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不完全型網膜中心動脈閉塞症の発症を契機に 結節性多発動脈炎と診断された1 例

2023年3月31日 金曜日

《第55回日本眼炎症学会原著》あたらしい眼科40(3):395.403,2023c不完全型網膜中心動脈閉塞症の発症を契機に結節性多発動脈炎と診断された1例飯田由佳*1林孝彰*1伊藤寿啓*2筒井健介*3根本昌実*3中野匡*4*1東京慈恵会医科大学葛飾医療センター眼科*2東京慈恵会医科大学葛飾医療センター皮膚科*3東京慈恵会医科大学葛飾医療センター総合診療部*4東京慈恵会医科大学眼科学講座CACaseDiagnosedwithPolyarteritisNodosaaftertheDevelopmentofIncompleteCentralRetinalArteryOcclusionYukaIida1),TakaakiHayashi1),ToshihiroIto2),KensukeTsutsui3),MasamiNemoto3)andTadashiNakano4)1)DepartmentofOphthalmology,TheJikeiUniversityKatsushikaMedicalCenter,2)DepartmentofDermatology,TheJikeiUniversityKatsushikaMedicalCenter,3)DivisionofGeneralMedicine,TheJikeiUniversityKatsushikaMedicalCenter,4)DepartmentofOphthalmology,TheJikeiUniversitySchoolofMedicineC目的:不完全型網膜中心動脈閉塞症(CRAO)の発症を契機に結節性多発動脈炎と診断されたC1例を報告する.症例:73歳,男性.突然の左眼視力低下を自覚し,4日後に東京慈恵会医科大学葛飾医療センター眼科を受診した.左眼の視力は(0.05)であった.眼底に多数の綿花様白斑がみられ,黄斑部の光干渉断層計画像で網膜内層から中層にかけて高反射帯を認めた.フルオレセイン蛍光造影検査で,網膜動脈の充盈遅延を認め,不完全型CCRAOと診断された.血液検査で高度の炎症反応を認めたものの,抗好中球細胞質抗体は陰性であった.右下腿・紫斑部の皮膚生検で,フィブリノイド壊死性血管炎の所見がみられ,また両下肢の多発性単神経炎の存在が確認され,結節性多発動脈炎の確実例と診断された.プレドニゾロンならびに免疫抑制薬による加療が行われ,眼科初診からC3カ月後に左眼視力は(0.4)まで改善した.2年C4カ月経過し,結節性多発動脈炎の病状は安定し,左眼視力(0.4)を維持していた.結論:結節性多発動脈炎は,血管炎による多彩な全身症状を認め,CRAOを併発する可能性がある.CPurpose:ToCreportCaCcaseCdiagnosedCwithCpolyarteritisnodosa(PAN)afterCdevelopmentCofCincompleteCcen-tralCretinalCarteryCocclusion(CRAO)C.CCasereport:AC73-year-oldCmaleCvisitedCourCophthalmologyCdepartmentC4Cdaysafterbecomingawareofsuddenvisionlossinhislefteye.Uponexamination,thebest-correctedvisualacuity(BCVA)inCthatCeyeCwasC0.05.CFundoscopyCexaminationCrevealedCnumerousCcotton-woolCspots,CandCopticalCcoher-encetomographyimagesshowedhyperre.ectivelesionsfromtheinnertomiddleretinallayersintheleftmacula.Fluoresceinangiographyshoweddelayed.llingofthecentralretinalartery,andhewasdiagnosedwithincompleteCRAO.CBloodCtestsCshowedCsevereCsystemicCin.ammatoryCreactions,CbutCanti-neutrophilCcytoplasmicCantibodiesCwereCnegative.CACskinCbiopsyCofCtheCrightClowerClegCwithCpurpuraCrevealedC.brinoidCnecrotizingCvasculitis,CandCmononeuritismultiplexwaspresentinbothlowerextremities,thusresultinginade.nitivediagnosisofPAN.Pred-nisoloneCandCimmunosuppressiveCtherapiesCwereCadministered,CandCBCVACinChisCleftCeyeCimprovedCtoC0.4CatC3CmonthsCafterCpresentation.CTwoCyearsCandC4CmonthsClater,CtheCdiseaseCconditionCofCPANC.nallyCstabilized,CandChisCleft-eyeCBCVACremainsCatC0.4.CConclusion:PANCexhibitsCaCvarietyCofCsystemicCsymptomsCdueCtoCvasculitisCandCCRAOmaybecomplicatedwiththedisease.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C40(3):395.403,C2023〕Keywords:網膜中心動脈閉塞症,結節性多発動脈炎,フィブリノイド壊死性血管炎,光干渉断層血管撮影.cen-tralretinalarteryocclusion,polyarteritisnodosa,.brinoidnecrotizingvasculitis,opticalcoherencetomographyan-giography.C〔別刷請求先〕林孝彰:〒125-8506東京都葛飾区青戸C6-41-2東京慈恵会医科大学葛飾医療センター眼科Reprintrequests:TakaakiHayashi,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,TheJikeiUniversityKatsushikaMedicalCenter,6-41-2Aoto,Katsushika-ku,Tokyo125-8506,JAPANCはじめに結節性多発動脈炎(polyarteritisnodosa:PAN)は,中型血管を主体として血管壁に炎症を生じる疾患で,難病(告示番号C42)に認定されている1).PANの本態は,中・小動脈の壊死性血管炎で,糸球体腎炎あるいは細小動脈・毛細血管・細小静脈の血管炎を伴わず,血清中の抗好中球細胞質抗体(anti-neutrophilCcytoplasmicCantibody:ANCA)と関連のない疾患と定義されている2).PANの平成C27年度特定医療費(指定難病)受給者証所持者数はC3,442人であったことから,PANはまれな疾患である1).厚生労働省作成疾患概要説明文(https://www.nanbyou.or.jp/entry/244)に,「平均発症年齢はC55歳で,男女比はC3:1でやや男性に多い傾向」であることが記されている.PANの症状は多彩で,炎症による全身症状と罹患臓器の炎症および虚血,梗塞による臓器障害の症状の両者からなる1,3).厚生労働省が作成した表1結節性多発動脈炎の診断基準(1)主要症候①発熱(38℃以上,2週以上)と体重減少(6カ月以内にC6Ckg以上)②高血圧③急速に進行する腎不全,腎梗塞④脳出血,脳梗塞⑤心筋梗塞,虚血性心疾患,心膜炎,心不全⑥胸膜炎⑦消化管出血,腸閉塞⑧多発性単神経炎⑨皮下結節,皮膚潰瘍,壊疽,紫斑⑩多関節痛(炎),筋痛(炎),筋力低下(2)組織所見中・小動脈のフィブリノイド壊死性血管炎の存在(3)血管造影所見腹部大動脈分枝(とくに腎内小動脈)の多発小動脈瘤と狭窄・閉塞(4)診断のカテゴリー①CDe.nite(確実例):主要症候C2項目以上と組織所見のある例②CProbable(疑い例):(a)主要症候C2項目以上と血管造影所見の存在,(b)主要症候のうち①を含むC6項目以上存在する例(5)参考となる検査所見①白血球増加(10,000/μl以上),②血小板増加(400,000/μl以上),③赤沈亢進,④CCRP強陽性(6)鑑別診断①顕微鏡的多発血管炎,②多発血管炎性肉芽腫症(旧称:ウェゲナー肉芽腫症),③好酸球性多発血管炎性肉芽腫症(旧称:アレルギー性肉芽腫性血管炎),④川崎病動脈炎,⑤膠原病(全身性エリテマトーデス,関節リウマチなど),⑥CIgA血管炎(旧称:紫斑病性血管炎)(難病情報センターホームページより一部改変して引用)PANの診断基準を表1に示す.主要症候C2項目以上と組織所見のある例はCDe.nite(確実例),主要症候C2項目以上と血管造影所見の存在する例,または主要症候のうち「①発熱(38℃以上,2週以上)と体重減少(6か月以内にC6Ckg以上)」を含むC6項目以上存在する例はCProbable(疑い例)と診断する.網膜中心動脈閉塞症(centralCretinalCarteryocclusion:CRAO)は,急激な視力障害をきたす疾患で,網膜中心動脈への血栓や塞栓によって発症する4).CRAOは,その原因により動脈炎性(arteritic)と非動脈炎性(non-arteritic)に大別される5,6).動脈炎性CCRAOは,全身性エリテマトーデスや巨細胞性動脈炎などの全身性血管炎に合併してみられる7,8).また,閉塞の程度によりCincomplete(不完全型・再灌流),subtotal(完全型に近い・部分再灌流),total(完全型・非再灌流)に分類する試みもある5,9,10).フルオレセイン蛍光造影所見として,incomplete型では網膜動脈の充盈遅延が,subtotalでは網膜動脈の著明な充盈遅延がみられる5,10).今回筆者らは,不完全型CCRAOの発症を契機にCPANと診断された症例を経験したので報告する.CI症例患者:73歳,男性.主訴:左眼視力低下.現病歴:4カ月前から両側下腿に紫斑を認めていた.4日前から頭痛に加え,左眼視力低下も自覚したため,4日後に近医眼科を受診した.左眼視力は(0.04)に低下し,左眼眼底に多数の白斑がみられ,同日,東京慈恵会医科大学葛飾医療センター眼科を紹介受診した.既往歴:S状結腸癌切除後で経過観察中,変形性膝関節症,下肢静脈瘤切除.なお,高血圧,脂質異常症,糖尿病の指摘はなし.初診時眼所見:視力は右眼C0.3(1.2C×sph+2.00D(cylC.0.50DCAx80°),左眼0.04(0.05C×sph+3.00D(cyl.1.50DAx80°),眼圧は右眼C18mmHg,左眼C13mmHgであった.白内障を除き前眼部・中間透光体には特記すべき所見はなかった.眼底検査で左眼に乳頭出血および多数の綿花様白斑を認めた(図1a).右眼眼底に明らかな異常所見はみられなかった(図1a).黄斑部の光干渉断層計(opticalCcoherencetomography:OCT,CirrusCHD-OCT5000,CarlCZeissMeditec社)検査において,右眼に異常所見はみられなかったが,左眼では網膜内層から中層にかけて高反射帯に加え,漿液性網膜.離を伴う網膜色素上皮.離を認めた(図1b).左眼の脈絡膜厚は,右眼に比べ肥厚しており,Haller層血管の拡張を認めた(図1b).光干渉断層血管撮影(OCTCangi-ography:OCTA,CirrusCHD-OCT5000)では,網膜血管の血流は観察されたものの,網膜毛細血管網の血流シグナル図1初診時の眼底およびOCT所見a:カラー眼底写真を示す.右眼に明らかな異常所見はないが,左眼に乳頭出血および多数の綿花様白斑を認める.b:黄斑部COCTのCBスキャン画像を示す.右眼に異常所見はみられないが,左眼では網膜内層から中層にかけて高反射帯(.)に加え,漿液性網膜.離(.)を伴う膜色素上皮.離を認める.左眼の脈絡膜厚は,右眼に比べ肥厚しており,Haller層血管の拡張(.)を認める.c:左眼黄斑部COCTA画像を示す.Bスキャン画像で示した網膜全層CslabにおけるOCTAのCenface画像で,網膜血管の血流は観察されるものの,網膜毛細血管網の血流シグナルが全体的に低下している.また,OCTのCenface画像で,広範囲に高反射病変がみられる.図2初診時の左眼フルオレセイン蛍光造影写真造影開始C15秒からC18秒後まで,choroidal.ushおよび一部の網膜動脈の造影は観察されるが他の網膜動脈は造影されていない.造影開始20秒後に一部下方の網膜動脈が造影され,造影開始C27秒後に上方の網膜動脈の灌流がみられる.造影早期から中期(2分C32秒)・後期(6分C43秒)にかけて中心窩上方に網膜色素上皮障害に伴う蛍光漏出を認める.が全体的に低下していた(図1c).黄斑部網膜の虚血性変化と考え,フルオレセイン蛍光造影検査(.uoresceinangiog-raphy:FA)およびインドシアニングリーン蛍光造影検査(indocyanineCgreenangiography:ICGA)を施行した.FAにおいて,造影開始C15.18秒後まで初期脈絡膜蛍光(cho-roidal.ush)および一部の網膜動脈の造影は観察されたが他の網膜動脈は造影されていなかった(図2).造影開始C20秒後に一部下方の網膜動脈が造影され,造影開始C27秒後に上方の網膜動脈の灌流がみられ,網膜動脈の充盈が遅延しており,不完全型CCRAOと診断した(図2).また,造影初期から,中期・後期にかけて中心窩上方に網膜色素上皮障害に伴う蛍光漏出が確認された(図2).一方,右眼に網膜血管炎を示唆する異常所見はみられなかった.ICGAでは,右眼に異常所見はみられず,左眼において造影中期から後期にかけて,血管アーケード内の脈絡膜血管透過性亢進による過蛍光の所見が観察された(図3).血液検査所見:赤血球数,凝固系,肝機能,電解質値は正常範囲内であった.血小板数C40.4万/μl,白血球数C8,300/μl,CRP6.23mg/dl,血液沈降速度(血沈)1時間値119Cmmと高度な炎症反応を認めた.白血球分画は,好中球77.7%,リンパ球C15.6%,単球C5.8%,好酸球C0.5%,好塩基球0.4%でやや好中球の割合が高かった.Cr0.76mg/dl,CeGFR76Cml/分/1.73CmC2,LDLコレステロールC108Cmg/dl,中性脂肪127mg/dl,HbA1c6.2%,MPO-ANCAC1.0U/ml,PR3-ANCA1.5CU/ml,リウマトイド因子C12.6CIU/ml,CASO20CIU/ml,抗CSS-A抗体(C.),抗CSS-B抗体(C.),抗図3初診時のインドシアニングリーン蛍光造影写真右眼に異常所見はみられず,左眼において造影中期(造影開始C4分C14秒)から後期(造影開始C11分C37秒)にかけて,血管アーケード内の脈絡膜血管透過性亢進による過蛍光の所見が観察される.カルジオリピン抗体CIgG8CU/ml,ループスアンチコアグラント正常範囲内,HBs抗原(C.),HBs抗体(C.),HBc抗体(.),HCV抗体(C.),梅毒CRPR(C.),梅毒CTP抗体(C.),Cb-D-グルカンC6.0Cpg/ml,T-SPOT.TB(C.)と明らかな異常所見はみられなかった.経過:かかりつけ医の許可を得て,同日よりアスピリン腸溶錠(100Cmg/日)を開始した.翌日以降,視力の改善がみられた.原因精査の目的で頭部・眼窩単純CMRIを施行したものの,明らかな異常は認められなかった.つぎに,側頭動脈超音波検査を行い,両側側頭動脈に壁肥厚はなく,血流は保たれていた.圧迫による痛みなど巨細胞性動脈炎を示唆する臨床所見はみられなかった.高血圧,脂質異常症,糖尿病の既往がなかったことから,血管炎症候群を疑ったものの,採血結果でCANCA関連血管炎は否定され,不完全型CCRAOの原因,そして全身性の炎症所見の原因がはっきりせず,眼科初診からC1週間後に当院総合診療部に紹介した.追加の血液検査が施行され,白血球分画で桿状核好中球は0%,分葉核好中球はC74%と左方移動はみられなかった.抗TPO抗体C9CIU/ml,抗Cds-DNAIgG抗体C10CIU/ml,抗CCCP抗体C0.6CU/ml,抗CRNP抗体(C.),抗CSm抗体(C.),抗Jo-1抗体(C.),抗CScl-70抗体(C.)であり,他の臨床所見から,重篤な感染症,全身性エリテマトーデスや関節リウマチは否定された.血管炎症候群の精査目的で胸腹部CCTならびにCCT血管造影検査が施行され,動脈の狭窄・閉塞所見を含め明らかな異常所見はみられなかった.一方,両側下腿浮腫・紫斑を認めていたことから,当院皮膚科にて右下腿・紫斑部より皮膚生検を施行した.病理標本で小動脈の血管壁にフィブリノイド変性に加え,血管周囲に炎症細胞浸潤を認め,壊死性血管炎の所見と考えられた(図4).また,両下肢に異常感覚があり,神経伝導速度検査施行したところ,伝導速度の遅延がみられ多発性単神経炎が疑われる結果であった.PANの診断基準(表1)の主要症侯である⑧多発性単神経炎と⑨皮下結節,皮膚潰瘍,壊疽,紫斑のC2項目を満たし,組織所見であるフィブリノイド壊死性血管炎の存在を認図4右下腿・紫斑部の皮膚病理所見a:ヘマトキシリン・エオジン染色で,小動脈の血管壁にフィブリノイド変性(.)に加え,血管周囲に炎症細胞浸潤(.)を認める.b:ElasticaVanGieson染色で,紫黒色に染色される弾性線維は消失している.めたことから,PAN確実例と診断した.眼科初診からC2週後に左眼視力は(0.25)まで改善し,左眼眼底にみられた綿花様白斑はほぼ消失した(図5a).また,OCTAで網膜毛細血管網の血流シグナルの改善を認めた(図5c).眼科初診からC1カ月半後,総合診療部に入院となり,PANに対してプレドニゾロン(prednisolone:PSL)60Cmg/日内服治療を開始,その後徐々に下腿浮腫とCCRP値の低下がみられ,1週後CPSL50Cmg/日に漸減したが,両下肢のしびれはむしろ増強したため,免疫抑制薬であるシクロホスファミド(500mg)のパルス療法(1日C1回のシクロホスファミド点滴治療をC2週以上開けて複数回施行する治療)を計C2回追加し,CRP値は徐々に低下した.眼科初診からC3カ月後,左眼視力は(0.4)まで改善した.ここまでの,治療経過,CRP値の経時変化,左眼矯正視力の推移を図6に示す.後療法としてPSLに免疫抑制薬のアザチオプリン(25Cmg/日)内服が追加され,2週後アザチオプリンC50Cmg/日に増量した.眼科初診からC6カ月後,左眼視力は(0.4)を維持し,左眼CGoldmann視野検査で,中心約5°以内CI/2eからCI/3eの暗点が検出されたが周辺視野は良好であった.その後は再発なく,PSLおよびアザチオプリンを漸減しながら治療を行い,眼科での経過観察も継続された.最終受診時(眼科初診から2年4カ月後),PSL1mg/日,アザチオプリン25mg/日でCPANの病状は安定していた.左眼視力は(0.4)を維持し,眼底所見(図5b)の悪化はみられず,OCTAで黄斑部の網膜色素上皮.離は残存していたものの網膜毛細血管網の血流シグナルは改善維持していた(図5d).経過中,右眼視力は(1.2)を維持していた.II考按今回,急激な片眼性視力障害を認め,不完全型CCRAOの診断を契機にCPANと診断された症例を経験した.動脈は血管径により,大型,中型,小型,毛細血管に分類され,PANは,中型血管を主体として,血管壁に炎症を生じる疾患である.抗好中球細胞質ミエロペルオキシダーゼ抗体(MPO-ANCA)や抗好中球細胞質プロテイナーゼC3抗体(PR3-ANCA)は血清中には検出されず,顕微鏡的多発血管炎などとは区別される1).PANに対する特異性の高い診断マーカーは存在しない.そのために,主要症侯ならびに組織学的所見がCPANの診断に重要となる.厚生労働省作成の疾患概要説明文で,PANは炎症による全身症状に加え中型血管炎による臓器障害を呈するが,眼症状を呈することはまれと記載されている.本症例は,ANCA関連血管炎,巨細胞性動脈炎,抗リン脂質抗体症候群,全身性エリテマトーデス,関節リウマチなどが除外され,PAN診断基準(表1)の主要症侯のC2項目を満たし,皮膚紫斑部の組織所見でフィブリノイド壊死性血管炎の存在(図4)を認めたことから,PANの確実例と診断された.1993年にCAkovaら11)は,眼症状を合併したCPANのC5例について,強膜炎,周辺部角膜潰瘍,非肉芽腫性ぶどう膜炎,網膜血管炎,特発性眼窩炎症(旧称:眼窩炎性偽腫瘍)などがみられ,眼病変は多岐にわたりみられたと報告している.5例のうちC1例(75歳,女性)で,左眼にCCRAOを発症した後にCPANと診断されている11).今回の症例では,強膜炎,角膜潰瘍,虹彩毛様体炎,特発性眼窩炎症の所見はみられなかった.Rothschildらのメタ解析研究では,PANの図5左眼の眼底写真とOCTA画像a:眼科初診からC2週後のカラー眼底写真で,綿花様白斑はほぼ消失している.Cb:眼科初診からC2年C4カ月後のカラー眼底写真で,乳頭出血および綿花様白斑は消失している.Cc:眼科初診からC2週後の網膜全層CslabにおけるCOCTAのCenface画像で,網膜毛細血管網の血流シグナルの改善を認める.Cd:眼科初診からC2年C4カ月後の網膜全層CslabにおけるOCTAのCenface画像で,黄斑部の網膜色素上皮.離は残存しているものの網膜毛細血管網の血流シグナルは改善維持されている.500mg500mgシクロホスファミドCRP[mg/dl]PSL[mg]604020065432106050PSL40350.50.45CRP0.40.4左矯正視力0.350.30.250.250.20.20.150.10.050.0500102030405060708090眼科初診からの経過(日数)図6治療経過,CRP値ならびに左眼矯正視力の経時変化左眼矯正視力横軸に眼科初診からの経過(日数),左側縦軸にプレドニゾロン(PSL)内服とシクロホスファミドパルス療法の投与量およびCCRP値,右側縦軸に左眼矯正視力を示す.眼科初診から約C1.5カ月後にCPSL内服開始,その後,CRP値は低下している.両下肢のしびれが増強したため,シクロホスファミドパルス療法を計C2回追加している.眼科初診から約C3カ月後,視力は(0.4)に改善している.393例のうちC42例(10.7%)に眼症状があり,このなかで突然の視力障害がC8例(19%)でみられ,その原因として網膜血管炎によるものが多かったと報告している12).Akovaら11)の報告以降,PANにCCRAOを合併した報告例を調べてみると,2001年にCHsuら13)は,70歳,女性が突然の右眼手動弁の視力低下をきたし,毛様網膜動脈回避を伴う右眼CRAO,そして左眼に虚血性視神経症を発症し,その後施行された大腿二頭筋と腓腹神経の生検後にCPANと診断されたことを報告している.また,高熱と結節性紅斑を認めたC1カ月後に両眼の視力障害を訴え両眼CCRAOと診断され,血液検査および皮膚生検によりCPANと診断されたC3歳,男児の報告例もある14).前述のとおり,突然のCCRAOなどによる視力障害の精査過程でCPANと診断されたケースは報告されている一方,PANの診断・治療後にCCRAOを発症した報告例はなかった.したがってCCRAOの発症後にCPANと診断された際は,速やかにステロイドや免疫抑制薬の治療を開始することが重要である.本症例では,CRAOで通常みられない漿液性網膜.離を伴う網膜色素上皮.離を認めた(図1b).不完全型CCRAOを発症した左眼では,Haller層血管拡張による脈絡膜肥厚のOCT所見(図1b)に加え,ICGA(図3)で脈絡膜血管透過性亢進による過蛍光の所見がみられたことから,中心性漿液性脈絡網膜症発症と類似の機序による網膜色素上皮障害が起こり,網膜色素上皮.離および漿液性網膜.離を生じた可能性が推察された.実際,本症例の左眼CFA所見(図2)は,中心性漿液性脈絡網膜症でみられるCFA所見に類似していた.一方,不完全型CCRAO発症時に網膜色素上皮.離が検出された理由ははっきりしなかったものの,2年C4カ月経過した最終受診時においてもCHaller層血管の拡張を伴う網膜色素上皮.離は観察された.以上から,不完全型CCRAO発症以前から,左眼のCHaller層血管拡張による脈絡膜肥厚が存在していた可能性が考えられた.PANの初期治療としては,1mg/kg/日のPSLに加え,シクロホスファミドの点滴治療(10.15Cmg/kg/回をC3.4週間にC1度)の併用が推奨されている1).本症例も同様な初期治療を行ったことでその後の臓器障害が抑制できたと考えられた.眼所見に関して,本症例では翌日以降視力の改善を認め,2週後には眼底所見の改善も認めた(図5).その後視力は(0.4)まで改善し,6カ月後の視野では中心暗点が検出されたものの周辺視野は良好であった.内科的治療によって,視機能の改善・維持のみならず,眼所見の再燃・悪化ならびに僚眼への発症が抑制できたと考えられた.筆者らが医中誌を調べた限り,わが国からCPANの診断前後にCCRAOを発症した報告例はなかった.以上をまとめると,PANにCRAOを合併することはまれであるもののCPANの診断以前に起こりうる合併症であること,一方,治療介入後の発症は起こりにくい可能性が示唆された.その病因としては,網膜中心動脈血管炎自体だけでなく血管炎による血栓形成による閉塞の可能性があり,PANに関連したCCRAOは動脈炎性と考えられる.岡本ら15)が報告した不完全型CCRAO10例の検討では,クリオフィブリノーゲン血症に合併したC17歳症例を除いて,明らかな動脈炎性の症例は報告されていない.このことから,原因にかかわらず動脈炎性の不完全型CCRAOはまれな病態と考えられる.本症例に関しては,動脈炎性の不完全型CCRAOの可能性が考えられたが,高齢者でかつ軽度耐糖能異常がみられたことから,非動脈炎性を完全には否定できなかった.CRAOは不可逆的かつ恒久的な重度視力障害を引き起こす重篤な眼疾患の一つである.本症例を経験し,CRAO症例に対しては,PANに合併した可能性を鑑別にあげ,詳細な血液検査を行い,免疫膠原病内科医,皮膚科医,総合診療部に紹介し全身検査を速やかに行うとともに,早期診断そして早期治療介入することが重要であると考えられた.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)日本循環器学会,日本医学放射線学会,日本眼科学会ほか:血管炎症候群の診療ガイドライン(2017年改訂版).p50-53,C20182)JennetteJC,FalkRJ,BaconPAetal:2012revisedInter-nationalCChapelCHillCConsensusCConferenceCNomenclatureCofVasculitides.ArthritisRheumC65:1-11,C20133)HocevarCA,CTomsicCM,CPerdanCPirkmajerK:ClinicalCapproachtodiagnosisandtherapyofpolyarteritisnodosa.CurrRheumatolRepC23:14,C20214)HayrehSS:AcuteCretinalCarterialCocclusiveCdisorders.CProgRetinEyeResC30:359-394,C20115)門之園一明:網膜中心動脈閉塞症のアップデート.日眼会誌C124:601-608,C20206)津田聡,中澤徹:網膜動脈閉塞症.あたらしい眼科C39:31-37,C20227)RatraCD,CDhupperM:RetinalCarterialCocclusionsCinCtheyoung:systemicassociationsinIndianpopulation.IndianJOphthalmolC60:95-100,C20128)SmithCMJ,CBensonCMD,CTennantCMCetal:CentralCretinalCarteryocclusion:aretrospectivestudyofdiseasepresen-tation,Ctreatment,CandCoutcomes.CCanCJCOphthalmolC2022.COnlineaheadofprint.9)SchmidtCD,CSchumacherM:Stage-dependentCe.cacyCofCintra-arterialC.brinolysisCinCcentralCretinalCarteryCocclu-sion(CRAO)C.Neuro-ophthalmologyC20:125-141,C199810)SchmidtDP,Schulte-MontingJ,SchumacherM:Progno-sisCofCcentralCretinalCarteryocclusion:localCintraarterialC.brinolysisversusconservativetreatment.AmJNeurora-diolC23:1301-1307,C200211)AkovaYA,JabburNS,FosterCS:Ocularpresentationofpolyarteritisnodosa.clinicalcourseandmanagementwithsteroidandcytotoxictherapy.OphthalmologyC100:1775-1781,C199312)RothschildPR,PagnouxC,SerorRetal:OphthalmologicmanifestationsCofCsystemicCnecrotizingCvasculitidesCatdiagnosis:aCretrospectiveCstudyCofC1286CpatientsCandCreviewoftheliterature.SeminArthritisRheumC42:507-514,C201313)HsuCCT,CKerrisonCJB,CMillerCNRCetal:ChoroidalCinfarc-tion,CanteriorCischemicCopticCneuropathy,CandCcentralCreti-nalarteryocclusionfrompolyarteritisnodosa.RetinaC21:C348-351,C200114)ThakkerCAD,CGajreCM,CKhubchandaniCRCetal:BilateralCcentralCretinalCarteryocclusion:anCunusualCpresentationCofCpolyarteritisCnodosa.CIndianCJCPediatrC81:1401-1402,C201415)岡本紀夫,栗本拓治,大野新一郎ほか:不完全型網膜中心動脈閉塞症C10例の検討.臨眼C67:301-304,C2013***

眼虚血症状より内頸動脈狭窄症が発見され,Carotid Artery Stentingを施行した3例

2016年4月30日 土曜日

《原著》あたらしい眼科33(4):606〜612,2016©眼虚血症状より内頸動脈狭窄症が発見され,CarotidArteryStentingを施行した3例佐藤茂*1西田武生*2内堀裕昭*1横田千里*2中島義和*2林仁*1*1市立堺病院眼科*2市立堺病院脳神経外科ThreeCasesofInternalCarotidArteryStenosisDiagnosedfromOcularIschemicSymptomsandTreatedwithCarotidArteryStentingShigeruSato1),TakeoNishida2),HiroakiUchihori1),ChisatoYokota2),YoshikazuNakajima2)andHitoshiHayashi1)1)DepartmentofOphthalmology,SakaiMunicipalHospital,2)DepartmentofNeurosurgery,SakaiMunicipalHospital背景:眼虚血症状から中等度〜高度内頸動脈狭窄症(internalcarotidarterystenosis:ICAS)が発見され,頸動脈ステント留置術(carotidarterystenting:CAS)を施行した3例を報告する.症例報告:症例1は網膜中心動脈閉塞症の精査で可動性プラークを伴う中等度ICASを認めた.CAS後,経過観察期間内には脳虚血発作は発症しなかったが,視機能改善は得られなかった.症例2は急激な視力低下に対する精査で高度ICASを認めたためCASを施行した.術後,眼圧コントロール不良となり線維柱帯切除術を施行した.その結果,視力・視野ともに維持できた.症例3は一過性黒内障の精査で両側高度ICASを認めた.両側にCASを施行したが,術後眼圧コントロール不良となり,両眼に線維柱帯切除術を施行した.その結果,視力・視野ともに維持できた.結論:眼虚血症状を示す症例には,ICASスクリーニングを行うことが重要である.高度ICASでは,短期間に血管新生緑内障を発症することがあるので注意を要する.また,ICASの治療に際しては脳外科と眼科の連携が非常に重要である.Background:Wereportthreecasesdiagnosedwithmoderate/severeICASbasedoneyeischemicsymptomsandtreatedwithCAS.Casereports:Case1:ModerateICASwithmobileplaquewasrevealedbydetailedexaminationofretinalcentralarteryocclusion.AlthoughsubsequentCASsuccessfullypreventedmajorischemicstroke,visualfunctionwasnotimproved.Case2:AfterconfirmationofleftsevereICAS,whichhadcausedseverevisualimpairment,CASwasperformed.IntraocularpressurecontrolbecamepoorafterCAS.Thepatientthenreceivedtrabeculectomy,andvisualfunctionwasmaintained.Case3:BilateralsevereICASwasdetectedbydetailedexaminationofamaurosisfugax.AfterbilateralCAS,bilateralintraocularpressurecontrolbecamepoor.Trabeculectomywasperformedbilaterally.Visualfunctionwasthenmaintained.Conclusion:Carotidarteryscreeningshouldbeconsideredforpatientswithocularischemicsymptoms.PatientswithsevereICASmaydeveloprubeoticglaucomarapidly.ClosecooperationbetweenophthalmologistsandneurosurgeonsisimportantforthemanagementofpatientswithICAS.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)33(4):606〜612,2016〕Keywords:内頸動脈狭窄症,眼虚血症候群,血管新生緑内障,網膜中心動脈閉塞症,頸動脈ステント留置術.internalcarotidarterystenosis(ICAS),ocularischemicsyndrome,neovascularglaucoma,retinalcentralarteryocclusion,carotidarterystenting(CAS).はじめに内頸動脈狭窄症(internalcarotidarterystenosis:ICAS)は症状の有無から症候性と無症候性に分類され,血管造影による狭窄の程度からは一般に軽度(30〜49%),中等度(50〜69%),高度(70%以上)とされる(脳神経外科疾患情報ページ,NeuroinfoJapan,http://square.umin.ac.jp/neuroinf/index.html).ICASに伴う眼症状も大きく2つのタイプに分けられる.一つは内頸動脈内壁に形成されたプラークの剝脱に起因する塞栓により急激な視力低下もしくは視野障害を引き起こすタイプ(たとえば,一過性黒内障,網膜動脈閉塞症,虚血性視神経症など),もう一つは慢性の循環不全によるいわゆる眼虚血症候群である1).眼虚血症候群の多彩な眼合併症のなかでもとくに血管新生緑内障が重要で,いったん発症すると治療に抵抗性で,視力予後は非常に悪い1).従来,高度ICASに対しては頸動脈内膜剝離術が標準的治療として行われてきた2).しかし,手術侵襲が大きく,外科的手術リスクあるいは麻酔リスクが高い症例には行えず,適応が限られるという問題点があった.近年,血管内治療の進歩により,より低侵襲の頸動脈ステント留置術(carotidarterystenting:CAS)が導入され,頸動脈内膜剝離術に比して遜色のない手術成績が報告されている3,4).今回,網膜中心動脈閉塞症(retinalcentralarteryocclusion:CRAO)もしくは虹彩新生血管から中等度〜高度ICASが発見され,CASを施行した3例を経験したので報告する.I症例〔症例1〕78歳,男性.主訴:左眼の急激な視力低下.既往歴:2004年12月両眼水晶体再建術,糖尿病,高脂血症,喫煙30本/日×60年,飲酒過多,慢性硬膜外血腫術後,胃潰瘍術後.現病歴:2014年8月,突然左眼の急激な視力低下を自覚した.近医にて左眼のCRAOを指摘され,塞栓源の検索目的にて市立堺病院(以下,当院)眼科へ紹介となり,発症より1週間後に初診となった.初診時所見:矯正視力右眼(1.0),左眼(0.01).眼圧右眼15mmHg,左眼10mmHg.左眼relativeafferentpupillarydefect陽性.前眼部,中間透光体に特記すべき所見は認められなかった.左眼眼底に網膜動脈の高度狭細化と分節状血柱が認められた.また,後極部網膜は浮腫状で,黄斑部はいわゆるcherryredspotを呈し(図1a),フルオレセイン蛍光眼底造影検査(fluoresceinangiography:FA)では静脈注射後1分経過しても周辺の動脈が完全に造影されず,とくに下方の動脈は後期でも造影されなかった(図1b).右眼の眼底および蛍光眼底所見に特記すべき所見は認められなかった.経過:発症後1週間経過しており,動脈閉塞も非常に高度のため,血栓溶解薬の投与は視機能の改善効果よりも副作用のリスクが上回ると判断して見送ることとした.塞栓源の検索のため,心エコーおよび頸部エコーを施行した.心エコーでは有意な所見は認めなかったが,頸部エコーでは,左内頸動脈狭窄率54%(ECST法),peaksystolicvelocity=0.52m/sであり,左頸動脈分岐部で,拍動に一致して動く石灰化を伴う7×4mmの可動性プラークを認めた(図1c).さらに右内頸動脈の狭窄(狭窄率64%,ECST法)も認めた.即座に当院脳神経外科へ紹介したところ,頭部MRIで比較的新しい脳梗塞を認めたため,網膜中心動脈以外にも塞栓が飛んでいるとの判断にて,当院脳神経外科へ緊急入院となった.眼科初診より5日後,左頸動脈に対して,可動性プラークを飛散させないように,バルーン付ガイディングカテーテルを用い総頸動脈血流を遮断かつ血液を逆流させた状態でCASを行った.術後のMRIでは微小脳梗塞を数カ所認めるのみで,神経学的な症状は認められなかった.CAS後の頸部エコーでは可動性プラークがステントで押さえられ,ステント内の血流は良好であることが確認された.しかし,網膜動脈の血行改善は限定的であり(図1d),CAS術後3カ月の左眼視力は指数弁であった.今後右眼のICASに対しても狭窄の進行や症状が出現すればCASを行う予定であり,脳神経外科と眼科で注意深く経過観察する予定にしている.〔症例2〕71歳,男性.主訴:左眼視力低下.既往歴:脳梗塞(2009年),糖尿病,糖尿病網膜症,狭心症(ステント留置後,低用量アスピリン,クロピドグレル内服中),大腸ポリープ,貧血,喫煙(20本/日×54年),飲酒(ビール700〜1,050ml/日)現病歴:2013年末ごろより左眼の霧視を自覚.起床後1時間位はとくに強く感じていた.2014年3月急激な左眼の視力低下を自覚したため近医を受診した.再診時矯正視力右眼(0.9)左眼(0.3),FAにて左腕網膜時間の著明な遅延を認めるとのことで2014年4月当院眼科紹介となった.初診時所見:矯正視力右眼(1.2),左眼(0.5),眼圧右眼16mmHg,左眼20mmHg.前眼部は瞳孔径右眼約2mm,左眼約4mmで左右差を認めた.中間透光体として両眼に核白内障が認められた.右眼底に小さな軟性白斑を1カ所のみ認められたが,左眼に網膜動脈の高度狭細化,しみ状出血,軟性白斑を認められ,左右差が明らかであった(図2a).Goldmann視野計にて左眼の傍中心暗点と鼻側の感度低下を認めた.経過:頸部エコーでは,左ICAは分岐直後より血流信号が乏しく,描出不良で高度狭窄もしくは閉塞が疑われた.右ICAは狭窄があるものの石灰化で狭窄率は評価できないとのことであった.頭部MRIでは左前頭部深部白質に複数の陳旧性ラクナ梗塞を認め,慢性虚血性変化を指摘された.頭部MRAでは左ICAは描出されず,左中大脳動脈は非常に淡く描出されていた.前交通動脈は代償性によく描出されていた.右ICAは石灰化を伴う若干の狭窄を認めるのみであった.5月初旬のFAでは,左眼の腕網膜時間は19秒と延長を認め,網膜内灌流時間の著明な延長を認めた.また,左眼では全周にわたり網膜血管からシダ状の蛍光漏出を認めた.さらに,視神経乳頭も過蛍光を示したが,無灌流領域や網膜新生血管は認めなかった(図2b).右眼に特記すべき所見を認めなかった.以上より,左眼の網膜光凝固開始は,内頸動脈の血行再建が可能か否かの脳外科的判断を待って決めることとした.5月下旬に施行された脳血管撮影では,左内頸動脈は分岐部より99%狭窄しており,眼動脈へは外頸動脈から逆行性かつ遅延して血流が認められた.右内頸動脈は45%の狭窄を認めた.血管造影検査直後から左眼眼痛を自覚し,見えなくなったとのことで同日に眼科を再診された.左眼矯正視力(0.01),左眼眼圧30mmHg.前眼部に著明な結膜充血,瞳孔領に著明な虹彩新生血管と軽度虹彩後癒着が認められた(図2c).隅角検査では下方にanglehyphemaを認め,全周Scheie分類IV度であった.眼底は著変なく,cherryredspotは認められなかった.そのため,チモロール,ブリンゾラミド,ラタノプロスト点眼および汎網膜光凝固を開始した.虹彩後癒着防止目的にてミドリンP®点眼,アトロピン点眼も開始した.翌日には虹彩新生血管は変化ないものの,前房出血は軽度増加した.しかし,左眼矯正視力(0.3),左眼眼圧16mmHgまで改善した.その後,点眼にて眼圧コントロールは可能であった.7日後に2回目の汎網膜光凝固を行い計1,191発施行した.血管造影から8日後脳神経外科にて左CASを施行し,術翌日の頸動脈エコーにて血行再建が確認された.CAS施行6日後に眼科再診したところ,見え方は楽になったとのことであり,左眼矯正視力(0.3)であったが,眼圧が35mmHgまで上昇していた.ブリモニジン点眼を追加するも眼圧下降は得られなかったため,CAS施行21日後左眼に対してマイトマイシンC併用線維柱帯切除術および水晶体再建術を施行した.手術は耳上側円蓋部基底結膜切開とし,強膜弁は3mm×3mm+2.5mm×2.5mmの二重強膜弁で行い,水晶体再建は2.4mm耳側角膜切開で行った.術中,虹彩切除に伴う軽度前房出血を認めた.出血による急速な流出路の閉塞・癒着形成を考慮し,術翌日より積極的にレーザー切糸および眼球マッサージを行った.しかし,最終的にすべての縫合糸を切断しても高眼圧が持続し,濾過胞の形成不良を認めたため,術後1週間にて濾過胞再建術を行った.強膜弁を挙上すると,凝血塊が完全に流出路を塞いでいることが確認できたため,凝血塊を除去し,再度MMCの塗布を行った.再建術後は前房出血もみられず,眼圧も安定した.また,眼圧下降に伴い虹彩新生血管は急速に退縮した.(図2d)CAS施行7カ月後の最終受診時は左眼視力(0.9),眼圧15mmHgであり,抗緑内障薬から離脱できている.網膜のしみ状出血も軽減した(図2e).視野は比較的保たれており,傍中心暗点が消失していた.術後3カ月のFAでは網膜内循環時間が著明に改善し,網膜血管からのシダ状漏出は消失していた(図2f).〔症例3〕65歳,男性.主訴:左眼一過性黒内障.既往歴:2014年4月両眼水晶体再建術,糖尿病,高血圧,慢性心不全,大動脈分岐部慢性閉塞症(Leriche症候群)現病歴:2014年7月左眼の一過性黒内障が日に数回起こるとの訴えがあり,当院循環器内科より同月眼科紹介となった.初診時所見:矯正視力は右眼(1.2),左眼(0.4).眼圧は右眼12mmHg,左眼15mmHgであった.前眼部は瞳孔領を含む虹彩面上には新生血管を認めなかった.中間透光体は特記すべき所見を認めなかった.眼底は右眼に数カ所の点状出血および小さな軟性白斑,左眼には多発する軟性白斑を認めた(図3a,b).ICASを疑うも,すでに循環器内科より頭部MRIおよびMRA検査予約がされていたため,検査後の再診とした.初診より12日後に再診したところ,頭部MRIでは左後頭葉内側を含む多発脳梗塞が指摘され,頭部MRAでは左後大脳動脈末梢がやや描出不良とのことのみであった.しかし,細隙灯顕微鏡検査にて両眼に著明な虹彩新生血管を認めた(図3c,d).眼虚血症候群を強く疑い,両眼の汎網膜光凝固を開始するとともに緊急頸部エコーを施行した.その結果,左右内頸動脈に有意狭窄を認め,右狭窄率51%(ECST法),peaksystolicvelocity=2.3m/s,左狭窄率63.2%(ECST法),peaksystolicvelocity=2.7m/sで加速血流を認めた.速やかに脳神経外科へ紹介し,脳血管撮影による精査を行ったところ,狭窄率はNASCET法にて右83%,左75%と高度狭窄を認めた(図3e).その後,光凝固を追加し,合計右眼864発,左眼865発施行した.初診より19日後の眼圧はドルゾラミド/チモロール点眼1日2回点眼下で,右眼23mmHg,左眼22mmHgであったので,トラボプロスト点眼両1回/日を追加処方した.循環器内科からは高度の弁膜症があり全身麻酔は許可できない状態とのことであった.また,大動脈分岐部慢性閉塞症(Leriche症候群)を合併していたため,通常の大腿動脈からのアプローチは不可能と判断され,両側とも局所麻酔下で右上腕動脈からのアプローチにてCAS(左7月下旬,右8月上旬)が施行された(図3f).左CAS施行2日後に右眼43mmHg,左眼39mmHgと上昇を認めたため,CAS術後右眼232発,左眼54発光凝固を追加し,塩酸ブリモニジン点眼両眼1日2回,アセタゾラミド内服500mgを追加処方した.その結果,右眼眼圧は20台前半,左眼眼圧は20台後半で推移した.両眼の虹彩新生血管は著変を認めなかった.アセタゾラミドを中止すると両眼ともに眼圧が20台後半まで上昇するため,左CAS術後28日目に左眼に対し,右CAS術後28日目に右眼に対して耳上側円蓋部基底結膜切開によるマイトマイシンC併用線維柱帯切除術施行した.強膜弁は3mm×3mm+2.5mm×2.5mmの二重強膜弁で行った.両眼とも虹彩切除による前房出血は非常に軽度であり,速やかに眼圧の下降が得られた.眼圧の下降に伴い両眼とも急速に虹彩新生血管は退縮した.2015年1月の再診時,矯正視力は右眼(1.2)左眼(1.0).眼圧は右眼12mmHg,左眼9mmHgであり,抗緑内障薬から離脱でき,左後頭葉の脳梗塞に伴うと考えられる右下1/4半盲を認めるものの,視野は比較的保たれている.II考按ICASの原因は粥状動脈硬化であり,プラークの剝脱による広範な脳塞栓を起こせば,生命にかかわる疾患である.また,ICASは高度狭窄をきたすまで自覚症状が出にくく5),早期に発見するためには,スクリーニング検査が重要となる.スクリーニングとしては非侵襲検査である頸動脈エコーもしくはMRAが適している.とくに頸部エコーは検者の技量に左右されるという欠点はあるものの,簡便で患者の経済的負担も軽い.MRAに関しては,一般に頭部MRAでは頸部頸動脈は撮影範囲外になるということに注意が必要である.事実,症例3では頭部MRAでは撮影範囲外であったために頸部の高度ICASを発見できなかった.事前に自分が所属する施設のMRA撮影条件や範囲を確認しておくことが重要で,ICASを疑う症例では,頸部頸動脈も適切に検査されているか注意が必要である.症例3では急速に虹彩新生血管が発生した.初診時には虹彩面上には認めなかったにもかかわらず,12日後には両眼に累々と形成された.初診時に隅角検査を行っていないので,隅角にはすでに新生血管の形成があった可能性はある.眼虚血症候群を疑った場合,可能であれば,速やかにFAにて灌流状態を評価すべきである.腕網膜時間の著明な延長やシダ状蛍光漏出など,高度な眼虚血を疑う症例については,頸動脈のスクリーニング検査も併せて行い,治療方針を決定することになるが,治療が一段落するまでは再診の間隔を短くし,虹彩面上および隅角の新生血管の発生を見逃さないよう注意することが特に重要と思われた.症例2,3ともに著明な虹彩新生血管を形成したにもかかわらず,眼圧上昇は比較的軽度で点眼および内服でコントロール可能であった.しかし,CAS直後から眼圧上昇を認めた.これは,既報にもあるように眼虚血により房水産生も低下していたためであり,CASにより血行が再建されると房水産生が回復し急速に眼圧が上昇したと考えられる5,6).虹彩新生血管を伴う症例ではCAS後の急激な眼圧上昇にとくに注意すべきと再認識した.症例3ではCAS術前の眼圧はドルゾラミド/チモロール点眼1日2回点眼下で,右眼23mmHg,左眼22mmHgであったが,CAS後の眼圧上昇を見越してトラボプロスト点眼両眼1回/日追加処方した.しかし,CAS後眼圧はさらに上昇し,そのコントロールには光凝固の追加と最大許容量の投薬が必要であった.CASの術前から最大許容量の眼圧降下薬を処方すべきかどうかついては,今後の検討課題である.症例2,3は,血管新生緑内障を発症したにもかかわらず,CASと線維柱帯切除術の併施にて良好な視機能を維持することができた.しかし,一般に血管新生緑内障は手術成績が悪く,予後が不良であるとされている1,7,8).血管新生緑内障に対しては線維柱帯切除術が標準術式であるが,新生血管からの出血が必発で,流出路を凝血塊が閉塞してしまう.症例2では,強膜弁下に凝血塊が詰まり,濾過胞再建術を1回要したが,症例3では両側とも凝血塊の問題は生じなかった.CASで血行再建を行い,虚血状態を改善してから手術を行ったため,虹彩新生血管の病勢が弱まって,前房出血が少なかった可能性がある.また,最終的な新生血管の退縮は3眼ともに線維柱帯切除術後の眼圧下降に連動していた.以上から,CAS後の眼圧コントロール不良症例には,積極的に線維柱帯切除術を行うべきと考える.近年,抗VEGF抗体などのVEGF抑制作用を有する生物製剤の線維柱帯切除術前投与が手術成績向上に有用であると報告されている8,9).しかし,抗VEGF抗体は脳梗塞症例には注意が必要とされており,高度ICAS症例は脳梗塞を含む全身合併症があることが多く,特段の注意を要する.実際,2例のICASに伴う血管新生緑内障に対して抗VEGF抗体(Avastin®)を硝子体注射したところ,2例ともにCRAOを発症したとの報告もある10).現在のところ,血管新生緑内障に対して保険適応のあるVEGF抑制作用を有する生物製剤は存在しない.以上より,筆者らは今回の症例に対してはVEGF抑制作用を有する生物製剤は使用しなかった.使用せざるを得ない場合には,厳格なインフォームド・コンセントと倫理委員会の承認が必要と考える.近年,線維柱帯切除術以外の術式として,チューブシャント手術が脚光を浴びているが,今後ICASによる血管新生緑内障に対する第一選択の術式となるかは不明である.今回,眼虚血症候群を呈した症例2,3の3眼で汎網膜光凝固を施行した.汎網膜光凝固をどのような症例に行うかの判断はむずかしいが,新生血管を認めない症例や認めても解放隅角期で眼圧上昇がない症例にはCAS術前に積極的に行う必要はないように思われる.しかし,閉塞隅角期に入り眼圧上昇をきたした症例は眼内VEGF濃度を減らすことが重要で,前述のように,眼虚血症候群に対して適応のある抗VEGF製剤が存在しない現状では速やかに汎網膜光凝固を行うべきであると考える.内頸動脈に高度狭窄をきたすような症例の多くは,高齢かつ何らかの全身合併症をもっていることを考えると,CASにより低侵襲で根治療法が行えることは非常に有用である.CASはわが国では2008年4月に保険適応となったが,それ以降もCAS用デバイスの進歩は著しく,さまざまな有用なデバイスやアプローチ法が開発されている.たとえば,本報告の症例1のように可動性プラークがある症例には,比較的目の細かいclosed-cellstentであるCarotidWallStent®が使用され,プラークがステント腔内に突出しないように配慮されている.また,症例3のように胸部や腹部大動脈に何らかの病変があるため従来は大腿動脈アプローチでのCASでは治療が困難と考えられていた症例でも,上腕動脈から治療できるようになってきている.また,CASによる塞栓性合併症の原因は手技中に血管腔内に出てくるデブリであるが,このデブリを回収するデバイスも,狭窄遠位をブロックするバルーンやフィルター,狭窄近位をブロックするバルーンガイディングカテーテルなど複数の選択があり,患者の病態に応じて最適な方法が取られている.症例1では視力改善は困難であったものの,可動性プラークに対してCASを行うことで,生命を脅かす脳梗塞のリスクを回避することができた.中等度〜高度ICASを認めた際には,高齢者や全身合併症のあるハイリスク症例であっても,積極的に脳神経外科へ紹介し,根治術の可能性を探るべきであると考える.最後に,高度〜中等度ICASの加療にあたっては,脳神経外科と眼科の密な連携が非常に重要であることを強調したい.文献1)栂野哲也,福地健郎,太田亜紀子ほか:内頸動脈閉塞症に伴う血管新生緑内障の1例.眼紀55:889-894,20042)GoldsteinLB,AdamsR,AlbertsMJetal:Primarypreventionofischemicstroke:aguidelinefromtheAmericanHeartAssociation/AmericanStrokeAssociationStrokeCouncil:cosponsoredbytheAtheroscleroticPeripheralVascularDiseaseInterdisciplinaryWorkingGroup;CardiovascularNursingCouncil;ClinicalCardiologyCouncil;Nutrition,PhysicalActivity,andMetabolismCouncil;andtheQualityofCareandOutcomesResearchInterdisciplinaryWorkingGroup:theAmericanAcademyofNeurologyaffirmsthevalueofthisguideline.Stroke37:1583-1633,20063)ManteseVA,TimaranCH,ChiuDetal:TheCarotidRevascularizationEndarterectomyversusStentingTrial(CREST):stentingversuscarotidendarterectomyforcarotiddisease.Stroke41:S31-S34,20104)CremonesiA,CastriotaF,SeccoGGetal:Carotidarterystenting:anupdate.EurHeartJ21:1-9,20145)高木麻起子,河原彩,杉山哲也ほか:内頸動脈内膜剝離術後に増悪した血管新生緑内障の1例.臨眼59:349-352,20056)福永健作,井上正則:内頸動脈内膜血栓剝離術後に眼圧上昇をみた眼虚血症候群の1例.1眼紀52:960-964,20017)HavensSJ,GulatiV:Neovascularglaucoma.DevOphthalmol55:196-204,20168)HorsleyMB,KahookMY:Anti-VEGFtherapyforglaucoma.CurrOpinOphthalmol21:112-117,20109)SaitoY,HigashideT,TakedaHetal:Beneficialeffectsofpreoperativeintravitrealbevacizumabontrabeculectomyoutcomesinneovascularglaucoma.ActaOphthalmol88:96-102,201010)HigashideT,MurotaniE,SaitoYetal:Adverseeventsassociatedwithintraocularinjectionsofbevacizumabineyeswithneovascularglaucoma.GraefesArchClinExpOphthalmol250:603-610,2012〔別刷請求先〕佐藤茂:〒593-8304大阪府堺市西区家原寺町1-1-1市立堺病院眼科Reprintrequests:ShigeruSatoM.D.,Ph.D.DepartmentofOphthalmology,SakaiMunicipalHospital,1-1-1Ebaraji-cho,Nishi-ku,SakaiCity,Osaka593-8304,JAPAN606(124)0910-1810/16/¥100/頁/JCOPY図1症例1a:初診時の左眼眼底写真.網膜動脈の高度狭細化と分節状血柱を認める.後極部網膜は浮腫状で,黄斑部はcherryredspotを呈す.b:左眼FA(静注後1分).動脈が完全に造影されていない.c:頸動脈エコーにて,左頸動脈球部に可動性プラークを認める.d:CAS後約1カ月の左眼FA(静注後1分).網膜循環は若干の改善に留まる.(125)あたらしい眼科Vol.33,No.4,2016607図2症例2a:初診時左眼眼底写真.網膜動脈の狭細化,軟性白斑および斑状出血を認める.b:左眼CAS術前FA(静注後1分).静脈はまだ充盈されておらず,網膜内循環時間の著明な延長を認める.c:初診から1カ月後の左眼前眼部写真.虹彩新生血管を認める.d:線維柱帯切除術後,急速に虹彩新生血管は退縮した.e:CAS術後7カ月の眼底写真.軟性白斑の消失と斑状出血の軽減を認める.f:CAS術後3カ月のFA(静注後1分).静脈もすでに充盈されており,明らかな網膜内循環時間の改善を認める.608あたらしい眼科Vol.33,No.4,2016(126)(127)あたらしい眼科Vol.33,No.4,2016609図3症例3a:右眼初診時眼底写真,b:左眼初診時眼底写真.右眼は数カ所の点状出血と小さな軟性白斑を認める.左眼は軟性白斑が多発している.c:右眼前眼部写真,d:左眼前眼部写真.初診より12日後.両眼とも著明な虹彩新生血管を認める.e:右血管造影CAS術前.➡:著明な狭窄を認める.f:CAS術直後.➡:狭窄部位がステントで拡張されていることがわかる.610あたらしい眼科Vol.33,No.4,2016(128)(129)あたらしい眼科Vol.33,No.4,2016611612あたらしい眼科Vol.33,No.4,2016(130)

心房中隔欠損による奇異性塞栓により発症した若年の片眼性網膜中心動脈閉塞症の1例

2016年4月30日 土曜日

《原著》あたらしい眼科33(4):601〜605,2016©心房中隔欠損による奇異性塞栓により発症した若年の片眼性網膜中心動脈閉塞症の1例中村将一朗*1小林謙信*1高山圭*2*1愛知県厚生農業協同組合連合会海南病院眼科*2名古屋大学眼科学・感覚器障害制御学教室CaseofCentralRetinalArteryOcclusioninYoungMale,CausedbyAtrialSeptalDefect-AssociatedParadoxicalEmbolismShoichiroNakamura1),KenshinKobayashi1)andKeiTakayama2)1)DepartmentofOphthalmology,AichiPrefecturalFederationofAgriculturalCooperativesforHealthandWelfareKainanHospital,2)DepartmentofOphthalmology,NagoyaUniversityGraduateSchoolofMedicine目的:心房中隔欠損による奇異性塞栓により発症したと考えられた若年の網膜中心動脈閉塞症の症例を経験したので報告する.症例:17歳,男性.起床時より左眼の視力低下・視野障害が出現し,同日正午過ぎに受診した.全身的既往・眼科的既往はなく,就寝時には自覚症状はなかった.初診時視力は右眼矯正1.0,左眼0.1(矯正不可),眼圧は右眼10mmHg,左眼13mmHg,左眼眼底に網膜の蒼白化と桜実紅斑があった.蛍光眼底造影検査で左眼網膜動脈の循環不全を認めたため左眼網膜中心動脈閉塞症と診断し,眼球マッサージ・ウロキナーゼ製剤とプロスタグランジンE1製剤の点滴・内服加療などを実施し,視力・視野の改善を得られた.採血検査で特記すべき異常はなくMRI検査で頸動脈に異常はなかったが,超音波検査で心房中隔欠損が指摘された.結論:若年者の網膜中心動脈閉塞症の原因として心房中隔欠損による奇異性塞栓を考慮にいれる必要がある.Subject:Toreportacaseofcentralretinalarteryocclusion(CRAO)inayoungmale,causedbyatrialseptaldefect-associatedparadoxicalembolism.Casereport:A17-year-oldmalevisitedourdepartmentbecauseofvisualdefectinhislefteyesincethatmorning.Inhislefteye,visualacuitywas2/20andintraocularpressurewas13mmHg.Cherry-redspotandpaleretinawerefoundintheleftfundus.Fluorescenceangiographyshoweddelayofretinalarteryinfusioninhislefteye;wethereforediagnosedCRAO.Ultrasoundexaminationfoundatrialseptaldefect-associatedparadoxicalembolism,whichwasconsideredtobethecauseoftheCRAO.Conclusion:ItispossiblethatyoungpatientswithCRAOhaveatrialseptaldefect-associatedparadoxicalembolism.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)33(4):601〜605,2016〕Keywords:網膜中心動脈閉塞症,若年,心房中隔欠損症,奇異性塞栓.centralretinalarteryocclusion,young,atrialseptaldefect,paradoxicalembolism.はじめに網膜中心動脈閉塞(centralretinalarteryocclusion:CRAO)は,一般的に高血圧や糖尿病・心疾患・頸動脈病変などの基礎疾患を有する中高齢者に多く,若年者に発症することは少ない1).若年者に発症したCRAOは原因疾患として膠原病や血管炎が報告されているが2,3),奇異性塞栓によるものという報告はない.今回,心房中隔欠損(atrialseptaldefect:ASD)による奇異性塞栓が原因となって発症したと考えられる若年者のCRAOの1例を経験したので報告する.I症例17歳,男性.起床時より左眼の視力低下・視野障害が出現し,改善がないため,同日正午過ぎに厚生連海南病院救急外来を受診した.眼科既往歴・全身既往歴に特記すべきものはなかった.左側頭部痛が起床時より出現したが,受診時には改善傾向であった.視力は右眼矯正1.0,左眼0.1(矯正不可),眼圧は右眼10mmHg,左眼13mmHg.瞳孔径は明所にて右眼3.5mm/左眼6.5mmと左眼に散瞳を認め,相対的求心路瞳孔反応障害陽性であった.両眼とも前眼部・中間透光体には異常はなく,右眼眼底に異常はなかったが,左眼は中心窩に桜実紅斑と黄斑部上方以外の網膜の乳白色混濁がみられた(図1).頭部・眼窩部CT検査および採血検査(表1)では特記すべき異常はなかった.フルオレセイン蛍光眼底造影検査で左眼の網膜内循環時間遅延を認め(図2),CRAOと診断し同日緊急入院となった(図3).CRAOの原因精査のため,循環器内科・脳神経外科・膠原病内科で全身精査を行い,超音波検査でASDが指摘された.頸部MRAでは頸動脈に異常所見はなかった.D-マンニトール・アセタゾラミドナトリウム点滴静注,ニトログリセリン舌下内服,眼球マッサージを実施し,診断確定後に線維素溶解療法(ウロキナーゼ24万単位/日とプロスタグランジンE1製剤5μg/日)を7日間実施した.第6病日,検眼鏡的には変化がないが,左眼矯正視力が0.3に改善し,視野も拡大した(図4).蛍光眼底造影検査では網膜内循環時間は正常となった(図4).一般的には動脈硬化性の網膜動脈閉塞症であれば抗血小板薬の内服加療を行うが,今回はASDによる奇異性塞栓が原因として考えられたため,点滴加療より抗凝固薬(ワルファリンカリウム)内服に変更して第12病日に退院となった.第21病日には網膜の乳白色浮腫は消失し正常の色調となり,左眼矯正視力は0.5に改善,視野も拡大し(図5),第146病日では,左眼矯正視力0.4,左眼眼圧14mmHgとなり,視野(図6)はさらに拡大した.網膜光干渉断層計では網膜の乳白色混濁部位で網膜は菲薄化していたが,中心窩の陥凹は浅いが同定できた(図7).II考按網膜動脈閉塞症は,一般に動脈硬化による血栓形成,高血圧症や糖尿病,心臓弁膜症をはじめとする心疾患,内頸動脈閉塞をはじめとする頸動脈病変などの基礎疾患を有する中高齢者に多く,若年者には少ない1).Brownら2)は1967~1979年の13年間のCRAO338人(平均年齢58.5歳)中,30歳未満の患者数は27名であったと報告している.その原因として,中高齢者の場合は網膜細動脈の攣縮,全身の血管病変に関連した血栓症,動脈炎による血栓性閉塞1)やアテローム性血管変化による閉塞がもっとも多く3),若年者では心疾患,血液疾患,膠原病などを基礎疾患とした血管炎4,5),外傷,頸動脈狭窄6)などが報告されているが,原因不明の症例も少なくない.高橋ら7)は,6歳・24歳・29歳の若年者CRAOの3例を報告しているが,いずれの症例も原因不明であった.また,中野ら8)は溶連菌感染症の経過中にCRAOを発症した11歳の例を報告している.若年者では視力予後は中高齢者より比較的良好であるが9,10),予後不良な場合もあり,平均寿命の点からも若年者のCRAOは深刻である.本症例では,原因検索のため頭部・眼窩部CT検査,頸部MRA,採血検査,全身精査をしたが,超音波検査でASDのみを認め,ASDに伴う奇異性塞栓によるものと考えられた.ASDは,胎生期の心房中隔の発達障害により先天的に心房中隔に欠損孔が存在し,欠損孔を通じて左右短絡を生じ右房・右室へ容量負荷をきたすものであり,頻度として全先天性心疾患の約1割前後を占めるといわれている.芳賀らはASDに伴う奇異性塞栓により生じた若年性脳梗塞を報告しているが11),奇異性塞栓によってCRAOが発症したとする報告はなかった.彼らはASDによる奇異性脳塞栓と診断後に組織プラスミノーゲンン活性化因子静注療法を施行して改善を得たが11),本症例でも同様に診断時よりウロキナーゼで加療し,視力が改善し,視野も拡大した.CRAOは網膜循環途絶90~100分で網膜に不可逆性の変化が生じるとされている12).臨床的には発症後48時間以内であれば視機能回復の見込みがあるとされ13),今回の症例では治療開始までの時間が短かったことや,若年者で高血圧・糖尿病・動脈硬化などの他の危険因子がなかったことにより,視力の改善・視野の拡大につながったと考えられる.III結論若年者の網膜中心動脈閉塞症の原因として心房中隔欠損による奇異性塞栓を考慮にいれる必要がある.文献1)堀内二彦:網膜動脈閉塞症.眼科26:1055-1067,19842)BrownGC,MagargalLE,ShieldsJAetal:Retinalarterialobstructioninchildrenandyoungadults.Ophthalmology88:18-25,19813)山之内夘一,小田隆子,高瀬智子:若年者に見られた一側性網膜血行障害について.眼紀22:708-713,19714)BrownGC,MagargalLE:Centralretinalarteryobstructionandvisualacuity.Ophthalmology89:14-19,19825)SorrEM,GoldburgRE:Traumaticcentralretinalarteryocculusionwithsicklecelltrait.AmJOphthalmol80:648-652,19756)張野正誉,三浦玲子,渡辺仁ほか:網膜動脈閉塞における頸動脈病変.眼紀36:2274-2278,19857)高橋寧子,堀内二彦,大野仁ほか:若年者の網膜動脈閉塞症の3例.眼紀41:2258-2262,19908)中野直樹,吉田泰弘,周藤昌行ほか:11歳女児の網膜中心動脈閉塞症.眼紀43:161-164,19929)地場奈実,地場達也,飯島裕幸:若年者の網膜中心動脈閉塞症.眼科44:1837-1843,200210)前田貴美人,鈴木純一,田川博ほか:網膜動脈閉塞症の治療成績.眼紀51:148-152,200011)芳賀智顕,佐光一也,増渕雅広ほか:若年性脳梗塞を契機に診断にいたった心房中隔欠損症の1例.心臓45:195-199,201312)HayrehSS,KolderHE,WeingeistTA:Centralretinalarteryocclusionandretinaltolerancetime.Ophthalmology87:75-78,198013)AugsburgerJJ,MagargalLE:Visualprognosisfollowingtreatmentofacutecentralretinalarteryobstruction.BrJOphthalmol64:913-917,1980〔別刷請求先〕中村将一朗:〒498-8502愛知県弥富市前ケ須町南本田396番地愛知県厚生農業協同組合連合会海南病院眼科Reprintrequests:ShoichiroNakamura,DepartmentofOphthalmology,AichiPrefecturalFederationofAgriculturalCooperativesforHealthandWelfareKainanHospital,396Minamihonda,Maegasu-cho,Yatomicity,Aichi498-8502,JAPAN0910-1810/16/¥100/頁/JCOPY(119)601図1初診時の眼底所見左直接対光反射が減弱していた.前眼部・中間透光体には異常はみられなかったが,左眼黄斑部の桜実紅斑と網膜の乳白色混濁がみられた.表1血液検査の結果総蛋白7.3g/dlPT%87.4%アルブミン4.9g/dlPT秒12.5秒総ビリルビン1.2mg/dlAPTT26.8秒AST21IU/L血清補体価44.5CH50U/mlALT21IU/LC3104mg/dlアルカリフォスファターゼ264IU/LC417mg/dlクリアチニン0.89mg/dl抗核抗体<40尿素窒素14.1mg/dl抗カルジオリピンB2グリコプロテイン複合体抗体(−)血糖値(随時)106mg/dl抗カルジオリピン抗体(−)HbA1C(NGSP)5.6%ループスアンチコアグラント(−)CRP0.02mg/dlC-ANCA(−)総コレステロール量197mg/dlP-ANCA(−)白血球数4800/μl抗SS-A抗体(−)赤血球数512×104/μlリウマトイド因子(−)ヘモグロビン15.1g/dlヘマトクリット値45.9%血小板数21.7×104/μl血沈1mm/時図2初診時の蛍光眼底造影所見フルオレセイン蛍光眼底造影検査で左眼の網膜内循環時間遅延を認めた.602あたらしい眼科Vol.33,No.4,2016(120)図3初診時の左眼視野図4第6病日の左眼カラー・蛍光眼底造影所見と視野フルオレセイン蛍光眼底造影検査で左眼の網膜内循環再灌流を確認.左眼視野も改善がみられた.(121)あたらしい眼科Vol.33,No.4,2016603図5第21病日の左眼カラー眼底所見と視野網膜の乳白色浮腫は消失した.視野の改善がみられた.図6第146病日の左眼視野視野の改善がみられた.604あたらしい眼科Vol.33,No.4,2016(122)図7第146病日の網膜光干渉断層計網膜の乳白色混濁部位で網膜は菲薄化していたが,中心窩の陥凹は浅いが同定できた.(123)あたらしい眼科Vol.33,No.4,2016605

網膜中心動脈閉塞症から血管新生緑内障をきたした1例

2014年11月30日 日曜日

《原著》あたらしい眼科31(11):1701.1705,2014c網膜中心動脈閉塞症から血管新生緑内障をきたした1例河本良輔*1石崎英介*1福本雅格*1中泉敦子*1佐藤孝樹*1池田恒彦*1南政宏*2佐藤文平*3*1大阪医科大学眼科学教室*2南眼科*3大阪回生病院眼科ACaseofNeovascularGlaucomaAssociatedwithCentralRetinalArteryOcclusionRyohsukeKohmoto1),EisukeIshizaki1),MasanoriFukumoto1),AtsukoNakaizumi1),TakakiSato1),TsunehikoIkeda1),MasahiroMinami2)andBunpeiSatou3)1)DepartmentofOphthalmology,OsakaMedicalCollege,2)MinamiEyeClinic,3)DepartmentofOphthalmology,OsakaKaiseiHospital軽度の桜実紅斑(cherry-red-spot)で初発,経過中に血管新生緑内障(NVG)をきたした網膜中心動脈閉塞症(CRAO)の1例.56歳,男性.冠動脈カテーテル治療中に左眼視力低下を自覚.左眼眼底に軽度のcherry-red-spotを認めCRAOと診断.眼球マッサージ,前房穿刺を行いプロスタグランジン製剤およびウロキナーゼの点滴を開始したが,30cm手動弁のままであった.Cherry-red-spotは軽度のまま遷延した.2カ月後にNVGを発症し,前房出血も併発して左眼眼圧は48mmHgに上昇した.前房洗浄,水晶体切除,硝子体切除,眼内汎網膜光凝固術,毛様体光凝固術を施行し,術後眼圧下降を得た.蛍光眼底造影は著しい充盈遅延があり,網膜電図(ERG)はa波,b波,律動様小波とも減弱していた.Cherry-red-spotの遷延するCRAOでは早期に汎網膜光凝固を施行する必要があると考えられた.Wereportacaseofneovascularglaucoma(NVG)associatedwithcentralretinalarteryocclusion(CRAO).A56-year-oldmalepresentedatourophthalmologycliniccomplainingofsuddenvisualdisturbanceinhislefteye,afterundergoingpercutaneouscoronaryintervention.Weobservedaslightcherry-redspotanddiagnosedCRAO.Wesubsequentlyperformedeyeballmassage,paracentesisandcontinuousdripinfusionofprostaglandinandurokinase.However,thepatient’scorrectedvisualacuityremainedat30cm/f.c.Twomonthslater,NVGassociatedwithhyphemadevelopedandintraocularpressure(IOP)increasedto48mmHg.Weperformedanteriorchamberirrigation,lensectomy,vitrectomy,panretinalphotocoagulationandcyclophotocoagulation.Postoperatively,IOPdecreased.fluoresceinfundusangiographyrevealedaseveredelayofinflowtotheretinalartery.Electroretinographyrevealedreductionofa-wave,b-waveandoscillatorypotential.OurfindingsshowthatpanretinalphotocoagulationmightbenecessaryforpatientswithearlyphaseCRAOwithaprolongedcherry-redspot.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(11):1701.1705,2014〕Keywords:網膜中心動脈閉塞症,血管新生緑内障,cherry-red-spot.centralretinalarteryocclusion,neovascularglaucoma,cherry-red-spot.はじめに網膜中心動脈閉塞症(CRAO)に血管新生緑内障(NVG)を併発することは稀で,その理由としては,急激な網膜虚血により網膜が菲薄化するため,血管新生因子を放出する余力が網膜組織に残存しないことが推測されている1).今回筆者らは軽度のcherry-red-spotで初発し,経過中にNVGをきたしたCRAOの1例を経験したので報告する.I症例患者:56歳,男性.主訴:左眼霧視,視力低下.現病歴:平成19年6月20日午前9時過ぎごろ冠動脈カテーテル治療中に左眼の霧視を自覚した.同日15時頃より左眼視力低下があり,眼科紹介受診となった.〔別刷請求先〕河本良輔:〒569-8686大阪府高槻市大学町2-7大阪医科大学眼科Reprintrequests:RyohsukeKohmoto,M.D.,DepartmentofOphthalmology,OsakaMedicalCollege,2-7Daigaku-cho,Takatsuki-shi,Osaka569-8686,JAPAN0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(135)1701 図1初診時眼底写真左眼は軽度の網膜白濁・cherry-red-spotを認める.右眼は異常を認めない.初診時所見:視力は右眼0.15(0.9×sph.2.0D),左眼30cm手動弁(矯正不能)で,眼圧は右眼12mmHg,左眼11mmHgであった.両眼とも前眼部に異常なく中間透光帯は軽度白内障を認めた.直接対光反応は右眼は迅速かつ十分,左眼は鈍で相対的入力瞳孔反応異常(RAPD)を認めた.左眼眼底には網膜白濁,軽度のcherry-red-spotを認めた.右眼は異常を認めなかった(図1).Goldmann視野検査では左眼の中心視野消失を認めた(図2).また,同日撮影されたMRA(磁気共鳴血管画像)では両側内頸動脈に径不整を認めたが,著しい狭窄・閉塞はなかった(図3).経過:網膜中心動脈閉塞症と診断,ただちに眼球マッサージおよび前房穿刺を行った.また,同日より入院にてリプルR,ウロキナーゼRの点滴を5日間開始したが,視力に著変なく左眼視力矯正30cm手動弁のまま退院となった.その後,外来にて経過観察されており,平成19年8月8日外来受診時は左眼視力矯正30cm手動弁,左眼眼圧14mmHgで,前眼部に著変を認めなかった.眼底は網膜の白濁および1702あたらしい眼科Vol.31,No.11,2014図2初診時動的視野左眼は中心視野消失を認める.cherry-red-spotが遷延していた(図4).ところが発症より約2カ月後の平成19年8月27日,高度な頭痛,眼痛および嘔吐を主訴に来院.左眼の著明な角膜浮腫を認め,左眼眼圧は48mmHgに上昇していた.右眼に著変はなかった.左眼は角膜浮腫のため虹彩や隅角所見は得られなかったが,NVGと診断した.眼痛が強く球後麻酔施行のうえ前房穿刺およびベバシズマブ硝子体注射を施行した.しかし,その後も眼圧下降は得られず,疼痛も続いたため平成19年8月31日に経毛様体扁平部硝子体切除術および経毛様体扁平部水晶体切除術を施行した.術中,著明な角膜浮腫,多量の前房出血を認めた.最初にバイマニュアルアスピレータにて丁寧に前房出血を除去した.その後経毛様体扁平部水晶体切除を行った.硝子体出血をきたしていたが眼底には網膜.離や増殖性変化は認めなかった.経毛様体硝子体切除を施行後,汎網膜光凝固および下方約1/2周にわたり毛様体扁平部光凝固を行い合併症なく手術を終えた.術後左眼眼圧は10mmHg台前半で経過し,眼圧下降,眼痛,疼痛の消失を得た.平成(136) 図3初診時MRA両側内頸動脈に径不整を認めるが,高度な閉塞・狭窄を認めない.19年9月19日の所見では左眼眼圧8mmHgと眼圧下降は得たが,左眼視力は光覚(±)であった.眼底所見では汎網膜光凝固斑およびcherry-red-spotを認めた(図5).その後眼圧は再上昇することなく落ち着いている(図6).同日施行した蛍光眼底造影検査では左眼の著しい循環遅延を認め(図7),網膜電図(ERG)ではa波,b波,律動様小波の減弱を認めた(図8).II考按CRAOにNVGを併発する頻度は1.2%とする報告2,3)があるが,他の循環障害をきたす疾患よりその頻度は少ない.その理由としては,急激な血行の途絶による網膜の崩壊が生じ,そのダメージが強すぎるため血管新生因子が産生・放出されないことが指摘されている.しかし,一方でNVGの頻度はさほど低率でなく15.16%に生じたとする報告4,5)もある.このなかには高度の頸動脈病変などの眼虚血症候群に起因するものがかなり含まれていると考えられる.CRAOに続発するNVGには①眼虚血症候群に起因するもの,②網膜中心静脈閉塞症(CRVO)に併発するもの,③CRAO単独でNVGが発症するもの,の3タイプがあると推測される.①の眼虚血症候群に起因するもの6.8)では,一般に頸動脈狭窄が強くなると虹彩ルベオーシスが発生する.CRAOと頸動脈病変には糖尿病や高血圧,高脂血症など危険因子には共通なものが多く,両者の合併は決して稀ではない.大野ら9),田宮ら10)の報告ではCRAOの約30.50%に(137)図4発症7週間後の眼底写真網膜白濁およびcherry-red-spotが遷延している.図5術後眼底写真(発症2カ月後)汎網膜光凝固痕とcherry-red-spotの残存を認める.50%以上の頸動脈病変があるとしている.また,網膜動脈分枝閉塞症を発症後にNVGを併発した眼虚血症候群の報告11)もある.②のCRVOとCRAOが併発した症例報告12.14)はいくつかあるが,その特徴は通常のCRVOに比べて網膜出血が少なく,非虚血型のCRVO様の所見を呈するが後極部は網膜白濁が強いことが挙げられる.発症機序に関しては諸説があり,一過性のCRAOの血流障害がベースになり,血流うっ滞により二次的にCRVOが生じるとする説や,逆にCRVOの循環障害がCRAOの誘因であるとする説がある.今回の症例はMRAより内頸動脈に眼虚血症候群を引き起こすほどの重度の狭窄や閉塞を認めなかったことや,他にNVGを引き起こすようなCRVOや重度虚血の糖尿病網膜症の所見を眼底に認めなかったことから③の単独のCRAOよりNVGを併発したものと考えた.術中の左眼眼底所見においても同様で他のNVGを引き起こすような眼底疾患を認めあたらしい眼科Vol.31,No.11,20141703 眼圧(mmHg)60:右眼50:左眼4030201006/237/238/239/2310/23図6両眼の眼圧経過図7蛍光眼底造影検査静脈相左眼は網膜循環の遅延を認める.図8術後網膜電図a波,b波,律動小波の減弱を認める.なかった.本症例の特徴としては経過中左眼眼底の網膜白濁は通常のCRAO所見より軽度であった.CRAOの眼底所見は極早期ではcherry-red-spotがみられず,網膜の白濁は3.6週間で消失し,網膜の色調は徐々に正常化することが知られている15).しかし,本症例では軽度の網膜白濁が遷延したためcherry-red-spotも残存したものと考えた.岡本の報告16)ではcherry-red-spotが明瞭なCRAOと不明瞭なCRAO群でOCT(光干渉断層計)を用いた検討を行っている.それらによるとcherry-red-spotが不明瞭な群の急性期のOCT画像では明瞭な典型的なCRAOと異なり,SD-OCT(spectraldomain-OCT)のカラー表示で神経節細胞層の高反射が弱いことを示している.このことは網膜内層の浮腫,特に神経細胞層の浮腫が軽度であることを意味していると述べている.特にこれらcherry-red-spotが不明瞭な群の症例は眼底所見で網膜白濁が軽度であり,軟性白斑を認めることが多いとしている.軟性白斑の存在は網膜虚血の所見ではあるが,軸索流のうっ滞を反映しており,網膜内層の神経節細1704あたらしい眼科Vol.31,No.11,2014胞層の生存を意味している.また,向野らの報告1)では,CRAOにおいて網膜虚血が急速に進行した場合は血管新生が起こらず,緩徐に進行した場合は血管新生が起こるとしている.本症例は冠動脈カテーテル検査中に発症したため,原因は心原性の塞栓による可能性が高い.患者の全身状態不良につき初診時に蛍光眼底造影検査やOCTを撮影はしておらず,当時の血行動態,網膜周辺部無血管野の有無や網膜内層の評価は正確には不明である.しかし,本症例では軟性白斑の出現はなかったが,網膜白濁が軽度であり通常よりも遷延したことを考えると網膜は完全な虚血状態ではなかったと考えられた.また網膜虚血も緩徐に進行した可能性も考えられる.網膜内層の代謝がある程度維持されておりそこからvascularendothelialgrowthfactor(VEGF)などの血管新生因子が多く産生されNVGに至ったと考えた.今回の症例は発症より2カ月後にNVGを発症しており,完全虚血ではないCRAO症例では虚血型のCRVOと同様に発症より2,3カ月にて(138) NVG発症に至る可能性がある.通常CRAO症例は急性期を過ぎると病状固定し経過観察となる場合が多いが,本症例と同様に網膜虚血が軽度で進行が緩徐であると考えられる症例では経過中にNVGに至る可能性があり,経過が落ち着いたとしても長期にわたり蛍光眼底検査や隅角検査などで可能な限りNVG発症に注意し,危険性がある場合は早期の汎網膜光凝固が必要であると考えた.本論文の要旨は第26回日本眼循環学会(名古屋)で発表した.文献1)向野利寛,魚住博彦,中村孝一ほか:網膜中心動脈閉塞症の病理組織学的研究.臨眼42:1221-1226,19882)GartnerS,HenkindP:Neovasculizationoftheiris(rubeosisiridis).SurvOphthalmol22:291-312,19783)PerpautLE,ZinmmermanLE:Theoccurrenceofglaucomafollowingocculusionofthecentralretinalartery.AMAArchOphthalmol61:845-846.Link,19594)DukerJS,SivalingamA,BrownGCetal:Aprospectivestudyofacutecentralretinalarteryobstruction.Theincidenceofsecondaryocularneovasculariization.ArchOphthalmol109:339-342,19915)DukerJS,BrownGC:Irisneovasculrizationassociatedwithobstructionofthecentralretinalartery.Ophthalmology95:1244-1250,19886)渡邊真弓,荻野哲夫,木下貴正ほか:眼虚血症候群の眼所見と予後.眼紀57:189-194,20067)梶浦祐子,安積淳,井上正則:眼虚血症候群その臨床経過と治療成績.臨眼46:1022-1024,19928)鈴木智子,紺屋浩之,浜口朋也ほか:2型糖尿病に合併した両側内頚動脈閉塞症眼虚血症候群の1例.糖尿病と代謝30:54-60,20029)大野尚登,村田恭啓,木村和美ほか:網膜動脈閉塞症と頚動脈病変.臨眼50:1599-1601,199610)田宮良司,内田璞,岡田守生ほか:網膜血管閉塞症と閉塞性頚動脈疾患との関係について.日眼会誌100:863867,199611)奥野高司,長野陽子,池田佳美ほか:網膜動脈分枝閉塞症を発症後に血管新生緑内障を併発し予後不良であった眼虚血症候群の1例.あたらしい眼科27:1617-1620,201012)忍田拓哉,渡邊博,松橋正和ほか:網膜中心静脈症に合併した網膜中心動脈閉塞症及び脈絡膜循環不全の1例.臨眼56:1111-1115,200213)西村幸英,岡本紀夫:内頸動脈病変が影響したと考えられる網膜中心静脈閉塞症に合併した網膜中心動脈閉塞症の2例.眼科45:263-269,200314)天野公美子,川久保洋,島田宏之ほか:網膜中心動静脈閉塞症の2症例.眼紀47:1012-1017,199615)渡辺博:網膜動脈閉塞症.GeriatricMedicine44:12561257,200616)岡本紀夫:網膜中心動脈閉塞症の病型:網膜形態と視力予後に関する研究.兵庫医大会誌35:81-88,2010***(139)あたらしい眼科Vol.31,No.11,20141705

確認困難な網膜毛様動脈を伴った網膜中心動脈閉塞症の1例

2012年10月31日 水曜日

《原著》あたらしい眼科29(10):1423.1425,2012c確認困難な網膜毛様動脈を伴った網膜中心動脈閉塞症の1例秋澤尉子*1廣渡崇郎*1石田友香*1真木剛浩*2*1公益財団法人東京都保健医療公社荏原病院眼科*2石川台駅前眼科ACaseofCentralRetinalArteryOcclusionwithSmallCilioretinalArteryYasukoAkizawa1),TakaoHirowatari1),TomokaIshida1)andTakehiroMaki2)1)DepartmentofOphthalmology,TokyoMetropolitanHealthandMedicalTreatmentCorporationEbaraHospital,2)IshikawadaiekimaeEyeClinic網膜中心動脈閉塞症はcherryredspotを示し,視力予後が悪いことで知られるが,網膜中心動脈閉塞症のうち,黄斑部を灌流する網膜毛様動脈を伴う例は比較的視力障害が軽いと指摘されている.今回典型的なcherryredspotを呈さず,視力も比較的良好な症例に遭遇した.検眼鏡的には網膜毛様動脈は確認されなかったが,フルオレセイン蛍光眼底所見でfoveolaを灌流する小さな網膜毛様動脈と網膜中心動脈の閉塞とが確認され,網膜毛様動脈を伴う網膜中心動脈閉塞症の診断を得た.典型的なcherryredspotを示さない症例では必ず注意深い蛍光眼底検査を行い,網膜毛様動脈の存在やその灌流域を確認する必要がある.Purpose:Toreportacaseofcentralretinalarteryocclusion(CRAO)withsmallcilioretinalarterysparing.Case:Thepatient,a66-year-oldotherwisehealthymale,cametoEbaraHospitalhavingexperiencedsuddenlossofvisioninhisrighteye2dayspreviously.Examinationshowedthattheeye’sbest-correctedvisualacuitywas4/20.Ophthalmoscopicexaminationoftheeyeshowedretinaledemainthemacularareaandabsenceofacherryredspot.Fluoresceinangiographydisclosedasmallcilioretinalarterywithfoveolarsparing.Thepatient’svisionimprovedto20/20aweeklater.Conclusion:Becauseofthesmallcilioretinalartery,itwasdifficulttodiagnoseCRAOintheatypicalabsenceofacherryredspot,usingnormalophthalmoscopy.TodiagnoseCRAO,itisimportanttocarefullyexaminethefluoresceinangiograph.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)29(10):1423.1425,2012〕Keywords:網膜中心動脈閉塞症,網膜毛様動脈,cherryredspot,フルオレセイン蛍光眼底検査.centralretinalarteryocclusion,cilioretinalartery,cherryredspot,fluoresceinangiography.はじめに網膜中心動脈閉塞症(centralretinalarteryocclusion:CRAO)は,急な視力低下で発症し,予後不良な疾患で知られる.Brownら1)は10,000人に1人の発症率であり,60歳代前半に多く,男性に多いと報告し,Hayrehら2)は網膜毛様動脈を伴う例は視力予後がよいとしている.さらに視力予後には網膜毛様動脈の灌流域が関与している3)との報告がある.今回筆者らは発症後2日を経過したCRAOでありながら視力予後が良い例を経験した.検眼鏡所見ではcherryredspotを呈さなかったが,蛍光眼底検査では網膜中心動脈の閉塞の他,小さな網膜毛様動脈を確認したが,これが中心窩を灌流しており視力予後が良い原因と思われた.CRAOでは網膜毛様動脈の確認は視力予後の予測ばかりか,治療方法の選択にも重要である.そのためには注意深い蛍光眼底検査で網膜毛様動脈の灌流域を確認する必要がある.I症例患者:66歳,男性.主訴:右眼の視力低下.現病歴:平成24年3月19日右眼視力低下に気付き,近医を初診した.右眼CRAO疑いで紹介され,21日荏原病院眼科を初診した.既往歴:なし.初診時所見:視力は右眼0.02(0.2×.3.75D(cyl.0.75D〔別刷請求先〕秋澤尉子:〒145-0065東京都大田区東雪谷4-5-10東京都保健医療公社荏原病院眼科Reprintrequests:YasukoAkizawa,M.D.,DepartmentofOphthalmology,TokyoMetropolitanHealthandMedicalTreatmentCorporationEbaraHospital,4-5-10Higashiyukigaya,Ota-ku,Tokyo145-0065,JAPAN0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(107)1423 図1初診時眼底写真(右眼)発症2日後の眼底写真であり,網膜動脈の狭細あり.後極網膜には浮腫があるが,cherryredspotは明瞭でない.図3蛍光眼底写真造影開始後1分1秒造影開始後1分1秒で右眼網膜中心動脈の造影が始まった.Ax70°),左眼0.2(1.5×.3.25D(cyl.1.25DAx70°).眼圧は右眼17mmHg,左眼17mmHg.両眼とも初発白内障あり.検眼鏡では右眼眼底はcherryredspotはなく視神経から後極網膜に不正反射あり,わずかに浮腫を認めたが,網膜毛様動脈は確認できなかった(図1).Goldmann視野では右眼中心4°の比較暗点あり.フルオレセイン蛍光眼底検査を施行したところ,造影開始33秒で右眼視神経乳頭耳側に黄斑部に向かう小さな網膜毛様動脈のみが造影された(図2).37秒では毛様動脈の静脈還流も確認された.さらに1分1秒で右眼網膜中心動脈の造影が始まった(図3).蛍光眼底検査の所見から網膜毛様動脈を伴うCRAOの診断にて3月21日入院となった.血圧194/101mmHgであり,血液検査で随時血糖200mg/dlであり,内科で高血圧・糖尿病1424あたらしい眼科Vol.29,No.10,2012図2初診時蛍光眼底写真(右眼)造影開始後33秒左下は拡大写真.造影開始後33秒で右眼視神経乳頭耳側に黄斑部に向かう小さな網膜毛様動脈のみが造影された.の診断を得た.CRP(C反応性蛋白)は0.08mg/dlであった.経過:全身的には高血圧に対し内服開始,糖尿病に食事療法を開始した.3月21日からウロキナーゼ12万単位点滴5日間,高圧酸素療法1気圧1時間10日間を施行した.頭部MRI(磁気共鳴画像)を施行し,視神経周囲炎の所見はなかったが,右眼内頸動脈の狭窄が指摘され抗凝固剤の内服開始となった.右眼視力は,3月26日0.1(0.5×.3.75D(cyl.0.75DAx70°),高圧酸素終了時には0.2(1.0×.3.50D(cyl.0.75DAx80°),4月13日には0.2(1.2×.3.5D(cyl.0.75DAx80°)と改善した.Goldmann視野では傍中心比較暗点が残存したが,4月13日退院となった.II考按CRAOは急激な視力低下で発症し,視力予後が不良なことで知られる.Hayrehらによる動物実験で網膜中心動脈の完全閉塞後97分では網膜の機能は回復するが105分では網膜機能に障害が出る4),完全閉塞後4時間を過ぎると網膜の壊死が始まる5)という報告をもとに,発症後4時間以内に治療を開始することが求められている.さらにHayrehら2)はCRAOの視力予後を論じるなかで,治療法・予後の違いがありnon-arteric-CRAO,non-arteric-CRAOwithcilioretinalarterysparing,transientCRAO,artericCRAOの4群に別けて論じる必要があるとし,non-arteric-CRAOwithcilioretinalarterysparingは視力予後が比較的良いと報告している.自験例は初診時矯正視力は0.2であったが,初診時の眼底検査では,黄斑部に軽度に白濁した網膜浮腫があったが,中心窩周囲には網膜浮腫はなくcherryredspotはなかった.CRAO疑いと診断はしたものの,検眼鏡的には網膜毛様動(108) 脈が確認できなかったため,なぜcherryredspotを呈さないのか,視力低下が軽度なのか,診断が確定できなかった.強度近視6)や網脈絡膜萎縮が高度な症例7)ではCRAOでありながらcherryredspotを呈さないとの報告があるが,自験例では網脈絡膜萎縮はなかった.フルオレセイン蛍光眼底検査を行ったところ,造影開始33秒で黄斑部を灌流する小さな網膜毛様動脈を確認し,44秒で静脈還流を認め,さらに1分を過ぎてから網膜中心動脈の充盈が始まった.蛍光眼底検査の結果から網膜毛様動脈を伴ったCRAOの診断を得,視力低下が軽度な原因も確認できた.一方,視野の中心暗点の鑑別診断として球後視神経炎も検討すべきであり,頭部MRI検査を行ったが,視神経周囲炎などの所見はなく内頸動脈の狭窄がありCRAOの診断と矛盾するものはなかった.ところで,cilioretinalarteryがあれば,CRAOでも視力予後が期待でき,その存在を確認することは重要である.Cilioretinalarteryの発生頻度については諸家の報告がある.Liuら8)は蛍光眼底検査5,000眼の検討で923眼35%にciliaryarteryを確認し,このうち耳側に分布するものが78%,すなわち全体の27%と報告している.一方,Hayrehら2)はCRAO260眼の報告でnon-arteric-CRAOwithcilioretinalarterysparingは35例,すなわち13%と報告している.Lorentzen9)はCRAO53眼の報告でcilioretinalarteryは12%,Brownら3)は網膜動脈閉塞症187例のうちCRAOは107例,このうちcilioretinalarteryがあったのは28例,すなわち26%と報告している.このように耳側に向かう網膜毛様動脈の頻度は12%から27%と報告によって大きな差がある.網膜毛様動脈の状況は大小さまざまであり,大きな網膜毛様動脈が網膜全体を栄養している症例も報告10)されている.一方,自験例は検眼鏡では確認できず,注意深い蛍光眼底検査で初めて検出できた極小な網膜毛様動脈であった.網膜毛様動脈の頻度の差は人種差というだけではなく検出がむずかしいことも一因と思われる.CRAOの視力予後については,Hayrehら2)がCRAOを前述の4群に分類し,transientとnon-arteric-CRAOwithcilioretinalarterysparingは予後が良いとしている.しかし,網膜毛様動脈はその大きさや灌流部位がさまざまである.網膜毛様動脈の灌流部位に関してBrownら3)は耳側に向かうciliaryarterysparing28例をさらにfoveolaを灌流する12例,paramaculaの半分以上を灌流する例が11例,半分以下を灌流する例が5例と分類し,foveolaを灌流する例はそもそも視力低下が少なく予後が良いと報告した.網膜毛様動脈を伴うCRAOでは,単に網膜毛様動脈が耳側に向かうというのみでなく,その灌流域を確認することが重要である.自験例はごく小さい網膜毛様動脈であったがfoveolaを灌流していたため,発症時の視力低下が少なくかつ治療後視力が1.2という良好な視力予後を得たものと考える.CRAOの治療については,Hayrehらは閉塞後4時間で網膜には不可逆的な変化が生じる5)ので治療は発症後4時間以内に開始すべきであり,自然経過でもある程度の改善があり2),有効な治療はないとしている.このため,CRAOの治療は時間との戦いであり,発症後4時間を過ぎて初診してきた例は多くの施設で治療法はないと診断されてきたのが実情である.一方,Brownら3)はfoveolaを灌流するcilioretinalarteryを伴うCRAOでは閉塞後の浮腫で視力が低下するのであり,浮腫がとれれば視力が改善すると述べている.自験例ではCRAOから2日が経過しており,治療は効果がないとされるところであるが,foveolaに向かう網膜毛様動脈があるので中心窩の血流改善を目的として高圧酸素治療を行い1.2の矯正視力を得た.高圧酸素装置のある病院は限られているが,Brownら3)の考えに従えば,高圧酸素装置がなくてもfoveolaを灌流するcilioretinalarteryを伴うCRAOでは浮腫をとる治療などの可能性がある.今後はCRAOでは注意深く蛍光眼底検査を行って網膜毛様動脈の有無を確認し,灌流域がfoveolaを含んでいる例では発症後時間が経過していても十分な治療を行うようにしていきたい.文献1)SharmaS,BrownGC:Retinalarteryobstruction.In:RyanSJ(ed):Retina.3rded,p1350-1367,CVMosby,StLouis,20012)HayrehSS,ZimmermanMB:Centralretinalarteryocclusion:Visualoutcome.AmJOphthalmol140:376-391,20053)BrownGC,ShieldsJA:Cilioretinalarteriesandretinalarterialocclusion.ArchOphthalmol97:84-92,19794)HayrehSS,KolderHE,WeingeistTA:Centralretinalarteryocclusionandretinaltolerancetime.Ophthalmology87:75-78,19805)HayrehSS,ZimmermanMB,KimuraAetal:Centralretinalarteryocclusion.Retinalsurvivaltime.ExpEyeRes78:723-736,20046)井上亮,生野恭司,沢美喜ほか:強度近視眼に発症した網膜中心動脈閉塞症の一例.眼紀58:549-552,20077)松葉真二,岡本紀夫,三村治:桜実紅斑を呈しなかった網膜中心動脈閉塞症の一例.眼臨紀2:140-142,20098)LiuL,LiuLM,ChenL:IncidenceofcilioretinalarteriesinChinesehanHanpopulation.IntJOphthalmol4:323325,20119)LorentzenSE:Incidenceofciliaryarteries.ActaOphthalmol(Copenh)48:518-524,197010)HedgeV,DeokuleS,MatthewsT:Acaseofacilioretinalarterysupplyingtheentireretina.ClinAnat19:645647,2006(109)あたらしい眼科Vol.29,No.10,20121425

網膜循環障害を合併し予後不良であった交感性眼炎の1例

2012年2月29日 水曜日

《第45回日本眼炎症学会原著》あたらしい眼科29(2):249.252,2012c網膜循環障害を合併し予後不良であった交感性眼炎の1例奥貫陽子*1,2片井直達*1横井克俊*1後藤浩*2*1東京医科大学八王子医療センター眼科*2東京医科大学眼科学教室SympatheticOphthalmiawithPoorVisualOutcomeComplicatesaCaseofRetinalArteryCirculatoryDisturbanceYokoOkunuki1,2),NaomichiKatai1),KatsutoshiYokoi1)andHiroshiGoto2)1)DepartmentofOphthalmology,HachiojiMedicalCenterofTokyoMedicalUniversity,2)DepartmentofOphthalmology,TokyoMedicalUniversity穿孔性眼外傷受傷後の僚眼に,眼内炎症とともに典型的な交感性眼炎にはみられない網膜循環障害を伴い,重篤な経過をたどった症例を経験したので報告する.症例は80歳,男性.グラインダーの破片で右眼を受傷し,同日強角膜縫合術を行ったが,徐々に眼球癆となった.受傷後9週目に左眼視力低下を自覚した.前房炎症と硝子体混濁に加えて網膜中心動脈閉塞症様の所見を認め,蛍光眼底造影では網膜灌流の遅延と脈絡膜の斑状低蛍光がみられた.ステロイドパルス療法を行い,炎症所見と網膜浮腫は次第に軽減したが動脈は白鞘化し,視力は光覚弁となった.プレドニゾロンを漸減中,眼炎症が再燃するとともに血管新生緑内障を併発し,最終視力は光覚なしとなった.穿孔性眼外傷後の僚眼には典型的な交感性眼炎とは異なる網膜循環不全を伴った眼内炎症を生じ,急激な経過をたどることがある.An80-year-oldmalevisitedourhospitalafewhoursafterhisrighteyehadbeeninjuredbyafragmentofabrokengrinder.Cornealandscleralsuturingwasperformedonthatsameday,buttheeyegraduallydevelopedphthisisbulbi.Intheninthweekafterinjury,thepatientnoticedblurredvisioninhislefteye.Anteriorchambercellsandvitreousopacitywithcentralretinalarteryocclusionwereobserved.Fluoresceinandindocyaningreenangiographyrespectivelydisclosedseveredisturbanceofretinalarterycirculationandmultiplepatchyhypo.uoresceinlesionsinthechoroid.Theintraocularin.ammationsubsidedwithcorticosteroidpulsetherapy,butvisualacuitydidnotrecover.Duringtaperingo.ofcorticosteroid,theintraocularin.ammationexacerbated,withcomplicationofrubeoticglaucomaandvisualloss.Intraocularin.ammationpresumablycausedbysympatheticophthalmiacanleadtodisturbanceofretinalarterycirculationandresultinaseverevisualdisturbance.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)29(2):249.252,2012〕Keywords:穿孔性眼外傷,交感性眼炎,網膜中心動脈閉塞症,眼虚血症候群.perforatingocularinjury,sympa-theticophthalmia,centralretinalarteryocclusion,ocularischemicsyndrome.はじめに交感性眼炎は穿孔性眼外傷や内眼手術後に発症する両眼性の肉芽腫性汎ぶどう膜炎であり,穿孔性眼外傷後の発症率は0.2.1.0%程度と考えられている1,2).発症機序や臨床所見はVogt-小柳-原田(VKH)病に類似し3),治療もVKH病に準じて副腎皮質ステロイド(ステロイド薬)のパルス療法または大量漸減療法が行われ,発症早期に十分量のステロイド薬が投与されれば比較的予後が良いことが多い.今回,穿孔性眼外傷受傷後に僚眼に交感性眼炎と思われる眼炎症を発症するとともに,網膜中心動脈閉塞症様の所見を伴い,典型的な交感性眼炎とは異なる所見を呈し,重篤な経過をたどった症例を経験したので報告する.I症例患者:81歳,男性.既往歴:未精査の不整脈.現病歴:2010年7月15日,自宅の庭でグラインダーを使用中に,破損したグラインダーの刃が飛来して右眼を受傷〔別刷請求先〕奥貫陽子:〒160-0023東京都新宿区西新宿6-7-1東京医科大学眼科学教室Reprintrequests:YokoOkunuki,M.D.,DepartmentofOphthalmology,TokyoMedicalUniversity,6-7-1Nishishinjyuku,Shinjyuku-ku,Tokyo160-0023,JAPAN0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(101)249図1左眼眼底写真(2010年9月16日)硝子体混濁,網膜浮腫,cherryredspot様所見,および網膜動脈狭細化がみられる.し,数時間後に東京医科大学八王子医療センター(以下,当センター)を受診した.初診時所見:視力は右眼光覚弁,左眼0.1(0.7×cly.2.50DAx60°),眼圧は右眼測定不能,左眼14mmHgであった.右眼には上下の眼瞼裂傷および強角膜裂傷を認め,ぶどう膜組織が眼外に脱出していた.左眼は軽度の白内障の他は異常を認めなかった.同日に行われた全身検査で心房細動が検出された.受診日にただちに局所麻酔下で右眼の眼瞼縫合と強角膜縫合術を施行した.強角膜裂傷は上直筋および下直筋付着部後方の約10mmに及び,角膜を含めてほぼ垂直方向の創であった.水晶体の所在は不明であり,網膜およびぶどう膜組織が創口から眼外に脱出していた.脱出した組織を可及的に切除し,上下直筋の付着部を一部切腱して強角膜縫合を施行した.経過:術翌日から右眼視力は光覚が失われ,次第に眼球癆となった.約2カ月後の2010年9月11日に左眼の霧視を自覚したため,同月13日に近医を受診したところ,左眼の前眼部炎症を指摘され,当センターへ再び紹介受診となった.14日の当センター受診時,左眼矯正視力は0.2であり,前房細胞と毛様充血を認めたため,0.1%ベタメタゾン点眼を処方した.16日再診時には左眼視力10cm指数弁まで低下し,毛様充血,前房細胞3+,硝子体混濁2+,網膜動脈狭細化,網膜浮腫を認め,黄斑部はcherryredspot様であった(図1).フルオレセイン蛍光眼底造影(.uoresceinangio-graphy:FA)では腕-網膜循環時間は約22秒と遅延し,脈絡膜背景蛍光は斑状低蛍光を示した.VKH病にみられるような点状過蛍光や蛍光色素の貯留像,視神経乳頭の過蛍光は認められなかった.インドシアニングリーン蛍光眼底造影図2インドシアニングリーン蛍光眼底造影(2010年9月16日)広範な脈絡膜斑状低蛍光が認められる.(indocyaninegreenangiography:IA)で脈絡膜は斑状の低蛍光を示した(図2).FA・IAともに固視不良のため初期像は明瞭に撮影できず,腕-脈絡膜循環時間は不明であった.また,検眼鏡的所見および光干渉断層計でも漿液性網膜.離は認められなかった.以上の結果から,典型的ではないが網膜中心動脈閉塞症(centralretinalarteryocclusion:CRAO)を併発した交感性眼炎と診断した.なお,後日行われたHLA(ヒト白血球抗原)検査ではDR4陽性であった.同日に入院のうえ,9月17日からステロイドパルス療法(メチルプレドニゾロン1,000mg3日間)を施行し,その後プレドニゾロン(pred-nisolone:PSL)を60mgから漸減投与した.その他,心房細動に対しては内科から処方されていたバイアスピリンを継続とした.前眼部炎症や硝子体混濁などの炎症所見は次第に軽減したが,徐々に網膜動脈の白鞘化が明瞭になり,9月21日に左眼視力も光覚なしとなった.その後もPSLの減量を行っていたところ,11月1日(PSL30mg投与時)に左眼視力は光覚弁に改善した(図3).経過中,左眼の眼圧は10.14mmHg程度であったが,2011年3月14日(PSL5mg隔日投与時)に左眼眼圧が34mmHgに上昇し,視力は再び光覚なしとなった.同時に毛様充血,豚脂様角膜後面沈着物,前房細胞2+,虹彩新生血管および硝子体混濁3+を認め,交感性眼炎の再燃とともに血管新生緑内障を併発したと考えられた(図4).眼内炎症に対してトリアムシノロンアセトニド20mgのTenon.下注射を施行した.なお,血管新生緑内障の原因として眼虚血症候群の可能性を疑い,頸動脈エコー,頭頸部磁気共鳴血管画像(magneticresonanceangiography:MRA)を施行したが明らかな異常はなく,また心エコーで血栓などは検出されなかった.頭部MRI(磁気共鳴画像)では陳旧性のラクナ梗塞が確認された.2011年4250あたらしい眼科Vol.29,No.2,2012(102)図3左眼眼底写真(2010年11月1日)硝子体混濁,網膜浮腫は消失したが,網膜動脈の白鞘化が著明である.月12日にPSL内服を中止した後も前眼部炎症および硝子体混濁の再燃はないが,視神経乳頭は蒼白となり,脈絡膜の斑状萎縮巣が出現した.40.50mmHg程度の高眼圧が持続しているが疼痛がないため,投薬はベタメタゾン点眼のみで経過観察を継続している.II考察典型的な交感性眼炎はVKH病と同様の所見,つまり肉芽腫性の前房炎症,漿液性網膜.離,視神経乳頭発赤,FAでは初期の多発する点状過蛍光,後期の蛍光色素貯留,視神経乳頭過蛍光,IAでは脈絡膜斑状低蛍光などを認め,約70%が受傷後2週間から3カ月以内,約90%が1年以内に発症するとされている4).本症では,左眼の炎症発症時に前房炎症および硝子体混濁を認めたが,その他VKH病に通常みられる眼所見を伴っておらず,交感性眼炎と判断する根拠に乏しかった.しかし,IAで脈絡膜斑状低蛍光を認め,脈絡膜の炎症が強く示唆されたこと,また発症時期が右眼受傷後9週目であり,交感性眼炎の好発時期であったことなどから総合的に眼炎症は交感性眼炎によるものと判断した.その後の検査でHLA-DR4陽性が判明し,眼炎症再燃時には豚脂様角膜後面沈着物が出現したことも交感性眼炎の診断に矛盾しないと考えられた.一方,左眼炎症発症時の網膜浮腫,cherryredspot様所見,腕-網膜循環時間の遅延は交感性眼炎では通常認められない所見であり,CRAOの所見と一致する.本症は既往に心房細動があり,心臓からの血栓の飛来によるCRAOと交感性眼炎が偶然同時に発症した可能性は否定できない.しかし,網膜に激しい炎症をきたした場合,桐沢型ぶどう膜炎やBehcet病などではCRAOを併発する図4左眼炎症再燃時の前眼部写真(2011年3月14日)毛様充血,豚脂様角膜後面沈着物,前房細胞,虹彩新生血管がみられる.ことがあり5,6),またVKH病でも高齢者を中心に前部虚血性視神経症の併発例が報告されている7).本症例では交感性眼炎による眼内炎症により,網膜中心動脈が篩状板より中枢側で閉塞したためにCRAOが生じた可能性も考えられた.一方,血管新生緑内障は一般にCRAOに合併することはなく,CRAO様の所見に血管新生緑内障を合併した場合は眼虚血症候群が原因である可能性が高い8).本症でも眼虚血症候群の可能性を考え,頸動脈エコーや頭頸部MRAを施行したが異常は検出されず,積極的に眼虚血症候群の合併を疑う検査結果は得られなかった.さらに,FAとIAの初期像が撮影困難で脈絡膜循環が正確に評価できなかったこともあり,本症のcherryredspotを伴う網膜循環障害が網膜中心動脈の閉塞によるものであったか,または眼動脈や眼動脈より中枢の動脈閉塞による眼虚血症候群の一所見であったかを結論付けることは困難であった.しかし今回の症例では,CRAOの所見は交感性眼炎発症時に出現し,血管新生緑内障も炎症再燃時に発症したことから,眼炎症と網膜循環障害および眼内虚血の発症は密接に関連していたものと推測される.本症例は心房細動を合併した80歳の高齢者であり,頭部MRIでラクナ梗塞が検出されていることから,MRAでは確認できなかったが,眼動脈レベルに部分的な狭窄が存在していた可能性も考えられる.そのため,交感性眼炎発症前から眼動脈に部分狭窄があり,交感性眼炎発症前は眼血流が維持できていたが,眼炎症による血管閉塞などに伴い,網膜循環障害と前眼部虚血が出現した可能性も考えられる.交感性眼炎は発症早期に十分量のステロイド薬を投与すれば,比較的予後がよいことが多い.本症例は自覚症状出現から6日目に治療を開始することができたが,治療開始時にはすでに視力は指数弁と著しく不良であった.より早期に診断と加療を行うことができていれば視機能を残せた可能性があるかもしれないが,過去の報告を検索しても発症早期に光覚(103)あたらしい眼科Vol.29,No.2,2012251なしとなった交感性眼炎は非常にまれと思われ,CRAOを併発した症例の報告もない.本症例は交感性眼炎としては所見が非典型的で,経過も急激であり特異な症例であったと考えられる.また,眼動脈狭窄など潜在的な眼循環不全の存在が推測されることから,高齢発症であったことが予後不良の因子であった可能性がある.さらに,ステロイド薬には血小板凝集能亢進作用があり,治療に用いたステロイド薬が網膜循環不全を増悪させた可能性も否定できない.本症例は治療開始時にすでに指数弁であり,硝子体混濁も強かったことからステロイドパルス療法を選択したが,高齢であることと網膜循環不全に対する副作用を考え,ステロイドパルス療法以外の治療法を選択する方法もあったと思われる.交感性眼炎の予防法として唯一可能性のある方法は,受傷後2週間以内の眼球摘出である4,9).交感性眼炎は穿孔性眼外傷後の合併症として最も留意すべき病態であるが,一般的にステロイド薬が有効なことが多く,予防法としての眼球摘出の有効性も確立された方法ではないため,受傷眼の視機能が非常に悪い症例に対しても眼球摘出は積極的に推奨されてはいない10).穿孔性眼外傷の加療の際には,交感性眼炎の可能性を常に念頭におき,まれではあるが本症例のように非常に予後が悪い交感性眼炎を発症する症例があることを記憶にとどめておくべきであると思われる.文献1)MarakGE,Jr:Recentadvancesinsympatheticophthal-mia.SurvOphthalmol24:141-156,19792)ZhangY,ZhangMN,JiangCHetal:Developmentofsympatheticophthalmiafollowingglobeinjury.ChinMedJ122:2961-2966,20093)RaoNA,RobinJ,HartmannDetal:Theroleofthepen-etratingwoundinthedevelopmentofsympatheticoph-thalmiaexperimentalobservations.ArchOphthalmol101:102-104,19834)GotoH,RaoNA:SympatheticophthalmiaandVogt-Koya-nagi-Haradasyndrome.IntOphthalmolClin30:279-285,19905)ShahSP,HadidOH,GrahamEMetal:Acuteretinalnecrosispresentingascentralretinalarteryocclusionwithcilioretinalsparing.EurJOphthalmol15:287-288,20056)WillerdingG,HeimannH,ZouboulisCCetal:Acutecen-tralretinalarteryocclusioninAdamantiades-Behcetdis-ease.Eye21:1006-1007,20077)NakaoK,MizushimaY,AbematsuNetal:Anteriorisch-emicopticneuropathyassociatedwithVogt-Koyanagi-Haradadisease.GraefesArchClinExpOphthalmol247:1417-1425,20098)HayrehSS:Prevalentmisconceptionsaboutacuteretinalvascularocclusivedisorders.ProgRetinEyeRes24:493-519,20059)AlbertDM,Diaz-RohenaR:Ahistoricalreviewofsym-patheticophthalmiaanditsepidemiology.SurvOphthal-mol34:1-14,198910)SavarA,AndreoliMT,KloekCEetal:Enucleationforopenglobeinjury.AmJOphthalmol147:595-600,2009***252あたらしい眼科Vol.29,No.2,2012(104)