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自然寛解と考えられた早発型発達緑内障の3 例

2011年6月30日 木曜日

0910-1810/11/\100/頁/JCOPY(113)865《第21回日本緑内障学会原著》あたらしい眼科28(6):865.867,2011cはじめに発達緑内障は隅角形成異常に起因する緑内障と定義されるが,なかでも早発型発達緑内障の場合,生後3年以内の高眼圧の存在を示す角膜径拡大およびDescemet膜のHaab’sstriaeが本疾患の診断のための非常に重要な角膜所見である.診断に至れば,その治療にはトラベクロトミーなどの早期手術が必要となる1).一方,早発型発達緑内障のなかには,隅角の発達に伴い無治療でも眼圧が正常化する自然寛解例がまれながら存在することが,海外で報告されている2,3).今回,筆者らも永田眼科(以下,当院)を受診した早発型発達緑内障患者のなかで,自然寛解と考えられた3例6眼を経験したので,若干の考察を加えて報告する.I症例〔症例1〕当院初診時8歳,男児.現病歴:乳児期,患児の黒目が大きいこと(図1)に両親は気がついていたが,眼科受診歴はなかった.2007年(6歳),就学時健診で視力低下を指摘されて初めて近医眼科を受診し,偶然,角膜径拡大を発見された.以後,複数の眼科で精査を受けるも加療歴はなく,2009年12月,転居に伴い当院を紹介受診した.既往歴:特になし.家族歴:特になし.〔別刷請求先〕福本敦子:〒631-0844奈良市宝来町北山田1147永田眼科Reprintrequests:AtsukoFukumoto,M.D.,NagataEyeClinic,1147Kitayamada,Hourai-cyo,Naracity,Nara631-0844,JAPAN自然寛解と考えられた早発型発達緑内障の3例福本敦子松村美代黒田真一郎永田誠永田眼科ThreeCasesofSpontaneouslyResolvedPrimaryCongenitalGlaucomaAtsukoFukumoto,MiyoMatsumura,ShinichiroKurodaandMakotoNagataNagataEyeClinic早発型発達緑内障に特徴的な虹彩高位付着,角膜径拡大およびHaab’sstriaeを認めるにもかかわらず,無治療で眼圧が正常(21mmHg以下)である早発型発達緑内障3例6眼を経験した.発見時年齢および性別は,6歳男児,3歳女児,0歳6カ月女児.発見からの観察期間は,3年,5年,5年であった(症例1,症例2,症例3).症例1,症例2は偶然に角膜径拡大を発見された.症例3は,母親が同疾患という家族歴のため生後2カ月から他院で経過観察され,生後6カ月で角膜径拡大を認めたため当院を受診したが,眼圧は正常であった.しかし,このような自然寛解のメカニズムは不明であり,今後も永続的な経過観察が必要であると考えられる.Wereport3casesofspontaneouslyresolvedprimarycongenitalglaucoma.Highirisinsertion,enlargedcorneaandHaab’sstriaewerepresentin6eyesofthe3patients,butintraocularpressures(IOP)werenormal(≦21mmHg)withnosurgicalormedicaltreatment.Astoageandsex,thesepatientscompriseda6-year-oldmale,a3-year-oldfemale,anda6-month-oldfemale(patients1,2,and3,respectively).Thefollow-upintervalswere3years,5years,and5years.Patients1and2happenedtohaveenlargedcorneas;patient3hadbeenseenatanotherinstitutionattwomonthsofage,becausehermotherhadafamilyhistoryofcongenitalglaucoma.Fourmonthslater,thepatientwasfoundtohavebilateralcornealenlargementandwasexaminedatourclinic,butherIOPwasnormal.Thereis,however,aneedforlifelongobservation,sincethemechanismofsuchaspectsasspontaneousresolutionisunknown.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)28(6):865.867,2011〕Keywords:早発型発達緑内障,虹彩高位付着,角膜径拡大,Haab’sstriae,自然寛解.primarycongenitalglaucoma,highirisinsertion,enlargedcornea,Haab’sstriae,spontaneousresolution.866あたらしい眼科Vol.28,No.6,2011(114)初診時所見:視力は,右眼0.3(0.8×+4.5D(cyl.4.5DAx70°),左眼0.4(0.8×.1.5D(cyl.3.0DAx80°),眼圧は,右眼13mmHg,左眼14mmHg(Goldmann眼圧計)であった.細隙灯顕微鏡検査上,虹彩は特に異常を認めなかったが,隅角には虹彩高位付着があり,角膜径は右眼14.0mm,左眼12.0mm,瞳孔領を横切る複数の明瞭なHaab’sstriaeを両眼に認めた.視神経陥凹乳頭(C/D)比は両眼0.8であったが,乳頭辺縁は均一に保たれており,動的視野検査は正常であった.経過:無治療で眼圧上昇やC/D比の進行はなく,発見から3年経過した2010年7月(9歳),眼圧は右眼15mmHg,左眼14mmHg,静的視野検査も正常である.〔症例2〕3歳,女児.現病歴:乳児期から患児の黒目が大きいこと(図2)に両親は気付いていたが,眼科受診歴はなかった.3歳児検診で初めて角膜径拡大を指摘され,2005年1月(3歳6カ月),A大学病院を受診し,同年2月,当院を紹介受診した.既往歴:特になし.家族歴:祖母が緑内障(病型不明).初診時所見:視力は,右眼1.0(1.0×+0.5D),左眼1.0(1.0×+1.0D),眼圧は,右眼10mmHg,左眼8mmHg(入眠下Perkins眼圧計)であった.細隙灯顕微鏡検査上,虹彩は特に異常を認めなかったが,隅角には軽度の虹彩高位付着があり,角膜径は右眼12.0mm,左眼12.5mm,軽度のHaab’sstriaeを両眼に認めた.C/D比は両眼0.6で,乳頭辺縁は均一に保たれていた.経過:無治療で眼圧上昇やC/D比の進行はなく,発見から5年7カ月経過した2010年8月(8歳)の眼圧は,右眼14mmHg,左眼13mmHg(Goldmann眼圧計)であった.〔症例3〕0歳6カ月,女児.現病歴:母親が早発型発達緑内障であったため,同疾患の精査目的に2004年10月(生後2カ月),B大学病院眼科を受診した.このとき角膜径は両10.5mmであった.2カ月後の再診時(生後4カ月),角膜径が両12.5mmと拡大を認めるも,入眠下では明らかな眼圧上昇は確認されなかった.2005年1月(生後6カ月),全身麻酔下精査が実施され,眼圧は右眼22mmHg,左眼21mmHg(トノペン),角膜径は両眼13.0mmであったため,当院を紹介受診した.既往歴:難聴(原因不明).家族歴:母親が早発型発達緑内障.初診時所見:眼圧は,右眼15mmHg,左眼13mmHg(入眠下Perkins眼圧計)であり,細隙灯顕微鏡検査上,虹彩は特に異常を認めなかったが,隅角には虹彩高位付着があり,角膜径は両眼13.0mmあった.角膜には明らかなHaab’sstriaeはなく,C/D比は右眼0.6,左眼0.3であった.経過:眼圧とC/D比の変化に注意しながら無治療で経過観察を行ったところ,両眼とも変動を伴いながら20mmHg以下の眼圧を推移し,2歳頃には15mmHg程度に落ち着いた(図3).1歳9カ月の再診時以降,右眼には明瞭な,左眼にもわずかなHaab’sstriaeを認め,右眼C/D比は軽度拡大(0.7)していたが,その後は眼圧上昇や角膜径の拡大,C/D比の進行はなく,5歳になる現在も無治療で経過観察中である.II考按早発型発達緑内障は,平均的な眼科医が5年に1例程度遭遇するにすぎないまれな疾患である1).初発症状である流涙,羞明,眼瞼けいれんという古典的三兆候は,眼科医にとって知識のうえでは常識の範疇にあるが,これらの所見は疾患の稀少性ゆえ,初診で先天鼻涙管閉塞などの他疾患と誤診されることもある.疾患の定義である隅角形成異常を調べるには入眠などの措置が必要な年齢でもあり,実際は,角膜径拡大やHaab’sstriaeといった角膜所見から本疾患を疑って精査図1症例1の顔写真(生後5カ月)図2症例2の顔写真(生後11カ月)25201510506M7M8M10M14M17M21M24M27M54M:右眼:左眼眼圧(mmHg)月齢図3症例3の眼圧経過(115)あたらしい眼科Vol.28,No.6,2011867をすすめ,早期に診断をすることが肝要である.診断に至れば早期手術が原則であり,術式はトラベクロトミーが有効であることが長期成績においても報告されている4,5).当院においても本疾患には早期のトラベクロトミーを第一選択として施行する方針である.一方,早発型発達緑内障には,無治療で自然寛解の経過を辿る症例がまれながら存在する.海外においては,1989年にLockieら2)が早発型発達緑内障61例中4例5眼に,2009年にはNagaoら3)が早発型発達緑内障365例中9例14眼にspontaneousresolutionと考えられる所見があったと報告している.わが国においては,1995年に清水ら6)の『無治療で経過した原発先天緑内障の1例』と題した報告があるが,この症例は,8歳時に早発型発達緑内障を偶然発見されたため,それまでは結果的には無治療であったが,初診時は両眼25mmHg程度の高眼圧が存在しており,以後は緑内障点眼で眼圧をコントロールし続けている経緯から,海外文献および筆者らの考える自然寛解例,すなわち無治療で眼圧が正常化したことを確認できた症例には該当していなかった.本症例を自然寛解例と診断するにあたっては,過去の報告に明確な定義がなかったため,当院では,1)隅角形成異常(虹彩高位付着)があること,2)角膜径拡大およびHaab’sstriaeがあること,3)観察期間中,緑内障加療を行わずに眼圧が21mmHg以下であること,の3項目すべてを満たす症例を自然寛解例とした.過去の報告には,角膜所見にHaab’sstriaeのない角膜径拡大の症例も含まれているが,角膜径拡大のみでは,隅角形成異常を伴うmegalocorneaの症例であることも否定できず,少なくともレトロスペクティブな検討においては,生後3年までに高眼圧があった証拠となりうるHaab’sstriaeの存在は必須条件であると筆者らは考えた.本症例のような自然寛解の経過を辿るメカニズムは不明であるが,隅角は生後約1年かけて発達する7)といわれる点からつぎのように推測できる.すなわち,1)最初に隅角形成異常に端を発する眼圧上昇期があり,2)続いて眼球壁の伸展による代償機構が働く眼圧変動期となり,3)最後に隅角の発達が完了することで眼圧安定期に至るという3つの過程があり,そのなかで,まれに正常眼圧に落ち着く自然寛解例が存在するのではないかと考えられる.早発型発達緑内障を疑いながらも無治療で経過観察するという判断には熟練を要し,眼圧の変動過程を実際に確認する機会はきわめて稀有であると思われるが,症例3は,変動を伴いながらも眼圧が落ち着く過程を実際に確認できた唯一の症例である.この眼圧変動過程は,自然寛解例にしばしば視野異常をきたさない程度の視神経乳頭陥凹拡大を認めることからも裏付けられる.眼圧が上昇した早発型発達緑内障に対して早期手術加療が行われると,この時期の視神経乳頭陥凹は可逆性がある7)ため,しばしば改善するが,自然寛解例の場合,眼圧は変動を伴いながら緩徐に落ち着いていくため,場合によっては陥凹拡大が残ることが症例3の経験からも推測しうる.しかし,この推測が正しければ,症例3は結果として経過中に眼圧が一定期間は上昇していた可能性が十分に考えられるため,経過観察の間隔をもう少し短くし,一時期でも緑内障点眼で眼圧コントロールをしておくべきだったかもしれない.自然寛解例は,症例数があまりに少なく,長期予後は不明で,自然「治癒」とは断定できない.清水ら6)の1症例や,Lockieら2)が例外として報告した2症例にあるように,未発見のまま偶然無治療で経過していたり,自然寛解と考えて経過観察を行っていた症例が後に高眼圧となり薬物治療や手術加療を要する可能性もあり,筆者らもそのような別の1症例を経験した.このことから,たとえ自然寛解と判断しうる症例に遭遇しても,生涯にわたる眼科診察は必須と考える.早発型発達緑内障は,診断に至れば早期手術が原則である.しかし,自然寛解例の発見が増えれば,少なくとも発見時の眼圧上昇が軽度の症例に対しては,すぐに手術を選択せず,診察頻度をあげて無治療あるいは緑内障点眼下で経過を追うという選択肢もでてくるかもしれない.文献1)永田誠:発達緑内障臨床の問題点.あたらしい眼科23:505-508,20062)LockieP,ElderJ:Spontaneousresolutionofprimarycongenitalglaucoma.AustNZJOphthalmol17:75-77,19893)NagaoK,NoelLP,NoelMEetal:Thespontaneousresolutionofprimarycongenitalglaucoma.JPediatrOphthalmolStrabismus46:139-143,20094)AkimotoM,TaniharaH,NegiAetal:Surgicalresultsoftrabeculotomyabexternofordevelopmentalglaucoma.ArchOphthalmol112:1540-1544,19945)IkedaH,IshigookaH,MutoTetal:Longtermoutcomeoftrabeculotomyforthetreatmentofdevelopmentalglaucoma.ArchOphthalmol122:1122-1128,20046)清水美穂,勝島晴美,丸山幾代ほか:無治療で経過した原発先天緑内障の1例.あたらしい眼科12:1931-1933,19957)StamperRL,LiebermanMF,DrekeMV:Developmentalandchildhoodglaucoma.Becker-Shaffer’sDiagnosisandTherapyofGlaucomas,8thed,p294-311,Mosby,StLouis,2009***