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血管Behçet 病によって両眼性の眼虚血症候群を呈した1症例

2011年12月30日 金曜日

《原著》あたらしい眼科28(12):1777.1782,2011c血管Behcet病によって両眼性の眼虚血症候群を呈した1症例濱畑徹也海老原伸行河野博之村上晶順天堂大学医学部眼科学教室AnUnusualCaseofBilateralOcularIschemicSyndromewithVasculo-Behcet’sDiseaseTetsuyaHamahata,NobuyukiEbihara,HiroyukiKawanoandAkiraMurakamiDepartmentofOphthalmology,JuntendoUniversitySchoolofMedicine症例は20歳,男性.10歳時より腸管Behcet病を指摘され,HLA(組織適合抗原)検査では,HLA-B51(.),B52(+)であった.最近,反復する眼窩痛,体位変動による一過性の視力低下や暗黒感を自覚していた.眼底所見には,軟性白斑の散在,血管の狭細化がみられた.前房内に細胞・フレアなどの炎症所見はみられなかったが,低眼圧であった.フルオレセイン蛍光眼底造影検査では循環時間の遅延,周辺網膜血管の閉塞,多数の微小血管瘤が認められた.総頸動脈超音波検査では,右75%,左95%の内腔狭窄がみられ,血中CRP(C反応性蛋白)値の上昇を認めた.以上より血管Behcet病による両眼の眼虚血症候群と診断.プレドニゾロン内服にて視力低下や黒内障発作が改善された.血管Behcet病の患者では,眼虚血症候群も念頭において診察していく必要があると思われた.Thepatient,a20-year-oldmale,hadsincetheageof10beenaffectedbyBehcet’sdiseaseoftheintestine.Insubsequentyears,hesufferedrecurrentorbitalpain,disturbanceofvisualacuityandoccasionalamaurosis,dependingonbodyposition.Infundusexamination,werecognizedmanysoftexudatesandhemorrhagesinbotheyes.Therewerenoinflammatorysigns,suchascellsorflareintheanteriorchamber,withoutlowintraocularpressure.Fluoresceinangiographyrevealedthecharacteristicsofbilateralocularischemicsyndrome.Carotidarteriographydisclosedinternalcarotidarteryobstruction,75%rightand95%left.Theseresultsledtoadiagnosisofbilateralocularischemicsyndromewithvasculo-Behcet’sdisease.Steroidtherapywaseffectiveforthispatient.Ocularischemicsyndromeshouldbeafocusofattentioninpatientswithvasculo-Behcet’sdisease.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)28(12):1777.1782,2011〕Keywords:Behcet病,眼虚血症候群,総頸動脈狭窄.Behcet’sdisease,ocularischemicsyndrome,carotidarteriostenosis.はじめにBehcet病の眼病変としては反復する前房蓄膿を伴う虹彩毛様体炎,網膜静脈の閉塞性血管炎,網脈絡膜白斑,黄斑浮腫などがよく知られている1).今回筆者らは眼炎症所見が軽度であるが,進行性の視力障害を呈した血管Behcet病による眼虚血症候群の1例を経験したので報告する.I症例患者:20歳,男性.主訴:視力低下・霧視,また体位変動によって生じる一過性の暗黒感であった.既往歴:10歳時に結節性紅斑,口腔内潰瘍,肛門周囲膿瘍を認め,腸管Behcet病と診断され,ステロイド薬の内服を開始した.近医内科にて症状の増悪・寛解に応じステロイド薬内服量の調節を行うも成長障害を認めたため,ステロイド薬を中止しコルヒチン内服のみで経過観察されていた.その後,5年近くCRP(C反応性蛋白):10mg/dl前後と全身の炎症反応は高値であったが放置されていた.初診時所見:視力は右眼(1.2×.2.0D),左眼(0.8×.2.25D),眼圧は右眼5mmHg,左眼4mmHgと低眼圧を認〔別刷請求先〕濱畑徹也:〒113-8431東京都文京区本郷3-1-3順天堂大学医学部眼科学教室Reprintrequests:TetsuyaHamahata,M.D.,DepartmentofOphthalmology,JuntendoUniversitySchoolofMedicine,3-1-3Hongo,Bunkyo-ku,Tokyo113-8431,JAPAN0910-1810/11/\100/頁/JCOPY(115)1777 aabc図1初診時眼底写真両眼動脈の狭小化と静脈の軽度拡張を認め(a,b),左眼眼底下方に出血を認めた(c).図2初診時ERG所見ERG所見では,b波の減弱を認めた.右眼左眼図3初診時OCT所見OCT所見では,左眼の神経網膜層の菲薄化を認めた.め,体位変動によって左眼の一過性の暗黒感を自覚していた.前眼部所見は,左眼に角膜後面沈着物を軽度認める以外は,前房内に細胞・フレアはなく,虹彩後癒着などもみられなかった.中間透光体には特に異常はみられなかった.眼底所見は,両眼とも軟性白斑の散在,血管の狭細化,網膜下方血管周囲にしみ状の出血,周辺網膜に動脈の途絶がみられた(図1).ERG(網膜電図)所見では,b波の減弱を認め,OCT(光干渉断層計)では左眼の神経網膜層の菲薄化を認めた(図2,3).血液検査では,血沈の亢進とCRP:9.1mg/dlが高値であり,感染症〔HBs(B型肝炎表面)抗原,HCV(C型肝炎ウイルス)抗体,HIV(ヒト免疫不全ウイルス)抗体,梅毒定性,TP(梅毒トレポネーマ)抗体〕は陰性であり,1778あたらしい眼科Vol.28,No.12,2011HLA(組織適合抗原)検査では,HLA-B51陰性,B52陽性であった.経過:フルオレセイン蛍光眼底造影検査(FA)を試みるも,嘔気・嘔吐を伴い初回は施行することはできなかった.左眼視力は約6カ月の間に変動しながら徐々に低下していった.約10カ月経過時,両眼の急激な視力低下がみられた.右眼(0.04×.1.25D(cyl.0.50DAx15°),左眼(0.08×.2.00D(cyl.1.00DAx180°).眼圧は右眼8mmHg,左眼9mmHgと低眼圧であった.両眼とも前房の炎症所見はみられなかったが,右眼に虹彩ルベオーシス,両眼隅角にルベオーシスによる全周の周辺虹彩前癒着(PAS)がみられた(図4).両眼底とも軟性白斑の散在,動脈の狭細化と途絶,静脈(116) 右眼左眼3時9時3時9時6時6時12時12時図4隅角所見両眼隅角に全周の周辺虹彩前癒着(PAS)を認めた.の拡張がみられた.両眼視神経乳頭の耳側辺縁の蒼白を認めた.FA(図5)では①脈絡膜の造影時間の遅延,②腕-網膜循環時間の著しい延長(75秒),③周辺網膜での動脈の途絶,④無血管領域,⑤周辺網膜での動静脈のシャント,⑥毛細血管瘤,⑦視神経乳頭過蛍光を認めた.頸動脈エコー(図6)では両総頸動脈の高度の狭窄(右75%,左95%の内腔狭窄)を認めた.Goldmann視野検査上も初診時と比べ,視野狭窄の進行がみられた(図7).以上の所見により,以前より腸管Behcet病と診断されていたことも考慮し,血管Behcet病による両側総頸動脈の狭窄による両眼の虚血症候群と診断した.入院後,炎症による血管病変の進行の抑制のために,プレドニゾロン(プレドニンR)内服40mg/日を開始した.両側総頸動脈狭窄に対する外科的治療について当院脳神経外科にコンサルトするも,脳神経外科的に適応外であった.腹部三次元CT血管造影(3D-CTA)施行にて恥骨結合レベルで左大腿動脈にも強い狭窄を認めたため,バルーン拡張術を施行した.入院中,40mg/日から2週間かけ2.5mg/日ずつ減量していき,入院時CRP:8.1mg/dlと高値であったが,CRP:0.1mg/dlまで低下した.27.5mg/日まで漸減していくもCRPの再上昇はみられなかった.内服後,左眼視力の改善(左眼矯正視力1.2),網膜の軟性白斑の一部消失を認めた.しかし,右眼視力の改善はみられなかった.27.5mg/日に漸減後,退院となった.退院後,外来にて網膜無血流領域に対し,網膜光凝固術を施行し,現在11mg/日にて炎症の再発はみられていない.II考按眼虚血症候群とは,内径動脈閉塞や狭窄によって網膜虚血が生じ,多様な眼症状を示す症候群の総称である2).本症例は,10歳時に結節性紅斑,口腔内潰瘍,肛門周囲膿瘍を認め,腸管Behcet病と診断されていた.ステロイド薬治療を開始するも,ステロイド薬による成長障害により,以後使用を中止しCRP10mg/dl前後が継続していた.その後,眼窩痛や体位変動によって惹起される霧視,一過性の視力低下,視野欠損などを自覚していたようだが,眼科へ通院することはなかった.一般に,Behcet病の約70%に眼病変を認め,眼症状として前房蓄膿を伴う再発性虹彩毛様体炎,網膜静脈の閉塞性血管炎,硝子体混濁,黄斑浮腫,強膜炎などがある3).本症例では,上記のような典型的なBehcet病に伴う眼炎症所見はみられなかった.しかし,左眼視力は変動を伴い徐々に低下していき,経過中に両眼視力の急激な低下を認めた.視力低下時の眼底検査では,両眼の網膜動脈の狭細化・周辺部での途絶,静脈の拡張,多数の軟性白斑,視神経乳頭の腫脹がみられた.FA上,脈絡膜造影の遅延,周辺網膜の無血流領域,毛細血管瘤,網膜乳頭の過蛍光などが認められた.頸動脈エコーにて両総頸動脈の著明な狭窄を認め,Behcet病に伴う総頸動脈の狭窄による両眼の眼虚血症候群と診断した.虹彩・隅角ルベオーシスにより両眼隅角に全周性のPASを認めるも低眼圧であったのは,極度の眼血流量(117)あたらしい眼科Vol.28,No.12,20111779 右眼1分15秒2分59秒3分46秒4分16秒7分19秒11分12秒4分29秒4分33秒左眼1分52秒3分13秒7分48秒7分55秒6分16秒15分27秒8分3秒8分16秒図5FA所見①脈絡膜の造影時間の遅延,②腕-網膜循環時間の著しい延長(75秒),③周辺網膜での動脈の途絶,④無血管領域,⑤周辺部での動静脈のシャント,⑥毛細血管瘤,⑦視神経乳頭過蛍光を認めた.の低下により毛様体からの房水産生が抑制されていたためと考えられる.さらに,眼窩痛も虚血によるものと考えられた.Behcet病のなかで大中動静脈の炎症が病変の主座の場合に血管Behcet病と診断される.罹患部位は大静脈や深部の中小動静脈およびその分岐部などさまざまである.特に,動脈病変はBehcet病の約2%に認め,大中血管の狭窄や動脈瘤などが認められる4).椎骨動脈・鎖骨下動脈・腹部大動脈・腎動脈などに病変が及び,失神・重篤な腹部痛・腎血管高血圧症などの合併症を認め5),上行大動脈の動脈瘤破裂に1780あたらしい眼科Vol.28,No.12,2011より死亡する報告もある6).本症例の鑑別診断として,高安病があげられる.高安病は若年者の女性に多く,大動脈とその主要分岐に炎症を認め,HLA-B52との相関が指摘される.本症例では,Behcet病に相関がみられるHLA-B51が陰性,HLA-B52が陽性であった.本症例においても高安病との鑑別が問題であったが,本症例は以前に結節性紅斑,口腔内潰瘍,肛門周囲膿瘍を認め,腸管Behcet病と診断されていた.筆者らの知る限り,口腔内潰瘍を伴う高安病の報告はなく7),Behcet病の診断は(118) 右総頸動脈左総頸動脈図6頸動脈エコー両総頸動脈の高度の狭窄を認めた.左眼右眼初診時入院時図7Goldmann視野初診時と比べ,視野狭窄の進行が認められた.(119)あたらしい眼科Vol.28,No.12,20111781 正しいと思われる.しかし,腸管Behcet病に高安病が併発した可能性もあり,確定診断には発症した血管の病理組織学検討をしなければ鑑別がつかない.一般に高安病では血管中膜・外膜や中・外膜境界部を含む弾性線維貪食を認め,Behcet病では中・外膜の非特異的慢性炎症を認めるなど血管病理で鑑別されている8).本症例では両総頸動脈に高度な狭窄を認める以外に,左大腿動脈の局所に強い狭窄を認め,左足背動脈は触知せず,入院中にバルーン拡張術を施行した.両総頸動脈狭窄に対し当院脳神経外科にコンサルトするも,外科的治療は困難とのことであった.退院後,右眼底無血管野に対し網膜光凝固術を試行した.ステロイド薬治療により左眼は眼血流の改善に伴い視力の改善(左眼矯正視力1.2)がみられたが,右眼は視神経萎縮のため視力の改善はみられなかった.今回,筆者らは眼炎症所見が軽度であるが進行性の視力障害を呈したBehcet病による両眼の眼虚血症候群の1例を経験した.Behcet病の眼症状は,炎症性の内眼炎に注意がいきがちであるが,血管炎による眼虚血性病変も惹起しうることも念頭におく必要があると思われた.文献1)増田寛次郎:ベーチェット病,増田寛次郎(編):ぶどう膜炎.p68-81,医学書院,19992)ChenK,FitzgeraldD,EustancePetal:Electroretinography,retinalischemiaandcarotidarterydisease.EurJVascSurg4:569-573,19903)VerityDH,WallaceGR,VaughanRWetal:Behcet’sdiseasefromHippocratestothethirdmillennium.BrJOphthalmol87:1175-1183,20034)KocY,GulluY,AkpekG:VascularinvolvementinBehcet’sdisease.JRheumatol19:402-410,19925)NakamuraH,UekiY,HorikamiKetal:Vasculo-Behcet’ssyndromewithwidespreadarterialinvolvement.ModRheumatol11:332-335,20016)RouguinA,EdouteY,MiloSetal:AfatalcaseofBehcet’sdiseaseassociatedwithmultiplecardiovascularlesions.IntJCardiol59:267-273,19977)SugisakiK,SaitoR,TakagiTetal:HLA-B52-positivevasculo-Behcetdisease:usefulnessofmagneticresonanceangiography,ultrasoundstudy,andcomputedtomographicangiographyfortheearlyevaluationofmultiarteriallesions.ModRheumatol15:56-61,20058)ArakiY,AkitaT,UsuiAetal:AorticarchaneurysmofTakayasuarteritisassociatedwithentero-Behcetdisease.AnnThoracCardiovascSurg13:216-219,2007***1782あたらしい眼科Vol.28,No.12,2011(120)