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潰瘍性大腸炎に合併した半側網膜中心動脈閉塞症の1例

2011年7月31日 日曜日

0910-1810/11/\100/頁/JCOPY(143)1047《原著》あたらしい眼科28(7):1047?1049,2011cはじめに潰瘍性大腸炎は10~30歳代の若年者に好発する原因不明の非特異的慢性炎症性腸疾患である.おもな炎症の場は腸管粘膜で,頻回の下痢や血便,疝痛様腹痛,発熱などを発作的にくり返す.本症には皮膚症状,口腔粘膜症状,関節症状,血管病変その他,多くの腸管外症状が起こるが,ときに眼症状も呈することがある.潰瘍性大腸炎に最も多い眼症状はぶどう膜炎であり,0.5~15%と報告されている1).今回筆者らは潰瘍性大腸炎に合併した半側網膜中心動脈閉塞症の1例を経験したので報告する.I症例患者:42歳,女性.主訴:右眼視野異常.現病歴:平成16年3月下血を主訴に内科を受診した.大腸内視鏡検査にて直腸下端から上部直腸まで全周性連続性のびらん,血管透過性の低下を認め,潰瘍性大腸炎と診断された.メサラジンR1,500mgの内服にて症状は改善し,その後症状の増悪は認めなかった.平成20年7月2日より右眼傍中心暗点を自覚し,7月3日近医を受診した.このときの〔別刷請求先〕中矢絵里:〒569-8686高槻市大学町2-7大阪医科大学眼科学教室Reprintrequests:EriNakaya,M.D.,DepartmentofOphthalmology,OsakaCollegeofMedicine,2-7Daigaku-cho,Takatsuki-city,Osaka569-8686,JAPAN潰瘍性大腸炎に合併した半側網膜中心動脈閉塞症の1例中矢絵里*1中泉敦子*1石崎英介*1高井七重*1竹田清子*2多田玲*3池田恒彦*1*1大阪医科大学眼科学教室*2竹田眼科*3多田眼科ACaseofHemi-centralRetinalArteryOcclusionAssociatedwithUlcerativeColitisEriNakaya1),AtsukoNakaizumi1),EisukeIshizaki1),NanaeTakai1),SayakoTakeda2),ReiTada3)andTsunehikoIkeda1)1)DepartmentofOphthalmology,OsakaCollegeofMedicine,2)TakedaEyeHospital,3)TadaEyeHospital潰瘍性大腸炎に合併した半側網膜中心動脈閉塞症(hemi-CRAO)の1例を経験した.症例は42歳,女性.平成16年3月,下血を主訴に内科を受診.大腸内視鏡検査にて直腸下端から上部直腸までの全周性連続性のびらん,血管透過性の低下,盲腸にも同様の所見を認め潰瘍性大腸炎と診断された.メサラジンRの内服にて症状は改善.平成20年7月2日より右眼傍中心暗点を認め翌日近医眼科を受診し,7月7日大阪医科大学眼科紹介受診.右眼は中心窩から上方にかけて極軽度の網膜の白濁を認め,蛍光眼底造影検査で右眼耳側下方の網膜動脈に造影剤流入の遅延を認めた.切迫型のhemi-CRAOと診断し,塩酸サルポグレラート・カリジノゲナーゼの内服を開始したところ,視力は右眼0.8pから1.2(7月23日)まで改善した.潰瘍性大腸炎による血管炎を原因としてhemi-CRAOを発症した可能性が考えられた.潰瘍性大腸炎では本疾患の合併も考慮して検査を進める必要がある.Purpose:Toreportacaseofhemi-centralretinalarteryocclusion(hemi-CRAO)associatedwithulcerativecolitis.Casereport:A42-year-oldfemalepresentedatourhospitalsufferingfromulcerativecolitiswithhemi-CRAO.Theulcerativecolitishadexistedfor4yearspriortopresentation,andhadcurrentlyregressed.Shenoticedaparacentralscotomainherrighteye5daysbeforetheinitialophthalmicexamination.Mildretinalwhiteningwithsuperiorfoveawereobservedinherrighteye.Fluoresceinfundusangiographyshoweddelayintemporalinferiorretinalarterialfillinginherrighteye;shewasdiagnosedashemi-CRAOandtreatedwithsarpogrelatehydrochlorideandkallidinogenase,resultinginimprovedvisualacuity.Conclusions:Wesuspectthattheulcerativecolitisplayedacausativeroleinhemi-CRAOdevelopmentinthiscase.Hemi-CRAOisoneoftheocularcomplicationsthatshouldbeconsideredincasesofulcerativecolitis,evenwhentheulcerativecolitisisinremission.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)28(7):1047?1049,2011〕Keywords:半側網膜中心動脈閉塞症,潰瘍性大腸炎.hemi-centralretinalarteryocclusion,ulcerativecolitis.1048あたらしい眼科Vol.28,No.7,2011(144)矯正視力はVD=(0.7),VS=(1.2)であった.7月7日大阪医科大学眼科(以下,当科)紹介受診した.初診時所見:前眼部,中間透光体に特に異常は認めなかった.眼底検査では右眼中心窩周囲に極軽度の網膜の白濁を認めた(図1).蛍光眼底造影では右眼の腕網膜時間は上方の網膜動脈は17秒,下方の網膜動脈は23秒で上方に比較して下方に造影剤流入の遅延を認めた(図2).動的量的視野計では右眼に傍中心暗点を認めた(図3).血液検査では抗核抗体が640倍,抗好中球細胞質抗体(P-ANCA)が26EUと高値を認めたが,その他は特に異常を認めなかった.経過:切迫型の半側網膜中心動脈閉塞症と診断し,7月7日より塩酸サルポグレラート,カリジノゲナーゼの内服を開始した.視力は近医初診時右眼(0.7)であったが,7月23日には右眼(1.2)まで改善した.眼底検査では初診時に認めた網膜の白濁は消失していた.しかし視野異常は現在も軽度残存している(図4).図3初診時視野傍中心暗点を認めた.図4初診時より約10カ月後の視野視野異常は現在も軽度残存している.図1初診時眼底写真右眼中心窩周囲に極軽度の網膜の白濁を認めた.図2初診時フルオレセイン蛍光眼底造影写真〔造影剤流入20秒後(左),38秒後(右)〕右眼の腕網膜時間は下方の網膜動脈が上方に比較して延長していた.(145)あたらしい眼科Vol.28,No.7,20111049II考按本症例の鑑別疾患として考えられる動脈閉塞症をきたす原因としては,凝固異常,動脈硬化,心房粘液腫,異常ヘモグロビン症,結節性多発動脈炎,側頭動脈炎,閉塞性血栓性静脈炎,球後視神経炎などがある2).本症例の場合,潰瘍性大腸炎以外の他の鑑別疾患でみられる全身症状は認めず,血液検査にても血液疾患を疑うような所見も認めなかった.抗核抗体,P-ANCAがやや高値であったが,結節性多発動脈炎にて認められるような全身症状は認められず,眼底検査で血管炎を示す所見も認められなかったため否定的と考えた.球後視神経炎に関しては,多発性硬化症の既往がなく,球後痛や中心暗点などの球後視神経炎に特徴的な所見を認めなかったため否定的と考えた.以上より潰瘍性大腸炎が今回の血管閉塞に影響を及ぼした可能性があると考えられた.潰瘍性大腸炎に合併する眼症状としてはぶどう膜炎が最も多いが,その他にも角膜潰瘍,結膜炎,黄斑浮腫,上強膜炎,強膜炎,漿液性網膜?離,虚血性視神経症,球後視神経炎,視神経乳頭炎,網膜動静脈炎,網膜血管閉塞性疾患などがある1,3).潰瘍性大腸炎に網膜血管閉塞性疾患を併発したとする症例は比較的まれではあるが過去にいくつかの報告があり,静脈閉塞症のほうが動脈閉塞症よりも多く報告されている3~8).潰瘍性大腸炎に網膜血管閉塞性疾患を併発する機序には2つのパターンがあると考えられている.一つは,血管炎が視神経乳頭部に生じる,いわゆる乳頭血管炎によって発症するものである.もう一つは腸管外合併症の一つである動静脈血栓症によって発症するものである.腸管病変の炎症亢進が血小板の増加,第V因子や第VIII因子の増加,フィブリノゲン,アンチトロンビン(AT)-IIIの欠乏,プロトロンビン時間の延長などをひき起こし,凝固亢進状態になることや,下血の持続により鉄欠乏性貧血がひき起こされ,その結果,相対的血小板増加となり血栓が形成されやすくなることが考えられている4).Mayeuxらは潰瘍性大腸炎の寛解期であった17歳,女性に網膜中心動脈閉塞症と脳梗塞が合併した症例を報告している.乳頭は蒼白で周辺に軽度出血を認め,血液検査では特に異常を認めなかった(ただしプロトロンビン時間は15秒と軽度高値)5).須賀らは潰瘍性大腸炎の寛解期であった20歳,女性が乳頭血管炎に伴う網膜中心静脈閉塞症を合併した症例を報告した.初期にはステロイド増量で視力は改善したが,発症6カ月後より静脈のうっ血が悪化し,ステロイドには反応しなくなった.初期ではおもに乳頭血管炎であったが,凝固系亢進による循環の悪化が関与していたと考察している3).Doiらは潰瘍性大腸炎に乳頭静脈炎を伴う網膜中心静脈閉塞症を合併した34歳,女性がステロイドの増量にて改善したと報告している6).石田らも,潰瘍性大腸炎の寛解増悪をくり返し,プレドニゾロン40mgを内服中であった25歳,男性が網膜中心静脈閉塞症を合併し,ステロイドの増量にて改善したと報告している7).Rouleanらは潰瘍性大腸炎の寛解期に乳頭浮腫と毛様網膜動脈閉塞を合併した症例を報告し,ステロイドパルスと抗血症板療法により軽快したとしている8).潰瘍性大腸炎に網膜血管閉塞性疾患を合併した場合は乳頭血管炎様の所見が強い場合ステロイドの投与が効果的であると考えられる.また,フルオレセイン蛍光眼底造影(FA)などで血流障害が強い場合には抗血小板療法が効果的である可能性も考えられる.本症例の場合,乳頭に明らかな浮腫や腫脹といったような所見は認めなかったため,血栓による血流障害が原因の可能性が考えられた.年齢も若く,潰瘍性大腸炎以外に特に基礎疾患がなかったことから,潰瘍性大腸炎が凝固亢進状態をもたらした可能性が高いと考えられた.本症例では,病変部が限局的で症状が比較的軽度と考えられたため,ステロイドを使用せず,カリジノゲナーゼを使用した.治療が奏効した理由としては,本薬剤の末梢血管拡張作用により循環改善が得られたからと考えられる.潰瘍性大腸炎の患者のなかには眼症状がないにもかかわらず,蛍光眼底造影で,視神経や網膜血管からの蛍光漏出がみられ,視神経や網膜の血管炎がsubclinicalに存在している可能性が報告されている3).潰瘍性大腸炎においては寛解期でさらに眼症状がなかったとしても定期的に眼所見に注意する必要がある.文献1)小暮美津子:炎症性腸疾患─潰瘍性大腸炎,Crohn病─.眼科診療プラクティスNo.8ぶどう膜診療のしかた(臼井正彦,丸尾敏夫,本田孔士ほか編),p82-85,文光堂,19932)JenkinsHS,MarcusDF:Centralretinalarteryocclusion.JACEP8:363-367,19793)須賀裕美子,本間理加,横地みどりほか:若年者の潰瘍性大腸炎に合併した網膜静脈閉塞症の1例.臨眼59:913-916,20054)溝辺裕一郎,上敬宏,末廣龍憲:網膜中心静脈閉塞症を発症後,対側眼に網膜中心静脈閉塞症と網膜動脈分枝閉塞症を発症した潰瘍性大腸炎の1例.眼紀56:373-376,20055)MayeuxR,FahnS:Strokesandulcerativecolitis.Neurology28:571-574,19786)DoiM,NakasekoY,UjiYetal:Centralretinalveinocclusionduringremissionofulcerativecolitis.JpnJOphthalmol43:213-216,19997)石田晋,村木康秀,安藤靖恭ほか:潰瘍性大腸炎に網膜中心静脈閉塞症を合併した1症例.眼紀43:154-160,19928)RouleauJ,LongmuirR,LeeAG:Opticdiscedemawithadjacentcilioretinalarteryocclusioninamalewithulcerativecolitis.SeminOphthalmol22:25-28,2007

網膜動脈分枝閉塞症を発症後に血管新生緑内障を併発し予後不良であった眼虚血症候群の1 例

2010年11月30日 火曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY(135)1617《原著》あたらしい眼科27(11):1617.1620,2010cはじめに血管新生緑内障(NVG)は網膜中心静脈閉塞症(CRVO)や糖尿病網膜症などの網膜の虚血により血管内皮増殖因子が産生されて虹彩や隅角に新生血管が生じ発症する緑内障であり,視力予後不良の難治性の緑内障である1).一方,眼虚血症候群は内頸動脈狭窄症などにより慢性に眼循環が障害されると発症する疾患で2),NVGの主要な原因の一つである1).他方,網膜動脈分枝閉塞症(BRAO)は網膜動脈の塞栓症で,根幹部の塞栓症である網膜中心動脈閉塞症(CRAO)に比べ,視力予後が良好であることが多いとされる3).今回,筆者らは非典型的な上方2象限の広範囲なBRAOが発症し,その約1.2カ月後にNVGを併発した眼虚血症候群の1例を経験した.眼虚血症候群にBRAOやNVGが続発した1例と考えられたが,その特徴や経過について報告する.〔別刷請求先〕奥野高司:〒569-8686高槻市大学町2-7大阪医科大学眼科学教室Reprintrequests:TakashiOkuno,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,OsakaMedicalCollege,2-7Daigaku-machi,Takatsuki,Osaka569-8686,JAPAN網膜動脈分枝閉塞症を発症後に血管新生緑内障を併発し予後不良であった眼虚血症候群の1例奥野高司*1,2長野陽子*1池田佳美*1菅澤淳*1,2奥英弘*2池田恒彦*2*1香里ヶ丘有恵会病院眼科*2大阪医科大学眼科学教室ACaseofNeovascularGlaucomaTriggeredbyBranchRetinalArteryOcclusionPossiblyResultingfromOcularIschemicSyndromeTakashiOkuno1,2),YokoNagano1),YoshimiIkeda1),JunSugasawa1,2),HidehiroOku2)andTsunehikoIkeda2)1)DepartmentofOphthalmology,Korigaoka-YukeikaiHospital,2)DepartmentofOphthalmology,OsakaMedicalCollege比較的広範囲な網膜動脈分枝閉塞症(BRAO)を発症後に血管新生緑内障(NVG)を併発した眼虚血症候群の1例について報告する.症例は,慢性腎不全や弁膜症による慢性心不全で経過観察中であった69歳,女性.右眼中心視力の急激な低下(0.01)を自覚した.右眼の上方網膜は浮腫状で下方の網膜動静脈は狭細化し,フルオレセイン蛍光眼底造影検査では腕網膜時間の遅延とともに右眼の上方の2象限の網膜動脈への造影剤の流入遅延があり,右眼の眼虚血症候群に比較的広範囲なBRAOが併発したと考えられた.BRAO発症の1.2カ月後に右眼にNVGが発症し,4カ月後に残存視野も障害され,右眼視力は手動弁となった.眼虚血症候群や心不全で眼灌流圧が低いため,非典型的な広範囲のBRAOが発症し,その後眼虚血症候群によるNVGを併発した可能性が考えられた.Wereportacaseofocularischemicsyndromefollowedbyneovascularglaucoma(NVG)thatdevelopedafterrelativelybroadbranchretinalarteryocclusion(BRAO).Thepatient,a69-year-oldfemalesufferingfromchronicrenalandcardiacfailureduetovalvulardisorder,presentedatourhospitalcomplainingofarapiddecreaseofvisualacuityinherrighteye(0.01).Examinationdisclosedthatthesuperiorpartoftheretinaintheeyewasedematous.Fluoresceinangiographyshoweddelayedfillingtotheupper-halfretinalartery,aswellasdelayedarm-retinaltime.Onthebasisofthesefindings,wediagnosedherrighteyeasrelativelybroadBRAOoccurringwithocularischemicsyndrome.NVGdeveloped1-2monthslater;theremainingvisualfielddisappearedandvisualacuitydecreasetohandmotioninherrighteyeat4months.LowerocularperfusionpressureduetoocularischemicsyndromeandcardiacfailureprobablycausedatypicalbroadBRAO;theNVGthenoccurredsecondarytoocularischemicsyndrome.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(11):1617.1620,2010〕Keywords:網膜動脈分枝閉塞症,血管新生緑内障,眼虚血症候群,半側網膜中心動脈閉塞症.branchretinalarteryocclusion,neovascularglaucoma,ocularischemicsyndrome,hemi-centralretinalarteryocclusion.1618あたらしい眼科Vol.27,No.11,2010(136)I症例呈示患者:69歳,女性.主訴:右眼の急激な視力低下.現病歴:平成20年4月初め頃に急激な視力低下を自覚したが自力で外出困難な全身状態であったため,平成20年4月10日になって香里ヶ丘有恵会病院(当院)眼科を再受診した.既往歴:5年前より中等度の白内障,網膜動脈硬化症,20mmHg台前半の高眼圧症などにて当院眼科で経過観察中であった.視野は,平成18年(急激な視力低下を自覚する以前の最終検査)時点では緑内障性の視野異常はなかった.また,慢性腎不全のため当院で透析中であり,僧帽弁狭窄症と大動脈弁狭窄症を伴う慢性心不全があり,しばしば低血圧となった.弁膜症手術は全身状態より不適応のため,当院内科で保存的に経過観察中であった.平成20年3月31日に右眼の違和感を自覚して時間外に当院の眼科受診をしているが,視力や眼圧は以前の受診時と変化がなく,中等度の白内障があるものの,前眼部,中間透光体,眼底に異常なく,血管閉塞や網膜浮腫などの所見もなかった.初診時所見(平成20年4月10日):視力は右眼(0.01×sph+0.5D),左眼(0.9×sph+1.0D).眼圧は右眼27mmHg,左眼15mmHg.前眼部,中間透光体には中等度白内障を認めた.写真ではやや不明瞭であるものの検眼鏡的には右眼の上方に網膜の浮腫があり(図1の矢印),一部は軟性白斑様になっていた(図1).さらに,網膜下方の動脈は白線化し,静脈が狭細化していた.右眼上方のBRAOが発症したことが疑われたため,フルオレセイン蛍光眼底造影検査(FA)を行い,上方2象限の網膜動脈の循環障害を確認した(図2).以上より,右眼上方の比較的広範囲なBRAOが数日前に発症したと考えた.一方,FA検査の直前の血圧は172/90mmHgで,検査後の血圧は180/86mmHgと比較的高血圧であったが,右眼の腕網膜時間は32秒と遅延しており,脈絡膜毛細血管への蛍光流入によるいわゆる脈絡膜フラッシュも32秒程度であった.後期像は,右眼下方の周辺部に透過性亢進があった.左眼には初期,後期ともに特に異常を認めなかった.Goldmann動的視野検査では,BRAOの発症部に対応する部位の一部に視野が残存し,それ以外の部位に逆に視野障害がみられた.治療:視野が残存していることより,ある程度の視機能改図2右眼フルオレセイン蛍光眼底造影A:39秒,B:6分56秒.腕網膜時間は32秒で,脈絡膜毛細血管への蛍光流入は遅延していた.Aの39秒では脈絡膜や下方の網膜動脈への蛍光は流入したが,上方の2象限の網膜動脈への蛍光流入は遅延していた.B:下方網膜に無灌流領域様の網膜毛細血管からの蛍光が低蛍光となっている領域があった.AB図1網膜動脈分枝閉塞症発症時(平成20年4月10日)眼底A:右眼,B:左眼.右眼の上方に網膜の浮腫(矢印の部位)があり,一部は軟性白斑様になっていた.視神経乳頭の耳上側に線状出血があった.一方,下方の網膜血管も動脈が白線化するとともに静脈が狭細化していた.AB(137)あたらしい眼科Vol.27,No.11,20101619善が得られる可能性も考えたが,すでに発症して数日が経過していること,毛様動脈に血流回復がみられたこと,抗凝固療法による脳出血のリスクが考えられること,本人も積極的な治療を望まれないことなどから経過観察とした.経過:右眼の眼圧は次第に上昇し,4月21日には眼圧は右眼28mmHg,左眼13mmHgとなった.NVGを疑い隅角や虹彩を確認したが新生血管はみられなかった.高眼圧症の増悪と考えラタノプロスト(キサラタンR)とブリンゾラミド(エイゾプトR)を処方した.独り暮らしであり体調不良時には点眼を行うことができないこともあり眼圧は変動したが,5月8日には眼圧は右眼18mmHg,左眼15mmHgとなっていた.しかし,その後,僧帽弁狭窄症と大動脈弁狭窄症を伴う慢性心不全は次第に悪化したため,眼科受診と点眼を自己中断した.6月3日に心不全の保存的加療目的にて内科に入院となったため,6月12日に眼科を約1カ月ぶりに受診したが,眼圧は右眼42mmHg,左眼15mmHgとなっており,中断されていたラタノプロストとブリンゾラミドの点眼を再開した.しかし,6月17日の受診時,点眼を行っても眼圧は右眼44mmHg,左眼13mmHgであり,隅角および虹彩の新生血管を認めたため,NVGが発症したと診断した.眼痛がごく軽度であったことと,全身状態が不良で独力で離床が困難となったことから積極的な治療は行わずに経過観察とした.視力は眼圧上昇後もしばらくの間変化せず,6月12日,視力は右眼(0.01×sph+0.5D),左眼(0.5×sph+1.0D),7月4日,右眼(0.01×sph+0.5D),左眼(0.5×sph+1.0D)であったが,全身状態が改善しないため積極的な治療ができないまま,8月21日には右眼の残存視野が消失した.視力も,右眼30cm手動弁,左眼(0.6×sph+1.0D)となり,その後,右眼の視力と視野は回復しなかった.右眼の視神経乳頭の陥凹は次第に拡大し(図3矢印),網膜血管は狭細化したが,BRAOを発症した部位の静脈径は比較的保たれていた(図3).右眼のNVG発症後1年以上経過観察したが,左眼に変化はなかった.僧帽弁狭窄症と大動脈弁狭窄症を伴う慢性心不全は平成21年4月頃に一時軽快したものの次第に悪化し,平成21年6月17日に死去された.II考按本例では,FA検査時には高血圧であったにもかかわらず腕網膜時間が遅延していたことより右側の内頸動脈狭窄症などの循環障害があると推測されるうえに,日常的に心臓弁膜症による心不全のため低血圧となることが多く,右眼の眼灌流圧が低い状態で慢性的な眼虚血状態にあったと考えられる.さらにBRAO発症時の眼底で右眼のBRAO領域以外の網膜動脈も白線化するとともに網膜静脈が狭細化していることや,FAでBRAO領域以外にも無灌流領域様の領域や静脈壁からの蛍光漏出があるなどの眼虚血症候群の特徴2)がみられたこと,視野検査でBRAOによる視野障害部位以外の視野も障害されていたことより,今回のBRAO発症以前に右眼に眼虚血症候群が発症しており,これによる視野障害があったと考えられた.眼虚血症候群はNVGの主要な原因である1)ため,本例でも眼虚血症候群が増悪し,NVGが続発した可能性が最も高いと考えられた.一方,左眼には同様の所見がなかったことより,眼虚血症候群は右眼のみと考えられた.一般にBRAOでは視力予後は良好なことが多いとされている3)が,今回,BRAOで急激な視力低下をきたした.さらに,FAで上方2象限の網膜動脈分枝で充盈が遅延しており,本例はhemi-CRAOと分類されることもある広範囲なBRAOを発症したと考えた.検眼鏡的には確認できる網膜浮腫の範囲は比較的狭い範囲で,写真ではさらに不鮮明であったが,これはBRAO発症後数日経過しているため,発症直後に比べ網膜浮腫が軽減したためと推測した.網膜動脈閉塞症をCRAO,BRAO,hemi-CRAOに分類した報告4)では,hemi-CRAOは網膜動脈閉塞症のうち約7%程度に発症すると報告されており,14%程度のBRAOに比べまれな網膜動脈閉塞症と考えた.ところで,hemi-CRVOはよく用いられる表現であるが,網膜動脈閉塞症ではCRAOとBRAOとに分類する報告5)が多く,hemi-CRAOは一般的な表現ではないようであるため,今回は非典型的ではあるがBRAOと表現することとした.BRAOによりNVGが発症したとする報告6)やCRAOの図3右眼眼底(網膜動脈分枝閉塞症発症の約1年後,平成21年4月7日)約1年前の図1に比べ視神経乳頭の陥凹(血管の屈曲部を矢印で示す)は拡大していた.網膜動脈は狭細化していたが,上方の網膜動脈分枝閉塞症の部位に相当する網膜静脈の血流は比較的保たれていた.1620あたらしい眼科Vol.27,No.11,2010(138)15.16%にNVGが発症するとの報告7,8)もあるが,CRAOの2.5%のみにNVGが発症するとの報告5)もあり,NVGの原因としてBRAOは比較的稀と考えられる.今回,BRAO発症後にNVGを発症したため,当初,広範囲なBRAOに続発したNVGとも考えたが,FAなどについて再度検討した結果,眼虚血症候群の発症が確認され,眼虚血症候群に続発したNVGと結論できた.一方,頸動脈病変が網膜動脈閉塞症の原因として最も多い4)とされており,眼虚血症候群とCRAOとの合併は多く報告2,9,10)されている.さらに,眼虚血症候群6例の検討で1例にBRAOを発症したとする報告11)もあり,本例のBRAOも眼虚血症候群に続発した可能性が考えられた.また,眼虚血症候群により眼灌流圧が低下するなど網膜動脈閉塞症の発症しやすい状態であったため,今回のような非典型的な広範囲のBRAOが発症した可能性が考えられた.これまでの網膜動脈閉塞症によるNVGの報告によると,BRAOによる視覚障害の約6週後にNVGが発症しており9),CRAOでも発症の約1カ月後にNVGが発症することが多いとされる12,13).今回,広範囲なBRAOが発症した約1.2カ月後にNVGが発症しており,BRAOが眼虚血症候群によるNVG発症を促進した可能性もあると考えた.CRAOにおける検討で,網膜の虚血が急速に生じた場合は血管新生が起こらず,緩徐に進行した場合に血管新生が生ずるとされている14).今回のBRAOは広範囲であり,閉塞部位の視野の一部が発症後も数カ月間にわたり残存していたうえに,1年以上にわたりBRAOで閉塞した部位の静脈の血管径も保たれていたため,再疎通後の血流が比較的保たれていたと考えられる.このため,通常のBRAOに比べ比較的広範囲の網膜虚血が緩徐に進行して緩やかに網膜の壊死が起こり,NVGで増加することが報告されているvascularendothelialgrowthfactor(VEGF)などの血管新生因子15,16)が比較的多く産生された可能性が考えられる.通常のBRAOにおいても硝子体中でVEGFが増加することが報告17)されているが,今回の症例でも以上のような機序により血管新生因子が比較的多く産生されNVGの発症を促進した可能性が考えられた.文献1)Sivak-CallcottJA,O’DayDM,GassJDetal:Evidencebasedrecommendationsforthediagnosisandtreatmentofneovascularglaucoma.Ophthalmology108:1767-1776,20012)MendrinosE,MachinisTG,PournarasCJ:Ocularischemicsyndrome.SurvOphthalmol55:32-34,20103)飯島裕幸:網脈絡膜循環障害の機能と形態.眼臨紀2:812-819,20094)SchmidtD,SchumacherM,FeltgenN:Circadianincidenceofnon-inflammatoryretinalarteryocclusions.GraefesArchClinExpOphthalmol247:491-494,20095)HayrehSS,PodhajskyPA,ZimmermanMB:Retinalarteryocclusion:associatedsystemicandophthalmicabnormalities.Ophthalmology116:1928-1936,20096)YamamotoK,TsujikawaA,HangaiMetal:Neovascularglaucomaafterbranchretinalarteryocclusion.JpnJOphthalmol49:388-390,20057)HayrehSS,PodhajskyP:Ocularneovascularizationwithretinalvascularocclusion.II.Occurrenceincentralandbranchretinalarteryocclusion.ArchOphthalmol100:1585-1596,19828)DukerJS,SivalingamA,BrownGCetal:Aprospectivestudyofacutecentralretinalarteryobstruction.Theincidenceofsecondaryocularneovascularization.ArchOphthalmol109:339-342,19919)安積淳,梶浦祐子,井上正則:内頸動脈循環不全にみられる眼所見の検討.神経眼科9:189-195,199210)田宮良司,内田璞,岡田守生ほか:網膜血管閉塞症と閉塞性頸動脈疾患との関係について.日眼会誌100:863-867,199611)JacobsNA,RidgwayAE:Syndromeofischaemicocularinflammation:sixcasesandareview.BrJOphthalmol69:681-687,198512)小島啓彰,増田光司,加藤勝:網膜中心動脈閉塞症に続発した血管新生緑内障の1例.眼臨94:1233-1237,200013)大井智恵,福地健郎,渡辺穣爾ほか:血管新生緑内障を併発した網膜中心動脈閉塞症の1例.眼紀43:1303-1309,199214)向野利寛,魚住博彦,中村孝一ほか:網膜中心動脈閉塞症の病理組織学的研究.臨眼42:1221-1226,198815)TripathiRC,LiJ,TripathiBJetal:Increasedlevelofvascularendothelialgrowthfactorinaqueoushumorofpatientswithneovascularglaucoma.Ophthalmology105:232-237,199816)SoneH,OkudaY,KawakamiYetal:Vascularendothelialgrowthfactorlevelinaqueoushumorofdiabeticpatientswithrubeoticglaucomaismarkedlyelevated.DiabetesCare19:1306-1307,199617)NomaH,MinamotoA,FunatsuHetal:Intravitreallevelsofvascularendothelialgrowthfactorandinterleukin-6arecorrelatedwithmacularedemainbranchretinalveinocclusion.GraefesArchClinExpOphthalmol244:309-315,2006***