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広角光干渉断層血管撮影を用いた網膜無灌流領域の 各象限ごとの検討

2024年2月29日 木曜日

《第28回日本糖尿病眼学会原著》あたらしい眼科41(2):201.205,2024c広角光干渉断層血管撮影を用いた網膜無灌流領域の各象限ごとの検討山本学平山公美子居明香本田聡河野剛也本田茂大阪公立大学大学院医学研究科視覚病態学CInvestigationofEachQuadrantoftheRetinalNonperfusionAreausingWide-FieldOpticCoherenceTomographyAngiographyManabuYamamoto,KumikoHirayama,AkikaKyo,SatoshiHonda,TakeyaKohnoandShigeruHondaCDepartmentofOphthalmologyandVisualSciences,OsakaMetropolitanUniversityGraduateSchoolofMedicineC目的:広角フルオレセイン蛍光造影(FA)と広角光干渉断層血管撮影(OCTA)を用いて糖尿病網膜症(DR)の無灌流領域(NPA)の評価を各象限ごとに比較検討した.対象および方法:2021年C1月.2022年C8月に大阪公立大学医学部附属病院眼科で広角CFAと広角COCTAを撮影したC38例C76眼.広角CFAの撮影にはCOptos200Tx(Optos社,撮影画角200°)を,広角OCTAはCOCT-S1(キヤノン)を使用した.NPAの検討は,眼底を上下内外のC4象限に分け,FAを基準にCNPAの一致率を検討した.結果:各象限の所見一致率は上下内外それぞれ,80.6%,96.2%,96.8%,81.8%で下方,内側に高い傾向にあったが有意差はなかった(p=0.076).OCTAでのCNPAの感度はC72.7%,100%,100%,73.3%で有意差を認め(p<0.01),特異度はC100%,87.5%,85.7%,88.9%で有意差はなかった(p=0.737).結論:各象限ごとでCNPAの検出に違いがみられた.OCTAの特性を理解し活用することで,日常診療におけるCFAの機会の減少やより確実なCDRの評価につながると考えた.CPurpose:Tocompareandevaluatenon-perfusionareas(NPA)ofdiabeticretinopathy(DR)usingwide-.eld(WF)fundus.uoresceinangiography(FA)(WF-FA)andWFopticalcoherencetomographyangiography(WF-OCTA)ineachfundusquadrant.SubjectsandMethods:Thisstudyinvolved76eyesof38patientswhounder-wentWF-FAandWF-OCTAimaging.TheOptos200TxUltra-Wide.eldRetinalImagingDevice(OptosPlc)wasusedCforWF-FA(200°CangleCofview)C,CandCtheCXephilioOCT-S1(CanonInc.)wide-.eldCretinal-imagingCdeviceCwasusedforWF-OCTA.ForNPAexamination,thefunduswasdividedintofourquadrants(upper,lower,inner,andouter)C,andtheagreementrateofNPAwasexaminedbasedonFA.Results:Fortheupper,lower,inner,andouterCquadrants,CtheCagreementCratesCwere80.6%,96.2%,96.8%,Cand81.8%,respectively(p=0.076)C,withnosigni.cantdi.erencebetweenthelowerandinnerquadrants.ThesensitivityofNPAinOCTAwas72.7%,100%,100%,and73.3%,respectively,withasigni.cantdi.erence(p<0.01)C,andthespeci.citywas100%,87.5%,85.7%,and88.9%,respectively,withnosigni.cantdi.erences(p=0.737)C.CConclusion:Althoughthereweredi.erencesintheCdetectionCofCNPACinCeachCquadrant,CunderstandingCandCutilizingCtheCcharacteristicsCofCOCTACmayCleadCtoCaCmorereliableevaluationofDR.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C41(2):201.205,C2024〕Keywords:糖尿病網膜症,フルオレセイン蛍光造影,光干渉断層血管撮影.diabeticretinopathy,.uoresceinan-giography,opticcoherencetomographyangiography.CはじめにFA)が広く行われてきた.撮影には眼底カメラ型のものか糖尿病網膜症(diabeticretinopathy:DR)は糖尿病患者ら最近ではレーザー光を使用した広角に撮影できる広角CFAにおける重大な眼合併症であり,その病期分類の評価には従も登場し,その有用性は確立している1.4).しかし,FAは来からフルオレセイン蛍光造影(.uoresceinangiography:造影剤を使用し,アナフィラキシーショックなどの合併症リ〔別刷請求先〕山本学:〒545-8585大阪市阿倍野区旭町C1-4-3大阪公立大学大学院医学研究科視覚病態学Reprintrequests:ManabuYamamoto,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmologyandVisualSciences,OsakaMetropolitanUniversityGraduateSchoolofMedicine,1-4-3,Asahi-machi,Abeno-ku,Osaka545-8585,JAPANC表1症例の内訳特徴症例数;例(眼)38(76)性別(例)男性C26,女性C12年齢;平均(範囲)60.7(C32.C87)高血圧;例(%)28(74)高脂血症;例(%)11(29)HbA1c(%);Median(Range)7.7(C4.9.C11.6)インスリン使用歴;例(%)15(39%)糖尿病網膜症重症度;眼(%)網膜症なし2(3%)軽症増殖前網膜症11(14%)中等度増殖前網膜症22(29%)重症増殖前網膜症20(26%)増殖網膜症21(28%)スクもあるため,眼底の経過観察のために頻回に行うことは躊躇される5).FAがCDRの詳細な眼底評価検査としてゴールドスタンダードであることは論をまたないが,DRの国際重症度分類では眼底観察所見が主体であり,FA所見が採用されていないことも日常診療での判断に制約を与えているともいえる.近年,眼底の断層像撮影が可能な光干渉断層計(opticCcoherencetomography:OCT)の,動的シグナルを抽出し眼底の血流を同定する光干渉断層血管撮影(opticcoherencetomographyCangiography:OCTA)が登場し,無侵襲に網膜血流を評価できるようになってきた6).当初COCTAは画角が小さいことが欠点であったが,最近では撮影技術の向上により,広角でCOCTAを撮影できる装置も市販化されてきた.OCTAでの血流シグナルの同定はいまださまざまな問題点もあるが,DRにおいてはCOCTAを活用する報告も多くなってきている7.9).今回筆者らは,DRの活動性評価に重要な所見である無灌流領域(nonperfusionarea:NPA)について,広角COCTAを用いてCFAと比較評価し,所見の一致率や病期分類の妥当性を検討したので報告する.CI対象および方法本研究はヘルシンキ宣言に基づき,大阪公立大学医学系研究等倫理審査委員会の承認のもと,オプトアウトによる後ろ向き観察研究である.対象はC2021年C1月.2022年C8月に大阪公立大学医学部附属病院眼科を受診し,広角CFAおよび広角COCTAを同時期に行ったCDR症例C38例C76眼である.表1に症例の内訳を示す.男性C26例,女性C12例,平均年齢は60.7歳(32.87歳)であった.広角CFAの撮影にはCOptos200TX(Optos社,撮影画角約C200°)を,広角COCTAにはOCT-S1(キヤノン,撮影画角約C80°)を用いた.FAとOCTAの撮影時期はC1週間以内のものを採用した.FAの画像には造影後C1分後以降の静脈相のものを使用した.また,OCTAの画像の検出にはCdefaultのCOCTAモード(20C×23mm)で撮像し,denoise処理を行ったCsuper.cialCperiphery(網膜内層用モード)で解析したものを採用した.NPAの検討方法は,眼底を上下内外のC4象限に分け,各象限ごとにCNPAの有無を比較した(図1).NPAは長径がC1乳頭径以上のものをCNPAありとし,二人の専門医(M.Y.,A.K.)でCNPAあり,NPAなし,判定不能のC3段階で評価した.判定不能の基準は,FA,OCTAともに網膜血管の陰影が追えていることを目安とし,各象限ごとの範囲内にC50%以上判定できない領域がある場合を判定不能とした.検討項目は,FAとCOCTAで判定が可能であった割合,FA所見を基準としたCOCTAによるCNPAの検査精度(全体および各象限ごと),NPAの程度のみでレーザー網膜光凝固術の適応判定を行うと仮定した場合の一致率(NPAがC1.2象限:局所光凝固,3象限以上:汎網膜光凝固)を検討した.統計学的手法として,各機器の診断可能であった割合にはCMcNemar’stestを,各象限同士のCFAとCOCTAでの判定可能率および所見の一致率にはCChi-squaredtestを,レーザー網膜光凝固術の一致率にはCChi-squaredtestを用いた.統計解析の有意水準はCp=0.05とし,多重比較の補正にはBonferroni法を用いた.統計解析ソフトはCSPSSCver24.0(IBM社)を使用した.CII結果76眼C304カ所の象限中,NPAの判定不能であった箇所を除いた総数は広角CFAではC281カ所(92.4%),広角COCTAではC238カ所(78.3%)で,両者で判定可能であったものは225カ所(全体のC74.0%,広角CFAで判定できたもののうち80.1%)であった.このC225カ所を両機器のCNPA判定比較に採用した.また,広角CFAで判定不能とされたC23カ所では,13カ所(56.5%)が広角COCTAでCNPAの判定が可能であった.各象限ごとの両機器の比較では,全象限で広角CFAのほうが広角COCTAより判定できた割合は高く(p<0.001,CMcNemar’stest),象限ごとの判定可能率は下側で低い傾向はあったが有意差はみられなかった(p=0.18,Chi-squaredtest)(図2).広角CFA所見を基準とした場合のCNPAの検査精度を表2に示す.所見の一致率は下側,鼻側で高く,上側,耳側で低い傾向にあった(p<0.01,Chi-squaredtest).とくに上側では感度は低いが特異度は高く,外側では感度・特異度とも低い傾向にあった.NPAの象限数のみでレーザー網膜光凝固術の適応判定を行った場合,広角COCTAで非適応はC10眼(17.9%),局所網膜光凝固術はC18眼(32.1%),汎網膜光凝固術はC28眼図1FAとOCTAでの各象限の区分け黄斑部を中心とし,上側,下側,内側,外側のC4象限に分けて,各象限ごとに無灌流領域を比較した.糖尿病網膜症の診療におけるCFAの役割は,網膜症の病期判定できた割合を判定し,治療適応の可否を決定することが主体である.網膜症の病期ごとに比較した検討では,軽症よりも重症網膜症でCFAの重要性が高いという報告もある.重症であればあるほど頻度は厭わず網膜症を詳細に評価することが望ましくなる一方で,FAでは造影剤を使用するため,頻回な評価は困難である.OCTAでは,非侵襲的に網膜や脈絡膜の循環動態を観察でき,臨床上はCFAより簡便に施行できるのがメリットである7).今回の検討では,広角CFAでの診断可能率がC92.4%,広角COCTAではC78.2%であり,OCTAで割合が劣るものの,非侵襲,頻回の評価が可能なことは使用に足るものと思われる.広角CFA・OCTAで検出率の違いが生じた原因として,検出方法の違いがあげられる.今回使用したCOCTAでは,約1分程度の固視が必要であり,固視が不十分であるとCcomb-ingnoiseといわれる横縞様の水平のずれが生じてしまい,評価が困難となる.今回の検討でも,OCTAで評価不能であったもののほとんどはこのCcombingnoiseによるものであった.一方,FAでは固視不良であっても撮影可能であり,新生児や乳幼児であっても撮影可能との報告もある4,10).これが診断可能な割合の大きな原因となっているが,現行の診断機器ではCOCTAの検出技術上はむずかしい.しかし,さらなる機器の発展により克服できる可能性は十分にある.逆に,FAで評価不能であったもののうち,56.5%でCOCTA評価が可能であった.この理由の一つとして光源波長の違いがある.FAで使用されている波長はC488Cnmであるのに対表2広角FA所見を基準とした広角OCTAによるNPAの一致表3広角OCTAでのNPAの象限数によるレーザー適応判定と率と検査精度広角FAとの一致率一致率86.7%81.4%95.9%94.8%76.3%感度84.8%71.1%97.1%97.8%66.7%特異度90.0%100.0%92.9%84.6%84.4%陽性的中率93.8%100.0%97.1%95.7%78.3%陰性的中率76.6%65.6%92.9%91.7%75.0%偽陽性率10.0%0.0%7.1%15.4%15.6%偽陰性率15.2%28.9%2.9%2.2%33.3%陽性尤度比C8.48C∞C13.60C6.36C4.27陰性尤度比C0.17C0.29C0.03C0.03C0.40では,鼻側から進行しやすく周辺部へと進むものが多いこと,前述のように下側の最周辺部は検出しにくいことから,撮影画角が狭いCOCTAとの一致率は下側・鼻側で高い傾向にあったと考えられる12.14).Zengらの広角COCTAの画角に広角CFAを合わせて検討した研究では,FAとCOCTAで検出できたCNPAの面積には差はみられなかったと報告している15).この研究での画角はC81°C×68°とほぼCOCT-S1と同等のものであり,画角が同一であった場合は両者ともほぼ同一の検出率であるかもしれない.ただし,この報告では全例でCFAとCOCTAの撮影が可能であったとされているので,前述した硝子体出血などの画像構築に支障をきたす病態があると両者に違いが生じる可能性はあり,対象の違いは考慮する必要がある.さらに,富安らは,広角CFAを使用しC7.7%で最周辺部のみにCNPAを認める症例があるとしており,画角が狭いCOCTAではこのような所見を検出できていなかった可能性がある2).OCTAでも,撮影枚数を増やしパノラマ画像を作製することも可能であり,簡便さとのトレードオフになるが,眼底所見で疑わしい場合にはそのような工夫も必要かもしれない.NPAのみを判断基準とした網膜光凝固術の治療適応基準では,OCTAで非適応となったものはCFAでも非適応であり,汎網膜光凝固術が適応となったものはCFAでも適応となっていた.あくまでCNPAに限定した適応基準であり,実臨床では総合的に判断する必要はあるものの,OCTAを活用することでCFAの施行回数を少なくすることはできると考えられる.糖尿病網膜症診療ガイドラインにも示されているように,NPAの出現を早期に判断して汎網膜光凝固術を行うほうが網膜症の重症化を予防できるとされているため,頻回に検査ができることはCOCTAでの利点である1,16).今回の結果をふまえ,軽症非増殖網膜症以上の進行や前回よりも悪化がみられた場合には,FA施行の前にCOCTAを撮影することで,FAの機会を少なくしつつ網膜光凝固の適応を適切な時期に考慮できると思われる.今後もさらなる症例の蓄積,解析を行い,より精密な評価が必要と考えられる.非適応10(C17.9)C100局所網膜光凝固術18(C32.1)C66.7汎網膜光凝固術28(C50.0)C100C文献1)瓶井資,石垣泰,島田朗ほか:糖尿病網膜症診療ガイドライン(第C1版).日眼会誌C124:955-981,C20202)富安胤,平原修,野崎実ほか:超広角蛍光眼底造影による糖尿病網膜症の評価.日眼会誌C119:807-811,C20153)FalavarjaniGK,TsuiI,SaddaSR:Ultra-wide-.eldimag-ingCinCdiabeticCretinopathy.CVisionCResC139:187-190,C20174)MagnusdottirCV,CVehmeijerCWB,CEliasdottirCTSCetal:CFundusCimagingCinCnewbornCchildrenCwithCwide-.eldCscanninglaserophthalmoscope.ActaOphthalmolC95:842-844,C20175)大矢佳,中村裕,安藤伸:フルオレセイン蛍光眼底造影における副作用の危険因子と安全対策.日眼会誌C122:95-102,C20186)石羽澤明:OCTアンギオグラフィーのすべて糖尿病網膜症への応用.眼科グラフィックC5:335-339,C20167)HorieS,Ohno-MatsuiK:ProgressofimagingindiabeticretinopathyC─CfromCtheCpastCtoCtheCpresent.CDiagnostics(Basel):12,C1684,C20228)ZhangCQ,CRezaeiCKA,CSarafCSSCetal:Ultra-wideCopticalCcoherenceCtomographyCangiographyCinCdiabeticCretinopa-thy.QuantImagingMedSurgC8:743-753,C20189)SawadaCO,CIchiyamaCY,CObataCSCetal:ComparisonCbetweenCwide-angleCOCTCangiographyCandCultra-wideC.eldC.uoresceinCangiographyCforCdetectingCnon-perfusionCareasandretinalneovascularizationineyeswithdiabeticretinopathy.CGraefesCArchCClinCExpCOphthalmolC256:C1275-1280,C201810)KothariCN,CPinelesCS,CSarrafCDCetal:Clinic-basedCultra-wideC.eldCretinalCimagingCinCaCpediatricCpopulation.CIntJRetinaVitreousC5:21,C201911)CoscasCF,CGlacet-BernardCA,CMiereCACetal:OpticalCcoherenceCtomographyCangiographyCinCretinalCveinCocclu-sion:evaluationCofCsuper.cialCandCdeepCcapillaryCplexa.CAmJOphthalmolC161:160-171Ce161-e162,C201612)JacobaCMP,AshrafM,CavalleranoJDetal:AssociationofmaximizingvisibleretinalareabymanualeyelidliftingwithCgradingCofCdiabeticCretinopathyCseverityCandCdetec-tionCofCpredominantlyCperipheralClesionsCwhenCusingCultra-wide.eldimaging.JAMAOphthalmolC140:421-425,C202213)FluoresceinCangiographicCriskCfactorsCforCprogressionCofCdiabeticCretinopathy.CETDRSCreportCnumberC13.CEarlyCTreatmentCDiabeticCRetinopathyCStudyCResearchCGroup.COphthalmologyC98:834-840,C199114)JungCEE,CLinCM,CRyuCCCetal:AssociationCofCtheCpatternCofCretinalCcapillaryCnon-perfusionCandCvascularCleakageCthalmolC15:1798-1805,C2022CwithCretinalCneovascularizationCinCproliferativeCdiabetic16)JapaneseCSocietyCofCOphthalmicCDiabetologyCSotSoDRT,Cretinopathy.JCurrOphthalmolC33:56-61,C2021CSatoY,KojimaharaNetal:Multicenterrandomizedclini-15)ZengQZ,LiSY,YaoYOetal:Comparisonof24C×20CmmCcalCtrialCofCretinalCphotocoagulationCforCpreproliferative(2)swept-sourceOCTAand.uoresceinangiographyfordiabeticretinopathy.JpnJOphthalmolC56:52-59,C2012Ctheevaluationoflesionsindiabeticretinopathy.IntJOph-***

全般性不安障害を合併し,短期間に糖尿病網膜症が 進行した若年発症2 型糖尿病の1 例

2023年1月31日 火曜日

《第27回日本糖尿病眼学会原著》あたらしい眼科40(1):101.105,2023c全般性不安障害を合併し,短期間に糖尿病網膜症が進行した若年発症2型糖尿病の1例山崎光理*1宮本寛知*1木下貴正*1清水美穂*1森潤也*1青木修一郎*1三次有奈*2今泉寛子*1*1市立札幌病院眼科*2市立札幌病院糖尿病内分泌内科CACaseofYoung-OnsetType2DiabeteswithGeneralizedAnxietyDisorderandDiabeticRetinopathythatProgressedOveraShort-TermPeriodHikariYamasaki1),TomohiroMiyamoto1),TakamasaKinoshita1),MihoShimizu1),JunyaMori1),ShuichiroAoki1),ArinaMiyoshi2)andHirokoImaizumi1)1)DepartmentofOphthalmology,SapporoCityGeneralHospital,2)DepartmentofDiabetology,SapporoCityGeneralHospitalC不安定な精神状態による不規則な生活や内科治療の中断により,血糖コントロールが不良で短期間に糖尿病網膜症が進行した症例について報告する.患者はC26歳,女性.8歳でC2型糖尿病と診断され,中学生頃からうつ傾向があり,22歳で全般性不安障害と診断された.内科,精神科とも治療は中断しがちで,血糖,精神状態ともに不安定であった.初診時視力右眼(1.2),左眼(1.0),両眼非増殖糖尿病網膜症を認め,HbA1cはC13.3%だった.6カ月後,左眼が増殖糖尿病網膜症に進行し,9カ月後には網膜前出血により視力が低下したため硝子体手術を実施し,並行して内科で血糖コントロールも行った.右眼もC18カ月後に増殖糖尿病網膜症となり硝子体手術を実施し,術後視力は右眼(0.5),左眼(0.6)となり,両眼とも糖尿病網膜症は安定した.眼科,他科ともに通院を継続し,全身状態も安定した.本症例では内科,精神科との連携により,治療を中断しないようなかかわりが重要であった.CPurpose:Toreportacaseofyoung-onsettype2diabeteswithgeneralizedanxietydisorderanddiabeticreti-nopathyCthatCprogressedCoverCaCshort-termCperiod.CCaseReport:ThisCcaseCinvolvedCaC26-year-oldCfemaleCdiag-nosedwithtype2diabetesattheageof8andatendencytobedepressedsinceshewasinjuniorhighschoolwhowasdiagnosedwithgeneralizedanxietydisorderattheageof22.Thepatient’sinternalmedicineandpsychiatrictherapytendedtobeinterrupted,andhergeneralconditionwasunstable.Atinitialpresentation,hervisualacuity(VA)was1.2ODand1.0OS,andbilateralnonproliferativediabeticretinopathy(NPDR)andanHbA1cof13.3%wasobserved.Vitreoussurgerywasperformedinherlefteye6monthslaterandinherrighteye18monthslaterdueCtoCtheCbilateralCNPDRCprogressingCtoCproliferativeCdiabeticCretinopathy,CwithCtreatmentsCinCtheCotherCdepart-mentssimultaneouslystrengthened.Postsurgery,herVAwas0.5ODand0.6OS,andthebinoculardiabeticreti-nopathyandheroverallgeneralconditionwerebothstable.Conclusions:Inthiscase,ocularsurgerywassuccess-fulinclosecollaborationwithinternalmedicineandpsychiatrictherapy,thusillustratingtheimportanceofkeepingarelationshipwithotherdepartmentsandnotinterruptingtreatment.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C40(1):101.105,C2023〕Keywords:糖尿病網膜症,若年発症C2型糖尿病,全般性不安障害.diabeticretinopathy,young-onsettype2dia-betes,generalizedanxietydisorder.Cはじめに安障害を合併し,初診時に軽症非増殖糖尿病網膜症(nonpro-糖尿病はうつ病1)や不安障害2)などの精神疾患との関連がCliferativeCdiabeticretinopathy:NPDR)からC6カ月後に左報告されている.8歳で発症したC2型糖尿病患者で全般性不眼,19カ月後に右眼が増殖糖尿病網膜症(proliferativedia-〔別刷請求先〕山崎光理:〒060-8640北海道札幌市中央区北C11条西C13丁目C1-1市立札幌病院眼科Reprintrequests:HikariYamasaki,DepartmentofOphthalmology,SapporoCityGeneralHospital,13-1-1Kita11-jonishi,ChuoKu,SapporoShi,Hokkaido060-8640,JAPANC図1初診時眼底写真と蛍光造影写真両眼眼底に毛細血管瘤を認め,蛍光造影検査では毛細血管瘤と,周辺部に限局的な無灌流領域を認めた.beticretinopathy:PDR)に進行し,汎網膜光凝固を実施したが両眼硝子体手術に至った症例を経験したため報告する.CI症例患者:26歳,女性.主訴:糖尿病網膜症(diabeticretinopathy:DR)の精査.現病歴:8歳でC2型糖尿病と診断され,小児科や内科で入院加療するも中断あり,21歳時にCHbA1c13.2%の状態で近医内科へ転院となった.糖尿病に対して内服治療(メトホルミン,テネグリプチン)を行っていたが,血糖コントロールは不良でCHbA1c9.12%で経過していた.また,中学生頃からうつ傾向があり,22歳で全般性不安障害と診断され内服治療(ロフラゼプ酸エチル)されていたが,23歳から治療を中断していた.近医眼科でCDRの経過観察を行っていたが,精査のため市立札幌病院(以下,当院)眼科を紹介受診した.既往歴:熱性けいれん.家族歴:父親,祖母(父方,母方)が糖尿病,妹は耐糖能異常であった.初診時所見:視力は右眼C0.09(1.2C×sph.3.75D(cylC00DC.2.cyl(50DC.7.sph×,左眼0.06(1.0180°)C2.25DAx.Ax180°),眼圧は右眼20.3mmHg,左眼22.0mmHg,血糖値はC369Cmg/dl,HbA1c13.3%であった.両眼底には少数の毛細血管瘤が散在し,軽症CNPDRであった.光干渉断層計(opticalCcoherencetomography:OCT)では黄斑浮腫はみられなかった(図1).蛍光造影検査(.uoresceinCangiog-raphy:FA)では毛細血管瘤に加えて周辺部に限局性の無灌流領域を認めたため,血糖コントロールが重要であることを指導し,引き続き前医で経過観察とした.経過:6カ月後,左眼の後極部全体に網膜出血が増加したため,再度紹介された.HbA1c12.5%,視力は右眼(1.0),左眼(0.8),OCTで左眼に黄斑浮腫を認め,FAでは左眼の乳頭上に新生血管があり,右眼は毛細血管瘤と局所的な無灌流領域が散在していた(図2).左眼の汎網膜光凝固術(pan-retinalphotocoagulation:PRP)を予定し,PRPによる糖尿病黄斑浮腫の悪化を防止するため,トリアムシノロンアセトニドのCTenon.下注射治療を並施した.初診からC8カ月後,左眼の糖尿病黄斑浮腫は消退した.並行して当院内科へ血糖コントロールを依頼し,2週間の教育入院を行ったが血糖コントロールの改善はなかった.初診からC11カ月後に起床後図2初診6カ月後の蛍光造影写真とOCT画像両眼に網膜出血の増加と左眼黄斑浮腫を認め,蛍光造影検査では左眼の乳頭上下に新生血管を認めたが,無灌流領域は左眼で軽度増加した程度であった.図3初診9カ月後の眼底写真視力は右眼(0.9),左眼(0.09)に低下し,後極部に網膜前出血を認めた.に左眼の視力低下があったため当科を再受診した.左眼視力(0.09)に低下し,後極部に網膜前出血(図3)を認めた.水晶体温存C25ゲージ(G)硝子体手術を施行した.術後左眼視力は(0.6)に改善し,HbA1c9.2%でCDRも安定した.視力は右眼(0.7),左眼(0.8)で経過していたが,初診からC18カ月後に右眼も乳頭上に新生血管が出現し,網膜前出血も伴っており,PRPを開始した.また,内科からの働きかけで精神科への通院を再開した.初診からC34カ月後,右眼の硝子体出血,視神経乳頭から鼻側の牽引性網膜.離(図4)を認め,右眼視力(0.2)に低下したため,水晶体温存C25CG硝子体手術を施行した.術前に当院精神科に入院中の精神状態の評価,内服の管理を依頼し,その後は内科,精神科,眼科と密に連携をとった.初診よりC49カ月で視力は右眼(0.4),左眼(0.5)となり,DRは安定し黄斑浮腫もなく経過した(図5).なお,全経過を通じて両眼とも虹彩ルベオーシスは認めなかった.血糖はCHbA1c9%前後と高めではあったが,内科,精神科についても通院を中断することなく,比較的安定して経過した.図4初診34カ月後の右眼眼底写真とOCT画像右眼の硝子体出血と,視神経乳頭から鼻側の牽引性網膜.離を認めた.図5初診49カ月後の眼底写真両眼底落ち着いた経過をたどった.II考按本症例の特徴として,若年発症のC2型糖尿病であること,精神疾患を合併していること,血糖コントロールが不良で急速にCDRが悪化し手術を要したこと,術後は内科,精神科ともに安定し眼底も落ち着いていることがあげられる.思春期におけるC2型糖尿病の問題点として,思春期にかけてインスリン拮抗ホルモンが増大すること3),成長期であり食欲がもっとも旺盛で,食事療法の順守がむずかしいこと,第二反抗期の時期であり治療に反発しやすいことや,思春期特有の精神的不安定さがあることなどがあげられている4).本症例ではさらに中学からのうつ傾向,全般性不安障害,不眠症を合併しており,そのことが内服治療の中断や血糖コントロールの不良を招きCDRの悪化を助長していたと考えられる.若年者では高齢者と比較して後部硝子体が未.離で,増殖膜は血管が豊富で活動性が高く,急激に増悪することがあり5,6),半年間で正常眼底からCPDRに進展し硝子体手術を要した若年発症の糖尿病の症例報告もある7).JapanCDiabetesCComplicationsCStudy(JDCS)では軽症CNPDRから重症NPDR,PDRへの進行が年間C2.11%8)とされ,国際分類では軽症CNPDRからCPDRに進展する率はC1年後でC0.8%,5年後でC15.5%9)とされており,わが国の診療ガイドラインでも軽症.中等症CNPDRの患者ではC6カ月ごとの診察を目安として推奨している10).しかし,上述した理由から若年者ではより短期間での診察が必要といえる.しかし,本症例では就労のため頻回な通院が困難で,経済的な負担が大きく,精神的な問題も抱えていた.これまで通院も中断しがちであり,通院,治療を強いることで通院自体を中断してしまう恐れがあり,治療につなげるのが困難であった.今回精神科へのコンサルトが遅れたため,より早期から精神科への通院を再開し,精神状態を安定させることで右眼の早期治療につなげられた可能性はあったと考える.また,左眼手術後,右眼視力の悪化がなく,眼底所見も大きな変化がなかったためCFAを実施していなかった.毛細血管閉塞の拡大の把握が遅れた可能性や,重症CNPDRの段階でPRPを実施していれば右眼は手術に至らなかった可能性も否定できない.2型糖尿病,精神疾患,視覚障害は互いにリスクを高める.まずうつ病の患者はC2型糖尿病を発症するリスクが高い1).その原因として,過体重,摂取カロリー高値であること,運動量が少ないこと,喫煙などの好ましくない生活習慣の傾向が考えられる.また,抑うつ症状は視床下部下垂体-副腎および交感神経副腎系の活性化および炎症の増加に関連しており11),炎症マーカーはC2型糖尿病の既知の危険因子である12)ことから,精神疾患自体がC2型糖尿病を発症させうると考える.一方CDRは高血糖,高血圧,腎症,貧血,高コレステロール血症など複数の不良な全身因子の影響を受けている7).DRの重症度およびそれに関連する視力低下の重症度は,心理社会的幸福の低下と有意に相関する13).これは視力低下に起因する日常生活,社会活動の喪失が原因である可能性や,網膜に障害があり光刺激を受けられないことで,睡眠ホルモンであるメラトニンの分泌が不足し睡眠障害を起こしやすくなるためという報告がある14).また,DR患者では視力低下以外に視野異常,色覚とコントラストの異常などもきたすため,これらがメンタルヘルスに悪影響を及ぼしている可能性も示唆されている13).本症例では内科,精神科へ診療を依頼し,密に連携をとりあったことで病状は安定した.他科との連携を早期よりとりながら診療にあたることが重要である.CIII結論若年発症のC2型糖尿病は重症化しやすく,若年者のCDRでは頻回な診察が必要である.視機能障害,精神疾患,全身因子は双方に影響しあっているため,他科との連携が重要である.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)GoldenCSH,CLazoCM,CCarnethonCMCetal:ExaminingCaCbidirectionalCassociationCbetweenCdepressiveCsymptomsCanddiabetes.JAMAC299:2751-2759,C20082)SmithKJ,BelandM,ClydeMetal:Associationofdiabe-teswithanxiety:asystematicreviewandmeta-analysis.JPsychosomResC74:89-99,C20133)SaadRJ,DanadianK,LawyVetal:InsulinresistanceofpubertyinAfrican-Americanchildren:lackofacompen-satoryincreaseininsulinsecretion.PediatricDiabetesC3:C49,C20024)内潟安子:若年発症C2型糖尿病の疫学・成因・病態・治療・合併症.東京女子医科大学雑誌81:154-161,C20115)岡野正:増殖糖尿病網膜症に対する後部硝子体.離と牽引の影響.眼紀38:143-152,C19876)臼井亜由美,清川正敏,木村至ほか:若年者の増殖糖尿病網膜症に対する硝子体手術治療と術後合併症.日眼会誌C115:516-522,C20117)森秀夫:33歳未満で硝子体手術を要した若年糖尿病網膜症症例.あたらしい眼科30:1034-1038,C20138)KawasakiCR,CTanakaCS,CTanakaCSCetal:IncidenceCandCprogressionCofCdiabeticCretinopathyCinCJapaneseCadultswithtype2diabetes:8yearfollow-upstudyoftheJapanDiabetesComplicationsCStudy(JDCS)C.CDiabetologiaC54:C2288-2294,C20119)WilkinsonCCP,CFerrisCFL,CKleinCRECetal:ProposedCinter-nationalclinicaldiabeticretinopathyanddiabeticmacularedemadiseaseseverityscales.OphthalmologyC110:1677-1682,C200310)瓶井資弘,石垣泰,島田朗ほか:糖尿病網膜症診療ガイドライン(第C1版).日眼会誌124:955-981,C202011)MusselmanCDL,CBetanCE,CLarsenCHCetal:RelationshipCofCdepressiontodiabetestypes1and2:epidemiology,biolo-gy,andtreatment.BiolPsychiatryC54:317-329,C200312)DuncanCBB,CSchmidtCMI,CPankowCJSCetal:Low-gradeCsystemicin.ammationandthedevelopmentoftype2dia-betes:theatherosclerosisriskincommunitiesstudy.Dia-betesC52:1799-1805,C200313)KhooCK,CManCREK,CReesCGCetal:TheCrelationshipCbetweenCdiabeticCretinopathyCandCpsychosocialCfunction-ing:aCsystematicCreview.CQualCLifeCResC28:2017-2039,C201914)安藤伸朗:糖尿病網膜症患者さんの悩みを理解する心療眼科的アプローチ.眼科ケア11:1100-1105,C2009***

網膜分離症を伴う牽引性網膜剝離を認めた 非増殖糖尿病網膜症の1 例

2023年1月31日 火曜日

《第27回日本糖尿病眼学会原著》あたらしい眼科40(1):91.94,2023c網膜分離症を伴う牽引性網膜.離を認めた非増殖糖尿病網膜症の1例伊藤駿平野隆雄知久喜明星山健村田敏規信州大学医学部眼科学教室CNon-ProliferativeDiabeticRetinopathywithTractionalRetinalDetachmentandRetinoschisisShunIto,TakaoHirano,YoshiakiChiku,KenHoshiyamaandToshinoriMurataCDepartmentofOphthalmology,ShinshuUniversitySchoolofMedicineC目的:広角Cswept-source光干渉断層計(SS-OCT)にて周辺部に網膜分離症を伴う牽引性網膜.離を確認できた非増殖糖尿病網膜症のC1例を経験したので報告する.症例:79歳,男性.遷延する左眼硝子体出血の加療目的にて信州大学附属病院眼科を紹介受診.初診時,矯正視力は右眼C0.7,左眼C10Ccm指数弁.右眼は毛細血管瘤のみを認める非増殖糖尿病網膜症であった.1回の撮影で水平断C23Cmmの範囲を取得可能な広角CSS-OCT(OCT-S1,キャノン)にて,眼底検査で確認困難であった丈の低い網膜.離が耳側周辺部で確認された.より周辺部を広角CSS-OCTで撮影すると網膜分離症と網膜.離が描出された.同部位では強い硝子体牽引を認め,ラスタースキャンでは網膜内層・外層に裂孔を認めなかったため,牽引性網膜.離に伴う網膜分離症と診断した.左眼の硝子体手術後に右眼への外科的手術介入について説明したが,本人が手術を希望しなかったため,病変部周辺に網膜光凝固を施行.2カ月後も網膜.離の進展は認めず,網膜下液の減少を広角CSS-OCTで観察可能であった.結論:非増殖糖尿病網膜症眼において続発性網膜分離症を伴う牽引性網膜.離を認める症例を経験した.これらの病変の同定,治療後の経過観察に広角CSS-OCTは有用と考えられた.CPurpose:Toreportacaseofnon-proliferativediabeticretinopathy(NPDR)inwhichtractionalretinaldetach-mentCandCretinoschisisCwereCobservedCusingCwide-angleCswept-sourceCopticalCcoherencetomography(SS-OCT)C.CCase:ClinicalCexaminationCofCaC79-year-oldCmaleCwithCtypeC2CdiabetesCmellitusCandCpersistentCvitreousChemor-rhageinthelefteyerevealedNPDRwithmicroaneurysmsintherighteye.Wide-angleSS-OCT(OCT-S1;Can-on)imagingrevealedlowretinaldetachmentandmoreperipheralretinoschisisinthetemporalregion.Thepatientwasdiagnosedwithtractionalretinaldetachmentandsecondaryretinoschisisduetothevitreoustractionobservedatthesite,andtherasterscandidnotshowanytearsintheinnerorouterretinallayers.Afterperformingparsplanavitrectomyinthelefteye,retinalphotocoagulationwasperformedaroundthelesionintherighteyeduetotheCpatientCnotCwishingCtoCundergoCsurgicalCintervention.CTwoCmonthsClater,Cwide-angleCSS-OCTCshowedCnoCpro-gressionCofCretinalCdetachment,CandCsubretinalC.uidCdecreasedCoverCtime.CConclusion:Wide-angleCSS-OCTCwasCfoundusefulfortheevaluationofNPDRwithtractionalretinaldetachmentandsecondaryretinoschisisatbothpreandposttreatment.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C40(1):91.94,2023〕Keywords:糖尿病網膜症,牽引性網膜.離,網膜分離症,広角スウェプトソース光干渉断層計.diabeticretinopa-thy,tractionalretinaldetachment,retinoschisis,wide-angleswept-sourceopticalcoherencetomography.Cはじめにの遺伝形式をとる先天性と,中年以降の網膜周辺部に生じる網膜分離症は感覚網膜がC2層に分離する疾患で,若年者の後天性に分類される1).後天性網膜分離症は成因が不明な点黄斑部および網膜周辺部に生じ,多くは伴性劣性(X-linked)が多く,臨床および病理組織学的検討から加齢による網膜周〔別刷請求先〕伊藤駿:〒390-8621長野県松本市旭C3-1-1信州大学医学部眼科学教室Reprintrequests:ShunIto,M.D.,DepartmentofOphthalmology,ShinshuUniversitySchoolofMedicine,3-1-1Asahi,Matsumoto,Nagano390-8621,JAPANC図1初診時右眼の広角眼底写真と光干渉断層計(OCT)画像a:広角眼底写真では点状・斑状の網膜出血を認める.カラーマップと比較すると,網膜肥厚部位の色調はやや暗く見える.Cb:黄斑部を通るCSD-OCT(6Cmm)水平断では異常所見を認めない.Cc:黄斑部を通るCSS-OCT(23Cmm)水平断では周辺部耳側に網膜.離(C.)を認める.d:OCTカラーマップでも周辺部耳側に網膜.離の影響と考えられる網膜厚の肥厚所見(.)を認める.図2左眼の広角眼底写真の継時的変化と超音波Bモード画像a:初診時の広角眼底写真.硝子体出血で眼底詳細不明である.Cb:初診時のCBモード.硝子体に絡まる出血を認め,網膜.離を認めない.Cc:硝子体術後C1カ月の広角眼底写真.汎網膜光凝固の瘢痕化を認めた.硝子体出血の誘因と考えられた網膜裂孔はC6時方向の網膜周辺部に認めた(眼底写真の範囲外).最終矯正視力はC0.7であった.辺部の類.胞変性が関与しているとされる.近視性牽引黄斑症や硝子体牽引症候群でみられるほか,増殖糖尿病網膜症や網膜.離に続発することも報告されている2).今回,筆者らは広角Cswept-source光干渉断層計(swept-sourceCopticalCcoherencetomography:SS-OCTであるOCT-S1,キャノン)を用い周辺部網膜の網膜分離症を伴う牽引性網膜.離を同定し,さらには治療後の経過を評価可能であった非増殖糖尿病網膜症のC1例を経験したので報告する.CI症例患者はC79歳,男性.20年来のC2型糖尿病で,直近のHbA1cはC6.2%とコントロール良好であったが定期的な眼科受診歴はなかった.左眼の視力低下を自覚し近医受診したところ,硝子体出血を指摘され,精査加療目的にて信州大学附属病院眼科に紹介受診となった.初診時視力は右眼C0.4(0.7×+3.50D),左眼C10cm指数弁(矯正不能).眼圧は右眼C11CmmHg,左眼C14CmmHgであり,眼軸長は右眼C22.30Cmm,左眼C22.58Cmmと強度近視眼ではなかった.前眼部中間透光体には両眼ともCEmery-Little分類でCgrade2の白内障を認めるのみであった.右眼には毛細血管瘤が散在していて国際重症度分類で軽度非増殖糖尿病網膜症の状態であった(図1a).左眼は硝子体出血のため眼底透見不良であったが,超音波CBモードで明らかな網膜.離は確認できなかった(図2a,b).1カ月以上遷延する消退不良の硝子体出血に対し,本人の手術希望もあり,同意を得て左眼水晶体再建術,経毛様体扁平部C25ゲージ硝子体手術を施行した.術中,左眼眼底には点状,斑状出血を認めるが増殖性変化を認めず,中等度非増殖糖尿病網膜症であった.6時方向の網膜周辺部に網膜裂孔および破綻した架橋血管が確認され硝子体出血の原因と考えられた(図2c).糖尿病罹病期間がC20年間と長く,将来的に増殖性変化出現の可能性も図3初診時右眼のパノラマ写真と耳側の広角光干渉断層計(OCT)画像a:パノラマ写真では耳側に網膜.離(.)を確認できる.Cb:耳側を撮影したCSS-OCT水平断の拡大写真.牽引性網膜.離(C.)およびその直上,耳側に網膜分離症(C.)を認める.Cc:耳側のCOCTカラーマップでは局所的な網膜厚の肥厚所見()を認める.ラスタースキャンでは裂孔や外層孔,内層孔を認めない.d:23CmmC×20Cmmの広角COCTAで広範囲の無灌流領域や新生血管を認めない.否定できないため,術中,汎網膜光凝固を施行した.一方,後極を狙った広角CSS-OCTのルーチン撮影で,通常の眼底診察およびCspectral-domainOCT(SD-OCT)では検出されなかった丈の低い網膜.離を認めた(図1c,d).さらに耳側網膜を追加撮影したところ,後部硝子体.離は既完であり,耳側と.離部位上に網膜分離症が描出された(図3a,b,c)..離部位をCOCTラスタースキャンで細かく確認したが,内層・外層ともに裂孔は確認できず,牽引性網膜.離と続発性網膜分離症と診断した.なお,光干渉断層血管撮影(OCTangiography:OCTA)では広範囲の無灌流領域や新生血管を認めず,非増殖糖尿病網膜症に矛盾しない所見であった(図3d).本人に病状を説明し,右眼の牽引性網膜.離に対する硝子体手術を提案したが,左眼の手術直後ということもありこの時点での積極的な手術は希望しなかった.初診時からC1カ月後,広角CSS-OCT所見でも右眼の牽引性網膜.離の進行は認められなかったが,硝子体による牽引は継続していた(図4a).牽引性網膜.離に対する治療として再度,硝子体手術,網膜光凝固術を提案したところ,網膜光凝固術を希望したため,.離が進行する場合は緊急で硝子体手術を行うことを詳細に説明し,同意を得たのちに,網膜.離周囲に網膜光凝固術を施行した(図4b).右眼網膜光凝固後C2カ月で網膜.離の進展を認めず,広角CSS-OCT所見では網膜下液の経時的な減少が確認できた(図4c).この時点で左眼視力は(0.7)まで改善を認めた.今後広角CSS-OCTも含め定期的な経過観察を行う予定である.CII考察増殖糖尿病網膜症眼における網膜分離症については多くの報告がなされている.正常眼と比較すると増殖糖尿病網膜症の硝子体液では凝固,補体,キニン-カリクレインシステムなど,癒着に関与する蛋白質が有意に高いこと3)や網膜新生血管を足がかりとして牽引性網膜.離が引き起こされる際に網膜分離症が併発するためと考えられている.一方で本症例.離部後極側中心窩図4右眼の病変部の継時的変化(SS-OCT水平断)a:初診時からC1カ月後.Cb:網膜光凝固直後.網膜.離の進行を認めず,鼻側に凝固斑を確認できる.検眼鏡で網膜分離症の部位にも凝固斑を確認できた.Cc:網膜光凝固C2カ月後.硝子体による牽引は持続しているが,網膜下液は減少しており,網膜.離の進行を認めない.は明らかな増殖性変化を伴わない非増殖糖尿病網膜症眼にもかかわらず,牽引性網膜.離に伴う網膜分離症が確認された.この理由を考察する.本症例では広角CSS-OCTにて病変部での後部硝子体皮質による網膜の牽引が確認できた(図3b).この牽引は網膜光凝固術後C2カ月後にも持続しており(図4c),強い網膜-硝子体の癒着が生じていたと推察する.健常人や網膜症のない糖尿病患者と比較すると,糖尿病網膜症患者では非増殖期においても後部硝子体の厚み,硝子体分離,網膜と硝子体の癒着など網膜硝子体界面の異常の割合が有意に増加することが知られている4).長期間の糖尿病罹患により網膜-硝子体の強い癒着が生じ,後部硝子体.離に伴って牽引性網膜.離および続発性網膜分離症が発生したと推察する.また,増殖糖尿病網膜症の病理組織学的研究報告中の牽引性網膜.離と網膜分離症を同一部位に認めた写真5)と,本症例の広角CSS-OCT画像を比較すると,その構造は非常に類似している.このことはこの考えを支持する.筆者らの調べた限り,非増殖糖尿病網膜症に伴う網膜分離症の報告は確認できなかった.この理由の一つとして,周辺部の限局的な網膜分離症は通常の眼底検査や従来のCOCT検査では描出困難なことが考えられる.本症例でも,初診時の通常の眼底検査や撮像範囲がC6CmmのCSD-OCT検査(図2a,b)では牽引性網膜.離,網膜分離症は同定できなかった.同一光源から発した二つの光の光路差から光干渉現象を利用することで非侵襲的に網脈絡膜の断層画像を取得可能な手法としてC1991年に初めて報告されたCOCTは,網脈絡膜疾患にとどまらず角膜疾患や緑内障疾患など多くの疾患の評価に用いられ,日常診療には欠かせない検査となっている6).しかし,既存のCOCTは撮像範囲が後極部に限定される機器が多く,網膜静脈閉塞症や糖尿病網膜症といった広く眼底に病変をもつ疾患の網膜断層や循環動態を全体的に評価することは困難であった.近年,SD-OCTよりも長波長の光源を用いたCSS-OCTの登場によりこの撮像範囲の問題は解決しつつある7).本症例においては最大撮像範囲の横径がC23Cmmの広角CSS-OCT装置であるCOCT-S1を用いることで,周辺部の限局した網膜.離と網膜分離症を同定することができた.OCT-S1では長波長のCsweptsource光源の特徴を生かし,網膜にとどまらず,脈絡膜から硝子体まで深さ方向に広い範囲の情報を取得できる.本症例でもこの特徴により網膜の状態だけではなく,網膜に対する硝子体の強い牽引も詳細に観察可能であった.今後,広角CSS-OCTによる周辺部の新たな知見の報告が期待される.次に本症例の治療について考察する.後天性網膜分離症の大部分は進行が緩徐であり,経過観察を選択することが多い.治療を考慮するものとして網膜内層孔・外層孔を生じ分離症の拡大,網膜.離への移行の可能性が高い場合があげられ1),広範な網膜.離を伴った場合には網膜光凝固のほかに硝子体手術を施行することが検討される8).本症例では牽引性網膜.離の範囲は限局的で,網膜分離症に内層孔・外層孔を認めなかった.僚眼の硝子体手術直後であり,患者自身が早急な硝子体手術を希望しなかったため,網膜光凝固を選択した.現在,光凝固後C2カ月が経過したが,網膜.離,網膜分離症の進行は認めていない.網膜分離症に対し網膜光凝固術を施行した箇所に裂孔原性網膜.離を発症した例もあり9),光凝固後も定期的な経過観察が必要と考えられた.また,網膜下液の吸収は緩徐で,増殖糖尿病網膜症による牽引性網膜.離の網膜下液の自然吸収には平均C57.5日かかることが報告されている10).本症例では広角CSS-OCTによる観察で網膜光凝固後の網膜下液の継時的な減少を評価することができた.広角CSS-OCTは眼底周辺部の局所的な牽引性網膜.離や続発性の網膜分離症などの網膜硝子体界面異常の同定や治療後の経過観察に有用であることが示唆された.文献1)ByerNE:Clinicalstudyofsenileretinoschisis.ArchOph-thalmolC79:36-44,C19682)BuchCH,CVindingCT,CNielsenNV:PrevalenceCandClong-termCnaturalCcourseCofCretinoschisisCamongCelderlyCindi-viduals:theCCopenhagenCCityCEyeCStudy.COphthalmologyC114:751-755,C20073)BalaiyaS,ZhouZ,ChalamKV:Characterizationofvitre-ousCandCaqueousCproteomeCinChumansCwithCproliferativeCdiabeticretinopathyanditsclinicalcorrelation.ProteomicsInsightsC8:1178641816686078,C20174)AdhiCM,CBadaroCE,CLiuCJJCetal:Three-dimensionalCenhancedimagingofvitreoretinalinterfaceindiabeticret-inopathyCusingCswept-sourceCopticalCcoherenceCtomogra-phy.AmJOphthalmolC162:140-149,Ce1,C20165)FaulbornJ,ArdjomandN:Tractionalretinoschisisinpro-liferativeCdiabeticretinopathy:aChistopathologicalCstudy.CGraefesArchClinExpOphthalmolC238:40-44,C20006)HuangCD,CSwansonCEA,CLinCCPCetal:OpticalCcoherenceCtomography.ScienceC254:1178-1181,C19917)ChikuY,HiranoT,TakahashiYetal:EvaluatingposteC-riorCvitreousCdetachmentCbyCwide.eldC23-mmCswept-sourceCopticalCcoherenceCtomographyCimagingCinChealthyCsubjects.SciRepC11:19754,C20218)GotzaridisEV,GeorgalasI,PetrouPetal:Surgicaltreat-mentCofCretinalCdetachmentCassociatedCwithCdegenerativeCretinoschisis.SeminOphthalmolC29:136-141,C20149)小林英則,白尾裕,浅井宏志ほか:引き抜き血管を伴う後極部外層裂孔による網状変性網膜分離症網膜.離に対する硝子体手術のC1例.あたらしい眼科16:873-877,C199910)貝田真美,池田恒彦,澤浩ほか:糖尿病牽引性網膜.離の網膜下液の自然吸収過程と性状に関する検討.眼紀C49:501-504,C1998***

抗血管内皮増殖因子薬硝子体注射が有効であった 増殖糖尿病網膜症に対する硝子体手術後の血管新生緑内障の1 例

2022年4月30日 土曜日

《第26回日本糖尿病眼学会原著》あたらしい眼科39(4):501.505,2022c抗血管内皮増殖因子薬硝子体注射が有効であった増殖糖尿病網膜症に対する硝子体手術後の血管新生緑内障の1例森秀夫宮保浩子大阪市立総合医療センター眼科CACaseofNeovascularGlaucomaafterVitrectomyforProliferativeDiabeticRetinopathyE.ectivelyTreatedbyRepeatedAnti-VascularEndothelialGrowthFactorInjectionsHideoMoriandHirokoMiyaboCDepartmentofOphthalmology,OsakaCityGeneralHospitalC抗血管内皮増殖因子(VEGF)薬硝子体内注射が眼圧制御と視力維持に有効であった血管新生緑内障(NVG)のC1例を報告する.症例は長期間糖尿病を放置したC72歳,男性.左眼視力は生来不良であった.今回右眼に白内障と増殖糖尿病網膜症を発症し,視力はC0.4に低下した.硝子体出血は認めなかった.球後麻酔下に白内障併施硝子体手術を施行中に不穏興奮状態となり,手術は中止に至った.術後は硝子体出血が著明であり,軽度の認知症の合併が判明した.全身麻酔での再手術を施行し,半年後視力C0.8を得た.手術C9カ月後CNVG(眼圧C40CmmHg)を発症した.濾過手術の前処置として抗CVEGF薬を硝子体内注射すると眼圧はC10CmmHg台に下降し,虹彩新生血管は消失した.認知症患者の唯一眼であり,濾過手術は中止した.その後C3.4カ月間隔でC2度CNVGが再燃し,その都度注射により眼圧制御と視力維持を得ている.NVGへの抗CVEGF薬注射は,手術の出血軽減目的の前処置として位置づけられるが,症例によっては継続注射が有効な場合もありうると思われた.CPurpose:Toreportacaseofneovascularglaucoma(NVG)aftervitrectomyforproliferativediabeticretinopa-thyCthatCwasCsuccessfullyCtreatedCbyCrepeatedCintravitrealCanti-vascularCendothelialCgrowthfactor(anti-VEGF)Cinjections.Casereport:A72-year-oldmalewithdiabetesmellitus(DM)presentedproliferativediabeticretinopa-thyinhisrighteye.Visualacuity(VA)(Snellenchart)inhisrighteyewas0.4,whilethatinhisleft-eyewaspoorsinceCchildhood.CHeChadCnotCundergoneCtreatmentCforCDMCforCaClongCtime.CForCtreatment,CvitrectomyCcombinedCwithCcataractCsurgeryCunderCretrobulbarCanesthesiaCwasCperformed.CHowever,CtheCpatientCbecameCagitatedCandCuncontrollablemid-surgery,sotheoperationwasdiscontinued.Postoperatively,markedvitreoushemorrhagewasobserved,andhewasdiagnosedwithmilddementia.Reoperationwassuccessfullyperformedundergeneralanes-thesia.At6-monthspostoperative,hisright-eyeVAimprovedto0.8,yetat9-monthspostoperative,NVGwithanintraocularpressure(IOP)of40CmmHgdeveloped.Anti-VEGFwasinjectedintravitreallyasanadjuncttherapyto.ltrationsurgery.TheIOPloweredto10-somethingmmHg,andtheirisneovascularizationdisappeared.SincethepatientChadCdementiaCandConlyChadCvisionCinChisCrightCeye,CtheCplannedC.ltrationCsurgeryCwasCcancelled.CNVGCrecurredtwiceatanintervalof3or4months,yetwassuccessfullytreatedeachtimeviainjectionofanti-VEGF.Conclusion:AlthoughCintravitrealCanti-VEGFCinjectionCisCgenerallyCconsideredCanCadjunctCtherapyCforCtheCreduc-tionofintraoperativehemorrhageinNVGpatients,repeatedinjectionscane.ectivelytreatrecurrentNVGinsomecases.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C39(4):501.505,C2022〕Keywords:糖尿病網膜症,血管新生緑内障,抗血管内皮増殖因子,硝子体内注射,認知症,唯一眼.diabeticreti-nopathy,neovascularglaucoma,anti-vascularendothelialgrowthfactor,intravitrealinjection,dementia,onlyeye.C〔別刷請求先〕森秀夫:〒630-0136奈良県生駒市白庭台C6-10-1白庭病院眼科Reprintrequests:HideoMori,M.D.,DepartmentofOphthalmology,ShiraniwaHospital,6-10-1Shiraniwadai,IkomaCity,Nara630-0136,JAPANC図1初診時右眼眼底写真黄斑近傍の硬性白斑を認める.明瞭な新生血管は認めない.はじめに血管新生緑内障(neovascularglaucoma:NVG)は糖尿病網膜症眼や網膜中心静脈閉塞症などの失明原因として重要である1).NVGに対する抗血管内皮増殖因子(vascularendo-thelialgrowthfactor:VEGF)薬の硝子体内注射は,汎網膜光凝固(panretinalphotocoagulation:PRP)や手術治療などの補助療法としての位置づけが一般的であるが1.3),今回唯一眼に発症したCNVGに対し抗CVEGF薬(アフリベルセプト)の継続的硝子体注射が眼圧コントロールと視力維持に有効であった症例を経験したので報告する.CI症例患者はC20年余り前に糖尿病を指摘され,短期間治療して血糖値が下がり,その後自己判断で治療せず放置していた72歳,男性.生来左眼の視力は不良であった.今回右眼の視力不良のため運転免許の更新ができず近医を受診し,糖尿病網膜症としてC2019年C8月下旬当科を紹介受診した.初診時視力はCVD=0.1(0.4×+2.25D(.cyl2.0DAx90°),VS=0.01(0.02×+2.0D(.cyl2.0DAx80°),眼圧は両眼ともC12CmmHgで,両眼に前.下白内障を認め,散瞳はC4Cmmと不良であった.虹彩新生血管は認めなかった.右眼眼底には黄斑近傍に硬性白斑を認め(図1),光干渉断層計(opticalCcoherencetomography:OCT)にて硝子体による黄斑牽引と黄斑浮腫を認めた(図2).周辺網膜の視認性は不良であったが,著明な増殖膜は認めなかった.左眼眼底には黄斑を含む網脈絡膜萎縮を認めた(図3).散瞳不良かつ白内障があり,合併症の理解も不十分であったため,蛍光眼底造影(.uoresceinangiography:FA)は施行しなかった.なお,初診時空腹時血糖C132Cmg/dl,HbA1c7.1%,糖尿病腎症C2期であった.同年C9月初旬,水晶体再建術併施硝子体手術を球後麻酔にて施行した.後部硝子体は未.離で鼻側,上方,下方の中間周辺部に数カ所血管性増殖による癒着を認めた(図4).増殖膜を切除し,PRPを開始すると不穏興奮状態となり,手術開始よりC40分余りで中止に至った.術後は硝子体出血により眼底透見不能となり,軽度の認知症の存在も判明したため,初回手術のC16日後,全身麻酔で再手術(硝子体出血切除,黄斑部内境界膜.離,PRP)を施行した2).術後経過は良好でC6カ月後のC2020年C3月にはCRV=0.4(0.8C×.0.25D(.cyl0.5DAx90°)を得,黄斑形態も改善したため(図5),当科は終診とし近医での管理とした.このとき眼圧は16CmmHgであった.この後運転免許更新ができ,眼科的には無症状であったこと,COVID-19の外出自粛期間であったことなどから,実際には近医を受診していなかった.手術9カ月後のC5月末,霧視を自覚して術後初めて近医を受診し,NVG(眼圧C27CmmHg)を指摘され,降圧点眼C1剤を処方されてC6月初旬当科を紹介再診した.再診時,瞳孔縁全周に軽度の新生血管(前眼部写真では不明瞭)を認め,眼圧は40CmmHgであった.前房深度は正常で,矯正視力はC0.5であった.血糖値はC154Cmg/dl,HbA1c6.3%であった.認知症かつ唯一眼であるため全身麻酔による線維柱帯切除術をC5日後に予定したが,その前処置として即日アフリベルセプト2Cmgを硝子体内注射し,降圧薬点眼をC3剤とした.翌日から眼圧はC10CmmHg台に下降し,虹彩新生血管は消失した.その後C1カ月経過を観察したが変化はなかった.線維柱帯切除術にはさまざまな合併症のリスクがあり4),高齢,認知症,唯一眼であることを考慮して手術は中止とし,降圧薬点眼C3剤を続行しつつ近医にて週C2回眼圧をチェックし,NVGの再燃があればアフリベルセプト硝子体内注射で対処する方針とした.初回注射のC4カ月後虹彩新生血管が再発し,眼圧C31mmHgとなったためC2回目の硝子体内注射を施行し,新生血管の消失と眼圧正常化を得た.さらにそのC3カ月半後(2021年C1月中旬)新生血管の再燃と眼圧上昇(32CmmHg)をきたしたためC3回目の硝子体内注射を施行し,新生血管の消失と眼圧正常化を得た.この経過中視力はC0.5.0.8を維持しており,3回目の注射後現在まで約C2カ月を経過したが再発をきたしていない.CII考按本症例は認知症を伴う唯一眼に増殖糖尿病網膜症を発症し,硝子体手術により良好な視力を得た後,COVID-19の外出自粛も相まって無治療となり,術後C9カ月でCNVGを発症した.線維柱帯切除術を予定し,その前処置として施行したアフリベルセプト硝子体内注射が眼圧下降,視力維持に有効であったため手術を中止し,NVGの再燃の都度アフリベ図2初診時右眼OCT黄斑浮腫と硝子体牽引を認める.視力C0.4.図3初診時左眼OCT黄斑を含む網脈絡膜萎縮を認め,生来視力はC0.02と不良.ルセプト硝子体内注射を継続中のC1例である.NVGではあるが虹彩新生血管の程度は軽症で,明瞭な隅角閉塞も認めないことが良好な眼圧コントロールの要因と思われる.本症例はスリットランプでの詳細な観察で虹彩新生血管を認めたが,カラー前眼部撮影では明瞭に記録できなかった.近年発達した光干渉断層血管撮影(OCTangiography:OCTA)を前眼部に応用することにより,微細な虹彩新生血管を非侵襲的に描出し,その消長を追えた報告があり5),今後の普及が望まれる.NVGに対する抗CVEGF薬の硝子体内注射は,PRPの補助治療や手術での出血リスクを軽減する前処置として位置づけられる1.3).アフリベルセプトの薬剤添付文書にも「長期的な眼圧管理にあたっては標準的な治療法の併用を考慮する」と記載されている.本症例は硝子体手術時にCPRPを施行したが,術後C9カ月でCNVGを発症したことから,網膜無灌流領域の残存あるいは新たな発生が考えられ,アフリベルセプトが奏効している期間内にCFAGによる精査とレーザー凝固の追加が求められ図4右眼術中所見鼻側の血管性増殖膜を.で示す..は視神経乳頭.図5右眼術後半年のOCT黄斑形態の改善を認める.視力C0.8.る1,2).しかし,小瞳孔,認知症による理解力低下,唯一眼であることなどから実施できなかった.NVGの手術術式としてはわが国では線維柱帯切除術が選択されることが多い1.3,6)が,合併症として術中術後の前房硝子体出血,脈絡膜.離,術後の浅前房,低眼圧,上脈絡膜出血,濾過胞感染など種々の危険がある4).NVGに対する抗CVEGF薬投与の研究では,視力不良のNVG26眼をランダムにベバシズマブC2.5Cmg硝子体内注射群(14眼)とCsham群(生理食塩水結膜下注射,12眼)とに振り分け,4週ごとにC3回注射し,前向きに半年間観察したところ,前者に有意な眼圧下降と新生血管の退縮がみられた7)ことより,抗CVEGF薬はCNVGの手術治療の補助療法となりうるとしている.硝子体内注射群には眼圧C30CmmHg以上が10眼含まれ,4眼が注射後C21CmmHg以下に下降している.また,日本人を対象としたアフリベルセプトC2Cmgの第CIII相試験(VEGA試験)8)では,眼圧C25CmmHg超のCNVG50例に硝子体内注射がなされた結果,75.9%がC1回の注射でC13週間にわたり眼圧コントロールが得られ,この眼圧下降効果はアセタゾラミド内服に依存しないことが確認された(VEN-ERA試験)9).本症例はアフリベルセプト注射時に無硝子体眼であった.ウサギ10)やサル11)での動物実験では,無硝子体眼は抗VEGF薬の排出が正常眼より早いという報告があるが,臨床的に糖尿病黄斑浮腫に対する抗CVEGF薬の効果を無硝子体眼と有硝子体眼で比較した研究では,両者に差はなかったとされる12).今回の症例では初回のアフリベルセプト注射後4カ月,2回目の注射後C3.5カ月でCNVG再燃により再注射しているので,有硝子体眼の加齢黄斑変性に対する投与間隔と差はないと思われる.また,今回の症例のアフリベルセプト投与間隔は,有硝子体眼のCNVGが対象のCVEGA試験8)で示された効果持続期間と遜色ないか,それを上回る投与間隔であった.増殖糖尿病網膜症に対する抗CVEGF薬硝子体内注射の合併症として牽引性網膜.離の発症が知られているが13),本症例はもともと増殖膜の活動性は低く,さらに硝子体手術によって中間周辺部に認めた増殖膜は切除しており,牽引性.離が発症する危険はきわめて低い.本症例は初診時黄斑に硝子体牽引と浮腫がみられたため,内境界膜.離を施行2)し,視力と黄斑形態に改善がみられたが,牽引のないびまん性の糖尿病黄斑浮腫の場合,内境界膜.離は視力予後に無関係との報告がある14).本症例はCNVG発症後アフリベルセプトの継続注射をすることで,9カ月にわたりCNVGのコントロールと良好なCqual-ityCoflifeが得られているが,今後も綿密な経過観察が必要である.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)赤木忠道:血管新生緑内障の治療.糖尿病網膜症診療のすべて.(北岡隆,吉村長久編),p312-317,医学書院,C20132)鈴間潔:硝子体手術.糖尿病網膜症診療のすべて.(北岡隆,吉村長久編),p276-287,医学書院,20133)SaitoCY,CHigashideCT,CTakedaCHCetal:ClinicalCfactorsCrelatedtorecurrenceofanteriorsegmentneovasculariza-tionCafterCtreatmentCincludingCintravitrealCbevacizumab.CAmJOphthalmolC149:964-972,C20104)AllinghamCRR,CDamjiCKF,CFreedmanCSFCetal:FilteringCsurgery,CPreventionCandCmanagementCofCcomplications.In:ShieldsC’CTextbookCofCGlaucoma.C6thCed,Cp501-511,CLippincottWilliams&Wilkins,Philadelphia,20115)野川千晶,坪井孝太郎,瓶井資弘:前眼部CopticalCcoher-encetomographyCangiographyによる虹彩新生血管の経時的観察ができたC2症例.日眼会誌124:802-807,C20206)野崎実穂,鈴間潔,井上真ほか:日韓糖尿病網膜症治療の現状についての比較調査.日眼会誌C117:735-742,C20137)YazdaniS,HendiK,PakravanMetal:Intravitrealbeva-cizumabCforCneovascularCglaucoma.CACrandomizedCcon-trolledstudy.JGlaucomaC18:632-637,C20098)InataniCM,CHigashideCT,CMatsushitaCKCetal:IntravitrealCa.iberceptCinCJapaneseCpatientsCwithCneovascularCglauco-ma:TheVEGArandomizedclinicaltrial.AdvTherC38:C1116-1129,C20219)InataniM,HigashideT,MatsushitaKetal:E.cacyandsafetyCofCintravitrealCa.iberceptCinjectionCinCJapaneseCpatientsCwithCneovascularglaucoma:OutcomesCfromCtheCVENERAstudy.AdvTherC38:1106-1115,C202110)CristoforidisCJB,CWilliamsCMM,CWangCJCetal:AnatomicCandpharmacokineticpropertiesofintravitrealbevacizum-abandranibizumabaftervitrectomyandlensectomy.Ret-inaC33:946-952,C201311)KakinokiCM,CSawadaCO,CSawadaCTCetal:E.ectCofCvitrec-tomyConCaqueousCVEGFCconcentrationCandCpharmacoki-neticsCofCbevacizumabCinCmacaqueCmonkeys.CInvestCOph-thalmolVisSciC53:5877-5880,C201212)芹沢聡志,井上順治,井上賢治:無硝子体眼における糖尿病黄斑浮腫に対する抗血管内皮増殖因子薬硝子体内投与の治療効果の検討.日眼会誌123:115-120,C201913)ArevaloCJF,CMaiaCM,CFlynnCJrCHWCetal:TractionalCreti-naldetachmentfollowingintravitrealbevacizumab(Avas-tin)inpatientswithsevereproliferativediabeticretinopa-thy.BrJOphthalmolC92:213-216,C200814)KumagaiCK,CHangaiCM,COginoCNCetal:E.ectCofCinternalClimitingCmembraneCpeelingConClong-termCvisualCoutcomesCfordiabeticmacularedema.RetinaC35:1422-1428,C2015***

信州大学医学部附属病院における糖尿病患者に対する SGLT2 阻害薬投与の現状と黄斑浮腫との関連の検討

2022年3月31日 木曜日

《原著》あたらしい眼科39(3):371.375,2022c信州大学医学部附属病院における糖尿病患者に対するSGLT2阻害薬投与の現状と黄斑浮腫との関連の検討高橋良彰*1鳥山佑一*1牛山愛里*2平野隆雄*1大岩亜子*3村田敏規*1*1信州大学医学部附属病院眼科*2信州大学医学部附属病院薬剤部*3信州大学医学部附属病院糖尿病・内分泌代謝内科CCurrentStatusofSGLT2InhibitorsandAssociationwithMacularEdemainDiabetesPatientsYoshiakiTakahashi1),YuichiToriyama1),AiriUshiyama2),TakaoHirano1),AkoOiwa3)andToshinoriMurata1)1)DepartmentofOphthalmology,ShinshuUniversitySchoolofMedicine,2)DepartmentofPharmacy,ShinshuUniversitySchoolofMedicine,3)DivisionofDiabetes,EndocrinologyandMetabolism,DepartmentofInternalMedicine,ShinshuUniversitySchoolofMedicineC目的:SodiumCglucoseCco-transporter2(SGLT2)阻害薬が処方された糖尿病患者の眼合併症の有無と黄斑浮腫への影響について検討する.方法:対象は信州大学医学部附属病院にてC2014年C10月.2019年C1月にCSGLT2阻害薬を処方され,期間中に眼科を受診したC80例.処方前の糖尿病網膜症の有無と病期,黄斑浮腫の有無,光干渉断層計(OCT)検査が施行されたC16例C27眼については中心窩網膜厚の変化を,診療録から後ろ向きに検討した.結果:80例中C42例に糖尿病網膜症の合併,28例に治療歴を含む黄斑浮腫の合併を認めた.OCT検査例全体で処方前(346.0C±134.6Cμm)より処方後(321.5C±97.6Cμm)に有意な中心窩網膜厚の減少を認めた(p=0.02).うちC2例C4眼で眼科での治療が行われていなかったにもかかわらずC100Cμm以上の網膜厚の減少を認めた.結論:SGLT2阻害薬が黄斑浮腫に影響を与えうる可能性が示唆された.CPurpose:Theaimofthisstudywastoevaluatethee.ectsofsodium-glucosecotransporter2(SGLT2)inhibi-torsConCmacularedema(ME)andCocularCcomplicationsCinCdiabetesCpatients.CMethods:ThisCretrospectiveCstudyCinvolvedC80CdiabetesCpatientsCwhoCwereCprescribedCSGLT2CinhibitorsCatCShinshuCUniversityCHospital,CMatsumoto,CJapanbetweenOctober2014andJanuary2019.Weexaminedthepresenceofdiabeticretinopathy(DR)C,ME,andchangesinthefovealthicknessbasedonmedicalrecords.Results:Ofthe80patients,42hadDRand28hadME.InC27CeyesCofC16CpatientsCwhoCunderwentCopticalCcoherenceCtomographyCexamination,CmeanCfovealCthicknessCsigni.cantlyCdecreasedCfromC346.0±134.6CμmCtoC321.5±97.6Cμm(p=0.02)C.CInC4CeyesCofC2Cpatients,CaCdecreaseCinCfovealthicknessof≧100Cμmwasobservedwithin3monthseventhoughnoophthalmictreatmentwasperformed.Conclusion:Our.ndingsindicatethatSGLT2inhibitorpossiblya.ectsME.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C39(3):371.375,C2022〕Keywords:SGLT2阻害薬,糖尿病網膜症,糖尿病黄斑浮腫.SGLT2inhibitors,diabeticretinopathy,diabeticmacularedema.Cはじめに近年登場したCsodium-glucoseCcotransporter2(SGLT2)阻害薬は,腎臓の近位尿細管に局在しグルコース再吸収の約90%を担っているCSGLT2を阻害することにより,尿中へのグルコース排泄を促進させる経口血糖降下薬である1).インスリン分泌の影響を受けずに高血糖を速やかに是正することができ,心血管イベントや腎機能低下の抑制効果が複数の大規模臨床研究で報告されている2).一方で眼科領域における報告はまだ少なく,黄斑浮腫が改善したという症例報告が複数あるものの3,4),いずれも少数例での報告に留まっている.〔別刷請求先〕高橋良彰:〒390-8621長野県松本市旭C3-1-1信州大学医学部眼科学教室Reprintrequests:YoshiakiTakahashi,DepartmentofOpthalmology,ShinshuUniversity,3-1-1Asahi,Matsumoto,Nagano390-8621,JAPANC今回,筆者らは信州大学医学部附属病院(以下,当院)の糖尿病内科において新規にCSGLT2阻害薬が処方された患者のうち,投与開始前後に当院眼科を受診した患者のCHbA1cの推移,糖尿病黄斑浮腫の改善について後ろ向きに調査検討したので報告する.CI対象および方法対象はC2014年C10月.2019年C1月に当院糖尿病内科でSGLT2阻害薬が新規に処方され,期間内に当院眼科受診歴のあった糖尿病患者C80例(男性C46名,女性C34名,平均年齢C51.8C±14.0歳)を対象とし,以下の項目を診療録より後ろ向きに検討した.C1.糖尿病網膜症の合併の有無と病期SGLT2阻害薬処方前の最終眼科受診時における糖尿病網膜症(diabeticretinopathy:DR)の有無およびCDRの病期を国際重症度分類にしたがって,網膜症なし(nonCdiabeticretinopathy:NDR),軽症非増殖網膜症(mildnonprolifera-tiveDR:mildNPDR),中等症非増殖網膜症(moderateNPDR),重症非増殖網膜症(severeNPDR),増殖網膜症(proliferativeDR:PDR)の各病期に分類した.左右の眼で病期が異なる場合はより進行している眼を病期として選択した.SGLT2阻害薬処方時点でのCHbA1cを病期群ごとに検討した.C2.HbA1cと腎機能の変化対象C80例のうち,SGLT2阻害薬処方時および処方後C3カ月時点における血液検査結果が得られたC71例において,網膜症合併群と非合併群それぞれにおけるCHbA1c,血清クレアチニン,eGFRの変化を検討した.C3.黄斑浮腫の合併の有無と中心窩網膜厚の変化対象C80例における浮腫に対する治療歴を含む黄斑浮腫合併の有無を調査した.さらに黄斑浮腫合併症例のうち処方前後3カ月以内に光干渉断層計(opticalCcoherenceCto-mography:OCT)検査を施行されていた症例におけるSGLT2阻害薬処方前後の中心窩網膜厚の変化について検討した.C4.眼科診療録へのSGLT2阻害薬に関する記載の有無糖尿病内科からCSGLT2阻害薬が新規に処方されたことを眼科担当医が把握しているかどうかを,眼科診療録への記載の有無から後ろ向きに調査した.CII結果対象症例C80例のうち,SGLT2阻害薬処方前の最終眼科受診の時点でCDRを合併していた症例はC42例,DRを認めない症例はC38例であった.国際重症度分類による病期分類ではCmildNPDRがC7例,moderateNPDRがC12例,severeNPDRがC3例,PDRがC20例であった.SGLT2阻害薬処方時のHbA1cの値はNDRで9.1C±2.1%,mildNPDRでC8.6C±1.1%,moderateNPDRでC8.3C±1.2%,severeNPDRでC7.6±0.4%,PDRでC8.1C±1.3%であり(表1),DRの病期においてHbA1cの値に有意な群間差は認めなかった(OneCwayANOVA,p=0.21).SGLT2阻害薬処方C3カ月後にHbA1cの検査が施行されていたC71例において,HbA1cの値は全体ではC8.5C±1.6%からC7.4C±0.9%と有意な低下を認めた(pairedt-test,p<0.001).DRのないC31例ではC9.1C±2.1%からC7.4C±0.9%,DRのあるC40例ではC8.2C±1.2%からC7.4C±1.0%とどちらの群においてもCHbA1cの有意な改善を認めた(pairedt-test,p<0.001).血清クレアチニンとCeGFRでは全体およびCDR合併群において,処方C3カ月後に有意な腎機能の悪化を認めた(表2).DRを認めたC42例のうちC28例が黄斑浮腫を合併しているか,もしくは治療歴を有していた.42例のうち汎網膜光凝固が施行されていたのはC27例,硝子体手術の既往がある症例はC12例だった.黄斑浮腫を合併,もしくは治療歴を有していたC28例のうち,16例C27眼でCSGLT2阻害薬処方前後C3カ月以内にCOCT検査が施行されており,処方前の中心網膜厚はC348.7C±122.4μm,処方後の中心窩網膜厚はC322.1C±83.1Cμmであった.OCT検査と同日のClogMAR視力は処方前C0.35C±0.44,処方後C0.44C±0.54であり処方前後における視力に有意差は認めなかった(pairedt-test,p=0.32).16例C27眼全体では処方前と処方後の中心窩網膜厚に有意な減少を認めた(pairedt-test,p<0.05)(図1a)が,27眼には期間内に眼科において黄斑浮腫に対する治療が行われた症例も含まれていた.このためCSGLT2阻害薬処方前の中心窩網膜厚がC300Cμm以上であったC11例C14眼を抽出し検討した.表3にC11例C14眼の治療歴を示す.11例C14眼のうちC4例C5眼で処方後の検査でC100Cμm以上の中心窩網膜厚の改善を認めた(図1b).このうちC2例C2眼にはトリアムシノロンTenon.下注射または硝子体手術が期間内に施行されており治療による黄斑浮腫の改善と考えられたが,残るC2例C3眼では期間内に黄斑浮腫に対する治療は行われていなかった.代表症例の経過を図2に示す.56歳,男性,受診時のHbA1cはC8.1%でありCPDRを認めるが観察期間内に眼科における治療歴はなく,SGLT2阻害薬処方前に両眼の黄斑浮腫が存在している.SGLT2阻害薬処方後C2カ月の時点において黄斑浮腫は残存するものの,両眼に明らかな改善を認めた.処方前後の腎機能についても検討したが,血清クレアチニン(0.8Cmg/dlC→C0.82Cmg/dl),eGFR(78Cml/min/1.73CmC2C→C76Cml/min/1.73Cm2)と黄斑浮腫に影響するような大きな変動は認めなかった.本研究で対象となったC80例全例の診療録を後ろ向きに検索したところ,眼科の診療録にCSGLT2阻害薬が新規に処方された旨の記載があったものは,80例中わずかC3例のみで表1糖尿病網膜症の重症度別の平均年齢およびHbA1c糖尿病網膜症なし38例糖尿病網膜症あり(4C2例)CmildNPDR7例CmoderateNPDR12例CsevereNPDR3例CPDR20例性別女性46例/男性34例年齢C58.3±11.2歳C51.8±14.0歳C61.1±15.4歳C56.8±8.9歳C54.3±5.13歳C58.8±11.8歳CHbA1cC9.1±2.1%C8.2±1.2%C8.6±1.1%C8.3±1.2%C7.6±0.4%C8.1±1.3%NDR:nondiabeticretinopathy,NPDR:nonproliferativediabeticretinopathy,PDR:prolifera-tivediabeticretinopathy.表2処方前後におけるHbA1c,血清クレアチニン,eGFRの変化処方前処方後C3カ月p値HbA1c(%)全体(7C1例)C8.5±1.6C7.4±0.9<C0.001糖尿病網膜症あり(3C1例)C8.2±1.2C7.4±1.0<C0.001糖尿病網膜症なし(4C0例)C8.8±2.0C7.5±0.9<C0.001血清クレアチニン(mg/dCl)全体(6C8例)C0.87±0.35C0.92±0.39<C0.001糖尿病網膜症あり(2C9例)C0.95±0.38C1.03±0.43C0.003糖尿病網膜症なし(3C9例)C0.75±0.26C0.79±0.28C0.09CeGFR(mCl/min/1.73CmC2)全体(6C8例)C71.4±22.5C68.6±23.8C0.002糖尿病網膜症あり(2C9例)C62.7±19.6C59.9±21.8C0.01糖尿病網膜症なし(3C9例)C83.0±21.0C79.9±21.7C0.05処方前後の血液検査データが揃っている症例について検討した.あった.CIII考按SGLT2はおもに腎臓の近位尿細管の管腔側に発現し,尿中に排泄されたグルコースの約C90%を体内に再吸収している5).SGLT2阻害薬は尿中の糖排泄を促進するため,インスリン作用を介さずに血糖を低下させることができる.このためインスリンの必要量を減少させることが可能であるが,一方で低血糖や浸透圧利尿による脱水に注意が必要である.SGLT2阻害薬は糖を直接尿中へ排泄するためC1日C300.400Ckcalのエネルギーを体外へ排泄しており,体重減少・肥満改善の効果があり,インスリン抵抗性の改善,肥満組織によるアディポサイトカインの減少による血管内皮障害の改善などを期待することができる1,6).網膜血管においても過剰なグルコースによる糖毒性や酸化ストレスを低減し,高血糖による持続的な内皮機能障害を予防することでCDRの改善につながる可能性が示唆されている7,8).しかし,SGLT2阻害薬のCDRへの影響についての詳細はまだ明らかになっていない.Mienoらは,硝子体術後に遷**ab(μm)800(μm)800*6006004004002002000処方前処方後処方前処方後0図1処方前後の中心網膜厚の変化a:16例C27眼全体での処方前後の中心網膜厚の変化.Cb:処方前の中心網膜厚がC300Cμm以上であったC11例C14眼の中心網膜厚の変化.4例C5眼においてC100Cμm以上中心網膜厚の減少を認めた.表311例14眼の処方前後の中心窩網膜厚の変化と治療歴症例左右重症度処方前CCRT(Cμm)処方後CCRT(Cμm)変化(Cμm)観察期間期間内治療C①56歳,男性右C左CPDRCPDRC583C666C474C469C.109.1972カ月2カ月なしなしC②55歳,女性右C左CmoderateNPDRCmoderateNPDRC480C309C359C297C.121.121カ月1カ月トリアムシノロンなしC③45歳,女性右C左CPDRCPDRC321C432C288C323C.33.1092カ月2カ月なしなしC④59歳,女性右CmoderateNPDRC374C376+21カ月なしC⑤60歳,男性左CsevereNPDRC333C298C.352カ月なしC⑥53歳,男性右CsevereNPDRC465C400C.652カ月アフリベルセプトC⑦53歳,女性右CPDRC509C400C.1094カ月硝子体手術C⑧50歳,男性右CsevereNPDRC420C413C.71カ月汎網膜光凝固C⑨51歳,男性左CPDRC408C420+122カ月汎網膜光凝固C⑩53歳,男性左CPDRC481C472C.92カ月硝子体手術C⑪56歳,男性左CPDRC370C363C.72カ月汎網膜光凝固CRT:centralretinalthickness.図2SGLT2処方後に黄斑浮腫の改善を認めた1例(症例①)左から(Ca)処方前右眼,(b)処方後C2カ月右眼,(c)処方前左眼,(d)処方後C2カ月左眼.両眼ともCSGLT2処方前に比べ黄斑浮腫が明らかに改善している.延する糖尿病黄斑浮腫10眼の後ろ向き研究において,した16例27眼において中心窩網膜厚の有意な減少を認め,SGLT2阻害薬内服開始後C3カ月で視力の有意な改善とC3・観察期間内に眼科的治療が行われていないにもかかわらず黄6・12カ月で黄斑浮腫の有意な減少を認めたと報告してい斑浮腫が改善した症例も存在していた.SGLT2阻害薬の投る3).本研究でもCSGLT2阻害薬処方前後でCOCT検査を比較与が黄斑浮腫の改善に直接効果があるかどうかは現時点ではまだ明らかにはなっていない.しかし,SGLT2阻害薬が優れた血糖是正作用をもつことや,副次的な利尿作用を有していることはすでに明らかとなっている.利尿作用による直接的な浮腫の軽減や,血糖是正による網膜血管における糖毒性や炎症の抑制により,間接的にCDRおよび黄斑浮腫に影響を及ぼす可能性は高いと考えられる.また,Wakisakaらはウシ網膜周皮細胞にはCSGLT2が発現していると報告しており9),SGLT2阻害薬が血糖是正による間接的な効果だけでなく直接網膜になんらかの影響を及ぼしている可能性もある.SGLT2阻害薬がCDR,黄斑浮腫の改善に寄与する可能性がある一方,SGLT2阻害薬投与開始後に脳梗塞を発症した事例が有害事象として報告されている10).SGLT2阻害薬の適正使用に関するCRecommendation11)ではCSGLT2阻害薬投与の初期において体液量の減少による脱水症を引き起こす可能性が指摘されており,それにより脳梗塞など血栓症,塞栓症が発症しうる可能性に関し注意喚起がなされている.とくに自身で飲水を調節できない高齢者や利尿薬の併用,下痢や嘔吐の症状がある場合ではCSGLT2阻害薬により脱水症を起こす危険性が高くなるため,体液量の管理やCSGLT2阻害薬を中止するなどの加療が必要となる.眼科領域においては血管内皮増殖因子阻害薬の投与により脳梗塞,心筋梗塞のリスクが上がることが知られており12),SGLT2阻害薬による脱水症の有無を把握しておく必要がある.SGLT2阻害薬がCDRや黄斑浮腫へ影響している可能性や,血栓症・塞栓症などのリスクが存在するにもかかわらず,本研究では眼科医がCSGLT2阻害薬の処方を把握していた症例がC80例中C3例のみであった.眼科治療に影響を及ぼしうる内科の治療状況の把握と,内科と眼科の診療連携は今後さらに重要になると考えられる.本研究ではCSGLT2阻害薬処方後に黄斑浮腫が明らかに改善する症例を認めたが,後ろ向き研究であり処方時に黄斑浮腫を合併していた症例数も多くはない.今後,多施設共同研究での大規模なデータ収集やCSGLT2の直接的な網膜への影響の研究などの結果が期待される.文献1)古川康彦,綿田裕孝:SGLT2阻害薬の作用機序と動脈硬化進展抑制への期待.分子脳血管病C14:152-156,C20152)広村宗範,平野勉:糖尿病治療の観点からみたCSGLT-2阻害薬.CardiacPracC29:63-69,C20183)MienoCH,CYonadaCK,CYamazakiCMCetal:TheCe.cacyCofCsodium-glucoseCcotransporter2(SGLT2)inhibitorsCforCtheCtreatmentCofCchronicCdiabeticCmacularCoedemaCinCvit-rectomisedeyes:aCretrospectiveCstudy.CBMJCOpenCOph-thalmolC3,C20184)TakatsunaCY,CIshibashiCR,CTatsumiCTCetal:Sodium-glu-coseCcotransporterC2CinhibitorsCimproveCchronicCdiabeticCmacularCedema.CcaseCreports.CCaseCRepCOphthalmolCMedC2020:8867079,C20205)BaysH:SodiumCglucoseCco-transporterCtype2(SGLT2)inhibitors:targetingthekidneytoimproveglycemiccon-trolindiabetesmellitus.DiabetesTherC4:195-220,C20136)遅野井健:CGMデータ評価による経口血糖降下薬の選択3)糖吸収・排泄調節薬.ProgMedC39:275-280,C20197)MayM,FramkeT,JunkerBetal:HowandwhySGLT2inhibitorsCshouldCbeCexploredCasCpotentialCtreatmentCoptionindiabeticretinopathy:clinicalconceptandmeth-odology.TherAdvEndocrinolMetabC10:1-11,C20198)HeratLY,MatthewsVB,RakoczyPEetal:FocusingonsodiumCglucoseCcotoransporter-2CandCtheCsympatheticCnervoussystem:potentialimpactindiabeticretinopathy.IntJEndocrinolC2018:9254126,C20189)WakisakaCN,CTetsuhikoN:SodiumCglucoseCcotransporterC2CinCmesangialCcellsCandCretinalCpericytesCandCitsCimplica-tionsfordiabeticnephropathyandretinopathy.Glycobiol-ogyC27:691-695,C201710)阿部眞理子,伊藤裕之,尾本貴志ほか:SGLT2阻害薬の投与開始後C9日目に脳梗塞を発症した糖尿病のC1例.糖尿病C57:843-847,C201411)SGLT2阻害薬の適正使用に関する委員会:SGLT2阻害薬の適正使用に関するCRecommendation.日本糖尿病協会:2019年8月6日改訂.(https://www.nittokyo.or.jp/uploads/C.les/recommendation_SGLT2_190806.pdf)12)SchlenkerCMB,CThiruchelvamCD,CRedelmeierDA:IntraC-vitrealCantivascularCendothelialCgrowthCfactorCtreatmentCandtheriskofthromboembolism.AmJOphthalmolC160:C569-580,C2015C***

病因別血管新生緑内障に対する線維柱帯切除術の長期成績

2022年3月31日 木曜日

《第26回日本糖尿病眼学会原著》あたらしい眼科39(3):354.357,2022c病因別血管新生緑内障に対する線維柱帯切除術の長期成績上杉康雄徳田直人山田雄介豊田泰大塚本彩香塚原千広佐瀬佳奈北岡康史高木均聖マリアンナ医科大学眼科学教室CLong-TermOutcomesofTrabeculectomyforEtiologicalNeovascularGlaucomaYasuoUesugi,NaotoTokuda,YusukeYamada,YasuhiroToyoda,AyakaTsukamoto,ChihiroTsukahara,KanaSase,YasushiKitaokaandHitoshiTakagiCDepartmentofOphthalmology,StMariannaUniversitySchoolofMedicineC目的:血管新生緑内障(NVG)に対する線維柱帯切除術の術後長期成績について原因別に検討する.対象および方法:NVGに対して線維柱帯切除術を施行し,術後C36カ月経過観察可能であったC35例C39眼を対象とした.NVGの原因別に手術成績について検討した.結果:NVGの原因は糖尿病網膜症C22例C26眼(DR群),網膜中心静脈閉塞症(CRVO)13例C13眼(CRVO群)であった.眼圧はCDR群では術前C36.6CmmHgが術後C36カ月でC12.4CmmHg,CRVO群ではC36.0mmHgがC13.0CmmHgと両群ともに有意に下降した.Kaplan-Meier法による累積生存率は術後C36カ月でDR群C73.1%,CRVO群C83.9%であった.術後合併症はCDR群で硝子体出血がC5例存在した.結論:NVGに対する線維柱帯切除術は長期的に有効な術式だが,DR症例では眼圧コントロールが良好であっても硝子体出血を生じる患者が存在する.CObjective:Toinvestigatethelong-termpostoperativeoutcomesoftrabeculectomyforetiologicallyneovascu-larglaucoma(NVG).SubjectsandMethods:Thisstudyinvolved39eyesof35patientswhounderwenttrabecu-lectomyforNVGandwhowerefollowedupfor36-monthspostoperative.Results:ThecausesofNVGweredia-beticretinopathy(DR)in26eyesof22cases(DRgroup)andcentralretinalveinocclusion(CRVO)in13eyesof13cases(CRVOgroup).IntheDRandCRVOgroups,themeanintraocularpressure(IOP)signi.cantlydecreasedfrom36.6CmmHgand36.0CmmHg,respectively,preoperative,to12.4CmmHgand13.0CmmHg,respectively,postopera-tive.At3-yearspostoperative,thecumulativesurvivalratesintheDRandCRVOgroupwere73.1%Cand83.9%,respectively.CPostoperativeCcomplicationsCincludedCvitreousChemorrhageCinC5CpatientsCDRCgroupCpatients.CConclu-sion:TrabeculectomyCforCNVGCwasCfoundCe.ectiveCoverCtheClong-termCperiodCpostCsurgery,Chowever,CvitreousChemorrhageoccurredinsomeDRpatientsdespitewell-controlledIOP.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)39(3):354.357,C2022〕Keywords:血管新生緑内障,線維柱帯切除術,糖尿病網膜症,網膜中心静脈閉塞症,続発緑内障.neovascularCglaucoma,trabeculectomy,diabeticretinopathy,centralretinalveinocclusion,secondaryglaucoma.Cはじめに血管新生緑内障(neovascularglaucoma:NVG)は糖尿病網膜症(diabeticretinopathy:DR)や網膜中心静脈閉塞症(centralCretinalCveinocclusion:CRVO)など網膜虚血性疾患が原因となり発症する続発緑内障である.低酸素誘導され硝子体中に分泌された血管内皮増殖因子(vascularendothe-lialgrowthfactor:VEGF)などの液性血管新生因子により隅角新生血管が形成され,房水流出抵抗が増加し眼圧上昇が生じる.治療法として線維柱帯切除術1),VEGF阻害薬投与2),緑内障チューブシャント手術3)などが行われ,その有効性が報告されている.線維柱帯切除術はCNVGに汎用される術式であるが,NVGの病因により術後経過が影響されるかについての検討は少ない.本研究ではCDRとCCRVOに続発したCNVGの術後経過を比較し,NVGに対する線維柱帯〔別刷請求先〕徳田直人:〒216-8511神奈川県川崎市宮前区菅生C2-16-1聖マリアンナ医科大学眼科学教室Reprintrequests:NaotoTokuda,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,StMariannaUniversitySchoolofMedicine,2-16-1Sugao,Miyamae-ku,Kawasaki-shi,Kanagawa216-8511,JAPANC354(92)0910-1810/22/\100/頁/JCOPY(92)C3540910-1810/22/\100/頁/JCOPY切除術の手術経過が病因により影響されるかについて検討した.CI対象および方法本研究は診療録による後ろ向き研究である.対象はC2011年C3月.2017年C5月のC7年間に当院でCNVGと診断され線維柱帯切除術を施行され,術後C36カ月経過観察可能であった連続症例C35例C39眼である.平均年齢C66.1C±12.3歳であった.NVG群の原因疾患がCDRであったC22例C26眼をCDR群,原因疾患がCCRVOであったC13例C13眼をCCRVO群とし,両群の術前後の眼圧推移と薬剤スコアの推移,術後合併症について比較検討した.薬剤スコアは,抗緑内障点眼薬C1成分1点,緑内障配合点眼薬C2点,炭酸脱水酵素阻害薬内服C2点とした.また,Kaplan-Meier法による生存分析も行った.死亡の定義は,術後眼圧がC2回連続してC21CmmHg以上またはC5CmmHg未満を記録した時点,緑内障再手術を施行した時点,光覚喪失となった時点とした.術後経過観察期間中に抗緑内障点眼薬の追加となった症例も存在するが,その時点では死亡として扱わず生存とした.NVGに対する濾過手術の選択基準としては,線維柱帯切除術を基本とし,硝子体出血による視力低下を併発している症例のみ硝子体手術を併用した緑内障チューブシャント手術を選択した.線維柱帯切除術は全例円蓋部基底結膜弁で行った.結膜弁作製後,浅層強膜弁を作製しC0.04%マイトマイシンCCを結膜下に塗布し(作用時間は症例によって調整)生理食塩水100Cmlで洗浄,その後深層強膜弁を作製しCSchlemm管を同定し,深層強膜弁を切除,続いて線維柱帯を切除し周辺虹彩切除を行い,浅層強膜弁を縫合(4.7本)し,結膜を縫合し手術終了とした.全例同一術者(N.T.)により施行した.なお,2014年C2月以降に施行した症例については術前にベバシズマブの硝子体内注射(intravitrealbevacizumab:IVB)を施行した.IVBについては適応外使用につき聖マリアンナ医科大学生命倫理委員会C2566号で承認を受け,患者への説明と同意のもと行われた.統計学的な検討は対応のあるCt検定,Mann-WhitneyCUtest,chi-squaretestを使用し,p<0.05をもって有意差ありと判定した.CII結果表1に対象の背景について示す.年齢については,DR群はCCRVO群よりも有意に若かった(Mann-WhitneyCUCtestp<0.01).その他,術前眼圧,薬剤スコア,隅角所見(peripheralanteriorsynechia:PASindex),PASindex75%以上をCNVGの閉塞隅角期とした場合の割合,硝子体手術の既往,IVB実施のいずれにおいても両群間に有意差はなかった.図1にCDR群およびCCRVO群の術前後の眼圧推移を示す.眼圧は両群ともに術前と比較して有意に下降した(対応のあるCt検定p<0.01).図2にCDR群およびCCRVO群の術前後の薬剤スコアの推移を示す.薬剤スコアは両群ともに術前と比較して有意に下降した(対応のあるCt検定p<0.01).図3にCDR群およびCCRVO群のCKaplan-Meier生存分析による累積生存率を示す.術後C3年の累積生存率は,DR群でC73.1%,CRVO群でC83.9%であり両群間に有意な差は認められなかった(LoglankCtestCp=0.43).なお,術前IVB実施の有無で累積生存率を検討した結果,DR群についてはCIVB無群でC68.8%,IVB有群でC80.0%(Loglanktestp=0.56),CRVO群についてはCIVB無群でC88.9%,IVB有群でC75.0%(LoglankCtestCp=0.62)と有意な差は認められなかった.表2に術後合併症について示す.術後合併症は,硝子体出血がCDR群でC5眼(19.2%),水疱性角膜症がCCRVO群でC1眼(7.7%),眼球癆がCDR群でC1眼(3.8%)に認められた.硝子体出血を生じたCDR群のC5眼うちC3眼は硝子体手術を要した.術後C2段階以上の視力低下が生じた症例は,表1対象の背景DR群CRVO群22例26眼13例13眼p値年齢(歳)C61.2±12.2C76.0±4.0C0.0001*術前矯正視力C0.36±0.5C0.30±0.4C0.27*術前眼圧(mmHg)C37.4±10.9C36.4±5.7C0.84*術前薬剤スコア(点)C4.5±0.6C4.6±0.5C0.46*PASindex(%)C46.2±17.9C43.9±20.2C0.46*閉塞隅角期(PASindex≧75%)(%)C11.5C15.4C0.87**硝子体手術の既往(%)C19.2C23.1C0.89**線維柱帯切除術前CIVB(%)C57.7C69.2C0.73**PAS:peripheralanteriorsynechia,IVB:intravitrealbevacizumab.*:Mann-Whitneytest,**:chi-squaretest.(93)あたらしい眼科Vol.39,No.3,2022C355眼圧(mmHg)5040302010術前術後3カ月6カ月12カ月18カ月24カ月30カ月36カ月観察期間54321薬剤スコア(点)観察期間図2血管新生緑内障に対する線維柱帯切除術後の薬剤スコアの推移各群ともに術前と比較し術後有意な薬剤スコアの減少を示した.抗緑内障点眼薬1剤C1点,緑内障配合点眼薬C2点,炭酸脱水酵素阻害薬内服C2点.エラーバー:標準偏差.合併症表2術後合併症DR群CRVO群(n=26)(n=13)p値DR群0.673.1%Loglanktestp=0.435眼0眼C0.09**硝子体出血(19.2%)(0%)0眼1眼C0.15**水疱性角膜症(0%)(7.7%)1眼0眼C0.47**C061218243036眼球癆(3.8%)(0%)2段階以上の4眼3眼観察期間(カ月)視力低下(15.4%)(23.1%)C0.56**累積生存率図3Kaplan.Meier生存分析PDR群で硝子体出血を生じたC5眼中C3眼は硝子体手術を要した.死亡定義:眼圧が2回連続して21mmHg以上または**:chi-squaretest.4CmmHg未満を記録した時点,または緑内障再手術となった時点.(94)DR群でC4眼(15.4%),CRVO群でC3眼(23.1%)認められた.CIII考按本研究は経過観察期間C36カ月という比較的長期の経過を検討している.同様に長期経過観察を行っているCTakiharaらの報告1)では,1,2,5年後の手術成功率がそれぞれ62.6%,58.2%,51.7%であった.また,Higashideらの報告2)ではベバシズマブを併用し,平均経過観察期間C45カ月でC1,3,5年後の手術成功率がそれぞれC86.9%,74.0%,51.3%であった.本研究ではC3年後生存率がCDR群C73.1%CRVO群C83.9%でCHigashideらの報告に近い結果となった.これはDR群15眼(57.7%),CRVO群9眼(69.2%)にVEGF阻害薬を併用して隅角新生血管の活動性を低下させてから線維柱帯切除術を行っていることが要因と考えられた.また,当院では,線維柱帯切除術を狩野らの報告4)と同様に強膜二重弁を作製し深層強膜弁を切除する方法で行っているが,NVGについてはCSchlemm管同定後,深層強膜弁をさらに角膜側まで進めてから強角膜片切除を行うようにしている.この方法によりCPASが生じているCNVG症例に対しても術後に前房出血を生じることが少なくできるため,手術成績の向上に貢献した可能性があると考える.DR群とCCRVO群の背景を比較してみると,年齢はCDR群のほうがCCRVO群のよりも有意に若くなっていたが,これはCCRVOが動脈硬化を生じやすい高齢者に多いことが影響したものと考える.眼圧,薬剤スコア,PASindexについては両群で有意差を認めなかったことから,術前のCNVGの活動性に大差はなかったと考えられる.また,ベバシズマブ使用率にも差はなく,術後眼圧推移,術後薬剤スコア推移とも両群で同様の推移を示した.つまり原因疾患が異なっていても筆者らが行ったCNVGに対する線維柱帯切除術は眼圧下降効果,持続性ともに有効であったことが示唆される.一方術後合併症に関しては,DR群で硝子体出血が多くみられ,再手術症例,眼球癆に至った症例もみられた.DR群では房水流出にかかわる前眼部には十分な濾過効果が得られたにもかかわらず,硝子体出血を生じた理由としては,血糖コントロールの悪化が影響したと考える.線維柱帯切除術後に硝子体出血をきたした症例は,術後しばらくしてから血糖コントロールが再度悪化し,その後硝子体出血を発症している.DRに続発したCNVGでは術後も血糖管理が重要であることを再確認する結果となった.また,これはあくまで推測の域を出ないが,CRVOでは発症からCNVGに至る経過は短期間であり,眼底に血管増殖膜や硝子体出血などの重篤な変化が生じる前に緑内障手術となることが多い印象がある.それに対して,DR群ではCNVGに至る時点ですでに線維血管増殖や牽引性.離など眼底に重篤な病変を形成していることも多い.このような症例では緑内障術後,眼圧下降により眼底虚血はある程度改善されたとしても,術前から存在する不可逆性の眼底病変が術後血糖コントロール不良などを引き金に再燃する可能性が残っている.つまり,NVGに至るまでの背景の違いが術後合併症の差につながったとも考えられる.本研究は少数例の後ろ向き研究であり,より多数例での検討が必要である.また,DR群とCCRVO群に年齢に有意差があり,CRVO群のなかに眼虚血症候群の症例が存在していた可能性はあるが,眼底病因にかかわらずCNVGに対して線維柱帯切除術は有効であることが示唆された.近年ではVEGF阻害薬治療をCNVGの初期治療として行うことがVENERA/VEGA試験により有効であることが示され,単独治療でも眼圧コントロールができる症例が報告されている5,6).本研究が行われた時期では,こうした比較的軽度な患者も手術対象となっていたと考えられる.また,DRやCRVOに関しては以前よりもCVEGF阻害薬で黄斑浮腫治療を行う場合が多くなり,NVGに至る病態は以前と異なってきている可能性がある.VEGF阻害治療のみでコントロールできない重篤な患者においても,病因によって術後経過に差異がないかなど今後の検討を要する点である.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)TakiharaY,InataniM,FukushimaMetal:Trabeculecto-myCwithCmitomycinCCCforCneovascularglaucoma:prog-nosticfactorsforsurgicalfailure.AmJOphthalmolC147:C912-918,C20092)HigashideCT,COhkuboCS,CSugiyamaK:Long-termCout-comesandprognosticfactorsoftrabeculectomyfollowingintraocularCbevacizumabCinjectionCforCneovascularCglauco-ma.PLoSOneC10:e0135766,C20153)ParkCUC,CParkCKH,CKimCDMCetal:AhmedCglaucomaCvalveCimplantationCforCneovascularCglaucomaCafterCvitrec-tomyCforCproliferativeCdiabeticCretinopathy.CJCGlaucomaC20:433-438,C20114)狩野廉,桑山泰明,水谷泰之:強膜トンネル併用円蓋部基底トラベクレクトミーの術後成績.日眼会誌C109:C75-82,C20055)InataniCM,CHigashideCT,CMatsushitaCKCetal:IntravitrealCa.iberceptCinCJapaneseCpatientsCwithCneovascularCglauco-ma:TheVEGArandomizedclinicaltrial.AdvTher38:C1116-1129,C20216)InataniM,HigashideT,MatsushitaKetal:E.cacyandsafetyCofCintravitrealCa.iberceptCinjectionCinCJapaneseCpatientsCwithCneovascularglaucoma:OutcomesCfromCtheCVENERAstudy.AdvTherC38:1106-1115,C2021(95)あたらしい眼科Vol.39,No.3,2022C357

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行が 糖尿病網膜症定期診療へ及ぼす影響

2022年3月31日 木曜日

《第26回日本糖尿病眼学会原著》あたらしい眼科39(3):345.349,2022c新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行が糖尿病網膜症定期診療へ及ぼす影響土屋彩子平野隆雄若林真澄星山健鳥山佑一時光元温村田敏規信州大学医学部眼科学教室E.ectoftheCoronavirusDisease2019(COVID-19)PandemiconPeriodicalPracticeforDiabeticRetinopathyAyakoTsuchiya,TakaoHirano,MasumiWakabayashi,KenHoshiyama,YuichiToriyama,MotoharuTokimitsuandToshinoriMurataCDepartmentofOphthalmology,ShinshuUniversitySchoolofMedicineC目的:糖尿病網膜症(DR)患者の通院中断は病状悪化のリスクとなる.新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行がCDR定期診療に与える影響について検討した.対象:2019年,2020年のC2.5月に信州大学医学部附属病院眼科糖尿病外来の予約患者について,診療録をもとに患者背景,受診状況,受診キャンセル理由を後ろ向きに検討した.結果:3カ月間の受診予定患者はC2019年がC559例(男C365例,女C194例,年齢C62.1C±11.7歳),2020年がC537例(男C351例,女C186例,年齢C62.6C±11.4歳)で年齢,性別,DR重症度に有意差は認めなかった(p=0.3672,p=0.9811,Cp=0.4322).2019年の受診キャンセルはC41例,2020年はC2019年には認めなかったCCOVID-19の流行を理由とした26例がもっとも多く計C55例であった.結論:2020年のCDR外来受診予約のキャンセルはCCOVID-19を理由としたものがC47%と約半数を占め,COVID-19の流行がCDRの定期診療に影響を及ぼしていることが示唆された.COVID-19流行の収束が不明な現状では,受診が途絶えているCDR患者には医療者側から受診を促すなど,通院を中断させないことが重要である.CPurpose:Interruptionofclinicvisitsbydiabeticretinopathy(DR)patientsincreasestheriskofdiseasewors-ening.HereinweinvestigatedtheimpactoftheCoronavirusDisease2019(COVID-19)onregularDRcare.Meth-ods:Weretrospectivelyexaminedpatientbackgrounds,consultationstatus,andreasonsforconsultationcancella-tionfromthemedicalrecordsofpatientswithappointmentsattheoutpatientclinicforDRatShinshuUniversityHospitalfromFebruarytoMay2019and2020.Results:Intotal,559and537patientswerescheduledforconsul-tationCinC2019CandC2020,Crespectively,CwithCnoCsigni.cantCdi.erencesCinCage,Csex,CorCDRCseverity.CInC2019,C41Cappointmentswerecancelled,while55werecanceledin2020,ofwhich26werecancelledduetoCOVID-19.Con-clusion:InC2020,47%CofDRoutpatientappointmentswerecanceledduetoCOVID-19,suggestingthatthepan-demica.ectedDRoutpatientclinicvisits.WhiletheCOVID-19pandemicisnotyetundercontrol,itisimportanttoencourageDRpatientstocontinueregularclinicalfollow-upvisits.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C39(3):345.349,C2022〕Keywords:新型コロナウイルス感染症,糖尿病網膜症.COVID-19,diabeticretinopathy.Cはじめにる1).感染を恐れ病院受診に不安を感じる患者は少なくなく,2019年C12月に中国の武漢に端を発した新型コロナウイルCOVID-19が流行し始めたC2020年初めより信州大学医学部ス感染症(CoronavirusDisease,2019:COVID-19)の世界附属病院(以下,当院)全体での外来受診者数も徐々に減少的な流行は医療を含めさまざまな分野に影響を及ぼしていした.眼科外来の対応としてはC2020年C4月C16日に緊急事〔別刷請求先〕土屋彩子:〒390-8621長野県松本市旭C3-1-1信州大学医学部眼科学教室Reprintrequests:AyakoTsuchiya,M.D.,DepartmentofOphthalmology,ShinshuUniversitySchoolofMedicine,3-1-1Asahi,Matsumoto,Nagano390-8621,JAPANC態宣言が出され不要不急の外出の自粛が要請されたことを受け,担当医が患者へ電話連絡をし,眼科的症状の悪化を認めないようなら受診を延期するよう伝えた.この対応はC2020年C5月C25日に緊急事態宣言が解除されるまで続けた.糖尿病網膜症は国や重症度により推奨される通院間隔に異なる点もあるが,定期的なフォローアップと必要に応じての加療が重要な疾患である2,3).COVID-19流行下での米国における眼科機関での不定愁訴を主訴とした受診の状況4)や英国における糖尿病黄斑浮腫を含めた黄斑疾患患者の受診状況についての報告5)はあるが,わが国においてCCOVID-19の流行が糖尿病網膜症診療へどのような影響を与えているのかについての詳細な報告はまだなされていない.今回,筆者らはCOVID-19の流行が糖尿病網膜症定期診療に与える影響について診療録をもとに後ろ向きに検討した.CI対象および方法当院眼科糖尿病外来にC6カ月以上の通院歴がありC2019年,2020年のC2.5月に受診予約をした患者を対象とした.1カ月以内のレーザー治療歴,3カ月以内の内眼手術歴,治療の臨床試験対象例は除外した.主評価項目は年齢,性別,国際重症度分類による糖尿病網膜症重症度,受診キャンセル数,キャンセル理由で,診療録をもとに後ろ向きに検討した.副次評価項目としてキャンセルした症例のその後の経過について検討した.以下,連続変数については平均±標準偏差で記載した.統計学的検討は連続変数について対応のない検定はノンパラメトリックなCMann-WhitneyUtest,対応のある検定はCWilcoxonの符号付き順位検定,カテゴリーデータについてはCc2検定を用い,p=0.05を有意水準とした.視力は小数視力をClogMAR値に換算し統計処理を行った.CII結果2019年,2020年のC2.5月の当院眼科糖尿病外来の受診予約患者はそれぞれC559人,537人であった.2019年と2020年では平均年齢,性別構成,糖尿病網膜症重症度の割合に有意差は認めなかった(p=0.3672,p=0.9811,p=0.4322).大学病院の特性として重症な患者が多いことが理由と考えられるが,平均受診間隔はC2019年がC2.1C±1.3カ月,2020年はC2.0C±1.3カ月と有意差なく短い傾向を認めた(p=0.4983)(表1).2019年C2.5月の糖尿病網膜症外来の受診予約キャンセル数はC41人,2020年2.5月はC55人とキャンセル数は増加傾向であったが,統計学的な有意差は認めなかった(p=0.0887).2020年のキャンセル理由にはC2019年には認められなかったCCOVID-19流行を理由としたものがC26人(46%)と約半数を占め,もっとも多かった(図1).COVID-19流行を理由にキャンセルしたC26人のうちC20人がC2020年C7月31日までに来院した.2020年C8月C1日までに来院を確認できなかったC6人に対しては,医師が電話で状況を確認した.このうちC4人は遠方に住んでいることから受診を控えたとのことであり,症状に変化がないことを確認し近医を受診するよう指示した.残りのC2人は自己判断で通院を中断していたため,近日中の当院受診を指示した.そのうち一人は電話からC1週間後に来院したが,残りの一人は来院を確認できなかった.以上より,21人がCCOVID-19流行を理由に一度キャンセルしたが,後に再受診した.これらC21人についてさらに受診間隔と視力について検討した.COVID-19流行前の平均受診期間がC66.5C±3.5日であったのに対し,COVID-19流行を理由にキャンセルしてから再受診するまでの平均受診期間はC108.5C±17.5日と有意に延長していた(p<0.001).両眼ともにキャンセル前の最終受診時と比較してキャンセル後の初回受診時に有意な視力低下は認められなかった.(右眼logMAR:0.44C±0.45vs.0.44C±0.42,p=0.77;左眼ClogMAR:0.47C±0.46Cvs.C0.43±0.47,Cp=0.68)(図2).しかし,これらの症例のうちC7例C12眼でキャンセル前の最終受診時と比較して,キャンセル後の初回受診時に視力低下を認めた.図3に糖尿病黄斑浮腫に対して抗血管内皮増殖因子(vas-cularCendothelialCgrowthfactor:VEGF)療法で治療中,COVID-19を理由に受診予約をキャンセルしキャンセル後の初回受診時にキャンセル前最終受診時より症状が悪化していた症例を呈示する.80歳,女性.導入期としてアフリベルセプト硝子体注射をC3カ月連続で施行し,その後,treatCandextentレジメンとしてC1カ月間隔で投与間隔を延長した.2020年C1月にアフリベルセプト硝子体内注射を施行し,次回はC4カ月後のC5月を予定していたが,COVID-19流行を理由に患者自身で予約をキャンセルした.その後患者自身で受診予約を取り直し,本来の予約から約C3カ月遅れたC7月に受診した.キャンセル前は黄斑浮腫はある程度コントロールされ,最高矯正視力もC0.15まで回復していたが,最終受診時からC6カ月経過したC7月に来院した際は中心窩網膜厚が376Cμmと浮腫の悪化を認めた.CIII考按本研究では当院眼科糖尿病外来において,2020年,COVID-19の流行が糖尿病網膜症定期診療にどのような影響を与えているのかについて,2019年の同時期と受診状況・受診キャンセル理由に関して比較検討を行った.その結果,2019年とC2020年で受診予約していた両群の患者背景に大きな差はなかったが,2020年の受診キャンセル数はC55人と2019年のC41人よりも統計学的に有意差を認めないものの多かった.2020年のキャンセル理由として,実際の感染や感染者との濃厚接触を理由としたものはなかったが,感染する表1患者背景2019年(2.C5月)2020年(2.C5月)p値受診予約患者数(人)C559C537C.平均年齢(歳)C62.1±11.7C62.6±11.4C0.3672††男性C/女性(人)C365/194C351/186C0.9811†糖尿病網膜症重症度(人)糖尿病網膜症なしC13C14非増殖糖尿病網膜症C222C193C0.4322†増殖糖尿病網膜症C324C330平均受診間隔(月)C2.1±1.3C2.0±1.3C0.4983†††:c2検定††:Mann-WhitneyUtest2019年41人2020年55人他院入院中2人4%死亡2人4%死亡2人5%4人10%体調不良2人3%図1キャンセル理由の比較2019年C2.5月の糖尿病網膜症外来の予約キャンセル数はC41人,2020年C2.5月は55人で統計学的な有意差は認められなかった(p=0.0887).2020年のキャンセル理由はCCOVID-19の流行がC26人(47%)ともっとも多かった.右眼左眼2.02.0矯正視力(小数)1.51.00.5矯正視力(小数)1.51.00.50.00.0前々回前回キャンセル後前々回前回キャンセル後(キャンセル前初回受診時(キャンセル前初回受診時最終受診時)最終受診時)図2キャンセル後に受診した21人の視力の推移両眼ともにキャンセル前最終受診時と比較してキャンセル後初回受診時に有意な視力低下は認められなかった.ことが怖いなどのCCOVID-19の流行によるものがC26人ともっとも多かった.英国の眼科医療機関ではロックダウンしてから最初のC4週間で予約患者のうちC68%が受診しなかったという報告がある5).一方,本研究ではCCOVID-19の流行を理由に受診予約をキャンセルする患者は全予約患者のうち5%,全キャンセル患者のC47%にとどまった.この乖離の原因として,英国における社会全体のロックダウンと違い,2020年C4月C16日にわが国で出された緊急事態宣言には法的拘束力がないことや,当院がある松本市では検討期間内のCOVID-19の流行がC10万人当たりC5人を超えないレベルであり,他地方と比べ爆発的ではなかったことが考えられる.糖尿病網膜症診療ガイドライン(第C1版)3)で増殖糖尿病網膜症はC1カ月にC1回,非増殖前糖尿病網膜症はC2.6カ月に1回,網膜症がなくてもC1年にC1回の眼科診察が推奨されて図3糖尿病黄斑浮腫に対し抗VEGF療法で加療中の80歳,女性CMT:中心窩網膜厚.いるように,糖尿病網膜症は定期的なフォローアップと必要に応じての加療が重要な疾患である.通院治療中断の既往を有する群で糖尿病網膜症と腎症が高頻度にみられることも,この考えを支持する6).2020年C5月C25日,緊急事態宣言が解除されると,観察期間中に受診予約をキャンセルしたC26人のうちC20人がC7月C31日までに来院したことが確認された.受診が確認できなかったC6人については担当医師が電話で状況を確認し,眼科機関への受診を指示した.受診が長期にわたり途絶えている患者には医療者側から受診を促し,通院中断させないことも重要と考えられた.本研究では受診予約キャンセル後に受診したC21人の視力は,両眼ともにキャンセル前最終受診時と比較してキャンセル後初回受診時に有意な視力低下は認めなかった.しかし,このうち視力低下を認めた例をC7例C12眼認めたように,予約キャンセルによる受診間隔の延長は視力予後に影響する可能性は否定できない.また,近年,糖尿病黄斑浮腫に対して抗CVEGF療法が第一選択として用いられ,定期的な診察を行い必要時に薬剤投与を行うCproCrenataや患者ごとに薬剤への反応性をみながら投与間隔を短縮・延長するCtreatCandextendといったレジメンで治療が行われることが多い7).このようなレジメンで治療を行っている患者では図3で呈示した症例のように,受診のキャンセルは病状悪化に直結することがある.加齢黄斑変性に対して抗CVEGF療法を行っている患者にはアムスラーチャートなどを用いた自宅でのセルフチェックや症状悪化時には担当医に相談するよう明確に指示することも提案されており8),糖尿病網膜症患者,とくに抗CVEGF療法を行っている糖尿病黄斑浮腫患者には同様の指導を行うことも必要と考えられる.また,COVID-19流行下においては緊急を要さない患者におけるスマートフォンなどを用いたオンライン診療の活用が提言されている9).オンライン診療には診断の確度,責任の所在,コストなどが課題として残るが,今後,推進していく必要がある分野と思われる.2月からC5月と短期間の検討ではあるが,2020年の糖尿病外来受診予約のキャンセルはCCOVID-19を理由としたものがC47%と約半数を占め,2019年の同時期と比べ多く,COVID-19の流行が糖尿病網膜症の定期診療に影響を及ぼしていることが示唆された.通院中断により病状が悪化する症例も散見され,受診が途絶えている糖尿病網膜症患者には医療者側から受診を促すなど,通院を中断させないことが重要と考えられた.また,COVID-19流行の収束がはっきりとしない現状(2021年C1月投稿時)では,今後,患者によるセルフチェックやオンライン診療も検討課題と考えられる.(本稿の要旨については第C26回日本糖尿病眼学会総会において発表を行った)文献1)HuangC,WangY,LiXetal:ClinicalfeaturesofpatientsinfectedCwithC2019CnovelCcoronavirusCinCWuhan,CChina.CLancetC395:497-506,C20202)SolomonCSD,CChewCE,CDuhCEJCetal:DiabeticCretinopa-thy:aCpositionCstatementCbyCtheCAmericanCDiabetesCAssociation.DiabetesCareC40:412-418,C20173)日本糖尿病眼学会診療ガイドライン委員会:日本糖尿病網膜症診療ガイドライン(第C1版).日眼会誌C124:955-981,C20204)StarrMR,IsrailevichR,ZhitnitskyMetal:Practicepat-ternsCandCresponsivenessCtoCsimulatedCcommonCocularCcomplaintsCamongCUSCOphthalmologyCCentersCduringCtheCCOVID-19Cpandemic.CJAMACOphthalmolC138:981-988,C20205)StoneCLG,CDevenportCA,CStrattonCIMCetal:MaculaCser-viceCevaluationCandCassessingCprioritiesCforCanti-VEGFCtreatmentCinCtheClightCofCCOVID-19.CGraefesCArchCClinCExpOphthalmolC258:2639-2645,C20206)田中麻理,伊藤裕之,根本暁子ほか:2型糖尿病患者における治療中断の既往と血管合併症との関係.糖尿病C58:C100-108,C2015C7)平野隆雄:A.iberceptとCranibizumabの比較,新しい抗C1149-1156,C2020VEGF薬の紹介.眼科C60:879-885,C20189)DamodaranCS,CBabuCN,CArthurCDCetal:Smartphone8)KorobelnikCJF,CLoewensteinCA,CEldemCBCetal:GuidanceCassistedCslitClampCevaluationCduringCtheCCOVID-19Cpan-forCanti-VEGFCintravitrealCinjectionsCduringCtheCCOVID-demic.IndianJOphthalmolC68:1492,C2020C19Cpandemic.CGraefesCArchCClinCExpCOphthalmolC258:***

SGLT2 阻害薬内服中に血管新生緑内障による急激な 視力低下をきたした2 型糖尿病症例

2021年5月31日 月曜日

《第25回日本糖尿病眼学会原著》あたらしい眼科38(5):567.572,2021cSGLT2阻害薬内服中に血管新生緑内障による急激な視力低下をきたした2型糖尿病症例上野八重子*1藤部香里*1石口絵梨*1野田浩夫*1徳田あゆみ*2近本信彦*3*1宇部協立病院内科*2宇部興産中央病院眼科*3近本眼科CACaseofType2DiabeteswithSuddenLossofVisionDuetoNeovascularGlaucomawhileTakingSGLT2InhibitorYaekoUeno1)CKaoriHujibe1)CEriIshiguchi1)CHirooNoda1)CAyumiTokuda2)andNobuhikoChikamoto3),,,,1)DepartmentofInternalMedicine,UbeKyoritsuHospital,2)DepartmentofOphthalmology,UbeKosanCentralHospital,3)ChikamotoEyeClinicC新規糖尿病治療薬CSGLT2阻害薬を内服中に血管新生緑内障による急激な視力低下をきたした糖尿病症例を報告する.症例はC40歳,男性.10年余り治療を放置しC4年前に他院にて前増殖網膜症を指摘されたが,自己判断で治療を中断し,2年前より宇部協立病院内科で治療を再開.高血糖に対しCSGLT2阻害薬をビグアナイド類と併用.血糖値は改善傾向で視力は維持されたが,8カ月後に急な左眼視力低下をきたし宇部協立病院眼科を受診.両眼とも黄斑浮腫はなく,高眼圧(右眼C22CmmHg,左眼C54CmmHg)と左眼角膜浮腫とびらん,左眼優位の虹彩ルベオーシスを認めた.頭頸部CMRAにて右内頸動脈CC3の軽度狭窄を認めた.両眼隅角に新生血管が多発しており汎網膜光凝固術にて右眼の視力は維持されたが,左眼は高眼圧による視神経萎縮で失明した.糖尿病網膜症が悪化する際には黄斑浮腫による視力低下を伴うことが多いが,この症例ではCSGLT2阻害薬内服によって黄斑浮腫が抑制された可能性がある.急な経過より眼虚血症候群との関連も否定できなかった.CPurpose:Toreportthecaseofa40-year-oldmalewithdiabeteswhosu.eredasuddendropinvisualacuity(VA)dueCtoCneovascularCglaucomaCwhileCtakingCSGLT2Cinhibitor,CaCnovelCantidiabeticCdrug.CCase:ThisCstudyCinvolvedCtheCcaseCofCaC40-year-oldCmaleCpatientCwithCdiabetesCinCwhomCtheCdiseaseCwasCleftCuntreatedCforCmoreCthan10years.Fouryearsprevious,hewasdiagnosedwithpre-proliferativeretinopathyatanotherhospital.Twoyearsago,hepresentedatourhospital,andatreatmentinvolvingthecombineduseofSGLT2inhibitorwithotherdrugsforhyperglycemiawasrestarted.HisbloodglucosewasimprovingandhisVAwaswell-maintained,yet8monthslater,heexperiencedasuddendropofVAinthelefteye.Highintraocularpressure(54mmHg)andcorne-aledemawereobserved,buttherewasnomaculaedemainbotheyes.MildstenosisofthecarotidarteryC3wascon.rmedCviaCaCheadCMRACexamination.CConclusion:SGLT2CinhibitorsCmayCimproveCmacularCedemaCdueCtoCtheCdiuretice.ect,fromthesuddenprogressconsideredtherelationshipwithocularischemicsyndrome.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C38(5):567.572,C2021〕Keywords:SGLT2阻害薬,糖尿病網膜症,血管新生緑内障,眼虚血症候群,黄斑浮腫.SGLT2inhibitor,diabeticretinopathy,neovacularglaucoma,ocularischemicsyndrome,maculaedema.Cはじめにナトリウムグルコース共輸送体C2(sodium/glucoseCcotransporter2:SGLT2)阻害薬は,近位尿細管において糖の再吸収を阻害して尿糖排泄量を増加させることにより血糖値を低下させる新規経口血糖降下薬である.2014年C4月に1剤目のイプラグリフロジンが発売された当初は高齢者への投与において脳血栓などのリスクが懸念されたが,その後の評価で脱水や全身状態に注意すれば年齢を限らず使用可能とされた1).発売後C5年以上を経過した現在では,血糖降下作用以外に心疾患や腎障害に対する効果についてエビデンスが〔別刷請求先〕上野八重子:〒755-0005山口県宇部市五十目山町C16-23宇部協立病院内科Reprintrequests:UenoYaeko,UbeKyoritsuHospital,16-23Gojumeyama,Ube,Yamaguchi755-0005,JAPANC0910-1810/21/\100/頁/JCOPY(87)C567蓄積されたことや,インスリン分泌を介さない作用機序によりC1型糖尿病にも適応が拡大されており,抗糖尿病薬において中心的位置を占めてきている.今回,糖尿病性合併症のある若年患者にCSGLT2阻害薬を使用したところ,血糖値は改善したが,血管新生緑内障による眼圧上昇により急激な視力低下をきたしたので,原因を考察しつつ症例を呈示する.CI症例患者:40歳代,男性.主訴:下腿浮腫.既往歴:27歳で糖尿病を指摘.ケトーシスでの入院歴あり(他県の病院).過去最大体重:110Ckg(20歳代)家族歴:特記すべきことなし.Ca2016年11月(内科初診時)現病歴:27歳で糖尿病を指摘されたが,10年以上治療を放置した.2015年に職場検診にて糖尿病・高血圧症・脂質異常症を指摘され,宇部興産中央病院内科で糖尿病治療(インスリン療法)を開始した.同院眼科で両眼に前増殖網膜症を指摘されたがC3カ月後には事情で内科・眼科ともに治療を中断.2016年C11月,産業医より受診を勧められ宇部協立病院内科を初診.現症および検査所見:体重C81Ckg,血圧C191/100CmmHg,脈拍C105/分,右眼視力C0.07(0.8),左眼視力C0.05(0.8),血糖C422Cmg/dl(食後C2.5時間),HbA1c12.1%,GOT14CU/l,GPT19CU/l,CgGTP27CU/l,総コレステロールC267Cmg/dl,中性脂肪C652Cmg/dl,HDLコレステロールC43Cmg/dl,LDLコレステロール127mg/dl,WBC8,200μl,RBC553μl,CHbC15.4Cg/dl,Ht47.5%,尿蛋白(3+),尿潜血(2+),尿b2018年3月(内科定期受時時,左眼の見えにくさあり)図1内科で施行した眼底検査所見a:初診時には小出血や少数の軟性白斑を認め,軽度の前増殖型網膜症の所見.Cb:視力が悪化するC1週間前の所見.左眼の透見性がやや低下している.左黄斑部上方には硬性白斑を認める.左眼(水平断)図2視力悪化時に初診した眼科での左眼OCTおよび前眼部所見OCTでは黄斑浮腫は認めない.左眼虹彩瞳孔縁に明らかなルベオーシスが出現している.左眼虹彩ルベオーシス左眼(垂直断)ケトン体(C.).眼底写真:両側網膜に点状出血と少数の軟性白斑を認める(図1a).C1.内科での治療経過糖尿病腎症C3期と診断し降圧薬とメトホルミンを開始したが,その後は半年間来院がなく,2017年C6月に内服治療を再開した.空腹時血糖C364Cmg/dlと高く,メトホルミンC500mgに加えてCSGLT2阻害薬のイプラグリフロジンC50Cmgを開始した.6週間は内服継続したが,その後C4カ月間にわたり中断し,2017年C12月に来院した.HbA1cはC13.2%で著明な高血糖があり,イプラグリフロジンC50CmgとメトホルミンC500Cmgで治療再開した.その後治療は継続し,3カ月後にはCHbA1c10.9%まで改善した.2018年C3月当院内科にて無散瞳眼底検査を施行したところ出血の増悪や新生血管を疑わす所見は認めなかったが,左黄斑部上方に硬性白斑を少数認めた(図1b).その際に左眼がやや見えにくいと訴えたため,中断していた眼科への早急な受診を勧めた.2018年C3月下旬,1週前より左眼が急に見えなくなったと近医眼科を初診.左眼の虹彩ルベオーシス,著明な高眼圧(左眼C48CmmHg)を指摘され,眼底検査では出血・白斑は少数で単純.前増殖網膜症の所見であった.視力は右眼C0.06(1.0),左眼C0.02(0.15).眼圧は右眼C20CmmHg,左眼48CmmHg.網膜光干渉断層計(opticalCcoherenceCtomogra-phy:OCT)にて両眼とも黄斑浮腫を認めず.左眼前眼部に虹彩ルベオーシスあり(図2).左眼ブリモニジン(アイファガン),ドルゾラミド(トルソプト),リパスジル(グラナテック),ラタノプロスト(キサラタン)の点眼開始.血管新生緑内障の診断で同眼科より以前の病院眼科に紹介されC2日後に受診した.C2.眼科での所見と治療経過眼圧上昇(右眼C14CmmHg,左眼C54CmmHg)を認め,左眼は角膜浮腫を認め中央に角膜びらんを伴っており(図3)強い眼痛あり.視力は右眼C0.06(1.0),左眼C0.02(0.03).両眼虹彩面に新生血管(右眼<左眼)・右眼隅角全周に新生血管あり.左眼隅角は浮腫とびらんのため観察できなかったが,閉塞隅角であると推測され,両眼血管新生緑内障および両眼増殖糖尿病網膜症と診断した.両眼グラナック,キサラタン点眼,左眼アイファガン,トルソプト点眼に変更し,左眼オフロキサシン(タリビッド)眼軟膏を開始した.蛍光眼底検査は未施行であったが両眼虹彩ルベオーシスを認めるなど両眼に血管閉塞病変が強く疑われ,頸動脈および頭蓋内疾患検索のため,再初診C4日後に脳外科に紹介となった.頭頸部MRAを施行し右内頸動脈CC3に軽度の狭窄所見があり,反対側同部位にも石灰化を認めたが内頸動脈閉塞は認めず,脳外科的には問題なしとされた(図4).同日には左眼の角膜びらんが改善したため,再初診C1週後より両眼の汎網膜光凝固療法を開始.左眼視力(0.2p)で左眼隅角に著明な新生血管を認め抗血管内皮増殖因子(vasucularCendtherialCgrowthfactor:VEGF)薬注射を勧めたが費用の面で同意を得られなかった.そのC1週後には両眼虹彩炎が確認されベタメタゾンリン酸エステルナトリウム液(リンベタ)を開始した.右眼の眼圧は正常化したが左眼は眼圧降下治療に抵抗し高眼圧a右眼b左眼c左眼前眼部図3病院眼科紹介(再初診)時の所見a:軽度の前増殖網膜症が疑われる所見.Cb:角膜浮腫のため眼底を透見できない.Cc:角膜びらんを認める.図4頭部MRAの所見右内頸動脈CC3に軽度狭窄を認め,左内頸動脈同部位にも石灰化がめだつ(C.).(頸部CMRAでは有意な狭窄所見なし)と強度の眼痛が続いた.線維柱帯切除術は視力の回復があまり期待できず患者も消極的であり施行していない.7カ月後に行った右眼蛍光造影検査では光凝固の頻回施行にもかかわらず,右眼網膜血管からの漏出像や無血管領域を認めた(図5).左眼は角膜混濁があり施行困難であった.2019年C7月にCOCTを施行し両眼とも黄斑所見に異常は認めず.右眼視力はC0.05(0.7)と比較的維持されたが,左眼は高眼圧の持続で視神経萎縮をきたし光覚(-)となった.内科的には治療中断がなくCSGLT2阻害薬も継続している.2018年C10月にはCHbA1c8.0%,2020年C4月現在ではCHbA1c6.6%と改善している.CII考察血管新生緑内障により急激な視力低下を生じた症例を経験し,SGLT阻害薬投与との関連について検討した.SGLT2阻害薬は腎症や心血管障害への好影響が認められており3),CAmericanCDiabetesAssociation(ADA)およびCEuropeanCAssociationCforCtheCStudyCofDiabetes(EASD)のCconsen-susreportにおいてC.rst-lineの薬剤としても推奨されるに至っており糖尿病臨床において使用頻度が増加している4).イプラグリフロジンと同効薬であるエンパグリフロジンについての大規模スタディ(EMPA-REGOUTCOME)では網膜症への影響についてサブ解析が報告されている5).7,020人(平均年齢:63.1C±8.6歳,HbA1c:8.07C±0.85%)について平均C3.1年のフォローの結果,網膜症出現や悪化の頻度はエンパグリフロジン群ではC1.6%とCplaceboのC2.1%を下回り,改善していると評価されているが有意差はない(HR0.78,p=0.1732).同報告のなかでエンパグリフロジン群の失明は4例でCplaceboにおける失明C2例より多かったが,少数のた図5光凝固療法開始7カ月後の蛍光眼底写真(右眼)頻回の光凝固にもかかわらず,網膜血管からの漏出や無血管領域を認める.左眼は角膜混濁にて撮影不能であった.め有意差検定はされておらず失明例の詳細も不明である.一方,SGLT2阻害薬には黄斑浮腫を改善する効果があることが複数症例での検討や後ろ向き研究により報告されている6,7).津田らがまとめたC1996年の報告では,長期放置後の治療開始時に単純網膜症や前増殖網膜症を認めC6カ月以内に悪化した症例では,ほぼ全例で黄斑症を合併していたとされ,0.7以下の視力低下の原因はすべて黄斑症であったとされている8).今回の症例では糖尿病性腎症およびネフローゼ症候群を合併しており,治療開始時に前増殖網膜症の初期と診断されていたため,当初より網膜症の悪化や黄斑浮腫の発症が懸念されていた.緑内障による視力低下発症時に初診した近医眼科でC2018年C3月下旬に施行した左眼COCTにて黄斑浮腫をまったく認めなかった点が,糖尿病治療放置症例としてはやや異例の経過であった.当院内科初診時のC2016年11月に施行した左眼眼底写真では認めなかった硬性白斑が2018年C3月の眼底写真では少数出現しており,このC1年C4カ月の間に何らかの網膜浮腫が存在したことを示唆すると思われた.SGLT2阻害薬の投与で黄斑浮腫が抑制された可能性もあるが,高度に虚血を伴った増殖網膜症でも黄斑浮腫を伴わない症例も存在する.左眼COCTでは虚血を示唆する所見は認めなかったが,蛍光造影検査が未施行であるため正確な評価はむずかしい.黄斑浮腫の存在や硝子体出血で生ずる視力低下を自覚することなく,血管新生緑内障が悪化するまで眼科を受診しなかったことで高度な視力障害に至ったと考えられた.一方,突然の視力低下をきたしたもう一つの背景として眼虚血症候群(ocularCischemicsyndrome:OIS)がベースとなった可能性について検討した.この患者の特徴としてC40歳代という若年にもかかわらず頭部CMRAにて眼動脈の分岐部近傍の右内頸動脈CC3部分に狭窄を認めた.左内頸動脈の同部位にも石灰化があり,血管新生緑内障発症の背景として,もともと眼循環に異常があった可能性が否定できない.動脈硬化に関連した糖尿病網膜症とCOISの関連についての総説9)によれば,内頸動脈閉塞のない症例でも眼虚血に起因すると考えられる血管新生緑内障の報告がある.OISのC20%は両側性に病変を生ずるとされる.また,白内障手術など眼科的処置の際には脳血管障害の状態や眼循環を評価することが重要とされている.この症例が病院眼科を再初診した際には,角膜浮腫とびらんにより左眼眼底は透見不能で蛍光造影検査は施行できず,7カ月後に右眼蛍光造影検査を行った結果では蛍光色素の流入遅延や腕網膜循環遅延は認められなかったため,積極的にCOISと診断する根拠に乏しい.しかし,当院にて行った頸動脈エコーでは左内頸動脈起始部付近にC1.7CmmのCsoftplaqueを認め,左内頸動脈の最高血流速度はC24Ccm/秒と異常低値を示し,右側はC38Ccm/秒とやや低値であり,かつ左右の速度に有意な差があった.当症例は糖尿病歴が長く両眼前眼部に多数の新生血管を認めており,血管新生緑内障は増殖糖尿病網膜症に起因する続発緑内障と考えるのが一般的である.しかし,眼底所見では増殖性変化を認めないまま隅角ルベオーシスまで急激に進行したことより,動脈硬化の進行をベースとした左右内頸動脈の血流速度低下が眼循環低下に関連した可能性もあると考えた.この症例で使用したCSGLT2阻害薬と眼虚血との関連についての報告は検索した範囲にはなく,イプラグリフロジンの発売後調査の結果により両者の関連を検討した.イプラグリフロジン発売直後C2014年C4月.8月までの短期間にC12例の脳梗塞が報告されており,開始後C9日目で発症したという症例報告もあった10).イプラグリフロジン販売後C1年半での調査では重篤な眼障害がC6件あり,糖尿病網膜症C1件,虚血性視神経症C1件,網膜動脈閉塞症がC1件,眼瞼浮腫C5件のうち2件が重篤とされていた.さらに涙器障害C1件が重篤とされていた(詳細な情報はない).眼圧については言及がなく,眼痛・霧視・視力障害など緑内障や眼圧上昇との関連が否定できない症状がC8例あった.これらがCSGLT2阻害薬に直接起因する副作用であるかどうかは不明であるが,いずれにしても投与開始時に生ずる脱水や低血圧症が脳梗塞や網膜循環不全に関連する可能性については軽視できず,今後もSGLT2阻害薬使用症例における眼合併症への影響を考慮した経過観察が必要と考えられた.CIII結語若年者であっても重症かつ病歴の長い糖尿病患者に新規糖尿病治療薬CSGLT2阻害薬を使用する際には,動脈硬化症を評価し,眼虚血リスクのある症例では血管新生緑内障の発生に注意する必要がある.眼圧や前眼部変化について眼科での定期的なチェックが望ましい.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)SinclairCJ,CBodeCB,CHarrisS:E.cacyCandCsafetyCofCcana-gli.ozininindividualsaged75andolderwithtype2dia-betesmellitus:Apooledanalysis.JAmGeriatrSocC64:C543-552,C20162)橋本洋一郎,米村公伸,寺崎修司ほか:総説眼虚血症候群─神経超音波検査の役割─.Neurosonology17:55-61,C20043)DaviesCJ,CD’AlessioCA,CFradkinCJCetal:ManagementCofChyperglycemiaintype2diabetes,2018.AconsensusreportbyCtheCAmericanCDiabetesAssociation(ADA)andCtheCEuropeanCAssociationCforCtheCStudyCofDiabetes(EASD)C.CDiabetesCareC41:2669-2701,C20184)ZinmanB,WannerC,LachinMetal:EMPAREGOUT-COMECInvestigators.CEmpagli.ozin,CcardiovascularCout-comes,CandCmortalityCinCtypeC2Cdiabetes.CNCEnglCJCMedC373:2117-2128,C20155)InzucchiE,WannerC,HehnkeUetal:Retinopathyout-comesCwithCempagli.ozinCversusCplaceboCinCtheCEMPA-REGOUTCOMETrial.DiabetesCare2019CJan;dc1813556)前野彩香,前田泰孝,宮崎亜希ほか:SGLT2阻害薬で改善を認めた糖尿病黄斑浮腫のC4症例.糖尿病61:253,C20187)MienoCH,CYonedaCK,CYamazakiM:TheCe.cacyCofCsodi-um-glucoseCcotransporter2(SGLT2)inhibitorsCforCtheCtreatmentCofCchronicCdiabeticCmacularCoedemaCinCvitrect-omisedeyes:aCretrospectiveCstudy.CBMJCOpenCOphthal-molC3:e000130,C20188)津田晶子,千葉泰子,矢田省吾ほか:長期間血糖コントロール不良放置例C39例における治療開始後の網膜症の変化─黄斑症の重要性について.糖尿病C39(Suppl1):305,19969)吉成元孝:眼外循環と糖尿病網膜症.糖尿病C47:786-788,C200410)阿部眞理子,伊藤裕之,尾本貴志ほか:SGLT2阻害薬の投与開始後C9日目に脳梗塞を発症した糖尿病のC1例.糖尿病C57:843-847,C2014***

片眼に限局性網膜色素上皮異常があり糖尿病網膜症の病期に左右差を認めた1例

2021年4月30日 金曜日

《第25回日本糖尿病眼学会原著》あたらしい眼科38(4):454.458,2021c片眼に限局性網膜色素上皮異常があり糖尿病網膜症の病期に左右差を認めた1例高田悠里喜田照代大須賀翔福本雅格佐藤孝樹池田恒彦大阪医科大学眼科学教室CAsymmetricalDiabeticRetinopathywithUnilateralRetinalPigmentEpitheliumDisorderYuriTakada,TeruyoKida,ShouOosuka,MasanoriFukumoto,TakakiSatoandTsunehikoIkedaCDepartmentofOphthalmology,OsakaMedicalCollegeC目的:糖尿病網膜症(DR)は通常両眼性で同程度に進行するが,網膜色素変性(RP)を合併するとCDRの重症度は低いと報告されている.今回,片眼に局所性の網膜色素上皮異常があり,DRの進行に左右差を認めたC1例を長期観察できたので報告する.症例:74歳,男性.視力低下で近医受診,DRを指摘され大阪医科大学附属病院眼科紹介となった.初診時視力は右眼(0.15),左眼(0.2),両眼白内障と右眼の増殖CDR,左眼の単純CDRと左右差を認めた.右眼は糖尿病黄斑浮腫(DME)も認め,左眼は耳上方に限局性のCRP様色素沈着を伴う網膜色素上皮異常を認めた.既往にC3年前交通事故で顔面打撲があった.両眼の白内障手術を施行,右眼はCDMEに対し抗血管内皮増殖因子療法,網膜新生血管に対し汎網膜光凝固を施行した.2年C7カ月後,視力は右眼(0.6),左眼(0.8)に改善し,初診より約C4年経過した現在も左眼はCDRの増悪は認めない.結論:左眼の網膜色素上皮異常は限局性にもかかわらず右眼に比べCDRの進行が緩徐でCDMEも発症しなかった.CPurpose:ToCreportCaCcaseCofCdiabeticretinopathy(DR)inCwhichClocalizedCretinitispigmentosa(RP)-likeCdis-orderCoccurredCinConeCeye,CthusCillustratingCtheCasymmetricalCdi.erencesCinCtheCprogressionCofCDR.CCase:A74-year-oldmalepresentedwithavisualacuity(VA)of0.15ODand0.2OS.Examinationrevealedbilateral,yetdi.erent-stage,DRandcataract,accompaniedwithdiabeticmacularedema(DME)inhisrighteyeandalocalizedRP-likedisorderinhislefteye.Hehadapasthistoryofbluntfacialtraumathatoccurredduetoatra.caccident3-yearsprevious.Cataractsurgerywasperformedinbotheyes,andhisrighteyereceivedanti-VEGFtherapyfortheDMEandpan-retinalphotocoagulationtotreattheretinalneovascularization.At4-yearspostoperative,hisVAwas0.6ODand0.8OS.Conclusion:Todate,thestageofDRprogressioninhislefteyewiththelocalizedRP-likedisorderhasremainedslowerthanthatinhisrighteye,withnooccurranceofDME.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)38(4):454.458,C2021〕Keywords:糖尿病網膜症,網膜色素上皮異常,片眼性,糖尿病黄斑浮腫,網膜色素変性.diabeticCretinopathy,Cretinalpigmentepitheliumdisorder,unilateral,diabeticmacularedema,retinitispigmentosa.Cはじめに糖尿病網膜症(diabeticretinopathy:DR)は通常,両眼性で同程度の進行を認めるが,網膜色素変性の患者においてDRを合併するとCDRの進行は緩徐であるといわれている1).今回,DRの片眼に鈍的外傷が原因と考えられる網膜色素上皮異常を認め,その網膜色素上皮異常が限局的であるにもかかわらずCDRの進行に左右差を認めた症例を長期に経過観察できたので報告する.CI症例74歳,男性.両眼の視力低下を主訴に近医を受診したところ眼底出血を指摘され,両眼CDRの疑いにてC2016年C4月大阪医科大学附属病院眼科紹介受診となった.初診時視力は右眼C0.1(0.15×sph.2.00D),左眼C0.2(矯正不能),眼圧は〔別刷請求先〕高田悠里:〒569-8686大阪府高槻市大学町C2-7大阪医科大学眼科学教室Reprintrequests:YuriTakada,M.D.,DepartmentofOphthalmology,OsakaMedicalCollege,2-7Daigaku-machi,Takatsuki,Osaka569-8686,JAPANC図1初診時眼底写真(a,b)および黄斑部光干渉断層計(OCT)画像(c,d)およびフルオレセイン蛍光造影検査(e,f)a:右眼.点状出血が散在している.Cb:左眼.限局性の網膜色素上皮異常を認める(..).c:右眼(横断).黄斑部にフィブリンと思われる漿液性網膜.離を伴う糖尿病黄斑浮腫を認める.d:左眼(縦断).網膜色素上皮異常部位に一致した網膜の菲薄化を認める.Ce:右眼.網膜無灌流領域を認める.f:左眼.網膜色素上皮異常部位に一致したCwindowdefectを認める.右眼C14CmmHg,左眼C17CmmHgであった.前眼部中間透光coherencetomography:OCT)では右眼黄斑部にフィブリン体は右眼に虹彩後癒着と両眼の白内障を認めた.ぶどう膜炎析出を伴う漿液性網膜.離を認め,糖尿病黄斑浮腫(diabeticはみられなかった.既往歴にはC10年前に虫垂炎の手術歴,Cmacularedema:DME)と考えられた.左眼は網膜色素上3年前にバイクによる交通事故で顔面打撲があった.皮異常部位に一致した網膜の菲薄化を認めたがCDMEはみら初診時の眼底所見は,右眼は点状出血および硬性白斑,軟れなかった(図1c,d).フルオレセイン蛍光造影検査(flu-性白斑がみられ,左眼は点状出血に加えて耳上側に限局性のCoresceinangiography:FA)では右眼は網膜無灌流領域,左網膜色素上皮異常を認めた(図1a,b).光干渉断層計(optical眼は網膜色素上皮異常部位のCwindowdefectを認めた(図図2Goldmann視野検査左眼で網膜色素上皮異常部位に一致した視野欠損を認める.ab図3網膜電図(ERG)a:FlashERGで両眼のCOP波減弱を認める.Cb:フリッカCERGでは明らかな左右差は認めない.1e,f).採血検査でCHbA1cはC10.7%であり,糖尿病は無治療であったため,まず内科治療を開始した.また,眼底所見に左右差を認めていたため,内頸動脈閉塞症の除外を目的に頸動脈エコー検査を行ったが,異常所見は認めなかった.FA所見より右眼の網膜無灌流領域に網膜光凝固を施行したのち,両眼白内障手術を施行した.Goldmann視野検査では左眼の網膜色素上皮異常部位に一致した視野欠損を認めた(図2).網膜電図(electroretinogram:ERG)ではC.ashERGにおいて両眼とも律動様小波(OP波)の減弱を認め,b/a比は右眼でC1未満であった(図3a).フリッカCERGでは明らかな左右差はみられなかった(図3b).経過中に右眼のDMEに対し抗血管内皮増殖因子(vascularCendothelialCgrowthfactor:VEGF)療法をC4回施行し漿液性網膜.離は改善した.一方左眼は経過中に一度もCDMEは認めなかった.その後再度CFAを施行し,右眼に網膜新生血管が出現したため,汎網膜光凝固(panretinalphotocoagulation:PRP)を施行した(図4).その後右眼網膜新生血管は退縮し,初診から約C4年過ぎた現在も左眼は網膜症の進行を認めずCDMEはみられない(図5).視力は右眼C0.7,左眼C0.8であり,HbA1cはC6.4%であった.CII考按本症例は,片眼(左眼)に限局性の網膜色素上皮異常がありCDRの進行に左右差を認めた.右眼は増殖CDRに進行しDMEも合併したが,網膜色素上皮異常がみられた左眼にはDMEの発症はみられず単純CDRのまま経過した.DRは通常,両眼性であり,進行には大きな左右差はないとされているが2),本症例のように明らかに眼底所見に左右差があった原因としては,左眼にのみ認められた網膜色素上皮異常と何らかの関係があったのではないかと考えられる.今回,左眼にのみみられた網膜色素上皮異常の鑑別として,片眼性の網膜色素変性症と急性帯状潜在性網膜外層症(acutezonalCoccultCouterretinopathy:AZOOR)に起因する片眼図4初診より2年3カ月後のフルオレセイン蛍光造影検査a:右眼.右眼に網膜新生血管を認めたため汎網膜光凝固を施行した.Cb:左眼.網膜無灌流領域の出現なく初診時より大きな変化は認めない.性の網膜色素異常がある.原発性片眼性網膜色素変性症は続発性の網膜色素変性との鑑別が必須であり,診断基準としては梅毒,ウイルス感染による眼内炎の既往がなく片眼のみ典型的な網膜色素変性症の所見が存在するものの,他眼はERG,眼球電図など電気生理学的にも異常を認めないこと,さらに長期観察においても他眼は異常を認めないことを確認したうえで片眼性の網膜色素変性症と診断する.片眼性網膜色素変性の原因として感染,外傷,循環不全などの続発性と,両眼性ではあるが病期が異なる非対称性網膜色素変性があげられる3,4).本症例は既往にC3年前に交通事故による顔面打撲があり,左眼は外傷性の網膜色素上皮異常と推測され,Baileyらも同様の症例を報告している5).本症例の左眼は続発性の片眼性網膜色素変性様の所見を呈した網膜色素異常と考えられる.外傷性の網膜色素変性では,外傷により網図5治療後の眼底写真(a,b)および黄斑部光干渉断層計画像(c,d)a:右眼.網膜新生血管は退縮し糖尿病網膜症の進行は認めない.Cb:左眼.糖尿病網膜症の進行は認めない.Cc:右眼(横断).漿液性網膜.離は改善し糖尿病黄斑浮腫は認めない.Cd:左眼(横断).糖尿病黄斑浮腫は認めない.膜色素上皮が障害され,その部分からメラニン色素が網膜内に侵入して血管周囲に集積し,本症例のような限局性の骨小体様色素沈着を生じる6).また,循環不全に伴うものとしては閉塞性血管障害による脈絡膜循環不全に起因する網膜色素変性の報告がある7,8).また,AZOORに起因する網膜色素異常については,AZOORの陳旧例で局所の網膜色素変性がみられるという報告がある9,10).AZOORは,光視症と急速な求心性視野狭窄を伴うものの検眼鏡,FAでは異常を認めず,ERGで網膜外層障害を示唆する異常所見を呈する網膜変性疾患である.また,広義のCAZOORであるCacuteCidiopathicCenlargedCblindspotCsyndrome(AIBSE)では,視神経乳頭周囲の色素沈着が発症初期から存在する場合もある11,12).今回の症例はCERGでは網膜色素変性症を疑う所見はなく,網膜の低酸素や循環障害を示唆するCOP波の減弱などCDRに特徴的な所見のみであることと外傷の既往,また,約C4年の経過で眼底所見,視野検査で変化がみられないことから,外傷に伴う網膜色素上皮異常と推測した.DRの進行には網膜の酸素需要の増大による相対的な低酸素の関与が指摘されている1).網膜は低酸素に反応しCVEGFが誘導される結果,血管内皮細胞障害や網膜血管の透過性亢進による血管からの漏出により血管新生を引き起こす1).PRPは血管漏出を抑制し,過剰なCVEGFの放出を防ぐことによって進行予防に作用していることに加え,網膜の酸素需要を下げて網膜の酸素濃度を相対的に増加させるといわれている13).一方,網膜色素変性における酸素需要については,健常者の暗順応において桿体細胞が作用するときに酸素消費量が増大するが,網膜色素変性患者では桿体細胞の障害のため健常者と比較し酸素需要は少ないと推測される14).また,網膜の瘢痕や脈絡膜炎など色素上皮の異常や高度の緑内障も,DRの進行を遅らせることが疫学的に証明されている1).本症例のように網膜色素上皮の異常がかなり限局的であっても網膜色素上皮異常が背景にあることで網膜全体の相対的酸素需要は減少するため,糖尿病による虚血の進行も緩徐で,網膜内の過剰なCVEGFの放出も少なく,本症例では左眼のDRの進行は緩徐であったと考えられる.また,DMEも起こりにくい病態であった可能性が考えられる.さらに網膜色素上皮異常の存在していた部位には点状出血の出現を認めなかったことから,網膜の酸素需要の低下に伴い,網膜内でも部位によってCDRの程度に差異が生じると推測される.本症例のように限局的な網膜色素上皮異常がCDRの左右差をきたしたとする過去の報告はなく,実際にこのような限局的な病変がCDRの重症度に本当に影響を与えるかについては不明な点もあるが,Moriyaらは,左右差のある脈絡膜欠損症の症例で,脈絡膜欠損範囲の軽度なほうにCDRがより著明にみられたC1例を報告しており15),今回のような局所的な病変がDRの左右差をきたす可能性はあるように思われる.今後は左右差のあるCDRをみた場合に,従来報告されている原因に加えて,限局的な病変の有無にも注意を払う必要があると考えられる.なお,本症例は第C25回日本糖尿病糖尿病眼学会にて発表した.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)ArdenGB:TheabsenceofdiabeticretinopathyinpatientswithCretinitispigmentosa:implicationsCforCpathophysiolo-gyandpossibletreatment.BrJOphthalmolC85:366-370,C20012)IinoK,YoshinariM,KakuK:Prospectivestudyofasym-metricCretinopathyCasCaCpredictorCofCbrainCinfarctionCinCdiabetesmellitus.DiabetesCare16:1405-1406,C19933)安達京,岡島修,平戸孝明ほか:片眼性網膜色素変性症のC5症例.臨眼44:41-45,C19904)田中孝男,杉田理恵,土方聡ほか:片眼性網膜色素変性症のC2症例.臨眼52:619-623,C19985)BaileyCJE,CSwayzeCGB,CTownsendJC:SectorialCpigmen-taryretinopathyassociatedwithheadtrauma.AmJOptomPhysiolOptC60:146-150,C19836)BastekCJV,CFoosCRY,CHeckenlivelyJ:TraumaticCpigmen-taryretinopathy.AmJOphthalmolC92:621-624,C19817)RolandEC:Unilateralretinitispigmentosa.ArchOphthal-molC90:21-26,C19738)平野啓治,平野耕治,三宅養三:片眼性網膜色素変性様所見で初発した眼動脈循環不全のC1例.臨眼C86:289-295,C19929)GassJDM:AcuteCzonalCoccultCouterCretinopathy.CClinCNeuroOphthalmolC13:79-97,C199310)GassJDM,AgarwalA,ScottIU:Acutezonaloccultouterretinopathy:alongtermfollow-upstudy.AmJOphthal-molC134:329-339,C200211)WatzkeRC,ShultsWT:Clinicalfeaturesandnaturalhis-toryoftheacuteidiopathicenlargedblindspotsyndrome.OphthalmologyC109:1326-1335,C200212)齋藤航:Acutezonaloccultouterretinopathy(AZOOR)とCAZOORcomplex.臨眼62:122-129,C200813)StefanssonCE,CHatchellCDL,CFicherCBLCetal:PanretinalCphotocoagulationCandCretinalCoxygenationCinCnormalCandCdiabeticcats.AmJOphthalmolC101:657-664,C198614)ChenCYF,CChenCHY,CLinCCCCetal:RetinitisCpigmentosaCreducesCtheCriskCofCproliferativeCdiabeticretinopathy:ACnationwideCpopulation-basedCcohortCstudy.CPloSCOneC7:Ce45189,C201215)MoriyaT,OchiR,ImagawaYetal:Acaseofuvealcolo-bomasCshowingCmarkedCleft-rightCdi.erenceCinCdiabeticCretinopathy.CaseRepOphthalmolC7:167-173,C2016***

残存水晶体囊が再発性硝子体出血の原因と思われた1例

2020年1月31日 金曜日

《第24回日本糖尿病眼学会原著》あたらしい眼科37(1):89?93,2020?残存水晶体?が再発性硝子体出血の原因と思われた1例西野智之山本学河野剛也本田茂大阪市立大学大学院医学研究科視覚病態学RecurrentVitreousHemorrhageduetoaContractionofResidualLensCapsuleTomoyukiNishino,ManabuYamamoto,TakeyaKohnoandShigeruHondaDepartmentofOphthalmologyandVisualSciences,OsakaCityUniversityGraduateSchoolofMedicine再発性硝子体出血(VH)の一因が白内障手術後に残存した水晶体?の収縮と思われた増殖糖尿病網膜症(PDR)の1例を報告する.症例は57歳,男性.他院で右眼外傷性白内障のため15歳時に水晶体?外摘出術,34歳時に眼内レンズ(IOL)縫着術,また両眼ともPDRに対し汎網膜光凝固術の既往がある.右眼の再発性VHのため大阪市立大学附属病院眼科を受診.初診時右眼視力は(0.15),IOLの耳下側偏位と水晶体?の残存がみられた.経過中にVHの再発を繰り返したため,初診時より3カ月後に右眼硝子体手術を施行した.初回手術後もVHは再発・消退を繰り返し,初回手術より1年後に前房出血を伴い視力は手動弁に低下,眼圧も58mmHgと上昇したため,硝子体手術を再施行し,残存水晶体?の切除を行った.術後右眼視力は(0.2)と改善,眼圧も10mmHgと低下し,VHの再発はなく,IOL偏位も不変であった.今回の症例では,残存水晶体?が初回手術を契機に線維化・収縮を生じ,再発性VHの増悪を引き起こしたと考えた.Wereportacaseofproliferativediabeticretinopathy(PDR)withrecurrentvitreoushemorrhage(VH)likelyduetoacontractionoftheresiduallenscapsuleaftercataractsurgery.A57-year-oldmalepresentedwiththepri-marycomplaintofrecurrentVHinhisrighteye.Hehadpreviouslyundergoneanextracapsularcataractextrac-tionfortraumaticcataractinhisrighteyeatage15,followedbytranssclerallysuturedintraocularlensimplanta-tionatage34andsubsequentpanretinalphotocoagulationforbilateralPDR.SincetheVHrecurredfrequently,weperformedvitrectomyonhisrighteyeat3-monthsaftertheinitialexamination.Postsurgery,theVHrelapsedandoccasionallydisappeared,yetat1-yearpostoperative,severehyphemaoccurredandintraocularpressure(IOP)increasedto58mmHg.Thus,weonce-againperformedvitrectomyandremovedaresiduallenscapsule.Afterthesecondoperation,theIOPinthepatient’srighteyedecreasedto10mmHgandnorecurrenceofVHwasobserved.Inthispresentcase,wetheorizethatthecontractionoftheresiduallenscapsuleresultedintheexacer-bationoftherecurrentVH.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)37(1):89?93,2020〕Keywords:糖尿病網膜症,硝子体手術,水晶体?収縮,前部硝子体線維血管増殖.diabeticretinopathy,vitrecto-my,capsularcontractionsyndrome,anteriorhyaloidal?brovascularproliferation.はじめに増殖糖尿病網膜症(proliferativediabeticretinopathy:PDR)は,糖尿病の晩期眼合併症であり,世界的にも重篤な視力低下の原因の一つとされる1,2).その増殖期の特徴としては,硝子体出血(vitreoushemorrhage:VH)や牽引性網膜?離(tractionalretinaldetachment:TRD),虹彩血管新生を引き起こし,進行すると神経網膜を障害し失明に至る.進行したPDRに対する唯一の治療法は硝子体手術であるが,再手術を必要とする割合は低くない.再手術の原因としてはVH,TRD,血管新生緑内障,前部硝子体線維血管増殖(ante-riorhyaloidal?brovascularproliferation:AHFVP)によるとされる3,4).また,近年の白内障手術後の合併症として,水晶体?が原因で引き起こされる水晶体?収縮(capsularcontractionsyn-drome:CCS)がある5?11).CCSに伴う合併症として,眼内レンズ(intraocularlens:IOL)の偏位や毛様体?離の報告〔別刷請求先〕山本学:〒545-8585大阪市阿倍野区旭町1-4-3大阪市立大学大学院医学研究科視覚病態学Reprintrequests:ManabuYamamoto,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmologyandVisualSciences,OsakaCityUniversityGraduateSchoolofMedicine,1-4-3Asahi-machi,Abeno-ku,Osaka545-8585,JAPANも見受けられる.今回は,再発・遷延性VHの原因が過去のIOL縫着術時に残した水晶体?の収縮によるものであったPDRの症例を報告する.I症例患者:52歳,男性.既往歴:糖尿病罹病期間20年,腎不全により透析導入,脳梗塞.眼科既往歴:16歳時に右眼外傷性白内障に対して水晶体?外摘出術,34歳時に右眼IOL縫着術を施行.この頃より両眼糖尿病網膜症(diabeticretinopathy:DR)を認め,右眼VHのため前医で汎網膜光凝固術の治療歴あり.家族歴:特記すべき事項なし.現病歴:前医で両眼のDR,右眼のVHに対し治療が行われていたが,2016年よりVHは再発・消退を繰り返すようになったため,精査加療目的に2017年3月に大阪市立大学附属病院眼科を紹介受診となった.図1初診時眼底写真a:右眼,b:左眼.両眼ともに汎網膜光凝固瘢痕を密に認めた.図2初回手術時の術中所見と術後翌日の前眼部写真手術中,眼底に増殖膜や網膜新生血管は認めなかった(a).内境界膜?離を施行し(b),眼内レーザーを追加施行し終了した(c).残存水晶体?はIOLの固定の悪化を招く可能性を考え温存した(d).初診時所見:右眼視力=0.15(矯正不能),左眼視力=0.6(0.8×sph?2.25D(cyl?0.50DAx100°),右眼眼圧=17mmHg,左眼眼圧=19mmHgであった.右眼前眼部はIOLの耳下側偏位と残存水晶体?を認め,左眼は異常を認めなかった.当科初診時には右眼VHは認めなかった.眼底は両眼とも全周に光凝固瘢痕を認めた(図1).経過:初診時より2週間後に右眼はVHを再発し,視力低下を自覚したが,その1週間後には消退し,視力はVD=(0.15×sph?0.5D)と回復していた.さらに2カ月後に右眼VHが再発し,視力は10cm/指数弁(矯正不能)まで低下していた.このため,初診より3カ月後に硝子体手術を施行した.手術は27Gコンステレーション?ビジョンシステム(アルコン社)を使用した.術中,眼底に増殖膜や明らかな網膜新生血管は認めなかった.残存水晶体?はIOL縫着の偏位もあり,固定の悪化を招く可能性を考え温存した(図2).術後,右眼VHの再発なく,右眼視力も0.1(矯正不能)まで改善した.しかし,術後19日目に右眼VHが再発し,右眼眼圧30mmHgと上昇を認めた.ドルゾラミド塩酸塩およびチモロールマレイン酸塩液を処方し経過をみたところ,術後26日目に眼圧は正常化し,術後2カ月でVHは吸収された.術後4カ月で右眼VHは再発し,右眼視力1m/手動弁(矯正不能),右眼眼圧32mmHgと視力低下および眼圧上昇がみられた.ビマトプロスト点眼液,リパスジル塩酸塩水和物点眼液を追加処方した.術後5カ月でVHは吸収され,眼圧も15mmHgと低下した.この数カ月の間に,残存水晶体?縁は直線化し瞳孔の中央部への移動を認めていた(図3).術後10カ月で右眼の前房出血を伴うVHの再発がみられ,眼圧は58mmHgに上昇した.このため,前房洗浄術と硝子体手術を施行した.術中,収縮した残存水晶体?の付着部を中心に血塊を認めたため,水晶体?を硝子体カッターで切除・除去した.IOLの偏位は不変であった(図4).眼底には明らかな増殖性変化は認めなかった.2回目の硝子体手術以降,VHはみられず,IOLの偏位の悪化もみられなかった.a図3初診時と初回手術5カ月後の前眼部写真初診時(a)にみられた残存水晶体?縁は瞳孔縁に沿って弯曲していたが,初回手術5カ月後(b)には直線化し,瞳孔中央へ偏位している.下(a'およびb')はその模式図を表す.bcd図4再手術直前の前眼部写真と再手術時の術中所見術前,前房内に多量の出血を認める(a).硝子体手術にて残存水晶体?を切除・除去した(b).残存水晶体?の付着部位には多量の出血塊を認めた(c).眼内レーザーを追加施行し手術終了とした.図5再手術1カ月後(初回手術11カ月後)のフルオレセイン蛍光眼底造影a:右眼,b:左眼.両眼とも無血管野や網膜血管新生はみられず,汎網膜光凝固瘢痕も密に認めた.再手術より1カ月後(初回手術より11カ月後)の右眼視力は(0.15)と改善した.また,確認のために行ったフルオレセイン蛍光眼底造影では両眼ともに無血管野や網膜新生血管を認めなかった(図5).II考按PDRが進行しVHを発症する機序としては,おもに網膜血管の虚血により網膜や虹彩毛様体に血管新生が生じることによる1).血管新生の予防にはレーザー光凝固や,最近では抗血管内皮増殖因子薬(抗VEGF薬)が有効とされる.しかしながら,VHを発症した場合,遷延することが多く,その治療には硝子体手術が有効とされる.硝子体手術後に再発を繰り返すVHの原因としては,残存増殖膜の存在,TRD,隅角新生血管が主であるが,AHFVPを形成しているものもある3,4).また,今回の症例では残存水晶体?はIOLの前面にあり,水晶体?が膨隆したことによって,虹彩との物理的接触が起こり,出血を増悪させた可能性も否定はできない.一方,白内障手術後に水晶体?が原因で引き起こされるCCSは,従来連続前?切開を施行した白内障手術後に起こるとされ,そのリスク因子として,加齢,強度近視,落屑症候群,ぶどう膜炎,網膜色素変性,硝子体手術の既往,糖尿病の関連がいわれている6?11).組織学的検討では,水晶体上皮細胞の変性により起こるとされる.今回の症例でも,水晶体上皮細胞は水晶体?に残存しており,CCSと同様の機序で線維化を伴う変性が起こり?収縮を引き起こしていたと思われる.糖尿病の既往があり,硝子体手術を施行していることも,CCSを発症する高リスクであった可能性がある.今回の症例を総合すると,初回および再手術時に,増殖膜やTRD,隅角新生血管は認めなかったこと,初回手術後に残存水晶体?の収縮がみられ,その後高眼圧を伴うVHを再発したこと,残存水晶体?を切除することでVHの再発がみられなくなったことより,以下の考察を行った.つまり,20年近く以前のIOL縫着術の際に残した残存水晶体?が徐々に収縮し,(手術顕微鏡では検出困難であった毛様体新生血管が牽引されて)再発性VHが生じた.初回の硝子体手術をきっかけとして?収縮や膨隆が誘発され,さらに高眼圧を伴うVHを引き起こし,再手術における水晶体?の除去によって牽引が解除され,状態が治まったものと考えた.本症例はPDRの管理において,白内障手術後の水晶体?の収縮にも注意を払う必要性を示唆するものと思われる.文献1)CheungN,MitchellP,WongTY:Diabeticretinopathy.Lancet376:124-136,20102)SivaprasadS,GuptaB,Crosby-NwaobiRetal:Preva-lenceofdiabeticretinopathyinvariousethnicgroups:aworldwideperspective.SurvOphthalmol57:347-370,20123)YorstonD,WickhamL,BensonSetal:Predictiveclinicalfeaturesandoutcomesofvitrectomyforproliferativedia-beticretinopathy.BrJOphthalmol92:365-368,20084)LewisH,AbramsGW,WiliamsGA:Anteriorhyaloidal?brovascularproliferationafterdiabeticretinoathy.AmJOphthalmol104:607-615,19875)AssiaEI,AppleDJ,BardenAetal:Anexperimentalstudycomparingvariousanteriorcapsulectomytechniques.ArchOphthalmol109:642-647,19916)HayashiH,HayashiK,NakaoFetal:Anteriorcapsulecontractionandintraocularlensdislocationineyeswithpseudoexfoliationsyndrome.BrJOphthalmol82:1429-1432,19987)DavisonJA:Capsulecontractionsyndrome.JCataractRefractSurg19:582-589,19938)SudhirRR,RaoSK:Capsulorhexisphimosisinretinitispigmentosadespitecapsulartensionringimplantation.JCataractRefractSurg27:1691-1694,20019)MatsudaH,KatoS,HayashiYetal:Anteriorcapsularcontractionaftercataractsurgeryinvitrectomizedeyes.AmJOphthalmol132:108-109,200110)KatoS,OshikaT,NumagaJetal:Anteriorcapsularcon-tractionaftercataractsurgeryineyesofdiabeticpatients.BrJOphthalmol85:21-23,200111)HayashiY,KatoS,FukushimaHetal:Relationshipbetweenanteriorcapsulecontractionandposteriorcap-suleopaci?cationaftercataractsurgeryinpatientswithdiabetesmellitus.JCataractRefractSurg30:1517-1520,2004◆**