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立体視を応用した視野検査の試み

2009年6月30日 火曜日

———————————————————————-Page1(129)8530910-1810/09/\100/頁/JCLSあたらしい眼科26(6):853856,2009cはじめに現在までに視野異常検出のためにさまざまな視野検査機器が開発され臨床応用されているが,大半は片眼ずつの測定である.しかし,検査時間が長いうえに検査中常に一点の固視灯を注視していなければならず,視野検査は被検者に大きな負担を強いる検査となっており,その検査時間の長さゆえ検査の信頼度の低下なども問題となる.一方,日常診療において,下方視野に異常のある患者では,階段の特に下りにおいて立体感が得られにくく怖いという訴えや,机の上に置いてある文房具の距離感がおかしいなどの訴えがあることから,立体視を応用することで視野障害を検出することが可能ではないかと考えた.立体視とは,それぞれの眼の網膜に映る像の差(=視差)に基づいて得られる奥行き感のことで1),立体視の成立する条件として,①両眼の視力の差が小さいこと,②各眼の網膜に映る像の大きさの違い(=不等像視)が小さいこと,③斜視がないこと,④各眼の中心窩がそれぞれ共通した位置づけの感覚をもった関係であること(=正常網膜対応),⑤後頭葉視中枢において両眼視細胞が発達していることが必要である2).よって,緑内障によりどちらか一方の視野のある部位に異常がある場合,両眼の網膜像の重なり合いが必要な立体視に関しては得られない可能性がある.そこで今回,二次元(2D)の映像をリアルタイムに三次元(3D)の映像に変換する装置を利用し,さらに偏光フィルターやシャッター眼鏡を装用せずに両眼それぞれに視差のついた映像を投影できるモニターを使用することにより,正常若〔別刷請求先〕望月浩志:〒228-8555相模原市北里1-15-1北里大学医療系研究科臨床医科学群眼科学Reprintrequests:HiroshiMochizuki,DepartmentofOphthalmology,GraduateSchoolofKitasatoUniversity,1-15-1Kitasato,Sagamihara,Kanagawa228-8555,JAPAN立体視を応用した視野検査の試み望月浩志*1庄司信行*1,2太田有紀*2五味梓*2須賀美幸*2*1北里大学医療系研究科臨床医科学群眼科学*2北里大学医療衛生学部視覚機能療法学専攻ExperimentonaStereoVisualFieldTestHiroshiMochizuki1),NobuyukiShoji1,2),YukiOota2),AzusaGomi2)andMiyukiSuga2)1)DepartmentofOphthalmology,GraduateSchoolofKitasatoUniversity,2)OrthopticsandVisualScienceCourse,SchoolofAlliedHealthSciences,KitasatoUniversity筆者らは2D映像をリアルタイムに3D映像に変換する装置と裸眼両眼開放下で立体映像を得られるモニターを用いて,視野異常を立体視の低下あるいは欠如として検出できるかどうかを調べた.対象は正常若年者13名で,上下左右の半盲4パターンと右上・右下・左上・左下の1/4盲4パターンの計8パターンの模擬視野異常を作成し,視野異常と自覚的な見え方の一致率(=正答した人数/全対象の人数)を算出した.その結果,半盲4パターンでは一致率は平均76.9%,1/4盲4パターンでは一致率は平均67.3%で,合計8パターンでは一致率は平均73.7%であった.部位別にみると,他の部位と比べて鼻側および下方視野の一致率が悪かった.今回の検討結果から,立体視を利用することで視野障害を検出できる可能性が示唆された.Wedevelopedanewsimplestereo-perimeterthatmakesuseofstereopsis,andinvestigateditsclinicaluseful-nessasavisualeldtest.Testsubjectscomprised13normalvolunteers.Inthisstudyweinvestigatedthecoinci-denceoftestresultsusingthestereo-perimeterandND(neutraldensity)lter-simulatedscotomacomprising4patternsofhemianopiaand4ofquadrantanopia.Thecorrectanswerpercentagesforhemianopiaandquadrantano-piawere76.9%and67.3%,respectively(averageof8patterns:73.7%).Theratioofcoincidenceinthenasalandlowervisualeldswasinferiortothatinthetemporalandupperelds.Theseresultssuggestthatscotomascanbedetectedwiththisnewmethod,usingstereopsis.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)26(6):853856,2009〕Keywords:視野,視野検査法,立体視,スクリーニング.visualeld,perimetry,stereopsis,screening.———————————————————————-Page2854あたらしい眼科Vol.26,No.6,2009(130)年者に模擬視野異常を作成した場合,立体視を用いて裸眼両眼開放下で視野異常を検出できるかどうかを検討した.I対象および方法1.対象対象は,屈折異常以外に眼疾患を認めない正常若年者13名(平均年齢22.6±2.8歳)で,平均屈折値は3.14±3.36Dであった.事前に,全員に近見立体視検査であるTitmusstereotestsにて一般的に正常値といわれている100secofarc.よりも良好な立体視機能を有していることを確認した.2.立体視野検査機器の構成今回試作した立体視野検査機器は,パーソナルコンピュータ,ダウンスキャンコンバータ,2Dの映像をリアルタイムに3Dに変換する装置である3DMAVE(株式会社マクニカ)および裸眼3D液晶モニターLL-151D(シャープ株式会社)で構成されている(図1).パーソナルコンピュータから出力された解像度1,280×768ピクセル(WXGA)の映像をダウンスキャンコンバータにてS-VIDEO方式に変換し,3DMAVEにて色の濃淡などの奥行き情報をもとに2Dの映像からリアルタイムに3D映像を構築し,視差バリアを利用して左右眼それぞれに視差のついた別々の映像を投影することができる裸眼3D液晶モニターに入力することで立体映像を得た.このモニターは偏光フィルターやシャッター眼鏡などの特別なフィルターや眼鏡を用いずに立体像が得られるため,より自然な日常両眼視の状態で簡便な検査が可能となる35).3.検査画面(図2)提示する映像については,事前にコンピュータグラフィックス・風景・アニメなどさまざまな映像で検討したが,3D変換装置の特性上色の濃淡などから奥行き情報を得ているため,カラフルな映像や動画では大きな立体感を感じづらかった.そこで,今回の映像は背景が灰色でそこに白と黒の円が交互に並んでいるような幾何学的な静止映像とした.中央に小さな赤い円を置き固視標とした.白と黒の円は視差のついていない立体感のない映像であっても白い円が浮き上がって見えてしまうという錯覚が起こる.この錯覚の影響を避けるため,黒い円が背景よりも飛び出して見え,白い円が沈んで見えるよう3D変換装置を設定した.4.測定の手順全員,遠見完全屈折矯正度数の検眼レンズを装用し,検査内容について十分説明を行い,一般的な視野検査と同様に中央の固視標から視線を動かさず注視したとき,立体感が得られる部分・得られない部分がある場合はその部分を答えてもらうこととした.検査距離は,裸眼3D液晶モニターの最適距離である60cmとした.視差バリア方式の裸眼3Dモニターは視差バリアとよばれる垂直方向の細長いスリットの開口部の裏面に,適当な間隔で左右眼の映像を交互に配置して,特定の位置から見たときに左右映像がそれぞれに分離して見えるという方式であるため,画面からの最適距離が固定されており,さらに視点移動して自由に見ることが不可能であり,指定の距離において真正面から画面を見ることが重要である35).そのため,必ず検査前に指定の位置で立体感のある映像が得られていることを確認した.測定条件を統一するために検査時間は全員一定の1回につき30秒とした.模擬視野異常は,眼科検査および治療時に人為的に視力を落とす目的で使われる半透明のNDフィルター(neutraldensitylter)を検眼レンズに貼り付けることで作成した.模擬視野異常は,鼻側,耳側,上,下半盲の4パターンと鼻ダウンスキャンコンバータ裸眼3D液晶モニターLL-151DPC図1機器の概略本機器は,PC(WindowsXP),ダウンスキャンコンバータ,3DMAVE(2Dの映像をリアルタイムに3Dに変換する装置),裸眼3D液晶モニターの4つの装置からなる.図2今回使用した映像灰色の背景に白(○)と黒(●)の円が交互に配置されており,固視標として中央に小さな赤い円()を配置した.黒い円が背景よりも浮き上がって見え,白い円が背景より沈んで見えるよう設定した.———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.26,No.6,2009855(131)上,鼻下,耳上,耳下1/4盲の4パターンの合計8パターンとし,被検者1人につき8パターンをランダムに提示した.検眼レンズにて視野異常を作成する場合,検眼レンズと網膜が共役ではないため正確な半盲および1/4盲を作成することはむずかしいが,今回は臨床応用の前段階として正常若年者においての検討であり,正常者に人為的に正確な視野異常を作成することが困難であるため上記の方法を用いた.また,日常両眼視の状態で,なるべく擬似視野異常を自覚させないためにhole-in-cardtestにて決定した非優位眼すなわち,利き目ではないほうの目に擬似視野異常を作成することとした.なお,擬似視野異常を測定する際には,固視点と一致すべき部位のフィルターに小さな赤い点を描き,その点と画面中心の固視標を重ねてもらうことで,センタリングを行った.5.検討項目最初に遠見完全屈折矯正度数の検眼レンズを装用した状態で,検査画面全体にわたって黒い円が白い円に比して浮き上がって見えることを確認した.その後,模擬的に作成した視野異常の部位と,自覚的に立体感の消失している部位がどの程度一致するかを検討した.被検者の回答が,模擬視野異常を作成した範囲に完全一致もしくは内包されている場合を正答とした.そして,一致率=正答した人数/全対象の人数として計算した.統計学的検定には,t検定を用い,有意水準が5%未満の場合を有意差ありとした.II結果(図3)まず,13名全員において,今回用いた装置でモニター画面全体にわたって立体画像を得ることが可能であった.模擬視野異常作成下における視野異常と自覚的な見え方の平均一致率は,半盲作成時は,鼻側半盲61.5%,耳側半盲92.3%,上半盲84.6%,下半盲69.2%であった.1/4盲作成時は,上鼻側53.8%,下鼻側69.2%,上耳側76.9%,下耳側69.2%であった.半盲4パターンでの平均一致率は76.9%,1/4盲4パターンでの平均一致率は67.3%,すべての模擬視野異常での平均一致率は73.7%であり,1/4盲作成時に比べ半盲で一致率がよい結果となった.鼻側半盲は耳側半盲に比べ有意に一致率が低かった(t検定p=0.04).III考察立体視は網膜神経節細胞のP細胞系を選択的に刺激するといわれている6).P細胞系は一般的に余剰性が高いと考えられているが,立体視機能に関しては,病期が初期であっても有意に低下し,さらには明度識別視野検査において緑内障性視野異常が出現していなくても立体視機能は有意に低下するという報告もみられる79).したがって,立体視を利用することにより,通常の明度識別視野に比べ,より早期から視野異常を検出できる可能性が考えられる.模擬視野異常を作成した正常若年者において,一致率は平均73.7%(53.892.3%)とおおむね良好な一致率が得られたが,なかには立体感が小さくわかりづらいという意見もあり,より小さな視野異常(半盲に比べ1/4盲)で一致率が低下するという結果になった.緑内障性視野異常では,今回の模擬視野異常のようなはっきりとした絶対暗点ばかりではなく,孤立暗点や比較暗点などのように小さな範囲のわずかな感度低下が出現することも多いため,実際に緑内障患者に現在の視標で検査を行うと,一致率が低下する可能性が考えられる.また,スリットの開口部を利用して特定の位置から見たときに左右の画像がそれぞれ左右眼に分離して投影する方式であるため,あまり視聴距離を変えたり視線移動をして見ることができない.真正面から見ることで一番大きな立体視が得られるため,画面の周辺部では中心部に比べ立体感が得づらいという欠点がある35).網膜各部位における立体視は中心から離れるに従って低下し,特に中心から3°離れるだけで急激に感度低下が起こると報告されており10),より周辺の立体視を測定するためには,視標の視差についてさらに検討する必要がある.今回使用した裸眼3D液晶モニターは,画面のサイズが15型(縦21.4cm×横28.5cm)であり,画面の機能的に最適な視聴距離が画面から60cmと固定されているため,今回の装置では,縦10.1°×横13.4°の視野を測定していることになる.臨床応用のためには,緑内障性視野障害の出現しやすいブエルム(Bjerrum)領域や鼻側周辺部も測定できる大きさのモニターが必要となる.本研究を行っている時点では15型を超える3Dモニターは高価であったため,入手しやすい15型を用いたが,今後の研究のために,大型の3Dモニターがより安価で入手できるようになることを期待したい.耳側鼻側一致率:84.6%一致率:69.2%一致率:92.3%*一致率:61.5%一致率:53.8%一致率:69.2%一致率:76.9%一致率:69.2%図3それぞれの模擬視野異常作成時の一致率半盲作成時(一致率:76.9%)に比べ1/4盲作成時(一致率:67.3%)に一致率が低下していた.鼻側半盲は耳側半盲に比べ有意に一致率が低かった.t検定*p<0.05.———————————————————————-Page4856あたらしい眼科Vol.26,No.6,2009(132)視野検査では,信頼性の高い結果を得ることが重要であり,そのためには固視を確認しながら検査を行うことが多い.しかし,今回の装置では他覚的な固視確認の方法がなく,検査前に十分な説明をして,検査中は声掛けをしながら被検者の眼を観察するという方法をとった.信頼性の高い検査を目指すには固視の確認は必要不可欠であるため,今後固視監視の方法について検討してゆきたい.耳側に比べ鼻側の一致率が低いという結果が得られ,鼻側の立体視機能は耳側に比べ低いことが示唆された.鼻側網膜(耳側視野)および耳側網膜(鼻側視野)の視機能について,ヒトでは生後23カ月までの視運動性眼振(optokineticnystagmus:OKN)や視野の発達・広さ,視細胞や神経節細胞の分布,神経結合の相対的な強さ,視力(特に網膜中心窩から20°以上離れた周辺視野)で鼻側網膜(耳側視野)優位と報告されている11).これらの優位性は,網膜から大脳視覚野に至る交叉性経路(耳側網膜から大脳視覚野への経路)と非交叉経路(耳側網膜から大脳視覚野への経路)の発達的な違いや神経結合の違いによって説明されているがいまだ不明な点も多い.立体視に関しても鼻側視野に比べ耳側視野で一致率が高く,OKNや視力などと同様に立体視機能においても耳側視野で優位であることがわかった.緑内障性視野異常において,特に鼻下方視野の障害では立体視機能が著明に低下するため12),立体感が得づらく階段などの段差がわかりにくいので独りでの外出が億劫になるといわれており,緑内障性視野異常はqualityoflife(QOL)を著しく低下させる原因となる13,14).緑内障の有病率が40歳以上の5.0%と非常に高いと報告され一般的に緑内障への関心が高まってきた現在,より検出率が高く手軽な視野のスクリーニング法が開発されることで早期発見・早期治療が可能となり,緑内障によるQOLの低下を防止することが可能になると思われる.今回使用した装置では視差の調整ができないことや測定範囲が狭いことなど,解決すべき問題は多いものの,模擬的に作成した大きな視野異常に関しては,立体視の欠如として検出しうることが示唆された.この結果を足がかりにして,視標や装置を改良することでより良好な一致率を目指し,立体視を用いた視野異常の検出方法が視野障害の早期発見の一助となるよう,今後も検討を重ねたい.文献1)日本視覚学会:視覚情報処理ハンドブック.p283-310,朝倉書店,20002)丸尾敏夫,粟屋忍:視能矯正学改訂第2版.p190-201,金原出版,19983)畑田豊彦:立体視機構と3次元ディスプレイ.日本視能訓練士協会誌16:19-29,19884)金谷経一,星野美保,吉居正一:めがねなし3Dディスプレイと医療応用.視覚の科学16:90-92,19955)奥山文雄:三次元画像と眼:原理と装置.眼科40:153-159,19986)大平明彦:両眼視機能.眼科診療プラクティス17:246-250,19957)BassiCJ,GalanisJC:Binocularvisualimpairmentinglau-coma.Ophthalmology98:1406-1411,19918)EssockEA,FechtnerRD,ZimmermanTJetal:Binocularfunctioninearlyglaucoma.JGlaucoma5:395-405,19969)GuptaN,KrishnadevN,HamstraSJetal:Depthpercep-tiondecitsinglaucomasuspects.BrJOphthalmol90:979-981,200610)中西史憲,二唐東朔:網膜各部位における深径覚感度の相違─心理物理学的計測─.岩手医誌47:441-448,199511)本田仁視:視覚交叉経路と非交叉経路の機能差─皮質下視覚機能の行動学的・心理物理学的研究─.心理学評論46:597-616,200312)重冨いずみ,原道子,倉田美和ほか:緑内障性視野異常と立体視機能.日本視能訓練士協会誌29:197-202,200113)NelsonP,AspinallP,PapasouliotisOetal:Qualityoflifeinglaucomaanditsrelationshipwithvisualfunction.JGlaucoma12:139-150,200314)浅野紀美江,川瀬和秀,山本哲也:緑内障患者のQualityofLifeの評価.あたらしい眼科23:655-659,2006***