‘睫毛’ タグのついている投稿

睫毛の迷入を伴った涙腺炎の2症例

2018年8月31日 金曜日

《原著》あたらしい眼科35(8):1144.1147,2018c睫毛の迷入を伴った涙腺炎の2症例藤井揚子*1高比良雅之*2山田芳博*1斎藤勝彦*3佐々木允*2杉山和久*2*1富山市民病院眼科*2金沢大学附属病院眼科*3富山市民病院病理診断科CTwoCasesofDacryoadenitisAccompaniedbyEntrappedCiliaYokoFujii1),MasayukiTakahira2),YoshihiroYamada1),KatsuhikoSaito3),MakotoSasaki2)CKazuhisaSugiyama2)and1)DepartmentofOphthalmology,ToyamaCityHospital,2)DepartmentofOphthalmology,KanazawaUniversity,3)DepartmentofPathology,ToyamaCityHospital目的:睫毛の迷入が原因と考えられた亜急性の涙腺炎に対して手術を行ったC2症例を報告する.症例:症例C1は42歳,男性.左眼耳側結膜円蓋部に腫瘤がみられ,充血,眼脂,疼痛を伴っていた.当初は抗菌薬の点眼,内服や穿刺排膿で経過をみたが,症状が増悪したため,初診よりC2カ月後に腫瘤の摘出術を施行した.病理では.胞構造がみられ,その内容として複数の毛がみられた.症例C2はC37歳,女性.左外眼角の結膜下に睫毛を含む隆起と付近の結膜充血がみられた.まずは局所の点眼にて保存的に経過をみたが,症状が増悪したため,初診よりC3カ月後に腫瘤の摘出手術を行った.病理では,重層扁平上皮で裏打ちされた拡張した導管内に毛がみられた.結論:睫毛の迷入を伴う涙腺.腫あるいは涙腺炎の症例においては,手術を積極的に計画するべきであると考えられた.CPurpose:WeCreportCtwoCcasesCofCdacryoadenitisCaccompaniedCbyCentrappedCciliaCthatCunderwentCsurgeries.CCases:TheC.rstCcase,CaC42-year-oldCmaleCwhoCpresentedCaCmassClesionCinCtheCleftCtemporalCconjunctivalCfornix,Ccomplainedofconjunctivalinjection,dischargeandpain.Themasswasextractedtwomonthsaftertheinitialvis-it;itsCpathologyCshowedCdacryoadenitisCaccompaniedCbyCmultipleChairsCinCcysticCstructures.CTheCsecondCcase,CaC37-year-oldCfemale,CpresentedCaCswollenCconjunctivalClesionCinCtheCleftCtemporalCfornixCaccompaniedCbyCanentrappedCcilium.CTheCmassCwasCextractedCthreeCmonthsCafterCinitialCvisit;theCpathologyCshowedCaChairCinCanCexpandedlacrimalduct.Conclusion:Surgicalmanagementshouldbeplannedincasesofdacryoadenitisaccompa-niedbyentrappedcilia.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)35(8):1144.1147,C2018〕Keywords:睫毛,涙腺炎,涙腺.腫,cilia,dacryoadenitis,dacryops.はじめに眼瞼の耳側,涙腺部が腫脹する病態の鑑別疾患には,腺様.胞癌,腺癌,リンパ腫などの悪性腫瘍,血管腫や多形腺腫などの良性腫瘍,皮様.腫や涙腺.腫(dacryops)などの.胞性疾患,IgG4関連疾患などの慢性涙腺炎,感染性の急性涙腺炎などがあげられる1,2).これらのうち腫瘍性疾患を疑う病態では,MRIやCCTなどの画像検査を経て生検あるいは腫瘍切除により病理診断を確定する治療方針が原則である.一方で,腫瘍ではない炎症性疾患を強く疑う際には,抗菌薬やステロイドなどの薬物治療を先行させることも多い.涙腺の.胞性疾患において,とくに涙腺開口部の結膜下に.胞が観察できるような病態は涙腺.腫と称される.その典型例では.胞内に涙液を貯留し,充血や発赤などの炎症所見に乏しく,緩徐な.胞の消長を繰り返すような慢性の経過をとる.一方で,眼瞼の発赤・腫脹,結膜充血を伴うような細菌感染による急性・亜急性涙腺炎では,涙腺開口部付近に膿を貯留するような.胞が生じて,持続的に排膿するような病態がみられる.いずれの病態においても薬物投与や穿刺排液(排膿)では完治しないことがしばしば経験され,その際には手術による病変部切除の適応となる.このたび筆者らは,手術を行った亜急性の涙腺炎の症例において,睫毛の迷入が原因と考えられたC2症例を経験したの〔別刷請求先〕藤井揚子:〒920-8641石川県金沢市宝町C13-1金沢大学医薬保健学域医学類視覚科学(眼科学)Reprintrequests:YokoFujii,DepartmentofOphthalmologyandVisualScience,KanazawaUniversityGraduateSchoolofMedicalScience,13-1Takaramachi,Kanazawa,Ishikawa920-8641,JAPAN1144(138)で報告する.CI症例〔症例1〕症例C1はC42歳の男性であり,2カ月ほど前からの左眼耳側結膜充血と眼脂,疼痛があり,最寄りの眼科で抗菌薬とステロイド点眼,抗菌薬内服にて加療されるも改善がみられなかったため,富山市民病院を受診した.既往歴や家族歴に特記すべきものはなかった.視力は右眼C0.07(1.2C×sph.3.0D),左眼C0.08(1.2C×sph.2.75D),眼圧は右眼15CmmHg,左眼C14CmmHgであった.左眼耳側結膜に高度の充血がみられ,上耳側結膜円蓋部に内下方視にて顕著となる腫瘤がみられた.中間透光体や眼底に異常はみられず,眼脂培養は陰性であった.血液検査では,血算,CRPを含め異常値はみられなかった.CTでは左涙腺腫大がみられたが,その他の眼窩や頭蓋内に異常所見はみられなかった.MRIでは,左眼涙腺に境界不明瞭な腫瘤を認め,脂肪抑制CT2強調画像ではやや高信号,T1強調画像では低信号,造影CMRIでは早期より増強され,内部に造影不良域がみられた(図1a).抗菌薬とステロイドの点眼,抗菌薬とCNSAIDs(チアラミド塩酸塩)の内服では改善がみられず,徐々に腫瘤は増大した.初診よりC2週間後,耳側円蓋部結膜を細隙灯顕微鏡下に穿刺して排膿した.採取した膿の病理像では,一部再生性の扁平上皮で覆われた断片的な結膜組織と硝子様物を含む急性化膿性炎症像が主体の炎症性肉芽組織がみられた.穿刺後,改善はみられず腫瘤は再度増大したので(図1b),初診より約C2カ月後に涙腺部腫瘤の摘出術を施行した.外眼角部の皮下と結膜円蓋部に局所麻酔を行い,.胞内容と.胞壁を摘出し(図1c),結膜を縫合し終了した.手術で摘出した三つの異なる組織塊(以下組織①②③)の病理所見は以下のとおりである.組織①(.胞壁組織)の病理像では多列円柱状あるいは重層扁平状の上皮で囲まれた.状の導管拡張構造がみられ,その周囲には毛細血管の拡張,好中球浸潤,浮腫などをみる炎症性肉芽組織や急性炎症像がみられた(図1d).また,一部には線維化,慢性炎症像がみられた(図1d,e).組織②(.胞内容)の病理像では内容の多くは硝子様物質が占めていた.また,硝子様物質の中にまばらに毛がみられた(図1f).組織③(.胞の周辺組織)の病理像では著明な浮腫とマクロファージ,リンパ球や形質細胞浸潤,ところどころに硝子様物質を含む異物性肉芽腫を認めた.術後,速やかに充血は消退し,術後C2カ月の間,結膜充血や腫瘤の再発はみられず終診となった.〔症例2〕症例C2はC37歳の女性であり,左眼の異物感,左眼外眼角の結膜下に毛を含む隆起と充血がみられ,前医から紹介されて金沢大学病院を受診した.初診時の視力は右眼1.2(矯正不能),左眼C0.8(1.2C×sph.0.50D),眼圧は両眼ともC14CmmHgであった.外眼角部の結膜が軽度充血し,結膜下にC1本の睫毛が迷入しているのが観察された(図2a).眼瞼腫脹はほとんどみられず,炎症が涙腺開口部に限局していたこともあり,MRI検査は実施しなかった.初診時の血液図1症例1a:MRI(造影).左涙腺は早期より増強され,内部に造影不良域がみられた.Cb:術前の前眼部写真.外眼角部の結膜下に腫瘤がみられた.Cc:術中写真..胞の内容を摘出したところ.Cd:.胞壁組織の病理組織像(HE染色).多列円柱状.重層扁平状の上皮で囲まれた.状の導管拡張構造と周囲に急性炎症像(※↓),また一部に慢性炎症像(♯↓)がみられた.Scalebar=500Cμm.Ce:図Cd(#)部位の拡大像.線維化を伴う慢性炎症像がみられた.Scalebar=100Cμm.Cf:.胞内容の病理組織像(HE染色).硝子様物質の中に毛がみられた.Scalebar=100Cμm.Cc図2症例2a:初診時の前眼部写真.左外眼角部の結膜充血がみられた.→は迷入した睫毛を示す.Cb:術前の前眼部写真.左外眼角部の結膜充血,腫脹がみられた.Cc:病理組織像(HE染色).重層扁平上皮で裏打ちされた拡張した導管がみられ,導管周囲には小葉構築を示す涙腺の腺房細胞がみられた.Scalebar=500Cμm.Cd:図Ccの拡大像.拡張した導管内に硝子様物質に囲まれた毛(→)がみられた.Scalebar=200Cμm.C検査では,血算,CRPを含め異常値はみられなかった.前医から抗菌薬とステロイド点眼が処方され,初診時には充血や眼脂などの症状が改善傾向であり,まずは保存的に経過を診た.しかし,およそC1カ月後より充血や眼脂の症状が再燃し増悪した(図2b)ので,初診時よりC3カ月後に涙腺開口部の腫瘤の摘出術を施行した.左眼耳側の球結膜を切開し,睫毛を含む腫瘤の.離を進めると,腫瘤は奥では涙腺に連なり,正常な涙腺との区別が困難だったので,一部の涙腺も含めて腫瘤を切除し,結膜を縫合して手術を終了した.病理では,切除した腫瘤は重層扁平上皮で裏打ちされた拡張した導管であり(図2c),その内容には毛がみられた(図2d).導管周囲には小葉構築を示す涙腺の腺房細胞がみられ,腺細胞は異型に乏しく,腫瘍性変化はみられなかった.術後,左眼外眼角部結膜の充血や眼脂は速やかに消退し,術後C2カ月後再燃はみられていない.CII考察涙腺の開口部付近の外眼角部が腫脹する病態には,発赤や疼痛の症状を伴う急性あるいは亜急性の涙腺炎や,そのような症状に乏しい慢性の涙腺.腫があげられる.涙腺.腫は涙腺あるいはその導管から生じ,分泌経路周囲の炎症や手術などによる導管の閉塞によって涙液が貯留して生じる.胞であり,充血や眼脂などの炎症症状に乏しく,慢性の経過をとることが多い3.5).症例C1では,術前の排膿を伴う所見や疼痛の症状は感染性涙腺炎の病態であるが,その摘出した病変の病理像にて.胞性構造がみられたので,炎症の背景として涙腺.腫の病態も示唆された.また,その内部に毛の混入がみられたことから,皮様.腫もその鑑別疾患の候補にあげられた.皮様.腫の内腔には皮膚の付属器である毛.や毛,表皮の角化物質を含み,毛は束でみられることが多いとされるが,症例C1では,その内腔に角化物がみられなかったこと,毛がまばらであったこと,.状の導管拡張構造がみられたことなどから,涙腺の導管が拡張した.胞状の構造であり,内部にみられた毛は涙腺の開口部から睫毛が逆行して迷入したものと考えられた.病理像では急性炎症の所見に加えて線維化など慢性炎症の所見がみられ,発症から手術までのおよそC4カ月程度の臨床経過と一致した.逆行性に迷入した睫毛が涙腺の導管内に滞留することによって炎症が継続して.胞が形成され,それが徐々に拡大し,ある時期に.胞の破裂などの起点から急性の異物反応が生じた病態が推察された.近年CLeeらはC15例の外眼角部の涙腺.腫のうちC10例において睫毛の迷入がみられたと報告しており6),睫毛の迷入による涙腺.腫の形成は決して珍しい病態ではないと考えられる.急性涙腺炎に対する治療としては薬物治療や穿刺排膿が第一選択であり7),近年では小児に発症したCMRSAによる涙腺炎の治癒例も報告されている8).しかし,それらの治療に抵抗するような涙腺炎では,本症例のように術前に睫毛の迷入が確認できない場合でも,睫毛の迷入を疑って積極的に病変部の切除を行うべきであると考えられた.症例C2では,術前の所見では明らかな涙腺.腫の構造は確認できず,亜急性の涙腺炎というべき病態であった.術前の細隙灯顕微鏡検査においてすでに外眼角部の充血した結膜下にC1本の睫毛が迷入しているのが観察され(図2a),薬物治療で自然消退を図ったが,睫毛は結膜下に残留したまま炎症の再燃をみた.ある既報では,睫毛の迷入が原因と考えられた涙腺炎において急性と慢性の炎症所見が混在するC1症例の提示があるが,その病理像に睫毛は提示されていない9).また,急性化膿性涙腺炎のC5例のうちC2例において涙腺排出管への睫毛の迷入がみられたとの報告10)もあるが,その病理像は示されていない.本症例の病理においては涙腺につながる導管が拡張したような構造がみられ,その内部に毛がみられた(図2d).症例C1とは異なり,線維化などの慢性炎症の所見に乏しく,明らかな.胞は確認されず,迷入した睫毛に対する異物反応がより急性に生じた病態が示唆された.このように.胞構造が明らかではない急性あるいは亜急性の涙腺炎の症例においても睫毛が逆行性に迷入している場合があり,それがあらかじめ確認できる場合には積極的に睫毛を除去する手術を検討するべきであると考えられた.以上,涙腺開口部からの睫毛の迷入によると考えられた涙腺炎のC2症例の手術症例を提示した.これらの経験からは,睫毛の迷入を伴う涙腺.腫あるいは涙腺炎の症例においては,保存的療法による改善は期待しにくく,手術による加療を積極的に計画するべきであると考えられた.文献1)太田優,川北哲也:外眼部涙腺.臨眼C68(11号増刊号):14-18,C20142)大島浩一:涙腺腫瘍の診断と治療─diagnosisandmanage-mentoflacrimalglandtumor─.眼科43:635-643,C20013)江口功一:涙腺.上皮性腫瘍.涙腺腫瘍Cvs結膜上皮.胞.いますぐ役立つ眼病理(石橋達朗編):眼科プラクティスC8,p234-235,文光堂,20064)渡辺一郎,宮崎茂雄,赤塚俊文ほか:眼瞼下垂術後に涙腺貯留.胞をきたしたC1例.眼臨95:47-49,C20015)高井保幸,児玉達夫,海津幸子ほか:涙腺.胞のC1例.眼臨99:864-867,C20056)LeeCJY,CWooCKI,CSuhCYLCetCal:TheCroleCofCentrappedCciliaConCtheCformationCofClacrimalCductularCcysts.CJpnJOphthalmolC59:81-85,C20157)福田昌彦:涙腺炎.眼疾患診療ガイド(「眼科診療プラクティス」編集委員会編),眼科診療プラクティスC32,p80-81,文光堂,19978)稲垣伸亮,北川和子,永井康太ほか:小児に発症したCMRSAによる急性化膿性涙腺炎:あたらしい眼科C26:1405-1408,C20099)吉川洋,鈴木亨:臨床写真スタジオ睫毛の迷入による急性化膿性涙腺炎.眼紀57:319-320,C200610)黒澤明充,黒澤久子:急性化膿性涙腺炎のC5例.眼臨C87:C1724-1728,C1993***

眼科手術時に発見された前房内睫毛迷入の1例

2012年12月31日 月曜日

《原著》あたらしい眼科29(12):1689.1691,2012c眼科手術時に発見された前房内睫毛迷入の1例岩田進高山圭播本幸三竹内大防衛医科大学校眼科学教室ACaseofIntraocularCiliaFoundduringOcularSurgerySusumuIwata,KeiTakayama,KozoHarimotoandMasaruTakeuchiDepartmentofOphthalmology,NationalDefenseMedicalCollege目的:自覚症状,眼外傷や眼科手術の既往がなく,眼科手術の際に発見された前房内睫毛迷入の1例を経験したので報告する.症例:59歳,男性,原因不明の左眼硝子体出血にて当科紹介となる.初診時,左眼の矯正視力0.01,眼圧16mmHgであった.既往として糖尿病網膜症および糖尿病性腎不全があったが,眼外傷や眼手術の既往はなかった.左眼に対する超音波乳化吸引術および硝子体切除術が予定され,球後麻酔後の手術開始時,11時の周辺角膜裏面に線状の前房内異物を認め,2時に作製した角膜創より鑷子にて摘出した.手術は予定どおり終了し,顕微鏡所見から前房内異物は軽度脱色を伴った睫毛と同定された.術中術後,前房内睫毛の迷入を示唆する創痕は認められず,睫毛による異物反応は術前よりみられなかった.術後炎症は速やかに消退し,術後1週間で左眼矯正視力は1.5に回復し,その後の経過も良好であった.結論:睫毛は創痕を残すことなく前房内に迷入する可能性が示唆された.Purpose:Toreportacaseofintraocularciliamigrationintotheanteriorchamberwithnohistoryofocularinjuryorsurgery.Casereport:A59-year-oldmalewasreferredtoourhospitalbecauseofvitreoushemorrhageinhislefteye.Visualacuityoftheeyewas0.01;ocularpressurewas16mmHg.Phacoemulsificationandvitrectomywereperformed.Afterretrobulbaranesthesia,anintraocularforeignbodywasobservedintheanteriorchamber.Theforeignbodywasextractedusingmicroforcepsandwasidentifiedasciliaviamicroscopy.Nowoundtraceswerenotidentifiedontheocularsurface.Intraocularinflammationwasnotobservedbeforetheoperation,andtheclinicalcoursewasfavorable.Conclusion:Itissuggestedthatciliamaymigrateintotheanteriorchamberwithoutawoundtraceremaining.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)29(12):1689.1691,2012〕Keywords:眼内異物,睫毛,前房内睫毛迷入.intraocularforeignbody,cilium,intraocularciliummigration.はじめに前房内異物として過去の報告では鉄などの金属異物やガラスなどが多く1),前房内に睫毛が迷入した症例の報告2.4)はあるがまれである.前房内異物の機序としては,角膜穿孔2)や眼球破裂などの外傷3,4)に伴うものや,白内障などの手術操作時5,6)に伴うものが多い.睫毛が眼内に迷入した際,硝子体内に到達したものは裂孔原性網膜.離の原因7)となり,前房内においては遅発性のぶどう膜炎8)や.胞3)を生じた報告があるが,長期間放置しても炎症反応をきたさず経過した症例9)や,自覚症状もなく50年以上も経過したと思われる症例10)も報告されている.今回,自覚症状,眼科手術や外傷の既往がなく,硝子体手術の際に発見された前房内睫毛迷入の1例を経験したので報告する.I症例59歳,男性.2週間前から左眼の視力低下を自覚し,近医受診.硝子体出血の診断にて当科紹介となる.初診時,矯正視力は右眼1.5,左眼0.01,眼圧は右眼15mmHg,左眼16mmHg,前眼部に外傷の既往や手術既往を疑わせる創口はみられなかった.中間透光体には軽度白内障を認めたが前房内に浸潤細胞はみられなかった.右眼眼底は糖尿病網膜症所見を呈し汎網膜光凝固施行後であった.左眼は硝子体出血のため眼底は透見不能であった.水晶体再建術および硝子体手術を予定した.球後麻酔後手術開始時に,11時の周辺角〔別刷請求先〕岩田進:〒359-8513所沢市並木3-2防衛医科大学校眼科学教室Reprintrequests:SusumuIwata,M.D.,DepartmentofOphthalmology,NationalDefenseMedicalCollege,3-2Namiki,TokorozawaCity,Saitama359-8513,JAPAN0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(99)1689 図1術直前時の前眼部所見術施行直前に前房内に異物が浮遊しているのを認め(矢印),鑷子で除去した.異物は睫毛であった.図2術中眼底所見術中の眼底に網膜静脈分枝閉塞症の所見が認められたため,網膜静脈分枝閉塞症に伴う硝子体出血と診断した.膜裏面に線状の前房内異物が認められたため(図1),2時の角膜輪部に1mm幅の創口を作製し,マイクロ鑷子にて摘出した.その後,超音波乳化吸引術,硝子体手術を施行し,術中の眼底所見から硝子体出血の原因は糖尿病網膜症に合併した網膜静脈分枝閉塞症と考えられた(図2).異物が眼内に迷入した創痕は術中,術後確認できず,顕微鏡所見から異物は睫毛と判明した(図3A).睫毛は脱色され表皮層が部分的に欠損し,皮質の連続性が障害されていた(図3B).術前から左眼に前眼部炎症所見はなく,眼表面に創痕が認められなかったことから前房内迷入後,長期間経過していたことが予想された.1週間で左眼の矯正視力は1.5に回復し,その後の経過も良好であった.1690あたらしい眼科Vol.29,No.12,201225μmAB図3病理所見術中得られた検体は,脱色された睫毛であった(A).正常の睫毛と比較して,組織学的変化として部分的に表皮層が欠損し,皮質の連続的な細胞膜の損失が生じた.睫毛周囲の異物反応は認めなかった(B).II考按睫毛が前房内に迷入した報告はまれであり,機序として外傷性2.4)や手術操作に伴うもの5,6)が報告されているが,侵入経路が不明な報告も海外で1例11),わが国においてはアレルギー性結膜炎の患者で1例報告8)されている.本症例は,既往としてアレルギー性結膜炎はなく,.痒感を生じるような疾患の既往もなかった.よって,海外の報告と同じく,前房内への迷入原因,経路はまったく不明である.前房内異物により惹起される前眼部炎症に関しては,遅発性ぶどう膜炎を発症8)した症例や.胞を形成したとの報告3)もあるが,長期間無症状で経過し,最大50年以上経過10)していたと考えられた報告もある.今回の症例においても,迷入した時期は不明であるが,自覚症状はなく,炎症や.胞形成も認めなかった.硝子体出血による視力障害がなければ手術は施されず,(100) 放置されていたと考えられる.炎症のない眼の前房内に投与された抗原に対しては,細胞性免疫能および補体結合抗体の産生が抑制され,この特異な免疫反応は,前房関連免疫偏位(anteriorchamber-associatedimmunedeviation:ACAID)として知られている12).このような基礎医学研究の知見もあり,前房内異物に関しては炎症や自覚症状がなければ経過観察でよいとする意見がある.前房に迷入した睫毛は,時間経過とともに表皮層が部分的に欠損し,皮質の連続性が障害されるが,睫毛の構造自体に変化はないことが報告9)されている.今回の検体は,過去の報告と同様に,部分的に表皮層が欠損し,皮質細胞膜の連続性が障害されていた.眼表面に創痕がみられなかったことからも,前房内に迷入した期間は短期間ではなく長期間であったと考えられる.術前,前房内睫毛迷入が細隙灯顕微鏡検査にて観察されなかった原因としては,眼表面に異常がみられなかったこと,および座位での診察のため下方隅角に位置していたためと考えられる.術後に隅角検査を行ったが,特記すべき異常は認められなかった.本症例は,手術時の体位変換により発見されたが,このようなことから,創痕を残さず前眼部炎症をきたさない前房内異物は,自覚症状を呈することもないため,その大きさによっては細隙灯顕微鏡では観察されえない隅角に位置し,日常の眼科診療では見逃される可能性が示唆される.文献1)樋口暁子,喜多美穂里,有澤章子ほか:外傷性眼内異物の検討.眼臨96:60-62,20022)SnirM,KremerI:Eyelashcomplicationsintheanteriorchamber.AnnOphthalmol24:9-11,19923)KoseS,KayikciogluO,AkkinC:Coexistenceofintraoculareyelashesandanteriorchambercystafterpenetratingeyeinjury:acasepresentation.IntOphthalmol18:309311,19944)GopalL,BankerAS,SharmaTetal:Intraocularciliaassociatedwithperforatinginjury.IndianJOphthalmol48:33-36,20005)IslamN,DabbaghA:Inertintraoculareyelashforeignbodyfollowingphacoemulsificationcataractsurgery.ActaOphthalmolScand84:432-434,20066)RofailM,BrinerAM,LeeGA:Migratoryintraocularciliumfollowingphacoemulsification.ClinExperimentOphthalmol34:78-80,20067)TeoL,ChuahKL,TeoCHetal:Intraocularciliainretinaldetachment.AnnAcadMedShingapore40:477-479,20118)宮本直哉,舘奈保子,橋本義弘:前房内睫毛異物による眼内炎の1例.あたらしい眼科23:109-111,20069)HumayunM,delaCruzZ,MaguireAetal:Intraocularcilia.Reportofsixcasesof6weeks’to32years’duration.ArchOphthalmol111:1396-1401,199310)山上美情子,大島隆志,山上潔:50年以上経過していると思われる前房内睫毛異物の1例.眼紀41:2169-2174,199011)KertesPJ,Al-Ghamdi,AA,BrownsteinS:Anintraocularciliumofuncertainorigin.CanJOphthalmol39:279-281,200412)Stein-StreileinJ,StreileinJW:Anteriorchamberassociatedimmunedeviation(ACAID):regulation,biologicalrelevance,andimplicationsfortherapy.IntRevImmunol21:123-152,2002***(101)あたらしい眼科Vol.29,No.12,20121691