikoUeda1),TomomiSakata1),YorikoInoue1)andSeishiAsari1,2)1)DivisionofClinicalMicrobiology,2)InfectionControlTeam,OsakaUniversityMedicalHospital眼科材料由来(61株)および他の臨床材料由来(19株)の計80株に対してレボフロキサシン(LVFX),ガチフロキサシン(GFLX),モキシフロキサシン(MFLX),セフメノキシム(CMX)の薬剤感受性を測定し,特にキノロン系抗菌薬3剤の相関関係を検討した.キノロン3剤の感受性結果は73株(91.3%)が一致し,LVFXが中等度耐性もしくは耐性を示した株(34株)のうちGFLX・MFLXの少なくとも1剤がLVFXに比し良好な感受性を示した株は6株(17.6%)であった.一方CMXに対しては,methicillin-susceptibleStaphylococcusspp.,Streptococcusspp.,Corynebacteriumspp.の90%以上が感受性を示した.したがってLVFX耐性時のGFLX・MFLXの安易な使用は避けるべきであり,上記細菌群に対してはむしろCMXが推奨された.Wecarriedoutsusceptibilitytestingoflevofloxacin(LVFX),gatifloxacin(GFLX),moxifloxacin(MFLX)andcefmenoxime(CMX)against61strainsfromocularclinicalisolatesand19strainsfromotherclinicalspecimens.Thecorrelationsbetweenthethreequinoloneantibioticswerealsostudied.Ofthe80strainsintotal,73strains(91.3%)exhibitedcommonresultsregardingthethreequinolones.Sixoutof34strainsshowedthatGFLXand/orMFLXweremorepotentthanLVFX,whichwasinterpretedasintermediatesusceptibilityorresistancetoLVFX.Ontheotherhand,over90%ofthemethicillin-susceptibleStaphylococcusspp.,Streptococcusspp.andCorynebacteriumspp.strainsweresusceptibletoCMX.CMXwasthereforerecommended,ratherthanthethreequinolones,againstthesestrains.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)28(7):1025?1028,2011〕Keywords:レボフロキサシン,ガチフロキサシン,モキシフロキサシン,セフメノキシム,キノロン系抗菌薬.levofloxacin,gatifloxacin,moxifloxacin,cefmenoxime,quinolone.1026あたらしい眼科Vol.28,No.7,2011(122)症治療ガイド6)では,急性の細菌性角膜炎に対しては両薬剤が第一・第二選択薬として推奨されているが,はたして,LVFX治療無効後のGFLX・MFLXの使用は真に適切であるといえるであろうか.今回筆者らは,LVFX耐性時のGFLX・MFLXの有効性を検証し,「実際に,GFLX・MFLXの2剤は使用可能なのか」という眼科医の疑問に回答するため,眼科材料由来の検出菌株を中心にLVFX・GFLX・MFLXの3剤およびセフェム系唯一の点眼薬であるセフメノキシム(CMX)の薬剤感受性を比較検討した.特にキノロン系点眼薬の3剤の使用方法に関して一つの提言をしたい.I対象および方法1.検査対象菌株2003年に実施された感染性角膜炎全国サーベイランス7)にて収集された分離菌および当院で検出された眼科材料由来の検出菌より,methicillin-resistantStaphylococcusaureus(MRSA)を8株,methicillin-susceptibleStaphylococcusaureus(MSSA)を4株,methicillin-resistantStaphylococcusepidermidis(MRSE)を6株,methicillin-susceptibleStaphylococcusepidermidis(MSSE)を7株,Pseudomonasaeruginosa(P.aerugonosa)を7株,Streptococcuspneumoniae(S.pneumoniae)を9株,S.peumoniaeを除くStreptococcusspp.を10株,Corynebacteriumspp.を10株使用した.さらに当検査室保存株より血液由来株15株(MRSA:2株,MSSA:6株,MRSE:4株,MSSE:3株),髄液由来株1株(S.pneumoniae),およびキノロン耐性のP.aeruginosaとしてmultidrugresistantP.aeruginosa(MDRP)を3株加え,合計80株を検査対象菌株とした.また,精度管理株はStaphylococcusaureusATCC25,923株,P.aeruginosaATCC27,853株,EscherichiacoliATCC25,922株を用いた.2.試験薬剤LVFX,GFLX,MFLXおよびCMXの4薬剤を使用した.3.薬剤感受性試験方法センシ・ディスクTM(BD)を用いたKirby-Bauer法にて感受性試験を実施した.試験用培地は,Staphylococcusspp.およびP.aeruginosaに対してはMuellerHintonAgar(BD)を,一方S.pneumoniae,Streptococcusspp.およびCorynebacteriumspp.に対してはMuellerHintonAgarwith5%SheepBlood(BD)を使用した.各薬剤の感受性判定は,センシ・ディスクTMの添付文書(判定表)に従い判定した.判定基準の記載のないP.aeruginosa,Streptococcusspp.に対するMFLXの感受性結果,およびCorynebacteriumspp.に対する4剤の感受性結果は,すべてS.pneumoniaeの判定基準を用いて判定を行った.II結果1.キノロン3剤(LVFX・GFLX・MFLX)の感受性相関(表1)全80株のうち73株(91.3%)がキノロン3剤の感受性結果(感受性:S,中等度耐性:I,耐性:R)が一致した.MRSAは,10株すべてがキノロン3剤にRを示した.MSSAは1株(No.15)のみLVFX:Rであり,その株はMRSA同様3剤ともRであった.残り9株はキノロン3剤がすべてSで一致した.MRSEは,今回検証した菌株のうちキノロン3剤の感受性結果に最も差が生じた細菌群であり,3株(No.22,23,28)においてLVFXに比しGFLXまたはMFLXが有効である結果が得られた.この3株の感受性結果はLVFX/GFLX/MFLXの順にR/I/I,I/S/S,R/R/Iであった.一方,他の3株(No.27,29,30)はキノロン3剤ともRで一致,1株(No.21)はIで一致,残り3株はSで一致した.MSSEは,3剤の感受性結果に差が生じた株は存在せず,3株(No.33,34,38)はRで一致,1株(No.32)はIで一致,残り6株はSで一致した.P.aeruginosaは,LVFXおよびGFLXがI,MFLXがRという他菌種とは異なる結果を示した株(No.46)が1株確認された.MDRP(No.48,49,50)については3株すべてキノロン3剤に耐性を示し,GFLXおよびMFLXの有効性は示されず,残り6株はSで一致した.Streptococcusspp.は3株(No.51,59,60)がキノロン3剤ともRで一致,残り7株はSで一致した.S.pneumoniaeは1株(No.62)のみLVFX:Rであり,この株はGFLX:R,MFLX:Iであった.残り9株はSで一致した.Corynebacteriumspp.は,キノロン3剤の感受性結果に差が生じた株が2株(No.71,72)確認され,この2株の感受性結果はLVFX/GFLX/MFLXの順にI/S/S,R/R/Iであった.一方,他の2株(No.73,79)はRで一致,残り6株はSで一致した.2.CMXの感受性結果(表1)CMXは,MRSA,MRSE,P.aeruginosaを除く細菌群50株のうち49株(98%)において感受性を示した.III考察キノロン系点眼薬は,眼感染症治療や術前後の感染予防に広く使用されている.オフロキサシンなどのolderfluoroquinolonesとよばれるキノロン系抗菌薬の耐性化が問題視された後,LVFX,GFLXそしてMFLXが開発され点眼薬として承認されてきた経緯がある.なかでも特にLVFXは使用頻度が高いが,MRSAに対しては感受性率0%,コアグラーゼ陰性ブドウ球菌に対しては感受性率10%との報告1,2)も存在し,その使用には注意が必要であり,感受性試験実施の重要性が指摘されている.(123)あたらしい眼科Vol.28,No.7,20111027今回筆者らは,LVFX:Rのとき,GFLXやMFLXをその代替薬として使用できるかを確認するため,各菌種に対する薬剤感受性試験を実施した.LVFXがIもしくはRを示した株(34株)のうち,GFLXおよびMFLXのうち少なくとも1剤がLVFXに比し良好な感受性を示した株は6株(17.6%)であった.今回は最小発育阻止濃度(MIC)を測定していないため,各キノロン薬の詳細なMIC値による優劣比較は困難であるが,少なくともGFLXおよびMFLXはLVFXに比し特にグラム陽性菌に対して有意に抗菌力が強いとの多くの報告1,2,5,8)とは異なる結果であり,LVFX耐性時のGFLXおよびMFLXの使用を推奨できる結果ではなかった.グラム陰性菌に対するGFLX・MFLXの抗菌力は,グラム陽性菌の場合と同様,LVFXと同等であり,特にこの2剤が優れているという結果は得られなかった.グラム陰性菌に対し,キノロン3剤の間に優劣は認められなかったという筆者らの報告は,Matherら1),Kowalskiら2)の報告と一致する.キノロン系抗菌薬は,DNA複製に関与するDNAジャイレースとトポイソメラーゼⅣを阻害することにより作用する.したがって,細菌がキノロン耐性を獲得するためには,細菌DNAのキノロン耐性決定領域に存在するDNAジャイレースのサブユニットA遺伝子(gyrA)およびトポイソメラーゼⅣのサブユニットC遺伝子(parC)に変異が加わる必要があるといわれている.細菌がGFLX・MFLXに耐性となるためには,gyrAおよびparC両者の同時変異が必要であるため,LVFXに比し耐性は獲得しにくく,感受性の低下も少ないと考えられている2,4,8,9).しかし,今回の検討では,LVFX:Rの株(29株)のうち25株(86.2%)が他2剤のキノロンも同様にRであった.これは,薬剤間の交差耐性機構などによりすでに両遺伝子に変異を有している株が多く存在している可能性が高いことを強く示唆しているため,LVFX:Rの株に対して安易にGFLXやMFLXを使用すべきではないとの結論となる.通常の薬剤感受性検査では,多種類の抗菌薬を同時に測定するため代表薬剤であるLVFX以外のキノロン系薬剤を複数同時に測定することはルーチン検査ではきわめて煩雑である.このため臨床からは,「LVFX:Rのとき,GFLXやMFLXは使用可能なのか.その2剤の感受性試験も追加で実施してほしい」との問い合わせが多く,今回の検討はそのような検査依頼に応えるため実施したものである.GFLXお表1LVFX,GFLX,MFLX,CMXの感受性結果一覧MRSAMSSAMRSEMSSENo.LVFXGFLXMFLXCMXNo.LVFXGFLXMFLXCMXNo.LVFXGFLXMFLXCMXNo.LVFXGFLXMFLXCMX1RRRR11SSSS21IIIR31SSSS2RRRR12SSSS22RIIR32IIIS3RRRR13SSSS23ISSR33RRRS4RRRR14SSSS24SSSR34RRRS5RRRR15RRRS25SSSR35SSSS6RRRR16SSSS26SSSR36SSSS7RRRR17SSSS27RRRR37SSSS8RRRR18SSSS28RRIR38RRRS9RRRR19SSSS29RRRR39SSSS10RRRR20SSSS30RRRR40SSSSP.aeruginosaStreptococcusspp.(S.pneumoniaeを除く)S.pneumoniaeCorynebacteriumspp.No.LVFXGFLXMFLXCMXNo.LVFXGFLXMFLXCMXNo.LVFXGFLXMFLXCMXNo.LVFXGFLXMFLXCMX41SSSI51RRRS61SSSS71ISSS42SSSI52SSSS62RRIS72RRIS43SSSI53SSSS63SSSS73RRRS44SSSI54SSSS64SSSS74SSSS45SSSI55SSSS65SSSS75SSSS46IIRR56SSSS66SSSS76SSSS47SSSI57SSSS67SSSS77SSSS48RRRR58SSSS68SSSS78SSSS49RRRR59RRRS69SSSS79RRRR50RRRR60RRRS70SSSS80SSSS感受性(S),中等度耐性(I),耐性(R)と表記し,各菌に対するLVFX,GFLX,MFLXおよびCMXの感受性結果を示した.キノロン3剤の結果に乖離のみられた菌については■で表現した.1028あたらしい眼科Vol.28,No.7,2011(124)よびMFLXがLVFXに比し有効である場合はむしろ少なく,比較検討した80株中73株(91.3%)がLVFXと同様の感受性結果であったため,GFLXおよびMFLXの感受性結果は,LVFXの結果から十分推定可能であることが示唆された.したがって,微生物検査室の対応として,国内で使用可能なキノロン系点眼薬6種すべての感受性を試験する必要はなく,広く使用されているLVFXを試験することで十分であると思われた.前述の眼科医からの依頼に対する回答としては,「LVFX:Rのとき,GFLXおよびMFLXも80%以上同様にRですので,感受性結果は同一と考えてください.」との回答が適当と考える.一方CMXは,MSSA,MSSE,Streptococcusspp.,S.pneumoniaeおよびCorynebacteriumspp.の各々に対して90%以上の感受性を示した.キノロン3剤がIもしくはR,しかしCMX:Sを示す株も11株存在し,キノロン薬以上の有効性が期待できる場合があることが示唆された.加茂ら9)はCorynebacteriumspp.,MSSA,Streptococcusspp.に対して,CMXはLVFX・GFLXに比し同等以上の感受性を有していたと報告しており,渡邉ら4),宇野ら10)は上記の同様の菌種に対して,CMXがLVFX・GFLX・MFLXに比し同等かそれ以上に低いMIC90を示した,と報告している.菌種によっては,CMXがキノロン薬以上の有効性を示した筆者らの結果と一致する.以上,キノロン3剤の薬剤感受性センシ・ディスクTM(BD)を用いたKirby-Bauer法にて比較検討した結果,90%以上の株で感受性結果が一致しており,GFLXおよびMFLXの2剤が特に有用性が高いとは言い難い結果であった.眼感染症治療に際しては,基本に戻り,塗抹・培養検査を実施し起因菌の特定と薬剤感受性試験の実施が重要である.文献1)MatherR,KarenchakLM,RomanowskiEGetal:Fourthgenerationfluoroquinolones:newweaponsinthearsenalofophthalmicantibiotics.AmJOphthalmol133:463-466,20022)KowalskiRP,DhaliwalDK,KarenchakLMetal:Gatifloxacinandmoxifloxacin:aninvitrosusceptibilitycomparisontolevofloxacin,ciprofloxacin,andofloxacinusingbacterialkeratitisisolates.AmJOphthalmol136:500-505,20033)BlondeauJM:Fluoroquinolones:mechanismofaction,classification,anddevelopmentofresistance.SurvOphthalmol49:S73-S78,20044)渡邉雅一,石塚啓司,池本敏雄:モキシフロキサシン点眼液(ベガモックス点眼液TM0.5%)の薬理学的特性および臨床効果.日本薬理学雑誌129:375-385,20075)DuggiralaA,JosephJ,SharmaSetal:Activityofnewerfluoroquinolonesagainstgram-positiveandgram-negativebacteriaisolatedfromocularinfections:aninvitrocomparison.IndianJOphthalmol55:15-19,20076)戸塚恭一,橋本正良:サンフォード感染症治療ガイド2010,第40版,p26,ライフサイエンス出版,20107)感染性角膜炎全国サーベイランス・スタディグループ:感染性角膜炎全国サーベイランス─分離菌・患者背景・治療の現状─.日眼会誌110:961-972,20068)HwangDG:Fluoroquinoloneresistanceinophthalmologyandthepotentialrolefornewerophthalmicfluoroquinolones.SurvOphthalmol49:S79-S83,20049)加茂純子,山本ひろ子,村松志保:病棟・外来の眼科領域細菌と感受性の動向2001~2005年.あたらしい眼科23:219-224,200610)宇野敏彦,大橋裕一,下村嘉一ほか:外眼部細菌性感染症由来の臨床分離株に対するモキシフロキサシンの抗菌活性.あたらしい眼科23:1359-1367,2006***