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結膜炎症状で発症した眼窩蜂巣炎の1例

2016年5月31日 火曜日

《第52回日本眼感染症学会原著》あたらしい眼科33(5):719〜723,2016©結膜炎症状で発症した眼窩蜂巣炎の1例平木翔子岡本紀夫山雄さやか渡邊敬三橋本茂樹福田昌彦下村嘉一近畿大学医学部眼科学教室ACaseofOrbitalCellulitisfollowingConjunctivitisShokoHiraki,NorioOkamoto,SayakaYamao,KeizoWatanabe,ShigekiHashimoto,MasahikoFukudaandYoshikazuShimomuraDepartmentofOphthalmology,KindaiUniversityFacultyofMedicine目的:結膜炎症状で発症した眼窩蜂巣炎の1例を経験したので報告する.症例:66歳,女性.2014年12月末に後頭部痛を自覚.その後,眼瞼の痛みを自覚し2015年1月5日に近医を受診.左眼の結膜炎と診断され0.5%レボフロキサシン点眼,0.1%フルメトロン点眼をするも改善されないため当科受診となる.初診時矯正視力は右眼1.2,左眼1.0pで,眼圧は右眼17mmHg,左眼23mmHgであった.前眼部所見では右眼は正常であったが,左眼は全周にわたる充血と下方の結膜の浮腫を認め一部は黄色の液体であった.ただし眼脂を認めていない.眼底所見は両眼とも視神経乳頭浮腫はなかった.若干の眼球運動障害があったのでHess試験を施行したところ,左眼の眼球運動障害を認めた.眼窩蜂巣炎を疑いCT検査をしたところ,炎症波及の原因となる副鼻腔炎を認めない眼窩蜂巣炎であった.ただちにセフェピム塩酸塩1g/日の点滴を開始した.その後,自覚症状は改善し結膜所見,Hess試験の所見も改善した.結論:本症例は既往歴に高血圧があるのみで,軽度の結膜炎から眼窩蜂巣炎に至ったと推察した.軽度の結膜炎に眼球運動障害がある場合,眼窩蜂巣炎を念頭に置く必要がある.Purpose:Wereportacaseoforbitalcellulitisthatfollowedconjunctivitis.Case:Thepatient,a66-year-oldfemale,complainedofoccipitalheadachearoundtheendofDecember2014.LatershefeltthepaininherleftlidareaandvisitedanearbyeyecliniconJanuary5,2015.Herconditionwasdiagnosedasconjunctivitis(OS)andtreatedwith0.5%levofloxacinand0.1%fluorometholoneeyedrops.However,thesymptomspersisted;shethereforevisitedourclinic.Atfirstvisittous,herbest-correctedvisualacuitywas1.2(OD)and1.0p(OS).Ocularpressurewas17mmHg(OS)and23mmHg(OU).Totalrednessofthebulbarconjunctiva,withedemainthelowerpart,wasobservedinherlefteye.Insomeareaofthatedema,therewasyellowishfluid.Herrighteyelookednormal.Therewasnosignoflidswellingordischarge.Wefoundmilddisorderinhereyemovement(OS)ontheHesschartdiplopiatest.Thepatientwasdiagnosedwithorbitalcellulitis,basedonlidandconjunctivaswellingandsoftshadowintheorbitaltissueasrevealedbyCTscan.ThesinusitiswasnotapparentonCTscan.Wetreatedherwithcefepime1g/dayDIVandhersymptomsandocularsignswerewelleased.Conclusion:Wesuggestthatthisorbitalcellulitiswasinducedbymildconjunctivitis,sincehergeneralconditionwasquitenormal,despitepastmildhypertension.Weshouldbecarefulwhenseeingmildconjunctivitiscombinedwitheyemovementdisorder.Therecouldbeorbitalcellulitis.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)33(5):719〜723,2016〕Keywords:眼窩蜂巣炎,結膜炎,眼球運動.orbitalcellulitis,conjunctivitis,ocularmotility.はじめに眼窩蜂巣炎は慢性および急性の副鼻腔炎に多く発症し,副鼻腔の未発達な小児によくみられるが,成人でもまれではない.抗菌薬がなかった時代には約25%が死亡し,25%が失明していた.今日でもときに致死的であり,重要な疾患である.今回筆者らは,高血圧があるのみで,軽度の結膜炎と眼球運動障害から画像検査を行い眼窩蜂巣炎の診断に至り抗菌薬の点滴にて速やかに治癒した1例を経験した.眼窩蜂巣炎の早期診断に寄与すると考えられたので報告する.I症例患者:66歳,女性.主訴:違和感(左眼),複視.既往歴:高血圧.現病歴:2014年12月末に後頭部痛を自覚.その後,眼瞼の痛みを自覚し2015年1月5日に近医を受診.左眼の結膜炎と診断され0.5%レボフロキサシン点眼,0.1%フルメトロン点眼をするも改善されないため当科受診となる.初診時所見(2015年1月8日):矯正視力は右眼(1.2×sph+2.00D(cyl−1.00DAx80°),左眼(1.0p×sph+1.25D(cyl−1.00DAx60°).眼圧は右眼17mmHg,左眼23mmHg.前眼部所見では右眼は正常であったが,左眼は全周にわたる結膜充血と下方の結膜の浮腫を認め,一部は黄色の液体であった(図1).ただし眼瞼腫脹と眼脂を認めていない.両眼とも前房に炎症所見はなかった.眼底所見は両眼とも視神経乳頭浮腫はなかった(図2).若干の眼球運動障害があったのでHess試験を施行したところ,左眼の眼球運動障害を認めた(図3).眼窩蜂巣炎を疑いCT検査をしたところ,左眼瞼・眼球結膜は肥厚し,眼窩内に軟部影が広がっていた.涙腺の肥大,副鼻腔炎,骨破壊像は認めなかった(図4).以上の所見より眼窩蜂巣炎と診断し,近医処方の点眼薬の継続に加え,セフェピム塩酸塩1g/日の点滴をただちに開始し3日間投与した.その後はセフカペンピボキシル塩酸塩100mg3錠/日の内服を7日間投与した.II経過1月10日の再診時には自覚症状は改善し,結膜所見はやや改善していた(図5).2月26日にはHess試験の所見も改善した(図6).3月26日の視力は右眼(1.5×sph+1.75D(cyl−1.00DAx80°),左眼(1.2×sph+1.50D(cyl−1.00DAx60°).眼圧は右眼14mmHg,左眼15mmHg.結膜は正常化した.III考按眼窩蜂巣炎は眼窩内の脂肪組織の感染症で,びまん性に化膿性浸潤を生ずる急性化膿性炎症である.ときに限局性化膿巣をつくることがあるが,抵抗力が少なく,かつ静脈系の豊富なところから炎症が容易に拡大しやすく,生命に対しても視力に対しても,重大な障害を及ぼすことがある.原因として小児では副鼻腔炎の眼窩内穿破がもっとも多く,成人では糖尿病や免疫抑制状態患者に多いとされている1〜6).眼科的に救急を要する疾患の一つである.近年の抗菌薬の発達により,以前の死亡率25%前後から激減したが,なお2〜3%の死亡率がある7,8).眼窩蜂巣炎の症状は,1)眼瞼の強い腫脹,開瞼不能,2)球結膜浮腫,3)炎症性眼球突出,4)眼球運動障害,複視,5)三叉神経痛,6)視力障害,7)発熱がある1〜4).本症例は球結膜浮腫と眼球運動のみで,眼窩蜂巣炎に特徴的な眼瞼浮腫・開瞼不能,炎症性の突出を認めなかった.眼窩蜂巣炎は一般的には結膜炎から進展することはないとされているが,高橋ら9)は,ソフトコンタクトレンズ装用中に重篤な結膜炎を初発症状とした眼窩蜂巣炎の1例を報告している.本症例はコンタクトレンズ装用者ではなく,前眼部所見も比較的軽度であった.彼らの症例と同様に健常者であったので原因を究明できなかった.健常者で結膜炎様症状の時期に眼窩蜂巣炎と診断し,適切な治療をすれば有効な治療結果が得られるのではないかと考えた.木村は,眼窩蜂巣炎の一歩手前の前眼窩蜂巣炎というべき症状はまれではないと提唱している11).彼は日常の外来経験から具体例として,他院の抗菌薬の投与で反応しない症例には眼窩周囲の可能性炎症病巣を注意深く検索すべきであると報告している.本症例も近医で抗菌薬が投与されても結膜の所見が改善せず紹介された.若干の眼球運動障害があったのでCTを行ったところ眼窩蜂巣炎の診断に至ったことから,前眼窩蜂巣炎に相当すると思われる.鑑別診断は表1に提示する疾患があげられる1〜5,9).いずれの疾患もCT,MRIが鑑別診断に有用である.眼窩蜂巣炎の起因菌は黄色ブドウ球菌が多く,ついでグラム陽性球菌である肺炎球菌などが多くみられる2,10).小児の場合はHemophilusinfluenzaeが多く重篤化しやすいので注意が必要である2,10).治療法は,細菌検査の結果が待てないときは広域スペクトラムをもつ抗菌薬を投与し,起因菌が黄色ブドウ球菌や肺炎球菌であればペニシリン系,セフェム系,ニューキノロン系の抗菌薬の点滴投与を行う.メシチリン耐性ブドウ黄色ブドウ球菌であればバンコマイシンの投与を行う.その他,眼窩切開術,重篤な場合は眼球摘出術,または眼球内容除去術を行う1〜5,8).本症例は木村11)が提唱する眼窩蜂巣炎の一歩手前の前眼窩蜂巣炎であったためか,抗菌薬の点滴で速やかに治癒することができた.一般的には特徴的な眼瞼腫脹,開瞼不能,炎症性の眼球突出があれば眼窩蜂巣炎を疑うが,ごく初期もしくは前眼窩蜂巣炎であれば見逃す可能性がある.抗菌薬を投与しても改善しない結膜炎をみた場合は,結膜浮腫,眼球運動障害もチェックし,眼窩蜂巣炎が疑わしい場合は積極的にCTを施行すべきである.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)前久保知行,中馬秀樹:眼窩炎症性疾患.あたらしい眼科28:1565-1569,20012)中尾雄三:眼窩蜂巣織炎の診断と治療について教えてください.あたらしい眼科17(臨増):108-110,20003)太根節直:眼窩蜂巣炎.眼科救急ガイドブック(臼井正彦編),眼科診療プラクティス,15.p185-187,文光堂,19954)萩原正博:眼窩蜂窩織炎.眼感染症治療戦略(大橋裕一編),眼科診療プラクティス,21.p96-98,文光堂,19965)FerqusonMP,McNabAA:Currenttreatmentandoutcomeinorbitalcellulitis.AustNZJOphthalmol27:375-379,19996)MuephyC,LivingstoneI:OrbitalcellulitisinScotlandincidence,aetiology,managementandoutcomes.BrJOphthalmol98:1575-1578,20147)Duke-Elder:SystemofOphthalmology,VolXIII,PartII,p866-884,HenryKimpton,London,19748)大橋孝平:眼科臨床のために.p142-143,金原出版,19689)高橋秀徳,渋井洋文,松尾寛ほか:結膜炎症状で発症した眼窩蜂巣炎の1例.あたらしい眼科21:1245-1248,200410)木村泰朗:眼窩蜂巣炎.眼の感染・免疫疾患─正しい診断と治療の手引き─(大野重昭・大橋裕一編),p20-23,メディカルビュー社,199711)木村泰朗:前眼窩蜂巣炎症状!?眼の感染・免疫疾患─正しい診断と治療の手引き─(大野重昭,大橋裕一編),p45-46,メディカルビュー社,1997〔別刷請求先〕平木翔子:〒589-8511大阪府大阪狭山市大野東377-2近畿大学医学部眼科学教室Reprintrequests:ShokoHirakiM.D.,DepartmentofOphthalmology,KindaiUniversityFacultyofMedicine,377-2Ohnohigasi,OsakasayamaCity,Osaka589-8511,JAPAN図1結膜所見左眼で著明な結膜充血と下方に限局した黄色調滲出液を伴う結膜浮腫を認めた.図2初診時眼底所見両眼ともに特記すべき所見を認めなかった.図3初診時Hessチャート左眼の全方向性の眼球運動障害を認めた.図4初診時頭部CT眼瞼,眼球結膜は肥厚し,眼窩内に軟部影(→)が広がっていた.外眼筋,涙腺の肥大,副鼻腔炎,骨破壊像は認めなかった.図52015年1月10日自覚症状は改善し,結膜所見はやや改善を認めた.図62015年2月26日Hessチャート所見は改善している.表1鑑別診断痛み画像備考眼窩炎性偽腫瘍(−)眼瞼,涙腺,外眼筋の腫大悪性リンパ腫(−)生検し病理診断涙腺炎(+)涙腺部涙腺腫大後部強膜炎(+++)強膜の肥厚頸動脈海綿静脈洞瘻(−)上眼動脈の拡大結膜血管拡張海綿静脈洞症候群(−)海綿静脈洞内の血栓,腫瘍IgG4関連疾患(−)眼瞼,涙腺,外眼筋の腫大生検し病理診断,血清IgG4測定甲状腺眼症(−)外眼筋のコカコーラボトル様肥大0910-1810/16/¥100/頁/JCOPY(95)719720あたらしい眼科Vol.33,No.5,2016(96)(97)あたらしい眼科Vol.33,No.5,2016721722あたらしい眼科Vol.33,No.5,2016(98)(99)あたらしい眼科Vol.33,No.5,2016723