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穿孔性眼外傷既往眼の30年後に眼球打撲を契機に活動性を生じたEpithelial Downgrowth の1例

2012年9月30日 日曜日

《原著》あたらしい眼科29(9):1270.1275,2012c穿孔性眼外傷既往眼の30年後に眼球打撲を契機に活動性を生じたEpithelialDowngrowthの1例畔満喜*1髙橋寛二*2南野桂三*1和田光正*3岩下憲四郎*4螺良愛郎*5西村哲哉*1*1関西医科大学附属滝井病院眼科*2関西医科大学附属枚方病院眼科*3尾鷲総合病院眼科*4岩下眼科*5関西医科大学病理学第二講座ACaseofEpithelialDowngrowthActivatedbyOcularContusion30YearsafterSurgeryforPerforatingOcularInjuryMakiKuro1),KanjiTakahashi2),KeizoMinamino1),MitsumasaWada3),KenshiroIwashita4),AiroTsubura5)andTetsuyaNishimura1)1)DepartmentofOphthalmology,KansaiMedicalUniversity,TakiiHospital,2)DepartmentofOphthalmology,KansaiMedicalUniversity,HirakataHospital,3)DepartmentofOphthalmology,OwaseGeneralHospital,4)IwashitaEyeClinic,5)DepartmentofPathologyII,KansaiMedicalUniversity症例は44歳,女性.10歳時に右眼のガラスによる穿孔性眼外傷で手術既往があった.39歳時に右眼を打撲し,前房内炎症・高眼圧に対し薬物治療を受けた.40歳時に前眼部炎症の再燃と視力低下を生じ,虹彩上に膜様物と膜様物からなる.胞を認めepithelialdowngrowthと診断した.高眼圧,視神経乳頭充血,黄斑浮腫を生じ,降圧および抗炎症治療を行った.経過中に膜様物は角膜後面から虹彩上を急速に進展,隅角閉塞を生じ高眼圧から失明した.その後,難治性の角膜上皮欠損から穿孔に至り,疼痛除去目的で眼球摘出を行った.摘出眼球の病理組織では虹彩上から隅角および角膜後面にかけ一部.胞状を呈する重層扁平上皮と線維性膜を認め隅角閉塞をきたし,免疫染色でサイトケラチン(CK)19陽性であった.小児期の穿孔性眼外傷で結膜上皮が前房内に迷入し増殖,epithelialcystを生じたものの静止状態であったが,30年後の眼球打撲による炎症を契機に活動性を生じepithelialdowngrowthとなったと考えられた.Thepatient,a44-year-oldfemale,hadundergonesurgeryforperforatingocularinjurytoherrighteyeat10yearsofage.Attheageof39,shehadbeentreatedforinflammationcausedbyocularcontusion.Attheageof40,theocularinflammationrecurredandvisuallossprogressed,despitemedicaltreatment;shethencametoourclinic.Membranousmaterialandepithelialcystwasevidentonheririsandtheposteriorsurfaceofthecornea.Wediagnosedepithelialdowngrowth.Ocularhypertension,dischyperemiaandcystoidmacularedemawerealsoobserved.Despitemedicaltherapy,themembraneextendedintotheanteriorchamber,resultinginangleclosureandultimateblindness.Delayedcornealepithelialdefectthenoccuerdintherighteye,whichwasenucleatedduetointolerablepain.Histpathologicalexaminationdisclosedstratifiedsquamousepithelium,cystandfibroticmembraneontheiris;peripheralanteriorsynechiawasalsoobserved.Themembraneappearedpositiveforcytokeratin(CK)19.Althoughepithelialcystthathadformedinherchildhoodwasnotactivated,aftertheocularcontusionocularinflammationoccurred,causingproliferationofepithelialdowngrowth.Inflammationduetocontusionocularinjurywasthesuspectedmechanismactivatingepithelialcystthathadformedinchildhood.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)29(9):1270.1275,2012〕Keywords:前房内上皮増殖,穿孔性眼外傷,続発緑内障,眼球摘出,CK19.epithelialdowngrowth,perforatingocularinjury,secondaryglaucoma,enucleationofeye,CK19.〔別刷請求先〕畔満喜:〒570-8507守口市文園町10番15号関西医科大学附属滝井病院眼科Reprintrequests:MakiKuro,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KansaiMedicalUniversity,TakiiHospital,10-15Fumizono-cho,Moriguchi,Osaka570-8507,JAPAN127012701270あたらしい眼科Vol.29,No.9,2012(94)(00)0910-1810/12/\100/頁/JCOPY はじめに穿孔性眼外傷後や白内障手術後に生じるepithelialdowngrowthは古くから報告され1),創口から侵入した結膜あるいは角膜上皮が前房内で増殖し,難治性の続発緑内障や角膜内皮機能不全を生じる予後不良の疾患である1,2).内眼手術後の場合,発症までの期間は4.6カ月が最も多く,75%が6カ月以内に発症したと報告されている2).今回筆者らは小児期の穿孔性眼外傷による手術既往眼で,30年後の眼球打撲を契機にepithelialdowngrowthが急速に進展し,続発緑内障と難治性角膜上皮欠損から角膜穿孔をきたし,眼球摘出に至った症例を経験したので病理組織所見とともに報告する.I症例患者:44歳,女性.主訴:右眼視力低下.現病歴:2005年5月,深夜に右眼を打撲,大学病院救急外来で眼瞼裂傷に対し眼瞼縫合を受けた.同時に前房内炎症と眼圧上昇(25mmHg)を指摘され,翌日眼圧は42mmHg,視力は30cm指数弁で,点滴・点眼治療を受けた.遠方のため3日後に近医へ紹介となった.近医初診時,右眼視力低下,眼圧上昇(右眼矯正視力0.2,眼圧50mmHg),前房内炎症を認め,点滴・点眼・内服治療を受けた.7月に右眼矯正視力は1.0に回復し,眼圧は16mmHgに下降したため治療終了となった.11月頃右眼充血と疼痛を自覚し前医の大学病院を受診し,ヒアルロン酸点眼処方を受けた.2006年2月に右眼充血,違和感を自覚し近医を再診した.右眼視力低下(矯正視力0.08),前眼部炎症,白内障,黄斑浮腫を指摘され,ベタメタゾンの点眼治療を受けた.前眼部炎症は消退したが,右眼矯正視力0.06,眼圧24mmHgと改善せず,精査加療目的に2006年6月に関西医科大学附属枚方病院を紹介受診となった.既往歴:10歳時,右眼穿孔性眼外傷(ガラスによる穿孔)手術治療.38歳時,右眼眼圧上昇を指摘され点眼治療(2日で眼圧下降).家族歴:特記すべきことなし.初診時所見:視力は右眼0.02(0.07×sph+5.5D(cyl.3.5DAx70°),左眼0.5(1.5×sph.1.0D(cyl.1.0DAx90°)で,眼圧は右眼14mmHg,左眼14mmHgであった.前眼部は,右眼11時.2時部の角膜表層から実質に及ぶ瘢痕,虹彩上に膜様物と膜様物からなる.腫を認め,一部角膜後面と癒着していた.膜様物は灰白色で血管侵入を伴い,.腫から瞳孔領を越えて下方に広がり水晶体前面を覆っていた(図1).少数の角膜後面沈着物を認め,隅角は上方で.腫と虹彩が角膜へ癒着していた.下方に一部テント状周辺虹彩前癒着(PAS)を認めた.左眼に異常所見は認められなかった.眼(95)図1初診時の前眼部所見(2006年6月)11時.2時部に角膜瘢痕を認める(矢頭).虹彩上に膜様物(黄色実線内),膜様物からなる.腫(赤色点線内)を認めた..腫および膜様物は一部角膜後面と癒着していた.底は右眼に乳頭充血,フルオレセイン蛍光眼底造影(FA)にて黄斑部への蛍光貯留,光干渉断層計(OCT)にて高度の.胞様黄斑浮腫を認めた(図2).左眼に異常所見は認められなかった.既往症,前眼部所見より右眼前房内の膜様物はepithelialdowngrowthと診断した.また,眼球打撲のためにぶどう膜炎を生じ,続発緑内障を併発したと診断した.Epithelialdowngrowthの膜組織は広範囲に存在しているため,手術による摘出は侵襲が大きいと判断し,保存的にステロイド,bブロッカー点眼にて経過をみた.炎症は軽快したがepithelialdowngrowthの膜組織は徐々に拡大し,眼圧上昇を生じたため(34mmHg),炭酸脱水酵素阻害薬点眼を追加した.その後,炎症は軽快し眼圧は20mmHg前後となり一旦安定したが,角膜後面への膜組織の進展に伴い眼底透見不能となった.2008年3月,膜組織の収縮に伴うPASの進行によって前房は消失した(図3).炭酸脱水酵素阻害薬内服を追加したが,2008年6月頃失明し,その後も40mmHg前後の高眼圧が続いた.以後角膜浮腫と角膜上皮欠損を繰り返し,2010年5月中旬に角膜潰瘍部において角膜穿孔をきたした(図3).耐えがたい眼痛が続くため5月下旬に右眼眼球摘出術を施行した.病理組織所見:眼球割面では前房は消失し,角膜後面に虹彩が癒着していた.網膜.離はみられなかった.角膜は上方で上皮下にパンヌスを生じ,虹彩と角膜の間に重層扁平上皮様の増殖組織を認め,一部.胞状を呈していた.角膜内皮は消失し,増殖上皮が.胞状を呈する部では角膜と上皮の間に膠原線維の増生と多核白血球浸潤を認めた.上皮細胞のマーカーであるサイトケラチン(CK)19で免疫染色を行うと増あたらしい眼科Vol.29,No.9,20121271 bcabca図2初診時の右眼眼底所見a:眼底写真.視神経乳頭充血を認めた.b:フルオレセイン蛍光眼底造影写真(造影後期).黄斑部への蛍光貯留を認めた.c:光干渉断層計(OCT).高度の.胞様黄斑浮腫を認めた.ba図3経過中の前眼部所見a:2008年3月.膜組織の進展に伴うPASの拡大により前房は消失した.角膜上皮のびまん性浮腫と角膜混濁を認めた.b:2010年5月.角膜潰瘍から角膜穿孔し,虹彩嵌頓を認めた.殖組織に一致して陽性像がみられた(図4).角膜中央から角胞が少数みられた(図5a,b).隅角にはPASを認めた(図膜下方にかけて重層扁平上皮を含む角膜後膜を認めた.角膜5c).虹彩および毛様体ではリンパ球浸潤と慢性炎症を認め内皮は消失しており角膜後膜は線維血管組織からなり,明瞭た(図5d).視神経乳頭部は硝子体の癒着と硝子体出血を認な血管形成を認めた.膜内にはCK19で確認される上皮細め,乳頭上に新生血管がみられた.また,篩状板の減少と視1272あたらしい眼科Vol.29,No.9,2012(96) ..虹彩角膜..a..虹彩角膜..ab図4角膜─虹彩癒着部の組織像a:HE染色標本(×100).虹彩と角膜の間に膠原線維の増生(星印)がみられ,虹彩表面には一部.胞状を呈する増殖上皮(矢印)を認めた(*:Descemet膜).前房内には多核白血球の浸潤がみられた(矢頭).b:CK19染色標本(×100).増殖上皮に一致して陽性像を認めた.….bcda図5角膜後膜および隅角・虹彩の組織像a:角膜後膜HE染色標本(×100).角膜後面に線維血管組織の増生を認めた(矢印:新生血管).角膜内皮細胞は消失していた(*:Descemet膜).b:角膜後膜CK19染色標本(×100).角膜後膜内にCK19陽性細胞(矢印)を少数認めた(*:Descemet膜).c:隅角HE染色標本(×100).線維血管組織による隅角閉塞を認めた.d:虹彩HE染色標本(×100).虹彩実質にリンパ球浸潤(矢印)を認めた.(97)あたらしい眼科Vol.29,No.9,20121273 ..abc..abc図6視神経乳頭部HE染色標本a:視神経乳頭部弱拡大(×20).硝子体の癒着と硝子体出血(*)を認めた.乳頭上に新生血管を認めた.篩状板の減少と視神経乳頭の陥凹拡大(▲)を認めた.b:視神経(×100).グリアの索柱の並行配列が消失し,グリオーシスを生じていた.c:網膜(×100).網膜神経節細胞層(▲)はグリオーシスを生じていた.神経乳頭の陥凹拡大を認めた(図6a).視神経と網膜神経節細胞層はグリオーシスを起こしていた(図6b,c).II考按Maumeneeらは,前房内への上皮の侵入(epithelialinvasionoftheanteriorchamber)をepithelialpearltumororcystofiris,epithelialdowngrowth,epithelialcystの3つに分類している3).このうち,epithelialdowngrowthとepithelialcystは発生機序は同じであるが,epithelialdowngrowthは急速に進展することがあり予後不良とされている4,5).Maumeneeら6)によると白内障手術後発症した40眼において,epithelialdowngrowth発症までの期間は平均10.7カ月であるが,5年以上経過した症例も報告されている2).安藤らは,白内障術後30年で発症した例を報告している7).本例では小児期の穿孔性眼外傷の既往があり,その穿孔部位から結膜上皮が侵入し,比較的早い時期に微小なepithelialcystが形成されたと考えられた.しかし,眼球打撲までの期間には1回の眼圧上昇を除いて眼症状はなかったことから,安藤らの例と同様に上皮細胞増殖は長期にわたり鎮静化していたと推察した.ただし,38歳時の一過性眼圧上昇の原因として,epithelialcystの関与も考えられ,無症1274あたらしい眼科Vol.29,No.9,2012状のうちに眼圧上昇を繰り返していた可能性が考えられた.過去に,白内障.内摘出術後虹彩.腫に対するレーザー虹彩切開術後や,外傷性白内障手術後epithelialcystへの.胞穿刺術後に眼圧上昇を生じ,epithelialdowngrowthの発生した例が報告されている7,8).よって,epithelialcystの穿孔は上皮増殖の引き金となると考えられる.本症例では,39歳時の眼瞼裂傷を伴う強い眼球打撲によって,epithelialcystの一部が破綻し,.腫内容物が前房内へ流出してぶどう膜炎と続発緑内障を生じ,これが引き金となって上皮の増殖が再活性化しepithelialdowngrowthに進展したと考えられた.病理組織では虹彩・毛様体では血管周囲性のリンパ球浸潤を認め,慢性虹彩毛様体炎を生じていたと推察された.さらに篩状板の減少と視神経乳頭の陥凹拡大,網膜神経線維層,視神経乳頭から視神経にかけての広範なグリオーシスは慢性の高眼圧による緑内障性視神経障害を示していた.これらの組織所見からも,本症例はepithelialdowngrowthの前房内への広範な進展によって続発緑内障,慢性虹彩毛様体炎,角膜内皮消失を生じ,失明したと考えられた.Epithelialdowngrowthは角結膜上皮の侵入増殖であることから組織学的に非角化重層扁平上皮のマーカーに陽性となり,CK19は80%の高い陽性率を示すことから線維芽細胞(98) や内皮細胞の増殖との鑑別に有用である9).本症例では重層扁平上皮の増殖組織が虹彩前面に広がっていたことから,10%過酸化水素を用いて脱メラニン処理を行いCK19染色すると,虹彩上で.胞状に増殖し,隅角や角膜後面へ進展する上皮細胞と,角膜後膜内のCK19陽性細胞が明確に確認でき,上皮細胞増殖の広がりを確認するのに有用であった.Epithelialdowngrowthの根治的治療は,外科的に迷入した上皮の除去であり,虹彩面上の増殖膜を虹彩と一緒に幅広く切除し,その後毛様体を切除する方法10)や,周辺部全層強角膜弁片移植を併用する方法11),輪部強角膜切開創から前房内増殖組織を粘弾性物質で.離・除去する方法7)がある.しかし,増殖上皮の不完全切除となった場合は再発を起こし11),上皮が毛様体や網膜へ進展することもある.Maumeneeらによると角膜後面への進展が25%までの時点で早期に手術治療を行うことが重要であるとしている6).本症例では初診時より前房内がすでに広範に膜組織で覆われ,.胞様黄斑浮腫を伴う強い炎症も生じていたことから,手術侵襲は著しく大きくなると考え保存的に治療した.Epithelialdowngrowthでは広範に増殖膜が進展し眼圧上昇を生じている場合,上皮細胞による隅角閉鎖や線維柱帯間隙への上皮細胞の侵入がある12)と考えられている.このため,本症例でも切除範囲は虹彩根部や隅角,毛様体を含んで広範となることから完全除去は困難であったと考えられた.消炎のためトリアムシノロンTenon.下注射も考慮したが,さらなる眼圧上昇を起こす可能性もあり点眼で治療した.結果的に炎症は軽快したが,増殖膜の進展が続き隅角閉塞に至った.外傷既往眼でepithelialcystが存在し,長期に鎮静化していた場合でも眼球打撲を契機に再活動することがあり,その経過によっては失明し,眼球摘出に至る可能性がある.本症例では,epithelialcystからの内容物の前房内流出が偶発的な眼球打撲により起こり,眼圧上昇やepithelialdowngrowthが進行した症例であると推測された.文献1)PareraCA:Epitheliumintheanteriorchamberoftheeyeafteroperationandinjury.AmJOphthalmol21:605-617,19382)WeinerMJ,TrentacosteJ,PonDMetal:Epithelialdowngrowth:a30-yearclinicopathologicalreview.BrJOphthalmol73:6-11,19893)MaumeneeAE,ShannonR:Epithelialinvasionoftheanteriorchamber.AmJOphthalmol41:929-942,19564)谷道之,駒井昇一郎,弓削経夫:Epithelialdowngrowthについて.臨眼17:93-105,19645)StarkWJ,MichelsRG,MaumeneeAEetal:Surgicalmanagementofepithelialingrowth.AmJOphthalmol85:772-780,19786)MaumeneeAE,PatonD,MorsePHetal:Reviewof40histologicallyprovencasesofepithelialdowngrowthfollowingcataractexersion.AmJOphthalmol69:598-603,19707)安藤彰,福井智恵子,高橋寛二ほか:白内障術後30年で発症し除去手術が奏効した前房内上皮増殖の1例.あたらしい眼科20:521-524,20038)齊藤伸行,栃久保哲男,向井美和子ほか:膠原線維様の被膜を外壁に有したepithelialdowngrowthの1例.眼臨91:780-782,19979)PaiVC,GlasgowBJ:MUC16asasensitiveandspecificmarkerforepithelialdowngrowth.ArchOphthalmol128:1407-1412,201010)津村清,溝手秀秋,竹田欣史ほか:Epithelialdowngrowthの1例.眼臨85:2323-2326,199111)高木真理子,宇野敏彦,惣那実紀ほか:Epithelialdowngrowthに対して周辺部全層角膜移植術が奏効した1例.あたらしい眼科16:981-984,199912)TerryTL,ChisholmJR,SchonbergAL:Studiesonsurface-epitheliuminvasionoftheanteriorsegmentoftheeye.AmJOphthalmol22:1083-1110,1939***(99)あたらしい眼科Vol.29,No.9,20121275

県立静岡がんセンターにおけるアイバンクの現状と取り組み

2011年11月30日 水曜日

《原著》あたらしい眼科28(11):1655.1657,2011c《原著》あたらしい眼科28(11):1655.1657,2011c柏木広哉*1大坂嶽*2小熊由美*3穂積雅子*4堀田喜裕*4*1県立静岡がんセンター眼科*2県立静岡がんセンター緩和医療科*3県立静岡がんセンター看護部*4公益財団法人静岡県アイバンクPresentSituationandActionsofEyeBankinPrefecturalShizuokaCancerCenterHiroyaKashiwagi1),IwaoOsaka2),YumiOguma3),MasakoHozumi4)andYoshihiroHotta4)1)DivisionofOphthalmology,ShizuokaCancerCenter,2)DivisionofPalliativeMedicine,ShizuokaCancerCenter,3)DivisionofNurse,ShizuokaCancerCenter,4)ShizuokaEyeBankわが国におけるアイバンクの眼球摘出に関しての現状報告はほとんどない.今回,県立静岡がんセンターにおけるアイバンクの眼球摘出の取り組みについて報告する.症例は,2002年9月から2010年3月までの7年7カ月間の33例で,男性24例,女性9例であった.年齢は37歳から94歳で,平均年齢は67.0歳であった.摘出までの時間は,0.7から8.9時間で平均時間2.6時間であった.眼球摘出時の採血は,鎖骨下静脈から行っているが,1例のみ鼠径部静脈から行った.摘出時の合併症は,出血が2例3眼あった.そのうち1例2眼では,摘出後の止血に大変苦慮した.TherearefewreportsregardingtheenucleationprocessemployedinJapaneseeyebanks.Inthispaper,wereportontheenucleationtechniqueusedintheeyebankintheShizuokaCancerCenter,whereenucleationwasperformedin33individuals(24males,9females)betweenSeptember2002andMarch2010(91months).Averageageoftheindividualswas67.0years(range:37.94years).Enucleationtimerangedfrom0.7to8.9hours(averagetime:2.6hours).Bloodwasdrawnfromasubclavianveininallcasesexceptone(agroinvein).Asforcomplicationsatthetimeofextraction,3eyes(2cases)sufferedbleeding.Severebleedingafterenucleationwasobservedin2ofthoseeyes(onecase).〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)28(11):1655.1657,2011〕Keywords:県立静岡がんセンター,静岡アイバンク,眼球摘出,出血,献眼者.ShizuokaCancerCenter,ShizuokaEyeBank,enucleation,bleeding,donor.はじめに静岡アイバンクの献眼者数は2008年度162件,2009年度121件と,日本で1,2位を争う献眼数である.県内での摘出担当医は地区によって当番制になっている.摘出眼球は,摘出場所により順天堂静岡病院(伊豆の国市),静岡県立総合病院(静岡市),浜松医科大学(浜松市)に移送され,強角膜切片が作製される.県立静岡がんセンター(以下,本院)は静岡県東部(三島)に位置し,病床数は535床で,眼科常勤医は筆者(H.K.)1名のみである.献眼数の特に多い地域のがんセンターとして,どのようにアイバンクの活動を行っていくのか苦慮するところである.今回,2002年9月の本院開院時から2010年3月までの7年7カ月間で,筆者(H.K.)が院内で眼球摘出した33例について,後ろ向きに検討して若干の知見を得たので報告する.I対象および方法2002年9月の本院開院時から2010年3月までの7年7カ月間に筆者(H.K.)が院内で眼球摘出した33例を対象とした.本院での眼球摘出の方法について述べる.無影灯,サイドテーブルを準備.ベット頭部の柵をはずし壁とのスペースを開け,高さを上げておく.合掌,採血が必要な場合は鎖骨下静脈から採血,合掌,孔布をかけ,右眼に開瞼器をかけて輪部球結膜を全周切開する.4直筋を切断(外直筋をやや長く眼球側に残す),斜筋を切断.外直筋にモスキートペアンをかけ,眼球を内転し視神経剪刃で視神経を切断する.摘出〔別刷請求先〕柏木広哉:〒411-8777静岡県駿東郡長泉町下長窪1007県立静岡がんセンター眼科Reprintrequests:HiroyaKashiwagi,DivisionofOphthalmology,ShizuokaCancerCenter,1007Shimonagakubo,Nagaizumicho,Sunto-gun,Shizuoka-ken411-8777,JAPAN0910-1810/11/\100/頁/JCOPY(143)1655 した眼球は眼球保存容器に入れ,無防腐剤の抗菌点眼薬を適下する.眼窩部をガーゼで数分圧迫の後,脱脂綿を挿入し義眼を挿入する.つぎに左眼を同様に処置する.最後に両眼上下眼瞼に5-0黒ナイロン糸をかけ閉瞼する(縫合は1,2針).担当看護師による顔部の確認,遺族による顔部の確認を得てから合掌する.器具類を片付ける,採血管,眼球容器を病棟の冷蔵庫に保管する.摘出報告書の記入,静岡県アイバンクに電話連絡を行う.採血管は検査会社SRL担当者が,眼球は移送ボランティアに渡す.事前に感染症〔HBs(B型肝炎表面)抗原,HCV(C型肝炎ウイルス)抗体,HTLV(ヒトT細胞白血病ウイルス)-1抗体,HIV(ヒト免疫不全ウイルス)抗体,TPHA(梅毒トレポネマ血球凝集反応),RPR(梅毒定性検査)〕がチェックされていない場合には鎖骨下静脈から採血を施行する.した眼球は眼球保存容器に入れ,無防腐剤の抗菌点眼薬を適下する.眼窩部をガーゼで数分圧迫の後,脱脂綿を挿入し義眼を挿入する.つぎに左眼を同様に処置する.最後に両眼上下眼瞼に5-0黒ナイロン糸をかけ閉瞼する(縫合は1,2針).担当看護師による顔部の確認,遺族による顔部の確認を得てから合掌する.器具類を片付ける,採血管,眼球容器を病棟の冷蔵庫に保管する.摘出報告書の記入,静岡県アイバンクに電話連絡を行う.採血管は検査会社SRL担当者が,眼球は移送ボランティアに渡す.事前に感染症〔HBs(B型肝炎表面)抗原,HCV(C型肝炎ウイルス)抗体,HTLV(ヒトT細胞白血病ウイルス)-1抗体,HIV(ヒト免疫不全ウイルス)抗体,TPHA(梅毒トレポネマ血球凝集反応),RPR(梅毒定性検査)〕がチェックされていない場合には鎖骨下静脈から採血を施行する.は37歳から94歳で,60代から80代が多く,平均年齢は67.0歳であった(図1).原疾患は肺癌9例,胃癌7例,大腸癌4例,膵臓癌2例,その他11例(表1)であった.摘出場所は,緩和病棟18例,一般病棟15例(1例は救急外来から一般病棟に移送している).アイバンクの登録が事前確認されていたのが17例,未確認だったのは16例であった.年度別摘出数は2.7件で(図2),摘出は平日21例,休日10例,時間帯は深夜から朝が11例,日中が14例,夕方から深夜が8例であった(図3).摘出までの時間は0.7から8.9時間で平均2.6時間であった(図4).遺族の顔部の修正依頼は3例であった.それぞれ,「眼瞼10987献眼者数6献眼者は,男性24例,女性9例と男性が多かった.年齢543210020022003200420052006200720082009918:男性:女性76献眼者数図2県立静岡がんセンター眼科における年度別献眼者数54316142121男性:女性=26:8,平均年齢:67.0歳.42表1疾患別献眼者の内訳00時~9時9時~17時17時~24時原因疾患男性女性計図3県立静岡がんセンター眼科における摘出時間帯と摘出数肺癌819胃癌61714大腸癌31413膵臓癌11212食道癌1011110十二指腸癌101910860摘出数30代40代50代60代70代80代90代図1年齢別献眼者数8摘出数胆.癌1017尿管癌1016後腹壁癌1015中咽頭癌1014乳癌01123卵巣癌0111皮膚悪性黒色腫01100~11~22~33~44~55~66~77~88~9口腔底癌011時間時間時間時間時間時間時間時間時間頬粘膜癌011図4県立静岡がんセンターにおける眼球摘出までの時間計24933平均時間2時間38分.1656あたらしい眼科Vol.28,No.11,2011(144) をきつく閉瞼して欲しい」,「両眼を薄目を開けるようにして欲しい」,「上眼瞼のふくらみを出して欲しい」という要望があった.修正後に3例すべてで了承を得られた.1例のみ鎖骨下から採血不可能なことがあり,鼠径部から施行した.眼球摘出後の出血は,2例3眼に認められた.1眼は眼球摘出後に片眼に少量の出血を認めたが,圧迫で止血した.もう1例(2眼)は,病状が急変し外来に搬送され,救急処置室で死亡した症例である.処置は病室に移送し30分後に行った.摘出時にはまったく出血がなく,ご家族による顔部の確認の後,体位移動の際に両眼から大出血した.10分以上の圧迫で止血を確認し,再度義眼を挿入したが,体位移動時に再出血した.左眼は視神経が確認できたため,眼動脈を3-0絹糸で縫合した.右眼はさらに数時間の圧迫止血後酸化セルロース(可吸収性創腔充.止血薬:サージセルをきつく閉瞼して欲しい」,「両眼を薄目を開けるようにして欲しい」,「上眼瞼のふくらみを出して欲しい」という要望があった.修正後に3例すべてで了承を得られた.1例のみ鎖骨下から採血不可能なことがあり,鼠径部から施行した.眼球摘出後の出血は,2例3眼に認められた.1眼は眼球摘出後に片眼に少量の出血を認めたが,圧迫で止血した.もう1例(2眼)は,病状が急変し外来に搬送され,救急処置室で死亡した症例である.処置は病室に移送し30分後に行った.摘出時にはまったく出血がなく,ご家族による顔部の確認の後,体位移動の際に両眼から大出血した.10分以上の圧迫で止血を確認し,再度義眼を挿入したが,体位移動時に再出血した.左眼は視神経が確認できたため,眼動脈を3-0絹糸で縫合した.右眼はさらに数時間の圧迫止血後酸化セルロース(可吸収性創腔充.止血薬:サージセル)を挿入して,その上に脱脂綿,義眼を挿入してようやく止血した.III考按アイバンクの眼球摘出についての現状報告は少ない1,2).男性に多い傾向,眼球提供者の年齢分布,9時から17時の時間帯に摘出が多い結果は,過去の報告とよく一致していた.摘出までの時間が短いのは,院内で摘出することによると考える.眼処置中の問題点として,摘出前の採血部位の選択,摘出後の眼瞼などの状態,眼球摘出術中や,術後の出血などがあげられる.摘出前の採血では,鎖骨下静脈が無理な場合が1例あり,鼠径部静脈を選択した.心臓から採血という方法はあるものの,出血汚染の危険性や遺体の尊厳などを考えると,どうしても鼠径部が無理な場合の最終段階として心臓を選択すべきと考えた.遺族が処置後の眼部に違和感をもつことは大きな問題の一つであり,最善の注意が必要である.3例修正の要望があった後,担当看護師に確認し,眼部の状態(特に眼瞼部のふくらみ)が生前と異なっていないかを確認している.今回の検討では,眼球摘出後の大出血を1例経験して大変苦慮した.この症例は,全身に数カ所出血斑があり,Disseminatedintravascularcoagulation(DIC)を起こしていた可能性が否定できない.視神経が発見できるならば眼動脈の結紮が有効であるが,発見不可能な場合には,酸化セルロースの挿入が有効なこともある.出血が多い場合,眼瞼浮腫や皮下出血などにより顔面の状態が変化し3),遺族および摘出医師に少なからず心痛を加える原因にもなる.眼球摘出を行わないマイクロケラトロンの導入も今後検討すべき点かもしれない.その他の問題点として,突然にアイバンク登録が判明した場合,眼科診療,病棟業務などに混乱が生じることがある.そのためにDNR(DoNotResuscitate:積極的延命処置を行わない)を承諾の際,アイバンク登録の有無を確認することの是非の検討がなされたが,遺族の対応もさまざまであるという観点から見送りとなっている.アイバンクでは啓蒙活動が重要である1)ため,院内での講演会や勉強会を行っている.さらに,ドナー発生時の対応マニュアルを看護師長と作成し,電子カルテに登用して情報を広めている.本院は他県出身者も多いので情報提供は有効であると考えている.また,献眼希望者に対しては,本院のよろず相談窓口でもアイバンクのパンフレットをお渡ししている.こうした取り組みは一方で,患者遺族の理解を深め,献眼時のトラブル防止につながる可能性があると考えている.わが国では献眼者の多いアイバンクや,病院は少なくないが,たった一人の常勤医がこれだけ多数の眼球摘出に携わることはあまりない.澤2)は,眼球摘出と眼科医の労働条件の問題点を指摘している.本院のような一人体制での眼球摘出は,肉体的,精神的,時間的にかなり厳しい.手術,学会などが原因で,どうしても対応ができない症例は,今回の対象に含めなかったが4例あった.こうした場合には,近隣の医師の協力を得た(沼津市立病院2回,順天堂静岡病院1回,開業医1回.静岡県では眼科常勤医がいる病院で献眼者が出た場合には,その医師が眼球摘出を担当することになっており,開業医も当番制で対応している).時として長時間の手術中に呼び出された場合には,待たせる側,待たされる側にかなりのストレスとなる.献眼者数が有数の静岡県にある,数少ないがんセンター眼科という特異な環境で,アイバンクの眼球摘出をトラブルなく行うために,院内の関連部署および静岡県アイバンク協会と連携していきたい.この報告は第34回角膜カンファレンス(仙台)でポスター発表した.文献1)村上晶,小野浩一:順天堂アイバンクにおける献眼状況の分析.順天堂医学50:380-382,20002)澤充:アイバンク活動の現状と展望.日本の眼科77:11-14,20063)篠崎尚史,浅水健志:アイバンクへの提供角膜に対するリスク管理について教えてください.あたらしい眼科22(臨増):83-85,2005***(145)あたらしい眼科Vol.28,No.11,20111657

眼球を摘出した眼窩頭蓋底腫瘍の1例

2010年5月31日 月曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY(135)707《原著》あたらしい眼科27(5):707.709,2010cはじめに髄膜腫はくも膜細胞由来の腫瘍であり,全頭蓋内腫瘍の約20%を占める1).一方で,眼窩におけるその発生頻度は,全眼窩内腫瘍の3.10%と比較的少ない2).一般に,進行の緩徐な良性腫瘍であることから,無症候性に経過し,画像検査で偶然に発見されることもあり,ときとして医療機関受診時には巨大化しており,治療に難渋することもある3).髄膜腫の発生原因は,男女比で2対1と女性に多く発症すること,くも膜細胞に黄体ホルモンレセプター,エストロゲンレセプターの発現率が高いことから女性ホルモンの関与が考えられている1).他の危険因子として,放射線,頭部外傷,ウイルス,22番染色体異常,2型神経線維腫症があげられる1).かつて行われていた頭部白癬に対する放射線治療後に髄膜腫を発症したとの報告を基に,多数の検討により放射線は髄膜腫の危険因子であることが認められている4.6).放射線を誘因とした髄膜腫の特徴として,約80%が頭蓋円蓋部より上方に発生し,放射線の照射部位に一致した大脳鎌や矢状部〔別刷請求先〕上田幸典:〒602-0841京都市上京区河原町通広小路上ル梶井町465京都府立医科大学大学院視覚機能再生外科学Reprintrequests:KosukeUeda,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KyotoPrefecturalUniversityofMedicine,465Kajii-cho,Hirokoji-agaru,Kawaramachi-dori,Kamigyo-ku,Kyoto602-0841,JAPAN眼球を摘出した眼窩頭蓋底腫瘍の1例上田幸典渡辺彰英木村直子木下茂京都府立医科大学大学院視覚機能再生外科学ACaseofOrbitalandSkullBaseTumorResultinginEnucleationKosukeUeda,AkihideWatanabe,NaokoKimuraandShigeruKinoshitaDepartmentofOphthalmology,KyotoPrefecturalUniversityofMedicine今回筆者らは手術時に眼球も摘出した眼窩頭蓋底腫瘍の1例を経験したので報告する.症例は61歳,女性.幼少時に右眼窩内腫瘍に対してコバルト治療を受けたと家族より伝えられていたが,詳細は不明であった.2008年5月頃から右眼球突出,眼痛の増悪を認め当科へ紹介された.眼球は眼窩内より逸脱し,角膜混濁を認め光覚は消失していた.Magneticresonanceimaging(MRI)で眼窩内から中頭蓋窩,頭蓋内および海綿静脈洞内に腫瘍の浸潤を認めた.疼痛管理と診断目的に眼球摘出および腫瘍の生検を施行した.病理組織検査で髄膜腫と診断され,これまでの経過と,眼窩のみならず頭蓋内にも多発していることからradiation-inducedmeningiomaと診断した.放射線治療後の髄膜腫では長期間経過してから急激な増大をきたすことがあり,注意が必要であると考えられた.Wereportacaseoforbitalandskullbasetumorresultedinenucleationoftheeyeball.Thepatient,a61-yearoldfemalewhohadreceivedradiotherapyforarightorbitaltumorinchildhood,wasreferredtoourhospitalonJune,2008withcomplaintsofprogressiveproptosisandpaininherrighteye.Onherfirstvisittoourhospital,wefoundthatherrighteyeballhadprolapsedfromtheorbit,andlightperceptionhadalreadybeenlost.Magneticresonanceimaging(MRI)disclosedanintenselyenhancingmassintherightorbit,middlecranialfossaandcavernoussinus.Enucleationoftheeyeballandbiopsyforthetumorwereperformed.Thetumorwasdiagnosedasmeningiomaonthebasisofhistologicalexamination.Inconsiderationofpreviousirradiationandmultipletumorsinvolvingtheorbitandthecranialcavity,itwasthoughtthatradiotherapyhadinducedthemeningioma.Radiation-inducedmeningiomasmayappearandprogressaggressivelymanyyearsafterradiotherapy.Carefulfollow-upisnecessaryafterradiotherapyfortheorbit.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(5):707.709,2010〕Keywords:眼窩頭蓋底腫瘍,眼球摘出,放射線,髄膜腫.orbitalandskullbasetumor,enucleation,radiation,meningioma.708あたらしい眼科Vol.27,No.5,2010(136)に好発するとされ,頭蓋底に生じることはまれである5).また,通常の髄膜腫と比較して細胞増殖能が高いとされる1).今回,筆者らは放射線治療の長期間経過後に急激な増大をきたし,眼球摘出を要した眼窩頭蓋底髄膜腫の1例を経験したので報告する.I症例患者:61歳,女性.主訴:右眼球突出の増大と眼痛.既往歴:3歳の頃に右眼窩内腫瘍に対してコバルト治療を受けていたと家族から聞いていたが詳細は不明であった.コバルト治療後の右眼視力はなかったが,眼球運動は可能であったとのことである.現病歴:2005年から右眼の疼痛のため前医で経過観察をされていた.右眼球突出を認めるも変化なく,積極的治療の希望はなかった.2008年5月頃から,右眼球突出の増大と眼痛の増悪を認めたため,2008年6月26日に京都府立医科大学附属病院眼科へ紹介受診した.初診時所見:視力は,右眼光覚なし,左眼0.3(0.9×.2.0D),眼圧は,右眼測定不能,左眼15mmHg,右眼球は眼窩内から脱出し,角膜は乾燥し混濁,著明な球結膜充血,結膜浮腫を認めた(図1).左眼に特記すべき異常はなかった.眼窩computedtomography(CT)では,右眼窩,鼻腔,副鼻腔の変形と,右眼窩内には大脳実質と等吸収域の充満した腫瘤を認めた.眼窩magneticresonanceimaging(MRI)では,T1強調画像で大脳実質とほぼ等信号,T2強調画像で高信号の眼窩から中頭蓋底へ進展する眼窩頭蓋底腫瘍を認めた.腫瘍は非常によく造影され,境界明瞭であり,眼内も多様な信号の異常所見を呈していた(図2).また,大脳鎌に2つの腫瘤を併発していた.治療と経過:初診時からすでに右眼の視機能は廃絶しており,疼痛管理と診断目的に,本人の同意を得て,2008年7月18日に右眼球摘出術および眼窩内腫瘍生検を施行した.電気メスを用いてわずかに残存した瞼結膜から切開し,視神経まで展開,視神経を切断した.眼球摘出後,上方の腫瘍の一部を生検した.腫瘍は被膜に包まれており,被膜の内部は柔らかい易出血性の腫瘍であった.残存した結膜がわずかであること,眼窩内に腫瘍が残存していることから義眼床作製は困難と判断し,結膜を縫合した後,瞼板縫合を行い,手術を終了した.眼窩内腫瘍の病理組織検索の結果,紡錘形細胞の増生,と図1術前の顔面写真右眼球は眼窩内から脱出し,角膜は乾燥し混濁,球結膜の著明な充血・浮腫を認めた.図2術前MRIa:T1強調画像(軸位断).眼窩から中頭蓋底へ進展する,脳実質とほぼ等信号の腫瘍を認める.b:T2強調画像(軸位断).眼窩から中頭蓋底へ進展する,高信号の腫瘍を認める.c:造影画像(軸位断).非常によく造影される,境界明瞭な腫瘍を認める.d:造影画像(矢状断).眼内は正常構造を保っていない.acbd図3病理組織像(ヘマトキシン・エオシン染色,×200)紡錘形細胞の増生と,ところどころに渦巻形成を認め,髄膜腫と診断した.(137)あたらしい眼科Vol.27,No.5,2010709ころどころに渦巻形成を認め,髄膜腫と診断された(図3).細胞増殖能の指標であるMIB-1陽性率は1%未満であった.これまでの経過と,眼窩のみならず頭蓋内にも多発していることからradiation-inducedmeningiomaと診断した.眼球内および視神経には腫瘍性所見を認めなかった.眼窩内の残存腫瘍および,頭蓋内腫瘍に対して,脳神経外科へ照会を行った.眼窩内から頭蓋内へ腫瘍の進展を認め,増大に伴い脳機能障害や感染症の危険性が高い状態であるため,2009年5月18日に右前頭側頭開頭経由で眼窩頭蓋底腫瘍摘出術が行われた.摘出腔は腹部脂肪と有茎骨膜弁を用いて充.し,眼窩外壁はチタンメッシュで再建された.脳外科での手術摘出標本の病理診断の結果もradiation-inducedmeningiomaを示唆するtransitionalmeningiomaであり,MIB-1陽性率は5%未満であった.その後の経過観察期間中,眼窩内腫瘍の再発は認めていない.今後,頭蓋内の残存腫瘍に対しては,定位放射線治療を予定されている.II考按一般に,放射線は腫瘍性病変の誘発因子として知られる.1.2Gyと低線量であっても髄膜腫を含めた神経系腫瘍発症の危険性が増加する6).1953年にMannらが放射線と髄膜腫の関連を初めて報告し,以降,多数の検討により頭部への放射線照射は髄膜腫の発生因子として認められている.放射線治療後の小児をレトロスペクティブに調査した検討では,放射線治療群は非放射線治療群と比較して発生率が4倍であると報告している7).放射線誘発性髄膜腫は通常の髄膜腫と特徴が異なる.放射線誘発性髄膜腫の発生部位は,通常,放射線照射部位に一致しており,86.95%が大脳鎌,傍矢状洞,頭蓋円蓋部といった頭蓋冠部に発生し,通常の髄膜腫の同部位における発生頻度が53.70%であることと比較して頭蓋冠部に好発する5).多発する割合は5.29%5)と,通常の髄膜腫が1.2%8)であるのに対して高頻度である.髄膜腫は通常,50.60年の経過で発育する4)一方で,放射線誘発性髄膜腫は,放射線照射から発症までに低線量で36.38年,高線量で24年と比較的早期に発症し,線量と発症までの期間の相関もあるとされる9).組織像は,高い細胞充実性,細胞多形性,巨大細胞出現率の増加,高い細胞増殖能を特徴としている5).放射線誘発性髄膜腫は多発性や組織学的特徴などから摘出後の再発率は19.26%と,通常の髄膜腫の再発率が3.11%であるのと比較して高い5).本症例は,放射線治療を受けた既往があること,眼窩内から中頭蓋底へ進展している腫瘍のほかに,大脳鎌,海綿静脈洞内に多発して腫瘍を認めたことから,放射線誘発性髄膜腫と考えられた.前述の好発部位とは異なるが,眼窩内腫瘍に対し放射線治療を受けたことによると考えられた.一般に,眼窩原発の髄膜腫は視神経管周囲のくも膜や,眼球後局部周囲のくも膜などから発生する2).今回の症例では,眼窩内から中頭蓋底にわたる巨大な腫瘤であり,原発部位は不明であった.本症例は,初診時にすでに視機能は廃絶した状態であり,眼球摘出術を行った.一般に,髄膜腫は良性腫瘍であり,成長が非常に緩徐であることから,腫瘍の大きさが小さく無症候性である場合は経過観察を行うが,本症例のように,頭蓋内に進展し拡大傾向を認める場合は腫瘍切除を要する.頭蓋底に進展した症例や前方からのアプローチが困難な症例であれば,確実かつ安全な腫瘍切除を行うため前頭側頭開頭アプローチを選択する10).本症例では,残存腫瘍に対して定位放射線治療を予定されているが,再発の危険性は通常の場合と比べ高いため,今後慎重な経過観察を要すると考えられる.以上,放射線治療後に,50年以上経過して急速に増大した髄膜腫の1例を報告した.腫瘍が眼窩内に及び急速に増大した結果,眼窩内からの眼球の逸脱,視機能の廃絶のため眼球摘出を要した.放射線治療後の髄膜腫では長期間経過してから急激な増大をきたすことがあり,注意が必要であると考えられた.文献1)BondyM,LigonBL:Epidemiologyandetiologyofintracranialmeningiomas:areview.JNeurooncol29:197-205,19962)ReeseAB:Expandinglesionsoftheorbit.TransOphthalmolSocUK91:85-104,19713)鈴木悦子,後藤浩,臼井正彦:眼窩に発生した巨大な髄膜腫の3症例.眼臨93:1718-1723,19994)MunkJ,PeyserE,GruszkiewiczJ:Radiationinducedintracranialmeningiomas.ClinRadiol20:90-94,19695)RubinsteinAB,ShalitMN,CohenMLetal:Radiationinducedcerebralmeningioma:arecognizableentity.JNeurosurg61:966-971,19846)RonE,ModanB,BoiceJDJretal:Tumorsofthebrainandnervoussystemafterradiotherapyinchildhood.NEnglJMed319:1033-1039,19887)ModanB,BaidatzD,MartHetal:Radiation-inducedheadandnecktumours.Lancet1:277-279,19748)IaconoRP,ApuzzoML,DavisRLetal:Multiplemeningiomasfollowingradiationtherapyformedulloblastoma.Casereport.JNeurosurg55:282-286,19819)MackEE,WilsonCB:Meningiomasinducedbyhighdosecranialirradiation.JNeurosurg79:28-31,199310)嘉鳥信忠:【眼科臨床医のための眼形成・眼窩外科】眼窩腫瘍─眼窩悪性腫瘍,眼窩頭蓋底腫瘍.あたらしい眼科24:571-577,2007