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涙小管結石の組成についての検討─細菌学的検査,組織化学的および元素分析的解析

2019年9月30日 月曜日

《第7回日本涙道・涙液学会原著》あたらしい眼科36(9):1183.1187,2019c涙小管結石の組成についての検討─細菌学的検査,組織化学的および元素分析的解析児玉俊夫*1大城由美*2首藤政親*3*1松山赤十字病院眼科*2松山赤十字病院病理診断科*3愛媛大学学術支援センターCAnalysisofConcretionintheCanaliculus─Microbiological,HistochemicalandElementAnalysisToshioKodama1),YumiOshiro2)andMasachikaShudo3)1)DepartmentofOphthalmology,MatsuyamaRedCrossHospital,2)3)IntegratedCenterforScience,EhimeUniversityCDepartmentofPathology,MatsuyamaRedCrossHospital,目的:細菌学的,組織学的検査および元素分析による涙小管結石の解析.対象および方法:対象は涙小管結石を摘出したC22例で,膿性分泌物の好気性,嫌気性細菌培養を行った.摘出された結石はグラム染色,コッサ染色,過ヨウ素酸シッフ(PAS)染色による組織化学的解析,走査型電子顕微鏡(SEM)による微細構造の検討,およびエネルギー分散型蛍光CX線分析による構成元素の解析を行った.結果:細菌学的検査で放線菌が検出できたのはC22例中C6例で,病理組織標本では菌糸を有すグラム陽性桿菌がC15例で認められた.結石の中心部は好酸性の無構造物質がみられ,PAS陽性のムコ多糖類が層状構造を示し,塊状のカルシウム沈着がみられた.SEMにより結石の表面にはフィラメント様線維がみられ,元素分析により結石表面の主要な元素として炭素,塩素,酸素,リン,カルシウムが認められた.結論:涙小管結石は肉芽腫から漏出したムコ多糖類などが放線菌菌糸に絡みつき,さらにカルシウムが沈着することにより涙小管結石を形成したと考えられた.CPurpose:Toreportthecharacteristicsofmicrobiological,histochemicalandelementanalysisofconcretioninthecanaliculus.Methods:Thisstudywasconductedon22casesoflacrimalcanaliculitiswhounderwentsurgicalremovalCofCconcretions.CPurulentCdischargeCwasCexaminedCbyCaerobicCandCanaerobicCcultures.CConcretionsCwereCexaminedusinghistopathologicalstainingwithhematoxylinandeosin,gram,Kossaandperiodicacid-Schi.(PAS)C.Westudiedtheconcretionsurfacebyobservationwithscanningelectronmicroscopy(SEM)andenergydispersiveX-rayCspectrometry(EDX)C.CResults:InCbacteriologicalCexamination,CpurulentCdischargeCshowedCActinomycesCin6outCofC22Ccases.CHistopathologicalCexaminationCrevealedC15CcasesCofC.lamentousCgram-positiveCorganisms.CEosino-philicCamorphousCmatrixCwasCobservedcentrally;PAS-positiveCmucopeptideCmaterialsCshowingClaminarCstructureCandcalciumdepositionwerescatteredintheconcretions.SEMshowed.lamentousorganismsonthesurfaceoftheconcretion,CtheCfrequentCelementsCbeingCcarbon,Cchlorine,Coxygen,Cphosphorous,CcalciumCasCdemonstratedCbyCEDX.CConclusion:Wesupposeaconcretiondevelopmentalprocessinwhichmucopeptidesecretedfromgranulationtis-suesinthecanaliculitismayconglutinatetothe.lamentousgram-positiveorganismsandthatcalciumdepositionmayfollow.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C36(9):1183.1187,C2019〕Keywords:涙小管炎,涙小管結石,放線菌,石灰化,エネルギー分散型CX線分析.lacrimalcanaliculitis,concre-tioninthecanaliculus,Actinomyces,calci.cation,energydispersiveX-rayspectrometry.C〔別刷請求先〕児玉俊夫:〒790-8524愛媛県松山市文京町1松山赤十字病院眼科Reprintrequests:ToshioKodama,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,MatsuyamaRedCrossHospital,1Bunkyo-cho,Matsuyama,Ehime790-8524,JAPANCはじめに涙小管炎は比較的まれな疾患で,亀井らによると抗菌点眼薬では改善しない片眼性の難治性結膜炎として治療されていることが多く,涙点の拡大や涙小管部の眼瞼腫脹あるいは硬結,および大量の粘液膿性眼脂などの臨床症状がみられる1).涙小管炎には菌塊ともよばれる涙小管結石を生じることがあるが,なぜ涙小管炎に結石形成がみられるのか,その異所性石灰沈着の機序はいまだ明らかではない.本報告では手術によって摘出した涙小管結石について細菌学的検査,組織化学的解析,走査型電子顕微鏡および元素分析を行って結石の石灰化メカニズムについて検討したので報告する.CI対象および方法対象はC2004年4月1日.2019年1月C31日の14年10カ月間に松山赤十字病院眼科(以下,当科)において手術により涙小管結石を摘出したC22例である.涙小管炎の起炎微生物の同定については,涙点部の圧迫を行って排出された膿性分泌物を用いて塗抹標本のグラム染色と細菌培養を行った.培養条件として好気性菌および通性嫌気性菌検出のための好気的培養は大気中で行った.偏性嫌気性菌検出のための嫌気的培養は試料を採取して即座に当科と同じ階にある微生物検査室に運び,窒素C80%,水素C10%,二酸化炭素C10%の混合ガスに満たされたグローブ付きボックスの中で培養を行った.涙小管結石は,涙点拡張後に鋭匙により炎症を生じている涙小管内を掻爬するか,涙小管を切開して周囲の肉芽組織とともに採取した(図1).なお,涙小管の再建のため涙小管切開後,涙管チューブを留置して涙小管断端同士を縫合した.涙管チューブは涙管通水試験で涙小管が閉鎖していないことを確認して約C3カ月後に抜去した.図1涙小管切開による涙小管結石の摘出下涙小管部で硬結を触れる部位で皮膚切開を加え,結石(.)と周囲の肉芽組織を露出した.摘出した涙小管結石はホルマリン固定,アルコール脱水,パラフィン包埋を行ってC3Cμmの薄切切片を作製した.薄切切片はヘマトキシリン・エオジン(HE)染色,グラム染色,カルシウム染色であるコッサ染色,ムコ多糖類の染色である過ヨウ素酸シッフ(PAS)染色を行い,結石の性状について検討した.涙小管結石表面の微細構造の解析は,摘出した結石をC3%グルタールアルデヒド・リン酸緩衝液で固定後,臨界点乾燥を行って走査型電子顕微鏡(SEM)で観察し,さらにエネルギー分散型CX線分析(energyCdispersiveCX-rayspectrometry:EDX)により結石表層の構成元素を特定した.涙小管結石のおもな構成元素のピーク高と涙.鼻腔吻合術で切除した前涙.稜の骨組織の構成元素と比較した.本研究は松山赤十字病院医療倫理委員会の承認を受けて行った(NoC657).CII結果涙小管結石を摘出した患者の平均年齢はC72.7C±9.2歳(平均±標準偏差,57.87歳)で男性C5例,女性C17例と女性に多かった(図2).膿性分泌物の細菌学的検査を行ったC22例中,放線菌が分離されたのはC6例で,そのうちCActinomycesisraeliiと同定できたのはC2例のみであった.放線菌以外の検出菌はC52株で,好気性菌および通性嫌気性菌では多い順にCStreptococ-cusanginosusが8株,Corynebacterium属とCStapylococcusepidermidisが5株,StapylococcusaureusがC4株であった.偏性嫌気性菌ではCPropionibacteriumacnesが9株,Fusa-bacterium属がC3株であった.細菌培養により放線菌が検出できなかったC16症例では摘出した結石のパラフィン切片を用いて病理組織検査を行った.グラム染色で結石の表層に放線菌と考えられる菌糸を有すグラム陽性桿菌が認められたのはC15例であった.残りC1例では菌糸の直径がC2Cμmを超えており放線菌より直径が大きいために,真菌染色であるグロコット染色を行って真菌と確認した.(例)181614121086420男性女性図2性別による涙小管炎の頻度結石を伴う涙小管炎の頻度は女性に多かった.図3涙小管結石の組織化学的所見a:HE染色.結石の表層には炎症細胞浸潤がみられ,結石の中心部は好酸性の無構造物質が存在していた.バーはC10Cμm.Cb:PAS染色.結石内部にはCPAS陽性のムコ多糖類からなる物質が層状構造(.)をとっていた.C→はCcにおける塊状の石灰化物で,PAS染色標本でもみられた.バーはC10Cμm.Cc:コッサ染色.結石内に塊状の石灰化物(C→)がみられ,その付近に微小な石灰沈着が認められた(⇒).バーはC10Cμm.Cd:グラム染色.結石の表層部に菌糸を有するグラム陽性桿菌(☆)が多数認められた.バーはC10Cμm.図4涙小管結石の微細構造a:グラム染色.フィラメント状の菌糸を有するグラム陽性桿菌が多数みられ放線菌と考えた.バーは1Cμm.Cb:SEM.析出した線維素あるいは菌糸と考えられる微細なフィラメント状物質と,桿菌と思われる長さ1.2Cμmの菌体類似構造(.)が認められた.バーはC10Cμm.つぎに涙小管結石の性状を明らかにするために組織化学的な石灰沈着が認められた(図3c).グラム染色では結石の表検討を行った.HE染色において最表層には炎症細胞浸潤が層部に菌糸を有するグラム陽性桿菌が多数認められた(図みられ,結石の中心部は好酸性の無構造物質が存在していたC3d).さらにグラム染色標本のグラム陽性桿菌は,高倍率で(図3a).PAS染色では結石内部にCPAS陽性のムコ多糖類詳細を観察するとフィラメント状の菌糸を有しており,放線から成り立つ物質が層状構造をとっていた(図3b).コッサ菌と考えた(図4a)染色では結石内に塊状の石灰化物がみられ,その周囲に微小SEMにより結石表面の微細構造を観察すると,析出したab図5涙小管結石と骨組織表面のEDXの比較a:涙小管結石(90歳,女性).Cb:骨組織(71歳,女性).涙.鼻腔吻合術時に切除した前涙.稜の骨壁.EDXによる分析では,涙小管結石の表層のおもな元素は炭素,塩素,酸素,リン,カルシウムで,骨組織も同様であった.涙小管結石では骨組織と比較するとリン(①)のピークが高く,塩素(②)とカルシウム(③)のピークが減少していた.線維素あるいは菌糸と考えることもできる微細なフィラメント状物質と桿菌と思われる長さC1.2Cμmの菌体類似構造が認められた(図4b).同部位をCEDXにより計測して結石表層の構成元素を分析したところ,炭素,塩素,酸素,リン,カルシウムが結石表層の構成元素として同定された.比較のため涙.鼻腔吻合術で切除した骨組織を分析したところ,結石の構成元素と同様の組成を示した.今回使用したCEDXでは定量的測定ができないためにピーク高での単純比較しかできないが,涙小管結石では骨組織と比較するとリンのピークが高く,塩素とカルシウムのピークが減少していた(図5).CIII考按涙小管炎は比較的まれな疾患であるが,抗菌点眼薬では改善しない膿性の眼脂を伴った片眼性の難治性結膜炎をみたら涙小管炎を鑑別診断にあげる必要がある.臨床所見として噴火状に突出した涙点を中心に眼瞼の発赤を認め,圧迫すると膿が排出される.起炎病原微生物の同定には細菌培養検査が不可欠であるが,起炎菌としてグラム陽性嫌気性菌である放線菌の検出率は低い.膿性分泌物を用いた嫌気培養による放線菌の検出率を比較すると,DemantらはC12例中C3例(25%)2),亀山らはC32例中C12例(38%)1)とその検出率は高いとはいえない.本報告でもその検出率はC27%であった.そのため亀山らやCVeirsは細菌培養による検出が放線菌の診断には必要ではなく,塗抹標本で菌糸を有すグラム陽性桿菌が証明されれば涙小管放線菌症と診断可能としている1,3).本報告では涙小管結石C16例のパラフィン切片を作製して,グラム染色を行い結石の表層に放線菌と考えられる菌糸を有すグラム陽性桿菌が検出できたのはC15例であった.Reppらはフィラメント様構造物がより明瞭に染色できるゴモリ・メセナミン銀溶液を用いて涙小管結石C11例を染色したところ放線菌の菌糸を検出できたのはC10例で,病理組織化学的手法が放線菌の検出に有用としている4).涙小管結石は硬度が低くもろいために結石を押しつぶして塗抹標本を作製することがあるが,手間はかかっても結石をホルマリン固定,パラフィン切片を作製してグラム染色を行ったほうが微生物の形状が保たれるために放線菌の検出には有利である5).問題点として塗抹標本および病理組織標本ともフィラメント状の菌糸をもつグラム陽性桿菌である放線菌目の細菌を検出できても,嫌気性のアクチノミセス属か好気性のノカルジア属かを同定することは不可能であり,やはり菌種の同定には細菌培養検査が不可欠である6).なぜ放線菌の検出率が低いか,その理由を考えてみたい.膿性分泌物の細菌学的検査による放線菌以外のおもな検出菌は,好気性および通性嫌気性菌ではCStreptococcusanginosus,Corynebacterium属,StapylococcusCepidermidis,Stapylococ-cusaureusの順に多かった.偏性嫌気性菌ではCPropionibac-teriumacnesとCFusabacterium属が多かった.Stapylococcusepidermidis,Stapylococcusaureus,Corynebacterium属細菌は結膜.常在細菌叢を形成しており,Propionibacteriumacnesはマイボーム腺や皮膚の毛根部に生息している7).一方,口腔内にも多数の微生物が生息しており放線菌,StreptococcusanginosusやCFusabacterium属細菌は口腔内細菌叢の一員として定住している8).これらの常在菌が混在していると発育の遅い放線菌の生育が抑制されるために細菌培養での検出率が低下すると考えられる.涙道結石の形成機序について,Iliadelisらは炎症の起きている涙道粘膜において涙液の再吸収が生じて塩類,とくにカルシウムの過飽和が生じることにより結石形成が促進されるとしている.さらに高濃度の塩類は水可溶性蛋白質の凝集をもたらし,その結果,変性した蛋白質が結石の核になりうるという仮説を提唱している9).この仮説を踏まえたうえで,結石形成のメカニズムを本報告では組織化学的および電子顕微鏡的に検討した.結石の中心部はCHE染色にて好酸性の無構造物質で,凝集した変性蛋白質と考えることができる.PAS染色ではCPAS陽性のムコ多糖類が凝集して層状構造を示しており,少しずつ凝集して結石を形成したと考えられる.同時に結石内部の放線菌の菌体は吸収されて無構造化したと思われる.結石の表層ではコッサ染色で示されたカルシウム沈着が認められ,グラム染色で放線菌が同様に結石の表層に分布していたことを考えると,放線菌と石灰沈着の間には何らかの関連があると思われる.Perryらは涙道結石をムコペプチド型と細菌型のC2種類に分類し,ムコペプチド型結石は涙.に局在し,細菌型結石は大多数が涙小管から採取されたと報告し,細菌型結石ではカルシウムの含有量が少ないために石のような硬度を示すことはまれであるとしている10).本報告でも涙小管結石C16例中C15例に放線菌が検出され,涙小管結石は放線菌が増殖した細菌型の結石に分類される.涙小管炎は女性に多いという特徴があるが,本報告でも男性C5例に対して女性はC17例と女性に発症することが多いことがわかった.前述のように結石形成は核となる物質が存在すれば,結石の成長が促進される.すなわち,女性では化粧品のパウダーが涙小管に貯留するために涙小管結石の核となるというメカニズムも考えられている11).EDXによる分析では涙小管結石の表層は炭素,塩素,酸素,リン,カルシウムで構成されていたが,いずれもカルシウム塩の構成元素である.今回使用したCEDXでは定量的分析は困難である12)が,涙.鼻腔吻合術時に切除された骨組織の構成元素を強度で比較すると,涙小管結石ではリンの量が高かったが,塩素とカルシウムの量が多かった理由として,涙小管結石でカルシウム量が少なく,リンの量が高かったのは骨組織に比較すると涙小管結石では骨密度が低く,蛋白質などの有機物の量が多いためと考えられる.組織学的検討より涙小管結石はCPerryらが提唱した涙道結石の分類では細菌型の特徴を備えていたが,EDXの結果もこの所見を支持するものである.涙小管結石の生成機序として涙小管炎に伴う肉芽腫血管から漏出したムコ多糖類や,おそらく結膜杯細胞由来のムチンなどが放線菌の菌糸に絡みついてバイオフィルムを形成し,さらにカルシウムが沈着することにより涙小管結石を形成したと考える.文献1)亀井和子,中川尚,内田幸男:放線菌による涙小管炎の臨床所見.あたらしい眼科7:1783-1786,C19902)DemantCE,CHurwitzJ:Canaliculitis:ReviewCofC12Ccases.CCanJOphthalmolC15:73-75,C19803)VeirsER:TheClacrimalCsystem.Canaliculus.:In:Exter-naldiseasesoftheeye(WilsonLA,ed)C.p134-138,Harper&Row,Hagerstown,19794)ReppCDJ,CBurkatCCN,CLucarelliMJ:LacrimalCexcretoryCsystemconcreations:canalicularCandClacrimalCsac.COph-thalmologyC116:2230-2235,C20095)石川和郎,児玉俊夫,島村一郎ほか:菌塊を形成した涙小管感染症の細菌学的検討.臨眼62:467-472,C20086)水口康雄:アクチノミセス,ノカルジア.戸田新細菌学改訂32版(吉田眞一,柳雄介編),p669-673,南山堂,20027)桑原知巳:結膜.常在細菌叢.眼科58:157-165,C20168)中山浩次:口腔微生物と感染症.戸田新細菌学改訂C32版(吉田眞一,柳雄介編),p178-180,南山堂,20029)IliadelisCED,CKarabatakisCVE,CSofoniouMK:DacryolithsCinCaCseriesCofdacryocystorhinostomies:HistologicCandCchemicalanalysis.EurJOphthalmolC16:657-662,C200610)PerryCLJP,CJakobiecCFA,CZakkaFR:BacterialCandCmuco-peptideCconcretionsCofCtheClacrimaldrainageCsystem:AnCanalysisof30cases.OphthalPlastRecostrSurgC28:126-133,C201211)MarthinJK,LindegaardJ,PrauseJUetal:LesionsofthelacrimaldrainageCsystem:aCclinicopathlogicalCstudyCofC643CbiopsyCspecimensCofCtheClacrimalCdrainageCsystemCinCDenmarkC1910-1999.CActaCOphthalmolCScandC83:94-99,C200512)星野玲子:蛍光CX線分析の原理と機器を利用した比較研究.鶴見大学紀要52:77-89,C2015***

シリコーン眼内レンズの石灰化を生じた星状硝子体症の1例

2011年12月30日 金曜日

《原著》あたらしい眼科28(12):1765.1767,2011cシリコーン眼内レンズの石灰化を生じた星状硝子体症の1例立花信貴尾花明郷渡有子西村香澄聖隷浜松病院眼科ACaseofAsteroidHyalosiswithCalcificationofaSiliconeIntraocularLensNobutakaTachibana,AkiraObana,YukoGotoandKasumiNishimuraDepartmentofOphthalmology,SeireiHamamatsuGeneralHospital眼内レンズの石灰化は数多く報告されているが,シリコーン眼内レンズの石灰化報告は少ない.今回筆者らは,特に問題なく挿入されたシリコーン眼内レンズの石灰化によって視力低下をきたし,摘出を余儀なくされた症例を経験した.蛍光X線分析で摘出レンズの付着物からカルシウムとリンが検出された.これまでに報告されているシリコーン眼内レンズの石灰化22例中19例が星状硝子体症であったが,本例も星状硝子体症であった.シリコーンはカルシウムを吸着する性質をもつため,眼内カルシウム濃度の高い星状硝子体症患者へのシリコーン眼内レンズ挿入は禁忌とすべきであると考えた.Calcificationisarelativelyrarecomplicationwithsiliconeintraocularlenses,althoughtherehavebeenmanyreportsconcerningintraocularlenscalcification.Wefoundcalcificationonasiliconeintraocularlensthathadbeenremovedduetovisualdisturbance.X-rayfluorescenceanalysisrevealedcalciumandphosphorusinthesubstanceadheringonthesurfaceoftheintraocularlens.Asteroidhyalosiswaspresentinthepreviouslyreported19of22casesthathadsiliconeintraocularlenscalcification;thepresentcasealsohadasteroidhyalosisintheaffectedeye.Sincecalciumadherestosilicone,weconcludethatsiliconelensimplantationshouldbeavoidedineyeswithasteroidhyalosis,whichhashighcalciumconcentration.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)28(12):1765.1767,2011〕Keywords:石灰化,シリコーン眼内レンズ,星状硝子体症,蛍光X線分析,リン酸カルシウム.calcification,siliconeintraocularlens,asteroidhyalosis,X-rayfluorescenceanalysis,calciumphosphate.はじめに白内障手術で使用される眼内レンズ素材には複数のものがあるが,素材により透明性の低下や変性などの報告がある.最も歴史の古いporymethylmethacrylate(PMMA)レンズでは,レンズ表面にカルシウム顆粒の沈着した11例がJensenら1)によって報告された.わが国でも佐藤ら2)がPMMAレンズ挿入後10年を経てレンズ表面に白色顆粒の沈着を生じてレンズ摘出に至った例を報告している.モールド工法で加工されたアクリルレンズでは術後グリスニングとよばれる小さな水滴状混濁を生じるものがある3,4).これは製造過程でアクリル素材内に混入した水分が体温で温められることにより水滴として眼内レンズ内に出現するもので,レンズ素材自体の変性ではないが,グレアの原因として危惧される.1999年にわが国での使用承認を受けたハイドロジェルレンズは当初,重大な合併症がなかったが,1997年にレンズ包装がバイアル方式からフォールダーとシリコーンガスケットを組み合わせたシュアホールド方式に変更されてから,挿入後のレンズ表面の混濁により摘出,交換を余儀なくされた症例が相次いで報告5,6)された.その後の研究で,混濁は光学部表面に付着したシリコーン(silicone)が沈着基点となる表面石灰化であることが判明し,2001年11月に新容器に変更されて以降,混濁発生はなくなった7).シリコーンとは珪素を含む高分子の総称であるが,主骨格であるシロキサン結合の数によってオイルやゲル,エラストマー(ゴム)などさまざまな形態をとる.シリコーンは1945年米国DowCorning社で開発され,軽量で柔軟性に富み,生体内で変性せず,組織への刺激性が少なく耐熱性に優れるため,早くから長期埋植に適した生体材料と考えられてき〔別刷請求先〕立花信貴:〒430-8558浜松市中区住吉2丁目12番12号聖隷浜松病院眼科Reprintrequests:NobutakaTachibana,M.D.,DepartmentofOphthalmology,SeireiHamamatsuGeneralHospital,2-12-12Sumiyoshi,Naka-ku,Hamamatsu-city,Shizuoka430-8558,JAPAN0910-1810/11/\100/頁/JCOPY(103)1765 た.折り畳み眼内レンズとして最初に臨床に用いられた材料もシリコーンであり,1978年にMazzoccoによって考案され,1990年に米国食品医薬品局(FDA)の臨床使用承認を得た8).シリコーンは生物学的に不活性物質であり,他の材質の眼内レンズと比較しても細胞接着性が少ないとされてきた.また,シリコーン眼内レンズは分子間隙が非常に狭く疎水性であるため,親水性のハイドロジェルレンズと異なり表面石灰化は生じないとされた9).しかし,2004年に世界で初めてシリコーン眼内レンズ表面の石灰化がWackernagalら10)によって報告され,以降わが国での渕端ら11)の1例を含めて22例の報告がある12.14).今回,筆者らもシリコーン眼内レンズ表面の石灰化をきたし,レンズ交換を余儀なくされた症例を経験したので報告する.I症例患者:71歳,男性.既往歴:高血圧症と脂質代謝異常症があったが,糖尿病,腎疾患はなかった.現病歴:1998年8月に近医で両眼超音波白内障乳化吸引術とシリコーン眼内レンズ(AQ110NV:CANNONSTAAR社)挿入術を受けた.レンズはインジェクターと専用カートリッジを使って行われた.術後経過は良好であったが,2000年頃に右眼の視力低下を自覚した.その後,視力低下が徐々に進行したため,2003年に右眼後発白内障の診断のもとにNd:YAGレーザー後.切開術を受けた.しかし,視力の改善は得られず,その後も徐々に視力が低下したため,2010年6月に当科を受診した.初診時所見と経過:右眼の後.切開窓に一致した眼内レンズ後面の混濁を認めた(図1).視力は右眼(0.4),左眼(1.2)であった.左眼にも同じシリコーン眼内レンズが挿入されて図1細隙灯顕微鏡写真眼内レンズの後面に白色の混濁を認める.混濁はNd:YAGレーザー後.切開窓に一致して認められる.1766あたらしい眼科Vol.28,No.12,2011いたが,眼内レンズの混濁は認めなかった.なお,左眼にはNd:YAGレーザー後.切開術はなされていなかった.眼底検査では両眼網膜に異常所見はなかったが,右眼に星状硝子体症を認めた.左眼には星状硝子体を認めなかった.右眼の視力低下の原因はレンズの混濁であると判断し,2010年9月に眼内レンズの摘出および新しいレンズへの交換手術を施行した.手術時所見:レンズは.内固定され,支持部は鼻側と耳側に位置した.粘弾性物質で前房を保持したうえで,レンズ光学部を前.の上に移動させ,前房内で眼内レンズカッターによりレンズ光学部を2分割した.しかし,鼻側の支持ループが水晶体.内の残存皮質に埋没,癒着していて,半切した光学部とループを摘出できなかったため,鼻側ループを切断し,ループの一部を.内に残したまま鼻側半分の光学部を摘出した(図2).耳側ループは.との癒着がなかったので,耳側光学部はループとともに摘出できた.後.切開創から脱出した硝子体を硝子体カッターで切除し,新しい眼内レンズ図2摘出した眼内レンズ光学部を2分割し,鼻側のループは切断して摘出している.後.切開窓に一致した混濁は擦過によって除去することはできなかった.表1蛍光X線分析の結果(WT%)SiCOPCaSClO/Si白濁部39.8028.8024.704.322.000.070.250.62比較部44.9024.5030.000.420.150.04ND0.67Si:珪素,C:炭素,O:酸素,P:リン,Ca:カルシウム,S:イオウ,Cl:塩素.(104) (MA60BM:Alcon社)を毛様溝に固定した.摘出レンズの付着物質分析:摘出から9カ月後に,眼内レンズの成分分析を走査型X線蛍光分析装置〔ZSXPrimusII,(株)リガク,東京〕を用いて施行した.その結果,混濁部からカルシウムとリンが検出された(表1).術後経過:術後視力は(1.2)に改善し,術後6カ月経過した時点で石灰化の再発は認めていない.II考按親水性のハイドロジェルレンズと異なりシリコーン眼内レンズは完全な疎水性で分子間が非常に緻密なため,表面石灰化は生じにくいとされてきた.しかし,2004年に初めてシリコーン眼内レンズの表面石灰化が報告10)されてから,わが国での1例11)と今回の症例を含めて23例の報告がある.シリコーンレンズの石灰化原因を考えるうえで,ハイドロジェルレンズの混濁が参考になる.ハイドロジェルレンズでは,保存用バイアルを密封するために使用された低分子シリコーンがレンズ表面に付着すると,シリコーンは疎水性なので前房内の脂肪酸の疎水性基がこれに結合する.すると脂肪酸の親水性基は房水中に突き出る形になり,ここにカルシウムイオンが吸着すると考えられている15).したがって,シリコーンは前房水中の遊離脂肪酸との結合を介してリン酸カルシウムの凝集を生じさせて石灰化の原因になる.また,過去に報告された22例中18例の患眼に星状硝子体症が確認されており,シリコーン眼内レンズの石灰化と星状硝子体症の関係が示唆されている.残りの4例中1例は僚眼に星状硝子体症を認め,3例は星状硝子体症に関する記載がなかった.星状硝子体の主成分はリン酸とカルシウムであるとされ,星状硝子体のない症例より眼内のリン酸カルシウム濃度は高いことが推測される.そのため,もともとカルシウムを吸着する性質のあるシリコーンは星状硝子体症の高いリン酸カルシウム濃度によって石灰化をきたしやすかったと考えた.Nd:YAGレーザー後.切開窓に一致して混濁がみられたことも,星状硝子体と接したためと考えられる.なお,糖尿病網膜症や侵襲の大きな内眼手術を受けた症例では,血液網膜関門や血液房水関門破綻により房水中に脂肪酸などの血清分子が遊離してカルシウム沈着を起こしやすくなることが指摘されているが,本症例では糖尿病や水晶体再建術以外の内眼手術の既往はなかった.今回,筆者らはわが国で2例目となるシリコーン眼内レンズ表面の石灰化をきたした症例を経験した.シリコーンにはカルシウムが沈着する性質があるため,眼内カルシウム濃度の高い星状硝子体症例や,糖尿病網膜症,内眼手術によって血液網膜関門や血液房水関門の障害された例ではレンズ混濁の危険性がある.特に,Nd:YAGレーザー後.切開術によってレンズが星状硝子体と接すると石灰化の可能性が高くなるので注意が必要である.したがって,少なくとも星状硝子体症を有する患者へのシリコーン眼内レンズ挿入は禁忌とすべきであると考えた.文献1)JensenMK,CrandallAS,MamalisNetal:CrystallizationonintraocularlenssurfacesassociatedwiththeuseofHealonGV.ArchOphthalmol112:1037-1042,19942)佐藤孝樹,浅田幸男,菅陽子ほか:PMMA眼内レンズのcrystallineopacification.臨眼57:1809-1813,20033)宮田章,鈴木克則,朴智華ほか:アクリルレンズに発生する輝点.臨眼51:729-732,19974)渋谷昭彦:新しい眼内レンズの材質または今後の動向.IOL&RS14:144-147,20005)AppleDJ,WernerL,Escobar-GomezMetal:Depositsonthesurfacesofhydroviewintraocularlenses.JCataractRefractSurg26:796-797,20006)PandeySK,WernerL,AppleDJetal:Hydrophilicacrylicintraocularlensopticandhapticsopacificationinadiabeticpatient.Ophthalmology109:2042-2051,20027)永本敏之,川真田悦子:摘出交換を要したハイドロビューTM眼内レンズ混濁.日眼会誌109:126-133,20058)清水公也:シリコーン眼内レンズの最新情報.あたらしい眼科20:571-575,20039)永本敏之:アクリルFoldable眼内レンズの最新情報.あたらしい眼科20:577-583,200310)WackernagalW,EttingerK,WeitgasserUetal:Opacificationofasiliconeintraocularlenscausedbycalciumdepositsontheoptic.JCataractRefractSurg30:517-520,200411)渕端睦,斉藤喜博,北口善之ほか:シリコーン眼内レンズに石灰化が発生した星状硝子体症の1例.日眼会誌110:736-741,200612)FootL,WernerL,GrillsJPetal:Surfacecalcificationofsiliconelateintraocularlensesinpatientwithasteroidhyalosis.AmJOphthalmol137:979-987,200413)WernerL,KollaritsCR,MamalisNetal:Surfacecalcificationofa3-piecesiliconeintraocularlensinapatientwithasteroidhyalosis:clinicopathologiccasereport.Ophthalmology112:447-452,200514)StringhamJ,WernerL,MonsonBetal:Calcificationofdifferentdesignsofsiliconeintraocularlensesineyeswithasteroidhyalosis.Ophthalmology117:1486-1492,201015)荻野哲男,竹田宗泰,宮野良子ほか:ハイドロビュー眼内レンズ混濁の発生機序の検討.あたらしい眼科23:405410,2006***(105)あたらしい眼科Vol.28,No.12,20111767