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化学療法により縮小のみられた直腸原発転移性脈絡膜腫瘍の1例

2012年5月31日 木曜日

《原著》あたらしい眼科29(5):701.704,2012c化学療法により縮小のみられた直腸原発転移性脈絡膜腫瘍の1例三宅絵奈*1森脇光康*2砂田貴子*1竹村准*1*1大阪市立十三市民病院眼科*2大阪市立大学大学院医学研究科視覚病態学RegressionofChoroidalMetastasisfromRectalCancerfollowingChemotherapyEnaMiyake1),MitsuyasuMoriwaki2),TakakoSunada1)andJunTakemura1)1)DepartmentofOphthalmology,OsakaCityJusoHospital,2)DepartmentofOphthalmologyandVisualSciences,Osaka-CityUniversityGraduateSchoolofMedicine転移性脈絡膜腫瘍の原発巣の大部分は乳癌と肺癌であり,直腸や結腸などの消化管が原発となる症例は少ない.今回筆者らは直腸癌のstageIVの患者で発症した転移性脈絡膜腫瘍に対して化学療法が有効であった症例を経験した.症例は74歳,男性,右眼の視力低下を訴え眼科紹介となった.初診時右眼眼底には10乳頭径に及ぶ黄白色隆起性病変を認め,矯正視力は0.06であった.原発巣の外科的治療の後,大腸癌に対する化学療法のmodifiedFOLFOX6を開始した.6クール終了時点で脈絡膜腫瘍の検眼鏡的な消失がみられ,画像所見でも消失を確認した.その後眼病変発症から約8カ月で死亡したが,生存中は脈絡膜腫瘍の再発を認めなかった.現段階では直腸原発の転移性脈絡膜腫瘍の報告例は少ないが,抗癌剤の進歩とともに症例の増加が見込まれ,眼科医の転移性脈絡膜腫瘍治療に伴う癌治療への機会が増すであろうと考えられた.Choroidalmetastasisoriginatesmainlyfrombreastandlungcancer,rarelyfromrectalorcoloncancer.Wereportacaseofmetastaticchoroidaltumorthatoriginatedfromadvancedrectalcancerandregressedwithchemotherapy.Thepatient,a74-year-oldmale,experiencedprogressivelossofvisioninhisrighteye,whichshowedawhiteandyellowchoroidalmassapproximately10discdiametersinlength.Visualacuityintheeyewas0.06.Afteranoriginalsurgery,systematicchemotherapy(modifiedFOLFOX6)wasinitiated.After6coursesofchemotherapy,fundusexaminationandCT(computedtomography)scanoftherighteyerevealedtumorregression.Thepatientdied8monthsafterthefirstophthalmologicexamination,andthetumordidnotrelapsewhilehewasalive.Metastaticchoroidaltumorfromrectalcancerisrarelyreportedatpresent,butwithadvancesinchemotherapytherewillbeincreasingopportunitiestotreatwiththisconditionwithsuitablecancermanagement.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)29(5):701.704,2012〕Keywords:脈絡膜転移,直腸癌,化学療法,腺癌.choroidalmetastasis,rectalcancer,chemotherapy,adenocarcinoma.はじめに以前は脈絡膜悪性腫瘍としては脈絡膜原発の悪性黒色腫が最も多く,転移性脈絡膜腫瘍は比較的まれな疾患とされてきた.しかし,近年の癌治療の進歩・多剤併用療法による抗癌剤治療により生命予後の改善がみられ,担癌患者は増加する傾向にあり,転移性脈絡膜腫瘍は脈絡膜腫瘍のなかで最も多いものとなってきている1,2).おもな原発巣としては肺癌および乳癌が70%以上を占めており,他臓器の癌や血液由来の癌の転移性脈絡膜腫瘍はまれとされている2,3).治療としては眼球への単発性の転移で,転移性脈絡膜腫瘍が小さければ光凝固,冷凍凝固,放射線療法などが転移巣に対して行われてきたが,原発巣に対する化学療法が転移巣に対しても有効であったという報告もある4,5).今回筆者らは直腸原発腺癌が脈絡膜転移したまれな1例を経験し,化学療法単独により原発巣のみならず脈絡膜転移巣の縮小・消失を認めた症例を経験したので報告する.〔別刷請求先〕三宅絵奈:〒532-0034大阪市淀川区野中北2-12-27大阪市立十三市民病院眼科Reprintrequests:EnaMiyake,DepartmentofOphthalmology,OsakaCityJusoHospital,2-12-27Nonakakita,Yodogawa-ku,Osaka532-0034,JAPAN0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(121)701 I症例患者:74歳,男性.主訴:右眼の視力低下.家族歴:特記すべき事項はない.既往歴:右眼20年前,左眼3年前に白内障手術を他院で施行されている.左眼は加齢黄斑変性のため白内障術後視力は不良であった.現病歴:1年前より下痢が持続していたが放置していた.最近血便がみられるようになったため,当院内科を受診し精査したところ,直腸癌および肝転移,肺転移を指摘された.原発巣の通過障害改善目的手術のため当院外科入院中に右眼の視力低下を自覚したので,2010年5月14日当科紹介受診となった.外科入院中の血液検査所見は白血球10,200/μl,ヘモグロビン9.3g/dl,血小板41.6万/μl,ナトリウム135mM/l,カリウム4.7mM/l,塩素101mM/l,CEA(癌胎児性抗原)4.1ng/ml,CA19.932.1U/mlであった.眼科初診時所見:視力は右眼0.02(0.06×sph.4.0D(cyl.1.5DAx70°),左眼0.03(0.07×sph.4.5D)で,眼圧は右眼14mmHg,左眼16mmHg,中心フリッカー値は右眼26Hz,左眼23Hzであった.両眼ともに前眼部の異常を認めなかった.検眼鏡的には左眼に前医より指摘されていた加齢黄斑変性によると考えられる黄斑部網膜下の線維性組織ならびに一部に網脈絡膜萎縮を認めた.右眼には視神経乳頭より上方に約10乳頭径大の網膜下黄白色隆起性病変がみられ,その下方に滲出性網膜.離を認めた(図1).初診時に撮影した眼窩部の単純コンピュータ断層撮影(CT)写真では右眼球内上方に約12mm径大の軟部腫瘤像がみられ,その下方に滲出性網膜.離によるものと考えられる三日月状の高吸収域を認めた(図2).Bモードエコー検査では高さ約10mmの隆起性病変とその下方に網膜.離を認めた(図3).図3初診時Bモードエコー写真図1初診時右眼眼底写真図2初診時眼窩部単純CT写真図4直腸原発巣の病理組織702あたらしい眼科Vol.29,No.5,2012(122) II経過臨床経過より直腸癌原発の転移性脈絡膜腫瘍と診断した.原発巣の通過障害に対して5月17日に開腹高位前方切除術を施行し,その切除標本の病理組織より高分化型腺癌と診断された(図4).そしてその2週間後より大腸癌に対する化学療法のmodifiedFOLFOX6(mFOLFOX6)を開始し,6クール施行後全身状態が落ち着いたため9月1日眼科再診となった.再診時の視力は右眼光覚弁,左眼0.09(矯正不能),眼圧は右眼14mmHg,左眼19mmHg,中心フリッカー値は右図56クール投与後の右眼眼底写真前後眼測定不能,左眼30Hzであった.右眼眼底は,以前認めた脈絡膜腫瘍と考えられた隆起性病変は消失していたが,広範な網脈絡膜変性を認めた(図5).化学療法8クール終了時点での10月6日に撮影した眼窩部CTでは右眼の腫瘍がほぼ消失していた(図6).同時期に行った全身のCT検査にても肝臓および肺転移巣の縮小や消失が認められた(図7).Bモードエコーでは網膜.離は残存するものの腫瘍はほぼ消失していた(図8).この時点では眼痛などの自覚症状は消失し,矯正視力は右眼0.02,左眼0.1,眼圧は右眼11mmHg,左眼15mmHgであった.この後化学療法による骨髄抑制のため全身状態の悪化をきたし化学療法を中断した.しかし,骨髄抑制による悪液質ならびに肺転移巣の再燃・増悪による呼吸不全のため眼科初診の約8カ月後の2011年1月7日に永眠した.図68クール投与後の眼窩部単純CT写真図78クール投与後の肝臓および肺転移巣のCT図88クール投与後のBモードエコー写真(123)あたらしい眼科Vol.29,No.5,2012703 III考按癌治療の進歩とともに生命予後が延長して担癌患者が増加してきており,われわれ眼科医が臨床の場で転移性脈絡膜腫瘍を発見する機会が増えてきている.転移性脈絡膜腫瘍の原発巣は肺と乳房が多くを占めており,直腸や結腸などの消化管からの転移は比較的まれとされる1.3).Shieldsらは520眼,950個の転移性脈絡膜腫瘍を報告し,これらを全身検索した結果,原発巣の内訳は乳癌47%,肺癌21%,消化管癌4%であったとしている1).わが国では箕田らが117例を検討し肺癌38.5%,乳癌36.8%,直腸癌2%と報告している2,3).直腸癌や結腸癌からの脈絡膜転移はまれとされており,わが国で眼科文献として報告されたものを1980年より検索しても5例4.8)がみられるのみである.このうち転移巣の発見を契機に原発巣を指摘された症例は2例ある.生命予後は悪く1例を除いて眼病変発症から平均約半年で死亡している.他の腫瘍が原発である場合の生存期間は,肺癌の場合は本症出現から約半年,乳癌では約10カ月と報告されている2).一般的に転移性脈絡膜腫瘍の治療に関しては原発巣の治療に加えて眼球への放射線療法や光凝固・冷凍凝固が選択されることが多い.脈絡膜への転移巣の大きさが4乳頭径より小さければ光凝固や冷凍凝固が選択され,それ以上の大きさもしくはすでに漿液性網膜.離を伴っている場合や腫瘍が乳頭黄斑部にかかっている場合に放射線療法が選択される9).光凝固は効果の発現が比較的早く侵襲は少ないが,腫瘍細胞の播種をきたす危険性があり,放射線療法は原発巣が肺癌や乳癌の場合には感受性が高いとされているものの総量を照射するのに時間がかかり,照射中や照射後に角膜症や網膜症などの副作用も起こしうる9).最近では硝子体内へのベバシズマブ注射11)や光線力学療法10)などの報告もみられるがいまだ少数である.いずれにしても眼球局所への単独療法は,多臓器への転移ではなく,眼球への転移のみの場合に選択されることが多い.直腸癌からの脈絡膜転移における眼科的な治療に関しては2例では眼球摘出術を施行している.田野ら4)の症例では,眼病変発見時に原発巣である直腸以外に異常を認めなかったため,また遠藤ら5)の症例では,腫瘍の急速増大による眼痛および顔面圧迫感が出現したため,眼球摘出を選択したとしている.中村ら6)および藤原ら7)の症例では,化学療法および放射線療法を併用し前者で縮小が得られた.この縮小の得られた中村らの症例では全身の化学療法中に脈絡膜転移を発症したので放射線療法を併用したとしている.そのため化学療法は続行しながら眼球には放射線療法を開始し隆起性病変の縮小を得て,眼病変発症から1年以上の生存が確認された.2010年に報告された指山ら8)の症例では,筆者らと同じ化学療法(FOLFOX4)の投与だけで縮小効果が得られている.視力の回復までは得られなかったものの化学療法の進歩により化学療法単独で効果が期待できるようになってきているものと考える.本症例で用いたmFOLFOX6は大腸癌治療ガイドライン2009年版において標準的治療の一つとして推奨され,奏効率は高く完全および部分寛解併せて72%と報告されている12).今後の結腸・直腸癌の脈絡膜転移に関しては化学療法単独で効果が得られる可能性が考えられた.直腸や結腸癌は下部消化管癌であるため全身検索の際に頭頸部領域の画像診断を行う機会が少ないことや,眼症状出現時にはすでに全身状態が悪く十分な検査や診察が行えないことが今までまれとされてきた要因と推測される.進行癌患者の余命延長には抗癌剤の進歩が重要であり,今後も抗癌剤の改良によってわれわれ眼科医が悪性腫瘍脈絡膜転移を発見する機会が増加することが考えられた.脈絡膜転移巣は眼底観察により簡便に治療効果の判定が行いうるため,主科と協力しながら癌治療の効果判定に寄与しうるものと考えた.文献1)ShieldsCL,ShieldsJA,GrossNEetal:Surveyof520eyeswithuvealmetastases.Ophthalmology104:12651276,19972)箕田健生,小松真理,張明哲ほか:癌のブドウ膜転移.癌の臨床27:1021-1032,19813)箕田健生,小松真理:脈絡膜転移癌の病態と治療.眼科MOOK,No19,眼の腫瘍性疾患,p159-169,金原出版,19834)田野茂樹,林英之,百枝栄:直腸癌からの転移と思われる脈絡膜腫瘍の1例.眼紀40:1284-1288,19895)遠藤弘子,田近智之,竹林宏ほか:直腸癌を原発とする転移性脈絡膜腫瘍の1例.眼臨91:1141,19976)中村肇,原田明生,榊原巧ほか:上行結腸癌原発の転移性脈絡膜腫瘍の1例.日臨外会誌63:1031-1035,20027)藤原貴光,町田繁樹,村井憲一ほか:直腸癌原発の転移性脈絡膜腫瘍の1例.眼科46:1099-1103,20048)指山浩志,阿部恭久,笹川真一ほか:脈絡膜転移を初症状として再発を来した直腸癌の1例.日消外会誌43:746751,20109)矢部比呂夫:転移性脈絡膜腫瘍.眼科42:153-158,200010)HarbourJW:Photodynamictherapyforchoroidalmetastasisfromcarcinoidtumor.AmJOphthalmol137:1143-1145,200411)稲垣絵海,篠田肇,内田敦郎ほか:滲出性網膜.離に対してベバシズマブ硝子体内投与が奏効した転移性脈絡膜腫瘍の1例.あたらしい眼科28:587-592,201112)CheesemanSL,JoelSP,ChesterJDetal:A‘modifieddeGramont’regimenoffluorouracil,aloneandwithoxaliplatin,foradvancedcolorectalcancer.BrJCancer87:393-399,2002704あたらしい眼科Vol.29,No.5,2012(124)