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愛媛大学眼科における細菌性角膜炎症例の検討

2009年6月30日 火曜日

———————————————————————-Page1(109)8330910-1810/09/\100/頁/JCLSあたらしい眼科26(6):833837,2009cはじめに感染性角膜炎においては,病巣部より起炎菌を同定し,その起炎菌に感受性のある抗微生物薬を投与して治療することが求められる.しかし,実際には起炎菌の同定ができず,経験的な薬剤選択のもとに治療を開始し,その治療効果をみながら薬剤の変更を行うといった状況は少なくない.さらに第一線に立つ医療機関ですでに治療が開始された後に基幹病院に紹介されるような場合,細菌学的検査が治療開始後になることもある.近年,抗菌薬の開発と普及により,メチシリン耐性黄色ブ〔別刷請求先〕木村由衣:〒737-0046呉市中通2-3-28木村眼科内科病院Reprintrequests:YuiKimura,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KimuraEyeandIntermedicalHospital,2-3-28Nakadori,Kure-shi,Hiroshima737-0046,JAPAN愛媛大学眼科における細菌性角膜炎症例の検討木村由衣*1,2宇野敏彦*1山口昌彦*1原祐子*1島村一郎*1,3鈴木崇*1山西茂喜*1大橋裕一*1*1愛媛大学大学院感覚機能医学講座視機能外科学分野*2木村眼科内科病院*3鷹ノ子病院眼科BacterialKeratitisTreatedatEhimeUniversityHospitaloverthePastFiveYearsYuiKimura1,2),ToshihikoUno1),MasahikoYamaguchi1),YukoHara1),IchiroShimamura1,3),TakashiSuzuki1),ShigekiYamanishi1)andYuichiOhashi1)1)DepartmentofOphthalmology,EhimeUniversitySchoolofMedicine,2)DepartmentofOphthalmology,KimuraEyeandIntermedicalHospital,3)DepartmentofOphthalmology,TakanokoHospital目的:愛媛大学医学部附属病院眼科において入院加療を行った細菌性角膜炎の臨床的特徴について検討する.方法:対象は2002年11月以降5年間に入院加療を行った48例49眼.発症誘因,培養結果,視力予後などにつきレトロスペクティブに検討した.結果:発症誘因では外傷・異物が15眼,コンタクトレンズ(CL)装用10眼などであった.CL装用者は誘因のない症例より視力予後が良好であった.培養検査を行った43眼のうち,細菌検出は26眼(60%)37株であり,その内訳はcoagulasenegativeStaphylococcus(CNS)8株,メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(methi-cillin-resistantStaphylococcusaureus:MRSA)3株を含むStaphylococcusaureus6株,Pseudomonasaeruginosa5株などであった.培養検査時点で抗菌薬未使用の15眼のうち13眼(87%)が培養陽性であったが,使用例28眼では13眼(46%)であった.結論:細菌性角膜炎の主要起炎菌としてCNS,S.aureus,P.aeruginosaがあげられた.CL装用など,発症の誘因により起炎菌および視力予後に違いがあることが示唆された.WereviewedthecharacteristicsofbacterialkeratitiscaseshospitalizedatEhimeUniversityHospital.Thesub-jectscomprised48patients(49eyes)whowerehospitalizedandtreatedbetweenNovember2002andOctober2007.Retrospectivelyanalyzedparametersincludedinfectiontrigger,bacterialcultureresultsandvisualprognosis.Themajorfactorspredisposingtocornealinfectionwereinjury/foreignbody(15cases)andcontactlens(CL)use(10cases).ThevisualoutcomewasstatisticallybetterinCLwearers.Ofthe37casesinwhichculturingwasper-formed,19bacterialstrainswereisolatedfrom26cases(60%),including8strainsofCNS(7ofStaphylococcusepi-dermidis),6strainsofStaphylococcusaureus(3ofmethicillin-resistantStaphylococcusaureus:MRSA),and5strainsofPseudomonasaeruginosa.Ofthe15casesthathadnotreceivedtopicalantibiotictherapy,cultureresultswerepositivein13cases(87%).Incontrast,ofthe28casesthathadinitiatedtopicalantibiotictherapy,only13(46%)wereculturepositive.Incasesofbacterialkeratitis,themostcommonpathogenswereCNS,S.aureusandP.aeruginosa.Pathogensandvisualprognosismaybeinuencedbypredisposingfactors,suchasCLwear.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)26(6):833837,2009〕Keywords:細菌性角膜炎,発症誘因,培養検査,視力予後.bacterialkeratitis,triggersoftheinfection,bacterialculture,visualprognosis.———————————————————————-Page2834あたらしい眼科Vol.26,No.6,2009(110)ドウ球菌(methicillin-resistantStaphylococcusaureus:MRSA)を代表とする薬剤耐性菌の台頭が叫ばれて久しい.眼科領域でもニューキノロンを中心とした広域スペクトルの抗菌点眼薬の普及は,感染性角膜炎の起炎菌プロフィールに大きな影響を与えているものと考える.今回筆者らは愛媛大学医学部附属病院眼科(以下,当科)において過去5年間に入院加療を行った感染性角膜炎の症例について,細菌学的および臨床的特徴をレトロスペクティブに検討した.一定期間に加療した感染性角膜炎を集計し,全体の臨床像を把握することは今後の治療方針の参考となり,また病診連携のあり方を考えるうえで有益であると思われるので報告する.I対象対象は2002年11月から2007年10月までの5年間,当科にて入院加療を行った細菌性角膜炎48例49眼である.この診断は細菌学的検査に基づいたもののほかに臨床所見,治療に対する効果による臨床的診断を含んだものである.細菌培養検査を施行したものは全例角膜病巣の擦過物を検体としている.なお,当院における耐性の判断は臨床検査標準協会(ClinicalandLaboratoryStandardsInstitute:CLSI)のものに準じている.今回は,細菌性角膜炎と診断した症例につき,発症の誘因,前医における治療,当科での培養結果,当科における治療内容,視力予後などについて検討した.対象症例は平均年齢62.15歳(794歳),男性17例,女性31例であった.なお,視力予後あるいは視力改善度の判定には視力をlogMAR視力に換算ののちKruskal-Wallis検定において有意水準5%で判定した.II.結果1.発症の誘因・背景因子について感染の直接的な誘因および背景因子は対象の48例中39例(81%)に認められた(表1).直接的な原因と考えられる外傷および異物が15眼(例),コンタクトレンズ(CL)装用が10眼(例)(うちソフトCL装用者は7眼)であった.このほか,角膜移植術を中心とした眼科手術歴を有する症例,および眼表面疾患を有する症例が多いという結果であった.2.培養検査陽性率と検出菌の内訳培養検査結果では,検査未施行例の6眼を除く43眼中,培養検査陽性は26眼で60%であった.1症例から複数菌が検出されたものも含まれるため検出株の合計は37株であった.この内訳を表2に示す.多く検出された菌としてcoag-ulasenegativeStaphylococcus(CNS),Corynebacteriumsp.,MRSAを含めたStaphylococcusaureusなどがあげられた.培養陽性となった26眼のうちCL装用者は4眼であった.この4眼からは合計6株の細菌が検出され,その内訳はPseudomonasaeruginosa3株,CNS3株であった.これとは別に紹介元の眼科施設で行った細菌学的検査が陽性であったという報告が4眼について得られた.このうち1眼からはStaphylococcusaureusとa-Streptococcusの2株が,残りの3眼からはそれぞれStaphylococcusaureus,Streptococcuspneumoniae,Moraxellasp.が1株ずつ検出されていた.Streptococcuspneumoniaeが検出された1眼については当科でも同じ菌を検出したが,そのほかの3眼においては当科の細菌学的検査では培養陰性であった.3.抗菌薬処方の有無と培養検査結果表3に当科初診時点での抗菌点眼薬使用の有無と培養陽性表1誘因・背景因子<眼局所>外傷・異物15例コンタクトレンズ装用10例眼科手術既往12例(うち角膜移植術後7例)眼表面疾患(手術既往の症例を除く)4例<全身>アトピー性皮膚炎1例糖尿病7例重複してカウント.表3抗菌薬使用の有無と培養陽性率抗菌薬使用の有無培養有(28眼)無(15眼)陽性1313陰性152培養陽性率46%87%表2培養検査結果CNS8株(うちS.epidermidis7株)Corynebacteriumsp.7Staphylococcusaureus6(うちMRSA3株)Pseudomonasaeruginosa5Streptococcuspneumoniae2b-Streptococcus2Micrococcussp.1Streptococcuspyogenes1Enterococcusfaecalis1Klebsiella1GNF-GNR(glucosenon-fermentinggram-negativerod)1Bacillus1Nocardia1———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.26,No.6,2009835(111)率の関係を示す.当科受診時点で抗菌点眼薬を使用していた例は全例,紹介元の前医によって処方されたものであった.抗菌点眼薬使用中であった28眼のうち13眼(46%)が培養陽性であり,抗菌点眼薬未使用例15眼中13眼(87%)で培養陽性であった.前医で抗菌薬が処方されていた症例で,当科初診時点での培養陽性率が低いという結果となった.4.検出菌の薬剤感受性について検出された菌の薬剤感受性試験結果から,おもな薬剤に対する耐性率とその菌種についてまとめた(表4).検出された37株中,セファゾリン耐性株6株(16.2%),レボフロキサシン耐性株10株(27.0%),ゲンタマイシン耐性株11株(29.7%)であった.今回の検討対象となったMRSA3株はセファゾリンのみならずレボフロキサシン,ゲンタマイシンにも耐性を示していた.セファゾリン・レボフロキサシン・ゲンタマイシンのいずれかに耐性を示したものは合計19株であり,17眼から検出されていた.このうち9眼は前医にてすでに抗菌薬が処方されており,さらにそのなかの3眼は慢性結膜炎や角膜移植術などの眼科手術後,長期間抗菌点眼薬が使用されていた.5.培養検査結果による治療変更について日常臨床では培養検査で得られた菌種や薬剤感受性結果を受けて抗菌薬の変更を行うことも少なくない.今回の対象症例において抗菌点眼薬の変更がどの程度行われたのか検討した.培養検査が陽性であった26眼のうち,使用していた抗菌薬が検出菌に対し感受性を有していることが判明し,そのまま治療を続行したものが15眼(58%)であった.使用している抗菌点眼薬に対し耐性であっても治療効果がすでに得られていたために薬剤の変更を行わなかった例は4眼(15%)であった.薬剤感受性結果を受けて点眼薬の変更を行ったものは4眼(15%)であった.このうち2眼はMRSAを検出し,セフメノキシムをアルベカシン自家調整点眼に変更したものが1眼,さらにバンコマイシン自家調整点眼およびトブラマイシンを併用していた1眼でトブラマイシンを中止しアルベカシン自家調整点眼に変更していた.残りの3眼(12%)は当初角膜真菌症を疑い抗真菌薬を投与していたもので,培養検査で細菌を検出した時点で抗菌点眼薬による治療に変更している.6.初診時視力と最終視力の検討48例中6例は痴呆などにより視力検査が不能であったため,42例43眼につき検討を行った.視力は2段階以上の改善が18眼と全体の42%を占めており,不変例が21眼(49%),悪化例が4眼で全体の9%となった.視力予後にはどのような因子が影響しているのか検討を行った.図1は当科の培養検査における細菌検出の有無と視力予後についての結果である.培養陽性であり視力経過も追えた24眼のうち2段階以上の視力改善は13眼(54%),不変10表4主要な薬剤ごとの耐性率と菌種セファゾリン耐性株耐性率16.2%MRSA3*Pseudomonasaeruginosa2Streptococcuspneumoniae1*計6レボフロキサシン耐性株耐性率27.0%MRSA3*Corynebacteriumsp.4S.epidermidimis2*Nocardia1計10ゲンタマイシン耐性株トブラマイシン耐性株耐性率29.7%MRSA3*S.epidermidimis2*b-Streptococcus2Streptococcuspneumoniae2*Streptococcuspyogenes1Enterococcusfaecalis1計11*重複してカウント.1.00.10.01n.d.m.m.s.l.null0.1初診時視力最終視力1.00.01s.l.m.m.n.d.:培養陽性:培養陰性図1菌検出の有無と視力予後培養検査未施行の3眼を除く.1.00.10.01n.d.m.m.s.l.null0.1初診時視力最終視力1.00.01s.l.m.m.n.d.:抗菌点眼薬使用:抗菌点眼薬未使用図2初診時点での抗菌点眼薬使用の有無と視力予後———————————————————————-Page4836あたらしい眼科Vol.26,No.6,2009(112)眼(42%),2段階以上の悪化1眼(4%)であった.培養陰性例と比較したが,菌検出の有無が視力予後に明らかな影響を与えるとはいえなかった.当科初診時点ですでに前医で処方された抗菌点眼薬を使用していたか否かと視力予後の関係をみたものが図2である.視力を追えた抗菌点眼薬使用例28眼のうち視力改善が14眼(50%),不変12眼(43%),悪化2眼(7%)であった.視力が大幅に改善した例で初診時にすでに抗菌点眼薬を使用していたものが多い傾向にあったが,統計学的に有意な差を認めることはできなかった.つぎに感染に至った誘因と視力予後の関係について検討した.図3はこれら誘因別に視力予後を検討した結果である.外傷および異物が誘因であった症例の最終視力は比較的良好であったが,誘因の認められなかった症例の視力予後と統計学的に有意差は認められなかった.一方,CLが発症の誘因であった症例は誘因の認められなかった症例と比較し,視力予後は有意に勝っていた.III考察愛媛大学眼科において過去5年間に入院加療を行った細菌性角膜炎の症例について検討したところ,培養陽性率は60%であった.過去の報告16)における菌の検出率は39.083.3%と施設によりさまざまであるが,これらを平均すると51%との考察6)もあり,筆者らの結果もほぼこれに一致するものであった.培養陽性率がそれほど高くなかったおもな理由として当科初診時点ですでに抗菌点眼薬が処方され使用中であった症例が多いことがあげられる.これはこれまでの報告6,7)でも指摘されていることであるが,筆者らの検討でも抗菌点眼薬使用中での細菌培養陽性率は46%と低い結果となった.一旦抗菌薬の使用が開始されると,起炎菌の同定は困難となり,細菌性角膜炎の確定診断の障害になりうると考えられる.第一線の医療機関においても抗菌点眼薬による治療開始前に細菌学的検査を行い,この情報を紹介先にも伝えるといった病診連携の重要性を改めて再認識させられるものである.2003年Bourcierら8)は細菌性角膜炎の検出菌の65%はグラム陽性球菌であり,このうちCNSが多くを占めていた結果を報告している.中林らの報告5)や竹澤らの報告6)はともに筆者らの報告と同様に入院加療を行った症例についてのものであり,Staphylococcusaureus,CNS,Streptococcuspneumoniae,Pseudomonasaeruginosaなどが主体であった.筆者らの今回の検討における検出菌はStreptococcuspneu-moniaeが少ない傾向にあったが,中林らおよび竹澤らの報告5,6)とほぼ同様の傾向を示しており,わが国における比較的重症な細菌性角膜炎の一般的な起炎菌プロフィールと考えてよいと思われた.竹澤ら6)の報告によると,レボフロキサシン耐性株は21.2%(7/33株),ゲンタマイシン耐性株は27.3%(9/33株)認められている.また宮嶋ら4)もオフロキサシン耐性株は22.2%(2/9株)と報告している.筆者らの検討における耐性株の割合は,これら過去の報告と比較してやや高い傾向がみられた.薬剤耐性菌を検出した症例には前医にてすでに抗菌薬が処方されていた症例や長期間の抗菌点眼薬使用の履歴がある症例が多くみられた.起炎菌が耐性菌であったために治療に難渋し当科紹介に至った例や抗菌点眼薬の長期使用により薬剤耐性菌が誘導され角膜炎が発症した症例が含まれているためと考えられる.広域スペクトルをもつニューキノロン系薬剤の普及に伴い,さらなる耐性株の増加が危惧される.今回筆者らは視力予後にどのような因子が影響しているのか,検討を行った.菌を検出し,この薬剤感受性試験の結果を受けて薬剤の選択を行うのが基本であり,これが早期の治癒に貢献するものと考えられる.しかし,今回の検討では菌検出の有無は視力予後に影響を与えないという結果であった.この理由として,前医からの抗菌点眼薬による治療で菌量が減った時点で紹介を受けた,または,元来菌量の少ない症例であったなどの要因により培養陰性例でも比較的視力予後の良いものが多かったという解釈も成り立つが,詳細は不明である.Pachigollaら9)は菌を検出できなかった例(“ster-ilegroup”)では角膜穿孔や眼内炎など重篤な併発症が少なかったと報告している.培養検査で陰性になることは起炎菌同定ができないというマイナスの側面をもつのは確かであるが,同時に視力予後を含めた治療経過の見込みについてはプラスの面もありうると考えられる.Keayら10)は感染性角膜炎の発症誘因について考察している.この報告によると最も多かった誘因は外傷で全体の36.4%,続いてCL装用が33.7%であった.CL装用が誘因となっている症例は他の誘因によるものに比べ有意に年齢が低く,グラム陰性菌の頻度が高かったと報告している.筆者らの検討では直接的な誘因として外傷・異物が最も多く,続1.00.10.01n.d.m.m.s.l.null0.1初診時視力最終視力1.00.01s.l.m.m.n.d.:外傷・異物:コンタクトレンズ*:誘因なし**p0.05(Kruskal-Wallis検定)図3発症の誘因と視力予後———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.26,No.6,2009837(113)いてCL装用であった.CL装用者の過半数はソフトCL装用者であった.これはCL装用を誘因とする角膜感染症において,ソフトCL装用が誘因となる症例のほうが多かったという過去の報告13,11,12)と一致するものである.CL装用者の起炎菌としてはCNS,Pseudomonasaeruginosa,Serratiaspp.の頻度が高いとされている15).2003年の1年間,日本全国の24施設において感染性角膜炎の動向を把握する目的で全国サーベイランスが行われた13).このサーベイランスは入院・外来を含めた検討であるが,20歳代以下の症例の9割程度がCL装用者であったという.また従来型のソフトCLおよび2週間交換などの頻回交換ソフトCLではグラム陰性桿菌が検出菌として特に頻度が高いことが示されている.今回の対象症例のなかでCL装用者での培養陽性は4眼のみであったが,このうち3眼でPseudomonasaeruginosaが検出されていた.Pseudomonasaeruginosaが起炎菌である場合,短期間で重篤になりやすいと考えられているが,入院加療を条件とした今回の検討で本菌がCL装用者の主要検出菌であったことがきわめて妥当なものと思われた.なお,筆者らのレトロスペクティブの検討では使用していたCLの種類や消毒液の情報が収集できておらず,CLケアの観点での検討を行うことはできなかった.発症の背景因子として角膜移植を中心とした眼科手術歴,あるいは眼表面疾患をもつ症例が少なくないことが判明した.角膜上皮のバリア機能の低下,長期にわたる抗菌点眼薬使用による正常細菌叢の修飾,ステロイド点眼薬の使用による易感染性といったさまざまな要因が複合的に関与していると考えられた.全身的疾患としては糖尿病が数例認められた.しかし今回の検討では糖尿病の重症度・治療経過についての検討は行っておらず,糖尿病自体の有病率が高い点を考慮すると感染性角膜炎との関連性については慎重に判断する必要があるものと思われた.文献1)杉田美由紀,田中直彦,磯部裕ほか:細菌(真菌)性角膜炎の最近7年間の統計.臨眼41:629-633,19872)北川和子,浅野浩一,佐々木一之ほか:最近6年間に経験した細菌性角膜炎.眼科34:1259-1265,19923)宮嶋聖也,松本光希,奥田聡哉ほか:熊本大学における過去20年間の細菌性角膜潰瘍の検討.あたらしい眼科15:223-226,19984)宮嶋聖也,松本光希,奥田聡哉ほか:熊本大学における過去3年間の細菌性角膜潰瘍症例の検討.あたらしい眼科17:390-394,20005)中林條,美川優子,沖波聡ほか:佐賀医科大学における最近10年間の感染性角膜潰瘍の検討.眼紀53:368-372,20026)竹澤美貴子,小幡博人,中野佳希ほか:自治医科大学における過去5年間の感染性角膜潰瘍の検討.眼紀56:494-497,20057)三木篤也,井上幸次,大黒伸行ほか:大阪大学眼科における角膜感染症の最近の動向.あたらしい眼科17:839-843,20008)BourcierT,ThomasF,BorderieVetal:Bacterialkerati-tis:predisposingfactors,clinicalandmicrobiologicalreviewof300cases.BrJOphthalmol87:834-838,20039)PachigollaG,BlomquistP,CavanaghHD:Microbialkera-titispathogensandantibioticsusceptibilities:a5-yearreviewofcasesatanurbancountyhospitalinnorthTexas.EyeContactLens33:45-49,200710)KeayL,EdwardsK,NaduvilathT:Microbialkeratitispredisposingfactorsandmorbidity.Ophthalmology113:109-116,200611)北川和子,都筑春美,佐々木一之ほか:細菌性角膜感染症の検討.眼紀37:435-439,198612)秦野寛:細菌性角膜炎.眼科38:567-573,199613)感染性角膜炎全国サーベイランス・スタディグループ:感染性角膜炎全国サーベイランス分離菌・患者背景・治療の現況.日眼会誌110:961-972,2006***

NTT 西日本九州病院眼科における感染性角膜炎

2009年3月31日 火曜日

———————————————————————-Page1(113)3950910-1810/09/\100/頁/JCLS45回日本眼感染症学会原著》あたらしい眼科26(3):395398,2009cはじめに近年の優れた広域スペクトルの抗菌薬の開発・使用によって感染性角膜炎の治癒率は向上してきた感がある.一方において,耐性菌の出現や抗菌薬が無効である真菌やアカントアメーバによる角膜炎の増加,角膜感染の契機として重要なコンタクトレンズ(CL)の普及と消毒方法の変化に伴い,感染性角膜炎の様相も変化してきている1).そこで,筆者らはNTT西日本九州病院眼科(以下,当科)における最近の感染性角膜炎の動向を検討したので報告する.I対象および方法対象は平成18年11月より平成20年2月までの1年4カ月間に当科を受診し,細菌,真菌,あるいはアカントアメーバによると考えられる感染性角膜炎患者(菌が分離されていないが塗抹鏡検で診断されたものや,臨床所見からのみ診断されたものも含む)で入院治療を行った41例41眼(男性17例17眼,女性24例24眼)である.これらの①年齢分布,②感染の誘因,③起炎菌,④治療経過,⑤視力予後について検討した.また,その結果を感染性角膜炎全国サーベイラン〔別刷請求先〕中村行宏:〒862-8655熊本市新屋敷1丁目17-27NTT西日本九州病院眼科Reprintrequests:YukihiroNakamura,M.D.,DepartmentofOphthalmology,NTTWestKyushuGeneralHospital,1-17-27Shinyashiki,Kumamoto862-8655,JAPANNTT西日本九州病院眼科における感染性角膜炎中村行宏*1松本光希*1池間宏介*1谷原秀信*2*1NTT西日本九州病院眼科*2熊本大学大学院医学薬学研究部視機能病態学InfectiousKeratitisDiagnosedandTreatedatNTTWestKyushuGeneralHospitalYukihiroNakamura,KokiMatsumoto,KousukeIkema1)andHidenobuTanihara2)1)DepartmentofOphthalmology,NTTWestKyushuGeneralHospital,2)DepartmentofOphthalmologyandVisualScience,KumamotoUniversityGraduateSchoolofMedicalSciences目的:NTT西日本九州病院眼科における感染性角膜炎の最近の動向を検討した.方法:対象は平成18年11月より平成20年2月までに入院治療を行った41例41眼である.年齢分布,誘因,起炎菌,治療経過および視力予後について検討し,感染性角膜炎全国サーベイランス(2003)と比較検討した.結果:年齢分布は20代と60代にピークを認めた.誘因はコンタクトレンズ(CL)によるものが最多であった.起炎菌は緑膿菌が8株,Corynebacteriumspp.4株,アカントアメーバ4株などであった.7眼に観血的手術が必要であった.初診時失明眼を除き,全例に視力改善を認めた.結論:起炎菌は若年者ではCLに関連した緑膿菌やアカントアメーバが多く,中高齢者では既存の角膜疾患でのCorynebacteriumが目立った.今回の結果は全国サーベイランスと酷似し,全国的な傾向を反映していた.ToinvestigatethecurrentstatusofinfectiouskeratitisatourHospital,wereviewedthemedicalrecordsof41eyesof41patientswithinfectiouskeratitistreatedfromNovember2006toFebruary2008,inregardtoagedistri-bution,predisposingfactor,causativemicroorganism,diseaseprocess,andvisualprognosis.WecomparedtheseresultswiththeNationalSurveillanceStudyofinfectiouskeratitisinJapan(2003).Agedistributiondemonstrated2peaksinthe20sandinthe60s.Themostpredisposingfactorwascontactlens(CL)wear.ThemostfrequentlyisolatedmicroorganismwasPseudomonasaeruginosa(8),followedbyCorynebacteriumspp.(4),Acanthamoeba(4),etc.Seveneyesrequiredsurgery.Visualacuityimprovedinalleyes,exceptingthoseblindatrstvisit.P.aerugi-nosasandAcanthamoebawerefoundtocausekeratitispredominantlyinyoungerCLwearers,whereasCorynebac-teriumspp.wererelatedtoexistingcornealdiseasesinelderly.Theseresultsweresimilartothoseofthenationalstudy.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)26(3):395398,2009〕Keywords:感染性角膜炎,コンタクトレンズ,発症誘因,起炎菌,サーベイランス.infectiouskeratitis,contactlens,predisposingfactor,causativemicroorganism,surveillance.———————————————————————-Page2396あたらしい眼科Vol.26,No.3,2009(114)ス(2003)と比較した.II結果1.年齢分布年齢は293歳(平均47.9歳)であったが,その分布は図1に示すように20代を中心とする前半のピークと60代以降に後半のピークを認める二峰性の分布パターンを示した.性差では60代以降に女性が多い傾向にあった.2.感染の誘因感染の誘因と考えられたものは,ソフトコンタクトレンズ(SCL)が最多で17眼(42%),ついで水疱性角膜症や角膜白斑などの既存の角膜疾患が10眼(25%),外傷3眼(7%),コントロール不良の糖尿病(DM)2眼(5%),睫毛乱生2眼(5%),兎眼2眼(5%),慢性涙炎1眼(2%),巨大乳頭結膜炎(GPC)1眼(2%),不明が3眼(7%)であった(図2).これらの誘因を年代別にまとめたものを図3に示す.誘因として最も多かったSCLでは,実に17眼中16眼(94%)が30代までに集中していた.特に20代では10眼全例(100%),10代では6眼中5眼(83%),30代では2眼中1眼(50%)がSCLに関連するものと考えられた.50代以降にSCLが誘因となったものは治療用SCL使用の1眼のみであった.対照的に50代以降の誘因として最も多かったのは,既存の角膜疾患で,10眼(24%)であった.ついで外傷3眼(7%),コントロール不良のDM2眼(5%),などであった.3.起炎菌対象になった41例41眼すべてにおいて初診時に角膜擦過が施行されていた.うち25眼で起炎菌が同定でき,検出率は61%であった.このうち複数の菌が検出されたものが3眼あったが,塗抹鏡検にての菌量や培養結果,角膜の所見より起炎菌と考えられるものはそれぞれ1菌種であった.緑膿菌が最多で8眼(20%),ついでアカントアメーバが4眼(10%),Corynebacteriumspp.が4眼(10%),肺炎球菌が3眼(7%),Moraxellaspp.が2眼(5%),真菌が2眼(5%),Staphylococcusaureus(MSSA)が1眼(2%),Streptcoccusspp.が1眼(2%)より同定された(図4).これらの起炎菌と感染の誘因の関連を図5に示す.特徴的なものは,同定された起炎菌のなかで,最多であった緑膿菌はSCL装用に関連したものが多く,実に8眼中6眼(75%)を占めていた.アカントアメーバが認められた4眼はすべて(100%)SCL装用眼であった.そのほかではCorynebacteri-umspp.感染が4眼に認められ,2株はレボフロキサシン耐性であった.また,ここでもSCLの関与が1眼あり,残りの3眼は80代の既存の角膜疾患と90代の慢性涙炎の患者であった.4.治療経過発症から当科受診日までの期間は,230日(平均8.7日)であった.41例中36例(88%)が治療目的の紹介患者であ024681012:男性:女性眼数0990代80代70代60代50代40代年齢(歳)30代20代10代図1年齢分布と性差眼代代代代代代年齢()代代代炎眼角膜図3年代別誘因眼()眼()眼()性炎眼()眼眼()眼()眼()眼()角膜眼()図2感染の誘因菌眼()ンー眼()菌眼()眼()眼()炎菌眼()眼()眼()眼()図4起炎菌———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.26,No.3,2009397(115)った.保存的療法で角膜炎が鎮静化したものが34眼(83%)であった.手術療法を要した症例が7眼(17%)であった.ただし,この7眼はすべて紹介患者であり,うち6眼は初診時にすでに穿孔していた.手術内容は,4眼はすでに光覚がないことが確認できたため,眼球内容除去術を施行した.その他の3眼に対しては,可及的速やかに治療的全層角膜移植術を施行した.穿孔した7眼から検出された菌は,緑膿菌が3株,肺炎球菌1株,Staphylococcusaureus(MSSA)1株,Corynebacte-riumspp.1株,起炎菌不明のものが1眼であった.潰瘍消失までの期間は,手術施行例や,アカントアメーバ角膜炎など潰瘍に至らなかったものは除外した場合,246日(平均10.3日)であった.入院期間は547日(平均17.8日)であった.5.視力予後初診時および最終視力を対数表示したものを図6に示す.初診時すでに光覚がなかったものを除くと,当院での治療後で視力が低下したものはなく,穿孔例も手術治療によって視力向上が得られた.III考察〈感染性角膜炎全国サーベイランス(2006)1)との比較検討〉今回の検討で当科を受診した感染性角膜炎の年齢分布は,20代と60代にそのピークを認める二峰性の分布パターンを示しており,これは感染性角膜炎全国サーベイランス(2006)におけるわが国での感染性角膜炎のものとほぼ一致した1).さらに,CL使用例が42%を占めていたが,全国サーベイランスでも41.8%とほぼ同率の報告であった.そのうち,特に前半のピークでは,10代での角膜炎発症症例の83%(全国サーベイランス96.3%),20代での発症症例の100%(サーベイランス89.8%)がCL使用によるものであった.当科でのCL使用例の年齢分布も全国サーベイランスときわめて類似しており,CL使用による感染性角膜炎の増加と低年齢化は全国的規模で進んでいることが窺えた.起炎菌についてはグラム陰性桿菌である緑膿菌が最多(8株20%)であり,グラム陽性球菌は5株(12%)に留まった.一方,全国サーベイランスではグラム陽性球菌が261例中63株(24.1%)で最多であり,緑膿菌は9株(3.4%)のみであった.かねてより熊本では緑膿菌やSerratiaなどのグラム陰性桿菌が多いことは報告されていた2,3)が,今回もそれを裏付ける結果となった.海外では香港で同じように緑膿菌が多いとの報告があり4),気候的な要因があるかもしれない.アカントアメーバについては4株(10%)認められ,全国サーベイランス2株(0.7%)と比較しても多かった.最近の学会などの印象ではCLの普及とその消毒法の変化によってアカントアメーバ角膜炎が確実に増加していると思われる.その他ではCorynebacteriumspp.が4株(10%)(サーベイランス10株3.8%)認められた.Corynebacteriumが角膜炎の起炎菌に成りうるのかについては議論のあるところであるが,最近の報告5,6)と当科で認められた症例をみる限り,CLの不適切な使用や免疫不全,既存の角膜疾患など条件が揃えば起炎菌に成りうるかと思われた.このうち2株はレボフロキサシン耐性であり,1株において角膜移植後の患者より検出された.長期にわたるレボフロキサシン点眼による耐性化の可能性も考えられた.また,レボフロキサシン耐性株ではないものの,1株は穿孔例から分離されていた.Corynebac-teriumが角膜を穿孔に至らしめるとは考えにくいが,手術時に切除した角膜自体から分離培養されており,起炎菌である可能性はあると考えている.CLと起炎菌の関連について,緑膿菌8例中6例(75%),アカントアメーバ4例全例(100%)がCL装用者であり,関連性が高かった.全国サーベイランスでも緑膿菌が検出された9例中6例(66.6%),表皮ブドウ球菌が検出された17例中10例(58.8%)にCL装用が関与しており,この2菌種眼数:不明:GPC:涙炎:兎眼:睫毛乱生:DM:外傷:角膜疾患:SCLMSSAStreptcoccusspp.真菌Moraxellaspp.肺炎球菌Corynebacteriumspp.アカントアメーバ緑膿菌0123456789図5誘因と起炎菌的治療治療視力視力図6視力予後———————————————————————-Page4398あたらしい眼科Vol.26,No.3,2009(116)が他と比べて多かったとしている.CL普及に伴い角膜感染症の誘因として増加していること,また,若年齢化をきたしていること,さらに当県は以前より緑膿菌感染が多く認められることは前述のとおりであり2,3),これらを踏まえると今後当県におけるCL関連性角膜炎の増加や重症化が危惧される.今回の検討では緑膿菌に関しては幸いレボフロキサシン耐性菌はなく,治療予後は比較的良好であったが,フルオロキノロン全盛となっている昨今,耐性菌の出現も懸念される.治療経過では潰瘍消失までの平均日数が17.8日,平均入院日数が19.8日と全国サーベイランスの治療平均日数が28.7日であったことと比べて良好であった.今回,穿孔が7例みられたが,当科で治療したにもかかわらず穿孔に至ったものは1例(2%)のみであった.一般的に視力予後が悪いとされている緑膿菌による角膜潰瘍でも7),全例視力の向上が得られており,比較的良好な治療成績であったと思われる.その要因としては,まず,感染性角膜炎が疑われる症例に対しては全例に角膜擦過を行い,起炎菌検索を行っていることがあげられる.前医ですでに抗菌薬が使用されていたものが29例(71%)あるものの(全国サーベイランス39%),当科での起炎菌の検出率は61%(全国サーベイランス43.3%)と比較的良好であり,早期に治療方針が立てられ,これが治療成績につながったと思われる.北村ら8)も報告しているように,治療方針決定に際して何らかの形で微生物的検査の結果が反映されることが重要である.つぎに,重症例に対しては夜間も頻回点眼を行うなど積極的な治療が有効であったと思われる.しかし,このような治療でも穿孔に至った症例もあり,進行した感染性角膜炎に対しては抗菌薬のみでの治療では十分といえず,プロテアーゼインヒビターなどの新しい治療薬の開発が強く望まれる7).今回の検討では起炎菌として緑膿菌が多いという地域性が認められたものの,年齢分布,誘因において感染性角膜炎全国サーベイランスとほぼ同様の結果であった.特に感染の誘因として重要であったCLの装用率まで酷似していた.今回の検討は全国的な感染性角膜炎の動向を反映し,CL関連の感染性角膜炎が増加し,低年齢化しているという全国サーベイランスの結果を裏付けるものとなった.謝辞:本稿を終えるにあたり,塗抹鏡検および分離培養にご尽力いただいた当院臨床検査科細菌室江藤雄史氏に深謝いたします.文献1)感染性角膜炎全国サーベイランス・スタディーグループ:感染性角膜炎全国サーベイランス─分離菌・患者背景・治療の現況─.日眼会誌110:961-972,20062)宮嶋聖也,松本光希,奥田聡哉ほか:熊本大学における過去20年間の細菌性角膜潰瘍の検討.あたらしい眼科15:223-226,19983)宮嶋聖也,松本光希,奥田聡哉ほか:熊本大学における過去3年間の細菌性角膜潰瘍症例の検討.あたらしい眼科17:390-394,20004)LamDSC,HouangE,FanDSPetal:IncidenceandriskfactorsformicrobialkeratitisinHongKong:comparisonwithEuropeandNorthAmerica.Eye16:608-618,20025)RubinfeldRS,CohenEJ,ArentsenJJetal:Diphtheroidsasocularpathogens.AmJOphthalmol108:251-254,19896)柿丸晶子,川口亜佐子,三原悦子ほか:レボフロキサシン耐性コリネバクテリウム縫合糸感染の1例.あたらしい眼科21:801-804,20047)McLeodSD,LaBreeLD,TayyanipourRetal:Theimportanceofinitialmanagementinthetreatmentofsevereinfectiouscornealulcers.Ophthalmology102:1943-1948,19958)北村絵里,河合政孝,山田昌和:感染性角膜炎に対する細菌学的検査の意義.眼紀55:553-556,2004***