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トラベクレクトミー術後に上脈絡膜出血を発症するも視機能を保持しえた血小板減少症例

2009年6月30日 火曜日

———————————————————————-Page1(105)8290910-1810/09/\100/頁/JCLS19回日本緑内障学会原著》あたらしい眼科26(6):829832,2009cはじめにトラベクレクトミー(以下,レクトミーと略す)をはじめとする濾過手術の重篤な合併症として術後の上脈絡膜出血(以下,SCHと略す)があり,その頻度は26.2%といわれる13).発症の危険因子として,高齢,無水晶体,強度近視,無硝子体,術前の高眼圧,抗凝固療法,全身麻酔(手術終了時のbuckingや術後の咳,嘔吐が関連),術後の代謝拮抗剤結膜注射,低眼圧,浅前房,脈絡膜離,嘔吐,咳,いきみ〔別刷請求先〕森秀夫:〒534-0021大阪市都島区都島本通2-13-22大阪市立総合医療センター眼科Reprintrequests:HideoMori,M.D.,DepartmentofOphthalmology,OsakaCityGeneralHospital,2-13-22Miyakojima-Hondori,Miyakojima-ku,OsakaCity,Osaka534-0021,JAPANトラベクレクトミー術後に上脈絡膜出血を発症するも視機能を保持しえた血小板減少症例森秀夫山口真大阪市立総合医療センター眼科APatientwithThrombocytopeniawhoSuferedSuprachoroidalHemorrhageafterTrabeculectomy,withMaintenanceofGoodVisionResultingHideoMoriandMakotoYamaguchiDepartmentofOphthalmology,OsakaCityGeneralHospitalC型肝硬変による血小板減少症のある74歳,女性に,トラベクレクトミー(TLC)を施行したところ,術後上脈絡膜出血(SCH)が発症したが,最終的に良好な視力を得た.症例は両眼開放隅角緑内障があり,右眼は強度近視性黄斑円孔にて視力不良であった.2002年11月左眼黄斑前膜に白内障硝子体同時手術施行後に眼圧上昇し,TLCを施行した.2004年3月24日にTLCの再手術後,低眼圧・脈絡膜離を認め,術後9日目に眼痛・嘔気・嘔吐を訴え,眼圧は70mmHgに上昇し,浅前房と著明なSCHを認めた.即日経強膜的血腫除去を行うも術中再出血し,その7日目と10日目に再度経強膜的血腫除去と房水流出路再建を併施した.その後眼圧は正常化し,残存脈絡膜離は術後2年でほぼ消失した.術後4年間視力0.5を維持している.本症例では高齢・無硝子体眼・術後低眼圧などに加え,血小板減少もSCHの危険因子と考えられた.またSCHは再手術時にも初発しうるので注意を要する.A74-year-oldfemalewiththrombocytopeniafromhepatitisCcirrhosissueredsuprachoroidalhemorrhage(SCH)aftertrabeculectomy(TLE),withmaintenanceofgoodvisionresulting.Shehadopen-angleglaucomainbotheyes.Visualacuityinthelefteyewaspoorbecauseofseveremyopicmacularhole.Sheunderwentbothcata-ractextractionandvitrectomyforpremacularmembraneintherighteyeinNovember2002,followedbyTLEfortheintraocularpressure(IOP)rise.AsecondTLEwasperformedonMarch24,2004,resultinginhypotonyandchoroidaldetachment.Ontheninthpostoperativedayshesueredocularpain,nauseaandvomiting,herIOPbeingashighas70mmHg.Theanteriorchamberwasshallow,withmarkedSCH.Althoughtransscleraldrainageofthehematomawasperformedonthesameday,hemorrhagerecurred.Transscleraldrainageandaqueousoutowpathwayreconstructionwereperformedagain7daysand10dayslater,respectively.Subsequently,theIOPnor-malized.Thechoroidaldetachmentdisappearedintwoyears.Hervisualacuitywas0.5overfouryearspostopera-tively.InadditiontoseveralriskfactorsforSCH,suchasadvancedage,vitrectomyandpostoperativehypotony,thrombocytopeniawasalsoconsideredariskfactorinthiscase.ItshouldbenotedthatSCHcanoccurafterasec-ondorthirdoperation.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)26(6):829832,2009〕Keywords:トラベクレクトミー,上脈絡膜出血,経強膜的血腫除去術,血小板減少症,肝硬変.trabeculectomy,suprachoroidalhemorrhage,transscleraldrainage,thorombocytopenia,livercirrhosis.———————————————————————-Page2830あたらしい眼科Vol.26,No.6,2009(106)などがあげられている14).今回C型肝硬変(後に肝癌発症)による血小板減少症例にレクトミー術後9日目にSCHが発症した.患眼は事実上の唯一眼であったが,3回にわたる経強膜的血腫除去術を施行し,有用な視力を保持できたので報告する.I症例患者:74歳,女性の左眼.既往歴:大阪市立総合医療センター眼科初診は2002年10月で,当時左眼の黄斑前膜にて近医より紹介された.矯正視力は0.2であった.全身的にはC型肝硬変に罹患しており,血小板数は45万/μlで,4万を下回れば血小板輸血を施行されていた.右眼は強度近視性網脈絡膜萎縮,それに引き続く黄斑円孔網膜離にて矯正視力は0.020.04と不良であったため,左眼が事実上の唯一眼であった.また,両眼の原発開放隅角緑内障をbブロッカー点眼(ベントスR)にて加療され,眼圧は20mmHg以下にコントロールされていた.左眼視神経乳頭の陥凹/乳頭比は0.8であった.2002年11月13日左眼の黄斑前膜に対して超音波白内障手術,眼内レンズ(IOL)挿入術,硝子体手術(トリアムシノロン不使用)を施行したが,術後3550mmHg(Goldmann眼圧計にて測定.以下も同様)の眼圧上昇が持続し,内科的治療や数回の前房穿刺にても眼圧がコントロールできなかったため,1週後の11月20日,耳上側に輪部基底結膜切開にてレクトミーを施行した.マイトマイシンCRは使用しなかった.術後も高眼圧が持続し,降圧点眼,眼球マッサージ,lasersuturelysis,needlingなどを施行し,1カ月後ようやく眼圧コントロールを得た.点眼はキサラタンR,0.5%チモプトールR,トルソプトRの3剤であった.矯正視力は0.4に改善した.術後4カ月の2003年3月に濾過胞は消失したが,点眼治療により眼圧は20mmHg以下にコントロールされていた.現症:初回レクトミー術後1年4カ月の2004年3月になると,上記の点眼にダイアモックスR1錠内服を加えても眼圧コントロール不良(37mmHg)となったため,レクトミーの再手術が必要となった.2004年3月24日に鼻上側に輪部基底結膜切開にてマイトマイシンCR併用(0.04%,3分塗布)レクトミーを施行した.前回のレクトミー術後に高眼圧が持続したことから,強膜弁はやや緩めに縫合した.すると術後3mmHg以下の低眼圧となり,軽度の前房硝子体出血と軽度の脈絡膜離を認めた.前房は正常の深さに形成されていた.術後5日目までは圧迫眼帯としたが,この間脈絡膜離は増強傾向を示した.低眼圧は術後8日目まで続いたが,術後9日目の4月2日朝から,突然眼痛,嘔気,嘔吐を訴え,眼圧は70mmHgに上昇した.視力は眼前手動弁であった.角膜は浮腫状で浅前房化を認め,眼底透見性は不良ながら脈絡膜離の増悪(kiss-ingに迫る)を認め,SCHの発症を疑った.後方からの圧排による毛様体前方偏位を疑い,前眼部超音波検査を試みたが,眼痛などが障害となり,よい画像が得られなかった.SCHの治療と経過:眼圧が70mmHgと非常な高値であり,高浸透圧利尿剤と炭酸脱水酵素阻害薬の点滴にても低下せず,眼痛も持続したため,即日経強膜的血腫除去術を行った.手技として3時方向で輪部より5mm後方の強膜を放射状に2mm切開し,眼球を軽く圧迫すると,最初黄色の漿液が,続いて茶褐色の血液が排出された(図1).さらにゆっくり時間をかけて多量の血液を排出した.眼圧下降を得られたので強膜創を縫合閉鎖したところ,再び急激な眼球の緊張を認めた.再出血を疑い,そのまま数分間,止血を期待して待った.その後縫合糸をはずして創を開放し,今度は圧迫を加えずに創から自然に血液を流出させた.ある程度血液が流出し,若干の眼圧下降が得られた段階で,再度の出血を恐れて創を閉鎖した.しかし術後も4050mmHgの高眼圧と角膜浮腫が持続し,降圧剤の点眼,高浸透圧利尿剤と炭酸脱水酵素阻害薬の点滴などを続けたが眼圧は下降せず,眼痛も続いたため,1週後の4月9日,再度前回の強膜創より血腫除去を行った.この再手術時には,血腫の排出後,レクトミーの強膜弁を開放し,スパーテルを前房に挿入して房水の流出を確認して手術を終了した.ところがこの術後も4050mmHgの高眼圧と浅前房が持続したため,その3日後の4月12日,再度同部より経強膜的血腫除去を施行した.このときもレクトミーの強膜弁を開放し,さらに虹彩切除孔を何らかの組織が閉鎖している可能性を疑い,切除孔を鑷子で探り,把持できた組織を切除すると,水晶体前と思われる膜状組織であった.これは毛様体が水晶体(IOLは内固定)を前方へ圧迫し,前が虹彩切除孔を閉塞していたと思われる.図1上脈絡膜血腫除去の術中写真3時の強膜創から黒褐色の血液が流出(矢印).———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.26,No.6,2009831(107)上述の3回の血腫除去術の経過中の視力は指数弁であった.最後の手術後前房は深くなり,眼圧は正常化した.術後10日間は硝子体出血のため眼底透見性が不良であったが,その後徐々に眼底の透見性は向上し,著明であった脈絡膜離は後極側より徐々に減少した.視力は術後4週目に0.3を得た.脈絡膜出血は鼻側に長く残存した(図2,3)が,術後2年でほぼ消失した(図4).術後4年の現在その部は褐色の色調を呈し,若干の皺襞を残している.現在まで,視力は0.40.5を維持しており,レクトミーの扁平なブレブは保たれ,眼圧は点眼併用にてコントロールされている.術後2年半の時点でのGoldmann視野では,もともとの緑内障による鼻側階段を認めるが,遷延した脈絡膜出血は視野に異常は残していない(図5).II考按緑内障術後のSCHと,すべての内眼手術中に起こりうる駆逐性出血とは,重篤さは異なるものの同様の発症機序が想定されている.すなわち典型的には,低眼圧,脈絡膜静脈のうっ滞と漿液滲出,脈絡膜離,毛様動脈の伸展破綻の諸段階を経て生じるとされ5),この説は摘出人眼6)やウサギを使った実験7)での組織学的検討によって支持されている.本例はレクトミー術後のSCHの危険因子とされる高齢,無硝子体眼,術前の高眼圧,術後の低眼圧など14)を併せ持つものであったが,肝硬変による血小板減少と易出血性もSCHの危険因子と考えられた.特に,初回の経強膜的血腫除去術の術中,貯留血液が排出され,一旦眼圧下降を得られた直後,急激な再出血をきたしたことは,易出血性の影響を疑わせる.一般に肝硬変では血小板が10万/μl以下となり,図3血腫除去2カ月後の眼底写真脈絡膜離はやや軽減.図2血腫除去1カ月後の眼底写真乳頭鼻側に脈絡膜離著明.図4血腫除去2年半後の眼底写真脈絡膜離消失.脈絡膜離の部に網膜色素沈着・皺襞あり.図5血腫除去術後2年半の視野緑内障による鼻上側視野の欠損はあるが,遷延した脈絡膜離に相当する耳側視野は正常である.———————————————————————-Page4832あたらしい眼科Vol.26,No.6,2009(108)4万/μlを下回ると血小板輸血が必要で,この症例もときどき施行されていた.血液凝固系異常がSCHの危険因子となりうることは,抗凝固療法がSCHの危険因子であるとする報告3)によっても支持される.SCHの治療として,経強膜的血腫除去と自然吸収を待つ方法とがある.発症時の眼圧に着目すると,今回の症例のようにSCH発症時に非常な高眼圧をきたしている場合,一般に血腫除去が行われる4,5,8).これはもともと緑内障で障害されている視神経を保護するうえで合理的である.Frenkelら4)はレクトミー術前視力0.05であった症例が,SCH発症により眼圧が55mmHgまで上昇し,一旦光覚を喪失したが,即日血腫除去とレクトミーの流出路再建を併施し,最終視力0.07を得た症例を報告している.今回の症例ではSCH発症時眼圧は70mmHgまで上昇し,視力は指数弁に低下したが,即日血腫除去を施行し,最終視力は術前の0.45を回復できた.一方,SCHの発症時に眼圧が上がらなかった症例や,一時的に上昇しても,自然にまたは内科的治療によって眼圧下降が得られた症例については,血腫除去か自然吸収待ちかの選択は報告者によってさまざまである.SCHの程度が軽ければ自然吸収待ちが多いようである5)が,重症例の場合,早期に血腫除去を行うか9),数日経過をみてもSCHが軽快してこなければ血腫除去に踏み切る場合が多い2,5,10).しかし,kissingに至った重篤な症例でも,自然吸収が得られたとの報告もある11).血腫を手術的に除去した例にも,自然吸収を待った例にも,良好な視力が保たれたとする報告が散見される4,8,11)ものの,一般的にSCHの予後は悪く,失明光覚弁も珍しくない810).これは網膜離や増殖硝子体網膜症の合併があることも一因である811).多数例を検討した報告3)では,SCH前と後での平均logMAR視力はそれぞれ0.72と1.36(小数視力ではそれぞれおよそ0.2と0.04に相当)であったとしている.本症例のSCHは,唯一眼に発症し,非常な高眼圧を伴いkissingに迫る重症例であった.これに対する治療として,発症直後より経強膜的血腫除去術と流出路再建術を眼圧正常化が得られるまでくり返し施行した結果,有用な視力ならびに視野さえ保持できた.SCHが遷延した鼻側眼底が後に褐色の色調を呈したが,これは網膜色素上皮レベルの色素沈着と思われる.しかし,視野としてはこの部分も障害を認めなかった.文献的にもSCHの吸収後に網膜色素上皮の変化が起きたとの報告があるが,脱色素なのか色素沈着なのかは記載がない5).今回の症例では,初回レクトミー手術後はSCHが起こらず,再手術の術後発症した.再手術後には低眼圧となったが,低眼圧はSCHの必須条件ではない4,8,10).文献的にも3回目のレクトミーの後に発症した症例が報告されており5),初回であるか再手術であるかを問わず,濾過手術術後はSCH発症の可能性がある.高眼圧を伴うSCHの発症をみた場合は早急に血腫除去術を施行すべきで,血腫除去術のみで眼圧下降が得られない場合は,流出路再建術も併施して眼圧下降を図るべきと思われる.文献1)RudermanJM,HarbinTSJr,CampbelDG:Postoperativesuprachoroidalhemorrhagefollowinglterationproce-dures.ArchOphthalmol104:201-205,19862)TheFluorouracilFilteringSurgeryStudyGroup:Riskfactorsforsuprachoroidalhemorrhageafterlteringsur-gery.AmJOphthalmol113:501-507,19923)TuliSS,WuDunnD,CiullaTAetal:Delayedsuprachor-oidalhemorrhageafterglaucomaltrationprocedures.Ophthalmology108:1808-1811,20014)FrenkelRE,ShinDH:Preventionandmanagementofdelayedsuprachoroidalhemorrhageafterltrationsur-gery.ArchOphthalmol104:1459-1463,19865)GresselMG,ParrishRK,HeuerDK:Delayednonexpul-sivesuprachoroidalhemorrhage.ArchOphthalmol102:1757-1760,19846)WolterJR,GarnkelRA:Ciliochoroidaleusionaspre-cursorofsuprachoroidalhemorrhage:Apathologicstudy.OphthalmicSurg19:344-349,19887)BeyerCF,PeymanGA,HillJM:Expulsivechoroidalhemorrhageinrabbits.Ahistopathologicstudy.ArchOphthalmol107:1648-1653,19998)GivensK,ShieldsB:Suprachoroidalhemorrhageafterglaucomalteringsurgery.AmJOphthalmol103:689-694,19879)小島麻由,木村英也,野崎実穂ほか:緑内障手術により上脈絡膜出血をきたした2例.臨眼56:839-842,200210)木内良明,中江一人,堀裕一ほか:線維柱帯切除術の1週後に上脈絡膜出血を起こした1例.臨眼53:1031-1034,199911)ChuTG,CanoMR,GreenRLetal:Massivesuprachoroi-dalhemorrhagewithcentralretinalapposition.ArchOph-thalmol109:1575-1581,1991***