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急性視力低下を示した神経サルコイドーシスの1例

2010年5月31日 月曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY(131)703《原著》あたらしい眼科27(5):703.706,2010cはじめに神経サルコイドーシスはサルコイドーシスの約5%にみられる中枢神経疾患であり,脳神経障害では顔面神経麻痺が代表的である1.4).サルコイドーシスにおける視神経障害としては視神経乳頭の結節型腫脹が知られているが,視交叉病変も神経サルコイドーシスの約10%を占め,好発部位にあげられる5).今回筆者らは片眼の急性視力低下で発症し,MRI(磁気共鳴画像)において視交叉部圧迫病変を示した神経サルコイドーシスの1例を経験したので報告する.I症例患者:21歳,男性.主訴:左眼視力低下.全身既往歴・家族歴:特になし.〔別刷請求先〕松尾祥代:〒080-0016帯広市西6条南8丁目1JA北海道厚生連帯広厚生病院眼科Reprintrequests:SachiyoMatsuo,M.D.,DepartmentofOphthalmology,ObihiroKouseiHospital,1West6South8ObihiroCity080-0016,JAPAN急性視力低下を示した神経サルコイドーシスの1例松尾祥代*1橋本雅人*2小原裕一郎*2大黒浩*2保月隆良*3木村早百合*4*1JA北海道厚生連帯広厚生病院眼科*2札幌医科大学眼科学講座*3札幌医科大学神経内科学講座*4西岡眼科クリニックACaseofNeurosarcoidosiswithAcuteVisualLossSachiyoMatsuo1),MasatoHashimoto2),YuichiroObara2),HiroshiOhguro2),TakayoshiHozuki3)andSayuriKimura4)1)DepartmentofOphthalmology,ObihiroKouseiHospital,2)DepartmentofOphthalmology,SapporoMedicalUniversitySchoolofMedicine,3)DepartmentofNeurologiccalInternalMedicine,SapporoMedicalUniversitySchoolofMedicine,4)NishiokaEyeClinic急性視力低下を示した神経サルコイドーシスの1例を経験した.症例は21歳,男性.視野検査では部分的両耳側半盲を示したため,視交叉病変を疑いMRI(磁気共鳴画像)施行した.造影MRIでは,大脳鎌より前頭蓋底にかけて硬膜に沿って広がる造影効果を有する腫瘍陰影を認め,さらに薄いスライスFIESTA(FastImagingEmployingSteady-stateAcquisition)では腫瘤が視交叉を圧迫している所見がみられた.脳外科的に部分的腫瘍摘出術が施行され,迅速病理診断では結核が疑われたが,永久病理所見およびガリウムシンチグラフィーなどの全身検索の結果,サルコイドーシスと診断された.本症例はMRI所見および迅速病理所見から,脳内結核腫や結核性髄膜炎の際にみられるoptochiasmaticarachnoiditis類似の臨床像を呈したため,サルコイドーシスとの鑑別が困難であった.また,本症例における視力低下の原因は,臨床経過および画像所見より肉芽腫による視交叉への直接圧迫が原因と考えられた.Wedescribeacasewithneurosarcoidosispresentingasacutevisualloss.Thepatient,a21-year-oldmale,hadacutepartialbitemporalhemianopiasuggestingchiasmallesion.Post-contrastmagneticresonanceimaging(MRI)oftheheadshowedanenhancedmassextendingfromthefalxcerebrialongtheduraofthefrontalskullbase.Moreover,thin-sliceMRIofthechiasmwithFIESTA(FastImagingEmployingSteady-stateAcquisition)showedthatthemassdirectlycompressedthepre-chiasmfromtheanteromedialside.Althoughtuberculosiswassuspectedonthebasisofquickpathologicalfindingsafterpartialresectionofthetumor,sarcoidosiswasfinallydiagnosedonthebasisofpathologicalandsystemicfindings,suchasfromgalliumscintigraphy.Inthiscaseitwasverydifficulttodistinguishsarcoidosisfromtuberculosis,becausetheclinicalmanifestationissimilartooptochiasmaticarachnoiditis,whichissometimesseeninpatientswithcranialtuberculumortuberculousmeningitis.Theseclinicalandneurologicalfindingssuggestthatthevisuallossinthiscasemayhavebeencausedbydirectcompressiontothechiasm,ratherthanbyinflammationfromsarcoidosis.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(5):703.706,2010〕Keywords:神経サルコイドーシス,FIESTA法,視交叉病変,結核.neurosarcoidosis,FIESTA,optochiasmaticarachnoiditis,tuberculosis.704あたらしい眼科Vol.27,No.5,2010(132)現病歴:平成19年3月中旬ごろより頭痛が出現し,その後左眼の見え方の異常に気付いた.近医眼科を受診し,精査目的のために4月初旬札幌医科大学附属病院(以下,当院)眼科紹介受診となった.初診時所見:視力は右眼0.06(1.0×.4.5D(cyl.2.5DAx180°),左眼0.03(0.09×.5.0D)であった.眼圧は右眼17mmHg,左眼16mmHgであり,前眼部,中間透光体,眼底は特に異常を認めなかった.また,左眼に相対的求心性瞳孔異常(RAPD)がみられた.初診時に行った静的量的視野検査では左眼上方に垂直子午線に沿った耳側欠損を有する中心暗点を,右眼はわずかではあるが,上耳側欠損がみられ(図1),視交叉病変を疑った.4月16日のMRI検査では造影T1強調画像において大脳鎌から前頭蓋底にかけて硬膜に沿うように伸展する実質外腫瘍陰影がみられた(図2).また,造影FIESTA(FastImagingEmployingSteady-stateAcquisition)水平断(0.4mm厚)ではchiasmaticcisternに存在する腫瘤が両視交叉前部を内側から圧排している所見がみられた(図3).以上の臨床所見より視力低下の原因は前頭蓋底腫瘤によることが示唆され,平成19年5月当院脳神経外科にて部分的腫瘍摘出術が施行された.術中迅速病理では,肉芽腫の中に乾酪壊死層様所見があり,結節が少ないことより結核が示唆された(図4).しかし永久標本では多数の小結節と,ところどころにラングハンス(Langhans)巨細胞を認め,ラングハンス巨細胞内にはカルシウムの沈着物であるasteroidbodyが確認された(図5).さらに結核菌が赤く染色されるZiel-Neelsen染色にても染色されなかったことより,病理学的には結核が否定され,サルコイドーシスが疑われた.全身検索では,ツベルクリン反応テストは陰性,胸部X線にて肺門部リンパ節腫脹を認め,ガリウムシンチグラフィーでも肺門部に集積像を認めた.しかし,アンギオテ左眼右眼図1静的量的視野検査(初診時)左眼は上方に垂直子午線に沿った耳側欠損を有する中心暗点を,右眼はわずかではあるが,上耳側欠損がみられる(矢印).冠状断矢状断図2造影MRIT1強調画像大脳鎌から前頭蓋底にかけて硬膜に沿うように伸展する実質外腫瘍陰影を認める.(133)あたらしい眼科Vol.27,No.5,2010705ンシン変換酵素(ACE),リゾチームは正常であった.最終的には経気管支的生検にてサルコイドーシスと診断された.経過:脳神経外科による頭蓋内腫瘍部分摘出後,視力は右眼(1.25×.4.5D(cyl.2.5DAx180°),左眼(1.0×.5.0D)と改善し,視野検査においても初診時にみられた左眼の中心暗点および,右眼上耳側欠損ともに改善された(図6).腫瘍摘出後,ステロイドパルス療法および漸減により外来にて経過観察中であるが,現時点では頭蓋内病変の拡大などは認めず,経過は良好である.II考按本症例は,MRI画像所見より,視交叉前部から前頭蓋底にかけて硬膜に沿って伸びる腫瘍性病変を示し,迅速病理所見から結核が疑われたことから,当初optochiasmatic図3造影FIESTA法水平断(0.4mm厚)Chiasmaticcisternに存在する腫瘤が両視交叉前部を内側から圧排している(丸印).図4迅速病理所見(HE染色,×40倍)乾酪壊死様所見を認め(丸印),結節が少ない.100μm50μm図5永久標本(HE染色,×100倍)ラングハンス巨細胞内にasteroidbody(Caの沈着物)(丸印)を認める.図6静的量的視野検査(頭蓋内腫瘍摘出術後)両眼ともに初診時(図1)に認めた視野欠損は改善した.左眼右眼706あたらしい眼科Vol.27,No.5,2010(134)arachnoiditisのような病態を考えた.Optochiasmaticarachnoiditisは1947年にFeldらが提唱した疾患概念であり6),結核性髄膜炎や脳内結核腫の際にみられることがあるくも膜の炎症性肥厚である.最近ではこのような病態をoptochiasmaticarachnoiditisという用語は使わず,慢性肥厚性脳硬膜炎(chronichypertropicpachymeningitis)という範疇で捉えるのが一般的となっている.神経サルコイドーシスによる視神経障害は,視神経乳頭上の結節型腫脹や後部ぶどう膜炎波及による乳頭発赤腫脹のほかに視交叉病変があげられる7.9).神経サルコイドーシスは頭蓋底の髄膜に好発するため,視交叉への直接浸潤や炎症性波及が生じやすい.したがって視交叉部視神経炎や,視神経由来の腫瘍など,MRI上視交叉部の腫大を示す疾患との鑑別が重要である.これまでに報告されている神経サルコイドーシスによる視交叉障害例では,ステロイド治療によって視力が回復した症例がほとんどである.また,Aszkanazy10)は,剖検例において神経サルコイドーシスによる肉芽腫の視交叉への浸潤を報告している.しかしながら本症例においては,ステロイド療法前の腫瘍摘出後に視野が改善していることから,視交叉への炎症波及や浸潤は考えにくく,むしろ肉芽腫による視交叉への直接圧迫が視力障害の原因と考えられた.今回筆者らは,MR脳槽撮影(MRcisternography)の一つであり,優れたコントラスト,高分解能を有するFIESTAを用いて視交叉部の圧迫所見を捉えることが可能であった.FIESTAは,0.4mm厚という薄いスライスでもノイズが少なく,脳槽内を走行する脳神経や血管が明瞭に描出できるため,近年広く臨床応用されている11,12).一般に,視交叉病変では下垂体腫瘍や内頸動脈瘤など,視交叉を下から圧迫し上方へ偏位させる病変が大部分であるため,冠状断撮影が最も有用な撮影角度である.しかしながら,本症例のように視交叉の前方から圧迫する病変を描出するには冠状断の撮影角度では困難であり,FIESTAを用いた薄いスライス厚での水平断撮影がきわめて有用と思われた.本症例は,最終的には永久病理所見および全身ガリウムシンチグラフィーによる肺所見からサルコイドーシスの確定診断に至ったが,結核との鑑別に苦慮した症例であった.診断結果次第によっては,当然のことながら治療方針は異なり,感染などの治療管理の慎重性も考慮しなければならないため,確定診断には細心の注意を払って行うことが重要であることを再認識した.文献1)SternBJ,KrumholzA,JohnsCetal:Sarcoidosisanditsneurologicalmanifestation.ArchNeurol42:909-917,19852)DelaneyP:Neurologicmanifestationsofsarcoidosis:reviewoftheliterature,withareportof23cases.AnnInternMed87:336-346,19773)DuboisPJ,BeeardsleyT,KlomtworthGetal:Computedtomographyofsarcoidosisoftheopticnerve.AmJNeuroradiology24:179-182,19834)RickerW,ClarkM:Sarcoidosis:Aclinicopathologicalreviewofthreehundredcases,includingtwenty-twoautopsies.AmJClinPathol19:725-749,19495)ReisW,RotbfeldJ:TuberkulidedesSehnervenalsKomplikationvonHautsarkoidenvomTypusDarier-Roussy.GrafesArchClinExpOphthalmol126:24,19316)FeldR,SicardJ:Surdeuxcasdetuberculeduchiasrma.RevNeurol79:664-666,19477)IngestadR,StigmarG:Sarcoidosiswithocularandhypothalamic-pituitarymanifestation.Auniquetherapeuticresponsetoinfliximab.ActaOphthalmol49:1-10,19718)BeardsleyTL,BrownSV,SydnorCFetal:Elevencasesofsarcoidosisofopticnerve.AmJOphthalmol97:62-77,19849)KatzJM,BrunoMK,WinterkornJMetal:Thepathogenesisandtreatmentofopticdiscswellinginneurosarcoidosis.ArchNeurol60:426-430,200310)AszkanazyCL:Sarcoidosisofthecentralnervoussystem.JNeuropatholExpNeurol11:392-400,195211)金沢勉,岩崎友也,笠原哲郎ほか:3D-CISS法による外転神経同定方法の撮像手技の検討.日本放射線学会雑誌59:958-964,200312)奥村悠祐,鈴木正行,武村哲浩ほか:3D-FIESTAによる下位脳神経の描出.日本放射線学会雑誌61:291-297,2004***

Computed Tomographyにより結核症の確定診断に至ったEales病の1例

2009年8月31日 月曜日

———————————————————————-Page1(133)11390910-1810/09/\100/頁/JCOPYあたらしい眼科26(8):11391142,2009cはじめにEales病は若年者にみられる網膜静脈周囲炎を伴う網膜出血で,病因として結核の重要性が指摘されているが,原因不明とされている.今回筆者らは若年者の両眼にみられた網膜出血から,胸部X線写真では所見が認められなかったがツベルクリン反応,胸部computedtomography(CT)などの検査により,最終的に結核の確定診断に至った症例を経験したので報告する.I症例患者:17歳,男性.高校3年生.主訴:視力が下がったような気がする.現病歴:3カ月ほど前から視力低下感があり,平成19年4月6日当科初診.両眼眼底に出血・血管白線化を認めた.既往歴:3歳時から気管支喘息.現在も発作予防のため予防的内服中.家族歴:2年前に父が結核に罹患.初診時所見(平成19年4月6日):外眼部異常なし.眼〔別刷請求先〕深尾真理:〒177-8521東京都練馬区高野台3-1-10順天堂練馬病院眼科Reprintrequests:MariFukao,M.D.,DepartmentofOphthalmology,JuntendoNerimaHospital,3-1-10Takanodai,Nerima-ku,Tokyo177-8521,JAPANComputedTomographyにより結核症の確定診断に至ったEales病の1例深尾真理*1工藤大介*1横山利幸*1村上晶*2*1順天堂練馬病院眼科*2順天堂大学医学部眼科学教室ACaseofEales’DiseasewithTuberculosisDiagnosedbyComputedTomographyMariFukao1),DaisukeKudo1),ToshiyukiYokoyama1)andAkiraMurakami2)1)DepartmentofOphthalmology,JuntendoNerimaHospital,2)DepartmentofOphthalmology,JuntendoUniversitySchoolofMedicine17歳,男性が視力低下感を主訴に受診した.両眼眼底に出血・血管白線化を認めた.ツベルクリン反応が強陽性であったが胸部X線写真では異常を認めず,その他の全身疾患も否定され,若年男性,網膜出血や血管の白線化といった典型的な臨床的特徴によりEales病と診断された.胃液・喀痰検査も陰性であったが,胸部computedtomography(CT)所見にて結核に特徴的な粒状網状影を認め結核症と診断された.抗結核治療が開始されると眼症状も改善した.胸部X線写真にて異常を認めない症例に対しても,ツベルクリン反応陽性であれば胸部CTでの検索を施行する必要があると考えられた.A17-year-oldmalewasreferredtouswithcomplaintofbilateraldecreasedvisualacuity.Ocularexaminationdisclosedretinalhemorrhagesandvascularsheathingsinbotheyes.Generalexaminations,includingchestX-ray,showednoabnormality,exceptingstronglypositivereactiononthetuberculintest.Thepatientwasinitiallydiag-nosedwithEales’disease,becauseofsuchtypicalclinicalfeaturesas:healthyyoungmale,bilateralretinalhemor-rhagesandvascularsheathings.Althoughgastricanalysisandsputumculturewerenegative,hewasdiagnosedwithtuberculosisbecausechestcomputedtomography(CT)revealedthespecificreticulonodularpatternfortuberculosis.Treatmentwithanti-tuberculousdrugsimprovedtheocularsymptoms.Wheneverthetuberculintestispositive,chestCTisnecessaryevenifthechestX-rayisnormal.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)26(8):11391142,2009〕Keywords:Eales病,網膜静脈周囲炎,結核,ツベルクリン反応.Eales’disease,retinalperiphlebitis,tuberculo-sis(TB),tuberculintest.———————————————————————-Page21140あたらしい眼科Vol.26,No.8,2009(134)位・眼球運動異常なし.視力は右眼0.3(0.7×1.0D(cyl0.5DAx5°),左眼0.4(1.0×1.0D(cyl1.5DAx175°).眼圧は右眼14mmHg,左眼14mmHg.前眼部には炎症細胞なし.瞳孔反応異常なし.眼底には両眼周辺部網膜に出血斑,血管白線化を認めた(図1a,b).血液検査所見(平成19年5月1日):赤血球4.3×106/μl,白血球6.6×103/μl,血小板2.5×105/μl,総コレステロール6.1g/dl,C-リアクティブ・プロテイン0.1,アスパラギン酸アミノ基転移酵素17U/l,アラニンアミノ基転移酵素13U/l,アンジオテンシン変換酵素8.2IU/l,血清蛋白分画正常,血清免疫グロブリンA177mg/dl,血清免疫グロブリンG591mg/dl,血清免疫グロブリンM113mg/dl,補体蛋白C389mg/ml,C427mg/ml,CH5047.5U/dl,B型肝炎ウイルス抗原(),B型肝炎ウイルス抗体(),C型肝炎ウイルス(),ヒト免疫不全ウイルス(HIV)(),梅毒定性(),トレポネーマ・パリダム抗体(),ツベルクリン反応12×18mm,硬結(),二重発赤(+).経過:両眼網膜出血を認め,ツベルクリン反応も強陽性であったものの,胸部X線写真では明らかな異常所見はなく,明らかな全身症状も認めなかったため,眼底所見よりEales病と診断し,同時に精査目的のため当院呼吸器内科にコンサルトした.呼吸器内科にて施行された喀痰,胃液検査では菌の検出を認めなかったが,CTを施行したところ左上肺野に結核に典型的な粒状網状影を認めた(図2a).さらに,気管支肺生検を施行したところ結核菌を検出し結核症の診断に至った.診断後は結核専門病院に転院となり抗結核療法による治療が開始され,イソニアジド・リファンピシン・エタンブトール・ピラジナミドの4剤併用療法を平成19年6月11日より6カ月間施行することとなった.本症例ではフルオレセインは皮内反応陽性のため使用できず,インドシアニングリーン蛍光眼底検査を施行したところ網膜血管の狭細化・閉塞所見を認めたので,両眼周辺部網膜に対し光凝固を開始した.平成19年5月9日,右眼に68spots,同年5月19日,左眼に291spots,条件はargongreen;400μm,150mW,0.5secにて施行.抗結核治療開始後は網膜出血,血管の白線化は改善した(図1c,d).視力は右眼0.3(1.0×1.0D(cyl0.5DAx5°),左眼0.4(1.2×1.0D(cyl1.5DAx175°)と矯正視力,眼底所見ともに改善を認めている.なお,治療開始後の胸部X線所見は初診時と比較し明らかな変化はなく異常は認められなかった.治療開始後の胸部CT所見acbd図1眼底写真上段:初診時(平成19年4月6日).a:右眼,b:左眼.両眼周辺部網膜に出血,血管白線化を認めた.下段:抗結核治療開始,約3カ月経過後(平成19年9月6日).c:右眼,d:左眼.両眼周辺部網膜の出血,血管の白線化は改善した.———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.26,No.8,20091141(135)は治療開始前と比較し明らかに改善を認めた(図2b).II考按Eales病は1880年にHenryEalesが便秘や鼻出血を伴うが全身疾患や網膜の炎症もなく再発性網膜出血を起こした若年男性を報告したのが最初とされている.その後網膜静脈周囲炎を伴うことや,ステロイド投与により結核を発症した例などがあり病因としての結核の重要性が指摘された.そのほかにもMycobacteriumfortuitumやMycobacteriumchelonaeとの関連性を指摘する報告などがある1)が,一般的に原因不明の再発性網膜硝子体出血をEales病とよぶようになっている2).1.比較的若年男性(女性の3倍)・多くは両眼性(90%),2.ぶどう膜炎や全身疾患を伴わない原因不明の網膜静脈周囲炎(DukeElderの定義),3.イソニアジド内服投与などの治療的診断がEales病の診断に有用な基準とされているが,いまだ統一された疾患概念はない.Madhavanらによると,Eales病の報告のうちの6.2%から35%に全身性の結核が認められ,Eales病の硝子体あるいは黄斑部からの結核菌DNAの存在も指摘されている3)ことから,Eales病と結核菌あるいは抗酸菌の関係はきわめて密接と思われる.しかしEales病,眼結核症,特に結核性網膜静脈炎などについては現在一定の診断基準はなく,その概念はやや混乱している.安積4)によれば,結核性眼病変の診断は1.結核菌または結核病巣の検出〔①胸部X線,CT,②前房水polymerasechainreaction(PCR)〕,2.結核菌に対する免疫反応〔①細胞性免疫(ツベルクリン反応),②液性免疫〕,3.典型的な結核性眼病巣の存在,4.治療的診断(イソニアジド内服投与など),の4項目のうち3項目以上があてはまれば確定診断とすると述べられている.菌の直接検出があれば確定的だが,実際に臨床的には困難なため,画像による病巣の検出が重要となる.胸部X線は必須検査であるが,CTでは胸部X線写真で見つからなかった結核の肺内病変(小葉中心性粒状影,小葉内分岐構造,空洞形成,粟粒結節など)5)を検出できるという報告もあり6,7),X線検査で否定的な症例においても重要な検査と考えられる.個体の細胞性免疫を利用したツベルクリン反応は,日本ではBCG(BacilledeCalmetteetGuerin)ワクチンの接種により必ずしも結核の感染を示すものではないが補助的な検査としては非常に有用である.このほかに血清抗体価の検出も補助診断として有用とされており,感度,特異度ともに良好であるが,非結核性抗酸菌症などに陽性になる可能性やHIV(ヒト免疫不全ウイルス)陽性患者において感度が低下するなどの問題点がある.イソニアジド内服による治療的診断については,結果が偽陽性や偽陰性に生じる可能性があり,肝機能障害などの薬剤副作用の問題点もある8).結核とは結核菌(Mycobacteriumtuberculosis)による感染症で,結核菌は抗酸菌全体の約85%を占めるといわれている.世界保健機関の統計によると,世界では新規発病患者が年間800万人発生し,年間300万人の患者が死亡している.平成16年の日本国内の新患数は29,736人で,国内の結核死亡者数は年間2,328人と,この数字は先進国のなかではきわめて悪い数字である.平成17年,およそ50年ぶりに結核予防法が改正され,BCG接種の生後6カ月以内での接種が義務化され,高齢者や医療従事者などハイリスク群に定期健診を実施することとなった.このように,結核は決して過去の感染症ではなく,現在もわれわれにとって大きな脅威とな図2胸部CT所見a:治療前(平成19年5月9日).左上肺野に粒状網状影を認める.b:抗結核治療開始,約5カ月経過後(平成19年11月16日).左上肺野の粒状網状影は改善した.ab———————————————————————-Page41142あたらしい眼科Vol.26,No.8,2009(136)っている.本症例は初診時に両眼網膜出血・ツベルクリン反応強陽性以外の異常所見はなく,胸部X線写真,喀痰・胃液検査においても異常が認められず,臨床的にEales病と診断した.さらに胸部CT検査を施行したことにより結核病巣が検出され,結核の治療を行い,眼症状も改善することとなった.以上のことより,現在までに原因不明のEales病として報告された症例のなかにも,潜在的に結核症の症例が含まれており,より精査を施行することで原因治療がなされ,眼症状の改善に至る可能性もあったと考えられる.以上のことより,若年性の網膜出血をみた際はツベルクリン反応検査を行い,胸部X線写真で異常を認めない症例に対しても,胸部CTでの検索を積極的に施行する必要があると思われた.文献1)ThereseKL,DeepaP,ThereseJ:Associationofmyco-bacteriawithEales’disease.IndianJMedRes126:56-62,20072)六鹿秀夫,原彰,清水由規:若年者にみられた静脈周囲炎の硝子体出血の発生機序について.眼科30:663-666,19883)MadhavanHN,ThereseKL,GunishaPetal:PolymerasechainreactionfordetectionofMycobacteriumtuberculo-sisinepiretinalmembraneinEales’disease.InvestOph-thalmolVisSci41:822-825,20004)安積淳:結核性眼疾患.日本の眼科70:1043-1046,19995)村田喜代史,高橋雅士,古川顕ほか:気道感染症のCT像.日本医放会誌59:371-379,19996)DrapkinMS,MarkEJ:A38-year-oldmanwithfever,cough,andapleuraleusion.NEnglJMed335:499-505,19967)齋藤航:結核.臨眼61:210-215,20078)安積淳:抗結核薬による治癒試験.眼科42:1721-1727,2000***