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各種保存剤を用いた市販緑内障治療(配合)点眼液における角膜傷害性のキネティクス解析

2013年7月31日 水曜日

《原著》あたらしい眼科30(7):1023.1028,2013c各種保存剤を用いた市販緑内障治療(配合)点眼液における角膜傷害性のキネティクス解析長井紀章*1大江恭平*1森愛里*1伊藤吉將*1,2岡本紀夫*3下村嘉一*3*1近畿大学薬学部製剤学研究室*2同薬学総合研究所*3近畿大学医学部眼科学教室KineticAnalysisofCornealEpithelialCellDamagebyCommerciallyAvailableAnti-Glaucoma(Combination)Eyedrops,UsingFirst-OrderRateEquationNoriakiNagai1),KyouheiOe1),AiriMori1),YoshimasaIto1,2),NorioOkamoto3)andYoshikazuShimomura3)1)SchoolofPharmacy,2)PharmaceutialResearchandTechnologyInstitute,KinkiUniversity,3)DepartmentofOphthalmology,KinkiUniversitySchoolofMedicine本研究では,ヒト角膜上皮細胞(HCE-T)および一次速度式を用いて緑内障治療薬の急性および慢性毒性を算出し,invitro角膜上皮細胞傷害性評価を行った.緑内障治療薬は市販製剤であるアイファガンR,キサラタンR,チモプトールR,トラバタンズR,トルソプトR,ミケランR,ミロルR,ラタノプロスト「TS」(LPテイカ),イソプロピルウノプロストン「TS」(IUテイカ)および配合点眼薬であるザラカムR,デュオトラバR,コソプトRの12剤を用いた.本研究の結果,急性毒性はザラカムR>キサラタンR>IUテイカ>ミケランR>コソプトR≒LPテイカ≒ミロルR≒チモプトールR>デュオトラバR≒トルソプトR>トラバタンズR>アイファガンRであり,慢性毒性はキサラタンR≒ザラカムR≒アイファガンR>IUテイカ>ミケランR≒ミロルR≒LPテイカ>チモプトールR>コソプトR>デュオトラバR≒トルソプトR>トラバタンズRの順であった.以上,一次速度式にて解析することで,点眼薬の角膜上皮細胞傷害性を評価できることを明らかとした.Inthisstudy,weinvestigatedcornealepithelialcelldamagecausedbycommerciallyavailableanti-glaucomaeyedrops.Wealsoperformedkineticanalysisofcornealepithelialcelldamage,usingthefirst-orderrateequation,andcalculatedeyedropacuteandchronictoxicity.Usedinthisstudywere12eyedroppreparations:AiphaganR,XalatanR,TimoptolR,TravatanzR,TrusoptR,MikelanR,MirolR,latanoprostgenericproducts(LPTeika),isopropylunoprostonegenericproducts(IUTeika)andanti-glaucomacombinationeyedrops(XalacomR,DuotravR,CosoptR).Eyedropacuteandchronictoxicitydecreasedinthefollowingorder:acutetoxicit:XalacomR>XalatanR>IUTeika>MikelanR>CosoptR≒LPTeika≒MirolR≒TimoptolR>DuotravR≒TrusoptR>TravatanzR>AiphaganR;chronictoxicity:XalatanR≒XalacomR≒AiphaganR>IUTeika>MikelanR≒MirolR≒LPTeika>TimoptolR>CosoptR>DuotravR≒TrusoptR>TravatanzR.Theseresultsshowthatkineticanalysisofcornealepithelialcelldamagecausedbyeyedrops,usingHCE-Tandfirst-orderrateformula,issuitableforresearchingcornealdamagecausedbyanti-glaucomaeyedrops.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)30(7):1023.1028,2013〕Keywords:緑内障治療薬,速度論解析,ヒト角膜上皮細胞,急性毒性,慢性毒性.anti-glaucomaeyedrops,kineticanalysis,humancorneaepithelialcell,acutetoxicity,chronictoxicity.はじめに治療薬には多くの種類があるが,最も作用が強いという理由失明を伴う眼疾患である緑内障の要因には,眼圧とそれ以から,臨床ではおもにプロスタグランジン(PG)点眼薬が第外の因子(循環障害など)が考えられており,臨床では,緑一選択として用いられ,眼圧コントロールが困難な患者に対内障治療薬による薬物治療が第一選択となる.これら緑内障して作用機序の異なる複数の緑内障治療薬が適宜追加され〔別刷請求先〕伊藤吉將:〒577-8502東大阪市小若江3-4-1近畿大学薬学部製剤学研究室Reprintrequests:YoshimasaIto,Ph.D.,SchoolofPharmacy,KinkiUniversity,3-4-1Kowakae,Higashi-Osaka,Osaka577-8502,JAPAN0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(141)1023 る.しかし,緑内障治療薬の多剤併用や長期連続投与は点眼表層角膜症や眼瞼炎といった眼局所の副作用や,患者からのしみる,かすむ,眼が充血するといった訴えを増加させるとともに,患者のアドヒアランス低下に繋がる.これらの問題を改善すべく,近年ではsofZiaTM(塩化亜鉛,ホウ酸を含むソルビトール緩衝剤保存システム)を保存剤とするトラバタンズRや亜塩素酸ナトリウムを用いたアイファガンRのようなベンザルコニウム塩化物(BAC)非含有製剤が開発されている.また,ラタノプロスト・チモロールマレイン酸塩配合点眼薬であるザラカムRなどの配合点眼薬も市販され,これらBAC非含有製剤および配合点眼薬はqualityoflife(QOL)の高い治療法へ繋がるものとして注目されている.緑内障治療薬の角膜障害は,点眼薬中に含まれる主薬,添加剤,保存剤だけでなく,角膜知覚,涙液動態および結膜といったオキュラーサーフェス(眼表面)の状態が関与することが明らかとされ,臨床(invivo)および基礎(invitro)両面からの観察が重要であることが報告されている1).筆者らはこれまで,緑内障治療薬による不死化ヒト角膜上皮細胞(HCE-T)傷害作用が,正常ヒト角膜上皮培養細胞への傷害作用に非常に類似し,さらに細胞増殖性,感受性にばらつきが少ないため,HCE-Tが正常ヒト角膜上皮細胞の代わりにinvitro角膜傷害性評価に使用できることを報告してきた2).また,点眼薬処理時の角膜上皮細胞の生存率から細胞死亡率を測定し,一次速度式を用いた細胞傷害性解析にて,急性および慢性毒性を算出する方法(invitro角膜上皮細胞傷害性評価)が緑内障治療薬の角膜傷害性を明らかとするうえで有用であることを報告してきた3).今回,HCE-Tを用い,緑内障治療薬処理時の細胞死亡率を測定し,一次速度式を用いた細胞傷害性解析を行うことで,現在臨床現場で多用されているBAC非含有点眼液および緑内障治療配合点眼液のinvitro角膜上皮細胞傷害性評価を行った.I対象および方法1.使用細胞培養細胞は理化学研究所より供与された不死化ヒト角膜上皮細胞(HCE-T,RCBNo.1384)を用い,100IU/mlペニシリン(GIBCO社製),100μg/mlストレプトマイシン(GIBCO社製)および5.0%ウシ胎児血清(FBS,GIBCO社製)を含むDMEM/F12培地(GIBCO社製)にて培養した.2.使用薬物緑内障治療薬は市販製剤である0.1%アイファガンR(主薬ブリモニジン酒石酸塩),0.005%キサラタンR(主薬ラタノプロスト),0.5%チモプトールR(主薬チモロールマレイン酸塩),0.004%トラバタンズR(主薬トラボプロスト),1%トルソプトR(主薬ドルゾラミド塩酸塩),2%ミケランR(カルテオロール塩酸塩),0.5%ミロルR(レボブノロール塩酸塩),キサラタンRの後発品である05%ラタノプロスト「TS」(LPテイカ),レスキュラRの後発品である0.12%イソプロピルウノプロストン「TS」(IUテイカ)の9剤および配合点眼薬であるザラカムR(主薬ラタノプロストおよびチモロールマレイン酸塩),デュオトラバR(主薬トラボプロストおよび表1各種緑内障治療薬に含まれる添加物緑内障治療薬添加物キサラタンRベンザルコニウム塩化物(0.02%),等張化剤,無水リン酸一水素Na,リン酸二水素Na一水和物アイファガンR亜塩素酸Na(濃度非公開),塩化Mg,ホウ酸,ホウ砂,カルメロースNa,塩化Na,塩化K,塩化Ca水和物,塩酸,水酸化NaミロルRベンザルコニウム塩化物(0.002%),リン酸二水素K,リン酸水素Na水和物,ピロ亜硫酸Na,等張化剤,pH調整剤,エデト酸Na水和物,ポリビニルアルコール(部分けん化物)ミケランRベンザルコニウム塩化物液(0.005%),塩化Na,リン酸二水素Na,無水リン酸一水素Na,精製水トラバタンズRホウ酸,塩化亜鉛,d-ソルビトール(sofZiaTM),プロピレングリコール,ポリオキシエチレン硬化ヒマシ油40,pH調節剤2成分チモプトールRベンザルコニウム塩化物液(0.005%),水酸化Na,リン酸二水素Na,リン酸水素Na水和物トルソプトRベンザルコニウム塩化物液(0.005%),ヒドロキシエチルセルロース,d-マンニトール,クエン酸Na水和物,塩酸LPテイカベンザルコニウム塩化物(濃度非公開),グリセリン,トロメタモール,ヒプロメロース,等張化剤,ポリソルベート80,pH調節剤IUテイカクロルヘキシジングルコン酸塩(濃度非公開),ホウ酸,グリセリン,ステアリン酸ポリエチレングリコール,塩酸,トロメタモールザラカムRベンザルコニウム塩化物(0.02%),無水リン酸一水素Na,リン酸二水素Na一水和物,等張化剤デュオトラバR塩化ポリドロニウム(濃度非公開),ポリオキシエチレン硬化ヒマシ油40,プロピレングリコール,ホウ酸,塩化Na,d-マンニトール,pH調節剤2成分コソプトRベンザルコニウム塩化物液(0.005%),ヒドロキシエチルセルロース,d-マンニトール,クエン酸Na水和物,水酸化Na下線は保存剤を,括弧はその濃度または名称を示す.1024あたらしい眼科Vol.30,No.7,2013(142) チモロールマレイン酸塩),コソプトR(主薬ドルゾラミド塩酸塩およびチモロールマレイン酸塩)の3剤の計12剤を用いた.表1には本研究で用いた各種緑内障治療薬中の添加物を示した.これら点眼薬は製薬会社からの提供ではなく,市販のものを購入しており利益相反はない.3.緑内障治療薬による細胞処理法HCE-T(50×104個)をフラスコ(75cm2)内に播種し,80%に達するまで培養した4,5).この細胞を,0.05%トリプシンにて.離し,細胞数を計測後,96穴プレートに100μl(1×104個)ずつ播種し,37℃,5%CO2インキュベーター内で24時間培養したものを実験に用いた.実際の操作法として,HCE-T細胞を0,10,20,30,60または120秒間薬剤にて処理後,リン酸緩衝液(PBS)にて2回洗浄し,各wellに100μlの培地およびTetraColorONE(生化学社製)20μlを加え,37℃,5%CO2インキュベーター内で1時間処理後,マイクロプレートリーダー(BIO-RAD社製)にて490nmの吸光度(Abs)を測定した.本実験における細胞傷害評価にはTetraColorONEを用い,テトラゾリウム塩が生細胞内ミトコンドリアのデヒドロゲナーゼにより生産されたホルマザンを測定することで表した.本研究では,薬剤処理後の細胞死亡率(%)を次式(1)により算出した.細胞死亡率(%)=(Abs未処理.Abs薬剤処理)/Abs未処理×100(1)また,薬剤処理が細胞傷害へ与える影響をより詳細に検討すべく,次式(2)を用いて解析を行った.Dt=D∞・・t)(2)(1.e.kDkDは細胞傷害速度定数(min.1),tは点眼薬処理後の時間(0.2分),D∞およびDtは薬剤処理∞およびt分後の細胞死亡率を示す.本研究ではkD,D∞をそれぞれ急性毒性および慢性毒性として表した.4.統計学的処理実験結果は平均値±標準誤差(SE)で表した.有意差検定はJAMVer.5.1(日本SAS協会)コンピュータプログラムを用いて行った.各々の実験値はDunnettの多群間比較により解析した.また,本研究ではp値が0.05以下を有意差ありとした.II結果1.緑内障治療薬における角膜上皮細胞傷害性の比較表2にはアイファガンR,ミケランR,ミロルR,LPテイカおよびIUテイカにおける急性毒性(kD)と慢性毒性(D∞)を示す.いずれの処理群においても処理時間の増加とともに細胞死亡率の増加が認められ,傷害性に差がみられた.その急性毒性はIUテイカ>ミケランR>LPテイカ≒ミロルR≫アイファガンRの順であった.また,慢性毒性はアイファガンR>IUテイカ>ミケランR≒ミロルR≒LPテイカの順で低値を示した.なかでもアイファガンRの急性毒性は0.09±0.02min.1(平均値±標準誤差,n=7)とこれまで測定した緑内障治療薬のなかで最も低値であった.2.緑内障治療剤・配合点眼液ザラカムR,デュオトラバRおよびコソプトRによる角膜上皮細胞傷害性表3は緑内障治療剤・配合点眼液ザラカムR処理における点眼薬の細胞傷害性を示す.キサラタンRおよびチモプトールRの主薬を有する配合点眼薬であるザラカムRの急性および慢性毒性はそれぞれ7.91±1.58min.1,100.9±3.5%(平均値±標準誤差,n=5)であり,キサラタンRおよびチモプトールRの急性毒性と比較し,有意に高値であった(慢性毒性;ザラカムR≒キサラタンR>チモプトールR,急性毒性;ザラカムR≫キサラタンR>チモプトールR).表4はトラバタンズRおよびチモプトールRの主薬を有する配合点眼薬であるデュオトラバR処理における点眼薬の細胞傷害性を示す.急性および慢性毒性ともに,デュオトラバRの毒性はトラバタンズRより高かったが,チモプトールRの毒性と比較し低値であった(急性および慢性毒性;チモプトールR>表2各種緑内障治療薬処理における角膜傷害性の比較アイファガンRミロルRミケランRLPテイカIUテイカkD(min.1)0.09±0.021.81±0.122.45±0.191.79±0.132.63±0.17D∞(%)100.8±14.168.7±3.871.0±2.968.1±2.178.6±3.2平均値±標準誤差,n=5.8.表3緑内障治療剤・配合点眼液ザラカムR処理における角膜傷害性ザラカムRキサラタンRチモプトールRkD(min.1)7.91±1.582.80±0.25*1.78±0.06*D∞(%)100.9±3.5101.5±6.646.6±1.3*平均値±標準誤差,n=5.*p<0.05vs.ザラカムR(Dunnettの多群間比較).表4緑内障治療剤・配合点眼液デュオトラバR処理における角膜傷害性デュオトラバRトラバタンズRチモプトールRkD(min.1)1.20±0.030.27±0.07*1.78±0.06*D∞(%)12.2±0.93.9±0.3*46.6±1.3*平均値±標準誤差,n=5.*p<0.05vs.デュオトラバR(Dunnettの多群間比較).(143)あたらしい眼科Vol.30,No.7,20131025 表5緑内障治療剤・配合点眼液コソプトR処理における角膜傷害性コソプトRトルソプトRチモプトールRkD(min.1)1.79±0.061.27±0.03*1.78±0.06D∞(%)30.0±1.115.1±0.1*46.6±1.3*平均値±標準誤差,n=5.*p<0.05vs.コソプトR(Dunnettの多群間比較).デュオトラバR>トラバタンズR).表5はトルソプトRおよびチモプトールRの主薬を有する配合点眼薬コソプトR処理における点眼薬の細胞傷害性を示す.コソプトRの急性毒性はコソプトR≒チモプトールR>トルソプトRの順であり,慢性毒性はチモプトールR>コソプトR>トルソプトRと,コソプトRの慢性毒性はチモプトールRと比較し有意に低値であった.III考按筆者らはこれまで,一次速度式を用いた細胞死亡率解析により点眼薬点眼時の角膜に対する急性および慢性毒性の算出法を確立した3).また,現在臨床現場で多用されている緑内障治療薬PG点眼薬先発品(キサラタンR,レスキュラR,トラバタンズRおよびタプロスR)や代表的なラタノプロスト後発品(LPケミファ,LPセンジュ,LPわかもとおよびLPサワイ),チモプトールR,トルソプトR,デタントールR,ハイパジールRおよびサンピロRなどの急性および慢性毒性を算出し,その毒性の強度について報告してきた3).本研究ではこれら一次速度式を用いたinvitro角膜上皮細胞傷害性評価法により,新たにアイファガンR,ミケランR,ミロルR,LPテイカおよびIUテイカといった,臨床で多用されるBAC非含有点眼液および緑内障治療配合点眼液について評価を行った.さらに,近年注目されている緑内障治療剤・配合点眼液3種(ザラカムR,デュオトラバRおよびコソプトR)についての検討も行った.まず,配合点眼液を除くアイファガンR,ミケランR,ミロルR,LPテイカおよびIUテイカについて評価を行った.いずれの処理群においても処理時間の増加とともに細胞死亡率の増加が認められ,その急性毒性はIUテイカ>ミケランR>LPテイカ≒ミロルR≫アイファガンRの順であった.慢性毒性はアイファガンR>IUテイカ>ミケランR≒ミロルR≒LPテイカの順で低値を示した(表2).筆者らはこれまで,pHは4.4.7.5内では,本実験系の細胞生存率にほとんど影響を与えないことを報告してきた3).また,今回用いた点眼薬におけるpHは5.5.7.5内であることから,これら傷害性は主として添加物によるものと考えられる.点眼薬には品質の劣化を防ぐ目的で保存剤が添加されており,薬剤性角膜傷害には主薬のみでなくこの保存剤が強く関与する6).なかでも保存剤1026あたらしい眼科Vol.30,No.7,2013BACは界面活性作用により細胞膜の浸透性を高め,膜破壊,細胞質の変性を起こすことで,高い角膜上皮細胞傷害性を有する7,8).今回用いたミケランR,ミロルRおよびLPテイカでは保存剤としてBACが用いられており,ミケランR,ミロルRに含まれるBAC濃度はそれぞれ0.005%,0.002%であった(LPテイカ中BAC濃度は非公開).また,Guenounらは結膜細胞を用い,PG分子がBACによる細胞傷害の抑制効果を有していることを報告している9.11).したがって,ミケランRがミロルRおよびLPテイカと比較し,毒性強度が高い要因として,添加剤中BAC濃度とLPテイカ中の主薬ラタノプロストのBAC角膜傷害性軽減効果が考えられる.一方,アイファガンRとIUテイカではBACは用いられず,保存剤としてそれぞれ亜塩素酸ナトリウム,クロルヘキシジングルコン酸塩が用いられている.これら亜塩素酸ナトリウムおよびクロルヘキシジングルコン酸塩の使用濃度は公開されておらず不明であるが,一般に点眼領域で用いられる濃度範囲〔亜塩素酸ナトリウム:0.00001.1%(w/v),クロルヘキシジングルコン酸塩:0.001.0.01%(w/w)〕を参考とし,0.001%亜塩素酸ナトリウム,0.005%クロルヘキシジングルコン酸塩をHCE-T細胞へ1分間処理した際の細胞傷害性を測定したところ,それぞれ生存率は98.4±1.5%,37.7±2.9%(平均値±標準誤差,n=5)であった(0.5%亜塩素酸ナトリウム使用時では生存率37.2±6.9%,平均値±標準誤差,n=5).したがって,アイファガンRの非常に低い急性毒性は,亜塩素酸ナトリウムという安全な保存剤の適応がかかわっており,アイファガンRは慢性毒性が高いが,急性毒性は非常に低いため,実際の使用時には角膜傷害はほとんどみられず,安全な点眼薬になりうるものと考えられる.一方,IUテイカの急性・慢性毒性は,クロルヘキシジングルコン酸塩がかかわるものと示唆された.また,濃度にもよるが,BACとクロルヘキシジングルコン酸塩では,BACのほうが高い角膜傷害性を示すが,IUテイカの急性・慢性毒性は,先発品であるレスキュラRと比較し高かった3).この毒性強度の違いには,先に示したPG分子によるBAC細胞傷害の抑制効果がかかわっているのではないかと考えられた.つぎに,緑内障治療剤・配合点眼液ザラカムR,デュオトラバRおよびコソプトRによる角膜上皮細胞への急性および慢性毒性を解析した.筆者らはすでにヒト角膜上皮細胞を用い,配合点眼液ザラカムR,デュオトラバRおよびコソプトRの傷害性の要因について明らかにしており,キサラタンRおよびチモプトールRの主薬を有する配合点眼薬ザラカムRの傷害性には,保存剤BAC濃度とチモロールマレイン酸塩が主として関与することを報告している12).本結果から,ザラカムRの慢性毒性はザラカムR≒キサラタンR>チモプトールRであった(表3).ザラカムR,キサラタンRおよびチモプトールRいずれにおいても保存剤としてBACが用いられ(144) ており,その濃度はザラカムR,キサラタンRでは0.02%,チモプトールRでは0.005%であった.したがって,チモプトールRと比較し,ザラカムRおよびキサラタンRで慢性毒性が高いのは,0.02%というBAC濃度がおもに起因するものと考えられた.さらに,筆者らはチモロールマレイン酸塩とBACの細胞傷害性は相加的に上昇することもすでに明らかにしており12),ザラカムRの急性毒性が同濃度のBACを含有するキサラタンRより高い角膜上皮細胞傷害性を示す要因には,チモロールマレイン酸塩がかかわるものと示唆された(急性毒性:ザラカムR≫キサラタンR>チモプトールR).トラバタンズRおよびチモプトールRの主薬を有する配合点眼薬デュオトラバRの急性および慢性毒性は,ともにトラバタンズRより高かったが,チモプトールRの毒性と比較し低値であった(表3,急性および慢性毒性;チモプトールR>デュオトラバR>トラバタンズR).デュオトラバRやトラバタンズRはBAC非含有製剤であり,日本アルコン株式会社が特許を有するポリクオッド(塩化ポリドロニウム)およびsofZiaTM(塩化亜鉛,ホウ酸を含むソルビトール緩衝剤保存システム)をそれぞれ保存剤として使用している.これら保存剤はBACの高い角膜上皮細胞傷害性を避けるために考案されたものであり,デュオトラバRやトラバタンズRの急性・慢性毒性がチモプトールRのそれらより低いという今回の結果はこれらの知見(製剤工夫の目的)と一致した.また,デュオトラバR中のチモロールマレイン酸塩は,デュオトラバRとトラバタンズR間における毒性の強度差にかかわるものと示唆された.コソプトR(主薬ドルゾラミド塩酸塩およびチモロールマレイン酸塩)では,急性毒性はコソプトR≒チモプトールR>トルソプトRの順であったが,慢性毒性はチモプトールRと比較し低く,チモプトールR>コソプトR>トルソプトRであった(表5).コソプトR,トルソプトRおよびチモプトールRもまた保存剤としてBACが用いられており,トルソプトR,チモプトールRおよびコソプトR中のBAC濃度は0.005%である.しかし,急性毒性はトルソプトRが最も低く,チモプトールR・トルソプトRの主薬を含むコソプトRとチモプトールRでは同程度であり,慢性毒性はチモプトールR>コソプトR>トルソプトRの順と,BAC濃度や主薬の関係だけでは説明できなかった.BAC濃度は角膜傷害性に強くかかわるが,筆者らはd-マンニトールが添加されている際,BACの細胞傷害性が軽減されることを明らかとしており12),コソプトRおよびトルソプトRには,添加剤としてd-マンニトールが用いられている.したがって,これらd-マンニトールの含有がコソプトRの角膜傷害性が,チモプトールR単剤より低いという結果に繋がっているものと示唆された.Invitro実験系にて点眼薬の角膜傷害性を検討するうえで,点眼薬処理時間の設定は重要である.Invivoでは一般(145)的に点眼薬は点眼後涙液により1/5まで希釈され,その後涙液として鼻涙管から排出されることが知られている13).このように,invivoでは薬剤が長時間角膜に滞留しないことから,本実験のようなinvitro実験系では臨床(invivo)よりも短時間で強い細胞傷害性が認められる.したがって,本研究では点眼薬処理開始後2分を目安に実験を行い,点眼薬自身の角膜上皮細胞への傷害性評価を行った.急性毒性は薬剤の角膜傷害性の起こしやすさや進行速度を反映し,慢性毒性からは傷害時の大きさ(深刻度)についての情報を得ることが可能であるため,慢性毒性が高く急性毒性の低い薬剤では,正常なオキュラーサーフェスではその傷害性はわずかであるが,ドライアイ患者などでは涙液低下や滞留の増加により急性毒性が高まる可能性が考えられる.これら角膜上皮細胞傷害性は,臨床においては涙液分泌能低下などの他の作用により相乗的に角膜上皮細胞傷害をひき起こすことから12),今回のinvitroの結果(角膜傷害強度および傷害速度の算出)を基盤とした臨床結果のさらなる解析は,緑内障患者の状態に合わせた薬剤決定をより容易にするために重要である.本報告は今後の点眼薬開発および緑内障治療薬投与時における薬物選択を決定するうえで一つの指標になるものと考えられる.文献1)徳田直人,青山裕美子,井上順ほか:抗緑内障薬が角膜に及ぼす影響:臨床とinvitroでの検討.聖マリアンナ医科大学雑誌32:339-356,20042)長井紀章,伊藤吉將,岡本紀夫ほか:抗緑内障点眼薬の角膜障害におけるInVitroスクリーニング試験:SV40不死化ヒト角膜上皮細胞(HCE-T)を用いた細胞増殖抑制作用の比較.あたらしい眼科25:553-556,20083)長井紀章,大江恭平,伊藤吉將ほか:ヒト角膜上皮細胞(HCE-T)を用いた緑内障治療薬のInVitro角膜細胞傷害性評価.あたらしい眼科28:1331-1336,20114)ToropainenE,RantaVP,TalvitieAetal:Culturemodelofhumancornealepitheliumforpredictionofoculardrugabsorption.InvestOphthalmolVisSci42:2942-2948,20015)TalianaL,EvansMD,DimitrijevichSDetal:Theinfluenceofstromalcontractioninawoundmodelsystemoncornealepithelialstratification.InvestOphthalmolVisSci42:81-89,20016)NagaiN,MuraoT,OkamotoNetal:Comparisonofcornealwoundhealingratesafterinstillationofcommerciallyavailablelatanoprostandtravoprostinratdebridedcornealepithelium.JOleoSci59:135-141,20107)河嶋洋一:防腐剤の功罪(使い捨て点眼薬を含む),点眼薬の使い方.眼科診療プラクティス44,p86-87,文光堂,19998)DeSaintJeanM,BrignoleF,BringuierAFetal:EffectsofbenzalkoniumchlorideongrowthandsurvivalofChangconjunctivalcells.InvestOphthalmolVisSci40:あたらしい眼科Vol.30,No.7,20131027 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ヒト角膜上皮細胞(HCE-T)を用いた緑内障治療薬のIn Vitro角膜細胞傷害性評価

2011年9月30日 金曜日

0910-1810/11/\100/頁/JCOPY(111)1331《原著》あたらしい眼科28(9):1331?1336,2011cはじめに緑内障治療薬には多くの種類があるが,最も作用が強いという理由から,臨床ではおもにプロスタグランジン(PG)点眼薬が第一選択として用いられ,眼圧コントロールが困難な患者に対して作用機序の異なる複数の緑内障治療薬が適宜追加される.しかし,緑内障治療薬の多剤併用は点眼表層角膜症や眼瞼炎といった眼局所の副作用や,患者からのしみる,かすむ,眼が充血するといった訴えを増加させるとともに,患者のアドヒアランス低下に繋がる.したがって,現在用いられている緑内障治療薬の角膜上皮に対する傷害性を明らか〔別刷請求先〕伊藤吉將:〒577-8502東大阪市小若江3-4-1近畿大学薬学部製剤学研究室Reprintrequests:YoshimasaIto,Ph.D.,SchoolofPharmacy,KinkiUniversity,3-4-1Kowakae,Higashi-Osaka,Osaka577-8502,JAPANヒト角膜上皮細胞(HCE-T)を用いた緑内障治療薬のInVitro角膜細胞傷害性評価長井紀章*1大江恭平*1伊藤吉將*1,2岡本紀夫*3下村嘉一*3*1近畿大学薬学部製剤学研究室*2同薬学総合研究所*3近畿大学医学部眼科学教室InVitroEvaluationofCornealDamageCausedbyAnti-GlaucomaEyedropsUsingHumanCornealEpithelialCell(HCE-T)NoriakiNagai1),KyouheiOe1),YoshimasaIto1,2),NorioOkamoto3)andYoshikazuShimomura3)1)SchoolofPharmacy,2)PharmaceuticalResearchandTechnologyInstitute,KinkiUniversity,3)DepartmentofOphthalmology,KinkiUniversitySchoolofMedicine本研究では,ヒト角膜上皮細胞(HCE-T)および1次速度式を用いて緑内障治療薬の慢性および急性毒性を算出し,invitro角膜上皮細胞傷害性評価を行った.緑内障治療薬は市販製剤であるチモプトールR,レスキュラR,キサラタンR,トラバタンズR,タプロスR,トルソプトR,デタントールR,ハイパジールR,サンピロRおよびキサラタンRの後発品であるラタノプロスト「ケミファ」(LPケミファ),「センジュ」(LPセンジュ),「わかもと」(LPわかもと),「サワイ」(LPサワイ)の13剤を用いた.本研究の結果,慢性毒性はキサラタンR≒LPケミファ≒LPわかもと≒LPセンジュ≒デタントールR>LPサワイ≒レスキュラR>タプロスR>チモプトールR>ハイパジールR>サンピロR>トルソプトR>トラバタンズRであり,急性毒性はLPわかもと≒LPセンジュ>キサラタンR>LPサワイ≒レスキュラR>タプロスR≒チモプトールR≒ハイパジールR≒サンピロR>トルソプトR>LPケミファ≒デタントールR≒トラバタンズRの順であった.以上,1次速度式にて解析することで,点眼薬の角膜上皮細胞傷害性を評価できることを明らかとした.Inthisstudy,weinvestigatedcornealepithelialcelldamagecausedbycommerciallyavailableanti-glaucomaeyedrops.Wealsoperformedkineticanalysisofcornealepithelialcelldamageusingthefirst-orderrateformula,andcalculatedthechronicandacutetoxicityofeyedrops.Usedinthisstudywere13preparationsofeyedrops(TimoptolR,ResculaR,XalatanR,TravatanzR,TaprosR,TrusoptR,DetantolR,HypadilR,SanpiloRandlatanoprostgenericproducts(LPChemiphar,LPSENJU,LPWAKAMOTO,LPSAWAI).Eyedropchronicandacutetoxicitydecreasedinthefollowingorder:chronictoxicity,XalatanR≒LPChemiphar≒LPWAKAMOTO≒LPSENJU≒DetantolR>LPSAWAI≒ResculaR>TaprosR>TimoptolR>HypadilR>SanpiloR>TrusoptR>TravatanzR;acutetoxicity,LPWAKAMOTO≒LPSENJU>XalatanR>LPSAWAI,ResculaR>TaprosR≒HypadilR≒SanpiloR≒TimoptolR>TimoptolR>LPChemiphar,DetantolR≒TravatanzR.Theseresultsshowthatkineticanalysisofcornealepithelialcelldamagecausedbyeyedrops,usingHCE-Tandfirst-orderrateformula,issuitableforresearchingcornealdamagecausedbyanti-glaucomaeyedrops.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)28(9):1331?1336,2011〕Keywords:緑内障治療薬,速度論解析,ヒト角膜上皮細胞,慢性毒性,急性毒性.anti-glaucomaeyedrops,kineticanalysis,humancorneaepithelialcell,chronictoxicity,acutetoxicity.1332あたらしい眼科Vol.28,No.9,2011(112)とすることは臨床的に非常に重要である.緑内障治療薬の角膜傷害は,角膜知覚,涙液動態および結膜といったオキュラーサーフェス(眼表面)の状態が関与することから,臨床(invivo)および基礎(invitro)両面からの観察が重要であることが報告されている1).筆者らはこれまで,角膜上皮細胞を用い点眼薬処理時の細胞増殖抑制率を求め,点眼薬の細胞傷害性の評価を行ってきた2).また,緑内障治療薬による不死化ヒト角膜上皮細胞(HCE-T)傷害作用が,正常ヒト角膜上皮培養細胞への傷害作用に非常に類似し,さらに細胞増殖性,感受性にばらつきが少ないため,HCE-Tが正常ヒト角膜上皮細胞の代わりにinvitro角膜傷害性評価に使用できることを報告している2).一方,この方法は角膜細胞増殖の抑制からその傷害性を表す間接的なものであるため,点眼薬処理時の角膜上皮細胞の生存率から細胞死亡率を算出するほうが臨床での使用状況に近く,より意義のある方法と考えられた.今回,HCE-Tを用い,現在臨床現場で多用されている緑内障治療薬処理時の細胞死亡率を測定するとともに,1次速度式を用いた細胞傷害性解析によるinvitro角膜上皮細胞傷害性評価を行った.I対象および方法1.使用細胞培養細胞は理化学研究所より供与された不死化ヒト角膜上皮細胞(HCE-T,RCBNo.1384)を用い,100IU/mlペニシリン(GIBCO社製),100μg/mlストレプトマイシン(GIBCO社製)および5.0%ウシ胎児血清(FBS,GIBCO社製)を含むDMEM/F12培地(GIBCO社製)にて培養した.2.使用薬物緑内障治療薬は市販製剤であるb遮断薬(0.5%チモプトールR),PG点眼薬(0.12%レスキュラR,0.005%キサラタンR,0.004%トラバタンズR,0.0015%タプロスR),炭酸脱水酵素阻害薬(1%トルソプトR),選択的交感神経a1遮断薬(0.01%デタントールR),a,b受容体遮断薬(0.25%ハイパジールR),副交感神経作動薬(1%サンピロR)およびキサラタンRの後発品であるラタノプロスト「ケミファ」(LPケミファ),「センジュ」(LPセンジュ),「わかもと」(LPわかもと),「サワイ」(LPサワイ)の13剤を用いた.表1には本研究で用いた各種緑内障治療薬に含まれる添加物および保存剤の濃度を示す.これら点眼薬は製薬会社からの提供ではなく,市販のものを購入しており利益相反はない.3.緑内障治療薬による細胞処理法HCE-T(50×104個)をフラスコ(75cm2)内に播種し,80%に達するまで培養した3,4).この細胞を,0.05%トリプシンにて?離し,細胞数を計測後,96穴プレートに100μl(1×104個)ずつ播種し,37℃,5%CO2インキュベーター内で24時間培養したものを実験に用いた.実際の操作法として,HCE-T細胞を0,10,20,30,60または120秒間薬剤にて処理後,PBS(リン酸緩衝液)にて2回洗浄し,各wellに表1各種緑内障治療薬に含まれる添加物緑内障治療薬添加物保存剤キサラタンRベンザルコニウム塩化物,等張化剤,無水リン酸一水素Na,リン酸二水素Na一水和物0.02%BACレスキュラRベンザルコニウム塩化物,ポリソルベート80,濃グリセリン,D-マンニトール,エデト酸ナトリウム水和物,pH調節剤0.005%BACトラバタンズRポリオキシエチレン硬化ヒマシ油40,プロピレングリコール,ホウ酸,D-ソルビトール,塩化亜鉛,pH調節剤2成分sofZiaTM(濃度非公開)タプロスRベンザルコニウム塩化物,ポリソルベート80,濃グリセリン,エデト酸Na水和物,リン酸二水素Na,pH調節剤0.001%BACチモプトールRベンザルコニウム塩化物液,水酸化Na,リン酸二水素Na,リン酸水素Na水和物0.005%BACトルソプトRベンザルコニウム塩化物液,ヒドロキシエチルセルロース,D-マンニトール,クエン酸ナトリウム水和物,塩酸0.005%BACデタントールRベンザルコニウム塩化物,濃グリセリン,ホウ酸,pH調節剤0.005%BACハイパジールRベンザルコニウム塩化物液,リン酸水素Na,リン酸二水素K,塩酸,塩化Na,0.002%BACサンピロRパラオキシ安息香酸プロピル(1),パラオキシ安息香酸メチル(2),クロロブタノール(3),酢酸Na水和物,pH調節剤,ホウ酸,ホウ砂,(1)0.014%(2)0.026%(3)0.2%LPケミファ濃ベンザルコニウム塩化物液50,塩化Na,リン酸二水素Na,リン酸水素Na水和物,ポリソルベート80,pH調節剤,エデト酸ナトリウム水和物BAC(濃度非公開)LPセンジュベンザルコニウム塩化物,塩化Na,リン酸二水素ナトリウム,リン酸水素ナトリウム水和物,塩酸,水酸化NaBAC(濃度非公開)LPわかもとベンザルコニウム塩化物,塩化Na,リン酸二水素Na,リン酸水素Na水和物,エデト酸ナトリウム水和物BAC(濃度非公開)LPサワイベンザルコニウム塩化物,塩酸,クエン酸,グリセリン,トロメタモール,ヒプロメロース,ポリソルベート80,D-マンニトールBAC(濃度非公開)サンピロRの保存剤濃度(1)~(3)は添加物中の(1)~(3)を示す.BAC:ベンザルコニウム塩化物.(113)あたらしい眼科Vol.28,No.9,20111333100μlの培地およびTetraColorONE(生化学社製)20μlを加え,37℃,5%CO2インキュベーター内で1時間処理後,マイクロプレートリーダー(BIO-RAD社製)にて490nmの吸光度(Abs)を測定した.本実験における細胞傷害はTetraColorONEを用い,テトラゾリウム塩が生細胞内ミトコンドリアのデヒドロゲナーゼにより生産されたホルマザンを測定することで表した.本研究では,薬剤処理後の細胞死亡率(%)を次式(1)により算出した.細胞死亡率(%)=(Abs未処理?Abs薬剤処理)/Abs未処理×100(1)また,薬剤処理が細胞傷害へ与える影響をより詳細に検討すべく,次式(2)を用いて解析を行ったDt=D∞・(1?e?kD・t)(2)kDは細胞傷害速度定数(min?1),tは点眼薬処理後の時間(0?2分),D∞およびDtは薬剤処理∞およびt分後の細胞死亡率を示す.本研究ではkD,D∞をそれぞれ急性毒性および慢性毒性として表した.II結果1.緑内障治療薬における角膜上皮細胞傷害性の比較図1にはPG点眼薬処理における細胞死亡率を示す.キサラタンR,レスキュラRおよびタプロスR処理群では処理時間の増加とともに細胞死亡率の増加が認められた.キサラタンR処理群において,0.5分処理後の細胞死亡率は88.7%であり,今回用いた緑内障治療薬のなかで最も強い細胞死亡率を示した.レスキュラRおよびタプロスR処理群では,キサラタンRと比較しその細胞死亡率は低いものの,0.5分処理後の細胞死亡率はそれぞれ41.2%,32.3%であった.一方,トラバタンズR処理群ではほとんど細胞傷害が認められず,2分処理後における細胞死亡率は1.6%であった.図2にはおもな緑内障治療薬処理時の細胞死亡率を示す.いずれの処理群においても処理時間の増加とともに細胞死亡率の増加が認められたが,PG点眼薬であるキサラタンR,レスキュラRおよびタプロスRと比較しその傷害性は低値を示した.今回用いたPG点眼薬を除く緑内障治療薬のなかで最も細胞死亡率が低かったのは炭酸脱水酵素阻害薬トルソプトRであり,その0.5分処理後の細胞死亡率は7%であった.表2および表3はPG点眼薬(表2)および他の作用機序を有する緑内障治療薬の慢性毒性(D∞)と急性毒性(kD)を示す.本実験で用いた代表的な緑内障治療薬の慢性毒性はキサラタンR≒デタントールR>レスキュラR>タプロスR>チモプトールR>ハイパジールR>サンピロR>トルソプトR>トラバタンズRの順であり,急性毒性はキサラタンR>レスキュラR>タプロスR≒チモプトールR≒ハイパジールR≒サンピロR>トルソプトR>デタントールR≒トラバタンズRの順で低値を示表2プロスタグランジン点眼薬処理における角膜傷害性の比較キサラタンRレスキュラRトラバタンズRタプロスRkD(min?1)2.80±0.252.26±0.040.27±0.071.81±0.25D∞(%)101.5±6.661.1±0.33.9±0.356.8±2.6平均値±標準偏差,n=4?5.表3各種緑内障治療薬処理における角膜傷害性の比較チモプトールRトルソプトRデタントールRハイパジールRサンピロRkD(min?1)1.78±0.061.27±0.030.29±0.031.77±0.091.77±0.01D∞(%)46.6±1.315.1±0.194.6±11.930.1±0.521.6±0.1平均値±標準偏差,n=4?5.0204060801000.00.51.01.52.0処理時間(分)細胞死亡率(%)●:キサラタンR◆:レスキュラR▲:トラバタンズR■:タプロスR図1プロスタグランジン点眼薬処理によるHCE-T死亡率の変化平均値±標準誤差,n=4?5.●:チモプトールR▲:トルソプトR▼:デタントールR◆:ハイパジールR■:サンピロR020406080100細胞死亡率(%)0.00.51.01.52.0処理時間(分)図2各種緑内障治療薬処理によるHCE-T死亡率の変化平均値±標準誤差,n=4?5.1334あたらしい眼科Vol.28,No.9,2011(114)した.2.キサラタンRおよびその後発品における角膜上皮細胞傷害性の比較図3および表4はラタノプロスト点眼薬先発品(キサラタンR)と後発品処理における細胞死亡率(図3),点眼薬の細胞傷害性(表4)を示す.LPセンジュおよびLPわかもと処理群では,先発品であるキサラタンR処理群と比較し高い細胞死亡率を示した.この結果とは反対に,LPサワイおよびLPケミファ処理群では,キサラタンR処理群に比べその細胞死亡率は低値を示し,0.5分処理後の細胞死亡率はそれぞれ47.4%,16.1%であった.これらラタノプロスト点眼薬先発品および後発品の慢性毒性(D∞)はキサラタンR,LPケミファ,LPわかもとおよびLPセンジュでは同程度であったがLPサワイのみ有意に低値を示した.また,急性毒性(kD)はLPわかもと≒LPセンジュ>キサラタンR>LPサワイ>LPケミファの順であった(表4).III考按本研究では,現在臨床現場で多用されている緑内障治療薬処理時の細胞死亡率を測定するとともに,1次速度式を用いた細胞死亡率解析によるinvitro角膜上皮細胞傷害性評価を行った.Invitro角膜上皮細胞傷害性評価を行ううえで点眼薬処理時間の設定は重要である.Invivoでは一般的に点眼液は点眼後涙液により1/5まで希釈され,その後涙液として鼻涙管から排出されることが知られている5).このように,invivoでは薬剤が長時間角膜に滞留しないことから,本実験のようなinvitro実験系では臨床(invivo)よりも短時間で強い細胞傷害性が認められる.したがって,本研究では点眼薬処理開始後2分を目安に実験を行い,点眼薬自身の角膜上皮細胞への傷害性評価を行った.本研究の結果から1次速度式を用いて解析することで,薬剤自身の有する慢性毒性(D∞)および急性毒性(kD)が算出でき,これら慢性および急性毒性が高いほど角膜傷害性が高くなることがわかった.そこでこの1次速度式を用い,臨床で第一選択として用いられるPG点眼薬キサラタンR,レスキュラR,トラバタンズRおよびタプロスRの角膜上皮細胞傷害性について評価を行った.PG点眼薬では慢性および急性毒性ともにキサラタンR>レスキュラR>タプロスR>トラバタンズRの順であった(図1および表2).点眼薬には品質の劣化を防ぐ目的で保存剤が添加されており,薬剤性角膜傷害には主薬のみでなくこの保存剤が強く関与する6).なかでも保存剤ベンザルコニウム塩化物(BAC)は界面活性作用により細胞膜の浸透性を高め,膜破壊,細胞質の変性を起こすことで,高い角膜上皮細胞傷害性を有する7,8).筆者らもまた本実験系にてBACが高い細胞傷害性を示すことを明らかとしている9).今回用いたキサラタンR,レスキュラRおよびタプロスRいずれにおいても保存剤としてBACが用いられており,その濃度はそれぞれ0.02%,0.005%および0.001%であった.したがって,キサラタンR,レスキュラRおよびタプロスRの毒性強度の順は点眼薬中に含まれる主薬の傷害性とBAC濃度が関与するものと考えられる.一方,トラバタンズRはBAC非含有製剤であり,日本アルコン株式会社が特許を有するsofZiaTM(塩化亜鉛,ホウ酸を含むソルビトール緩衝剤保存システム)を保存剤として使用している.この保存剤はBACの高い角膜上皮細胞傷害性を避けるために考案されたものであり,トラバタンズRの毒性が他のPG点眼薬より低い主たる理由として,保存剤の違いが関与するものと考えられる.つぎに第2,3選択として,PG点眼薬とは作用機序の異なる点眼薬チモプトールR,トルソプトR,デタントールR,ハイパジールRおよびサンピロRを用い,角膜上皮細胞傷害性の検討を行った.いずれの処理群においても処理時間の増加とともに細胞死亡率の増加が認められ,その慢性毒性および保存剤はキサラタンR(0.02%BAC)≒デタントールR表4ラタノプロスト点眼薬先発品および後発品処理における角膜傷害性の比較先発品後発品キサラタンRLPケミファLPセンジュLPわかもとLPサワイkD(min?1)2.80±0.250.35±0.01*12.27±2.49*12.93±1.88*2.37±0.21D∞(%)101.5±6.6100.2±3.396.3±2.497.7±1.765.1±3.5*平均値±標準偏差,n=4?5,*p<0.05vs.キサラタンR(Dunnettの多群間比較).20406080100細胞死亡率(%)○:キサラタンR●:LPケミファ▲:LPセンジュ◆:LPわかもと■:LPサワイ0.00.51.01.52.0処理時間(分)図3ラタノプロスト点眼薬先発品および後発品処理によるHCE-T死亡率の変化平均値±標準誤差,n=4?5.(115)あたらしい眼科Vol.28,No.9,20111335(0.005%BAC)>レスキュラR(0.005%BAC)>タプロスR(0.001%BAC)>チモプトールR(0.005%BAC)>ハイパジールR(0.002%BAC)>サンピロR(パラベン類)>トルソプトR(0.005%BAC)>トラバタンズR(sofZiaTM)の順であった(表2および表3).急性毒性においても慢性毒性と同様の順であったが,デタントールRでのみ他の点眼薬と比較し慢性毒性が高値を示し,急性毒性が低値を示した(表2および表3).実際の臨床現場において,緑内障治療薬による角膜上皮細胞傷害はPG点眼薬やb遮断薬で高頻度にみられることはすでによく知られており10),筆者らが示したPG点眼薬が強い毒性を有すことと一致が認められた.b遮断薬であるチモプトールRのBAC濃度は0.005%であることから,チモプトールRの毒性は,BACと主薬であるチモロールマレイン酸塩がおもに関与するものと考えられる.デタントールRも高い慢性毒性を示したが,急性毒性は非常に低かった.デタントールRのBAC含有濃度は0.005%であり,添加物も一般的であることから,主薬であるブナゾシン塩酸塩がこの慢性および急性毒性に関わるものと考えられる.高い慢性毒性を有するデタントールRが臨床で高頻度に角膜傷害を示さないのは,急性毒性が低いことが関与するものと思われる.一方,ハイパジールR,サンピロR,トルソプトRの毒性は低かった.ハイパジールRはBAC濃度が0.002%と低く,サンピロRでは保存剤にパラベン類が用いられていた.サンピロRの保存剤であるパラベン類はBACと比較し角膜細胞にほとんど影響を与えないことはすでに報告されている10).これらのことから,ハイパジールRおよびサンピロRの低傷害性はそれぞれBAC濃度,保存剤の種類の相違によるものと考えられる.トルソプトRでは保存剤として0.005%BACが用いられているものの,添加剤としてd-マンニトールが含まれていた.筆者らはこれまで添加物であるd-マンニトールがBACの傷害性を軽減することを明らかとしている9).したがって,トルソプトRがハイパジールRよりBAC濃度が高いにもかかわらず,傷害性が低いことに,d-マンニトール含有の有無および主薬自身の毒性が起因するものと考えられる.最後に,多くの後発品が販売されているラタノプロストについてHCE-Tを用い角膜上皮細胞傷害性評価を行った.代表的なラタノプロスト後発品としてLPケミファ,LPセンジュ,LPわかもとおよびLPサワイの4品目について慢性毒性を検討した結果,LPケミファ,LPわかもとおよびLPセンジュでは同程度であったが,LPサワイのみ有意に低値を示した.急性毒性はLPわかもと≒LPセンジュ>キサラタンR,LPサワイ>LPケミファの順となり,LPわかもとおよびLPセンジュの2剤が先発品であるキサラタンRより高い毒性を示した(表4).このLPわかもとおよびLPセンジュは先発品であるキサラタンと主薬は同じであり,添加物からもこれら後発品と先発品で大きな違いがみられないことから,製剤自身の急性毒性には添加物を加える順番など製剤過程での違いが影響すると考えられる.一方,先発品と比較しLPサワイは慢性毒性が,LPケミファでは急性毒性が有意に低かった.LPサワイではd-マンニトールが含まれており,BAC濃度も先発品の約半量と低値である.このBACおよび添加物がLPサワイの低い慢性毒性へと繋がっていると思われた.LPケミファのBAC濃度は非公開であるが,界面活性剤であるポリソルベート80が含まれることからBACの濃度は先発品より低いものと考えられる.しかし,LPケミファは他のラタノプロスト後発品と比較し,処理時間当たりの細胞死亡率が非常に低く,急性毒性も有意に低値であることから,BAC濃度だけでなく製剤過程でも他の工夫がなされている可能性がある.以上,本研究ではHCE-Tを用いた点眼薬の細胞死亡率を1次速度式にて解析することで,緑内障治療薬自身が有する急性および慢性毒性の算出が可能であることを明らかとした(図4).慢性毒性が高く急性毒性の低い薬剤では,正常なオキュラーサーフェスではその傷害性はわずかであるが,ドライアイ患者などでは涙液低下や滞留の増加により急性毒性が高まる可能性が考えられる.したがって,これら薬剤の急性および慢性毒性を明らかとすることは非常に意義あるものと考えられる.これら角膜上皮細胞傷害性は,臨床においては涙液分泌能低下などの他の作用により相乗的に角膜上皮細胞傷害をひき起こすことから9),今回のinvitroの結果(角膜傷害強度および傷害速度の算出)を基盤とした臨床結果のさらなる解析は,緑内障患者の状態に合わせた薬剤決定をより容易にするために重要である.本報告は今後の点眼薬開発および緑内障治療薬投与時における薬物選択を決定するうえで一つの指標になるものと考えられる.LPサワイレスキュラR慢性毒性大小キサラタンRトラバタンズRLPケミファLPわかもとLPセンジュデタントールRタプロスRチモプトールRトルソプトRハイパジールRサンピロRLPケミファデタントールRトラバタンズRLPわかもとLPセンジュLPサワイ急性毒性レスキュラR大小キサラタンRタプロスRチモプトールRハイパジールRサンピロRトルソプトR図4各種緑内障治療薬の慢性および急性毒性強度1336あたらしい眼科Vol.28,No.9,2011文献1)徳田直人,青山裕美子,井上順ほか:抗緑内障薬が角膜に及ぼす影響:臨床とinvitroでの検討.聖マリアンナ医科大学雑誌32:339-356,20042)長井紀章,伊藤吉將,岡本紀夫ほか:抗緑内障点眼薬の角膜障害におけるInVitroスクリーニング試験:SV40不死化ヒト角膜上皮細胞(HCE-T)を用いた細胞増殖抑制作用の比較.あたらしい眼科25:553-556,20083)ToropainenE,RantaVP,TalvitieAetal:Culturemodelofhumancornealepitheliumforpredictionofoculardrugabsorption.InvestOphthalmolVisSci42:2942-2948,20014)TalianaL,EvansMD,DimitrijevichSDetal:Theinfluenceofstromalcontractioninawoundmodelsystemoncornealepithelialstratification.InvestOphthalmolVisSci42:81-89,20015)後藤浩,吉川啓司,山田昌和ほか:眼科開業医のための疑問・難問解決策.p216-217,診断と治療社,20066)NagaiN,MuraoT,OkamotoNetal:Comparisonofcornealwoundhealingratesafterinstillationofcommerciallyavailablelatanoprostandtravoprostinratdebridedcornealepithelium.JOleoSci59:135-141,20107)河嶋洋一:防腐剤の功罪(使い捨て点眼薬を含む),点眼薬の使い方.眼科診療プラクティス42,p86-87,文光堂,19998)DeSaintJeanM,BrignoleF,BringuierAFetal:EffectsofbenzalkoniumchlorideongrowthandsurvivalofChangconjunctivalcells.InvestOphthalmolVisSci40:619-630,19999)長井紀章,村尾卓俊,大江恭平ほか:不死化ヒト角膜上皮細胞(HCE-T)を用いた緑内障治療配合剤のinvitro角膜細胞傷害性評価.YAKUGAKUZASSHI131:985-991,201110)青山裕美子:緑内障の薬物治療-抗緑内障点眼薬と角膜.FrontiersinGlaucoma4:132-147,2003(116)***