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眼科受診を契機に診断された化膿性脊椎炎を伴う 猫ひっかき病の1 例

2023年4月30日 日曜日

《第58回日本眼感染症学会原著》あたらしい眼科40(4):544.551,2023c眼科受診を契機に診断された化膿性脊椎炎を伴う猫ひっかき病の1例篠原大輔*1林孝彰*1大庭好弘*2筒井健介*2根本昌実*2中野匡*3*1東京慈恵会医科大学葛飾医療センター眼科*2東京慈恵会医科大学葛飾医療センター総合診療部*3東京慈恵会医科大学眼科学講座CACaseofCatScratchDiseasewithPyogenicSpondylitisDiagnosedafteranOphthalmologicalAssessmentDaisukeShinohara1),TakaakiHayashi1),YoshihiroOhba2),KensukeTsutsui2),MasamiNemoto2)andTadashiNakano3)1)DepartmentofOphthalmology,TheJikeiUniversityKatsushikaMedicalCenter,2)DivisionofGeneralMedicine,TheJikeiUniversityKatsushikaMedicalCenter,3)DepartmentofOphthalmology,TheJikeiUniversitySchoolofMedicineC目的:不明熱の精査中,眼症状と脊椎炎症状を呈し,眼科受診を契機に猫ひっかき病と診断されたC1例を報告する.症例:患者はC54歳,女性.約C1カ月前より持続する弛張熱に対して内科的精査が行われたが,原因を特定することができなかった.腰部の圧痛所見もみられた.右眼霧視と飛蚊症の自覚があり,眼科受診となった.視力は右眼(0.8),左眼(1.2)で,右眼眼底に網膜出血を伴う滲出斑と局所的な星芒状白斑を認めた.また,両眼の視神経乳頭周囲に複数の白色病巣がみられた.OCT検査では右眼黄斑部に漿液性網膜.離と視神経乳頭周囲網膜神経線維層の肥厚を認めた.視神経網膜炎を疑う眼底所見から,猫ひっかき病を鑑別にあげ血清学的検査を施行し,BartonellaChenselaeに対する抗体価の陽性を認め診断が確定した.脊椎CMRIでは椎体に多数の異常信号を認め,化膿性脊椎炎と診断された.抗菌薬投与後,右眼視力(1.2)となり,眼底所見,全身性の炎症所見ならびに脊椎CMRI所見も改善した.結論:眼底所見が軽微であっても視神経網膜炎を疑うCOCT所見がみられれば,猫ひっかき病を鑑別にあげることが重要と考えられた.CPurpose:Toreportacaseofcatscratchdisease(CSD)diagnosedafteranophthalmologicalassessmentinapatientwhopresentedwithocularandspondylitissymptomswhileundergoingadetailedmedicalexaminationforafeverofunknownorigin.Casereport:A54-year-oldfemaleunderwentamedicalexaminationforaremittentfeverthathadpersistedforapproximately1month,yetthecausewasindeterminate.Therewasalsoa.ndingoftendernessinherlowerback,andshecomplainedofblurredvisionanda.oaterinherrighteyeandvisitedourophthalmologyCdepartment.CUponCexamination,CherCbest-correctedCvisualacuity(BCVA)wasC0.8CODCandC1.2COS.CFunduscopyCrevealedCanCexudativeClesionCwithCretinalChemorrhageCandChardCstellateCexudatesCfocallyCinCtheCrightCeye,CandCmultipleCwhiteCspotsCwereCfoundCaroundCtheCopticCdiscsCinCbothCeyes.COpticalCcoherenceCtomography(OCT)revealedaserousmacularretinaldetachmentandthickeningofthecircumpapillaryretinalnerve.berlay-erintherighteye.Basedonthose.ndingsofsuspectedopticneuroretinitis,CSDwaslistedasadi.erentialdiag-nosisthatwaslatercon.rmedbyserologicaltestingthatshowedpositiveantibodytitersagainstBartonellaChense-lae.CSpinalCMRIC.ndingsCrevealedCmultipleCabnormalCsignalsCinCtheCvertebralCbodies,CdiagnosedCasCpyogenicCspondylitis.CAfterCtheCadministrationCofCantibacterialCdrugs,CherCBCVACrecoveredCtoC1.2,CandCtheCfundusC.ndings,CsystemicCin.ammatoryC.ndings,CandCspinalCMRIC.ndingsCalsoCimproved.CConclusion:WhenCOCTC.ndingsCofCsus-pectedCopticCneuroretinitisCareCfound,CitCisCimportantCtoCconsiderCCSDCasCaCdi.erentialCdiagnosis,CevenCthoughCtheCfundus.ndingsareminimal.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)40(4):544.551,C2023〕Keywords:不明熱,化膿性脊椎炎,視神経網膜炎,猫ひっかき病,光干渉断層計.feverofunknownorigin,pyo-genicspondylitis,opticneuroretinitis,catscratchdisease,opticalcoherencetomography.C〔別刷請求先〕林孝彰:〒125-8506東京都葛飾区青戸C6-41-2東京慈恵会医科大学葛飾医療センター眼科Reprintrequests:TakaakiHayashi,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,TheJikeiUniversityKatsushikaMedicalCenter,6-41-2Aoto,Katsushika-ku,Tokyo125-8506,JAPANC544(112)はじめに猫ひっかき病はネコのひっかき傷や咬傷が原因となり,受傷部位の所属リンパ節腫大や発熱を主徴とする人獣共通感染症であり,1992年にグラム陰性桿菌であるBartonellahenselae(B.henselae)が病原体であることが明らかになった1).わが国では,猫ひっかき病患者数の全国的な統計調査が行われていないため,年間発生患者数は不明である.典型例では抗菌薬投与を行わなくてもC4.8週間で自然治癒するとされているが2),近年血清学的診断法が確立したことで,眼症状や中枢神経症状のみを呈する症例や,抗菌薬不応例,膠原病類似症例などの非定型例の報告も散見される3,4).一方,猫ひっかき病患者は必ずしも眼症状を訴えるわけではないため,眼科医が日常診療で経験する機会は決して多くない.今回筆者らは,弛張熱で発症し眼科受診を契機に診断された,化膿性脊椎炎を伴う猫ひっかき病のC1例を経験したので報告する.CI症例患者:54歳,女性.主訴:右眼の霧視および飛蚊症.現病歴:約C1カ月前よりC38℃前後の発熱が持続し,10日前に近医内科を受診した.咳嗽を認めたが,胸部CX線検査では異常はなかった.血液検査で白血球の上昇はなく,CRPの著明な上昇を認め,ウイルス感染が疑われた.肝酵素も軽度上昇していたが,Epstein-Barrウイルス(EBウイルス)に対する抗CEBNA抗体は陽性も抗CVCAIgM抗体は陰性であり,腹部エコーでも胆石以外の明らかな異常所見はなかった.細菌感染も鑑別にあげ,セフェム系抗菌薬内服が開始されたが,その後も弛張熱が持続し,3日前に東京慈恵会医科大学葛飾医療センター(以下,当院)総合診療部に紹介受診となった.身体診察では腰椎中央部に圧痛を認めた.また,右眼の霧視および飛蚊症の自覚があり,当院眼科初診となった.既往歴:片頭痛,脂質異常症,不正性器出血.初診時所見:矯正視力は右眼C0.2(0.8C×sph+1.00D(cylC.0.50DAx75°),左眼C0.9(1.2×+1.25D(cyl.0.50DAx125°),眼圧は正常範囲内であった.前房内の細胞浮遊は明らかでなかったが,両眼に微細な角膜後面沈着物,前部硝子体中に色素散布がみられた.右眼底所見として,網膜出血を伴う滲出斑そして視神経乳頭鼻側に複数の白色病巣を認め,中心窩から上方にかけて星芒状白斑が局所的にみられた(図1a,b).左眼にも視神経乳頭周囲に複数の白色病巣を認めた(図1c).硝子体混濁はみられなかった.光干渉断層計(opti-calCcoherencetomography:OCT,CirrusCHD-OCT5000)検査では右眼黄斑部に漿液性網膜.離の所見を認め,中心窩鼻側に小さな高輝度病変が外網状層に観察された(図2a).右眼の網膜厚は全体的に肥厚し,下方網膜静脈の肥厚が両眼でみられた(図2a,b).黄斑部の漿液性網膜.離が右眼視力低下の原因と考えられた.不明熱に対して,総合診療部で詳細な全身検査が行われた.血液検査所見:白血球C7,600/μl(白血球分画:好中球C58.5%,リンパ球C31.8%,単球C8.9%,好酸球C0.3%,好塩基球0.5%),CRP14.78Cmg/dl,プロカルシトニンC0.08Cng/ml,血沈(1時間値)77Cmm,赤血球数,血小板数,腎機能,電解質に異常なし,AST40CU/l,ALT37CU/l,LDH282CU/l,CT-Bil0.8Cmg/dl,ALP443CU/l,Cc-GTP62CU/l,PT-INR0.97,APTT31.2秒,Fbg666Cmg/dl,FDP11.1Cμg/ml,リウマトイド因子陰性,抗核抗体陰性,IgG2,646Cmg/dl,CIgA362mg/dl,IgM177mg/dl,C3162mg/dl,CH5057.5CU/ml,PR3-ANCA1.0CU/ml未満,MPO-ANCA1.0CU/ml未満,アンギオテンシンCI変換酵素(ACE)12.6CU/l,可図1初診時眼底写真a:右眼に網膜出血を伴う滲出斑,そして視神経乳頭鼻側に複数の白色病巣を認める.Cb:右黄斑部の拡大写真で,中心窩から上方にかけて星芒状白斑が局所的にみられる.c:左眼の視神経乳頭周囲に複数の白色病巣を認める.ab図2初診時OCT画像(a:右眼,b:左眼)a:右眼黄斑部に漿液性網膜.離の所見を認め,中心窩鼻側に小さな高輝度病変(→)が外網状層に観察される.網膜厚は全体的に肥厚している.下方網膜静脈の肥厚がみられる.Cb:左眼でも,下方網膜静脈の肥厚がみられる.図3初診から4日後の右眼滲出斑のOCT画像硝子体側に隆起した高反射病変が外顆粒層に及び,深部の信号はブロックされている.溶性IL-2レセプター(sIL-2R)1,210U/ml,抗ds-DNAIgG抗体C10CIU/ml未満,抗CSm抗体陰性,抗CRNP抗体陰性,抗CSS-A抗体陰性,マトリックスメタロプロテイナーゼ-3(MMP-3)48.1Cng/ml,フェリチンC988Cng/ml,甲状腺刺激ホルモン(TSH)3.46CμIU/ml,FT41.33Cng/dl,抗ストレプトリジンCO抗体C78CIU/ml,HBs抗原陰性,HCV抗体陰性,梅毒CRPR陰性,梅毒CTP抗体陰性,T-SPOT.TB陰性,サイトメガロウイルスCIgG抗体陽性,サイトメガロウイルスCIgM抗体陰性,サイトメガロウイルスCpp65抗原CC7-HRP陰性,EBウイルス核酸定量陰性,HTLV-1抗体陰性,トキソプラズマCIgG抗体陰性,トキソプラズマCIgM抗体陰性,b-D-グルカンC6.0Cpg/ml未満,カンジダ抗原陰性,クリプトコッカス抗原陰性,寄生虫抗体スクリーニング陰性という結果であった.高度の炎症反応,肝胆道系酵素軽度上昇,sIL-2R上昇,フェリチン上昇を認めた.尿検査:pH6.5,尿比重C1.010,蛋白陰性,潜血陰性,赤血球C0-1/HPF(highpower.eld),白血球C1-4/HPF.培養検査:血液培養,尿培養,咽頭抗酸菌培養検査はいずれも陰性であった.経胸壁心エコー:疣贅など感染性心内膜炎を疑う所見を認めなかった.側頭動脈エコー:壁肥厚など巨細胞性動脈炎を疑う所見を認めなかった.頭部・頸部コンピュータ断層撮影(computedCtomogra-phy:CT):頭蓋内・頭頸部に明らかな異常所見を認めなかった.胸部CCT:右肺中葉の陳旧性炎症以外に明らかな所見を認めなかった.腹部CCT:脂肪肝,胆.結石,軽度脾腫大のほかに明らかな所見を認めなかった.経過:眼科初診からC4日後の右眼滲出斑のCOCT所見として,硝子体側に隆起した高反射病変が外顆粒層におよび,深部の信号はブロックされていた(図3).フルオレセイン蛍光造影(.uoresceinangiography:FA)検査では,右眼滲出斑の組織染による過蛍光と出血部の蛍光ブロックを認めたが,両眼ともに明らかな網膜血管炎を示唆する所見はみられなかった(図4).FAの造影後期相で両眼視神経に軽度の過蛍光所見を認めた(図4).OCTによる視神経乳頭周囲網膜神経線維層(circumpapillaryCretinalCnerveC.berlayer:cpRN-FL)厚は,左眼に比べ右眼で肥厚していた.臨床経過ならびに右眼の視神経網膜炎を疑う眼底所見から,精査されていなかった猫ひっかき病の可能性も考慮し,内科で詳細な問診を行ったところ,動物との接触歴があることが判明し,ネコによる咬傷の既往を聴取した.バルトネラ感染症を鑑別にあげ,血清学的検査を施行した.眼科初診からC11日後,総合診療部に入院し猫ひっかき病を疑い,ミノサイクリン点滴(初回C300Cmg/日,その後C200mg/日)とリファンピシンC300Cmg/日の内服を開始した.同日施行した脳脊髄液検査所見は初圧C12CcmHC2O,細胞数C2/μl,52Cmg/dl,蛋白C18.6Cmg/dl,乳酸C13.9Cmg/dl,抗酸菌図4初診から4日後のフルオレセイン蛍光造影写真上段が右眼,下段が左眼で,各写真の右上に造影開始からの時間経過を示す.造影開始C19秒からC10分C10秒にかけて,右眼滲出斑に一致して,組織染による過蛍光と出血部の蛍光ブロックを認める.両眼ともに明らかな網膜血管炎を示唆する所見はみられない.後期相(右眼:10分C10秒,左眼:10分)で両眼視神経に軽度の過蛍光所見を認める.培養陰性であり,細胞診で腫瘍性病変を認めなかった.その後,腰部圧痛の精査目的に施行した脊椎磁気共鳴画像(magneticresonanceimaging:MRI)で,胸椎・腰椎の椎体に多数の異常信号を認め,T1強調像(図5a)で低信号を,T2強調像(図5b)では高信号を示し脊椎炎が疑われた.抗菌薬開始後もCCRP値C10.14Cmg/dlで経過したが,全身状態はやや改善し,体温もC37℃を下回るようになり,9日間の入院後退院となり,ミノサイクリン点滴をドキシサイクリンC100Cmg/日の内服に変更した.眼科初診からC20日後,抗CB.henselaeIgM抗体C20倍,IgG抗体C1,024倍以上とともに陽性であることが判明し,猫ひっかき病と診断した.その後,軽度肝機能障害が出現したため,抗菌薬をスルファメトキサゾールC400mg/トリメトプリムC80Cmg(ST)合剤に変更,その後CCRP3.30Cmg/dlと著明に低下した.椎体CMRIの異常信号は,猫ひっかき病による化膿性脊椎炎と診断された.眼科初診から約C1カ月後,右眼視力は(1.2)に改善,右眼眼底の滲出斑は縮小し,局所的にみられた星芒状白斑が初診時に比べ明瞭化していた(図6a).一方,左眼でみられた視神経乳頭周囲の白色病巣は消失した.また,右眼COCTでみられた漿液性網膜.離は消退し(図6b),肥厚していたcpRNFL厚も改善した.その後,ST合剤による薬疹が疑われ,シプロフロキサシンC600Cmg/日内服に変更し,約C1カ月間服用した.眼科初診からC2.5カ月後,ドキシサイクリン200mg/日の内服に変更,約C2カ月間の服用後終了となった.眼科初診から約C7カ月後の血清学的検査で,抗CB.ChenselaeIgM抗体は陰性化し,IgG抗体はC256倍に低下した.また,脊椎CMRIでは胸椎・腰椎ともに異常信号はほぼ消失した(図5c).眼科最終受診時(初診からC11カ月後),右眼視力(1.5)で,眼底所見の悪化はなかった.経過中,左眼視力は(1.2)を維持していた.ac図5脊椎MRI画像入院後の胸椎・腰椎の椎体に多数の異常信号を認め,T1強調像(Ca)で低信号を,T2強調像(Cb)では高信号を示す.眼科初診から約C7カ月後のCT2強調像(Cc)で異常信号はほぼ消失している.CII考按本症例はC3週間以上持続する弛張熱で発症し,不明熱として精査された.感染症をはじめ,膠原病やその他の非感染性炎症性疾患,悪性腫瘍などを鑑別疾患としてあげていたが,原因を特定することができなかった.総合診療部の問診で聴取された右眼の霧視と飛蚊症が眼科受診のきっかけとなり,猫ひっかき病の診断につながった.猫ひっかき病に伴う眼所見としては,Parinaud眼腺症候群,前部ぶどう膜炎,視神経乳頭腫脹,黄斑部星芒状白斑,漿液性網膜.離,網脈絡膜滲出斑,網膜出血,まれに網膜中心動脈分枝閉塞症などの報告がある5.8).FukudaらのC15例19眼の検討において8),眼底病変は,網膜白色斑/滲出斑(84%),網膜出血(63%),視神経病変(63%),漿液性網膜.離(53%),黄斑部星芒状白斑(47%)の順に多かったと報告されている.本症例では微細な角膜後面沈着物を両眼に認め,眼底所見で,右眼に網膜出血を伴う眼底滲出斑,漿液性網膜.離,また視神経網膜炎を疑う局所的な星芒状白斑(図1a,b,2a)とCOCTでの視神経乳頭周囲網膜神経線維層の肥厚を認め,視神経乳頭周囲の白色病巣(図1a,c)ならびに下方網膜静脈肥厚は両眼にみられた(図2).左眼の眼底所見は軽微であったが,いずれも猫ひっかき病でみられる所見であり,不明熱の原因疾患にあげるきっかけとなった.過去に報告された猫ひっかき病C24例の検討では9),13例(54%)が片眼性でC11例(46%)が両眼性であった.両眼性と診断されたC6例に星芒状白斑がみられ,いずれも片眼性であった9).このように両眼性であっても,左右眼で異なる眼底所見を示すことが,猫ひっかき病の特徴であるかもしれない.猫ひっ図6初診から1カ月後の右眼底写真とOCT画像a:右眼の眼底写真で,滲出斑は縮小し,局所的にみられた星芒状白斑が初診時に比べ明瞭化している.Cb:右眼COCTで,初診時にみられた漿液性網膜.離は消退している.かき病患者で視神経網膜炎を呈する頻度はC1.2%程度と考えられているが,逆に視神経網膜炎を発症した患者においては,約C6割の症例で血清学的にCB.henselaeの既感染が示されたとの報告がある10).視神経網膜炎は,視神経乳頭の腫脹と黄斑部の星芒状白斑が特徴的な所見であり,トキソプラズマ症やトキソカラ症などの感染症や,サルコイドーシス・Behcet病などでもみられるほかに,高血圧症・糖尿病・網膜静脈分枝閉塞症・頭蓋内圧亢進症・前部虚血性視神経症でも類似の所見を呈することがある11).そのため,他疾患を鑑別する必要があるものの,猫ひっかき病を疑ううえでは有用な所見と考えられる.局所または多発する網脈絡膜炎を合併する場合には,さらに猫ひっかき病の可能性が高くなるといわれている10).眼病変の発症機序は不明であるが,全身の炎症症状とは同時期に発生しないことが多く,B.henselaeの直接的な眼内感染以外にも,菌体由来の弱毒性のエンドトキシンの関与や,抗菌薬により破壊された菌体成分に関連する抗原による遅延型アレルギーの関与も考えられている12).視神経網膜炎やその他の眼所見に対し,ステロイドの局所または全身投与を行った報告も多数あるが3,6,13),本症例ではCB.henselaeに対する初期治療としてテトラサイクリン系抗菌薬に加えリファンピシンを投与し,その後,ST合剤へ変更し,眼所見ならびに全身の炎症所見はとともに改善した.B.henselaeは,細胞内寄生菌であるため,テトラサイクリン系やマクロライド系抗菌薬に感受性がある.本症例のように視機能障害が軽度で眼底所見が軽微であった場合には,眼科的に必ずしもステロイドの全身投与は必要ないかもしれない.本症例では全身性の高度炎症所見を認めたものの,プロカルシトニン値は基準範囲内であった.過去に猫ひっかき病と診断されたケースで,本症例と同様にCCRP高値にもかかわらずプロカルシトニン値が基準範囲内であった報告がある14,15)一方,プロカルシトニン値が上昇した報告例もあった16).一般的に,プロカルシトニンは敗血症などの重症細菌感染症で上昇することが知られている.過去の報告と照らし合わせると,本症例でプロカルシトニン値が基準範囲内であった理由として,重症細菌感染症の病態に至っていなかった可能性が考えられた.また,本症例では全身性の炎症所見や眼所見の他に,腰部の圧痛とCMRIでの脊椎の異常信号を認めた.画像所見からは,感染症のほか,非感染性炎症性疾患に関連した脊椎関節炎・骨髄炎,血液腫瘍,転移性腫瘍なども考慮されたが,抗菌薬投与により発熱や眼所見とともに画像所見も消退したことから,猫ひっかき病に伴う化膿性脊椎炎と考えられた.B.henselaeは血行性・リンパ行性もしくは隣接部に炎症が波及し,多臓器に影響を及ぼすことがあり,心内膜炎や肝臓・脾臓の多発性肉芽腫性病変,脳炎・髄膜炎・脊髄炎による神経症状の報告がある17).まれではあるが骨髄炎も引き起こし,猫ひっかき病患者のC0.1.0.3%に発症すると報告されている17,18).骨病変の部位としては脊椎・四肢骨・骨盤・.骨・頭蓋骨の報告があり,周囲の軟部組織へ炎症が波及したり,膿瘍を形成したりする症例もある17,18).発熱と骨髄炎発症部位の圧痛以外の明らかな所見を認めずに,診断に苦慮する症例に対して,骨病変を生検しCpolymeraseCchainreaction検査でCB.ChenselaeDNAが証明された報告例もあり17),骨髄炎は免疫機序というよりは骨への直接的な感染によるものと考えられる.また,感染が全身に波及し,肝脾腫や画像上で肝臓・脾臓の異常影を合併することも多い18,19).脊椎の骨髄炎に関して,抗菌薬投与が行われる症例がほとんどで,手術を要した症例も報告されているが,生命予後は良好とされている17).脊椎炎のCMRI所見として,T1強調像で低信号を,T2強調像では高信号を示すことが多く19),本症例も同様であった(図5a,b).また,本症例でも腹部CCTで軽度の脾腫が指摘されており,これまでの報告と同様に,全身へ感染が波及していた所見の一つと考えられた.本症例を経験し,眼底所見が軽微であっても視神経網膜炎を疑う所見がみられれば猫ひっかき病を鑑別にあげることが重要で,本疾患の診断において,眼科医の果たす役割は大きいと考えられた.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)RegneryCRL,COlsonCJG,CPerkinsCBACetal:SerologicalCresponseCto“RochalimaeaChenselae”antigenCinCsuspectedCcat-scratchdisease.LancetC339:1443-1445,C19922)土田里香:猫ひっかき病.小児科診療C65:118-119,C20023)藤井寛,清水浩志,阿部祥子ほか:弛張熱と眼底隆起性病変を伴う網脈絡膜炎を認めた猫ひっかき病の女児例.小児科臨床C57:1012-1016,C20044)池田衣里,南博明,福田和由ほか:間欠熱で発症した非定型的猫ひっかき病のC1例.小児科臨床C73:437-441,C20205)ZaccheiCAC,CNewmanCNJ,CSternbergP:SerousCretinalCdetachmentofthemaculaassociatedwithcatscratchdis-ease.AmJOphthalmolC120:796-797,C19956)小林かおり,古賀隆史,沖輝彦ほか:猫ひっかき病の眼底病変.日眼会誌C107:99-104,C20037)溝渕朋佳,天野絵梨,谷口義典ほか:ぶどう膜炎,視神経網膜炎,無菌性髄膜炎を呈した猫ひっかき病のC2例.日内会誌C106:2611-2617,C20178)FukudaCK,CMizobuchiCT,CKishimotoCTCetal:ClinicalCpro.leCandCvisualCoutcomeCofCintraocularCin.ammationCassociatedCwithCcat-scratchCdiseaseCinCJapaneseCpatients.CJpnJOphthalmolC65:506-514,C20219)SolleyCWA,CMartinCDF,CNewmanCNJCetal:CatCscratchdisease:posteriorsegmentmanifestations.OphthalmologyC106:1546-1553,C199910)CunninghamCET,CKoehlerJE:OcularCbartonellosis.CAmJOphthalmolC130:340-349,C200011)KsiaaI,AbrougN,MahmoudAetal:UpdateonBarton-ellaneuroretinitis.JCurrOphthalmolC31:254-261,C201912)棚成都子,堤清史,望月學ほか:ネコひっかき病にみられた限局性網脈絡膜炎のC1例.眼紀50:239-243,C199913)徳永孝史,渡久地鈴香,島袋美起子ほか:眼底所見が診断の契機となった非典型猫ひっかき病のC2例.那覇市立病院医学雑誌C7:47-51,C201514)DureyCA,CKwonCHY,CImCJHCetal:BartonellaChenselaeCinfectionCpresentingCwithCaCpictureCofCadult-onsetCStill’sCdisease.IntJInfectDisC46:61-63,C201615)TirottaCD,CMazzeoCV,CNizzoliM:HepatosplenicCcatscratchdisease:Descriptionoftwocasesundergoingcon-trast-enhancedCultrasoundCforCdiagnosisCandCfollow-upCandsystematicliteraturereview.SNComprClinMedC3:2154-2166,C202116)SodiniC,ZaniEM,PecoraFetal:Acaseofatypicalbar-tonellosisCinCaC4-year-oldCimmunocompetentCchild.CMicro-organismsC9:950,C202117)VermeulenCMJ,CRuttenCGJ,CVerhagenCICetal:TransientCparesisCassociatedCwithCcat-scratchdisease:caseCreportCandliteraturereviewofvertebralosteomyelitiscausedbyBartonellaChenselae.PediatrCInfectCDisCJC25:1177-1181,C200618)VerdonR,Ge.rayL,ColletTetal:Vertebralosteomyeli-tisCdueCtoCBartonellaChenselaeCinadults:aCreportCofC2Ccases.ClinInfectDisC35:e141-e144,C200219)NotoT,FukuharaJ,FujimotoHetal:Bonemarrowsig-nalsCwithoutCosteolyticClesionsConCmagneticCresonanceCimagingCinCaC4-year-oldCpatientCwithCcat-scratchCdisease.CPediatrIntC62:242-244,C2020***

視神経網膜炎を伴った猫ひっかき病

2012年2月29日 水曜日

《第45回日本眼炎症学会原著》あたらしい眼科29(2):244.248,2012c視神経網膜炎を伴った猫ひっかき病田口千香子青木剛井上留美子河原澄枝山川良治久留米大学医学部眼科学教室SevenCasesofCat-scratchDiseaseNeuroretinitisChikakoTaguchi,TsuyoshiAoki,RumikoInoue,SumieKawaharaandRyojiYamakawaDepartmentofOphthalmology,KurumeUniversitySchoolofMedicine目的:視神経網膜炎を伴った猫ひっかき病7例の報告.症例:1998年から2010年に久留米大学病院で,視神経網膜炎とBartonellahenselae血清抗体価の上昇より猫ひっかき病と診断した7例8眼.男性2例2眼,女性5例6眼.年齢は28.69歳で,全例に猫の飼育歴があった.初診時視力1.0以上3眼,0.1.0.7は4眼,0.01が1眼で,視野異常は8眼中7眼にみられた.治療は,抗菌薬のみ2例,抗菌薬と副腎皮質ステロイド薬(ステロイド)併用は2例,ステロイドのみ2例,投薬なしは1例であった.最終視力は,0.9以上に改善したのは5眼,0.1.0.5が3眼で,そのうちの2眼(2例)はステロイドのみで治療した症例であった.8眼中5眼は視野異常が残存した.結論:猫ひっかき病による視神経網膜炎では視野異常が残存することが多い.また,治療は早期に抗菌薬を開始したほうがよいと考えられた.Purpose:Toreport7casesofcat-scratchdisease(CSD)neuroretinitis.Cases:Eighteyesof7patients(2males,5females;agerange28.69years)werediagnosedwithCSDatKurumeUniversityHospitalbetween1998and2010.Allhadexposuretocatsandhadanelevatedserumanti-Bartonellahenselaeantibodytiter.Initialvisualacuitywas1.0orbetterin3eyes,0.1to0.7in4eyes,and0.01in1eye.Visual.elddefectwaspresentin7eyes.Treatmentcomprisedsystemicantibioticsin2patients,systemicantibioticsandcorticosteroidsin2patients,andcorticosteroidsin2patients;1patientreceivednomedication.Finalvisualacuitywas1.0orbetterin5eyesand0.1.0.5in3eyes,2ofwhichreceivedcorticosteroidmonotherapy.Visual.elddefectremainedin5eyes.Conclu-sion:InCSDneuroretinitis,visual.elddefectremainsaftertreatment.Earlytreatmentwithsystemicantibioticsisrequired.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)29(2):244.248,2012〕Keywords:猫ひっかき病,Bartonellahenselae,視神経網膜炎.cat-scratchdisease,Bartonellahenselae,neuro-retinitis.はじめに猫ひっかき病は,猫のひっかき傷や咬傷,猫ノミが原因となり,発熱や受傷部位の所属リンパ節腫大を主徴とする感染症である.1990年代にグラム陰性桿菌であるBartonellahenselaeが病原体であることが明らかとなり,さらに抗体価測定が普及し診断率が向上した.猫ひっかき病による視神経網膜炎は1.2%程度にみられる1,2)と報告されている.今回Bartonellahenselae抗体陽性の視神経網膜炎を伴った猫ひっかき病の7症例を検討した.I症例症例は1998年から2010年に久留米大学病院眼科において,視神経網膜炎と血清のBartonellahenselae抗体価の上昇により,猫ひっかき病と診断した症例7例8眼である.男性2例2眼,女性5例6眼,年齢は20歳代が2例,50歳以上が44例,60歳以上が1例だった.経過観察期間は5カ月.4年7カ月で,全例に猫の飼育歴があり,そのうち猫による受傷歴は5例であった.発症は9月から12月で,全身症状は7例中3例にみられた.血液検査では,全例白血球数は異常なく,CRP(C反応性蛋白)の上昇は5例にみられた.〔別刷請求先〕田口千香子:〒830-0011久留米市旭町67久留米大学医学部眼科学教室Reprintrequests:ChikakoTaguchi,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KurumeUniversitySchoolofMedicine,67Asahi-machi,Kurume-city,Fukuoka830-0011,JAPAN表1各症例の病歴と血液検査年齢Bartonellahenselae抗体価症例性別(歳)発症年月経過観察期間猫飼育歴全身症状白血球(/μl)CRP(mg/dl)IgMIgG1男性691998.104年6カ月+─5,5000<162562女性511998.104年7カ月+─5,3001.2<16256(1998年11月)<16>1,024(1999年2月)<16256(1999月7月)3女性511999.101年8カ月+─5,6000.1980>1,0244女性502000.116カ月+─5,9000.59<162565女性552004.96カ月+発熱・上腕部腫瘤6,8000.9864>1,0246男性282009.95カ月+発熱6,8004.51802567女性282010.129カ月+発熱・肝機能異常5,7001.83>320>1,024表2各症例の眼所見症例罹患眼全身症状出現から眼症状出現までの期間前房炎症視神経乳頭発赤・腫脹網膜滲出斑星芒状白斑1左──中等度─+2右──高度++3右──軽度+─4左─+軽度+─5右3日─中等度++6右6日─高度++7両10日─高度++─高度++表3各症例の視力・視野経過と治療症例初診時視力初診時視野最終視力最終視野治療10.7下方暗点0.1下方欠損ステロイド内服20.3鼻下側欠損0.2鼻下側欠損ステロイドパルス+ステロイド内服31.0耳側欠損0.9耳側欠損なし41.2異常なし1.2異常なしレボフロキサシン50.01中心暗点1.0異常なしセフポドキシムプロキセチル+ステロイド内服60.1傍中心暗点0.5傍中心暗点セフジニル+ステロイドパルス+ステロイド内服7右0.4右Mariotte盲点拡大右1.5異常なしクラリスロマイシン左1.2左Mariotte盲点拡大,上鼻側欠損左1.5左上鼻側暗点Bartonellahenselaeの血清抗体価は,免疫蛍光抗体法ではIg(免疫グロブリン)G抗体価1:64倍以上,IgM抗体価1:20倍以上を陽性とするが,健常人でもIgG陽性者がみられるため3.5),単一血清でIgG抗体価が1:256倍以上,ペア血清で4倍以上のIgG抗体価の上昇,IgM抗体価が陽性のいずれかを認めれば陽性とした.7例中4例はIgMが上昇し,IgGは全例256倍以上だった.症例2のみペア血清で測定を行い,4倍以上の変動がみられた(表1).6例は片眼性で,両眼性は1例のみだった.全身症状がみられた症例では,眼症状出現までの期間は3.10日であった.前房炎症がみられたのは1眼のみで,視神経乳頭の発赤・腫脹が軽度2例,中等度2例,高度4例であった.網膜滲出斑は7例中ステロイド:副腎皮質ステロイド薬.6例,星芒状白斑は7例中5例にみられた(表2).初診時の視力1.0以上は3眼,0.1.0.7は4眼,1眼は0.01で,最終視力が0.9以上に改善したのは5眼,0.1.0.5が3眼だった.初診時の視野異常は8眼中7眼にみられ,多彩な視野異常であった.最終受診時に視野異常は8眼中5眼に残存した(図1).治療は,副腎皮質ステロイド(ステロイド)薬点滴とステロイド薬の内服のみ2例,抗菌薬とステロイド薬併用2例,抗菌薬のみは2例で,1例は全身投与を行わなかった(表3).症例7を提示する.症例(症例7):28歳,女性.主訴:両眼の視力低下.(97)あたらしい眼科Vol.29,No.2,2012245..1..2..3..5.タ….タ…7….7….6.タ….タ.図1各症例の視野経過図2初診時のカラー眼底写真a:右眼,b:左眼.両眼の視神経乳頭の発赤・腫脹,乳頭黄斑間には星芒状白斑,白色の網膜滲出斑を認める.現病歴:2010年11月26日より発熱,下痢などの症状が生活歴:保健所から引き取った仔猫を飼育.出現し,12月2日に近医内科を受診し感染性腸炎と診断さ初診時眼所見:視力は右眼0.03(0.4),左眼0.03(1.2).れ抗菌薬を投与された.12月6日より両眼の視力低下を自前房内に炎症細胞はなく,眼底は両眼の視神経乳頭の発赤・覚し,当科を紹介受診した.腫脹,乳頭黄斑間には星芒状白斑,白色の網膜滲出斑を認め既往歴・家族歴:特記すべきことなし.た(図2a,b).フルオレセイン蛍光眼底造影検査では両眼のab図3初診時のフルオレセイン蛍光眼底造影写真a:右眼,b:左眼.両眼の視神経乳頭からの蛍光漏出と左眼の鼻下側の網膜血管からの蛍光漏出がみられる.ab図4最終受診時のカラー眼底写真a:右眼,b:左眼.両眼の視神経乳頭の発赤・腫脹は改善し,星芒状白斑は一部残存している.視神経乳頭からの蛍光漏出と左眼の鼻下側の網膜血管からの蛍光漏出がみられた(図3a,b).動的量的視野検査では,右眼のMariotte盲点の拡大,左眼はMariotte盲点の拡大と上鼻側の欠損がみられた(図1,症例7,初診時).眼所見と生活歴から猫ひっかき病による視神経網膜炎を疑い,クラリスロマイシン内服400mg/日を開始した.血清のBartonellahenselae抗体価は,IgM320倍以上,IgG1,024倍以上と上昇していた.クラリスロマイシンを2カ月間内服投与した.両眼の視神経乳頭の発赤・腫脹は改善し,星芒状白斑は一部残存しているが両眼の視力(1.5)と良好である(図4a,b).左眼の視野異常は残存した(図1,症例7,最終受診時).現在まで視神経網膜炎の再燃はない.II考按13年間に7例の血清Bartonellahenselae抗体陽性の視神経網膜炎を伴った猫ひっかき病を経験し検討した.年齢は7例中4例が50歳以上で,小児の症例はなかった.猫ひっかき病は小児や若年者に多いが,全年齢層において発症するという報告もある2).7例中5例が女性であったが,飼い猫と接触の機会が女性に多いためではないかと考えられている2).猫ひっかき病は夏から初冬の発症が多く,今回の7症例も9月から12月に発症していた.夏に猫ノミが増加し,秋に猫の繁殖期があるためと推測されている.原因動物の多くは猫で,特に仔猫が多いが,犬でも報告がある3).また,受傷歴がなくても猫や犬との接触で,猫ノミによっても発症するとされる2,3,5).今回の7症例すべて猫との接触歴があり,5例で受傷歴があり,仔猫を飼っている症例もあった.わが国において猫ひっかき病は西日本に多く,猫のBartonellahenselaeの保菌率が西日本に高いためと考えられている6).猫ひっかき病の視神経網膜炎でも,1施設で5症例以上の報告は,西日本のみである7,8).(99)あたらしい眼科Vol.29,No.2,2012247猫ひっかき病の診断には,Bartonellahenselaeの血清抗体価の測定が重要であるが,当科では生活歴や眼所見から猫ひっかき病を疑った症例に測定をしている.免疫蛍光抗体法が標準的で,IgGは1:64倍以上が陽性であるが,健常人でも約2.20%で陽性と報告されている4,5).一方,IgMは1:20倍以上が陽性であるが,健常人で陽性の報告はないため9),単一血清でも20倍以上で陽性と診断できるとされている.そのため当科では,単一血清でIgGが1:256倍以上,IgM抗体価が陽性,ペア血清で4倍以上のIgG抗体価の上昇,いずれかを認めれば陽性とする基準3,5)を採用した.しかし,猫・犬と接触歴のある健常人でIgGが256倍という結果もあり9),512倍以上が確実という診断基準もみられる3,8).血清抗体価の上昇とともに生活歴や全身所見,眼所見を含めて総合的に診断確定することが重要と思われる.今回7例中4例がIgM陽性であったが,IgM抗体価は感染後9週程度で消失する9)とされる.これまで猫ひっかき病に伴う眼症状は晩期に発症し,Bartonellahenselae感染後何らかの免疫反応に関連して起こると推測されてきたが,これまでIgM陽性の視神経網膜炎の症例も報告されており8),視神経網膜炎は急性期にも起こることがあると考えられた.視力は,初診時視力が良好であれば,最終視力も良好となることが多く,最終視力は8眼中5眼が良好であったが,3眼が0.5以下と不良であった.これまでの報告と同様に視力予後良好な疾患であるが,一部の症例は視力不良であった.視野は視神経乳頭の発赤・腫脹が軽い2症例(症例4,5)で最終受診時に視野異常がなかったが,視野異常が残存する症例が多く,視力が改善しても視野異常は残った.特に症例1と2は視野欠損の程度が大きかった.視力の経過と治療について検討すると,最終視力が不良であった3眼(症例1,2,6)のうち,症例1と2は初診時視力より低下した.この2例は1998年初診の症例であり対象症例のなかで古い2例で,症例1は診断までに1カ月を要し,症例2は視神経炎として治療を開始した症例で,最終的にはこの2例は視神経萎縮となった.2例ともステロイド薬内服のみで治療を行っていた.症例6は,発熱の出現時から抗菌薬を投与されていたが,当院受診時に視神経乳頭の発赤・腫脹も強く,視力低下があったため,抗菌薬に加えてステロイドパルス療法(メチルプレドニゾロン1,000mgを3日間)を併用し,その後ステロイド薬の内服に切り替えたが,最終視力は0.5にとどまっている.内科的に猫ひっかき病は予後良好な疾患で自然治癒するため未治療の場合も多いが,治療には抗菌薬が有効で,アジスロマイシンやクラリスロマイシンなどのマクロライド系抗菌薬が効果的であるといわれている4).猫ひっかき病による視神経網膜炎は経過観察のみでよいのか,治療として抗菌薬,ステロイド薬,もしくは両者を併用するのか,確立したものはない.今回の症例では最終視力が良好でも視野異常が残存した症例が多く,またステロイド薬のみで治療し視力が不良な症例もみられた.視力・視野障害がごく軽度なら経過観察が原則ではあるが,視力・視野障害があれば,Bartonellahenselae感染症が原因であるため,まず抗菌薬の投与が必要と思われる.もし抗菌薬のみで効果が少ない場合には,つぎにステロイド薬の併用を検討すべきと考えられる.しかし,発症早期から抗菌薬を投与し,さらにステロイド薬を併用しても,良好な視力に改善しなかった症例もあり,今後さらに症例を重ねて検討する必要がある.最近では,猫や犬などのペットはコンパニオンアニマルといわれ,家族の一員として濃厚接触する機会が増えており,今後も猫ひっかき病は増加すると予想される.感染源として疑われるペットについては,安易な説明をしてしまうとペットを処分することもあるため慎重な説明を心がけ,獣医を受診しペットのノミ駆除を行うこと,飼育環境を清潔にすること,接触後は手洗いをするなど日常的な清潔維持が必要である.視神経網膜炎の症例では,猫ひっかき病を念頭におき診療する必要があり,視機能障害があれば,まず抗菌薬の投与を行ったほうがよいと考えられた.文献1)MargilethAM:Recentadvancesindiagnosisandtreat-mentofcatscratchdisease.CurrInfectDisRep2:141-14620002)吉田博,草場信秀,佐田通夫:ネコひっかき病の臨床的検討.感染症誌84:292-294,20103)坂本泉:ネコひっかき病.小児科診療73:139-140,20104)KamoiK,YoshidaT,TakaseHetal:SeroprevalenceofBartonellahenselaeinpatientswithuveitisandhealthyindividualsinTokyo.JpnJOphthalmol53:490-493,20095)常岡英弘,柳原正志:Bartonellaquintana,Bartonellahenselae.臨床と微生物36:139-142,20096)MaruyamaS,NakamuraY,KabeyaHetal:PrevalenceofBartonellahenselae,Bartonellaclarridgeiaeandthe16SrRNAgenetypesofBartonellahenselaeamongpetcatsinJapan.JVetMedSci62:273-279,20007)小林かおり,古賀隆史,沖輝彦ほか:猫ひっかき病の眼底病変.日眼会誌107:99-104,20038)内田哲也,福田憲,吉村佳子ほか:眼底病変を有した猫ひっかき病の7例.臨眼62:45-52,20089)草場信秀,吉田博,角野通弘ほか:猫ひっかき病におけるBartonellahenselae抗体の経時的測定の臨床的意義─間接蛍光抗体法による検討─.感染症誌75:557-561,2001***