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トラボプロスト点眼により囊胞様黄斑浮腫を生じた1例

2012年5月31日 木曜日

《原著》あたらしい眼科29(5):687.690,2012cトラボプロスト点眼により.胞様黄斑浮腫を生じた1例平原修一郎野崎実穂久保田綾恵小椋祐一郎名古屋市立大学大学院医学研究科視覚科学CystoidMacularEdemaAssociatedwithBenzalkoniumChloride-FreeTravoprostShuichiroHirahara,MihoNozaki,AyaeKubotaandYuichiroOguraDepartmentofOphthalmologyandVisualScience,NagoyaCityUniversityGraduateSchoolofMedicalSciences今回筆者らは,塩化ベンザルコニウムを含まないトラボプロスト点眼により,.胞様黄斑浮腫を生じた1症例を経験したので報告する.症例は,白内障手術既往のある緑内障患者で,トラボプロスト点眼による治療を開始したところ,右眼の視力低下および.胞様黄斑浮腫が発症し,トラボプロスト点眼を中止し,トリアムシノロンアセトニド後部Tenon.下注射および,ジクロフェナクナトリウム(以下,ジクロフェナク)点眼を開始した.ジクロフェナク点眼開始後,矯正視力は0.5から1.5に改善し,黄斑浮腫は軽快した..胞様黄斑浮腫の発症には,プロスタグランジンの関与,塩化ベンザルコニウムの関与が考えられているが,今回の症例から,塩化ベンザルコニウムが含まれていないプロスタグランジン製剤でも,.胞様黄斑浮腫の発症に注意を要すると考えられた.Onepseudophakiceyetreatedwithbenzalkoniumchloride(BAK)-freetravoprostforglaucomadevelopeddecreasedvisionandcystoidmacularedema(CME).TheBAK-freetravoprostwasdiscontinuedandtheCMEwastreatedwithtopicaltriamcinoloneacetonideanddiclofenacsodium.AfterdiscontinuationofBAK-freetravoprostandinitiationofdiclofenacsodium,visualacuityimprovedfrom0.5to1.5andthemacularedemaresolved.CMEisaknownadverseeffectofallprostaglandinanalogs;however,BAK,whichisusedasapreservativeforhypotensivelipids,isalsothoughttoberelatedtoCME.OurpatientdevelopedCMEafterinitiationofBAK-freetravoprost,whichindicatesthatevenwithoutBAK,cautionmustbeexercisedintheuseofprostaglandinanalogs.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)29(5):687.690,2012〕Keywords:.胞様黄斑浮腫,プロスタグランジン,塩化ベンザルコニウム,トラボプロスト,偽水晶体眼.cystoidmacularedema(CME),prostaglandinanalog,benzalkoniumchloride(BAK),travoprost,pseudophakia.はじめにプロスタグランジン製剤の点眼は,緑内障治療における第一選択薬として用いられており,その副作用として.胞様黄斑浮腫が生じることが知られている.黄斑浮腫が生じる病態は完全には解明されていないが,プロスタグランジンなどの炎症性伝達物質が血液網膜関門を破綻させることに関与していると考えられている1.4).また,Miyakeらは,緑内障点眼薬の防腐剤として使用されている,塩化ベンザルコニウム(BAK)が血液房水関門に影響を与え,白内障術後早期の.胞様黄斑浮腫の発症に関与している可能性を報告している5).2007年に,BAKの代わりにsofZiaRを防腐剤として用いたプロスタグランジン製剤であるトラボプロストがわが国で使用が開始された.BAKの含まれていないプロスタグランジン製剤の使用開始後に.胞様黄斑浮腫をきたした症例の報告はまれであり,今回筆者らはBAKの含まれていないトラボプロスト点眼により.胞様黄斑浮腫を発症した症例を経験したので報告する.I症例患者:72歳,女性.主訴:右眼視力低下.現病歴:2006年に右眼網膜前膜(図1a)に対して,超音波乳化吸引術,眼内レンズ挿入術および25ゲージ硝子体手術を施行された既往のある患者で,特に合併症もなく手術は終了していた.術後経過は良好で,定期的に外来通院中であ〔別刷請求先〕平原修一郎:〒467-8601名古屋市瑞穂区瑞穂町字川澄1名古屋市立大学大学院医学研究科視覚科学Reprintrequests:ShuichiroHirahara,M.D.,DepartmentofOphthalmologyandVisualScience,NagoyaCityUniversityGraduateSchoolofMedicalSciences,1-Kawasumi,Mizuho-cho,Mizuho-ku,Nagoya-shi,Aichi467-8601,JAPAN0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(107)687 ab図1硝子体手術術前後のOCT硝子体手術および超音波乳化吸引術・眼内レンズ挿入術の術前(a)には,OCT所見として,右眼眼底に偽黄斑円孔を認めた.右眼矯正視力は0.7であった.硝子体手術施行後2年目のOCT(b)では,網膜前膜や.胞様黄斑浮腫はみられない.b図2.胞様黄斑浮腫発症時のOCTおよびフルオレセインナトリウム蛍光眼底造影右眼OCT(a)にて.胞様黄斑浮腫がみられる.矯正視力は0.5であった.フルオレセインナトリウム蛍光眼底造影検査(b)にて,黄斑部のびまん性過蛍光がみられ,.胞様黄斑浮腫の所見がみられる.った.経過:2008年4月受診時,視力は右眼0.5(1.5×cyl.0.75DAx90°),左眼0.5(1.2×sph+2.25D(cyl.1.50DAx90°)で,眼圧は右眼13mmHg,左眼14mmHgであった.前眼部には特記する所見は認めず,眼底検査にて右眼の網膜前膜の再発は認められず,光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT)でも正常な黄斑部の形態を示していた(図1b)が,cup/disc比が右眼0.8,左眼0.7に拡大し,静的量的視野検査にて両眼平均閾値の低下および右眼にBjerrum暗点が検出された.以前の右眼手術から2年が経過しており,その後の経過も順調であったため,2008年5月よりBAKの含まれていないトラボプロスト点眼を両眼へ開始した.右眼へ点眼開始し1カ月後に,右眼眼圧は13mmHgから9mmHgへ低下したので,左眼へ点眼を開始し,左眼眼圧も14mmHgから10mmHgへ低下した.点眼開始後,両眼結膜充血がみられた.点眼開始から4カ月後,右眼眼圧は9mmHgのままであったが,右眼矯正視力が0.5まで低下した.前房や硝子体内に炎症細胞はみられず,OCTおよびフルオレセインナトリウム蛍光眼底造影検査にて,.胞様黄斑浮腫の所見がみられた(図2a,b).ただちに,両眼のトラボプロスト点眼を中止し,トリアムシノロンアセトニ688あたらしい眼科Vol.29,No.5,2012図3.胞様黄斑浮腫軽快後のOCT黄斑浮腫治療開始から3カ月後の右眼OCTにて.胞様黄斑浮腫は消失し,矯正視力は1.5まで改善した.ドの後部Tenon.下注射施行,ジクロフェナクナトリウム(以下,ジクロフェナク)点眼を開始した.黄斑浮腫治療開始から3カ月後に右眼矯正視力は1.5まで回復し,.胞様黄(108)a 斑浮腫は消失した(図3).トラボプロスト点眼から2%カルテオロール点眼に変更し,現在眼圧12mmHgで,.胞様黄斑浮腫の再発は認めていない.II考察プロスタグランジン製剤に関連した.胞様黄斑浮腫を起こす危険因子として,内眼手術,無水晶体眼,後.破損,ぶどう膜炎の既往,網膜炎症性疾患,網膜血管異常,糖尿病網膜症などがあげられる2).今回の症例では2年前の手術は合併症なく終了しており,後.破損,後発白内障切開も施行しておらず,プロスタグランジン製剤使用による.胞様黄斑浮腫の発症リスクは低い症例と考えていた.後.破損などの術中合併症なく終了した患者に対し,ラタノプロスト点眼開始後に.胞様黄斑浮腫をきたした症例報告がある6,8).安谷ら6)は,白内障術直後よりラタノプロスト点眼を使用し,ジクロフェナク中止後に.胞様黄斑浮腫をきたした症例を報告している.白内障手術は術中合併症なく終了していたが,既往に網膜毛細血管の拡張を認めていたことと,ジクロフェナク点眼中止により炎症性伝達物質が生合成され,網膜血管の透過性亢進および血管網膜柵の破壊が起きたためと考察している.石垣ら7)は,緑内障点眼を必要とする術後偽水晶体眼においては,.胞様黄斑浮腫発症予防のために,ジクロフェナクなど非ステロイド消炎薬の点眼の同時投与は少なくとも術後6カ月までが推奨されると考察している.本症例では合併症なく白内障手術は終了し,術後2年が経過しており,.胞様黄斑浮腫は,術後の炎症に伴うものではなく,プロスタグランジンによってひき起こされたものと考えられる.池田ら8)は,ラタノプロストを使用中に.胞様黄斑浮腫を生じた5例を報告している.5例中4例は.内摘出あるいは後.破損で水晶体後.がない状態であり,1例は術中合併症なく白内障手術が終了していたが,網膜.離に対するバックル手術の既往のある症例であったため,水晶体後.のない症例だけでなく,眼合併症の多い症例に対してもラタノプロスト点眼投与を慎重にするべきであると考察している.Esquenaziらは,ラタノプロストからBAKの含まれていないトラボプロストへ変更した後に.胞様黄斑浮腫が発症した症例を報告しており9),.胞様黄斑浮腫の原因として臨床的に顕在化していなかった.胞様黄斑浮腫が増悪したのではないかと推測している.しかし筆者らの症例では,トラボプロスト点眼以前は点眼薬の処方はされておらず,OCT上,中心窩の形態的異常もみられていなかったため,トラボプロスト自体が.胞様黄斑浮腫を起こした原因であると推測される.Arcieriらは,プロスタグランジン製剤を偽水晶体眼,無水晶体眼の患者に使用し血液房水関門の変化を調べた結果,(109)ラタノプロスト,ビマトプロスト,トラボプロストは,.胞様黄斑浮腫を起こすリスクが低い症例でも,偽水晶体眼および無水晶体眼において黄斑浮腫をひき起こしたと報告している4).この報告で使用されたプロスタグランジン製剤にはすべて,BAKが防腐剤として使用されており,BAK濃度の一番低いビマトプロストも.胞様黄斑浮腫を起こしていることから,防腐剤はあまり黄斑浮腫をひき起こす病態には影響を与えていないのかもしれない.筆者らの症例でも,トラボプロストからBAKを含むカルテオロールに変更後,.胞様黄斑浮腫が発症していないことからも,BAKは.胞様黄斑浮腫の生じた病態には関連がなかったと考えられる.Carrilloらは,ラタノプロストからビマトプロストへ薬剤を変更後,.胞様黄斑浮腫が増悪したと報告しており,.胞様黄斑浮腫の生じる前に強い結膜充血が起きていたことも報告されている10).筆者らの症例でも,.胞様黄斑浮腫が生じる前に強い結膜充血を訴えていた.筆者らの症例を含めて,2症例のみの報告であるが,結膜充血をプロスタグランジンに関連した.胞様黄斑浮腫の予測因子として活用できる可能性が考えられた.本症例では手術歴のない左眼へもトラボプロストの点眼を右眼と同時期に行っているが,.胞様黄斑浮腫の発症はなかったことから,偽水晶体眼や無硝子体であることが,トラボプロストによる.胞様黄斑浮腫誘発の要因として重要な可能性があることが考えられた.今回筆者らは,BAKの含まれていないプロスタグランジン製剤であるトラボプロストを緑内障眼に対して使用を開始した後に,.胞様黄斑浮腫が生じた1例を経験した.ぶどう膜炎,術中合併症の生じた内眼手術や.胞様黄斑浮腫の既往がない偽水晶体眼であっても,BAKの含まれていないトラボプロスト点眼により.胞様黄斑浮腫の発症に注意が必要と考えられた.文献1)MiyakeK,OtaI,MaekuboKetal:Latanoprostacceleratesdisruptionoftheblood-aqueousbarrierandtheincidenceofangiographiccystoidmacularedemainearlypostoperativepseudophakias.ArchOphthalmol117:34-40,19992)WandM,GaudioAR:Cystoidmacularedemaassociatedwithocularhypotensivelipids.AmJOphthalmol133:403-405,20023)MiyakeK,IbarakiN:Prostaglandinsandcystoidmacularedema.SurvOphthalmol47(Suppl1):S203-S218,20024)ArcieriES,SantanaA,RochaFNetal:Blood-aqueousbarrierchangesaftertheuseofprostaglandinanaloguesinpatientswithpseudophakiaandaphakia:a6-monthrandomizedtrial.ArchOphthalmol123:186-192,20055)MiyakeK,OtaI,IbarakiNetal:Enhanceddisruptionofあたらしい眼科Vol.29,No.5,2012689 theblood-aqueousbarrierandtheincidenceofangiographiccystoidmacularedemabytopicaltimololanditspreservativeinearlypostoperativepseudophakia.ArchOphthalmol119:387-394,20016)安谷仁志,酒井寛,中村秀夫ほか:ラタノプロスト点眼により再発した白内障術後.胞様黄斑浮腫の1例.眼紀55:315-319,20047)石垣純子,三宅三平,太田一郎ほか:緑内障点眼の偽水晶体眼における血液房水柵に及ぼす効果術後時期による差.IOL&RS23:78-83,20098)池田彩子,大竹雄一郎,井上真ほか:ラタノプロスト投与中に生じた.胞様黄斑浮腫.あたらしい眼科21:123127,20049)EsquenaziS:CystoidmacularedemainapseudophakicpatientafterswitchingfromlatanoprosttoBAK-freetravoprost.JOculPharmacolTher23:567-570,200710)CarrilloMM,NicolelaMT:Cystoidmacularedemainalow-riskpatientafterswitchingfromlatanoprosttobimatoprost.AmJOphthalmol137:966-968,2004***690あたらしい眼科Vol.29,No.5,2012(110)