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von Hippel-Lindau(VHL)病における網膜血管腫発症の全国疫学調査結果

2011年12月30日 金曜日

《原著》あたらしい眼科28(12):1773.1775,2011cvonHippel-Lindau(VHL)病における網膜血管腫発症の全国疫学調査結果松下恵理子*1福島敦樹*1石田晋*2白木邦彦*3米谷新*4執印太郎*5(「VHL病の病態調査と診断治療系確立の研究」班)*1高知大学医学部眼科学講座*2北海道大学大学院医学研究科眼科学分野*3大阪市立大学大学院医学研究科視覚病態学*4埼玉医科大学眼科学教室*5高知大学医学部泌尿器科学講座EpidemiologicalInvestigationofRetinalAngiomaofvonHippel-LindauDiseaseinJapanErikoMatsushita1),AtsukiFukushima1),SusumuIshida2),KunihikoShiraki3),ShinYoneya4)andTaroShuin5)1)DepartmentofOphthalmology,KochiMedicalSchool,2)DepartmentofOphthalmology,HokkaidoUniversityGraduateSchoolofMedicine,3)DepartmentofOphthalmologyandVisualSciences,OsakaCityUniversity,GraduateSchoolofMedicine,4)DepartmentofOphthalmology,SaitamaMedicalUniversity,5)DepartmentofUrology,KochiMedicalSchool過去における欧米の文献では,vonHippel-Lindau(VHL)病に一定の割合で網膜血管腫が発症することが知られている.しかし,わが国では正確な疫学調査がされておらず,VHL病患者の網膜血管腫の頻度や病態は明らかではない.平成21年から23年にかけて,筆者らはVHL病に合併する網膜血管腫について,国内脳神経外科,眼科,泌尿器科,膵臓病内科の各専門医を対象に疫学調査を行った.その結果,VHL病患者の網膜血管腫の発症数は140名で,VHL病全患者の34%に合併していた.男女比は1:1で,発症年齢は5.68歳で,平均値28.5歳であった.患者分布は北海道,太平洋沿岸から瀬戸内海地域に帯状に多い傾向にあった.治療に関しては網膜光凝固術を施行されている症例が最も多く,ついで冷凍凝固術が施行されていた.抗vascularendothelialgrowthfactor(VEGF)抗体硝子体注射など新たな治療に取り組む施設もあった.PreviousreportsdemonstratethatretinalangiomaisobservedinacertainpercentageofpatientswithvonHippel-Lindaudisease(VHL)patientsinEuropeandtheUnitedStates.However,becausenoepidemiologicalinvestigationhasyetbeenconductedinJapan,thefrequencyandconditionsofretinalangiomaremainobscureinJapan.From2009to2011,weconductedanepidemiologicalinvestigationusingquestionnairesforneurosurgeons,ophthalmologists,urologistsandphysiciansspecializedinpancreaticdiseases.Of409VHLpatients,140hadretinalangioma,afrequencyof34%.Theratiobetweenmalesandfemaleswas1;themean(range)ageatthediagnosiswas28.5(5.68)years.Geographically,distributionofpatientsislikelytobeinabelt-shapedpatternalongthecoastofHokkaido,fromthePacificOceantotheInlandSea.Mostofthepatientsreceivedlaserphotocoagulation.Newtherapeuticapproaches,suchasintravitrealinjectionofanti-vascularendothelialgrowthfactor(VEGF)antibody,weretriedinsomeinstitutions.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)28(12):1773.1775,2011〕Keywords:フォン・ヒッペル・リンドウ病,網膜血管腫,疫学調査,治療.vonHippel-Lindaudisease,retinalangioma,epidemiologicalinvestigation,therapy.はじめにvonHippel-Lindau(VHL)病は,染色体3番短腕に原因遺伝子が存在する常染色体優性遺伝性疾患である.欧米では発症頻度は3万6千人に1人,または100万人に1家系の発症であるとされる.中枢神経系,内耳,網膜,副腎,腎臓,膵臓,精巣上体,子宮などの多数の臓器に腫瘍,.胞を発症するとされる.10歳未満という幼少児期から70歳までの長期間にわたって発症し1,2),治療は各臓器の合計で平均5回以上の手術に及ぶ患者も多い.その結果,多くの後遺症を残すためqualityoflife(QOL)の悪い難治性疾患とされる.〔別刷請求先〕福島敦樹:〒783-8505南国市岡豊町小蓮高知大学医学部眼科学講座Reprintrequests:AtsukiFukushima,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KochiMedicalSchool,Kohasu,Oko-cho,Nankoku7838505,JAPAN0910-1810/11/\100/頁/JCOPY(111)1773 欧米では過去にVHL病の詳細な病態調査が行われている3,4)が,わが国では大規模な病態調査はまったくなされていなかった.特に網膜病変は幼児期から発症するため,早期からの経過観察が必要とされるが,調査結果に基づく診療のガイドラインとなるものはわが国には存在しなかった.今回,筆者らは平成21年から23年にかけて厚生労働省難治疾患克服研究事業研究奨励疾患の一つとして,全国の脳神経外科,眼科,泌尿器科,膵臓病の専門医を対象に疫学調査を行うことにより,日本におけるVHL病網膜血管腫の現状を把握したので報告する.I研究対象および方法平成21年から23年にかけて厚生労働省難治疾患克服研究事業研究奨励疾患としてVHL病に合併する網膜血管腫について,国内の脳神経外科(1,141名),眼科(1,149名),泌尿器科(1,200名),膵臓病内科(1,055名)の各専門医を対象に疫学調査を行った.全国の専門医に対して,VHL病の診断治療経験の有無を調査した.VHL病患者を診療していると回答のあった医師に対して,調査項目を提示してアンケート調査を行った.網膜血管腫についての調査項目は性別,発症年齢,現在の居住県,治療法と,視力障害と視野障害の有無,死亡情報などであった.治療法と治療回数に関するアンケートでは,各患者について,10回分の治療を報告していただき,その何回目にどの治療を行ったかを記載してもらった.これらの疫学調査は高知大学医学部の倫理委員会審査で許可を得て匿名調査で行った.回収された結果から,わが国の網膜血管腫の実態を把握することにより経過観察,診断・治療指針のアルゴリズムを作成した.II結果(人)診断治療の経験があった各科専門医師より回答されたVHL病網膜血管腫の発症数は140名で,VHL病全患者409名の34%に合併していた.男性:女性は70:70で性差はなかった.発症年齢は5.68歳で発症年齢の平均値28.5歳,中央値28歳であった.発症年齢は小児から高齢者まで幅広いが,15歳から35歳までの若年発症が多かった(図1).患者の分布は,北海道,太平洋沿岸から瀬戸内海地域にかけて帯状に広がって分布する傾向がみられた(図2).死亡例については,VHL全体と網膜血管腫で明らかな差はなかった.2.治療内容についての調査結果治療についてはレーザー治療が最も多く行われていた.レーザー治療についで冷凍凝固術が施行されていた.抗vascularendothelialgrowthfactor(VEGF)抗体硝子体注射,光線力学的療法あるいは硝子体手術が施行された症例もあった10名以上6名以上9名以下3名以上5名以下3名未満北海道13東京10神奈川12静岡7愛知6大阪7兵庫11岡山10福岡6宮城8図2地域分布1.発症病態の調査結果アンケートの回収率は全体で約50%であった.VHL病の(人)706260504030201712121101020304050607080網膜光凝固術網膜冷凍凝固術眼球摘出抗体硝子体注射その他1回目2回目3回目4回目5回目6回目7回目8回目9回目10回目年齢(歳)図1発症年齢分布図3治療法と治療回数1774あたらしい眼科Vol.28,No.12,2011(112)025751212100010 表1VHL病網膜血管腫診療ガイドラインの要約1)可能であれば新生児より経過観察を開始する.2)眼底検査により診断するが,蛍光眼底造影検査などの補助検査も重要である.3)治療の基本は網膜光凝固であり合併症に対して手術を行う.傍視神経乳頭型では網膜光凝固が不可能な場合もある.その場合には抗VEGF抗体硝子体注射や光線力学的療法を考慮する.(図3).3.経過観察,診断・治療指針のアルゴリズム発症病態の調査結果と治療内容についての調査結果に基づき,VHL病患者の早期経過観察による診断と治療の指針とアルゴリズムを作成した5).その要約を表1に示す.III考察平成21年から23年にかけて厚生労働省難治疾患克服研究事業研究奨励疾患としてVHL病に合併する網膜血管腫について,国内の脳神経外科,眼科,泌尿器科,膵臓病内科の各専門医を対象に疫学調査を行った.今回の調査結果から,わが国のVHL病における網膜血管腫の合併率は34%であることが判明した.白色人種での調査結果による海外の既報では40.70%とされている4,6).VHL病の各病態の発症頻度についての報告は白色人種のみでなされており,黄色人種では網膜血管腫の発症頻度の報告は初めてである.今回の結果は,白色人種と比較し,日本人では網膜血管腫の発症頻度はやや低かった.しかし,性差はなく,青壮年期に発症する傾向については,海外の既報と同様の結果であった4,6).分布に関し,アンケート調査では「現在の居住県」を尋ねており,必ずしも発症県ではないことにも注意を払う必要がある.また,人口の多い地域により多くの患者が分布する傾向にあり,人口当たりに換算し,地域差を検討する必要もあると考えられた.VHL病の網膜血管腫に対する治療として,VHL病以外の血管腫でも第一選択である網膜光凝固術が最も行われていた.今回の調査の結果,抗VEGF療法や光線力学的療法など新たな治療に取り組む施設もあった.網膜血管腫の組織学検討からVEGFをはじめとする種々の血管増殖因子が網膜血管腫の発生に関与する可能性が示唆されている7).欧米では,傍視神経乳頭型に対し抗VEGF抗体硝子体注射を含む抗VEGF療法8,9)や光線力学的療法10)を試み,一定の効果が得られた報告がある.今回の調査では治療法選択に関する詳細な情報は得られていないが,黄斑部に影響を与えている網膜血管腫に施行されたと考えられる.今後の詳細な調査と多施設での検討が期待される.筆者らが昨年作成した網膜血管腫の診療アルゴリズムでも傍視神経乳頭型の網膜血管腫で網膜光凝固術が不可能な症例には抗VEGF抗体硝子体注射や光線力学的療法を考慮するとした5).今回の調査結果により,本アルゴリズムの妥当性が示され,今後のVHL診療に役立つものと考えられた.死亡例にVHL病全体と網膜血管腫で特に差がなかったことから,網膜血管腫の合併の有無が生命予後に与える影響は少ないと考えられた.しかし,本調査で得られた範囲では23名の患者で片眼もしくは両眼が失明していたことから,視力障害,視野障害という観点からQOLは著しく障害されていると考えられる.今回の調査結果から,5歳で診断された症例がいることが判明した.アルゴリズムにも記載しているように5),家族歴がある場合は可能であれば新生児より眼底検査を行うことにより早期発見・早期治療が可能となり,視力・視野障害の進行予防に役立つと考えられる.文献1)LonserRR,GlennGM,WaltherMetal:vonHippel-Lindaudisease.Lancet361:2059-2067,20032)MaherER,HartmutHP,NeumannS:vonHippel-Lindaudisease:clinicalandscientificreview.EurJHumGenet19:617-623,20113)MaddockJR,MoranA,MaherERetal:AgeneticregistryforvonHippel-Lindaudisease.JMedGenet33:120127,19964)MaherER,YatesJR,HarriesRetal:ClinicalfeaturesandnaturalhistoryofvonHippel-Lindaudisease.QJMed283:1151-1163,19905)執印太郎:厚生労働科学研究費補助金難治性疾患克服研究事業フォン・ヒッペルリンドウ病の病態調査と診断治療系確立の研究.平成22年度総括・分担研究報告書150:135-136,20116)RichardS,ChauveauD,ChretienYetal:RenallesionsandpheochromocytomainvonHippel-Lindaudisease.AdvNephrolNeckerHosp23:1-27,19947)ChanCC,CollinsAB,ChewEY:MolecularpathologyofeyeswithvonHippel-Lindau(VHL)disease:areview.Retina27:1-7,20078)AielloLP,GeorgeDJ,CahillMTetal:RapidanddurablerecoveryofvisualfunctioninapatientwithvonHippel-Lindausyndromeaftersystemictherapywithvascularendothelialgrowthfactorreceptorinhibitorsu5416.Ophthalmology109:1745-1751,20029)DahrSS,CusickM,Rodriguez-ColemanHetal:Intravitrealanti-vascularendothelialgrowthfactortherapywithpegaptanibforadvancedvonHippel-Lindaudiseaseoftheretina.Retina27:150-158,200710)SachdevaR,DadgostarH,KaiserPKetal:Verteporfinphotodynamictherapyofsixeyeswithretinalcapillaryhaemangioma.ActaOphthalmol88:334-340,2010(113)あたらしい眼科Vol.28,No.12,20111775