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頭蓋咽頭腫術後にHemifield Slide現象を示した1例

2014年8月31日 日曜日

《原著》あたらしい眼科31(8):1224.1226,2014c(00)1224(144)0910-1810/14/\100/頁/JCOPY《原著》あたらしい眼科31(8):1224.1226,2014cはじめにHemifieldslide現象とは,眼球運動障害のない網膜正常対応の両耳側半盲患者において斜位または斜視が存在する場合,単眼の鼻側半視野間にずれが生じ,視界の中心部に生じる視覚異常をさす1).眼位が外斜の場合は,単眼の半視野が重複するため視野の中心部に水平性複視を起こし,また内斜の場合は半視野間に解離が生じるため,視野中心部に欠損を生じる臨床上まれな現象である.今回,筆者らは頭蓋咽頭腫術後にhemifieldslide現象を呈した1例を経験したので報告する.I症例患者:23歳,男性.主訴:水平性複視.既往歴,家族歴:特記すべきことなし.現病歴:平成25年春頃より両側視野狭窄に気づき,8月近医眼科を受診.両耳側半盲を指摘され,近医脳神経外科を紹介された.精査の結果,下垂体腫瘍を指摘され,精査加療目的にて当院脳神経外科入院となり,術前の視機能評価のため,同月当科初診となった.〔別刷請求先〕王瑜:〒060-8543札幌市中央区南1条西16丁目札幌医科大学医学部眼科学講座Reprintrequests:YuWang,M.D.,DepartmentofOphthalmology,SapporoMedicalUniversity,SchoolofMedicine,S1W16Chuo-ku,Sapporo,Hokkaido060-8543,JAPAN頭蓋咽頭腫術後にHemifieldSlide現象を示した1例王瑜橋本雅人川田浩克錦織奈美大黒浩札幌医科大学医学部眼科学講座ACaseofHemifieldSlidePhenomenonafterNeurosurgeryforCraniopharyngiomaYuWang,MasahitoHashimoto,HirokatsuKawata,NamiNishikioriandHiroshiOhguroDepartmentofOphthalmology,SapporoMedicalUniversity,SchoolofMedicine今回,筆者らは頭蓋咽頭腫術後にhemifieldslide現象を呈した1例を経験した.患者は23歳,男性.視野狭窄を自覚し近医を受診したところ,部分型両耳側半盲を認め,画像検査で直径2.5cmの鞍上部腫瘍を認めた.当院脳神経外科で腫瘍摘出され,病理診断は頭蓋咽頭腫であった.術後視野中心部の水平性複視を自覚.眼位検査では近方14プリズム,遠方10プリズムの外斜位を認め,眼球運動制限はみられなかった.Goldmann視野検査では,両眼ともに垂直子午線に沿った完全型両耳側半盲を認めた.プリズムレンズで斜位矯正したところ,複視は消失した.以上の臨床所見より視野中心部の水平性複視は外斜位と完全型両耳側半盲の合併による,単眼鼻側半視野間の重複(hemifieldslide現象)が原因と考えられた.両耳側半盲患者において,眼球運動障害のない視野中心部の複視がある場合,hemifieldslide現象を念頭に入れておく必要があると思われた.Wereportacasewithhemifieldslidephenomenonafterneurosurgeryforcraniopharyngioma.A23-year-oldmalenoticedvisualfielddefects.Ophthalmologicexaminationdisclosedpartialbitemporalhemianopia;magneticresonanceimaging(MRI)revealeda2.5cm-diametersuprasellarmass,whichwasdiagnosedascraniopharyngiomaafterresectionbyneurosurgery.Afterthesurgery,thepatientnoticedhorizontaldoublevisioninthecentralbin-ocularvisualfields.Ophthalmologicexaminationdisclosedexophoriaatnear(14prism)anddistant(10prism),withnormalocularmotility.Visualfieldexaminationrevealedcompletebitemporalhemianopia.Thediplopiadisap-pearedafterexophoriawascorrectedbyprismlens.Theseclinicalfindingssuggestthatthecentralhorizontaldou-blevisionmayhavebeencausedbytheoverlappingofthetwohalvesofthenasalfieldwithexophoria,theso-called“hemifieldslidephenomenon”.Itshouldbenotedthatsomeexophoricpatientswithbitemporalhemianopiamayexperiencebinoculardiplopiawithoutocularmotorparesis.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(8):1224.1226,2014〕Keywords:hemifieldslide現象,両耳側半盲,外斜位,頭蓋咽頭腫,複視.hemifieldslidephenomenon,bitempo-ralhemianopia,exophoria,craniopharyngioma,diplopia. 左眼右眼図1術前の動的視野検査所見左眼は部分的な耳側半盲を示し,右眼は完全耳側半盲を認める.図2術前の中頭蓋窩造影MRI冠状断像辺縁に造影効果を有する鞍上部腫瘍(白矢印)を認める.初診時眼科所見:視力は右眼0.03(0.2×Sph.7.0D),左眼0.05(0.5×.5.75D(cyl-0.5DAx180°)で,眼圧は右眼12mmHg,左眼15mmHg,眼球運動は正常で,瞳孔反応に異常はなかった.前眼部,中間透光体に異常はなく,眼底も正常であった.Goldmann動的視野検査で,右眼は垂直子午線に沿った完全型の耳側半盲を示し,一方,左眼は中心約30°に限局した部分的な耳側半盲を認めた(図1).頭部造影MRI(磁気共鳴画像)検査では,中頭蓋窩部の冠状断像において,辺縁に造影効果を有する直径2.5cm大の鞍上部腫瘤陰影を認めた(図2).同月,経鼻的腫瘍摘出術が施行され,病理診断は頭蓋咽頭腫であった.術後数日後に両眼の焦点が合わないことに気づき,当院神経眼科外来受診となった.視力は右眼が矯正0.3,左眼が矯正1.0で,眼科初診時よりも左眼に改善傾向を認めた.眼位は,近方視で14プリズム,遠方視で10プリズムの外斜位を認め,red-glass試験で網膜異常対応はなかった.Goldmann視野検査で,術前左眼に残存していた耳側視野は消失し,両眼ともに垂直子午線に沿った完全な両耳側半盲を認めた(図3).治療としてプリズム眼鏡装用を行ったところ,複視は消失し,現在経過観察中である.II考按Hemifieldslide現象は,1972年にKirkhamが初めて提唱した概念で1),眼球運動障害のない網膜正常対応の両耳側半盲患者に,斜位または斜視が存在する場合,残存する単眼の鼻側半視野の重複あるいは解離によって生じる視覚異常をいう.両耳側半盲,特に完全型の両耳側半盲では,両眼の視野は単眼の鼻側半視野で構成されているため融像範囲がない.したがって,もともと外斜位または外斜視が存在すると視野が重複し,視界の中心付近に限局した水平性複視を自覚する.一方,内斜位あるいは内斜視が存在する場合は半視野間の解離が生じるため,垂直性暗点が生じる(図4).本症例においては,もともと外斜位に加え頭蓋咽頭腫摘出後に完全な両耳側半盲となったことでhemifieldslide現象を呈したと思われた.一般に,頭蓋咽頭腫は小児から若年者に多くみられる脳腫瘍で鞍上部に発症する.頭蓋咽頭腫の大部分は,周辺の神経組織との癒着が強く,摘出後に視覚障害などの合併症が多いとされている2).本症例における術後視野が悪化した原因として,腫瘍の癒着.離時に生じた視交叉部神経組織への侵襲(145)あたらしい眼科Vol.31,No.8,20141225 (146)あるいは視交叉部への栄養血管の破綻,虚血などが関与したのではないかと推察された.これまでにhemifieldslide現象についての報告は,筆者らが調べた限りいくつか散見するにすぎない.O’Neillらは下垂体腺腫の患者で両耳側半盲に外斜位と上斜位を伴った眼球運動障害のない両眼性複視の症例を報告し3),また,vanWaverenらは,外傷による両耳側半盲(外傷性視交叉症候群)の2例について,1例は外斜視を,もう1例は内斜視を伴ったhemifieldslide現象を呈したと報告している4).さらにBorchetらは,両眼の正常眼圧緑内障患者で片眼が下方視野欠損,他眼が上方視野欠損をきたした症例と,両眼の前部虚血性視神経症による上方水平半盲と他眼の下方水平半盲をきたした症例において,垂直方向のhemifieldslide現象を示したと述べている.これら2例はともに,両眼の視野中心部に視野水平線に沿った上半盲,下半盲が各片眼に生じ,斜位を合併していたために起こったのではないかと推察している5).完全両耳側半盲は,両鼻側半視野だけで両眼視野が構成されているため,注視点の奥側は完全な盲区となり深径覚異常を起こす.そのため,両眼対応による融像性輻湊の連動性調整ができにくく,眼位は不安定で斜位が恒常化しやすくなるといわれている1,4).したがって,両耳側半盲患者の長期経過をみていくうえで,視野検査に加え眼位検査も重要な検査であると思われる.さらに,hemifieldslide現象を呈する患者においては,眼位ずれによる中心部の複視,あるいは中心部の視矇感を自覚することも念頭に入れておく必要があると思われる.文献1)KirkhamTH:Theocularsymptomologyofpituitarytumors.ProcRSocMed65:517-518,19722)西村雅史,三村治:中枢性の視野異常.あたらしい眼科26:1627-1633,20093)O’NeillE,ConnellP,RawlukDetal:Delayeddiagnosisinasight-threateninglesion.IrJMedSci178:215-217,20094)vanWaverenM,JagleH,BeschD:Managementofstra-bismuswithhemianopicvisualfielddefects.GraefesArchClinExpOphthalmol251:575-584,20135)BorchetMS,LessellS,HoytWF:Hemifieldslidediplopiafromaltitudinalvisualfielddefects.JNeuroophthalmol16:107-109,1996右眼鼻側視野左眼鼻側視野外斜内斜図4Hemifieldslide現象のシェーマ両眼の視野は単眼鼻側半視野で構成されているため,外斜が存在すると半視野は重複し,内斜がある場合視野は分割され垂直性暗点が生じる.図3術後の動的視野検査所見完全型の両耳側半盲を認める.右眼左眼

高齢者に発生した視神経膠腫の1例(視交叉神経膠腫)

2009年1月31日 土曜日

———————————————————————-Page1(121)1210910-1810/09/\100/頁/JCLSあたらしい眼科26(1):121126,2009cはじめに成人の原発性視神経膠腫は,まれな疾患とされ1,2),小児では神経線維腫type1と関連し予後良好3,4)であるのと対照的に,通常は予後不良な悪性視神経膠腫57)とされている.初症状は突然の視力低下を呈し,急速に進行し,失明,死亡に至る812).眼底は,視神経炎や虚血性視神経症に似た所見〔視神経乳頭の浮腫,蒼白(萎縮)〕を呈する13).視路の神経膠腫の25%が視神経に限局し,残りが視交叉,視索に「浸潤する」13).今回筆者らは,視交叉部が原発と考えられた高齢者の神経膠腫症例を経験したので報告する.患者は発症時85歳と視神経膠腫の既報のなかでは最高齢の部類で,その原発部位が視交叉部であると推定されることから,その治療〔別刷請求先〕深作貞文:〒113-8602東京都文京区千駄木1-1-5日本医科大学眼科学教室Reprintrequests:SadafumiFukasaku,M.D.,D.MSc.,DepartmentofOphthalmology,NipponMedicalSchool,1-1-5Sendagi,Bunkyo-ku,Tokyo113-8602,JAPAN高齢者に発生した視神経膠腫の1例(視交叉神経膠腫)深作貞文*1,2藤江和貴*1前原忠行*3新井一*4若倉雅登*1*1井上眼科病院*2日本医科大学眼科学教室*3順天堂大学医学部放射線医学講座*4順天堂大学医学部脳神経外科学講座ACaseofPrimaryOpticGlioma(OriginatingintheChiasma)inan85-Year-OldFemaleSadafumiFukasaku1,2),WakiFujie1),TadayukiMaehara3),HajimeArai4)andMasatoWakakura1)1)InouyeEyeHospital,2)DepartmentofOphthalmology,NipponMedicalSchool,3)DepartmentofRadiology,JuntendoUniversity,SchoolofMedicine,4)DepartmentofNeurosurgery,JuntendoUniversity,SchoolofMedicine高齢女性での視交叉部神経膠腫を発症したまれな症例を経験したので報告する.症例は85歳,女性.左眼耳側の視野異常を主訴に井上眼科病院(以下,当院)に来院,前眼部は白内障を認め,眼底は左視神経乳頭がやや蒼白であった.左相対的瞳孔求心路障害(RAPD)陽性,左眼中心フリッカー値低下,Amsler検査で両耳側の暗点,Goldmann視野計にて両耳側半盲を認めた.以上より視交叉の病変を疑い,頭部磁気共鳴画像(MRI)を施行した.視交叉部視神経膠腫が強く疑われ,患者は順天堂大学病院(以下,同院)脳神経外科にて化学および,放射線治療を施行された.退院後当院眼科での経過観察中,再び左眼視力低下,フリッカー値低下をきたした.同院にて副腎皮質ステロイド薬治療を受けたが,状態は悪化し当院初診から1年後永眠した.高齢者の突然の視力低下を呈する疾患としては,視神経膠腫はきわめてまれであり,診断過程では画像検査(MRI)が有用であった.年齢と病変部位(視交叉部)を考慮して化学および,放射線治療が施行された.しかしながらこの疾患の予後は依然として不良であった.Wereportararecaseofopticchiasmalgliomainaveryelderlyfemale.Thepatient,85yearsofage,present-edwithtemporalvisualelddefectinherlefteye.Slit-lampexaminationdisclosedbilateralcataract;fundscopyrevealedapaleleftopticdisc.Inthelefteye,relativeaerentpupillarydefect(RAPD)waspositive,andcentralickerfrequency(CFF)waslow.Amsler’schartdisclosedbilateraltemporalscotoma.Goldmannperimetryrevealedbilateraltemporalhemianopia.Onthebasisofthesesignsandsymptoms,achiasmallesionwassuspected.Cranialmagneticresonanceimaging(MRI)stronglysuggestedanopticchiasmalglioma.Thepatientunderwentradiotherapyandchemotherapyatauniversityhospital.Duringpost-treatmentobservation,weagainfounddecreasedvisualacuityandCFFinthelefteye.Thepatientwasthereforehospitalizedandmedicatedwithste-roids.Despitethesemeasures,herconditiondeterioratedandshedied12monthsafterinitialpresentation.Primaryopticgliomasinveryelderlyindividuals,causeearlylossofvisionareveryrare.Insuchcases,cranialMRIwasusefulforearlydiagnosis.Consideringthispatient’sageandlesion(chiasmal),sheunderwentradiotherapyandchemotherapy.Nevertheless,thecourseofthediseaseinthiscasewasunsatisfactory.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)26(1):121126,2009〕Keywords:高齢者,視神経膠腫,視交叉,両耳側半盲,放射線治療.veryelderlyindividuals,opticglioma,opticchiasma,bitemporalhemianopia,radiotherapy.———————————————————————-Page2122あたらしい眼科Vol.26,No.1,2009(122)方針,および経過につき参考になると思われるものである.I症例呈示患者:85歳,女性.初診:2007年5月18日.主訴:左眼耳側の視朦.現病歴:近医にて左眼白内障と指摘され2種類の点眼にて経過観察されていた.以前はよく見えていたというが,井上眼科病院(以下,当院)受診の半月前から左眼の主訴を感じていた.上記主訴にて当院初診となった.家族歴・既往歴:特記すべきことはない.初診時所見:視力は,VD=0.04(0.09×sph+5.00D(cyl1.50DAx95°),VS=0.05(0.08×sph+3.75D(cyl1.25DAx95°),眼圧は正常(右眼=14mmHg,左眼=16mmHg),眼位は外斜視であった.瞳孔不同はなく,眼球運動の制限なく,円滑であった.対光反射は左右とも迅速,十分で,相対的入力瞳孔反射異常(RAPD)はなかった.前眼部は,深前房,両眼白内障(E2)があり,散瞳がやや不良であった.眼底は,乳頭,黄斑,周辺部に異常はなかった.Amslerチャートで両耳側に暗点,動的視野計にて両耳側半盲を呈していた(図1).フリッカー値は,右眼30Hz,左眼17Hzと左眼が有意に低下していた.視交叉病変が疑われ,頭部磁気共鳴画像法(MRI)を施行した.経過:再診時(2007年5月25日)視力は,VD=0.03(0.2×sph+5.00D(cyl1.50DAx95°),VS=0.02(0.09×sph+3.75D(cyl1.25DAx95°),静的視野計(Humphrey30-2fast-pac)にても両耳側半盲を認め,左眼は中心窩閾値が測定できなかった.MRI所見では,視交叉から右眼窩内視神経の腫大とガドリニウム増強効果を認め,視交叉は左右対称的に腫大と増強効果がみられた(図2,3).下垂体には図1動的量的視野所見両耳側半盲を呈している.図2井上眼科病院初診時MRIT1強調画像(Gd造影).矢印部に増強効果を呈している.———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.26,No.1,2009123(123)異常なく,硬膜,髄膜に増強効果は認めなかった.画像診断では,視交叉から右眼窩内視神経腫瘍で,神経膠腫の凝いが強いとされた.鑑別疾患としては悪性リンパ腫,肉芽腫性疾患が指摘された.当院神経眼科医の精査では,瞳孔は3.5mm同大で,対光反射は直接反応が両眼ともに迅速であり,左眼のRAPDが陽性であった.フリッカー値は,右眼2933Hz,左眼17Hzと低下していた.眼底は,乳頭の色がやや蒼白であった.以上の経過より視交叉部神経膠腫疑いとし,順天堂大学病院(以下,同院)脳神経外科へ紹介した.同院入院治療経過:6月初診時の同院MRI所見にて視交叉部神経膠腫と診断された(図4).7月4日患者の両眼の視力低下が進行し(光覚弁),入院治療となった.治療は局所放射線療法が施行された.約1カ月間に48Gy(LINAC)照射された.同時に内服治療も試行され,開始時プレドニゾロン30mg/日であり,退院時は3mg/日となった.入院中の7月末の視力は,右眼(0.08),左眼(0.02)であり,MRI所見では腫瘍縮小を認め(図5),8月6日退院となった.9月に当院の再診時は,視力はVD=(0.09×sph+5.00D(cyl1.50DAx95°),VS=0.04(0.04×sph+3.75D(cyl1.25DAx80°),フリッカー値は右眼78Hz,左眼17Hzと両眼図3図2と同一症例のMRI(右視神経から視交叉部まで)T1強調画像(Gd造影).矢印部に右視神経の腫大がみられる.図4順天堂大学病院受診時MRIT1強調画像(Gd造影).視交叉部の腫大を認める.———————————————————————-Page4124あたらしい眼科Vol.26,No.1,2009(124)がともに有意に低下していた.このときは右眼にRAPDが陽性であり,白内障(右眼に強い)を認め,左視神経乳頭は蒼白を呈していた.静的視野計は中心固視点が見えず計測できなかった.腫瘍が再び増大した可能性もあり,同院に再紹介となった.9月にテモダール療法のため入院となり,5日間100mg/日を内服した.その後全身倦怠感や胸部不快感があり,再度入院して点滴治療を行った.通院中も視力,視野に関しては改善傾向は認めなかった.さらにMRIで脳幹部にも造影効果を受ける部位も出現し,視交叉の病変も増大していたが,プレドニゾロン10mg投与で軽度改善した.12月末に全身状態悪化から入院し,視力は光覚弁であった.退院後自宅近くの病院で保存的治療を受けていたが,6月腫瘍の播種による頭蓋内ヘルニアをきたし,自宅にて永眠した.II考按成人の原発性視神経膠腫(opticglioma)は,中枢神経腫瘍の1%を占める1,2)まれな疾患である.小児では,毛様性星状細胞腫(pilocyticastrocytoma)で神経線維腫type1と関連し予後良好3,4)であるのに対し,一方,成人では予後不良な悪性視神経膠腫〔悪性星状細胞腫(astrocytoma)〕57)で,多くが数カ月以内に失明し,1年以内に死亡する812).特徴的な所見として,急激な視力低下,および視神経炎や虚血性視神経症に似た眼底所見〔視神経乳頭の浮腫,蒼白(萎縮)〕を呈することが知られている13).この時点では乳頭に異常所見が現れないものも多い9).悪性視神経膠腫の鑑別診断として,突然の視力低下を示すものでは,視神経炎,虚血性視神経症がある8,10,13).本症例でも,白内障で経過観察中に,両耳側の視野異常,視力の急速な低下という初期症状を呈しており,視神経乳頭は正常所見でRAPD陽性,フリッカー値の低下,静的および動的視野計での両耳側半盲所見に加え,MRIによる画像診断によって視神経膠腫が強く疑われたものであった.視神経膠腫の徴候や症状は,通常その腫瘍の解剖的浸潤程度に相関しているとされ,一側の遠位側の視神経が腫瘍に巻き込まれると片側の視機能不全をきたし(視力低下70%,視野欠損43%),眼底検査で,乳頭浮腫(41%),静脈の捩れ,視神経萎縮(14%),腫瘍による閉塞性乳頭血管の虚血性梗塞を呈することもある9,10).本症例の視交叉部神経膠腫でも左眼の乳頭において初診時は白色調,3カ月後は蒼白であった.本疾患の診断においては,早期のMRI画像が強力な手段である12,14).悪性視神経膠腫では,T1強調画像で脳実質と等信号輝度から低信号輝度,T2強調画像では,高信号輝度を示し,ガドリニウム造影剤ではわずかに増強される15,16).Anaplasticastrocytomでは,造影剤で増強される肥厚した視神経や,視交叉,鞍上部の腫瘍がみられる10,15).実際に本症例の当院初診時のT1強調造影画像では,視交叉において左右対称的に腫大と増強効果がみられていた.ここで先にあげた鑑別診断を検討した.虚血性視神経症の初期では眼窩内の腫瘍性病変を疑わせる他覚的所見を通常欠如しているとさ図5図4と同一症例の退院時MRIT1強調画像(Gd造影).放射線療法後腫瘍は縮小した.———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.26,No.1,2009125(125)れ9),多発性硬化症で特徴的な側脳室周辺の病変が,本症例のMRIではみられない10).また視神経炎では,突然の視力低下,乳頭腫脹に加え球後痛がみられ,副腎皮質ステロイド薬の静脈注射で視力は急速に回復することが多い9).これらの病態と比較検討してみると,この症例では球後痛はなく,視力も結果的に回復しなかったことから,本症例においては,視神経炎や虚血性視神経症は否定的であった.しかしながら,悪性視神経膠腫はまれな症例であるため,開頭術や生検を施行する前に,診断がつくのはごく限られた症例となっている14,17,18).治療では,眼窩内視神経に限局するもの(前部型)では経過観察し,症状の進行があった場合外科的切除,放射線療法,化学療法併用(アクチノマイシン,ビンクリスチン)を行うが,視交叉,視索に発生あるいは浸潤したもの(後部型)では腫瘍の根治はむずかしく,外科的治療は限界があり,放射線治療を含むadjuvant療法が利用される12,14,17,19).小児例では自然治癒もあり,臨床的に症状悪化がみられた場合は手術も行われ,予後は比較的良好である3,11,19)が,反対に成人の悪性視神経膠腫は視交叉,視索に沿って急速に視交叉,下垂体に浸潤するとされる8,13,16).これらのことを考慮すると病変を縮小させるための手術は疑問とされ,腫瘍の部分摘出術の危険性は,生検術に比して疑いなく大きいと考えられている14,17).一方では,放射線療法はより良い術後療法とみられており,施行された患者は,されない場合に比べてより長い生存率を示している17).放射線療法を施行された患者の平均生存率期間は,9.7カ月とされ,化学療法を併用した場合としない場合では,それぞれ12.2カ月,8.8カ月との報告もあるが,統計的に有意ではないとされる9).放射線治療を施行する場合,最適な放射線量は57Gy,または54Gy以下とされ,その量では周辺組織のダメージを避けることができる1,2,14,20).病変が片側の場合には補助的療法も残りの対眼を維持するために考慮される必要がある.本症例では,年齢(85歳)と,また家族の意向もあり,手術ではなく放射線治療が同院で施行された.現在可能な治療法では予後を改善することはできないが,部分的には放射線治療で病状進行の抑制はできる10).今回本患者には,約33日間で48Gyが照射された.照射後の患者の自覚所見は改善がみられ,眼底は,視神経乳頭がなお蒼白を呈していたが,その他の副作用であるⅢ,Ⅳ,Ⅵ脳神経の障害などは確認されていない.本症例では2回目の入院以後は,視力は光覚弁となっていた.その後も同院にて副腎皮質ステロイド薬による内科的治療を受けていたが,12月末に全身状態悪化から入院した.ただ意識は清明であり,流動食によって体力は維持されていた.退院後は,自宅近くの病院で保存的治療を受けていたが,6月初旬に腫瘍の播種による頭蓋内ヘルニアをきたし,自宅にて永眠した.当院初診から約1年であった.悪性視神経膠腫の確定診断は,開頭術による生検でなされる(前述).その組織形はglioblastomaや,低悪性度astro-cytomaが報告されてきた8,10).成人の視神経膠腫の予後は不良であり,平均生存期間はanaplasticastrocytomaで8.1カ月,glioblastomaで8.3カ月と報告されている10,14).本症例の患者は発症時85歳と視神経膠腫の既報のなかでは最高齢の部類に入り,また疾患の原発部位が,片側の視神経から視交叉部であると推定され,以上の点により当疾患の診断過程,他の疾患との鑑別点,治療方針,および経過につき眼科的に参考になると思われるものである.文献1)SafneckJR,NapierLB,HallidayWC:Malignantastrocy-tomaoftheopticnerveinachild.CanJNeurolSci19:498-503,19922)HamiltonAM,GarnerA,TripathiRCetal:Malignantopticnerveglioma.BrJOphthalmol57:253-264,19733)RushJA,YoungeBR,CampbellRJetal:Opticglioma:long-termfollow-upof85histopathologicallyveriedcases.Ophthalmology89:1213-1219,19824)EggersH,JakobiecFA,JonesIS:Opticnervegliomas.DiseasesoftheOrbit(edbyJonesIS,JakobiecFA),p417-433,Harper&Row,NewYork,19795)RuddA,ReesJE,KennedyPetal:Malignantopticnervegliomasinadults.JClinNeuro-ophthalmol5:238-243,19856)CummingsTJ,ProvenzaleJM,HunterSBetal:Gliomasoftheopticnerve:histological,immunnohistochemical(MIB-1andp53),andMRIanalysis.ActaNeuropathol99:563-570,20007)SpoorTC,KennerdellJS,MartinezAJetal:Malignantgliomasoftheopticnervepathways.AmJOphthalmol89:284-292,19808)HoytWF,MeshelLG,LessellSetal:Malignantopticgliomaofadulthood.Brain96:121-132,19739)WabbelsB,DemmlerA,SeitzJetal:Unilateraladultmalignantopticnerveglioma.GraefesArchClinExpOph-thalmol242:741-748,200410)HartelPH,RosenC,LarzoCetal:Malignantopticnerveglioma(Glioblastomamultiforme):Acasereportandlit-eraturereview.WVaMedJ102:29-31,200611)AlbersGW,HoytWF,FornoLSetal:Treatmentresponseinmalignantopticgliomaofadulthood.Neurolo-gy38:1071-1074,198812)AstrupJ:Naturalhistoryandclinicalmanagementofopticpathwayglioma.BrJNeurosurg17:327-335,200313)KosmorskyGS,MillerNR:Inltrativeopticneuropathies.Walsh&Hoyt’sClinicalNeuro-Ophthalmology(edbyMillerNR,NewmanNJ),Chapter15:681-689,Williams&Wilkins,Baltimore,199814)MiyamotoJ,SasajimaH,OwadaKetal:Surgicaldecisionforadultopticgliomabasedon[18F]uorodeoxyglucose———————————————————————-Page6126あたらしい眼科Vol.26,No.1,2009(126)positronemissiontomographystudy─casereport─.Neu-rolMedChir(Tokyo)46:500-503,200615)TanakaA:Imagingdiagnosisandfundamentalknowl-edgeofcommonbraintumorsinadults.RadiatMed24:482-492,200616)中尾雄三:腫瘍による視神経症.眼科プラクティス,第5巻これならわかる神経眼科(根木昭編),p198-201,文光堂,200517)DarioA,IadiniA,CeratiMetal:Malignantopticgliomaofadulthood.Casereportandreviewofliterature.ActaNeurolScand100:350-353,199918)ManorRS,IsraeliJ,SandbankU:Malignantopticgliomaina70-year-oldpatient.ArchOphthalmol94:1142-1144,197619)宮崎茂雄:視神経膠腫.眼科診療プラクティス眼科診療ガイド(丸尾敏夫,本田孔士臼井正彦,田野保雄編),p467,文光堂,200420)北島美香:中枢神経系放射線治療後の変化.画像診断26:922-931,2006***

急激に光覚を失った視交叉炎の1例

2008年9月30日 火曜日

———————————————————————-Page1(131)13190910-1810/08/\100/頁/JCLSあたらしい眼科25(9):13191322,2008cはじめに両耳側半盲は視交叉障害により生じる半盲としてきわめて特徴的な所見であり,早期から視交叉部病変の存在を疑う唯一の重要な手がかりである.視交叉障害の原因としては視交叉近傍または視交叉自体の腫瘍や動脈瘤が最も多い.Schief-erら1)によると,視交叉障害の94%は下垂体腺腫や頭蓋咽頭腫などの腫瘍が原因であり,動脈瘤によるものは2%であったとしている.その他に発生頻度は低いが視交叉炎,放射線障害,emptysella症候群,エタンブトール中毒,血管障害,外傷がある.このうち視交叉炎は比較的まれな疾患である.視交叉炎は1912年Roenne2)によってはじめて報告された疾患である.Reynoldsらの文献3)には,視交叉炎の臨床像は球後視神経炎と同じであることから,球後視神経炎による炎症が視交叉に波及した場合と,視交叉自体に炎症が初発した場合の両者を含んでいるように記載されている.球後視神経炎による炎症が視交叉に波及して生じることが多く,視交叉自体に炎症が初発するものはまれである.今回筆者らは,Goldmann視野検査にて,両耳側半盲を呈し視交叉に炎症が初発したと考えられ,急激に光覚消失したが,ステロイドパルス療法で視力,視野の著明な改善がみられた視交叉炎の1例を経験したので報告する.I症例患者:68歳,女性.主訴:両眼視力低下.既往歴・家族歴:特記事項はなかった.〔別刷請求先〕古田基靖:〒514-8507津市江戸橋2-174三重大学大学院医学系研究科神経感覚医学講座眼科学教室Reprintrequests:MotoyasuFuruta,M.D.,DepartmentofOphthalmology,MieUniversity,FacultyofMedicine,2-174Edobashi,Tsu,Mie514-8507,JAPAN急激に光覚を失った視交叉炎の1例古田基靖*1小松敏*2佐野徹*2福喜多光志*2井戸正史*2宇治幸隆*1*1三重大学大学院医学系研究科神経感覚医学講座眼科学教室*2山田赤十字病院眼科ACaseofChiasmalOpticNeuritiswithSuddenLossofLightPerceptionMotoyasuFuruta1),SatoshiKomatsu2),ToruSano2),MitsushiFukukita2),MasashiIdo2)andYukitakaUji1)1)DepartmentofOphthalmology,MieUniversitySchoolofMedicine,2)DepartmentofOphthalmology,YamadaRedCrossHospital両耳側半盲を呈し急激に光覚が消失した視交叉炎の1例を経験したので報告する.症例は68歳,女性.約1週間前からの視力低下を自覚し,山田赤十字病院眼科を紹介受診した.さらに視力低下が進行し,Goldmann視野検査で両耳側半盲を呈した.その後両眼視力は光覚なしとなった.視交叉部の磁気共鳴画像(MRI)所見より視交叉炎と診断された.3回にわたるステロイドパルス療法で視力,視野の著明な改善がみられた.両耳側半盲は通常視交叉部の占拠性病変の結果としてみられることが多いが,視交叉炎も原因の一つとして重要であると考えられた.Wereportacaseofchiasmalopticneuritiswithsuddenvisuallossthatmeasuredasnolightperceptioninbotheyes.Thepatient,a68-year-oldfemale,visitedanearbyhospitalcomplainingofvisuallossinbotheyes.FromthereshewasreferredtoYamadaRedCrossHospital.Hercorrectedvisualacuitycontinuedtodecrease.Goldmannperimetryofbotheyesconrmedthepresenceofbitemporalhemianopia.Shebecameblind.Magneticresonanceimaging(MRI)revealedmarkedenlargementandenhancementofthechiasm.Wediagnosedopticchias-malneuritis.Wetreatedherthreetimeswithcorticosteroidpulsetherapy;sherecoveredhervisualacuityandvisualeld.Althoughspace-occupyingprocessesarethemostcommoncausesofchiasmaldiseases,chiasmalopticneuritisisalsoanimportantcause.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)25(9):13191322,2008〕Keywords:視交叉炎,両耳側半盲,ステロイドパルス療法.opticchiasmalneuritis,bitemporalhemianopia,cor-ticosteroidpulsetherapy.———————————————————————-Page21320あたらしい眼科Vol.25,No.9,2008(132)現病歴:1週間ほど前から両眼の視力低下を自覚し,平成17年10月26日近医眼科受診.視力は右眼=0.2(0.6×+3.0D),左眼=0.1(0.4×+3.0D)であった.両白内障手術を目的に,10月28日山田赤十字病院眼科を紹介され受診した.初診時所見:視力は右眼=0.15(0.3×+3.0D(cyl0.5DAx120°),左眼=0.1(0.4×+3.0D(cyl0.5DAx120°).眼圧は右眼13mmHg,左眼14mmHgであった.眼位,眼球運動は正常で,両眼とも相対的瞳孔求心路障害(relativeaerentpapillarydefect:RAPD)はなかった.前眼部は特記すべきことはなく,中間透光体は軽度白内障を認めるものの,眼底所見も視神経乳頭の萎縮や,発赤腫脹などもなく異常を認めなかった.同年11月4日,視力は右眼=0.15(0.3×+3.0D(cyl0.5DAx120°),左眼=0.02(矯正不能)とさらに低下し,Goldmann視野検査では両耳側半盲がみられた(図1).視交叉部病変を疑い頭部コンピュータ断層撮影(CT)を施行したが,視交叉近傍を圧迫する腫瘍などは認めなかった.11月7日,頭部磁気共鳴画像(MRI)を施行したところ,T1強調像にて視交叉の腫脹がみられ(図2),FLAIR(uidattenuatedinversionrecovery)像およびT2強調像にて視交叉および視索に高信号を示したため視交叉炎と診断した.全身検査では心電図正常,血液一般検査,血液生化学検査とも,特に異常所見を認めず,頭部MRIにて多発性硬化症は認められなかった.治療と経過:11月7日緊急入院.入院時視力は右眼=光覚なし,左眼=光覚なし.直接対光反応は反応なしであった.11月8日より視神経炎トライアルで行われた特発性視神経炎の治療に準じて,ステロイドパルス療法(メチルプレドニゾロン1,000mg/日,3日間点滴)を開始した.1回目のステロイドパルス療法後直接対光反応はわずかに反応するようになったが,視力は右眼=光覚なし,左眼=光覚なしのままであったため,11月18日より2回目のステロイドパルス療法を行った.2回目終了時には両眼視力手動弁まで改善した.11月28日,視力は右眼=(0.03×矯正),左眼=(0.01×矯正)に改善した.12月6日より3回目のステロイドパルス療法を行ったところ,12月8日に施行したGoldmann視野検査では大幅な視野の改善がみられた(図3).その後12月22日の頭部MRIのFLAIR像にて,視交叉部寄りの両側の視索部分が少し高信号を示しているが,腫脹の著明な改善がみられた(図4).平成18年1月18日,視力は右眼=(0.3×矯正),左眼=(0.3×矯正)と改善.その後再発はなかったが,徐々に両眼白内障が進行してきたため,平成18年10月19日右眼,平成18年11月14日左眼白内障手術を施行した.平成19年11月2日現在,再発もなく視力は右眼=(0.6×矯正),左眼=(0.6×矯正)となっている.経過期間中最高視力は両眼とも0.7まで改善している.現在も慎重に経過観察中である.図1ステロイドパルス療法前視野Goldmann視野検査で,両耳側半盲を認める.図2ステロイドパルス療法前MRI頭部MRIのT1強調像にて視交叉(矢印)の腫脹を認める.———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.25,No.9,20081321(133)II考按両耳側半盲は視交叉部位の障害によりひき起こされる.原因疾患としては腫瘍や動脈瘤などの占拠性病変によるものが多い.Schieferら1)によると,下垂体腺腫によるものが65%と最も多く,つぎに頭蓋咽頭腫15%であり,腫瘍が原因であるものの合計は94%になり,動脈瘤によるものは2%で,残り4%のものが占拠性病変以外のものであったとしている.視交叉炎は1912年Roenne2)によってはじめて報告され,つぎに1925年Traquair4)によって報告された疾患である.Reynoldsらの文献3)には,視交叉炎の臨床像は,病理学的所見,臨床所見,年齢分布,性差,臨床経過ともに球後視神経炎と同じであることから,球後視神経炎による炎症が視交叉に波及した場合と,視交叉自体に炎症が初発した場合の両者を含んでいるように記載されている.1994年に報告されたOpticNeuritisTreatmentTrial(ONTT)5)によると,視交叉炎は多発性硬化症や特発性視神経炎の経過中に現れることがあり,視神経炎症例中の5.1%に認められたとしている.狭義の視交叉炎とは視交叉自体に炎症が初発したもののことで,非常にまれなものである.実際には炎症がどのように波及したかがわからない症例がほとんどである.過去にはSoltauら6)が視交叉の炎症が両側の視神経に波及した症例を報告し,山縣7)は左視交叉前方の内側に生じた炎症が前方へは左全視神経と,後方へは視交叉左側へ波及した症例を報告している.本症例ではGoldmann視野検査で両耳側半盲がみられており,頭部MRIにて両側の視索が高信号を示していたことより,視交叉自体に炎症が生じ,両側の視索に波及したことにより急激に光覚を失ったものと考えられる.Newmanら8)は既報をまとめて,視交叉炎の特徴は女性に圧倒的に多く,視力が回復するまでに数カ月を要し,一般の視神経炎に比べて経過が長いことであるとしており,それ以外はほとんど視神経炎の特徴と似ているということであった.本症例では急激に視力が低下し,光覚が消失した.ステロイドパルス療法にすぐに反応せず,3回のステロイドパルス療法を施行した.最初のステロイドパルス療法から2カ月ぐらいしたところで両眼矯正0.3まで改善した.現在経過観察して2年ぐらいになるが,経過期間中最高視力は両眼とも0.7まで改善している.視交叉炎における視力予後については,症例報告が少ないこともありまとめた報告はないようである.Slamovitsら9)によると,光覚が消失した初発視神経炎12症例について検討し,4例は指数弁までしか回復しなかったとした.また彼らは過去の報告例からは光覚消失例の3050%が0.5未満にとどまっているとしている.宮崎ら10)によると高度の視力障害,特に光覚が消失した例では視力予後は不良であると述べられている.視交叉炎においては山縣7)によると,光覚図43回のステロイドパルス療法後MRI頭部MRIのFLAIR像にて視交叉(矢印)の腫脹の著明な改善を認める.図33回のステロイドパルス療法後視野Goldmann視野検査で,視野の著明な改善を認める.———————————————————————-Page41322あたらしい眼科Vol.25,No.9,2008(134)弁まで低下したものが手動弁までしか回復しなかったとしている.やはり高度の視力障害があると視力予後は不良であるようだが,本症例のように視力の回復がみられるものがある.一般の視神経炎に比べて経過が長いとされる視交叉炎では,今回のようにステロイドパルス療法にすぐに反応しない場合があるため注意が必要である.Spectorら11)やSacksら12)により報告されているように,視交叉炎の原因として多発性硬化症が関係していることが知られている.他にはLyme病に続発したもの13)や全身性エリテマトーデス(SLE)に続発したもの14)が報告されている.本症例では頭部MRIにて多発性硬化症は認められず,血液一般検査,血液生化学検査などの全身検査でも異常を認めず視交叉炎の原因は不明であった.今後は再発や多発性硬化症への移行などに注意しながら慎重に定期観察していく予定である.今回筆者らは視交叉自体に炎症が初発し,急激に光覚消失まで視力低下したが,ステロイドパルス療法にて大幅に視力,視野が改善した非常にまれな症例を経験した.視交叉炎はまれではあるが,両耳側半盲を呈する占拠性病変以外の原因の一つとして重要であると考えられた.文献1)SchieferU,IsbertM,MikolaschekEetal:Distributionofscotomapatternrelatedtochiasmallesionswithspecialreferencetoanteriorjunctionsyndrome.GraefesArchClinExpOphthalmol242:468-477,20042)RoenneH:UeberdasVorkommeneineshemianopischenzentralenSkotomsbeidisseminierterScleroseundretro-bulbarerNeuritis.KlinMonatsblAugenheilkd50:446-448,19123)ReynoldsWD,SmithJL,McCraryJA:Chiasmalopticneuritis.JClinNeuro-ophthalmol2:93-101,19824)TraquairHM:Acuteretrobulbarneuritisaectingtheopticchiasmandtract.BrJOphthalmol9:433-450,19255)KeltnerJL,JohnsonCA,SpurrJOetal:Visualeldproleofopticneuritis.One-yearfollow-upintheOpticNeuritisTreatmentTrial.ArchOphthalmol112:946-953,19946)SoltauJB,HartWM:Bilateralopticneuritisoriginatinginasinglechiasmallesion.JNeuro-Ophthalmol16:9-13,19967)山縣祥隆:視交叉炎の一例.神経眼科19:469-476,20028)NewmanNJ,LessellS,WinterkornJM:Opticchiasmalneuritis.Neurology41:1203-1210,19919)SlamovitsTL,RosenCE,ChengKPetal:Visualrecov-eryinpatientswithopticneuritisandvisuallosstonolightperception.AmJOphthalmol111:209-214,199110)宮崎茂雄,藤原理恵,下奥仁ほか:高度の視力障害をきたした視神経炎症例の視力予後について.神経眼科10:15-19,199311)SpectorRH,GlaserJS,SchatzNJ:Demyelinativechias-mallesions.ArchNeurol37:757-762,198012)SacksJG,MelenO:Bitemporalvisualelddefectsinpre-sumedmultiplesclerosis.JAMA234:69-72,197513)ScottIU,Silva-LepeA,SiatkowskiRM:Chiasmalopticneuritisinlymedisease.AmJOphthalmol123:136-138,199714)FrohmanLP,FriemanBJ,WolanskyL:Reversibleblind-nessresultingfromopticchiasmatissecondarytosystem-iclupuserythematosus.JNeuro-Ophthalmol21:18-21,2001***