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サイトメガロウイルス網膜炎を発症した成人T細胞白血病の1例

2009年4月30日 木曜日

———————————————————————-Page1(97)5290910-1810/09/\100/頁/JCLS42回日本眼炎症学会原著》あたらしい眼科26(4):529531,2009cはじめにサイトメガロウイルス(CMV)網膜炎は免疫不全状態の患者に発症する難治性の疾患であるが,成人T細胞白血病(ATL)患者でのCMV網膜炎の報告は少ない.今回筆者らはATLの経過中にCMV網膜炎を発症した1例を経験したので,その眼科的所見および臨床症状について報告する.I症例患者:54歳,男性.主訴:両眼飛蚊症.現病歴:1998年に皮膚型ATL(慢性型)と診断され,2006年よりプレドニゾロン(PSL)5mg内服にて経過観察中だった.2007年2月に胸背部痛が出現し,画像上ATL〔別刷請求先〕相馬実穂:〒849-8501佐賀市鍋島5丁目1番1号佐賀大学医学部眼科学講座Reprintrequests:MihoSoma,M.D.,DepartmentofOphthalmology,SagaUniversityFacultyofMedicine,5-1-1Nabeshima,Saga849-8501,JAPANサイトメガロウイルス網膜炎を発症した成人T細胞白血病の1例相馬実穂清武良子野村慶子平田憲沖波聡佐賀大学医学部眼科学講座AdultT-CellLeukemiawithCytomegalovirusRetinitisMihoSoma,RyokoKiyotake,KeikoNomura,AkiraHirataandSatoshiOkinamiDepartmentofOphthalmology,SagaUniversityFacultyofMedicine目的:成人T細胞白血病(ATL)経過中にサイトメガロウイルス(CMV)網膜炎を発症した1例を報告する.症例:症例は54歳,男性.皮膚型ATLの急性転化に対し末梢血幹細胞移植後,移植片対宿主病を発症.シクロスポリンAとメチルプレドニゾロンが投与されていた.2007年11月12日にCMV抗原血症を指摘され,ガンシクロビルの点滴が開始された.11月23日両眼飛蚊症を自覚し,眼科的検査にて左眼の耳側網膜に軟性白斑,鼻上側に点状出血を伴った白色病変を認めた.バルガンシクロビル450mg内服への減量に伴い2008年1月9日より左眼の白色病変が拡大,CMV網膜炎悪化と判断し,ガンシクロビル500mg点滴に増量した.病変は徐々に消退したが裂孔原性網膜離が出現し,硝子体切除術を行った.術後,矯正視力は右眼1.2,左眼0.9で左眼網膜は復位している.結論:ATLに対する末梢血幹細胞移植後の免疫不全状態においてもCMV網膜炎は十分注意すべき合併症である.WereportacaseofadultT-cellleukemia(ATL)withcytomegalovirus(CMV)retinitis.Thepatient,a54-yearmalewithskintypeATL,hadbeentreatedwithperipheralbloodstemcelltransplantationforblastcrisis.Thereaf-ter,hewasdiagnosedwithgraft-versus-hostdiseaseandtreatedwithmethylprednisoloneandcyclosporinA.Inaddition,hewastreatedwithgancicloviragainstCMVdetectedinhisserumonNovember12,2007.Hewasreferredtousforblurredvision.Ophthalmoscopicndingsshowedsoftexudatesandwhiteopacicationwithdothemorrhageinhislefteye.Asoralvalganciclovirwasreducedto450mg,thelesionenlarged.Ganciclovir(500mgiv.)wasthenadministered.Althoughtheexudativelesiondisappearedgradually,rhegmatogenousretinaldetach-mentoccurredinthelefteye.Vitrectomywasperformed,theretinawasreattachedandvisualacuitywasmain-tained.CMVretinitisshouldbeconsideredinimmunodecientpatientsafterperipheralbloodstemcelltransplanta-tionforATL.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)26(4):529531,2009〕Keywords:サイトメガロウイルス網膜炎,成人T細胞白血病(ATL),末梢血幹細胞移植.cytomegalovirusretinitis,adultT-cellleukemia(ATL),peripheralbloodstemcelltransplantation.———————————————————————-Page2530あたらしい眼科Vol.26,No.4,2009(98)の骨病変が最も疑われたため,ATL急性転化の判断にて化学療法を施行したのち,ヒト白血球型抗原(HLA)完全一致,血液型一致,ヒトTリンパ球向性ウイルス1型(HTLV-1)陰性の弟をドナーとして10月7日同種末梢血幹細胞移植が施行された.移植片対宿主病(GVHD)予防目的でシクロスポリンA単独投与を行っていたが,生着12日後に皮疹・発熱・胸水貯留を主症状とするGVHDを生じメチルプレドニゾロン(ソルメドロールR)60mg点滴が開始となった.11月12日にCMV抗原血症を指摘され,ガンシクロビル(デノシンR)560mg点滴が開始された.GVHD症状は徐々に改善し,PSL55mg内服まで減量となった11月27日当院血液内科へ転院となった.11月23日より両眼の飛蚊症を自覚していたため,11月28日眼科的精査目的にて当科紹介となった.既往歴:2007年6月帯状疱疹.家族歴:弟がHTLV-1キャリア.全身検査結果(2007年11月27日):末梢血一般検査では白血球7,500/mm3,リンパ球は270/mm3(3.6%)で異常リンパ球は認めなかった.末梢血リンパ球サブセットはCD4+T細胞30.7,CD8+T細胞45.4でCD4/8比は0.68であった.直接酵素抗体法(C7-HRP)にてCMV陽性細胞を3/30万認めた.初診時所見(2007年11月28日):視力は右眼0.2(1.2×4.0D),左眼0.1(1.2×3.25D(cyl1.0DAx90°).眼圧は両眼とも10mmHgであった.眼位・眼球運動・対光反応は異常なく,両眼に皮質混濁を伴った軽度白内障を認めた.右眼眼底は後部硝子体離を認めるほか異常なく,左眼眼底は視神経乳頭の耳側に軟性白斑,鼻上側に一部点状出血を伴った網膜の白色病変とグリア環を認めた.内科ではC7-HRPを指標としてガンシクロビル点滴の中止・再開をくり返していたが,肝機能が悪化してきたため,12月27日からバルガンシクロビル(バリキサR)450mg内服に変更となっていた.2008年1月9日眼科再診時に左眼鼻上側の出血と網膜の白色病変が拡大しており(図1),CMV網膜炎の診断にて内科と相談のうえ1月12日14日はバルガンシクロビル内服を1,800mgへ増量し,1月15日からガンシクロビル500mg点滴を3週間行った.網膜炎の軽快をみて300mg週5回投与へ減量,1カ月間投与を行った後バルガンシクロビル900mg1週間,450mg内服へ変更となり全身状態も改善したため3月28日退院となった(図2).5月28日眼科再診時に左眼鼻上側の網膜出血,網膜の白濁が消退した部位に網膜離を伴った裂孔を認めた.離部の網膜は菲薄化していて,硝子体手術とガス注入では復位困難と思われたため,翌日硝子体切除術+シリコーンオイル注入+水晶体超音波乳化吸引+眼内レンズ挿入術を行った.バルガンシクロビル内服は6月25日にて中止となり,術後1カ月を経過した2008年6月28日現在,矯正視力は右眼1.2,左眼0.9で左眼網膜は復位しており,9月以降にシリコーンオイル抜去を考えている.II考按一般に日本人(成人)の95%はCMVキャリアであるが正常な免疫状態ではほとんど不顕性感染をしており,顕性感染が生じるためには宿主が何らかの形で免疫不全状態にあることが不可欠の条件となる1).今回の症例では基礎疾患としてATLを発症したこと,その治療として化学療法と同種末梢血幹細胞移植を行ったこと,GVHDに対する治療としてステロイドおよび免疫抑制薬投与を行ったことがCMV網膜炎発症の誘因として考えられる.後天性免疫不全症候群(AIDS)患者においてはCMV網膜炎の合併率は2530%と報告されていたが,highlyactiveantiretroviraltherapy(HAART)導入後はさらに減少しているといわれている24).ATLにCMV網膜炎を発症したという報告は少なく,原疾図12008年1月9日再診時の左眼眼底写真左眼鼻上側の出血と白色病変が増加していた.図22008年4月16日再診時の左眼眼底写真左眼鼻上側の網膜血管は一部白鞘化したが,出血と白色病変はほぼ吸収されている.———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.26,No.4,2009531(99)患の特徴からほとんどが九州出身者である511).また,造血幹細胞移植後の報告も国内外を含めわずかである1214).Coskuncanらの報告によれば,白血病の治療として一般的に行われてきた骨髄移植においても,後眼部の合併症を認めたものは397例中51例(12.8%)で,そのうち網膜または眼内の感染症と診断されたものは8例(2.0%)であり,発症は移植の平均57日後でウイルス性がサイトメガロウイルス1例・水痘ヘルペス1例の2例(0.5%)であったとされ,骨髄移植後のCMV網膜炎の発症としても大変まれであるといえる13,14).本症例で行われた同種末梢血造血幹細胞移植は,2000年に保険適用が認められて以来,同種骨髄移植の代替法として2001年にはその実施症例数が骨髄移植の実施症例数を超え急速に普及している.同種骨髄移植と比較した場合,①速やかな造血回復(約1週間の短縮),②速やかな免疫回復,③低コスト,④低い再発率,⑤急性GVHDは増加しない,⑥ドナーに与える負担が少ないなどの利点があり15),今後さらに症例数が増加し,それに伴う眼合併症も増加する可能性がある16).ATLに対し同種末梢血造血幹細胞移植を行い,その後にCMV網膜炎を発症したという報告は筆者らの調べる限り今回の症例が初めてである.このことから同種骨髄移植に比べ免疫回復が速やかであるとされる同種末梢血造血幹細胞移植後においても,やはりCMV網膜炎の発症には注意する必要があるものと思われる.現在抗CMV薬としてはガンシクロビル(静注,経口,インプラント),ホスカルネット(静注),シドフォビル(静注),バルガンシクロビル(経口)がある17).このうち日本で使用が可能な薬剤はガンシクロビルとホスカルネット,バルガンシクロビルで,網膜炎にも有効である一方,細胞毒性も強い.そのため投与量と投与期間は薬効と副作用により症例ごとに変えなければいけない1).また,免疫不全状態が改善されない限り,投与中止後にCMV網膜炎を再燃する可能性が高い1821).今回の症例ではCMV網膜炎の悪化に対しガンシクロビルの増量を行ったところ,眼底の出血および白色病変は速やかに消退,重篤な全身的副作用も認めなかった.しかし発症から6カ月後に網膜壊死に伴う裂孔形成と網膜離を認め手術加療が必要となった.今後ガンシクロビル中止に伴うCMV網膜炎の再燃に十分注意して経過観察を行っていく必要があると考える.文献1)坂井潤一:サイトメガロウイルスと眼感染症.あたらしい眼科11:677-683,19942)坂井潤一:免疫不全患者におけるサイトメガロウイルス網膜炎.医学のあゆみ170:158-159,19943)JabsDA,VanNattaML,HolbrookJTetal:LongitudinalstudyoftheocularcomplicationsofAIDS1.Oculardiag-nosisatenrollment.Ophthalmology114:780-786,20074)JabsDA,BartlettJD:AIDSandophthalmology:Aperi-odoftransition.AmJOphthalmol124:227-233,19975)久志雅和,新城光宏,大城一郁ほか:成人T細胞白血病に続発したサイトメガロウイルス網膜炎の1例.臨眼57:317-320,20036)岸川泰宏,出口裕子,三島一晃ほか:成人T細胞白血病にみられたサイトメガロウイルス網膜炎の1例.臨眼55:1411-1415,20017)辻真理子,手島靖夫,末田順ほか:サイトメガロウイルス網膜炎が初発症状であった成人T細胞白血病の2例.臨眼52:546-550,19988)藤井智仁,稲田晃一郎:サイトメガロウイルス網膜炎の2例.眼臨5:625-628,19959)森直樹,浦一美,村上修一ほか:経過中にサイトメガロウイルス性網膜炎を併発した成人T細胞白血病の1例.臨床血液33:537-541,199210)杉本浩一,杉本睦子,春田恭照ほか:ATL(成人T細胞白血病)に随伴したサイトメガロウイルス網膜炎─ガンシクロビルで沈静化した症例─.眼科33:559-564,199111)樺山八千代,伊佐敷誠,上原文行ほか:成人T細胞白血病における眼症状.臨眼42:139-141,198812)長田愉以子,佐々木勇二,山崎厚志ほか:急性骨髄性白血病患者の非血縁者間同種骨髄移植後に認められたサイトメガロウイルス網膜炎の1例.眼臨93:396-400,199913)CoskuncanNM,JabsDA,DunnJPetal:Theeyeinbonemarrowtransplantation.VI.Retinalcomplication.ArchOphthalmol112:372-379,199414)LarssonK,LonnqvistB,RingdenOetal:CMVretinitisafterallogeneicbonemarrowtransplantation:areportofvecases.TransplInfectDis4:75-79,200215)長藤宏司:広がる幹細胞ソースの選択肢,骨髄移植と末梢血幹細胞移植の比較.内科98:218-223,200616)ShereckEB,CooneyE,vandenVenCetal:ApilotphaseⅡstudyofalternatedayganciclovirandfoscarnetinpreventingcytomegalovirus(CMV)infectionsinat-riskpediatricandadolescentallogeneicstemcelltransplantrecipients.PediatrBloodCancer49:306-312,200717)LeeCH,BrightDC,FerrucciS:Treatmentofcytomega-lovirusretinitiswithoralvalganciclovirinanacquiredimmunodeciencysyndromepatientunresponsivetocom-binationantiretroviraltherapy.Optometry77:167-176,200618)SongM,KaravellasMP,MacDonaldJCetal:Character-izationofreactivationofcytomegalovirusretinitisinpatientshealedaftertreatmentwithhighactiveantiretro-viraltherapy.Retina20:151-155,200019)LehoangP,GirardB,RobinetMetal:Foscarnetinthetreatmentofcytomegalovirusretinitisinacquiredimmunedeciencysyndrome.Ophthalmology96:865-874,198920)JabsDA,NewmanC,DeBustrosSetal:Treatmentofcytomegalovirusretinitiswithganciclovir.Ophthalmology94:824-830,198721)HollandGN,SakamotoMJ,HardyDetal:Treatmentofcytomegalovirusretinopathyinpatientswithacquiredimmunodeciencysyndrome.Useoftheexperimentaldrug9-[2-Hydroxy-1(hydroxymethyl)ethoxymethyl]guanine.ArchOphthalmol104:1794-1800,1986