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副鼻腔手術後の眼窩コレステリン肉芽腫に対して経眼窩アプローチにて摘出可能であった1例

2018年6月30日 土曜日

《原著》あたらしい眼科35(6):832.835,2018c副鼻腔手術後の眼窩コレステリン肉芽腫に対して経眼窩アプローチにて摘出可能であった1例秋野邦彦*1高橋綾*1太田優*1出田真二*1亀山香織*2國弘幸伸*3野田実香*1坪田一男*1*1慶應義塾大学医学部眼科学教室*2慶應義塾大学医学部病理診断科*3慶應義塾大学医学部耳鼻咽喉科学教室CaseReport:ResectionofCholesterolGranulomaoftheOrbitviaOrbitalApproach,afterSinusSurgeryKunihikoAkino1),AyaTakahashi1),YuOhta1),ShinjiIdeta1),KaoriKameyama2),YukinobuKunihiro3),MikaNoda1)CandKazuoTsubota1)1)DepartmentofOphthalmology,KeioUniversitySchoolofMedicine,2)DepartmentofPathologicalDiagnosis,KeioUniversitySchoolofMedicine,3)DepartmentofOtorhinolaryngology,KeioUniversitySchoolofMedicine副鼻腔手術後に生じた頭蓋底と交通する眼窩コレステリン肉芽腫に対し,経眼窩アプローチにより可及的全摘可能であったC1例を報告する.症例はC55歳,男性.2000年に他院で前頭洞.胞に対し経鼻的に開放術を施行された.翌年より右眼球偏位と眼球突出を生じ,頭部CMRIで右眼窩上外側に.胞性腫瘤病変を認めた.2013年C6月に経皮的に.胞の開放および副鼻腔への開放術を行うも症状の改善は得られず,2015年C6月に当科で経皮的生検を行い,コレステリン肉芽腫の診断に至った.画像所見上,頭蓋底の骨欠損を認め,経頭蓋底アプローチによる腫瘤摘出術を検討した.術後瘢痕について患者の同意が得られず,2016年C10月経眼窩アプローチで腫瘤摘出術を行った.術後眼球突出と眼球偏位の改善を認め,術後C2年を経過し,腫瘤の再発は認めていない.CTheCpatient,CaC55-year-oldCmale,ChadCundergoneCtransnasalCopenCsurgeryCofCaCfrontalCsinusCcystCinC2000CatCanotherhospital.Thefollowingyear,hecomplainedofrightoculardisplacementandexophthalmos.MRIrevealedacysticCtumorCinCtheCupperCsideCofCtheCrightCorbit.CInCJuneC2013CheCunderwentCpercutaneousCopenCsurgeryCofCtheCtumorandparanasalsinus,buthissymptomsdidnotimprove,sowebiopsiedthetumorpercutaneouslyanddiag-noseditascholesterolgranuloma.Therewasalossofskullbase,soweplannedtotalresectionviacoronarydissec-tion.Butthepatientdidnotagreewithourplanbecauseofpostoperativescarringofhishead,sowedidresectionviaorbitalapproach.Hisrightoculardisplacementandexophthalmoswentbetter,andMRIshowednorecurrenceat2yearsaftertheoperation.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)35(6):832.835,C2018〕Keywords:コレステリン肉芽腫,眼窩,経眼窩アプローチ.cholesterolgranuloma,orbit,orbitalapproach.Cはじめにコレステリン肉芽種は出血などの後に析出するコレステリン結晶に対する異物反応として生じる.発生部位は頭蓋骨が多く,とくに側頭骨(鼓室内,乳突洞,乳突蜂巣,錐体尖部)に多い.その他に腹膜,肺,リンパ節,精巣,耳など全身に発生しうる.今回,副鼻腔手術後に発生し,頭蓋底と交通していた眼窩コレステリン肉芽腫に対して,経眼窩アプローチにて可及的全摘可能であったC1例を報告する.CI症例患者:55歳,男性.主訴:右眼球突出と眼球偏位.現病歴:2000年に他院耳鼻科で右前頭洞.胞開放術を施行した.翌年右眼球突出と眼球偏位が出現するも,病院を受〔別刷請求先〕秋野邦彦:〒160-8582東京都新宿区信濃町C35慶應義塾大学医学部眼科学教室Reprintrequests:KunihikoAkino,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KeioUniversitySchoolofMedicine,35Shinanomachi,Shinjuku-ku,Tokyo160-8582,JAPAN832(124)図1受診時前眼部写真右眼球突出と下方偏位を認める.ab図3単純および造影MRI(冠状断)a:単純CMRI(T2強調冠状断).眼窩上外側に.胞性腫瘤病変を認め,内部は高信号,周囲が低信号である.Cb:造影CMRI(T1強調冠状断).一部造影効果のある.胞性腫瘤病変を右眼窩上外側に認める.C診しなかった.症状の増悪を認めたため,2013年慶應義塾大学医学部附属病院(以下,当院)耳鼻科と眼科を受診した.頭部CMRIで右眼窩上外側に境界明瞭な.胞性腫瘤病変を認め,同年当院耳鼻科で経皮的経鼻的.胞切開および副鼻腔ドレナージ術を施行した.ドレナージの内容物は液体であり,眼窩内に.胞壁を残した状態で手術は終了した..胞内から副鼻腔にドレーンを留置したが術後早期に脱落し,症状改善が不十分であり,眼球突出と下方偏位の改善目的に追加治療を希望された.既往歴:副鼻腔炎.家族歴:なし.検査所見:右眼球突出および下方偏位を認めた(図1).視力眼圧正常,前眼部・中間透光体・眼底に特記すべき異常所見なし.右眼上転障害,上方視時の複視を認めた.CT所見:右眼窩上方に腫瘤性病変を認めた.眼窩上壁の骨欠損を認めた(図2).MRI所見:右眼窩上外側に一部造影効果のある腫瘤性病変を認めた(図3).手術所見:2015年C6月,腫瘤の減量と生検を目的に手術を施行した.眉毛下外側で皮膚切開をし,腫瘤にアプローチし,内容物を部分的に除去した.腫瘤の表面は平滑,黄色,弾性であり,内容物は鱗状の線維組織で満たされており,液体成分は認めなかった.被膜を切開し,腫瘤を一部摘出し,図2頭部単純CT(矢状断)右眼窩上方に腫瘤性病変を認める.また,骨の欠損を認め,頭蓋底と眼窩が交通している.図4生検病理写真コレステリン結晶の沈着と周囲の線維化,異物型巨細胞を含む炎症細胞浸潤を認める.残りはそのまま温存し閉創した.摘出した検体は病理組織学的に検査した.コレステリン結晶の沈着と周囲の線維化,異物型巨細胞を含む炎症細胞浸潤を認め,コレステリン肉芽腫の診断となった(図4).ただしヘモジデリンの沈着は認められなかった.腫瘤は頭蓋底と交通しており,冠状切開による経頭蓋底アプローチをまず検討したが,本症例の患者はスキンヘッドの舞台俳優であり,術後の整容的問題から冠状切開を拒否された.硬膜損傷の可能性について,十分なインフォームド・コンセントを得たうえで,2015年C10月,脳神経外科医,形成外科医協力のもとで経眼窩アプローチにて腫瘤の摘出術を行った.眉毛下で皮膚切開をし,眼窩上縁から腫瘤へアプローチした.骨に沿って腫瘤の.離を進めた.硬膜が露出している部位は慎重に硬膜と腫瘤を.離し,piecemealに切除し,可及的全摘を行った.骨の欠損部位に関しては,欠損の大きさから骨の補.は行わずに軟部組織の復位のみとした.腫瘤の内容物は結晶状粒子を含んだものであり,肉眼的所見からコレステリン肉芽腫に矛盾しなかった(図5a).また,病理組織学的所見上も前回手術と同様の所見でヘモジ図5全摘検体と病理写真a:全摘出検体写真.腫瘍は一部液状の内容物を認め,結晶状粒子を含むものであった.Cb:全摘検体病理写真.コレステリンの針状結晶と,それを取り囲む異物巨細胞,および泡沫細胞の集簇が認められる.C図6全摘後8カ月の単純MRI(T1強調冠状断)右眼窩上部は眼窩組織で満たされ,腫瘤の再発は認めない.ab図7全摘前後の前眼部の比較a:生検前の前眼部写真.右眼球突出と下方偏位を認める.Cb:全摘後C8カ月の前眼部写真.右眼球突出と下方偏位は若干の残存があるが,改善を認める.Cデリンの沈着を認めないコレステリン肉芽腫だった(図5b).腫瘍断端は陽性であった.II考按術後は特記すべき合併症なく経過良好で,術後C3日目に退眼窩コレステリン肉芽種の発生頻度はまれであり,好発年院となった.齢や性差は中年男性に多く,発生部位は眼窩上外側に多いと術後C8カ月の時点で,単純CMRI(図6)では右眼窩上外側報告されている1.4).複視,眼球突出,眼球偏位,視力障害に腫瘤の再発は認めない.また,眼球突出および下方偏位はなどさまざまな症状を呈し,臨床症状やCCT所見からは表皮若干の残存があるが改善を認め,術後C2年で再発の徴候なく様.腫や類皮.腫などとの鑑別が困難であり,MRIが診断現在経過観察中である(図7).Cの一助となる.成因については解明されていないが,含気腔に関しては閉鎖腔となり長期に陰圧化すること,あるいは出血が要因であるとの説がある3,5).Parkeらは自験例および過去の文献から,眼窩コレステリン肉芽腫は外傷が誘因とは考えにくく,板間層内の解剖学的な異常により出血をきたしやすく,同部位が眼窩のコレステリン肉芽腫に罹患しやすくなるという仮説を立てている3,6).またCHillらは眼窩前頭部のコレステリン肉芽腫が眼窩上外側の前頭骨の板間層のスペースに発生するものと報告しており3,7),含気腔に発生するコレステリン肉芽腫とはその成因を異にするものと考えられている.治療は完全切除が望ましいが,眼窩コレステリン肉芽種は発生部位によっては骨破壊や骨偏位を伴っていることもあるため,完全切除が困難であることもまれではない8).本症例は,副鼻腔手術後に生じた眼窩コレステリン肉芽種であった.生検時および肉眼的全摘時の病理組織学的検査ではコレステリン結晶やその周囲に異物巨細胞の集簇が認められるものの,ヘモジテリン沈着は認められなかったため,手術後の出血を契機に発生したものではなく,前頭骨の板間層内のスペースに特発性に発生したものと考えられた.腫瘤は骨破壊を伴い,頭蓋底と交通していたため,冠状切開による経頭蓋底アプローチが適切と考えられた.しかし,本症例は,手術瘢痕による整容的問題から冠状切開を拒否され,経眼窩アプローチを希望した.術中の安全性が確保されない場合および硬膜損傷などの合併症が生じた場合には冠状切開に変更する点,および脳神経外科,形成外科の協力の上で経眼窩アプローチによる手術を行う点について十分にインフォームド・コンセントを得たうえで,手術を施行した.眼窩コレステリン肉芽種の発生頻度はまれではあるものの,眼窩に発生する腫瘤性病変の鑑別として常に念頭に置かなければならない.骨破壊や骨偏位によるさまざまな症状を呈し,完全切除には経頭蓋底アプローチによる侵襲的な手術が必要となることもまれではない.筆者らが渉猟した限りでは経眼窩アプローチによる眼窩コレステリン肉芽種の摘出を行った報告は少ない2).骨破壊,骨偏位,腫瘤の進展の程度,腫瘤の発生部位などを十分に考慮したうえで,症例は限られるものの,経眼窩アプローチによる腫瘤摘出は低侵襲的でかつ術後の整容面の問題からも患者の満足度も高く,考慮されるべき有効な治療法と考えられる2).CIIIまとめ本症例は,副鼻腔手術の既往のある右眼窩上外側に発生し,頭蓋底と交通するコレステリン肉芽腫であったが,経眼窩アプローチにより可及的全摘可能であった.頭蓋底と交通がある眼窩病変は,その程度にもよるが,患者の十分な理解と脳神経外科や形成外科の協力下にて経眼窩アプローチで低侵襲的に摘出できる場合もある.文献1)YanCJ,CCaiCY,CLiuCRCetCal:CholesterolCgranulomaCofCtheCorbit.CraniofacSurgC26:124-126,C20152)ShriraoCN,CMukherjeeCB,CKrishnakumarCSCetCal:Choles-terolCgranuloma:aCcaseCseriesC&CreviewCofCliterature.CGraefesArchClinExpOphthalmolC254:185-188,C20163)金城東和,田中博紀,石田春彦:眼窩前頭部コレステリン肉芽種の一例.日鼻誌44:136-140,C20054)山本直人,中井啓裕,佐藤裕子:眼窩コレステリン肉芽腫のC1例.形成外科41:961-965,C19985)矢沢代四郎:コレステリン肉芽腫.外耳・中耳(野村恭也,中野雄一,小松崎篤ほか編),CLIENT21,p219-227,中山書店,20006)ParkeDW2nd,FrontRL,BoniukMetal:Cholesteatomaoftheorbit.ArchOphthalmolC100:612-616,C19827)HillCCA,CMoseleyCIF:ImagingCofCorbitofrontalCcholesterolCgranuloma.ClinRadiolC46:237-242,C19928)高木明:頭蓋内進展した巨大側頭骨コレステリン肉芽腫の手術.OtolJpn17:353,C2007***

ステロイドの局所投与が有効であった眼窩乳児毛細血管腫の1例

2012年5月31日 木曜日

《原著》あたらしい眼科29(5):705.710,2012cステロイドの局所投与が有効であった眼窩乳児毛細血管腫の1例木下哲志*1鈴木康夫*2横井匡彦*1加瀬学*1*1手稲渓仁会病院眼科*2手稲渓仁会病院眼窩・神経眼科センターACaseofOrbitalInfantileCapillaryHemangiomaSuccessfullyTreatedwithIntralesionalSteroidInjectionSatoshiKinoshita1),YasuoSuzuki2),MasahikoYokoi1)andManabuKase1)1)DepartmentofOphthalmology,TeineKeijinkaiHospital,2)OrbitalDisease&Neuro-OphthalmologyCenter,TeineKeijinkaiHospital乳児毛細血管腫は5歳頃までに自然退縮する良性腫瘍だが,視力や眼球運動などに影響を及ぼす可能性がある場合は積極的な治療介入が必要とされている.ステロイドの局所投与はその主要な治療法の一つであるが,標準的な治療法は確立されてはいない.今回筆者らは,乳児毛細血管腫が下眼瞼から眼窩の筋円錐内に伸展し,著明な眼窩の変形も伴っていた症例に少量ステロイドの局所投与を行った.症例は右眼瞼腫瘍の急激な増大と眼窩内浸潤を主訴に近医眼科から当科(手稲渓仁会病院眼科)へ紹介された3カ月の男児である.乳児毛細血管腫を疑ったが,腫瘍の部位と経過,眼窩の変形から,視機能障害が危惧されたため,早期の診断,治療に踏み切った.腫瘍の部分切除を施行し,乳児毛細血管腫の病理学的診断を得たうえで,メチルプレドニゾロン20mgを腫瘍内へ投与した.投与3週後までには腫瘍に消退傾向が生じ,投与12カ月後にはほぼ消失し,視機能,美容的にも良好な結果が得られた.Infantilecapillaryhemangiomaisabenigntumorthatdevelopsrapidgrowthorregression.Ifaperiorbitaltumorissuspectedofimpairingvision,aggressivetreatmentisrequired.Althoughintralesionalcorticosteroidinjectionhasbeenreportedaseffective,thetreatmenthasnotyetbeenstandardized.Inthepresentcase,a3-montholdmalewasreferredtousbecauseofrapidgrowthofatumorinhisrightorbit,withsevereeyelidswelling.CT(computedtomography)-scanshowedthetumoroccupyingtheinferotemporalspaceoftherightorbit,withconsequentprotrusionoftheorbitalwall,extendingtotheintramuscularcone.Asthistumorwasthoughttoposeriskofvisualimpairment,4weekslaterweperformedintralesionalinjectionof20mgmethylprednisolone,basedonthepathologicaldiagnosisofcapillaryhemangioma.Thetumorbegantoregresswithin3weeksafterinjection.Thetumorandorbitalasymmetryhaddisappearedby21months,withnoopticnerveimpairment.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)29(5):705.710,2012〕Keywords:毛細血管腫,眼窩,乳児,ステロイド局所投与.capillaryhemangioma,orbit,infant,intralesionalsteroidinjection.はじめに乳児毛細血管腫は生後間もない時期に出現し,急速に増大する腫瘍である.大部分は5歳頃までに自然退縮する1)が,視機能などに影響を及ぼす可能性がある場合は積極的な治療介入が必要とされる.これまで試みられてきている治療法としてはステロイドの全身投与,あるいは局所投与,さらには外科的切除,レーザー治療,インターフェロン投与などがあり1),特に眼周囲領域の乳児毛細血管腫に対してステロイド局所治療が奏効した症例は,わが国でも報告されている2.5).しかしながら,局所投与に用いるステロイドの種類や投与量の標準化はいまだなされていない.今回筆者らは,眼窩の筋円錐内にまで及ぶ乳児毛細血管腫に対して比較的少量のステロイドの局所投与を行い良好な結果を得ることができた.その治療経過を若干の考察を含めて〔別刷請求先〕鈴木康夫:〒006-8555札幌市手稲区前田1条12丁目1-40手稲渓仁会病院眼窩・神経眼科センターReprintrequests:YasuoSuzuki,M.D.,OrbitalDisease&Neuro-OphthalmologyCenter,TeineKeijinkaiHospital,1-40Maeda1Jou,Teine-ku,Sapporo006-8555,JAPAN0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(125)705 AB図1ステロイド治療前および治療後の容貌A:治療前.右上眼瞼と右下眼瞼の腫脹,眼窩の左右非対称がみられる.B:治療2年2カ月後.眼瞼の腫脹は改善し,右頬部にわずかな発赤を残すのみとなっている.眼窩の変形も改善している.報告する.I症例患者:生後3カ月,男児.主訴:右眼瞼腫脹.既往歴・家族歴:特記すべきことなし.現病歴:平成19年7月出生.経腟正常分娩であり出生直後は特に症状はなかったが,平成19年9月に右眼瞼腫脹を主訴に近医眼科を受診した.血管腫疑いで経過観察されていたが,MRI(magneticresonanceimaging)で腫瘍の増大と眼窩内への伸展が認められ,精査加療目的で当科(手稲渓仁会病院眼科)を紹介され,平成19年11月19日に初診した.初診時所見:対光反応は両眼とも迅速でRAPD(relativeafferentpupillarydefect)は陰性であった.眼球に特記すべき所見はなかったが,右上眼瞼と右下眼瞼にやや青みを呈した腫脹があり,右頬部皮膚にも同様の色調の小さな病変を認めた(図1A).CT(computedtomography)では右側の頬部から下眼瞼,また眼窩深部の筋円錐内へ伸展する均一なCT値をもつ占拠性病変を認めた(図2).右眼窩の外壁と下壁はこの病変に圧排され,右眼窩は著明に拡大していた.占拠性病変は,MRIのT1強調像で均一な等信号,T2強調像でも均一な高信号を呈しており(図3),脂肪抑制T1強調造影でも占拠性病変全体に均一な造影効果が認められた.以上の画像所見から占拠性病変は充実性の腫瘍と診断した.経過:平成19年12月6日に右下眼瞼縁アプローチで腫瘍の部分切除を施行した.病理診断は,内皮細胞に裏打ちされた毛細血管の密な増生が認められる「乳児毛細血管腫」であった(図4).平成19年12月13日にメチルプレドニゾロン(デポメドロールR)20mg/1mlを26ゲージ針を用いて経右下眼瞼で腫瘍内に局所注入した.CT画像を参考に,下眼瞼中央部やや耳側で皮膚上から触知した眼窩下縁から7mm上方を刺入部位とした.投与3週後のCTでは,投与前と比べ腫瘍の増大は認めず,逆に部分的ではあるが縮小が認められた.視診における右上下眼瞼の腫脹と眼窩の左右非対称は,投与2カ月後では残存していたが徐々に改善し,上眼瞼の腫脹は投与1年後に,下眼瞼の腫脹は投与1年9カ月後に図2初診時の眼窩CT(Bar=1cm)眼窩深部の筋円錐内へ及ぶ占拠性病変がみられ,右眼窩の外壁と下壁の変形を認める.706あたらしい眼科Vol.29,No.5,2012(126) 図3治療前の眼窩MRI上段:T1強調画像,下段:T2強調画像,Bar=1cm.占拠性病変はT1強調像で均一な等信号,T2強調像で均一な高信号を示していた.図4病理組織所見(HE染色,×200)内皮細胞に覆われる毛細血管が密に増生している.は消失し,眼窩の左右非対称は認めなくなった.CTにおいても,腫瘍陰影は徐々に消退し,投与12カ月後には眼瞼周囲から眼窩下方の腫瘍陰影の大部分が消失していた.この腫瘍の縮小と眼窩の発育に伴う右眼窩の変形・拡大の軽減も認められた(図5).経過中,対光反応は左右差なく,前眼部・中間透光体・眼底にわたって特記すべき所見は認めなかった.視力測定と屈折検査は患児の協力が得られず苦慮したが,生後3歳7カ月時点で右眼視力(0.5×cyl(.2.5DAx150°),左眼視力(0.7×cyl(.1.0DAx40°),シクロペントラート点眼による毛様体弛緩後の屈折度数は,右眼がsph.1.5D(cyl.2.75DAx150°,左眼がsph.0.5D(cyl.1.5DAx35°であった.乱視度数と視力の左右差を軽度認めたため,眼鏡処方をして経過観察中である.II考按乳児毛細血管腫はほとんどの症例において5歳までに自然退縮するとされている1)が,症例によってさまざまである.皮下から眼窩内までに及ぶ毛細血管腫7症例の経過観察を行った報告では,4.5歳の時点までに十分な退縮が得られずに全例で手術が必要となったと述べられており6),眼窩領域の血管腫が深部に及ぶものは,表層近くに限局する場合と比較し,退縮に要する期間がより長い傾向にあるとされている7).さらに眼窩に及ぶ巨大な乳児毛細血管腫において視神経の圧迫による視力低下が生じたとの報告もある8).本症例は生後間もない発症であること,またその後当科を初診するまでの約2カ月間で持続的かつ急速な腫瘍の増大を認めたことから,自然退縮の性質をもつ乳児毛細血管腫を念頭にこれらの報告を踏まえて治療方針を検討した.当科初診時すでに腫瘍は眼窩深部の筋円錐内にまで及んでおり,乳児毛細血管腫であったとしても自然経過で腫瘍が退縮し始める見込みは少なく,経過観察を選択した場合は筋円錐内の腫瘍増大による視神経障害が生じる可能性があると考え,病理学的に診断を確定させたうえで積極的治療に踏み切ることとした.乳児毛細血管腫に対する治療法としては今回選択したステロイド投与の他に,外科的切除,レーザー照射,インター(127)あたらしい眼科Vol.29,No.5,2012707 ACBDACBD図5ステロイド投与後の眼窩CT(Bar=1cm)A:投与3週後.眼窩下方に伸展する充実性の眼窩腫瘍を認める.B:投与6カ月後.腫瘍陰影の濃度が低下している.C:投与1年後.眼窩下方の腫瘍陰影の濃度はさらに低下している.D:投与1年7カ月後.腫瘍はほぼ消失し,眼窩の左右非対称は目立たなくなった.フェロン全身投与などがあり,さらに最近ではプロプラノロール全身投与が注目を浴びている.外科的切除は確実に腫瘍を小さくすることができるが,術後瘢痕や出血,眼球運動障害などを含む視機能障害の合併症のリスク1)を考慮すると,本症例のように眼窩深部の筋円錐内にまで伸展している症例で腫瘍を全摘出することは困難である.本症例で行った腫瘍切除も当初から全摘出を目標とはしておらず,先述した合併症を生じさせないことを最優先にした部分切除に留めた.つぎにレーザー治療であるが,この治療は皮膚表面の乳児毛細血管腫には効果的である一方で深部の腫瘍には効果が得られにくく9),本症例の場合は十分な治療効果は見込めないと考えられた.さらに,インターフェロン投与療法は体表面積当たり100万.300万単位の皮下注射が提唱されているが,全身的副作用として倦怠感・嘔気・白血球減少症などがあり10),本症例のような新生児期の初期治療としては選択しづらい.実際にはステロイド投与に反応しない場合に用いられることが多いようである10).プロプラノロール全身投与療法は2008年にClemensら11)が乳児の毛細血管腫に対して有効であると報告して以降,近年注目される治療法であり,Hogelingら12)は経過観察と比較した無作為割り付け試験で有意に腫瘍を縮小させたと述べている.しかし,本症例においては当時十分なデータがなかったために選択しなかった.一方,ステロイド治療は血管収縮因子の感受性増強や血管新生の阻害などの作用機序は依然推察の域を出ないものの,708あたらしい眼科Vol.29,No.5,2012その有用性は広く支持されてきている13).全身投与による治療に関しては,1967年にZaremら14)が病理学的に同定された毛細血管腫を含む生後3カ月から21カ月の血管腫7症例に対し,同治療法が有効であったことを報告し,現在でも治療法の一つとして広く用いられている.投与法はプレドニゾロンを1.2mg/kg/日を毎日,あるいは2.4mg/kg/日の隔日投与から開始し,数カ月をかけて漸減することが提唱されているが,長期間の投与になるために副作用として発育遅延やCushing徴候,また易感染性のリスクを伴うことが指摘されている1).一方で,筆者らが選択したステロイド局所投与は,1979年にKushnerら15)が報告して以来広く用いられており,わが国でも報告されている2.5).治療にはおもにトリアムシノロンなどの長期間作用型のステロイドとベタメタゾンなどの短期間作用型のステロイドが使われ,投与法も単剤あるいは複数の薬剤を併用する場合が報告されている.わが国における報告でも,トリアムシノロン20.24mgの複数回投与3),メチルプレドニゾロン25mgとトリアムシノロン25mgの併用2),トリアムシノロン40.50mgとベタメタゾン6mgの併用5),トリアムシノロン45.50mgとベタメタゾン9.10mgの併用4)など,多彩な投与法が用いられており,やはり標準的な投与法は確立されていない.また,ステロイド局所投与の副作用は全身投与に比べて少ないものの,眼瞼壊死,眼窩脂肪萎縮や網膜動脈閉塞などが報告されている16).合併症としての報告は少ないが,血管組織豊富な(128) 腫瘍であることから,注射針の穿刺による出血のリスクも考えられる.Wassermanら17)はこの手技によって局所の出血や血腫を生じる頻度は3.85%と報告している.毛細血管腫は血管組織は豊富であるものの血流の多い腫瘍ではないために,重篤な出血に至ることは少ないとされる18)が,青紫色の色調変化や腫脹などの出血を示す徴候があった場合は,圧迫止血を行った後に画像診断で血腫の有無や範囲を確認する必要があると思われる.本症例では投与時期が生後5カ月と比較的早期であったことから,副作用を考慮して他の報告に比べるとやや少量であるメチルプレドニゾロン20mg(2.5mg/kg)の局所投与を選択した.初回投与後も腫瘍の増大傾向が続くようであれば追加の局所投与を行い,それでもなお効果が得られない場合は全身投与の施行を検討していたが,幸い初回の局所投与3週後には腫瘍の退縮傾向が確認されたために追加の局所投与は行わず,最終的に重篤な副作用もなく視神経障害を回避することができた.このことは,今後の同様な症例に対するステロイド治療の選択肢を広げるものと考える.視神経障害以外の眼窩部乳児毛細血管腫の合併症として,弱視と眼窩の変形に起因した容貌の変化がある.弱視は眼周囲の毛細血管腫をもつ患者の44.63%に生じると報告されており19.21),弱視となる可能性を認める場合は,積極的な治療介入の適応があるとされている19).Robbら21)は腫瘍が角膜を圧迫して乱視をもたらすことで不同視弱視になる可能性があり,さらに腫瘍の消退後も乱視は残存する傾向があると報告しているが,一方でステロイド局所注入治療によって得られた腫瘍縮小に伴い乱視率が63%軽減したとの報告22)もあり,弱視が確認されなくても疑われる症例に対して早期から積極的な治療を行うことの有効性が示唆される.本症例は不同視性弱視の発症を疑わせるような著しい屈折異常はなく,視軸遮断もなく経過した.3歳7カ月の時点で可能となった視力検査で,患側眼の矯正視力が(0.5)と健側眼の矯正視力(0.7)よりも不良であり,健側眼より強い乱視を認めたため,眼鏡を装用させて経過をみている.眼窩は,生後3歳まで急速に発育し,5歳までに成人の約90%の大きさに達するといわれている23)ことから,出生直後の眼窩内病変は眼窩の発育異常をきたしやすいと考えられる.今回の症例では腫瘍が片側眼窩内に広く伸展していたために,初診時すでに腫瘍の圧排による眼窩の非対称が顕著であった.しかしその後,眼窩が発育する期間内に腫瘍の増大が止まり,徐々に消退していった.CT(図5)で眼窩の形状を経時的に比較すると,右眼窩において腫瘍に圧排されていた部位は腫瘍が消退した後は拡大せず,右眼窩のその他の部位と左眼窩は徐々に発育拡大し,生後2歳の時点で眼窩の左右非対称はほぼ消失した.本症例は眼窩深部に至る血管腫であり,これまでの報告6)にあるように,腫瘍の自然退縮が4(129).5歳以降となり眼窩が急激に発育する期間内23)に生じなかった場合,あるいは腫瘍による眼窩の変形と拡大が成熟した眼窩の大きさを上回った場合は,腫瘍の自然退縮後にも眼窩の左右非対称が大きく残存した可能性がある.本症例のような眼窩深部に至る乳児毛細血管腫では,眼窩の変形に起因する容貌上の問題を防ぐためにも早期治療が有効であることが示唆された.文献1)HaikBG,KarciogluZA,GordonRAetal:Capillaryhemangioma(infantileperiocularhemangioma).SurvOphthalmol38:399-426,19942)大黒浩,関根伸子,小柳秀彦ほか:ステロイド局所注射で退縮をみた眼窩頭蓋内血管腫瘍の1例.臨眼50:10151017,19963)三河貴子,片山智子,田内芳仁ほか:眼瞼と眼窩に認められた苺状血管腫の1例.あたらしい眼科14:155-158,19974)玉井求宜,宗内巌,木暮鉄邦ほか:ステロイドの局所注射が著効した顔面苺状血管腫の1例.日形会誌25:30-33,20055)松本由美子,宮本義洋,宮本博子ほか:頭頸部の巨大苺状血管腫4例の報告重大な合併症を回避するために速効性のある治療を行った4例の経過.日形会誌27:809-815,20076)RootmanJ:Vascularlesions.DiseasesoftheOrbit,p525532,LippincottWilliams&Wilkins,Philadelphia,19887)TambeK,MunshiV,DewsberyCetal:Relationshipofinfantileperiocularhemangiomadepthtogrowthandregressionpattern.JAAPOS13:567-570,20098)SchwartzSR,BleiF,CeislerEetal:Riskfactorsforamblyopiainchildrenwithcapillaryhemangiomasoftheeyelidsandorbit.JAAPOS10:262-268,20069)AlBuainianH,VerhaegheE,DierckxsensLetal:Earlytreatmentofhemangiomaswithlasers.Areview.Dermatology206:370-373,200310)EzekowitzRA,MullikenJB,FolkmanJ:Interferonalfa2atherapyforlife-threateninghemangiomasofinfancy.NEnglJMed326:1456-1463,199211)SchiestlC,NeuhausK,ZollerSetal:Efficacyandsafetyofpropranololasfirst-linetreatmentforinfantilehemangiomas.EurJPediatr170:493-501,201112)HogelingM,AdamsS,WargonO:Arandomizedcontrolledtrialofpropranololforinfantilehemangiomas.Pediatrics128:e259-266,201113)BrucknerAL,FriedenIJ:Hemangiomasofinfancy.JAmAcadDermatol48:477-493,200314)ZaremHA,EdgertonMT:Inducedresolutionofcavernoushemangiomasfollowingprednisolonetherapy.PlastReconstrSurg39:76-83,196715)KushnerBJ:Localsteroidtherapyinadnexalhemangioma.AnnOphthalmol11:1005-1009,197916)DroletBA,EsterlyNB,FriedenIJ:Hemangiomasinchildren.NEnglJMed341:173-181,1999あたらしい眼科Vol.29,No.5,2012709 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