‘前房内睫毛迷入’ タグのついている投稿

眼科手術時に発見された前房内睫毛迷入の1例

2012年12月31日 月曜日

《原著》あたらしい眼科29(12):1689.1691,2012c眼科手術時に発見された前房内睫毛迷入の1例岩田進高山圭播本幸三竹内大防衛医科大学校眼科学教室ACaseofIntraocularCiliaFoundduringOcularSurgerySusumuIwata,KeiTakayama,KozoHarimotoandMasaruTakeuchiDepartmentofOphthalmology,NationalDefenseMedicalCollege目的:自覚症状,眼外傷や眼科手術の既往がなく,眼科手術の際に発見された前房内睫毛迷入の1例を経験したので報告する.症例:59歳,男性,原因不明の左眼硝子体出血にて当科紹介となる.初診時,左眼の矯正視力0.01,眼圧16mmHgであった.既往として糖尿病網膜症および糖尿病性腎不全があったが,眼外傷や眼手術の既往はなかった.左眼に対する超音波乳化吸引術および硝子体切除術が予定され,球後麻酔後の手術開始時,11時の周辺角膜裏面に線状の前房内異物を認め,2時に作製した角膜創より鑷子にて摘出した.手術は予定どおり終了し,顕微鏡所見から前房内異物は軽度脱色を伴った睫毛と同定された.術中術後,前房内睫毛の迷入を示唆する創痕は認められず,睫毛による異物反応は術前よりみられなかった.術後炎症は速やかに消退し,術後1週間で左眼矯正視力は1.5に回復し,その後の経過も良好であった.結論:睫毛は創痕を残すことなく前房内に迷入する可能性が示唆された.Purpose:Toreportacaseofintraocularciliamigrationintotheanteriorchamberwithnohistoryofocularinjuryorsurgery.Casereport:A59-year-oldmalewasreferredtoourhospitalbecauseofvitreoushemorrhageinhislefteye.Visualacuityoftheeyewas0.01;ocularpressurewas16mmHg.Phacoemulsificationandvitrectomywereperformed.Afterretrobulbaranesthesia,anintraocularforeignbodywasobservedintheanteriorchamber.Theforeignbodywasextractedusingmicroforcepsandwasidentifiedasciliaviamicroscopy.Nowoundtraceswerenotidentifiedontheocularsurface.Intraocularinflammationwasnotobservedbeforetheoperation,andtheclinicalcoursewasfavorable.Conclusion:Itissuggestedthatciliamaymigrateintotheanteriorchamberwithoutawoundtraceremaining.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)29(12):1689.1691,2012〕Keywords:眼内異物,睫毛,前房内睫毛迷入.intraocularforeignbody,cilium,intraocularciliummigration.はじめに前房内異物として過去の報告では鉄などの金属異物やガラスなどが多く1),前房内に睫毛が迷入した症例の報告2.4)はあるがまれである.前房内異物の機序としては,角膜穿孔2)や眼球破裂などの外傷3,4)に伴うものや,白内障などの手術操作時5,6)に伴うものが多い.睫毛が眼内に迷入した際,硝子体内に到達したものは裂孔原性網膜.離の原因7)となり,前房内においては遅発性のぶどう膜炎8)や.胞3)を生じた報告があるが,長期間放置しても炎症反応をきたさず経過した症例9)や,自覚症状もなく50年以上も経過したと思われる症例10)も報告されている.今回,自覚症状,眼科手術や外傷の既往がなく,硝子体手術の際に発見された前房内睫毛迷入の1例を経験したので報告する.I症例59歳,男性.2週間前から左眼の視力低下を自覚し,近医受診.硝子体出血の診断にて当科紹介となる.初診時,矯正視力は右眼1.5,左眼0.01,眼圧は右眼15mmHg,左眼16mmHg,前眼部に外傷の既往や手術既往を疑わせる創口はみられなかった.中間透光体には軽度白内障を認めたが前房内に浸潤細胞はみられなかった.右眼眼底は糖尿病網膜症所見を呈し汎網膜光凝固施行後であった.左眼は硝子体出血のため眼底は透見不能であった.水晶体再建術および硝子体手術を予定した.球後麻酔後手術開始時に,11時の周辺角〔別刷請求先〕岩田進:〒359-8513所沢市並木3-2防衛医科大学校眼科学教室Reprintrequests:SusumuIwata,M.D.,DepartmentofOphthalmology,NationalDefenseMedicalCollege,3-2Namiki,TokorozawaCity,Saitama359-8513,JAPAN0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(99)1689 図1術直前時の前眼部所見術施行直前に前房内に異物が浮遊しているのを認め(矢印),鑷子で除去した.異物は睫毛であった.図2術中眼底所見術中の眼底に網膜静脈分枝閉塞症の所見が認められたため,網膜静脈分枝閉塞症に伴う硝子体出血と診断した.膜裏面に線状の前房内異物が認められたため(図1),2時の角膜輪部に1mm幅の創口を作製し,マイクロ鑷子にて摘出した.その後,超音波乳化吸引術,硝子体手術を施行し,術中の眼底所見から硝子体出血の原因は糖尿病網膜症に合併した網膜静脈分枝閉塞症と考えられた(図2).異物が眼内に迷入した創痕は術中,術後確認できず,顕微鏡所見から異物は睫毛と判明した(図3A).睫毛は脱色され表皮層が部分的に欠損し,皮質の連続性が障害されていた(図3B).術前から左眼に前眼部炎症所見はなく,眼表面に創痕が認められなかったことから前房内迷入後,長期間経過していたことが予想された.1週間で左眼の矯正視力は1.5に回復し,その後の経過も良好であった.1690あたらしい眼科Vol.29,No.12,201225μmAB図3病理所見術中得られた検体は,脱色された睫毛であった(A).正常の睫毛と比較して,組織学的変化として部分的に表皮層が欠損し,皮質の連続的な細胞膜の損失が生じた.睫毛周囲の異物反応は認めなかった(B).II考按睫毛が前房内に迷入した報告はまれであり,機序として外傷性2.4)や手術操作に伴うもの5,6)が報告されているが,侵入経路が不明な報告も海外で1例11),わが国においてはアレルギー性結膜炎の患者で1例報告8)されている.本症例は,既往としてアレルギー性結膜炎はなく,.痒感を生じるような疾患の既往もなかった.よって,海外の報告と同じく,前房内への迷入原因,経路はまったく不明である.前房内異物により惹起される前眼部炎症に関しては,遅発性ぶどう膜炎を発症8)した症例や.胞を形成したとの報告3)もあるが,長期間無症状で経過し,最大50年以上経過10)していたと考えられた報告もある.今回の症例においても,迷入した時期は不明であるが,自覚症状はなく,炎症や.胞形成も認めなかった.硝子体出血による視力障害がなければ手術は施されず,(100) 放置されていたと考えられる.炎症のない眼の前房内に投与された抗原に対しては,細胞性免疫能および補体結合抗体の産生が抑制され,この特異な免疫反応は,前房関連免疫偏位(anteriorchamber-associatedimmunedeviation:ACAID)として知られている12).このような基礎医学研究の知見もあり,前房内異物に関しては炎症や自覚症状がなければ経過観察でよいとする意見がある.前房に迷入した睫毛は,時間経過とともに表皮層が部分的に欠損し,皮質の連続性が障害されるが,睫毛の構造自体に変化はないことが報告9)されている.今回の検体は,過去の報告と同様に,部分的に表皮層が欠損し,皮質細胞膜の連続性が障害されていた.眼表面に創痕がみられなかったことからも,前房内に迷入した期間は短期間ではなく長期間であったと考えられる.術前,前房内睫毛迷入が細隙灯顕微鏡検査にて観察されなかった原因としては,眼表面に異常がみられなかったこと,および座位での診察のため下方隅角に位置していたためと考えられる.術後に隅角検査を行ったが,特記すべき異常は認められなかった.本症例は,手術時の体位変換により発見されたが,このようなことから,創痕を残さず前眼部炎症をきたさない前房内異物は,自覚症状を呈することもないため,その大きさによっては細隙灯顕微鏡では観察されえない隅角に位置し,日常の眼科診療では見逃される可能性が示唆される.文献1)樋口暁子,喜多美穂里,有澤章子ほか:外傷性眼内異物の検討.眼臨96:60-62,20022)SnirM,KremerI:Eyelashcomplicationsintheanteriorchamber.AnnOphthalmol24:9-11,19923)KoseS,KayikciogluO,AkkinC:Coexistenceofintraoculareyelashesandanteriorchambercystafterpenetratingeyeinjury:acasepresentation.IntOphthalmol18:309311,19944)GopalL,BankerAS,SharmaTetal:Intraocularciliaassociatedwithperforatinginjury.IndianJOphthalmol48:33-36,20005)IslamN,DabbaghA:Inertintraoculareyelashforeignbodyfollowingphacoemulsificationcataractsurgery.ActaOphthalmolScand84:432-434,20066)RofailM,BrinerAM,LeeGA:Migratoryintraocularciliumfollowingphacoemulsification.ClinExperimentOphthalmol34:78-80,20067)TeoL,ChuahKL,TeoCHetal:Intraocularciliainretinaldetachment.AnnAcadMedShingapore40:477-479,20118)宮本直哉,舘奈保子,橋本義弘:前房内睫毛異物による眼内炎の1例.あたらしい眼科23:109-111,20069)HumayunM,delaCruzZ,MaguireAetal:Intraocularcilia.Reportofsixcasesof6weeks’to32years’duration.ArchOphthalmol111:1396-1401,199310)山上美情子,大島隆志,山上潔:50年以上経過していると思われる前房内睫毛異物の1例.眼紀41:2169-2174,199011)KertesPJ,Al-Ghamdi,AA,BrownsteinS:Anintraocularciliumofuncertainorigin.CanJOphthalmol39:279-281,200412)Stein-StreileinJ,StreileinJW:Anteriorchamberassociatedimmunedeviation(ACAID):regulation,biologicalrelevance,andimplicationsfortherapy.IntRevImmunol21:123-152,2002***(101)あたらしい眼科Vol.29,No.12,20121691