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網膜色素変性症患者にみられた眼内レンズ前房内脱臼の1例

2010年5月31日 月曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY(127)699《原著》あたらしい眼科27(5):699.702,2010cはじめに網膜色素変性症は,原発性,びまん性に網膜視細胞と色素上皮の機能が障害される進行性で遺伝性の疾患である.代表的な症状は夜盲,視野狭窄,視力低下,羞明,光視症,飛蚊症,色覚異常などがあり,合併症として白内障や緑内障の合併が多いほか,屈折異常,硝子体異常などがみられる1).特に白内障は後.下混濁を瞳孔領の中央に認めることが多く(成人網膜色素変性症患者の35.51%)2.4),およそ35歳前後と比較的若年のうちに白内障手術が行われることがある5).網膜色素変性症を有していても,白内障手術を行うことによって視力の改善を得られることは多い6,7).ただし,白内障術後には,高度な水晶体.の前.収縮や後.混濁,.胞様黄斑浮腫が生じることが知られており6,8),ときに水晶体偏位9)や白内障術後に眼内レンズの偏位を認めることがある7,10,11).Leeらは網膜色素変性症患者で特に問題なく白内障手術が行われたが,術後に両眼とも眼内レンズが脱臼した例を報告している10).今回,筆者らは網膜色素変性症患者の白内障術後に,片眼は眼内レンズが水晶体.に包〔別刷請求先〕松村健大:〒910-1193福井県吉田郡永平寺町松岡下合月23-3福井大学医学部感覚運動医学講座眼科学Reprintrequests:TakehiroMatsumura,M.D.,DepartmentofOphthalmology,FacultyofMedicalScience,UniversityofFukui,23-3Shimoaizuki,Matsuoka,Eiheiji,Yoshida-gun,Fukui910-1193,JAPAN網膜色素変性症患者にみられた眼内レンズ前房内脱臼の1例松村健大高村佳弘久保江理赤木好男福井大学医学部感覚運動医学講座眼科学IntraocularLensDislocationtotheAnteriorChamberinaCaseofRetinitisPigmentosaTakehiroMatsumura,YoshihiroTakamura,EriKuboandYoshioAkagiDepartmentofOphthalmology,FacultyofMedicalScience,UniversityofFukui緒言:網膜色素変性症においては,水晶体もしくは眼内レンズが硝子体側に脱臼する場合がときにみられる.今回筆者らは,網膜色素変性症患者において両眼の眼内レンズが偏位し,特に片眼は前房内へ脱臼していた症例を経験したので報告する.症例:58歳,男性.12年前に当院にて網膜色素変性症と両眼の白内障を指摘され,超音波水晶体乳化吸引術と眼内レンズ挿入術を施行された.術後12年経過し,両眼の視力低下を主訴に当院再受診.視力は両眼とも光覚弁であり,右眼は眼内レンズが前房内へ脱臼し,左眼は亜脱臼している状態であった.硝子体手術を併用して,両眼内レンズ摘出および縫着術を施行した.摘出した水晶体.の光学顕微鏡組織切片像では,高度な前.収縮と.内にa平滑筋アクチンを発現する平滑筋様の伸長した線維細胞が充満した像が観察された.結論:網膜色素変性症元来のZinn小帯の脆弱性に加えて,白内障術後の前.収縮が眼内レンズ脱臼の一因と思われた.脱臼した眼内レンズの摘出および縫着において硝子体手術の併用は有用であった.Wereportacaseofbilateralintraocularlens(IOL)spontaneousdislocationassociatedwithretinitispigmentosa(RP),inwhichtheIOLoftherighteyedislocatedintotheanteriorchamber.Thepatient,a58-year-oldmalediagnosedRPandcataract,receiveduneventfulcataractsurgery.Twelveyearslater,hecomplainedofdiminishedvisualacuityinbotheyes.Intherighteye,theIOLwithcapsularbaghaddislocatedintotheanteriorchamber;inthelefteye,theIOLhaddislocatedintotheanteriorvitreouscavity.ThesurgicalprocedureperformedincludedIOLremoval,vitrectomyandsecondaryIOLscleralfixation.Histologicalmicroscopicexaminationrevealedsevereanteriorcapsularcontractionandfibrocytesfillingthecapsularbagappearinga-smoothmuscleactin.ProgressedanteriorcontractioncombinedwithzonularfiberfragilitymightcauseIOLdislocationintheeyeofRPpatient.ThesurgicalcombinationwithvitrectomywasbeneficialfortheIOLremovalandfixationprocedure.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(5):699.702,2010〕Keywords:眼内レンズ脱臼,網膜色素変性症,前房,Zinn小帯の脆弱性.intraocularlensdislocation,retinitispigmentosa,anteriorchamber,zonularweakness.700あたらしい眼科Vol.27,No.5,2010(128)まれたまま前房内へ脱臼し,他眼は硝子体腔に亜脱臼した1例を経験したので報告し,その成因を摘出した水晶体.の組織標本より検討した.I症例患者:58歳,男性.主訴:両眼視力低下.家族歴:特記すべきことなし.既往歴:1996年8月に両眼の視力低下を主訴に近医を受診し,眼底に骨小体様色素沈着,網膜血管の狭細化,視神経乳頭の蒼白化といった所見を認め,網膜色素変性症と診断された.両眼の白内障も認め,精査・加療目的で当科へ紹介受診となった.受診時の視力は右眼0.02(矯正不能),左眼0.02(矯正不能)であった.同月,浅前房のため,両眼ともレーザー虹彩切開術を施行された.同年10月に両眼における超音波水晶体乳化吸引術と眼内レンズ挿入術が施行された.術中・術後の合併症はなく,術後視力は右眼0.04(矯正不能),左眼0.03(0.06×.2.0D(cyl.1.0DAx30°)であった.退院後は外来にて経過観察していたが,同年12月に前.収縮と後発白内障を認め,Nd:YAGレーザーにて,右眼は前.切開を,左眼は前.切開と後.切開が施行された.以後,近医にて経過観察を続けていた.現病歴:2008年2月頃からの両眼視力低下を主訴に,手術から12年経過した2008年4月8日に当科を再受診した.再診時眼科所見:視力は両眼ともに光覚弁(矯正不能),眼圧は右眼17mmHg,左眼16mmHgであった.細隙灯顕微鏡による前眼部観察にて,右眼は眼内レンズおよび水晶体.が前房内へ脱臼しており(図1a),左眼においては硝子体腔に亜脱臼していた(図1b).また,左眼の眼内レンズは耳側が水晶体.から脱出している状態であった.両眼とも瞳孔不整は認めず,角膜内皮細胞密度は右眼2,770/mm2,左眼1,517/mm2であった.経過:2008年4月28日に右眼に対し20ゲージ硝子体切除術を併用して眼内レンズ摘出および縫着術を施行した.同様の手術を左眼に対し5月2日に施行した.術後2週間において視力は右眼0.01(矯正不能),左眼手動弁(矯正不能)と改善した(図1c,d).術後3カ月の角膜内皮細胞密度は右眼2,342/mm2,左眼1,653/mm2であったが,術後1年2カ月経過して,左眼は1,600/mm2とほぼ変化はなかったが,右眼は2,053/mm2と減少していた.摘出した水晶体.から眼内レンズを外し,パラフィン切片作製の後,ヘマトキシリン-エオジン染色を施行した(図2).光学顕微鏡で組織切片を観察すると,前.が高度に収縮し,acbd図1術前後の前眼部写真術前:右眼(a)は眼内レンズおよび水晶体.が前房内へ脱臼しており,左眼(b)は亜脱臼していた.術後:右眼(c),左眼(d)それぞれ眼内レンズを縫着した.(129)あたらしい眼科Vol.27,No.5,2010701.内が平滑筋様の伸長した線維細胞で充満していた.これらは後発白内障で発現がみられる水晶体上皮細胞の線維化マーカーである抗a平滑筋アクチン(a-smoothmuscleactin:a-sma)抗体で陽性であった.II考按網膜色素変性症では,白内障術後に高度な前.収縮や後.混濁,眼内レンズの偏位などを認めることがある6.8,10).今回,筆者らは網膜色素変性症患者に超音波乳化吸引術と眼内レンズ挿入術が問題なく行われたが,術後12年経過して,両眼とも眼内レンズが脱臼した例を報告した.過去に,網膜色素変性症患者の白内障術後に,眼内レンズが両眼とも硝子体腔で脱臼した例は報告されている10)が,本症例では右眼の眼内レンズが水晶体.ごと前房内へ脱臼している状態であった.このような例は筆者らの知る限り報告がない.眼内レンズ脱臼の原因として,第一にZinn小帯の脆弱性が影響していると考えられる8,10.13).網膜色素変性症では水晶体自体が脱臼する症例もみられる14)ので,特異的なZinn小帯の脆弱性があるものと考えられる.本症例では白内障手術前に浅前房がみられ,術前からZinn小帯の切裂が一部あった可能性もある.ただし,術前に水晶体振盪や手術中にZinn小帯の異常は確認されなかった.今回,摘出した水晶体.の標本において,高度の前.収縮が組織学的に認められた.a平滑筋アクチンを発現する線維細胞が水晶体.内に充満していたことから,水晶体上皮細胞から線維性の変化が強く起きていたことが示唆され,前.収縮が助長されたものと推測される.Zinn小帯の脆弱性と前.収縮が互いにどのように関連しているかは不明であるが,Zinn小帯が脆弱であるが故に,前.収縮が高度に起こる可能性がある.逆に前.切開面の収縮が,さらにZinn小帯へ負荷を与えることで脆弱性を助長し,脱臼に至った可能性も考えられる.第二に脱臼の原因として,レーザー虹彩切開術を施行したことが影響している可能性も考えられる.レーザー虹彩切開術を施行した後,水晶体が自然に前房内へ脱臼した例は数例報告されており15,16),網膜色素変性症患者においても,高眼圧後にレーザー虹彩切開術を施行した後,両眼水晶体の前房内脱臼を認めた例が報告されている14).レーザー虹彩切開術後眼に対する白内障手術において,Zinn小帯の脆弱性は臨床的によく経験されるが,本症例ではレーザー虹彩切開術を施行されて12年が経過しており,脱臼との関連性がどこまであるのか明らかではない.SeongらはZinn小帯が緩んでいるため,水晶体が虹彩裏面へ付着し,硝子体圧が一気に上昇したことで,水晶体が前房内へ押し出されたという仮説をたてている15)が,本症例においても同様の機序が起こったのではないかと予想される.白内障手術の前.収縮と後.混濁に対し,Nd:YAGレーザーで前.切開と後.切開を施行していることも,Zinn小帯に負荷を与えることとなり,眼内レンズの脱臼に影響していると推測される10,14).また,角膜内皮細胞密度に関しては,左眼は術前後にほとんど変化を認めなかったが,右眼は術直後に2,342/mm2と軽度の減少を認め,術後1年2カ月経過して,2,053/mm2とさらに減少していた.右眼は眼内レンズが前房内へ脱臼していたため,角膜内皮細胞への影響が左眼よりも大きかったのではないかと推測され,今後もさらなる減少が生じないか,注意深い経過観察が必要であると考えられる.今回,脱臼した眼内レンズの摘出および縫着において硝子体手術を併用した.持続灌流によって硝子体腔の安定性を高め,眼内レンズの摘出および縫着を容易に行うことが可能であった.さらに十分な硝子体切除を行うことで,術後網膜.離の危険性を低下させることができると思われ,硝子体手術の併用は有用であったと考えられる.文献1)BersonEL,RosnerB,SandbergMAetal:Ocularfindingsinpatientswithautosomaldominantretinitispigmentosaandrhodopsin,proline-347-leucine.AmJOphthalmol111:614-623,19912)HeckenlivelyJ:Thefrequencyofposteriorsubcapsularcataractinthehereditaryretinaldegenerations.AmJOphthalmol93:733-738,19823)BastekJV,HeckenlivelyJR,StraatsmaBRetal:Cataractsurgeryinretinitispigmentosapatients.Ophthalmology89:880-884,19824)FishmanGA,AndersonRJ,LourencoP:Prevalenceofposteriorsubcapsularlensopacitiesinpatientswithretinitispigmentosa.BrJOphthalmol69:263-266,19855)NewsomeDA,StarkWJ,MaumeneeIH:Cataractextrac-ヘマトキシリン-エオジン染色,×200抗a-sma抗体による免疫染色(DAB発色),×200(前.側)(後.側)(前.側)(後.側)図2摘出した水晶体.の組織切片像高度の前.収縮が認められ,水晶体.内は線維性物質で充満している.線維性物質は抗a-sma抗体陽性である.702あたらしい眼科Vol.27,No.5,2010(130)tionandintraocularlensimplantationinpatientwithretinitispigmentosaorUsher’ssyndrome.ArchOphthalmol104:852-854,19866)JacksonH,Garway-HeathD,RosenPetal:Outcomeofcataractsurgeryinpatientwithretinitispigmentosa.BrJOphthalmol85:936-938,20017)DelBeatoP,TanzilliP,GrengaRetal:Isitusefultoperformcataractsurgeryinretinitispigmentosapatient?InvestOphthalmolVisSci38:868,19978)HayashiK,HayashiH,MatsuoKetal:Anteriorcapsulecontractionandintraocularlensdislocationafterimplantsurgeryineyeswithretinitispigmentosa.Ophthalmology105:1239-1243,19989)SatoH,WadaY,AbeYetal:Retinitispigmentosaassociatedwithectopialentis.ArchOphthalmol120:852-854,200210)LeeHJ,MinSH,KimTY:Bilateralspontaneousdislocationofintraocularlenseswithinthecapsularbaginaretinitispigmentosapatient.KoreanJOphthalmol18:52-57,200411)GrossJG,KokameGT,WeinbergDV:In-the-bagintraocularlensdislocation.AmJOphthalmol137:630-635,200412)RachipalliR,SrinivasK:Capsulorhexisphimosisinretinitispigmentosadespitecapsulartentionringimplantation.JCataractRefractSurg27:1691-1694,200113)並木真理,田上勇作,森野以知朗ほか:眼内レンズ移植後の高度の前.収縮・混濁についての毛様体鏡所見と前.組織所見.日眼会誌97:716-720,199314)KwonYA,BaeSH,SohnYH:Bilateralspontaneousanteriorlensdislocationinaretinitispigmentosapatient.KoreanJOphthalmol21:124-126,200715)SeongM,KimMJ,TchanH:Argonlaseriridotomyasapossiblecauseofdislocationofacrystallinelens.JCataractRefractSurg35:190-192,200916)KawashimaM,KawakitaT,ShimazakiJ:Completespontaneouscrystallinelensdislocationintotheanteriorchamberwithsevercornealendothelialcellloss.Cornea26:487-489,2007***