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一過性の視覚障害を軽度中心窩低形成の片側に発症した1例

2010年7月30日 金曜日

1004(14あ4)たらしい眼科Vol.27,No.7,20100910-1810/10/\100/頁/JC(O0P0Y)《原著》あたらしい眼科27(7):1004.1007,2010cはじめに中心窩低形成は,中心窩の形成が不良な比較的まれな疾患であり1),白子眼底や先天無虹彩などに合併する場合だけでなく,単独に認められる症例もあるとされている1,2).小児期に眼振や視力障害のために発見されることが多く,多くは両眼性で,視力障害の程度は0.05.1.0までさまざまである2,3).中心窩低形成の診断に検眼鏡による中心窩反射および黄斑部輪状反射の欠如に加え,フルオレセイン蛍光眼底造影(FA)や光干渉断層計(OCT)が重要であるとされる1,3.5).近年,これまで見落とされてきたような軽度な症例も診断することができるようになり,中心窩低形成眼は必ずしも視力障害があるわけではないことが報告されている3).今回,軽度な中心窩低形成の片側のみに,一過性の視力・視野の障害を発症した1例を経験した.これまで同様の報告は筆者らの調べた限りなく,まれな1例と考えられたのでその特徴や経過について報告する.I症例患者:14歳,女性.主訴:右眼の視力障害と視野狭窄.〔別刷請求先〕奥野高司:〒569-8686高槻市大学町2-7大阪医科大学眼科学教室Reprintrequests:TakashiOkuno,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,OsakaMedicalCollege,2-7Daigaku-machi,Takatsuki,Osaka569-8686,JAPAN一過性の視覚障害を軽度中心窩低形成の片側に発症した1例奥野高司*1,2奥英弘*2菅澤淳*2池田恒彦*2*1香里ヶ丘有恵会病院眼科*2大阪医科大学眼科学教室ACaseofUnilateralTransientVisualDisturbanceinMildFovealHypoplasiaTakashiOkuno1,2),HidehiroOku2),JunSugasawa2)andTsunehikoIkeda2)1)DepartmentofOphthalmology,Korigaoka-YukeikaiHospital,2)DepartmentofOphthalmology,OsakaMedicalCollege軽度中心窩低形成の片側のみに一過性の視覚障害を発症した1例を報告する.症例は14歳,女性.右眼の視力と視野の障害を主訴に受診した.初診時矯正視力は,右眼1.2,左眼1.0pであったが,右眼の中心窩反射および黄斑部輪状反射がやや不良で,蛍光眼底撮影の右眼中心窩の無血管野に血管が残存し,光干渉断層計で両眼の中心窩の陥凹形成が不良であった.軽度の中心窩低形成で,左眼が右眼に比べ軽度と考えられた.左眼は変化しなかったものの右眼の矯正視力が初診の3カ月後に0.4に低下するとともに重度の視野異常をきたしたが,その1カ月後には視力,右眼1.0,左眼1.2となり,視野も正常化した.他覚的所見の変化なしに急激な視野や視力の変化があり,心因性視力障害が合併している可能性が考えられた.Wereportacaseofunilateraltransientvisualdisturbanceinmildfovealhypoplasia.Case:A14-year-oldfemalewasreferredtoourhospitalbecauseofvisualdisturbanceinherrighteye.Oninitialexamination,hervisualacuitieswere1.2ODand1.0pOS.WeobservedunclearnessoftherightmacularandfovealreflexesOU,abnormalvesselsintheinnatelyavascularfovealregionOSonfluoresceinangiography,andflatfoveaOUonopticalcoherencetomography.Onthisbasis,wediagnosedbilateralmildfovealhypoplasia,whichwasmilderinOSthaninOD.Threemonthslater,however,thepatientcomplainedofrightdecreasedvision0.4,andherrightvisualfieldwasimpaired,whilethelefteyeshowednochange.Onemonthlater,visualacuityandvisualfieldshadreturnedtonormal.Psychogenicvisualdisturbancewasconsideredasacauseofthevisualimpairment,giventherapidrecoveryinvisualacuityandvisualfield,withoutobjectivechanges.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(7):1004.1007,2010〕Keywords:中心窩低形成,心因性視力障害,片眼性.fovealhypoplasia,psychogenicvisualdisturbance,unilateral.(145)あたらしい眼科Vol.27,No.7,20101005現病歴:平成19年2月初め頃より人混みで人とぶつかりそうになるため,同年2月8日に大阪医科大学眼科を受診した.初診時視力は,右眼0.3p(1.2×sph.1.75D(cyl.0.5DAx10°),左眼1.0p(n.c.).左眼に比べると右眼眼底の中心窩反射および黄斑部輪状反射はやや不良であった(図1)が,他の前眼部,中間透光体,眼位,眼球運動,対光反応,色覚に著変はなかった.既往歴・家族歴:特記すべきことなし.経過:2月中旬より15分間程度の一過性の視力低下とともに右眼右上方が暗く感じはじめ,同年3月16日のアムスラーチャートでは,右眼の右上方に暗く感じる部分が生じたが,視力は,右眼0.1(1.2×sph.2.00D),左眼0.8(1.5×cyl.1.5DAx180°)と良好であった.3月23日の視力は,右眼0.15(1.2×sph.1.75D(cyl.0.5DAx180°),左眼1.0図1眼底写真左眼に比べると右眼眼底の中心窩反射および黄斑部輪状反射はやや不良であった.図2フルオレセイン蛍光眼底造影両眼の中心窩無血管領域の形成が不良で,特に右眼が不良であった.1006あたらしい眼科Vol.27,No.7,2010(146)(1.2×cyl.1.0DAx180°)と良好であったが,FAで右眼の中心窩無血管領域の形成が不良で(図2),OCTでも両眼の中心窩の陥凹形成が不良であり(図3),軽度の中心窩低形成と診断した.網膜電図(ERG)は錐体反応,杆体反応,混合反応のすべてにおいて異常がなかった.その後,同年5月の連休明け頃よりさらに視力低下と視野狭窄を自覚し,5月10日,右眼0.08(0.4×sph.2.0D(cyl.0.5DAx5°),左眼0.7(1.0×sph.0.25D(cyl.1.25DAx180°)と右眼の視力不良となり,Humphrey視野10-2プログラムでは左眼はほぼ正常の視野結果であったにもかかわらず,右眼は視野の大部分が0dBになるなど強い異常がみられた(図4).その後,経過観察したところ,視力は徐々に改善し,同年6月14日には,右眼0.25(1.0×sph.2.25D(cyl.0.5DAx180°),左眼0.8(1.2×cyl.1.5DAx180°)となった.Goldmann視野も正常であった.電子瞳孔計による対光反応は不安定で,両眼とも刺激前から縮瞳傾向を示したが,刺激前の瞳孔面積で補正した対光反応の縮瞳面積(%A)は,正常値よりむしろ大きかった.視覚誘発電位(VEP)は,右眼振幅が左眼振幅に比べ半分程度に減弱していたものの,P100潜時は右眼99msec,左眼97.5msecと正常であった.その後,経過観察しているが,半年以上の間,一過性の視力障害も含め自覚的に異常なく,同年11月30日の時点で,視力は右眼0.2(1.0×sph.2.0D(cyl.0.5DAx180°),左眼0.6(1.20×sph.0.25D(cyl.1.25DAx170°)であった.II考按今回の症例は,FAで中心窩無血管領域に血管の残存があり,OCT上も中心窩の形成がやや不明瞭で,中心窩反射および黄斑部輪状反射はやや不良であったため,軽度の中心窩低形成と考えられた1.5).これまで中心窩低形成眼は視力障害を伴うと考えられ,矯正視力が0.04.0.6程度とする多数例の報告もある2)が,最近のOCTなどの進歩により中心窩低形成に必ずしも視力障害が合併しないことが報告されており3),今回の症例も中心窩低形成眼と診断してよいと考えられた.また,右眼には明瞭に中心窩無血管領域に血管の残存があるが,左眼は残存血管が不明瞭であり,眼底所見やOCTの結果からも,右眼と比較すると左眼のほうが中心窩低形成の程度はより軽度であると考えられた.今回の症例は他覚所見に変化がないにもかかわらず,一過性に視力と視野障害を訴え,視野の大部分が0dBであるにもかかわらず矯正視力は(0.4)と,視野障害と視力障害に解離があり,さらに経過観察で急激に視力と視野障害が改善した.一方,全身状態およびFAや眼底所見などより,塞栓症などの一過性の血流障害などは否定的であった.視覚障害の訴えによる利益がないことから詐病も否定的で,検査に協力的で,いわゆる「よい子」であることなどより6),非典型的ながら心因性視力障害の合併が考えられた.しかし,原因となる一過性のストレスは不明確であり,視力,視野障害の期間も短く,心因性視力障害の程度は軽度と考えられた.心因性視力障害は95%以上が両眼に発症するとされる6)が,本例では右眼のみに視力障害がみられた.この原因として右眼が左眼よりも黄斑が低形成であったことが関係している可能性を考えた.ヒトより数倍視力が良いとされている猛RL図3光干渉断層計両眼の中心窩の陥凹形成が不良であった.LR図4Humphrey視野10.2プログラム左眼はほぼ正常の視野結果であり,当日の矯正視力は(0.4)であったにもかかわらず,右眼は視野の大部分が0dBになるなど重度に障害されていた.(147)あたらしい眼科Vol.27,No.7,20101007禽類では急峻な中心窩が形成され,ヒトでも中心窩が形成されることにより光学的な利点があるとされており3),具体的な根拠がないものの中心窩低形成の程度が軽度で視力が比較的良好に発達している場合でも,他の視機能障害を合併すると比較的容易に視力低下が起こる可能性が考えられた.また,ともに軽度であるものの,右眼が左眼に比べより低形成であるため視力を容易に障害されやすい状態にあり,このため右眼のみに心因性の視力障害があらわれた可能性が考えられた.一方,これまでの片眼性の心因性視力障害の報告として外傷や角膜実質炎など片眼の視力を気にすることをきっかけに発症したとするものがある7.10).本例でも中心窩低形成のため視力の質に差があり,その点を気にかけているため片眼性に心因性視力障害を発症した可能性も考えられた.これまでに筆者らの調べた限り中心窩低形成眼に心因性視力障害が発症した報告はなかった.これは,最近まで中心窩低形成には視力障害があると考えられ,心因性視力障害の合併があっても中心窩低形成に伴う視力障害だと診断されていたからではないかと考えた.謝辞:フルオレセイン蛍光眼底造影についてアドバイスをいただいた深尾隆三氏に深謝します.文献1)山村陽,中島伸子,深尾隆三ほか:原因不明の弱視として長期間観察された中心窩低形成症の1例.臨眼61:819-822,20072)小野真史,東範行,小口芳久:黄斑低形成.臨眼45:1937-1941,19913)MarmorMF,ChoiSS,ZawadzkiRJetal:Visualinsignificanceofthefovealpit:reassessmentoffovealhypoplasiaasfoveaplana.ArchOphthalmol126:907-913,20084)RecchiaFM,Carvalho-RecchiaCA,TreseMT:Opticalcoherencetomographyinthediagnosisoffovealhypoplasia.ArchOphthalmol120:1587-1588,20025)McGuireDE,WeinrebRN,GoldbaumMH:Fovealhypoplasiademonstratedinvivowithopticalcoherencetomography.AmJOphthalmol135:112-114,20036)内海隆:小児の心因性視覚障害の病態と治療.神経眼科21:417-422,20047)山崎厚志,船田雅之,三木統夫ほか:片眼性心因性視力障害の1例.眼科32:911-91519908)永田洋一:外傷を契機に発症した成人の片眼性心因性視力障害の2例.眼臨86:2797-2800,19929)村田正敏,高橋茂樹:外傷を契機として発症した片眼性の心因性視力障害の1例.眼臨87:2640-2642,199310)宮田真由美,勝海修,及川恵美ほか:眼球外傷後に片眼性の心因性視覚障害を呈した2症例.日本視能訓練士協会誌37:115-121,2008***